弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決中被上告人に関する部分を破棄する。
2前項の部分につき本件を仙台高等裁判所に差し戻
す。
理由
上告代理人小林勝男,同小林昌弘の上告受理申立て理由(第3点を除く。)につ
いて
1原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人は,その代表取締役であるAの所有する宮城県牡鹿郡女川町所在の
建物で居酒屋(以下「本件店舗」という。)を経営していた有限会社である。被上
告人は,損害保険業等を目的とする株式会社である。
(2)Aの兄で上告人の取締役であるBは,平成11年7月28日,C(以下
「C」という。)との間で,本件店舗内の什器備品等の損傷及び休業による損害を
保険の目的とする加盟店総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し
た。
本件保険契約に適用されるテナント総合保険普通保険約款(以下「本件約款」と
いう。)には,「すべての偶然な事故」によって生じた損害に対して保険金を支払
うこと及び保険契約者,被保険者又はこれらの者の法定代理人,保険契約者又は被
保険者が法人であるときは,その理事,取締役又は法人の業務を執行するその他の
機関(以下,併せて「保険契約者等」という。)の故意又は重大な過失によって生
じた損害に対しては保険金を支払わないことがそれぞれ定められている。
(3)B,上告人及びCは,平成12年2月ころ,本件保険契約の保険契約者を
Bから上告人に変更することを合意した。
(4)平成12年2月19日午前2時10分ころ,上記建物内で火災が発生し,
上記建物が全焼した(以下,この火災を「本件火災」という。)。
(5)被上告人は,平成13年10月1日,Cを吸収合併した。
2本件は,上告人が,本件火災により,本件店舗内の什器備品等が焼失し,ま
た,休業を余儀なくされて損害を被ったと主張して,被上告人に対し,本件保険契
約に基づき保険金の支払を求める事案である。
3原審は,概要次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
保険事故を「火災」等と規定するいわゆる火災保険については,保険金請求者
は,火災により損害を被ったことを立証すれば,火災発生が偶然のものであること
を立証しなくても保険金の支払を受けられると解するのが相当である。しかし,本
件約款は,保険金請求権の発生事由となる保険事故を「すべての偶然な事故」と規
定し,保険事故の内容を火災に限っていないことからすれば,上告人は,発生した
事故が偶然な事故であることについて主張立証責任を負うと解すべきであり,たま
たま保険事故が火災であったとしても,偶然性の立証を免れるものではない。本件
火災は,漏電等による偶発的な事故かAによる放火のいずれかであると認められる
が,そのいずれであるかは不明であるから,本件火災が偶然な事故であったことの
立証がないというべきである。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
商法629条が損害保険契約の保険事故として規定する「偶然ナル一定ノ事故」
とは,保険契約成立時において発生するかどうかが不確定な事故をいうものと解さ
れる。また,同法641条が,保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によって
生じた損害について保険者はてん補責任を負わない旨規定しているのは,保険契約
者又は被保険者が故意又は重過失によって保険事故を発生させたことを保険金請求
権の発生を妨げる免責事由として規定したものと解される。
本件約款は,保険事故として「すべての偶然な事故」と定める一方,保険契約者
等の故意又は重大な過失によって生じた損害に対しては保険金を支払わないことと
しているが,これらの定めを商法の上記各条文に照らしてみれば,本件約款は,保
険契約成立時に発生するかどうかが不確定な事故をすべて保険事故とすることを明
らかにしたものと解するのが相当であり,本件約款にいう「偶然な事故」を,商法
629条にいう「偶然ナル」事故とは異なり,保険事故の発生時において保険契約
者等の意思に基づかない事故であること(保険事故の偶発性)をいうものと解する
ことはできない(最高裁平成17年(受)第1206号同18年6月1日第一小法
廷判決・裁判所時報1413号4頁参照)。
したがって,本件約款を契約内容とする本件保険契約に基づき火災による什器備
品等の焼失及び休業が保険事故に該当するとして保険金を請求する者は,事故の発
生が保険契約者等の意思に基づかないものであることについて主張,立証すべき責
任を負わず,保険契約者等の故意又は重過失によって保険事故が発生したことは,
保険者において,免責事由として主張,立証する責任を負うと解すべきである。
原審は,以上と異なり,本件保険契約に基づき保険金の支払を請求する者は本件
火災が偶発的なものであることにつき主張,立証責任を負うと解した上,その立証
がないとして上告人の被上告人に対する請求を棄却したものである。しかし,原審
が確定したところによれば,本件火災は漏電等による偶発的なものかAによる放火
のいずれかであるが,そのいずれであるとも認定できないというのである。そし
て,記録に徴すれば,被上告人は,Aによる放火であると主張する以外には免責事
由を主張していないことが明らかであるから,Aによる放火の事実が認められない
以上,被上告人は,本件保険契約に基づき,本件火災により生じた損害につき保険
金の支払義務を免れないというべきである。原審の前記判断には,判決に影響を及
ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中被上告人に関
する部分は破棄を免れない。そして,損害の額につき更に審理を尽くさせるため,
同部分を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官才口千晴裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官
泉德治裁判官島田仁郎)

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