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平成16年9月15日判決言渡 
平成15年(レ)第99号 損害賠償請求控訴事件(原審・半田簡易裁判所平成15年
(ハ)第81号)
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して10万円及びこれに対する平成15年3月
19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被控訴人東浦町が設置運営する同町立A中学校(以下「本件中学校」
という。)の教諭である控訴人が,同校の校長である被控訴人B(以下「被控訴人
B」という。)に対し,愛知県人事委員会に対する措置要求書提出のため職務専念
義務免除を申請したところ,被控訴人Bがこれを承認しなかったが,かかる措置は
違法であって,これにより控訴人は精神的苦痛を被ったとして,被控訴人らに対し
て,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料10万円及びこれに対する不法行為の後
の日(訴状送達の日の翌日)である平成15年3月19日から支払済みまで同法4条
が準用する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案
である。
これに対して,被控訴人らは,いわゆる県費負担教職員の職務専念義務免除に
ついては被控訴人東浦町の条例が適用されるところ,同条例には職務専念義務
免除事由として措置要求をする場合が挙げられていないこと等を理由に,被控訴
人Bの不承認措置には違法がない等の主張をするものである。
原審は,①被控訴人Bは,人事委員会に対する措置要求のための職務専念義
務免除の申請を承認する権限を有しないこと,②仮に控訴人の職務専念義務免除
につき愛知県条例及び愛知県人事委員会規則が適用され,被控訴人Bが上記申
請を承認する権限を有するとしても,被控訴人Bが控訴人の職務専念義務免除申
請を不承認とした措置はその裁量の範囲内であって違法でないことを理由に,控
訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,これを不服とする控訴人が本件控訴に及
んだものである。
1 争いのない事実等(特に証拠を掲げたもの以外は,当事者間に争いがない。)
・ 当事者
 ア 控訴人は,本件中学校に勤務する教諭であり,市町村立学校職員給与負担
法1条が規定するいわゆる県費負担教職員(以下単に「県費負担教職員」と
いう。)に該当する。
 イ 被控訴人Bは,本件中学校の校長であり,被控訴人東浦町は,同校の設置
運営主体である。
・ 被控訴人Bの従前の取扱い
  被控訴人Bは,平成12年2月ころまで,控訴人が愛知県人事委員会に対する
措置要求書提出のため職務専念義務免除の承認申請をした際,同申請を承認
するという取扱いをしてきた(甲16から18まで)。
・ 被控訴人Bの職務専念義務免除申請に対する不承認
  控訴人は,被控訴人Bに対して,以下のとおり,10回にわたり,控訴人の勤務
条件に関して愛知県人事委員会に対して措置要求書を提出するため,当日午
後又は翌日の職務専念義務免除を申請した(以下「本件職免申請」という。)とこ
ろ,被控訴人Bは,いずれの申請についても承認しなかった。
  なお,アないしカはいずれも同一の措置要求書を提出するための申請であった
が,それ以外は同一の措置要求書を提出するためのものではない。
 ア 平成12年11月13日
 イ 同月15日
 ウ 同月18日
 エ 同月20日
 オ 同年12月6日
 カ 平成13年1月16日
 キ 同年2月22日
 ク 同年5月22日
 ケ 平成14年7月1日
 コ 平成15年2月18日
・ 被控訴人東浦町の条例
  本件職免申請当時,被控訴人東浦町が定める「東浦町職員の職務に専念する
義務の特例に関する条例」(以下「東浦町条例」という。)には,職務専念義務免
除について次のような規定があるだけで,措置要求のための職務専念義務免除
を認める規定は明文では定められていなかった(乙1)。
「(職務に専念する義務の免除)
第2条 職員は,次の各号の一に該当する場合においては,あらかじめ任
命権者又はその委任を受けた者の承認を得て,その職務に専念する義
務を免除されることができる。
・ 研修を受ける場合
・ 厚生に関する計画の実施に参加する場合
・ 前2号に規定する場合を除くほか,任命権者が定める場合
2 市町村立学校職員給与負担法(昭和23年法律第135号)第1条及び
第2条に規定する職員に対してこの条例を適用する場合においては,前
項の規定中「任命権者」とあるのは「町教育委員会」と読み替えるものと
する。」
・ 愛知県の条例等
 ア 愛知県が定める「職務に専念する義務の特例に関する条例」(以下「愛知県
条例」という。)には,次のような規定がある(乙3)。
「(職務に専念する義務の免除)
第二条 職員は,左の各号の一に該当する場合においては,あらかじめ
任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て,その職務に専念す
る義務を免除されることができる。
   一 研修を受ける場合
   二 厚生に関する計画の実施に参加する場合
   三 前二号に規定する場合を除く外,人事委員会が定める場合」
 イ これを受けて制定された愛知県人事委員会の「職務に専念する義務の免除
に関する規則」(以下「人事委員会規則」という。)」には,次のような規定があ
る(乙4)。
「(職務に専念する義務が免除されることのできる場合)
第二条 条例第二条第三号に規定する場合は,次の各号のいずれかに
該当する場合とする。
 一から三まで (略)
 四 人事委員会に対して,地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六
十一号)第四十六条の規定により勤務条件に関する措置の要求を
し,若しくは同法第四十九条の二第一項の規定により不利益処分
に関する不服申立てをし,又はこれらの要求若しくは申立ての審査
に当たり当事者として,人事委員会へ出頭する場合
 五 (略)」
・ 東浦町教育委員会においては,毎年4月開催の東浦町校長会において,口頭
で,当該年の各小中学校の教職員の職務専念義務免除の承認の判断につい
て,各小中学校の校長に委任している。
2 争点
  本件の争点は,・被控訴人Bが本件職免申請を不承認とした措置の違法性の有
無,・被控訴人Bの損害賠償責任の有無,・控訴人の損害の有無の3点であり,・
の前提として,県費負担教職員の職務専念義務免除に関して,東浦町条例と愛知
県条例のいずれが適用されるかが主たる争点となっている。
3 争点に関する当事者の主張
 ・ 争点・(被控訴人Bが本件職免申請を不承認とした措置の違法性の有無)につい

  (控訴人の主張)
  ア 愛知県条例の適用について
 控訴人には,愛知県条例が適用され,同条例には人事委員会に対する措
置要求が職務専念義務免除の事由として定められている。
   (ア) 県費負担教職員の地位の特殊性
     控訴人のような県費負担教職員の任用上の権限を有するのは愛知県教育
委員会であることから(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条
等),控訴人が被控訴人東浦町の職員であり,また,東浦町教育委員会が
県費負担教職員に対する服務監督権を有するからといって,職務専念義
務の免除に関し,当然に東浦町条例が適用されるとはいえない。
   (イ) 県費負担教職員の勤務条件
     地方教育行政の組織及び運営に関する法律42条が「県費負担教職員の給
与,勤務時間その他の勤務条件については,地方公務員法第24条第6項
の規定により条例で定めるものとされている事項は,都道府県の条例で定
める。」と規定しているところ,職務専念義務免除は上記「勤務条件」に当た
るから,県費負担教職員である控訴人の職務専念義務免除に関しては,
愛知県条例が適用される。
     仮に,職務専念義務免除自体が「勤務条件」そのものに当たらないとしても,
少なくとも地方公務員法24条6項の「勤務条件」と密接にかかわることか
ら,同様に解すべきである。
   (ウ) 被控訴人Bの従前の取扱い等
     被控訴人Bは,県費負担教職員の職務専念義務免除について,愛知県条例
が適用されると解釈し,これに基づいて,前記争いのない事実等・のとお
り,職務専念義務免除の承認をしていた。
     そればかりか,広く学校教育現場において同様の取扱いがされてきたのであ
り,このことは,知多地方教職員会が発行した「学校事務の手引」(甲21か
ら24まで)の「第3節 服務等 第1 職免」の項に,職務専念義務免除事
由として人事委員会に対する措置要求等が列挙されており,その根拠規定
として愛知県条例及び人事委員会規則の各条項が掲げられていることから
も明らかである。
     このように,広く学校教育現場で上記のような取扱いがされてきたことは,県
費負担教職員の職務専念義務免除について,愛知県条例が適用されるこ
との証左である。
   (エ) 平等原則違反
     被控訴人東浦町の県費負担教職員の職務専念義務免除について愛知県条
例が適用されないとするならば,県費負担教職員と県職員との間ばかり
か,各市町村の県費負担教職員相互間で,職務専念義務免除事由に関す
る差別的取扱いが許容されることになり,憲法14条の平等原則に違反す
ることとなる。
   (オ) 以上によれば,控訴人を含む県費負担教職員の職務専念義務免除につい
ては,愛知県条例が適用されると解するのが相当である。
  イ 東浦町条例が適用される場合の職務専念義務免除事由について
 仮に控訴人に東浦町条例が適用されるとしても,人事委員会に対する措置
要求は,同条例2条1項3号,同条2項の「東浦町教育委員会が定める場合」
に当たり,職務専念義務免除事由に該当する。
   (ア) 東浦町条例2条1項3号は,被控訴人東浦町の職員の職務専念義務免除
事由として,「前2号に規定する場合を除くほか,任命権者が定める場合」
を挙げているところ,同条2項により,県費負担教職員については「任命権
者」を「町教育委員会」と読み替えることとされているため,東浦町教育委員
会が定める場合も,県費負担教職員の職務専念義務免除事由に当たる。
   (イ) ところで,東浦町教育委員会が定める職務専念義務免除事由につき,必
ずしも文書で定めることが要求されているわけではないので,口頭又は教
育行政現場の慣行により,東浦町教育委員会が職務専念義務免除事由を
定める場合もあり得る。
     現に口頭又は教育行政現場の慣行により,東浦町教育委員会が定める職務
専念義務免除事由として,以下の各事由が挙げられる。
    a 大学通信教育面接授業に参加する場合
    b 健康診断を受診する場合
    c 消防団活動等に従事する場合
    d 風しんに関する血清抗体検査に参加する場合
    e 献血する場合
    f 妊娠中の女性職員の業務が母体又は胎児の健康保持に影響がある場合
     なお,愛知県教育委員会は,各市町村教育委員会に対し,上記各事由に関
しては,県費負担教職員の職務専念義務免除についても,県立学校職員
の場合を参考にして事務処理するよう指示している。
   (ウ) そして,前記ア(ウ)のとおり,これまでは,措置要求をする場合を職務専念
義務免除事由として認めてきている。
     また,前記「学校事務の手引」においても,上記各事由は,人事委員会に対し
措置要求をする場合と並んで職務専念義務免除事由として列挙されてい
る。
     したがって,県費負担教職員が人事委員会に対し勤務条件に関する措置要
求をする場合も,東浦町教育委員会が口頭又は教育行政現場の慣行によ
り定めた職務専念義務免除事由に該当すると解するのが相当である。
   (エ) 仮に,口頭又は教育行政現場の慣行により,東浦町教育委員会が職務専
念義務免除事由を定めた事実がなかったとしても,東浦町教育委員会で
は,毎年4月開催の東浦町校長会において,口頭で,当該年の各小中学
校教職員の職務専念義務免除の承認の判断につき,各小中学校校長に
委任しているところ,この口頭による委任の際,愛知県条例及びこれを受け
た人事委員会規則が定める職務専念義務免除事由についても,東浦町条
例2条1項3号の「任命権者が定める場合」として明示又は黙示に告知され
ていたと解される。
     したがって,県費負担教職員が人事委員会に対し勤務条件に関する措置要
求をする場合につき,東浦町教育委員会が黙示的に定めた職務専念義務
免除事由に該当すると解するのが相当である。
   (オ) 以上によれば,県費負担教職員の職務専念義務免除について,仮に東浦
町条例が適用されるとしても,県費負担教職員が人事委員会に対し勤務条
件に関する措置要求をする場合は,東浦町教育委員会が定める場合とし
て,東浦町条例が規定する職務専念義務免除事由に該当する。
  ウ 被控訴人Bの不承認措置の違法性
   (ア) 人事委員会への措置要求は,労働基本権を制約された地方公務員がその
労働条件の改善を図るため人事委員会に対して要求できる唯一の方法で
あるところ,措置要求には,単に文書を提出することだけでなく出頭して十
分に説明することも含まれているし,人事委員会も出頭した要求者に説明
を求めるべきであるから,県費負担教職員が,人事委員会に対して勤務条
件に関する措置要求をするため職務専念義務免除の申請をした場合,職
務専念義務免除の承認権者は,合理的理由がない限りこれを承認しなけ
ればならない。
     しかし,被控訴人Bは,合理的理由を示すことなく本件職免申請を不承認とし
たものであり,かかる措置はき束裁量に反するから違法である。
   (イ) 仮に,職務専念義務免除の承認権者に裁量権が認められるとしても,被控
訴人Bが本件職免申請を不承認とした措置には,裁量権の濫用があり違
法である。
     すなわち,被控訴人Bは,前記争いのない事実等・のとおり,平成12年2月こ
ろまでは,控訴人が職務専念義務免除の申請をした際,授業の有無にか
かわらずこれを承認するという裁量基準に基づき,承認をしてきた。しかし,
本件職免申請については,授業のない時間帯であっても不承認としたもの
であり,このことは従前の裁量基準が変更されたことを意味するが,このよ
うに裁量基準を変更した場合,被控訴人Bは,控訴人に対し,変更後の裁
量基準及び裁量基準変更の合理的根拠を明示しなければならない。
     しかし,被控訴人Bは,いずれも明示しないまま,本件職免申請を不承認とし
たものであり,裁量権の濫用がある。
     また,措置要求のために控訴人の出頭が不可欠であるか否かという被控訴
人ら主張の裁量基準については,書面の郵送による方法を事実上強要す
るものであり,措置要求のための職務専念義務免除は原則として承認しな
いことに等しい。さらに,この基準を採用すると,控訴人の出頭が不可欠か
否かの判断に当たり,控訴人が措置要求の内容を校長に開示し,校長が
その内容を検討することになるが,これは措置要求の趣旨と真っ向から矛
盾し,考慮すべきでない事項を考慮することとなるものであって,裁量基準
として成立する余地がないものである。
  (被控訴人らの主張)
  ア 東浦町条例の適用について
   (ア) 職務専念義務を定める地方公務員法35条は,公務員の服務に関する規
定にほかならない。したがって,職務専念義務免除も公務員の服務に関す
る事柄であり,控訴人が主張する勤務条件には該当しない。
     そして,地方教育行政の組織及び運営に関する法律43条1項は,「市町村
委員会は,県費負担教職員の服務を監督する。」と定めており,県費負担
教職員である控訴人の服務監督権者は,愛知県ではなく,東浦町教育委
員会である。
     したがって,県費負担教職員の服務に関する職務専念義務免除について
は,愛知県条例及び人事委員会規則の適用はなく,東浦町条例が適用さ
れる。
   (イ) これに対し,控訴人は,被控訴人Bの従前の取扱いや「学校事務の手引」
の記載を根拠に愛知県条例が適用される旨主張する。
しかし,被控訴人Bは,県費負担教職員の職務専念義務免除に関し,愛
知県条例及び人事委員会が適用されると誤信し,教職員が人事委員会に
対する措置要求書を提出するために職務専念義務免除を申請した場合,
必ず承認しなければならないと誤解したため,前記争いのない事実等・の
ような誤った取扱いをしてきたにすぎない。そして,このような慣行はヤミ慣
行として事実上まかり通っていただけで許されないものであるから,これが
長期間継続していたからといって正当なものとはならない。
     また,「学校事務の手引」を発行した知多地方教職員会は,教職員の任意団
体にすぎず,「学校事務の手引」の記載をもって,被控訴人Bがしてきたよう
な取扱いが広く学校教育現場で行われていたということはできない。
(ウ) また,控訴人は,東浦町条例の適用は憲法の定める平等原則に違反
する旨主張する。
しかし,各地方公共団体における地方公務員の職務専念義務免除事由
に関しては,服務監督権者が条例又は規則等で定めるべきこととされてい
るのであるから,各地方公共団体によって,職務専念義務免除事由に関し
差異が生じたとしても,憲法自らが容認するところである。
     控訴人は県費負担教職員ではあるが,被控訴人東浦町の職員として東浦町
教育委員会の服務監督権に服する以上,東浦町条例の定めに従うことと
なり,その結果,他の地方公共団体の県費負担教職員等との間に差異が
生じたとしても,憲法14条の平等原則に反することにはならない。
イ 東浦町条例が適用される場合の職務専念義務免除事由について
(ア) 前記争いのない事実等・のとおり,本件職免申請当時,東浦町条例に
は,措置要求のための職務専念義務免除を認める明文の規定はなかった
ものであり,同条例2条1項3号の「任命権者が定める場合」についても,何
も規定されていなかった。
(イ) これに対し,控訴人は,東浦町教育委員会が口頭又は教育行政現場の
慣行により定めた職務専念義務免除事由に措置要求の場合が該当するも
のであり,仮に,東浦町教育委員会が職務専念義務免除事由を定めた事
実がなかったとしても,東浦町教育委員会が口頭で各小中学校校長に職
務専念義務免除の承認を委任する際,愛知県条例及び人事委員会規則
が定める職務専念義務免除事由についても,東浦町条例が規定する「任
命権者が定める場合」として明示又は黙示に告知されていた旨主張する。
しかし,東浦町教育委員会が文書若しくは口頭で職務専念義務免除事
由について明示の定めをした事実はない。
そして,控訴人の上記主張は,小中学校長の職務専念義務免除の承認
行為が事実上行われていたことによって,東浦町教育委員会が黙示的に
職務専念義務免除事由を定めたものと擬制し,職務専念義務を解除する
行為として法的拘束力を持つに至ったとするものであり,いわば慣習法の
成立を認めるものである。しかし,行政上の法律関係に関しては公正の確
保及び透明性等の要請から慣習法が成立する余地はほとんどないと解さ
れ,控訴人の主張する事情をもって,慣習法と認められるに至ったとは到
底言い難い。したがって,東浦町教育委員会が黙示的に職務専念義務免
除事由を定めたとの解釈にも無理がある。
   (ウ) 以上によれば,本件職免申請当時,東浦町条例には措置要求のための職
務専念義務免除を認める根拠規定は存在しなかった。
  ウ 被控訴人Bの不承認措置の適法性
   (ア) 前記ア(ア)のとおり,県費負担教職員の職務専念義務免除については,東
浦町条例が適用されるところ,前記イ(ウ)のとおり,本件職免申請当時,東
浦町条例には措置要求書提出のための職務専念義務免除を認める根拠
規定は存在しなかったから,控訴人の本件職免申請自体,条例上の根拠
を欠くこととなり,被控訴人Bが本件職免申請に対し不承認とする措置をし
ても,何ら違法とはならない。
   (イ) 仮に,県費負担教職員の職務専念義務免除について,愛知県条例及び人
事委員会規則の適用があるとしても,県費負担教職員から措置要求のた
めの職務専念義務免除の申請があった場合,これを承認するか否かの判
断は,東浦町教育委員会から委任を受けた小中学校校長の裁量にゆだね
られている。
ところで,措置要求の申出は,出頭主義が採られているわけではなく,措
置要求書を自らあるいは郵送で提出することも認められている。そして,地
方公務員に課せられた職務専念義務は,服務の大原則であり,職務専念
義務免除は飽くまで例外的なことであるから,措置要求のために出頭が必
要とされる場合であれば格別,それ以外については,被控訴人Bが諸般の
事情を考慮して職務専念義務免除の承認申請についての可否を判断すれ
ばよい。
被控訴人Bは,措置要求のための職務専念義務免除の承認申請につい
て,一律的に不可としていたわけではなく,控訴人に対し,措置要求書につ
いては郵送提出も可能であり,人事委員会から説明のための出頭要請が
あった場合など,その都度その都度,その職務専念義務免除の承認申請
について検討すると明言し,本件職免申請を不承認とする理由を控訴人に
対して示していた。
そして,本件職免申請に関し,控訴人の出頭が不可欠とされる事情はな
かったから,被控訴人Bが本件職免申請について不承認としたことが,明ら
かに社会通念に照らして裁量権を逸脱したものとは到底いえず,校長にゆ
だねられた裁量の範囲内の判断である。したがって,被控訴人Bが控訴人
に対して示した不承認の理由は,社会通念に照らして合理的なものであ
る。
以上によれば,被控訴人Bが本件職免申請を不承認とした裁量判断に
は,何らの違法もない。
 ・ 争点・(被控訴人Bの損害賠償責任の有無)について
  (控訴人の主張)
   被控訴人Bは,控訴人に対する害意をもって,本件職免申請を不承認としたもの
である。
   したがって,被控訴人東浦町のみならず,被控訴人B個人も,国家賠償法に基
づく損害賠償責任を負う。
  (被控訴人らの主張)
   公務員が公権力に伴う違法行為により他人に損害を与えた場合でも,公務員個
人は,国家賠償法1条による損害賠償責任を負わないと解される。
   したがって,被控訴人B個人は,国家賠償法に基づく損害賠償責任を負わない。
 ・ 争点・(控訴人の損害の有無)について
  (控訴人の主張)
   措置要求書の提出は,文意等を口頭で説明するため持参による必要があること
もあるから,被控訴人Bが本件職免申請を不承認とした措置は,措置要求の妨
害に当たる。
   そして,控訴人は上記不承認措置により精神的苦痛を被ったことから,控訴人の
慰謝料は,10万円を下らない。
  (被控訴人らの主張)
   措置要求書の提出は郵送によることもできるし,控訴人が出頭の必要があると
考えた場合には,年次休暇等を利用することも可能であったから,被控訴人Bが
本件職免申請を不承認としたことによって,控訴人の措置要求が妨害されたと
はいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点・(被控訴人Bが本件職免申請を不承認とした措置の違法性の有無)につい

 ・ 県費負担教職員の職務専念義務免除につき適用される条例について
ア 地方公務員法35条は,「職員は,法律又は条例に特別の定がある場合を除
く外,その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために
用い,当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければ
ならない。」と規定している。
したがって,地方公共団体の職員の職務専念義務免除については,法律
に特別の定めがある場合か,当該職員が所属する地方公共団体の条例に特
別の定めがある場合に限り認められるものと解される。
控訴人は被控訴人東浦町の職員であるから,控訴人の職務専念義務免除
に関しては,東浦町条例が適用されるというべきである。
控訴人は,県費負担教職員であり,その任命権は愛知県教育委員会が有
するものであるが,そのことは,後に詳述するとおり,上記解釈を左右するも
のではない。
イ 控訴人は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律42条が「県費負担
教職員の給与,勤務時間その他の勤務条件については,地方公務員法第2
4条第6項の規定により条例で定めるものとされている事項は,都道府県の
条例で定める。」と規定しており,職務専念義務免除は勤務条件に当たるか
ら,あるいは,勤務条件そのものに当たらないとしても,少なくとも勤務条件と
密接にかかわるから,県費負担教職員である控訴人の職務専念義務免除に
関しては,愛知県条例が適用されると解すべきである旨主張する。
しかし,地方公務員法24条6項は,その規定の位置,形式に照らして,勤
務に関する基礎的条件(給与,勤務時間,休日,休暇等)についての条例主
義を定めたものと解されるのに対し,職務専念義務に関する同法35条は,
「勤務条件」とは別の「服務」に関する節に規定されているのであって,同条
は,同法24条6項に基づき条例で定められた勤務時間内の服務として職務
専念義務が課せられること及び服務の観点から条例によってその免除を規定
することができることを定めたものと解される。したがって,職務専念義務の免
除は,同法24条6項にいう勤務条件と密接にかかわるものであるが,勤務条
件それ自体には当たらないというべきである。
そして,地方教育行政の組織及び運営に関する法律43条1項は,「市町村
委員会は,県費負担教職員の服務を監督する。」と規定しており,県費負担教
職員の服務監督権者は,都道府県ではなく,市町村教育委員会である。
そうすると,服務の観点から職務専念義務の免除について規定する条例と
は,県費負担教職員の場合も,都道府県条例ではなく,当該職員の属する市
町村が定める条例であると解される。
以上によれば,愛知県がその所属職員の職務専念義務の免除について定
めた愛知県条例は,勤務条件ではなく,服務について定めた条例と解され,こ
れが勤務条件に密接にかかわるものであり,かつ,控訴人が県費負担教職
員であるからといって,控訴人に適用されることはないというべきである。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
  ウ また,控訴人は,県費負担教職員の職務専念義務免除に関し,愛知県条例が
適用されることの根拠として,被控訴人Bが,愛知県条例が適用されると解釈
して,職務専念義務免除の承認をしてきたこと,「学校事務の手引」にもその
旨記載され,広く学校教育現場において同様の取扱いがされてきたことを挙
げる。
    しかし,前記のとおり,愛知県条例は勤務条件そのものに係る条例ではなく,
控訴人が県費負担教職員であるからといって,控訴人に適用されることはな
いというべきであって,証拠(乙22)によれば,従前,被控訴人Bが措置要求
のための職務専念義務免除を承認してきたのは,県費負担教職員の職務専
念義務免除について,愛知県条例が適用されると誤解したためであると認め
られる。したがって,被控訴人Bの従前の取扱いをもって,愛知県条例が適用
されることの根拠と認めることはできない。
また,証拠(甲21から24まで)によれば,知多地方教職員会が作成した
「学校事務の手引」の「第3節 服務等 第1 職免」の項に,職務専念義務免
除事由として人事委員会に対する措置要求等が列挙されており,その根拠規
定として愛知県条例及び人事委員会規則の各条項が掲げられていることが
認められる。しかし,上記知多地方教職員会が任意団体を超えて法律や条例
上何らかの根拠や資格を有する団体であると認めるに足りる証拠はなく,同
会による解釈は飽くまでも私的な解釈にすぎないといわざるを得ないから,
「学校事務の手引」の上記記載をもって,愛知県条例が適用されることの根拠
となると認めることはできない。
さらに,広く学校教育現場において県費負担教職員の職務専念義務免除
について愛知県条例が適用されるとの取扱いがされてきたと認めるに足りる
的確な証拠がないばかりか,仮にそのような取扱いがされてきたからといっ
て,それは誤った取扱いが行われていたにすぎないものというべきであって,
そのような取扱いがされてきたことをもって,愛知県条例が適用されることの
根拠と認めることはできない。
    したがって,控訴人の上記主張も採用できない。
  エ さらに,控訴人は,被控訴人東浦町の県費負担教職員の職務専念義務免除
について愛知県条例が適用されないならば,県費負担教職員と県職員との間
や各市町村の県費負担教職員相互間で,職務専念義務免除事由に関する
差別的取扱いが許容されることになり,憲法14条に違反する旨主張する。
    しかし,憲法自身が各地方公共団体に条例制定権を認め,各地方公共団体が
自律的な行政を運営することを承認しているところ,前記のとおり,地方公務
員法35条は,特別の定めがある場合に限り職務専念義務を免除できるとし
ているものであるから,条例においていかなる特別の定めを置くかについて
は,各地方公共団体の広範な立法裁量にゆだねられているというべきであっ
て,各地方公共団体によって,職務専念義務免除事由に関し差異が生じたと
しても,憲法が自ら許容するところであり,憲法14条に違反するものではない
というべきである。
    したがって,控訴人の上記主張も採用できない。
  オ 以上から,被控訴人東浦町の職員である控訴人の職務専念義務免除につい
ては,県費負担教職員であっても,愛知県条例ではなく,東浦町条例が適用
される。
 ・ 東浦町教育委員会が定めた職務専念義務免除事由の存否について
  ア 控訴人は,控訴人の職務専念義務免除について東浦町条例が適用されるとし
ても,東浦町教育委員会が,口頭又は教育行政現場の慣行により,東浦町条
例2条1項3号に基づいて定めた職務専念義務免除事由があり,人事委員会
に対する措置要求は,これに該当する旨主張する。
しかし,東浦町教育委員会が,口頭又は教育行政現場の慣行によって,職
務専念義務免除事由を定めたものと認めるに足りる的確な証拠はない。
証拠(甲8)によれば,愛知県教育委員会が,各県立学校長,各市町村教
育委員会等に,県立学校職員が大学通信教育面接授業に参加する場合等を
職務専念義務免除の事由としたことを通知し,県費負担教職員についても「こ
れを参考にし,遺憾のないよう事務を処理してください。」という文面の書簡を
送付したことが認められるが,この事実から,東浦町教育委員会が,同通知
及び書簡を受けて,愛知県条例及び人事委員会規則が定める事由と同じ事
由について,職務専念義務免除事由として定めたものと認めるに足りるもの
ではない。
また,前記のとおり,従前被控訴人Bが措置要求を理由とする職務専念義
務免除の申請を承認する取扱いをしてきたことは認められるが,これは被控
訴人Bの誤解による間違った取扱いにすぎず,かかる被控訴人Bの取扱いを
もって,東浦町教育委員会が,口頭又は教育行政現場の慣行によって,職務
専念義務免除事由を定めていたことの根拠となると認めることはできない。
さらに,前記のとおり,「学校事務の手引」に愛知県条例及び人事委員会規
則が適用される旨の記載があるが,任意団体による私的な解釈にすぎず,そ
の記載をもって,東浦町教育委員会が,口頭又は教育行政現場の慣行によっ
て,愛知県条例及び人事委員会規則が定める事由と同じ事由について,職務
専念義務免除事由として定めたことの根拠となると認めることはできない。
また,そもそも,地方公務員の職務専念義務免除は,懲戒処分の判断にも
かかわる問題であって,慣行によってその有無が認められる性格のものでは
ないといえる。
イ また,控訴人は,仮に,口頭又は教育行政現場の慣行により,東浦町教育
委員会が職務専念義務免除事由を定めた事実がなかったとしても,東浦町教
育委員会は,毎年4月開催の東浦町校長会において,愛知県条例及びこれ
を受けた人事委員会規則が定める職務専念義務免除事由を「任命権者が定
める場合」として明示又は黙示に告知していた旨主張する。
しかし,かかる主張を認めるに足りる証拠はない。
  ウ したがって,本件職免申請当時,東浦町教育委員会が東浦町条例2条1項3
号に基づいて定めた職務専念義務免除事由が存在したと認めることはできな
い。
 ・ 被控訴人Bが本件職免申請を不承認とした措置の違法性について
   前記・で説示したとおり,控訴人の職務専念義務免除については,愛知県条例
ではなく,東浦町条例が適用されるところ,前記・で説示したとおり,本件職免申
請当時,東浦町教育委員会が東浦町条例2条1項3号に基づいて定めた職務専
念義務免除事由が存在したとは認められない。
そうすると,前記争いのない事実等・のとおり,本件職免申請当時の東浦町条
例によって職務専念義務が免除される場合とは,東浦町条例2条1項1号所定
の「研修を受ける場合」と,同2号所定の「厚生に関する計画の実施に参加する
場合」に限定されており,人事委員会に対し勤務条件に関する措置要求をする
場合は職務専念義務免除事由に該当する余地がないといわざるを得ない。
したがって,被控訴人Bが本件職免申請を不承認とした措置は,結論におい
て正当というべきであり,被控訴人Bが不承認の結論を出すに至った判断過程
の当否によって,控訴人が主張する慰謝料の発生原因事実としての違法性の
有無が左右されることはないというべきである。
 ・ よって,争点・に関する控訴人の主張は理由がない。
2 結論
以上によれば,控訴人の請求はその余の点について判断するまでもなくいずれ
も理由がなく,これを棄却した原判決は相当である。
よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決
する。
名古屋地方裁判所民事第1部
       裁判長裁判官   橋本昌純
          裁判官   上村考由
          裁判官   鈴木基之

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