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裁判例


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平成14年(行ケ)第416号特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年2月2日
判    決
原    告        新キャタピラー三菱株式会社
   原    告        株式会社ナブコ
原告ら訴訟代理人弁理士廣 瀬 哲 夫
被    告        特許庁長官今井康夫
同指定代理人     中 田   誠
同田 中 弘 満
同高 木   進
同涌 井 幸 一
主    文
     1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2001―72731号事件について平成14年6月20日にし
た決定を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告らは,発明の名称を「油圧式作業機械の油圧回路」とする特許第315
3118号(平成8年2月1日出願,平成13年1月26日設定登録。以下「本件
特許」という。)の特許権者である。
 本件特許につき,Aから特許異議の申立てがされ(異議2001―7273
1号),原告らは,平成14年3月5日付けで訂正請求をした(以下「本件訂正」
という。)が,特許庁は,平成14年6月20日,「訂正を認める。特許第315
3118号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決
定」という。)をし,その謄本は,同年7月15日,原告らに送達された。
2 特許請求の範囲
 本件訂正後の明細書の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,
各請求項の発明をそれぞれ「本件発明1,2」という。)。
【請求項1】 複数の油圧アクチュエータの圧油供給制御を,対応する各制御
バルブでそれぞれ行うよう構成すると共に,各制御バルブの切換え操作をする手段
として,制御バルブに供給されるパイロット圧油で行うパイロット操作手段と,該
パイロット操作手段によるもの以外の他の操作手段との両操作手段が用いられてい
る作業機械の油圧回路において,前記各油圧アクチュエータの圧油供給源から少な
くとも他の操作手段の制御バルブを経由することなく油タンクに至るアンロード油
路と,該アンロード油路を開閉するアンロード油路切換えバルブとを備えるにあた
り,前記アンロード油路切換えバルブは,一つのもので第一,第二のポンプポート
から供給される圧油をアンロードできるように設定され,さらに前記パイロット圧
油の供給源と上記制御バルブへのパイロット圧油の供給切換えをするパイロットバ
ルブとのあいだのパイロット油路に分岐パイロット油路を設け,該分岐パイロット
油路からのパイロット圧油の供給で前記アンロード油路切換えバルブの開から閉状
態への切換えを行うように構成すると共に,前記パイロット圧油供給源と分岐パイ
ロット油路の分岐点とのあいだのパイロット油路に,該パイロット油路の開閉をす
るためのパイロット油路開閉バルブを設けた油圧式作業機械の油圧回路。
【請求項2】 請求項1において,パイロット油路開閉バルブを閉じた場合に
は,パイロット圧油のパイロットバルブおよびアンロード油路切換えバルブへの供
給を断って,制御バルブの圧油供給側への切換えおよびアンロード油路切換えバル
ブの閉側への切換えをできなくするように設定されると共に,前記アンロード油路
切換えバルブは,各制御バルブが組込まれるコントロールバルブユニットに組込ま
れている油圧式作業機械の油圧回路。
 3 本件決定の理由の要旨
 本件決定は,本件訂正を認めた上,本件発明1及び2は,実願平4―797
73号(実開平6―40064号)のCD―ROM(甲3,以下「刊行物1」とい
う。)及び実願昭63―158767号(実開平2-80170号)のマイクロフ
ィルム(甲4,以下「刊行物2」という。)に記載された発明及び周知技術に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の
規定により特許を受けることができないとした。
  (1) 本件発明1について
   ア 本件発明1と刊行物1に記載された発明との一致点,相違点
(一致点)
複数の油圧アクチュエータの圧油供給制御を,対応する各制御バルブでそ
れぞれ行うよう構成すると共に,各制御バルブの切換え操作をする手段として,制
御バルブに供給されるパイロット圧油で行うパイロット操作手段と,パイロット操
作手段によるもの以外の他の操作手段との両操作手段が用いられている作業機械の
油圧回路において,パイロット圧油の供給源と制御バルブへのパイロット圧油の供
給切換えをするパイロットバルブとのあいだのパイロット油路に分岐パイロット油
路を設け,パイロット圧油供給源と分岐パイロット油路の分岐点とのあいだのパイ
ロット油路に,パイロット油路の開閉をするためのパイロット油路開閉バルブを設
けた油圧式作業機械の油圧回路。
(相違点)
 本件発明1では,各油圧アクチュエータの圧油供給源から少なくとも他
の操作手段の制御バルブを経由することなく油タンクに至るアンロード油路と,ア
ンロード油路を開閉するアンロード油路切換えバルブとを備えるにあたり,アンロ
ード油路切換えバルブは,一つのもので第一,第二のポンプポートから供給される
圧油をアンロードできるように設定され,さらにパイロット圧油の供給源と制御バ
ルブへのパイロット圧油の供給切換えをするパイロットバルブとのあいだのパイロ
ット油路に分岐パイロット油路を設け,分岐パイロット油路からのパイロット圧油
の供給でアンロード油路切換えバルブの開から閉状態への切換えを行うのに対し,
刊行物1に記載された発明では,パイロット圧油の供給源と制御バルブへのパイロ
ット圧油の供給切換えをするパイロットバルブとのあいだのパイロット油路に分岐
パイロット油路を設け,分岐パイロット油路からのパイロット圧油の供給でロック
解除シリンダを伸縮させて,他の操作手段の操作を許容又は規制する点
   イ 相違点についての判断
 刊行物2には,旋回用の油圧モータ31,左側クローラ2の走行用油圧
モータ3,アーム8の伸縮用の油圧シリンダ9,ブーム6の昇降用の油圧シリンダ
7,7,右側クローラの走行用油圧モータ32,バケット10の回動用シリンダ1
1(本件発明1の「各油圧アクチュエータ」に相当)を作動させる油圧供給源(本
件発明1の「圧油供給源」に相当)から制御弁25乃至30(本件発明1の「他の
操作手段の制御バルブ」に相当)を経由することなくタンク22(本件発明1の
「油タンク」に相当)に至るアンロード油路と,当該アンロード油路を開閉する電
磁式の安全弁37,38(本件発明1の「アンロード油路切換えバルブ」に対応)
とを備えたパワーショベル1(本件発明1の「油圧式作業機械」に相当)の油圧回
路が記載されており,また,一つのもので第一,第二のポンプポートから供給され
る圧油をアンロードできるアンロード油路切換えバルブは,例えば,実願昭55-
155939号(実開昭57-79662号)のマイクロフィルムに記載のように
周知技術にすぎない。
 そして,刊行物1に記載の発明と刊行物2に記載のものは,油圧式作業
機械の油圧回路という共通の技術分野に属するものであるから,刊行物1に記載の
発明のロック解除シリンダにかえて刊行物2に記載の電磁式の安全弁を適用し,そ
の際,周知技術のように一つのもので第一,第二のポンプポートから供給される圧
油をアンロードできるように設定することは当業者が容易に想到できたことであ
る。そして,弁をパイロット圧作動式とすることも,電磁(作動)式とすることも
ともに本件特許出願前に周知の技術であったことを考慮すると,刊行物2に記載さ
れた電磁(作動)式の弁を本件発明1のようにパイロット圧作動式の弁とすること
は単なる均等物の転換にすぎない。
 そして,全体として本件発明1によってもたらされる効果も,刊行物1
に記載の発明,刊行物2に記載の技術事項及び周知技術から,当業者であれば当然
に予測できる程度のものであって顕著なものではない。
 したがって,本件発明1は,刊行物1及び2に記載の発明及び周知技術
に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
  (2) 本件発明2について
 本件発明2は,本件発明1を引用し,さらに,「パイロット油路開閉バル
ブを閉じた場合には,パイロット圧油のパイロットバルブおよびアンロード油路切
換えバルブへの供給を断って,制御バルブの圧油供給側への切換えおよびアンロー
ド油路切換えバルブの閉側への切換えをできなくするように設定されると共に,前
記アンロード油路切換えバルブは,各制御バルブが組込まれるコントロールバルブ
ユニットに組込まれている」という構成に限定したものであるが,「パイロット油
路開閉バルブを閉じた場合には,パイロット圧油のパイロットバルブおよびアンロ
ード油路切換えバルブへの供給を断って,制御バルブの圧油供給側への切換えおよ
びアンロード油路切換えバルブの閉側への切換えをできなくするように設定され
る」ことは,刊行物1に記載の発明に刊行物2に記載の技術事項及び周知技術を適
用することにより当然に得られる構成にすぎず,また,アンロード油路切換えバル
ブを各制御バルブが組込まれるコントロールバルブユニットに組込むことは,機器
の組み付け効率等を考慮して当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないから,本件
発明2は本件発明1と同様の理由により,刊行物1及び2に記載の発明及び周知技
術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
第3 原告ら主張に係る本件決定の取消事由の要点
 本件決定は,本件発明1と刊行物1に記載された発明との相違点についての判
断を誤った結果,本件発明1についての進歩性の判断を誤り(取消事由1),ま
た,同様に,本件発明2についての進歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであ
り,その誤りは本件決定の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法とし
て取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1についての進歩性判断の誤り)
  (1) 本件決定が,「刊行物1に記載の発明のロック解除シリンダにかえて刊行
物2に記載の電磁式の安全弁を適用…することは当業者が容易に想到できたことで
ある。そして,…刊行物2に記載された電磁(作動)式の弁を本件発明1のように
パイロット圧作動式の弁とすることは単なる均等物の転換にすぎない。」と判断し
たのは誤りである。
 すなわち,刊行物2記載のセーフティロック機構において,電磁式の安全
弁をパイロット圧作動式アンロード油路切換えバルブに置き換えることは,単なる
均等物の置き換えとはいえない。すなわち,刊行物2が,他の操作手段により切り
換え操作される制御バルブのみで構成されるものであり,パイロット圧油により切
換え操作される制御バルブや,パイロット圧油供給のための油圧ポンプを有さない
ものであるから,電磁式の安全弁をパイロット圧作動式とする動機付けが得られな
い。また,仮に上記のように置き換えようとすると,パイロット圧油供給のための
油圧ポンプを設けると共に,アンロード油路切換えバルブを開閉させる切換機構を
設ける必要があるが,これは刊行物2から新たな創作を求めるものである。
 また,「刊行物1記載の操作レバーを規制するパイロット圧作動式の走行
操作規制機構」にかえて「刊行物2に記載のセーフティロック機構における電磁式
の安全弁を均等手段であるパイロット圧作動式アンロード油路切換えバルブに置き
換えたもの」を適用することも困難である。すなわち,刊行物1の「走行操作規制
機構(を構成するロック解除シリンダ)」は,パイロット圧油を作動油として受け
るものであるのに対し,「パイロット圧作動式アンロード油路切換えバルブ」は,
「パイロット圧油で弁切換えをするパイロット操作式の切換弁」を意味するもので
あるから,両者は,供給されるパイロット圧油の機能,パイロット圧油を受けたと
きの作動が全く異なるものであって,そのようなものを置き換えることは明らかに
困難である。
  (2) 被告は,予備的に,「本件発明1は,刊行物2記載のものを適用するまで
もなく,刊行物1記載の発明及び周知の技術的事項からも容易に発明できたもので
ある。」旨主張するが,誤りである。
 すなわち,被告は,本件決定の認定した相違点を後記A及びB(第4,
1,(2))の2つの構成に分けた上で,これらが相互依存の関係にないとして,別個
独立に容易想到性の判断が可能であると主張する。しかしながら,本件発明1は,
構成Aに記載される「アンロード油路切換えバルブ」をどのようにして切換える
か,ということを構成Bで具体化したもの,つまり「分岐パイロット油路からのパ
イロット圧油の供給でアンロード油路切換えバルブの開から閉状態への切換えを行
う」ものであって,これらの構成AとBとの相互関係により,オペレータの意に反
して他の操作手段による制御バルブが不用意に操作されても,対応する油圧アクチ
ュエータに圧油が供給されることのない油圧式作業機械の油圧回路を提供するとい
う技術的思想を達成するものであるから,これらは互いに密接な相互関係を有して
おり,別個独立して容易性の判断をすることはできない。
 また,被告は,刊行物1のロック解除シリンダに作用するパイロット圧を
周知のアンロード弁に作用させることにより,本件発明1を当業者が容易に想到で
きると主張するが,本件発明1の「分岐パイロット油路からのパイロット圧油の供
給でアンロード油路切換えバルブを切換える」という構成は,刊行物1及び周知技
術(甲5,乙1~6)のいずれにも開示されていない本件発明1に特有のものであ
るから,この点が容易に想到できるとはいえない。
  (3) 本件発明1は,「分岐パイロット油路からのパイロット圧油の供給でアン
ロード油路切換えバルブを切換える」ことにより他の操作方式による全ての制御バ
ルブへの圧油の供給を遮断できるものであって,それにより,オペレータの意に反
して他の操作手段による制御バルブが不用意に操作されても,対応する油圧アクチ
ュエータに圧油が供給されることのない作業機械の油圧回路を提供することができ
る。また,本件発明1は,機械的な走行操作規制機構においては,部品点数が多
く,構造も複雑で,コスト高になってしまうという,従来技術が有する課題を解決
するものである。本件発明1は,現に実用化されており,また,第三者の後願にお
いて引用されている(なお,刊行物1は,ロック解除機構,走行操作規制機構から
なる機械部品を,限られたスペースしか得られない油圧式作業機械の運転席回りに
配置することが必要となるため,実機への搭載が困難であり,実用化できなかった
ものである。)。このような本件発明1の効果は,刊行物1,2記載の発明及び周
知技術からは予測できない顕著なものである。
2 取消事由2(本件発明2についての進歩性判断の誤り)
(1) 本件決定は,上記のとおり,本件発明1についての進歩性判断を誤った結
果,本件発明1を引用する本件発明2についての進歩性判断も誤ったものである。
  (2) 本件発明2は,「分岐パイロット油路からのパイロット圧油の供給で前記
開から開状態への切換えを行うアンロード油路切換えバルブを各制御バルブが組込
まれるコントロールバルブユニットに組込んだ」点で本件発明1を更に限定したも
のである。
 従来から知られているアンロード弁は,油路内での圧損(圧力損失)を少
なくする観点から油圧ポンプの圧油を直ちにアンロードするよう油圧ポンプの出口
近くに接続されるのが一般的である。
 しかしながら,本件発明2では,上記のとおり,アンロード油路切換えバ
ルブを油圧ポンプの出口近くではなくコントロールバルブユニットに組込む構成を
採用している。これは,圧損対策を主目的とするものではなく,コンパクト化,機
器や配管の組付け効率の向上を主目的とし,そのために最適の配置構成を検討した
結果である。この構成は,刊行物1,2や甲5,乙1~6のいずれにも何ら示唆さ
れていない。
 そして,油圧回路を完成するにあたり,機器の組付け効率や小型化等を考
慮してどこにバルブを配置するか,ということは極めて重要な事項であって,当業
者にとって最も創作性を必要とする事項の一つである。
 したがって,本件決定の「アンロード油路切換えバルブを各制御バルブが
組込まれるコントロールバルブユニットに組込むことは,機器の組み付け効率等を
考慮して当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。」との判断は誤りである。
(3) 本件発明2は,本件発明1をさらに限定することにより,①コントロール
バルブユニットの構造の大型化を防止しながらアンロード油路切換えバルブを付加
し得ること,②コントロールバルブユニットの油圧式作業機械への取付のみでアン
ロード油路切換えバルブの取付を完了できること,を達成するものであり,本件発
明1の顕著な作用・効果をさらに高めるものである。
第4 被告の反論の要点
 本件決定の判断に誤りはなく,原告らの主張する本件決定の取消事由には理由
がない。
1 取消事由1(本件発明1についての進歩性判断の誤り)について
  (1) 弁をパイロット圧作動式とすることも,電磁(作動)式とすることも周知
技術であるから,電磁式の安全弁をパイロット圧作動式のアンロード油路切換えバ
ルブとすることは単なる均等手段の転換にすぎない。そうすると,刊行物2に記載
のセーフティロック機構において,電磁式の安全弁を均等物であるアンロード油路
切換えバルブに置き換えたものは,本件発明1のセーフティロック機構における他
の操作手段により切り換え操作される制御バルブを規制する手段と同一の構成を有
するといえる。そして,刊行物1記載の発明と刊行物2記載の発明とは,油圧式作
業機械の油圧回路という共通の技術分野に属するものであり,また,オペレータの
意に反して各油圧アクチュエータが作動することを規制するという目的においても
共通するものであるから,刊行物1記載の発明の「操作レバーを規制するパイロッ
ト圧作動式の走行操作規制機構と他の操作手段により切り換え操作される制御バル
ブ」にかえて,刊行物2記載の「セーフティロック機構における電磁式の安全弁
(を均等手段であるパイロット圧作動式アンロード油路切換えバルブに置き換えた
もの)及び制御バルブ」を適用して,本件発明1のように構成することは当業者が
容易になし得ることである。したがって,これと同旨の本件決定の判断に誤りはな
い。
  (2) 本件発明1は,仮に,本件決定のように刊行物1記載の発明に刊行物2記
載のものを適用しなくても,刊行物1記載の発明及び本件特許出願前に周知の技術
的事項から容易に発明できたものであるから,本件決定は,結論において誤ってい
ない(予備的主張)。
 すなわち,本件発明1の相違点に係る構成のように,「各油圧アクチュエ
ータの圧油供給源から少なくとも他の操作手段の制御バルブを経由することなく油
タンクに至るアンロード油路と,アンロード油路を開閉するアンロード油路切換え
バルブとを備えるにあたり,アンロード油路切換えバルブは,一つのもので第一,
第二のポンプポートから供給される圧油をアンロードできるように設定」すること
(A)は,甲5,乙1,2,5に示されるように,本件特許出願前に周知の技術的
事項にすぎないから,刊行物1記載の発明に上記周知の技術的事項を付加すること
は,当業者が容易に行うことができる事項にすぎない。
 また,アンロードバルブをパイロット圧油により作動させることは,甲
5,乙5,6に示されるように周知の技術的事項であり,さらに,刊行物1記載の
発明は,ロック解除シリンダの作動により走行装置を規制するものであるから,ロ
ック解除シリンダに作用するパイロット圧を,走行装置を規制する上記周知のアン
ロード弁に作用させることにより,本件発明1の相違点に係る構成のように,「パ
イロット圧油の供給源と制御バルブへのパイロット圧油の供給切換えをするパイロ
ットバルブとのあいだのパイロット油路に分岐パイロット油路を設け,分岐パイロ
ット油路からのパイロット圧油の供給でアンロード油路切換えバルブの開から閉状
態への切換えを行う」構成とすること(B)は,当業者が容易に想到できた事項に
すぎない。
 なお,本件決定においては,相違点を一体として判断しているが,技術的
には相違点を上記2つの事項に分けることができ,それらは相互依存の関係にな
く,別個独立に容易想到性の判断が可能なものであるから,ここでは,個別に主張
を行った。
  (3) 本件発明1の作用効果は,従来技術から予測可能であって,格別なもので
はない。
2 取消事由2(本件発明2についての進歩性判断の誤り)について
(1) 原告らは,「本件決定は,本件発明1についての進歩性判断を誤った結
果,本件発明1を引用する本件発明2についての進歩性判断も誤ったものであ
る。」旨主張するが,前記のとおり,本件発明1についての進歩性判断に誤りはな
いから,原告らの上記主張は,その前提を欠き,理由がない。
  (2) 本件発明2における「アンロード油路切換えバルブは,各制御バルブが組
込まれるコントロールバルブユニットに組込まれている」構成については,装置の
小型化,組立作業の容易化が機械装置類一般において自明の課題であること,「複
数のバルブを1つのバルブユニットに組み込むこと」や「第一,第二のポンプポー
トから供給される圧油をアンロードできるように設定されたアンロード油路切換え
バルブ」が周知の技術的事項であったことを考慮すると,機器の組み付け効率や小
型化等を考慮して当業者が適宜行い得る設計的事項にすぎないから,これと同旨の
本件決定の判断に誤りはない。
  (3) 本件発明2の作用効果は,従来技術から予測可能であって,格別なもので
はない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1についての進歩性判断の誤り)について
  (1) 原告らは,「本件決定が,「刊行物1に記載の発明のロック解除シリンダ
にかえて刊行物2に記載の電磁式の安全弁を適用…することは当業者が容易に想到
できたことである。そして,…刊行物2に記載された電磁(作動)式の弁を本件発
明1のようにパイロット圧作動式の弁とすることは単なる均等物の転換にすぎな
い。」と判断したのは誤りである。」旨主張するので,検討する。
ア 刊行物2の記載によれば,同刊行物には,本件決定(10頁)が認定し
たとおり,「旋回用の油圧モータ31,左側クローラ2の走行用油圧モータ3,ア
ーム8の伸縮用の油圧シリンダ9,ブーム6の昇降用の油圧シリンダ7,7,右側
クローラの走行用油圧モータ32,バケット10の回動用シリンダ11(本件発明
1の「各油圧アクチュエータ」に相当)を作動させる油圧供給源(本件発明1の
「圧油供給源」に相当)から制御弁25乃至30(本件発明1の「他の操作手段の
制御バルブ」に相当)を経由することなくタンク22(本件発明1の「油タンク」
に相当)に至るアンロード油路と,当該アンロード油路を開閉する電磁式の安全弁
37,38(本件発明1の「アンロード油路切換えバルブ」に対応)とを備えたパ
ワーショベル1(本件発明1の「油圧式作業機械」に相当)の油圧回路」が記載さ
れていると認められる。
イ そうすると,刊行物2記載の電磁式安全弁37,38は,アンロード油
路切換えバルブとして機能するものではあるが,刊行物2記載の発明は,パイロッ
ト油路からのパイロット圧油の供給という構成を有しないものであるから,パイロ
ット圧油により切換え操作されるバルブではないことが明らかである。したがっ
て,このような刊行物2記載の発明における電磁式安全弁をパイロット圧作動式ア
ンロード油路切換えバルブに置き換える動機付けはないといわざるを得ないし,ま
た,そのような置き換えを行うことは,パイロット圧油供給のための油圧ポンプや
パイロット油路を新たに設ける必要があることから,当業者が容易に想到すること
ができたと判断することはできない。
 してみると,刊行物2記載の発明における電磁式安全弁をパイロット圧
作動式アンロード油路切換えバルブに置き換えることが単なる均等物の転換にすぎ
ないということはできないから,この点についての本件決定の判断には誤りがある
といわざるを得ない。
  (2) 被告は,「本件発明1は,仮に,本件決定のように刊行物1記載の発明に
刊行物2記載のものを適用しなくても,刊行物1記載の発明及び本件特許出願前に
周知の技術的事項から容易に発明できたものであるから,本件決定は,結論におい
て誤りはない。」旨予備的に主張するので,検討する。
   ア まず,本件特許出願当時における油圧回路の技術分野の技術水準を検討
する。
 甲5(実開昭57―79662,考案の名称 建設機械の油圧回路機
構)には,「アンローダ弁35は6ポート2位置の切換弁からなり,各油圧管路系
20,21内すなわち油圧シリンダおよび油圧モータの圧力が所定の値以下にある
ときには各副油圧ポンプ27,31からの圧油を同期してそれぞれの油圧シリンダ
および油圧モータに圧送するとともに,上記油圧シリンダおよび油圧モータの圧力
が所定の値以上となったときには上記圧油を同期して油タンクTに戻しこれら副油
圧ポンプ27,31をアンロードさせるようになっている。なお,36はアンロー
ド弁35のパイロット管路であり,37はシャトル弁である。」(10頁1~12
行)という記載があり,
 乙5(特開昭55―17741,発明の名称 合流ポンプのアンロード
機構)には,「アンロード弁8aおよび8bには第1図,第2図に示すようにそれ
ぞれ2つのパイロット回路11a,11bおよび12a,12bを設け,それらの
一方のパイロット回路11a,12aは主回路4aに接続されたパイロット回路1
3aに並列に接続し,他方のパイロット回路11b,12bは主回路4bに接続さ
れたパイロット回路13bに並列に接続し,主回路4a,4bの圧力の合計が所定
の値以上になったとき,アンロード弁8a,8bが作動して補助ポンプ3a,3b
からの圧油をタンク10にアンロードするように構成してある。・・・図示しない
が,一方の主回路4aには多連式制御弁を介してアームシリンダ,旋回モータ,左
側走行モータ等のアクチュエータを接続し,他方の主回路4bには別の多連式制御
弁を介して右側走行モータ,バケットシリンダ,ブームシリンダ等のアクチュエー
タを接続してある。」(2頁右下欄1行~3頁左上欄1行)という記載があり,
 乙6(実開昭58―94901,考案の名称 アンロード弁を有する油
圧回路)には,「通常の作業においてアクチュエータ22,23の負荷がそれ程大
きくない場合は油圧ポンプ2の吐出油はチェック弁6を経て油圧ポンプ1の吐出油
と合流し,切換弁4を通ってアクチュエータ22に作用し,戻り油路24からタン
ク7に帰る。同様に油圧ポンプ11,12の油が合流してアクチュエータ23に作
用する。・・・例えばアクチュエータ22の負荷が大きくなり,油圧ポンプ1の吐
出油圧が上昇し,アンロード弁9,18のセット圧以上になれば,パイロット油路
10を介してアンロード弁9が,また,パイロット油路20を介してアンロード弁
18がそれぞれアンロードするから,油圧ポンプ2,12の負荷が減少し,油圧ポ
ンプ全体としての所要出力がエンジン出力よりオーバすることがない。」(5頁8
行~6頁7行)という記載がある。
 上記各記載によれば,油圧回路において,パイロット圧作動式のアンロ
ード油路切換えバルブ(甲5のアンローダ弁,乙5のアンロード弁,乙6のアンロ
ード弁)を設け,パイロット圧油が所定値以上になったとき,油圧アクチュエータ
へ供給する圧油をアンロードし,油圧アクチュエータへの圧油の供給を停止するこ
と,すなわち「パイロット圧油の供給でアンロード油路切換えバルブの閉から開状
態への切換えを行う」構成は,本件特許出願前に周知であったと認められる。
   イ また,刊行物1記載の発明が,本件決定の相違点認定のとおり,「分岐
パイロット油路からのパイロット圧油の供給でロック解除シリンダを伸縮させて,
他の操作手段の操作を許容又は規制する」ものであることは,当事者間に争いがな
く,具体的には,刊行物1に,
「左右走行モータ15,16の作動切換えを行う油圧切換弁53,54は
左右走行レバー17,18によつて直接操作される」(段落【0013】)
「65は前記左右走行レバー17,18の基端部位置に配設される走行操
作規制機構であつて,該走行操作規制機構65は,左右走行レバー17,18の基
端部に突設される突出ピン17b,18bに対して係脱可能な揺動プレート66,
該揺動プレート66を常時係合側に付勢する戻し弾機67,揺動プレート66を係
合解除側に強制揺動せしめるロツク解除シリンダ68等で構成されている。そし
て,ロツク解除シリンダ68が縮小した状態では,揺動プレート66が突出ピン1
7b,18bから離間して左右走行レバー17,18の操作を許容する一方,ロツ
ク解除シリンダ68が伸長した状態では,揺動プレート66が突出ピン17b,1
8bに係合して左右走行レバー17,18の操作を規制することになるが,ロツク
解除シリンダ68は前記アンロード弁61の作動に連動するようになつている。…
パイロツト弁59,60に油圧供給される状態では,差圧に基づいてロツク解除シ
リンダ68が縮小して走行操作が許容される一方,パイロツト弁59,60への油
圧供給が断たれた状態では,…ロツク解除シリンダ68が伸長して走行操作が規制
されるようになつている。」(段落【0015】)
との記載があるから,刊行物1記載の発明は,パイロット圧油の供給を断
つことにより,油圧でロック解除シリンダを伸長させて,他の操作手段の操作によ
り圧油供給制御される油圧アクチュエータへの圧油の供給を停止するもの,その反
面,パイロット圧油の供給により,上記油圧アクチュエータへの圧油の供給を許容
するものであることが明らかである。
   ウ したがって,上記ア認定の周知技術と上記イ認定の刊行物1記載の発明
とは,パイロット圧油の供給とそれの供給の停止との相違があるとはいえ,いずれ
もパイロット圧油によって,油圧アクチュエータへの作動油の供給を停止するもの
である点で一致するので,刊行物1記載の発明において,ロック解除シリンダへの
パイロット圧油の供給を断つことにより油圧アクチユエータへの圧油の供給ができ
ないようにするに当たって,上記周知のパイロット圧作動式アンロード油路切換え
バルブを採用することは,当業者が容易に行い得る程度の事項というべきである。
 なお,上記周知技術の採用に際して,パイロット圧油の供給とアンロー
ド油路切換えバルブの開閉の関係を,刊行物1記載の発明と同様に,パイロット圧
油の供給によって,アクチュエータに作動油が供給されるように設定した上,本件
発明1のように「(分岐パイロット油路を設け,)該分岐パイロット油路からのパ
イロット圧油の供給で前記アンロード油路切換えバルブの開から閉状態への切換え
を行う(すなわちアクチュエータに作動油を供給する)ように構成する」ことは,
当業者が必要に応じて適宜行う設計事項にすぎない。
 また,本件発明1の「一つのもので第一,第二のポンプポートから供給
される圧油をアンロードできるように設定されたアンロード油路切換えバルブ」が
周知技術であることは,当事者間に争いがない(第2回弁論準備手続調書)から,
アンロード油路切換えバルブを採用するに際して上記のような構成とすることも,
当業者が必要に応じて適宜行う設計事項にすぎない。
 さらに,アンロード油路は,ポンプからの圧油を油タンクに戻すもので
あるから,アンロード油路をあえて「他の操作手段の制御バルブを経由」させるべ
き技術的必然性はない。したがって,本件発明1のように,アンロード油路を「前
記各油圧アクチュエータの圧油供給源から少なくとも他の操作手段の制御バルブを
経由することなく油タンクに至る」ように設定することは,アンロード油路切換え
バルブを採用することに伴い,当業者が通常行う設計事項にすぎない。
 以上の次第で,本件発明1は,刊行物1記載の発明及び上記周知技術か
ら容易に想到することができたものであると認められる。
   エ これに対し,原告らは,「本件発明1の「分岐パイロット油路からのパ
イロット圧油の供給でアンロード油路切換えバルブを切換える」という構成は,刊
行物1及び周知技術(甲5,乙1~6)のいずれにも開示されていないから,この
点が容易に想到できるとはいえない。」旨主張する。なるほど,原告らの主張する
とおり,刊行物1及び上記周知技術は,いずれも上記構成全体を開示するものでは
ない。しかしながら,刊行物1記載の発明において前記ア認定の周知技術を採用す
れば,本件発明1の構成を容易に想到することができることは前記ウ説示のとおり
であるから,原告らの上記主張は理由がない。
(なお,原告らは,「被告は,本件決定の認定した相違点をA及びB(第
4,1,(2))の2つの構成に分けた上で,これらが相互依存の関係にないとして,
別個独立に容易想到性の判断が可能であると主張するが,構成A及びBは互いに密
接な相互関係を有しており,別個独立して容易性の判断をすることはできない。」
旨主張する。しかしながら,前記ウの説示は,上記相違点を一体のものとして判断
しており,複数の構成に分けて判断したものではないから,上記主張は採用するこ
とができない。)
  (3) 原告らは,「本件発明1は,オペレータの意に反して他の操作手段による
制御バルブが不用意に操作されても,対応する油圧アクチュエータに圧油が供給さ
れることのない作業機械の油圧回路を提供することができ,また,機械的な走行操
作規制機構においては,部品点数が多く,構造も複雑で,コスト高になってしまう
という,従来技術が有する課題を解決するものである。本件発明1は,現に実用化
されており,また,第三者の後願において引用されている。このような本件発明1
の効果は,刊行物1,2記載の発明及び周知技術からは予測できない顕著なもので
ある。」旨主張する。
 しかしながら,前記(2)のウ認定のとおり,本件発明1は刊行物1記載の発
明及び周知技術から容易に想到することができたものである以上,そこから奏され
る上記効果も当業者であれば当然予測し得る程度のものにすぎないから,原告らの
上記主張は理由がない。
(4) 以上のとおり,本件決定の本件発明1についての進歩性判断には誤りがあ
るものの,その誤りは結論に影響を及ぼさないものであり,本件発明1が特許法2
9条2項の規定により特許を受けることができないものであるとした本件決定の結
論に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明2についての進歩性判断の誤り)について
(1) 原告らは,「本件決定は,前記のとおり,本件発明1についての進歩性判
断を誤った結果,本件発明1を引用する本件発明2についての進歩性判断も誤った
ものである。」旨主張する。しかしながら,前記1認定のとおり,本件決定の本件
発明1についての進歩性判断は,結論において誤りがないから,原告らの上記主張
は,その前提を欠き,理由がない。
(2) 原告らは,「本件決定の「アンロード油路切換えバルブを各制御バルブが
組込まれるコントロールバルブユニットに組込むことは,機器の組み付け効率等を
考慮して当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。」との判断は誤りである。」
旨主張する。
 しかしながら,複数の油圧アクチュエータへの圧油供給制御を行う複数の
制御バルブを一つのバルブユニットに組み込むことが周知であることは,当事者間
に争いがない(原告第2回準備書面12頁)ところ,バルブユニットに組み込まれ
るバルブという観点からは,「油圧アクチュエータへの圧油供給制御を行う制御バ
ルブ」も,「一つのもので第一,第二のポンプポートから供給される圧油をアンロ
ードできるように設定されたアンロード油路切換えバルブ」も,格別の技術的差異
があるということはできない。また,装置のコンパクト化や組立作業の容易化は,
機械装置一般において周知の課題である。したがって,複数のバルブを備えた刊行
物1記載の発明の油圧回路において,前記周知のアンロード油路切換えバルブを採
用するに当たり,上記周知事項を考慮して,本件発明2のように,「前記アンロー
ド油路切換えバルブは,各制御バルブが組込まれるコントロールバルブユニットに
組込まれている」構成とすることは,当業者が必要に応じて適宜行い得る設計事項
というべきである。したがって,原告らの上記主張は理由がない。
(3) 原告らは,「本件発明2は,本件発明1をさらに限定することにより,①
コントロールバルブユニットの構造の大型化を防止しながらアンロード油路切換え
バルブを付加し得ること,②コントロールバルブユニットの油圧式作業機械への取
付のみでアンロード油路切換えバルブの取付を完了できること,を達成するもので
あり,本件発明1の顕著な作用・効果をさらに高めるものである。」旨主張する。
 しかしながら,本件発明2に係る構成が容易に想到可能であると認められ
る以上,そこから奏される上記効果も当業者であれば当然予測し得る程度のもので
あるから,原告らの上記主張は理由がない。
(4) したがって,取消事由2は理由がなく,本件発明2が特許法29条2項の
規定により特許を受けることができないものであるとした本件決定の結論に誤りは
ない。
3 結論
 以上のとおり,本件決定の結論に誤りはなく,他に本件決定を取り消すべき
瑕疵は見当たらない。
 よって,原告らの本件請求はいずれも理由がないから,これを棄却すること
とし,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第3民事部
  裁判長裁判官 北  山  元  章
 裁判官  清  水     節
     裁判官沖  中  康  人

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