弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審においてした仮処分申請をいずれも却下する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事   実
(当事者双方の申立)
一、控訴人
(一) 原判決を取消す。
(二) 被控訴人イトメン株式会社(以下被控訴会社という)は、自己の商品につ
き原判決添付目録(4)ないし(6)の文字、標章もしくはこれに類似する文字、
標章を用いて宣伝、頒布、販売をしてはならない。
(三) 被控訴会社が保有し、かつ、その製造にかかる右目録(4)ないし(6)
の文字、標章もしくはこれに類似する文字、標章を付した一切の商品、包装紙、容
器、パツキングケースおよび宣伝用印刷物に対する被控訴会社の占有を解いて、控
訴人の申立てにより神戸地方裁判所姫路支部執行官にその保管を命ずる。
(四) 被控訴人【A】は、右目録(4)ないし(6)の文字、標章もしくはこれ
に類似する文字、標章を用いて自己もしくは第三者の商品の宣伝、頒布、販売をし
てはならず、または第三者をしてなさしめてはならない。
(五) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二、被控訴人ら
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 訴訟費用は控訴人の負担とする。
(当事者双方の主張と疎明)
 次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示(ただし、原判決一二枚目表四行
目の「目録(6)」を「目録(4)」に、同九行目の「同法」を「不正競争防止
法」にそれぞれ訂正する。)と同一であるから、これを引用する。
一、控訴人
(一) 株式会社日本リサーチセンターの調査結果(疎甲第四五号証の一、二)で
は、次の事実が認められた。すなわち、(イ)回答者の五一・八パーセントが「ヤ
ンマー」表示のラーメン等の営業主体をヤンマーデイーゼル株式会社(控訴人)で
あると誤認混同している。(ロ)「ヤンマーラーメン」という商品を宣伝の場や陳
列の場で見聞きした場合には、デイーゼルエンジンメーカーの商品であると感ずる
回答者は三三・〇パーセント。(ハ)「ヤンマーラーメン」の包装提示により誤認
混同は、提示前より低下するが、なお回答者の三五・二パーセントが誤認混同して
いる。次に社会行動研究所の調査結果(疎甲第四六号証の一、二)では、次の事実
が認められた。すなわち、(イ)被控訴会社の「ヤンマー洋風ラーメン鼓笛隊」の
コマーシヤルフイルムを見た回答者でヤンマーデイーゼルのコマーシヤルと誤認し
た者は関東で二二・四パーセント、関西で一二・二パーセント。(ロ)被控訴会社
の右コマーシヤルフイルム呈示後右ラーメンをつくつている会社名を尋ねたのに対
し、ヤンマーとする者関東で五七・六パーセント、関西で三五・〇パーセント、ヤ
ンマーデイーゼル株式会社とする者関東で三二・八パーセント、関西で二一・一パ
ーセント、伊藤製粉製麺株式会社(被控訴会社の当時の商号)とする者関東で〇、
関西で〇・八パーセント。(ハ)「ヤンマーラーメン」をつくつている会社名を尋
ねたのに対し、ヤンマーまたはヤンマーデイーゼルでつくつているとする者は、ヤ
ンマーデイーゼルのテレビコマーシヤル呈示グループでは関東で二三・二パーセン
ト、関西で二一・一パーセント、ヤンマー洋風ラーメン鼓笛隊テレビコマーシヤル
呈示グループでは関東で七一・二パーセント、関西で三四・九パーセント。(ニ)
ヤンマーデイーゼル株式会社と伊藤製粉製麺株式会社とは何か関係があるかを尋ね
たのに対し、関東、関西を通じ、関係があるとする者五六・九パーセント、関係が
ないとする者二三・二パーセント。(ホ)「ヤンマーラーメン」はヤンマーでつく
つているとの意見があるが、この意見に賛成するかどうかを尋ねたのに対し、賛成
の者二八・六パーセント、やや賛成の者五・二パーセント、反対の者三三・七パー
セント。「ヤンマーラーメン」をつくつている会社とヤンマーデイーゼルは同じ会
社だとの意見があるが、この意見に賛成かどうかを尋ねたのに対し、賛成の者五・
八パーセント、反対の者三三・七パーセント。
 以上の調査結果からみて、被控訴会社の「ヤンマー」表示の使用により、控訴人
との間で商品主体、営業主体の混同を生ぜしめている事実は否定するに由なきとこ
ろである。
(二) 被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムが、放映後、控訴人のものと誤
認されて、控訴人の広告代理店である株式会社明治通信社に誤送された事実があ
る。
(三) 今日は多角経営の時代ともいわれ、繊維工業メーカーが食品に進出する例
(カネボウーチユーインガム、アイスクリーム)機械工業メーカーが食品に進出す
る例(東京重機工業ージユーキミシンのメーカーが東京重機食品という子会社にジ
ユーキパンを製造せしめている)はかなり数にのぼるし、近時控訴人と競業関係に
ある著名な三菱重工業株式会社が新聞紙上で「スナイス」という食品を宣伝して、
食品部門に進出し、少くとも進出する傾向にある。したがつて、被控訴会社がその
製造にかかるインスタントラーメン等に「ヤンマー」表示を使用することにより、
被控訴会社の商品ないし営業が控訴人自身またはその系列会社の商品ないし営業で
あるとの印象を与えることを否定することはできない。
(四) 被控訴人らの不正競争防止法六条の主張は理由がない。不正競争防止法が
異業異種商品間に混同を生ぜしめる行為を規制するのに対し、商標法は、堅く同種
の原則を貫き、同業同種の商品間に生ずる誤認混同を防止抑止することを目的とす
るものである。したがつて商標法による権利の行使は、競争関係にある企業間で同
一または類似の商品に同一または類似の表示が使用され誤認混同が生じる場合に限
られ、競争関係のない企業間で異種商品の表示の混同が問題とされる場合に許され
るものではない。本件では、競争関係がなく異種の商品を取扱う控訴人、被控訴会
社間で、商標の使用につき争いが生じ、控訴人において被控訴会社を相手どり不正
競争防止法上の保護救済を求めているのであるから、被控訴会社が自己の登録商標
権の行使、援用を主張できないことは明らかである。けだし、同種の原則適用に必
要な要件としての事実がないのに登録商標権の行使であると主張して、法律の保護
を不正競争防止法に求めようとすることに帰するからである。
(五) 本件仮処分申請における被保全権利に関し、従来主張の不正競争防止法一
条に基づく差止請求権のほかに、次のとおり、予備的に、民法七〇九条の不法行為
または民法二〇五条の準占有に基づく差止請求権を主張する。
 被控訴会社が「ヤンマー」(YANMAR)なる表示を使用して自己の商品を販
売し宣伝していることは、控訴人が創造した商号、商標を盗用し、その著名性を利
用して自己の商品の販売を拡張しようとしたものであり、その結果控訴人の商号、
商標のもつ独自性、唯一無二性を弱め、企業イメージを低下せしめる行為であつ
て、そのこと自体民法七〇九条の不法行為の構成要件を充足する行為であるといわ
なければならない。不法行為については損害賠償請求を本来の建前としているが、
本件のようにその不法行為が継続している場合には、その行為の差止を求めうる権
利が容認されるべきである。
 控訴人は、「ヤンマー」(YANMAR)の商標、商号(正確にいうならば商号
の主要な一部)について権利を有し、自己の営業活動のみならず社会的な活動(た
とえばサツカーリーグのごとき)にその表示を使用する権利を専有している。右権
利は企業利益ないし企業権(商号権、商標権、グツドウイル、信用、識別力等の集
合体)ともいうべきもので、法的保護に値するものである。したがつて控訴人は、
右利益を享受する準占有者として、これを妨害する者に対し、その妨害の停止、予
防を請求することができるというべきである。
二、被控訴人ら
(一) 控訴人提出の調査書(疎甲第四五、四六号証の各一、二)は、控訴人が原
判決後、訴訟上の証拠をうるため多額の費用を投じて株式会社日本リサーチセンタ
ー、社会行動研究所に作成させたものである。右各調査は、商標、商号に関する市
場実態調査として公正、適切な方法で行なわれていない。かりに右各調査結果をそ
のまま是認するとしても、調査結果の検討と解釈を誤り間違つた判断をしているの
であつて、右調査結果を専門的立場から客観的に判断し評価した場合には、かえつ
てインスタントラーメンの一般消費者は、「ヤンマー」なる表示のあるインスタン
トラーメンとヤンマーデイーゼルとの間に現実には何らの誤認混同を生じておら
ず、またそのおそれもないことが明らかである。
(二) 被控訴会社の広告代理店である株式会社富士広告社が過去五年間に取扱つ
たテレビコマーシヤルフイルムは五五五五本、ラジオコマーシヤルテープは三六本
合計五五九一本であるから、控訴人が株式会社明治通信社に誤送されたと称するテ
レビコマーシヤルフイルム六本は、右の僅か〇・一パーセントにすぎない。
(三) 三菱重工業株式会社は「スナイス」(ソフトクリームの一種)をつくる機
械を製造し、その機械を喫茶店、レストラン等に販売しているのであつて、食品た
る「スナイス」そのものを製造販売しているのではない。またカネボウは繊維、東
京重機工業は家庭用器機(ミシン、編機等)を本来の業種とするもので、業務用動
力エンジンの専門メーカーである控訴人と競業関係にあるものではない。かりに企
業の多角経営化が一般的傾向であるとしても、多角経営化の理論は、まず事実上自
己の営業種目の多様化の存在を前提とし、そのためには商号もまた一般化されるこ
とが重要である。たとえば、サントリー、ソニー、ヤシカはそれぞれウイスキー、
ラジオ、カメラとの結合をその商号から喪失せしめている。控訴人はデイーゼルエ
ンジンないし農機具の専用メーカーとしての印象を一般消費者に与えており、また
控訴人の商号もヤンマーデイーゼル株式会社という営業品目との結合商号であつ
て、一般化された呼称ヤンマー株式会社あるいは株式会社ヤンマーではない。
(四) 不正競争防止法六条の主張を補足する。商標権の効力は、特許庁の無効審
決が確定しない限り、すべての第三者をも拘束し何人もこれを否定することはでき
ず、裁判所といえどもその例外ではない。控訴人は、被控訴人【A】の商標出願に
対して商標法四条一項一一号及び一五号に該当するとして異議申立をし、特許庁の
認容するところとならなかつたが、商標登録後もこれに対する無効審判を申立てて
いる。しかし商標法四条三項によると、同条一項八号、一〇号、一五号に該当する
商標であつても、商標登録出願の時点において右各号に該当しない限り適用しない
と規定しているから、右異議申立を斥けた際、少くとも被控訴人【A】の商標出願
時たる昭和三六年六月二一日当時には、右各号に該当する事実は存在しなかつたと
特許庁が認めたことを意味し、今後無効審決がなされる可能性もない。
 控訴人は、商標法は堅く同種の原則を貫き、異業異種商品間に生ずる混同につい
ては全く与り知らぬところである旨主張するが、商標権を付与するにあたつては競
業関係のある同業商品間についてのみならず、競業関係のない異種商品間について
も混同を生ずるおそれがあるかどうかをも考慮して拒絶または登録査定を行なう
(商標法四条一項五号)ことになつている。この点において商標法も不正競争防止
としての機能をもつているのである。したがつて不正競争防止法六条が競業関係に
ない異種商品間における商標権行使の場合に適用がないとの控訴人の主張は理由が
ない。
 被控訴会社が原判決添付目録(5)とともに使用している同目録(4)は、単に
同目録(5)のローマ字の構成部分を片仮名に変更した形態にすぎず、その要部に
及ぶ変更ではない。商標の同一性ないし類似性は必ずしも常に厳格である必要はな
く、その時代に応じた経済的、社会的取引通念に従つて判断すべきものである。余
りにも厳格な同一性を要求することは、商標法の目的の一つである商標使用権者の
業務上の信用維持を図ることに反することになるおそれがある。英語、ローマ字の
普及が著しい現代においては、かつてのごとく、日本字とローマ字との間に強い区
別をしないのがむしろ通常である。そのように解する根拠として、いわゆる工業所
有権の保護に関するパリ条約五条C二項(一九三四年ロンドン改正会議において付
加)の規定がある。すなわち、外国において日本で登録された商標とは異る形態
で、たとえば使用のための適応または構成部分の翻訳の場合に商標が使用されたと
きは、両者の間に本質的でない変更としてこれを認めようとするものである。
(五) 被保全権利に関する控訴人の予備的主張は主張自体認められるべきでな
い。わが民法上、不法行為に基づく被害者の権利はその対象のいかんを問わず損害
賠償請求権を原則とする。もつとも近時公害事件の解決にあたり、生命、身体に対
する侵害が継続する場合に差止請求権を容認しようとする傾向が一部の学説や下級
審の判例上現われている。しかし公害事件と本件とではその前提とする事実関係が
相違しており、一企業利益の侵害行為について、法の明文によらないで控訴人の主
張するような漠然かつ不十分な根拠に基づいて差止請求権を認めるべきではない。
わが法制度上は不正競争防止法一条各号に該当する場合にのみ差止請求権が認めら
れているにすぎない。このことは控訴人主張の準占有上の権利についても同様であ
る。被控訴会社は積極的使用を本質とする登録商標の権利者として適法に指定商品
に商標を使用している者であるが、控訴人のごとく自己の権利を強調する余り、他
の企業が法律上与えられた権利を無視して、または十分な法的根拠がないのに不法
行為、準占有に準拠し、損害賠償請求権をとびこえて一挙に被控訴会社の権利行使
と認められる行為の差止めを求めることは許されるべきでない。そうでないと、憲
法が保証した財産権は法律によらないで違法に侵害せられ、同時に憲法が保証した
国民の基本的権利としての営業の自由もまた剥奪される結果となる。
三、疎明(省略)
       理   由
一、当裁判所は、不正競争防止法一条一号、二号の差止請求権を被保全権利とする
控訴人の仮処分申請は、いずれも理由がなく却下すべきであると判断するものであ
つて、その理由は次のとおり付加するほかは、原判決理由の説示と同一であるか
ら、これを引用する。
(一) 原判決二二枚目表三行目「疎明資料がない。」につづけて次のとおり加え
る。
 「成立に争いのない疎甲第四七号証、疎乙第二七、二八号証によると、三菱重工
業株式会社が「スナイス」という食品をつくる機械を製造販売していることが一応
認められるにとどまり、同会社が多角経営により食品部門に進出し、または進出し
ようとすることの疎明資料はない。したがつて控訴人のこの点に関する主張は採用
できない。」
(二) 原判決二三枚目裏八、九行目「一応認めることができる。」の次行以下に
次のとおり加える。
 「被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムまたは内容を撮影した写真で音声を
文字で表わしたものであることにつき争いのない疎検甲第二号証の一ないし八、同
第三号証の一、二、同第四号証の一ないし七、成立に争いのない疎甲第四九号証の
一、二、当審証人【B】の証言、当審における検証の結果によると、株式会社宮崎
放送ほか一社で放映された被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルム各三本合計六
本が、放映後右各放送会社から株式会社明治通信社(控訴人の広告代理店)に控訴
人のものとして誤送された事実が認められる。しかし弁論の全趣旨により成立を認
める疎乙第二九ないし第三一号証によると、昭和四一年八月から昭和四四年八月ま
での間に、株式会社富士広告社(被控訴会社の広告代理店)が右宮崎放送に送稿し
た被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムは五七本、ラジオコマーシヤルテープ
一本であること、また右宮崎放送分を除く放送会社不明の三本分は昭和四〇年中に
放映されたものであるが、昭和三九年九月から五年間に、右富士広告社が右宮崎放
送を含む三六の放送会社へ送稿した被控訴会社のテレビコマーシヤルフイルムは五
五五五本、ラジオコマーシヤルテープは三六本にものぼることが認められる。した
がつて前記誤送の事実はまれな事例であつて、軽微な不注意に基づくものとみるべ
きであり、これをもつて不正競争防止法一条一号、二号所定の混同を判定するのは
相当でない。」
(三) 原判決二四枚目裏一一行目の「のである。」と「なお、」の間に次のとお
り加える。
 「疎甲第四五号証の一、二は株式会社日本リサーチセンターが、疎甲第四六号証
の一、二は社会行動研究所がそれぞれ控訴人の依頼に基づき、無作為に抽出した調
査者を対象に、一般需要者が「ヤンマー」表示インスタントラーメンを販売する被
控訴会社の行為がヤンマーデイーゼルという表示のイメージに影響を及ぼすか、右
行為により被控訴会社と控訴人との間に誤認、混同の事実が認められるか等につい
て調査した結果を記載した報告書および資料集であつて、いずれも結論としてこれ
らを肯定する資料である。しかし、右各報告書の内容を仔細に検討してみると、当
審証人【C】の証言により成立を認める疎乙第二六号証および同証言によつて認め
られるように、調査に使用した質問方法について、全体の質問の配列、回答選択肢
の選択の仕方と配列順序、質問文と回答選択肢の表現等に誘導、作為がうかがわれ
ないではなく、また調査結果の検討と解釈において、消費者の自発的、自然的な回
答を得易い自由回答の結果よりも、誘導、作為の入り易い回答選択肢を示しての回
答の結果を重視したごとく認められないではない。そして疎乙第二六号証の記載中
には右各報告書に対する理解不充分等のため、その誤解、独断にわたる判断の記載
部分があつて、これを全面的には採用し難いにしても、疎乙第二六号証のなかで挙
げている右各報告書に対する批判および調査結果の見方については、にわかに排斥
し難いものがあつて、これらの点を合わせ考えると、疎甲第四五、四六号証の各
一、二の記載内容をそのまま採用することはできない。のみならず、不正競争防止
法一条一号、二号の「混同」については、単に文字的、数学的な基準によることな
く、当該表示の使用方法、態様等諸般の事情に照らし、かつ、取引界の実情、並び
に常識ある普通人の取引上における客観的注意を標準として、具体的に評価判断す
べきものである(それは単なる事実問題ではなく法律問題である。)こと前記のと
おりであるから、たとえ前記各調査の結果、「事実上の混同」を肯定する比較的多
数人の回答ないし統計的数値が得られたとしても、直ちに右法条の「混同」を認め
うるものでない。」
二、当審で予備的に追加した仮処分申請について。
 右仮処分申請は、被控訴会社による「ヤンマー」表示の使用行為等が、民法七〇
九条の不法行為に、または控訴人の有する民法二〇五条所定の権利に対する妨害に
それぞれ該当するとし、不法行為上の差止請求権または準占有にともなう占有訴権
が認められることを前提に、これらを被保全権利として主位的申請と同趣旨の仮処
分を求めるものである。
 わが不法行為法は、民法七〇九条以下の規定に照らし、違法行為から生じた損害
を填補させるものであつて、被害者の救済方法として、現になされている違法行為
の排除、停止ないし将来の違法行為の予防の請求権を認めるものではないと解すべ
きである。一般に侵害された権利または利益の性質により、損害賠償のみ認める
か、妨害排除まで認めるかは立法政策の問題であつて、不正競争防止法一条の差止
請求権のごときも、いわば不法行為の特殊類型として、同条に規定する要件のもと
に特に認められたものというべきである。したがつて、不法行為一般を理由とする
妨害排除ないし予防の請求権を認めるべきであるとの控訴人の主張は採用できな
い。
 次に、控訴人の主張する民法二〇五条の権利とは、「ヤンマー」等の表示につき
有する商号権、商標権、グツドウイル、信用、識別力等の集合した企業利益または
企業権(以下単に企業利益という)を指すというのであるが、かかる企業利益自体
をもつて法律上保護すべき一個独立の利益として認めることはできないから、いう
ところの「企業利益」を構成する商号権、商標権、不正競争防止法上の権利等の個
別的権利を主張するは格別、「企業利益」に基づいて被控訴人らに対し妨害の排除
ないし予防を請求しうる法的根拠はないものといわなければならない。要するに控
訴人の主張は、商号権、商標権、グツドウイル、識別力等を企業利益と構成し、こ
れを準占有の客体とすることによつて、商法、商標法、不正競争防止法がそれぞれ
定めている差止請求権とは別個に、民法一九八条、一九九条の要件のもとに差止請
求権を認めようとするもののようであるが、独自の見解であつて採用することがで
きない。
 以上のとおりであつて、予備的仮処分申請も被保全権利の疎明を欠くものという
べきである。
三、よつて、原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審におけ
る予備的仮処分申請は理由がないからこれをいずれも却下することとし、控訴費用
の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山内敏彦 黒川正昭 金田育三)

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