弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役三年に処する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、被告人本人ならびに弁護人正木亮、同正木捨郎連名提出の各
控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所
の判断は左のとおりである。
 一、 弁護人の論旨第一点ならびに被告人本人の論旨中、法令適用の誤りを主張
する点について
 所論は、「被告人の原判示一の(一)の誘拐の所為は、刑法第二二四条所定の未
成年者誘拐罪に該当するものであるにかかわらず、原判決が営利誘拐罪の規定であ
る同法第二二五条を適用して処断したのは違法である。」
 というのである。しかしながら、未成年者に対する誘拐行為であつても、それが
営利の目的に出たものであるときは、刑法第二二四条を適用すべきではなく、同法
第二二五条によつて処断すべきことは右各法条の文理上明らかであるのみならず、
その立法趣旨に照らしてもまた疑を容れる余地がないから、本件の被害者たる原判
示Aは未成年者ではあるが、もし被告人に営利の目的があつたならば、その所為は
単なる未成年者誘拐罪ではなく、刑法第二二五条所定の営利誘拐罪が成立するもの
といわなければならないのである。換言すれば、本件被告人に営利の目的があつた
と認められるかどうかという点が、問題を解決するに最も重要な焦点になるわけで
ある。そこで、刑法第二二五条にいわゆる「営利の目的」というのはいかなる意味
であるかという点について考えてみると、誘拐罪の保護法益は人の自由であること
は刑法における同罪に関する規定の地位と、その規定の内容に照らして明白である
から、刑罰加重の要件である「営利の目的」という観念を定めるに当つてもまた右
の立法趣旨にそうように解釈しなければならないのは当然である。ところで、刑法
が営利の目的に出た誘拐を、他の動機に基くそれよりも、とくに重く処罪しようと
する理由は、原判決も詳細に判示しているが、要するに営利の目的に出た誘拐行為
は、その性質上他の動機に基く場合よりも、ややもすれば被誘拐者の自由に対する
侵害が一層増大される虞があるためであつて、とくに被誘拐者その他の者の財産上
の利益に<要旨第一>対する侵害を顧慮したためではないと認められるから、刑法第
二二五条にいわゆる「営利の目的」とは、ひろく自己又は第三者のため
に財産上の利益を得ることを行為の動機としている場合の総てをいうものではな
く、被誘拐者を利用し、その自由の侵害を手段として、自己又は第三者のために財
産上の利益を得ようとする場合に限るものと解すべく、ただそれは被誘拐者を利用
するものである限り、必ずしも誘拐行為自体によつて利益を取得する場合に限ら
ず、誘拐行為後の或行為の結果、これを取得する場合をも包含するものと解するの
を相当とする。
 よつて、進んで、本件被告人に、果して右に述べたような営利の目的があつたか
どうかという点について審究すると、原判決が証拠に基いて認定した被告人の所為
は、要するに、釈放の代償、即ち、身代金を得る目的を以て原判示Aを誘拐したと
いうのであるが、かように釈放の代償を得るために人を誘拐するのは財産上の利益
を得るために、被誘拐者の身体を自己の支配下に置き、その自由を制限するものに
他ならないから、それはとりもなおさず被誘拐者を利用して自己の財産上の利益を
得ようとするものであつて、刑法第二二五条にいうところの営利の目的を以て人を
誘拐したというのに該当するものといわなければならない。原判決は同条にいわゆ
る営利の目的という観念をひろく解し、「自己又は第三者のために財産上の利益を
得ることを行為の動機としている場合はその利益を取得する手段、方法については
何等の制限はない」という前提に立ち、「被誘拐者の身体を直接利用しようとする
場合であると、そうでない場合とによつて差異を生ずるものではない。」と説明し
たうえ、被告人を営利誘拐罪に問擬しているが、営利誘拐罪における「営利の目
的」とはさようにひろく解すべきものではないことは、さきに、判示したとおりで
あるから、この点に関する原判決の見解は必ずしも正当であるということはできな
いけれども、本件被告人の誘拐行為は、右に説明したとおりの理由により刑法第二
二五条所定の営利誘拐罪に該当するものであるから、同法条の規定を適用処断した
原判決の法令の適用は結局において正当に帰するものというべく、原判決には所論
のような法令適用の誤りは存しないといわなければならない。
 然るに、弁護人は、「原判決のような見解はわが国明治以来の刑法立法の沿革に
照らして正当ではない。ことに明治三四年の刑法改正案においては、犯人が自己の
利を図る手段として用いる場合と、被誘拐者の身体を利用して利益を得る場合とを
区別し、前者と後者とを別条に規定している点からみても、営利の観念に二種あつ
て、現行刑法第二二四条の規定(控訴趣意書に第二二五条とあるのは誤記と認め
る)中にも営利の場合のあることが明らかとなり、明治三四年案の第二六四条第三
項に該当するものが含まれていることは一点疑の余地がないのにかかわらず、原判
決が利を営むが為の誘拐行為を総て刑法第二二五条の営利誘拐を以て問擬したの<要
旨第二>は不当であり、かつ罪刑法定主義にも反するものである。」と主張している
が、さきにも一言したように、いやしくも営利の目的を以て誘拐行為を
した場合には、その対象たる人が未成年者であると否とを問わず、総て刑法第二二
五条の罪が成立し、同法第二二四条の未成年者誘拐罪の成立する余地はないと解す
べきものであつて、右の見解の正当なることは、所論援用にかかる明治三四年の刑
法改正案第二六三条、第二六四条と、現行刑法第二二四条、第二二五条とを比較対
照しても容易に是認しうるところである。また弁護人のその余の所論は、主として
原判決が刑法第二二五条にいわゆる営利の目的をひろく解釈したことに対する非難
であるところ、この点に関する原判決の見解がやや当を得ていないことは前に判示
したとおりであるが、これを狭義に解しても、なお本件被告人の行為は営利誘拐罪
に該当すると解すべきものであることもまた右に詳細に判示したところによつて明
らかであるばかりでなく、その解釈は決して罪刑法定主義に反するものと認められ
ないから、結局原判決の法令適用は正当であるというべく、所論は遺憾ながらこれ
を採用することができない。論旨はいずれも理由がない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 下関忠義)

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