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平成29年2月23日判決言渡
平成28年(行ケ)第10039号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年1月24日
判決
原告テルモ株式会社
訴訟代理人弁護士小林幸夫
弓削田博
河部康弘
藤沼光太
神田秀斗
弁理士向山正一
村山信義
被告Y
訴訟代理人弁理士小椋正幸
寺本光生
大槻真紀子
田部元史
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が無効2014-800166号事件について平成28年1月5日にした
審決中,「特許第5512586号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を
無効とする。」との部分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許一部無効審決における無効審決部分に対する取消訴訟である。争点
は,進歩性判断(①引用発明の適格性の有無,②引用発明と周知技術を組み合わせ
る動機付けの有無,③周知技術の認定の当否,④引用発明と周知技術との組合せに
対する阻害要因の有無,⑤容易想到性の判断の当否)の当否である。
1特許庁における手続の経緯
(1)本件特許
原告は,名称を「医療用複室容器」とする発明についての本件特許(特許第55
12586号)の特許権者である(甲26)。
本件特許は,平成17年2月17日(本件優先日)に出願した特願2005-4
1213号を基礎とする優先権を主張して,平成18年2月17日に出願をした特
願2006-41398号を,平成23年4月7日に分割出願(本件特許出願)し
た特願2011-85737号に係るものであり,平成26年4月4日に,請求項
1~請求項5に係る発明について設定登録された(甲26)。
(2)無効審判請求
被告は,平成26年10月2日付けで本件特許について無効審判請求をし(無効
2014-800166号。甲27),原告は,平成27年11月27日付けで訂正
(本件訂正)請求をした(甲40)。
特許庁は,平成28年1月5日,「特許第5512586号の明細書,特許請求の
範囲及び図面を訂正請求書に添付された訂正明細書,特許請求の範囲及び図面のと
おり,訂正後の請求項[1-5]について訂正することを認める。特許第55125
86号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決を
し,その謄本は,同月15日,原告に送達された。
2本件発明の要旨
本件特許の本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2記載の発明(それぞれ,
「本件発明1」及び「本件発明2」といい,まとめて「本件発明」という。)の要旨
は,以下のとおりである。
【請求項1】
「可撓性材料により作製され,内部空間が剥離可能な仕切用弱シール部により第
1の薬剤室と第2の薬剤室に区分された容器本体と,該容器本体の下端側シール部
に固定され,前記第1の薬剤室の下端部と連通する排出ポートと,前記第1の薬剤
室に収納された第1の薬剤と,前記第2の薬剤室に収納された第2の薬剤と,前記
排出ポートの先端部の上方を取り囲むように形成され,前記第1の薬剤室と前記排
出ポートとの連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部とを備える医療用
複室容器であり,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端側シール
部により形成され,空室となっている空間内に,0.1~0.5mlであり,かつ,
該空間内の容積lml当たり,0.02~0.1mlの静脈より生体に投与されて
も無害である無菌水のみが添加され,かつ前記医療用複室容器が高圧蒸気滅菌され
ることにより,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端側シール部
により形成された前記空間内に添加された前記水が蒸気化することにより前記空間
内および前記空間を形成する内面が滅菌されていることを特徴とする医療用複室容
器。」
【請求項2】
「前記連通阻害用弱シール部は,一端が前記排出ポートが取り付けられた閉塞部
より前記仕切用弱シール部側に延びる第1の部分と,該第1の部分と連続しかつ前
記排出ポートの中心軸に対してほぼ直交する方向に延びる第2の部分と,該第2の
部分と連続しかつ前記閉塞部側に延びかつ前記閉塞部に到達する第3の部分を備え,
前記排出ポートの先端部の上方を取り囲むように形成されており,前記排出ポート
は,本体部と前記先端部を有する筒状体である請求項1に記載の医療用複室容器。」
3審決の理由の要点
(1)本件訂正請求を認める。
(2)本件発明に対する無効理由の要旨
ア無効理由1
本件発明は,優先権の利益を享受することができる発明ではなく,特開2006
-43061号公報に記載された発明,特開2005-342174号公報,甲3
~7,甲10,第十四改正日本薬局方解説書D754~762及び第十四改正日本
薬局方206頁,1235頁に記載された技術的事項,並びに周知技術(甲9,1
8)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法2
9条2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法123条1項
2号に該当し,これらの発明についての特許は無効とすべきである。
イ無効理由2
本件発明1は,甲8の1に記載された発明及び周知技術(甲3~7,9,10,
18)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法
29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件発明2は,
甲8の1に記載された発明,甲9に記載された発明及び周知技術(甲3~7,10,
18)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法2
9条2項の規定により特許を受けることができないものであり,いずれも同法12
3条1項2号に該当し,これらの発明についての特許は無効とすべきである。
ウ無効理由3
本件特許の請求項1の「無菌水」という用語は依然として不明確であるから,本
件特許は特許法36条6項1号のサポート要件,同項2号の明確性要件及び同条4
項1号の実施可能要件を満たしておらず,同法123条1項4号に該当し,無効と
すべきである。
(3)無効理由1についての判断
本件特許出願は,適法な分割出願であり,また,本件発明は,先の出願明細書等
に記載された発明であるから,優先権の利益を享受できる。
したがって,特許法29条2項の規定の適用については,本件特許出願は,本件
優先日である平成17年2月17日に出願されたものとみなすから,それより後の
平成18年2月16日及び平成17年12月15日にそれぞれ公開された特開20
06-43061号公報及び特開2005-342174号公報を出願日前に公知
となった文献として主張する,無効理由1はその前提において誤りであり,理由が
ない。
(4)無効理由2についての判断
本件発明は,本件優先日前に頒布された刊行物である甲8の1(引用文献)に記
載された発明(引用発明),甲8の2に記載された発明(甲8の2発明),甲9に
記載された発明(甲9発明)及び医療用機器において,容器内部の滅菌のため,容
器全体の加熱殺菌時に蒸気化して容器内を滅菌するため,容器内部に適量の水を添
加するという周知技術(甲4~6)から,当業者が容易に発明することができたも
のであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである
から,同法123条1項2号の規定により無効とされるべきである。
甲8の1:特開平9-327498号公報
甲8の2:特開2005-34637号公報
甲9:特開2005-228号公報
ア引用発明の認定
引用文献(甲8の1)には,次の発明が記載されている。
「熱可塑性樹脂フィルムからなり,内部が,熱シールにより形成された仕切り手
段4により分室11と分室12に区分された袋体2と,袋体2の熱シール部9に挟
まれるように設けられ,分室11の端部と連通する排出管5と,分室11に収納さ
れた液剤15と,分室12に収納された液剤16と,分室11と排出管5との連通
を阻害しかつ熱シールにより形成された閉塞手段3とを備える医療用容器であり,
熱シールにより形成された閉塞手段3と熱シール部9との間14が無菌状態である
医療用容器。」
イ本件発明1と引用発明との対比
(一致点)
「可撓性材料により作製され,内部空間が剥離可能な仕切用弱シール部により第
1の薬剤室と第2の薬剤室に区分された容器本体と,該容器本体の下端側シール部
に固定され,前記第1の薬剤室の下端部と連通する排出ポートと,前記第1の薬剤
室に収納された第1の薬剤と,前記第2の薬剤室に収納された第2の薬剤と,前記
第1の薬剤室と前記排出ポートとの連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シー
ル部とを備える医療用複室容器であり,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポー
トと前記下端側シール部により形成され,空室となっている空間内および前記空間
を形成する内面が滅菌されている医療用複室容器。」
(相違点1)
「連通阻害用弱シール部」について,本件発明1は,「排出ポートの先端部の上
方を取り囲むように形成され」という構成を有するのに対し,引用発明は,そのよ
うな構成を有しない点。
(相違点2)
「連通阻害用弱シール部と排出ポートと下端側シール部により形成され,空室と
なっている空間」について,本件発明1は,「前記連通阻害用弱シール部と前記排
出ポートと前記下端側シール部により形成され,空室となっている空間内に,0.
1~0.5mlであり,かつ,該空間内の容積lml当たり,0.02~0.1m
lの静脈より生体に投与されても無害である無菌水のみが添加され,かつ前記医療
用複室容器が高圧蒸気滅菌されることにより,前記連通阻害用弱シール部と前記排
出ポートと前記下端側シール部により形成された前記空間内に添加された前記水が
蒸気化することにより前記空間内および前記空間を形成する内面が滅菌されてい
る」と特定されているのに対し,引用発明は,単に「無菌状態」と特定されている
点。
ウ相違点についての判断
(ア)相違点1について
甲9には,引用発明と同じ技術分野に属する医療用複室容器において,排出部が
設けられた収納室と排出部とを仕切る排出用封止部15が設けられるとともに,そ
の形状が排出部を囲むように形成された甲9発明1(排出用封止部15の形状が円
弧状のもの)及び甲9発明2(排出用封止部15の形状がほぼ台形状のもの)が記
載されている。
そして,引用発明の熱シール部9により形成される閉塞手段3も排出用封止部1
5も,医療用複室容器内の仕切り手段4(仕切り用封止部13)が剥離されて副室
内の薬液が混合された後に,剥離されて容器内部と排出管5(排出部7)とを連通
させるものであるから,その機能を発揮させる形状とすることは当業者であれば当
然考慮する事項である。してみると,引用文献及び甲9に接した当業者であれば,
引用発明に甲9発明1や甲9発明2の排出部を囲むように形成された排出用封止部
15を適用して,上記相違点1に係る本件発明1の構成とする程度のことは,容易
に想到し得ることにすぎない。
(イ)相違点2について
本件発明1は,「医療用複室容器」という物の発明であるところ,その「連通阻
害用弱シール部と排出ポートと下端側シール部により形成され,空室となっている
空間」の構成について,「前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端
側シール部により形成され,空室となっている空間内に,0.1~0.5mlであ
り,かつ,該空間内の容積lml当たり,0.02~0.1mlの静脈より生体に
投与されても無害である無菌水のみが添加され,かつ前記医療用複室容器が高圧蒸
気滅菌されることにより,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端
側シール部により形成された前記空間内に添加された前記水が蒸気化することによ
り前記空間内および前記空間を形成する内面が滅菌されていること」とその製造方
法によって生産物を特定している。しかし,その記載は,最終的に得られた生産物
自体を意味するものと解すべきであるから,上記相違点2は,「連通阻害用弱シー
ル部と排出ポートと下端側シール部により形成され,空室となっている空間」につ
いて,本件発明1が「0.1~0.5mlであり,かつ,該空間内の容積lml当
たり,0.02~0.1mlの静脈より生体に投与されても無害である無菌水」が
存在するのに対し,引用発明はそのような構成を有しない点で相違すると解される。
そこで,その相違点について検討する。
甲8の2には,引用文献が引用されている。してみると,引用文献及び甲8の2
に接した当業者は,引用発明には,「注排口の手前の空間部(本件空間部)には全
く水分がないため,高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌す
ることができない。さらに,この空間部には生理食塩水などを入れておくと,空間
部への薬液以外の液体の充填工程が必要となり,製造工程が煩雑となる。また,こ
のような空間部を設けることにより容器が長くなってしまうため保管時に邪魔にな
る。特に弱シール部は保管時の不意な連通を防ぐ目的で,通常,この弱シール部で
折り畳まれて包装される。したがって,注排口の手前の弱シール部も折り畳まねば
ならず包装工程が煩雑となり,包装後のサイズ(特に厚さ)が大きくなってしまう
おそれがある。」という課題があることが理解される。
一方,医療用機器において,容器内部の滅菌のため,容器全体の加熱殺菌時に蒸
気化して容器内を滅菌するため,容器内部に適量の水を添加することは,甲4の【0
045】~【0046】,甲5の【0026】,【0031】~【0033】,甲
6の【0008】~【0009】にも記載されているように周知の事項である。
してみると,引用文献及び甲8の2に接した当業者であれば,引用文献に記載さ
れた引用発明の課題を理解し,その解決のため,上記周知技術を適用し,引用発明
の「熱シールにより形成された閉塞手段3と熱シール部9との間14」に適度の水
を添加することは容易に想到し得る事項にすぎない。また,その水の量も,甲8の
2の課題及び周知技術から,加熱時に空間内の水が飽和水蒸気となり十分な滅菌が
される水量を確保しつつ,その添加量の上限を適宜選択する程度のことは当業者で
あれば想定でき,しかも,上記相違点2に係る本件発明1の無菌水の量に格別な臨
界的意義も認められず,結局,上記相違点2に係る本件発明1の構成は,引用発明
及び甲8の2に記載された事項並びに周知の事項から当業者が容易に想到し得る程
度のことにすぎない。
エ本件発明2について
本件発明2は,本件発明1の「排出ポート」について,「本体部と前記先端部を
有する筒状体である」とその構成を限定し,本件発明1の「連通阻害用弱シール部」
について,「一端が前記排出ポートが取り付けられた閉塞部より前記仕切用弱シー
ル部側に延びる第1の部分と,該第1の部分と連続しかつ前記排出ポートの中心軸
に対してほぼ直交する方向に延びる第2の部分と,該第2の部分と連続しかつ前記
閉塞部側に延びかつ前記閉塞部に到達する第3の部分を備え,前記排出ポートの先
端部の上方を取り囲むように形成されており」とその構成を限定したものである。
しかし,「排出ポート」が先端部を有する筒状体である点は,引用文献に記載さ
れており,また,「一端が前記排出ポートが取り付けられた閉塞部より前記仕切用
弱シール部側に延びる第1の部分と,該第1の部分と連続しかつ前記排出ポートの
中心軸に対してほぼ直交する方向に延びる第2の部分と,該第2の部分と連続しか
つ前記閉塞部側に延びかつ前記閉塞部に到達する第3の部分を備え,前記排出ポー
トの先端部の上方を取り囲むように形成され」る構成は甲9発明2も備えており,
結局,本件発明2は,引用発明,甲8の2発明,甲9発明及び周知技術から当業者
が容易に発明をすることができたものである。
(5)無効理由3についての判断
本件発明1の「無菌水」については,生菌数がどのレベルまで低下させられた水
を意味するか定義されていなくても,所望の滅菌処理を施した水と理解できるから
明確であり,発明の詳細な説明にも,無菌水の生菌数が特定レベルまで低下させら
れた水を用いた発明が記載されているものでもなく,また,その生菌数がどのレベ
ルまで低下させられた水を意味するか定義されていなくても発明の実施は可能であ
るから,本件発明1については,請求人(被告)が主張する無効理由3は理由がな
い。
本件発明2は,本件発明1の「排出ポート」と「連通阻害用弱シール部」の構成
を限定したものである。本件発明2についても,請求人(被告)が主張する無効理
由3は理由がない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(引用発明としての適格性がないこと)
引用文献には,「連通阻害用弱シール部を設けることにより形成される空間内を
確実に滅菌できる医療用複室容器を提供する」という本件発明の課題が記載されて
いないから,引用発明には主引用発明としての適格性がなく,引用発明を主引用発
明として本件発明の容易想到性を肯定した審決の判断は誤りである。
2取消事由2(引用発明と周知技術を組み合わせる動機付けの不存在)
(1)審決は,甲8の2から引用発明が有する課題を導き出した上で,相違点2
に係る本件発明1の構成は,引用発明及び甲8の2に記載された事項並びに周知の
事項から当業者が容易に想到できるとした。
しかし,引用発明を出発点として,本件発明の構成を想到しようとしても,引用
文献から甲8の2にアクセスできない。審決が指摘する「【特許文献2】特開平9-
327498号公報」(引用文献のこと)との記載は,甲8の2に記載されたもので
あって,引用文献に記載されたものではない。
審決の上記認定は誤りである。
(2)審決は,甲8の2が引用発明の問題点に言及していることから,これを解
決するために引用発明と周知技術を組み合わせる動機があるとしている。しかし,
甲8の2は,「本件空間部には全く水分がないため,高圧蒸気滅菌を行ってもこの空
間内部及び注排口内部は滅菌することができない。」という引用発明の課題を解決し
ている。引用文献にも,本件空間部を滅菌する必要性について示唆がない。したが
って,それ以上,引用発明に周知技術を組み合わせる動機付けがない。
よって,仮に甲4~6から,「医療用機器において,容器内部の滅菌のため,容器
全体の加熱殺菌時に蒸気化して容器内を滅菌するため,容器内部に適量の水を添加
すること」が周知の事項であると認定できるとしても,引用発明と「周知の事項」
を組み合わせて本件発明を容易に想到できるとした審決の認定には誤りがある。
3取消事由3(周知技術の認定の誤り)
審決は,甲4~6から周知技術を認定した。
しかし,本件発明及び引用文献の医療用容器では,収納されている薬剤が直接患
者に投与されるタイプの医療用具なのに対し,①甲4の血漿浄化法用の粉粒体バッ
グは,患者より血漿を採取するもの,②甲5の腹膜透析用排液バッグは,患者の体
内より,使用後の腹膜透析液(排液)を採取するもの,③甲6の血液バッグは,供
血者からの血液を採取するもの,であり,いずれも患者からの体液等を採取するタ
イプの医療用具である。また,引用発明の医療用複室容器が,甲4の血漿浄化法用
の粉粒体バッグ,甲5の腹膜透析用排液バッグ,甲6の血液バッグと同時に使用さ
れることもない。
甲4における「高圧水蒸気滅菌」は,あくまで塩化ナトリウム及びグリシンの粉
粒体に対し行われており,滅菌対象は容器内部ではない。甲5において水が注入さ
れているのは,排液バッグのオートクレーブ滅菌のためではなく,あくまでブロッ
キング防止のためである。甲6における「高圧蒸気滅菌」は,あくまで血液バッグ
の内面に対し行われており,滅菌対象は容器内部ではない。したがって,医療用機
器において,容器内部の滅菌のため,容器全体の加熱殺菌時に蒸気化して容器内部
を滅菌するため,容器内部に適量の水を添加することは,周知の事項である,とし
た審決の認定は誤りである。
このような文献から審決認定の周知技術を認定できないことは明らかであるし,
仮に甲4~6に審決認定の事項が記載されていたとしても,わずか3つの文献から
周知技術を認定した審決の判断には誤りがあり,審決は取り消されるべきである。
4取消事由4(引用発明と周知技術との組合せに対する阻害要因)
審決が認定した,引用発明の課題は,「本件空間部には全く水分がないため,高圧
蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌することができない。」こと
について,①高圧蒸気滅菌のために空間部に水分を入れると,水分の充填工程が必
要となって,製造工程が煩雑となる,②空間部を設けると,容器が長くなって保管
時に邪魔になる,③空間部を設けると,注排口の手前の弱シール部も折り畳まねば
ならず,包装工程が煩雑となる,④空間部を設けると,包装後のサイズ(特に厚さ)
が大きくなってしまうことであり,空間部に水分を入れて高圧蒸気滅菌することを,
4重に否定している。したがって,審決が認定した課題自身が,引用発明に周知技
術を組み合わせることに対する阻害要因となり,仮に甲4~6から審決のいう「周
知の事項」が導き出せるとしても,引用発明と「周知の事項」を組み合わせて本件
発明を容易に想到できない。
5取消事由5(容易想到性に関する判断の誤り)
審決は,本件発明の水の量について,甲8の2の言及する引用発明の課題及び周
知技術から,加熱時に空間内の水が飽和水蒸気となり十分な滅菌がされる水量を確
保しつつ,その添加量の上限を適宜選択する程度のことは,当業者であれば想定で
き,また,上記相違点2に係る本件発明1の無菌水の量に格別な臨界的意義も認め
られない,とする。
しかし,「空室となっている空間内に,0.1~0.5mlであり,かつ,該空間
内の容積1ml当たり,0.02~0.1mlの静脈より生体に投与されても無害
である無菌水のみが添加され」という条件からは,第3の条件として,「連通阻害用
シール部と排出ポートと下端側シール部により形成される空間の容積は,1~25
mlである」という条件が導き出される。
本件発明では,空間部内に,0.1ml以上,かつ,容積1ml当たり0.02
ml以上の水を添加し,さらに,空間の容積を25ml以下に絞ることによって,
空間部内の水蒸気の量を多くしてより効率的に菌に対し熱を伝えられるようにし,
温度・加圧条件を特に限定せずとも,高圧蒸気滅菌によって十分に滅菌できるよう
にしているのである。
また,本件発明では,空間内の水分量を,0.5ml以下,かつ,空間の容積1
ml当たり0.1ml以下とし,かつ,空間部の容積を25ml以下に抑えること
によって,①仮に空室部分を塞ぐゴム栓に針を刺して外部と開通させたとしても水
分が流れ出さないようにし,投与準備者(例えば看護師)や患者の不安感を解消す
ると同時に,②医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保に関する法律(医薬品
医療機器等法)が要求する安定性試験を簡易化でき,③かつ,患者に投与する混合
薬剤に何らの影響も与えないことを実現しているのである。
以上のとおり,水分量の上限及び下限はそれぞれに意義を有しているから,相違
点2に係る本件発明1の無菌水の量に格別な臨界的意義も認めらないとした審決の
認定には,誤りがある。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
原告は,引用文献には本件発明の課題が記載されていないから,引用発明には主
引用発明としての適格性がない,と主張する。
しかし,明細書に記載された課題は,出願人が認識する主観的な課題にすぎない
から,これを偏重すべきではない。医療用容器の技術分野の当業者にとって液剤が
充填された医療用容器が滅菌されること,滅菌方法として高圧蒸気滅菌法を採用す
ることは,周知の事項であって,引用文献に接した当業者は,引用文献に医療用容
器として高圧蒸気滅菌されるものが記載されていること及び閉塞手段3と熱シール
部9との間14も確実に滅菌する必要があることを容易に把握できるから,本件発
明の課題を認識する。
2取消事由2に対し
(1)原告は,引用発明から甲8の2に至り,引用発明が有する課題に気付くこ
とは困難であって,引用文献及び甲8の2に接した当業者を想定して本件発明が容
易想到であるとの審決の認定は誤りである旨主張する。
しかし,引用発明及び甲8の2発明は,いずれも医療用容器に関する発明であっ
て,同じ技術分野に属するものであり,さらに,その課題においても,使用直前に
混合して使用する複数の薬剤を収納する複室医療用容器において,混合前の薬剤が
そのまま投与されてしまうことがない医療用具を提供する点で共通する。したがっ
て,引用文献及び甲8の2に接する当業者を想定したことに,誤りはない。
また,進歩性の判断において,当業者との関係で先行技術文献の技術分野の異同
が問題になることがあるとしても,当業者において先行技術文献がどのように収集
されるか(例えば,当業者が引用文献より前に甲8の2を収集しなければならない
こと。)が問題とされることはない。
審決は,本件優先日前の公知文献である引用文献及び甲8の2に基づいて,当業
者が引用文献の課題が甲8の2に記載されていると理解すると判断しているにすぎ
ず,このような判断に何ら誤りはない。
(2)原告は,引用発明の課題は,甲8の2の発明によって解決されるので,周
知技術を組み合わせる動機付けがないと主張するが,審決の内容を誤解しており失
当である。
審決は,引用発明の課題が記載された甲8の2の記載を,引用発明の課題を認定
するのに用いたにすぎず,引用発明と甲8の2記載の発明とを組み合わせて容易想
到とは判断していない。また,甲8の2の【0007】の記載から,引用発明の医
療用容器は,本件空間部に水分を入れて高圧蒸気滅菌し得るものであることは当業
者に明らかである。
(3)原告は,本件発明と引用発明とは高圧蒸気滅菌済みであるか否かという点
でも異なり,引用文献には,空室を滅菌する必要性について,一切の示唆がないか
ら,引用発明と周知技術を組み合わせることには,動機付けがないと主張するが誤
りである。
引用発明の液剤が充填された医療用容器が,引用文献の【0012】,【0023】
の記載から,高圧蒸気滅菌されるものであることは明らかである。また,医療用容
器の滅菌方法には,最終滅菌法と無菌操作法があるが,無菌操作法より最終滅菌法
の方が好ましく,薬液入り容器の滅菌には主に高圧蒸気滅菌が採用されている。引
用発明のような液体の薬剤入りの医療用複室容器の製造方法は,一般に,まず医療
用複室容器の袋体を用意し,封をした後,高圧蒸気滅菌することが技術常識である。
3取消事由3に対し
(1)原告は,周知技術の認定の誤りの理由として,本件発明や引用発明と,甲
4~6は技術分野が異なると主張するが,誤りである。
医療用機器において,容器内部の滅菌のため,容器全体の加熱殺菌時に蒸気化し
て容器内を滅菌するため,容器内部に適量の水を添加することは,医療用機器,医
療用容器の分野の滅菌法である高圧蒸気滅菌法として周知の滅菌法(甲3,乙1)
であり,審決はその具体例として甲4~6を挙げたものにすぎない。このような周
知技術の認定においては,甲4~6は医療用機器,医療用容器の分野で共通してい
れば足りる。
(2)甲4における高圧蒸気滅菌の対象
原告は,甲4の高圧蒸気滅菌の対象は,容器の内部ではないと主張するが,誤り
である。
甲4の【0045】【0046】の記載からすれば,甲4では,粉粒体バッグ1A
の内部を日本薬局方において定められた高圧蒸気滅菌によって滅菌している。高圧
蒸気滅菌は,適当な温度及び圧力の飽和水蒸気中で加熱することによって微生物を
滅菌する方法で,甲4においては,粉粒体に限らず水蒸気が触れる粉粒体バッグ1
Aの内部全体が滅菌されることは,当業者に明らかである。
(3)甲5の高圧蒸気滅菌
原告は,甲5は,高圧蒸気滅菌のため水を注入していないから,審決の周知の事
項は導けないと主張するが,誤りである。
甲5の【0026】の記載から,甲5では,液体収納空間21がオートクレーブ
滅菌(高温高圧水蒸気滅菌)されるが,液体収納空間21に液体を注入した場合に
当該液体が高圧蒸気滅菌に寄与することは,当業者に明らかである。
(4)甲6における高圧蒸気滅菌の対象
原告は,甲6における高圧蒸気滅菌の対象は,容器内部の空間ではないから,審
決の周知の事項の認定は誤りであると主張するが,誤りである。
甲6の【0009】の記載から,甲6では,内部包装体3内に注入された無菌水
が水蒸気化し,内部包装体3の容器内部が高圧蒸気滅菌されることが分かる。また,
甲6の内部包装体は,医療用容器である。
(5)3つの文献で「周知の事項」を認定した点について
原告は,仮に甲4~6に審決認定の事項が記載されていたとしても,わずか3つ
の文献から周知技術を認定した審決の判断には誤りがあると主張するが,誤りであ
る。
審決において周知の事項と認定されたものは,医療用機器,医療用容器の分野の
滅菌法である高圧蒸気滅菌法として周知の滅菌法(甲3,乙1)であり,審決はそ
の具体例として甲4~6を挙げたものにすぎない。また,審判における周知例とし
ては,少量の液体を医療用容器に加えて高圧蒸気滅菌が行われている特開昭59-
109542号公報(甲10)も提出されている。
4取消事由4に対し
原告は,引用発明の課題自体が周知技術の組合せに対する阻害要因になる旨主張
するが,誤りである。
甲8の2の【0007】には,引用発明の課題として本件空間部には全く水分が
ないため滅菌をすることができないことが挙げられている。よって,まず,引用発
明の全く水分がないため滅菌できないという課題を,認定された周知技術を適用し
て解決することに何ら阻害要因はない。
なお,引用発明の本件空間部に水分が充填されることにより,製造工程上の問題,
保管上の問題が生じることも課題として挙げられているが,甲8の2の発明と従来
技術とを対比して,該発明の貢献を高め特許性を高めるための課題として,製造上,
保管上の課題が挙げられているのであって,物(製品)自体としては,本件空間部で
ある空室(14)に水分を充填し滅菌をすることそれ自身に阻害要因はない。
5取消事由5に対し
本件発明と引用発明は,数値限定の部分のみが実質的な相違点であるから,本件
特許発明の無菌水の量の特定に関する容易想到性の判断において,その具体的数値
には臨界的意義が要求される。
本件発明の数値限定の技術的意義は,本件特許の明細書(本件明細書)【0018】
【0047】の記載と当業者の技術常識に基づいて認定されるべきであるところ,
同明細書においては,単に「好ましい。」と記載されているだけであり,数値限定の
臨界的意義は当業者の技術常識を踏まえても不明である。
また,原告は,審判手続において,数値限定が臨界的意義を持たないことを自認
した。
よって,審決が,無菌水の量に格別な臨界的意義も認められないと認定した点に,
誤りはない。
第5当裁判所の判断
1本件発明の概要
(1)本件明細書及び図面(甲40)には,以下の記載がある。
【技術分野】【0001】本発明は,剥離可能な弱シール部により2つの薬剤室に
区分されるとともに,各薬剤室に薬剤が充填された医療用複室容器に関する。
【背景技術】【0002】患者に静脈より栄養成分を投与する薬剤の中には,予め
配合すると経時的変化を起こしやすい不安定な薬剤がある。・・・このような薬剤を
患者に投与する場合,例えば,特許第2675075号(特許文献1)のように混
合前の成分を個別に収納する医療用複室容器を用い,投与直前に混合してから投与
するようになってきている。
この医療用複室容器は,異なる成分の薬剤を個別に収納する複数の室と,各室間
を仕切,外部からの圧力により剥離開封する仕切用弱シールとを備えている。
しかしながら,前記医療用複数容器は排出口側の収納部に液剤を収納している場
合が多く,仕切用弱シールを剥離せずに,ゴム栓に瓶針を刺入し,排出口から液剤
を取り出すという可能性がある。
このため,確実に各収納部に収納されている薬剤を混合した後に患者に投与する
ことを保証し,薬剤を誤って混合しないで患者に投与する事故を確実に防止する方
法が工夫されており,例えば,特開平9-327498号(特許文献2。本訴引用
文献)や特開2002-136570号(特許文献3)のように薬剤排出口と薬剤
を収納する分室との間を区切る連通阻害用弱シール部を備える複室容器が提案され
ている。
【発明の概要】【発明が解決しようとする課題】【0004】特許文献2および3
に示すものでは,仕切用弱シール部を剥離せずに,栓体に瓶針を刺入し,排出口か
ら液剤を取り出すという可能性がかなり少ないものとなる。しかし,薬剤排出口と
薬剤を収納する分室との間を仕切る連通阻害用弱シール部の間においてブロッキン
グによる密着が生じること,また逆に,薬剤排出口に近接していることにより連通
阻害用弱シール部にシール不良が生じる場合がある。ブロッキングによる密着が生
じると連通阻害用弱シール部の剥離作業に手間取るものとなる。また,連通阻害用
弱シール部にシール不良が生じた場合には,仕切用弱シールを剥離せずに薬剤の投
与が行われることが危惧される。また,ある程度の量の液体を連通阻害用弱シール
部と薬剤排出ポート間に存在させることにより,ブロッキングを防止することも可
能と考えるが,この場合,存在する液体のみ投与される危険性がある。
本発明の目的は,剥離可能な仕切用弱シール部により2つの薬剤室に区分される
とともに,薬剤室に薬剤が充填された医療用複室容器において,ブロッキングによ
る連通阻害用弱シール部の難剥離状態の形成を防止し,容易に投与準備ができ,さ
らに,連通阻害用弱シール部のシール不良を生じることがなく,薬剤が混合されず
に投与されることを防止する医療用複室容器を提供するものである。
また,上記のような医療用複室容器では,連通阻害用弱シール部を設けることに
より,空間(第3室)が形成される。複室容器より排出される薬剤は,この空間を
通過するため,滅菌確保が必要となる。
そこで,上記の本発明の医療用複室容器は,上記の連通阻害用弱シール部を設け
ることにより形成される空間内を確実に滅菌できる医療用複室容器を提供するもの
である。
【課題を解決するための手段】【0005】上記目的を達成するものは,以下のも
のである。
(1)可撓性材料により作製され,内部空間が剥離可能な仕切用弱シール部によ
り第1の薬剤室と第2の薬剤室に区分された容器本体と,該容器本体の下端側シー
ル部に固定され,前記第1の薬剤室の下端部と連通する排出ポートと,前記第1の
薬剤室に収納された第1の薬剤と,前記第2の薬剤室に収納された第2の薬剤と,
前記排出ポートの先端部の上方を取り囲むように形成され,前記第1の薬剤室と前
記排出ポートとの連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部とを備える医
療用複室容器であり,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端側シ
ール部により形成され,空室となっている空間内に,0.1~0.5mlであり,
かつ,該空間内の容積1ml当たり,0.02~0.1mlの静脈より生体に投与
されても無害である無菌水のみが添加され,かつ前記医療用複室容器が高圧蒸気滅
菌されることにより,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端側シ
ール部により形成された前記空間内に添加された前記水が蒸気化することにより前
記空間内および前記空間を形成する内面が滅菌されていることを特徴とする医療用
複室容器。
【0006】(2)前記連通阻害用弱シール部は,一端が前記排出ポートが取り付
けられた閉塞部より前記仕切用弱シール部側に延びる第1の部分と,該第1の部分
と連続しかつ前記排出ポートの中心軸に対してほぼ直交する方向に延びる第2の部
分と,該第2の部分と連続しかつ前記閉塞部側に延びかつ前記閉塞部に到達する第
3の部分を備え,前記排出ポートの先端部の上方を取り囲むように形成されており,
前記排出ポートは,本体部と前記先端部を有する筒状体である上記(1)に記載の
医療用複室容器。
【発明の効果】【0007】本発明の医療用複室容器によれば,排出ポートの先端
部の形状に対応して,連通阻害用弱シール部と排出ポートの先端部の先端との距離
が的確なものとなっているため,連通阻害用弱シール部と前記排出ポート間におい
て,医療用複室容器を形成する樹脂シートのブロッキングによる密着を防止でき,
ブロッキングによる連通阻害用弱シール部の難剥離状態が形成されることを阻止す
る。また,排出ポートの先端部の形状に対応して,連通阻害用弱シール部と排出ポ
ートの先端部の先端との距離が的確なものとなっているため,連通阻害用弱シール
部のシール不良を生じることがない。
【発明を実施するための形態】【0009】・・・この実施例の医療用複室容器1
は,可撓性材料により形成され,内部空間が剥離可能な仕切用弱シール部9により
第1の薬剤室21と第2の薬剤室22に区分された容器本体2と,第1の薬剤室2
1の下端部と連通可能な排出ポート3と,第1の薬剤室21に収納された第1の薬
剤と,第2の薬剤室22に収納された第2の薬剤とを備える薬剤入り医療用複室容
器である。医療用複室容器1は,第1の薬剤室21と排出ポート3との連通を阻害
しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部10を備える。さらに,連通阻害用弱シー
ル部10は,一端が排出ポート3が取り付けられた閉塞部6(6a)より仕切用弱
シール部9側に延びる第1の部分11と,第1の部分11と連続しかつ排出ポート
3の中心軸に対してほぼ直交する方向に延びる第2の部分12と,第2の部分12
と連続しかつ閉塞部6(6b)側に延びかつ閉塞部に到達する第3の部分13を備
え,排出ポート3の先端部の上方を取り囲むように形成されている。そして,排出
ポート3は,本体部30aと先端部30bを有する筒状体であり,先端部30bは
本体部30aより断面積が小さいものとなっており,さらに,排出ポート3の先端
部30bの先端30dと連通阻害用弱シール部10の第2の部分12における排出
ポート側端縁12aとの距離H1は,6~15mmとなっている。好ましくは,8
~10mmである。
この実施例の医療用複室容器1は,シート状筒状体により形成された容器本体2
を備え,この容器本体には,内部収納部を区画する仕切用弱シール部9が形成され
ており,収納部は,第1の薬剤室21と第2の薬剤室22とに区画されている。
また,図1に示すように,容器本体2の上端側および下端側には,第1の閉塞部
(一端部シール部,言い換えれば,下端側シール部)6および第2の閉塞部(他端
部シール部,言い換えれば,上端側シール部)5が設けられている。また,この実
施例の医療用複室容器1では,第1の薬剤室21側に設けられた薬剤排出ポート3
を備えている。・・・
【0010】そして,容器本体2は,他端側シール部(第2の閉塞部)5の端部
寄りの位置に薬剤容器4を固定するための薬剤容器固定部18(非シール部分)を
備え,一端側(下端側)シール部6の中央部分には排出ポート3を固定するための
排出ポート固定部19(非シール部分)を備えている。・・・
【0013】・・・この実施例における仕切用弱シール部9は,容器本体2のシ
ート材を帯状に融着することにより形成されている。この仕切用弱シール部9は,
例えば,容器本体2の第1の薬剤室21もしくは第2の薬剤室22の部分を手で押
圧し,第1の薬剤室21もしくは第2の薬剤室22の内圧を高めること,また,医
療用複室容器1をハンガーに掛けた状態で容器本体2の第1の薬剤室21もしくは
第2の薬剤室22部分を手で絞ることにより,第1の薬剤室21もしくは第2の薬
剤室22の内圧を高めたりすることにより剥離する程度のシール強度を備える。・・・
【0015】容器本体2の一端部(下端部)には,第1の薬剤室21に連通し得
る薬剤排出ポート3が設けられている。薬剤排出ポート3は,一端側シール部(第
1の閉塞部)6における軸方向(容器上下方向)に貫通するように形成された未閉
塞部(未シール部)である固定部19部分のシート材間に挿入され,シール部17
により融着され,容器本体2に対し液密に固着されている。
薬剤排出ポート3は,容器本体2内に充填された薬剤(薬液)を排出するための
ものである。この実施例における排出ポート3は,図1ないし図3に示すように,
上端(先端部)が開口した筒状体30と,筒状部材の下端側に液密に取り付けられ
た薬剤排出用針により連通可能な連通部を備えている。・・・
【0018】この実施例の医療用複室容器1は,薬剤排出ポート3の上方を取り
囲むように形成された連通阻害用弱シール部10が形成されている。連通阻害用弱
シール部10は,剥離可能なものであり,剥離されない状態では,第1の薬剤室2
1と排出ポート3との連通を阻害している。そして,この連通阻害用弱シール部1
0により,第1の薬剤室21から隔離された第3室23が形成されている。つまり,
連通阻害用弱シール部10と排出ポート3と閉塞部6(6a,6b)により,空間
(第3室23)が形成されている。この空間(第3室)23は,空室となっている。
しかし,第3室には,生体に投与されても無害な液体(例えば,水,生理食塩水)
が添加されていることが好ましい。第3室23にこのように液体を入れることによ
り,第3室の内部の滅菌が確実なものとなる。また,第3室23に入れられる液体
の量としては,第3室の大きさによって相違するが,0.1~0.5ml程度であ
ることが好ましい。また,第3室の容量1ml当たりの液体の添加量は,0.02
~0.1ml程度であることが好ましい。連通阻害用弱シール部10は,シート材
を帯状に熱シール(熱融着,高周波融着,超音波融着等)することにより形成する
ことができる。
また,本発明の医療用複室容器1は,可撓性材料により作製され,内部空間が剥
離可能な仕切用弱シール部9により第1の薬剤室21と第2の薬剤室22に区分さ
れた容器本体2と,容器本体2の下端側シール部6に固定され,第1の薬剤室21
の下端部と連通する排出ポート3と,第1の薬剤室21に収納された第1の薬剤と,
第2の薬剤室22に収納された第2の薬剤と,第1の薬剤室21と排出ポート3と
の連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部10とを備える。そして,連
通阻害用弱シール部10と排出ポート3と下端側シール部6により形成される空間
内に,空間内の容積1ml当たり,0.005~0.1mlの液体が添加されてい
る。
この医療用複室容器1のように,第1の薬剤室21と排出ポート3との連通を阻
害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部10を設けることにより,仕切用弱シー
ル部9が剥離されることなく第1の薬剤室21内の第1の薬剤のみが投与されるこ
とを防止でき好ましい。しかし,連通阻害用弱シール部10を設けることにより空
間(第3室23)が形成される。複室容器1より排出される薬剤は,この空間を通
過するため,滅菌確保が必要となる。
そこで,上記の本発明の医療用複室容器は,上記の連通阻害用弱シール部10を
設けることにより形成される空間内を確実に滅菌できる医療用複室容器を提供する
ものである。
この目的を達成するために,上述したように,連通阻害用弱シール部10を設け
ることにより形成される空間23内に微量の液体が添加されている。液体としては,
生体に投与されても無害な液体(例えば,水,生理食塩水)が用いられる。そして,
このように連通阻害用弱シール部10を設けることにより形成される空間23内に
微量の液体が添加(封入)された状態にて,高圧蒸気滅菌されることにより,添加
された液体が,閉塞空間である第3室23内にて蒸気化し,第3室23内の内面お
よび空間を滅菌する。そして,第3室23への液体の添加量としては,第3室の空
間内の容積1ml当たり,0.005ml~0.1mlであることが好ましい。特
に,第3室の空間内の容積1ml当たり,0.01~0.05mlであることが望
ましい。添加される液体としては,上述したように,水(例えば,無菌水,RO水,
蒸留水),生理食塩水などが好ましい。そして,本発明の医療用複室容器1は,上記
の第3室23に上記の液体が添加された後に封止され,高圧蒸気滅菌される。
【0020】そして,医療用複室容器1は,筒状体であって,上述したように,
排出ポート3が取り付けられる側に形成された一端部(下端部)シール部6を備え
ている。そして,連通阻害用弱シール部10は,図2に示すように,一端が閉塞部
6(6a)より仕切用弱シール部9側に延びる第1の部分11と,第1の部分11
と連続しかつ排出ポート3の中心軸に対してほぼ直交する方向に延びる第2の部分
12と,第2の部分12と連続しかつ閉塞部6(6b)側に延びかつ閉塞部6(6
b)に到達する第3の部分13を備え,排出ポート3の先端部の上方を取り囲むよ
うに形成されている。
【0021】そして,排出ポート3は,図2および図3に示すように,ほぼ円筒
状の先端部30aと扁平状の先端部30bを備える筒状体30を備えている。この
ため,排出ポート3の先端部30bは本体部30aより断面積が小さいものとなっ
ている。具体的には,筒状体30は,扁平状の先端部30bを有し,端部(先端部)
が開口している。・・・
【0022】そして,排出ポート3の先端部の先端30dと連通阻害用弱シール
部10の第2の部分12における排出ポート側端縁12aとの距離H1は,6~1
5mmとなっている。特に,距離H1は,8~10mmであることが好ましい。こ
の実施例では,図2および図3に示すように,排出ポート3の先端部30bは扁平
状となっているため,排出ポート3の先端部の先端30dを連通阻害用弱シール部
10の第2の部分12に近接させても,連通阻害用弱シール部10の第2の部分1
2が押し広げられることが少ない。このため,連通阻害用弱シール部10にシール
不良が生じることが少ない。また,上述のように,排出ポート3の先端部の先端3
0dを連通阻害用弱シール部10の第2の部分12に近接させることができるため,
第3室23を形成するシートの密着する部分の形成を少ないものとすることができ,
予期しないブロッキングの発生を防止できる。・・・
【0023】さらに,この実施例の医療用複室容器1では,図2に示すように,
排出ポート3の両側部に位置する閉塞部6a,6bの直線部分16a,16bのそ
れぞれの排出ポート側端P1,P2を結ぶ仮想線は,排出ポート3の先端部の先端
30dより,連通阻害用弱シール部10側となっている。つまり,排出ポート3の
先端部の先端30dは,閉塞部6a,6bの直線部分16a,16bのそれぞれの
排出ポート側端P1,P2を結ぶ仮想線より,連通阻害用弱シール部10側に突出
しないものとなっている。
上記のようにすることにより,連通阻害用弱シール部10が薬剤室21側に大き
く飛び出さない形状となり,連通阻害用弱シール部10のシール強度を強くしなく
ても,輸送時等の外圧によるシール部の剥離がない。
【0026】また,上述した実施例では,排出ポート3に用いられる筒状体30
は,本体部30aと連続する急激な変形部30cを有し,この変形部30cより端
部側はほぼ同じ厚さの内部通路を有するものとなっている。しかし,このようなも
のに限定されるものではなく,図4に示す筒状部材50のように,本体部50aよ
り徐々に内部通路の厚さが小さくなる傾斜した扁平状の先端部50bを備えるもの
であってもよい。・・・
【0047】この実施例の医療用複室容器80においても,上述した医療用複室
容器1と同様に,連通阻害用弱シール部100と排出ポート90と閉塞部6aによ
り,空間(第3室23)が形成されている。この空間(第3室)23は,空室とな
っている。しかし,第3室には,生体に投与されても無害な液体(例えば,水,生
理食塩水)が添加されていることが好ましい。第3室23にこのように液体を入れ
ることにより,第3室の内部の滅菌が確実なものとなる。また,第3室23に入れ
られる液体の量としては,第3室の大きさによって相違するが,0.1~0.5m
l程度であることが好ましい。また,第3室の容量1ml当たりの液体の添加量は,
0.02~0.1ml程度であることが好ましい。連通阻害用弱シール部100は,
シート材を帯状に熱シール(熱融着,高周波融着,超音波融着等)することにより
形成することができる。
【0049】(実験)
シート状筒状体として,ポリプロピレンにスチレン-エチレン-ブチレン-スチ
レンブロック共重合体をブレンドしてなる軟質樹脂をインフレーション成形により
肉厚330μmの円筒状[折れ径(横幅210mm)]に成形したものを用いた。
そして,図1に示すように,上記のシート状筒状体の上端および下端にヒートシ
ール部をヒート熱シールすることにより形成し,さらに,中央部に弱シール部,下
端シール部の中央より上方に延びるように連通阻害用弱シール部をヒートシールす
ることにより形成した。そして,上端シール部の薬剤容器取付部に挿入し,ヒート
シールにより固定した。また,下端シール部の排出ポート取付部に排出ポートの筒
状体を挿入し,ヒートシールすることにより固定し,図1に示す医療用複室容器と
ほぼ同じ形態の実験用医療用複室容器を作製した。なお,筒状体には,封止部材は
取り付けられていない。そして,この実験用医療用複室容器における排出ポートと
連通し連通阻害用弱シール部により区画される空間の容積は,10mlであった。
上記のようにして,実験用医療用複室容器を9個準備した。
そして,上記の実験用医療用複室容器の各3個ずつのグループに分け,第1のグ
ループの複室容器には,指標菌(バチルス・サブチルス)107
cfuとRO水1.
0mlを上記の連通阻害用弱シール部により区画される空間に添加した後,排出ポ
ートの筒状体の先端部に封止部材を取付け,筒状体を封止した。また,第2のグル
ープの複室容器には,指標菌(バチルス・サブチルス)107
cfuとRO水0.
1mlを上記空間に添加した後,排出ポートの筒状体の先端部に封止部材を取付け,
筒状体を封止した。また,第3のグループの複室容器には,指標菌(バチルス・サ
ブチルス)107
cfuのみを上記空間に添加した後,排出ポートの筒状体の先端
部に封止部材を取付け,筒状体を封止した。
そして,上記のように準備した複数の実験用医療用複室容器をオートクレーブ滅
菌(115℃,加圧圧力約2気圧)し72時間放置後に,上記の連通阻害用弱シー
ル部により区画される空間における生菌数を測定したところ,第1グループおよび
第2グループでは,いずれの実験用医療用複室容器からも生菌は検出されなかった。
しかし,第3グループの実験用医療用複室容器では,平均値107
cfuの生菌の
残存が検出された。
【図1】本発明の医療用複室容器の一実施例の正面図
1:医療用複室容器
2:容器本体
3:薬剤排出ポート
4:薬剤容器
5:他端側(上端側)シール部
6:一端側(下端側)シール部
9:仕切用弱シール部
10:連通阻害用弱シール部
21:第1の薬剤室
22:第2の薬剤室
23:第3室
30:筒状体
【図2】図1の医療用複室容器の排出ポート付近の部分拡大図
3:薬剤排出ポート
6a:6b:閉塞部
10:連通阻害用弱シール部
11:第1の部分
12:第2の部分
13:第3の部分
16a,16b:直線部分
17:シール部
23:第3室
30:筒状体
30a:本体部
30b:先端部
(2)以上から,本件発明の概要は,以下のとおりと認められる。
従来の剥離可能な弱シール部により2つの薬剤室に区分される医療用複室容器に
おいては,各薬剤室に薬剤が充填され,薬剤排出口と薬剤を収納する分室との間を
区切る連通阻害用弱シール部を備えるが,薬剤排出口と薬剤を収納する分室との間
を仕切る連通阻害用弱シール部の間においてブロッキングによる密着が生じる場合
があり,連通阻害用弱シール部の剥離作業に手間取るものとなること,また逆に,
薬剤排出口に近接していることにより連通阻害用弱シール部にシール不良が生じる
場合があり,仕切用弱シールを剥離しないまま薬剤の投与が行われることが危惧さ
れる(【0004】)。
本件発明の目的は,剥離可能な仕切用弱シール部により2つの薬剤室に区分され,
薬剤室に薬剤が充填された医療用複室容器において,ブロッキングによる連通阻害
用弱シール部の難剥離状態の形成を防止し,容易に投与準備ができ,さらに,連通
阻害用弱シール部のシール不良を生じることがなく,薬剤が混合されずに投与され
ることを防止する医療用複室容器を提供するものである(【0004】)。
また,上記のような医療用複室容器では,連通阻害用弱シール部を設けることに
より,空間(第3室)が形成されるが,複室容器より排出される薬剤がこの空間を
通過するため,滅菌確保が必要となる(【0004】)。
そこで,上記の本発明の医療用複室容器は,上記の連通阻害用弱シール部を設け
ることにより形成される空間内を確実に滅菌できる医療用複室容器を提供するもの
である(【0004】)。
そのため,本件発明は,可撓性材料により作製され,内部空間が剥離可能な仕切
用弱シール部により第1の薬剤室と第2の薬剤室に区分された容器本体と,該容器
本体の下端側シール部に固定され,前記第1の薬剤室の下端部と連通する排出ポー
トと,前記第1の薬剤室に収納された第1の薬剤と,前記第2の薬剤室に収納され
た第2の薬剤と,前記排出ポートの先端部の上方を取り囲むように形成され,前記
第1の薬剤室と前記排出ポートとの連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シー
ル部とを備える医療用複室容器であり,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポー
トと前記下端側シール部により形成され,空室となっている空間内に,0.1~0.
5mlであり,かつ,該空間内の容積lml当たり,0.02~0.1mlの静脈
より生体に投与されても無害である無菌水のみが添加され,さらに,前記医療用複
室容器が高圧蒸気滅菌されることにより,前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポ
ートと前記下端側シール部により形成された前記空間内に添加された前記水が蒸気
化することにより,前記空間内及び前記空間を形成する内面が滅菌されているよう
にしたものである(【0005】)。
そして,排出ポートの先端部の形状に対応して,連通阻害用弱シール部と排出ポ
ートの先端部の先端との距離が的確なものとなっているため,連通阻害用弱シール
部と前記排出ポート間において,医療用複室容器を形成する樹脂シートのブロッキ
ングによる密着を防止でき,連通阻害用弱シール部の難剥離状態が形成されること
を阻止できるという効果を奏するとともに,排出ポートの先端部の形状に対応して,
連通阻害用弱シール部と排出ポートの先端部の先端との距離が的確なものとなって
いるため,連通阻害用弱シール部のシール不良を生じることがないという効果を奏
する(【0007】)。
2引用発明の認定
(1)引用文献(甲8の1)には,以下の記載がある。
【特許請求の範囲】【請求項1】熱可塑性樹脂製フィルムからなる袋体に,異なる
成分の液剤が収容される複数の分室と,前記複数の分室の一つに連通して前記異な
る成分の液剤の混合液剤を排出する排出口が形成された医療用容器において,前記
複数の分室は仕切り手段により液密に仕切られ,かつ前記排出口と前記排出口に連
通する分室の間は閉鎖手段により液密に閉鎖されており,これらの仕切り手段およ
び閉鎖手段は前記袋体の外面の少なくとも一部を押圧して生じる内圧によって解除
され,かつ,前記閉塞手段は,前記仕切り手段を解除させる内圧と同等またはそれ
以上の内圧で解除されることを特徴とする医療用容器。
【発明の詳細な説明】【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,2つ以上
の成分を混合して患者に投与するための医療用容器に関する。特に,腹膜透析液,
静注用輸液剤,液状栄養剤などのように2つ以上の液剤を用事混合して患者に投与
するための医療用容器に関する。
【0002】【従来の技術】従来より使用されている腹膜透析液は,ブドウ糖の分
解・着色を防ぐために薬液のpHが5.0~6.0の範囲になるように処方されてい
るが,この生理的に逸脱したpHが腹膜の機能低下に関係していることが知られて
以来,生体適合性の高い腹膜透析液として重炭酸を配合してpHを中性にする腹膜
透析液の開発が行われている。腹膜透析液のpHは配合されているブドウ糖の安定
性に大きな影響を与えており,現在の市販されている製品のpHをそのまま中性に
すると製造時(高圧蒸気滅菌などの熱滅菌時)あるいは保管時にブドウ糖が分解し
て薬液の着色がみられ,製品価値が著しく低下してしまうことになる。
【0003】そこで,ブドウ糖の分解・着色を抑制したままpHを高くする方法
として,ブドウ糖を含む成分と,pHの高い重炭酸を含む成分を使用時まで別々に
収容し,使用直前に無菌的に混合する用事混合タイプの腹膜透析液の開発が行われ
ている。また,輸液剤や液状栄養剤などで,還元糖やアミノ酸のように反応しやす
い成分や,ビタミン等の薬液のpHに大きく影響を受ける成分が配合されている場
合にも,複数の液を使用直前に混合して投与するタイプの薬剤が多数開発されてい
る。
【0005】これらの薬剤は,混合操作を含めて投与されるまで無菌的に取り扱
われることが必要であることから,その容器には別々に収容されている各成分が無
菌的に混合できるような工夫がなされており,例えば,特開平6-105905号
のような剥離可能な隔壁を有する容器や,特公平7-41071号のように連通部
材を有する容器が提案されている。
【0006】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,このように2つ以上
の液剤を混合して患者に投与する場合,各成分を収容している容器の形態によって
は,誤った操作により混合する前の一成分のみを投与してしまう可能性がある。詳
細に述べると,これらの容器は閉鎖系にすることにより無菌性を保証し,簡容な操
作で各成分間を連通させることを特徴としているため,混合する前の状態において
も一方の内容物の取り出しが容易であり,誤投与の防止については全く配慮されて
いないものである。そこで本発明の課題は,2つ以上の液剤を混合して使用するよ
うな薬剤,例えば腹膜透析液,静注用輸液剤,経腸栄養剤について,混合前の成分
がそのまま投与されてしまうことがない医療用器具を提供することにある。
【0012】・・・本発明の医療用容器は衛生面,安全面を考慮して製造後,高圧
蒸気滅菌等の熱滅菌や,高周波滅菌などの滅菌処理をすることが好ましいため,そ
れらに耐えられる材質が良い。
【0015】【発明の実施の形態】・・・図1は本発明の医療用容器1の正面図で
あり,図2は,図1のI-I′線矢視断面図である。医療用容器1は,一端を熱シー
ル部9,他端を熱シール部10により内部を無菌状態で密封した袋体2から構成さ
れている。さらに熱シールにより形成された仕切り手段4により,分室11,分室
12が構成され,分室11の熱シール部9の近くに熱シールにより形成された閉塞
手段3が設けられている。この際,閉塞手段3と熱シール部9との間14は無菌状
態であり,また分室11の容量のロスを避けるため狭い程良い。場合によっては閉
塞手段3と熱シール部9との間14には,混合液剤が通る回路をプライミングする
ために生理食塩水などの薬理的に不活性な液体を入れておいても良い。分室11に
は液剤15,分室12には液剤16が無菌状態で封入されている。
【0016】この時,閉塞手段3は仕切り手段4と同等もしくはそれ以上の強度
の熱シールが施されている。具体的には,閉鎖手段は仕切り手段にかかる圧力(内
圧A)と同等またはそれ以上の圧力(内圧B)をかけて解除される。つまり,閉塞
手段の熱シール強度を仕切り手段の熱シール強度と同等もしくはそれ以上とする。
熱シール強度の調整は,特に限定しないが熱シール部分の幅や深さなどにより調整
することができる。本発明において,内圧は閉鎖手段もしくは仕切り手段にかかる
圧力であるので,袋体または分室の外面を押圧する圧力と一致するとは限らない。
【0018】次に,医療用容器1の使用方法について説明する。使用方法1とし
て閉塞手段3が仕切り手段4以上の強度の熱シールを施されている場合,まず,分
室12の外面を手で押圧することにより,それにより生じる分室12内の内圧によ
って仕切り手段4の熱シールを剥離させ,液剤15と液剤16を混ぜ合わせる。更
に強い力で押圧し,閉塞手段3に仕切り手段4より強い内圧をかけて閉塞手段3の
熱シールを剥離させる。その後,栓体6より瓶針等(図示しない)を差し込み混合
液を排出させる。
【0022】医療用容器1は,以下の方法により作製される。液剤15と液剤1
6が充填されておらず,閉塞手段3が形成されていない以外は医療用容器1と同一
の構造の容器の排出管5および注入管7から各々液剤15と液剤16を無菌的に充
填してから,排出管5が上方になるように容器を立てて固定し,閉塞手段3を形成
させる。また,注入管7を設けずに,排出管5が上方になるように容器を立てて固
定し,排出管5より液剤16を無菌的に充填して仕切り手段4を形成させ,次に排
出管5より液剤15を無菌的に充填して閉塞手段3を形成させる。なお,これらの
方法に限定する必要はない。
【0023】医療用容器1における閉塞手段3と仕切り手段4の熱シールの形成
方法としては,特に限定されず,通常使用されている熱シールバー等を用いて行う
ことができる。また,高圧蒸気滅菌等の熱滅菌時に閉塞手段3と仕切り手段4の部
位にブロッキングを生じさせる方法を用いても良い。
【0024】【発明の効果】本発明の医療用器具は,2つ以上の液剤を混合して使
用するような薬剤,例えば腹膜透析液,静注用輸液剤,液状栄養剤について,1つ
の液剤のみを排出することなく,また容易な操作で無菌的にそれぞれの成分を混合
して排出することができる。
【図1】本発明の医療用容器の一例の正面図
【図2】図1のI-I′線矢視断面図
1:医療用容器,2:袋体,3:閉塞手段,4:仕切り手段,5:排出管
6:栓体,7:注入管,8:栓体,9,10:熱シール部
11,12:分室,13:吊り下げるための穴,
14:閉塞手段3と熱シール部9との間
15,16:液剤
(2)以上から,引用発明の概要は,以下のとおりと認められる。
引用発明は,2つ以上の成分を混合して患者に投与するための医療用容器に関し,
特に,腹膜透析液,静注用輸液剤,液状栄養剤などのように2つ以上の液剤を用事
混合して患者に投与するための医療用容器に関する(【請求項1】【0001】)。
2つ以上の液剤を混合して患者に投与する場合,各成分を収容している容器は,
閉鎖系にすることにより無菌性を保証し,簡容な操作で各成分間を連通させること
を特徴としているため,混合する前の状態においても一方の内容物の取り出しが容
易であり,誤投与の防止については,全く配慮されていなかった(【0006】)。
そこで,引用発明は,2つ以上の液剤を混合して使用するような薬剤について,
混合前の成分がそのまま投与されてしまうことがない医療用器具を提供することを
課題としてなされたものである(【0006】)。
引用発明は,具体的には,熱可塑性樹脂製フィルムからなる袋体に,異なる成分
の液剤が収容される複数の分室と,前記複数の分室の1つに連通して前記異なる成
分の液剤の混合液剤を排出する排出口が形成された医療用容器において,前記複数
の分室は仕切り手段により液密に仕切られ,かつ,前記排出口と前記排出口に連通
する分室の間は閉鎖手段により液密に閉鎖されており,これらの仕切り手段及び閉
鎖手段は前記袋体の外面の少なくとも一部を押圧して生じる内圧によって解除され,
かつ,前記閉塞手段は,前記仕切り手段を解除させる内圧と同等又はそれ以上の内
圧で解除されることを特徴とする(【請求項1】)。そして,引用発明は,このような
構成を有することにより,2つ以上の液剤を混合して使用するような薬剤について,
1つの液剤のみを排出することなく,また,容易な操作で無菌的にそれぞれの成分
を混合して排出することができる,という効果を生ずる(【0024】)。
よって,引用発明は,前記第2,3(4)アのとおり認定される。
3本件発明と引用発明との対比
上記本件発明と引用発明を対比すると,一致点及び相違点は,前記第2,3(4)
イのとおり認定される。
4取消事由1(引用発明としての適格性がないこと)について
(1)特許法29条2項は,「特許出願前にその発明の属する技術の分野におけ
る通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることが
できたときは,その発明については,同項の規定にかかわらず,特許を受けること
ができない。」と定めるから,引用発明は,本件発明の属する技術分野の当業者が検
討対象とする範囲内の技術的思想であることを要する。また,同法29条1項各号
に掲げる発明から進歩性判断の対象となる発明を容易に発明をすることができたか
否かを判定するに当たっては,前者と後者の構成上の一致点と相違点を見出し,相
違点に係る上記後者の構成を採用することが当業者にとって容易であるか否かを検
討するから,上記前者の発明は,上記後者の発明の構成と比較し得るものであるこ
とを要する。
そこで検討するに,前記1(2)のとおり,本件発明は,2以上の薬剤を投与直前に
混合して患者に投与するための医療用複室容器に関するものであり,前記2(2)のと
おり,引用発明も,2以上の薬剤を投与直前に混合して患者に投与するための医療
用複室容器に関するものであるから,本件発明と技術分野を共通にし,本件発明の
属する技術分野の当業者が検討対象とする範囲内の技術的思想であるといえる。ま
た,本件発明と引用発明とは,前記3のとおり,「可撓性材料により作製され,内部
空間が剥離可能な仕切用弱シール部により第1の薬剤室と第2の薬剤室に区分され
た容器本体と,該容器本体の下端側シール部に固定され,前記第1の薬剤室の下端
部と連通する排出ポートと,前記第1の薬剤室に収納された第1の薬剤と,前記第
2の薬剤室に収納された第2の薬剤と,前記第1の薬剤室と前記排出ポートとの連
通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害用弱シール部とを備える医療用複室容器であり,
前記連通阻害用弱シール部と前記排出ポートと前記下端側シール部により形成され,
空室となっている空間内および前記空間を形成する内面が滅菌されている医療用複
室容器。」という点で一致するから,引用発明は,本件発明の構成と比較し得るもの
であるといえる。よって,引用発明は,本件発明の進歩性を検討するに当たっての
基礎となる,公知の技術的思想といえる。
(2)これに対し,原告は,引用文献には,本件明細書に記載された,「連通阻
害用弱シール部を設けることにより形成される空間内を確実に滅菌できる医療用複
室容器を提供する」という課題が記載されていないから,引用発明は,引用発明と
しての適格性がない,と主張する。
しかし,引用発明は,上記のとおり,本件発明と,技術分野を共通にし,かつ,
相当程度その構成を共通にするから,引用文献に本件発明の課題の記載がなくとも,
本件発明の技術分野における当業者が,技術的思想の創作の過程において当然に検
討対象とするものであるといえる。当該課題が引用文献に明示的に記載されていな
いことを理由として,引用文献に記載された発明の引用発明としての適格性を否定
することはできない。
よって,原告の主張には,理由がない。
5取消事由2(引用発明と周知技術を組み合わせる動機付けの不存在)につい

(1)審決は,前記第2,3(4)ウ(イ)のとおり,甲8の2の記載から,引用発明
に示される構成の医療用容器が一般的に有する解決すべき課題を導き出し,周知技
術と組み合せる動機付けがあることを認定した。そこで,甲8の2に引用発明に周
知技術を組み合わせる動機付けがあるといえるか否かについて,検討する。
ア甲8の2には,以下の記載がある。
【0001】本発明は,医療用容器の注排口及びこの注排口を有する医療用容器
に関する。更に詳しくは,本発明は内部に変位栓体を挿着した注排口,及びこの注
排口を備え,用時,混合して使用する複数の薬剤を収容した医療用容器に関する。
【背景技術】【0002】混合した状態では不安定な薬剤同士を,用時連通可能な
仕切部を介して収容する医療用容器は,近年一般に良く知られている。例えば,薬
液又は溶解液を収容した室と粉末薬剤を収容した室との間の仕切部が,薬液を収容
している室を外部から押圧することによる室の圧力の上昇により開通する弱シール
部とされた,熱可塑性樹脂シートからなるソフトバッグ型医療用容器,所謂「複室
バッグ」がある(特許文献1参照)。この複室バッグは,重量が軽く,輸送中に破損
しにくく,保管場所が省スペースで済み,看護師の作業効率が向上し,分別廃棄が
不要になるといった利点がある。
【0003】現在,市販されている薬液と粉末薬剤を収容した複室バッグは,全
て薬液収容室に注排口が設けられている。これは,凍結乾燥製剤等の粉末薬剤は水
分を嫌うものが多いため,粉末薬剤収容室に注排口を設けた場合,注排口を通して
水分が内部に浸入するおそれがあり,また,注排口内部に粉末薬剤が付着した場合,
溶け残りを生じるおそれもあるといった欠点があることや,薬液収容室に注排口を
設けることにより,製造時に注排口から薬液の充填が可能となり,また通常,薬液
収容室は透明であるので,使用時に液面を視認可能であるといった利点があるから
である。
【0004】ところが,薬液収容室に注排口を設けた前記従来品では,医療現場
において使用者が薬液収容室と粉末薬剤との連通を失念してしまった場合,薬液の
みが患者に投与されてしまうという問題がある。この場合,新しいバッグにより,
薬液と粉末薬剤を再投与しなくてはならず,また,溶解液などの薬液に比べて高価
な粉末薬剤を捨てることになる。さらに複室バッグの最も大きな利点である緊急性
が損なわれ,患者は余分な苦痛を被ることになる。
【0005】このような問題を解決するため,注排口の手前に,弱シール部を介
した空間部を設け,使用時に薬液収容室を押圧した際に,まず粉末薬剤収容室と薬
液収容室との間の弱シール部が連通し,次いで注排口の手前の弱シール部が連通す
るようにした複室バッグが提案されている(特許文献2参照)。これにより,未連通
のままで投与しようとしても注排口と薬液との間には弱シール部があるため,薬液
のみが投与されるといった事態は回避される。
【0006】
【特許文献1】特開平8-257102号公報
【特許文献2】特開平9-327498号公報(注:本訴引用文献)
【発明の開示】【発明が解決しようとする課題】【0007】しかしながら,従来
の複室バッグ(例えば,特許文献2に記載)では,注排口の手前の空間部には全く
水分がないため,高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌する
ことができない。さらに,この空間部には生理食塩水などを入れておくと,空間部
への薬液以外の液体の充填工程が必要となり,製造工程が煩雑となる。また,この
ような空間部を設けることにより容器が長くなってしまうため保管時に邪魔になる。
特に弱シール部は保管時の不意な連通を防ぐ目的で,通常,この弱シール部で折り
畳まれて包装される。従って,注排口の手前の弱シール部も折り畳まねばならず包
装工程が煩雑となり,包装後のサイズ(特に厚さ)が大きくなってしまうおそれが
ある。
【0008】すなわち,本発明が解決しようとする課題は,用時混合して使用す
る複数の薬剤を収容した医療用容器が未連通のまま使用されることを防ぐために,
必ず連通操作を行わなければ投与できない絶対安全機構(所謂,FailSafe機構)
を備え,かつ,従来の製造ラインが使用でき,サイズも従来と変わらないものを提
供することにある。
【課題を解決するための手段】【0009】そこで,本発明者は前記した課題を解
決すべく鋭意研究を重ねた結果,本発明に想到した。すなわち本発明は,
(1)先端及び基端が開放した略円筒状のポートキャップと,
ポートキャップの基端に取り付けられてなるポートと,
ポートキャップの内部に液密かつ長手方向に変位可能に挿着された栓体と,
栓体の先端に取り外し可能に取り付けられた栓体キャップを含んでなり,
栓体と栓体キャップが一体となって,
栓体キャップの先端が,ポートキャップの先端よりも基端側に位置する閉鎖位置か
ら,栓体キャップがポートキャップよりも先端方向に突出する排出位置に変位する
変位栓体付き注排口;・・・
【発明の効果】【0010】本発明の注排口によれば,複数の薬剤を用時混合可能
に収容してなる医療用容器において,薬剤が混合されぬまま患者に投与されること
を確実に防ぐことができる。また,本発明の注排口は,排出時においてのみ注排口
の外に突出する栓体キャップを内部に収容してなるものであるから,従来の注排口
付き医療用容器と比べて注排口内部の構造のみ異なる。従って本発明の注排口を,
従来の注排口と略同じ大きさにて提供すれば,従来の製造ラインを使用して本発明
の医療用容器を製造することができ,またサイズも従来の医療用容器と変わらない
ものを提供することができる。
イ以上から,甲8の2発明は,以下のとおりと認められる。
甲8の2発明は,用時混合して使用する複数の薬剤を収容した医療用容器に関す
る(【0001】)。
薬液収容室に注排口を設けた従来品では,医療現場において使用者が薬剤収容室
と粉末薬剤との連通を失念してしまった場合,薬液のみが患者に投与されてしまう
という問題があった(【0004】)。このような問題を解決するため,引用発明のよ
うな,注排口の手前に,弱シ-ル部を介した本件空間部を設け,使用時に薬液収容
室を押圧した際に,まず,粉末薬剤収容室と薬液収容室との間の弱シール部が連通
し,次いで,注排口の手前の弱シール部が連通するようにした複室バッグが提案さ
れている(【0005】)。
しかし,引用発明のような従来の複室バッグには,①注排口の手前の空間部には
全く水分がないため,高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌
することができない,②この空間部に生理食塩水などを入れておくと,空間部への
薬液以外の液体の充填工程が必要となり,製造工程が煩雑となる,③このような空
間部を設けることにより容器が長くなってしまうため保管時に邪魔になる,④包装
工程が煩雑となり,包装後のサイズが大きくなってしまう,などの解決すべき課題
が存する(【0007】)。
そこで,甲8の2発明は,用時混合して使用する複数の薬剤を収容した医療用容
器が未連通のまま使用されることを防ぎ,上記の課題を解決するために,必ず連通
操作を行わなければ投与できない絶対安全機構を備え,かつ,従来の製造ラインが
使用でき,サイズも従来と変わらないものを提供することとした(【0008】)。
甲8の2発明は,具体的には,先端及び基端が開放した略円筒状のポートキャッ
プと,ポートキャップの基端に取り付けられてなるポートと,ポートキャップの内
部に液密かつ長手方向に変位可能に挿着された栓体と,栓体の先端に取り外し可能
に取り付けられた栓体キャップを含んでなり,栓体と栓体キャップが一体となって,
栓体キャップの先端が,ポートキャップの先端よりも基端側に位置する閉鎖位置か
ら,栓体キャップがポートキャップよりも先端方向に突出する排出位置に変位する
変位栓体付き注排口,及びこの注排出口を有する(【0009】)。
これにより,複数の薬剤を用時混合可能に収容してなる医療用容器において,薬
剤が混合されぬまま患者に投与されることを確実に防ぐことができ,かつ,従来の
製造ラインを使用して甲8の2発明の医療用容器を製造することができ,さらに,
サイズも従来の医療用容器と変わらないものを提供することができるという効果を
生ずる(【0010】)。
(2)参照可能性について
原告は,甲8の2には引用文献が引用されているが,引用文献には甲8の2が引
用されていないことを理由に,引用文献を出発点として,本件発明の構成を想到し
ようとしても,引用文献から甲8の2にアクセスすることができない,と主張する。
しかし,引用文献と甲8の2は,共に,本件優先日前の刊行物であり,用時混合
して使用する複数の薬剤を収容した医療用容器に関する発明が記載されたものであ
るから,当業者であれば,本件優先日当時における技術的思想の創作に際し,引用
文献及び甲8の2を共に参照することが可能であったと解され,このことは,一方
の文献に他方の文献が引用されているか否かにより左右されない。
よって,原告の主張には,理由がない。
(3)動機付けについて
ア引用発明のような医療用容器の滅菌等については,滅菌法と無菌操作法
とがあり,無菌医薬品を製造する場合,医薬品を最終容器に充てんした後滅菌する
方法である最終滅菌法を適用するが,最終滅菌法を適用できない医薬品については,
無菌操作法を用いる(甲41の1,乙5)。滅菌法には,加熱法,ろ過法,照射法,
ガス法及び薬液法があり,加熱法の中には高圧蒸気滅菌法がある(乙3)。2室容器
入り栄養輸液製剤においては,あらかじめ加熱滅菌された各液を各室に無菌的に収
容することもできるが,より好ましくは各室にそれぞれの輸液を収容後,高圧蒸気
滅菌等で加熱滅菌する(乙4),注射剤を製造するに当たって,注射剤成分が耐熱性
などを持たず,高圧蒸気滅菌を施せない場合にはろ過滅菌を行うが,高圧蒸気滅菌
が可能な場合には高圧蒸気滅菌による最終滅菌を行う(乙5),注射剤を製造するに
当たって,通常は,ろ過後に容器に充てんして加熱滅菌を行い,検査・包装されて
製品とするが,加熱すると有効成分の劣化が起こるものや,懸濁注や用時溶解して
使用する注射剤は,最終加熱滅菌ができないので無菌操作法で製造する(乙6)な
ど,薬液入りの医療用容器を製造するに当たっては,可能な場合には,高圧蒸気滅
菌による最終滅菌が行われるものと認められる。
そして,前記(1)のとおり,甲8の2には,引用発明では,本件空間部には全く水
分がないため,高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌するこ
とはできない,という課題が記載されているから,甲8の2に接した当業者は,引
用発明のような本件空間部を有する構成では,当該空間部に水分がないため滅菌で
きないとする課題を把握することができる。
イこれに対して,原告は,甲8の2は,「本件空間部には全く水分がないた
め,高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内及び注排口内部は滅菌することができな
い。」という引用発明の課題を解決しているから,甲8の2から引用発明に周知技術
を組み合わせる動機付けがあるということはできない,と主張する。
しかし,甲8の2では,注排口を改良することによって,本件空間部に水分がな
いため空間内及び注排口内部を滅菌することができないという課題と,本件空間部
に水分を入れようとする場合の問題点を,同時に解決したものであるところ,課題
の解決方法は1つとは限らないし,甲8の2で引用発明の課題を解決していること
によって,引用発明の課題自体を認識できなくなるわけではないから,認識した課
題を別の方法で解決しようという動機までもがなくなるものではない。
よって,原告の主張には,理由がない。
6取消事由3(周知技術の認定の誤り)について
(1)前記5(3)アのとおり,可能な場合には医療用容器は高圧蒸気滅菌による
最終滅菌が行われることが,本件優先日当時の技術常識であったものと認められる。
これに加えて,本件空間部のように,水分がないため高圧蒸気滅菌できない場合に,
内部に高圧蒸気滅菌のための水分を加えることが,周知技術であったかについて検
討する。
(2)ア特開平7-184980号公報(甲4)には,滅菌処理を必要とする粉
粒体を収納する粉粒体バッグにつき,以下の記載がある。
【0045】各空間6aおよび6bにそれぞれ所定量の塩化ナトリウムおよびグ
リシンの粉粒体が収納された粉粒体バッグ1Aを用意し,チューブ7よりバッグ本
体2内に例えば20mlの蒸留水を添加した後,チューブ7をクランプ等の器具に
より封止し,粉粒体バッグ1Aの内部を閉鎖状態とする。
【0046】この粉粒体バッグ1Aを高圧水蒸気滅菌装置の滅菌室内に入れ,通
常の条件(例えば,115~126℃で15~30分程度)で,高圧水蒸気滅菌(オ
ートクレーブ滅菌)する。粉粒体バッグ1Aの内部では,予め添加しておいた蒸留
水が高温の水蒸気となり,多孔質膜5を通過して両空間6a,6b内に均一に拡散
し,塩化ナトリウムおよびグリシンの粉粒体を滅菌する。
イ特開平8-243148号公報(甲6)には,血液バッグ等の薬液を充
填した医療用バッグ包装体につき,以下の記載がある。
【0008】医療用バッグ包装体1は例えば以下のようにして製造される。薬液
が充填された医療用バッグ4と吸湿紙5を,ロール状フィルムを巻き出して筒状に
した内部包装体3内に封入すると共に微量の無菌水を内部包装体3内に注入した後,
筒状の内部包装体3の医療用バッグ4の両側に相当する箇所を重ね合わせてヒート
シールして,一次シール部9を形成し,密封する。尚,微量な無菌水はあらかじめ
吸湿紙5に吸水させて内部包装体3内に封入しても良い。
【0009】続いて前記内部包装体3を温度115℃で20分間高圧蒸気滅菌処
理を施す。内部包装体3内に注入された無菌水が水蒸気化し内部からも医療用バッ
グが加熱されるので滅菌効率が向上する。続いて前記内部包装体3をロール状フィ
ルムを巻き出して筒状にした外部包装体2内に封入し,前記一次シール部9と重な
るように外部包装体2の両側を重ねてヒートシールして,二次シール部8を形成し,
密封する。高圧蒸気滅菌処理後に医療用バッグ4の外周に付着した水滴は吸水紙5
により吸収される。最後に前記二次シール部8に外部包装体2と内部包装体3を同
時に破断可能な切欠部6を形成する。また切欠部6は前記二次シール部8を形成す
る際に同時に形成することができる。
ウ上記アによれば,粉粒体バッグ内部にある粉粒状の薬剤を高圧蒸気滅菌
するために蒸留水が加えられ,上記イによれば,薬液が充填された医療用バッグ外
部を高圧蒸気滅菌するために,医療用バッグを封入した内部包装体の内部に無菌水
が加えられている。そうすると,高圧蒸気滅菌をする際に,空間内部に滅菌のため
の水分を加えることは,周知技術であったものと認められる。そして,甲4及び6
においては,水分を入れる目的は,直接には容器内部を滅菌することとはいえない
ものの,空間内部に水分を入れて高圧蒸気滅菌をすれば容器内部も滅菌されること
は明らかである。
(3)これに対して,原告は,①本件発明及び引用発明の医療用容器は,収納さ
れている薬剤が直接患者に投与されるのに対し,甲4の粉粒体バッグ及び甲6の血
液バッグはいずれも患者からの体液等を採取するものであり,②引用発明の医療用
容器が,甲4の粉粒体バッグ又は甲6の血液バッグと同時に使用されることもなく,
③甲4における高圧蒸気滅菌は粉粒体に対して行われ,甲6における高圧蒸気滅菌
は血液バッグの内面に対して行われており,滅菌対象が容器内部ではないから,甲
4及び6から,容器内部の滅菌のため容器内部に適量の水を添加することは周知の
事項とはいえない,と主張する。
しかし,①②本件発明及び引用発明の医療用容器と,甲4及び6の粉粒体バッグ
及び血液バッグとの用途が異なり,使用場面が同時ではないとしても,いずれの物
品も医療用途であるために高圧蒸気滅菌などの滅菌が必要であることは共通してい
る。また,③高圧蒸気滅菌の目的である対象が,甲4では粉粒体であるが,粉粒体
が粉粒体バッグの中に収納され,これを高圧蒸気滅菌すれば,粉粒体バッグの内面
も同時に滅菌され,同様に,甲6の血液バッグを高圧蒸気滅菌すれば内部包装体の
内部も同時に滅菌されることは,明白である。そうとすれば,内部に粉粒体や血液
バッグがない,単なる空間の場合であっても,空間内に適量の水分を入れてこれを
高圧蒸気滅菌することで容器内部の滅菌がなされることは,本件優先日当時におい
て当業者に周知の事項であったといえる。
よって,原告の主張には,理由がない。
7取消事由4(引用発明と周知技術との組合せに対する阻害要因)について
原告は,審決が認定した引用発明の課題は,「本件空間部には全く水分がないため,
高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内部及び注排口内部は滅菌することができない。」
ことについて,①高圧蒸気滅菌のために空間部に水分を入れると,水分の充填工程
が必要となって,製造工程が煩雑となる,②空間部を設けると,容器が長くなって
保管時に邪魔になる,③空間部を設けると,注排口の手前の弱シール部も折り畳ま
ねばならず,包装工程が煩雑となる,④空間部を設けると,包装後のサイズ(特に
厚さ)が大きくなってしまう,と,空間部に水分を入れて高圧蒸気滅菌することを,
4重に否定しているから,この課題自身が,引用発明に周知技術を組み合わせるこ
とに対する阻害要因となる,と主張する。
しかし,前記5(3)のとおり,引用発明の課題は「本件空間部には全く水分がない
ため,高圧蒸気滅菌を行ってもこの空間内及び注排口内部は滅菌することができな
い。」ことであって,上記①~④は引用発明自体の課題ではなく,引用発明の課題を
本件空間部に水分を入れるという手法により解決する場合に生じ得る問題点である。
そして,①水分充填工程が必要となることは,本件空間部を高圧蒸気滅菌できると
いう利点を考慮すると,当業者が常に避けなければならないと考えるほど煩雑な要
因とは解されない。また,②~④空間部を設けると容器が長くなり,保管時に邪魔
で包装工程が煩雑で包装後のサイズが大きくなることは,引用発明の本件空間部が
大きい場合には問題となるが,引用発明には本件空間部の大きさは何ら特定されて
いないから,当該空間部を適宜の大きさに調整することが可能である。したがって,
本件空間部が大きいことを前提とする問題点は,本件空間部に水分を入れようとす
る手法を採用する場合についての阻害要因とはならない。
よって,原告の主張には,理由がない。
8取消事由5(容易想到性に関する判断の誤り)について
(1)前記5~7より,当業者は,引用発明の本件空間部に水分がないためその
内部を高圧蒸気滅菌することができないという課題を見出し,これに空間内部を滅
菌するために水分を入れるという周知技術を適用するといえる。
(2)ア本件発明で特定されている水分量「0.1~0.5mlであり,かつ,
該空間内の容積1ml当たり,0.02~0.1ml」については,上記1(1)
のとおり,本件明細書に以下の記載がある。
【0018】・・・第3室には,生体に投与されても無害な液体(例えば,水,生
理食塩水)が添加されていることが好ましい。第3室23にこのように液体を入れ
ることにより,第3室の内部の滅菌が確実なものとなる。また,第3室23に入れ
られる液体の量としては,第3室の大きさによって相違するが,0.1~0.5m
l程度であることが好ましい。また,第3室の容量1ml当たりの液体の添加量は,
0.02~0.1ml程度であることが好ましい。・・・この医療用複室容器1のよ
うに,第1の薬剤室21と排出ポート3との連通を阻害しかつ剥離可能な連通阻害
用弱シール部10を設けることにより,仕切用弱シール部9が剥離されることなく
第1の薬剤室21内の第1の薬剤のみが投与されることを防止でき好ましい。しか
し,連通阻害用弱シール部10を設けることにより空間(第3室23)が形成され
る。複室容器1より排出される薬剤は,この空間を通過するため,滅菌確保が必要
となる。
そこで,上記の本発明の医療用複室容器は,上記の連通阻害用弱シール部10を
設けることにより形成される空間内を確実に滅菌できる医療用複室容器を提供する
ものである。
この目的を達成するために,上述したように,連通阻害用弱シール部10を設け
ることにより形成される空間23内に微量の液体が添加されている。液体としては,
生体に投与されても無害な液体(例えば,水,生理食塩水)が用いられる。そして,
このように連通阻害用弱シール部10を設けることにより形成される空間23内に
微量の液体が添加(封入)された状態にて,高圧蒸気滅菌されることにより,添加
された液体が,閉塞空間である第3室23内にて蒸気化し,第3室23内の内面お
よび空間を滅菌する。そして,第3室23への液体の添加量としては,第3室の空
間内の容積1ml当たり,0.005ml~0.1mlであることが好ましい。特
に,第3室の空間内の容積1ml当たり,0.01~0.05mlであることが望
ましい。添加される液体としては,上述したように,水(例えば,無菌水,RO水,
蒸留水),生理食塩水などが好ましい。そして,本発明の医療用複室容器1は,上記
の第3室23に上記の液体が添加された後に封止され,高圧蒸気滅菌される。
【0047】この実施例の医療用複室容器80においても,上述した医療用複室
容器1と同様に,連通阻害用弱シール部100と排出ポート90と閉塞部6aによ
り,空間(第3室23)が形成されている。この空間(第3室)23は,空室とな
っている。しかし,第3室には,生体に投与されても無害な液体(例えば,水,生
理食塩水)が添加されていることが好ましい。第3室23にこのように液体を入れ
ることにより,第3室の内部の滅菌が確実なものとなる。また,第3室23に入れ
られる液体の量としては,第3室の大きさによって相違するが,0.1~0.5m
l程度であることが好ましい。また,第3室の容量1ml当たりの液体の添加量は,
0.02~0.1ml程度であることが好ましい。連通阻害用弱シール部100は,
シート材を帯状に熱シール(熱融着,高周波融着,超音波融着等)することにより
形成することができる。
イこれらの記載からすれば,相違点2に係る本件発明の水分量が好ましい,
又は望ましいことは理解されるものの,高圧蒸気滅菌のために適当な量であるとい
う以上の技術的意味があるとは理解されない。
また,相違点2に係る本件発明の水分量から,空間の容積を算出することはでき
るが,そのような空間の容積にどのような技術的意味があるのかは,本件明細書に
記載も示唆もされていない。
よって,相違点2に係る本件発明の水分量には,高圧蒸気滅菌のために適当な量
であるという以上の臨界的意義はなく,当業者が適宜選択できるものであると解さ
れる。
(3)これに対して,原告は,相違点2に係る本件発明の水分量及び算出される
空間の容積は,①空間内の菌に対して効率的に熱を伝えられるようにし,温度・加
圧条件を特に限定せずとも,十分に滅菌できるようにした,②仮に空室部分を塞ぐ
ゴム栓に針を刺して外部と開通させたとしても水分が流れ出さないようにした,③
医薬品医療機器等法が要求する安定性試験を簡易化でき,患者に投与する混合薬剤
に何らの影響も与えないことを実現したものである,と主張する。
しかし,相違点2に係る本件発明の水分量及び算出される空間の容積が,上記各
効果を持つものであることは,本件明細書に記載も示唆もされていないし,そのよ
うに解される根拠を示す他の証拠もない。
よって,原告の主張には,理由がない。
第6結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく,原告の
請求には理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
片岡早苗
裁判官
古庄研

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