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裁判例


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平成11年(行ケ)第287号 特許取消決定取消請求事件(平成13年3月29
日口頭弁論終結)
         判    決
   原      告      日本光電工業株式会社
  訴訟代理人弁理士      本   田       崇
   被     告     特許庁長官
                 及   川   耕   造
  指定代理人        森       正   幸
   同             住   田   秀   弘
   同             小   林   信   雄
   同             茂   木   静   代
   主    文
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
事    実
第1請求
特許庁が平成10年異議第75585号事件について平成11年7月19日にし
た決定を取り消す。
第2前提となる事実(争いのない事実)
1特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「血圧監視装置」とする特許第2764702号の発明
(平成7年3月16日出願、平成10年4月3日設定登録。以下「本件発明」とい
う。)の特許権者である。
 本件発明について、平成10年11月17日、特許異議の申立てがされたので、
特許庁は、この申立てを平成10年異議第75585号事件として審理し、平成1
1年7月19日、「特許第2764702号の特許を取り消す。」との決定をし、
その謄本は同年8月9日に原告に送達された。
 2 本件発明の要旨(特許請求の範囲請求項1に係る発明)
 カフを用いて血圧測定を行なう血圧測定手段と、
 外部からの操作に応じて上記血圧測定手段に測定開始を指示する指示手段と、
 上記血圧測定手段が測定した血圧値のみを表示する血圧値表示手段と、
 外部から入力される脈波伝播時間変動分閾値を記憶するメモリと、
 生体の大動脈側の脈波上の時間間隔検出基準点を検出する時間間隔検出基準点検
出手段と、
 上記大動脈側の脈波より遅れて現われる末梢血管側の脈波を検出する脈波検出手
段と、
 上記時間間隔検出基準点検出手段と上記脈波検出手段とのそれぞれの検出出力に
基づき脈波伝播時間を計測する脈波伝播時間計測部と、
 計測した2つの脈波伝播時間から脈波伝播時間変動分を算出する演算手段と、
 算出された脈波伝播時間変動分が上記メモリから読み出される脈波伝播時間変動
分閾値を超えたか否かを判定する判定手段と、
 この判定手段の出力および上記指示手段の指示のいずれかに基づいて上記血圧測
定手段を制御し、カフによる被験者の血圧測定を行なう制御手段と
 を有することを特徴とする血圧監視装置。
 3 決定の理由 
 別紙1の決定書の理由写し(以下「決定書」という。)のとおり、決定は、本件
発明は、米国特許第4566463号の発明に係る明細書(甲第3号証。以下「刊
行物1」という。)及び特開平4-200439号公報(甲第5号証。以下「刊行
物2」という。)に各記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものであるから、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであ
り、本件発明の特許は、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものであ
ると判断した。
第3 原告主張の決定の取消事由の要点
 決定書の理由中、本件発明の要旨の認定、刊行物1の記載事項の認定の一部(決
定書6頁4行ないし19行)、刊行物2の記載事項の認定(同7頁1行ないし9頁
3行)、本件発明と刊行物1記載の発明との対比のうちの相違点の認定(同11頁
9行ないし19行)及び相違点についての判断のうちの刊行物2記載の公知技術の
認定(同12頁2行~12行)は、認める。
 決定は、引用例1記載の発明の認定を誤り(取消事由1、2)、この結果、本件
発明と刊行物1記載の発明との一致点の認定、相異点の認定、判断を誤ったもので
ある。また、決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点を看過したため
(取消事由3)、相違点の判断を誤ったものである。さらに、決定は、本件発明の
予想し得ない顕著な効果を看過し(取消事由4)、この結果、本件発明の進歩性を
否定したものである。
 このように、決定は違法であるから、取り消されるべきである。
 1 取消事由1(刊行物1記載の発明の「血圧値と関連のある生体情報」の誤
認)
 (1) 決定は、以下のアないしオに示すとおり、刊行物1記載の発明における
「脳波振幅の2つのピーク値の変化率Hr」を「血圧値と関連のある生体情報」で
あると認定しているが、「脳波振幅の2つのピーク値の変化率Hr」ないし「脈波
振幅のピーク値」は、いずれも「血圧値と関連のある生体情報」であるとはいえ
ず、決定のこれらの認定は誤りである
   ア 決定は、「刊行物1に記載された発明における「指尖脈波検出器により
検出された血流信号S1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率
Hrがピーク減少設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合に
は、血流量の大幅な減少すなわち循環器官の異常と判定」すること及び本件請求項
1に係る発明における「算出された脈波伝播時間変動分が上記メモリから読み出さ
れる脈波伝播時間変動分閾値を越えた」ことは、いずれも血圧値と関連のある生体
情報が所定の変動分閾値を越えたことに相当する。」(決定書9頁7行ないし18
行)と認定している。
 しかし、刊行物1記載の発明における脈波振幅の「2つのピーク値の変化率H
r」は「血圧値と関連のある生体情報」ではないので、上記認定は誤りである。
 すなわち、別紙2の図1(以下「図1」といい、別紙2記載の図1ないし5につ
いて、それぞれ「図1」ないし「図5」という。)は、血圧上昇剤であるエフェド
リン投与後の経過時間(横軸)に対する平均血圧、脈波伝播時間変動分、「2つの
ピーク値の変化率Hr」の変化を示す臨床データである。エフェドリンは心拍数増
加、心臓の収縮力の増強により心拍出量を増加させ、さらに血管の収縮を引き起こ
して血圧を上昇させる。一方、脈波振幅は、心臓の一回拍出量と末梢血管の収縮あ
るいは拡張の状態で決まる。そして、この図1からわかるように、血圧の増加とと
もに脈波伝播時間変動分の絶対値は増加しているが、「2つのピーク値の変化率H
r」は一定の傾向を示さず変化が乱れている。したがって、刊行物1記載の発明に
おける脈波振幅の「2つのピーク値の変化率Hr」は血圧と関連がないことが分か
る。
   イ 次に、決定は、「両者は「カフを用いて血圧測定を行なう血圧測定手段
と、外部からの操作に応じて上記血圧測定手段に測定開始を指示する指示手段と、
上記血圧測定手段が測定した血圧値を表示する血圧値表示手段と、血圧値と関連の
ある生体情報を検出し、生体情報の変動分を予め記憶した値と比較し、所定の変動
分閾値を超えたか否かを判定する判定手段と、この判定手段の出力および上記指示
手段の指示のいずれかに基づいて上記血圧測定手段を制御し、カフによる被験者の
血圧測定を行なう制御手段とを有することを特徴とする血圧監視装置。」の点で一
致する。」(決定書10頁17行ないし11頁8行)と認定している。ここで「生
体情報の変動分」とは、刊行物1記載の発明においては、「2つのピーク値の変化
率Hr」を示し、その「生体情報」は「脈波振幅のピーク値」にほかならない。
 しかし、刊行物1記載の発明における「脈波振幅のピーク値」は、血圧値と関連
のある生体情報ではないので、上記認定は誤りである。
 以下、「脈波振幅のピーク値」が血圧値と関連しないことを説明する。
    (ア) 図2(a)、(b)に、具体例として、心拍出量と血管抵抗が異
なるが、平均血圧が同じである二つの場合において、末梢の血流量及び脈波振幅の
ピーク値を比較したものを示す。ここで、(a)では、心拍出量10[リットル/
min]、血管抵抗800[dynes・sec・cm-5]、心拍数60[(拍)/min]、
(b)では、心拍出量5[リットル/min]、血管抵抗1600[dynes・sec・cm-
5]、心拍数60[(拍)/min]である。図2に示すように、同じ平均血圧であっ
ても、末梢血流量(BF1、BF2)及び「脈波振幅のピーク値」(Pw1、Pw
2)が、(a)、(b)の2つの場合で異なっているので、「脈波振幅のピーク
値」は、血圧値と関連しないことが明らかである。
 この理由を述べると、平均血圧は、心拍出量と血管抵抗の積で表され(平均血
圧[mmHg]=心拍出量[リットル/min]×血管抵抗[dynes・sec・cm-5]/8
0)、(a)と(b)の平均血圧値は、いずれも100[mmHg]である。血管抵抗
は、動脈枝の先の小さい動脈や細動脈における抵抗が大部分を占め、末梢血管が収
縮している時には抵抗が大きく、末梢血管が拡張している時には抵抗が小さくな
る。したがって、(a)に比べ(b)では血管抵抗が大きいため、末梢血管が収縮
していることになる。また、一回に心臓から拍出される一回拍出量は心拍出量を心
拍数で割った値なので、(a)では166[cc]、(b)では83[cc]となる。
また末梢血管の収縮や拡張の状態に応じて、一回拍出量の中から指に分配される血
流量が変化し、末梢血流量は一回拍出量と血管抵抗に依存する。(a)に対して
(b)は、平均血圧が100mmHgと同じでありながら、一回拍出量(83cc)が少
ない上に末梢の血管が収縮しているために、末梢血流量(BF2)は、一回拍出量
(83cc)に応じた減少((b)は(a)に対して1/2)よりもさらに減少す
る。
 また、脈波振幅の積分値(S1、S2)は、末梢血流量(BF1、BF2)に対
応し、心拍数60(脈波周期)が同じ場合には、「脈波振幅のピーク値」(Pw
1、Pw2)は、脈波振幅の積分値(S1、S2)に対応するため、(b)におけ
る「脈波振幅のピーク値」(Pw2)は、(a)における「脈波振幅のピーク値」
(Pw1)よりも減少する。
 したがって、(a)および(b)において、同じ血圧値であっても、末梢血流量
(BF1、BF2)や「脈波振幅のピーク値」(Pw1、Pw2)はそれぞれ異な
る値を示し、血圧値とは関連しないことが分かる。
    (イ) さらに、図3に示す臨床データを参照して、「脈波振幅のピーク
値」が血圧値と関連しないことを説明する。
 図3は、血圧上昇剤であるエフェドリン投与後の経過時間(横軸)に対する平均
血圧、脈波伝播時間、「脈波振幅のピーク値」の変化を示したものである。上記の
とおり、エフェドリンは心拍数増加、心臓の収縮力の増強により心拍出量を増加さ
せ、さらに血管の収縮を引き起こして血圧を上昇させ、また、脈波振幅は、心臓の
一回拍出量と末梢血管の収縮あるいは拡張の状態で決まる。図3からわかるよう
に、平均血圧の増加(右肩上がり)とともに脈波伝播時間は減少(右肩下がり)し
ているが、「脈波振幅のピーク値」は、上下に変化し一定の傾向を示さず乱れてい
る。
 したがって、「脈波振幅のピーク値」は血圧と関連がないことが分かる。
   ウ 決定は、「刊行物2に記載された発明における「時間差」は、刊行物1
に記載された発明における生体情報と同じく、カフを用いた血圧測定による血圧値
を正確に反映するものではなく、カフによる血管への負担を軽減して血圧値を推定
するために取得する生体情報である。」(決定書12頁12行ないし17行)と認
定している。
 しかし、刊行物1には、「2つのピーク値の変化率Hr」及び「脈波振幅のピー
ク値」のいずれも血圧値を推定するために取得するとの記載は全くなされていな
い。また、上記のとおり、「2つのピーク値の変化率Hr」及び「脈波振幅のピー
ク値」のいずれも血圧値とは関連しないため、血圧値を推定することは不可能であ
る。このため、刊行物2記載の発明の「時間差」を、刊行物1記載の発明の「2つ
のピーク値の変化率Hr」又は「脈波振幅のピーク値」と同一視する判断は誤りで
ある。
   エ 決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点の判断において、
「刊行物1に記載された発明における、「指尖脈波検出器により検出された血流信
号S1から脈波振幅のピーク値を求め」た生体情報に代えて、刊行物2に記載され
た時間差(本件の請求項1に係る発明の「脈波伝播時間」に相当)を検出する手段
によって検出される時間差を採用することは当業者が容易に想到できたものと認め
られる。」(決定書12頁18行ないし13頁8行)としている。
 しかし、上記のとおり、「脈波振幅のピーク値」は血圧値と関連しないため、血
圧値と関連しない生体情報に代えて脈波伝播時間を採用することが容易に想到する
ことができたものとする判断は誤りである。
   オ 決定は、「血圧値と関連する公知の生体情報を選択する場合には、当業
者であれば、血圧値の異常を監視する生体情報としてできる限り血圧値を正確に反
映する生体情報を選択することは当然のことである。」(決定書13頁15行ない
し19行)と判断している。
 しかし、上記のとおり、刊行物1に記載の「脈波振幅のピーク値」又は「2つの
ピーク値の変化率Hr」は、血圧値と関連しないため、本件発明における脈波伝播
時間の採用は、血圧値と関連する公知の生体情報の選択ではないから、上記判断も
不当である。
 (2) 被告の主張に対する反論
   ア 被告は、図1は「2つのピーク値の変化率Hr」が「平均血圧」に対し
て脈波伝播時間と同じ傾向の有意の相関関係(脈波振幅の「2つのピーク値の変化
率Hr」が大きくなるに従って「平均血圧」も大きくなる傾向)にあることを窺わ
せるものであり、同様に、図3は「脈波振幅のピーク値」が「平均血圧」に対して
脈波伝播時間と同じ傾向の有意の相関関係(脈波振幅のピーク値が小さくなるに従
って「平均血圧」が大きくなる傾向)にあることを窺わせるものであると主張して
いる。
 しかし、図1において「脈波伝播時間変動分」の変化が単調増加を示している一
方で、「2つのピーク値の変化率Hr」は、大きな変化としては増加傾向を示して
いるものの増加・減少を繰り返しながら変化をしている。したがって、このような
乱れた傾向を示す「2つのピーク値の変化率」を「脈波伝播時間変動分」と同列に
比較することはできず、カフによる血圧測定の起動の指標として、「同じ傾向の有
意の相関関係」ということはできない。図3における「脈波振幅のピーク値」も同
様である。
   イ 被告は、後記2の原告主張に係る図4をとらえて、これを参照すると、
「脈波振幅のピーク値」は、脈波伝播時間と同じ傾向の「平均血圧」に対する有意
の相関関係にあることが示されていると主張している。
 しかし、図4は、その時間軸である横軸から分かるように、わずか2分間の変化
を示したものである。このわずか2分間という極小時間的変化を見れば単調変化を
示す場合があるが、このような極小時間的変化のみを捉えて「有意の相関関係」を
認めることは、以下のように医学的判断手法の見地から不適である。
 すなわち、図4は、麻酔導入時のデータであり、麻酔中の循環系の変化はさまざ
まな因子に影響される。揮発性麻酔薬を使用し、手術侵襲に対して十分な麻酔深度
を得た場合の循環系の有為な変化として、心拍出量の低下、体血管抵抗の低下をも
たらすことは医療従事者の間でよく知られたことである。心拍出量の低下は末梢血
流の低下をもたらすので脈波振幅値のピーク値は減少し、体血管抵抗の低下は、血
管の拡張によるものであるので、脈波振幅値のピーク値は増加する傾向に作用す
る。この相反する作用が生体にかかることになるが、結果として、脈波振幅のピー
ク値が増加傾向となるか減少傾向となるかはいずれの作用が強く現れるかである。
図4に示すデータは、脈波振幅のピーク値の増加が結果として強く作用されたもの
である。
 さらに臨床データの図5を示す。この図は、術中低血圧時の各パラメータの変化
を示すものである。ここに示した図5と図4とは、「平均血圧」が減少傾向にあ
り、「脈波伝播時間」が増加傾向にある点で共通するが、「脈波振幅のピーク値」
が図4では増加傾向にあるのに対し、図5では小刻みに振動しながら図4とは反対
の傾向である減少傾向を採っている。このように「平均血圧」が同じ傾向であって
も、「脈波振幅のピーク値」は異なる傾向を示すものである。したがって、「脈波
振幅のピーク値」は、脈波伝播時間と同じ傾向の、「平均血圧」に対する有意の相
関関係にあることが示されているという被告の主張及び決定の判断は失当である。
   ウ 被告は、本件訴訟において、乙第1号証(ドイツ連邦共和国特許出願公
開第2605528号明細書)、乙第2号証(特開平2-23940号公報)を提
出しているが、これらの証拠は、いずれも異議決定において審理、判断されなかっ
たものであるから、そもそもこれらの証拠をもって本訴訟において議論することは
できないものであり、また、刊行物1、2との関連もないため、その援用も許され
ないものである。
 しかも、被告からは、乙第1号証、乙第2号証、乙第4号証(特開平4-367
648号公報)及び乙第5号証(実願昭63-59503号(実開平1-1617
07号)の願書に添付されて明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム)のわず
か4つの文献が証拠として示されたのみであり、これによって相当多数の公知文献
が存在していたとはいえず、また、その4つの公報のうち3つは同じ出願人の発明
であるため、業界に知れわたっていたともいえず、よく用いられていたことも示さ
れていない。したがって、乙第1、第2号証及び第4、第5号証によっては、よく
知られた知見とはいえない。
 そして、被告は、これらの証拠に基づいて、「脈波振幅や脈波の波形のような脈
波に基づく情報」が血圧値に関連する情報になり得る旨主張しているが、実際に乙
第1、第2号証及び第4、第5号証に記載されているのは、「脈波振幅や脈波の波
形」であっても、脈波に基づく情報のすべてではない。
 また、脈波振幅や脈波の波形が、血圧値に関連する情報になり得ても、カフによ
る血圧測定を行なうかどうかの指標となり得るかどうかとは別問題である。確か
に、脈波振幅や脈波の波形を、カフによる血圧測定の起動をさせるための指標とな
り得るというのは本件発明の出願前のいわゆる従来の知見にすぎない。従来の知見
では脈波振幅や脈波の波形をカフによる血圧測定の起動の指標としていたが、状況
によって指標になり得ないことが判明した。すなわち、末梢血管運動神経支配に影
響を及ぼす薬剤を投与することなどによって能動的に血管収縮や拡張を調整して血
圧が調整されたときに、脈波振幅や脈波の波形が正しく「血圧値に関連する情報」
にはなり得ないのである。
   エ このように、被告の主張はいずれも誤りである。
 (3) 以上から明らかなように、決定は、「脳波振幅の2つのピーク値の変化
率Hr」ないし「脈波振幅のピーク値」について、「血圧値と関連する生体情報」
であるという誤った認定を行い、これに基づいて誤った判断がされたものであり、
取り消されるべきものである。
 2 取消事由2(刊行物1記載の発明の「変化率」の誤認)
 (1) 決定は、刊行物1の記載事項として、「指尖脈波検出器により検出され
た血流信号S1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率Hrがピ
ーク減少設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合には、血流量
の大幅な減少すなわち循環器官の異常と判定して前記血圧測定手段によりカフを用
いた血圧測定を行い、血圧値を表示器に表示する自動血圧測定装置について説明さ
れている。」(決定書5頁12行ないし19行)と認定し、「刊行物1に記載され
た発明における、「指尖脈波検出器により検出された血流信号S1から脈波振幅の
ピーク値を求め、2つのピーク値の変化率Hrがピーク減少設定器において予め設
定された変化率の上限値を越えた場合には、血流量の大幅な減少すなわち循環器官
の異常と判定」すること及び本件の請求項1に係る発明における「算出された脈波
伝播時間変動分が上記メモリから読み出される脈波伝播時間変動分閾値を越えた」
ことは、いずれも血圧値と関連のある生体情報が所定の変動分閾値を越えたことに
相当する。」(決定書9頁7行ないし19行)と認定し、「刊行物1に記載された
発明における「手動測定選択スイッチSW3の操作に応じて血圧測定手段によりカ
フを用いた血圧測定を行うとともに、指尖脈波検出器により検出された血流信号S
1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率Hrがピーク減少設定
器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合には、血流量の大幅な減少
すなわち循環器官の異常と判定して前記血圧測定手段によりカフを用いた血圧測定
を行」うことは、本件の請求項1に係る発明における「判定手段の出力および上記
指示手段の指示のいずれかに基づいて上記血圧測定手段を制御し、カフによる被験
者の血圧測定を行なう」ことに相当する。」(決定書10頁3行ないし16行)と
認定している。
 しかし、決定が、刊行物1記載の発明において、カフを用いた血圧測定を行うか
どうかの指標として、2つのピーク値の「変化率」を採っているという認定は誤り
であり、刊行物1記載の発明では、2つのピーク値の「減少率」をその指標として
採用しているにすぎない。
 すなわち、刊行物1の9欄3行ないし60行において、「Hr」は、「decrease
rateHr」と記載されており、これは「減少率Hr」と訳すべきであるところを、決
定は、上記のとおり、「変化率Hr」と誤って認定している。刊行物1記載の装置
によるカフを用いた血圧測定は、決定が認定するように「設定された変化率の上限
値を越えた場合」でなく、「設定された減少率の上限値を越えた場合」に行われて
いる。すなわち、刊行物1記載の発明における装置では、脈波振幅のピーク値が増
加する場合はカフを用いた血圧測定が行われない。
 そこで、図4として、麻酔導入により引き起こされた平均血圧の低下(右肩下が
り)の場合の血圧変化に対する脈波振幅のピーク値の変化と脈波伝播時間の変化を
比較した臨床データを示す。図4は約2分間の測定データを示したものである。こ
の図4で、脈波振幅のピーク値は増加しており、そのピーク値の増加率が予め設定
した値(閾値)を越えたとする。このような場合、刊行物1に記載のように減少率
でしか判断しない装置では、カフによる血圧測定を行うことができない。しかしな
がら、この間にもこの図4に示されるように平均血圧が低下してきており、そのよ
うな装置では、患者の危険な容態変化を見過ごしてしまうという重大な欠陥が発生
する。このように、本来、脈波振幅のピーク値が増加する場合であっても、カフに
よる血圧測定を行い監視する必要があるのである。
 しかしながら、決定は、刊行物1における上記の「decreaserateHr」との記載
を、「変化率Hr」と拡大して訳し、解釈することで、あたかも脈波振幅のピーク
値が増加する場合であってもカフによる血圧測定を行うがごとく認定し、不当な判
断をしており、違法であり、取り消されるべきものである。
 (2) 被告の主張に対する反論
 被告は、本件発明における「判定手段」が、脈波伝播時間の変動分の、増加方向
及び減少方向の異常のうちいずれか一方向の異常について判定するのか、双方向の
異常についても判定するのかについては、特許請求の範囲の請求項1において積極
的に規定していないと主張している。
 しかしながら、本件発明における「脈波伝播時間変動分」とは、本件発明に係る
明細書の【発明の詳細な説明】の欄の段落【0016】、【0017】において説
明しているように、ΔT=|T2-Tl|と、絶対値を採っている実施例に基づく
ものである。特許法70条2項は、「明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及
び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとす
る」と規定しており、「判定手段」が、何を判定するのかは明らかである。
 3 取消事由3(相違点の看過)
 (1) 本件発明の脈波伝播時間変動分閾値は、「外部から入力される脈波伝播
時間変動分閾値を記憶するメモリ」から読み出される閾値であるが、刊行物1記載
の発明では、このような外部から入力することのできるメモリは全く記載されてい
ない。
 したがって、決定は、本件発明と刊行物1記載の発明とにおける相違点を看過し
て、不当な判断をしており、取り消されるべきである。
 本件発明の構成によれば、本件発明に係る装置を操作する医師等の判断により、
患者の状態に応じて、外部から脈波伝播時間変動分閾値を設定することができ(閾
値の高低が、カフによる血圧測定の頻度に関係する)、その測定頻度を随時最適に
設定することができる。例えば、意識がなく、血圧が低い状態から、更に血圧が低
下すれば危険になると考えられる患者の場合には、脈波伝播時間変動分閾値は、よ
り小さく設定する必要がある。また、カフによる血圧測定の頻度が高過ぎるとスト
レスを感じる意識のある患者の場合には、閾値を小さく設定し過ぎないように、や
や大きく設定する必要がある。
 このように、本件発明においては、患者の状態に応じて閾値を外部から入力し設
定するというものであり、この相違点を看過して判断しているのは、不当であり、
取り消されるべきものである。
 (2) 被告の主張に対する反論
 被告は、刊行物1記載の発明は、「予め設定された変化率の上限値」を装置の動
作中に利用するものであり、よって、刊行物1記載の発明は、外部から入力するこ
とのできるメモリに相当する部材を備えるものであると主張している。
 しかしながら、刊行物1には、「予め設定された変化率の上限値」を装置の動作
中に利用するとの記載はなく、「予め設定され」ていることが、「外部から入力す
ることのできる」ものであるとは限らない。例えば、製品の製造時に上限値が設定
されてはいるが、製品出荷後に装置の外部からその上限値を入力することができな
い仕様もあり得るのであって、この場合、「予め設定され」てはいるが、「外部か
ら入力することのできる」ものとはいえない。そして、刊行物1にはどのような仕
様であるかは、記載されていないのである。
 また、被告は、刊行物1の「予め値を設定できるピーク減少設定器70」が、外
部から入力することのできるメモリに相当すると主張している。
 しかし、「ピーク減少設定器70」には、予め値を設定することができても、外
部から入力することのできる点については、刊行物1には記載がない。したがって
このような「ピーク減少設定器70」が、外部から入力することのできるメモリに
相当するとはいえない。
 4 取消事由4(顕著な効果の看過)
 (1) 本件発明には、以下のアないしエのとおり、顕著な効果が存在する。 
   ア 本件発明によれば、図1、図3に示すように、血圧上昇剤であるエフェ
ドリン投与後において、「脈波伝播時間」又は「脈波伝播時間変動分」は平均血圧
に対応して変化するので、このような薬剤投与の場合にも、算出された「脈波伝播
時間変動分」を「脈波伝播時間変動分閾値」と比較して血圧の変動を判定し、適切
な時期にカフを用いた血圧測定を行うことができる効果がある。
   イ 本件発明における「脈波伝播時間」は、その多くを大動脈の伝播時間が
占めることになるから、本件発明によれば、大動脈すなわち中枢部の血圧をよく反
映し、この中枢部の血圧の変化を監視してカフによる血圧測定を行うので、重要臓
器を障害して生命維持を困難にすることを未然に防止することができるという効果
がある。
   ウ 本件発明によれば、閾値と比較されるのは「脈波伝播時間変動分」であ
るから、増加、減少の両方の変化をとらえている。これは、本件発明に係る明細書
の段落[0016]及び図面の【図2】のステップS8に、脈波伝播時間変動分が
2つの脈波伝播時間T1、T2の差の絶対値、すなわち、ΔT=|T2-T1|として
示されていることからも明らかである。そして、増加、減少のいずれの場合も、カ
フによる血圧測定を行うものであり、上記の刊行物1記載の発明に係る装置が有す
る重大な欠陥を解決する効果がある。
   エ 本件発明によれば、「外部から入力される脈波伝播時間変動分閾値を記
憶するメモリ」を備えているので、患者の容態に応じて医師が閾値を適宜設定し直
すことができる効果がある。
 このように、本件発明は、刊行物1、2記載の発明からは、予測し得ない顕著な
効果を備えている。また、本件発明のように「脈波伝播時間変動分」をカフによる
血圧測定を行うかどうかの指標とする点については、刊行物1、刊行物2はもちろ
ん、乙第1、第2号証、第4、第5号証のいずれにも記載がないし、示唆するもの
もない。
 以上によれば、本件発明の進歩性を否定することできないのであり、これを否定
した決定は違法である。
 (2) 被告の主張に対する反論
   ア 被告は、原告が主張するアの効果は、刊行物1記載の発明の血圧の変動
を判定し、適切な時期にカフを用いた血圧測定を行うことができるという効果と、
刊行物2記載の発明の「脈波伝播時間」又は「脈波伝播時間変動分」が平均血圧に
対応して変化するという作用から当然に予測されるものであると主張している。
 しかし、刊行物1記載の発明は、上記2(1)のとおり、適切な時期にカフを用
いた血圧測定を行うことができない場合がある。また、刊行物2は、「運動直後の
最高血圧データおよび脈波伝導時間データを記憶する」ものである。このため、そ
の測定の対象者は、運動が行える健常者であって、対象者を患者とする薬剤投与に
よる脈波伝播時間のデータについては何ら開示も示唆もされていない。このため、
効果アは、当然に予測される効果とすることはできないものである。
   イ 被告は、原告が主張するイの効果は、本件発明に係る明細書に記載され
た事項に基づくものではないと主張している。
 しかしながら、本件発明は、その構成として、「生体の大動脈側の脈波上の時間
間隔検出基準点を検出する時間間隔検出基準点検出手段と、上記大動脈側の脈波よ
り遅れて現れる末梢血管側の脈波を検出する脈波検出手段と、上記時間間隔検出基
準点検出手段と上記脈波検出手段のそれぞれの検出出力に基づき脈波伝播時間を計
測する脈波伝播時間計測手段」を備えるものである。本件発明は、このような構成
であることから、脈波伝播時間として、大動脈から末梢血管に至るまでの経路を脈
波が伝播する時間であることが直接的に導かれるため、当然にその経路に影響され
て、原告主張のイの効果が得られるのである。原告は、このように、「脈波伝播時
間」についての普遍的な生理に基づく効果を主張しているのであって、明細書の記
載から必然的かつ直接的に導き出せる効果である。
   ウ 原告が主張するウ及びエの効果に対する被告の主張についても、上記と
同様の理由により失当である。
第4 被告の反論の要点
 原告の主張はいずれも失当であり、決定の認定、判断に誤りはなく、違法な点は
存在しない。
 1 取消事由1(刊行物1記載の発明の「血圧値と関連のある生体情報」の誤
認)に対して
 (1) 刊行物1記載の発明における「指尖脈波検出器により検出された血流信
号S1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率Hrがピーク減少
設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合」とは、「カフを用い
た血圧測定」が必要と推定される場合である。これは「指尖脈波検出器により検出
された血流信号S1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率Hr
がピーク減少設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合」には、
生体の血圧値に異常があることを推測させるということを意味している。
 このことから、刊行物1記載の発明においては、「脈波振幅のピーク値」又は
「2つのピーク値の変化率Hr」が血圧値と関連しているという知見を前提として
いることが明らかである。決定の認定、判断は、いずれも、この前提に基づいて行
ったものであるから、刊行物1の記載事項からみて誤りはない。
 (2) 原告は、脈波振幅の「2つのピーク値の変化率Hr」が「血圧値と関連
のある生体情報」ではないとの主張の理由として、臨床データ図1を提示し、さら
に、「脈波振幅のピーク値」が「血圧値と関連のある生体情報」ではないとの主張
の理由として臨床データ図3を提示している。
 図1をみると、「2つのピーク値の変化率Hr」は、「平均血圧」と脈波伝播時
間と同じ傾向の有意の相関関係(脈波振幅の「2つのピーク値の変化率Hr」が大
きくなるに従って「平均血圧」も大きくなる傾向)にあることを窺わせるものであ
る。同様に、図3をみると、「脈波振幅のピーク値」は、「平均血圧」と脈波伝播
時間と同じ傾向の有意の相関関係(脈波振幅のピーク値が小さくなるに従って「平
均血圧」が大きくなる傾向)にあることを窺わせるものである。さらに、麻酔導入
後の平均血圧、脈波振幅のピーク値、脈波伝播時間の変化を示す臨床データである
図4を参照すると、「脈波振幅のピーク値」は、脈波伝播時間と同じ傾向の「平均
血圧」に対する有意の相関関係にあることが示されている。
 これらのことからすると、「脈波振幅のピーク値」又は「2つのピーク値の変化
率Hr」が「血圧値と関連する」という判断は誤りであるとする原告の主張は失当
である。
 なお、原告は、図2を用いて、血液の循環に影響を及ぼすパラメータが互いに異
なる2つのモデルの間で、両者が同じ平均血圧であっても、相互に脈波振幅のピー
ク値が異なることがあることを説明している。しかし、このことから、同一のモデ
ルにおいて「平均血圧」と「脈波振幅のピーク値」との間に何らの相関関係がない
と判断することはできない。したがって、図2を用いた原告の説明は、「脈波振幅
のピーク値」又は「2つのピーク値の変化率Hr」が「血圧値と関連する」という
判断が誤りであるという根拠にはならない。
 (3) 取消理由通知書において引用した乙第1号証(ドイツ連邦共和国特許出
願公開第2605528号明細書)には、患者の固有の常数a、弛緩期血圧PD及
び脈波振幅に相当する脈拍振幅Apを用いて、収縮期血圧Psがa・Ap+PDで
表されること、血圧が脈波振幅と相互関係を有することが示されている(15頁1
8行ないし16頁15行、翻訳文6頁24行ないし7頁10行)。
 同じく、乙第2号証(特開平2-23940号公報)には、「生体の血管から心
拍に同期して発生する脈波の形状の異常を検出する装置に関するもの」(1頁右下
欄2行ないし4行)であり、「前記脈波検出手段により順次検出される脈波の形状
が異常であるか否かが判断され、異常であるときは判定手段から異常信号が出力さ
れる。このため、末梢抵抗の変化や血圧値の急変などのように、不整脈や脈拍数な
どによって検出できない異常を検出できると共に、この異常を速やかに報知した
り、或いはこの異常に基づいて自動血圧計を直ちに起動させたりすることができ
る。」(2頁左上欄18行ないし右上欄6行)と記載されている。
 このように、本件発明の出願日前に、脈波振幅や脈波の波形のような脈波に基づ
く情報が血圧値に関連する情報になり得ることが当業者間でよく知られた知見であ
ることが分かる。
 さらに、本件発明の特許出願の審査過程で引用された乙第4号証(特開平4-3
67648号公報)は血圧監視装置に関するものであり、その段落【0002】に
は「【従来の技術】・・・脈波の大きさとその血圧測定手段により測定された血圧
値との間の関係を求める関係決定手段とを備え、前記脈波検出手段により逐次検出
される脈波に基づいて前記関係から血圧値を連続的に測定するとともに、その関係
を前記血圧測定手段による測定値に基づいて所定時間毎に更新する形式の血圧監視
装置が知られている。・・・手術中や手術後などにおいて患者の容態を監視するた
めに用いられている。」、その段落【0005】には「【課題を解決するための手
段】・・・前記脈波検出手段により逐次検出される脈波に基づいて前記関係から血
圧値を連続的に測定するとともに、その関係を前記血圧測定手段による測定値に基
づいて所定時間毎に更新する」と記載されている。また、同じく、乙第5号証(実
願昭63-59503号(実開平1-161707号)の願書に添付された明細書
及び図面を撮影したマイクロフィルム)には、「従来技術・・・脈波センサにより
検出される圧脈波に基づいて前記生体の血圧値を逐次算出する形式の血圧モニタ装
置が考えられている。・・・生体の血液循環が阻害されることが防止されるととも
に、生体に対して与える苦痛が大幅に軽減されるなどの効果が得られる。」(2頁
11行ないし3頁8行)と記載されている。
 このように、乙第1、第2号証及び第4、第5号証に記載された事項を参酌する
と、本件発明の出願日前に、脈波振幅や脈波の波形のような脈波に基づく情報が
「血圧値に関連する情報」になり得ることが当業者間でよく知られた知見であるこ
とが分かる。
 そして、これらの乙号証の内容は、刊行物1記載の発明が上記のとおり「脈波振
幅のピーク値」又は「2つのピーク値の変化率Hr」が血圧値と関連しているとい
う知見を前提としていることと矛盾せず、その知見を裏付けるものである。
 2 取消事由2(刊行物1記載の発明の「変化率」の誤認)に対して
 (1) 決定が認定した「変化率」について検討すると、刊行物1に記載されて
いる「Hr」は、原告が指摘するとおり「decreaserateHr」と記載されており、
日常用語としては「減少率Hr」と訳すべきものであることは原告主張のとおりで
ある。
 しかし、「rate」の語は、乙第3号証(「マグローヒル 科学技術用語大辞典」
(1996年9月30日株式会社日刊工業新聞社発行)1689頁)に示されるよ
うに、「変化率」を意味している。また、科学技術の分野においては、日常用語と
しては、減少あるいは増加の概念で表現される物理量であっても、値の符号として
正、負いずれの値をもとり得るものがあり、そのような場合の物理量の呼称をどう
するかは技術的観点からは意味のないことである。
 刊行物1記載の発明の場合においては、「Hr」自体は、正の値から負の値まで
変化し得るのであり、手術中の脈波ピーク値H2の、正常状態のH1に対する「減少
方向の変化」、「増減のない状態」又は「増加方向の変化」を、その符号(正、0
又は負)に対応して表現するパラメータである。
 したがって、刊行物1記載の「decreaserateHr」の語を、「変化率Hr」と上
位概念で翻訳したこと自体は、技術事項の解釈として誤りとはならないのである。
むしろ、「Hr」は、脈波ピーク値の減少方向の変化率と増加方向の変化率のいず
れをも表現するパラメータであるから、この語を上位概念の「変化率」と翻訳した
方が適切である。
 (2) 原告は、取消事由2の中で、刊行物1記載の発明に係る装置は、脈波振
幅のピーク値が増加する場合はカフを用いた血圧測定が行われない装置であり、決
定は、「decreaserateHr」を「変化率Hr」と拡大解釈することで、あたかも脈
波振幅のピーク値が増加する場合であってもカフによる血圧測定を行うがごとく認
定し、不当な判断をしている旨主張し、平均血圧が低下する場合(臨床データ図4
の場合)のような患者の危険な容態変化を見過ごしてしまうという重大な欠陥が刊
行物1記載の発明に係る装置に発生すると主張している。
 確かに、刊行物1記載の発明に係る装置は、脈波振幅の変化の増加方向及び減少
方向の異常のうちの一方向の異常しか検知することができず、双方向の異常を検出
してカフを用いた血圧測定を行うことはできない。
 一方、本件発明について検討すると、本件発明の特許請求の範囲の請求項1に
は、「算出された脈波伝播時間変動分が上記メモリから読み出される脈波伝播時間
変動分閾値を超えたか否かを判定する判定手段」が記載され、この「判定手段」
が、脈波伝播時間の変動分の、増加方向及び減少方向の異常のうちいずれか一方向
の異常について判定するのか、双方向の異常についても判定するのかについては、
請求項1において積極的に規定していない。したがって、本件発明においても、
「脈波伝播時間変動分」の増加方向又は減少方向の異常のうち、いずれか一方向の
異常しか検知しないものをも含むものと解釈するのが相当であり、その場合には刊
行物1記載の発明と同様の欠陥が発生するのである。
 3 取消事由3(相違点の看過)に対して
 (1) 刊行物1記載の発明は、「指尖脈波検出器により検出された血流信号S
1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率Hrがピーク減少設定
器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合には、血流量の大幅な減少
すなわち循環器官の異常と判定して前記血圧測定手段によりカフを用いた血圧測定
を行い、血圧値を表示器に表示する」ものである。このように刊行物1記載の発明
は、「予め設定された変化率の上限値」を装置の動作中に利用するものである。
 したがって、刊行物1記載の発明は、外部から入力することのできるメモリに相
当する部材を備えるものである。そして、このために、被検者に応じた変化率の上
限値の設定が可能となる。
 そして、刊行物1の9欄44行ないし54行中に「手術に先だって患者の正常状
態における信号S1の波形がFig.7のAで示される場合、信号S1が手術中に
Bのように変化すると血流不足検出回路68が信号S1の振幅のピーク値の変化率
Hr(=1-H2/H1)を演算し、演算されたHrがピーク減少設定器70に予め
設定された値より高い場合には、血流不足信号SBを発生する」旨の記載があり、
この「予め値を設定できるピーク減少設定器70」が外部から入力することのでき
るメモリに相当する。
 (2) 原告は、刊行物1記載のピーク減少設定器70が外部から入力すること
のできるメモリに相当するとはいえないと主張する。
 しかしながら、刊行物1記載の発明は、上記のとおり、「予め設定された変化率
の上限値」を装置の動作中に利用するものである。そして、刊行物1記載の発明に
おける変化率Hrが異常となる範囲は、環境と患者に応じて変わるものであること
は当然のことであるから、刊行物1記載の発明において、「変化率の上限値」が環
境と患者に応じて、その都度予め設定されることは、当業者にとって明らかであ
る。
 4 取消事由4(顕著な効果の看過)に対して
 (1) 原告が主張するアの効果(「脈波伝播時間」又は「脈波伝播時間変動
分」は平均血圧に対応して変化するので、このような薬剤投与の場合にも、算出さ
れた「脈波伝播時間変動分」を「脈波伝播時間変動分閾値」と比較して血圧の変動
を判定し、適切な時期にカフを用いた血圧測定を行うことができる。)は、刊行物
1記載の発明の血圧の変動を判定し、適切な時期にカフを用いた血圧測定を行うこ
とができるという効果と刊行物2記載の発明の「脈波伝播時間」又は「脈波伝播時
間変動分」は平均血圧に対応して変化するという作用から当然に予測されるもので
ある。
 (2) 原告が主張するイの効果(「生体の大動脈側の脈波上の時間間隔検出基
準点」と、「上記大動脈側の脈波より遅れて現われる末梢血管側の脈波」とに基づ
いて計測された「脈波伝播時間」を用いているため、「脈波伝播時間」はその多く
を大動脈の伝播時間が占めることになるから大動脈すなわち中枢部の血圧をよく反
映し、この中枢部の血圧の変化を監視してカフによる血圧測定を行うので重要臓器
を傷害して生命維持を困難にすることを未然に防止することができる。)は、本件
発明に係る明細書に記載された事項に基づくものではない。すなわち、原告が主張
する「「脈波伝播時間」は、その多くを大動脈の伝播時間が占めることになるから
大動脈すなわち中枢部の血圧をよく反映し、この中枢部の血圧の変化を監視してカ
フによる血圧測定を行うので重要臓器を傷害して生命維持を困難にすることを未然
に防止することができる。」という知見は、同明細書に開示されたものではない。
 また、原告が主張する効果が、大動脈から末梢血管に至るまでの経路を脈波が伝
播する時間であることに起因する効果であるならば、その効果は刊行物2記載の発
明から予測される効果にすぎない。
 (3) 原告が主張するウの効果(増加、減少のいずれの場合もカフによる血圧
測定を行なうものであり、刊行物1記載の発明に係る装置が有する重大な欠陥を本
特許発明では解決する。)は、上記のとおり、本件発明の構成から生じる効果とは
認められない。すなわち、本件発明を特定する技術事項である「算出された脈波伝
播時間変動分が上記メモリから読み出される脈波伝播時間変動分閾値を超えたか否
かを判定する判定手段」は、脈波伝播時間の変動分の、増加方向及び減少方向の異
常のうちいずれか一方の異常について判定するのか、双方の異常についても判定す
るのかについては、積極的に規定しておらず、少なくとも、上記「判定手段」は、
脈波伝播時間変動分が、脈波伝播時間変動分閾値を増加方向又は減少方向のうちの
一方向に外れることを判定するものを含むと解釈されるからである。
 (4) 原告が主張するエの効果(患者の容態に応じて医師が閾値を適宜設定し
直すことができる。)は、刊行物1記載の発明も、上記のとおり、メモリに相当す
る部材を備え、上限値(閾値)を適宜設定し直すことができるから、刊行物1記載
の発明が奏する効果と同じである。
 理    由
1 取消事由1(刊行物1記載の発明の「血圧値と関連のある生体情報」の誤認)
について
 (1) 刊行物1(甲第3号証)に、「自動血圧測定装置について、生体部の手
足または末梢部の動脈における血流量の異常減少・・・等の循環器官の異常を検出
した時に・・・異常信号が発生され・・・血圧値が測定される。・・・頻繁なカフ
による圧迫に起因する不快感が緩和される」(決定書6頁4行ないし18行)こと
が示されている点については、争いはない。
 また、刊行物1(甲第3号証)には、「血流量不足検出器60は第6図のように
構成される。指尖脈波検出器(トランスデューサ)62は・・・指尖血流信号S1
を出力する。・・・ピーク脈波振幅計算回路66は・・・信号S1のピーク振幅値
を表す信号を血流量不足検出回路68へ送る。・・・血流量不足検出回路68は、
信号S1のピーク振幅の減少率Hr(=1-H2/H1)を求めて、減少率Hrがピ
ーク減少設定器70に予め登録された設定値より高い場合には血流量不足信号SB
を発生する。」(9欄3行ないし60行。訳文2頁下から3行ないし3頁22行)
と記載されていることが認められる(なお、刊行物1に記載の「decreaserate
Hr」の語は、後記2に判示するとおり、原告が指摘するように「減少率」と翻訳す
るのが相当であると認められる。)。
 以上によれば、刊行物1記載の発明において、「血流信号のピーク振幅の減少
率」の検出は、血圧値を測定すべき時を決定するために行われるものである。
 そして、決定は、「刊行物1に記載された発明における「指尖脈波検出器により
検出された血流信号S1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率
Hrがピーク減少設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合に
は、血流量の大幅な減少すなわち循環器官の異常と判定」すること・・・
は、・・・血圧値と関連のある生体情報が所定の変動分閾値を越えたことに相当す
る」(決定書9頁7行ないし18行)と認定する一方で、刊行物2記載の発明に関
連して、「刊行物1に記載された発明における生体情報と同じく、カフを用いた血
圧測定による血圧値を正確に反映するものではなく」(同12頁13行~16行)
と認定しており、刊行物1記載の発明における生体情報は、カフを用いた血圧測定
による血圧値を正確に反映したり、これと正確な対応関係にあるものではないこと
は、刊行物1記載の発明における当然の前提事実であるものとして認定している。
 そうすると、決定が刊行物1記載の発明における「脈波振幅の2つのピーク値の
変化率(減少率)」について、「血圧値と関連のある生体情報」としたのは、それ
が、カフを用いた血圧測定による血圧値を正確に反映することや、この血圧値と正
確な対応関係にあることを認定したのではなく、血圧値を測定すべき時を決定する
ための指標となり得る、血圧値に関わる情報として用いられていることを認定した
ことにほかならない。
 原告が指摘するその余の決定の認定、判断部分(決定書10頁17行ないし11
頁8行、同12頁12行ないし17行、同12頁18行ないし13頁8行及び同1
3頁15行ないし19行)についても同様である。
 (2) そこで、以上のことを前提として、原告主張の当否を検討すると、原告
は、刊行物1記載の発明における「脈波振幅のピーク値」ないし「脈波振幅の2つ
のピーク値の変化率Hr」が、血圧値とは関連せず、「血圧値と関連のある生体情
報」であるとは認められないと主張し、その根拠として、血圧上昇剤であるエフェ
ドリンを投与した後の平均血圧、脈波伝播時間変動分及び2つのピーク値の変化率
を示す図1、心拍出量と血管抵抗が異なるが、平均血圧が同じである二つの場合に
おいて末梢の血流量及び脈波振幅のピーク値を示す図2、エフェドリン投与後の平
均血圧、脈波伝播時間及び脈波振幅のピーク値を示す図3、麻酔導入後の平均血
圧、脈波伝播時間及び脈波振幅のピーク値を示す図4、術中低血圧時の平均血圧、
脈波伝播時間及び脈波振幅のピーク値を示す図5を示している。
 しかしながら、他方、原告は、図2を示した上で、平均血圧は、心拍出量と血管
抵抗との積に比例し、末梢血流量は、一回拍出量(心拍出量/心拍数)と血管抵抗
とに依存している、また、脈波振幅の積分値は、末梢血流量に対応していると主張
しているのであり、被告もこの医学的知見自体を争うものではない。そして、この
医学的知見によれば、末梢血流量は、血圧値を正確に反映したり、血圧値と正確な
対応関係にあるものではないものの、血圧値と密接な関係があって、血圧値の異常
な変化を推知させるものとして、血圧値の測定時期の指標となり得るものであり、
「脈波振幅のピーク値」及び「脈波振幅の2つのピーク値の変化率Hr」も同様で
あることが明らかであるというべきである。被告提出の乙第1、第2号証、第4、
第5号証は、「脈波」ないし「脈波振幅」が血圧値と関連する情報であることか
ら、このことを利用して、血圧値を測定したり、血圧値の測定時期の指標とする技
術が本件発明の出願前に公知となっていることを示すものであり、上記の医学的知
見を裏付けるものである。
 したがって、刊行物1記載の発明における指尖血流信号S1から求められる「脈
波振幅のピーク値」及び「脈波振幅の2つのピーク値の変化率Hr」は、血圧値と
は関わらないものであり、血圧値の測定時期の指標とはなり得ないということがで
きないことは明らかであるから、原告の上記主張は到底採用することはできない。
 なお、原告が挙げる図1、図3ないし図5の各臨床データの場合にみられるよう
に、「脈波振幅のピーク値」、「脈波振幅の2つのピーク値の変化率Hr」が、血
圧値と正確には対応しない場合があるとしても、これは血管抵抗の量などの他の因
子が強く作用した場合であるとも認められるのであって、これらの臨床データをも
ってしても、刊行物1における「脈波振幅のピーク値」、「脈波振幅の2つのピー
ク値の変化率Hr」が血圧値に関連しないものであるということはできないことは
明らかである。のみならず、かえって被告が指摘するとおり、図1のデータは、
「脈波振幅の2つのピーク値の変化率Hr」が「平均血圧」と有意の関係があるこ
とを窺わせるものであり、また、図3のデータは、「脈波振幅のピーク値」が「平
均血圧」と有意の関係にあることを窺わせるものといい得るものである。さらに、
図4及び図5のデータをみると、これらは、短時間計測の臨床データであるとして
も、「脈波振幅のピーク値」が「平均血圧」と有意の関係にあることを示すもので
あると評価することができる。
 (3) 他に、原告の上記主張を認めるに足りる証拠はなく、原告の取消事由1
は理由がない。
2 取消事由2(刊行物1記載の発明の「変化率」の誤認)について
 (1) 原告は、決定が、刊行物1の記載事項について、「脈波振幅のピーク値
を求め、2つのピーク値の変化率Hrがピーク減少設定器において予め設定された
変化率の上限値を越えた場合には、血流量の大幅な減少・・・と判定して・・・血
圧測定を行い、血圧値を表示器に表示する自動血圧測定装置について説明されてい
る。」(決定書5頁12行ないし19行)とし、本件発明と刊行物1記載の発明と
を比較して、「刊行物1に記載された発明における、「・・・2つのピーク値の変
化率Hrがピーク減少設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合
には、・・・異常と判定」すること・・・は、・・・血圧値と関連のある生体情報
が所定の変動分閾値を越えたことに相当する。」(同9頁7行ないし19行)と
し、「また、刊行物1に記載された発明における「・・・2つのピーク値の変化率
Hrがピーク減少設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合に
は、・・・血圧測定を行」うことは、本件請求項1に係る発明における「・・・血
圧測定を行なう」ことに相当する。」(同10頁3行ないし16行)としている点
につき、刊行物1の9欄3行ないし60行において、「Hr」は「decrea
serateHr」と記載されており、これは「減少率Hr」と訳すべきところを、決定
は、上記のとおり、「変化率Hr」と誤って認定していると主張している。
 原告が指摘するとおり、刊行物1において、「Hr」は「decreaserateHr」と
記載されており、日常用語としては、「減少率Hr」と翻訳すべきものであること
は、被告も自認している。
 しかしながら、決定は、刊行物1記載の発明が「指尖脈波検出器により検出され
た血流信号S1から脈波振幅のピーク値を求め、2つのピーク値の変化率Hrがピ
ーク減少設定器において予め設定された変化率の上限値を越えた場合には、血流量
の大幅な減少すわなち循環器官の異常と判定」するものと認定し、一方で、原告主
張のように、「2つのピーク値の変化率Hr」(決定書5頁13行、14行)、
「予め設定された変化率の上限値」(同頁14行、15行)との認定を行っている
が、他方では、「ピーク減少設定器」(同頁14行)、「血流量の大幅な減少すな
わち循環器官の異常と判定」(同頁15行ないし16行)との認定を行っているの
であり、刊行物1記載の発明が、ピーク減少設定器を用いて血流量の大幅な減少を
循環器官の異常と判定するものであることを認定しているものと認めることができ
る。
 そうすると、決定は、刊行物1に記載されている「decreaserate」を「変化率」
と訳して決定書を記載したものではあるが、その実質的な内容としては、これを
「減少率」と同じものとして使用していることが認められるのであるから、右の訳
し方のみをもって、直ちに決定が刊行物1記載の発明の認定を誤った違法があると
いうことはできない。
 (2) 原告は、決定が刊行物1記載の「decreaserateHr」を「変化率Hr」
と拡大解釈することで、あたかも脈波振幅のピーク値が増加する場合であってもカ
フによる血圧測定を行うがごとく認定し、不当な判断をしていると主張している
が、決定は、「変化率Hr」との表現をとっているものの、刊行物1記載の発明に
ついて、脈波振幅のピーク値が増加する場合についても認定しているとは認めるこ
とができないことは、上記判示のとおりであって、原告の上記主張も採用すること
ができない。
 なお、この点に関して、原告は、本件発明における「脈波伝播時間変動分」は、
本件発明に係る明細書の【発明の詳細な説明】欄の段落【0016】、【001
7】において説明されているように、ΔT=|T2-Tl|と絶対値をとっている
実施例に基づくものであり、「脈波伝播時間変動分」は、増加方向及び減少方向の
いずれの異常についても判定するものである旨主張している。
 なるほど、本件発明に係る明細書(甲第2号証)には、【発明の詳細な説明】欄
の段落【0016】、【0017】に原告主張のように絶対値を採っている実施例
が記載されていることが認められる。しかしながら、明細書の特許請求の範囲の請
求項1には、「計測した2つの脈波伝播時間から脈波伝播時間変動分を算出す
る」、「算出された脈波伝播時間変動分が・・・閾値を超えたか否かを判定する」
との記載が認められるものの、同請求項1には、「脈波伝播時間変動分」の「絶対
値」が閾値を超えたか否かを判定する旨の限定する記載は認められず、また、上記
のとおり段落【0016】、【0017】の各記載はいずれも実施例に関する記載
であり、明細書の発明の詳細な説明によっても、本件発明の「脈波伝播時間変動
分」の判定が実施例記載の構成のもののみに限られるとする根拠は認められない。
 したがって、本件発明が「脈波伝播時間変動分」の「絶対値」を判定するものの
みに限定されるということはできず、脈波伝播時間変動分」の増加方向又は減少方
向のいずれか一方向の異常について判定する構成のものをも包含するものであると
認められるから、この点に関する原告の上記主張は失当である。
 (3) 以上のとおり、原告の取消事由2は、理由がない。
3 取消事由3(相違点の看過)について
 (1) 原告は、本件発明の脈波伝播時間変動分閾値は、「外部から入力される
脈波伝播時間変動分閾値を記憶するメモリ」から読み出される閾値であるが、刊行
物1記載の発明ではこのような外部から入力することのできるメモリは記載されて
おらず、決定はこの相違点を看過している旨主張している。
 (2) 原告主張のとおり、本件発明は、「外部から入力される脈波伝播時間変
動分閾値を記憶するメモリ」をその構成の一部としている。
 しかしながら、刊行物1(甲第3号証)の9欄44行ないし54行(訳文3頁1
5行ないし19行)には、「例えば、患者の手術前の正常な状態における信号S1
の波形が第7図のAで表されるものであり、手術中に信号S1がBで表されるよう
に変化する場合には、血流量不足検出回路68は、信号S1のピーク振幅の減少率
Hr(=1-H2/H1)を求めて、減少率Hrがピーク減少設定器70に予め登録
された設定値より高い場合には血流量不足信号SBを発生する。」と記載されてい
る。そうすると、刊行物1記載の発明における「ピーク減少設定器70」は、設定
値を「予め登録する」ものであるから、「メモリ」であるということができる。そ
して、刊行物1には、この設定値が外部から入力されるということは明示されては
いないが、メモリに外部から値を入力することは常套手段であり、また、血圧値に
関する生体情報の正常範囲が、個々の被測定者の生体の状況によって異なることは
当業者にとって自明のことであると認められることを考慮すれば、刊行物1記載の
発明における設定値は、外部から入力されるものであるとみることが自然であり、
通常の解釈であるというべきである。
 (3) したがって、決定が、原告主張の相違点を看過したと認めることはでき
ず、原告の取消事由3も理由がない。
4 取消事由4(顕著な効果の看過)について
 (1) 原告は、本件発明には、刊行物1、2記載の発明から予測し得ない顕著
な効果を備えており、本件発明の進歩性を否定することはできない旨主張してい
る。
 (2) そこで、原告が本件発明の顕著な効果として主張する点を順次検討す
る。
   ア 原告は、本件発明によれば、「脈波伝播時間」又は「脈波伝播時間変動
分」は平均血圧に対応して変化するので、適切な時期にカフを用いた血圧測定を行
うことができると主張する。
 決定が認定したとおり、刊行物1に「手術中または手術後の生体の状態を把握す
るために、循環器官の異常が発生した時に血圧測定が実行されるのである。循環器
官が正常に機能してしている間は不必要な血圧測定が実行されない。したがって、
本自動血圧測定装置によれば、・・・頻繁なカフによる圧迫に起因する不快感が緩
和されると説明されている。」(決定書6頁10行ないし19行)こと、及び刊行
物2に「心電波検出部34から入力する心電波信号と、脈拍検出部35から入力す
る脈拍信号とに基づいて両者間の時間差(脈拍の遅れ時間)を検出し・・・血圧デ
ータを算出し」(決定書8頁17行ないし9頁1行)との記載があり、刊行物2記
載の発明における「心電波検出部より検出される心電波(心電図R波信号)」が本
件発明における「時間間隔検出基準点」に相当し、同じく、「脈拍検出部により検
出される脈拍信号」が「大動脈側の脈波より遅れて現れる末梢血管側の脈波」に相
当し、「心電波検出部より検出される心電波(心電図R波信号)」と「脈拍検出部
により検出される脈拍信号」との時間差が「脈波伝播時間」に相当し、「その時間
差と、予め設定された時間差と基準データとの関係を参照して、血圧値を間接的に
測定することが刊行物2において公知であること」(同12頁2行ないし12行)
は、争いがない。
 これによれば、刊行物1記載の発明は、生体の状態について、異常が発生したと
把握した時にカフを用いた血圧測定を行うものであり、このために、生体が正常な
時には不必要な血圧測定がなされず、適切な時期にカフを用いた血圧測定をするこ
とができるという効果を奏するものである。他方、刊行物2記載の発明は、心電波
信号と脈拍信号との時間差(本件発明における「脈波伝播時間」に相当)を用いて
血圧値を間接的に測定するものである。
 したがって、本件発明の不必要な時期ではなく、適切な時期にカフを用いた血圧
測定を行うことができるという効果は、刊行物1記載の発明と異なるところはな
く、また、その測定時期の指標として、本件発明では、平均血圧と対応する「脈波
伝播時間」を用いることよって、より適切に血圧値を把握し得るという効果につい
ては、上記のとおり、刊行物2記載の発明が、本件発明における「脈波伝播時間」
に相当する「心電波信号と脈拍信号との時間差」を用いて、間接的に血圧を測定す
るという構成を採ることから自明の効果にすぎないものと認められる。
 このように、原告の主張する上記の本件発明の効果は、刊行物1記載の発明と刊
行物2に示される公知の技術とから、当業者が容易に想到することができる効果で
あると認められるのであり、予期し得ない顕著な効果であるとすることはできな
い。
 なお、原告は、本件発明のように「脈波伝播時間変動分」をカフによる血圧測定
を行うかどうかの指標とする点については、刊行物1、刊行物2はもちろん、被告
提出の乙第1、第2号証、第4、第5号証のいずれにも記載がないし、示唆するも
のもないと主張する。
 しかし、甲第3号証、乙第1、第2号証、第4、第5号証によれば、カフによる
血圧測定には、被測定者に負担をかけ、これを継続して測定することに問題点があ
ったこと、このために、血圧値と関連する生体の情報を、カフによる血圧測定をす
る指標として用いることは、いずれも本件発明の出願前から、従来技術における課
題とその解決のための基本的な構成として、当業者の間でよく知られていたことが
認められる。
 したがって、本件発明の出願時において、当業者がその血圧値と関連する生体の
情報として、血圧値を間接的に測定することができ、血圧値と関連性の高いことが
公知となっている「脈波伝播時間」を用いることを想到して、これを採用すること
は、これを阻害するような特段の事情がない限り、極めて容易であるものと認めら
れるのであり、この特段の事情の存在を窺わせる証拠はない。
 また、原告は、刊行物2記載の発明は、測定の対象者が運動が行える健常者であ
って、対象者を患者とする薬剤投与による脈波時間のデータについては何ら開示も
示唆もされていない旨主張している。
 しかしながら、甲第5号証によれば、公知の刊行物2記載の発明は、原告が主張
するように被測定者を健常者に限定するものではなく、その実施例の説明として、
安静時と運動直後のデータを記憶させることを、その明細書に記載しているにすぎ
ないことが認められ、さらに、本件発明に係る明細書(甲第2号証)には、従来例
として、「非観血血圧計の一つに脈波伝播速度(一定距離の脈波伝播時間)を利用
して血圧測定を行う血圧計が知られている。」(段落【0005】)とした上で、
その血圧測定の原理を記載し、「この脈波伝播時間を用いた血圧計は、カフを用い
るなど他の方法で血圧を測定し、この測定結果を参照して校正を行う必要がある。
この校正にあたっては、例えば安静時と運動負荷時それぞれにおける血圧と脈波伝
播時間を測定する。・・・異なる2つの血圧値を測定するにあたっては、安静時と
運動負荷時でなくともよく、異なる血圧値が現れるときに2つの値を計測すればよ
い。」(段落【0006】)と記載されており、従来の公知技術である脈波伝播時
間を用いた血圧計における校正が運動負荷を必須とするものではないことを明示し
ていることが認められるのである。
 以上のとおり、原告の上記主張は、いずれも採用することができない。
   イ 原告は、本件発明によれば、「脈波伝播時間」は大動脈すなわち中枢部
の血圧をよく反映し、重要臓器を傷害して生命維持を困難にすることを防止するこ
とができると主張する。
 しかし、上記判示によれば、本件発明において「脈波伝播時間」を用いるという
構成によって、大動脈すなわち中枢部の血圧をよく反映するという効果を奏すると
いう点は、刊行物2記載の発明と異ならないと認められるから、原告の主張は採用
することができない。
   ウ 原告は、本件発明によれば、閾値と比較されるのは脈波伝播時間変動分
であるから、増加、減少の両方の変化を捉えており、増加、減少のいずれの場合も
カフによる血圧測定を行なうものであり、刊行物1記載の発明の装置が有する重大
な欠陥を本件発明では解決する効果があると主張している。
 しかしながら、本件発明が「脈波伝播時間変動分」の絶対値をとる構成のものに
限定されないことは、前記2(2)に判示のとおりである。そうすると、本件発明
は、刊行物1記載の発明のように減少の変化のみを捉えるものをも含むものであ
り、この点で本件発明と刊行物1記載の発明とが相違するということはできず、原
告の主張は採用することができない。
   エ 原告は、本件発明の顕著な効果として、外部から入力される脈波伝播時
間変動分閾値を記憶するメモリを備えているので、患者の容態に応じて医師が閾値
を適宜設定し直すことができると主張している。
 しかしながら、メモリに外部から値を入力する点については、上記判示のとおり
常套手段であり、刊行物1記載の発明においても採用されていると認められるので
あるから、原告の主張は採用することができない。
 (2) 以上のとおり、原告主張の効果は、いずれも予測し得ない本件発明の顕
著な効果であるとは認めることができず、原告の取消事由4も理由がない。
5 結論
 以上の次第で、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他決定にはこれ
を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判
決する。
東京高等裁判所第18民事部
     裁判長裁判官 永  井  紀  昭
     裁判官 塩  月  秀  平
     裁判官 橋  本  英  史
別紙1 決定書の理由写し 省略
別紙2 

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