弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役弐年に処する。
     但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。
     原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検事正代理検事山内繁雄作成名義の控訴趣意
書に記載されたとおりであるから、これをここに引用する。
 よつて記録及び証拠により次のとおり考察をする。
 いわゆる貿易手形制度は、一口にして言えば、輸出振興上輸出業者の輸出商品買
付資金調達の円滑を図るため、或銀行が右資金融通のため割引いた輸出業者振出の
約束手形につきA1銀行が、特に有利な条件をもつて再割引の処遇を与える制度の
ことをいうのであるが、A1銀行は、これが優遇の条件として特別の定めをしてい
る。これによると右割引の条件として、すでに、外国銀行から発行された信用状が
あり且つ内国における輸出商品の買付も済んでいるという場合、輸出業者におい
て、いわゆる複名手形(売主である輸出業者が、輸出商品のメーカー問屋等に宛て
振出した約束手形に、そのメーカー問屋等が裏書して更にこれを売主たる輸出業者
の手に戻したもの)による割引融資を受けるには、外国商人との間に商品の売買契
約ができていて、輸出商品代金の支払が確実であることの確認できる外国銀行の発
行にかかる信用状のほか、輸出業者が内国メーカー問屋等に対し、輸出商品の注文
をしたことの確認できる注文書等及び当該商品が日本政府の輸出許可を要するもの
であるときは、通産省がその輸出許可を与えていることの確認できる資料を添えて
提出することを要するが、輸出業者が、融資を得ようとする銀行に直接振出したい
わゆる単名手形によつて、割引融資を得ようとするには、右資料のほか、更に、内
国のメーカー問屋等との間に輸出商品の売買契約を了し、その代金も完済されてい
ることの確認できる資料として商品売買約定書、代金仕切書及び代金領収書をも添
えて提出することを必要としている。
 文化の進歩発展は、技術のそれに並行するといわれるが、現在に広がる経済組織
の下における国の経済的発展は、国の貿易収入の増大にその負うところの多きはい
うまでもなく、右貿易手形制度が、これが目的の実現されんがための時宜を得た合
理的な技術的手段方法であることは今更贅言を要しない。而してこれが技術的手段
方法は、事柄の性質上これを囲続する各利害関係人において理性人として可能なか
ぎり金銭的損害なきことが期せられねばならず、前示のように割引ないし再割引を
受ける条件として添附されることを要する前記それぞれの資料書類こそは貿易手形
制度の運営上、輸出業者の買入資金調達の容易性と割引融資する銀行の損害発生の
可能性とを調和する限界点として、当該制度そのものが成立する唯一の根幹を為す
ものである。すなわち、貿易手形制度利用による輸出業者の商品買入資金調達の方
法は、国の経済的発展を目指す輸出振興という公共の目的追及上倫理的にも経済的
にも輸出業者、銀行側共に遵守しなければならない寧ろ絶対の規範であるというこ
とができ、若し輸出業者において約束手形に添附すべき資料書類の一つでも欠く場
合或はその一つにでも偽造ないしは内容架空のものがあるという場合にはその割引
融資は絶対にこれを受けることができない。
 つまり約束手形による割引融資と、これに添附すべき前記資料書類との間には後
者がなければ、前者がないという必然的な因果の関係にあると同時に、その関係
が、倫理的、経済的評価の上において軽視さるべきでない<要旨>ことも自ずから明
白である。されば、斯く考えて来るにおいては、本件起訴事実におけるが如く、輸
出業者において、而も、前記いわゆる単名手形による割引融資を受けるに当
り、全く内容架空の前記添附資料に属する内国メーカーとの間の生糸売買約定書、
生糸代金仕切書及びその代金領収書を恰もその内容の真正なもののように故意に装
い、銀行員をその旨錯誤に陥らしめていわゆる貿易手形の割引融資として金員の交
付を受けた場合、その欺罔行為と金員交付との間に、法益の保護ないしは道義的観
点からいつても決して軽視さるべきでない詐欺罪成立の要件としての因果の関係の
存在を否定し得べき筋合ではない。
 原判決は、輸出業者であるB株式会社の経理課長であつた被告人が、同会社のた
め貿易手形制度の利用としてA2銀行C1支店から本件起訴状記載の如く、いわゆ
る単名手形の割引融資として金員の交付を受けたるについて、内国のメーカーとの
間に輸出商品の売買契約を了し、その代金も支払済であることを確認すべき資料と
して全く内容架空の生糸売買約定書、生糸代金仕切書及びその代金の領収書各一通
を添附して提出した行為を明らかに故意にかかる欺岡行為と断じ、而もこれが提出
を受けたA2銀行員が、これら書類を真正な内容を具備するものとして取扱つたこ
と及び被告人もまた真正な内容を具備するものの如く装つてこれを提出したもので
あること、従つて右銀行員が右欺罔行為により右三種の内容架空の添附書類を真正
な内容を有するものとの錯誤に陥つたものであることを認めながら、敢てこれが添
附書類は、本件自体の貿易手形の割引を求める行為全体の中において割引金取得に
及ぼした影響力(原因力)において重要でないものがあり、従つて本件貿易手形の
割引によつて金員の交附を受けた所為については詐欺罪成立の因果関係が不足する
としてこれが成立を否定し、その理由として、右三種の添附書類は、銀行から貿易
手形制度による再割引を受け得る要件として単に存在するか、否かをのみ形式的に
調査されるにすぎない程度に扱われ、これら書類の真正を重視し、これを決定的要
件として割引が為されるというのではなく、むしろ主としては信用状の存在及び貿
易手形の割引を求める者(本件ではB)の信用如何を重視して割引かれるというの
が本件当時における一般の実情であつて、本件各手形割引もまたその例に洩れなか
つたもので、問題となつている三種の添附書類の実質如何は全く割引を求める者の
信用の蔭に置かれた形式的な位置を占めるに止まり、割引を得るか否かについて殆
んど形式的要件たるにすぎない程度の価値しかもたなかつたものであるからと説明
している。しかしながら、信用状は、元来、外国における買主の依頼によつてこれ
を発行した外国銀行が、内国(日本国)の外国為替業務を取り扱う銀行(本件にお
いてはA2銀行―本件においては同銀行は本件貿易手形の割引もした)において、
輸出業者から買取つた同業者の船積にかかる船荷証券及び保険証券並びに同業者振
出の為替手形の送付を受けて後始めてその金銭価値を実現するのであつて、少くと
も、商品の現実の積出なきかぎり、信用状は、金銭的価値はなく、ただ、売主たる
輸出業者において確実な商品現物の売渡給付あるときは、それが代金を支払うこと
を約する事前における信用の附与を内容とする書面たるにすぎない。従つて、輸出
業者による商品の船積前において行われる貿易手形の割引融資については、その手
形不払の事態を招来するの虞あるを保し難きは事理の当然とするところである。そ
れにもかかわらず、貿易手形制度は、輸出振興という目的達成の上から輸出商品の
買入に莫大な資金を必要とする内国輸出業者のこれが資金調達を容易ならしむる建
前から、止むなく、右不払の万万なきを確保する最低の条件として信用状のほか、
別段の物的ないしは人的担保の提供を要することなく、ただ、前示三種の添附書類
の提供のみをもつて満足しているのである。されば、これによつてこれを見るとき
は、貿易手形の割引融資をする銀行側において、右添附書類の真正、不真正を度外
視してその融資に応ずべきことは到底考え得られない。なるほど、割引融資する銀
行は、これが手形の再割引によつてA1銀行から右融資した金員を獲得することが
でき、一応損害なきを保し得るにしても、若し、その手形が不渡となるに及んで
は、右再割引を受けた銀行は、A1銀行から更にこの不渡手形を買戻さねばならな
いことになつているのであるから、信用状のほか、輸出の確実な実行を確認せしめ
る前示三種の添附書類は、損害の発生を防止する最低の手段として、物的ないしは
人的担保にも比肩すべき重要な書類に属せらるべきことは、取引の通念として当然
とするところと言わなければならない。尤も、割引融資の条件としてその担保力の
実質において物的ないしは人的担保に劣る右三種の添附書類で満足しなければなら
ない貿易手形制度の宿命として、割引融資する銀行側としては輸出業者の信用とい
うことを特段に重要視するであろうことは勿論であろうけれども、それかといつ
て、割引融資の前提として右三種の添附書類の条件的価値が軽視さるべき筋合では
ない。若し、輸出業者の信用力だけで、割引融資ができるのであれば、誰が好んで
右三種の書類を徴するの愚を為すであろう。輸出業者の信用力のほか更にこれらの
書類を必要とする点に、前にもすでに叙述したように貿易手形制度が制度として存
立せしめられる所以があり、銀行側において右書類を徴するに当り、たまたま、そ
の内容の真正、不真正を実質的に検討することなく、単に形式的審査に止めたにす
ぎないとするも、それは、銀行側が、輸出業者を信用したればこそその内容の真正
を信ずるに至つた結果にすぎないものと見なければならない。本件取引当時におけ
る貿易手形制度運用の実情として右三種の添附書類は割引融資の決定的要件を為さ
ず、単にA1銀行から貿易手形制度による割引を受け得るための形式的な存在要件
にすぎないものとして取扱われて来たものであり、従つて右添附書類がたとえ内容
架空なものであつても別段意に介されることなき慣行が存在したというが如き趣旨
の所論は、商品取引における経験事理の上から一般論としても到底採用し得られな
いところであるばかりでなく、本件記録及び証拠並びに当審事実取調の結果による
も、少くとも本件A2銀行は勿論その他一般銀行側の立場においてそうした実情に
あつたことはついにこれを確認するに由がない。又仮に、輸出業者側の実情として
右所論の如く、右三種の書類は、割引融資の決定的な要件を為さないとして、敢て
内容架空なものをもつてする慣行があつたとするも、これが慣行をもつて社会通念
上許容されたものとして被告人の本件所為を違法性なき所為と見るべきかぎりでは
ない。かかる慣行をもつて、とかく誇張と隠蔽をもつてする街頭商人の巧舌や甘言
による取引慣行と同一視することは貿易手形制度の本旨に照らし法秩序上到底許さ
るべき筋合ではない。
 原判決は、本件取引以前、Bが、本件におけると同様に架空書類を添附してA3
銀行C2支店その他の銀行のみならず、本件A2銀行からも貿易手形の割引を受け
とどこおりなく決済され来たつた事実あることを認定して、本件架空の添附書類が
形式的な意味しか持たなかつたという趣旨のことを述べて本件被告人の所為につき
詐欺罪の成立を否定しているが、その論ずるところが、そうした事実にあつたから
被害者たるA2銀行側においても錯誤に陥つた事情はないというのであれば、詐欺
罪成立の否定さるべき理由として首肯し得られるものがあるけれども、すでにし
て、A2銀行側が、被告人の前示欺罔行為に因つて錯誤に陥つた事実を認めていな
がら、右事情の存在を前提として本件架空の添附書類が、形式的意味しか持たなか
つたから詐欺罪は成立しないとの論は、上来説述したところに照らし到底採用でき
ない。而してまた、原判決は、Bが、右にも挙げたように本件取引以前すでにA2
銀行その他の銀行から本件同様の架空書類を添附して貿易手形の割引融資を受け、
而も同手形割引の基礎を為す輸出契約も履行され、それぞれこれが手形につきとど
こおりなくその決済が為されて来た事情を捉えて右輸出契約の不履行や本件手形債
務の不履行を敢てする意思は勿論そうした履行不能の必ずしも起り得ないものでな
いことを予見した事実もなかつたとして、本件詐欺罪の成立を否定しているが、本
件取引当時、Bが財政的に極めて困窮した状況に在つて、本件五通の貿易手形の履
行期をまたず経営上の重大な危機に直面していたものであること、現に本件各取引
によつて割引交付を受けた金員も、これが取引にかかる生糸の買付に使用された形
跡は全くなく、他の使途に費消され、生糸の積出は全く不能に陥つたものであるこ
とが明らかであり、而も、当時Bの経理課長であり且つA2銀行から貿易手形の割
引による金融を受ける事務処理の衝に当つていた被告人において、これらの事情を
知らなかつた筈のないところでもあるから、本件各取引当時、被告人に少くとも前
示輸出書類や手形債務の履行不能となるべきことの予見のあつた事実が推認し得ら
れるばかりでなく、原判決所論の右の如き従来の割引事情は、Bが元D関係会社の
専務とかEの重役をしていたとかいう人達が合体して設立した会社であつて、会社
の系統、役員の顔触等によりその資産状況について一般銀行の信用を得ていたこと
に乗じて貿易手形制度の悪用を継続したもので、たまたま、それが金融のやりくり
による手形の完済ができた結果表面化するに至らなかつたというに止まり、原判決
のいうような、従来の割引事情をもつて、被告人の本件欺罔行為とA2銀行員の錯
誤による割引による金員交付との間の因果関係を否定したり、行為の違法性や有責
性を阻却すべき事由と為し得べきかぎりではない。
 以上要するに、原判決の所論は、行為と結果との間に存する何等価値評価の加わ
るべきでない単なる認識対象に属する因果関係の有無の問題と、行為の違法性ない
しは有責性という価値評価の問題とを混淆したるの憾なしとしないが、その論ずる
ところがいずれも理由のないことは上来叙述したとおりであつて、本件公訴にかか
る被告人の各所為は、証拠上いずれも刑法第二百四十六条第一項所定の構成要件に
該当する違法、有責の行為であつて詐欺罪の成立あることが明らかであるにかかわ
らず、原判決がその所論の帰結として本件公訴事実は、犯罪の証明がないとして被
告人を無罪としたことは畢竟判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の過誤を
冒したものというのほかはなく、本件控訴の趣意は理由がある。よつて、刑事訴訟
法第三百九十七条第一項、第三百八十二条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但
し書の規定に従い被告事件について更に次のとおり判決をする。
 罪となるべき事実
 起訴状に記載された事実を茲に引用する。
 証拠の標目
 一、 Fの司法警察員に対する昭和二十六年十一月十三日附供述調書
 一、 F提出の顛末書(訳文)と題する書面
 一、 F提出の顛末書(英文)
 一、 G提出の証拠書類任意提出書と題する書面
 一、 G提出の顛末書と題する書面
 一、 原審第六回公判及び当審第二回公判における証人Hの各証言
 一、 原審第十六回公判及び当審第二回公判における証人Iの各証言
 一、 被告人の司法警察員に対する昭和二十六年十一月二十一日附、十二月十四
日附及び同月十八日附各供述調書
 一、 被告人の検察官に対する昭和二十六年十一月二十二日附、同月三十日附、
十二月 十一 日附及び同月二十二日附各供述調書
 一、 被告人作成名義の昭和二十六年十二月四日附損益一覧表
 一、 被告人作成名義の昭和二十六年十二月十一日附A2銀行における手形割引
金詐取一覧表
 一、 被告人作成名義の昭和二十六年十二月十一日附貿易手形添附書類の不正使
用の処理一覧表及び同上未使用分証明資料表
 一、 被告人作成名義の昭和二十六年十二月三日附不正手段に依り手形割引を受
けた金額の使途明細表
 一、 トラストレシート五枚(東京高等裁判所昭和三〇年押第八二四号の一)
 一、 貿易手形五通(前同押号の二)
 一、 契約書(コピー)十三枚(前同押号の三)
 一、 領収書(J株式会社発行)十一枚(前同押号の四)
 一、 生糸代金仕切書(J株式会社発行)十一枚(前同押号の五)
 一、 生糸売買約定書十五枚(前同押号の六)
 一、 B株式会社登記簿謄本及びA2銀行登記簿抄本
 一、 Kの司法警察員に対する昭和二十六年十一月二十九日附参考人第一回供述
調書
 一、 Lの司法警察員に対する昭和二十六年十二月十七日附第一回供述調書
 一、 Mの司法警察員に対する昭和二十六年十二月八日附被疑者第一回供述調書
 一、 Mの検察官に対する昭和二十六年十二月十八日附供述調書
 一、 Nの司法警察員に対する昭和二十六年十一月十五日附第一回供述調書
 一、 Oの司法警察員に対する昭和二十六年十一月三十日附及び十二月十九日附
各供述調書
 一、 O作成名義の昭和二十六年十二月七日附答申書
 一、 原審第六回公判における証人P及び同Qの各証言
 一、 原審第八回公判における証人R及び同Sの各証言
 一、 原審第五回公判における証人T及び同Uの各証言
 一、 原審第十回公判における証人V、同W及び同Xの各証言
 一、 原審第十一回公判及び当審第二回公判における証人Yの各証言
 一、 A1銀行営業局長作成名義の搜査関係事項照会に対する回答の件と題する
書面
 一、 A4銀行本店営業部輸出課作成名義の信用状取引に関する説明書御届の件
と題する書面
 一、 Z株式会社作成名義のJ株式会社寄託生糸十月中出庫報告の件と題する書

 一、 A5銀行C3支店長作成名義の捜査関係回答書
 一、 A6銀行株式会社作成名義のB株式会社の預金取引に関する答申書
 一、 A7銀行C4支店作成名義の捜査関係事項照会回答の件と題する書面
 法令の適用
 刑法第二百四十六条第一項、第四十五条前段、第四十七条本文、第十条(最も重
い起訴状記載の第二の詐欺の罪の刑に法定加重)。同法第二十五条第一項。刑事訴
訟法第百八十一条第一項本文。
 (裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

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