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平成23年(あ)第670号住居侵入,窃盗,現住建造物等放火被告事件
平成24年9月7日第二小法廷判決
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
弁護人高野隆の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引
用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実
質は単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411
条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
1原判決の認定及び記録によれば,本件訴訟の経過等は,次のとおりである。
(1)本件各公訴事実は,「被告人は,平成21年9月8日午前6時30分頃か
ら同日午前11時50分頃までの間,金品窃取の目的で,東京都葛飾区(以下省
略)B荘C号室D方縁側掃き出し窓のガラスを割り,クレセント錠を解錠して侵入
した上,同所において,1同人所有の現金1000円及びカップ麺1個(時価約
100円相当)を窃取し,2同人ほか1名が現に住居に使用する前記B荘(木造
亜鉛メッキ鋼板葺2階建,延べ床面積115.67㎡)に放火しようと考え,B荘
C号室内にあった石油ストーブ内の灯油を同室内のカーペット上に撒布した上,何
らかの方法で点火して火を放ち,同室内の床面等に燃え移らせ,よって,現に人が
住居に使用しているB荘C号室の一部を焼損(焼損面積約1.1㎡)した。」とい
う住居侵入,窃盗,現住建造物等放火の事実(以下,それぞれ「本件住居侵入」,
「本件窃盗」,「本件放火」という。)及び北海道釧路市内における住居侵入及び
窃盗の事実(以下「釧路事件」という。)からなるものである。
(2)被告人は,第1審の公判前整理手続において,本件住居侵入及び本件窃盗
並びに釧路事件については争わない旨述べたが,本件放火については,何者かが上
記B荘C号室に侵入して放火したことは争わないものの,被告人が行ったものでは
ないと主張した。
(3)被告人は,平成3年4月7日から平成4年5月10日までの間に15件の
窃盗を,同年3月29日から同年6月13日までの間に11件の現住建造物等放火
(未遂を含む。以下「前刑放火」という。)を行ったなどの罪により,平成6年4
月13日,懲役8月及び懲役15年(前刑放火を全て含む。)に処せられた前科を
有する。
検察官は,公判前整理手続において,被告人は窃盗に及んだが欲するような金品
が得られなかったことに立腹して放火に及ぶという前刑放火と同様の動機に基づい
て本件放火に及んだものであり,かつ,前刑放火と本件放火はいずれも特殊な手段
方法でなされたものであると主張し,この事実を証明するため,上記前科に係る判
決書謄本(以下「前刑判決書謄本」という。),上記前科の捜査段階で作成された
前刑放火に関する被告人の供述調書謄本15通,本件の捜査段階で作成された前刑
放火の動機等に関する被告人の供述調書1通(以下これらを併せて「本件前科証
拠」という。),本件放火の現場の状況及びその犯行の特殊性等に関する警察官証
人1名の取調べを請求した。
第1審裁判所は,前刑判決書謄本を情状の立証に限定して採用したものの,本件
放火の事実を立証するための証拠として本件前科証拠は全て「関連性なし」として
却下し,また,上記警察官証人を「必要性なし」として却下した。
第1審判決は,被告人が本件放火の犯人であると認定するにはなお合理的な疑問
が残るとして,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件についてのみ有罪とし
た。
(4)これに対し検察官が控訴した。控訴趣意は,本件前科証拠及び上記警察官
証人は,いずれも本件放火の犯罪を立証する証拠として関連性を有し,取調べの必
要性があったにもかかわらず,これらを却下した第1審裁判所の措置は訴訟手続の
法令違反に該当し,その結果被告人を本件放火の犯人と認定しなかったのは事実誤
認に当たるというものである。
原判決は,本件前科証拠のうち,前刑判決書謄本の取調べ請求を却下した第1審
裁判所の措置,並びに上記前科の捜査段階で作成された被告人の供述調書謄本15
通及び本件捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通
について,本件放火との関連性がある部分を特定しないまま,その全てを却下した
第1審裁判所の措置には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反
があるとして,第1審判決を破棄し,事件を東京地方裁判所に差し戻した。
2原判決の理由の概略は,次のとおりである。
前刑放火11件の動機は,いずれも窃盗を試みて欲するような金品が得られなか
ったことに対する腹立ちを解消することにあり,上記11件のうち10件は,いず
れも侵入した居室内において,また残り1件は,侵入しようとした住居に向けて放
火したものであり,うち7件は,犯行現場付近にあったストーブ内の灯油を撒布し
たものである。被告人には,このような放火に至る契機,手段,方法において上記
のような特徴的な行動傾向が固着化していたものと認められる。被告人は,本件放
火と接着した時間帯に放火場所である居室に侵入して窃盗を行ったことを認めてい
るところ,その窃取した金品が被告人を満足させるものではなかったと思料され,
前刑放火と同様の犯行に至る契機があると認められる上,犯行の手段方法も共通し
ており,いずれも特徴的な類似性があると認められ,被告人が本件放火の犯人であ
ることを証明する証拠として関連性がある。したがって,本件前科証拠のうち,こ
れらの点に関するもの,すなわち前刑判決書謄本並びに上記前科の捜査段階で作成
された被告人の供述調書謄本15通及び本件の捜査段階で作成された前刑放火の動
機等に関する被告人の供述調書1通のうち本件放火と特徴的な類似性のある犯行に
至る契機,犯行の手段方法に関する部分はいずれも関連性が認められ,証拠として
採用すべきであったものというべきであり,上記各供述調書について関連性が認め
られる部分を特定できるような審理を行わずに本件前科証拠を全て却下した第1審
裁判所の措置は違法である。そして,被告人が,本件放火と接着した時間帯に放火
場所である居室に侵入して窃盗を行ったことが認められる本件では,上記の違法は
判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たる。
3しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,
次のとおりである。
(1)前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様
々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種
前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につなが
りやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同
種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち
入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するお
それもある。したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言
い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられる
ものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏
しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初め
て証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告
人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が
顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することか
ら,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであ
って,初めて証拠として採用できるものというべきである。
前刑放火は,原判決の指摘するとおり,11件全てが窃盗を試みて欲するような
金品が得られなかったことに対する鬱憤を解消するためになされたものであるこ
と,うち10件は侵入した室内において,残り1件は侵入しようとした居室に向け
てなされたものであるが,いずれも灯油を撒布して行われたものであることなどが
認められる。本件放火の態様は,室内で石油ストーブの灯油をカーペットに撒布し
て火を放ったという犯行である。原判決は,これらの事実に加え,被告人が本件放
火の最大でも5時間20分という時間内に上記の放火現場に侵入し,500円硬貨
2枚とカップ麺1個を窃取したことを認めていることからすれば,上記の各前科と
同様の状況に置かれた被告人が,同様の動機のもとに放火の意思を生じ,上記のと
おりの手段,方法で犯行に及んだものと推認することができるので,関連性を認め
るに十分であるという。しかしながら,窃盗の目的で住居に侵入し,期待したほど
の財物が窃取できなかったために放火に及ぶということが,放火の動機として特に
際だった特徴を有するものとはいえないし,また,侵入した居室内に石油ストーブ
の灯油を撒いて火を放つという態様もさほど特殊なものとはいえず,これらの類似
点が持つ,本件放火の犯行が被告人によるものであると推認させる力は,さほど強
いものとは考えられない。
原判決は,上記のとおり,窃盗から放火の犯行に至る契機の点及び放火の態様の
点について,前刑放火における行動傾向が固着化していると判示している。固着化
しているという認定がいかなる事態を指しているのか必ずしも明らかではないが,
単に前刑放火と本件放火との間に強い類似性があるというにとどまらず,他に選択
の余地がないほどに強固に習慣化していること,あるいは被告人の性格の中に根付
いていることを指したものではないかと解され,その結果前刑放火と本件放火がと
もに被告人によるものと推認できると述べるもののようである。しかし,単に反復
累行しているという事実をもってそのように認定することができないことは明らか
であり,以下に述べる事実に照らしても,被告人がこのような強固な犯罪傾向を有
していると認めることはできず,実証的根拠の乏しい人格評価による認定というほ
かない。
すなわち,前刑放火は,間に服役期間を挟み,いずれも本件放火の17年前の犯
行であって,被告人がその間前刑当時と同様の犯罪傾向を有していたと推認するこ
とには疑問があるといわなければならない。加えて,被告人は,本件放火の前後の
約1か月間に合計31件の窃盗(未遂を含む。以下同じ。)に及んだ旨上申してい
る。上申の内容はいずれも具体的であるが,これらの窃盗については,公訴も提起
されていない上,その中には被告人が十分な金品を得ていないとみられるものが多
数あるにもかかわらず,これらの窃盗と接着した時間,場所で放火があったという
事実はうかがわれず,本件についてのみ被告人の放火の犯罪傾向が発現したと解す
ることは困難である。
(2)上記のとおり,被告人は,本件放火に近接した時点に,その現場で窃盗に
及び,十分な金品を得るに至らなかったという点において,前刑放火の際と類似し
た状況にあり,また,放火の態様にも類似性はあるが,本件前科証拠を本件放火の
犯人が被告人であることの立証に用いることは,帰するところ,前刑放火の事実か
ら被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもと
に被告人が本件放火に及んだという合理性に乏しい推論をすることに等しく,この
ような立証は許されないものというほかはない。
したがって,本件放火の犯罪事実を立証するための本件前科証拠の取調べ請求を
全て却下した第1審裁判所の措置は正当であり,これについて判決に影響を及ぼす
ことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たるとした原判断には刑訴法379条の解
釈適用を誤った違法がある。この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり,
原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,
本件を原裁判所である東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見
で,主文のとおり判決する。
検察官岩橋義明,同稲川龍也公判出席
(裁判長裁判官竹崎博允裁判官竹内行夫裁判官須藤正彦裁判官
千葉勝美)

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