弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 申請人の申請を却下する。
二 申請費用は申請人の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求める裁判
一 申請人
(一) 被申請人が申請人に対して昭和五二年一〇月三日付で同月六日交付した申
請外興和新薬株式会社へ勤務を命ずる旨の意思表示の効力は仮にこれを停止する。
(二) 申請費用は被申請人の負担とする。
二 被申請人
 主文同旨の判決。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
(一) 被保全請求権
 申請人は、勤務場所を被申請人会社名古屋工場とする労働契約上の地位を有する
ものであり、申請外興和新薬株式会社に勤務する義務はない。
 以下右関係を詳述する。
1 被申請人(以下会社ともいう)は、医薬品、電機光学製品の製造および繊維、
各種機械等の販売、輸入等を業とする会社であり、名古屋市に本店と名古屋工場
(薬品部)とを、東京、大阪にそれぞれ支店を、福岡、札幌等に出張所を有し、薬
品関係では東京研究所と名古屋工場の他には静岡県に富士工場を有している。
 申請人は昭和四七年会社に名古屋工場勤務者として採用され、採用以来試験課の
外観安定性試験係(以下試験係ともいう)として医薬事業部名古屋工場勤務を命ぜ
られ、この命令に従つて就労して来た。
2(1) 被申請人は昭和五二年九月一六日、申請人に対し、同年一〇月一日から
申請外興和新薬株式会社(以下興和新薬という)大阪支店勤務を命ずる旨の命令の
内示を発した。
(2) そして会社名古屋工場長は同月四日、申請人に対し、さきに内示した転勤
辞令がおりたので渡したい旨述べ、興和新薬名義の、同月三日付の、申請人を管理
部門総務本部勤務を命ずる旨の辞令を交付しようとした。
 申請人は、興和新薬への本件出向については異議をとどめて、これを受け取るつ
もりもあつたが、右辞令が、申請人の勤務会社とは別会社の、興和新薬作成名義の
ものであつたので、被申請人名義でなければおかしい旨述べ、右辞令交付には応じ
られないと抗議し受取りを拒否した。
(3) その後同月六日、会社名古屋工場長外二名が、申請人を呼び出し、前記興
和新薬作成の辞令の外、同じく同月三日付の被申請人作成名義で、申請人に興和新
薬へ勤務を命ずる旨の辞令を並べ、両方の辞令を受け取るよう求めた。
 申請人は、前記経過に従い、両方の辞令の受取りは拒否し、被申請人作成名義の
辞令のみを受取つた。
 なお会社名古屋工場長は、右辞令及び就業規則に基づき昭和五二年一〇月一三日
までに赴任せよと云い、赴任先については、当日朝聞きに来れば話すということで
あつた。
(4) 会社は、申請人に対する本件出向命令を、他の異動者名と共に、全興和労
働組合連合会(以下全興和労連という)に、昭和五二年一〇月三日電話で通知し
た。
3 しかしながら、会社が申請人に対して同日付で同月六日交付した興和新薬への
勤務を命ずる旨の意思表示(以下本件異動ないし本件命令という)は、違法、無効
であるから、同命令によつて申請人の契約上の地位に変動を生じない。
(二) 保全の必要性
 申請人は、とりあえず異議をとどめて本件命令に従い昭和五二年一〇月一三日興
和新薬に赴任した。右は、もし申請人において、会社の本件命令に直ちに従わない
ときは、業務命令違反として解雇処分に付されることを懸念したからである。従つ
て申請人がとりあえず本件命令に応じたとしても保全の必要性がなくなることはな
い。即ち、本件命令には、短期間に会社名古屋工場に戻る保障も全くないだけでな
く、万一本案訴訟となれば年単位の日数を要すること必然である。申請人が本件出
向先の興和新薬で右のような期間セールス、プロパー業務に従事するについては、
先ず全く異質な職種に従事させられることにより日々、多大な苦痛を与えられるこ
とは必定、更には先例が示すように退職におい込まれるやも知れない。又は既に全
興和労連における組合活動も立ち切られ一刻も早く右組合員として立ち戻る必要も
ある。右の如く、申請人には、本件命令の意思表示の効力を仮に停止する旨の仮処
分を求める必要性がある。
二 申請の理由に対する認否
(一) 申請の理由第(一)項のうち前文は争う。
 同項1のうち、申請人が名古屋工場勤務者として採用されたことは否認し、その
余は認める。
 同項2のうち、(1)は否認する。会社は、昭和五二年九月一六日申請人に対
し、同年一〇月一日付で興和新薬に転勤を命じられる予定であると内示したに過ぎ
ない。(2)のうち申請人が、興和新薬への本件異動については異議をとどめて、
これを受けとるつもりであつたことは知らない。その余は概ね認める。ただ、「内
示」とは、前述した意味である。(3)のうち、名古屋工場長が、辞令及び就業規
則に基づき昭和五二年一〇月一三日までに赴任せよと云い、赴任先については、当
日朝聞きにくれば話すと述べたとの点は否認し、その余は認める。(4)は認め
る。
 同項3は争う。
(二) 申請の理由第(二)項のうち、申請人が本件命令に従い、その主張の日興
和新薬に赴任し、現在までプロパー業務に従事していることは認める。その余の事
実は否認し、主張は争う。
 仮処分申請事件において保全の必要性がある場合とは、当該争いのある権利関係
につき、直ちに保全しなければ回復し難い損害が発生する場合でなければならない
ところ、申請人の必要性についての事実主張が全て肯認されるとしても、右事実に
よつて、申請人が回復し難い損害を蒙るものとは到底考えられないから、申請人の
主張はそれ自体失当である。現に申請人は、本件命令に従い、プロパー業務に従事
して一年半以上経ているにもか拘わらず、格別の損害を蒙つていないこと自体が、
その一証左といえよう。いわんや申請人が回復困難な損害を蒙つたなどという事実
は全くない。組合活動上の支障という点についても、興和新薬には興和労組があ
り、労働組合活動は、各組合員が、それぞれその所属労働組合において、行うべき
ものであるから、組合活動が出来なくなることはありえないところである。従つ
て、申請人が不利益であると主張する事実は、通常の転勤によつて生ずる労働環境
の変化に、一般的、必然的に随伴するものであつて、保全の必要性を充足するに足
る事実とは到底云えないのである。
 申請人は、興和新薬においてプロパー業務に従事するようになつて以降、これに
意欲的に取り組んでいるほか昭和五三年一一月一四日には結婚し、表記住所地に新
世帯を構えるとともに、営業の合い間には、ゴルフを覚えたりするなど、青春を讃
歌しているのであつて、日常の業務や生活に苦痛を感じているどころか、かえつ
て、喜びを見出しているとさえ思えるのである。
三 抗弁(被申請人)
 被申請人に対して発した本件命令は有効であり、契約上申請人は興和新薬におい
て勤務すべき義務を負うに至つた。
 以下その関係を詳述する。
(一) 当事者ら
1 申請人について
(1) 申請人は昭和四七年三月に愛媛県立北宇和高等学校食品化学科を卒業し、
会社、興和紡績、興和新薬の三社(以下この三社を単に三社という)による一括求
人・採用方法によつて、三社に採用され、同月一三日付で、本社採用資格社員(社
内では「等級社員」と呼ばれているので、以下等級社員ともいう)として会社に配
属された。
(2) 申請人は、本社採用資格社員として三社に採用された後、同月一三日から
同月一五日まで三日間にわたる三社の一括新入社員教育を受け、同月一六日、その
最初の勤務地である会社名古屋工場に赴任し、同日以降同年九月二〇日までの間製
造課第一係(錠剤)において現場実習を受けた。なお右期間のうち、同年四月一〇
日から同月一三日まで薬品部門合同教育を、同月一四日から同年五月一九日まで薬
品部門合同工場実習を、それぞれ会社富士工場において受けている。右製造課第一
係における現場実習後は、会社名古屋工場試験課外観安定性試験係の業務を担当し
た。
(3) その後、昭和五二年一〇月一三日(転勤辞令は同月三日付)、興和新薬管
理部門総務本部に転勤し、同月二一日、興和新薬大阪支店高松営業所において、プ
ロパー業務を担当して現在に至つている。なお同営業所において申請人の担当地域
は、徳島県である。
2 会社について
(1) 会社は、興和紡績及び興和新薬と共に、二〇数社の関連会社が形成してい
る通称「コーワ・グループ」の中核会社である。会社の事業目的は、医薬品の製造
等であり、その資本金は一八億円、従業員は昭和五二年一二月末日現在で約二四〇
〇名である。
 会社は、名古屋市に本店を有する外、事業所として三支店、四出張所、一研究
所、四工場及び三センターを有している。
 会社の事業は生産部門と商事部門の二つに大別されこのうち生産部門について
は、更に医薬品の開発、製造、品質管理を行う医薬事業部と、電機光学製品の製
造、販売を行う電機光学事業部に分かれ、商事部門は、様々な素材の繊維製品の商
取引を行う繊維事業部と、繊維以外の様々な物質、商品の商取引を行う非繊維事業
部に分かれている。
(2) 会社とともにコーワ・グループの中核を占める興和新薬は、会社の医薬事
業部で研究、開発、製造される医薬品、検査用試薬等の販売活動を担当する資本金
一億円の会社であり、従業員は昭和五二年一二月末日現在で約五八〇名である。興
和新薬の本店所在地は、会社本店所在地と同一であり、事業所としては、東京、名
古屋、大阪、福岡の各支店、札幌、仙台、新潟、広島の各出張所があり、右支店の
管轄下に、横浜、千葉、相模原、神戸、京都、高松、岡山、熊本および北九州の各
営業所がある。部門としては、主として薬局、薬店を訪ねて、商品説明を行い販売
促進をはかる業務を担当する薬粧部と、病院、開業医を訪ねて商品説明を行い販売
促進をはかる業務を担当する新薬部に分かれている。
3 組合について
 コーワ・グループには、興和化学労働組合(以下化学労組という)、興和光器労
働組合(以下光器労組という)、興和紡績労働組合(以下紡績労組という)、興和
労働組合(以下興和労組という)の四組合が存在する。化学労組は会社の医薬事業
部の生産研究事業所従業員により組織され、組合員数は八二四名であり、光器労組
は、会社の電機光学事業部の生産事業所の従業員により組織され、組合員数は三〇
三名であり、紡績労組は興和紡績の生産事業所従業員により組織され組合員数は一
六一五名であり、興和労組は三社の営業(非生産)事業所の従業員により組織され
組合員数は一六一一名である(以上四組合の組合員数は、すべて昭和五二年一二月
現在のものである。)。このうち、化学労組、光器労組、紡績労組の三組合は全興
和労連を組織しており、全興和労連はゼンセン同盟の傘下に属している。
(二) 本件命令の性質
1 はじめに
 本件命令は、会社から興和新薬への異動であり、その実態は、会社製造にかかる
医薬品の製造部門から販売部門への転勤であり、通常の社内配転にほかならず、い
わゆる出向には当らない。申請人は、確に形式上は、法人格を異にする他の会社に
移動するわけであるが、後述する三社の一体性或いは採用手続等から明らかなよう
に、会社と興和新薬の人事構成及び勤務条件の同一性からすれば、興和新薬での労
務提供過程における労働指揮の主体及び勤務条件が、会社のそれと変つたとは、全
く云い得ないのである。
 このように、本件命令は、形式的には、いわゆる出向命令にあたるかもしれない
が、その実質は社内転勤と同一視されるべきものである。
 以下その理由を詳述する。
2 三社の一体性について
(1) 前述のとおり、会社は、興和紡績及び興和新薬と共に、二〇数社の関連会
社が形成している通称「コーワ・グループ」の中核会社であり、三社は又一括して
「コーワ」と呼称されている。
(2) 三社の沿革
 明治二七年服部兼三郎商店(綿布問屋)として創業、漸次業容を拡大し、大正元
年個人経営を会社組織に変更して株式会社服部商店となるが、この頃にはその業務
も輸出入業、織布業および綿紡績業にまで及んでいた。昭和一四年一一月、当時の
商工省の指示に従い、綿紡織部門と商事部門とを分離し、綿紡織部門は興和紡績
(当初の商号は右株式会社服部商店、その後、興亜紡績株式会社を経て、現商号と
なる。)に、商事部門が会社(当初の商号は株式会社カネカ服部商店、その後興服
産業株式会社を経て、現商号となる。)になつた。又会社は第二次大戦後、医薬品
製造業にも進出し、その充実・発展に伴い、昭和二九年には、その販売部門を担当
する興和新薬を誕生させた。
 なお興和新薬設立の経緯は、当時、会社が製造する医薬品の販売を、株式会社中
村滝商店を通じて行つていたところ、同商店の経営が行き詰つたため、この際会社
で製造する医薬品は、会社自ら販売するということで設立されたものであり、いわ
ば、会社の販売部門の設立といえるものであつた。
(3) 以上から明らかなように、三社は事業内容の拡大、整備に伴い、あるいは
国の指示により、同一母体から発生し設立されたものであるため、三社間において
は勿論、社外においてさえも、形式上は別個の法人格ではあるが、実態は同一会社
である、と認識されて今日に至つているのである。ちなみに、三社の社章は、全く
同一であるのみならず、三社を区別することなく入社年度別の通し番号が付されて
いる。
(4) 右三社が、同一会社であることは、以下に述べる三社の人事面、経営面及
び資本面等からも明らかである。
(ア) 先ず第一に三社の人事構成であるが、取締役社長は、昭和三四年八月以降
いずれもaであり、会社専務取締役bは、会社医薬事業部事業部長であると共に、
興和新薬専務取締役、同管理部門部門長でもあり、会社取締役cは、興和新薬の取
締役でもある。その他、三社各間の役員、役職を兼務している者を掲げれば数限り
ない。
(イ) 第二に、三社の経営にかかわる事項についての立案・決定をなす諸会議
は、常務会、取締役会及び店長、工場長会議などの上級会議から、社員管理に関す
る労務部会等の下級会議に至るまで、常に三社区別することなく合同で開催されて
いる。特に会社と興和新薬との関係で述べれば、例えば毎月一回、会社の本店(興
和新薬の本店でもある)で薬品部の決算報告並びに業務運営方針を検討するため薬
品部会が開催されているが、この部会の出席者は、興和新薬の全事業所長、会社医
薬事業部全事業所長、会社の医薬事業部関係の取締役及び興和新薬の常勤取締役で
あり、又右部会とは別に、右出席取締役のみで月に一回薬品部の基本方針を検討す
るため新薬役員会も開催されている。
(ウ) 第三に、三社の本店は、全て興和ビルという同一の場所にあり、右興和ビ
ルの中では、三社の区別なく業務が行われている。
 例えば、人事部に関して述べれば、昭和五三年二月現在人事部員は総計二二名で
あり(内四名が興和紡績所属、内一名が興和新薬所属、内一五名が会社所属であ
り、残り二名は会社及び興和新薬の両社に所属している)、それぞれが人事課、労
政課のいずれかに属し、三社区別することなく、同じ部屋で三社の人事業務に従事
しているのである。なおつけ加えれば、興和新薬の発行株式の九九パーセントは会
社がこれを保有しており残りの一パーセントは興和紡績がこれを保有している。
(エ) 第四に、就業規則を始めとする三社の各諸規則、諸規定も殆んどのものが
三社共通に作成適用されている。従つて三社の従業員は、三社間を異動してもその
労働条件において異なるところは全くないといつても過言ではない。
 その結果、例えば三社間にわたつて如何なる異動をしても、退職金及び退職年金
支給の基礎となる勤続年数は相互通算されるし、出張旅費、慶弔見舞金等もすべて
同額である。
(オ) 第五に、各種の社会保険に関する事項、更には社宅・保養所等福利厚生の
面においても、三社共通に取扱われている。例えば、申請人は、本件転勤までいわ
ゆる会社独身寮に居住していたわけであるが、右独身寮には、三社の本社採用資格
社員たる独身社員が何等区別されることなく、混然と居住している。
(カ) その他、後に述べる通り、三社においては、社員採用に際し、これまで一
括求人・採用をしており、各種社員教育の場合も三社の社員を区別することなく、
一堂に集めて実施している。
3 三社における採用手続等について
(1) 三社は、右に述べた一体性から、社員区分についても共通の制度を採つて
いる。
 右社員区分の大要は次のとおりである。
(ア) 本社採用資格社員
 高校卒業以上の学歴を有する者で、三社の本店が後述する「一括求人・採用」に
よつて、職種、勤務地を特定しないで採用した社員であり、本店採用資格社員ない
し等級社員とも呼ばれている。
(イ) 事業所採用資格社員
 学歴が中学校卒、高校卒、短大卒の者で、三社の各社の各事業所がそれぞれ独立
して求人活動を行い、事業所毎に採用した社員であり、原則として、他事業所への
異動は行わない社員であり、事業所採用資格社員と呼ばれている。
(ウ)「本社採用資格社員」及び「事業所採用資格社員」は、三社において、あら
ゆる面(例えば人事・給与・独身寮への入寮等)で、厳然たる区別がなされてい
る。
(2) 本社採用資格社員の採用(一括求人・採用)
 本社採用資格社員の求人・採用手続は(後述の如く昭和四五年度の高校生に対す
る求人票事務を各担当事業所へ移管するまでは全て同じ)は、三社区別することな
く、入社案内、会社案内等のパンフレット(求人媒体)を作成配付すると共に、会
社名で求人申込票を大学・高校へ送付し、会社人事部員が各学校を訪問・求人活動
をし、(なお各事業所と密接な関係のある地域所在の地方高等学校へは、当該事業
所の労務課員が訪問し求人活動を実施していた。)会社人事部が、三社の本社所在
地で、三社区別することなく入社試験・面接を行い、会社名で採用内定通知書を送
付し、三社区別することなく入社式を行い、その後三社各別名で辞令を手渡し、そ
して三社の配属先を区別することなく、合同で社員教育をする、というものであ
る。
 この一括求人・採用の方式については、疎乙第九ないし第一二号証の全てに「こ
の求人は興和(株)、興和新薬(株)、興和紡績(株)、三社の求人を一括して行
うものです」旨明記してあることからも明らかな如く、求人段階で応募者に対して
はもとより、学校事務局、教員らにも明示されている。
 又すでに求人段階において、三社は、前述した三社の沿革、労働条件の同一性、
将来の三社間の人事異動の可能性など、三社の一体性を明確に説明している。右説
明は、応募者の会社訪問、求人説明会或いは採用担当者の学校訪問等の機会に口頭
で充分なされる外、疎乙第一一号証(ダイナミツクコーワのプロフイール)中に、
又疎乙第九号証の(’72入社のご案内)の中に各記載されており、これらによつ
ても明らかである(又疎乙第九ないし第一二号証の各パンフレツトの記載方法全体
からも右の趣旨は明らかであろう)。求人段階を経て、選考、採用の各段階に至れ
ば、前述した沿革、三社の一体性、人事交流の頻繁性及びその手続が社内配転とい
う考え方で広く行われていること等を一層明確に伝え、応募者から明確な同意を得
ていることは云うまでもない。
 このようにして右の各点について充分確認の上、採用内定者が定まり、内定通知
が出され、その後疎乙第一三号証の如き「新入社員教育テキスト」を送付している
が、右にも「コーワ・グループは、興和紡績(株)、興和(株)、興和新薬(株)
の三社を中心に、それを一〇数社の関連会社が取巻いて形成されています。三社
は、営業内容・決算単位を異にしていますが、共通の目的をめざす企業体として、
管理諸制度、就業条件は全く共通です。例えば、人事面では勤続の通算はいうまで
もなく、人事異動も社内転勤という考え方で広く行われ………」旨の記載があり、
社内転勤と同一手続によつて、三社(時にはその各関連会社)間の人事異動が行わ
れる旨の労働条件が明示されているのである。
 しかして、採用内定者は、正式に採用され三社のうちのいずれかに配属が決まる
と、将来三社間の人事異動が行われることを当然の前提とした文言の記載がある身
元保証書に、身元保証人と連署して、配属先にこれを提出する。更に、採用され三
社のうちいずれかに配属の決まつた新入社員に対しては、三社共通の新入社員教育
が行われ、そこにおいても、三社の沿革、一体性および人事交流の実情と将来の可
能性等が説明される。
 以上述べた如く、本社採用資格社員は、採用にあたつて、特に職種を定めず、勤
務地をも特定しないことはもとより、三社間において、将来社内配転と同一手続に
よつて人事異動させられることを明示的に合意している。
(3) 事業所採用資格社員の求人・採用手続
 各事業所が、会社人事部と関係なく、各事業所名で、短大・高校・中学校に求人
票を送付・求人活動を行い、各事業所で入社試験、面接を実施し、採用通知、入社
式、新入社員教育も企て各事業所名、各事業所で実施している。従つて、事業所採
用資格社員の場合、会社人事部が事業所採用資格社員の採用業務に関係するのは、
採用された後、各事業所から採用人員が会社人事部に連絡される場合のみであり、
その採用業務に会社人事部が介入する余地は全くない。
4 申請人の採用について
 申請人は、昭和四七年三月、前述の一括求人・採用により職種の特定はもとよ
り、勤務地の特定もない本社採用資格社員として三社に採用され、会社に配属とな
つた。
 即ち、申請人は求人の段階で、疎乙第九ないし一一号証(これらは、すべて昭和
四七年の採用時使用のものである)等によつて明らかな三社よりの一括求人・採用
に応じ、かつこれらの資料および採用担当者による説明により、職種・職場につい
ての不特定さ、三社の沿革、一体性及び社内転勤と同一手続による三社(時にはそ
の各関連会社)間の人事異動の可能性を熟知し、これを承諾して採用された。もつ
とも三社の求人事務は便宜的に会社名古屋工場が担当していた。
 又申請人は、右採用後、三社によつて行われた新入社員教育を受け、そこにおい
ても前述の如く、三社においては「人事異動も社内転勤という考え方で広く行わ
れ」るものであることを充分理解するとともに、これに対し何らの異をも唱えてい
ない。
(三) 本件転勤は、仮にいわゆる出向に当るとしても、有効である。
1 前述のとおり、申請人に対する本件命令は、いわゆる出向命令ではなく、実質
的にみて、「転勤」であるが、仮に本件命令が出向命令にあたると仮定しても、以
下に述べるとおり有効である。
(なお三社間においては、前記のとおり、現実には、等級社員は三社との間に労働
契約が成立し、三社に在籍するとの考え方に基づいて取扱われて来たのであるが、
右仮定に従つて、三社間の異動を出向であると解し、その効力を判断するに当つて
は、右現実の取扱をしばらく措いて、採用時に配属される一社との間に労働契約が
成立するとの二重の仮定に立たなければならない。
 よつて以下に述べるところは、すべてこの二重の仮定に立脚したうえのものであ
る。)
2 出向命令の根拠
(1) 出向は、労働指揮権者が変更することから、一般に出向者の同意を要する
と解されるが、その同意は明示・黙示を問わず、また雇用契約において予め同意す
るか(包括的同意ー特約の存在)、その後において個別的に同意するかを問わず、
更に右各場合と同視し得べき特段の事由の存在をもつても足るものと解されてい
る。
 しかして右各事由の判断順序としては、①まず労働契約締結のはじめに、将来会
社の必要に応じ出向を命ずることがあるべく、又これに服すべき旨の特段の合意が
存在するか否かを検討し、これがないときには更に②当該企業の労働協約、就業規
則等に出向についての規定が存在するか否か、③出向についての労働慣行が存する
か否か、(右②、③はいずれも前述の特段の事由に当る)を検討し、以上が存在し
ないときに初めて④個別の同意の有無を問題とすべきである。
 本件においてこれを見ると、後述のとおり右①ないし③の各事情がすべて存在し
ているのであるから、申請人の個別的同意の有無を問題とする必要はない。
(2) のみならず、右一般論に加えて、本件の場合には前述した三社の一体性と
いう特殊事情が考慮されなければならない。
 本件の如き強い一体性を有する企業間の異動の事例にあっては、原則として「同
意の存在と同視し得べき特段の事情」が存するのであり、使用者はその業務上の必
要性に応じ、被用者に対し適宜異動を命じ得るものと解すべきである。
3 包括的同意(特約)の存在について
(1) 会社は、申請人を採用するに際しては、三社の一体性については詳しく説
明し、とりわけ三社間における等級社員の異動は、通常の社内転勤と全く同一と認
識され、現実にも同一手続によつて頻繁に行われていること、申請人も将来同じ取
扱を受けることがあることについて充分説明した。申請人自身もこのような三社に
おける等級社員の人事異動の実態と可能性を充分認識理解したうえ採用されたもの
である。
 してみれば、会社と申請人間の労働契約の内容には、三社間の等級社員の異動に
ついて、会社から社内転勤と同一手続によつて異動を命ぜられた場合にはこれに従
う旨の包括的な特約が合意されていたものである。
 右特約の成立について更に詳述すれば次のとおりである。
(2) 会社は昭和四六年七月名古屋工場労務課員のd(以下dという)をして、
北宇和高等学校へ赴かせ、同校進路指導室において、同校食品化学科長(e教諭)
の同席の下に、三社の一括求人に応募する意思を示していた申請人に対し、次の内
容にわたる本社採用資格社員(等級社員)の求人説明事項の外、三社の事業内容、
雇用条件等につき詳細な説明をなさしめた。
 即ち、dは本社採用資格社員(等級社員)の求人説明の際必ずなすべきとされて
いる事項(会社より説明を指示されていた留意事項)として、申請人に対し、
① 本社採用資格社員は、三社一括求人・採用であること
② 本社採用資格社員は、事業所採用資格社員と異り、勤務地及び職種を特定せ
ず、三社の幹部候補社員として採用すること
③ 本件採用資格社員は、将来三社間を社内勤務と同一手続によつて異動を命ぜら
れる可能性があり、その異動は社内で頻繁に行われていること
④ 本社採用資格の採用決定権は、本店にあるので、自分は名古屋工場の求人担当
者であるが、本店人事部を代理していること
の四点について、明瞭かつ詳細に説明をなしたのである。
 右の如きdの説明に対し、申請人は疑問をさしはさんだり、異議を述べるような
ことは一切なく、一々うなずいていたのであり、右内容を明確に理解し、かつ了解
していた。
(3) 会社は昭和四七年度の本社採用資格社員求人用のパンフレツトとして疎乙
第九ないし第一一号証を作成し各高等学校へ配付していたが、右各パンフレツト中
には、「・コーワ事業所のいずれでも勤務できる人、私たちの事業所は、海外およ
び国内各地にひろがつています。そのいずれでも活躍できる人を求めます。」と
か、三社の営業内容を一体としてとらえ、これを医薬品部門、電機光学部門、紡績
部門等々の「部門別」として紹介したり、「・事務系ー興和(株)、興和新薬
(株)、興和紡績(株)の各事業所に勤務し、営業マンとして国内および海外にお
ける商取引の第一で活躍するほか、管理部門も担当します。」、「・技術系ー興和
(株)、興和新薬(株)、興和紡績(株)に勤務し、生産、研究、販売業務を担当
します。」とかの記載により、三社の一体性、三社の一括求人、三社間の異動の可
能性等が明示されている。またこれらパンフレツト末尾には「この求人は興和
(株)、興和新薬(株)、興和紡績(株)三社の求人をまとめて行うものです。」
等と明示もされている。
 申請人としては自からの希望する会社のパンフレツトであり、これらの内容を熟
読していたことは明らかである。
 従つて、前記dの説明と合せて、これらパンフレツトによつても、申請人が、三
社の一体性、一括求人・採用方式、従つて又三社にまたがつての人事異動の存在を
充分理解し納得していたことは明らかである。
(4) 申請人は、昭和四六年八月会社名古屋工場に見学に訪れている。その際応
接にあたつたのは前記dである。同人は工場を案内すると共に、申請人に対し三社
の一体性、三社間では社内転勤という考え方で、頻繁に人事異動がなされており、
申請人が当初いずれの事業所に配属されるか分らないが、勤務先が当初の事業所に
特定されるわけではなく、会社の他の事業所或いは興和紡績、興和新薬の各事業所
に転勤を命ぜられるかもしれない旨説明しており、これに対し申請人はよくわかつ
た旨明確に返事をしている。
(5) このように三社間の人事異動関係について充分理解していた申請人は、そ
の後昭和四六年九月に「三社宛」の入社志望票を提出して労働契約の申込みをなし
ているのであるが、これによつて、すでに申請人は三社の一括求人方式を是認し、
これに積極的に応じたこと、即ち「三社」に対し雇傭を求めたことが明らかであ
る。
(6) 会社は昭和四六年一〇月一日に筆記試験等を行い、翌二日面接試験を実施
したが、申請人はこのいずれをも受験した。
 しかして、申請人に対する面接試験は、f労務本部長(当時三社の人事部長職に
あつた)が中座したため、g人事課長(会社と興和新薬両社人事課長)を含む五名
の面接委員によつて行われた。右面接は、本人の氏名、学校、学科の自己紹介後、
入社志望票記載事項の確認、補足質問及び一般質問の順序で進められ、次いでg課
長から三社の事業内容、雇傭条件等の説明及び確認がなされた。その際g課長ら
は、第一に入社志望票に記載してある申請人の希望職種、希望勤務地に関して、申
請人は本社採用資格社員の求人に応募しているのであるから、その性質上、職種、
勤務地が特定されることはないこと、第二に採用後最初にどの事業所に配属された
としても、三社間では転勤として頻繁に人事異動がなされており、このような転勤
の可能性があること等について充分説明をなすとともに、申請人に対しその条件に
応ずるか否かを質したところ、申請人は明確に右いずれの点についても「結構で
す」と回答した。
 しかして申請人のこのときの回答内容は、g課長が所持していた疎乙第三九号証
の入社志望票のコピーである疎乙第二五号証の「希望する職種とその理由」欄及び
「希望する勤務地とその理由」欄の各欄外にそれぞれ「他職種O・K「他勤務地
O・K」とメモされ、現に保存されている。
 従つて右時点において会社と申請人間には、その労働契約の付款として明示的
に、申請人は会社より三社間の異動を社内転勤と同一手続によつて命ぜられた場合
には異議なくこれに服する旨の合意が成立したものである。
 このことは、前述した求人段階からの申請人に対する説明の徹底、申請人自身の
理解と是認の経緯に照らしても明らかであり、更に後述するその後申請人が当然の
内容として受講した新入社員教育の内容、申請人が当然のものとして提出した身元
保証書の記載内容等からも明らかというべきであろう。
(7) 申請人は採用された後、三社の管理職を講師とする新入社員教育におい
て、三社の一体性、等級社員の意味及び三社間の転勤異動の状況等について繰返し
説明を受けており、右合意内容を確認している。更に疎乙第一四号証の身元保証書
には、将来三社を含む姉妹会社に異動することがあることを前提とした文章の記載
があるが、申請人は入社時に右文章を承認し同保証書に署名押印の上提出してい
る。なお、右保証書の宛先欄は、空白のまま会社に提出させており、配属が決定し
た後会社が記入することとしてあつた。このような事実は申請人が前記特約を承諾
した事実を明らかに示している。
(8) 以上のとおり、申請人は会社との労働契約の締結に当つて、明示的に前記
特約をなしたことが明らかであるが、仮に何らかの理由によつて明示的合意がない
としても、右に述べた経緯からすれば少くとも黙示の合意があつたことは明白であ
る。
4 労働協約、就業規則等の存在について
(1) はじめに
 既に述べたように三社間の等級社員の異動については、実務上、従来より転勤と
して扱われており、労働協約・就業規則等の適用に当つても、転勤として処理され
ている。従つて労働協約或いは就業規則中出向とあるのは、三社以外の企業への異
動を予定しているのであるから、ここで出向についての労働協約の存在に言及する
場合には、更に実務上も三社間の異動が出向として扱われているものとの仮定が必
要となる。
(2) 労働協約の存在
(ア) 申請人は本件命令時、化学労組の組合員であつた。又前述のとおり、化学
労組は、紡績労組及び光器労組と共に全興和労連を組織している。
 会社及び興和紡績は全興和労連との間に労働協約を締結しているが、右協約二三
条には、「会社は、従業員の転勤、応援、出向を行うときは、その氏名を事前に組
合へ通知する」との定めがある。
 右規定は、明らかに会社がその従業員に対し、出向を命ずることが出来ることと
しているのである。右規定の原型は全興和労連結成前の個別組合と会社間の労働協
約にも存し、昭和四一年全興和労連結成に伴い現在の定めとなつたのであるが、こ
の経緯の中で会社と労働組合は、右規定が会社に出向命令権を認める趣旨のもので
あることにつき確認し合つており、これは今日まで変更を見ていない。
(イ) のみならず、本件のような三社間の異動にあつては、もともと同一会社間
の社内異動として取扱われているため、異動手続は転勤と同一で一定しており、異
動後の給与、賞与、資格、勤続年数、退職金計算等々の取扱は、異動前のそれら
と、労働時間の点で若干の違いがある外は、全く同一条件であり、このことは従業
員全員が常識として理解している自明の事柄である。従つて三社間の異動を出向と
とらえても、出向先の特定(転勤扱いは三社間のみ)、出向に関する手続及び出向
後の各種労働条件等については、制度上完全に整備、保証されていると云えるので
ある。
(ウ) このように労働協約中に出向に関する明文の条項がある場合には、改めて
出向者の同意を要しないと解するのが正当である。会社においては、右のように労
働協約中に明文の規定が存する外、更に前記の如く三社間異動についての具体的手
続、異動後の労働条件等が確立されている事情にあるのであるから、三社間異動を
出向ととらえたとしても、出向者の同意を要しないとすることには一層の合理性が
存する。
(3) 就業規則の存在
(ア) 申請人の本件命令前の職場は、会社名古屋工場であり、同工場には疎甲第
六号証の就業規則の適用がある。右就業規則六条によれば、「従業員は工場の都合
で傍系会社、工場に転勤を命じ、または職場ならびに職種の変更を命ぜられる事が
ある。前項の場合、従業員は正当な事由がなければこれを拒むことはできない。」
と定められている。右規定にいう「傍系会社」とは興和紡績、興和新薬の二社を指
すのであるから、右規定の存在によつても三社間の異動が社内転勤と全く同一のも
のと意識され、同一手続で処理されていることが明らかであるが、この点をしばら
くおき、三社間の異動が出向にあたるとしても、右は出向に関する明文の規定に当
ることとなる。即ち同条は、会社における出向制度の存在を前提として、従業員に
対し、これに従うべき義務を定めているのである。なお会社を含む三社の工場以外
の営業所(非生産事業所)に適用のある疎乙第八号証の従業員就業規定二〇条にも
同旨の規定があり、三社間の異動は同条の「転勤」にあたるものとして処理されて
いる。
 この外、前記(2)で述べたように、三社間の異動を出向ととらえた場合、出向
先は特定しており、出向に関する手続も確立し、出向後の各種労働条件等について
も制度上完全に整備、保証されている。
(イ) 一般に、就業規則の条項は、特段の制約がない限り、労働契約の内容とな
るから、就業規則中出向に関する規定は、出向について、労働者が包括的同意を与
えたものと解されているのみならず、前述のように、三社間異動を出向ととらえた
としても、その手続、異動後の労働条件等が明確な形で確立されている事情に照ら
せば、右の理は一層明白であろう。
 してみれば、会社が本件命令を発することにより、申請人は、労働契約上これに
従う義務を負うに至つたことは明白である。
5 慣行の存在について
(1) 本社採用資格社員の三社間の異動については、実務上、従来より転勤とし
て扱われ、このような三社間の本社採用資格社員の異動は、会社も含めた三社内に
おいて、労働関係を律する規範的な事実として明確に承認されている。即ち三社間
の本社採用資格社員の異動は、仮にそれが出向にあたるとしても、社内転勤と同一
の手続によりなされることについて、三社の社員が一般に当然のこととして異議を
とどめることなく受けとめている。
(2) このことは、次の如き各事実から極めて明白に認め得る。
(ア) もともと三社においては、取立てて「三社」という別法人的区別の意識が
なく、一つの会社の中の事業所名の違い程度の認識しかなく、本社採用資格社員の
人事異動については、三社を一括する存在としての一つの人事部が、三社全体の業
務上の考慮に基づき決定、実施しているのである。しかしそのようにしてなされた
これまでの三社間の等級社員の人事異動の実情は、昭和四二年三月二一日から五二
年九月三〇日までの一〇年間に、延べ二一八名の等級社員が社内転勤手続によつて
異動しており、さらに昭和五二年一〇月から五四年三月までの間の実績も延べ六五
名となつている。
 そしてこれらの異動者らは、いずれもその転勤命令を当然のこととして受けと
り、これに従つているのであり、勿論これら異動者以外の社員から異論が出たよう
なことも全くなかつた。
(イ) 右のような過去における異動においては、昭和五二年三月末日までは、例
えば本件転勤のように会社から興和新薬へ異動する場合であれば、三社の連名で
「興和新薬○○○部勤務を命ずる」旨の形式の辞令が交付されていた。そしてこの
ような取扱について、組合はもとより他のいかなる従業員からも異議等が述べられ
たことは一切なかつた。
(ウ) このような従業員の認識は古くから三社において培われている。
(エ) 労働組合自身も右のような認識を有している。
(3) 以上述べた諸事実からも明らかな如く、三社間における等級社員の異動に
ついては、三社及びその従業員間においていわゆる出向として、他社への異動とい
う形では全く認識されておらず、通常の転勤として認識されていたのである。
四 被申請人の抗弁に対する申請人の認否及び反論
(一) 被申請人の主張(一)について
1 同主張1(1)のうち、申請人が被申請人主張の日時に、その主張の学校・学
科を卒業したことは認め、その余は否認する。
 会社は、申請人が三社による一括求人・採用により採用され本社採用社員として
昭和四七年三月一三日付で会社に配属されたと主張するが、同年二月二六日付入社
内定者に対する入社式への案内(疎甲第一六号証)同年三月一三日付辞令(疎甲第
一七号証)は、いずれも興和株式会社名義で作成されたものであり、又、前述入社
式への案内とともに採用内定者に対して送付された新入社員配属予定一覧表(疎甲
第一八号証)には、興和紡績と興和株式会社と分た上で、その各工場に対する配属
予定がまぎれもなく示されているのである。被申請人によれば、「本社採用社員」
とは三社の本店が採用する社員であるとのことであるが、三社において、それぞれ
の「本社採用社員」というものと「事業所採用社員」との区別があるというのなら
ともかく、かような主張は、以上に述べたように事実としても、明らかに虚偽のも
のであり、企業の社員採用に関しての常識からも考えられないことであると云わね
ばならない。労働者にとつて、営業活動に従事することになるのか、工場で現場労
働に従事することになるのか、薬品の検査という技術を要する仕事に従事すること
になるのか、或いは研究部での研究員として勤務することになるのかわからないま
まに入社するはずがないのである。仮に三社一括採用というようなことがあるとす
れば労働基準法一五条の労働条件明示の原則、同法二条の労働条件労使対等決定の
原則に明白に違反するものであり、かような求人・採用を職安を通じて行えるはず
がない。
 同主張1(2)のうち、申請人が本社採用資格社員として採用されたこと、新入
社員教育を受け、その最初の勤務地である会社名古屋工場に赴任したこと、昭和四
七年三月一六日以降、製造課第一係において現場実習を受けたこと、その後試験係
の業務を担当したことは認め、その余は否認する。
 申請人は興和株式会社の本社採用社員として採用された後、三社合同の新入社員
教育を受け、同年三月一六日その最初の勤務地である会社名古屋工場に赴任し、同
日以降製造課第一係において現場実習を受けた(右期間中四月九日以降は、二班に
わかれ、第一班は興和株式会社に採用された新入社員であり、第二班は新薬関係で
ある。即ち、会社は、三社の全新入社員が、すべて同一カリキユラムでの研修を受
け、その研修の結果、配属が決定されるかのごとく主張するが、三社共通に必要と
される研修については会社の便宜から同一に行われることはあつてもそれ以外の部
分については、配属予定に従つて、研修カリキユラムを異にしているのである。右
現場実習終了後、申請人は試験係への配属が確定した。
 同主張1(3)のうち、異動が転勤であることは争い、その余は認める。
2 同主張2のうち、三社が通称「コーワ・グループ」の中心的存在であることは
認める。
 被申請人は、三社が通称「コーワ・グループ」の中核であると主張し、あくまで
も三社一体であることを証明するための布石を打つているが、たとえば会社作成に
かかる昭和四五年度入社社員のための「コーワについて」と題するパンフレツトで
は、「一口に〃興和〃とよぶ場合、第一に最狭義の意味で興和株式会社を指し、こ
の場合興和新薬等は単に新薬等とよぶ、第二に、主として社外から、〃興和〃とよ
ぶ場合には、一般には紡績、興和、新薬三社のうち、一社あるいは全部を漠然と指
している場合が多い、第三に、更に大きく、興和関係会社を一括した〃オール興和
〃を指す場合で、三社の他に興和冷蔵(株)等、興和グループ全体を指す場合であ
る」(疎甲第二〇号証)と記載され、又「新入社員教育テキスト」と題するパンフ
レツトにおいて、「コーワの組織にはたしかに未確定な部分が多いし、またその未
確定さによる混乱がないとはいえません」(疎甲第二一号証)と、自ら述べている
のである。
 以上の事実からも明らかなように、三社がコーワ・グループの中で中心的な存在
であるとしても、対外的、対内的に判然と一体としている存在というわけではない
のである。
3 同主張3は、各組合員の員数を除き認める。
(二) 被申請人の主張(二)について
1 同主張1は争う。
2 同主張2のうち三社の一体性は争う。
 会社は、三社が、三社の沿革、人事面、経営面及び資本面等から、実態として同
一会社である旨主張するが、
(1) 人事面において、役員、役職を兼務している者が多数にのぼることは、関
連会社間、グループ企業等においては、ありふれたことであり、兼務ということ自
体、それぞれの職務の区別を示していることにほかならない。
(2) 三社の経営にかかわる事項について立案、決定をなす諸会議が上級会議か
ら下級会議に至るまで三社区別なく開催されるなどということは、一現場労働者に
とつて知るよしもないが、すべての会議について、三社が合同で開催されるなどと
いう非能率なことが、常識的にいつてありうるはずがない。要するに、各社それぞ
れの会議以外に、三社が共通に検討しなければならない課題について合同の定期的
な会議が開催されるということである。
(3) 又三社の本店のある興和ビルの中で三社の区別なく業務が行われるとのこ
とであるが、三社がそれぞれ会社の目的営業内容を異にしている以上、三社が混然
一体となつて業務に従事するなどというきわめて非能率なことでありうるはずもな
い。単に同一場所で業務を行い、三社が共通に行うべき業務についてだけ、合同
で、あるいは連絡しあつて行つているというにすぎない。
(4) 就業規則について三社共通の内容で作成されてはいるが、各事業所毎に作
成適用されているということは、要するに労働者から見れば、興和株式会社名古屋
工場に勤務する場合と興和新薬に勤務する場合とでは、その適用さるべき就業規程
を異にするのであり、又三社の従業員は、三社間を異動してもその労働条件におい
て異なるところは全くないというが、賃金体系等についての違いはなくても、勤務
場所、職種こそ労働条件における重要な要素としてその違いが問題とされるべきも
のである。
 賃金さえ変わりがなければ、会社が労働者に対し、意のままに職種、勤務地を決
定し、更には変更でき、それらは労使が対等に決定すべき労働条件に当らないとす
る会社の態度は、ただでさえその古さが問題となつている現在の労働法秩序の水準
より大きく後退しているものと云わねばならない。
3 同主張3のうち、三社が社員区分について共通の制度をとつていること、疎乙
第九ないし第一二号証に被申請人主張の記載があることは認め、その余は否認す
る。本社採用資格社員の求人については、会社主張と事実は明白に異なり、「本社
採用社員」である申請人の場合、興和株式会社名古屋工場からの求人に応じ(本店
ではない)、或いは大学卒のK君の場合、三社それぞれ別異の求人があつた中でそ
のうちの興和株式会社からの求人に応じている。
 又、入社試験についても、申請人の場合、興和株式会社名古屋工場労務課からの
通知で入社試験は受けており採用についても三社それぞれが辞令を交付している。
更に入社式の案内等についても同様である。ただ、入社案内、会社案内等のパンフ
レツトが三社共通のものとして作成交付され、入社試験を同一場所で同一日時に行
うというだけである。これをもつて「一括求人・採用」と称するとしても、そこに
はことさらかような採用方法を主張すべき何の実態もないといわねばならない。
 疎乙第九ないし第一二号証の全ての末尾に小さく、「この求人は興和(株)、興
和新薬(株)、興和紡績(株)、三社の求人を一括して行うものです」旨明記して
あることは事実であるが、三社或いはそれぞれの事業所が各別に大学宛、高校宛の
求人票を提出し、求人票によつて入社希望者が求人に応じているのであるから、か
ようなパンフレツトの記載は、意味を持たせようとすること自体、こじつけとしか
云いようがない。
 又将来の幹部候補生として採用される者ならばともかく、「国内および国外にお
ける商取引の第一線で活躍する」ことが予定されているはずもない一般の労働者に
とつて、人事異動がありうるとの被申請人主張のような求人あるい採用段階での説
明が、仮にあつたとしても自分にかかわりのあることと受けとめられるはずもな
く、又他の長い説明の一部分に軽く触れられるという程度のものであつたのであ
る。
4 同主張4は否認する。
(1) 即ち、会社の云う疎乙第九乃至一一号証のパンフレツト類が一括求人・採
用を意味しないことは前述したとおりである。
 又採用時に採用担当者による三社間の出向の「説明」なるものも特になかつた。
かえつて、会社が、申請人の出身学校へ、職業安定所を通じてなした求人によれ
ば、求人者は興和株式会社名古屋工場、職種は技術職、作業内容は医薬品の合成か
ら製品作業、試験研究というものであり、かつ名古屋工場労務課員が直接、申請人
の出身校を訪れ求人活動を行つた。申請人はこれを受けて会社に応募し、右求人内
容で入社したのであり、会社の主張する社員区分によれば、実態としては、まさし
く「事業所採用社員」と云わねばならない。
 更に、三社による新入社員教育の機会に、テキストの一部分に、被申請人指摘の
「人事異動も社内転勤という考え方で広く……」との文面があつても、右人事異動
に全面的に承諾を与えたことにはならない。しかも右教育の場で、新入社員が異を
さしはさむ発言をしなかつたとしても、これをもつて右承諾を擬制することは行き
過ぎである。
(2) 申請人は、会社名古屋工場勤務として職場を特定され、薬品試験係として
職種を特定されて会社に入社したものである。即ち、
(ア) 従来被申請人においては、「本社採用」と「工場採用」の区別を、後者に
ついて中卒男子および女子とすることにおいていたが中卒男子の確保の困難さとい
う全国的傾向の折から、昭和四六年頃より工場勤務者を「本社採用」の高卒男子で
補充するようになつた。又従来の「工場採用」については、当該工場の見学の後、
入社試験を受けさせる通例であつたが、このことは右に述べた「本社採用」の高卒
男子においても同様であつた。従つて申請人が名古屋工場勤務者として採用された
か否かは形式的に「本社採用」か「工場採用」かで決まるものではなく、以上の経
過と申請人の採用及び勤務の経過から決すべきものである。
(イ) 申請人は昭和四六年愛媛県立北宇和高校食品化学科三年に在学中、会社名
古屋工場からの求人申込みに応じ、同工場を、同工場の労務係員の案内で見学し、
又その際、試験課勤務であると説明を受けて入社を決め、その後同工場労務課より
本社入社試験の通知を受けたものである。又工場勤務後、一貫して現在の試験係の
業務に従つてきたものであり、以上の事実から、申請人が、名古屋工場勤務者とし
て、職場を特定され、かつ在学時代の専門と経験をいかした試験課員として職種を
特定されて来たことは明白である。
(三) 被申請人の主張(三)について
1 同主張1は争う。
2 同主張2は争う。
 出向については、契約当事者の変動であり、転勤の場合以上に労働契約の重大な
変更として、その同意が必要であり、その同意については、労働者の入社時の労働
契約等の一般的根拠のみでは足らず、当該個別的出向先との関係で、出向の内示を
受けた労働者の個別的同意が必要である。
 被申請人は、出向の場合、その同意が「その都度である必要はなく、包括的なも
のでも、又明示的のみならず黙示的のものであつてもよい」と主張するが、きわめ
て独自の見解である。しかも、本件出向命令については、そのいずれの同意も存在
しない。
3 同主張3は争う。
 入社の際に、労働契約の内容として、包括的同意があるとの主張は、事実に反す
る。申請人は、興和株式会社名古屋工場に勤務するとの内容で入社したのであり、
実質が、会社の云う「事業所採用社員」として、その転勤すら予定されていないも
のである。
 又入社面接或いは新入社員研修において、会社が出向がありうることの説明をし
たとしても、単に一般的な説明にとどまり、申請人が、これに明示的に同意したと
いうものではなく、これのみでは、申請人が将来行われるかもしれない出向につ
き、その出向先と勤務内容等の労働条件を包括的に同意したものと認めることは出
来ない。
4 同主張4(1)は争う。
 会社では、雇傭関係にまで三社一体性を持込んだ反映として就業規則、労働協約
上も著しい不備、あいまいさを残している。
 要するに、会社の労働協約、就業規則では、転勤と出向についてその区分が明ら
かとはいえず、又出向に関する従業員の同意の必要性の要否についても明らかとさ
れているとは云えないのである。
 申請人の本件人事異動が出向である以上、その個別具体的な同意を要するという
べきであるが、この点で労働協約、就業規則において出向の定めがあるときには、
右個別具体的な同意を要しないとの考えに立つとしても、右の労働協約の出向に関
する規定は、そのあいまいさから、申請人の個別的労働契約を当然には規律するも
のではないと云うべきであり、申請人の具体的な同意なき本件人事異動即ち出向は
無効である。
 同主張4(2)のうち、申請人は本件命令時化学労組の組合員であつたこと、会
社及び興和紡績の労働協約二三条に被申請人主張の文言があることは認め、その余
の事実は否認し、主張は争う。
 会社は、労働協約二三条を根拠として主張するが、この規定は、出向の場合に会
社から組合に対してその氏名を事前に通知すると規定しているだけで、どういう場
合に出向を命じうるのかについては勿論、同意なしに命じうるとの根拠はどこにも
ない。
 同主張4(3)のうち、会社名古屋工場の就業規則に被申請人主張の文言がある
ことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
 会社は就業規則六条の規定をもつて、出向につき労働者が労働契約の内容として
包括的同意を与えたと主張するが、そもそも、就業規則のうち労働基準法の労働条
件を低める部分はその効力を有せず、その点で使用者を拘束するものであるから同
規則六条のように出向に対して労働者に拒否の自由を許さない条項は、契約自由の
原則、労働契約労使対等決定の原則に反し無効である。
 又就業規則を認めて採用されたということは、個別的労働条件を規律するという
ことにつながるとしても、当該使用者との契約関係を離れる出向という労働者の一
身専属的権利についてまでの法的根拠とはなりえないと云わねばならない。
 しかも、仮に就業規則六条が有効であるとしても、就業規則が本来一般的労働関
係を規律するものである以上、個別的労働契約に定めのない部分について、はじめ
て、その条項が契約内容となつていると見るべきところ、申請人は、前述のように
興和株式会社名古屋工場に勤務地を特定され、かつ検査課員としてその職種を特定
されて入社したのであるから、会社と申請人の個別的契約が就業規則の規定に優先
するのである。
5 同主張5の事実は否認し、主張は争う。
 被申請人は、過去一〇年間に、三社間の異動人員が延べ二一八名であることをも
つて慣行の存在を主張するのであるが、幹部候補生、役員等についてまで含め、し
かも延人員であるこの数だけから、現場での労働者内における慣行の存在までおし
はかることは出来ないはずである。
 しかも出向制度が慣行として確立していると云えるためには、当該慣行が企業社
会一般において労働関係を律する規範的な事実として明確に承認され、或いは当該
企業の従業員が一般に当然のこととして異議をとどめず当該企業内においてそれが
事実上の制度として確立しているものであることを要する。しかも、わが国の企業
における実状からすれば、労働者が業務上の必要ありとして会社より出向を命ぜら
れた場合、それを拒否すれば将来の地位、職種等に不利益を蒙るであろうとの危惧
を抱くことは極めて自然であるから、これまで、会社の出向命令に応じてきた事実
をもつて、会社の労働者一般が出向の義務を明らかに是認していたものと認めるこ
とは出来ない。
 従つて、被申請人主張の事実から、慣行の存在を裏付けることは出来ない。
 かえつて会社より興和新薬への定期的な出向が、ようやく昭和五〇年より開始さ
れたとの事実は、この慣行の不存在を裏付けている。
 又本件人事異動と同じ会社名古屋工場から新薬への異動は、課長以上の管理職を
別にして、昭和三九年以降、五〇年一〇月の本件異動に至るまで皆無であつた。
五 再抗弁(申請人)
(一) 本件命令は、以下に述べる如く、業務上の必要性と人選の合理性を欠き、
また申請人に多大の苦痛と不利益を強いるものであるから権利の濫用として無効で
ある。
1 申請人は本件命令当時名古屋工場試験係として勤務していたところ、試験係は
係員六名全員で一チームを構成し、人員不足で日々の業務を処理し切れない状態に
あつた。従つて申請人を出向させた場合には、試験係業務に支障を生ずることは必
須であり、本件出向によりかえつて新たに人員を補充しなければならないという不
合理が生ずる。
 又申請人は、入社以来本件異動に至るまで、試験係員として完成した薬品の形
状、寸法、色等の外観を検査する職務に従事しており、一方本件出向先の興和新薬
での業務内容は、薬局、病院へ薬品をセールスし、必要に応じて薬品の効果等を説
明するいわゆるプロパーであり、申請人のこれまでの技術と出向先の業務内容とは
全く関連性及び必然性がないことは明らかである。
2 会社は、本件命令が、昭和五〇年以来実施している営業部門強化の一環である
と主張するが、この主張には根拠がない。
 即ち、興和新薬の社員名簿によると昭和四九年以降の営業人員数および興和株式
会社、興和新薬、興和紡績の三社の新規採用者数の変化は次表のとおりである。
<20042-001>
 以上の事実からは、営業部門強化というものが、出向のための口実として使われ
ているにすぎないと云わざるを得ない。
 更に、昭和五〇年以降富士工場と名古屋工場へ出向させられた労働者のうち既に
退社した者は現在判明しているだけで次表のとおりであり、他にも退社を考えてい
る者が数名存在している。
<20042-002>
<20042-003>
 以上の事実からは、本人の意思に反して出向させた結果は結局営業に意欲を持て
ず退社せざるを得ない事態に労働者を追込み、会社にとつて「営業部門の強化」に
はならないことを示している。会社がこれらの事実を熟知しながらなおも労働者を
出向させようとすることは、結局なしくずしの解雇を狙つているといわざるを得な
いのである。
3 被申請人は最近の製品に対する苦情が、変色、亀裂等製剤の外観変化に関する
ものが多いと主張するが、仮にそのような事実があるならば、より一層工場部門で
の試験業務部分の充実をはかること、すなわち変色、亀裂等の根本原因を追及し改
善することが営業強化のために必要なはずであり、被申請人の主張は逆立ちしてい
る。結局、被申請人のいう「苦情」は、申請人を興和新薬へ出向させるための口実
と断ぜざるを得ない。
 又被申請人は、申請人の名古屋工場における業務と出向先での、いわゆるセール
ス、プロパー業務とが密接な関連性を有する旨主張するが、申請人は入社以来一貫
して外観経日試験に従事してきたものであり、薬品の効果等に関する知識、経験を
一般的にしか有しないのである。このような申請人をセールス、プロパーにまわし
たとしても、被申請人のいう「営業強化」の方針とは一致しないことも亦、明白で
ある。
4 被申請人は、本件命令の必要性につき、外観変化を防止するための製品の使
用・保管方法等を、根拠を示して説明するには外観安定性試験を経験したものが適
切であるとする。
 しかし、本件命令と同時期に、興和新薬へいわゆるセールス、プロパー業務のた
め出向を命ぜられた一五名には、興和紡績、興和富士工場等の者も含まれ、外観安
定性試験の経験の無い者がいる。しかも、申請人が、本件命令に、異議をとどめな
がら赴任した興和新薬の赴任者全員に対する研修内容では、外観変化を防止するた
めの製品の使用・保管方法等に関する研修は全く考えられていないと云つてよく、
この点でも被申請人の主張こそ、疑わしいかぎりである。
5 申請人が興和新薬へ出向させられる旨の話が出た頃、被申請人会社名古屋工場
試験係の職場では、前述の如く申請人の異動により、人手不足が必然となる状態に
あつたこと明らかである。
 そもそも、被申請人主張の「苦情」が真実であるとすれば、申請人を出向させる
どころではなく、試験係の人員補充を含め、一層の強化がなされねばならないとこ
ろ、ただでさえ、従来一週間毎に検査すべき保存サンプルの検査を一か月も二か月
もかかつて実施しているという現状である。
 又被申請人は、試験係の担当業務のうち、新製品や改良製品の苛酷試験を製造研
究課に移すこととなつている旨主張するが、このような事実は、本件答弁書におい
て突如主張されたものであり、現場の者は誰も知らず、本件内示以降の工場長らと
申請人の交渉においても一度も出されておらず、従前からの案ではなく、被申請人
が苦しまぎれに作り出した合理化案であるといわねばならない。
 因みに、厚生省のGMP(医薬品の製造及び品質管理に関する基準)によれば、
その九条三項で、品質管理責任者は、製造責任者を兼ねることはできない旨定めら
れており、いわば「作る人が自らテストする」形態が、本来薬事行政のうえでも好
ましくないとされているわけであり、会社の前記移管は、それ自体不合理でもあ
る。
(二) 申請人に対し、興和新薬勤務を命ずることは不当労働行為に当るから本件
命令は無効である。
 申請人は、会社従業員約二〇〇〇名をもつて組織する全興和労連の組合員であ
り、昭和四八年四月から五〇年三月まで支部委員、教宣第二部員、昭和四九年四月
の中央定期大会代議員として活発かつ正当な組合活動を展開し、中でも工場内にお
ける二部作業廃止活動において大きな役割を果してきた。
 会社は申請人のこの組合活動を嫌悪し、申請人と立場を同じくして活動する労働
者の周辺の労働者の配転、転勤、出向を命ずる等の措置をとりつつ、職制を通して
申請人の周囲の労働者に対し、申請人とは話をするな、等言つて孤立化を図り、又
期を一にして、全興和労連としても申請人らの活動を敵視し排除しようとするなど
の労使一体となつた攻撃がかけられて来た。そのため昭和五〇年四月以降申請人
は、支部委員、中央定期大会代議員に立候補落選する結果となつたのであるが、あ
くまでも、職場を明るくし、労働組合の階級的民主的強化のために組合活動により
一層専心してきた矢先、本件命令があつたものである。
 興和新薬の労働組合は、これまでの全興和労連に属さない別異の組織であり、し
かもセールス、プロパーとして一日中外勤することになり、労働組合活動は事実上
不可能となる。
 申請人は全くの異職種、遠隔地への出向については、その内向的性格や労働組合
活動を強化したいとの志向に反するものであることから大変な苦痛を感じている
が、本件命令は、申請人の組合活動を嫌悪し、全興和労連に加入していない興和新
薬への出向を命ずることにより申請人の組合活動を不可能にすることを企ててなさ
れたものであるから、これは労働組合法七条一項に違反し無効である。
(三) 会社は、申請人を日本共産党員であるとみてその故に興和新薬への出向を
命じようとしているのであるから、思想、信条による差別として憲法一四条、労働
基準法三条に違反し無効である。
六 再抗弁に対する認否及び反論
(一) 再抗弁(一)1のうち、申請人が名古屋工場試験係として勤務していたこ
と、右試験係は係員六名全員で一チームを構成していたこと、申請人が入社以来右
試験係員として、完成した薬品の形状、寸法、色等の外観を検査する職務に従事し
ていたこと、及び申請人が興和新薬で担当する業務内容が、薬局や病院へ薬品を販
売し、必要に応じて薬品の効果等を説明するいわゆるプロパーであることは、いず
れも認めるが、その余は否認する。
 本件命令が合理性を有することはつぎに記述するとおりである。
1 業務上の必要性について
(1) 本件異動は、昭和五〇年夏頃三社の常務会において決定された方針であ
る、興和新薬の営業部門の強化を達成するため、昭和五〇年一一月七日以来今回の
配転までに五回にわたつて実施された、会社及び興和紡績から興和新薬への人事異
動の一環としてなされたものである。
 即ち、会社の医薬事業部生産部門で生産された医薬品は、全てその販売部門たる
興和新薬により販売されるため、興和新薬の薬品販売量が増加することにより、当
然会社の業績も上がることになる。
 ところで、会社の業績は昭和四八年末のオイルシヨツク以降、漸次下降線をたど
り、昭和四九年及び五〇年度の経常利益は大幅な赤字を計上することとなり、会社
製造医薬品の販売部門たる興和新薬の経常利益との合計においても、なお赤字を計
上するのやむなきに至つた。
 右興和新薬を含めた会社の経常利益低下の原因は種々あるが、医薬品部門に関し
て述べれば、オイルシヨツクによる原価高、人件費の増大傾向によるところも大で
あると同時に、右原価高、人件費の増大に比して興和新薬の売上率が伸びなかつた
ことによるものである。
 このことは、薬品の製造・販売を業としている他社の売り上げ伸び率と興和新薬
の売上げ伸び率とを比較してみるとおのずから明らかとなる。
 従つて会社は、右会社の経常利益の赤字、ひいては会社医薬品部門の利益低下及
び売上げ伸び率の伸び悩み傾向の中で、昭和五〇年中頃、常務会において、薬品部
門の赤字傾向ひいては会社の経常利益の赤字を解消するためには、薬品部門の研
究、生産部門の人員を削減して、一人当りの生産原価を低くすると共に、薬品の販
売力、販売網を順次増強、拡大する必要がある、との方針を打ち出した。そしてそ
の結果、昭和五〇年以降会社薬品部門の営業強化の一環として継続的かつ定期的に
会社名古屋工場、同富士工場から興和新薬へ人員を補強することとした。
 そして、右決定に従い、昭和五〇年一一月七日より現在まで、富士工場及び名古
屋工場から興和新薬へ左のとおりの転勤が実施された。
<20042-004>
(2) 昭和五二年九月初め頃、会社医薬事業部副事業部長兼新薬営業部門部門長
h(以下hという)は、前記の定期異動の方針に基づき、当時の会社医薬事業部製
造本部長兼富士工場長であつたi(以下iという)に、富士工場及び名古屋工場か
ら興和新薬へ転勤させる適任者を数名人選するよう指示し、これを受けてiは、同
月五日、当時の会社医薬事業部名古屋工場長であつたj(以下jという)に名古屋
工場からの興和新薬への転勤の適任者を二名至急入選するよう指示した。
 そこでjは人選にとりかかり、人選の大きな方向をきめ、さらにそれぞれの担当
課長とも相談の上、本人の適性、家族環境、業務の関連性など様々な観点から判断
して、最も適任と思われる者として、試験課からは申請人を、製造課からはkを、
それぞれ選んだ。
(3) 同年一〇月四日、jは申請人に対し、興和新薬総務本部への転勤を命じる
とともに、総務本部でプロパー業務のための研修が行われるので、これに参加でき
るように、一〇月一一日までに東京の総務本部に赴任するよう指示し、併せて、研
修終了時に配属営業所が決定されることを申請人に説明した。そしてjは申請人に
辞令を交付しようとしたところ、申請人は、辞令の名義が興和新薬となつているこ
とを理由に、右辞令の受領を拒否した。
 別に述べるとおり、三社は一体であつて、辞令の名義が興和新薬となるのは極く
当然のことであり、また今回をふくめ、それまでの会社から興和新薬への転勤は、
全て興和新薬名義の辞令で行なわれていたのではあるが、申請人が辞令の名義上の
ことだけで手続きが進まないのでは困るため、便宜上、会社は同月六日、会社名義
の、会社より興和新薬への転勤を命ずる旨の辞令を作成し、(但し、命令は既に一
〇月三日発せられているので、日付は三日とした)これと、前述の興和新薬名義の
辞令を申請人に交付しようとしたところ、申請人は、会社名義の辞令だけ受領し
た。会社が、その際にも、前述の興和新薬総務本部への転勤命令を再度示達したこ
とはいうまでもない。
 なお、前述の興和新薬名義の辞令に転勤先が総務本部となつているのは、右総務
本部(場所は東京支店)で、プロパーに必要な知識の研修を行い、この研修結果を
勘案の上、さらに配属すべき営業所をきめるためであつて、暫定的なものであり、
最終的には営業部門へ転勤となるものであることは右辞令交付時に申請人に説明ず
みであつて、申請人も十分これを知つていた。
2 人選の合理性について
(1) 会社が、本件の人事異動で申請人を人選したのは、業務の関連性、本人の
年令、性格、家庭環境等、あらゆる方面から見て、合理的に判断した結果によるも
のであり、右人選には何人も異論を挾む余地のない程十分合理性を有するものであ
る。
(2) 前記のとおり、昭和五二年九月五日、iからjに対し、名古屋工場から興
和新薬へ転勤させる適任者を二名至急人選するよう命令があつた。
 jは右命令を受けて、これまでなした名古屋工場から興和新薬への転勤は、すべ
て製造課、製造研究課及び試験課から人選していたため、今回も右三課から人選す
ることとし、右三課のうち、バランスを考え、試験課及び製造課から各一名ずつ人
選することとした。従来三課から人選してきた理由は、これらの三つの課の業務内
容が、プロパーとして業務を遂行する上で応用出来る知識と比較的関連性があり、
又これら三つの課には、機能順応性の高い若い社員が多い、という点にあつた。
 又jは、名古屋工場へ持込まれる当時の製品に対する苦情のうち、変色、亀裂
等、製剤の外観変化に関するものが半分以上を占める程多かつたため、試験課から
人選する者については右の外観変化について、末端に対し、十分説明出来るものを
選出しようと考え、l試験課長と相談したところ、試験係が適任であるとの結論に
達したので、試験係より一名人選することとした。
(3) そこでjは右lと、当時試験係であつた六名(m、n、o、p、q、申請
人)の各自につき逐一検討を加えた。その結果は、次のとおりである。
 mは、当時試験係の主任的地位にあつたため、同人を興和新薬に転勤させること
は、外観安定性試験の作業に支障を生ずるおそれがあり、不可能であつた。nは、
当時結婚したばかりであるため、営業部門へ転勤させるのは酷であった。oは、二
年程前に大病したことがあるため、営業部門を担当させることは、体力的にまだ無
理であつた。pは病弱であるうえに、学歴も中学卒であつて事業所採用資格社員で
あり転勤に適さない。qも、事業所採用資格社員であり、女性であるため、営業に
適さない。以上のような理由により、五名の者は人選からはずさざるを得なかつ
た。
 そこで、jはlと相談のうえ、残る申請人について考慮したところ、申請人は、
高校卒の本社採用資格社員であり、年令も若く、独身であつて転勤は容易であり、
これまでの勤務状況からみて、営業マンとしての事務処理能力及び対人折衝能力も
十分であり、他に興和新薬への転勤につき支障となるような事情も見出せなかつた
ので、申請人を適任者として人選し、申請人の興和新薬への転勤を決定した。
(4) 以上のとおり、申請人を人選したことは極めて合理的、妥当なものである
が、更に申請人の転勤前の業務と転勤後の業務につき説明を補足すると次のとおり
である。
(ア) 申請人は、本件異動までは、試験係として勤務していたものであるとこ
ろ、試験係の具体的業務について詳述すれば以下のとおりである。
a 一般に医薬品は化学物質であるので、長期保存するときには何らかの変化が生
ずる場合が多い。従つて各製品について長期保存後の品質を保証するためには、苛
酷条件下で試験を行い、短期間のうちにその変化を予測しなければならない。
 しかして医薬品の外観の面からその予測を行うことが試験係の義務である。
b そこで試験係において具体的に行われている業務は、まず主として次の通りの
苛酷試験があげられる。
① 耐熱性試験 室温及び加温条件下(四〇度、五〇度)で保存し、その変化を追
跡する。
② 耐温性試験 温度(室温三七度)及び湿度(相対湿度八〇パーセント、九一パ
ーセント)を加味した条件下で保存し、その変化を追跡する。
③ 耐光性試験 キセノンランプ、直射日光を照射したり、室内散乱光による変化
を追跡する。
右各試験の対象医薬品は中間品及び量産実験品であり、試験項目は、その性状とし
て色・におい・形(ヒビ・キレツ・パンク・固化)・PH・沈殿等、性能として崩
壊度・溶出である。
c その他の業務として、保存サンプル試験及び製品試験がある。
① 保存サンプル試験 室温で長期間保存しておいたサンプルを右のような試験項
目について検査することにより、先の苛酷試験との関係を知るためのものである。
即ち苛酷試験による予測をより正確にするためのものである。
② 製品試験 包装終了後の製品について前記の性状の異状の有無・量目の正確
さ・包装仕様の正確さ、表示の正確さをチエツクするものである。
d 以上が、試験係の業務内容である(その他若干の雑務もあるが、本件とは直接
関係がないので、省略する)が、右各業務内容は、試験という言葉を使用している
が、主として各対象医薬品を目で見て記録をなすということが多く、ことさら専門
的知識・技術を要するものではなく、通常の者であれば、数カ月も右業務にたずさ
わつていれば一人前になるものである。
 しかして、申請人は試験係の業務を経験しているので、医薬品の外観変化につい
ては、相当な専門的知識を有していたものということが出来る。更に申請人は、四
年有余にわたる医薬品製造工場における勤務経験から、医薬品に対する相当な知識
を取得していることは云うまでもないところである。
(イ) 次に、申請人の現在の勤務先である興和新薬高松営業所における申請人自
身の業務内容は次のとおりである。
 高松営業所において申請人は、プロパーとして勤務している。プロパーは、更に
主として卸問屋、薬局及び薬店を訪問して、商品説明を行い、医薬品の販売促進を
担当する「薬粧部」と、卸問屋、病院、診療所及び開業医に対して学術宣伝情報を
伝達し、販売促進を行う「新薬部」に分かれているが、申請人は「薬粧部」に所属
している。
 そして、薬粧部営業部員の基本的な業務は、卸問屋、薬局及び薬店に対し販売す
る医薬品や医薬部外品等について、その本質である「有効性」と「安全性」を周知
徹底せしめると共に、過誤のない用法、用量及び保管方法について説明し、販売促
進を行うことである。又右業務に付随する重要な業務は、販売先及び末端消費者か
らの会社製品或いは医薬品全般についての要望、意見、苦情等を積極的に吸収し的
確な処理を行うことである。
(ウ) ところで、プロパーの業務は、申請人のように直接医薬品の製造に関係の
ある試験係の業務に携わつてきた者にとつて、そこで得られた知識と、経験が充分
役立つものであることは自明のことであり、又末端消費者からの苦情のうち、外観
変化に関するものが多いことからすれば、申請人の名古屋工場における業務と、高
松営業所における業務には、充分な関連性があるといえるのである。
(エ) 更に興和新薬は今回申請人をプロパー業務に従事せしめるにあたり、一ヵ
月余の研修期間を置き、他の者とともに、プロパーの初歩からの教育をした。
(5) 又申請人の現在の勤務状況からみても、申請人を人選したことが妥当であ
つたことは明らかである。
 即ち、申請人の高松営業所での勤務はまじめであり、業務に対する努力も怠つて
おらず、プロパー業務をほぼ支障なく遂行している。更に担当業務内容の変化につ
いては、当初は、多少のとまどいがあつたかもしれないとしても、年齢的に若く、
適応力があるため、十分これに対応している。
 更に申請人は、本件転勤によつて格別の不利益を受けていない、といつても過言
ではない。
 以上は、申請人を人選したことが、業務上の関連性からも、本人の適性からも、
家庭環境等その他もろもろの事情からも総合的に判断して、極めて合理性ある妥当
なものであつたことを如実に示しているものと云える。
(二) 再抗弁(二)のうち、申請人が全興和労連の組合員であること、興和新薬
の労働組合が、全興和労連に属さない別異の組織であることは認めるが、申請人
が、昭和四八年四月から昭和五〇年三月まで支部委員、教宣第二部員、昭和四九年
四月の中央定期大会代議員として活発かつ正当な組合活動を展開し、中でも工場内
における二部作業廃止活動において大きな役割を果してきたこと、及び昭和五〇年
四月以降、支部委員、中央定期大会代議員に立候補したが落選したことは、いずれ
も不知、その余は全部否認する。
 又興和新薬の全従業員並びに会社及び興和紡績株式会社(以下興和紡績という)
の営業担当事業所勤務従業員は、別に興和労働組合を組織しているが、興和労働組
合と全興和労連とは、要求の設定、闘争スケジユール及び妥結水準等について、緊
密な連絡をとりながら活動している。
(三) 再抗弁(三)は否認する。
第三 疎明関係(省略)
       理   由
一 申請の理由(一)項中、申請人が名古屋工場勤務者として採用されたこと、会
社が発した内示が大阪支店勤務を命ずる旨の内示であつたこと、申請人が、興和新
薬への本件異動については、異議をとどめてこれを受けとるつもりであつたこと、
名古屋工場長が、辞令及び就業規則に基づき昭和五二年一〇月一三日までに赴任せ
よと云い赴任先については、当日朝聞きに来れば話すと述べたことを除き当事者間
に争いがない。
二 そこで先ず本件命令の性質につき判断する。
(一) 会社と興和新薬との関係並びに社員採用手続について
 前記一掲記の事実に成立に争いない疎乙第一ないし第四号証、第八ないし第一三
号証、第一五、一八、三九号証、証人fの証言及びこれにより成立を認められる疎
乙第五ないし第七号証、第二一号証、第二五号証(欄外の記載以外は成立に争いが
ない)、第二七ないし第二九号証、第三一ないし第三三号証、第四〇号証、弁論の
全趣旨により成立を認められる疎乙第二〇号証の一ないし一二、証人jの証言及び
弁論の全趣旨を併せ考えると以下の事実が認められる。
1 三社の関係について
 会社は、興和紡績及び興和新薬と共に、二〇数社の関連会社が形成している通称
「コーワ・グループ」の中核会社であり、事業目的は、医薬品の製造等である。そ
の資本金は一八億円、従業員は昭和五二年一二月末日現在で約二四〇〇名である。
会社は、名古屋市に本店を有する外、事業所として東京等三支店、札幌等四出張
所、一研究所、四工場、三センターを有している。会社の事業は生産部門と商事部
門の二つに大別され、このうち生産部門については、更に医薬品の開発、製造、品
質管理を行う医薬事業部と電機光学製品の製造、販売を行う電機光学事業部に分か
れ、商事部門は、各種素材の繊維製品の商取引を行う繊維事業部と繊維以外の各種
の物質、商品の商取引を行う非繊維事業部に分かれている。
 興和新薬は、会社と共に、コーワ・グループの中核を占めているが、会社の医薬
事業部で研究、開発、製造される医薬品検査用試薬等の販売活動を担当する資本金
一億円の会社であり、従業員は昭和五二年一二月末現在で約五八〇名である。興和
新薬の本店所在地は、会社のそれと同一であり、事業所としては、東京等四支店、
札幌等四出張所、高松等九営業所がある。部門としては、主として薬局、薬店を訪
ねて商品説明を行い、販売、促進をはかる業務を担当する薬粧部と、病院、開業医
を訪ねて商品説明を行い、販売促進をはかる業務を担当する新薬部に分かれてい
る。
 これら三社設立の沿革は明治二七年に遡る。その年に創設された服部兼三郎商店
(綿布問屋)は、大正元年個人経営から会社組織に変更して株式会社服部商店とな
つたが、昭和一四年当時の商工省の指示に従い、綿紡織部門と商事部門とを分離
し、綿紡織部門は興和紡績に、商事部門が会社になつた。更に会社は、第二次大戦
後、医薬品製造業にも進出し、その充実、発展に伴い、昭和二九年にその販売部門
を担当すべく、興和新薬が設立された。右興和新薬設立の経緯は、当時会社(当時
の商号は興服産業株式会社)が製造する医薬品の販売を株式会社中村滝商店を通じ
て行つていたところ、同商店の経営が行き詰つたために、会社で製造する医薬品
は、会社自ら販売するということで設立されたものであり、いわば会社の販売部門
の設立といえるものであつた。
2 三社の運営について
 三社の取締役社長は昭和三四年八月以降いずれもaであり、bその他三社間の役
員、役職を兼務している者は非常に多い。
 三社の経営にかかわる事項についての立案、決定をする諸会議は、取締役会、常
務会、店長・工場長会議等の上級会議から、社員管理に関する労務部会等の下級会
議に至るまで、常に三社区別することなく合同で開催されている。
 三社の本店は、全て興和ビルという同一の場所にあり、同ビルの中では、三社の
業務が実質的に一体として行われている(例えば、三社には形式的には人事部が存
在するが、各別に人事業務を行う部屋を置かず、三社の人事部として同一部屋で全
ての人事部員が三社の人事業務を手分けして共通に行つている。)
3 三社の従業員について
 就業規則を始めとする三社の各諸規則、諸規定も就業規則等各事業所の実態に即
して作成されるものを除いては、殆んどのものが三社共通に作成適用され、三社の
従業員は、三社間を異動してもその労働条件において大部分が共通である。その結
果三社間で如何なる異動をしても、例えば退職金、退職年金支給の基礎となる勤続
年数は相互通算されるし、出張旅費、慶弔・見舞金等も全て同額である。又各種の
社会保険に関する事項、社宅、保養所等福利厚生の面においても、三社共通に取扱
われている(但し三社の従業員の加入している全興和労連と興和労組は、会社側と
の交渉に当つて緊密な連絡はとり合つているが上部団体或いは生産事業所と営業事
業所との差異等から、要求の設定、妥結条件等は別々になつている)。一方コー
ワ・グループには、化学労組、光器労組、紡績労組、興和労組の四組合が存在す
る。化学労組は会社の医薬事業部の生産研究事業所従業員により組織され、光器労
組は、会社の電機光学事業部の生産事業所の従業員により組織され、紡績労組は、
興和紡績の生産事業所従業員により組織され、興和労組は三社の営業(非生産)事
業所の従業員により組織され、そのうち化学労組、光器労組、紡績労組の三組合は
全興和労連を組織しており、全興和労連はゼンセン同盟の傘下に属している(以上
の事実は当事者間に争いがない)。
4 三社における社員採用手続について
(1) 三社は、社員区分について共通の制度を採つており、その大要は以下のと
おりである。
 本社採用資格社員
 おおむね高校卒業以上の学歴を有する者で、三社の本店が、後に認定する「一括
求人・採用」方式によつて、職種、勤務地を特定しないで採用した社員であり、本
店採用資格社員ないし等級社員とも呼ばれている。
 事業所採用資格社員
 学歴は、主として中学校、高校卒業の者で、三社の各社の各事業所がそれぞれ独
立して求人活動を行い事業所毎に採用した社員であり、原則として他事業所への異
動は行わない社員であり、事業所採用資格社員と呼ばれている。
 そして右本社採用資格社員と事業所採用資格社員は、三社において人事、賃金体
系等において区別されている。
(2) 本社採用資格社員の採用については、一括求人・採用方式をとつている。
これは三社を全く共通の経営体とみて、その中で会社の人事部が主体になつて同一
基準で求人、選考、採用を行い配属をきめる方式である。具体的には、会社の人事
部が主体になり、三社共通の入社案内、会社案内等のパンフレツトを作成配付する
と共に、入社試験を共通に行う(採用内定は、一応会社の名で行い、その後三社の
いずれかへの配属を会社人事部が行う。正式採用は、配属先という意味で、右三社
のうちの各社の名義で入社式に辞令を出すことによつてなされる。そして後日社内
配転と同一手続によつて各社間での異動が行われる)。
 そして以上の採用方式は、入社案内等のパンフレツトに明記され、求人の際に応
募者に対しても、学校事務局や教員等にも明示される。又応募者の会社訪問、求人
説明会、採用担当者の学校訪問等の機会に口頭で説明し、面接段階に至り、三社の
一体性、人事交流の頻繁性その手続が社内配転という考え方で広く行われているこ
と等を伝えている。又採用内定後の新入社員教育テキストが内定者に送付される
が、これにも三社の人事異動が社内転勤という考え方で広く行われる旨記載されて
いる。
5 申請人の採用について
 申請人は、昭和四七年三月、一括求人・採用により本社採用資格社員として職種
の特定も、勤務地の特定もなく、三社に採用され、会社に配属され名古屋工場にお
いて就労してきた。
 申請人は昭和四六年七月当時愛媛県立北宇和高校食品化学科に在学していたとこ
ろ(この点は当事者間に争いがない)、会社名古屋工場労務課員dは、同校に行
き、同校進路指導室において、同校食品化学科長同席の下に、三社の一括求人に応
募する意思表示を示していた申請人に対し、次の内容にわたる本社採用資格社員の
求人説明事項の外、三社の事業内容、雇傭条件等につき詳細な説明をした。即ち、
dは、本社採用資格社員の求人説明の際必ずなすべきとされている事項(会社より
説明を指示されていた留意事項)として、申請人に対し(ア)本社採用資格社員は
三社一括求人・採用であること(イ)本社採用資格社員は事業所採用資格社員と異
り、勤務地及び職種を特定せず、三社の幹部候補社員として採用すること(ウ)本
社採用資格社員は、将来三社間を社内転勤と同一手続によつて異動を命ぜられる可
能性があり、その異動は、社内で頻繁に行われていること(エ)本社採用資格社員
の採用決定権は、本店にあるので、自分は名古屋工場の求人担当者であるが、本店
人事部を代理していることについて説明したところ、申請人は無言でうなづいてい
た。特に申請人は、技術学科を卒業しても、職種を特定しないで採用するという雇
傭条件については、d自身電気科を卒業しているにも拘らず、医薬品の製造に携わ
りなおかつ当時労務課に所属して求人業務をしているといつた経験談を交えながら
説明したりした。
 又会社作成の本社採用資格社員求人用のパンフレツト(その中には三社の一体
性、三社の一括求人・採用、三社間の異動の可能性等が明示されている)も申請人
に同日頃交付されていた。更に申請人は、昭和四六年八月頃会社名古屋工場を見学
し、その際dが工場を案内すると共に、申請人に対し、三社の一体性、三社間で
は、社内転勤という考え方で、頻繁に人事異動が行われており、申請人が当初いず
れの事業所に配属されるか分らないが、勤務先が当初の事業所に特定されるわけで
はなく、会社の他の事業所或いは、興和紡績、興和新薬等の各事業所に転勤を命ぜ
られるかも知れない旨説明し、申請人はこれに対し、よく分つたと返事した。
 そして申請人は、昭和四六年九月「三社宛」の入社志望票を提出した。昭和四六
年一〇月一日、会社は筆記試験等を行い、翌二日面接試験を実施し、申請人は、い
ずれもこれを受験した。申請人に対する面接試験は、g会社人事課長を含む五名の
面接委員によつて行われ、その際同課長らは、入社志望票に記載してある申請人の
希望職種、希望勤務地に関して、職種、勤務地が特定されることはないこと、採用
後最初にどの事業所に配属されたとしても、三社間の転勤の可能性があることにつ
いて、これに応ずるか否かを質したところ、申請人は「結構です」と回答したた
め、同課長は、所携の申請人の入社志望票コピー(疎乙第二五号証)の「希望する
職種とその理由」欄及び「希望する勤務地とその理由」欄の各欄外にそれぞれ「他
職種O・K」「他勤務地O・K」と記載した。
(二) 申請人の労働契約上の地位について
1 以上の事実を前提に申請人の雇傭関係を考えるに、申請人は、前認定のとお
り、本社一括求人という方法で三社共通の入社試験を受け、三社一括という方法で
採用されてはいるが、その後配属という形で会社勤務に定められ以後継続して同会
社で就労していることを考慮すると、配属の段階までに、申請人と会社との間に本
社採用資格社員として雇傭関係が結ばれたと認められる。即ち三社に採用されると
いう経過を経ながら前認定のような経緯をたどつて結局会社との間で労働契約が成
立したものと認めるのが相当である。
 そして申請人は、本社採用資格社員としての地位を有するものであるから、会社
との間で契約関係は成立しているものの、それのみに止まらず、勤務地及び職種の
特定がなく、会社内部は勿論、将来は三社間をも社内転勤と同一の手続によつて異
動を命ぜられることがあるという、そのような地位にあつたというべきである。
2 申請人は、会社名古屋工場勤務者として職場を特定され、かつ試験課員として
職種を特定されて入社したと主張する。そしてその裏付けとして(ア)申請人は会
社名古屋工場からの求人に応じたこと(イ)申請人の出身高校に送付された求人票
に申請人主張の記載があつたことをあげる。
 そこで先ず(ア)の点を考えるに、申請人が本社採用資格社員として採用された
ことは前認定のとおりであるところ、前掲疎乙第三一号証、成立に争いない疎乙第
二六号証、弁論の全趣旨により成立を認められる疎乙第五一号証及び証人fの証言
を併せ考えると、結局便宜的に名古屋工場が申請人の求人事務を担当したに過ぎな
いことが認められるからこの点についての申請人の主張は理由がない。
 次に(イ)の点を考えるに、求人票に申請人主張の記載があつたことを認めるに
足りる疎明はない。
 その他成立に争いない疎甲第二ないし第四号証、第六号証、第一六ないし第二二
号証、申請人本人尋問の結果及びこれにより成立を認められる疎甲第五、一一号
証、原本の存在及び成立に争いない疎甲第二九号証、前掲疎乙第一五号証によつて
は、未だ申請人が勤務地、職種を特定して入社したものでないとの前認定を左右す
るに足りず、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。
3 そして前認定のような採用方法は、前認定のとおり採用時までに、応募者に十
分周知、説明されている以上、労基法二条、一五条に反するとは云えない。
 その他前記1ないし3の認定に反する前掲疎甲第一一号証、弁論の全趣旨により
成立を認められる疎甲第三二、四二号証、申請人本人尋問の結果は採用できず、弁
論の全趣旨により成立を認められる疎甲第三三号証によつては、未だ右認定を左右
するに足りず、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。
(三) 本件命令について
 以上の事実を基礎に、申請人に対する本件命令が単なる社内配転命令に過ぎない
のか、出向命令に当るのかを判断するに、労働者の労働契約上の債務履行は同契約
上の債権者たる使用者の労務指揮のあり方と深いかかわりがあることを考えると、
特段の事情が認められない限り契約において当事者とされた者以外の者の指揮命令
に服することになるか否か、換言すれば使用者たる者の法人格の異同を基準に出向
か否かを決すべきものと解する。すると、本件において、三社の沿革、人事、経
営、社員の採用方式、勤務条件、福利厚生等が法人格を異にするに拘らず、密接不
可分の関係にあり、現在実態上一つの会社に近い状態で運営されていることは、認
められるけれども、少くとも申請人の雇傭関係を法律的見地から見ると、会社と興
和新薬は法人格を異にし、申請人が労務を提供する際の具体的指揮権者は法的に変
更するものと認められるから、本件においては興和新薬に勤務すべき旨の命令をい
わゆる出向(在籍出向)に当るものと解して以下判断を進めるのが相当である。
三 つぎに本件命令の効力につき判断する。
(一) 会社における出向に関する制度と実績
 申請人の本件命令前の職場は、会社名古屋工場であり、同工場の就業規則六条に
は、「従業員は工場の都合で傍系会社、工場に転勤を命じ、または職場ならびに職
種の変更を命ぜられる事がある。前項の場合、従業員は正当な事由がなければこれ
を拒むことはできない。」と定められており(以上の点は当事者間に争いがない)
右規定にいう傍系会社とは興和紡績、興和新薬の二社を指しており、本件命令まで
は、社内転勤と同一の手続で異動が行われていた(この事実は証人fの証言により
認められる)。
 本社採用資格社員の三社間の異動については、申請人入社当時の前後を通じ、社
内転勤と同一の手続によりなされており、三社の社員も一般に当然のこととして異
議をとどめることなく受けとめているのが実態である(昭和四三年三月二〇日から
昭和五二年九月三〇日までの一〇年間に延べ二一八名が三社間を社内転勤手続によ
つて異動している)。
 そして前認定のとおり本社採用資格社員の人事異動については、三社を一括する
存在として、一つの人事部即ち「三社の人事部」が三社全体の業務上の考慮に基づ
き決定、実施している。
 右のような異動において昭和四七年から昭和五二年三月末日までは、例えば、本
件異動のように会社から興和新薬に異動する場合であれば、三社の連名で「興和新
薬○○○部勤務を命ずる」という形式の辞令が交付され、それ以外の時代は、異動
先の三社のいずれかの会社名の辞令が交付され、このような取扱について組合から
も他の従業員からも異議等が述べられたことは一切なかつた。
 即ちこのような従業員の認識は古くから三社において培われており労働組合(全
興和労連)も認識していたし、本件命令に対しても全興和労連としては異議を述べ
ていない(以上の事実は、前掲疎乙第二一、二九、四〇号証、証人fの証言により
認められる)。
(二) 入社時における申請人の同意
 前記二、(一)に認定した如く、申請人は、本社採用資格社員として採用された
こと、その際申請人は、会社から、本社採用資格社員は勤務地及び職種を特定せ
ず、三社の幹部候補社員として採用すること及び本社採用資格社員は、将来三社間
を社内転勤と同一手続によつて異動を命ぜられることがあり、その異動は社内で頻
繁に行われていることなどの説明を受けたこと、これに対し申請人は、承諾の意思
を表明し、その結果会社に採用されるに至つたことが認められるから、申請人は採
用の際に会社の出向制度を理解し、将来における興和新薬等への出向について予め
包括的同意を会社に与えたものということができる。
 申請人は、右会社側の説明は、一般的なものであつて、異議を述べないことをも
つて同意とみなすことは不当である旨主張するが、右説明の時期や対象者の点を考
慮すると、右は単なる一般的解説に止まるものではなく、入社申込者に対する採用
者側の労働条件に関する申込とみるべきものであり、前認定の如く、申請人は、自
己に関する労働条件としてその説明を聞き、承諾の趣旨を申し述べていることが明
らかであるから、右主張は採用できない。
(三) 会社の出向命令権の根拠
 以上(一)、(二)の事実を併せ考えると三社の実質的一体性が高度であり、実
質上同一企業の一事業部門として機能していて、いわゆる親子会社における関係以
上に密接不可分の関係にあること、又統一的な人事部門によりほゞ統一的な人事労
務管理がなされ、従前三社間の人事異動は、転勤とみなされていた実態等があるこ
と、このような実態を背景として、申請人は、細部にわたつて詳細にとは云えない
までも、右の基本的構造を、採用時に説明を受け、これを了承して入社したものと
認められるから、右申請人の採用時の右包括的同意に基づき使用者たる会社は、申
請人に関する将来の他の二社のうちのいずれかへの出向を命ずる権限を取得したも
のといわねばならない。
 申請人は、出向については出向を命ぜられる者の同意が必要であり、その同意は
入社時の包括的同意では足りず、出向先等を明示した会社側の個別的、具体的条件
の提案に対する個別的同意でなければならないと主張する。しかしながら労働者の
出向を拒む利益、即ち契約における当初の使用者のもとで労務に服する利益を、一
身専属的なものとみて、これを放棄しまたは他に委ねるには、当該権利者の同意を
必要とするという趣旨に解するならば、それは真に同意に価するものである限り、
明示とか個別的なものに限る理由なく、暗黙或いは包括的態様のものでも足ると解
すべきである。もつとも有効な合意とみるためには、それが労働者の十分なる理解
のもとでなした真意に基づくものであることが必要であり、また内容が著しく不利
益なものや、将来不利益を招くことが明白なものであつてはならないことは当然で
ある。更にまた同意をした当時と出向命令時との間に関連会社(出向先)の範囲に
変動があつたり、出向先の労働条件に変化があつて、労働者に不利益な事情変更が
あつたような場合には、包括的同意を根拠として出向を命令することは問題であろ
うが、そのような場合ではない限り、使用者は事後的に、包括的同意の効力の範囲
内において具体的出向命令を発し得ると解するのが相当である。
 本件では、申請人主張の如き個別的同意は認められないが、入社の際明示の包括
的同意があつたことは前認定のとおりである。そして前述の如く当時会社には就業
規則上出向に関する規定がおかれ、社内の出向手続も制度として確立していたこ
と、そして右手続に従つて多数社員が関連会社に出向していた実績があること、出
向先は三社と限定されており、この三社間では労働条件は大部分が共通であり、出
向によつて特に経済的不利益はないこと、申請人に対しては十分なる説明がされて
いることなどの状況がみられ、これらは、申請人の右同意が真意に基づくものであ
ることの認定を補強する事情であるとともに、右同意の内容が相当であることを裏
付ける事情ともなると解されるのであつて、右事情を総合して判断すると、申請人
がなした包括的同意は、軽卒によるものとか、正当性を欠く意思表示であるなどと
はとうてい認め難く、真意に基づく同意としての内容に即した法的効果を生ぜしめ
るに価するものと認めるのが相当である。申請人の右主張は採用できない。
 以上によると会社は申請人に対して、入社時の契約に基づき包括的出向命令権を
取得していたものというべく、本件命令は右権限の行使として右同意の趣旨の範囲
内において行われたものと認めるのが相当である。
 以上の認定、判断に反する前掲疎甲第一一号証、申請人本人尋問の結果は採用で
きない。
四 権利の濫用であるとの点について
 次に本件出向につき前認定の如き根拠があつたとしても、本件命令が必要性又は
合理性を欠くなどの理由により権利の濫用に当るということになれば、右命令は無
効というべきであるから以下これらの点につき検討する。
(一) 必要性について
 前掲疎乙第二一号証、成立に争いない疎乙第三四号証の一・二、第三五号証、証
人fの証言及びこれにより成立を認められる疎乙第三六、三七号証、証人jの証言
及びこれにより成立を認められる疎乙第一七号証、弁論の全趣旨及びこれにより成
立を認められる疎乙第四四号証を併せ考えると以下の事実が認められ、右認定に反
する前掲疎甲第一一号証、申請人本人尋問の結果は採用できず、前掲疎甲第三二、
第四二号証によつては、未だ右認定を左右するに足りず他に右認定を左右するに足
りる疎明はない。
1 会社の医薬事業部生産部門で生産された医薬品は、全てその販売部門たる興和
新薬により販売されるため、興和新薬の薬品販売量が増加することにより当然会社
の業績も上がることになる。
 ところで会社の業績は、昭和四八年のオイルシヨツク以降、漸次下降線をたど
り、昭和四九年、五〇年度の経常利益は、大幅な赤字を示すことになり、会社製造
医薬品の販売部門たる興和新薬の経常利益との合計においてもなお赤字を計上する
ことになつた。右興和新薬を含めた会社の経常利益低下の原因は種々あるところ、
医薬品部門に関しては、経常利益低下の原因は、オイルシヨツクによる原価高、人
件費の増大傾向によると同時に右原価高、人件費の増大に比して、興和新薬の売上
率が伸びなかつたことによる。昭和五〇年度の決算が赤字になることは当初から予
測されたので、会社は、同年中頃、常務会で右赤字解消のため、薬品部門の研究、
生産部門の人員を削減して、一人当りの生産原価を低くすると共に、薬品の販売
力、販売網を順次増強、拡大する方針を打出し、昭和五〇年以降会社薬品部門の営
業強化の一環として継続的かつ定期的に会社名古屋工場、会社富士工場から興和新
薬へ人員を補強することとした。
 右決定に従い、昭和五〇年一一月七日から昭和五二年四月一日まで富士工場及び
名古屋工場から興和新薬へ被申請人主張のとおりの員数の人事異動がなされた。
2 本件出向は、前認定のとおり昭和五〇年夏頃三社の常務会において決定された
方針である興和新薬の営業部門強化のため、昭和五〇年一一月七日以来本件出向ま
でに五回にわたつて実施された会社及び興和紡績から興和新薬への人事異動の一環
としてなされた。
 昭和五二年九月初め頃、会社医薬事業部副事業部長兼興和新薬営業本部長hは、
前記の定期異動の方針に基づき、当時の会社医薬事業部製造本部長兼富士工場長で
あつたiに、富士工場及び名古屋工場から興和新薬へ異動させる適任者を数名人選
するよう指示し、これを受けてiは、同月五日、当時の会社医薬事業部名古屋工場
長であつたjに名古屋工場からの興和新薬への異動の適任者を二名至急人選するよ
う指示した。その結果、試験課からは後に認定する事情から、申請人が選ばれた。
3 してみれば本件異動に至る業務上の必要性について、これを否定する事情は認
めるに足りず、会社としては、本件異動について、業務上の必要性を有していたと
認めるのが相当であり、これに反する申請人の主張は採用できない。
(二) 人選の合理性について
1 前認定の事実に、前掲疎甲第一一号証(一部)、疎乙第一七号証、成立に争い
がない疎乙第四五号証の一・二、第四六号証、証人fの証言により成立を認められ
る疎乙第四一号証、弁論の全趣旨により成立を認められる疎乙第五二号証、証人j
の証言、申請人本人尋問の結果(一部)及びこれにより成立を認められる疎甲第二
六号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ右認定に反する、申請
人本人尋問の結果により成立を認められる疎甲第二五、二七、二八、三〇号証、並
びに疎甲第一一、二六号証及び申請人本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は
採用できず、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。
(1) 前認定のとおり二名の人選を命ぜられたjは、それまでなした名古屋工場
から興和新薬への異動は全て製造課、製造研究課及び試験課からであつたため、今
回も右三課から人選することとし、バランスを考え試験課及び、製造課から各一名
ずつ人選することとした。従来右三課から人選して来た理由は、右三課の業務内容
が、プロパーとして業務を遂行するうえで、応用出来る知識と比較的関連性があ
り、右三課には、機能順応性の高い社員が多いという点にあつた。
 又jは名古屋工場に持込まれる当時の製品に対する苦情のうち、変色、亀裂等製
剤の外観変化に関するものが半分以上を占める程多かつたため、試験課から人選す
る者については、右の外観変化について、末端に対し、十分説明出来るものを選任
しようと考え、l試験課長と相談したところ、試験係が適任であるとの結論に達
し、同係から一名人選することとした。そこでjは当時試験係であつた六名(m、
n、o、p、q、申請人)につき右lと逐一検討を加えた。その結果は次のとおり
であつた。
 右mは、試験係の主任的地位にあつたため、同人を異動させることは、同係の作
業に支障を生ずる、右nは結婚したばかりであるから異動は酷である、右oは二年
程前に大病をしたことがあるため営業部門を担当させることは、体力的に無理であ
つた、右pは病弱であるうえに、学歴も中卒で、事業所採用資格社員であり、転勤
に適さない。右qも事業所採用資格社員であり、女性でもあるから、営業に適さな
いということから人選からはずさざるをえず、他方申請人は高校卒の本社採用資格
社員であり、年令も若く、独身であつて、異動は容易であり、性格やそれまでの勤
務状況からみて、営業部員としての事務処理能力及び対人折衝能力も十分であり、
他に興和新薬への異動につき支障となるような事情も見出せなかつたので、申請人
を適任者として人選し、申請人の興和新薬への異動を決定した。
(2) なお申請人の異動前の業務と異動後の業務の関連性は、次のとおりであ
る。
 申請人は本件出向までは、試験係として勤務していたものであるが、その具体的
業務は、被申請人が主張する第二、六(一)2(4)(ア)aないしcのとおりで
ある。
 そして申請人は同係の業務は経験しているので、医薬品の外観変化については、
相当な専門的知識を有していたものということができ、更に四年余に亘る医薬品製
造工場における勤務経験から、医薬品に対する相当な知識を取得していた。
 他方申請人の現在の勤務先である興和新薬高松営業所における申請人の業務内容
は次のとおりである。
 申請人は高松営業所「薬粧部」に所属し、徳島県担当のプロパーとして勤務し、
主として卸問屋、薬局及び薬店を訪問して薬品説明を行い、医薬品の販売促進を担
当している。そして薬粧部営業部員の基本的な業務は、卸問屋、薬局及び薬店に対
し、販売する医薬品や医薬部外品等について、その本質である「有効性」と「安全
性」を周知徹底せしめると共に、過誤のない用法、用量及び保管方法について説明
し、販売促進を行うことである。
 又右業務に付随する重要な業務は、販売先及び末端消費者からの会社製品或い
は、医薬品全般についての要望、意見、苦情等を積極的に吸収し、明確な処理を行
うことである。
 そして申請人は、従前習得した技術面の知識経験を十分に生かして営業活動を行
つている。
 申請人は高松営業所で真面目に勤務し、プロパー業務を支障なく遂行し、対人的
にも適応し、本件出向により格別の不利益を受けていない。
2 申請人は、本件異動により試験係業務に支障を来たす不合理があると主張する
が、前掲疎乙第一七号証、証人jの証言及びこれにより成立を認められる疎乙第二
四号証によれば、会社は新たに開発又は改良された薬品についての外観試験は、薬
品の開発や改良を業務としている製造研究課に開発、改良と共に一貫して実施させ
た方が能率的であると考えていたため、申請人の異動を機会に右業務を試験係から
研究課に移管したこと、右業務移管は医薬品の製造及び品質管理に関する基準(い
わゆるGMP)に抵触することもないと認められ、前掲疎甲第二五ないし二七号
証、第三〇号証、申請人本人尋問の結果をもつては未だ右認定を左右するに足り
ず、他に右認定を覆して申請人の主張を認めるに足りる疎明もないから申請人の右
主張は採用できない。
 してみると本件人選については、申請人主張のような不合理があつたとは認めら
れず、相当なものであつたと云わざるを得ない。
(三) 前認定のとおり申請人には、本件異動によつて通常の出向に伴う負担以上
の特段の不利益を強いられているような事実はなく、その他本件出向が権利の濫用
と認めるに足りる疎明はない。
五 不当労働行為であるとの点について
 申請人が全興和労連の組合員であり、興和新薬の労働組合は、全興和労連に属さ
ない別異の組織であることは、当事者間に争いがなく、前掲疎甲第一一号証、申請
人本人尋問の結果及びこれにより成立を認められる疎甲第八ないし第一〇号証によ
れば、申請人は、昭和四八、四九年の二年間にわたりその所属していた化学労組名
古屋支部の支部委員、中央定期大会代議員等として、組合情報活動や女子の交代制
勤務の廃止、寮の食事問題等の面で活動して来たことが認められ、その間他の組合
員と共に、労働組合活動のあり方等につきビラ配布等の活動を行う等をして来たこ
とが認められるけれども、本件命令は前記(一)、(二)に認定判断したとおりの
会社の真の業務上の必要性に基づき、合理的な人選をなした結果なされたものと認
める外なく、前に認定した申請人の組合活動及び前掲疎甲第七、八、一〇、一一、
二八、三二号証、弁論の全趣旨により成立を認められる疎甲第四四号証を併せ考え
ても、未だ本件命令をもつて申請人の正当な組合活動を嫌悪し、申請人の組合活動
を不可能にすることないしは組合活動をなしたことの故に申請人を不利益扱するこ
とを企ててなされたものとは認められず、又本件命令を発するにおいて会社が特に
申請人の組合活動の便宜を計らなければならない事情も認められず、他に申請人の
主張を認めるに足りる疎明はないから不当労働行為であるとの申請人の主張は採用
し難い。
六 思想、信条による差別であるとの点について
 右主張については、前掲疎甲第七、八、一〇、一一、三二、三四、四二、四四号
証、申請人本人尋問の結果及びこれにより成立を認められる疎甲第九号証をもつて
は、未だこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。
七 以上により、申請人の主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない
からこれを却下し、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決す
る。
(裁判官 井上孝一 佐藤壽一 島本誠三)

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