弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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(主  文)
被告人を懲役14年に処する。
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
(犯行に至る経緯)
 被告人は,青森市において出生し,同市内の商業高校を卒業後,埼玉県内の私立
大学経済学部に進学し,同学部を卒業して昭和55年4月に青森市内の実家に戻
り,青森県庁に勤めていた父親の紹介により,同年6月からB公社(以下,「公
社」という。)に臨時職員として採用され,昭和57年4月には公社の正職員とな
り,平成5年4月に公社の総務部総務課主査に昇進した。
 被告人は,公社に採用されて以来,一貫して公社の経理業務を担当してきたが,
公社の現金及び預金の保管権限を有する総務部長及び総務課長らは,青森県庁から
の出向者が多く,在職期間が短いこともあり,公社の経理事務に通じていなかった
ため,被告人が,その命を受け,事実上,公社の現金及び預金の保管権限を含む経
理業務全般の実質的な決定権限を委ねられていた。平成9年4月,被告人の他に公
社の経理業務を担当できる職員を育成するために配置転換が行われ,被告人は公社
の総務部企画課主査となったが,被告人が企画課に異動すると直ちに公社の経理業
務に支障が生じるようになったことから,被告人は,総務部長の指示を受け,企画
課に所属しながら,従前どおり,事実上,公社の現金及び預金の保管権限を含む経
理業務の実質的な決定権限を委ねられ,公社の経理業務に従事していた。被告人
は,平成10年4月,公社の総務部総括主査に昇任し,総務部長及び総務課長とと
もに現金・預金の保管権限を有する立場となり,平成13年4月には総務部主幹と
なり,その後懲戒免職となるまで,継続して,公社の現金及び預金の保管権限を含
む経理業務全般を掌る職務に従事していた。
 被告人は,昭和55年ころから,スナック等で遊興し,その費用を捻出するた
め,消費者金融会社から借金をしては返済に追われるようになり,昭和58年から
平成4年にかけて,その返済に窮し,父親に少なくとも3回に渡り合計1000万
円以上の借金の肩代わり返済をして貰ったが,その後も借金がなくなることはなか
った。被告人は,平成5年夏ころ,借金の取立てが公社にまで来るようになったこ
とから,その返済資金を捻出するため,家出をして札幌市まで赴き,建設現場で作
業員等として稼働し,約2か月もの間,公社を無断欠勤したことがあった。被告人
は,青森市に戻り,公社の上司らから説明を求められて,借金等について正直に告
白し,解雇されかけたものの,被告人の従姉の夫で公社の前の専務理事を務めてい
た者の取成しにより,始末書を提出しただけで解雇を免れることができた。
 しかし,被告人は,その後もスナック等での遊興をやめることができず,借金を
膨らませていった。被告人は,もはや父親を頼ることはできず,さりとて他に返済
資金を捻出する目処もなかったことから,従前から公社組織に対し抱いていた不満
も相俟って,事実上,経理業務全般の実質的な決定権限を委ねられていたことを奇
貨とし,口座振替であれば上司の決裁が不要であることから,口座振替を装って公
社の預金を払い戻し,払い戻した預金を,別口座に振り替えることなくそのまま持
ち出して,消費者金融会社に対する返済資金や遊興費に充てることとした。
(罪となるべき事実)
 被告人は,公社に勤務し,平成5年4月1日から平成9年3月31日まで総務部
総務課主査として,同年4月1日から平成10年3月31日まで同部企画課総括主
査として,同年4月1日から平成13年3月31日まで同部総括主査として,同年
4月1日から同年10月24日まで同部主幹として,公社の資金の運用及び現金・
預金の保管等の業務に従事していたものであるが,
第1 平成6年10月13日,青森市ab丁目c番d号所在の株式会社C銀行D支
店において,同支店の公社理事長E名義の普通預金口座から153万9544円の
払戻しを受け,これを公社のため業務上預かり保管中,そのころ,同所において,
ほしいままに,自己の用途に充てるため着服し,
第2 同年11月21日,前記C銀行D支店において,前記普通預金口座から18
0万3960円の払戻しを受け,これを公社のため業務上預かり保管中,そのこ
ろ,同所において,ほしいままに,自己の用途に充てるため着服し,
第3 平成7年1月23日,前記C銀行D支店において,同支店の公社理事長E名
義の普通預金口座から161万2201円の払戻しを受け,これを公社のため業務
上預かり保管中,そのころ,同所において,ほしいままに,自己の用途に充てるた
め着服し,
第4 別表1記載のとおり(掲載省略),平成7年4月17日から平成11年3月
29日までの間,前後80回にわたり,前記C銀行D支店において,同支店の公社
理事長F名義及び同G名義の普通預金口座から合計5億6898万8894円の払
戻しを受け,これを公社のため業務上預かり保管中,いずれもそのころ,同所にお
いて,ほしいままに,自己の用途に充てるため着服し,
第5 別表2記載のとおり(掲載省略),平成11年4月15日から平成13年3
月26日までの間,前後69回にわたり,前記C銀行D支店において,同支店の公
社理事長H名義の普通預金口座から合計7億2813万4889円の払戻しを受
け,これを公社のため業務上預かり保管中,いずれもそのころ,同所において,ほ
しいままに,自己の用途に充てるため着服し,
第6 別表3記載のとおり(掲載省略),平成13年6月1日から同年8月24日
までの間,前後11回にわたり,前記C銀行D支店において,同支店の公社理事長
H名義の普通預金口座から合計1億2046万1000円の払戻しを受け,これを
公社のため業務上預かり保管中,いずれもそのころ,同所において,ほしいまま
に,自己の用途に充てるため着服し,
第7 平成13年10月1日,前記C銀行D支店において,同支店の前記公社理事
長H名義の普通預金口座から1200万4000円の払戻しを受け,これを公社の
ため業務上預かり保管中,そのころ,同所において,ほしいままに,自己の用途に
充てるため着服し,
第8 同月3日,前記C銀行D支店において,同支店の公社理事長H名義の普通預
金口座から1162万円の払戻しを受け,これを公社のため業務上預かり保管中,
そのころ,同所において,ほしいままに,自己の用途に充てるため着服し,
もって,それぞれ,横領したものである。
(量刑の理由)
1 犯行の概要
  本件は,公社に総務部総括主査等として勤務していた被告人が,平成6年10
月から平成13年10月までの約7年間に,公社理事長名義の複数の預金口座間の
資金移動をするように装って,公社のため業務上預かり保管していた預金の中か
ら,前後165回に渡って,合計14憶4616万4488円にも上る公金を払い
戻して横領した事案である。
2 犯行の動機
 被告人は,地方住宅供給公社法に基づき青森県及び同県内8市の共同出資によ
り設立された公益法人である公社の職員として,事実上,公社の現金及び預金の保
管権限を含む経理業務全般の実質的な決定権限を委ねられており,公金の入出金に
ついて厳格に管理,執行する立場にあった。ところが,被告人は,従前,公社に臨
時職員として採用された者は,全員1年後に正職員となったのに,自分は2年近く
もの間臨時職員のまま据え置かれたとか,公社の幹部職員は青森県庁からの出向者
で占められ,いずれ同県庁に戻ることを意識して公社の業務に精励しようとしない
のに,被告人のように初めから公社に採用された職員は努力や学歴の有無に拘わら
ず,公社の部長以上の幹部職員まで出世することは不可能で,明らかに冷遇されて
いるとして不満を持ち,平凡な毎日の繰り返しに飽き足らなくなってスナック等で
の遊興を重ねるようになり,これによって生じた借金の返済資金や更なる遊興資金
を得るために,業務上保管していた公社の銀行預金に手を付け始めたものである。
そして,横領行為が発覚しないことを良いことに,平成9年3月に飲食店で知り合
い,同年7月に婚姻したチリ共和国籍の妻Iの度重なる要求に応じ,1回当たりの
横領額を増大させて行き,横領の事実が発覚する前に公社を辞めて同女とチリに逃
亡して生活することを夢想するなどして,チリでのレストランや病院の開業資金及
び豪邸の建設資金等として少なくとも合計約8億円(被告人の供述によれば約11
億円)を贈ったうえ,他にも飲食店で働いている複数の女性の歓心を買う目的や遊
興費に充てるため,公金の着服を多数回
に渡って繰り返したものであり,その行為は,甚だ短慮で公社職員としての職責を
弁えない身勝手極まりないものであって,動機において酌量すべき余地は全くな
い。 
3 犯行の態様
 被告人は,本件各犯行に際し,通常の事務処理の手順と全く同様に,横領しよ
うとする金額を記載した預金払戻請求書と入金伝票を作成し,総務部長らに口頭で
口座振替を行う旨説明して銀行に赴き,公社の預金口座から一度に数百万円ないし
1千万円以上の多額の現金を払い戻したうえ,その現金を公社内の被告人のロッカ
ーに隠し,その後,自宅に持ち帰って自宅押入れに隠匿するなどしたものであり,
極めて大胆な犯行と言わなければならない。被告人は,その犯跡を隠蔽するため,
平成9年度までは,月締めの会計処理の都度,横領金額と同額分が公社の各種未精
算勘定から出金されたように装い,横領金額が増大してきた平成10年度以降は,
各種未精算勘定が不自然に減少して目立つことを避けるため,一旦,月締め処理の
際に横領金額の合計額を工事費等として出金処理したうえ,年度末決算時に,架空
の決算整理伝票を作成して,横領金額の合計額を各種未精算勘定に振り替え,同勘
定から出金されたように見せかけるなどの会計処理を行い,周到な隠蔽工作を施し
ていたものである。
 このように,被告人が口座振替による手法を利用して横領行為を繰り返したの
は,口座振替を行うについては,現金ないし口座振込による支出と異なり,公社の
会計規定に具体的な定めがなく,決裁起案等を要しない簡易な運用がされていて,
公社の預金口座から現金を引き出すことが容易であることを知悉していたからであ
る。また,被告人は,公益法人として利益を追求してはならないとされている公社
の性質上,引当金や原価見返勘定を利用し,発生した利益を目立たないように分散
しておくといった公社特有の会計処理基準を知り尽くし,その利益の隠し先である
勘定科目への振替を利用して帳簿を操作すれば,犯行が露見しにくいと考えて,前
記のとおり,各種未精算勘定を利用して隠蔽目的の会計処理を行っていたもので,
悪辣である。
 以上のとおり,本件各犯行は,被告人が,経理のエキスパートとして上司らか
ら盲信されていたことを幸いに,公社の経理業務に長年携わることによって習得し
た知識を悪用し,長期間,多数回にわたって計画的に反復累行したもので,公社職
員としての自覚の欠片もない,悪質極まりないものである。
4 犯行の結果
 本件各犯行により公社が被った被害総額は,14億4616万4488円にも
上る巨額であり,通常人の生涯年収の数倍(因みに平成11年度の青森県内の雇用
者1人当たり所得415万2000円の約348年分)に相当するものであって,
業務上横領事件の被害額としては,他に類例の乏しい,莫大なものである。そし
て,被告人については,横領行為を重ねながら,横領金を穴埋め補填しようとした
様子が全くなく,本件被害総額は,そのまま被告人の実利得となっていることに照
らしても,その刑事責任は極めて重いと言わなければならない。
 しかも,被告人は,個人用タクシーチケットを使用して頻繁に高級クラブに通
い,同クラブにおいては一晩に数十万円からの飲食をし,気に入ったホステスには
一時に300万円あるいは700万円もの現金や数百万円もする高価な貴金属を贈
り,その他,一度にアワビや松茸を数十万円分も購入し,チリに旅行するに際して
はファーストクラスの航空券を使用するなど,放蕩三昧の生活を送っていたもので
ある。
 また,被告人は,公社職員としての職責を放棄したにとどまらず,その地位を
濫用して,青森県及び同県内8市の共同出資に係る公社の巨額の公金を私したもの
であって,被告人の本件各犯行により,公社の業務全体に対する信頼が著しく低下
したことは明らかであるうえ,本件各犯行が社会全体に及ぼした悪影響も軽視する
ことができない。
5 犯行後の状況
 被告人は,平成13年10月23日,仙台国税局の国際税務専門官らが調査の
ため公社を訪れるや,本件各犯行が発覚することを察知し,同月26日,横領した
多額の現金を持って東京方面に逃亡したうえ,逃亡先においても,本件各犯行が発
覚する以前の行状を何ら改めることなく,高級ホテル等に宿泊し,外国人ホステス
のいるクラブで豪遊し,外国人ホステスに高級シャンパンを振る舞ったり,外国製
腕時計や貴金属を贈って歓心を買おうとしていたものである。そのうえ,被告人
は,複数の外国人ホステスを伴って京都まで旅行し,スウィートルームに宿泊する
などの目立つ行為を重ね,芸姑をあげて遊興した際には,逃亡中にも拘わらず,芸
姑らとともに記念のスナップ写真に納まるなどしているのであり,その行状からは
本件各犯行に対する後ろめたさや反省の色は微塵も窺われず,常軌を逸していると
言わざるを得ない。
6 小括
 このように,被告人は,自分本位の些細な不満から飲食店での遊興に溺れるよ
うになり,チリ人妻Iと知り合って同女に入れ揚げ,公社の上司らから寄せられて
いた厚い信頼を逆手に取り,長年公社の経理業務を経験したことによって培った知
識を悪用し,長期間,しかも多数回に渡って公社の預金口座から預金を払い戻して
私し,その犯跡を隠蔽するため虚偽の会計処理を行うなどして,過去に類例を見な
いほどの巨額の公金を横領したものである。その動機に酌むべき余地はなく,犯行
態様も悪質で,被害額は莫大であるうえ,逃亡前後の被告人の行状は常軌を逸して
悪辣であり,本件各犯行が,公社に莫大な損害を与えたことは勿論,青森県民ひい
ては社会の多方面に渡って,深刻かつ複雑な影響を押し及ぼしたことに加え,後記
のとおり,被害が殆ど回復されていないことを併せ考慮すると,被告人の刑事責任
は極めて重いと言わなければならず,被告人に対しては,法の許容する最高刑をも
って臨むのが当然であるように思われる。
7 公社の管理体制上の問題点
 しかしながら,他方,被告人の本件各犯行による被害総額が,ここまで拡大し
た背景には,被害者である公社の側にも,次のような問題点があったことを指摘せ
ざるを得ない。
(1) 公社は,低廉にして優良な住宅を青森県民に供給することを目的とし,
利益を追求しないことを旨とする公益法人であることから,実質的に利益が発生し
ても,企業会計原則に準拠して剰余金を計上する決算をせず,裁量により,見返勘
定や原価未精算勘定等の不確定項目を利用してこれを分散し,収支が均衡するよう
に決算を操作する,公社独特の会計基準を採用してきた。そして,これを長年に亘
る慣行としてきたため,公社の決算は,実態と大きくかけ離れたものとなってい
た。
    ところが,公社には,実質上の利益を把握するための適切なシステムが
ないうえ,幹部職員の殆どは青森県庁からの出向者で公社独特の会計基準に精通し
ておらず,また,公社の業務は,いわゆる縦割り分担となっており,担当者以外は
各業務の適否を指摘できる体制になっていなかった。
    このような根本的問題が,被告人の本件各犯行を誘発する原因となった
ことは明白である。
(2) 次に,公社が,上記問題を抱えながら,被告人を,巨額の公金を預かる
公社の経理業務に20年以上にも亘って配置し続けた人員配置ないし人事管理上の
問題点も指摘しなければならない。
    すなわち,被告人は,平成5年夏ころ,約2か月もの間,札幌市まで出
奔して公社を無断欠勤したことがあり,被告人の上司も,それが消費者金融会社に
多額の借金を抱えて支払いに苦慮した末の行動であることを,被告人から打ち明け
られて知っていたのであるから,解雇を含む適切な処分がなされて当然であったも
のである。ところが,公社では,公社の前の専務理事を務めた被告人の身内の者の
取成しにより,被告人を解雇せず,その後も,借金の支払いに苦慮して長期無断欠
勤をするような人物を,多額の金銭を預かる極めて責任の重い任務に就け続けてい
たうえ,その経理業務の処理に対する適切な監督も怠っていたのである。仮に,こ
の時,被告人を経理業務の担当から外しておけば,本件各犯行は未然に防止するこ
とができた筈である。
    また,公社は,前記のとおり,剰余金を裁量により不確定項目に分散さ
せて収支均衡を図る会計基準を採っていたところ,その重要な裁量権限も,長期に
亘って,事実上,同一の経理業務担当者,すなわち被告人に任せ切りとしてきたう
え,預金の取扱いから伝票の起案,決算書類の作成まで被告人に委ねてきたもので
ある。
    このような公社の人員配置ないし人事管理上の問題点が,本件各犯行の
誘発,助長に深く与っていることは,否定すべくもない。
(3) ところで,被告人は,口座振替という極めて単純な手口により本件各犯
行を累行したものであるところ,被告人は,多くの場合,上司に対し,口座振替の
手続をする旨告げて銀行に赴いているのであるから,その上司が,払戻先の通帳と
振替先の通帳の突合せさえしていれば,被告人の犯行を容易に発見することができ
たのに,その確認作業すらしていなかったものである。そもそも,公社の会計規定
や同処理規程に,現金や振込みによる支出については起案文書やその決裁について
定めがあるにも拘わらず,口座振替について特段の定めがないのは,口座振替であ
れば,上記のような口座間の照合作業により金員の流れを容易に確認できるためと
考えられる。
    この単純な確認作業を怠った上司らの落ち度は甚だ大きく,これによっ
て本件各犯行の発覚が遅れ,被害が拡大したことは明らかであり,誠に遺憾である
と言わなければならない。
(4) 加えて,本件各犯行は,青森県監査委員による監査や公社の内部監査に
よっては発覚せず,被告人がチリ人妻Iに宛てて多額の海外送金を繰り返している
ことに不審を抱いた国税局専門官らの調査により初めて発見されたものであるとこ
ろ,青森県監査委員による監査や公社の内部監査においては,口座振替の際の預金
払戻請求書に対応する入金伝票の確認すら行われておらず,長期間に亘って被告人
の犯行が見逃されていたことに徴すると,これらの監査は実の伴わない形式的なも
のに過ぎず,この点の落ち度も,被告人の本件各犯行を助長し,被害を拡大させた
一因であると言わざるを得ない。
8 被害の回復等
(1) 被告人は,公判中の平成14年5月27日,逮捕時に所持していた現金
500万円を,弁償金内金として公社に返還した。また,被告人は,公社の求めに
応じて,チリ人妻I名義の財産から被害回収を図るための公正証書の作成に協力し
た結果,同女名義のチリ共和国J所在のいわゆる「豪邸」が競売により売却され
て,同年10月1日,60万3672.81米国ドルが公社によって回収された。
さらに,被告人は,被告人名義の不動産について,競売のうえ,剰余金が出れば,
それを被害弁償に充てる旨等を表明している。
(2) なお,被告人については,本件各犯行を認めて相応の反省の情を示して
いること,妻Iに対して,不審の念を抱くようになり,本件各犯行に関わる同女の
言動についても公判の最終段階において供述するようになっていること,前記公正
証書の作成に協力するなど被告人なりに被害弁償に努めていること,当然のことと
はいえ,公社から懲戒免職処分を受けていること,前科前歴が全くないこと等の酌
むべき事情も認められる。
9 刑事責任軽減の程度
 ただ,被告人については,次のような諸事情も認められ,これらを考慮する
と,前記7,8記載の情状事実をもって,直ちに被告人の刑事責任を減ずることは
相当でない。すなわち,
(1) 被告人は,前記のとおり,昭和55年ころから,遊興に伴う借金の返済
資金及び遊興費を工面するため,消費者金融会社から多額の借金を重ね,その返済
に困窮して,父親から,数回に渡って,合計1000万円以上の肩代わり返済をし
て貰ったが,それにも拘わらず,その後も,女性の歓心を買う目的で飲食店に出入
りし,遂に本件各犯行に及ぶに至ったものであり,被告人の遊興癖及び経済観念の
乏しさは目に余るものがある。
(2) 本件各犯行の誘発,助長に,剰余金を計上しない公社特有の会計基準,
公社の安易な人員配置及び人事管理,業務監督の懈怠,監査体制の不備及び能力不
足が与っていることは,前記のとおりであるが,被告人は,これらの実情を知悉し
たうえで,身内による取成しの努力及び上司から寄せられた厚い信頼や恩情を全て
裏切り,長年に亘って培った経理業務の熟達者としての知識及び権限を悪用し,本
件各犯行に走ったもので,公社職員としての自覚及び倫理観念ないし規範意識の欠
如は甚だしい。
(3) 被告人は,チリ人妻Iに宛てて,多額の現金を多数回に渡って送金して
いたが,送金手続をした銀行員から,「送金目的を明らかにする資料を持参して下
さい。」と言われても,何ら動ずることなく,「祖父の遺産が何億円も入ってき
た。私は公社に勤めているので,税務署の方が来るというのであれば,いつでも応
対できる。」旨答えて,送金を繰り返していたものである。
(4) 被告人の横領した現金の使途は,通常人では理解し難い異常なものであ
り,とりわけ,本件各犯行の発覚を察知して,青森市から東京方面へ逃走する前後
の被告人の放縦な行状は,救いようのない無軌道なものであり,規範意識の欠片も
窺い得ない。
(5) 公社は,被告人の本件各犯行に基づく被害を回復するため,公社の元の
理事,監事,総務部長ら幹部職員19名に対し,被告人に対する管理・監督責任の
懈怠を理由として,総額9億円余の損害賠償を求めて青森地方裁判所に提訴し,現
在審理中である。この訴訟は,被告人が本件各犯行を敢行していなければ,あり得
ないものであり,賠償を求められた元幹部職員らの精神的苦痛と今後強いられる可
能性のある経済的負担は,甚大なものと思料され,公社ないし元幹部職員らの落ち
度をもって,被告人の刑事責任を軽減する要素として斟酌することには,些か躊躇
を覚えざるを得ない。
(6) 公社が本件各犯行に係る被害の回復方策を講じていることは,前記のと
おりである。しかし,チリ人妻I名義の「豪邸」を売却することによって回収され
た前記金員については,弁護士費用等被害回復に必要な手続費用が多額に上る見込
みであり,公社が現実に回収できる金額は相当に減縮されたものになる可能性が高
い。また,被告人名義の不動産の競売についても,金融機関の抵当権が設定されて
いることもあって,剰余が生じるか否か不明と言わざるを得ない。
   そうすると,現時点で,被害弁償の原資として確実なのは,既に返還さ
れた500万円のみである(これも被告人が逃亡時に持ち出した横領金の一部に過
ぎない)。そして,仮に,前記「豪邸」の売却によって回収された金員が,そのま
ま被害弁償に充てられたとしてもなお,本件被害額の6パーセントにも満たない。
  したがって,被害回復の点を量刑上さほど考慮することはできない。
(7) また,被告人は,被告人質問の最終段階において,「私は,妻Iに対
し,私の相続した遺産は1億円である。私のサラリーは5000ドルで,公金を扱
う経理の仕事をしている旨話していた。」とか,「妻Iは,私の意思に反して,チ
リにおける私の権利を全て同女に渡す旨の公正証書を作成していた。」旨供述する
に至っている。
    しかし,被告人はそれまでは,本件各犯行と妻Iとの関わりについて,
積極的に供述してこなかったものである。仮に,被告人が,捜査段階において上記
供述をしていれば,捜査機関としても,同女の共犯性について捜査を遂げ,ひいて
は,公社の被害回復についても,より迅速かつ確実な方途が開ける可能性があった
ものであり,被告人の捜査段階における供述態度からは,真摯な反省の情を汲み取
ることができない。
(8) さらに,被告人は,検察官に対し,「金や物を出さずに,どうすれば愛
や友情を手に入れられるのか,私には分かりません。」などと供述し,飲食店で遊
興するに際しては,外務省の官僚や入国管理局次長等を名乗りながら大盤振舞いを
繰り返していたのである。
    本件各犯行の背景には,このような被告人の愛情に関する屈折した心理
と異常な虚栄心ないし自己顕示欲が見え隠れして,これが長年に亘る被告人の行状
の根源となっていることが窺われるのであり,その改善更生は容易でないものと思
料され,相当長期間に亘る矯正教育を施さざるを得ない。
 これらの事情に鑑みると,前記7,8記載の情状事実を被告人のために過大に
斟酌することは到底許されず,その酌量の程度には,自ら限界があると言わざるを
得ない。
10 結論
 以上の諸事情を総合勘案すると,被告人の本件各犯行による被害の発生,拡大
については,公社側の問題点が与ってこれを誘発,助長させた面を否定することが
できないものの,被告人の刑事責任は余りにも重いものであって,被告人のために
酌むべき事情を十分考慮してもなお,被告人に対しては,主文掲記の最高刑に近い
実刑を科するのが相当と判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役15年)
  青森地方裁判所刑事部
          裁判長裁判官 山 内 昭 善
             裁判官 結 城 剛 行
             裁判官 吉 田 静 香

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〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
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シフトは週40時間以上
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