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平成20年6月26日判決言渡
平成19年(行ケ)第10229号審決取消請求事件
平成20年6月10日口頭弁論終結
判決
原告X
訴訟代理人弁護士加藤義明
同町田健一
同三留和剛
訴訟代理人弁理士久野琢也
同二宮浩康
訴訟復代理人弁護士角田邦洋
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人前田幸雄
同槻木澤昌司
同森川元嗣
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2004−4740号事件について平成19年2月14日にし
た審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「油圧装置又は空圧装置用のピストン及びピストン棒並びに
シリンダを製作する方法」とする発明につき,平成5年(1993年)7月1
4日に国際出願()をし(以下「本願」という,特許庁長PCT/AT93/00119。)
官に対し平成8年1月11日付けの特許法184条の5第1項の規定による書
面を提出した(出願当初の請求項の数は4であった。。)
原告は,平成15年12月2日付けで拒絶査定を受けたので,平成16年3
月8日,これに対して不服審判を請求し(不服2004−4740号事件,)
同年4月7日付け手続補正書(甲10)により明細書の補正を行い(この補正
後の請求項の数は2となった,さらに,平成19年1月12日付け手続補正。)
()(,「」書甲15により明細書の補正以下この補正後の明細書を本願明細書
という)を行った。。
特許庁は,平成19年2月14日「本件審判の請求は,成り立たない」,。
との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。なお,審決取消
訴訟の出訴期間につき附加期間が90日と定められた。
2特許請求の範囲
,(,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである以下
請求項1記載の発明を「本願発明」という。。)
【請求項1】仕上げ研削された円柱状又は円筒状のアルミニウム合金の半製品
の滑り面を50∼60μmの陽極酸化深さに硬質化陽極酸化し,硬質化陽極酸
化された製品を,その軸線を中心にして2500で回転させ,形成されrpm
ている滑り面層を,順次に続く5回の研磨工程で,粒度が次第に減少するタイ
プP100,P150,P280,P400及びP999(ただしP100は
それを製作するスクリーンが100メッシュ/インチを有している研磨紙であ
ることを表す)の研磨紙を使用して研磨し,その際研磨紙を50Nの力で硬質
化陽極酸化された製品に圧着させて,前記各研磨工程は,それぞれ粉発生がや
むまで行い,最後の研磨工程においては,面状の研磨紙が付着するまで研磨を
行うことを特徴とする,油圧装置又は空圧装置用のピストン及びピストン棒並
びにシリンダを製作する方法。
3審決の理由
()別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,出願前に頒1
布された刊行物である特開昭57−152493号公報(甲1。以下「引用
例1」という)に記載された発明(以下「引用例1」に記載された発明を。,
引用発明1という特開昭62−241646号公報甲2以下引「」。),(。「
用例2」という)記載の技術的事項及び従来周知の事項に基づいて当業者。
が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができないとするものである。
()審決が,本願発明に進歩性がないとの結論を導く過程において認定した2
引用発明1等の内容,本願発明と引用発明1の対比,本願発明の容易想到性
に関する判断,本願発明の作用効果についての判断は,次のとおりである。
ア引用発明1等の内容
(ア)引用発明1の内容
アルミニウム合金からなる油圧シリンダの摺動表面に,陽極酸化処理
により陽極酸化皮膜を生成させ,該陽極酸化皮膜が生成された摺動表面
を研磨紙で後加工する,油圧シリンダの製造法。
(イ)引用例2記載の技術的事項の内容
アルミニウム等の金属を,順次に続く複数の研磨工程で,粒度が次第
に減少する研磨紙を使用して研磨すること。
イ本願発明と引用発明1の対比
(ア)一致点
「円筒状のアルミニウム合金の半製品の滑り面を硬質化陽極酸化し,
硬質化陽極酸化された製品に形成されている滑り面層を研磨紙を使用し
て研磨を行う油圧装置用のシリンダを製作する方法」である点。。
(イ)相違点1
本願発明では,仕上げ研削された滑り面を50∼60μmの陽極酸化
深さに硬質化陽極酸化しているのに対し,引用発明1ではそのように特
定されていない点。
(ウ)相違点2
本願発明では,製品を,その軸線を中心にして2500で回転rpm
させ,順次に続く5回の研磨工程で,粒度が次第に減少する,タイプP
100,P150,P280,P400及びP999(ただしP100
はそれを製作するスクリーンが100メッシュ/インチを有している研
磨紙であることを表す)の研磨紙を使用して研磨し,その際研磨紙を5
,,0Nの力で硬質化陽極酸化された製品に圧着させて前記各研磨工程は
それぞれ粉発生がやむまで行い,最後の研磨工程においては,面状の研
磨紙が付着するまで研磨を行うのに対し,引用発明1では,そのように
特定されていない点。
ウ本願発明の容易想到性に関する判断
(ア)相違点1について
硬質化陽極酸化する滑り面に仕上げ加工を施しておくことは普通に行
われる事項であり,硬質化陽極酸化前の滑り面を仕上げ研削することに
格別の困難性は見当たらない。また,陽極酸化深さをどの程度とするか
は,滑り面に要求される耐摩耗性等に応じて当業者が適宜決定すべき設
計的事項であって,50∼60μmの陽極酸化深さとすることにも困難
性は見出せない。
(イ)相違点2について
引用例2には,上記ア(イ)に示したとおりの事項が記載されている。
そして,引用発明1及び引用例2記載の技術的事項はいずれもアルミニ
ウム等の金属表面の研磨技術として共通するものであり,引用発明1に
引用例2記載の技術的事項を採用し,引用発明1における研磨を,順次
に続く複数の研磨工程で,粒度が次第に減少する研磨紙を使用して研磨
するものとすることに格別の困難性は見当たらない。
また,円筒状の製品をその軸線を中心にして回転させて,研磨紙を製
品に圧着させて研磨を行うことは,例示するまでもなく従来周知の事項
であり,その回転数をどの程度とするかも当業者が製品の寸法(特に円
筒部の半径)等に応じて適宜決定できる事項であるから,硬質化陽極酸
化された製品を,その軸線を中心にして2500で回転させ,研rpm
磨紙を製品に圧着させて研磨を行うことに格別の困難性は見当たらな
い。
その際,研磨の回数及び研磨紙の粒度,並びに研磨紙を製品に圧着さ
せる力をそれぞれどの程度とするかは,製品に要求される面粗度や研磨
対象となる面積等に応じて当業者が適宜設定すべき設計的事項であるか
ら,5回の研磨工程で,粒度が次第に減少する,タイプP100,P1
50,P280,P400及びP999(ただしP100はそれを製作
するスクリーンが100メッシュ/インチを有している研磨紙であるこ
とを表す)の研磨紙を使用して研磨し,研磨紙を50Nの力で硬質化陽
極酸化された製品に圧着させて研磨することは当業者が容易になし得た
事項である。
さらに,各研磨工程においてどの程度まで研磨を行うかについても製
品に要求される面粗度に応じて設定すべき事項であるとともに,粉の発
生がやむとそれ以上研磨することができないのであるから,各研磨工程
をそれぞれ粉発生がやむまで行い,また,所定の平滑度が得られた平滑
面同士が付着し易いことも明らかであるから,最後の研磨工程において
面状の研磨紙が付着するまで研磨を行うことに格別の困難性は見出せな
い。
(ウ)本願発明の顕著な作用効果についての判断
本願発明の奏する作用効果についてみても,引用発明1,引用例2記
載の技術的事項及び従来周知の事項から当業者が十分予測し得る範囲内
のものであって,格別顕著なものとはいえない。
第3取消事由に係る原告の主張
審決は,次に述べるとおり,相違点2についての容易想到性の判断を誤った
違法(取消事由1,本願発明の顕著な作用効果を看過し容易想到性の判断を)
誤った違法(取消事由2)があるので,取り消されるべきである。
1相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)
()審決は,硬質化陽極酸化された製品を,その軸線を中心にして25001
で回転させ,研磨紙を製品に圧着させて研磨を行う際「研磨の回数及rpm,
び研磨紙の粒度,並びに研磨紙を製品に圧着させる力をそれぞれどの程度と
するかは,製品に要求される面粗度や研磨対象となる面積等に応じて当業者
が適宜設定すべき設計的事項であるから,5回の研磨工程で,粒度が次第に
減少するタイプP100P150P280P400及びP999た,,,,(
だしP100はそれを製作するスクリーンが100メッシュ/インチを有し
ている研磨紙であることを表す)の研磨紙を使用して研磨し,研磨紙を50
Nの力で硬質化陽極酸化された製品に圧著させて研磨することは当業者が容
易になし得た事項である」と判断している(審決書3頁下から6行目∼4。
頁2行。)
しかし,引用例1には,どのような研磨布紙を用いてどのような後加工を
するのかは全く記載されていない。さらに,引用例2には,所定の表面粗さ
若しくは光沢度を達成するための鏡面加工方法の発明の構成要件として,3
工程の複雑な研磨条件が規定されている。金属の表面を研磨加工する際に,
研磨の回数及び研磨紙の粒度,並びに研磨紙を製品に圧着させる力という多
,,数の要件を具体的にどのように定めそれらをどのように組み合わせるかは
製品に要求される面粗度や研磨対象となる面積を考慮するとしても,当業者
にとって設計的事項として簡単に設定できるようなものではなく,格別な創
作能力の発揮を必要とするものといえる。
()審決は「各研磨工程においてどの程度まで研磨を行うかについても製品2,
に要求される面粗度に応じて設定すべき事項であるとともに,粉の発生がや
むとそれ以上研磨することができないのであるから,各研磨工程をそれぞれ
粉発生がやむまで行い,また,所定の平滑度が得られた平滑面同士が付着し
易いことも明らかであるから,最後の研磨工程において面状の研磨紙が付着
するまで研磨を行うことに格別の困難性は見出せない(審決書4頁3行∼。」
8行)とする。
しかし,製品に要求される最終的な面粗度が特定されているとしても,そ
のことのみによって直ちに,各研磨工程における研磨の程度が特定されるわ
けではない。また,本願発明の「各研磨工程は,それぞれ粉発生がやむまで
行い,最後の研磨工程においては,面状の研磨紙が付着するまで研磨を行う
こと」は,研磨工程の態様を示すものであって「順次に続く5回の研磨工,
程で,粒度が次第に減少するタイプP100,P150,P280,P40
0及びP999(ただしP100はそれを製作するスクリーンが100メッ
シュ/インチを有している研磨紙であることを表す)の研磨紙を使用して研
,」磨しその際研磨紙を50Nの力で硬質化陽極酸化された製品に圧着させて
という研磨条件と結びついて初めて各研磨工程における研磨の程度が確定さ
れるのであるから,上記研磨工程の態様と上記研磨条件は,互いに組み合わ
せることによって,発明の構成要件であるいえる。
()本願明細書(甲3,甲15)に基づいて,本願発明によって達成される3
「面粗度」を検討する。
本願明細書には「図2のプロフィールのドイツ工業規格値は:,
平均粗さ値Ra0.05μm
平均粗さ深さRz0.3μm
粗さ深さRt0.3μm
である。この例で達成された0.3μmの粗さ深さはピストン若しくはピ
ストン棒あるいはシリンダの滑り面にとって極めて優れた値であり,シール
部材を損傷することはない(4頁22行∼5頁5行)との記載があること。」
に照らすならば,本願発明によって達成される「面粗度」は,粗さ深さRt
=0.3μmにより代表されているといえる。
そうすると,本願の国際出願日(平成5年(1993年)7月14日)前
において,本願発明の属する油圧装置又は空圧装置用のピストン及びピスト
「」ン棒並びにシリンダを製作する技術分野において製品に要求される面粗度
の範囲内に,本願発明によって達成される「面粗度」である粗さ深さRt=
0.3μmが含まれていることが,公知若しくは自明な事項として当業者に
認識されていることが必要である。
しかし,引用例1及び引用例2には,粗さ深さRt=0.3μmは記載さ
れていないし「製品に要求される面粗度」の範囲内に,本願発明によって,
達成される「面粗度」である粗さ深さRt=0.3μmが含まれていること
が公知若しくは自明な事項として当業者に認識されていたとはいえない。し
たがって,審決の判断は誤りである。
()2本願発明の顕著な作用効果看過による容易想到性の判断の誤り取消事由2
審決は「本件発明の奏する作用効果についてみても,引用発明,引用例2,
記載の技術的事項及び従来周知の事項から当業者が十分予測しうる範囲内のも
のであって,格別顕著なものとはいえない。したがって,本件発明は,引用発
明,引用例2記載の技術的事項及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものである(審決書4頁10行∼14行)とする。。」
しかし,以下のとおり,本願発明に顕著な作用効果がないとした審決の判断
には誤りがある。すなわち,本願明細書(4頁23行∼5頁1行)に記載され
ているように,本願発明の方法によって初めて達成可能となった表面粗さは,
平均粗さ値Ra=0.05μm,平均粗さ深さRz=0.3μm,粗さ深さR
t=0.3μmである。これに対して,引用例1に示された十点平均粗さRz
及び引用例2に示された表面粗さ(最大高さ)Rmaxの値をみると,引用例
1の十点平均粗さは最小でも0.6μmであり(本願発明では平均粗さ深さR
zは0.3μm,引用例2の表面粗さRmaxは最小でも1μmである(本)
願発明では粗さ深さRtは0.3μm。)
このように本願発明の方法によって達成可能な表面粗さは,従来達成可能で
あった表面粗さの値の半分以下となっているのであるから,本願発明の奏する
作用効果は,当業者が予測し得ないものであって,格別顕著なものということ
ができる。本願発明によって達成される表面粗さ(面粗度)は,従来達成可能
であった表面粗さ(面粗度)の値の半分以下であるから,引用発明1に引用例
2記載の技術的事項を適用するに当たり可能な設計変更を行ったとしても,そ
れによって本願発明と同等の作用効果を達成することは不可能である。したが
って,本願発明の作用効果は,当業者が予測し得る範囲内のものではなく,格
別顕著なものといえる。
第4被告の反論
1相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)に対し
,,,()原告は金属の表面を研磨加工する際に研磨の回数及び研磨紙の粒度1
並びに研磨紙を製品に圧着させる力という多数の要件を具体的にどのように
定め,それらをどのように組み合わせるかは,当業者にとって設計的事項と
して簡単に設定できるようなものではなく,格別な創作能力の発揮を必要と
するものといえると主張する。
しかし,そもそも,請求項1には,製品の回転数(2500)と圧着rpm
させる力(50N,研磨紙の粒度は特定されているが,製品の滑り面の面)
粗度,研磨条件の技術的意義を示すための製品の半径及び圧着面積は特定さ
。「,,れていない請求項1には各研磨工程はそれぞれ粉発生がやむまで行い
最後の研磨工程においては,面状の研磨紙が付着するまで研磨を行うこと」
,,と記載されているが粉発生がやむこと及び面状の研磨紙が付着することは
単に現象をいうだけで,本願発明により達成される面粗度を特定したとはい
えない。
以上のとおり,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主
張であり,失当である。
そして,圧着させる力(50N)については,引用例2(甲2)に単位幅
当たりの押圧力を0.2∼0.3とすることが記載されているとこkgf/mm
ろ,この押圧力により圧着させる力を50N(5.1)とするには,研kgf
磨幅を17∼25.5とすればよく,この程度の幅は研磨幅としてあmm
,,(.)り得る範囲内のものであるから結局圧着させる力を50N51kgf
とすることは引用例2に実質的に記載されているといえる。また,2500
という回転数も,工作機械において,例えば特開平2−284802号rpm
()「」公報乙3に中・低速域とは一般に最大3000程度までをいうrpm
(1頁右下欄9行∼12行参照)旨記載されているように,普通に採用され
る範囲内のものであり,この点も格別なものではない。
()本願発明は,本願明細書の記載からみて,油圧装置又は空圧装置用のピ2
ストン及びピストン棒並びにシリンダにおいて,硬質化陽極酸化された製品
の滑り面の表面品度(面粗度)を向上させてシール部材の損傷の危険を排除
し長い耐用寿命を生ぜしめるために,請求項1に記載された構成を採用した
ものと解される。
しかし,上記のとおり,請求項1には,最終的な面粗度等について,粗さ
.,,深さRtを03μmとする特定事項が記載されていないので本願発明を
粗さ深さRt=0.3μmのものに限定して解することはできない。
そして,本願明細書には,請求項1において示されている研磨条件(回転
数を2500とすること,研磨工程を5回とすること,タイプP10rpm
0,P150,P280,P400及びP999の研磨紙を使用すること,
圧着させる力を50Nとすること)及び研磨工程(各研磨工程はそれぞれ粉
発生がやむまで行い,最後の研磨工程においては面状の研磨紙が付着するま
で研磨を行うこと)について,それらの研磨条件及び研磨工程を採用する根
拠については何ら記載されていないので,請求項1について,研磨条件及び
研磨工程を常に粗さ深さRtが0.3μmの滑り面を得ることができるもの
と解釈することもできない。
結局,請求項1における研磨回数等の条件は,面粗度を可能な限り高める
ために適宜設定されるものということができる。
()2本願発明の顕著な作用効果看過による容易想到性の判断の誤り取消事由2
に対し
5回の研磨工程で,粒度が次第に減少するタイプP100,P150,P2
80,P400及びP999の研磨紙を使用して研磨することは,当業者が容
易になし得る事項であるし,各研磨工程をそれぞれ粉発生がやむまで行い,最
後の研磨工程において面状の研磨紙が付着するまで研磨を行うことも,格別困
難性が見いだせない事項である。そして,研磨回数を多くしてより細かい粒度
の研磨紙を用いればそれだけ表面粗さが向上すること,及び研磨紙をどの程度
まで使用するかによって表面粗さが変化することは,いずれも技術常識から明
らかである。そうすると,原告が主張する本願発明の作用効果は,引用発明1
に引用例2記載の技術的事項を適用するに当たり当業者が設定する事項によっ
て当然予測される範囲内のものにすぎない。
第5当裁判所の判断
1相違点2についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1)について
原告は,金属の表面を研磨加工する際に,研磨の回数及び研磨紙の粒度,並
びに研磨紙を製品に圧着させる力という多数の要素を具体的にどのように定
め,どのように組み合わせるかは,当業者にとって設計的事項として簡単に設
定できるものではないと主張する。原告の上記主張を判断するに当たり,本願
発明の内容,引用例2記載の技術的事項を,順に検討する。
()本願発明の内容1
ア請求項1の記載
,()(),請求項1には製品の回転数2500と圧着させる力50Nrpm
研磨紙の粒度(タイプP100,P150,P280,P400及びP9
99)は特定されているが,それらの事項だけでは,研磨の結果最終的に
仕上げられる製品の面粗度を特定することはできない。研磨の結果最終的
に仕上げられる製品の面粗度を特定するためには,上記の事項だけではな
く,製品の滑り面の当初の面粗度,製品の半径及び圧着面積を特定する必
要があるが,請求項1には,製品の滑り面の当初の面粗度,製品の半径及
び圧着面積は特定されていない。
イ本願明細書の発明の詳細な説明の記載
(ア)本願明細書の発明の詳細な説明には「本発明の目的は,油圧装置,
又は空圧装置のピストン若しくはピストン棒及びシリンダの耐用寿命を
確実に長くすることである。本発明による方法の特徴とするところは,
仕上げ研削された円柱状又は円筒状のアルミニウム合金の半製品の滑り
面を硬質化陽極酸化し,その軸線を中心にして回転させ,形成されてい
る滑り面層を,粒度が次第に減少する面状の研磨材を使用して順次に続
く工程で研磨し,その際これらの研磨工程は,それぞれ粉発生がやむま
で行い,最後の研磨工程においては,面状の研磨材が付着するまで研磨
を行う点に存する(1頁13行∼23行)と記載されている。。」
さらに,本願明細書の発明の詳細な説明には「ところで本発明によ,
る方法では,ドイツ工業規格の粗さ深さRtが例えば0.3μmの滑り
面を有するアルミニウム合金のピストン及びピストン棒並びにシリンダ
を制作することが初めて可能になった。この滑り面の滑らかさはシール
部材の損傷の危険を排除し,従来のクローム被覆処理された部品に比較
して著しく長い耐用寿命を生ぜしめる。本発明による方法は,出発粗さ
にほとんど無関係に種々の出発表面に対して均一な表面品度を達成する
ことを可能にする。タイプP100,P150,P280,P400及
びP999(P100はそれを製作するスクリーンが100メッシュ/
インチであるタイプを意味する)の研磨紙を使用して5回の研磨工程を
。,行うのが特に有利であると分かったこれらの値は最適なものであって
これらの値から外れると表面品度が悪くなる。半製品のための材料とし
て合金AlMgSi1を使用し,陽極酸化深さを50∼60μmにす
ると,ピストン及びピストン棒並びにシリンダの耐用寿命が特に長くな
る(2頁13行∼3頁7行)と記載されている。。」
上記記載によれば,本願明細書には,研磨条件として,半製品のため
の材料として合金AlMgSi1を使用し,陽極酸化深さを50∼6
0μmにすること,また研磨工程として,タイプP100,P150,
P280,P400及びP999(P100はそれを製作するスクリー
ンが100メッシュ/インチであるタイプを意味する)の研磨紙を使用
して5回の研磨工程を行うことが記載され,これらの条件で研磨を行え
ば,ドイツ工業規格の粗さ深さRtが例えば0.3μmの滑り面を有す
るアルミニウム合金のピストン及びピストン棒並びにシリンダを製作す
ることが可能であると記載されている。しかしながら,上記研磨条件及
び研磨工程を採用することと,粗さ深さRtが0.3μmの滑り面とな
るとの相互関係について,本願明細書には何ら記載されていない。
(イ)また,本願明細書には,実施例に関して,次のとおり記載されてい
る。
「以下においては,本発明による方法をピストン棒についての実施例に基
づいて説明する。この場合図面を参照するが,図1は加工前のピストン
棒表面の検査装置で測定した表面粗さを示し,図2は本発明による加工
後のピストン棒表面の同じ検査装置で測定した表面粗さを示す。長さが
500,直径が60よりも少し大きい合金AlMgSi1かmmmm
ら成る円柱形の半製品を旋盤に締め込み,ダイヤモンド工具によって6
0の直径に仕上げ研削した。仕上げ研削した半製品の表面を50mm
∼60μmの深さに硬質化陽極酸化した。次いでこの硬質化陽極酸化し
た製品を再び旋盤に締め込み,2500で回転させた。次いでタrpm
イプP100,P150,P280,P400及びP999のコランダ
ム研磨紙(ルージ紙)をこの順序で使用して5回の研磨工程を行った。
P100はそれを製作するスクリーンが100メッシュ/インチである
タイプを意昧する。各研磨紙は研磨ブロックに差しはめられ,研磨ブロ
ックによって50Nの力で回転している製品に押しつけられ,製品に沿
って軸方向に動かされた。最初の4回の研磨工程はそれぞれ粉発生がや
むまで行われ,既に仕上げ研磨工程に相当する最後の研磨工程は研磨紙
が付着するまで行われた。もちろん,研磨紙の代わりに相応する粒度を
有する任意の面状の研磨媒体を使用することができる。このようにして
アルミニウム合金心部と表面層とを有する油圧シリンダのピストン棒は
クローム被覆処理されたピストン棒に匹敵する卓越した表面品度を有し
ている(3頁8行∼4頁13行)。」
「図1及び図2においては粗さプロフィールY(μm)と測定区間X
()との関係が示されている。全測定区間は4であって,0.mmmm
8ずつ5つの区分に分割されている。ドイツ工業規格による計算mm
分析の結果,図1のプロフィールのドイツ工業規格値は:
平均粗さ値Ra0.4μm
平均粗さ深さRz2.5μm
粗さ深さRt3.4μm
であり,図2のプロフィールのドイツ工業規格値は:
平均粗さ値Ra0.05μm
平均粗さ深さRz0.3μm
粗さ深さRt0.3μm
である。この例で達成された0.3μmの粗さ深さはピストン若しく
はピストン棒あるいはシリンダの滑り面にとって極めて優れた値であ
り,シール部材を損傷することはない(4頁14行∼5頁5行)。」
上記の実施例には,所定の研磨条件及び研磨工程によって粗さ深さR
tが0.3μmの滑り面が得られたことが記載されているものの,所定
の研磨条件及び研磨工程と粗さ深さRtが0.3μmの滑り面が得られ
ることとの相互関係については,何ら記載されていない。
そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明においては,請求項1に
記載された製品の回転数(2500)と圧着させる力(50N,rpm)
研磨紙の粒度(タイプP100,P150,P280,P400及びP
999)を設定した上,さらに他の事項を適宜設定した場合に,粗さ深
.。,さRtが03μmの滑り面が得られたことが記載されているしかし
請求項1に記載された製品の回転数と圧着させる力,研磨紙の粒度を採
用することと,粗さ深さRtが0.3μmの滑り面を得ることとの間に
,,。どのような関係があるかについては何らの記載もなく明らかでない
したがって,請求項1に記載された製品の回転数と圧着させる力,研
磨紙の粒度を採用した場合に,常に粗さ深さRtが0.3μmの滑り面
を得ることができるとは認められないし,請求項1に記載された製品の
回転数と圧着させる力,研磨紙の粒度を採用する技術的な意義も明らか
ではない。
ウ本願発明の内容についての小括
以上によれば,請求項1の記載及び本願明細書の発明の詳細な説明の記
載を検討しても,請求項1に記載された製品の回転数と圧着させる力,研
磨紙の粒度を採用したことについての技術的意義は明らかでなく,それら
を採用したことについて技術思想の創作がいずれにあるか明らかでない。
この点につき,原告は「金属の表面を研磨加工する際に,研磨の回数,
及び研磨紙の粒度,並びに研磨紙を製品に圧着させる力という多数の要件
を具体的にどのように定め,それらをどのように組み合わせるかは,製品
に要求される面粗度や研磨対象となる面積を考慮するとしても,当業者に
とって設計的事項として簡単に設定できるようなものではなく,格別な創
作能力の発揮を必要とするものといえる」と主張するが,原告のこの主。
張は,請求項1の記載及び本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づく
ものとはいえず,採用することはできない。
()引用例2(甲2)記載の技術的事項2
ア引用例2(甲2)には「軟質金属の表面を鏡面に加工するため,加工,
機械として工具あるいは加工物を保持する部材が小さな負荷によってたわ
むような低い剛性の工作機械を使用し,工具として工具を半径方向に押付
けたときの単位幅当たりの工具のたわみに対する押付力の比として与えら
..,る工具剛性が01∼018の円板状研摩布紙工具を適用しkgf/mm2
研摩条件として第1工程では♯80ペーパ工具,押付力0.2∼0.3
,,..,kgf/mmkgf/mm第2工程では♯200ペーパ工具押付力01∼02
第3工程ではバフ工具,押付力0.05∼0.15の3工程で順kgf/mm
次に研摩表面の光沢度を向上させることを特徴とする軟質金属の鏡面加工
方法(特許請求の範囲「本発明はこれら知見に基づいて創作された。」),
,,,ものであってその構成としては軟質金属の表面を鏡面に加工するため
加工機械として工具あるいは加工物を保持する部材が小さな負荷によって
たわむような低い剛性の工作機械を使用し,工具として工具を半径方向に
押付けたときの単位幅当たりの工具のたわみに対する押付力の比として与
えられる工具剛性が0.1∼0.18の円板状研摩布紙工具をkgf/mm2
適用し,研摩条件として第1工程では♯80ベーバ工具,押付力0.2∼
0.3,第2工程では♯200ベーバ工具,押付力0.1∼0.kgf/mm
kgf/mmkgf/mm2,第3工程ではバフ工具,押付力0.05∼0.15
の3工程で順次に研摩表面の光沢度を向上させることを特徴とする(2。」
頁右下欄3行∼17行)と記載されている。
イ引用例2の上記部分には,単位幅当たりの押圧力を研磨表面の粗度(光
)。,,沢度と関連して設定することが記載されているそして上記部分には
押圧力を0.2∼0.3とすることが記載されているところ,こkgf/mm
の押圧力は,研磨幅を17∼25.5とすれば,その圧着力が,本mm
願発明に示された50N(5.1)に相当するものであって,研磨幅kgf
を上記の17∼25.5とすることは,工具による加工値として普mm
,(.)通にあり得る範囲内のものであるから圧着させる力を50N51kgf
とすることは,引用例2に実質的に記載されているといえる。
また,2500という回転数も,特開平2−284802号公報rpm
(乙3)に「例えばアルミ合金等を主体に切削する場合には,高速軽切,
削加工が必要とされている。ここで中・低速域とは一般に最大3000
程度までをいい,それ以上を高速域(最大20,000程度)とrpmrpm
して区別している(1頁右下欄7行∼12行)と記載され,工作機械分。」
野において普通に採用される範囲内のものである点に鑑みれば,2500
という回転数とすることは,格別なものではなく,当業者にとって周rpm
知であることが認められる。
()容易想到性の判断3
ア引用例2には,上記()のとおり,研磨工程で粒度が次第に減少する研2
磨紙を使用して研磨し,研磨紙を50Nの力で製品に圧着させることが記
載されている。
研磨紙からの粉発生がやむということは,それ以上研磨することができ
ない程度にまで研磨紙の砂粒が減少したためであり,その研磨紙を他のも
のと交換することは,当業者が普通に行うことであり,格別困難なことと
は認められない。また,所定の平滑度が得られた平滑面同士が付着しやす
いことは,当業者にとって技術常識であり,最後の研磨工程において面状
の研磨材が付着するまで研磨を行うことは,研磨が,その最後の研磨紙か
ら得られる平滑度に達したことを確認して研磨を終了する通常行われる手
段であるから,当業者が容易に想到し得るものである。さらに,研磨工程
を何回行うかは,作業効率やコスト等を勘案して当業者が適宜設定すれば
よい事項であり,これを5回と特定することが困難であるとは認められな
い。
イそうすると,請求項1に示された「5回の研磨工程で,粒度が次第に,
減少する研磨紙を使用して研磨し,研磨紙を50Nの力で製品に圧着させ
る」という研磨条件,及び「各研磨工程は,それぞれ粉発生がやむまで行
い,最後の研磨工程においては,面状の研磨紙が付着数するまで研磨を行
う」という研磨態様は,いずれも当業者にとって容易に想到し得る事項で
あり,これらの研磨条件と研磨態様を組み合わせることが格別に困難であ
るとは認められず,また,本願明細書の記載の内容を見ても,これらの研
磨条件と研磨態様を組み合わせることが困難であることの理由を見いだす
ことはできない。
ウこの点について,原告は,本願発明によって達成される「面粗度」が粗
さ深さRt=0.3μmであることを前提として,本願の国際出願日(平
成5年(1993年)7月14日)前において,本願発明の属する技術分
野(油圧装置又は空圧装置用のピストン及びピストン棒並びにシリンダを
製作する技術分野)において「製品に要求される面粗度」の範囲に,本,
願発明によって達成される「面粗度」である粗さ深さRt=0.3μmが
含まれていることが,公知若しくは自明な事項として当業者に認識されて
いなければならない旨主張する。
しかし,そもそも,本願発明によって達成される面粗度が粗さ深さRt
.,,=03μmであることは請求項1には特定して記載されていないから
本願発明を,達成される面粗度が粗さ深さRt=0.3μmであるものに
限定して解することはできない。したがって,原告の上記主張は,その前
提において採用することができないから,粗さ深さRt=0.3μmが公
知又は自明な事項として当業者に認識されていたか否かにかかわらず,原
告の上記主張は,採用することができない。
()小括4
以上によれば,本願発明は,引用発明1,引用例2記載の技術的事項及び
従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
る。したがって,取消事由1に関する原告の主張は採用することができず,
取消事由1は理由がない。
()2本願発明の顕著な作用効果看過による容易想到性の判断の誤り取消事由2
について
()原告は,本願発明によって達成可能な面粗度が粗さ深さRt=0.3μ1
mであることを前提として,これが従来達成可能であった表面粗さの値の半
分以下となっているから,本願発明の奏する作用効果は,当業者が予測し得
ないものであって,格別顕著なものである旨主張するので,この点について
検討する。
()引用例1には,どのような研磨紙を用い,どのように研磨するかについ2
,,,ては記載されていないが引用例2には研磨紙として♯80のペーパ工具
♯200のペーパ工具及びバフ工具を用いて所定の押付力で研磨した2つの
実施例についての表面粗さが記載されている。他方,本願発明は,5回の研
磨工程で,タイプP100,P150,P280,P400及びP999の
研磨紙を使用して研磨し,各研磨工程をそれぞれ粉発生がやむまで行い,最
後の研磨工程において面状の研磨紙が付着するまで研磨を行うというもので
ある。
しかし,前述のとおり,5回の研磨工程で,粒度が次第に減少するタイプ
P100,P150,P280,P400及びP999の研磨紙を使用して
研磨すること,及び各研磨工程をそれぞれ粉発生がやむまで行うことは,当
業者にとって容易に想到し得る事項であり,当業者にとって格別の困難性は
見いだせない。そして,研磨加工する製品の粗さ深さが設定されれば,当業
者はそれを達成するために,研磨紙の粒度や研磨回数,及び研磨の態様を適
宜決定して行うものと認められ,研磨回数を多くし,より細かい粒度の研磨
()紙を用いることにより表面粗さが向上する粗さ深さRtが小さい値になる
こと,及び研磨紙をどの程度まで使用するかに応じて表面粗さが変化するこ
とは,技術常識から明らかである。
そうすると,引用例1に記載された十点平均粗さRz,及び引用例2に記
載された実施例についての表面粗さRmaxと,本願明細書に記載された平
均粗さ深さRz及び粗さ深さRtの値とを単に比較して,本願明細書に記載
された表面粗さの値が引用例1及び引用例2に記載された値の半分以下とな
ったとしても,それは,当業者が容易に予測し得る範囲内のものであると認
められる。
()したがって,本願発明に顕著な作用効果がある旨の原告の主張は,採用3
することができない。そして,作用効果の点を考慮しても,本願発明は,引
用発明1,引用例2記載の技術的事項及び従来周知の事項に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものであるといえる。
3結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決にこれ
を取り消すべきその他の違法もない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官中平健
裁判官上田洋幸

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