弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1(1) 原告らと被告との間で,原告ら(原告らのうち別紙1記載の者について
は,業務の都合により必要があるときを除く。以下,1(2)及び2において同
じ。)が,シングル編成(2名編成機の場合は操縦士2名による編成,3名編成機
の場合は操縦士2名及び航空機関士1名による編成をいう。以下同じ。)で予定着
陸回数が1回の場合,連続する24時間中,乗務時間9時間を超えて,又は勤務時
間13時間を超えて予定された勤務に就く義務のないことを確認する。
(2) 原告らと被告との間で,原告らが,シングル編成で予定着陸回数が2回の
場合,連続する24時間中,乗務時間8時間30分を超えて,又は勤務時間13時
間を超えて予定された勤務に就く義務のないことを確認する。
2 原告らと被告との間で,原告らが,国内線の乗務は連続3日を超えないことを
確認する。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを4分し,その3を原告らの負担とし,その余を被告の負担と
する。
       事実及び理由
第1章 請求
第1 16219号事件原告ら
 原告らと被告との間で,原告らの勤務について以下のことを確認する。
1(1) シングル編成(2名編成機の場合は操縦士2名による編成,3名編成機
の場合は操縦士2名及び航空機関士1名による編成をいう。以下同じ。)で予定着
陸回数が1回の場合,連続する24時間中,乗務時間9時間を超えて,又は勤務時
間13時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。
(2) シングル編成で予定着陸回数が2回の場合,連続する24時間中,乗務時
間8時間30分を超えて,又は勤務時間13時間を超えて予定された勤務に就く義
務のないこと。
(3) シングル編成で予定着陸回数が3回の場合,連続する24時間中,乗務時
間7時間30分を超えて,又は勤務時間12時間を超えて予定された勤務に就く義
務のないこと。
(4) シングル編成で予定着陸回数が4回の場合,連続する24時間中,乗務時
間6時間を超えて,又は勤務時間10時間を超えて予定された勤務に就く義務のな
いこと。
(5) シングル編成で,連続する24時間中,着陸回数が4回を超えて予定され
た勤務に就く義務のないこと。
(6) マルティプル編成(シングル編成に,2名編成機の場合は操縦士1名を,
3名編成機の場合は操縦士1名及び航空機関士1名を,それぞれ追加した編成をい
う。以下同じ。)の場合,連続する24時間中,乗務時間14時間を超えて,又は
勤務時間20時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。
2 乗務割の一連の乗務の実施中,機長が他の運航乗務員との協議の上決定した場
合を除き,着陸回数,乗務時間,勤務時間についての以下のジェット機の連続する
24時間中の乗務時間及び勤務時間制限を超えて乗務又は勤務する義務のないこ
と。
 シングル編成の場合で予定着陸回数1回の場合,乗務時間9時間,勤務時間13
時間,同予定着陸回数2回の場合,乗務時間8時間30分,勤務時間13時間,同
予定着陸回数3回の場合,乗務時間7時間30分,勤務時間12時間,同予定着陸
回数4回の場合,乗務時間6時間,勤務時間10時間,マルティプル編成の場合,
乗務時間14時間,勤務時間20時間
3 乗務時間が月間80時間,年間840時間を超えて予定された乗務に就く義務
のないこと。
4(1) あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かにかかわら
ず,宿泊を伴う休養は,少なくとも12時間を有すること。
(2) 東京から連続して12時間以上,デッドヘッド(運航乗務員が乗務を目的
として,自社又は他社機により基地又は目的地に移動すること。以下同じ。)する
場合,次の乗務に先立ち少なくとも連続24時間の休養時間を有すること。
(3) 東京―サンフランシスコ間のデッドヘッドについては,次の乗務に先立ち
少なくとも連続24時間の休養時間を有すること。
(4) 自宅スタンドバイ(スタンドバイとは,乗務割りの不時の変更に備え,休
養施設において乗務に就き得る状態を維持することをいう。この項及び7において
以下同じ。)終了後,次の乗務に先立ち,国際線においては少なくとも12時間
の,国内線においては少なくとも6時間の,休養時間を有すること。
5(1) 国際線において離基地日数1日の場合,1日の休日を受けること。
(2) 国際線において,離基地日数9日の場合4日の休日,離基地日数12日な
いし14日の場合5日の休日を受けること。
6 国内線の乗務は連続3日を超えないこと。
7 スタンドバイからの起用の場合,
(1) 国際線については,スタンドバイに先立ち,あらかじめその対象便として
指定された1便又は同一の路線群(路線群の区分は,①本邦内・韓国地域,②中国
地域,③台湾を含む東南アジア地域,④グァム,サイパンを含む太平洋地域,⑤西
南アジア地域,⑥北極地域,⑦ヨーロッパ地域,⑧ロシア地域,⑨北アメリカ地
域,⑩南アメリカ地域,の別による。)に属し,かつ出発時刻が4時間以内に予定
された2便でない限り,乗務する義務のないこと。
(2) 乗務以外の勤務に就く義務のないこと。
第2 13996号事件原告ら
 6219号事件原告らの請求と同じ。
第2章 事案の概要
 定期航空運送事業者(航空会社)である被告は,従前,労働組合と労働協約を締
結して運航乗務員(以下,「運航乗務員」を「乗員」ともいう。「乗員」は,厳密
には,運航乗務員と客室乗務員を併せた概念であるが,文献等で「運航乗務員」の
意味で「乗員」の語を使用している場合もあり,特に断らない限り,「運航乗務
員」の意味で「乗員」の語を用いる。)の勤務基準(労働条件の基準と同じ意味で
ある。)を定め,これと同じ内容を就業規則の付随規定である「運航乗務員就業規
程」(以下「旧就業規程」という。)で定めるとともに,旧就業規程で定めていな
い勤務基準については労働協約に依っていたが(以下,旧就業規程ないし労働協約
で定められた勤務基準を「旧勤務基準」という。),平成5年3月から同年8月に
かけて労働組合に対し,労働協約を解約する旨通告した上,同年10月22日,運
航乗務員の勤務基準について,旧就業規程を変更した新たな「運航乗務員就業規
程」を定めた(以下,改定後の同規程を「新就業規程」と,そこで定められた勤務
基準を「新勤務基準」と,旧就業規程から新就業規程への変更を「本件改定」とい
う。)。
 本件は,被告に副操縦士又は航空機関士として勤務している原告ら(一部はその
後機長又は先任航空機関士に昇格している。)が,原告らの請求に係る部分の本件
改定は無効であり,旧勤務基準の適用があるなどと主張して,旧勤務基準を超える
勤務基準(新勤務基準)に基づく勤務に就く義務がないこと等の確認を求める事案
である。
 なお,原告らと同様,被告に副操縦士又は航空機関士として勤務している者の一
部の者は,先に東京地方裁判所に,原告らと同様旧勤務基準を超える勤務基準(新
勤務基準)に基づく勤務に就く義務がないこと等の確認を求める訴訟を提起してい
たが(東京地方裁判所平成6年(ワ)第7883号事件ほか。以下「1陣訴訟」と
いう。),同裁判所は,平成11年11月25日,請求の一部を認容する判決(以
下「1陣判決」という。)を言い渡した。
第1 前提事実
(以下,事実認定については,争いのない事実を含む。証拠に基づき認定した事実
については,該当箇所に証拠を摘示したが,争いのない事実であっても,参照の便
宜のため証拠を摘示した部分もある。書証については,特に断らない限り,枝番を
含む。掲記した証拠中には,採用した部分と採用しない部分が混在したものもある
が,不採用部分を特に断わることはしない。)
1 当事者等
(1) 被告
 被告は,国際線及び国内線における定期航空運送事業等を目的とする株式会社で
ある。
(2) 原告ら
 原告らは,いずれも被告に雇用され,本件訴訟提起当時,被告の副操縦士又は航
空機関士として勤務していた運航乗務員である。
 原告らのうち,別紙1記載の者(以下「機長等昇格者」という。)は,本件訴訟
提起後,機長又は先任航空機関士(以下「機長等」という。)に昇格している。別
紙2記載の者は,本件改定当時,運航乗務員訓練生であった者である。
(3) 平成5年ころの被告における労働組合の組織状況
ア 被告の従業員構成(平成5年当時)
 被告における平成5年4月当時の従業員の構成は,おおよそ次のとおりであっ
た。
総従業員数             約2万1500名
管理職数(運航乗務員の管理職を含む)約  4700名
運航乗務員数            約  1500名
客室乗務員数            約  6300名
地上職員数             約  9000名
イ 労働組合の組織状況(平成5年当時)
 被告には,本件改定が行われた平成5年ころ,次の(ア)から(カ)の労働組合
が存在し,それぞれ以下のような組織状況であった。(甲162,354,乙4
5,405)
(ア) 日本航空乗員組合
a 日本航空乗員組合(以下「乗員組合」という。)は,昭和48年11月22日
に設立され,被告の副操縦士,航空機関士,セカンドオフィサー及びこれらの要員
(運航乗務員訓練生)のうち,管理職以外の者で組織された労働組合であり,平成
5年9月17日現在では,副操縦士,航空機関士,運航乗務員訓練生1479名の
全員が加入していた。
 原告ら(機長等昇格者を除く。)は,いずれも乗員組合の組合員であり,機長等
昇格者も本件改定当時乗員組合の組合員であった。
b 乗員組合の設立経緯は,以下のとおりである。
 昭和26年11月17日,被告の労働組合としては初めて日本航空労働組合が設
立された。昭和29年9月27日,同組合から日本航空乗員組合が独立して別個の
組合を形成し,また,昭和41年7月10日,日本航空労働組合から日本航空運航
乗員組合(以下「運航乗員組合」という。)が分裂したが,同組合は,昭和48年
11月22日に日本航空乗員組合と合併し,現在の乗員組合が設立された。
(イ) 日本航空機長組合
 日本航空機長組合(以下「機長組合」という。)は,昭和61年8月1日に設立
され,被告の運航乗務員で被告が管理職扱いをしている機長で組織された労働組合
であり,平成5年7月31日現在では,被告の日本人機長1045名のうち968
名が加入していた。
(ウ) 日本航空先任航空機関士組合
 日本航空先任航空機関士組合(以下「先任組合」という。)は,昭和62年2月
10日に設立され,被告の運航乗務員で被告が管理職扱いをしている先任航空機関
士で組織された労働組合であり,平成5年7月31日現在では,132名が加入し
ていた。
(エ) 日本航空客室乗務員組合
 日本航空客室乗務員組合(以下「客乗組合」という。)は,昭和40年12月2
3日に設立され,被告の客室乗務員の一部で組織された労働組合であり,平成5年
10月現在では,1609名が加入していた。
(オ) 全日本航空労働組合
 全日本航空労働組合(以下「全日航労組」という。)は,昭和44年8月25日
に設立され,被告の地上職員及び客室乗務員の一部で組織された労働組合であり,
平成5年10月現在では,地上職員8316名及び客室乗務員4372名が加入し
ていた。
(カ) 日本航空労働組合
 日本航空労働組合(以下「日航労組」という。)は,昭和41年8月に設立さ
れ,被告の地上職員で組織された労働組合であり,平成5年10月現在では,32
9名が加入していた。
2 運航乗務員による業務遂行に関する法規制等
(1) 労働基準法による労働時間の規制との関係
 労働基準法(以下「労基法」という。)32条は,労働者の1週間の労働時間を
40時間を超えてはならないと規定し(同条1項),1日の労働時間を8時間を超
えてはならないと規定している(同条2項)が,その例外として,同法32条の2
は,いわゆる1箇月単位の変形労働時間制を採ることができる旨を定めている。
 被告は,副操縦士及び航空機関士の労働条件の基準を定める就業規則として運航
乗務員就業規程を制定している。原告ら運航乗務員の労働時間は,1日当たり8時
間を超える場合もあるが,被告は同規程(新就業規程。甲4)5条1項において,
「運航乗務員の勤務は,労基法32条の2によるものとし,1ヶ月を平均し1週4
0時間15分を超えない範囲で1日8時間を超えて就業させることがある。」と規
定し,変形労働時間制を採っている。これは,旧就業規程(甲3)においても同様
であった(ただし,「1ヶ月を平均し」ではなく「4週間を平均し」としてい
た。)。
(2) 航空法による規制との関係
ア 航空法と国際民間航空条約との関係
 航空法は,我が国が批准している国際民間航空条約に従って制定されたものであ
る。
 国際民間航空条約は,航空機の運航の方法について国際的に統一し,国際民間航
空の発達のため,各条約締結国が,航空規則の制定に当たっては,この条約及びこ
の条約に基づいて設定される規則にできる限り一致させることを約束する旨を定
め,さらに,航空に関する規則,手続等の統一により,航空を容易にするために,
国際民間航空機構(International Civil Aviation
 Organization。以下「ICAO」という。)が,国際標準並びに勧
告方式及び手続を随時採択する旨を定めている(同条約12条,37条。甲97
7,乙329)。
 ICAOによって採択された付属書のうち,航空機の運航につき直接規定した第
6付属書(甲479,1192)は「標準」及び「勧告方式」とに別れる。「標
準」は,その統一的適用が国際航空の安全または正確のため必要と認められる細則
であり,締結国はこれを遵守し,遵守不可能の場合は,理事会への通告が義務づけ
られている。「勧告方式」は,その統一適用が国際航空の安全,正確又は能率のた
めに望ましいと認められる細則であり,各締結国は,これを遵守するよう努力すべ
き義務を負うに止まる。我が国では,同付属書で定める標準の大部分が,航空法,
同施行規則,告示等に盛り込まれ,あるいは法令の運用により具体化されている。
イ 航空法の規定
(ア) 目的
 航空法(本件改定当時のもの。以下同じ。)1条は,同法の目的について,以下
のとおり規定している。
「第1条 この法律は,国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択
された標準,方式及び手続に準拠して,航空機の航行の安全及び航空機の航行に起
因する障害の防止を図るための方法を定め,並びに航空機を運航して営む事業の秩
序を確立し,もつて航空の発達を図ることを目的とする。」
(イ) 乗務割
 航空法68条は,航空機乗組員の乗務について以下のように規定し,同法145
条11号は,航空機の使用者がこれに違反したときは罰金に処する旨規定してい
る。
「(乗務割の基準)
第68条 航空運送事業を経営する者は,運輸省令で定める基準に従って作成する
乗務割によるのでなければ,航空従事者をその使用する航空機に乗り組ませて航空
業務に従事させてはならない。」
 同法施行規則(本件改定当時のもの。以下同じ。)は,同法68条を受けて以下
のように規定している。
「(乗務割の基準)
第157条の3 法第68条の運輸省令で定める基準は,次のとおりとする。
1 航空機乗組員の乗務時間(航空機に乗り組んでその運航に従事する時間をい
う。以下同じ。)が,次の事項を考慮して,少なくとも24時間,1暦月,3暦月
及び1暦年ごとに制限されていること。
イ 当該航空機の型式
ロ 操縦者については,同時に運航に従事する他の操縦者の数及び操縦者以外の航
空機乗組員の有無
ハ 当該航空機が就航する路線の状況及び当該路線の使用飛行場相互間の距離
ニ 飛行の方法
ホ 当該航空機に適切な仮眠設備が設けられているかどうかの別
2 航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間
及び乗務時間以外の労働時間が配分されていること。」
(ウ) 運航規程及び整備規程
 航空法104条は,運航規程及び整備規程について以下のとおり規定している。
定期航空運送事業者等が同条1項に規定する運航規程によらないで航空機を運航し
たときは,罰金に処せられる(同法157条1号)。
「(運航規程及び整備規程の認可)
第104条 定期航空運送事業者は,運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関
する事項について運航規程及び整備規程を定め,運輸大臣の認可を受けなければな
らない。これを変更しようとするときも同様である。
2 運輸大臣は,前項の運航規程又は整備規程が運輸省令で定める技術上の基準に
適合していると認めるときは,同項の認可をしなければならない。」
 これを受けた航空法施行規則では,以下のとおり規定している。
「(運航規程及び整備規程の認可申請)
第215条 法第104条第1項の規定により,運航規程または整備規程の設定又
は変更の認可を申請しようとする者は,次に掲げる事項を記載した運航規程設定
(変更)認可申請書又は整備規程設定(変更)認可申請書を運輸大臣に提出しなけ
ればならない。(1号から3号 略)
(運航規程及び整備規程)
第216条 法第104条第1項(法第122条第1項において準用する場合を含
む。)の運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関する事項は次の表の上欄に掲
げるとおりとし,同条第2項(法第122条第1項において準用する場合を含
む。)の運輸省で定める技術上の基準は同表の上欄に掲げる事項についてそれぞれ
同表の下欄に掲げるとおりとする。
(上欄)
1 運航規程(中略)
ニ 航空機乗組員の乗務割及び運航管理者の業務に従事する時間の制限
(下欄)
 航空機乗組員の乗務割は第157条の3の基準に従うものであり,運航管理者の
業務に従事する時間は運航のひん度を考慮して運航管理者の職務に支障を生じない
ように制限されているものであること。」
(エ) 技術部長通達
a 運輸省(現国土交通省。以下「運輸省」という。)は,上記(ウ)の技術上の
基準(法第104条第2項)の細目として,同省航空局技術部長作成の「定期航空
運送事業者の行う国際運航に従事する航空機乗組員の連続24時間以内の乗務時間
制限及び編成に関する基準」(制定・空航第577号平成2年6月26日,一部改
正・空航第204号平成4年3月31日,一部改正・空航第985号平成4年12
月21日。以下「技術部長通達」といい,制定時のものを「平成2年技術部長通
達」と,平成4年12月21日改正のものを「平成4年技術部長通達」という。乙
87,88)を定めている。平成4年技術部長通達においては,以下のとおり乗務
時間制限が規定されている。
「3.乗務時間制限
(1) 事業者は,別表に定める時間を超えて,航空機乗組員の乗務予定時間を設
定してはならない。(乗務予定時間とは,時刻表の運航予定時間に基づき算定され
る当該便の出発時刻から到着時刻までをいう。)
(2) 12時間を超える乗務が予定されている場合には,航空機内に適切な仮眠
設備を設けること。
別表
最少航空機乗組員 乗員編成          乗務予定時間
2名の操縦士   1名の機長及び1名の操縦士 12時間以下
         1名の機長及び2名の操縦士 12時間超
2名の操縦士及び 1名の機長及び1名の操縦士 12時間以下
1名の航空機関士 並びに1名の航空機関士
         1名の機長及び2名の操縦士 12時間超
         並びに2名の航空機関士
b 技術部長通達制定及び改正の経緯は以下のとおりである。
 運輸省航空局は,平成2年8月に我が国においてB747-400型機が太平洋
線に就航することとなることを契機に,同年5月,我が国の定期航空運送事業者
(航空会社)の航空機乗組員の長距離運航における乗務時間制限及び編成の基準を
制定することとし,社団法人日本航空機操縦士協会(Japan Aircraf
t Pilot Asociation。以下「JAPA」という。)にその内容
の検討を依頼した。
 JAPAは,この依頼を受けて,航空機操縦士,学者,医者等の専門家から成る
「長距離運航に係わる乗員編成についての検討委員会」(以下「検討委員会」とい
う。)を設立した。
 検討委員会は,連続する24時間における乗務時間制限及びそれに関連する編成
の基準を中心に検討を行い,同年6月25日,「定期航空運送事業者が行う国際線
の運航に従事する航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準(案)について」と題
する中間報告(以下「中間報告」という。甲332)を取りまとめた。
 中間報告は,乗務時間制限について,定期航空運送事業者は,次の時間を超え
て,航空機乗組員の乗務を予定してはならないとし,12時間超の場合は,航空機
内に適切な仮眠設備を設けることとした。
最少航空機   乗員編成               乗務予定時間
乗組員
機長及び副操縦 機長1名及び副操縦士1名       8時間以下
士       機長1名及び副操縦士2名       8時間超,
                           12時間以下
        機長1名及び副操縦士3名       12時間超
機長,副操縦士 機長1名,副操縦士1名及び航空機関士 12時間以下
及び航空機関士 1名
        機長1名,副操縦士2名及び航空機関士 12時間超
        2名
 運輸省航空局技術部長は,中間報告を受けて,平成2年技術部長通達を発した。
同通達では,乗務時間制限については,中間報告と同様の内容の基準が定められ
た。
 検討委員会は,その後中間報告による2名編成機(1名の機長及び1名の操縦士
から成る乗員編成機。以下「2マン機」ともいう。)の乗務時間制限の基準の再検
討に着手し,平成4年12月運輸省航空局に「長距離運航における航空機乗組員の
乗務時間制限及び編成基準」と題する最終報告書(甲75,乙172。以下「最終
報告」という。)を提出した。この最終報告では,「国際線長距離運航を行う新世
代2マン機に乗務する航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準は,3マン機に乗
務する航空機乗組員に適用される乗務時間制限及び編成基準と同一とすることが適
当である。」とされた。なお,3マン機(以下「3名編成機」ともいう。)とは,
1名の機長及び1名の操縦士並びに1名の航空機関士から成る乗員編成機をいう。
 運輸省航空局技術部長は,最終報告を受けて,平成4年技術部長通達を発した。
同通達の定める乗務時間制限は,上記aのとおりである。
 なお,運輸省航空局技術部運航課長は,平成12年1月31日,「運航規程審査
要領細則」(空航第78号。以下「審査細則」という。乙302)を定めたが,こ
の細則における国際運航に従事する航空機乗組員の連続24時間以内の乗務時間制
限及び編成の基準は,平成4年技術部長通達と同一内容である。この細則制定によ
り,技術部長通達は廃止された。
(3) 運航規程
ア 被告は,航空法及び同法施行規則に基づき,運航規程を定め,運輸大臣からそ
の認可を受けている。被告の現行の運航規程中,運航乗務員の勤務及び休養,乗務
割の基準及び運用についての内容は,別紙3のとおりである(乙85の(2))。
イ 被告の運航規程のこれまでの改定経緯
(ア) 被告の運航規程の規定内容のうち,乗務時間及び勤務時間の制限は,昭和
41年8月1日に運航規程が労使協定の内容と切り離され別個に定められたときに
規定されたものであり,そのうち1暦月,1暦年の乗務時間制限は現在まで全く変
更がないが,連続する24時間中の乗務時間及び勤務時間制限は,平成2年8月1
日付け改定,平成5年2月20日付け改定を経て現行の規定内容に至っている。
 被告は,平成2年技術部長通達が定められた後,平成2年8月1日付けで,被告
の運航規程中,国際線シングル編成の場合の乗務時間及び勤務時間制限を,着陸回
数に関係なく次のとおりにする旨変更した(乙450)。
      乗務時間制限 勤務時間制限
(改正前)
3名編成機 10時間   15時間
2名編成機  8時間   13時間
(改正後)
3名編成機 12時間   15時間
2名編成機  8時間   13時間
 その後,被告は,技術部長通達が平成4年技術部長通達に改正された後,平成5
年2月20日付けで運航規程を改定した。その乗務時間及び勤務時間制限は上記ア
のとおりであり,国際線シングル編成について,3名編成機,2名編成機を区別す
ることなく,乗務時間制限は12時間,勤務時間制限は15時間としている。
 なお,シングル編成の着陸回数別の乗務時間及び勤務時間制限は,昭和41年8
月1日付け運航規程の改定時に運航規程から削除され,それ以降現在まで運航規程
には定められていない。
(イ) 休養の付与に関して,昭和40年3月30日付け改定時には,出発前の勤
務時間が5時間を超えて乗員の交替なく乗務するとき及び乗務又は勤務が時間制限
を超えたときの各休養時間(それぞれ少なくとも12時間)を定めるのみであった
が,昭和41年8月1日付け改定時に,乗務時間等の制限を超えて乗務した場合及
び航空機便乗の際に基準時間を超えて勤務する場合の各休養時間(それぞれ少なく
とも12時間),基地における休養及び休日並びにマルティプル編成(以下「マル
チ編成」ともいう。)時の休養時間が定められた。
 平成5年2月20日付け改定による現行の運航規程は,おおむね昭和41年8月
1日付け改定の内容を引き継いでいるが,乗務割の基準として,休養時間につき,
「乗務のための勤務終了後,基地以外の休養地で少なくとも連続12時間の休養を
与える」との原則を初めて明確な形で定めるとともに,これを「連続10時間とす
ることができる」との例外を定め,かつ「連続する7暦日のうち少なくとも1暦日
(外国においては連続24時間)の休養を与える」旨定めている。
(ウ) 乗務の中止についての定めは,昭和41年8月1日付け改定時に運航規程
に定められた。被告と当時の日本航空運航乗員組合は,同年10月25日付けで
「運航乗員の勤務に関する協定書」及びこれに付帯する「覚書」「了解事項」(以
下「昭和41年協定」という。)を締結したが,両者で構成する勤務協定委員会が
作成した「運航乗員の勤務に関する協定書の解説」(以下「解説書」という。乙
2)には,同協定の「10.乗務時間及び勤務時間の延長及び中断 (1) 乗務
割の一連の乗務の実施中における乗務時間,勤務時間又は着陸回数の延長及び中断
は,他の乗員と協議し機長の決定による。」等の解説として,「従来の協定では,
国内線・国際線別に延長の限度が定められていたが運用上弾力性に欠けていた面も
あったので,今回の協定では,予定された乗務は運航の安全性に支障なき限り完遂
することを原則とした。この場合完遂の可否に際しては他乗員と協議の上機長の最
終判断により決定される。他方,乗務時間,勤務時間の制限内でも安全上支障あり
と機長が判断する場合は乗務の中止もあり得ることは勿論である。」と記載されて
いる(21頁から22頁まで)。
(エ) 基地における1暦月中の休養及び休日数の原則は,昭和41年8月1日付
け改定時に「基地における休養および休日数は1暦月に7暦日とする」として運航
規程に定められ,現在まで変更なく引き継がれている。
(4) 就業規則と勤務協定等の労働協約について
ア 被告は,昭和38年12月18日に就業規則(甲4)を制定し,昭和39年1
月11日から実施したが,労働時間,休憩及び休日等の労働条件についての規定は
運航乗務員には適用されず(64条3号),その後,昭和46年3月1日(同日実
施)に「運航乗務員就業規程」が,昭和55年3月18日(同月20日実施)に
「運航乗務員訓練・審査就業規程」がそれぞれ制定されたが,その内容は,組合員
の勤務条件は組合との協約がある場合には協約の定めるところによるというもので
あって,運航乗務員の労働時間,休憩,休日等の労働条件の基準は,その勤務の特
殊性に鑑みて,海外航空会社の例にならい,被告と運航乗務員により構成される労
働組合との間の労働協約のみによって定められていた。
イ 運航乗務員の労働条件を定めた労働協約は,ジェット機の導入などを契機とし
て何度か改定が行われ,昭和48年7月31日,被告と乗員組合及び運航乗員組合
との間で,運航乗務員の労働条件を定める「運航乗務員の勤務に関する協定書」が
取り交わされて労働協約が締結された(以下,この昭和48年7月31日に被告と
乗員組合との間に締結された勤務協定を単に「勤務協定」又は「旧勤務協定」ある
いは「旧協定」という。)。
 勤務協定の内容は別紙4のとおりであり(甲1の76頁以下),同協定は,被告
の航空機の実際の運航における運航乗務員の労働条件の基準(勤務基準)を定める
ものであった。
 昭和55年3月20日,被告は,運航乗務員就業規程を改定し,運航乗務員の勤
務基準について勤務協定と同じ内容の規定を設けた。これが旧就業規程であり,そ
の内容は別紙5「運航乗務員就業規程改訂内容対比表」の「従来の就業規程」欄記
載のとおりである(甲3,乙3)。
 被告と乗員組合との間には,勤務協定以外にも労働協約が締結され,平成5年3
月ころには,被告と乗員組合との間に以下のような様々の期限の定めのない労働協
約が存在した(甲1)。
① 「運航乗務員の送迎に関する協定書」(昭和48年5月26日締結)
② 「LAX→NRT直行便に関する確認書」(昭和53年7月31日締結。「L
AX→NRT」は,ロサンゼルスを出発して成田に到着することを意味する。
「→」の意味について以下同じ。)
③ 「SFO→TYO直行便に関する確認書」(昭和50年10月31日締結。
「SFO」はサンフランシスコを,「TYO」は東京を,意味する。)
④ 乗務の支度料に関する「協定書」(昭和38年4月24日締結)
⑤ 「運航乗務員の勤務に関する協定書」(勤務協定。昭和48年7月31日締
結)
⑥ TYO―SFO間のデッドヘッド後の休養時間に関する「覚書」(昭和48年
7月31日締結。以下「本件覚書」ともいう。)
 本件覚書では,「日本航空株式会社と,日本航空運航乗員組合は,日本航空乗員
組合とは,『運航乗員の勤務に関する協定書』『適用』第20項の規定にかかわら
ず,TYO―SFO間のDEAD HEADについても次の乗務に先立ち,少なく
とも連続24時間を与えるものとし,便乗運航機の遅延等やむをえない場合には,
当該地到着後連続18時間を与えた後に乗務しうることにつき,合意する。」とさ
れている。
⑦ 勤務協定中の機長に関する規定の取扱いに関する「覚書」(昭和48年7月3
1日締結)
⑧ 路線別了解事項の適用に関する「確認書」(昭和50年3月31日締結)
⑨ 休日数,デッドヘッドに関する「確認書」(昭和52年12月31日締結)
⑩ 月間休日数に関する「確認書」(平成2年4月1日締結)
⑪ 「乗務手当に関する協定書」(平成2年4月16日締結)
⑫ 「海外乗務旅費に関する協定書」(平成4年4月23日締結)
⑬ 昭和48年4月24日まで有効であった「教官等の勤務に関する協定書」及び
付帯覚書,細則等の取扱いに関する「覚書」(昭和48年7月31日締結)
⑭ NAPA運航乗員訓練所におけるアロー教官の取扱いに関する「確認書」(昭
和53年10月1日締結)
⑮ 仙台におけるアズテック教官の取扱いに関する「確認書」(昭和58年12月
9日締結)
⑯ 副操縦士のシミュレーター教官の勤務条件及び待遇に関する「協定書」(昭和
59年9月27日締結)
⑰ 副操縦士のシミュレーター教官の取扱いに関する「確認書」(昭和59年9月
27日締結)
 被告と乗員組合とは,これらの各労働協約のほかに,毎年冬期(11月1日から
翌年3月31日まで)・夏期(4月1日から10月31日まで)の各半期ごとに東
京―ニューヨーク,東京―ワシントン等の長大路線(長距離国際線)について,各
路線ごとに路線別協定等を締結していた。
3 本件改定以前の航空業界をめぐる状況及び被告の経営状況の推移,対応策の概

(1) 航空業界をめぐる状況
 昭和60年に国内航空3社の事業分野を定めたいわゆる「45―47体制」が廃
止され,さらに同年のプラザ合意に端を発した急速な円高が進行した。我が国の海
外旅行市場は急激な円高とバブル経済の下で急成長を続け,平成元年度には日本人
出国者が1000万人に迫り,世界有数のマーケットとなった。日本市場の旺盛な
需要と円高は,外国航空会社にとって日本円収入の魅力を増大させ,アメリカン航
空,デルタ航空など海外の巨大航空会社が相次いで日本市場に新たに参入し,供給
は飛躍的に増大した。
(2) 被告の経営状況の推移
 被告の昭和59年度以降平成4年度までの経常損益の推移は次のとおりであった
(△は損失を示す)。
昭和59年度  220億円
昭和60年度 △ 16億円
昭和61年度   37億円
昭和62年度  324億円
昭和63年度  437億円
平成元年度   527億円
平成2年度   248億円
平成3年度  △ 60億円
平成4年度  △538億円
(3) 被告の経営策
 被告は,平成3年2月20日,社長を委員長とする「構造改革委員会」を設置し
た。平成4年6月1日,同委員会は,①国内線の充実など事業運営体制の再構築,
②路線の再編成など生産面の改革,③人件費効率の向上などコスト構造改革,④イ
ールドの向上など販売構造改革,⑤業務運営体制の見直しなど意識構造改革等,コ
スト競争力の強化を最重要課題とする構造改革施策を策定した。
 被告は,同年以降この施策に従い,国際線路線の再編成,国内線の路線拡充,運
航委託その他の運航形態の多様化等,収入増強策及びコスト競争力の強化に着手し
た。
4 労働組合との交渉,労働協約の解約及び本件改定
(1) 労働組合との交渉
 被告は,平成5年1月29日,乗員組合に対し,「人件費関連施策について」と
題する書面(以下「人件費関連施策について」という。乙10)をもって,被告の
逼迫した経営危機の概況と企業構造の見直しによる人件費効率向上の必要性を説明
した上,同日付け「人件費関連施策の具体策について」と題する書面(以下「人件
費関連施策の具体策について」という。乙11)により,同書面に別紙として添付
した「運航乗員の勤務に関する協定書」改定概要,「運航乗務員の通勤に関する協
定」(案),「海外乗務旅費に関する協定」(案),「支度料に関する協定」
(案)のとおりに勤務協定,通勤制度,諸手当,旅費制度及び支度料等を改める案
等を提示した。
 さらに,被告は,乗員組合に対し,同年2月19日には,これらを具体化した
「人件費関連施策に基づく諸手当改定案の骨子について」を,同月26日には,新
就業規程の骨格となった「運航乗務員の勤務に関する協定(案)について」と題す
る書面(以下「協定案」という。乙60)を各提示するなどした。
 被告の勤務協定等の改定の申入れの後,同年2月1日に事務折衝が持たれ,同年
2月8日に団体交渉が行われたが,原告らが所属する乗員組合は,「改悪のみの提
案は認められない」として,被告の申入れを拒否した。
 被告と乗員組合は,以後同年11月1日までの約9か月の間に19回の事務折衝
と26回の団体交渉を含む各種協議,交渉を行った。
(2) 労働協約の解約
 被告は,協定案等に乗員組合が応じなかったので,平成5年3月23日,乗員組
合に対し,文書により,同年6月30日限り上記2(4)イの①ないし③及び④の
各労働協約を解約する旨の通告をしたが,その後,解約日を同年10月31日に延
期した。
 被告は,同年7月22日,乗員組合に対し,文書により,同年10月31日限り
上記2(4)イ⑤ないし⑩及び⑪,⑫の各労働協約を解約する旨の通告をした。
 被告は,同年8月3日,乗員組合に対し,文書により,同年10月31日限り上
記2(4)イ⑬ないし⑰の各労働協約を解約する旨の通告をした。
 同年10月31日をもって上記2(4)イ①から⑰の勤務協定等の労働協約はす
べて解約された。
(3) 本件改定等
ア 被告は,上記2(4)イのとおり,勤務協定と同一内容の旧就業規程を定めて
いた。
イ 被告は,平成5年10月22日,旧就業規程及び運航乗務員訓練・審査就業規
程の一部を改定し(本件改定。施行日は同年11月1日),全日航労組の意見を聞
いた上,同年11月15日に新就業規程及び改定後の運航乗務員訓練・審査就業規
程を所轄労働基準監督署長に届け出た。新就業規程の内容は,別紙5「運航乗務員
就業規程改訂内容対比表」の「改訂就業規程」欄記載のとおりである。
 本件改定についての全日航労組の意見は,「運航乗務員を組織していないので,
意見は差し控える。」というものであり,乗員組合,機長組合,先任組合など運航
乗務員の組合は反対の意見を表明していた。
ウ 本件改定の内容を,原告らの請求との対応で概観すると,以下のとおりであ
る。
(ア) 乗務時間及び勤務時間について(請求1(1)ないし(6)関係)
 従来は,シングル編成の場合,連続する24時間中,予定着陸回数が1回の場
合,乗務時間は9時間,勤務時間は13時間,同2回の場合,乗務時間は8時間3
0分,勤務時間は13時間,同3回の場合,乗務時間は7時間30分,勤務時間は
12時間,同4回の場合,乗務時間は6時間,勤務時間は10時間とされていたが
(旧就業規程10条1項),一連続の乗務に係わる勤務において,出頭時間帯に応
じ,シングル編成の場合,予定着陸回数が1回の場合,乗務時間は最大11時間,
勤務時間は最大15時間,同2回の場合,乗務時間は最大9時間30分,勤務時間
は最大14時間,同3回の場合,乗務時間は7時間30分,勤務時間は12時間,
同4回の場合,乗務時間は6時間,勤務時間は11時間とされた(新就業規程10
条1項,2項)。
 また,従来は,マルチ編成の場合,連続する24時間中,乗務時間は14時間,
勤務時間は20時間とされていたが(旧就業規程10条2項),一連続の乗務に係
わる勤務において,乗務時間は15時間,勤務時間は20時間とされた(新就業規
程10条3項)。
(イ) 勤務完遂の原則について(請求2関係)
 従来は,「乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間,勤務時間または着陸
回数の延長および中断は,機長が他の乗務員と協議し決定する。」とされていたが
(旧就業規程12条1項),「乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務は,開始後完
遂することを原則とする。但し,他の乗員と協議し,運航状況,乗員の疲労度その
他の状況を考慮して運航の安全に支障があると機長が判断した時は中断しなければ
ならない。」とされた(新就業規程12条1項)。
(ウ) 月間及び年間の乗務時間について(請求3関係)
 従来は,1暦月の乗務時間は80時間,1暦年の乗務時間は840時間とされて
いたが(旧就業規程8条1項),1暦月の乗務時間は85時間,1暦年の乗務時間
は900時間とされた(新就業規程8条1項)。
(エ) 休養時間について(請求4(1)ないし(4)関係)
 従来は,宿泊地における休養は,原則として少なくとも12時間とするとされて
いたが(旧就業規程16条2項),その規定がなくなった。
 従来は,東京から連続して12時間以上航空機にデッドヘッドする場合,次の乗
務に先立ち少なくとも原則として連続24時間を与えるとされていたが(旧就業規
程20条),その規定がなくなった。
 従来は,東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについては,次の乗務に先立
ち少なくとも原則として連続24時間を与えるとされていたが(本件覚書),それ
がなくなった。
 従来は,国際線スタンドバイ(以下,スタンドバイを「スタンバイ」という。)
について,スタンバイ終了後12時間の休養を得なければ次の乗務につけないとさ
れ,国内線スタンバイについて,自宅スタンバイ終了後6時間の休養を得なければ
次の乗務につけないとされていたが(旧就業規程21条1項(3),2項(1)
b),これらの規定がなくなった。
(オ) 国際線における離基地日数と休日について(請求5(1),(2)関係)
 従来は,基地を離れて国際線に乗務し,基地に帰投した場合,基地を離れた日数
が1日の場合は1日の休日が,基地を離れた日数が9日の場合は4日の休日が,基
地を離れた日数が12日ないし14日の場合は5日の休日が,それぞれ与えられて
いたが(旧就業規程16条3項(2)b),基地を離れて国際線に乗務し,基地に
帰着した場合,離基地期間が1日の場合は,乗務時間が6時間以上の場合に1日の
休日を与えるが,その場合でも,基地帰着後,1回の乗務パターンを限度として引
き続き乗務を予定することがあるとされ,離基地期間が9日の場合は休日が3日,
離基地期間が12日ないし14日の場合は休日が4日とされた(新就業規程17条
2項(2)a,c,同(3))。
(カ) 国内線の連続乗務日数について(請求6関係)
 従来は,国内線の乗務は連続3日を限度とするとされていたが(旧就業規程16
条3項(1)),連続5日を限度とするとされた(新就業規程15条1項)。
(キ) スタンバイからの起用について(請求7(1),(2)関係)
 従来は,国際線について,スタンバイは指定された便について行うものとすると
されていたが(旧就業規程21条1項(1)),その規定がなくなった。
 従来は,スタンバイの定義は,「乗務割の不時の変更に備え,休養施設において
乗務に就きうる状態を維持することをいう。」とされていたが(旧就業規程2条
(5)),この定義が,「乗務割の不時の変更に備え,休養施設において乗務等に
就きうる状態を維持することをいう。」とされた(新就業規程2条(5))。
エ 機長については,別に被告が定める管理職運航乗務員就業規程が適用され,一
部を除き,運航乗務員就業規程を準用している。被告は,本件改定に伴い,平成5
年10月22日,管理職運航乗務員就業規程の一部を改定した(施行日は同年11
月1日)。したがって,改定後の管理職運航乗務員就業規程(以下「新管理職就業
規程」といい,改定前の管理職運航乗務員就業規程を「旧管理職就業規程」とい
う。)では,新就業規程を準用している。
5 請求の根拠についての原告らの主張の骨子
(1) 原告らは,被告の運航乗務員(副操縦士又は航空機関士)である(ただ
し,機長等昇格者はその後機長等に昇格した。)。
(2) 一連続の乗務に係わる勤務における乗務時間及び勤務時間に関する勤務基
準(シングル編成による予定着陸回数が1回から4回までの各場合及び4回を超え
る場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する基準並びにマルチ編成によ
る運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準),一連続の乗務に係わ
る勤務完遂の原則に関する勤務基準,月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準,
休養時間に関する勤務基準,国際線における離基地日数と休日に関する勤務基準,
国内線連続乗務日数に関する勤務基準,スタンバイからの起用に関する勤務基準の
各変更(これらに関する本件改定)は,運航の安全性を低下させるものであり,規
定内容自体に合理性がないか,又は原告らの労働条件を不利益に変更するもので合
理性がなく,原告らについて効力を生じない。
 仮に機長等昇格者が本件改定による勤務基準の変更を争えないとすれば,機長等
昇格者については新管理職就業規程が適用されるところ,同規程のうち上記勤務基
準を定める部分(新就業規程と同一内容の部分)には合理性がないから,機長等昇
格者について効力を生じない。
(3) しかるに,被告は新就業規程が原告らに適用されると主張している(機長
等昇格者については新管理職就業規程が適用されると主張している。)から,原告
らは,法律上の地位の不安定を除去するため,第1章請求欄のとおり,新就業規程
(機長等昇格者について新管理職就業規程が適用されるとすれば同規程)が定める
上記(2)の勤務基準に基づく勤務上の義務がないことの確認と勤務基準の内容の
確認を求める。
第2 争点
1 確認の利益の有無
(1) 原告らのうち,機長等昇格者は確認の利益を有するか。
(2) 原告らのうち,本件改定当時は運航乗務員訓練生であり,その後運航乗務
員になった者は確認の利益を有するか。
(3) 確認の利益の有無について,機種,路線室ごとに求められた義務の履行の
有無により判断すべきか。また,移行訓練中の者に確認の利益があるか。
2 本件改定の有効性についての判断枠組みをどのように考えるか。
3 本件改定の合理性の検討に当たり考慮すべき事項は何か。
4 本件改定による全体的な不利益の有無・程度
5 本件改定の全体的な必要性の内容・程度
6 原告らの請求に係る部分の本件改定の規定内容自体の合理性ないし規定の不利
益変更の合理性の有無
(1) 一連続の乗務に係わる勤務における乗務時間及び勤務時間制限について
ア シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務
時間制限について
イ シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務
時間制限について
ウ シングル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航についての乗務時間及び勤務
時間制限について
エ シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航についての乗務時間及び勤務
時間制限について
オ 乗務時間及び勤務時間の制限単位を,一連続の乗務に係わる乗務時間及び勤務
時間制限としたことに伴う着陸回数増加について
カ マルチ編成による運航についての乗務時間及び勤務時間制限について
(2) 一連続の乗務に係わる勤務完遂の原則について
(3) 月間及び年間の乗務時間制限について
(4) 休養時間について
ア 宿泊を伴う休養時間について
イ 東京から連続して12時間以上デッドヘッドする場合の休養時間について
ウ 東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての休養時間について
エ 自宅スタンバイ終了後の休養時間について
(5) 国際線における離基地日数と休日について
ア 離基地日数1日の場合の休日について
イ 離基地日数9日の場合の休日,離基地日数12日ないし14日の場合の休日に
ついて
(6) 国内線連続乗務日数について
(7) スタンバイからの起用について
ア 国際線スタンバイについて
イ 乗務以外の勤務について
第3章 争点に関する当事者の主張(要旨)
第1 確認の利益の有無について
1 原告らのうち,機長等昇格者は確認の利益を有するか。
(被告)
 機長等昇格者は,本件改定時には一般職運航乗務員として一般職運航乗務員に対
する勤務基準の適用を受けていたものの,その後機長等に昇格している。機長等は
管理職運航乗務員として管理職運航乗務員就業規程の適用を受けるところ,機長等
昇格者は,異議なく機長等の発令を受けており,新管理職就業規程の適用を受ける
ことに同意している。新管理職就業規程では,「管理職運航乗務員の就業条件につ
いては,運航乗務員就業規程および運航乗務員訓練・審査就業規程の定めを準用す
る」(3条本文)と定めており,この,機長等になった者に準用される運航乗務員
就業規程とは,その時点において有効な運航乗務員就業規程(新就業規程)にほか
ならないから,機長等昇格者は新就業規程の勤務基準の適用を異議なく受けること
になったもので,新就業規程の適用を争う原告としての適格を欠く。
 なお,原告ら主張のように,旧勤務協定が機長等に適用されてきた事実はない。
(原告ら)
(1) 本件において原告らが不存在確認を求めている内容は,運航の安全と安全
運航に従事する原告ら運航乗務員の健康という深刻かつ重大な労働条件に関わる内
容であり,このように原告らが受ける不利益の内容が深刻である場合には,運航乗
務員である限り広く確認の利益を認めるべきである。また,不合理な労働条件を定
める就業規則は誰に対しても法規範性を有しないから,この点からも運航乗務員で
ある機長等にも確認の利益はある。
(2) 被告においては,旧勤務協定破棄及び本件改定前には,機長等についても
旧勤務協定が適用されていたから,機長等及び将来機長等となる者の機長等になっ
た時点での労働契約は旧勤務協定と同一内容のものであったのであり,機長等昇格
者は,機長等に昇格しても旧勤務協定に定められた範囲を超えて労働する義務のな
い地位を有していた。機長等昇格者が機長等の発令を受け,管理職運航乗務員就業
規程の適用を受けるからといって,その者は,旧勤務協定の範囲を超える勤務基準
を受容する立場を表明していないし,機長等の発令を受けるにあたって改めて被告
と労働契約を締結したわけでもない。
 しかるに,被告は,機長等昇格者についても旧勤務協定で定める勤務基準を超え
る勤務をする義務があると主張しているから,これを争う機長等昇格者には確認の
利益がある。
(3) 本件改定に伴い,管理職運航乗務員就業規程も改定されて新管理職就業規
程となり,管理職運航乗務員の就業条件は新就業規程の定めを準用することになっ
た。
 仮に上記(1),(2)の理由では機長等昇格者の確認の利益が認められないと
しても,この新管理職就業規程が準用している新就業規程の定め(新勤務基準を定
めるもの)は,安全性の見地から合理性がなく,また,新管理職就業規程への変更
は不利益変更に当たり,その合理性がない。したがって,機長等昇格者は,予備的
に,不利益変更され適用を受けることになった改定後の新管理職就業規程に基づく
基準による勤務に就く義務のないことの確認を求める利益がある。
 なお,新,旧管理職就業規程には,新,旧就業規程の一定の条文について,「業
務の都合により必要があるときは,その規程を超えて業務に就かせることがある」
旨の定めがあるが,機長等昇格者はこの点は争っておらず,被告がこの定めに該当
することを理由にするのではなく,本件改定により,新管理職就業規程が準用する
新就業規程が適用されることを理由に,機長等昇格者に対しその請求に係る部分の
義務の履行を求めていることから,その不存在確認を求めるものである。
2 原告らのうち,本件改定当時は運航乗務員訓練生であり,その後運航乗務員に
なった者は確認の利益を有するか。
(被告)
(1) 本件訴訟で請求の対象とされている勤務基準は,一般職運航乗務員(副操
縦士及び航空機関士)に適用される勤務基準であるから,本件改定によりそれまで
の労働契約の内容となっている勤務基準が変更されたと主張し得る者は,本件改定
時に一般職運航乗務員として一般職運航乗務員に対する勤務基準の適用を受けてい
た者でなければならず,これに該当しない者は労働条件の変更を受けたことにはな
らない。原告らのうち,本件改定当時は運航乗務員訓練生であって,その後に運航
乗務員となった者(別紙2記載の者)については,その一般職運航乗務員としての
労働契約の内容となっている労働条件は,その最初から新就業規程に定める勤務基
準である。
 このように,新就業規程の適用を受けることが運航乗務員としての労働条件の新
たな設定である場合には,変更の合理性を問題とする基盤を欠くから,この者に
は,本件改定によって不利益を受けたと主張できる法的根拠がない。また,この者
は,法的安定性の見地からも,法違反,公序違反等の一見明白な瑕疵がない限り,
みだりに就業規程の内容の合理性を争うことはできない。
(2)ア 運航乗務員訓練生として採用された際に交付される運航乗務員訓練生採
用確認書(以下「採用確認書」という。)は,「訓練期間中・・・(の)賃金,労
働時間その他の労働条件」について定めるほか,「『運航乗務員として勤務を開始
した後の賃金,労働時間その他の労働条件』についても,被告の定める諸規則によ
る。」旨を定めており,運航乗務員訓練生はその採用時に被告から諸規定の一つと
して運航乗務員就業規程の交付も受けているが,そのことから,運航乗務員訓練生
当時には全く適用されない運航乗務員就業規程に定められている労働条件が当初か
ら労働契約の内容になっているというのは,合理的解釈とはいえない。
 運航乗務員訓練生は,航空法上の資格を取得し,被告の定める要件を具備して初
めて一般職運航乗務員(副操縦士又は航空機関士)として発令されるもので,確定
的に一般職運航乗務員に発令されるとは限らないし,一方,就業規程の内容も固定
不変のものではない。このように,運航乗務員訓練生が運航乗務員になることに
も,また運航乗務員になった時点における就業規程の内容にも,それぞれ不確定要
素があることを併せ考えれば,全く適用されないうちからその就業規程の内容を労
働契約の内容としなければならない必然性は全くない。運航乗務員就業規程に定め
る勤務基準が労働契約の内容になるのは,当該運航乗務員訓練生が一般職運航乗務
員として発令され勤務を開始する時点においてであり,その時点で有効な運航乗務
員就業規程がその一般職運航乗務員の労働契約の内容となると解するのが採用確認
書の合理的意思解釈である。
イ 勤務基準を定める労働協約である勤務協定は,適用の対象とする「運航乗員」
とは「会社が任命する機長,副操縦士,航空士,航空機関士及びセカンド・オフィ
サーをいう。」と定義しており(勤務協定Ⅰ―1),運航乗務員訓練生をその適用
対象外としている。また,採用確認書と併わせて運航乗務員訓練生に交付された規
定類には「管理職運航乗務員就業規程」も含まれているが,同規程の内容が運航乗
務員訓練生の労働契約内容になっていないことは明らかであって,このことは運航
乗務員就業規程についても運航乗務員訓練生の採用時に交付された故をもってその
労働契約内容になっているとはいえないことを示している。これらのことは,上記
アの被告のとる採用確認書についての意思解釈の合理性を裏付けるものである。
(原告ら)
(1) 被告は,運航乗務員を自社養成することを基本としており,運航乗務員
(操縦士又は航空機関士)訓練生として採用した者を訓練し,昇格試験,資格試験
に合格した者を運航乗務員(副操縦士さらには機長又は航空機関士さらには管理職
航空機関士)に昇格させてその旨の発令をしている。被告では,運航乗務員訓練生
から副操縦士又は航空機関士にならない者は皆無に近く,この昇格過程はほぼ確定
した過程である。
 運航乗務員訓練生が採用される場合,被告との間で締結される労働契約は,以下
のとおり,この運航乗務員自社養成の方針に見合った内容となっている。
 被告が運航乗務員訓練生として採用された者に対し交付する採用確認書では,
「①訓練期間における賃金・労働時間その他の労働条件は,会社の就業規則・運航
乗務員訓練生就業規程・その他会社もしくは会社の指定する訓練機関の定める諸規
定による。②(所定の資格試験に合格し,)運航乗務員として勤務を開始した後の
賃金・労働時間その他の労働条件は,会社の定める諸規定による。」とされてお
り,この採用確認書とあわせ,採用当時の被告の就業規則,運航乗務員就業規程,
運航乗務員訓練・審査就業規程,管理職運航乗務員就業規程,運航乗務員訓練生就
業規程ひと揃いが運航乗務員訓練生として採用された者に被告から交付される。し
たがって,運航乗務員訓練生として採用された者は,被告から交付された採用当時
有効であったこれらの規程等が一体として示す労働条件を,訓練期間における労働
条件及び運航乗務員として勤務を開始した後の労働条件として労働契約の内容とし
たものである(労基法15条1項)。また,乗員組合に加入した者には,その時点
からその当時有効であった同組合と被告とが締結した労働協約が適用され,労働条
件に関する協約の内容は,その者の労働契約の内容となったところ,別紙2記載の
者はいずれも乗員組合に加入している。
 以上のとおり,旧勤務協定及び旧就業規程に定める運航乗務員としての勤務基準
は,原告らが運航乗務員訓練生として採用された当初から,労働契約の内容となっ
ていたものである。したがって,本件改定当時運航乗務員訓練生であった者であっ
ても,本件改定によりその労働条件が不利益に変更されているから,原告適格を有
する。
(2)ア 被告の主張は,労働契約成立の時期とその労働契約が適用される時期と
を混同するものである。運航乗務員訓練生については,運航乗務員訓練生としての
採用時に「運航乗務員となった際には運航乗務員訓練生採用時に交付された当時の
運航乗務員就業規程による基準で勤務すること」を内容とする労働契約が成立した
のであり,それが具体的に適用されるのは運航乗務員になった時であって,上記採
用確認書②の記載もその趣旨である。雇用開始当時に締結される労働契約で将来当
該労働者に適用される予定の労働条件をあらかじめ合意できないとすれば,それは
労働者の地位を不安定にするものであるし,使用者にとっても不都合である上,運
航乗務員が被告と労働契約を締結するのは運航乗務員訓練生として採用された時だ
けであるから,上記諸規程等が労働契約の内容になるのは運航乗務員訓練生採用時
に締結する労働契約によると解するのが自然である。
 以上のように,運航乗務員訓練生は運航乗務員になった時に本件改定により新就
業規程の適用を受けることになったのであるから,これは労働条件の変更である。
イ 勤務協定における「運航乗員」の定義は,協定上運航乗員と示された規定の適
用対象者を明らかにするものにすぎず,運航乗務員訓練生をおよそ協定の適用対象
としないとすることを意味するものではない。勤務協定を締結した昭和48年当
時,運航乗務員訓練生は乗員組合の組合員ではなかったから,「運航乗員」の中に
運航乗務員訓練生が含まれていなかったにすぎず,昭和51年に運航乗務員訓練生
は乗員組合の組合員となったし,そのことは被告も認識しているから,以後は「運
航乗員」に運航乗務員訓練生が含まれるのは当然であり,そう解することが協約締
結者の合理的意思解釈に合致する。
3 確認の利益の有無について,機種,路線室ごとに求められた義務の履行の有無
により判断すべきか。また,移行訓練中の者に確認の利益があるか。
(原告ら)
(1) 1陣判決は,紛争の成熟性の観点から,「副操縦士及び航空機関士につい
ては,乗務機種を中心に,所属する路線室の事情により行うべき業務の内容が確定
するから,(1陣訴訟)原告らが新勤務基準に基づく勤務上の義務の履行義務不存
在確認を求めることができるか否かは,争われている新勤務基準に基づく勤務上の
義務ごとに,各原告が,口頭弁論終結の時点で有する技能証明に係る乗務機種につ
き,所属する路線室において,その義務の履行を求められたことがあるか否かを検
討し,現にその義務の履行を求められたことがあるか,当該原告と同じ乗務機種に
つき技能証明を有し,同じ路線室に所属する当該原告と同じ職種の他の副操縦士又
は航空機関士がその義務の履行を求められたことがあれば確認の利益を肯定できる
が,そうでなければ確認の利益はない。また,副操縦士が機種移行し,航空機関士
が副操縦士に移行することがあるが,これらは不確定な将来の事実であるから,現
に機種移行し又は副操縦士に移行する前に,移行後に求められることがあるべき義
務の履行義務不存在確認を請求することは確認の利益を欠く。」旨判示している
が,これは誤りである。
(2)ア そもそも,被告においては,各路線室の担当路線自体多方面にわたる
し,各路線室とその担当する路線は,その数及び内容が常に変化しており,乗務機
種及び所属路線室によって乗務する路線,パターンが固定するものではない。ま
た,被告など航空会社においては,運航乗務員は,所属する機種に限定されずに,
臨時便,代航便に乗務することがある。
イ 被告においては,機種移行は頻繁に行われており,機種移行に要する期間も,
未経験の機種に移行する場合で約6か月,経験のある機種に移行する場合で約3か
月と短期間である。また,被告においては,路線室移動も頻繁に行われており,機
種移行する者は訓練中は従前の路線室に所属しているが,訓練終了後審査に合格す
れば新路線室に移動するし,機種移行を伴わない路線室移動は直ちに行われる。
 以上のような路線室の担当路線の流動的な実態,代行便や臨時便の実態,頻繁に
行われる機種移行,路線室移行の実態からすれば,運航乗務員は新勤務基準に基づ
く勤務を命ぜられる可能性があるから,たまたま口頭弁論終結時における乗務する
機種や所属する路線室によって新勤務基準に基づく勤務を命じられる可能性につい
ての確認の利益の有無を判断することは,偶然に左右される要素によって決定しよ
うとするもので,実態に合わず,不合理である。
ウ さらに,移行訓練中の者は,移行訓練に投入された段階で,機種移行,航空機
関士から副操縦士への移行はほぼ確定している(移行審査不合格の例は皆無に近
い。)し,機種移行に要する期間は概ね3か月から6か月であり,副操縦士への移
行に要する期間は事業用ライセンスを保持している者で概ね1年半であるから,移
行訓練終了による路線室の移動は,ごく近い将来に確定している事実であり,この
者は新勤務基準に基づく義務履行を求められる現実的可能性があるから,この者に
は確認の利益がある。これを否定することは,移行訓練に投入された者にいったん
訴えを取り下げて審査合格後再度訴えの提起を強いることになり,司法の紛争解決
機能を損ない,訴訟経済にも反する。
第2 本件改定の有効性についての判断枠組みについて
(原告ら)
1 改定された就業規程の内容自体の合理性がまず検討されるべきであること
 運航乗務員の疲労は航空機の航行の安全に密接に関係するから,運航乗務員の労
働時間等の労働条件は,航空機の航行の安全に直接に影響し,ひいては運航乗務員
の生命,身体の安全に直結する。したがって,運航乗務員の労働時間等の労働条件
は,この航空機の航行の安全に直接影響するという特質からして,運航の安全確保
の観点から適切に決定されなければならず,そうでない限り,労働条件としての合
理性はない。運航の安全性の問題は,いわば「絶対性」を持っており,対立する利
害の調整に際してされるような諸事情の比較衡量,総合判断という手法にはなじま
ない。本件改定が合理的であるか否かは,安全性という観点から,改定後の新就業
規程の規定内容自体の合理性がまず検討されるべきであり,規定内容自体の合理性
がまず検討されるべきであることは確立した判例の立場である(最高裁昭和43年
12月25日判決等)。
2 内容自体の合理性の審査においては個別,具体的事情を考慮すべきであること
 乗務時間,路線編成,運航時間帯,時差,休養時間等の個別具体的な前提条件が
運航乗務員の疲労の蓄積に影響するから,運航乗務員の乗務割等の労働条件,勤務
基準はこのような個別具体的な前提条件を踏まえて作成・運用されなければなら
ず,これを行い得るのは唯一被告のみであるから,被告が航空機の運航の安全確保
の第一義的な責任を負う。したがって,就業規程の合理性の有無は,この個別具体
的事情を考慮した上で審査しなければならない。
 法規に適合しない就業規則はいかなる意味においても無効であるから,新就業規
程が関連法規に適合しているからといって,規定内容自体の合理性が認められるわ
けではない。航空法及び同法施行規則(157条の3)は,運航の安全確保の観点
から適切な制限,配分がされなければならないという最低限の義務を課しているに
止まり,安全運航を保障する具体的基準とはいえない。技術部長通達も,通達であ
って運輸省航空局内部の参考,目安でしかないし,その内容も抽象的,概括的であ
って,必要最低限の大枠としての乗務時間制限の意義を有するに止まる。したがっ
て,運輸大臣が運航規程を認可するに当たっても,概括的,定型的な審査に止めざ
るを得ず,認可された運航規程の運航乗務員の乗務割の基準は,少なくともこれを
超えてはならないとの大枠としての制限,配分としての意義を有するに止まるか
ら,新就業規程が運航規程の範囲内であるからといって,当然には運航乗務員の労
働条件としての合理性を有するとはいえず,個別具体的な事情を踏まえた合理性審
査を行うことが必要である。
3 規定内容自体の合理性の立証責任
 就業規則の規定内容が労働者に不合理な内容である場合には,労働者を拘束する
ことはないから,航行の安全を確保することは被告の第一の責務であること,被告
が一方的にこれまでの労働協約を破棄し,新就業規程により勤務基準を変更したこ
とからすれば,安全航行の観点からの合理性に疑い,懸念が呈せられたときは,航
行の安全確保に第一義的かつ最終的な責任を負う被告がその合理性を立証しなけれ
ばならず,規定内容自体の合理性は当然に被告が立証責任を負う。
4 原告らの主張の構成
 以上のとおり,本件改定については,改定された規定内容自体の合理性が個別具
体的事情を考慮して検討されるべきである。原告らは,改定された規定内容自体の
不合理性を主張,立証するが,その合理性の立証責任は被告が負うものである。ま
た,原告らは,不利益変更である本件改定に変更の合理性がないことも主張,立証
するが,これはあくまで仮定的なものである。
(被告)
1 就業規則の不利益変更の判断基準
(1) 判例の立場
 就業規則不利益変更の合理性の有無は,就業規則の変更によって労働者が被る不
利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体
の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉
経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における
一般的状況等を総合考慮して判断すべきであるとするのが確立した判例の立場であ
る(最高裁平成9年2月28日判決等)。そして,そこにいう「合理性」について
は,関連する法規制に適合する限り,労使間の利益調整にかかる事項,つまり労使
が取引可能な「労働条件の水準」の問題が主として念頭に置かれているから,関連
法規に適合している就業規則について,規定内容自体の合理性を問題とする原告ら
の主張は,誤りである。就業規則に定める労働条件が,労基法,航空法等関係法規
制に完全に適合していれば,当該労働条件を就業規則に盛り込むことが許されない
とされる道理はなく,航空機の航行の安全確保という要請は,その基準を踏まえつ
つ,具体的な乗務割や適用し得る科学技術の利用,関係者の意識涵養等運航実務全
般にわたってこれを支え,確保している筋合いのものである。新就業規程は,運輸
大臣の認可を受けた運航規程に準拠し,航空法上完全に適法であるから,その内容
自体の合理性を云々されるいわれはない。
(2) 業務命令と就業規則の合理性との関係
 就業規則が有効であればいかなる業務命令も有効になし得るというものではな
く,個別の業務命令を行うにあたっては,安全配慮義務の履行を含め,使用者が従
業員との労働契約に付随して負う義務を履行すべきであることは当然であるが,業
務命令が権利濫用に該当することとその発令根拠である就業規則の合理性との間に
は直接の論理的関係はないから,業務命令が濫用にわたる可能性があるからとの理
由で,業務命令を義務付け得る包括的な根拠条項である就業規則自体が合理性を欠
くとされる道理はない。
 就業規則の規定の内容の合理性について個別具体的な事情を考慮すべきであると
する原告らの主張は,本来違う次元で論じられるべき,個別具体的な業務命令の問
題である安全配慮義務の問題と,業務命令の一般的発令根拠である就業規則の合理
性を混同した,誤った議論である。
2 航空機の航行の安全確保の枠組みについて
 航空機の航行の安全確保の基礎は国際民間航空条約であり,各条約締結国は,同
条約に従い,原則として同条約付属書に定められた標準に整合する安全基準を法令
に定め,基準への適合を確保するための施策を実施することによって,世界的に統
一された基準により,航空機の安全確保が図られている。したがって,各国のそれ
ぞれの法令に適合した航空会社の運航は,国際標準に適合したものとなる。
 我が国の航空法及び同法施行規則(航空法68条,同法施行規則157条の3)
は,乗務割の基準を設定し,航空運送事業者はこれに従った乗務割の基準を運航規
程に定めて運輸大臣の認可を受けることになっており(同法104条,同施行規則
214条),運航規程を認可されていることは,そこに定める乗務割の基準が航行
の安全を確保するための安全基準(技術部長通達)に適合した適正な内容であるこ
とを示している。
 被告の運航規程は,技術部長通達に示された基準に従い,運輸大臣の認可を得て
いるから,航空法に適合しており,新就業規程はその枠内で定められているから,
安全性確保の点から合理性を有するものである。
 上記のとおり我が国の基準及びそれを規定している航空法は,国際民間航空条約
の付属書に準拠しており,それ自体問題はないし,我が国では運輸省航空局が基準
の制定及び基準への適合確保のための施策実施の責務を負っているから,国の基準
が概括的・抽象的であるとか,運航規程の認可の審査に内在的制約・限界があると
の原告らの主張は当たらない。
第3 本件改定の合理性の検討に当たり考慮すべき事項
(原告ら)
1 科学的・専門技術的検討の必要性・有効性
(1) 科学的・専門技術的検討の必要性
 航空機運航に従事する運航乗務員の勤務基準・条件の規制如何は,運航乗務員と
しての労働条件を決定するばかりか,乗務による疲労,眠気,睡眠障害,体内リズ
ム(サーカディアン・リズム)障害等の影響を規制し,安全運航の保障を左右する
ものである。これらの障害は航空機事故の要因となり,あるいは事故の要因と深く
関連しているから,これらの障害と新就業規程の定める勤務基準との関係(その合
理性=安全基準適合性)が検討されなければならない。
 これらの障害との関係で長時間(長距離)運航乗務に問題があることは,被告の
産業医である黒崎祐子,佐々木三男ほかの「長大路線における運航乗務員の睡眠と
疲労」(昭和63年5月。以下「産業医報告」という。),米国航空宇宙局(Na
tional Aeronautics and Space Administ
ration。以下「NASA」という。)の「長距離運航における操縦室での計
画的休憩が乗員の能力及び覚醒度に与える影響について」(平成6年9月。以下
「NASA仮眠研究」という。),同「民間航空における勤務と休養のスケジュー
ル作成に関する原則とガイドライン」(平成8年5月。以下「NASAガイドライ
ン」という。),グレーバー博士らの「長距離飛行運航における運航乗務員の睡眠
と疲労」の研究(以下「グレーバー研究」という。),DLR(ドイツ航空医科大
学)航空宇宙医学研究所の「長大路線の運航―最近の研究のまとめ」(平成5年5
月。以下「DLR研究1」という。),同「長距離夜間飛行中のストレス及び疲
労」(平成6年3月。以下「DLR研究2」という。),同「2名編成機:長距離
夜間飛行におけるストレス及び疲労」(平成9年。以下「DLR研究3」といい,
DLR研究1ないし3を一括して「DLR研究」という。),バテル報告書「疲
労,睡眠,サーカディアンサイクルに関する科学文献についての総覧」(平成10
年1月。以下「バテル報告書」という。),英国国防調査研究局DERAの研究
(平成12年1月。以下「DERA研究」という。),米国連邦航空局(Fede
ral Aviation Administration。以下「FAA」とい
う。)の「安全性リスクの評価ニュース」(平成13年12月。)等が指摘してい
る。
 また,国際定期航空操縦士協会(International Federat
ion Airline Pilots Association。以下「IFA
LPA」という。)のみならず,世界の主要先進国の乗員らも,新就業規程の下で
の長時間(長距離)運航乗務に問題があることを指摘している。
 現実に,新就業規程の定める勤務基準の下では,異常運航,事故・インシデント
が頻発しているし,乗務中断者数も増加しているが,これらは新就業規程の下での
長時間(長距離)乗務が問題のあるものであることを示している。
 したがって,新就業規程の定めるような,交替乗員を搭乗させない長時間(長距
離)運航乗務についての勤務基準の合理性を検討するに当たっては,安全運航を確
保する観点から,長時間(長距離)運航がもたらす深刻な問題点を,今日の科学的
研究の到達点を踏まえて,慎重,厳密に検討することが不可欠である。
(2) 科学的・専門技術的検討の有効性
 NASA仮眠研究,グレーバー研究,DLR研究1ないし3,バテル報告書の各
指摘,NASAガイドライン,米国運輸安全委員会(National Tran
sportation Safety Board。以下「NTSB」という。)
の平成元年,平成6年5月,平成11年6月の各安全勧告,FAAの連邦航空法改
定案の指摘(平成7年12月。),飛行勤務時間を規制する英国民間航空規則の歩
み,香港航空局による飛行勤務時間制限の法制化等は,運航乗務員の疲労,睡眠,
サーカディアン・リズムに関する科学的研究が運航乗務員の勤務と休養のスケジュ
ール作成・適用について有効であることを示しているから,新就業規程の下での勤
務基準の合理性を検討するにあたっては,これらの科学的・専門技術的見地からの
検討が必要であるとともに,有効でもある。
 なお,被告が主張する欧州議会立法決議は,政治的妥協の産物であり,科学的に
安全と判断される範囲で検討されたものではなく,これまでの科学的研究及びその
提言・勧告が提示してきた基本的方向から逸脱しているし,単なる案でしかすぎな
い上,承認される見通しもないものである。
(3) 小括
 上記(2)の科学的研究の提言・勧告や,新就業規程の定める勤務基準の下での
長時間(長距離)運航乗務の実態(不可避的な睡魔の到来,疲労の増加,進入・着
陸時のセーフティ・マージンの低下等)に照らせば,新就業規程の定める勤務基準
の下での長時間(長距離)運航乗務等に関する本件改定は,航空機運航の安全性を
損なうものである。
(4) 検討委員会報告について
 検討委員会は,JAPAが設置したJAPAとしての委員会ではなく,JAPA
会長であったP1の私的な委員会であり,その運輸省に対する報告もJAPAの公
式な報告ではない。
 検討委員会の中間報告ひいてこれを基本的に踏襲した最終報告には,長時間(長
距離)運航乗務特有の基本的問題点についての分析・検討をする姿勢が欠落してお
り,時差の変化の大きい長距離運航に特有の眠気・睡眠の問題に正面から取り組ま
なかった。また,中間報告は,NASA仮眠研究等により当時見直しの動向が始ま
っていた米国基準を無批判的に採用するという誤りを犯している。さらに,DLR
研究1の指摘するように,生理的機能を測定するための調査である脳波や眼球運動
の測定(これは眠気等の発生を客観的に評価するための最も正確な方法の一つであ
る。)を行っていない,調査が交替要員のいる乗務機だけで行われたにもかかわら
ず,その結果を最少乗員数による運航に対しても転用している,乗務区間が1か所
である,目的地での滞在期間が現行の規則以上に長いといった問題がある。
 また,最終報告は,新世代2マン機のワークロード(仕事量の意。以下「ワーク
ロード」又は「仕事量」という。)のレベルは3マン機と比べて同等もしくは改善
されており,ワークロード比較の観点からは両者の乗務時間制限は同じであってよ
いとして,2マン機の乗務時間制限を3マン機の乗務時間制限と同等の12時間に
延長することを認めているが,2名編成機のワークロードは飛行の全段階において
軽減されているものではないから,その前提を誤った短絡的な結論である。
 中間報告は,科学的研究を踏まえて運航時間帯や時差を考慮した当時の最新の基
準である英国基準を採用せず,単純で適用が容易であるとして使い勝手の良さを重
視して米国基準を採用したが,これは当時の科学的研究を無視した粗雑なものであ
る。同報告は,英国基準を適用したときの現実の運航の検証もしておらず,長距離
運航の実績・経験も踏まえていないし,人間の生理的要素に対する科学的検討,考
慮も無視,軽視している。
 以上のとおり,検討委員会報告には問題があり,したがって,検討委員会報告に
依拠した平成4年技術部長通達にも,問題があるものである。
 なお,検討委員会報告は,2名編成機シングル編成における乗務時間制限につい
てのものであるから,これ以外の本件改定について被告が同報告に依拠することは
できない。
2 勤務に関する各国基準,各社基準との比較について
(1) 各国基準,各社基準と被告の基準との比較
 各国,外国他社は,安全運航確保のために,科学的研究成果を取り入れ,運航時
間帯や時差等運航乗務員の疲労に関わる諸要素を考慮して運航乗務員の勤務基準を
定める傾向にあるから,これら各国,他社基準と被告の基準を比較することが有用
である。運航時間帯や時差の影響を考慮せず,一定の最大乗務時間制限や飛行勤務
時間を定めている国,航空会社(ユナイテッド航空,カンタス航空等)では,最長
乗務時間で8時間程度と比較的厳しい制限を定めている。出頭時間あるいは出発時
間により規定を定めている国,航空会社(英国航空,キャセイ航空,KLMオラン
ダ航空等)では,最大乗務時間で9時間程度とこれよりも緩やかな制限である。こ
れに加えてさらに時差の影響を考慮している国,航空会社(スイス航空等)では,
10時間程度とさらに緩やかな制限をしているところがある。そして,一定の条件
下で10時間以上の乗務時間を許容しているところの多くは,操縦室での計画的仮
眠を認めているところが多い。なお,長時間運航を行っている航空会社には小規模
ないし新興の航空会社が多いが,これらの会社では運航便数が少なく,ほとんどが
当該路線について週1便程度であったり,昼間帯の運航となっている。
 これに対し,被告においては,オペレーション・マニュアル(Operatio
n Manual。以下「OM」という。)では時差や運航時間帯を一切考慮せ
ず,無条件で乗務時間12時間,勤務時間15時間という極めて緩やかな基準であ
り,新就業規程の基準は,時差を考慮せず,運航時間帯についても実質的な規制の
ないまま,最大乗務時間11時間,勤務時間15時間を認めるものとなっており,
世界の主要航空会社の中で突出した内容となっている。もとより,被告では操縦室
における計画的仮眠は認められていない。
 なお,小規模ないし新興航空会社での上記運航の場合は,週1便運航の場合は休
養地で1週間程度の現地滞在があることになるから,時差適合や疲労回復が十分可
能であるし,昼間帯の運航であればウインドウ・オブ・サーカディアン・ロウ(w
indow of circadian law。人間の生体リズムが最低期とな
る午前2時から午前6時の時間帯。以下「WOCL」という。)の問題は生じない
から,これらと被告の新就業規程とを比較しても無意味である。
(2) 被告の比較の不当性
 被告の行う各国基準,各社基準との比較は,時差,運航時間帯等の様々な前提条
件を無視して乗務時間及び勤務時間制限についてのみ主張するなど欺瞞的である。
 また,被告は,安全基準の比較は,各国の安全基準をまず検討すべきであると主
張するが,各国の基準は様々であり,それのみで安全のための基準とはいえず,そ
の不十分性を補うのは労使の協議であり,労使協議が運航の安全性の担保としての
役割を担っているから,他社の勤務基準との比較のほうが重要な意義を持つという
べきである。
 さらに,他社との勤務基準,運航実績との比較に当たっては,地理的な条件によ
り乗員の疲労度は大きく異なることに留意する必要がある。ことに,太平洋線(日
本と米国間の運航)では,日本の乗員は往路は東向きで復路は西向きとなるが,こ
の運航は米国西海岸在住の乗員の運航(往路は西向きで復路は東向き)と比べ,運
航時間帯,休養時間帯等からして,睡眠負債による疲労度が大きい。また,実際の
運航路線において被告と競合他社との編成を比較しても,米国路線,欧州路線,オ
セアニア路線においては,被告の乗員編成数は大半の路線で競合他社より下回って
いるし,東南アジア線においても,香港,マニラ-成田日帰り往復乗務などはキャ
セイ航空以外実施しておらず,被告の勤務基準は同一路線を運航する競合他社に比
べて突出している。
 新就業規程では,イレギュラー発生時においても勤務完遂を原則とし,具体的な
勤務制限を設けず,最低限の休養時間も短縮できるとし,宿泊を伴う勤務において
は休養保障すら削除している。このような新就業規程は,外国基準,他社との比較
の面からも,運航乗務員に過酷な勤務を強いる劣悪な勤務基準である。
3 事前検討及び事後のフィードバック体制について
(1) 本件改定の際の事前検討の不十分さ
 本件のような乗務時間制限等に関する勤務基準の内容の合理性を担保するために
は,改定に至る過程で十分に科学的な検討がされることが必要であり,新たな勤務
基準を採用した場合にどのような問題が生じる可能性があるかを事前に十分に検討
する必要がある。
 ところが,被告は,事前検討としては検討委員会報告に依拠したのみで,他に何
らの科学的検討を行っていない。検討委員会報告に数々の問題があることは上記1
(4)のとおりであるから,被告がこれに依拠したことが十分な事前検討をしたと
はいえない。
 被告が主張する乗員部長会は,その存在が曖昧で実態が乏しい上,そこでの検討
は,わずか1か月弱の間,数回の会議を行っただけで結論を出したものであるし,
外国他社の基準や2名編成機と3名編成機のワークロードの比較を具体的に検討し
たものではないから,期間的にも内容的にも,十分な検討をしたとはいえない。
 本件改定に当たっては,各国各社の基準や平成元年のアドバイザリー・グループ
会議の検討内容を踏まえたとの被告の主張も,事実に反するものであるし,被告
は,公表されていた多くの科学的研究成果も検討せず,労使間の協議も全く行わ
ず,現場乗員からの意見聴取,現場乗員の意見に基づく検討作業をすることもなく
本件改定を行っている。そもそも平成元年のアドバイザリー・グループの検討は,
当時の乗務時間制限を大前提とし,乗員組合らとの合意を前提とした議論であっ
て,平成4年に始まる本件改定の検討とは趣旨を異にし,全くつながりをもたない
ものである。
 これらのことからすれば,被告が本件改定に当たり事前検討を十分行ったとは到
底いえない。
(2) 改定後のフィードバック機能の欠如
ア 新就業規程により改定された勤務基準の内容の合理性(安全性)を担保するた
めには,事前の検討に加えて,改定後の事後的検証(フィードバック)が不可欠で
ある。
 しかし,被告には,このようなフィードバックと評価し得る体制は存在しない
し,現実にもその機能を発揮していなかった。
イ 被告が主張するサンフランシスコ線をシングル編成で乗務した職制乗員からの
実態報告の聴取なるものは,10人程度から口頭の報告を受けたに止まり,その報
告について追跡調査・検討もしていない。
 ライン運航における飛行状況のモニター制度は,それによって長時間運航による
疲労,倦怠による運航の安全性をチェックすることはできないし,異常運航ではな
いが本来あるべき運航から逸脱しているエラー(飛行ルート設定の誤り,右旋回す
べきところを左旋回したなど)もチェックできない上,データ分析の方法・分析結
果が明らかにされていないなど,被告がこれを真に検討しているかも疑わしい。
 被告は,発生した異常運航事例についても,単に乗員に注意喚起するに止まり,
その原因を究明し対策を講じるという当然に必要とされる対応をとっていない。
 被告が本件改定後にしたサンフランシスコ線の乗務回数制限(被告の主張によれ
ば月1回程度)は,本件で問題とされる1回1回の運航における長時間(長距離)
乗務の問題を解決するものではないし,同線の機長資格条件の加重も,何ら新勤務
基準の問題を解決するものではない。副操縦士へのルート・ブリーフィングも,最
新の路線情報を身につけることは乗員にとって当然のことであるから,フィードバ
ックといえるようなものではない。
 他方で,被告は,本件改定後の科学的研究の成果を何ら検討しておらず,フィー
ドバックの素材としての役割を果たし得る機長組合の緊急アンケート結果やキャプ
テンメモの意見も無視し,仮眠をとらざるを得ないなどの操縦室の実情についても
事実を覆い隠す態度をとっている。また,キャプテンレポート,セーフティレポー
トに対する被告の対応は,運航乗務員の真摯な具申,問題提起にもかかわらず,決
定済み,検討済みとの姿勢で処理しており,中には書き直しを要求することもある
など,およそフィードバックとして機能していない。グループミーティングも,乗
員に対する監視と恫喝の場になっていたために形骸化したことや,せっかく声を上
げても改善が実現しないことから,実際には機能していない。被告がグループミー
ティングの成果であると主張する例は,乗員組合らが被告に改善を要求していた事
項がグループミーティングでも取り上げられたにすぎず,乗員組合の改善要求の結
果改善が見られたもので,グループミーティングそのものの成果ではない。
 被告は,サンフランシスコ-成田の夏ダイヤ,関西空港-ロサンゼルスの夏ダイ
ヤをマルチ編成で運用するなど,一部運用の変更を行っているが,そのこと自体安
全が阻害されていることを被告が自認するに等しい上,同様の問題がある便や路線
については運用を変更していないこと,勤務基準そのものは変更されていないこ
と,変更した運用も状況によってたちまち変更されるものであることから,これが
フィードバックであるとはいえない。
 また,乗員らに健康を損ねた乗務中断者が増加していることは,過酷な乗務の影
響によるものであって,被告が有効なフィードバックを行っていないことを示すも
のであるし,IFALPAの意見にみられるような国際的な反対世論の動向を正視
しない被告の対応も,被告にフィードバックの姿勢が見られないことを示すもので
ある。
(被告)
1 科学的・専門技術的検討なるものについて
(1) 運航乗務員の乗務割の基準は,国の航空当局が専門的知見を踏まえて策定
する高度に専門的な判断であるから,裁判所が労働条件に関する労使間の紛争であ
る民事訴訟の場において,当事者から提出された限られた証拠のみでその当不当を
判断することは妥当ではない。
(2) 疲労を客観的に直接測定する手法は存在しないし,疲労を定量的に把握す
ることは困難であり,また,どの程度の疲労が運航乗務員の業務にどの程度支障を
与えるのかについての確立した知見もない。
 NASAガイドラインは,研究者の個人的活動にすぎず,NASAの公式見解で
はないし,DLR研究の調査データを使用したものであるから,DLR研究と独立
したものでもなく,航空産業以外の分野における研究成果も多数含んでいるから,
これを航空産業に普遍化することはできない。執筆した科学者自身にも,科学的研
究の結果のみから飛行勤務時間に関する安全基準を決めるのは困難であるとの基本
認識があったものであるし,同ガイドラインにはデータによる裏付けもなく,その
科学的根拠を検証することは不可能である。なお,FAAは,NASAガイドライ
ンの予稿版も参考にして米国連邦航空規則の改定案を平成7年に発表しているが,
いまだ法的な安全基準として結実しておらず,このことからも,NASAガイドラ
インにおける提言が安全基準として採用するには不十分であることを示している。
 DLR研究1は,飛行勤務時間の制限値を導くにあたって主観的疲労度の測定結
果を根拠にしているが,主観的疲労度の測定結果のみに基づいていること,その測
定手法に疑問があること,測定値とパフォーマンスの関係が検証されていないこと
といった問題があるし,ドイツ運輸省及び欧州航空当局の要請を受けて行われたも
のであるにもかかわらず,ドイツの基準が見直されたり,欧州の安全基準に反映さ
れた形跡もない。また,DLR研究において測定対象とされたLTU社の運航がD
LR研究の結果見直された事実もなく,これらのことは,DLR研究の提言がその
まま安全の基準として採用されるものではないことを示している。
 NASA仮眠研究は,長時間運航における乗務時間制限の基準策定を目的とした
研究ではないし,バテル報告書は,過去の研究結果を要約した二次的文献であっ
て,それ自体独自の科学的価値を有するものではなく,疑問のあるあるいは正確性
を欠く記述が散見される。また,DERA研究にいう「飛行勤務時間10時間」の
提言は,現地滞在時間が24時間に近い場合という限定的なものであるし,ある勤
務スケジュールについての集中的な調査であって,このデータ群を適用ないし一般
化して基準を策定することに疑問があるものである。
(3) 検討委員会報告について
 JAPAは,会員パイロットや,航空医学,人間工学,航空工学の有識者,専門
家からなる検討委員会を発足させ,慎重な検討の上,米国基準(3名編成機は12
時間,2名編成機は8時間)を基本として中間報告を取りまとめた。そして,同委
員会は,被告及び全日本空輸株式会社(All Nippon Airways。
以下「全日空」又は「ANA」という。)で開始された長距離運航の実績を踏まえ
て検討を再開し,乗務員の疲労及びワークロード等について新世代2名編成機であ
るB747-400型機と2名編成機であるB747型機を様々な角度から比較検
討した上,両機種の間で乗務時間制限に差を設ける必要はないとの結論に達し,最
終報告をまとめたものである。国は,これを受けて平成4年技術部長通達を発し,
2名編成機に係る乗務予定時間を3名編成機と同内容の「シングル編成12時間以
下,マルチ編成12時間超」と定めた。
 検討委員会の検討当時,米国基準の見直しが始まっていた事実はない。また,同
委員会は,当時の科学的知見も踏まえて報告をまとめたものであるし,我が国航空
会社が現に就航している国際路線に米国基準と英国基準を適用しても大きな差はな
いとしたことにも誤りはない。同委員会の実地調査は,脳波測定の必要性について
も検討した上これを採用しないとしたものであるし,当時2名編成のシングル編成
での有償飛行は8時間に制限されており,これを超えて2名編成のシングル編成で
の飛行調査を行うことはできないため,飛行時間,時差,飛行時間帯,編成の態
様,離着陸日数等にほとんど差がない路線としてニューヨーク,ワシントン線を選
択し,その結果で新世代2名編成機と3名編成機とでの乗員の疲労度を比較検討し
たものである。NASAガイドラインでは飛行勤務時間制限について2名編成機と
3名編成機とで差を設けていないこと,DLR研究も両者の間で差を設ける必要が
ないとしていること,各国の基準においても両者で差を設けるほうが少数であるこ
とからすれば,両者の乗務時間制限を同一とすることが適当であるとした検討委員
会の最終報告に誤りはない。検討委員会の報告には何ら問題はなく,これを基準と
した国の基準が安全基準として合理的であることは明らかである。
(4) 2名編成機の安全性は,設計及び実運航からも検証されている。
 新世代2名編成機のパイロットの仕事量は,平常な状態でもイレギュラーな状態
でも3名編成機のパイロットと同等であることが,FAAによるB747-400
型機の型式証明の認証時に確認されている。
 ボーイング社は,ヒューマン・エラーに起因する航空機事故を極小化することを
目標として,B747-400型機に,ヒューマン・エラー削減に有効な,システ
ムの簡素化,システムへの多重性・冗長性の付加,システムの自動化を取り入れて
いる。事故率も在来型B747型機に比べて優位にある。
 B747-400型機では,在来型B747型機における航空機関士の業務の多
くは簡素化,自動化され,またアイキャス(Engin Indication&
Crew Alerting System。EICAS)と呼ばれるコンピュー
タシステムのモニタリングにより削減されているし,パイロット本来の仕事量も,
同様に簡素化,多重化・冗長化,自動化,統合化及び表示方式の改善により在来型
B747型機よりはるかに軽減されている。B747-400型機の型式証明取得
にあたって行われた米国及び欧州の飛行試験でも,同機は2名のパイロットで適切
に運航が可能であることが実証されている。
2 各国基準,各社基準との比較について
 被告は,諸外国の基準や内外他社の基準等に関する資料の収集に努めてきた。本
件の最大の争点であるシングル編成による2名編成機で予定着陸回数が1回の場合
の運航についての乗務時間及び勤務時間制限についていえば,3名編成機と2名編
成機とで区別しない国が多数である(その区別をしている国は米国と英国だけであ
る。)。3名編成機についての新就業規程の基準は,オーストラリア以外の他国の
基準の範囲内か,あるいはほぼ同程度である。2名編成機については,米国とオー
ストラリア以外の大多数の国と比較すれば,同様のことがいえる。また,各航空会
社の基準と比較すると,新就業規程の基準は,3名編成機については他社の基準の
範囲内ないし同等程度となっている。2名編成機については,確かに,新就業規程
の基準と同等程度の乗務時間制限によって運航している航空会社は少ないが,被告
やANAは,国際線の中でも太平洋路線や欧州路線を主要な路線とせざるを得ない
地理的環境下にあるし,新世代2名編成機のワークロードの大幅軽減の実態,安全
性の向上等を総合的に考慮すれば,2名編成機についても3名編成機と同様の乗務
時間及び勤務時間制限をもって運航することが社会的相当性を欠くものとはいえな
い。
3 本件改定における事前検討
 被告は,本件改定に先立ち,検討委員会報告や各国基準,各社基準の検討,平成
元年当時アドバイザリー・グループ会議が行った勤務基準の見直しについての検討
を踏まえ,乗員部長会での検討を行って本件改定を行った。その詳細は,後記第5
(被告)2のとおりであり,事前検討を十分行っている。
4 被告における運航の安全確保のための取組み
(1) 被告では,運航の安全確保のための体制として,安全面を統轄する組織と
して経営会議の下に総合安全推進本部会(本部長は社長,委員は全取締役及び常勤
監査役)を設け,その下部機構として航空安全推進委員会(委員長は安全担当役
員,メンバーは各事業部門の代表者)を置き,また各事業部門はそれぞれに本部安
全委員会を設けている。被告は,これにより,上部機関の意思決定・指示を各社員
に周知徹底するとともに,職場で起きた安全に関わる事象の情報を経営にフィード
バックさせている。
 また,現業部門においては,運航面においては運航本部が,整備面は整備本部
が,それぞれ中心となって関連部門とともに安全確保に取り組んでおり,以上のよ
うな安全委員会システムと安全担当組織が相まって安全運航堅持の体制が整えら
れ,安全運航確保のために機能している。
(2) 運航本部においては,各種の定例会議体(グループミーティング等)を開
催し,連絡情報の周知徹底,問題点や意見の収集が行われている。また,職制乗員
(室長,室長補佐,主席等)による対面率向上施策として,職制乗員と一般職乗員
とが同乗する機会を積極的に設けたり,出退社時に両者が対話するなどして,日常
運航に関わる諸問題,情報等の把握に努めているし,運航乗務員から提出を受けた
各種報告書,要望・意見書(キャプテンレポート,セーフティレポート,要望・意
見処理カード)については,調査・検討した上,その内容に応じて対応し,活用し
ており,キャプテンレポートの提出を契機として被告の経営方針にも関わるOMの
変更(航空機の地上走行中の客室乗務員の原則着席化)をした例もある。被告は,
昭和55年にライン運航における飛行状況のモニター制度を導入し,各便の飛行状
況をモニターして問題事例についてオペレーションニュースを通じて全運航乗務員
にフィードバックするなどして再発防止に努めている。さらに,運航本部において
は,安全運航の確保をバックアップするために,運航安全委員会(委員長は本部
長)を頂点とする各種の委員会,ミーティングを設けて,漏れのない防止策を策
定・実行している。
 現に被告は,本件改定後サンフランシスコ線をシングル編成で乗務した職制乗員
からその実態報告を受けたりして,長距離運航に関して基準上の問題はないと考え
ているものの,きつい勤務であるとの乗員の声を総合的に判断し,これに応えて,
平成12年冬期パターンにおいてマルチ編成による運航とし,平成13年夏・冬
期,平成14年夏期のサンフランシスコ-成田,関西空港-ロサンゼルス線におい
て期間別にマルチ編成を拡大したり,シングル編成によるサンフランシスコ線の乗
務程度を月1回程度としたり,機長資格要件の加重,副操縦士へのルート・ブリー
フィングを行ったりしており,被告のフィードバック体制が機能していることは明
らかである。乗務中断者の増加は,乗員の加齢によるものと考えられ,本件改定と
は関わりがない。
 なお,原告らは,被告がキャプテンレポートを書き直させたと主張するが,事実
経過は,これを見た運航乗員部長が当該機長の了解の下にそのいわんとする趣旨が
伝わるように書き直すことにしたものである。また,グループミーティングは十分
に機能しており,その結果で勤務パターンの見直しも行われた例(デンパサール線
の見直し)などもあるから,グループミーティングに対する原告らの非難も当たら
ない。
第4 本件改定による全体的な不利益の有無・程度について
(原告ら)
1 不利益の有無・程度
 一連続の乗務に係わる勤務における乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準(シ
ングル編成による予定着陸回数が1回から4回までの各場合の運航についての乗務
時間及び勤務時間に関する基準並びにマルティプル編成による運航についての乗務
時間及び勤務時間に関する勤務基準),一連続の乗務に係わる勤務完遂の原則に関
する勤務基準,月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準,休養時間に関する勤務
基準,国際線離基地日数と休日に関する勤務基準,国内線連続乗務日数に関する勤
務基準,スタンバイからの起用に関する勤務基準についての本件改定は,別紙6の
「③切り下げの問題点の解説」欄のとおり,労働条件の大幅な切り下げであって,
不利益変更である。乗務時間,勤務時間の延長が不利益であることはいうまでもな
いが,勤務完遂の原則の導入によりイレギュラーが発生して乗務時間及び勤務時間
制限を超過する事態における被告の対応が変化しており,そのため乗員らは実際の
運航に当たり日々全く制限時間のない乗務に就くことを強いられている。また,国
内線連続乗務日数の延長により,連続乗務による乗員の心身に対する負荷の倍加,
連続乗務における着陸回数の増加,対象路線に国際線も含まれることによる勤務の
負荷の過重といった不利益を受けている。スタンバイの起用範囲の変更は,これに
より,乗務するであろう便が予測できないことになり,その準備も十分できない
し,健康管理も十分できないなどの不利益を受けている。
2 勤務の頻度を問題とする被告の主張について
 被告は,命じられる勤務の頻度を問題とするが,頻度を論ずるには,長時間乗務
が乗員にもたらす身体的・生理的影響(強い影響を受けることはいうまでもな
い。),特定の乗務(勤務)が勤務割上常態となったり,連日行われたりすること
がないという乗員のスケジュールの特殊性(1か月の勤務割の中で新就業規程によ
って可能となった勤務に1回(1パターン)でも就くことは,業務に付随する休日
も含んだ業務パターンに全体に及ぶ。)といった視点が必要であり,これらの視点
からすれば,被告主張のように単純な回数で論じるのは誤りである。
(被告)
1 不利益の有無・程度について
 本件改定は,一部労働条件を不利益に変更する部分もあるが,労働条件の大幅な
切り下げではない。
2 勤務の頻度を問題とすべきこと
 原告らは,旧勤務協定下で行うことのなかった乗務に就くことがあり得ることを
不利益として主張するが,本件改定によって新たに発生した勤務自体の不利益性を
判断するにあたっては,発生する可能性のある勤務形態を論じるのではなく,実際
に発生し乗務員が勤務に就いた実績のあるものを検討すべきである。実際の勤務割
は,まず乗務ダイヤの存在を前提にした上,新就業規程による制限のほか,OMの
制限によって決定されるから,新就業規程に定める乗務時間及び勤務時間の限度い
っぱいの運航が実施されるものではなく,したがって,旧勤務協定下で行われてい
た勤務形態との差異がどの程度新たな勤務に発生しているか及びその頻度を,現に
行われた勤務に基づいて比較し,実際の不利益性を判断すべきである。
 この見地からすれば,乗務時間及び勤務時間に関する本件改定によって,2名編
成機シングル編成で予定着陸回数が1回の場合,乗務時間9時間を超える勤務が発
生する頻度は平均月1回程度,同2回の場合,乗務時間8時間30分を超える勤務
が発生する頻度は平均年1回程度と極めて低く,不利益性の程度は低いから,受忍
の範囲内である。また,勤務完遂の原則の不利益性は,機長の意に反した成り行き
で勤務継続をした場合に問題となり得るとしても,そのような具体的不利益を原告
らは立証できていない。国内線連続乗務日数の変更は,これによって月間の乗務時
間及び勤務時間が増えるわけではない上,連続5日乗務のパターンの頻度は平均2
か月に1回程度であり,不利益性はほとんど問題とならない。スタンバイからの起
用範囲を変更したことについても,スタンバイからの起用回数が平均6年強に1回
(起用実績のある者の平均は1年10か月に1回)と極めて少ないことからすれ
ば,原告らの主張する,乗務するであろう便についての予測可能性の喪失や健康管
理の困難といった不利益性は全く問題とならない。
第5 本件改定の全体的な必要性の内容・程度について
(被告)
1 被告における構造改革実施の必要性
 被告は,以下に述べるとおり,平成3年以降,その業績が非常に悪化したことに
より,本件改定当時,コスト競争力を強化して赤字体質を克服し,業績を長期的に
安定させ,企業を存続させ,雇用を維持し,さらに航空業界をめぐる状況の変化に
対応するために,抜本的な企業構造の改革を行わなければならなかったのであり,
本件改定を行わなければならない差し迫った高度の必要性があった。
(1) 構造改革実施の経営上の必要性
ア 我が国の航空業界を取り巻く経営環境
 昭和53年以後米国において実施された航空産業に対する規制緩和政策によって
米国航空企業は壊滅的な影響を受け,企業淘汰と業界再編の嵐が吹き荒れたが,こ
の潮流は日本を含めた国際航空市場に伝播し,航空産業は世界的な規模で激動期に
突入することになった。こうした国際環境の下,1990年代の日本は,国内の景
気悪化による需要低迷に加えて,欧米のメガキャリアを中心とする外国航空会社の
日本市場参入圧力の高まり,円高による外国社の比較優位性といった,かってない
厳しい競争環境にさらされることになった。
イ 被告における収支悪化の状況
 被告の昭和61年度以降における収支の推移は別表Ⅰのとおりであり,1980
年代は好調な営業収益に支えられ,営業外の損を補った上で250億円から500
億円の経常利益を挙げた好調な業績の時代であった。これに対し,平成3年度は,
営業収益が前年よりマイナスとなり,羽田沖事故があった昭和57年度決算以来初
めての営業損益の赤字が129億円も生じ,翌平成4年度は営業損失481億円,
経常損失が538億円という,オイルショック時の赤字幅を大幅に上回る創業以来
最も巨額の赤字を出し,またその翌年も連続して巨額な営業損失及び経常損失を計
上せざるをえなかった。別表Ⅱのとおり,被告において,平成2年度以前でも営業
損益の赤字を出したことは第1次,第2次の各オイルショック時,羽田沖事故の直
後と3回あるが,いずれも短期に業績が回復しており,平成3年度以降のように巨
額の赤字が連続するのは極めて重大な危機的状況といわなければならなかった。
 また,過去に被告が経常損失を計上した際は営業収益は若干なりとも増加してい
たが,3期連続して赤字決算となった平成3年度から平成5年度にかけては,営業
収益が前年度比でいずれも減少している。これは,旧ソ連邦の崩壊や東欧諸国の政
治的経済的混迷の中で,国際線の航空需要が世界的に低迷したことを背景としてお
り,加えて,被告では,バブル経済の崩壊に伴う個人消費と民間設備投資の減退に
よる景気後退の影響を受けていた。
 その後,主として国際線の旅客数増大により,平成6年度に営業収益が前年比で
プラスに転じ,平成7年度以降は営業損益も黒字化したが,平成3年度以降の繰越
損失が大きいため,資産売却等の決算対応をしてもなお繰越損失を解消することが
できず,無配状態を継続せざるを得ず,被告は早期復配を最重要課題とし,その達
成に向け平成9年度決算において約1500億円にも上る巨額の資本準備金等の取
り崩しを行い,被告全体と一部関連事業の累積損失を一掃した上で,平成10年度
において漸く復配することができた。
ウ 被告の業績悪化の原因
(ア) 航空会社の構造的体質
 航空運送事業は,航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし,その借入金に
対する支払金利が巨額の営業外損失となるという構造的体質を持っている。被告
は,平成元年度まで毎年200億円台の巨額の営業外損失を計上しているが,その
大部分は金融収支の損失であり,航空機の売却等で営業外収益を計上できる場合に
その赤字幅が小さくなったり,黒字に転化したりしてきた。平成2年度,平成3年
度では受取利息及び配当金が345億円,301億円と膨れ上がっていたため,営
業外損失も小幅の赤字ないし黒字になっていたが,平成4年度以降では受取利息及
び配当金が半減する一方,支払利息は400億円台から470億円台と急増し,金
融収支は260億円台から350億円台の赤字となり,平成4年度に所有株式の売
却等により260億円の営業外収益を,平成5年度に266億円の航空機材売却益
をそれぞれ計上して,営業外損益を57億円の赤字ないし31億円の黒字に戻した
という実情であった。したがって,平成4年度の経常損失は538億円となってい
るが,実質の赤字は800億円に近いものであり,被告は深刻な危機感を抱いた。
(イ) 営業収益悪化の原因
 被告における売上げの内訳は,国際線の旅客収入・貨物収入が営業収入全体の6
5パーセントであり,被告にとっては国際線収入の動向が極めて重要な意味を持
つ。
 ところが,1980年代には順調に伸びてきた被告の国際線収入は,1990年
代に入り一転して顕著な下降傾向を示し,平成3年度になると対前年度マイナス比
となり,以後平成5年度まで対前年度マイナス11.0パーセント,マイナス7.
1パーセントとマイナス比を続けた。この間,旅客数はおおむね増加しているが,
にもかかわらず収入が落ち込んでいるのは,価格に問題があるためである。このこ
とは,収入を有償旅客キロ(PPK)若しくは有償トンキロ(RTK。有償の搭載
物(旅客,貨物等)の重量に大圏距離を乗じたもの)で除したイールド(単位当た
り収入を示し,需要規模の指標となる。)の推移からも明らかである。被告の国際
線における昭和61年以降のイールドの推移をみると,旅客,貨物ともに平成2年
をピークとしてそれ以降急激に下降し,旅客の平成6年度イールドは平成2年度に
比しマイナス28パーセントとなっている(同様に貨物はマイナス30パーセン
ト)。イールドが3割低下するということは,同じ旅客数,貨物量であった場合の
収入が3割低下するということであり,平成2年度の国際線収入が7250億円で
あったから,2100億円の収入減という計算になる(現実には旅客数,貨物量と
もに増加しているので,約970億円の減少にとどまった。)。コストが年々増加
傾向にある中でのこのような大幅なイールドの低下は,被告にとってその存亡にか
かわる重大な影響をもたらすものである。
 こうしたイールドの低下原因は,①消費者の低価格志向,②ファーストクラス,
ビジネスクラス等高額商品の需要の減少,③価格競争の激化(需要と供給のギャッ
プ及び円高)の3点にあるが,航空輸送は完全に日常の交通手段になっており,低
価格志向という一般的な消費行動のらち外ではありえないし,当時予定されていた
羽田空港沖合展開,関西空港建設,成田空港2期工事(以下「3大プロジェクト」
という。)が完成すると,外国航空会社の乗り入れ急増と航空運賃を含めた規制緩
和の進展等から,価格競争の激化は必至であり,これらの低下原因は一過性とはい
えないものであった。
(ウ) コスト競争力強化の必要性
 航空輸送はあくまで手段に過ぎず,安い方がよいというのが顧客の要望であるか
ら,国内外の価格競争に負けないだけのコスト競争力を作り上げることは被告が今
後存立して行くための絶対条件であった。すなわち,低価格競争の中で,営業収入
を伸ばすために低価格商品を提供しても利益を出せるように,あらゆる分野でコス
トを削減して行く必要があるということであるが,特に重要なことは,被告独自で
努力できるコスト削減については一刻の猶予もなく削減を図る,あるいは費用の効
率化を実現することであった。
 ところで,被告における営業費用の内訳及びその推移を見てみると,1980年
代半ばまでは半分以下であった固定費(機材費,人件費,不動産賃借料,広報宣伝
費等)が平成2年になると逆転し,変動費(燃油費,販売手数料,整備費等)が4
3パーセントで,固定費が57パーセントまでを占めるに至った。基本的には,営
業費用の中の変動費は生産量に応じて拡大するし,固定費の中の機材費も同様とい
えるが,その余の固定費,すなわち人件費や不動産賃借料・広報宣伝費・一般事務
費等のその他固定費は生産量よりも落ち着いた増勢を示し,その結果生産量1単位
当たりのコストは低減して行くものである。ところが,1980年代後半は固定費
が生産量の伸びを上回って拡大している。これは健全なコスト構造とはいえず,深
刻な問題であった。
 外国社とドル建てコストを比較してみると,1980年代前半は被告の方がコス
トが低く有利であったが,その後半以降は欧米の航空会社より3割ないし5割高い
という状況であった。
 コストの削減なくして赤字からの脱却はありえないということを端的に示すの
は,ブレークイーブン(Breake Even。損益分岐利用率。以下「B/
E」ともいう。)とロードファクター(Lord Factor。利用率。以下
「L/F」ともいう。)の相関である。昭和62年度以降B/Eは65パーセント
を超え,平成4年度には68パーセントに近い値になっていた。それでも,バブル
経済の最盛期で未曾有の強い需要に支えられ70パーセント前後という極めて高い
L/Fを得ていた時期には黒字になっていたが,もはやバブル期のようなL/Fは
期待困難であるから,どうしてもB/Eを60パーセント台半ばまでにとどめる必
要があった。このように高B/E体質からの脱却のためには,「収益の極大化と徹
底したコスト削減」,とりわけ固定費の削減が不可避であった。
(2) 構造改革の取組
ア 被告は,平成4年2月に「92-96年度展望と92-93年度事業計画」と
題する中期展望と事業計画を発表した。これにおいて被告は,平成3年度におい
て,湾岸戦争により需要が低迷する中,被告の企業競争力の低下傾向が強まり,1
人当たり生産量(ATK生産性),販売量が前年度比でマイナスを記録するととも
に国際線旅客便の供給シェアが昭和62年の34パーセントから24パーセントに
低下したこと,この航空会社を取り巻く環境の厳しさはなお引き続くと予測された
ことから,赤字になりやすい高B/E体質から脱却して競争力を向上させるため,
社長を委員長とする構造改革委員会を設置して,収益の極大化,徹底したコスト削
減に取り組んでいくこととした。
イ 被告は,同事業計画に従い,平成4年2月20日,社長を委員長とする「構造
改革委員会」を設置し,同年6月1日,構造改革委員会は検討を重ねた結果を構造
改革委員会報告にまとめて発表した。その内容は,「収益性を回復するための低ブ
レークイーブン体制の構築」を最大の課題とし,そのために収益力の回復,コスト
競争力の向上という点から,あらゆる組織,機能を広範に見直して改革するという
もので,①国内線の充実など事業運営体制の再構築,②路線の再編成など生産面の
改革,③人件費効率の向上などコスト構造改革,④イールドの向上など販売構造改
革,⑤業務運営体制の見直しなど意識構造改革等,あらゆる分野を網羅した改革へ
の取組であった。
 本件に関わりのあるコスト構造の改革においては,投資の見直し,人件費効率の
向上,コストの外貨化が主要構造改革項目と定められ,そのうち人件費効率の向上
に関しては,人員効率の向上と単価水準の一層の適正化を図る施策を講じるものと
された。
ウ ところが,被告が構造改革を進めていく中で,平成4年度の収支が創業以来の
大幅な赤字になることが明らかになり,被告はより一層大きく,深い危機感を抱か
ざるを得なくなった結果,構造改革施策を前倒しし,深化させる必要があると判断
し,平成5年1月「93-94年度サバイバルプラン」を策定発表し,「外国競合
他社は生き残りをかけ,大幅解雇や航空機投資の削減を含む徹底した合理化策を実
施し,さらにコスト競争力を強めている中で,被告も自ら打開することなく座視す
れば会社の存続すら危ぶまれる。」との危機的認識を明らかにした上,収支改善を
最優先するとの目的の下に,コスト競争力の再構築等4項目の重点施策を掲げ,社
内の全分野を対象とした構造改革施策を推進してきた。その成果は,B/Eの低下
という形で顕著に現れている。
(3) 構造改革施策の全体像
ア 被告が行った構造改革施策の全体像は,別紙7「構造改革施策の進捗概要」の
とおりである。
 被告は,事業運営関連の施策,コスト構造の改革に向けた施策(人件費効率向上
施策については別に述べる。),販売構造の改革に向けた施策,流通対応の施策を
多方面にわたって行った。
イ 人件費効率向上諸施策について
(ア) 被告の人件費効率向上施策の基本的考え方は,コスト競争力の強化を図る
ために,人員比率の向上(定員の見直し,勤務水準の見直し等により効率の向上を
図る)と単価水準の適正化(社会的調和の中でそれぞれの賃金項目に沿って見直し
を行い,水準の適正化を図る)の両面から人件費効率の向上を図るというものであ
る。被告では,過去機材の大型化や路線の長距離化等によって生産性の向上を物的
な面から図ってきたが,もはや限界にあることから,コスト競争力を向上させるた
めには人的な面からの生産性の向上を検討していかざるを得なかったのである。人
件費効率向上施策は,被告の社内的な施策と言う意味では自律的な施策であり,そ
の効果が確実に経営の改善に結びつくという観点からは確定的効果が期待される施
策であって,厳しい経営環境下において被告が競争力を維持・向上させ,競争に伍
して企業の存続を図るために真っ先に取り組むべきものの一つである。
 被告では,投資削減,人件費以外の費用削減を行う中で,費用の最大項目である
人件費についても避けて通れない状況にあったが,一方で,被告の人件費生産性は
外国他社に比して低く,国際コスト競争力の向上の観点から外国他社に拮抗できる
程度に人件費生産性を上げる必要があった。
 人件費の生産性を示す指標であるATK当たり人件費は,被告の平成3年度実績
が23円であるのに対して,外国他社はルフトハンザ航空を除き20円ないしそれ
以下である上,さらに人的側面からの合理化を進めているとの情報も得ていたし,
被告が空港業務を外注に出し,人件費がその分低くなっていることからすれば,外
国他社との生産性の格差はさらに拡がっていた。
 構造改革委員会報告が,「ATK当たりの人件費を91年度(平成3年度)の2
3円程度から96年度(平成8年度)において20円以下にまで改善することを目
標とする」としていたのも,外国他社との人件費生産性の格差を解消しなければコ
スト競争力の面から外国他社に太刀打ちできないと認識していたからにほかならな
い。ちなみに,その後の平成4年度,平成5年度を見ると,被告もATK当たり人
件費20.3円,19.3円と人件費生産性を上げたが,外国他社の生産性の向上
はそれ以上であり,被告はなお一層人件費生産性の向上を求められていた。
(イ) 被告は,慎重に検討した結果,平成5年1月29日,全組合に対し,「人
件費関連施策について」,「人件費関連施策の具体策について」を提示し,全職種
を対象として人件費関連施策を実施していこうとした。
 「人件費関連施策の具体策について」では,勤務協定の改定を提案しているが,
そのポイントは,路線構成の変化や機材性能の向上に合った,より合理的な勤務基
準を作ろうという観点と,人的生産性を向上させようという観点の2つから,①乗
務時間・勤務時間制限の緩和,②国内線の連続乗務日数制限の延長,③連続勤務の
導入,④スタンドバイ制度の見直しを主な改定点とするなどしたものであるが,①
は運航乗務員の編成数の削減を図って生産性を向上させようとするとともに,繁忙
期における運航乗務員の稼働の向上を可能にしようとするもの,②は集中勤務,集
中レストという考え方を導入しながら運航乗務員のより弾力的,効率的な運用を可
能にしようとするもの,③,④は同様により合理的な内容に見直して運航乗務員の
効率的,弾力的な起用を可能にしようとするものである。
 なお,被告は,それ以降も人件費関連施策に取り組んでおり,それほど国際コス
ト競争力強化のための人件費効率向上が極めて重要かつ喫緊事であったのである。
(ウ) 被告は,人件費関連諸施策として,人員計画の見直し等による人的生産性
向上の施策(間接部門や海外派遣員,海外現地社員の削減,出向者の拡大,特別早
期退職優遇措置,転進援助特別休暇制度,管理職進路選択制度,管理職転進支援制
度,再雇用型契約制客室乗務員制度の導入,加齢機長の乗務開始)を,稼働効率を
高めることによる人的生産性の向上施策(勤務基準の改定,客室乗務員の編成数見
直し)を,低コストの生産体制確立施策(外国人客室乗務員の拡大,契約制客室乗
務員の採用)を,単価水準の適正化による人件費向上施策(ベースアップやボーナ
スの抑制,客室乗務員,運航乗務員それぞれの乗務手当の再編成・適正化,定期昇
給停止年齢の前倒し,冬期手当・沖縄夏期手当・沖縄調整手当の廃止),その他の
人件費関連施策(雇用調整助成金対象業務指定,部長職年俸制の導入,客室乗務員
短期休職措置,社宅料等の改定)を,それぞれ行った。
(4) 構造改革施策の正当性・合理性について
ア 外国他社の合理化に対する取組
 英国航空以外の欧米各社は,1990年代に入ってから軒並み大赤字に苦しんだ
後平成6年度に黒字化しているが,英国航空が業績好調なのは昭和55年から昭和
58年にかけて1万7000名もの人員削減という大経営改革を実施していたから
であり,他の欧米各社が黒字に転じたのも,レイオフを含む大幅な人員削減や賃金
制度の改革等の合理化策に積極的に取り組んだ結果である。被告が行った構造改革
施策と英国航空が行った経営改善施策は,レイオフの有無を除くと,同様である。
世界的に主要な航空会社が経営苦境に陥り,これから脱しようとして積極的に合理
化施策を実施している中で,円高とバブル経済崩壊のため一層深刻な状況下にある
我が国の航空会社として,被告が外国航空会社に劣らない経営改革を進め,競争力
を強めなければ生き残れないと判断し,これに取り組んだのは当然であった。
イ 競争力向上小委員会の答申
 運輸大臣の諮問機関である航空審議会に設けられた競争力向上小委員会は,平成
6年6月「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」と題する答申を行
った。この答申では,国際競争力の向上を図るため,低コスト体質への転換及び収
益力の強化を図ることが必要であり,固定費を中心にコストの削減を進めるべきで
あるなどとしている。被告の構造改革施策はこの答申内容に合致するもので,当を
得た施策である。
(5) 原告らの主張に対する反論
ア 原告らは,被告の過大な設備投資,関連事業への過大な投資,ドル先物予約の
失敗,特別販売促進費(以下「特販費」という。)の増加等が被告の経営悪化を招
いたもので,これは経営の責任であると主張するが,現実に収支が悪化して大幅の
赤字が計上され,その原因がイールドが低下する中で単位当たりコストが高水準に
あることから,コストの低減なくして業績の改善,経営の建て直しはありえないこ
とが明らかな状況下で,被告が行ってきた過去の事業拡大計画の当否を論じても,
無意味である。
 原告らが非難するそれらの事業等は,当時の経営状況の下では適切な措置と判断
されて進められたものであり,それが当初の予測に反した結果を生じたとしても,
そのことの故に経営責任が問われるものとは到底いえないし,構造改革施策の一環
として行われた人件費効率向上施策の当否が争われている本件では,議論する限り
ではない。
イ 付言すれば,為替予約は,リスクヘッジのためのもので,円高に進んだため,
結果として為替予約をしなかった場合に比して10年間で2000億円程度増加し
たが,損とはいえない。生産性向上のためには適正な規模の拡大が必要であり,当
時の景気の見通し,マーケットシェア確保の必要性,3大プロジェクトに対応する
必要性からすれば,過大な航空機購入という非難も当たらないし,被告もその後投
資規模を大幅に見直している。特販費が巨額になっているのは,認可運賃と実勢価
格との乖離が大きくなっていることの反映にすぎない。
2 本件改定の検討経緯について
(1) 勤務基準改定に当たっての被告の基本姿勢
 被告が勤務基準の改定を検討するに当たっては,運航の安全に関わる国が定めた
乗務割の基準があり,その基準によれば,シングル編成で予定着陸回数が1回の場
合の運航について12時間までの乗務は安全上許容されているのであるから,それ
を踏まえて検討することになるのは当然であり,具体的には,国から国の安全基準
と合致しているとして認可された被告の運航規程に定める乗務割の基準を尺度にす
ることになるのである。
 科学的,専門技術的検討が必要であるとしても,当時の知見に基づく検討である
べきであるから,被告が行うべき事前検討としては,検討委員会報告の検討で足り
たのであり,同委員会の報告は十分信頼に値するものであったのである。
 被告は,当時の主要な国,航空会社については基準,実情を検討したし,運航乗
員部長らの会議等により運航乗務員の感触・意見の聴取も行った上,安全性に問題
がないと判断したものである。
(2) 平成元年のアドバイザリー・グループ会議における検討経緯
 旧勤務協定の原形は,昭和36年に設定されたジェット協定であるが,当時はい
わばジェット機の黎明期であって,機材の構造,性能が,その後登場し現在も主力
機となっている第3世代機,第4世代機とは格段の差があり,新鋭機の導入に伴っ
て長距離路線の直行便化が進められる等,昭和60年代には路線便数も当時とは大
きく変化していた。他社は,こうした運航環境の変化に対応してシングル編成によ
る乗務の制限時間を延長する等の措置をとったりしていたが,被告では,このよう
な路線便数や機材構成の変化に対応した勤務基準の見直しがされないまま運航乗務
員の勤務が続けられたため,運航乗務員の効率的な運用の障害になっているという
認識が高まってきた。昭和62年2月に作成された「62-65年度中期計画」や
その翌年に作成された「昭和63-66年度中期計画」において「健康問題に配慮
しつつ編成数を含む運航乗務員の勤務条件の総合的見直しを検討する」とされてい
るのも,この認識に基づくものである。
 これを受けて,被告運航本部の業務部業務グループ,運航乗員企画具業務グルー
プと労務部運航乗務職グループの各担当者によって運航乗務員の勤務条件総合見直
しの検討が始められた。その後「昭和63-66年度中期計画」を受けて,平成元
年2月に役員レベルの検討委員会を設置し,勤務協定を見直す改定案の検討を行う
ことになったが,その際別にアドバイザリー・グループを設置して乗員を含む現場
の意見収集を図ることとした。同グループ会議は,各機種の主席クラスの運航乗務
員10名と地上職である各運航乗員部の業務グループ員を定例メンバーとし,同年
3月から6回開催して,種々の項目について検討した上,意見を取りまとめて関係
部長会に報告した。同グループ会議の検討結果によれば,乗務時間及び勤務時間制
限に関しては,OMが定める制限内で勤務協定の乗務時間制限緩和を容認する意見
が大勢であったし,基地帰着後の休日・宿泊地での休養については,時差に対する
配慮を重視する意見で一致していた。スタンバイのあり方については,国際線にも
出社スタンバイが可能となる方向で改定案を策定するなどとされ,勤務完遂の原則
に関しては,大抵の場合乗務完遂の意思を持っているとの意見に反対はなく,機長
判断については判断の自由を保障するほうが重要などとされた。
 関係部長会でも検討が進められたが,勤務協定改定案がまとまる以前に運航乗務
員のマンニングが逼迫する中で運航を維持する必要があることから,改定は先送り
された。
(3) その後の検討経緯
ア 平成4年6月に構造改革施策が発表され,人件費効率の向上を推進することに
なったため,被告労務部の運航乗務職グループ長以下と運航本部運航企画部の業務
グループ長以下が一緒になって,人件費効率向上のため運航乗務員の勤務基準改定
実施に向けて検討を進めることになったが,その検討においては,それまでに得ら
れた各国基準,各社の基準・運航実績と,平成元年時のアドバイザリー・グループ
会議における運航乗務員の意見を踏まえ,また随時職制乗員の意見も聞くなどし
た。
 運航乗務員の勤務基準改定に当たっての基本的な考え方は,平成元年時の検討と
軌を一にするもので,①非効率・低生産性の見直し,②路線構成の変化や機材性能
の向上等運航の実情にマッチしたより合理的な基準作り,を通じて人的生産性の向
上を図り国際コスト競争力を強化しようというものである。
イ 運航乗務員の勤務基準改定案(以下「改定案」という。)の主な項目の改定趣
旨は以下のとおりである。
 乗務時間及び勤務時間制限緩和について,長距離路線において他社がシングル編
成で運航している路線を被告はマルチ編成で運航しているが,これは被告における
シングル編成の乗務時間及び勤務時間制限が他社より厳しいためである。したがっ
て,これを国の乗務割基準で許容される範囲内で,かつ他社の実績に照らしても合
理的な内容に見直すことによって,人的効率化を図ろうというものである。
 国内線における連続乗務日数制限緩和について,被告の制限は被告の国内線が幹
線に限定されていた当時のもので,被告も国内ローカル線に参入することになる
と,運航乗務員の弾力的かつ効率的な運用を阻害するので,他社の例も参考にしな
がら弾力的,効率的な運用を図ろうとしたものである。
 国際線スタンバイにおける指定便制度の廃止について,従来の制度では弾力的,
効率的運用を妨げる面があったし,運航乗務員からも拘束時間が長いと不満の声が
あったことから,スタンバイ制度全体をより合理的な内容とするため,拘束時間を
短縮する一方で,それでも弾力的,効率的な運用が確保できるよう,国際線スタン
バイにおける指定便制度を廃止したものである。
 「宿泊地における休養」の規定の廃止について,「宿泊地」の意味するところに
ついて組合との間に解釈上の議論があったところ,「前後を連続する12時間以上
の休養で枠づけされた一連続の乗務にかかわる勤務」という概念を新たに導入した
ことから,この概念と乗務時間及び勤務時間制限とにより規定を存続する意味がな
くなったため,廃止したものである。
 なお,勤務完遂の原則について,これは何ら内容を変更するものではなく,趣旨
に誤解が生じないよう表現を明確にしたにすぎない。
ウ 改定案を受けて運航乗員部長会が検討した。運航乗員部長は日頃部下乗員から
の情報・意見等を十分把握しており,アドバイザリー・グループ会議における職制
乗員の意見等も参酌した上,長年蓄積した自らの経験・知識に基づいて忌憚のない
意見を交わしながら議論を重ねた結果,運航乗員部長会は,改定案をそのままない
し若干の付帯的な提言の下に承認した。
エ 以上のように,被告では,本件改定について十分な事前検討を行っているし,
さらに,乗務時間及び勤務時間制限の見直しについて最も関わりが深いB747-
400運航乗員部において,本件改定実施前には,サンフランシスコ線の乗務パタ
ーンについて,往路の予定乗務時間が9時間未満である冬期にはサンフランシスコ
での滞在を1泊で実施することが新就業規程では可能であったにもかかわらず,滞
在が2泊となる乗務パターンを平成5年11月以降継続して実施するという配慮を
行い,また,同線に乗務する副操縦士には事前にルート・ブリーフィングを受講さ
せて最新の路線情報を身につけさせ,これにより機長にかかる負担の削減を図っ
た。本件改定実施後においても,同線の運航の実態を踏まえ,同線の乗務を月1回
程度としたり,同線に乗務する機長の資格要件を厳しくしたりした。これらのこと
は,被告においてフィードバックのシステムが機能していることを示すものでもあ
る。
3 本件改定による人員効率向上の効果-マンニング削減効果について
(1) 乗務時間及び勤務時間制限緩和について
 本件において論じられるべきマンニング削減とは,本件改定によって運航乗務員
の必要数をどれだけ削減できたかであり,「旧勤務基準のままであったならば運航
乗務員を増員しなければ運航が維持できなかったが,本件改定の効果として運航乗
務員を増員しなくても運航の維持が可能になったといえるか。」ということであ
る。路線・便数が拡大されれば必然的に運航乗務員の必要数が増大するから被告で
はこれに対応する必要があるし,また,被告では平成8年度以降あるいは平成17
年度以降の機長の大量退職に備える必要があった。
 上記のマンニング削減の趣旨からすれば,マンニング削減効果の有無は,機種
別,職種別に,かつ具体的路線便数計画を用いて勤務基準の改定前と改定後の乗員
の必要数を算定すべきであり,これによれば,本件改定による乗務時間及び勤務時
間時間制限の緩和は,平成5年度冬期には103.9名(機長37名,副操縦士3
9.7名,航空機関士27.2名),平成6年度夏期では148.5名(機長5
5.9名,副操縦士59.7名,航空機関士32.9名),平成10年度冬期では
246.7名(機長88.6名,副操縦士107名,航空機関士51.1名),平
成14年度夏期では178.4名(機長64.3名,副操縦士92.3名,航空機
関士21.8名),平成14年度冬期では211.0名(機長72.5名,副操縦
士110.4名,航空機関士28.1名)のマンニング削減効果をもたらし,その
分の人件費節減が可能となった。この削減効果は,機長退職が激増する数年後には
さらに巨大化するものである。なお,旧勤務基準下での運航維持の可能性をみる
と,平成5年度冬期にはそれが可能であるが,平成6年度夏期及び平成10年度冬
期,平成14年度夏期及び冬期では,いずれもB747型機,B747-400型
機,MD11型機の運航が維持できない。旧勤務基準のままでも運航乗務員を増員
しないで運航の維持が可能であるなどとする原告らの主張は,旧勤務基準下での必
要乗員マンニング数を誤って算出したまま,かつ実際の乗員数(各運航乗員部在籍
の乗員数)で比較しているにすぎないなど,マンニング削減の本来の意味を正解し
ないものである。
(2) スタンバイ制度の改定とスタンバイ配置数について
 スタンバイ制度の見直しは,乗員の負荷軽減を図った上でスタンバイからの起用
に柔軟性を持たせ,スタンバイ制度の円滑で効率的な運用を可能にするもので,運
航の実情に合致した合理的なものである。効率的なスタンバイからの起用が円滑に
行えるということは,大局的にみれば,人員効率の向上にもつながる。効率的なス
タンバイからの起用が,即,スタンバイ配置数の減少を意味するものでもない。
(3) 国内線連続乗務日数制限見直しの効果について
 国内線連続乗務日数に関する本件改定は,地方発着路線が拡大され,乗務の前後
にデッドヘッドが多くなっていた状況下で,弾力的かつ効率的な運用を可能にする
ことを目的としてのものであり,これによりデッドヘッドを少なくすることができ
るから,マンニング削減効果がある。
4 本件改定に関わる労使交渉の経緯について
 被告は,平成5年に人件費関連施策を実施するに当たって,労働組合と協議を重
ね,被告提案の全項目について全日航労組と協定を締結できたが,乗員組合と客乗
組合とは全項目について協定の締結ができず,日航労組とはフレックスタイム制に
ついてのみ協定を締結できたにとどまった。しかし,乗員組合の対応は他の労働組
合とは異なる。被告と日航労組及び客乗組合との間でも協議自体は精力的に進めら
れたのに対し,乗員組合は,被告の経営責任論に終始するとともに,勤務条件の改
悪は一切認められないとの姿勢を固持し,勤務協定の改定に関する実質的な協議に
応じなかった。
 職種を異にするとはいえ,全従業員の過半数を組織している全日航労組は協定を
締結して人件費関連施策の推進に協力していること,乗員組合の反対は被告が置か
れた厳しい経営環境に全く目をつぶり,既得の勤務条件の変更は一切認めないとい
う頑なな態度に由来すること等に照らせば,乗員組合の反対が本件改定の合理性を
否定するものとはいえない。
(原告ら)
1 総論的主張
(1) 本件改定の変更合理性の具体的判断基準
 就業規則の不利益変更の合理性については,当該変更の不利益の内容・程度,変
更の必要性の比較考慮を基本とし,不利益との関係で執られた代償措置の内容を勘
案しつつ,労働組合との交渉経緯,変更の社会的相当性,他の従業員の態度等を総
合考慮しつつ判断するものとされており,労働者にとって重要な労働条件に関する
不利益変更については,「高度の必要性に基づいた合理的な内容」が必要とされて
いる(最高裁昭和43年12月25日判決,同昭和63年2月16日判決,同平成
9年2月28日判決,同平成12年9月7日判決)。
(2) 本件改定の不利益性
 本件改定は,運航の安全性を大きく損ない,運航乗務員に極度に過酷な勤務実態
をもたらすという重大な不利益をもたらすもので,その不利益性は極限までに高
い。本件改定は,乗務によって生ずる疲労,眠気,睡眠障害,体内リズム障害等を
適切に規制し,安全に運航することを確保するための勤務基準を切り下げることに
よって運航乗務員のパフォーマンス等の諸能力の著しい低下をもたらし,セーフテ
ィ・マージンが著しく低下したものとなっており,世界の科学的研究に基づく提
言・勧告から逸脱したものとなっている。また,世界各国,各航空会社の勤務基準
と比較して突出して劣悪で不公正な勤務基準への切り下げである。さらに,乗務時
間及び勤務時間の延長により編成が切り下げられ,運航乗務員の乗務時間が増大す
るなど,運航乗務員に極めて過酷な乗務をもたらす不利益である。
 加えて,本件改定では,多岐にわたる勤務基準の変更が一挙に実行されたため,
個々の乗員に全面的・複合的に実施されることになり,乗員たちの勤務は各不利益
変更が複合することによって,相乗的に過酷な勤務と化し,重大なストレス・疲労
の蓄積が慢性化しつある。これは,同時に,乗員たちの乗務に対する従前の技能,
能力の発揮を阻害し,航空機の運航の安全を阻害する結果となる。この全面的・複
合的な不利益性は,複数の勤務の間(一定期間の間)でも生じているし,1回の勤
務の中でも生じている。
 なお,被告は,例えば1回着陸の場合の乗務時間は最大11時間を超えて予定し
ないとしているが,11時間を超えるかどうかは乗務ダイヤを基準に判断されると
ころ(新就業規程10条),乗務ダイヤについて,被告は,最近4年間のブロック
タイム実績の加重平均により定めるとしているから,実際の乗務時間が乗務ダイヤ
上の乗務時間より多いことが少なくないのである。また,出発の遅延(イレギュラ
ー)は日常的に発生しているし,イレギュラーが発生しても乗員交替が不可能で乗
務を継続しなければならない場合もあるから,イレギュラーが発生しても乗員らが
安全に事態に対応できるような勤務基準が求められるのである。
 さらに,本件改定後の乗務により乗員の健康破壊が進んでいることも銘記すべき
である。
 本件改定の変更合理性判断にあたっては,以上のような不利益の大きさが考慮さ
れなければならない。
(3) 経営上の必要性の程度
 上記(2)の不利益性の重大さからすれば,変更合理性の判断基準としての「経
営上の必要性」についても「極限までに高度な必要性」が要求される。この「極限
までに高度な必要性」があるといえるためには,①当該変更を行う緊急性があり,
②当該変更以外に他に執りうる措置がなく,③当該変更が変更を行う目的と当該変
更の効果との関係で有効なものであり,④当該変更が経営状況改善を図ろうとする
観点からみて相当であること,の4要件を充足することが必要であり,これらにつ
いて精緻かつ厳密な検討に基づく事実認定と判断が求められる。これらの基準に照
らせば,後記2のとおり,本件改定についてはいずれの要件もなく,経営上の高度
の必要性は認められない。
(4) その他
 本件改定には代償措置が全くとられておらず,労働組合,特に運航の専門家集団
であり,日々の乗務の経験を集積している乗員組合との交渉も尽くされていない
上,本件改定には,乗員組合のみならず,機長組合,先任組合を含めて被告のすべ
ての乗員の組合が反対しているし,世界の乗員もこぞって反対している。これらの
ことも本件改定の変更合理性の判断にあたっては十分考慮される必要がある。
2 本件改定の必要性
(1) 被告の経営状況について
ア 公表決算からみても,被告の経常損益の推移からみれば,平成5年からは急速
に回復基調に乗り,以後一時的な燃油費の高騰による経常赤字が存するものの,全
体としては堅調な推移をたどり,平成10年度には経常利益325億円と史上第3
位の業績をあげている。業績を営業損益でみても,平成5年度以降順次回復基調に
のり,平成7年度には営業利益154億円を計上し,以後も堅調な営業利益を計上
している。平成5年度に既に回復基調にあり,本件改定の翌年度(平成6年度)に
は黒字化し,その後も堅調な経緯をたどっていることからすれば,平成3年度から
平成5年度の3期連続赤字を一面的に強調するのは,不当である。
 なお,この過程において被告が行った航空機減価償却期間の延長は,有形固定資
産の耐用年数は当初予定の残存年数と経済的使用可能予測期間とに乖離が生じた場
合は変更しなければならないものであるから,当然に延長しなければならなかった
ものであり,決算利益の嵩上げではない。変更された耐用年数も平成9年度の変更
で国際比較でみれば正常な年数に至ったといえるものである。また,航空機売却益
の計上も,航空機売却は機材更新等のために行われるのであるから,決算利益確保
のためのものではない。
 被告は,それまで国際水準に比して明らかに短い時間で償却(過大な減価償却)
を行っていたもので,適正な減価償却期間に基づいた損益状況を試算すれば,実質
経常損益は,昭和63年度769億円,平成2年度795億円,平成3年度487
億円の黒字であり,平成4年度は77億円の赤字となるものの,本件改定年度の平
成5年度は22億円,平成6年度は311億円の黒字であって,本件改定を必要と
するような経営危機にあったのではない。
イ 被告の営業収入の推移からすれば,堅調な業績は堅調な旅客需要に支えられて
いることが分かる。被告においては3期連続の経常赤字を計上した平成3年度ない
し平成5年度を含めて旅客数は着実に増加している。イールドの低下は航空運賃の
低廉化が需要を喚起し,航空旅客の増加をもたらす結果となっており,イールドの
低下と旅客数の増加は表裏一体をなすものであるから,イールドの低下を構造的恒
常的経営悪化要因とみるのは誤りである。
ウ 企業の経営状況の良否を判断するための資料として損益情報と並んで重視され
る資金収支(キャッシュ・フロー)分析によっても,平成4年度に一時的な落ち込
みはあるものの,正味の事業収支は堅調に推移しており,平成5年度を基準にみて
も,当時から被告は毎期の営業活動から着実に自己資本を生み出す財務体質を確立
している。
(2) 収支構造上の問題点
ア 固定費抑制論の誤り
 固定費が大きいということは,需要が伸び悩み事業収入が減少する局面では単位
当たりコストが大きくなり,価格競争上不利になるが,需要が伸び事業収入が伸び
る局面では,コストが増えず,単位当たりコストが下がることになり,価格競争上
有利になるから,固定費の抑制を一方的に強調するのは誤りである。
イ 人件費の評価
 コスト構造の検討に当たっては,収益性との因果関係,収益性の改善効果,対象
となるコスト削減策の妥当性を検討した上,どのようなコスト削減策をとるのが合
理的かを検討しなければならないし,国際コスト競争力との関係では,海外他社と
の比較もされなければならない。
 被告の営業費用中の人件費の構成比は,本件改定時である平成5年度は23.9
パーセント(社外委託費を含めてみても28.7パーセント)であり,海外他社と
比較してかなり低いし,その推移をみても,平成3年度以降一貫して海外他社に比
して相当低い。なお,被告は,欧米各社は人的側面からの合理化を行っているなど
と主張するが,海外他社との比較からすれば,そのような形跡はない。
 被告の行ったとする構造改革施策は,実際には削減は人件費のみであり,それ以
外の部分では何らみるべき施策がとられていない。被告では,平成5年度当時既に
乗員の賃金がANA,日本エアシステム株式会社(Japan Air Syst
em。以下「JAS」という。)に比べて低額であったのに,それ以降の度重なる
人件費削減策によりさらに格差は拡大しているし,国際比較によってもかなり低い
ものである。
ウ ATK当たり人件費
 被告が主張するATK当たり人件費についても,平成5年度で被告が19.3円
であるのに対し,アメリカン航空は19.5円,ユナイテッド航空は19.7円,
ルフトハンザ航空は26.6円と被告は他社と遜色がないかもしくは低いし,平成
8年以降は明らかに低いから,この指標からみても本件改定の必要性はない。そも
そも,人件費の国際比較を行うのであれば,購買力平価による検討を行うべきであ
り(これによれば被告は海外他社に比べて格段に低い。),被告のように為替レー
トで換算して行うのは誤りである。
エ 労働生産性
 被告は,業績悪化に基づく構造改革施策の一環として人件費効率向上のために本
件改定をしたとするのであるから,人件費と労働生産性を相対関係でとらえる必要
があり,被告の乗員の労働生産性が海外他社との比較で高いと認められる場合に
は,乗員の人件費を削減する必要は一層認められない。
 運航乗務員の労働生産性の指標としては,運航実績をベースにしたRTK(有償
トンキロ)を運航乗務員数で除した数値とするのが適当であるから,これで国際比
較をすると,被告の運航乗務員の労働生産性は一貫して欧米各社を上回る高い水準
を維持しており,被告の人件費は国際的にみて割安の水準にあったものである。
オ 損益分岐重量利用率に基づく検討
 収益構造の検討にあたっては,損益分岐重量利用率(単位原価を実収単価で割っ
た比率)の検討を行う必要があり,この比率が低いほど採算性が良いことになる。
 これで国際比較をみると,平成5年当時被告では単位原価の低下を上回って実収
単価が下落しており,欧米各社と比して被告では単位原価よりも実収単価の下落が
非常に大きく,単位原価は国際的にみて相当低いから,被告の採算性の問題は実収
単価すなわち収益にある。したがって,被告の収益構造も,問題点としてはまず販
売面(販売政策やマーケティング)を検討すべきである。
カ 固定資産関連費用
 固定費については,問題となるのは航空機関係の減価償却費・賃借料という固定
資産関連費用である。被告の固定資産関連費用は,国際比較でその構成比が高いか
ら,削減の検討対象とすべきなのはこの固定資産関連費用である。被告の航空機の
利用効率は,航空機投資回転率や総資本回転率をみても国際的に低い水準にある
し,座席利用率も同様に低く,機材利用効率が悪化している。これは,被告の誤っ
た機材計画によってもたらされたものであるが,被告の構造改革施策では,必要か
つ急務な改善を要する航空機利用効率向上に結びつく施策はとられていない。
キ 販売関連費用
 以上のとおり,被告の収支構造の問題点は収益,収入面にあるが,収入とかかわ
るのは費用でいえば販売関連費用,具体的にはまず代理店手数料である。しかし,
被告は,海外他社と比べ,代理店手数料,販売費の削減を行っておらず,例えば平
成10年度では海外他社並みにすれば約74億円の費用節減効果がみられるのに,
平成5年度以降これを放置していた。本件改定の効果は,被告の説明によっても特
定経費約3億円の削減にすぎず,巨額の費用削減効果が見込まれる改善策を放置す
る一方で,本件改定を行う必要性はない。
ク 特販費
 被告の特販費は,平成3年,平成4年はいずれも2300億円,平成5年は25
00億円(以上被告公表額),平成6年は2100億円,平成7年は2500億
円,平成8年は2900億円,平成9年は3188億円,平成10年は3250億
円(以上乗員組合推計額)と年々増加傾向にある。特販費とは,被告の説明によれ
ば,マーケットとの調整金とスケールメリット(いわゆるボリュームインセンティ
ブ)であるとされるが,ボリュームインセンティブは被告の政策判断に基づいて支
払われているところ,航空会社から旅行業者に多額の資金がこの形で流れれば,旅
行業者が価格操作するのは当然の成り行きであるから,これは業績悪化の要因であ
り,これを改善する方策が必要である。しかし,被告は,何ら改善方策を行ってお
らず,収益面,販売関連費用面での重要な改善方策を怠っている。平成6年4月新
運賃制度が実施されたが,新ペックス運賃(個人で利用できるエコノミークラス座
席の割引料金)は正規運賃であり,マーケットの調整は起こらないからその販売に
は特販費を必要としないし,IIT運賃(個人包括旅行運賃)は実勢価格に近づけ
て設定されており,マーケットとの調整額を相当程度減額するものであるから,新
運賃制度の実施により特販費は大幅に削減されるべきものである。特販費の増加は
事業収益に何ら効果を上げていない。平成6年でみても10パーセント削減すれば
200億円,1パーセントでも20億円の削減効果があるのに対し,安全性の切り
下げをもたらす本件改定の削減効果は特定経費3億円にすぎない。被告が行うべき
は特販費改善施策であり,本件改定の必要性は認められない。
(3) 関連事業による損失
ア エセックスハウス・ホテル事業
 被告の子会社日本航空開発株式会社(Japan Development C
o.ltd。以下「JDC」という。)は,昭和7年建設という老朽化したエセッ
クスハウス・ホテルを相場よりはるかに高額といわれる1億7500万ドルで購入
し,購入価格の80パーセントを米国日本生命から年利12パーセントの借り入れ
で賄い,その後改修に1億9500万ドルかけ,合計681億円支出している。昭
和62年3月20日付けの「JDC監査の報告」では,「事業運営の意義は全くな
い。」,「売却し撤退を行ってでも,今後被る莫大な損失を防止すべきである。」
旨指摘されているにもかかわらず,被告は平成9年にもJDCに319億円に上る
財務支援を行うなどして同ホテルへの支出を続けたが,同ホテルは赤字を出し続
け,結局平成11年に2億5000万ドルで売却した。本件改定時である平成5年
以降も被告は漫然と同ホテルへの支出を続けているから,同年時点で被告の経営が
危急存亡の危機にあるのであれば,同ホテル事業を継続するとの判断が誤りである
ことは明らかである。
 このように,被告は平成5年時点で今後も年々赤字が継続し追加運転資金借入が
生じるであろう事業への投資を継続していたのであるから,本件改定をする必要は
なかったし,逆に被告がこのような投資,支出を漫然と続けたことは,経営全般に
おける必要な施策をとることを怠ったことにほかならない。
イ その他の関連事業等
 被告が行ったその他の関連事業(シカゴ日航ホテル,イヒラニホテル,ハワイ島
コナでのゴルフ場及び住宅の開発販売,常電導磁気浮上式鉄道(High Spe
ed Surface Transport。以下「HSST」という。)事業,
本社ビル建設)も何らの対策もとられないままいずれも失敗に終わっている。被告
は,平成5年以降もこのようにホテル事業等への投資を行い,不要不急な本社ビル
の建設を進めている。このことは被告のいう構造改革施策が虚構のものであること
を示すものであり,このような投資等を継続している被告に本件改定の必要性は認
められない。
(4) 為替予約による巨額損失
 被告は,昭和60年8月から昭和61年3月にかけて最長10年間にわたる長期
為替買入予約(以下「本件為替予約」という。)を行った。本件為替予約は11年
間で平均1ドル=184円であり,合計約36億6000万ドルとなっている。こ
の予約は,相場の変化に対して硬直的なヘッジ手段である為替予約を最長11年と
いう長期間で行ったという点で手段選択に過誤があるし,昭和60年8月時点では
ドル安円高感が定着しつつあったことを認識していない点で相場判断の過誤があ
る。
 また,いったん予約した後も,反対契約によるキャッピングにより損失削減策を
とることが可能であったのにこれを懈怠した点で損失回避策についての過誤があ
る。
 被告は,本件改定時において,経営危機をいうのであれば,本件為替予約による
損失の削減策をとるべきであったのに,これを漫然と放置しており,経営陣に善管
注意義務違反の責任があることは明らかである。この責任を不問にし,従業員にし
わ寄せをもたらす本件改定の必要性は認められないし,社会的相当性も欠く。
3 本件改定による人員効率向上の効果について
(1) 本件改定の効果からみた改定の必要性の不存在
 被告は,人件費効率向上の施策を掲げ,その具体化の方策として本件改定を行う
とし,その指標としてATK当たり人件費の改善をあげた。したがって,本件改定
が人件費効率向上に寄与しない,ないし効果がないものであれば,本件改定の必要
性は否定される。
 以下の(2)及び(3)で述べるとおり,平成3年度以降のATK当たり人件費
の推移,乗員配置数,必要数の推移をみれば,乗員配置数はATKの伸びにほぼリ
ンクしあるいはそれを上回って伸びており,マンニング削減効果は現れていない。
スタンドバイ制度の改定についても,以下の(4)のとおり,要員の実際の配置数
は本件改定前を上回っており,要員効率化の効果もマンニング削減効果もない。
 被告の賃金制度では,勤務基準の改定によって必要乗員数が減少しても,運航乗
務員の配置数が変わらなければ人件費コストは変わらず,マンニング削減の効果は
ないところ,被告においては平成12年に至っても配置数の減少は行われておら
ず,費用削減効果は生じていない。
(2) 本件改定による必要マンニング削減数
 乗務及び勤務時間制限延長に関する本件改定による必要マンニング削減数は,平
成10年で合計122.1名・日(機長60.2名・日,副操縦士21.9名・
日,航空機関士40.0名・日)であり,同年の実行乗員計画上のバランス(余裕
乗員数。機長+71,副操縦士+170,航空機関士+26)からみて,旧勤務基
準でも運航が可能であったものである。なお,航空機関士についてはバランスから
は旧勤務基準では運航ができないようにみえるが,例えば旧勤務協定下でもホノル
ル-大阪線等を路線別了解によってシングル編成で運航していたことなどからし
て,旧勤務基準での運航が可能であったものである。必要マンニング削減数と実行
乗員計画上のバランスからして,旧勤務基準でも運航が可能であったことは,平成
14年度においても同様である。
 ダブル編成からマルチ編成への変更による副操縦士の必要乗員マンニングの削減
数も,実質的にはニューヨーク線の12.4名・日分であり,実行乗員計画上の必
要数及び配置数からして同線を従来のダブル編成で運航しても支障のないものであ
る。
 なお,シングル編成で予定着陸回数が3回(以下「3回着陸」ともいう。予定着
陸の回数をいう場合について,以下同じ)の場合及び同4回の場合の乗務時間及び
勤務時間制限延長に関する本件改定による必要乗員マンニングの削減数について被
告の主張立証はなく,この点から既に,この改定の必要性はない。
(3) 必要乗員マンニング数の削減と「コスト削減」
 改定による乗務時間及び勤務時間制限の延長により,マルチ編成からシングル編
成への変更の場合,2名編成機では機長1名分の,3名編成機では機長1名分と航
空機関士1名分の,各必要乗員マンニングが削減され,ダブル編成からマルチ編成
への変更の場合,2名編成機では副操縦士1名分の,3名編成機では副操縦士1名
分の,各必要乗員マンニングが削減されたことになる。
 しかし,被告の本件改定の目的は「コスト削減」(配置数の削減等によりもたら
される実際の費用削減効果)にあるから,必要乗員マンニング数の削減がコスト削
減に寄与するためには,必要乗員マンニングの削減分の運航乗務員を使って新たな
路線を運航できる,すなわち運航乗務員の配置を増加させずに,それまで以上の路
線を運航できるという状況が作られていることが必要である。
 しかるに,ATKの推移と被告の実行乗員計画に基づく乗員配置数の推移をみて
も,平成8年度以降,実行乗員計画上の操縦士全体の配置数はATKの伸びを上回
っており,ATK当たりの乗員配置数は削減されていないから,マンニング削減に
よる費用削減効果はない。また,実行乗員計画における操縦士必要数と配置数の推
移をみても,両者のバランスは,平成5年以降年々拡大しており,これからみても
本件改定の必要性はない。なお,被告は,本件改定に際して「数年後から始まる機
長の大量退職に備える」などと説明したことはなく,これをいう被告の主張は,後
付の弁解にすぎない。
 被告では,編成と実際の乗務時間に応じて長時間乗務手当が支払われているとこ
ろ,乗員編成の切り下げにより逆に長時間乗務手当の支払額が増加しており(サン
フランシスコ線とニューヨーク線を併せただけでも年間約1億円の費用増),被告
の経費削減につながっていない。
(4) スタンバイ制度改定の効果
 平成2年度以降のスタンバイ必要数(国際線を指定便スタンバイで運用した場合
の必要数)と配置実績数をみても,実際のスタンバイ配置数は必要数を大幅に上回
っており,同制度の改定はコスト削減に全く寄与していない。
(5) 国内線連続乗務日数の延長の効果
 この改定による必要乗員マンニング数の減少はないから,マンニング削減効果は
なく,コスト削減効果はない。被告がいう集中勤務・集中レストを運航乗務員が要
望した事実もない。
(6) シングル編成3回着陸及び4回着陸の基準改定の効果
 これによる必要乗員マンニングの削減数について被告の主張立証はなく,同基準
の改定の必要性はない。
第6 乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定について(請求1関係)
1 シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務
時間制限について(請求1(1)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 乗務時間及び勤務時間に関する本件改定により,乗務時間及び勤務時間が延長さ
れたが,これは,単純に1回の乗務における乗務時間及び勤務時間制限が延長され
た不利益に止まらない。この延長によりマルチ編成で乗務していた路線がシングル
編成で乗務するようになったが,この編成変更により,乗務中の仮設備で休息でき
る時間が減り,操縦席に就いている時間(オン・デッキ・タイム)は,パイロット
は1.5倍増,航空機関士は倍増している。被告は,サンフランシスコ線やロサン
ゼルス線をシングル編成で乗務させるために乗務時間及び勤務時間を延長したもの
であるが,これは乗員には労働の強化・過密化であり,利用者・国民にとっては運
航の安全を低下させるものである。
(2) 改定した規定内容自体の不合理性
ア 科学的,専門技術的見地からの検討
 長時間(長距離)運航にかかわる科学的研究の成果,提言・勧告からすれば,通
常の予定乗務時間として9時間から10時間を超えて予定しないことが相当であ
る。9時間を超える運航は,運航乗務員に抗し難い疲労をもたらし,疲労を要因と
するパフォーマンスの低下,安全マージンの低下等の事態をもたらす。このこと
は,3名編成機の場合と新世代2名編成機の場合とで異ならない。我が国において
は,操縦席での計画的な休憩は禁止されているから,この有無で2名編成機の場合
と3名編成機の場合を区別することはできないし,長時間(長距離)運航による疲
労は航空機関士にもあるから,3名編成機の航空機関士の存在が,両者を区別する
理由ともならない。それ故,NASAガイドラインも2名編成機,3名編成機を問
わずに提言・勧告しているし,DLR研究2も,両者の運航面の要件に本質的な差
はないとしているのである。
イ 各国基準との比較
 被告の2名編成機シングル編成1回着陸の制限値は,各国基準と比較し,突出し
た劣悪なものになっている。サンフランシスコ→成田(サンフランシスコから出発
して成田に到着する運航をいう。地名間を結ぶ「→」の意味について,以下同
じ。),成田→ロサンゼルス,名古屋→ロサンゼルスは多くの国で運航できない。
被告の比較は,各国が深夜,時差の影響などを配慮しているなどの前提条件を明示
せず,単に数字だけの比較をするもので不当である。
 被告の3名編成機シングル編成1回着陸の制限値も,各国基準と比較し,突出し
た劣悪なものになっている。サンフランシスコ→成田,成田→ロサンゼルス,名古
屋→ロサンゼルスは多くの国で運航できない。
ウ 外国他社の基準との比較
 外国他社の基準と比較しても,被告の2名編成機シングル編成1回着陸の制限値
は,突出した劣悪なものになっている。外国他社は,運航の安全性に配慮した基準
を設けており,例えばルフトハンザ貨物航空は,予定出発時刻に応じて飛行勤務時
間が一定時間を超える場合には,交替乗員を乗務させるよう取扱いを変更してい
る。被告の運航実績の比較は,その資料の正確性に疑問があったり,安全運航に大
きな責任を持つメジャーエアラインがなかったり,各社の出頭時間帯や時差を考慮
した付帯条件や操縦席での計画的休憩(Controlled Rest)の有無
を無視するなどの問題がある。コードシェア便については,運航責任を負わない航
空当局はその安全性について何も評価していない。なお,国内他社では,ANA
は,被告がシングル編成で運航しているサンフランシスコ→成田をマルチ編成で運
航している。
 同様に,被告の3名編成機シングル編成1回着陸の制限値は,外国他社の基準と
比較しても,突出した劣悪なものになっている。被告の運航実績の比較は,事実に
反し信憑性が低い。米国のユナイテッド航空では,最大12時間の予定乗務が可能
なような規程があるが,実際には,長距離(長時間)運航には3名編成機は投入さ
れておらず,2名編成機のマルチ編成で運航されている。
エ 勤務実態
 乗務時間及び勤務時間制限の延長により多くの路線でマルチ編成がシングル編成
となったが,乗務時間9時間を超える乗務では多くの乗員が耐え難い疲労と睡魔を
訴えており,この乗務をシングル編成で乗務することがいかに安全性に脅威を与え
る運航になっているかを雄弁に物語っている。このことは,上記アのとおり,運航
乗務員には計画的な休憩の機会は与えられていないし,長時間乗務による疲労は航
空機関士にもあるから,2名編成機と3名編成機で異ならない。
オ まとめ
 以上からして,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務
時間及び勤務時間延長に関する本件改定は,規定内容自体の合理性がない。
(3) 不利益変更の合理性
ア 不利益変更の有無
 時間延長が不利益変更であることは明らかである。
イ 変更の必要性の不存在
 上記第5(原告ら)3(3)のとおり,乗務時間及び勤務時間制限に関する本件
改定により,乗務1回当たりの必要乗員マンニング数は削減できるが,人件費効率
向上に必要な現実の配置数の削減には結びついておらず,改定をしなくても運航の
維持が可能であった。被告の主張する特定経費3億円削減の根拠もないから,この
改定をする経営上の必要性はない。3名編成機の場合は,乗務時間9時間を超える
路線が多くなく,旧協定下でも路線別了解によりシングル編成で運航していた事例
があるから,必要乗員マンニング数の削減自体わずかなものでもある。
ウ 勤務基準変更による著しい不利益性
 これに対し,上記第3(原告ら)1ないし3,上記1(2)のとおり,本件改定
により運航の安全性が阻害されていること,他社の基準との比較においても被告の
基準は突出しており,世界のグローバルスタンダードから著しく逸脱しているこ
と,勤務実態からも運航の安全に脅威が生じていること,乗員らに肉体的・精神的
あるいは社会生活上著しい負担・負荷を与えていること等からすれば,不利益性は
大きい。
 なお,B747-400運航乗員部米州路線室所属の副操縦士の平成11年8月
のシングル編成1回着陸乗務時間9時間超の勤務の頻度は,一人当たり平均月1.
095回である。また,同2回着陸の副操縦士(B747-400運航乗員部及び
B747運航乗員部)の勤務の頻度は,一人当たり平均月0.58回である。被告
では,1回着陸乗務時間9時間超の勤務を各月複数回行うスケジュールも設定され
ている。
エ 新就業規程16条について
 被告の新就業規程では,予定乗務時間9時間を超える場合には休養時間を加算す
るととし(新就業規程16条1項),イレギュラーが発生して休養時間が次の一連
続の乗務に係わる勤務の前に確保できない場合は少なくとも10時間の休養を与え
ること,実際の休養時間が予定した休養時間の12分の10に満たなかった場合に
は1日の休日を与えることとしている(同条2項)。「連続する24時間」の中で
シングル編成1回着陸の場合の勤務時間が12時間と定められ,地上移動時間が1
時間とされていた旧勤務基準でも,最低休養時間10時間が保障されていたから,
新就業規程の最低休養時間10時間の定めはこれと変わらないし,休日1日の追加
がされても,制限時間が延長された乗務そのものの不安全性が改善されるわけでは
ないから,新就業規程16条は乗務時間及び勤務時間延長の代償措置とはならな
い。
オ まとめ
 以上からして,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務
時間及び勤務時間延長に関する本件改定には不利益変更の合理性がない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
 上記第5(被告)2(3)のとおり,被告は,路線構成の変化や機材性能の向上
等運航の実情にマッチした,より合理的な内容に見直しながら,人的生産性の向上
を図り,コスト競争力を強化するために本件改定を行った。乗務時間及び勤務時間
制限に関する本件改定は人的生産性向上のための見直しの中心となるものである。
(2) 変更による不利益の有無・程度について
ア 運航乗務員の労働時間はもともと変形労働時間制であり,乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定は,1暦月の最大就業時間の変更がない中で,その労働時
間の配分に関する基準の変更を行ったにすぎず,一連続の乗務に係わる乗務時間及
び勤務時間の制限が変更となっても,変更された限度いっぱいの勤務に常時就かな
ければならないというものではないから,この変更内容が直ちに労働条件の不利益
変更の内容を示すものではない。
 実際の乗務割は,乗務ダイヤの存在を前提にし,就業規程による乗務時間及び勤
務時間等の制限のほか,休日・休養に関する就業規程やOMの制限等によって決定
されるから,乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定によって新たに発生した
勤務の不利益性を判断するにあたっては,発生する可能性のある勤務形態を論じる
のではなく,実際に発生した運航乗務員が勤務に就いた実績のあるものを検討すべ
きであり,旧協定下では行われることのなかった乗務・勤務に対する配慮,その乗
務・勤務の数などを,現に行われた勤務に基づいて総合的に判断すべきである。
 2名編成機シングル編成1回着陸の場合の1陣訴訟原告らの予定乗務時間9時間
を超える頻度は平均年2回程度,最も多い者でも年4回弱程度であり,予定勤務時
間を超える勤務頻度は平均年0.5回,最も多い者でも年1回程度である。平成1
1年8月のB747-400運航乗員部米州路線室(9時間を超える乗務が最も集
中する部署)に所属する副操縦士の勤務実績をみても,平均月1回程度である。ま
た,被告は,平成10年11月,12月のサンフランシスコ→成田線をマルチ編成
で運航するなどの配慮を行っている。これらのことや上記の休養・休日に関する規
定上の取扱いからして,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航について
の乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定による不利益性は極めて低い。2名
編成機シングル編成によるサンフランシスコ→成田線の運行は,ANAでも行われ
ている。
 3名編成機シングル編成1回着陸の場合,平成9年度の全機種における一般職副
操縦士,航空機関士の9時間を超える路線の乗務回数の実績は,半数以上の者が年
間2回以下,平均で3か月に1往復程度であり,その頻度は極めて少ない。平成1
3年度でも,3名編成機で最も多くの9時間を超える路線を担当しているB747
運航乗員部でも,その乗務頻度は一人当たり月1回程度であり,不利益の程度は極
めて少ない。そして,休養・休日に関しても,滞在地で乗務時間の長さや出発時間
帯での深夜部分を考慮したり,基地帰着後には最大時差や労働密度を考慮した休日
が付加されたりするような規定上の取扱いがされていることからすると,この不利
益は受忍の限度を超えるものではない。
イ 各国基準,各社基準との比較について
 運航乗務員の乗務割の基準は,国際的な枠組みの中で各国が基準をそれぞれ設定
することが国際標準とされているから,被告の運航乗務員の乗務割が我が国の航空
法に適合していれば国際標準への適合とみなされるものである。被告の運航する便
について,外国航空会社が同社の便名もつけて運航するコードシェア運航が行われ
ているが,コードシェア運航については,当該外国航空会社が当該運送の運送責任
を担うことから,当該外国航空会社を管轄する外国航空当局が個別に認可してお
り,このことは,たとえ当該外国の乗務割の基準に一致していなくても被告の運航
における乗務割を当該外国航空当局が安全上問題視してないことを示している。な
お,操縦室における計画的休憩を認めている国はあるが,それは,乗務時間及び勤
務時間の延長を目的としたものではなく,3名編成機だけではなく,2名編成機で
も行われている。
 各国の基準は航空機の航行の安全の観点から設定されているが,各社の勤務基準
には労務的観点からの制限も含まれるから,各社が定める勤務基準上の乗務時間等
の制限が被告の制限より厳しいものであっても,被告の勤務基準が安全性に欠ける
とはいえない。また,各社の運航例は,各社の置かれた地理的環境や保有機材の構
成にもよるから,シングル編成による乗務時間11時間前後の運航例がないからと
いって,こうした運航に安全上問題があるとはいえない。したがって,各社の基準
を航行の安全の観点から比較することは不適切であり,各社の運航例の不存在をも
って当該運航の安全性を否定する方向に斟酌することも相当ではない。
ウ 新就業規程16条について
 新就業規程16条は,10時間の最低休養時間を定め,実際の休養時間が予定さ
れた休養時間の12分の10に満たなかった場合には休日を1日追加するとしてお
り(16条2項),これは従来の定めにない内容であるから,運航乗務員に有利な
変更である。
(3) シングル編成による2名編成機で予定着陸回数が1回の場合の運航につい
ての乗務時間及び勤務時間制限に関する規定自体の相当性
ア 規定自体の合理性
 シングル編成による2名編成機で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗
務時間及び勤務時間制限に関する本件改定は,運輸大臣から認可を受けた運航規程
の範囲内であり,航空機の航行の安全の観点からの規定自体の合理性は備わってい
る。
イ 各国基準との対比
 多くの国で2名編成機と3名編成機で差を設けておらず,また,飛行勤務時間は
14時間ないしそれを超えており,各国基準に照らしてみても,この改定は合理性
がある。サンフランシスコ→成田,成田→ロサンゼルス,名古屋→ロサンゼルス便
も,各国の基準ではその多くの国で運航できるものである。
 被告の米国線(ハワイ線の一部を除く)やシドニー→成田便は外国航空会社とコ
ードシェアで運航している。この乗務割は米国やオーストラリアの乗務割りの基準
に適合してないが,いずれも当該外国航空当局はこれを認可しており,問題として
いない。
ウ 各社基準・運航実績との対比
 各社基準・運航実績と対比してみても,乗務時間及び勤務時間制限についての被
告の基準は突出していない。ルフトハンザ貨物航空は,平成13年4月から予定出
発時刻に応じて飛行勤務時間が一定時間を超える場合には交替乗員を乗務させるこ
とになったが,これは純粋に労使交渉の結果である。また,操縦席における計画的
休憩を実施している会社があるからといって,各社がその実施を前提に乗務時間及
び勤務時間制限をした事実もない。
 ANAは,被告と同様,予定乗務時間11時間を基準に編成を決定しており,成
田-サンフランシスコ線(成田から出発してサンフランシスコに到着する運航及び
サンフランシスコから出発して成田に到着する運航をいう。地名を結ぶ「-」の意
味について,以下同じ。)をシングル編成での運航からマルチ編成での運航に変え
たのは,機材変更により予定乗務時間が11時間を超えることになったためであ
る。
 原告らは,被告の比較対象のほとんどが中小航空会社であるとするが,航空会社
は規模にかかわりなく各国政府から安全上の審査を受け,認可された基準の制限内
で運航しているから,その比較が無意味であるとはいえない。原告らはこれらの乗
務パターンも問題とするが,その必要性はない。
(4) シングル編成による3名編成機で予定着陸回数が1回の場合の運航につい
ての乗務時間及び勤務時間制限に関する規定自体の相当性
ア 規定自体の合理性
 シングル編成による3名編成機で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗
務時間及び勤務時間制限に関する本件改定は,運輸大臣から認可を受けた運航規程
の範囲内であり,航空機の航行の安全の観点からの規定自体の合理性は備わってい
る。
イ 各国基準との対比
 多くの国で飛行勤務時間は14時間ないしそれを超えており,各国基準に照らし
てみても,この改定は合理性がある。サンフランシスコ→成田,成田→ロサンゼル
ス,名古屋→ロサンゼルス便も,各国の基準ではその多くの国で運航できるもので
ある。
ウ 各社基準・運航実績との対比
 勤務時間の定義は各社により異なっており,他社との比較は一律にはできない
が,各社基準・運航実績と対比してみても,乗務時間及び勤務時間制限は被告と国
内・海外他社とはほぼ同等である。
 この改定により勤務時間は15時間に延長されたが,被告では,乗務時間制限,
勤務時間制限の枠ぎりぎりまでの勤務が設定されているわけではなく,3名編成機
で延長された乗務時間及び勤務時間制限の下での運航は,平成13年夏ダイヤで乗
務時間で9路線13便,勤務時間で2便しか存在せず,そのいずれも乗務時間は9
時間台,勤務時間は13時間強で,15時間の制限時間には遠く及ばない。改定後
延長された勤務時間の幅は短く,運航乗務員に現実に生じた影響は大きいものでは
ない。なお,ユナイテッド航空で3名編成機が8時間以上の路線で運航されてない
のは,長距離運航が可能な3名編成機が退役し,同社に存在しないという機材構成
の変化によるもので,乗務時間及び勤務時間の改定とは無関係である。
(5) まとめ
 以上からして,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務
時間及び勤務時間制限に関する本件改定が不利益変更であるとしても,変更には合
理性がある。
2 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務
時間制限について(請求1(2)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定により,1回の乗務における乗務時間及び勤務時間が延長
されただけでなく,従来では現地で1泊滞在し,2日に分けて乗務していた2回の
離着陸を1日で実施することが可能となったから,乗員にとっては2日間で実施し
ていた勤務を1日で実施することになり,勤務の過密化,負担の過重となり,運航
の安全性を損なう結果となっている。
(2) 改定した規定内容自体の不合理性
ア 科学的,専門技術的検討
 科学的研究の提言・勧告(バテル報告書,NASAガイドライン等)からすれ
ば,長時間運航乗務により疲労が高いレベルに達しているところにさらにワークロ
ードの高い着陸が加わることによって生じる疲労の最大許容レベルを下げるには,
着陸回数を制限するか,乗務時間の延長を制限するかいずれかの措置をとることが
必要であり,連続乗務時間は,通常の予定乗務時間は9時間ないし10時間,勤務
時間は12時間から13時間を超えて予定しないことが相当である。
イ 各国基準との比較
 2回着陸以上の複数回数着陸の勤務においては,各飛行間の地上滞在時間によっ
て飛行勤務時間が大きく異なるし,乗務員の疲労度・覚醒度は,起床してからの時
間に大きく影響を受け,勤務開始時刻からの経過時間が問題となるから,乗務時間
制限だけでなく,飛行勤務時間の規定についても比較検討する必要があるが,各国
基準に照らしても,被告の基準はかなり緩やかである。アンカレッジ→アトランタ
→ニューヨークは多くの国で運航できないし,成田→香港→成田は,少なくとも米
国,オーストラリアでは運航できない。
ウ 各社基準との比較
 各社の基準と比べ,被告の基準は格段に緩やかである。被告の比較は,被告ら世
界の主要航空会社とは規模の異なる中小の航空会社の基準,実績をいうもので,許
されるべきことではないし,被告が主張する2回着陸の実績なるものについても,
その実施は確認されていない。
エ 運航実態
 成田-香港,成田-マニラ日帰り往復乗務,成田→ジャカルタ→デンパサール,
成田→函館→デンパサール,アンカレッジ→アトランタ→ニューヨークといった便
の勤務がいかに過酷であるかは運航乗務員の声が訴えている。
オ まとめ
 以上からして,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務
時間及び勤務時間制限延長に関する本件改定は,規定内容自体の合理性がない。
(3) 不利益変更の不合理性
ア 不利益変更の有無
 時間延長が乗員らにとって不利益変更であることは明らかである。
イ 変更の必要性の不存在
 上記第5(原告ら)3(3)のとおり,被告においては乗務時間及び勤務時間制
限延長による必要乗員マンニング数削減が乗員配置数の削減に結びついていないか
ら,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務
時間延長に関する本件改定の必要性はない上,香港線,マニラ線の必要乗員マンニ
ング削減数も合計で16.3名・日にすぎず,この程度の削減数でこの改定をする
経営上の必要性は認められない。なお,香港往復を2日に分かつことは,その片道
乗務に要する勤務時間が7時間にも及ぶことからすれば,非効率ではない。
ウ 勤務基準変更による著しい不利益
 上記(1)のとおり,勤務基準変更による不利益性は大きいし,勤務実態からみ
ても,香港線,マニラ線の2回着陸のほかに臨時便があったり,近距離国際線の日
帰り往復勤務を行った後地方空港からデッドヘッドで羽田へ帰る勤務があるなど,
該当する勤務が広範にわたる。勤務を命じられる頻度も,1回でもアサイン(乗務
予定)された者は4割に達しているし,3回,4回もアサインされた乗員が9名も
いる。また,1回着陸乗務時間9時間超の勤務と2回着陸乗務時間8時間30分を
超える勤務などが複合的に設定された勤務スケジュールの例もある。
エ まとめ
 以上からして,勤務基準変更の必要性が認められない反面,変更された勤務基準
により著しい不利益が生じているから,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合
の運航についての乗務時間及び勤務時間延長に関する本件改定には不利益変更の合
理性はない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
 上記1(被告)(1)と同様である。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
ア 上記1(被告)(2)アと同様である。
イ 成田-香港往復乗務,成田-マニラ往復乗務は,旧協定下の乗務時間制限8時
間30分を5分から25分超える程度である。乗務時間の合計が9時間30分に近
い成田-ジャカルタ-デンパサール乗務は,インドネシアの情勢悪化という特殊事
情から約9か月間暫定的に実施されたもので,現在は存在しない。
 シングル編成2回着陸の場合の原告らの乗務頻度は,予定乗務時間8時間30分
を超える勤務頻度は平均年1回程度であり,予定勤務時間13時間を超える勤務頻
度は年0.5回弱である。また,予定乗務時間8時間30分,予定勤務時間13時
間を超える勤務が主に実施されているB747運航乗員部,B747-400運航
乗員部の副操縦士の勤務実績をみても,平成11年8月で1回でもアサインされた
者は全運航乗務員の2割ないし3割弱であり,その者の回数もほとんどが1,2回
である。さらに,被告が2回着陸が発生しないように工夫する等の配慮をしている
ことからすれば,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務
時間及び勤務時間制限に関する本件改定による不利益性は極めて低い。
(3) 規定自体の相当性
ア 規定自体の合理性
 この改定は,運輸大臣から認可を受けた運航規程の範囲内であり,航空機の航行
の安全の観点からの規定自体の合理性は備わっている。
イ 各国基準との対比
 多くの国で飛行勤務時間は14時間ないしそれを超えており,各国基準に照らし
てみても,この改定は合理性がある。アンカレッジ→アトランタ→ニューヨーク,
成田→香港→成田は多くの国の基準で運航が可能とされている。
ウ 各社基準・運航実績との対比
 各社基準・運航実績と対比してみても,被告の基準は概ね標準的ないし乗務時間
ベースでみてむしろ短めである。成田-香港の日帰り往復乗務はキャセイ航空でも
行われている。
エ まとめ
 以上からして,シングル編成で予定着陸回数2回の場合の運航についての乗務時
間及び勤務時間制限に関する本件改定には,変更の合理性がある。
3 シングル編成で予定着陸回数が3回及び同4回の各場合の運航についての乗務
時間及び勤務時間制限に関する本件改定について(請求1(3),(4)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 シングル編成で予定着陸回数が3回及び同4回の各場合の運航についての乗務時
間及び勤務時間制限に関する本件改定により,シングル編成で予定着陸回数が3回
の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間は,従前のとおり前者が7時間30
分,後者が12時間と変わりはないが,同4回の場合,乗務時間6時間は変わりが
ないものの,勤務時間は,従前の10時間から11時間に延長された。これは運航
乗務員に不利益である。
(2) 改定した規定内容自体の不合理性
ア 科学的,専門技術的見地からの検討
 NASAガイドラインは,飛行勤務時間について24時間中で10時間を超えな
いことを勧告している。この飛行勤務時間を被告の新就業規程での勤務時間に換算
すると10時間ないし10時間40分となり,これはNASAガイドラインに反す
る。NTSBは,平成11年6月1日に発生したアメリカン航空機のリトルロック
空港着陸事故に関する事故報告書において,起床から13時間起きているクルー
(出頭時刻からは10時間後)はより多くの誤りをおかしていた」と指摘してお
り,出頭から10時間経過後に3回着陸,4回着陸の最後の着陸業務を迎えること
がセーフティマージンを欠如させることは明らかである。
イ 国内他社基準との比較
 JASでは,協約上着陸回数4回,飛行時間6時間を超えて予定しないとされ,
勤務時間は10時間が上限とされ,連続乗務は8時間を超える場合は連続3日ま
で,9時間を超える場合は連続2日までとされている。
 ANAでは,協約上着陸回数4回,乗務時間6時間を超えて予定しないとされ,
勤務時間は11時間が上限とされ,連続乗務は8時間を超える勤務は連続3日まで
とされている。
 シングル編成で予定着陸回数3回の場合の運航についての乗務時間を7時間30
分,勤務時間を12時間とし,同4回の場合の運航についての勤務時間を11時間
とし,連続乗務の制限がない被告の規定は突出している。
ウ 事故事例
 上記アのリトルロック空港着陸事故は,勤務時間11時間以上であったことが事
故原因とされている。
エ 休養時間の設定の保障のない新就業規程
 本件改定では,一連続の乗務に係わる勤務の実施中,休養時間の設定に関する規
定は存在せず,予定着陸回数3回,同4回の場合一切休養時間は不要であるとして
いる。これが,多数回着陸勤務における疲労,それによる運航の安全性への脅威を
招いている。
オ 運航実態
 予定着陸回数3回,同4回の勤務がいかに過酷であり,また安全上問題があるか
は多くの運航乗務員が指摘している。1日で4回着陸を行うパターンを2日間に振
り分けても何ら差し支えないし,現に被告がそのようにパターンを変更した実例も
ある。
カ まとめ
 以上からして,シングル編成で予定着陸回数が3回の場合及び同4回の場合の運
航についての乗務時間及び勤務時間延長に関する本件改定は,規定内容自体不合理
である。
(3) 不利益変更の不合理性
 上記(2)のほか,この改定によりマンニングに影響はなく,変更の必要性がな
いことからして,シングル編成で予定着陸回数が3回の場合及び同4回の場合の運
航についての乗務時間及び勤務時間延長に関する本件改定には変更の合理性がな
い。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
ア 被告は,乗務時間及び勤務時間制限の見直しと整合させながら,次の乗務に係
る勤務の前に予定される休養を確保するため,従来の「連続する24時間中」とい
うとらえ方から「一連続の乗務に係る勤務」(連続する12時間以上の休養によっ
て画される勤務)というとらえ方に変更した。
 「連続する24時間中」という基準のままで時間制限の緩和を行うと,規定上,
長時間の乗務後に短時間の休養をとった上でなお連続して乗務を予定することが可
能になるが,それでは規定としての合理性を欠くから,この基準を止め,乗務時間
及び勤務時間制限の対象を前後の連続する12時間以上の休養で枠付けすることと
し,一連の乗務に係わる勤務が終了した後,次の乗務に係わる勤務に就く前には,
スケジュール上連続する12時間以上の休養が確保されるシステムに変更したので
ある。
イ 国内線のように1区間ごとの乗務時間は長くないがダイヤの関係上次の乗務と
の間に時間が空く等して勤務時間がかさみ,円滑,効率的な運用が妨げられていた
ため,被告は,運航乗務員にさほどの負担にならない限度で勤務時間制限を緩和し
て円滑かつ効率的な運用を可能にするため,シングル編成で予定着陸回数4回の場
合の運航について勤務時間を1時間延長した。1日4回着陸を2日に振り分ける
と,国内線との組み合わせがうまくできない場合には,マンニング効率が悪化す
る。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
 シングル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航については,乗務時間及び勤務
時間とも従来のままで何ら変更はなく,「連続する24時間中」というとらえ方を
「一連続の乗務に係わる勤務」というとらえ方に変更したことによる実質的な変更
もないから,不利益はない。
 シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航については,勤務時間のみ1時
間長くなったが,その乗務パターンはわずかであり,受忍の範囲内である。
(3) 規定自体の相当性
ア OMとの関係
 シングル編成で予定着陸回数が3回の場合及び同4回の場合の運航についての乗
務時間及び勤務時間制限に関する本件改定はOMの範囲内のものであり,OMに違
反しない。
イ 各国基準,各社基準・運航実績との対比
 この改定後の被告の基準は,多くの国の基準の内側にあるし,内外他社の基準や
実績と比較しても,被告の基準は同等か下回っている。各国,各社の基準でも,乗
務時間及び勤務時間制限内の一連続の乗務の間に休養を与える規定は置いていな
い。
 NASAガイドラインの提言を超える基準を即危険領域とする原告らの主張は誤
りである上,NASAガイドラインは延長飛行勤務時間を12時間としているとこ
ろ,被告の勤務時間から換算される飛行勤務時間は,3回着陸の場合でも4回着陸
の場合でも,この延長飛行勤務時間の枠内にある。
(4) まとめ
 以上からして,シングル編成で予定着陸回数が3回の場合及び同4回の場合の運
航についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定には,変更の合理性があ
る。
4 乗務時間及び勤務時間の制限単位を,一連続の乗務に関わる勤務における乗務
時間及び勤務時間制限としたことに伴う着陸回数増加について(請求1(5)関
係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 乗務時間及び勤務時間の制限単位を,一連続の乗務に係わる勤務における乗務時
間及び勤務時間制限とした本件改定により,従前はなかった,連続する24時間内
に予定着陸回数5回の勤務が可能となった。これは運航乗務員にとって不利益であ
る。
(2) 改定した規定内容自体の不合理性
 この改定により,予定着陸回数5回の勤務が実施される途中で12時間以上の休
養が予定されるからといって,少なくとも2日連続乗務のパターンで1日3回以上
の着陸乗務を実施することになるから,予定着陸回数3回,同4回の場合において
述べたことはこの場合にも妥当するし,5回着陸となることにより勤務の過酷性は
一層増加する。JAS,ANAはいずれも着陸回数4回を超えて予定しないとして
おり,これとの対比で被告の基準は突出している。
 以上からして,連続する24時間内に5回着陸を実施させるこの改定は規定内容
自体不合理である。
(3) 不利益変更の合理性
 上記(2)のほか,被告は不利益変更の必要性について何ら具体的な主張をして
ないことからして変更の必要性はなく,連続する24時間内に5回着陸を実施させ
るこの改定には変更の合理性がない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
 上記3(被告)(1)アと同様である。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
 乗務時間及び勤務時間の制限単位を,従来の「連続する24時間」というとらえ
方から「一連続の乗務に係わる勤務」というとらえ方に変更した本件改定によっ
て,「連続する24時間」の枠でみた場合に5回着陸となるケースがあったが,稀
であり,受忍の範囲内である。
(3) 規定自体の相当性
 この改定はOMに反するものではなく,外国他社と比較しても被告の基準は同等
かそれを下回っている。国内他社の基準でも「連続する24時間」の枠で見た場合
には,被告と同様着陸回数が5回となる場合がある。
(4) まとめ
 以上からして,乗務時間及び勤務時間の制限単位を,「一連続の乗務に係わる勤
務」とした本件改定には変更の合理性がある。
5 マルチ編成による運航についての乗務時間及び勤務時間制限について(請求1
(6)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 マルチ編成による運航についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定に
より,従前乗務時間は14時間であったのが15時間に延長された(勤務時間は2
0時間で変更はない。)。この乗務時間の延長は,運航乗務員にとって不利益であ
る。
(2) 改定した規定内容自体の不合理性
ア 科学的・専門技術的見地から見た検討
 NASAガイドラインは,追加の運航乗務員がいる場合には,①各運航乗務員は
1勤務中に1回以上の睡眠の機会を与えられること,②延長飛行勤務時間が14時
間以上のときは操縦室及び乗客から隔離された横臥できる適切な睡眠設備が準備さ
れていることを条件に,飛行勤務時間を16時間とすることができるとしている。
この飛行勤務時間16時間は,被告の乗務時間では14時間15分ないし14時間
30分であり,被告のマルチ編成による運航での運航乗務員についての乗務時間1
5時間,勤務時間20時間は,このNASAガイドラインに反している。
イ 各国基準との比較
 各国では,多くの国が出頭時間や時差等を考慮した制限を設けており,比較的時
間制限の緩やかな国の基準においては,計画的休憩を認めていたり,実際に超えて
はならない制限値であったりしている。2名編成機においても予定乗務時間15時
間までを無条件に許容する被告のマルチ編成の基準は,各国基準に照らし極めて緩
やかである。
ウ 外国他社基準との比較
 主要外国他社の基準は,被告の基準よりはるかに厳しい。ニューヨーク→成田は
多くの外国他社で運航できない。
エ まとめ
 以上からして,マルチ編成による運航についての乗務時間延長に関する本件改定
は,規定内容自体不合理である。
(3) 不利益変更の不合理性
 上記(2)のほか,この改定によるマンニング削減効果は実質的にはニューヨー
ク線の12.4人・日分のみとごくわずかであり,実行乗員計画上の副操縦士の配
置数からしてこのニューヨーク線を従来のダブル編成で運航しても支障はなく,変
更の必要性は認められないことからして,マルチ編成による運航についての乗務時
間延長に関する本件改定には変更の必要性はない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
 被告は,2名編成機,3名編成機の別を設けずマルチ編成について12時間超と
した平成4年技術部長通達を受けて,平成5年2月20日付けで運航規程を改定
し,3名編成機,2名編成機の別なく,乗務時間15時間,勤務時間20時間とし
た。
 マルチ編成による運航についての乗務時間制限に関する本件改定は,この運航規
程どおりにされたものであるが,この改定により,従来ではマルチ編成による運航
ができずダブル編成で運航するほかなかったアメリカ東海岸等の路線をマルチ編成
で運航することが可能となり,人員効率の向上を図ることができる。マンニング削
減効果もあるし,1便当たり1名の副操縦士が減少することによる特定経費(滞在
地ホテル代,交通費等)の削減も得られている。
 なお,シングル編成における乗務時間が12時間まで許容されることから見れ
ば,交替要員を追加した編成における15時間以内の乗務に安全上の不安を認めな
ければならない要因はない。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
 マルチ編成の場合は,ダブル編成の場合に比べて運航中の休憩時間が少なくなる
が(2名編成機で乗務時間15時間の運航の場合,ダブル編成の場合の休憩時間は
7時間30分であるのに対し,マルチ編成の場合の休憩時間は5時間である。),
旧勤務基準下では,マルチ編成の場合4時間40分の休憩時間で14時間の乗務を
予定できたから,改定後5時間の休憩時間で15時間の運航に従事することと比べ
ると,不利益性は大きいとはいえず,受忍の範囲内である。この休憩時間も乗務時
間として乗務手当が支払われるものである。
(3) 規定自体の相当性について
 各国基準,内外他社の基準と比較しても,乗務時間制限を15時間とするこの改
定が特に突出しているわけではなく,運航実績及び過去の事故事例に照らしても,
何ら問題はない。
(4) まとめ
 以上からして,マルチ編成による運航についての乗務時間制限に関する本件改定
には変更の合理性がある。
第7 勤務完遂の原則について(請求2関係)
(原告ら)
1 改定による不利益
 着陸回数ごとに制限する乗務時間及び勤務時間を超えて乗務するか否か,すなわ
ち,勤務(乗務)を中断するか延長するかの判断に関し,旧協定は,「他の乗員と
協議し,機長の決定による。」(Ⅱ-12(1))としていた(旧就業規程も同
旨)が,新就業規程は,「乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務は,開始後完遂す
ることを原則とする。但し,他の乗員と協議し,運航状況,乗員の疲労度その他の
状況を考慮して運航の安全に支障があると機長が判断した時は中断しなければなら
ない。」(新就業規程12条1項)として,勤務完遂,すなわち勤務の延長を原則
とする旨,原則と例外を逆転して規定した。これは,不利益変更である。これによ
り,運航乗務員は,機長が勤務の中断を判断しない限り,勤務(乗務)を継続しな
ければならなくなり,運航の安全が損なわれる。
 なお,ここで問題となる勤務(乗務)の中断・延長は,様々な事情により乗務時
間制限又は勤務時間制限を超える事態が発生した場合において,運航乗務員がそれ
以上の運航を中止することが可能なときに,予定された勤務を完遂するために必要
な運航業務を更に続行しなければならないかどうかに関わる問題である。
2 改定した規定内容自体の不合理性
(1) 科学的,専門技術的見地からの検討
 グアンタナモ湾事故に関するNTSBの勧告等の科学的研究は,長時間(長距
離)運航乗務に従事して疲れ切った運航乗務員が疲労についての正確な自己評価,
自己申告をすることは不可能であることを示している。長時間(長距離)運航乗務
による疲労が蓄積している状況の下で,航空会社相互の競争圧力,会社自身の生産
性向上,効率向上の政策・圧力が加わったとき,例外としての乗務中断についての
明確な基準,上限などの客観的基準となる規制のないこの改定は,乗務継続・勤務
完遂へと流されてしまう,航行の安全を損なう危険のある規定である。
(2) 他社基準との比較
 勤務完遂の原則は,各航空会社において採用することがあり得る一つの政策にす
ぎないが,外国では,被告のように全く無制限の延長を認める例はなく,イレギュ
ラーが発生した場合も,具体的な時間数を定めてそれ以上の延長を認めないのが通
例である。国内他社(ANA,JAS)でも,延長の判断基準が設けられ,かつ機
長の判断を尊重することが保証されている。
(3) 勤務延長の「上限時間の定め」の意義等
 被告の新就業規程では,勤務延長の上限時間の定めはなく,勤務の継続に関する
判断についての明確な基準は定められていない。しかも,勤務の中断を判断する基
準の基本となる乗員の疲労度の判断も主観的なものにすぎない。
 勤務完遂の原則を定めたこの改定により,被告社内の体制も勤務完遂を原則とす
る体制となっており,機長が乗務を継続せざるを得ない状況となっている。疲労状
態にある機長ら乗員が乗務の中断・延長について適切・的確な判断をすることは困
難であるし,勤務完遂の原則の下で乗員らは乗務の中断を決定するについて,被告
から勤務継続を命じられるなど様々なプレッシャーを受けて継続乗務を余儀なくさ
れている。
(4) まとめ
 以上のとおり,勤務完遂の原則を定めた本件改定には安全性はなく,他社にも例
を見ない最悪の規定であり,勤務延長の上限規制も乗員への的確な判断基準も提供
しない規定であって,規定内容自体不合理である。
3 不利益変更の不合理性
(1) 不利益変更の有無・程度
 勤務完遂の原則を定めた本件改定が運航乗務員に不利益であること,その不利益
性が著しいことは,上記1,2のとおりである。被告主張の昭和41年協定の解説
書はその存在が疑わしい上,その内容も,「従来の延長の限度に拘束されることな
く,完遂できるようになった」と理解すべきもので,同協定は勤務完遂の原則を定
めたものではない。このことは,職制乗員らの理解でもあるし,乗員組合の認識で
もある。
(2) 変更の必要性の不存在
 被告はこの改定について変更はないとするのであるから,変更の必要性もない。
(3) 変更の合理性の不存在
 以上(1),(2)からして,勤務完遂の原則を定めた本件改定に変更の合理性
はない。
(被告)
1 不利益の有無・程度
 旧協定の「乗務時間及び勤務時間の延長及び中断」の条項の文言は,その前の昭
和41年10月に締結された昭和41年協定の条項の文言と同一であり,昭和41
年協定の解説書では,「乗務割の一連の乗務はこれを完了するという原則を採り入
れた」「予定された乗務は運航の安全性に支障なき限り完遂することを原則とし
た。」と,同条項が勤務完遂の原則を盛り込んだことを明記しているから,旧協定
にも勤務完遂の原則の考え方が引き継がれているものである。このことは乗員組合
も認めていることである。
 また,勤務完遂の原則を定めた本件改定の前後を通じて被告のイレギュラーの際
の取扱いにも全く変化はない。
 以上のとおり,この改定には内容自体に変更はなく,不利益性はない。
2 本件改定の必要性
 昭和41年協定を昭和48年に締結した勤務協定に改定するころ,当時の乗員組
合は,組合としての性格が変わり,昭和41年協定は御用組合が会社の言うとおり
に作った協定であるとして,勤務完遂の原則を否定するような対応をしており,そ
のため運航の現場において運用上のトラブルが多発していた。
 勤務完遂の原則を定めた本件改定は,このような事態を避けるため,規定の趣旨
を明確化するために文言を改定したにすぎない。
3 規定自体の相当性
(1) 運航の安全確保の大前提性
 新就業規程12条1項の但し書きは,「中断しなければならない」とあるよう
に,勤務完遂よりも中断を優先させたことを定めたもので,例外を示すものではな
く,運航の安全確保を大前提とするものである。このことは,イレギュラーの場合
でも同様である。
 航空機の運航に際しては,悪天候,機材故障などの理由により当初の予定が変更
されることがしばしばあり,当初予定した乗務時間及び勤務時間を超過し,予定さ
れた乗務時間及び勤務時間制限を超過する場合があるが,その場合でも乗務を継続
することは,各国各社で行われている。乗務時間及び勤務時間制限は,あくまで乗
務割作成段階での制約であり,勤務開始後はこれらの時間制限は機能することな
く,後は機長判断によるのであって,運航の安全に支障がない限りは勤務完遂が原
則なのである。
(2) 国内他社との比較
 ANA,JASのOMでは,勤務完遂が原則とされているし,勤務協定でも同様
である。なお,被告の新就業規程では,ANA,JASのように勤務継続の際の機
長の判断要素を盛り込んではいないが,これは,機長の判断に委ねたほうが最良で
あるとの考えによるものであり,機長判断は,世界的に見ても,旧協定下でも,同
様に行われている。NTSBの指摘は特殊な事故事例についてのものであり,これ
を普遍化することは適当でない。機長が勤務の中断・継続を判断する時点は,多く
の場合,次の乗務を行ったときには乗務時間及び勤務時間を超過することが予測さ
れる時点であって,乗務時間及び勤務時間制限の内側の時点であるから,その時点
において機長が適切な判断を下せないほどに疲労していることはない。機長はその
ような判断が適切にできるからこそ機長となっているのである。
(3) 上限を設けなかった理由
 被告が上限を設けなかったのは,上限を設けると機長の自由な判断を拘束するお
それがあるとの運航乗員部長らの意見があったためである。なお,旧協定でも延長
の上限は設けられていなかった。
(4) 以上のとおり,勤務完遂の原則を定めた本件改定は,不利益変更に当たら
ない。
第8 月間及び年間の乗務時間制限について(請求3関係)
(原告ら)
1 改定による不利益
 月間及び年間の乗務時間制限に関する本件改定により月間乗務時間は80時間か
ら85時間に,年間乗務時間は840時間から900時間に,それぞれ延長され
た。この乗務時間の延長は運航乗務員にとって不利益である。
2 不利益変更の不合理性
(1) 運航の実態
 被告においては,主に1回の勤務で乗務時間の長い長距離国際線を乗務する乗員
について月間及び年間乗務時間制限が問題となるが,長距離国際線においては,シ
ングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に
関する本件改定により,従来はマルチ編成であったものがシングル編成となって休
息がとれなくなったし,マルチ編成による運航についての乗務時間延長に関する本
件改定により,従来はダブル編成であったものがマルチ編成となったことも相まっ
て,月間及び年間の乗務時間延長に関する本件改定により,安全運航を損なう過酷
な勤務になっている。
(2) 外国他社との比較
 被告の月間乗務時間の制限は,クレジットアワー制度(実乗務時間のほかにシミ
ュレーター勤務時間や地上勤務時間等をある一定の法則を決めて乗務時間(クレジ
ットアワー)に換算する制度)を採っている外国他社の時間制限と比べてはるかに
緩やかである。
(3) 変更の必要性の不存在
 被告は,「月間及び年間の乗務時間制限の延長は,夏期,年末年始等特定の繁忙
期の短期的な高稼働に備えたもので,年間を通じて高稼働の必要があるとは予定し
ておらず,月間乗務時間が80時間を超えるケースが広く生じるとは考えていな
い。平成9年度の実績で全運航乗務員の月間平均乗務時間数は57時間であり,8
0時間超の乗員(運航乗務員の意味である。以下,特に断らない限り,同じ。)は
全てB747―400運航乗員部所属でその比率は同型機に乗務する全乗員比で
3.7パーセントである。」と説明している。しかし,この説明からしても,月間
及び年間の乗務時間延長に関する本件改定をしなくてもその時間制限の範囲内で運
航乗務員を配置できたことは明らかであり,この改定の必要性がないことを示して
いる。平成14年における月間及び年間乗務時間の実績からしても,その実績が突
出しているB747―400型機の機長でさえ,月間80時間以上,年間840時
間以上乗務した者は10パーセント前後であり,一部の者にしわ寄せすることなく
機長全体のスケジュールを平均的に配分することは十分に可能であるから,月間及
び年間の乗務時間を延長する必要性は全くない。
(4) まとめ
 以上からして,月間及び年間の乗務時間延長に関する本件改定には,変更の合理
性がない。
(被告)
1 変更の必要性の内容・程度について
 被告は,従来の月間及び年間の乗務時間制限が夏期や年末年始等特定の繁忙期に
おける対応を著しく窮屈にしていたことから,繁忙期の対応を容易にするとともに
運航乗務員のより効率的な活用を可能にし,生産性の向上を通じたコスト競争力の
強化を図るために,月間及び年間の乗務時間制限に関する本件改定をした。
 運航乗務員に平均的に勤務をアサインすることには,路線や空港ごとの知識・経
験要件が必要であること,乗務時間制限を受けている運航乗務員がいることから,
制約があるし,その下で可能な限り均等な勤務アサインをするようにしても,突発
事態等により新たな勤務アサインが発生することが少なくないから,運航乗務員に
平均的に勤務をアサインすることで月間及び年間の乗務時間の延長をしなくとも繁
忙期への柔軟な対応が可能であるとはいえない。
2 変更による不利益の内容・程度について
 月間5時間(年間60時間)の乗務時間制限緩和は,1暦月に10日の休日が付
与されることからして,最大でも平均1日15分の緩和であるし,被告では,運用
上連続する3暦月で240時間を超えることがないようにしており,ごく限られた
繁忙期を除けば通常は制限枠にかなりの余裕を持った乗務指示がされているから,
原告らの受ける不利益はないに等しい。
3 規定自体の相当性
(1) 被告における実績
 被告のOMでは,昭和41年8月1日改定当時から乗務時間は月間85時間,年
間900時間と定められており,月間及び年間の乗務時間制限に関する本件改定は
これに合わせたものである。OMの規制を受ける被告の外国人運航乗務員の実績で
は,その安全性が確認されている。
(2) 各国基準,内外他社基準との比較
 被告の基準は,国内他社(ANA,JAS)より短く,外国他社の基準と比較し
ても突出しているとはいえない。外国基準と比較しても被告の基準はかなり緩い制
限である。
4 まとめ
 以上からして,月間及び年間の乗務時間制限に関する本件改定には,変更の合理
性がある。
第9 休養時間について(請求4関係)
1 宿泊を伴う休養の休養時間について(請求4(1)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
ア 旧協定では,「宿泊地」における予定休養時間は「少なくとも12時間とす
る」と定められていたが(旧協定Ⅱ-16(2)),新就業規程では,「宿泊地」
概念を削除する一方,一連続の乗務に係わる勤務の継続中である限り,宿泊を伴う
勤務であっても,宿泊時の休養時間について何らの保障もなくなっており,十分な
睡眠時間が確保されなくなっている。
イ 旧協定では,宿泊地を「あらかじめ乗員交替地として定められた場所」と定義
づけ,「宿泊地における休養は,少なくとも12時間とする」と定められていたか
ら,「あらかじめ乗員交替地として定められた場所」以外での宿泊について12時
間の休養時間の保証があるか疑義があった。その後,昭和57年2月9日に発生し
た被告の羽田沖事故を端緒として,運輸大臣は被告に「乗務割の基準中に宿泊地に
おける休養時間に関する規程を定め,その確実な実施を図る必要がある」との安全
運航確保のための業務改善勧告を行い,被告は,これに従うことを約し,以後国内
線において12時間の休養時間を予定するスケジュール運用を行っていた。宿泊地
における休養時間を十分確保する必要があることは国内線,国際線を問わずに妥当
することであるから,これにより勤務協定の解釈は,宿泊を伴う勤務については勤
務終了後に12時間の休養を与えることになったというべきであり,被告もそのよ
うな規範意識をもってスケジュールを運用していたものである。
 なお,「・・・連続する24時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合
は,宿泊地において12時間の休養をとらず飛行することができる」との旧協定Ⅱ
-16(2)但し書きイは,航空機の遅延等やむを得ない事態が発生した場合で予
定した休養を与えることができないときの規定であるから,この但し書きイは上記
の解釈を妨げるものではない。
ウ 仮に旧協定の「少なくとも12時間」を保障する「宿泊地における休養」の規
定が乗員交替地での宿泊の場合に限る趣旨であったとしても,また,「乗務及び勤
務時間の制限を超えない場合」を除外する趣旨であったとしても,上記イのとお
り,羽田沖事故以来の被告のスケジュール運用及びこれを乗員らが受け入れていた
ことにより,あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かにかかわら
ず,乗務時間及び勤務時間制限を超えるか否かにかかわらず,本件改定当時,「休
養は少なくとも12時間とする」との労使慣行が存在していたものである。
エ しかるに,被告は,旧協定の解釈を破棄し,労使慣行を破棄して,上記アの不
利益をもたらす宿泊を伴う休養の休養時間に関する本件改定を行ったものである。
(2) 改定した規定内容自体の不合理性
ア 科学的,専門技術的見地から見た検討
 NASAガイドラインは,勤務外の時間は8時間の睡眠の機会と目が覚めた状態
での休養及びその他必要な行動を含んで最小で24時間中に連続した10時間とす
べきであるなどとして,休養時間の確保が運航の安全の条件であることを示してい
る。ローズカインド博士も,少なくとも8時間の睡眠の機会を与えること,予想で
きない事態による遅延の場合は最低10時間の休養を,標準休養時間として12時
間が必要であることを指摘している。以上のように,運航の安全確保のためには,
最低8時間の睡眠を確保することが必要であり,そのために,余裕時間も含めて最
低10時間,予定休養時間として少なくとも12時間が必要である。
 宿泊を伴う休養とは,要するに睡眠であり,勤務と休養・睡眠のあり方はサーカ
ディアンリズムとの関係で考察されるべきものであるから,乗員交替地と休養時間
の保障とを関係づけたり,一連続の乗務にかかわる勤務の継続中であるか否かと休
養時間の保障とを関係づけたりすることは科学的に誤りである。乗員の疲労の回復
のためひいて運航の安全性確保のために12時間の休養時間を確保する必要がある
ことは,国際線と国内線とで異ならないから,両者で区別する理由もない。
イ 国内他社との比較
 JASでは,国際線勤務における運航宿泊(「宿泊を伴う休養」に相当する概
念)の場合,運航宿泊地における休養時間は12時間以上とされており,国内線勤
務における運航宿泊の場合は,勤務終了後の休養時間は最低10時間,オリジナル
スケジュールでは12時間以上を予定するとされている。ANAでは,国際線勤務
における運航宿泊地のインターバル(休養)時間は14時間以上を予定し,最低1
2時間とするとされている。
 これら他社の規定に比較して,宿泊を伴う休養の休養時間について,休養時間の
保障規定を定めない本件改定は休養時間の保障に欠けるものである。
ウ 実態
 マニラ線1泊往復乗務においては,平成14年9月では予定休養時間が9時間1
5分ないし9時間25分であり,実際には平均休養時間が9時間7分,最大で9時
間46分,最小で8時間35分である。また,香港線1泊往復乗務においては,平
成14年9月では予定休養時間が9時間55分であり,実際には平均休養時間が8
時間35分,最大で9時間5分,最小で7時間55分である。このように,宿泊地
の予定休養時間の削除と2回着陸の場合の乗務時間及び勤務時間の延長は,一方で
乗務時間及び勤務時間制限の延長をもたらし,他方で,休養時間の削減をもたらし
ている。
 現実にも,乗員らは,不十分な休養時間により睡眠が十分にとれないこと,睡眠
不足が復路便の運航の安全性への脅威となっていることを実感している。
エ まとめ
 以上からして,「宿泊地」概念を削除し,宿泊を伴う休養について少なくとも1
2時間を確保し得なくなった,宿泊を伴う休養の休養時間に関する本件改定は,規
定自体不合理である。
(3) 変更の不合理性
ア 不利益の有無・程度
 上記(1)のとおりである。
イ 変更の必要性の内容・程度
 被告は,この改定について変更はないとするのであるから,変更の必要性はな
い。
ウ まとめ
 以上からして,宿泊を伴う休養の休養時間に関する本件改定には変更の合理性が
ない。
(被告)
(1) 原告らの法的地位
 原告らは,改定前の労働契約に定められた義務の範囲を超えて労働義務を負うも
のではないとしてその確認を求めているのであるから,改定前の労働契約に定めら
れた権利の範囲を超えて権利を有することの確認請求をすることはできない。
 宿泊を伴う休養に関して旧就業規程に定められていたのは「宿泊地」における休
養についてのみであり,「宿泊地とはあらかじめ乗員交替地として定められた場所
をいう」と定義されていたから,原告らが旧就業規程に基づく基地外の休養に関し
て主張し得るのは「あらかじめ乗員交替地として定められた場所」である「宿泊
地」での休養でなければならず,原告らは,「あらかじめ乗員交替地として定めら
れた場所であるか否かにかかわらず,宿泊を伴う休養」に関して確認を求め得る法
的地位にはない。
(2) 不利益の有無・程度
ア 原告らの主張するように,新就業規程が休養時間の最低保障をしていないとい
うのであれば,宿泊を伴う休養の休養時間に関する本件改定前でも,被告におい
て,「あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを問わずに,宿泊
を伴う場合には勤務終了後原則として12時間の休養時間が与えられる」との内容
が定められたことはないから,この改定は不利益変更に当たらない。
イ 旧協定にいう「宿泊地」とは「乗員交替地」をいうのであるから,旧協定の
「宿泊地における休養」が乗員交替地における休養をいうものであることは明らか
であるし,その場合でも,連続する24時間中の乗務時間及び勤務時間の制限を超
えない場合は,宿泊地において12時間の休養をとらず飛行することができるとさ
れていたものである(旧協定Ⅱ-16(2)但し書きイ)。
 羽田沖事故を契機とする運輸大臣の勧告を受けて,被告は,国内線に関して旧協
定に定める「宿泊地」に限定せず,勤務終了後原則として12時間の休養を与える
基準を設定しようとしたが,その提案は乗員組合から拒否され,旧協定がそのまま
継続されたから,国内線,国際線を問わず,あらかじめ乗員交替地として定められ
た場所における宿泊に関しては「宿泊地における休養」の規定が適用される。
 被告は,国内線における宿泊を伴う休養に限り,原則としてホテルにおける時間
が10時間を割ることがないよう乗務割を作成するとの内規を定め,運用してきた
が,国際線についてはそのような内規もなく,旧協定に基づき乗務割を作成してい
た。したがって,被告の休養時間の運用は,宿泊を伴う休養は少なくとも12時間
とするものではないし,そのような労使慣行も存在しない。
ウ 新就業規程は,「一連続の乗務に係わる勤務の前には連続12時間の休養を予
定する」との原則を定めるほかに,予定乗務時間に応じて一定の休養時間を加算す
る定めを置き,一方,休養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計が制限時間内であ
れば10時間の休養をとらずに乗務を継続させ得ること,及び航空機の遅延等やむ
を得ない事態が発生し予定した休養時間が確保できない場合には,少なくとも10
時間の休養を与える等を規定している(新就業規程16条1項ないし5項)。
 この10時間という休養時間は,運航規程の範囲内であること,各国基準,各社
基準とほぼ同様であること,NASAガイドラインでも休養時間は9時間まで短縮
できるとしていること(同ガイドラインにいう休養時間には休養を取る宿舎との行
き帰りの移動が含まれるから,被告の就業規程では8時間まで短縮可能なものであ
る。),新就業規程16条2項により,予定された休養時間が12分の10未満に
短縮された場合は1日の休日が基地帰着後付与されるとの代償措置が定められてい
ることからして,合理性がある。
(3) 改定の必要性の内容・程度-改定の趣旨
 本件改定では,乗務時間・勤務時間を規制する枠組みとして「連続する24時
間」ではなく,前後を連続する12時間以上の休養で画された「一連続の乗務に係
わる勤務」という概念を導入した。これにより,一連の乗務の連続性を絶つ場合に
は,12時間以上の休養を付与することになったため,休養を与える地点が「宿泊
地」であるか否かは特段の意味を持たなくなったし,「宿泊地における休養」の定
めを残すと,規定解釈において無用の混乱を招くおそれがあったことから,これを
避けるために削除した。
(4) まとめ
 以上からして,宿泊を伴う休養の休養時間に関する本件改定が不利益変更である
としても,変更の合理性がある。
2 東京から連続して12時間以上デッドヘッドする場合の休養時間(請求4
(2)関係)及び東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての休養時間に
ついて(請求4(3)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 勤務協定では,東京から連続して12時間以上デッドヘッドする場合の休養時間
は,次の乗務に先立ち少なくとも連続24時間を与えることを原則とし,やむを得
ない場合は当該地到着後連続18時間を与えることとされ,東京-サンフランシス
コ間のデッドヘッドについての休養時間についても同様にされていたが,休養時間
に関する本件改定により,運航乗務員が連続してデッドヘッドする場合で勤務時間
が15時間を超える場合は,次の乗務に係わる勤務の前に連続15時間以上の休養
を予定することとし,やむを得ない場合は到着後少なくとも10時間の休養を与え
ることとされた(新就業規程16条4項)。しかし,被告においてはデッドヘッド
の勤務時間が15時間を超えるものは存在しないから,結局この改定により,次の
乗務に先立ち与えられる休養時間は連続12時間(新就業規程は12時間の休養に
画された一連続の乗務に係わる勤務としている。),やむを得ない場合は10時間
とされたことになる。この休養時間の短縮は,運航乗務員にとって不利益である。
 被告は,勤務協定での「連続24時間」とは休養時間ではなく,到着から出発ま
での総経過時間であると主張するが,これが誤りであることは,同協定の文言から
明らかである。仮に「連続24時間」が総経過時間であるとしても,デッドヘッド
の場合は便乗航空機が到着した時点で勤務終了とされていることや,出発前の勤務
時間,地上輸送時間からして,そのうち最低21時間30分ないし21時間45分
が休養時間に予定されていたことになるから,この休養時間の短縮が,運航乗務員
にとって不利益であることに変わりはない。
 また,実際には,便乗航空機到着後,入国審査,荷物の受け取り,次の乗務のス
ケジュールの確認,ホテルまでの到着等に時間を要するため,実際の休養時間は計
算上の休養時間よりもさらに1時間30分程度短くなる。
(2) 長時間デッドヘッド後の休養の重要性
 狭い機内で座席に着いたまま長時間の移動を行うことは,大きな疲労を生じさせ
る。座席の性能向上などによってある程度の居住性の改善があったとしても,この
本質に違いはない上,被告はデッドヘッドの際の座席等級を格下げする措置をとっ
ているから,被告の主張する居住性の向上は理由にならない。
 長時間のデッドヘッドによって,時差を超えて長時間の移動をし,移動先におけ
る大きな時差を抱えた中で乗務前の休養(睡眠)をとり,引き続く長時間乗務を行
うためには,現地における十分な休養時間(体調を整える十分な時間)が必要であ
り,そのために旧勤務協定のように定める必要があった。
 休養時間に関する本件改定により,東京から連続して12時間以上デッドヘッド
する場合の休養時間及び東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての休養
時間が短縮されたため,その中で運航乗務員がこれまでと同様の疲労の解消と睡眠
の確保をしなければならなくなったが,これは不可能を強いるものであり,休養に
引き続く乗務に関しても,安全上も看過できない。
(3) 科学的研究から見た問題点
「FAA航空立法諮問委員会(ARAC)による航空法改定案とその科学的根拠の
資料」は,安全運航のために必要な睡眠時間は平均8時間であり,保護時間帯(休
養時間)は最小10時間であること,保護時間帯はサーカディアン・リズムに配慮
し,保護時間帯は毎日同じ時間に設定すること,保護時間帯の3時間以上の変更を
行う場合は,7連続日に一度,10時間の予告をもって行うことを指摘している
が,この改定はこれらに反している。
(4) まとめ
 以上のとおり,東京から連続して12時間以上デッドヘッドする場合の休養時間
及び東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての休養時間を短縮する休養
時間に関する本件改定には規定内容の合理性がないか不利益変更の合理性がない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
ア 被告は,従来の取扱いが欧州線が南回りでしかも直行便がなかった昭和41年
当時に定められたもので,状況が大きく変化して実情にマッチしなくなったこと,
規定の解釈が労使間で一致しているとは言い難いところもあったことから,休養時
間に関する本件改定をし,東京から連続して12時間以上デッドヘッドする場合の
休養時間及び東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての休養時間につい
てもこの改定によることとした。一連続の乗務の前及び後に連続する12時間の休
養を与えることにしたことからすれば,12時間以上デッドヘッドした後もこの原
則を適用すれば足りるが,従来の経緯を考慮して,一定時間を超えるデッドヘッド
については休養時間に配慮することとした。本件改定では,休養に関する原則に合
わせて適用条件を示すのに「勤務」の概念を用いる(その結果出発予定時刻の1時
間前からの計算になる)とともに,従来の規定が休養時間ではなく,到着地総経過
時間で定められていたのを「休養」時間と明記した。
イ この改定により,海外に日本から交替乗員を送り込まざるを得ない場合におい
ても,これまでに比べ便の遅れを大幅に短くした上での運航が可能となるなど,効
率的なパターンが作成できるようになっている。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
ア 旧協定では,休養時間の付与に関するときは必ず「休養」と明記しているとこ
ろ,旧協定に定める「連続24時間」「連続18時間」は,休養と明記していない
から,休養時間ではなく,当該地到着後の「総経過時間」である。このことは,旧
協定の解説書からも明らかである。旧協定の「総経過時間」を「休養時間」である
と称して本件改定の「休養時間」と比較して,休養時間の削減をいう原告らの主張
は比較の基準を誤るものである。このことは,東京-サンフランシスコ間のデッド
ヘッドに関する覚書についても同様である。
イ デッドヘッドの長時間直行便化,機内の居住性の向上等格段の運航環境の変化
からして,原告らの不利益性の程度は受忍の範囲内であるし,長時間乗務等に対し
基本休養時間に一定の休養時間を付加するという疲労回復への配慮を行った休養制
度全体の中での変更であることからすれば,不利益は問題にするほどのものではな
い。
(3) 規定自体の相当性について
ア 勤務時間,休養時間という基準の取り方の合理性,その各時間の長さの妥当
性,直行便によるデッドヘッドの増加,機内の居住性の向上等を総合すれば,この
改定により,運航乗務員のデッドヘッドによる疲労からの回復が阻害され,運航の
安全性が低下するなどというおそれは全くない。
 「FAA航空立法諮問委員会(ARAC)による航空法改定案とその科学的根拠
の資料」は,ARACの見解やFAA規則制定部門の見解を示すものではないし,
同資料に基づく基準案が米国の基準案に反映された事実もない。
イ 休養時間に関する本件改定は,基地以外の休養地での休養時間は乗務終了後少
なくとも連続12時間,不測の事態には連続10時間とすることができるとする被
告のOMの範囲内であるし,飛行勤務終了後12時間以上の休養を与えるとし,マ
ルチ編成の場合はやむをえない場合は8時間まで短縮できるとするANAのOMか
ら見ても,安全上問題があるとはいえない。
(4) まとめ
 以上からして,東京から連続して12時間以上デッドヘッドする場合の休養時間
及び東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての休養時間について,休養
時間に関する本件改定によることとしたことには変更の合理性がある。
3 自宅スタンバイ終了後の休養時間について(請求4(4)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 勤務協定では,自宅スタンバイに関し,翌日の乗務前に,国際線スタンバイ終了
後は12時間,国内線スタンバイ終了後は6時間の休養時間を必要としていたが,
スタンバイに関する本件改定によりスタンバイの待機時間は休養時間とみなされ,
スタンバイ終了後の最低休養時間は廃止された。これは運航乗務員にとって不利益
である。
(2) 不利益の実態
 スタンバイ終了後の最低休養時間は,スタンバイ中の労働負荷の解消を目的とす
るとともに,当該乗員が想定される時間帯のスタンバイ対象便に対していったん調
整した体調を,次の乗務に向けて再調整するために定められているもので,この休
養時間の削減はスタンバイ後の乗務の安全性に大きく影響する。スタンバイから起
用されることを想定して体調を調整していたのが,起用されずに勤務終了後翌日早
朝からの乗務となったり,スタンバイに起用されないことを想定して乗務する早朝
便に併せて体調調整を行っていたのにスタンバイ当日の午後の便に起用されること
は,この体調の調整を困難にしている。
(3) 科学的検討
 上記2(原告ら)(3)で検討した「FAA航空立法諮問委員会(ARAC)に
よる航空法改定案とその科学的根拠の資料」の指摘は,スタンバイ終了後の休養時
間についても同様にあてはまるもので,自宅スタンバイ終了後の休養時間を廃止す
る本件改定はこの指摘にも反している。
(4) もう一つの不合理性
 新就業規程19条は,「一連続の乗務に係わる勤務の前の連続12時間の休養に
スタンバイを包含することができる。」旨規定している。そのため前日の遅い勤務
終了後早朝からスタンバイ勤務となり,早朝に被告からの連絡が入る可能性がある
など,確保されるべき12時間の休養が分断・攪乱され,休養が確保されていな
い。
(5) まとめ
 以上からして,自宅スタンバイ後の休養時間を廃止する本件改定は,規定内容自
体の合理性がないか,変更の合理性がない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
ア 従来のスタンバイ制度は,国際線・国内線の区別,国際線における指定便制
度,起用されないでスタンバイを終了した後の休養の付与,非常に長い拘束時間
等,被告にとって制約が多く,弾力的・効率的な運用を妨げる面があったし,運航
乗務員からも拘束時間が長いことに対する不満があった。
 被告は,従来のスタンバイ制度全体を,より弾力的かつ効率的運用が可能になる
よう見直すこととし,国際線・国内線の別,国際線の指定便制度,スタンバイ終了
後の休養の制度を廃止するとともに,スタンバイの拘束時間を国際線・国内線とも
8時間に短縮して運航乗務員の負担を軽減することとした。
イ 自宅スタンバイは,いわゆる呼び出し待機であり,その実質は休養に近いか
ら,その終了後に改めて休養を付与しなくても勤務に差し支えはないし,むしろそ
の終了後に休養を要件とすることは不合理であることから,これを廃止した。
(2) 規定内容の合理性及び変更による不利益の内容・程度について
ア 自宅スタンバイ終了後の休養時間を廃止する本件改定は,スタンバイ拘束時間
の大幅短縮と一体としてされたもので,内容の合理性がある。
イ 原告らが主張する体調調整の困難があるとすれば,それは,旧就業規程の下で
も同様であり,この改定による不利益とはいえない。
ウ 原告らが「もう一つの不合理性」として主張するところは,前の勤務が終了し
帰宅して12時間以上の休養を取った後でなければ次の乗務に出頭するため自宅を
出発することにはならないから,早朝の勤務に就くことがないのは明らかであるこ
と,スケジュール運用担当者が前の勤務の終了時刻を考慮してできるだけ遅い便へ
の起用を考え,起用の連絡も遅い時間に行うという実態を無視していることからし
て,失当である。
(3) まとめ
 以上からして,自宅スタンバイ終了後の休養時間を廃止する本件改定には,変更
の合理性がある。
第10 国際線における離基地日数と休日について(請求5関係)
1 離基地日数1日の場合の休日について(請求5(1)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 旧就業規程では,離基地日数1日の国際線乗務の翌日に必ず休日が付与されるこ
とになっていた。しかし,新就業規程では乗務時間6時間未満の場合は休日が付与
されず,乗務時間6時間以上の場合は休日1日が付与されるが,連続乗務日数又は
離基地期間2日以内の乗務パターンを終えて基地帰着後,1回の乗務パターンを限
度として引き続き乗務を予定できるとしており,その場合は当該離基地日数1日の
勤務翌日ではなく,1回の乗務パターン終了後に付与されることになった。このよ
うに,国際線における離基地日数1日の場合の休日に関する本件改定により,乗員
は,乗務時間6時間の場合は常に,乗務時間6時間以上の場合は,連続乗務規程の
適用によっては乗務翌日の休日が与えられることなく,次の乗務に就かなければな
らず,これは運航乗務員に不利益である。
(2) 改定された規定内容自体の不合理性
 離基地日数1日の国際線乗務はそれ自体過酷な乗務であるのに,翌日に休日をと
って疲労を解消しないまま同様に過酷な国際線乗務に就くことは,2日目の運航の
終了間際には乗員は著しく疲労が蓄積し,航空機の安全を損なうおそれがある。実
際の乗務時間は予定乗務時間を超過することが通常であり,また,乗務時間が6時
間未満であっても勤務時間は長時間に及ぶ場合があること,被告が連続乗務規程を
用いて2日連続乗務の拡大運用を図ろうとしていることからして,この改定は,規
定内容自体の合理性を欠く。国内他社(ANA,JAS)は,離基地日数1ないし
2日の場合,連続休日数は1日と定めており,これと比較しても突出して不利益な
定めである。
(3) 変更の不合理性
 上記のほか,国際線における離基地日数1日の場合の休日に関する本件改定によ
っても月間の休日は10日と変わらないから,この改定によるマンニング削減効果
はなく,変更の必要性がないことからして,この改定には不利益変更の合理性がな
い。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
ア 国際線乗務後の休日に関する従来の制度では,基地帰着後付与される休日数が
離基地日数のみを基準として決められていたため,離基地期間中に実際にどれだけ
の日数乗務したのか,乗務に係わる労働密度がどのようであったか等にかかわりな
く,離基地日数が同じであれば同等の休日が与えられ,公平性の点から見て問題が
あった。そこで,時差の解消のためには早く帰って基地で解消を図る方がよいとい
う産業医の意見等を参考にし,離基地期間中の時差を休日の付与に反映させるとと
もに,離基地期間中の乗務密度も休日付与に反映させることとし,離基地期間中の
最大時差が8時間以上及び離基地期間中の1日当たりの予定乗務時間が平均して6
時間以上の場合にそれぞれ1日の休日を付加して与えることにした。連続勤務の場
合の休日付与は,集中勤務・集中レストの考え方を導入したものである。もとよ
り,1暦月に10暦日の休日を付与するという基本原則に変わりはない。
 この改定は,人員効率を高めるというより,従来錯綜していた基地帰着後の休日
付与基準をより合理的に見直し,整理したものである。
 国際線乗務後の基地帰着後の休日に関する本件改定により,離基地期間1日,9
日,12日ないし14日の場合は休日数が1日減少しているが,離基地期間5日の
場合は1日増となっている。
イ 離基地日数1日でかつ6時間未満の乗務は,短距離路線であり,時差も少ない
が,国内線では着陸回数4回で6時間,着陸回数3回で7時間30分を超えない日
帰り乗務後休日がゼロであることと対比すれば,国際線であるということだけで休
日の取扱いが異なる理由はないから,これを見直し,同レベルの取扱いにすること
にした。連続勤務については,上記アのとおり,休日はなくなったわけではなく,
次の勤務後に付与される。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
 国際線乗務後の基地帰着後の休日に関する本件改定により,従来より休日数が減
少する勤務もあるが,増加する勤務もあるから,この改定が一概に不利益変更とは
いえない。離基地日数1日は日帰りの乗務であって,乗務時間6時間未満の短距離
国際線は国内線と大差がなく,不利益の程度は大きくなく,休日付与基準の全体と
してみれば運航乗務員に何ら不利益をもたらすものではない。乗務時間が実際の乗
務時間と異なることは旧協定の下でも同様であるから,そのことはこの改定とは無
関係である。
(3) まとめ
 以上からして,国際線における離基地日数1日の場合の休日に関する本件改定に
は変更の合理性がある。
2 離基地日数9日の場合及び12日ないし14日の場合の休日について(請求5
(2)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 勤務協定では,国際線において,離基地日数9日の場合は4日の,同12日ない
し14日の場合は5日の,各休日が付与されていたが,国際線における離基地日数
と休日に関する本件改定により,前者は3日に,後者は4日に削減された(新就業
規程17条2項(2)a)。これは運航乗務員に不利益である。
(2) 不利益変更の不合理性
ア 不利益の程度
 離基地日数9日以上という長期にわたり日本を離れる場合の休日の削減により,
乗務で蓄積した疲労を回復することは困難になるし,休日が疲労回復のためだけに
費やされることになる。また,乗務情報を記載した大量な資料を確認する余裕がな
くなったり,社会生活上の必要事項を処理することにも不便を強いられる。この改
定による乗員の不利益は小さくない。このことは,最大時差が8時間以上であれ,
8時間未満であれ,変わらない。
イ 変更の必要性の不存在
 月間休日10日という休日総数に変更がない以上,マンニング削減効果はなく,
不利益変更の必要性はない。
ウ まとめ
 国際線における離基地日数9日の場合の休日,離基地日数12日ないし14日の
場合の休日に関する本件改定による乗員の不利益に比し,変更の高度の必要性はな
いから,不利益変更の合理性はない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
 上記1(被告)(1)と同様である。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
 上記1(被告)(2)と同様である。休日数1日減をとらえてもその不利益の程
度は極めて低い上,時差のある9日以上のパターンについては時差休日の新設によ
り休日数が削減されたことはないし,休日数が削減される時差のないパターンの実
施例は希有に近い。後者の場合は,時差が小さい上現地滞在時間が長いから,現行
の休日数で疲労が回復できないというのは誇大に過ぎる。休日制度の見直しを全体
として見れば,到底不利益変更とはいえない。
(3) まとめ
 以上からして,国際線における離基地日数9日の場合及び12日ないし14日の
場合の休日に関する本件改定には変更の合理性がある。
第11 国内線の連続乗務日数について(請求6関係)
(原告ら)
1 改定による不利益
 国内線(国内線の規定が準用される韓国線及び国際線国内区間を含む。以下,同
じ。)の勤務は,国際線と比べ1回着陸の乗務時間及び勤務時間が短い反面,1日
に複数回の着陸を行い,かつ連日乗務が予定されるという国際線とは違った勤務の
負荷があり,この連続乗務日数が従来の連続3日から最長5日に延長されたことは
不利益変更である。また,新就業規程では,4回着陸の場合勤務時間制限が10時
間から11時間に延長され(新就業規程10条2項),着陸回数の制限単位が従来
の「連続する24時間」から「一連続の乗務に係わる勤務」に変わったことから,
これまで認められなかった「連続する24時間」における5回着陸も可能となり,
1日当たりの着陸回数が増加し,最大4回着陸連続5日間,合計20回着陸という
過酷なパターンも可能となっている。さらに,新就業規程の下で従来は存在しなか
った内際混合パターン(国内線乗務と国際線乗務とを混合させるパターン)が可能
となったことにより,国内線勤務の負荷を増大させている。
2 規定内容自体の不合理性
(1) 科学的,専門技術的見地からの検討
 複数の疲労要因の相互作用による疲労の蓄積については,疲労レベルを過大にす
る可能性のある他の疲労要因の最大許容レベルを下げるなどの考慮をする必要があ
る(バテル報告書)。連続乗務5日間による疲労,着陸が複数回に及ぶことによる
疲労,タイム・ストレスによる疲労,国内線乗務パターンでの生活環境の変化によ
る疲労,内際混合パターンによる疲労,荷物の運搬による疲労,まちまちの運航時
間帯によるサーカディアン・リズムの乱れによる疲労等の疲労関連要因は,運航乗
務員に平行して同時に疲労を蓄積させることになり,パフォーマンス,覚醒度が低
下してミスやエラーなどセーフティ・マージンも低下させる。一連続の乗務にかか
わる勤務の実態と連続乗務日数とが複合的な事故原因となることを示す事故例もあ
る。
 また,NASAガイドラインは,必要な睡眠への配慮として,最小で24時間中
に連続した10時間を休養時間とすべきであって,予想できる確保された8時間の
睡眠が提供されるべきであり,8時間の睡眠機会は3時間を超えて変更されるべき
ではないとしているし,バテル報告書は「各勤務の開始時間は前日の開始時間より
遅らせるべき」としており,これらは,休養時間の長さだけでなく,連続乗務の対
象となっている勤務の開始時刻・終了時刻,睡眠・休養時間の時間帯について,3
時間を超えて変更されるべきでないこと,仮に変更する場合でも,各勤務の開始時
間は前日の開始時間より遅らせるべきであることを示している。しかし,国内線連
続乗務日数に関する本件改定は,睡眠・休養の時間帯については,睡眠を確実にと
るための具体的な保障を全くしていない。
 このように科学的,専門技術的見地からみて,この改定は相当であるとはいえな
いし,被告もその相当性を何ら立証していない。
(2) 他社基準との比較
 国内線連続乗務日数は,国内他社(ANA,JAS)では最長4日(スタンバイ
を含む)であり,これと比較しても,新就業規程の基準は過重である。国内他社で
は,連続4日の乗務は例外的に許容されるとされていること,自宅で休養できるよ
うになっていること,勤務先での宿泊日数の制限があること,乗務時間の制約があ
ること,1日の勤務時間の制限があること,連続勤務における勤務時間の制限があ
ること,内際混合パターンは限定的に実施できるとしていること,といった被告と
異なる制約があるのに,被告では何ら合理的制約がない。
 なお,被告が主張する外国他社との比較は,短距離国際線のものであっって国内
線のものではなかったり,運航自体が確認できないものが多く,信用性が欠けた
り,前提条件を異にしたりするもので,無意味である。
(3) 離着陸業務はもともと負荷が多いが,1日4回着陸,5回着陸といった着
陸業務の回数の多さにより,さらに負荷が高まる。1日に4回,5回といった着陸
を行うことの負荷及びそれによる疲労が4日目,5日目へと累積していくことが問
題なのであるから,被告のように1日当たりの平均着陸回数を論じる意味はない。
また,国内線においては,複雑な運航環境,タイムストレス(運航の定時性確保の
ためのストレス),内際混合パターン,ホテル滞在,不規則な生活パターンといっ
た負荷要因もある。
 これらによる肉体的,精神的疲労の蓄積により,運航乗務員は,4日目以降はミ
スをする度合いが増え,注意力の欠如を感じており,これは安全運航の観点から看
過できない。
(4) 以上のような,科学的,専門技術的検討,他社基準との比較,国内線連続
乗務の勤務実態からすれば,国内線連続乗務日数に関する本件改定は国内線乗務の
安全性に脅威を与えるもので,規定内容自体に合理性がない。
3 不利益変更の不合理性
(1) 不利益の有無,内容・程度
 国内線連続乗務日数に関する本件改定が運航乗務員に不利益であること,その不
利益性が著しいことは,上記1,2のとおりである。被告における4日連続パター
ン,5日連続パターンの頻度は,平成11年3月の乗員組合の調査では,前者が2
1.6パーセント,後者が2.6パーセントと日常的になっており,不利益性は著
しい。
(2) 変更の必要性の不存在
 この改定が人件費向上すなわちコスト削減に寄与したといえるためには,この改
定により必要乗員マンニング数が削減され,それがコスト削減に寄与したことが必
要であるが,その事実はないから,改定の必要性はない。被告の主張するデッドヘ
ッド勤務の増加対策は,機種や路線構成上の問題であり,連続乗務日数の延長で解
決する問題ではないから,そのことはこの改定の必要性の理由にはならない。運航
乗務員が連続3日の休日を確保したいと要望したり,5日パターンを希望したりし
ている事実もない。
(被告)
1 不利益の有無・程度
(1) 新就業規程の下で所定の就業時間や休日数に変わりがない中で連続乗務日
数の枠が広げられたからといって,労働義務が拡大されたわけではないから,その
ことだけで当然に不利益が生じるものではない。乗務が集中することによって,不
利益の問題が生じる可能性はなしとしないが,国内線連続乗務日数に関する本件改
定の不利益性の有無・程度を論じるには,勤務の態様の変化だけでなく,運用実態
も見る必要がある。
 新就業規程の制限限度である5日乗務のパターンは,平成7年12月のB767
運航乗員部の乗務実績によれば平均一人約0.52回であり,平成11年4月から
平成12年4月までの間の全ての5日連続乗務パターンにおける1日当たりの平均
着陸回数は,B767型機で1.8回,B747型機で2.4回であり,不利益性
はほとんど問題とならない。
 4日パターンの実態をみても,平成13年1月以降5か月間では,約11ないし
14パーセントであり,多くはないし,その場合でも,便乗のみの日や地方都市で
の滞在のみで勤務のない日もある。
 なお,内際混合パターンは,国際線の規定が準用される(新就業規程3条3項)
から,国内線連続乗務日数に関する規定が適用される余地はない。内際混合パター
ンは旧協定下でも実施されていたし,他社でも同様のパターンが実施されている。
(2) 国内線連続乗務に関する疲労等の観点からの検証によっても,5連続日の
飛行が必ずしも疲労問題を引き起こさないとされているし,タイムストレスは,こ
の改定の前後で変更はなく,改定によって生じた被告特有の不利益ではない。
(3) 変更後の規定の相当性
ア 国内線連続乗務日数制限を導くことを目的とした科学的研究そのものが行われ
ていないから,科学的見地からの証拠がなければ規定内容自体の合理性が肯定でき
ないとはいえない。
 連続乗務日数の問題は,週1日の休日を確保した上で残る6日の勤務又は休日を
どのように割り振るかの問題であるから,労働条件として国内線連続乗務日数の制
限が相当かどうかの問題となるが,この点は,内外他社との比較で判断するほかな
い。なお,世界的に見て,国内線の連続乗務日数を直接制限する規定を定めている
国はない。
イ 内外他社との比較
 外国他社では,連続乗務日数制限としては,5日以上の連続乗務を許容するのが
大勢であり,一勤務当たりの着陸回数も制限を定めていないか定めても6回以上が
多数である。被告のように最大着陸回数を4回と制限した上でその場合の乗務時間
を6時間とする制限は,他社に比較して極めて厳しいし,勤務時間制限を最大11
時間未満とする例も極めて少ない。また,被告では12時間の休養が付与される定
めになっているが,外国他社ではそのようになっていない。各社の実績を具体的に
見ても,被告を上回る運航実績がある。
 国内他社(JAS)においても4日連続乗務は日常的に実施されているし,その
総着陸回数は被告を上回るものも多く,被告のように4日パターンの後に2日の休
日が必ず付与されるようになっていない。
(4) 代償措置
 被告においては,国内線で連続乗務日数5日の場合は3連続の休日を付与し,連
続乗務日数4日の場合は同3日の場合と同様2連続の休日を付与するという,延長
した連続乗務に対しての連続休日の保証を代償措置として定めているが,国内他社
にはこのような措置はない。
(5) 疲労について
 時差もなく,深夜時間帯の飛行も少ない国内線において,一連続の乗務に係わる
勤務の終了後には連続する12時間以上の休養が予定されている乗務パターンの下
で,連続乗務日数4日の場合で2日の休日,連続5日の場合で3日の休日が付与さ
れても疲労から回復しないとは解されない。
(6) まとめ
 以上からして,国内線連続乗務日数に関する本件改定が不利益変更であるとして
も,その変更には相当性がある。
2 変更の必要性の内容・程度について
(被告)
 勤務協定Ⅱ‐16(3)イは,被告の国内線が幹線に限られていたいわゆる「4
5-47体制」当時そのままであるが,昭和60年12月に航空政策が変更され,
他社の国際線参入が認められる一方,被告の国内線も幹線に限定されなくなったの
で,被告も国内ローカル線に参入して行くことになり,その結果として地方発着の
路線が拡大され,それに伴って機材はローカル空港からローカル空港へと移動し,
一定期間基地に戻らない機材運用(機材繰り)が多くなった。連続乗務日数が3日
と制限されている中で,このような一定期間基地に戻らない機材繰りが増えると,
運航乗務員がデッドヘッドするパターンが不可避的に多くなった。このような運航
乗務員のデッドヘッドを少なくし,運航乗務員の弾力的かつ効率的な運用を図るた
めには,国内線の連続乗務日数制限を緩和する必要があった。
 また,国内線連続乗務日数に関する本件改定は,「集中勤務・集中レスト」(連
続して勤務をした後は連続して休みを取る)の考え方を導入したものであるが,こ
れは,以前から運航乗務員の間にその声があったためでもある。
 一方他社の状況を見ると,現に全日空も日本エアシステムも,被告の制限が3日
の当時から4日の連続乗務日数制限の下で運航している。そこで被告は,これらの
他社の例も参考にしながら,国内線では時差もなく深夜時間帯の飛行も少ないこ
と,以前から運航乗務員の間に集中勤務・集中レストを希望する声が挙がっていた
こと,5日間の連続乗務をしたとしても,休日が3日付与されれば疲労から回復し
得ないとは考えられないこと等を総合的に判断し,国内線について連続乗務日数の
制限を5日に変更するとともにその場合の付与休日数を3日とすることにしたので
ある。
第12 スタンバイからの起用について(請求7関係)
1 国際線スタンバイについて(請求7(1)関係)
(原告ら)
(1) 改定の不利益性
 勤務協定では,スタンバイは,国際線と国内線とを区別し,国際線については指
定された便について行うことが定められていた(Ⅱ‐21(1)イ)。ところが,
新就業規程では,スタンバイにおける国際線と国内線との区別がなくなり,スタン
バイからの起用対象が,スタンバイ開始時刻以降当該日の24時までのすべての便
となり(19条),国際線指定便スタンバイが廃止された。
 これにより乗員は,事前準備が不十分となり,乗務に備えた体調の調整にも困難
をきたし,万全な乗務を実行しがたい事態となっている。国際線は勤務パターンが
新就業規程では最長14日間であり,こうした乗務を不規則的に業務指示されるこ
とは社会生活上明確な予定が立てられなくなる。国際線指定便スタンバイの廃止は
勤務基準の重大な不利益変更である。
(2) 規定の内容自体の不合理性
ア 労基法不適合性
 被告は,1か月単位の変形労働時間制を採用している。変形労働時間制を採用す
る場合には,変形期間内の毎労働日の労働時間を特定することを要するが(労基法
32条の2,89条1号),新就業規程は,「スタンバイから起用する場合は,起
用する勤務に応じ・・・定まる終業時刻とする」としているから(5条3項
(2)),例えばSO6の勤務中の乗員(終業時刻は8時間後の14時となる。5
条3項(2))が13時に21時30分発の成田→ホノルル便(074便)に起用
の連絡があったとすると,その時点で当該日のスタンバイは終了することになるた
め(新就業規程19条3項なお書き),配布される勤務割にSO6と表示された勤
務の終了時刻が14時であるとは目安にすぎず,実際に何時に終了するかは,当該
日に起用の連絡があるまで特定されていないことになる。また,スタンバイから起
用される勤務の開始時刻は,当該スタンバイの最中起用の連絡があるまで特定され
ないことになるし,乗務に起用されると,国内線の場合は最大5日,国際線の場合
は最大14日連続勤務を行うことになるから(新就業規程15条1項,2項),ス
タンバイが指示されると,スタンバイ当日から最大14日先までの勤務が未定にな
り,最大14日間各日にちの勤務の内容,始業・終業時刻が特定されないことにな
る。このように,スタンバイ当日被告から起用の連絡を受けて初めてそれ以降の勤
務が特定されることは,使用者が業務の都合によって任意に労働時間制を変更する
ような制度であり,労基法に違反し,違法である。
 スタンバイ制度の下,スタンバイから起用された結果,時間外労働,休日労働と
なることがあるが,被告においては,その手当が支給されていない。これも労基法
に違反し,違法である。
 さらに,新就業規程では,就業時間の算定について,①自宅スタンバイについて
は,その時間の1/2をもって算定する,②スタンバイから起用する場合,起用指
示の時点から起用する勤務の出頭すべき時刻までの時間は含まないとされているが
(6条1項(1),(3)),スタンバイは手待ち時間であり,労働時間であるか
ら,①は労基法の法定時間の定めに違反するし,②はスタンバイ起用から出頭まで
の間を就業時間として算定しないというものであるが,この間も待ち時間であり,
労働時間であるから,同様に労基法の法定時間制限を潜脱し,違法である。
 このような労基法無視の変形労働制(労働時間が特定されていないスタンバイ制
度)により,乗員らの生活は不規則になり,長時間労働が不相当に継続し,家族生
活等に歪みが生じるなどの負担・苦痛が生じているし,安全運航への脅威となって
いる。
イ 科学的,専門技術的見地からの検討
 「FAA航空立法諮問委員会(ARAC)による航空法改定案とその科学的根拠
の資料」,バテル報告書,NASAガイドライン等の科学的検討においては,サー
カディアン・リズムに基づき,乗員に乗務にあたって必要なパフォーマンスを維
持・発揮させるために必要な保護時間帯があり,勤務時間はこの保護時間帯の終わ
りから16時間以内に終了する必要があること,保護時間帯を移動させることは大
きな負荷要因であること,乗務時間がサーカディアン・リズムの低調期であるWO
CLにかかるときはさらに大きな負荷になるので,保護時間帯を延長しあるいは勤
務時間を短縮する必要があること等を指摘している。
 しかるに,新就業規程ではスタンバイ後の休養時間が削除され,加えてスタンバ
イにおける起用対象の範囲が当該日の24時までに開始される乗務に拡大されてい
るが,これは保護時間帯の終了から16時間という制限を無視している。
ウ 実態
 スタンバイ勤務をする乗員は,多数の便に対する路線情報の確認,体調調整など
乗務の準備をしなければならないが,現実には起用対象便全部の準備をすることは
困難であり,不十分な準備のままあるいは体調の維持調整ができないまま安全性に
脅威となる運航が行われている。
エ まとめ
 以上からして,国際線指定便スタンバイを廃止し,スタンバイからの起用につい
て起用対象便を限定しない新就業規程は,内容自体不合理である。
(3) 不利益変更の不合理性
ア 不利益の有無,内容・程度
 国際線指定便スタンバイを廃止した本件改定が運航乗務員に不利益であること,
その不利益性が著しいことは,上記(1),(2)のとおりである。この改定によ
り,事前準備,体調の維持調整の困難さが増したほか,スケジュールの不確定性が
増大し,勤務変更も広く行われている。
 なお,スタンバイに関する本件改定によるスタンバイにおける拘束時間の短縮化
(従来は国際線対象のスタンバイは12時間,国内線対象のスタンバイは18時間
が限度であったのが両者を問わず連続8時間が限度とされた。)は,スタンバイ配
置数が増加していること,スタンバイ後の休養時間が従来の国際線スタンバイ12
時間,国内線スタンバイ6時間から両者を問わず4時間となったこと(新就業規程
16条1項,19条1項なお書),午前中の早い時間帯のスタンバイで当日の夜遅
い便を指定されるなど起用される場合の拘束時間が増加していることから,何ら乗
員にとって利益はない。
イ 変更の必要性の不存在
 被告は,国際線指定便スタンバイを廃止した本件改定が人件費効率向上のためで
あり,具体的にはマンニングの削減であると主張しているとが,この改定によりマ
ンニング削減効果があったことを主張立証していないし,かえって改定後スタンバ
イ配置数は増加しているから,改定の必要性があったとはいえない。抽象的な「効
率的,弾力的運用」との説明では改定の必要性を示すものとはいえない。
ウ 国際線スタンバイの基準
 勤務協定では,国際線指定便スタンバイは,①指定できる便数は最大2便まで
で,その間の便は乗務義務がない,②指定できる2便は同一路線群に属する,③指
定できる2便の出発予定時刻は最大4時間以内との便指定の基準で運用されてきた
から,原告らの乗務義務は,この基準に沿った限度で画されるべきである。
(被告)
(1) 不利益の有無・程度
 不利益性の有無・程度は,運用を通じて現実に生じた不利益があるか否か及びそ
の程度を論じるべきである。スタンバイからの起用頻度は,平成5年11月から平
成9年6月までの3年8か月の期間で,1陣原告ら52名中15名,平均起用回数
は全員平均で約0.58回,起用対象者15名の平均で約2回であって,極めて低
く,この頻度からすれば,乗務を指示される便の予測可能性が失われたとか体調管
理の困難性といった不利益性は,問題にならないか変更の合理性を覆すほどのもの
ではない。現実にある便に乗務する場合は,機種資格,路線資格(機長の場合),
空港経験(副操縦士の場合)を必要とするし,さらに居住地から出頭を指示される
空港への移動時間等を考慮すると,新就業規程の下でも起用される便は限定され
る。なお,勤務変更は,当日のスタンバイからの起用とは異なるものであるから,
スタンバイに関する本件改定とは無関係であるし,従前から行われている上,この
改定によって勤務変更が急増した事実もない。
 スタンバイに関する本件改定により,運航乗務員の拘束時間は短縮されたから,
これが乗員の利益であることは明らかである。
(2) 改定の必要性
 従来のスタンバイ制度については,運航乗務員から拘束時間が長いことに対する
不満があったのでこれを解消するとともに,被告では勤務協定が締結された昭和4
8年と比較して路線・便数が大幅に拡張・増大したため被告にとって制約が多く弾
力的・効率的な運用を妨げる面があったので,合理的な内容に見直すこととしたも
のである。必要人員数を増やすことなく拘束時間を短縮するためにも,国際線・国
内線の区別を止め,国際線の指定便制度を廃止してスタンバイからの起用に柔軟性
を持たせ,スタンバイ制度の円滑で効率的な運用を可能にする必要があった。この
ことは,大局的に見れば人員効率の向上にもつながる。拘束時間の短縮によって乗
員の負担を軽減しながら,なおかつ効率的なスタンバイ制度の運用を図ることは乗
員と被告の双方にとって望ましい合理的な制度である。拘束時間の短縮はスタンバ
イ配置数の削減に結びつくものではない上,スタンバイに関する本件改定後もスタ
ンバイ配置数は増加していない。平成10年度以降増加したのは,副操縦士がマン
ニング上余裕が生じているためにすぎない。
(3) 変更後の規定の相当性
 国際線指定便スタンバイを廃止した本件改定には,何ら違法ないし公序違反もな
く,権利濫用,信義則違反に当たるところもない。内外他社25社中,指定便スタ
ンバイ制度を採用しているのは1社のみであることからしても,合理性に欠ける点
はない。
 被告では,各自に原則として前月25日までに配布される勤務割にスタンバイ勤
務の始業時刻が表示され,その時点で8時間後が終業時刻として特定されるし,ス
タンバイ勤務から起用された場合はその時点で起用された勤務に応じた終業時刻が
特定されるから,労基法違反はない。なお,原告らは,時間外労働手当,就業時間
制限についても主張するが,これらは旧協定下と何ら変更はなく,スタンバイに関
する本件改定の不利益変更とは無関係である上,スタンバイ中の時間を勤務時間と
して算定しないことは旧協定の勤務時間の定義にスタンバイが含まれていないこと
から明らかであるし,勤務の前の休養にスタンバイを含むことは旧協定下でも同様
である。
 スタンバイ中やスタンバイから起用されて出頭するまでの時間は,十分な休息が
とれる状態にあることを考慮すれば,国際線指定便スタンバイを廃止した本件改定
が航空機の航行の安全という観点から重大な問題とはいえない。
2 乗務以外の勤務に就くことについて(請求7(2)関係)
(原告ら)
(1) 改定による不利益
 勤務協定では,スタンバイから起用される勤務を乗務に限定していたが,スタン
バイに関する本件改定により,スタンバイから乗務以外の勤務にも起用できること
とされ(新就業規程19条3項),スタンバイからシミュレータ勤務への起用,自
宅スタンバイから出社スタンバイへの起用が可能となった。これは運航乗務員に不
利益である。
(2) 改定した規定内容自体の不合理性
ア スタンバイ制度の公共目的と例外性
 スタンバイ制度は,何時いかなる勤務に就かなければならないかを全く予測でき
ず,勤務に備えた準備を十分に行うことができないし,労働者の体調管理及び生活
設計に与える不利益が大きいものであり,また,1か月単位の変形労働時間制にお
いて要求される,各週,各日の労働時間が特定されないという問題を含む制度であ
る。したがって,スタンバイ制度は,不測の事態が発生した場合でも運航を確保
し,定時制を維持するという定期航空運送事業の高度の公共性と運航乗務員の勤務
の特殊性から例外的に許される制度である。シミュレータ勤務そのものは定期航空
運送事業者の公共性に直接には関係しないから,スタンバイ制度においてこれに起
用することは許されないし,スタンバイ勤務から新たなスタンバイ勤務へ起用する
ことも,例外的な制度にさらに例外を認めるもので,許されない。
イ 労基法違反
 スタンバイからの起用対象を無限定とし,起用事由,起用後の勤務内容を具体的
に定めていない改定後のスタンバイ制度の下では,当日までどのような勤務に起用
されるか全く不明であり,起用後の勤務の労働時間が全く特定されていないから,
変形労働時間制の下で労働時間の特定を要求する労基法に違反する。
ウ まとめ
 以上からして,スタンバイからの起用の場合,乗務以外の勤務に就くことを認め
たスタンバイに関する本件改定は規定内容自体の合理性がない。
(3) 不利益変更の不合理性
ア 不利益の程度
 シミュレータ勤務は,乗務上のトラブルを再現し,それにいかに対処していくか
という訓練・審査であり,実運航とは異なる独特の厳しさを有するもので,実運航
とは質的に異なった体力的・精神的負担のある勤務である。スタンバイからの起用
対象を無限定としたスタンバイに関する本件改定により,乗員は,乗務の準備以外
にシミュレータ勤務の準備までしなければならず事前準備が過重になったし,起用
される勤務時間も全く予測することができなくなり,体調管理及び生活設計の維持
が困難になった。また,改定前とは異なり,シミュレータ勤務欠勤者がいる場合に
はシミュレータ勤務へ起用されることになり,起用事例が増えるという不利益もあ
る。さらに,これらの不利益性は反復継続し,拡大される可能性があるし,この改
定では,乗員のスケジュールをすべて「スタンバイ」とだけ定め運航乗務員をいか
なる勤務にも指示できるように恣意的に運用することも可能であり,その不利益性
は計り知れない。
イ 変更の必要性の不存在
 この改定によるコスト削減効果についての被告の主張・立証はないから,変更の
必要性は認められない。
ウ まとめ
 以上からして,スタンバイからの起用の場合,乗務以外の勤務に就くことを認め
たスタンバイに関する本件改定には変更の合理性がない。
(被告)
(1) 変更の必要性の内容・程度について
 シミュレータ訓練・審査が欠勤その他の事由によっていったん中止された場合に
は,勤務予定等により1週間以上も延期されることがあるが,いったん決められた
訓練・審査の計画を維持することが好ましいから,シミュレータ訓練・審査の円
滑・効率的な運用を行うためには,欠勤が生じた場合に交替してシミュレータ勤務
(他の運航乗務員のシミュレータ訓練・審査への同乗勤務)に就くことができるよ
うにする必要がある。
 被告は,シミュレータ訓練・審査を円滑・効率的に運用するため,スタンバイか
ら弾力的にシミュレータ勤務に起用できるよう,スタンバイからの起用対象勤務を
乗務に限定しないことに改めた。原告らが主張するスタンバイからスタンバイへの
起用などは予定していない。
(2) 変更による不利益の内容・程度について
 シミュレータ勤務の内容からして,これが乗務に比して不利益となる要素は全く
ない。
 シミュレータ勤務において再現されるトラブルは実際の運航中に発生し得るもの
であるから,同勤務に起用されるからといって事前準備が過重となるとはいえな
い。同勤務に起用されることで体調管理及び生活設計の維持が困難となることもな
いし,スタンバイからシミュレータ勤務に起用される頻度は低いから,ことさら問
題とするほどではない。
(3) 規定自体の相当性について
ア 定期航空運送事業者の公共性に関して
 運航乗務員が通常の乗務中に発生し得るトラブル等に対処するためシミュレータ
による訓練・審査を行うというその趣旨からすれば,シミュレータ訓練・審査を計
画的・効率的に行い,発生可能なトラブル等にも十分対処できるだけの技量を維持
することは,定期航空運送事業の確実な遂行のために必須のものであり,これにス
タンバイからの弾力的起用を図ることは定期航空運送事業者の高度の公共性につな
がる。
イ 労基法との関係について
 スタンバイからの起用の場合,乗務以外の勤務に就くことを認めた本件改定は,
スタンバイからシミュレータ勤務への起用を可能にするに止まるから,起用対象が
無限定であるとはいえないし,起用される可能性のあるシミュレータ勤務の時間や
内容を事前に知ることができるから,起用される勤務が不明であるともいえない。
スタンバイから起用される乗務に比べればシミュレータ勤務への起用が運航乗務員
に特段の不利益をもたらすものではないから,これにより労働時間が変更されても
変形労働時間制における特定性に欠けるとはいえない。
(4) まとめ
 以上からして,スタンバイからの起用の場合,乗務以外の勤務に就くこともある
とした本件改定には変更の合理性がある。
(以下余白)
第4章 当裁判所の判断
第1 確認の利益について(争点1)
1 提訴後機長等に昇格した者の確認の利益について(争点1(1))
(1) 被告においては,運航乗務員がいかなる勤務に就くかは運航乗務員就業規
程及び管理職運航乗務員就業規程によって定まるところ,新就業規程は一般職運航
乗務員に適用されるものであり,管理職である機長等には別に管理職運航乗務員就
業規程が定められ,これが機長等に適用されている(第2章第1の4(3)エ)。
したがって,機長等昇格者(別紙1記載の者)について新就業規程が適用されるこ
とはないから,この適用があることを前提に新就業規程に基づく勤務上の義務の履
行義務不存在確認を求める機長等昇格者の確認請求には確認の利益はない。
 原告らは,受ける不利益の深刻さからして,安全性に関わる労働基準に関して確
認を求める地位が広く認められるべきであるなどとするが,新就業規程が機長等に
適用されない以上,適用されない新就業規程に基づく勤務上の義務の履行義務不存
在確認を求める意味はないから,原告らの主張は採用できない。
 また,旧勤務協定は被告と運航乗員組合及び乗員組合との間で締結されていると
ころ(第2章第1の2(4)イ),機長等は運航乗員組合及び乗員組合の組合員で
はないから(第2章第1の1(3)イ(ア)ないし(ウ)),旧勤務協定は機長等
には適用されないし,他に被告において機長等に旧勤務協定が適用されていたこと
を認めるに足りる証拠はない。機長等昇格者は,昇格前は運航乗務員就業規程の適
用を受けていたものであり,昇格後は管理職運航乗務員就業規程の適用を受けるも
のであるから,仮に原告ら主張のように,機長等昇格者が機長等に昇格した後も旧
勤務協定に定められた範囲を超えて労働する義務のない地位を有していたとして
も,機長等昇格者には平成5年10月22日に改定された新管理職就業規程(同年
11月1日施行)が適用される以上(第2章第1の4(3)エ),そのことは新管
理職就業規程の適用を争うことにほかならず,そのことから機長等昇格者が新就業
規程の効力を争う確認の利益があるとはいえない。
 なお,機長等に適用される新管理職就業規程では,新就業規程の多くを準用して
いるが(第2章第1の4(3)エ),そうであるからといって,機長等には新管理
職就業規程が適用されるのであって,新就業規程が適用されるわけではないから,
そのことを理由に機長等昇格者が新就業規程に基づく勤務上の義務の履行義務不存
在確認を求める利益があるとはいえない。
(2)ア 就業規則は,新規に作成されたものであると変更されたものであるとを
問わず,それが合理的な労働条件の基準を定めている限りにおいて法的規範性が認
められるというべきである。上記(1)のとおり,機長等昇格者には新管理職就業
規程が適用されるところ,同就業規程も就業規則であるから,それが合理的な労働
条件の基準を定めている限りにおいて法的規範性が認められるというべきである。
したがって,新管理職就業規程の適用を受ける機長等は,同就業規程の定める労働
条件の基準のうち合理性を欠くと考えるものについて,その旨を主張して,当該労
働条件の基準に基づく勤務上の義務を履行する義務の不存在確認を求める利益を有
すると解するのが相当である。
イ 機長等昇格者は,予備的に,新管理職就業規程が準用している新就業規程の定
めは,安全性の見地から合理性がなく,また,新管理職就業規程への変更は不利益
変更に当たり,その合理性がないと主張しているところ(第3章第1の1(原告
ら)(3)),上記アのとおり,機長等昇格者は,安全性の見地からする新管理職
就業規程の合理性を争うことはできると解される(新管理職就業規程に合理性があ
れば請求が棄却されるにすぎない。)。
ウ 機長等昇格者は,平成5年10月22日に旧管理職就業規程から新管理職就業
規程へと変更された当時は,機長等に昇格していなかったから(別紙1),この変
更が不利益変更に当たるとしてその合理性を争うことができるかは一つの問題であ
る。
 証拠(甲471,1077,1113の(1),証人P2)によれば,以下の事
実が認められる。
(ア) 被告は,運航乗務員訓練生との間で採用確認書を取り交わしているが,そ
こでは,「訓練期間中における運航乗務員訓練生の賃金,労働時間その他の労働条
件については,被告の就業規則,運航乗務員訓練生就業規程,その他被告もしくは
被告の指定する訓練機関の定める諸規則による。」(3項),「運航乗務員訓練生
が所定の資格試験に合格して被告の運航乗務員として勤務を開始した後の賃金,労
働時間その他の労働条件は,被告の定める諸規則による。」(6項)旨定められて
いる。
(イ) 被告においては,運航乗務員訓練生として採用されると,操縦士の場合
は,基礎訓練及び副操縦士昇格訓練を受け,副操縦士資格試験に合格した後,被告
の副操縦士として発令され,副操縦士として乗務する。副操縦士として乗務した
後,機長昇格訓練及び審査を経て,機長として発令され(被告においては機長は管
理職とされている。),機長として乗務する。また,航空機関士の場合は,基礎訓
練及び航空機関士昇格訓練を受け,航空機関士資格試験に合格した後,被告の航空
機関士として発令され,航空機関士として乗務する。航空機関士として乗務した
後,管理職に昇格するための訓練や資格試験はないが,管理職として発令された者
が先任航空機関士として乗務する。
(ウ) 被告においては,運航乗務員訓練生の大半の者が運航乗務員訓練生から副
操縦士,航空機関士に昇格しており,副操縦士からは大半の者が機長に昇格し,航
空機関士からは大半の者が先任航空機関士に昇格している。また,被告において
は,副操縦士,航空機関士,機長及び先任航空機関士の発令に当たり,新たな採用
契約は締結されていない。
 以上(ア)ないし(ウ)の各事実によれば,被告においては,運航乗務員訓練生
として採用される際,将来運航乗務員や管理職運航乗務員に昇格した場合には,そ
の昇格した時点における被告の運航乗務員就業規程や管理職運航乗務員就業規程が
適用されることが被告と運航乗務員訓練生との労働契約の内容になっていたという
べきである。
 したがって,機長等昇格者については,その昇格した時点における管理職運航乗
務員就業規程である新管理職就業規程が適用されることになり,旧管理職就業規程
は適用されない。
 しかし,大半の運航乗務員訓練生が副操縦士,航空機関士を経て機長,先任航空
機関士に昇格していること及び機長等に昇格する際に被告との間で新たに労働契約
が締結されるわけではないこと(上記(イ),(ウ))に照らすと,機長等昇格者
は,機長等に昇格する前であっても,機長等に昇格すれば現に機長等に適用されて
いる管理職運航乗務員就業規程が定める勤務基準が労働契約の内容になることを期
待することができたもので,その期待は法的保護に値するといえるから,その後管
理職運航乗務員就業規程が改定され,同規程が定める勤務基準が変更された場合に
は,その不利益変更を主張して同勤務基準の効力を争うことができるものと解する
のが相当である。
エ 以上によれば,機長等昇格者の新管理職就業規程に定める勤務基準に基づく勤
務上の義務の履行義務不存在確認の訴えには確認の利益がある。
(3) なお,機長等昇格者が就業義務の不存在等の確認請求をするに当たり,被
告が定めている新就業規程の適用のないことを主張するか,新管理職就業規程の適
用がないことを主張するかは,攻撃防御方法の選択の問題であり,判決事項の申立
てである請求の趣旨の変更がされるわけではなく,請求原因を変更するに止まると
解されるから,前者の主張にかかる請求について特に主文で却下することはしな
い。
2 本件改定当時運航乗務員訓練生であり,その後運航乗務員になった者の確認の
利益について(争点1(2))
(1) 別紙2記載の者は本件改定が施行された平成5年11月1日当時運航乗務
員訓練生であり,その後に運航乗務員になった者である。被告は,本件確認の訴え
は本件改定が不利益変更であるとするものであるから,確認の利益を肯定できる者
は,本件改定当時(厳密には改定施行当時。以下同じ。)に既に運航乗務員として
旧勤務協定及び旧就業規程に定められていた勤務基準の適用を受けていた者である
ことを要すると主張する。
(2) 上記1(2)アのとおり,就業規則は,新規に作成されたものであると変
更されたものであるとを問わず,それが合理的な労働条件の基準を定めている限り
において法的規範性が認められるというべきであるから,運航乗務員訓練生であっ
た者は,その後副操縦士又は航空機関士になることにより運航乗務員となり,新就
業規程が適用されることになった場合には,新就業規程の定める労働条件の基準の
うち合理性を欠くと考えるものについて,その旨を主張して,当該労働条件の基準
に基づく勤務上の義務を履行する義務の不存在確認を求める利益を有すると解する
のが相当である。
 変更された就業規則の効力を否定しようとする者は,通常は,変更後の就業規則
に法違反,公序違反等の一見明白な瑕疵がない限りは,就業規則それ自体の内容の
合理性は争わず,変更の合理性を争うことが多いと考えられるが,そうであるから
といって,被告主張のように,法違反,公序違反等の一見明白な瑕疵がない限り,
就業規則それ自体の内容の合理性を常に争えないとする理由はない。
(3) また,上記1(2)ウの認定事実によれば,機長等昇格者について判断し
たところと同様に,被告においては,運航乗務員訓練生として採用される際,将来
運航乗務員に昇格した場合には,その昇格した時点における被告の運航乗務員就業
規程が適用されることが被告と運航乗務員訓練生との労働契約の内容になっていた
というべきであるが,本件改定当時運航乗務員訓練生であった者は,運航乗務員に
昇格する前であっても,運航乗務員に昇格すれば現に運航乗務員に適用されている
運航乗務員就業規程の定める勤務基準が労働契約の内容になることを期待すること
ができたもので,その期待は法的保護に値するといえるから,その後運航乗務員就
業規程が改定され,同規程が定める勤務基準が変更された場合には,その不利益変
更を主張して同勤務基準の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
(4) 以上によれば,本件改定当時運航乗務員訓練生であり,その後運航乗務員
になった者の新就業規程に定める勤務基準に基づく勤務上の義務の履行義務不存在
確認の訴えには確認の利益がある。
3 確認の利益の有無について,機種,路線室ごとに求められた義務の履行の有無
により判断すべきか。また,移行訓練中の者に確認の利益があるか。(争点1
(3))
(1) 確認の利益が認められるためには,確認訴訟を提起した原告の法的地位に
危険や不安定が現存し,これを解消するために,当該請求について確認判決を得る
ことが必要かつ適切であることを要するから,確認の利益の判断の基礎となる当該
原告の法的地位は,法的保護に値するほどに現実的・具体的なものであることを要
し,将来発生する権利又は法律関係についての確認の利益は認められないというべ
きである。
(2) 被告が運航乗務員に乗務させるためには,乗務割を作成し,かつこれによ
ることを要するから(航空法68条,同法施行規則157条の3。第2章第1の2
(2)イ),乗務割は被告の業務命令の根拠となるものということができ,乗務割
が業務命令を体現しているものということができる。
 本件において,原告らは,新就業規程の定める勤務基準のうち,本件改定により
新たに設定された勤務基準(新勤務基準)に基づく勤務上の義務を履行する義務が
存在しないこと等の確認を求めているところ,本件で争われている勤務基準は,乗
務時間及び勤務時間制限に関する勤務基準が端的に示しているように,この乗務割
作成のための枠組みとしての意義を有するものである。したがって,原告らの勤務
上の義務は,乗務割が決定,告知され,これに体現される業務命令が発令されて初
めて具体的な義務として現実化することになるから,その義務を現実化する乗務割
が作成されていないものについては,新勤務基準に基づく勤務上の義務を履行する
義務の存在しないことの確認を請求することは,未だ現実化,具体化していない将
来の法律関係についての確認を請求することになり,紛争の成熟性を欠くのではな
いかという問題がある。
 確かに,新勤務基準に基づく勤務上の義務のうち,被告がいまだその義務の履行
を求めたことがないものについては,現時点では必要な条件が整わないために被告
にその義務の履行を求める意思がなく,被告の意思としては,将来条件が整ったと
きに義務の現実化を図るとするものであることがあり得る。このような場合には,
新勤務基準に基づく勤務上の義務は未だ現実化,具体化しているとはいえないか
ら,紛争の成熟性を欠くものとして確認の利益を否定するのが相当である。これに
対し,被告が既に新勤務基準に基づく勤務上の義務の履行を求めたことがあるもの
については,当該義務の根拠となる新勤務基準も労働契約の内容の一つであり,現
在の法律関係を形成するものであるといえるから,被告が以後確定的にこの義務の
履行を求めない意思であることが認められる特段の事情のない限り,紛争の成熟性
に欠ける点はなく,確認の利益を肯定するのが相当である。
 被告は,運航乗務員に対し,既に新勤務基準に基づく勤務上の義務の履行を求め
ているのであるから(争いがない。),その限りでは,原告らの請求に紛争の成熟
性に欠けるところはないということができる。
(3) しかし,上記(2)に述べたとおり,いったん乗務割が決定され,被告が
新勤務基準に基づく勤務上の義務の履行を求めたことによって紛争の成熟性が満た
されれば,新勤務基準に基づく勤務上の義務の履行義務の不存在確認を求めること
ができるとしても,その義務は被告の運航乗務員であれば誰でも負うわけではない
から,新勤務基準の人的適用範囲については別途検討を要する。以下この点につい
て検討する。
ア 航空法によれば次のとおりである。
 運輸大臣は,申請により,航空業務を行おうとする者について,定期運送用操縦
士,事業用操縦士,航空機関士その他の資格別に航空従事者技能証明(以下「技能
証明」という。)を行う(同法22条,24条)。技能証明は,運輸省令の定める
ところにより,航空機の種類についての限定がされ,さらには,航空機の等級又は
型式についての限定がされることがある(同法25条1項,2項)。技能証明は,
資格別及び種類別に運輸省令で定める年齢及び飛行経歴その他の経歴を有する者で
なければ受けることができない(同法26条1項)。機長として,航空運送事業の
用に供する航空機であって,構造上,その操縦のために2人を要するものの操縦を
行う業務を行うには,定期運送用操縦士の資格の技能証明及び航空身体検査証明が
必要であり,機長以外の操縦者として航空運送事業の用に供する航空機の操縦を行
う業務を行うには,事業用操縦士の資格の技能証明及び航空身体検査証明が必要で
あって,かつ,技能証明につき同法25条の限定をされた航空従事者は,その限定
をされた種類,等級又は形式の航空機についてでなければ,これらの各業務を行っ
てはならず,また,航空機に乗り組んで発動機及び機体の取扱い(操縦装置の操作
を除く。)を行うには航空機関士の資格の技能証明及び航空身体検査証明が必要で
ある(同法28条1項,2項,別表)。運輸大臣は学科試験及び実地試験に合格し
た者に対して技能証明を行う(同法29条)。運輸大臣は,同法25条2項又は3
項の限定に係る技能証明につき,その技能証明に係る航空従事者の申請により,そ
の限定を変更することができる(同法29条の2第1項)。航空従事者は,航空機
に乗り組んでその航空業務を行う場合には,技能証明書の外,航空身体検査証明書
を携帯しなければならない(同法67条)。航空機乗組員は,運輸省令で定めると
ころにより,一定の期間内における一定の飛行経験がないときは,航空運送事業の
用に供する航空機の運航に従事してはならない(同法69条)。航空運送事業の用
に供する航空機の運航に従事する航空機乗組員のうち,操縦者は,操縦する日から
さかのぼって90日までの間に,当該航空運送事業の用に供する航空機と同じ型式
の航空機に乗り組んで離陸及び着陸をそれぞれ3回以上行った経験を有しなければ
ならず(同法施行規則158条1項),当該航空運送事業の用に供する航空機と同
じ型式の模擬飛行装置を運輸大臣の指定する方式により操作した経験は,この飛行
経験とみなされる(同条3項)。
 定期航空運送事業の用に供する航空機には,運輸省令で定める当該路線における
航空機の機長として必要な経験,知識及び能力を有することについて運輸大臣の認
定を受けた者でなければ,機長として乗り組んではならない(同法72条1項)。
イ(ア) 以上アで見た航空法の規定によれば,運航乗務員がどのような勤務を命
じられるかは,技能証明に係る資格(運航乗務員にとっては職種に相当する。),
航空機の種類,さらに機長の場合は路線資格によって異なるということができる。
副操縦士については,航空法は機長の場合のような路線資格を定めていないが,被
告の社内要件として,空港ごとの乗務経験(平成12年2月からは空港ごとの知
識・経験要件。以下,同じ。)を有することが必要とされている(争いがな
い。)。航空機関士には路線資格又は空港ごとの乗務経験の有無による制約はな
い。
(イ) 証拠(甲270,589,乙115)及び弁論の全趣旨によれば,副操縦
士及び航空機関士は,被告において,乗務機種ごとの乗員部の,その下の路線室,
さらにその下の,主席と呼ばれる機長又は先任航空機関士をグループ長とするグル
ープに所属し,B747型機及びB747―400型機では主として路線室ごとの
担当路線に乗務するが,その他の機種では乗務機種のほぼすべての路線に乗務する
ことが認められる。したがって,副操縦士及び航空機関士については,乗務機種を
中心に,所属する路線室の事情により,行うべき業務の内容が主に確定するという
ことができる。
(ウ) しかし,証拠(甲253,589,1017,1018,1077,10
81,1083,1218,1219,1229,1230,1288,131
0,証人P2)によれば,被告においては,運航乗務員(機長,先任航空機関士を
除く。)の約半数の者が2年ないし3年に1回の割合で機種移行を経験するという
ように,機種移行は頻繁に行われており,機種移行に要する期間も,未経験の機種
に移行する場合で約6か月,経験のある機種に移行する場合で約3か月であるこ
と,被告においては,運航乗務員は,所属する機種に限定されずに,臨時便,代航
便に乗務することがあり,また,乗員部の規模の拡大,縮小によってその下の路線
室の担当路線は変動すること,被告においては,路線室の移動も行われており,機
種移行する者は訓練中は従前の路線室に所属しているが,訓練終了後審査に合格す
れば新路線室に移動し,機種移行を伴わない路線室移動は直ちに行われること,さ
らに,ある路線室に所属しているからといって,乗務する路線・便が限定されるも
のではなく,臨時便・代航便に乗務することもあること,移行訓練中の者は,移行
審査に合格した後に機種移行,航空機関士から副操縦士への移行が行われることに
なるが,移行審査に不合格となる例はほとんどないこと,機種移行に要する期間は
概ね3か月から6か月であり,副操縦士への移行に要する期間は事業用ライセンス
を保持している者で概ね1年半であることが認められる。
 これらの事実によれば,被告の運航乗務員は,乗務機種を中心に,所属する路線
室の事情により行うべき業務の内容が確定するといっても,必ずしもそうでない場
合もあるのであり,原告らの乗務機種,所属する路線室の事情によらない業務に就
く現実的,具体的可能性は否定できないから,原告らの乗務機種,所属する路線室
ごとに求められた義務の履行の有無により確認の利益の有無を判断することが必ず
しも適切とはいえない。また,被告においては,機種移行に要する期間が比較的短
期間であるし,航空機関士から副操縦士への移行訓練期間も同様に短期間であっ
て,いずれも移行審査に合格すれば移行後の,不合格であれば移行前の,各勤務に
就くことになるから,いずれにしても,被告の新就業規程の適用を受けるものであ
ることからすれば,移行訓練中の者の確認の利益を否定するのは必ずしも相当とは
いえない。これらの事情に,被告が機長等昇格者及び本件改定後運航乗務員となっ
た者の確認の利益以外は,人的範囲の点からは特に積極的には確認の利益を争って
いないことを勘案すれば,新勤務基準の人的適用範囲の点からは,原告らがその乗
務機種,所属する路線室において義務の履行を求められたことがない新勤務基準に
基づく勤務上の義務についても,原告らの法的地位は現実的,具体的なものとし
て,確認の利益を認めるのが相当であり,また,移行訓練中の者にも,同様に確認
の利益を認めるのが相当である。
(4) 上記(2),(3)からすれば,原告らの本訴請求には,確認の利益があ
ると認めるのが相当である。
第2 本件改定の有効性についての判断枠組みについて(争点2)
1 判断枠組みについて
 本件は,いわゆる就業規則の不利益変更の拘束力が問題となっているところ,新
たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益
な労働条件を一方的に課することは,原則として許されないが,労働条件の集合的
処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって,
当該規則条項が合理的なものである限り,個々の労働者において,これに同意しな
いことを理由として,その適用を拒むことは許されないというべきである。
 そして,当該規則条項が合理的なものであるとは,当該就業規則の作成又は変更
が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不
利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認
することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,労働者にと
って重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更
については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許
容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,
その効力を生ずるものというべきである。
 この合理性の有無は,具体的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益
の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相
当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経
緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一
般的状況等を総合考慮して判断すべきである(以上につき,最高裁判所昭和43年
12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁,同昭和58年7月15日
第二小法廷判決・裁判集民事139号293頁,同昭和58年11月25日第二小
法廷判決・裁判集民事140号505頁,同昭和61年3月13日第一小法廷判
決・裁判集民事147号237頁,同昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集
42巻2号60頁,同平成3年11月28日第一小法廷判決・民集45巻8号12
70頁,同平成4年7月13日第二小法廷判決・裁判集民事165号185頁,同
平成8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号1008頁,同平成9年2月
28日第二小法廷判決・民集51巻2号705頁,同平成12年9月7日第一小法
廷判決・民集54巻7号2075頁等)。
 原告らは,本件改定により,また予備的に機長等昇格者は新管理職就業規程の適
用を受けることにより,運航乗務員の労働条件が不利益に変更され,また,運航の
安全性を低下させると主張するところ(第3章第1の1(原告ら)(3),同第5
(原告ら)1(2)),本件改定又は新管理職就業規程の適用を受けることにより
(以下,本件改定について検討するところは,新管理職就業規程の適用についても
同様に当てはまるから,特に断らない限り,本件改定にのみ言及することとす
る。)運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するのであれば,それ
は,乗客のみならず,航空機に乗務する運航乗務員にとっては生命の危険にも繋が
る重大な問題であるから,そのこと自体,労働者の重要な労働条件に関し極めて大
きな実質的な不利益を及ぼすものといえる。したがって,本件改定により運航の安
全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するとすれば,それによる労働者の不
利益性は極めて著しく,また,変更した就業規則の内容自体も相当とはいえないか
ら,そのような不利益を労働者に受忍させることを許容するだけの高度な必要性が
あるとはいえず,本件改定は合理的な内容のものであるとはいえない。
 これに対し,本件改定により運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低
下するものではないとすれば,運航の安全性の観点からの労働者の不利益性は極め
て著しいものとはいえず,また,変更した就業規則の内容自体もその観点からは相
当でないとまではいえないというべきであるが,その場合でも,本件改定について
就業規則の不利益変更の拘束力が問題とされる以上,それ以外の観点からみて,本
件改定がその必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることにな
る不利益を考慮しても,なお本件改定による新就業規程の法的規範性を是認するこ
とができるだけの合理性を有するものであるかどうか,そのような不利益を労働者
に受忍させることを許容するだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のもので
あるかどうかを判断して,その拘束力の有無を決すべきものである。
2 双方の主張について
(1) 原告らの主張について
ア 原告らは,変更された新就業規程の内容自体の合理性がまず検討されるべきで
あり,本件改定が運航の安全性に重大な影響を及ぼすものである場合には,不利益
変更の必要性の有無にかかわらず,内容自体の合理性が否定されると主張する(第
3章第2(原告ら)1)。
 一般に,就業規則に定める労働条件が関係法規制に適合していれば,これを就業
規則に盛り込むことそれ自体が許されないいわれはない。もとより,関係法規制に
適合しない就業規則は,それ自体違法なものであるから,そのような就業規則は規
定内容自体の合理性がないというべきであるが,そうでない場合には,特段の事情
のない限り,関係法規制に適合する就業規則はその内容自体は合理的なものであっ
て,ただ,その作成・変更が労働者にとって重要な権利,労働条件に関し不利益を
及ぼす場合には,その作成・変更の合理性が問題となると解するのが相当である。
 しかし,就業規則が関係法規制に適合している場合であっても,特段の事情があ
って,元となる関係法規制自体に問題がある場合には,そのような問題のある関係
法規制に適合しているからといって,直ちに就業規則の内容自体の合理性があると
することはできないから,この場合には,特段の事情があるか否かを検討して,就
業規則の内容自体の合理性を判断すべきである。原告らの主張は,この限りにおい
て理由がある。
イ 原告らは,内容自体の合理性の審査においては,個別,具体的事情を考慮すべ
きであると主張する(第3章第2(原告ら)2)。
 しかし,原告ら主張のように,運航乗務員の労働条件,勤務基準が個別具体的な
前提条件を踏まえて作成・運用されなければならないからといって,関係法規制に
適合する就業規則は,特段の事情のない限り,規定内容自体の合理性は有すると解
するのが相当であり,労働者の労働条件を定める就業規則が内容自体合理性を有す
るかは,上記アの見地から検討すべきである。
 また,原告らの個別具体的な就労義務は,被告の業務命令に基づいて課されると
ころ,被告の発する業務命令においては,労働契約に付随する義務の履行として,
労働者の個別具体的な事情を考慮する必要はあるが,被告の主張するように(第3
章第2(被告)1(2)),そのことと業務命令の根拠である就業規則の内容自体
の合理性とは直接関係しないというべきである。この点に関する原告らの主張は採
用できない。
ウ 原告らは,航行の安全確保に疑い,懸念が呈せられたときは,被告がその安全
性を主張立証すべきであり,規定内容自体の合理性の立証責任は被告にあると主張
する(第3章第2(原告ら)3)が,航行の安全確保についての疑い,懸念といっ
ても,その程度は様々であると考えられる上,上記アのとおり,関係法規制に適合
する就業規則は,関係法規制に問題がある場合に初めてその内容自体の合理性が問
題となるというべきであり,関係法規制に問題があることは就業規則の効力を否定
する原告らの主張立証すべき事柄である。原告らの主張は採用できない。
(2) 被告の主張について
ア 本件改定の有効性の判断枠組みについては,前記1のとおりと解するのが相当
であり,被告の主張(第3章第2(被告)1)はこの限度で理由がある。
イ 被告は,新就業規程は,運輸大臣から認可を受けた運航規程の上限内で制定さ
れており,航空法の定めにすべて適合し,国の定めた安全基準(技術部長通達)に
適合しているから,本件改定には規定内容自体の合理性があると主張する(第3章
第2(被告)1(1),2)ので,以下検討する。
(ア) 航空法は,我が国も締結した国際民間航空条約に従って制定されたもの
で,航空機の航行の安全を図るための方法を定めることを目的の一つとし(同法1
条),航空機の備えるべき要件及びその充足確保のための措置(「第3章 航空機
の安全性」同法10条以下),航空従事者の必要な技能及び身体的条件の確保のた
めの措置(「第4章 航空従事者」同法22条以下),航空路,飛行場及び航空保
安施設の指定・整備(「第5章 航空路,飛行場及び航空保安施設」同法37条以
下),航空機の運航に当たって関係者が遵守すべき事項(「第6章 航空機の運
航」同法57条以下)について規定している。
 また,同法68条は,「航空運送事業を経営する者は,運輸省令で定める基準に
従つて作成する乗務割によるのでなければ,航空従事者をその使用する航空機に乗
り組ませて航空業務に従事させてはならない。」と規定しており,この乗務割は運
輸大臣の認可を要する運航規程において定められるが(同法104条1項は,「定
期航空運送事業者は,運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関する事項につい
て運航規程及び整備規程を定め,運輸大臣の認可を受けなければならない。」と,
同法104条2項は,「運輸大臣は,前項の運航規程又は整備規程が運輸省令で定
める技術上の基準に適合していると認めるときは,同項の認可をしなければならな
い。」と,同法施行規則216条は,航空機乗組員の乗務割が運航規程で定められ
るべき事項であり,技術上の基準として航空機乗組員の乗務割が同法施行規則15
7条の3の基準に従うものであることを,それぞれ規定している。),同法施行規
則157条の3は,乗務割の基準について,航空機乗組員の乗務時間制限に関し考
慮すべき事項として,①当該航空機の型式,②操縦者については,同時に運航に従
事する他の操縦者の数及び操縦者以外の航空機乗組員の有無,③当該航空機が就航
する路線の状況及び当該路線の使用飛行場相互間の距離,飛行の方法並びに当該航
空機に適切な仮眠設備が設けられているかどうかの別を掲げ,これらの事項を考慮
して,少なくとも24時間,1暦月,3暦月及び1暦年ごとに航空機乗組員の乗務
時間が制限されていること,航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を
害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分されていることを要す
ることと規定している。
(イ) これらの規定を概観すれば,航空法は,安全運航に必要な性能を備え,十
分に整備された航空機を確保した上,その航空機につき十分な操縦技術と運航する
路線及び空港の離着陸の経路等に関する必要な知識を有し,通常,心身の良好な状
態を維持し,状況に応じた適切な判断,措置を執ることのできる運航乗務員が運航
業務を遂行することができるようにし,また,航空路,飛行場及び航空保安施設の
指定・整備が適切に行われて安全運航の確保に必要かつ十分な措置が執られ,さら
に,運航に当たっては,気象条件に問題がないか否かを確認し,航空機の航行に重
大な支障を来さない気象条件において離着陸及び航行を行うこととし,航空機の運
航に当たって関係者が遵守すべき事項を遵守すること,以上によって,航空機の航
行に伴う危険性を低いものに制御することができるものと考えて所要の規定を整備
しているものということができる。
 そして,その上でこれに加えて,運航乗務員が疲労のため状況に応じた適切な判
断,措置を執ることができず,そのため航空機の航行の安全を確保することができ
ない事態が生じることのないよう,運航乗務員の業務遂行に支障が生ずるような疲
労が蓄積することがないようにするために,乗務割作成の基準を定めることによ
り,運航乗務員の乗務時間を規制し,また,運航乗務員の疲労により航空機の航行
の安全を害さないような乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の配分を求めている
ということができる。
 この,運航乗務員の業務遂行に支障が生ずるような疲労が蓄積することがないよ
うに運航乗務員の乗務時間及び乗務時間以外の労働時間を規制するという航空法6
8条,104条,同法施行規則157条の3,216条の趣旨からすれば,この理
は,定期航空運送事業者である被告が,乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の前
後の休養時間並びに当該業務の前にこれに近接して遂行する業務の内容・時間を定
める場合にも及ぶと解するのが相当である。
(ウ) ところで,新就業規程は,被告が運輸大臣の認可を受けた運航規程の範囲
内で定められているから,運航乗務員の乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の配
分については,関係法規制である航空法の規定やこれを受けた運航規程についての
技術上の基準の細目である技術部長通達に適合するものであるということができ,
その意味で規定内容自体の合理性があると推定できるものである。
 しかし,運航規程についての技術上の基準の細目である技術部長通達そのものに
問題があるとすれば,それは関係法規制に問題があることになるから,新就業規程
が運航規程の範囲内で定められているからといって,直ちに規定内容自体の合理性
があるとすることはできない。
 被告の運航規程は,平成4年技術部長通達を受けて改定された(第2章第1の2
(3)イ(ア))が,同通達は,検討委員会報告を受けて改正されたものである
(第2章第1の2(2)イ(エ))。原告らは,検討委員会報告に問題があり,こ
れを受けた平成4年技術部長通達に問題があるとしているのであるから(第3章第
3(原告ら)1(4)),同通達に問題があるか否かは,裁判所が審理・判断すべ
きものである。これに反する被告の主張は,第3章第3(被告)1(1)も含め,
採用できない。
(エ) 新就業規程に基づく乗務割が運航乗務員の疲労度にいかなる影響を及ぼす
かは,運航ダイヤその他の個別,具体的事情いかんによって大きく異なり得るから
(このことは,昭和52年に起きた日航クアラルンプール墜落事故に関しての,被
告では個別具体的な運航上の要素・条件を検討・考慮して労働条件を合理的に限定
している旨の被告代表者の国会答弁(甲733)からもうかがえる。),定期航空
運送事業者が,運航ダイヤその他の個別,具体的事情に即して実情にかなった乗務
割を決定しない限り,運航乗務員に過度に疲労が蓄積して航空機の航行の安全を害
する事態を防止することは困難である。
 運輸大臣は,運航規程が運輸省令で定めている技術上の基準に適合していると認
めるときは,認可をしなければならないのであり(航空法104条2項),認可に
際しては,運航規程がそのような個別,具体的な事情に即した乗務割が決定される
かどうかを審査するわけではないから(このことは,乗員組合の要請行動に対する
運輸省航空局技術部運航課総括補佐官の説明からもうかがえる。甲624,70
6,707),認可を受けた運航規程の範囲内で新就業規程が定められているから
といって,そのことを理由に直ちに新就業規程が航行の安全性からみて問題がない
ものとすることはできない。また,航空法施行規則157条の3も,「航空機乗組
員の乗務時間が・・・少なくとも24時間,1暦月,3暦月及び1暦年ごとに制限
されていること」等と規定しており,この「少なくとも」という文言からも,航空
機乗組員の乗務割等を定める運航規程について最低基準を定める趣旨であることが
うかがわれるところである。これらのことからすれば,認可された運航規程に定め
られた運航乗務員の乗務割の基準は,少なくともこれを超えてはならないという大
枠としての乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の配分として
の意義を有するに止まると解するのが相当である。
 その意味では,新就業規程が運航規程の範囲内であることは,航行の安全性の必
要条件ではあっても,十分条件であるとまではいえないものである。
 そして,運航乗務員の労働条件を決定するに当たって,運航乗務員の生命,身体
の安全を確保する必要があることはいうまでもないところ,航空機の航行の安全確
保のために乗務割を決定することは,同時に運航乗務員の生命,身体の安全を確保
するための労働条件を決定することでもあるから,新就業規程が運航規程の範囲内
で労働条件を規定しているからといって,直ちにその労働条件を定めた新就業規程
が運航乗務員の生命,身体の安全を確保しているものとすることはできない。新就
業規程ひいては新勤務基準がそのような属性を有しているかについても,また,当
事者の主張,立証を踏まえて裁判所が判断すべきものである。
第3 本件改定の合理性の検討に当たり考慮すべき事項に関する双方の主張(第3
章第3(原告ら),(被告))について(争点3)
1 科学的,専門技術的検討の必要性,有効性について
 航空機の航行の安全を確保することは,国にとっても,定期航空運送業者である
被告にとっても,運航に従事する運航乗務員である原告らにとっても,必要な事柄
である。そのためには,原告らの主張するように,これに関する科学的,専門的研
究を踏まえ,航行の安全の障害となる要因を排除するよう努めるべきである。
 原告らは,主として長時間(長距離)運航乗務や国内線連続乗務について科学
的,専門技術的な検討から問題があると主張しているから,これらについては当該
請求に係る部分で検討する。
2 勤務に関する各国基準,各社基準と被告の基準との比較の意味
 勤務に関する各国基準は,主に運航の安全という観点から,運航に関係する様々
な科学的研究,それぞれの国における経済的・社会的状況,国土,地理的条件等の
諸要素を考慮の上決定されたものと考えられ,わが国の基準である技術部長通達と
同様,これを超えてはならないという大枠としての基準である場合もあると考えら
れる。したがって,労働条件としての勤務基準の比較に当たってこれを必ずしも重
視することはできないが,勤務に関する各社基準の前提になっているものであり,
参考にはなり得るものである。
 勤務に関する各社基準は,外国他社の場合は,それぞれの国の基準の範囲内で会
社の基準が定められるのであるから,国の基準が各国によって異なる以上,これら
を一律に被告の基準と比較するのは必ずしも相当とはいえない面もある。しかし,
外国他社の基準は,労働組合との交渉結果等によるものとはいえ,それぞれの国の
運航環境の下で,運航の安全性や運航乗務員の労働条件に配慮して定められている
ものであるから,それぞれの国の基準の範囲内のものであるという前提があるもの
の,これと被告の基準を比較することは,新就業規程の定める勤務基準が他と比べ
て労働者に与える不利益の程度が著しいか,また,新就業規程の規定が内容自体の
相当性を有するかや,同種事項に関する国際社会及び我が国社会における一般的な
状況に関係するから,有用なことである。なお,被告は,国際線の運航業務も行っ
ているから,同種事項に関する我が国社会における一般的な状況のみならず,国際
社会における一般的状況も斟酌するのが相当である。
 その場合には,各社基準が定める前提条件をできる限り踏まえるとともに,地理
的条件も考慮して,これと被告の基準とを比較することが正確な比較となるという
べきである。以上のことは,我が国他社の基準と被告の基準とを比較する場合にも
あてはまることである。
 したがって,勤務に関する被告の基準と各国基準,各社基準とを比較するに当た
っては,これらのことに留意しつつ,検討することが必要である。
 なお,本件改定が行われたのは平成5年11月であるから,勤務に関する被告の
基準と各国基準,各社基準との比較に当たっては,平成5年11月当時の基準をも
って比較すべきであるが,当時の基準が不明のものについては適宜その後の基準も
含めて比較することとする。
3 事前・事後の検討について
 労働条件を定める就業規則の作成・変更に当たって,事前にその内容を十分検討
し,事後的にも検討を加えることは,定められた労働条件が適当であるかどうかを
検証する意味合いを持つから,必要かつ有益なことである。
 もっとも,事前,事後の検討が不十分であったとしても,規定内容自体合理性が
あり,また不利益変更の合理性があれば,規定の効力が否定されるいわれはない
が,事前,事後の検討が不十分であれば,そのことは不利益変更の合理性に疑いを
抱かせる一事情となり得るし(規定内容の合理性は法適合性の問題であるから,事
前,事後の検討の問題とは直接関係しない。),双方もこの点を主張しているか
ら,これらの点についても適宜判断することとする。
第4 本件改定による全体的な不利益性の有無・程度について(争点4)
1 検討の視点
 本件改定の内容は,別紙5のとおりであり,例えば,乗務時間及び勤務時間制限
の延長が原告ら(機長等昇格者を除く。以下,第21までの説示において同じ。)
にとって不利益であることは明らかである。のみならず,本件改定は,運航乗務員
の勤務基準を見直したものであるから,その不利益性の有無・程度は相互に密接に
関係するものというべきであり,これを原告らが義務不存在を求めている個別の義
務ごとにのみ見てその不利益性の有無・程度を検討するのは相当とはいえない。例
えば,被告が不利益は生じないとする休養に関する規定をみても,本件改定により
乗務時間及び勤務時間制限は延長されているのであるから,それとの関係でも被告
が新就業規程の下で定めた休養に関する規定が原告らに不利益を与えるものとはい
えないかどうかを検討すべきであり,このことは他の規定についても同様である。
したがって,以下では,基本的には原告らの請求に応じ,原告らが不存在を求めて
いる個別の義務ごとに検討していくこととするが,あわせて必要に応じ上記の観点
からも不利益性の有無・程度をみていくこととする。
2 勤務の頻度について
 本件改定によって原告らに新たに発生した勤務について,その頻度がどの程度で
あるかは,不利益性の程度に影響するから,勤務の頻度も問題にすべきである。就
業規則は労使関係において法的規範性を有し,画一的,定型的に定められる性質の
もので,就業規則に定められた勤務基準が労働契約の内容になり,使用者は就業規
則に定められた勤務基準に従って労働者に具体的に勤務を命じることができるとは
いえるが,定期航空運送業者である被告は,多数の運航乗務員を多数の航空路線に
乗務させて定期航空運送を行うのであるし,就業規則である被告の運航乗務員就業
規程(別紙5)は,これを概観するところから明らかなように,乗務時間及び勤務
時間制限,休養時間等が相互に密接に関連しているから,運航乗務員に対し本来的
にその限度一杯の乗務及び勤務が常に予定されているとは言い難いものである。こ
のような被告における定期航空運送業務及び運航乗務員就業規程の特殊性を考慮す
れば,原告らの不利益性の判断に当たっては,勤務の頻度も問題にするのが相当で
ある。その際には,乗務が乗員にもたらす身体的・生理的影響,乗員のスケジュー
ルの特殊性といった原告ら主張のような視点(第3章第4(原告ら)2)も必要で
あるから(例えば,被告の副操縦士の中には,月間スケジュールにおいて,本件改
定で許容されることになったシングル編成で予定着陸回数が2回の場合に乗務時間
8時間30分を超える乗務,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合に乗務時間
9時間を超える乗務,宿泊を伴う休養で12時間に満たない休養時間,便指定のな
い国際線スタンバイ等が併せてアサインされた者がある。甲385,1085の
(2),証人P2。),これを考慮しつつ,原告らの請求に対応してその不利益性
の程度を見ていくこととする。
第5 本件改定の全体的な必要性の内容・程度について(争点5)
1 認定事実
 第2章第1の3の事実及び証拠(甲214,615,978,1000,101
5,1017,1024,1027,1112,1240,1262,乙435な
いし437,461,464,証人P3。その他は,該当箇所に後掲する。)並び
に弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告の経営状況について
ア 被告の収支の推移
(甲125,146,554ないし557,1021,1047,1114の
(1)ないし(5),1126,1127,乙12ないし16,18,19,3
6,117,383,437,438)
(ア) 被告の昭和61年度(1986年度)以降の収支の推移は,別表Ⅰのとお
りであり,昭和48年度(1973年度)から平成10年度(1998年度)まで
の経常損益・営業損益の推移は別表Ⅱのとおりである。
 被告では,第1次オイルショックのあった昭和49年度に266億円,その翌年
の昭和50年度に98億円,第2次オイルショックのあった昭和54年度に4億
円,羽田沖事故のあった昭和57年度に271億円のそれぞれ経常損失を計上した
ことがあったが,昭和59年度から平成2年度は,御巣鷹山事故のあった昭和60
年度に16億円の経常損失を計上したほかは,いわゆるバブル経済と呼ばれる好調
な経済情勢の下で需要が伸びたことなどから,順調に経常利益を計上してきてお
り,平成元年度は営業利益で740億円,経常利益で527億円と過去最高の黒字
であった。御巣鷹山事故のあった昭和60年度においても,営業利益は192億円
と黒字であった。
 当時は,政府機関をはじめ各種経済研究機関は,我が国のGNPについて平成元
年以降も3ないし5パーセント内外の伸びを想定しており,被告も年間6パーセン
トの事業規模の拡大を計画していた。
(イ) ところが,平成3年ころからの旧ソビエト連邦の崩壊やこれに伴う東欧諸
国の政治経済的混迷による世界経済の低迷から,同年1月の湾岸戦争を機に世界的
な不況となり,我が国においても,個人消費と民間設備投資の減退により景気後退
の度を強めるようになり,それまで好調であったバブル経済の崩壊をもたらすこと
になった。こうした経済情勢は,航空需要に多大な影響を及ぼし,その結果,被告
は,一転して平成3年度から平成5年度まで3期連続して,それぞれ60億円,5
38億円,262億円の経常損失を計上することになり,営業損益に関しても,そ
れぞれ129億円,481億円,293億円の営業損失を計上した。
 このうち,平成3年度は109億円の資産売却を行ったにもかかわらず営業損
失,経常損失となったものであり,被告が経常損失となったのは,昭和62年の被
告の完全民営化後初めてのことであった。
 また,平成4年度は,同年度に航空機材の減価償却期間の延長を行い(B747
-400国際線型航空機及びその予備部品について,税法上の耐用年数10年から
被告の定めた耐用年数15年に改定),また,株式売却をして営業外収入208億
円を得たにもかかわらず,被告の創業以来最も巨額の赤字となったものであり,こ
の年被告は無配に転落した。被告は,この航空機材の減価償却期間の延長につい
て,「使用実績,耐久度,経済的使用可能期間等を勘案して行った。これにより税
引前純損失は約86億円少なく表示された。」と説明している。減価償却期間を延
長すると,その部分だけ減価償却費が少なくなり,営業費用の中の減価償却費が軽
減される。この効果は後年度に累積するが,それまで被告は,減価償却費は機材の
更新など将来の投資に備える資金となるもので,実際の使用期間に合わせて償却す
ると更新する段階で資金不足が生じるため,償却期間の延長は困難であるとの立場
をとっていた。なお,会計準則上は,「『資産』の使用状況,環境の変化等によ
り,当初予定による残存耐用年数と現在以降の経済的使用可能予測期間とのかい離
が明らかになったときは,耐用年数を変更しなければならない。」とされている。
 さらに,平成5年度は,引き続き航空機材の償却期間の延長を行った(B747
-400国際線型以外の航空機及びその予備部品について,耐用年数を,国際線型
機材は15年に,国内線型機材は13年に改定。)ほか,資産売却による営業外収
入383億円があったにもかかわらず,262億円の経常損失を計上した。被告
は,この航空機材の減価償却期間の延長について,「最近の航空業界の経営環境の
変化による経済性の観点から,平成5年度以降の中期事業計画において現有航空機
材の使用期間の延長が決定され,その対応措置が講じられたこと,及び当該航空機
材の使用見込年数が税法に定める耐用年数と乖離することが明らかになったことに
対応させて耐用年数をより実態に近づけるために改定した。これにより税引前純損
失は約178億円少なく表示された。」と説明している。
 この間,営業収益は,平成3年度から平成5年度まで,各前年比マイナス0.4
パーセント,マイナス7.2パーセント,マイナス5.0パーセントと減少してい
た。
(ウ) 平成6年度においては,後記(2)の構造改革施策を実施したことや資産
売却による営業外収入があったため,ようやく経常利益が28億円と黒字となっ
た。しかし,営業損益は,営業収益が前年比5.4パーセントと増加したにもかか
わらず,同年度においても99億円の赤字であった。なお,同年9月,関西空港が
開港した。
 その後被告は,平成7年度は44億円の経常利益(営業利益は154億円)を上
げ,平成8年度は燃油費の増加等により170億円の経常損失(営業利益は46億
円)を出したものの,平成9年度は77億円の経常利益(営業利益は310億
円),平成10年度は325億円の経常利益(営業利益は248億円)を上げた。
被告は,平成10年度に約1500億円の資本準備金等の取崩しを行い,漸く復配
した。
 被告は,平成9年度にさらに航空機材の償却期間を延長した。この償却期間の延
長により,被告の航空機材の耐用年数は,主要航空会社のそれと比べて大差のない
ものとなった。なお,航空機減価償却進行率(航空機材について投資した額のう
ち,ある年度末の時点でどれだけ回収済みになったかを示す指標。)も外国他社に
比べて高い。
イ 営業収支について
(甲555,1024,1125,1133,乙12ないし16,20,21,3
7,439ないし441)
(ア) 被告の平成2年度における営業収入の構造は,別表Ⅲのとおりである。被
告では,国際線の旅客・貨物収入が営業収入全体の65パーセント(うち国際線旅
客収入は51.2パーセント。)を占めており,その後現在に至るまでこの割合に
大きな変化はなく,被告にとっては国際線収入の動向,とりわけ,国際線旅客収入
の動向が被告の収入の動向に大きく影響する。
(イ) 被告の昭和61年度から平成10年度までの営業収入の推移は別表Ⅳのと
おりである。国際線の収入は,1980年代には順調に伸び,昭和63年度,平成
元年度は対前年比10パーセント前後の伸びを示し,平成2年度には7257億円
に達していた(ただし,対前年比は2.7パーセント増と鈍化。)が,以後は減少
し,各前年度比で平成3年度はマイナス3.2パーセント(7023億円),平成
4年度はマイナス11.0パーセント(6252億円),平成5年度はマイナス
7.1パーセント(5809億円)にまで落ち込んだ。
(ウ) 被告の昭和61年度以降平成10年度までの国際線取扱量と収入の推移
は,別表Ⅴのとおりであり,平成3年度以降平成12年度までの有償旅客数,有償
旅客キロは別表Ⅴの2のとおりである。この間,旅客数,貨物量は,平成2年度,
平成4年度(貨物量については平成3年度。)を除き,おおむね増加し,有償旅客
数,有償旅客キロもおおむね増加しているが,収入の増加度合いは平成4年度以降
それに大きく及ばず,旅客数,貨物量の増加度合いが収入の増加度合いに必ずしも
結びついてない。
(エ) 被告の昭和61年度から平成10年度までの国際線旅客単位当たり収入
(イールド)の推移は,別表Ⅵのとおりである。昭和61年から平成2年度までは
上昇を続けているが,平成2年度の14.3円/人キロをピークとして以後急激に
下降し,平成3年度は13.5円/人キロ,平成4年度は12.3円/人キロ,平
成5年度には11.0円/人キロとなった。
 このように,国際線の旅客数はおおむね増加しているのに収入の増加度合いがそ
れに及ばず,またイールドが低下していることは,有償旅客1名当たりの単価が下
落していることを示しており,国際線収入減少の原因が価格の低下にあることを示
している。
 被告の分析によれば,価格低下の原因は,①消費者の低価格志向,②ファースト
クラス,ビジネスクラス等高額商品の需要の減少,③価格競争の激化(需要と供給
のギャップ,円高)にあった。被告は,航空運送は今後も低価格が求められると考
え,この価格低下は一過性のものではないと判断した。
 また,3大空港プロジェクト(関西空港の開港,成田空港第2期工事の完成,羽
田空港沖合展開)の関係で,これにより発着枠が大幅に増えるなどして競争が激化
するため,被告は,今後更にイールドが低下し,投資等の負担や費用等が増加する
と予測した。現に平成6年9月の関西空港の開港により被告の関西圏でのイールド
は10パーセント低下した。
(オ) 被告の国際線の供給シェアは,昭和56年度は34パーセントであった
が,円高やこれに伴う外国他社の大規模な国際線参入などにより平成元年度は2
6.4パーセント,平成2年度には24パーセントに下落し,その後横ばい状態が
続いている。他方,国内線のシェアは20パーセント前後で推移している。
(カ) 損益分岐重量利用率で見た場合,平成3年度以降被告では,外国他社と比
べて単価原価より実収単価の下落が概ね大きい。また,資金収支分析で見た場合,
平成3年度より平成4年度は落ち込み,平成5年度も平成3年度より低くなってい
るが,以後は着実に上向いている。
ウ 航空会社の構造的体質-営業外損益について
(乙12ないし15)
(ア) 航空運送事業は,航空機の購入を始め巨額の設備費を必要とし,その借入
金に対する支払利息が巨額の営業外損失となる構造的体質を持っている。別表Ⅰの
とおり,被告は,平成元年度まで毎年200億円台の巨額の営業外損失を計上して
いるが,その大部分は金融収支の損失であり,航空機の売却等で営業外収益を計上
できる場合にその赤字幅が小さくなったり,黒字に転化したりしてきた。
(イ) 平成2,3年度は,平成元年末の時価発行による増資等の結果,受取利息
及び配当金がそれぞれ345億円,308億円と巨額であったため,営業外損益も
小幅の赤字ないし黒字になっていたが,平成4年度から平成6年度までは,受取利
息及び配当金が半減する一方,支払利息は410億円台から470億円台へと大幅
に増加し,金融収支は260億円台から350億円台の赤字となった。もっとも,
平成4年度には所有株式の売却等により260億円の営業外収益,平成5年度には
266億円の航空機材売却益,平成6年度には220億円の航空機材売却益をそれ
ぞれ計上したため,営業外損益は,それぞれ57億円の赤字,31億円の黒字,1
27億円の黒字となった。
 なお,被告が平成4,5年度に行った上記減価償却期間・方法の変更により(ア
(イ)),投資回収期間(有利子負債の返済期間)が平成元年には4.9年であっ
たのが平成8年には連結で17.6年となり,長期化している。平成8年度で欧米
他社と比較すると,被告の有利子負債率は連結ベースで86パーセントであった
が,欧米他社は70パーセント前後である。返済年数は最大の英国航空が5.9
年,最小のデルタ航空が4.2年となっている。
エ 被告のコスト及びコスト競争力
(甲51,52,53の(1),(2),142,143,乙25ないし29,3
4,46,50,77,79,80の(1),442,443)
(ア) 航空会社のコストは,航空燃油費,運航施設利用料等の変動費(飛行機を
運航することによって発生する経費。)と,機種固定費,人件費,一般経費(共通
経費,広報宣伝販促費)及びその他固定費の固定費(飛行機を運航しなくても発生
する経費。)から構成されているが,航空燃油費,運航施設利用料,機種固定費は
航空会社間で大きな差はなく,コスト面での競争力の差が生じやすいのは人件費,
一般経費である。
 被告における平成2年度の営業費用の費用構造は別表Ⅵの2のとおりであり,固
定費が57パーセントを占め,固定費の中の人件費は26パーセントを占めてい
る。
(イ) 基本的には,変動費,固定費の中の機種固定費は生産量に応じて拡大する
ものの,その余の固定費は生産量よりも落ち着いた増勢を示し,その結果生産量一
単位当たりのコストは低減していくものである。
 しかし,被告においては,1980年代後半は固定費が生産量の伸びを上回って
拡大している。それは,変動費の中で航空燃油費の占める割合が大幅に低下したの
に対し,固定費の中の機種固定費,人件費の割合が高くなってきたためである。被
告の平成2年度の固定費中,昭和60年度対比で人件費は約1000億円,機種固
定費は約700億円,一般経費は約600億円増加しており,昭和60年度は48
パーセントであった固定費比率が平成2年度には57パーセントと9ポイント上昇
していた。
(ウ) 昭和59年度から平成9年度までの単位当たりコスト(費用を有効座席キ
ロもしくは有効トンキロで除したもの。有効座席1座席もしくは許容搭載重量1ト
ンを1キロ輸送した場合にかかる費用。)についての被告と外国主要航空会社との
ドル建てでの比較は別表Ⅶのとおりである。被告のコストは,外国主要航空会社に
比べ,平成4年度ころは3割ないし5割高くなっており,劣位にあった。
(エ) 被告の昭和56年度以降平成10年度までのロードファクター(L/
F),ブレークイーブン(B/E。単位当たりコスト÷単位当たり収入)の推移は
別表Ⅷのとおりである。L/Fは,全体の生産量のうち,実際に売れた量がどれだ
けかを示す指標であり,B/Eは,収支均衡となるのに必要な利用率で,単位当た
りコストが低いほど,単位当たり収入が高いほど低くなり,黒字体質となるもので
ある。
 被告のL/Fは平成元年度の71パーセント超をピークに減少し,平成4年度以
降64パーセント前後ないし67パーセント前後で推移したが,B/Eは,昭和6
2年度以降65パーセントを超え,平成4年度には70パーセント近い数値にな
り,その後も71パーセント近くないし66パーセント前後と推移したため,B/
EがL/Fを上回り,赤字状態が続いている。
(2) 被告における構造改革諸施策の実施
(甲48,乙4ないし11,30ないし33,38,39,47ないし51,5
8,64,430)
ア 構造改革委員会の設置
(ア) 被告では,毎年,次年度以降3年から5年の間の経営方針及び基本的な計
画である中期計画を策定している。
 被告は,平成4年2月,航空輸送における世界的な規制緩和,自由化の潮流の中
で,目前に迫った3大空港プロジェクトの完成により,我が国航空業界も熾烈な競
争時代の幕開け,歴史的な転換期を迎えることから,その環境の変化に生産・販売
の両面から的確に対応していくとして,「92-96年度の展望と92-93年度
事業計画」を策定し,92-96年度の展望として,「(1)安全運行の堅持とお
客さまに選べられる良質なサービスの追求,(2)適正規模拡大を図るための供給
力の拡充と国内線への重点展開,(3)高B/E体質から脱却し,競争力を向上さ
せるための収益の極大化と徹底したコスト削減」を最重要経営課題として推進して
いくこととした。同計画は,平成3年度において,湾岸戦争により需要が低迷する
中,被告の企業競争力の低下傾向が強まり,一人当たり生産量,販売量が前年比で
マイナスを記録するとともに,国際線旅客便の供給シェアが昭和62年の34パー
セントから24パーセントに低下したこと,この航空会社を取り巻く環境の厳しさ
はなお引き続くと予測されたことから,これに対処するためであった。しかし,同
計画は,収支の正確な見通しを持つに至らなかったため,社長を委員長とする構造
改革委員会を設置して同委員会にその取組みを委ねた。
(イ) 構造改革委員会は,平成4年6月1日,「構造改革委員会報告」を発表
し,被告の国際線依存率が一挙に低下することはあり得ず,国際線航空会社として
の競争力を強化することが不可欠であるとして,「国際コスト競争力」をキーワー
ドとし,主要構造改革項目として,「(1)事業運営体制では,安定した経営基盤
確立のため,国内線の拡充を図ること,関連事業戦略として,量的拡大から質的向
上へ転換すること,(2)生産面における構造改革では,地点拡大から収益性へ重
点を置き,路線のリストラを図ること,貴重な機材の徹底的活用のため,機材の利
用効率の向上を図ること,生産体制の柔構造化のため,外部生産資源の活用を図る
こと,(3)コスト構造の改革では,最小限の投資で最大限の効果を上げるため投
資の見直しを行うこと,スリム化をめざし,人件費効率の向上を図ること,国際コ
スト競争力を強化するため,コストの外貨化を図ること,(4)販売構造の改革で
は,単位当たり収入の極大化を求め,イールドの向上に努力すること,流通におけ
るプロJAL化を促進するための流通戦略をとること,(5)意識構造の改革とし
て,厳しい環境下での労使強調に向けた新しい労使関係を作ること,民間企業意識
の再徹底と大企業病の克服のため業務運営体制の見直しをすること」を上げ,これ
らの諸施策の実施が最低限必要であるとした。
イ 構造改革諸施策の実施に伴う被告の説明等
(ア) 被告は,構造改革委員会報告を受けて,順次構造改革諸施策を実施するこ
ととしたが,平成4年度の収支が創業以来の大幅な赤字になることが明らかになっ
たため,構造改革施策を前倒し,深化させる必要があるとし,平成5年1月,「9
3-94年度サバイバルプランと97年度までの中期展望」を策定した。被告は,
この計画で,「91年,92年と2期連続の減収減益(しかも赤字)という深刻な
事態にあり,その早急な回復と内外の競争からの生き残りを図るため,93,94
年度において早急に業績の回復を図るとともに,95年度以降は今後の熾烈な競争
に打ち勝っていける強靱な企業体質を確立していく必要があり,そのための諸施策
を実施する。」とし,財務関連施策として,各年約1000億円の投資削減を行
う,費用効率化施策として,費用(特に固定費)の削減施策を徹底し,平成5年度
で約1000億円強(費用の約10パーセント)の費用削減を行い,平成6年度も
継続するなどとした。
(イ) 平成5年度において,1000億円の費用削減と1000億円の投資削減
という単年度の目標は達成されつつあったが,不況に伴い,企業の経費削減と消費
者の購買意欲の減退・低価格志向が加速し,経営環境はますます厳しくなった上,
急激な円高によってさらに値下げ余力を得た外国航空会社との競争が一層激化した
ため,収入規模は前年を大幅に下回り,3期連続の赤字が避けられない状況となっ
た。
 そこで,被告は,平成6年1月,前記計画を深化させ,第2次構造改革施策を追
加した「94-95年度サバイバルプランと97年度までの中期展望」を策定し,
「93年度も赤字が避けられない情勢にあり,市場の値頃感を前提として今後も成
長するマーケットの中で販売競争に勝ち,利益を出せる企業体質,コスト体質に早
急に変身していくことが生き残りの唯一の道であり,そのための施策を実施す
る。」とし,財務関連施策として,投資額を1500億円削減し,投資総額につい
ても前回の計画を半減し,4400億円規模にする,費用効率化施策として,抜本
的な構造改革施策を実行するとともに,平成6,7年度には緊急収支改善施策も加
えて行い,平成6年度においては1000億円の経費削減により営業費用総額を1
兆円に圧縮するなどとした。
(ウ) 被告は,以上の策定した各計画について,その都度,全社員や労働組合に
説明した。
ウ 被告の実施した構造改革施策
 平成4年度以降被告が進めてきた構造改革施策の概要は別紙7のとおりである。
被告は,①事業運営関連の施策として,路線の見直し(新規路線開設・路線廃止
等),機材の利用率向上(増席改修,機材の効率活用,客室仕様変更時間短縮
化),外部生産資源の活用(ジャパン・エアチャーター社(後にジャルウェイズ社
に社名変更)からのウェットリース(他社から航空機材を乗員ぐるみでリースし,
自社の便名で運航すること。)の拡大,コードシェアリング(自社と他社が共同で
双方の便名をつけて運航を行うこと。)の拡大,JASの受委託契約の拡大,サザ
ン・エア・トランスポート社への貨物便運航委託),関連事業戦略(日本ユニバー
サル航空株式会社(以下「JUST社」という。)の運休,新規投資の原則凍結,
重点事業分野の整理・集約,グループ内取引の市場価格化)を行い,②コスト構造
の改革に向けた施策(人件費効率向上施策については別に述べる。)として,航空
機の調達に関わる施策(保有航空機の退役延伸,一部航空機導入の取止めないし延
期,日本型レバレッジドリースの活用等),3大プロジェクト関連地上投資の大幅
見直し,ANAとの整備協調体制,貨物機材共同発注体制,地上資産のリース化,
社宅・寮等の売却,不採算関連事業の特損処理,関西国際空港ハンガーの賃借化,
その他(物品類の海外調達拡大,機体整備の海外委託,管理可能費の一律削減,ジ
ャルエクスプレス社における日本人運航乗務員の採用,運航管理部門業務の一部委
託化,機内サービスの見直し)を行い,③販売構造の改革に向けた施策として,イ
ールドの向上施策(国際線旅客予約管理システムの強化,日本発着貨物積取り強
化,国際線のマイレージ・サービス導入,マイレージ・サービスの国内線・国際線
統合,国際線日本発エコノミー新運賃の導入,JAL Super Logist
icsの展開,幅運賃の導入及び事前購入運賃大幅拡充,前売り悟空運賃の導入,
機内サービスの改善,アメリカン航空との提携拡充,日本地区APEX(前売り悟
空運賃)の比率向上)や,流通対応の施策(予約システムの拡大,自社系流通会社
の強化,新旅行商品の開発,JALファミリークラブの設立,一般予約の一元化と
予約のフリーダイヤル化,チケットレスサービス,新エグゼクティブクラスの導
入,カーゴ2000ジャパン設立,JAL ONLINEの導入,海外コミッショ
ンの削減)を行った。このように,その対象は,事業運営面,コスト構造面,販売
構造面等あらゆる分野に及んでいる。
(3) 構造改革施策のうち,被告のとった人件費効率向上施策について
(甲87,163,164,264,265,273,275,288,978,
1008,1130,1131,1289,乙10,11,30,46ないし5
0,53ないし57,64,430,462,463)
ア ATK当たり人件費等
(ア) 被告の全従業員ベースのATK当たり人件費及びそれと外国主要航空会社
とのATK当たり人件費の比較は,別表Ⅸのとおりである。また,平成3年度から
平成11年度までのATK,営業費用,人件費の関係は別表Ⅹのとおりである。A
TK当たり人件費は,許容搭載重量1トンを1キロ輸送した場合にかかる人件費で
あり,人件費の生産性を示す指標である。ATK当たり人件費は,被告の平成3年
度実績が23円であるのに対して,外国他社はルフトハンザ航空を除き21円台な
いしそれを下回っていた。平成4,5年度において,被告はそれぞれ20.3円,
19.3円とATK当たり人件費を下げているものの,外国他社もルフトハンザ航
空を除きそれぞれ下げており,被告は,ルフトハンザ航空を除く外国他社と比べて
高かった。
(イ) また,委託人件費相当を含めてATK当たり人件費を見ると,被告では,
平成3年度は27.1円,平成4年度は24.6円,平成5年度は23.5円であ
った。
 もっとも,購買力平価でATK当たり人件費を比較すると,この間被告は外国他
社に比べて低かった。
(ウ) 被告における運航乗務員の労働生産性を,運航実績をベースにした有償ト
ンキロを運航乗務員数で除した数値で主要航空会社のそれと比較すると,平成3年
度から平成11年度まで,被告は,ほぼ一貫してシンガポール航空,キャセイ航空
に次ぎ,欧米航空会社と比較して高い位置にあった。平成4年度末でみると,被告
の運航乗務員数は2480名で20年前の約1.5倍に相当するが,この間の有償
トンキロは約3.7倍に拡大しており,単純計算すれば,労働生産性は約2.5倍
向上したことになる。
 しかし,運航乗務員生産量単位当たりの人件費及び運航乗務員一人当たり人件費
を外国他社と比較すると,平成5年度における運航乗務員の生産量単位当たりの人
件費は被告が最も高く,一人当たりの人件費はキャセイ航空を除き被告が最も高か
った。
 被告は,運航乗務職について,平成5年当時は,一人当たりの人件費は高いもの
の,ATK生産性も高いため欧米系の航空会社と比べATK当たり人件費は若干の
差にとどまっていると認識していたが,被告は,この労働生産性の向上は,大型機
の積極的な導入等の機材の大型化と国際路線の長大化に伴う1回当たりの飛行距離
の伸びによりもたらされたと認識していた。
(エ) ただし,国内他社との関係では,運航乗務員の基本賃金をモデルで比較す
ると,全ての年齢においてANAのほうが被告よりも高く,被告の乗務手当も,A
NA,JASより低い。
イ 被告のとった人件費効率向上施策
 被告のとった人件費効率向上施策の概要は,別紙7の「コスト構造」欄の「人件
費効率の向上」欄のとおりであるが,これを本件改定が行われた平成5年度までの
ものについて見れば,以下のとおりである。
(ア) 被告の基本的考え方
 人件費効率向上施策についての被告の基本的な考え方は以下のとおりである。
 被告は,過去,機材の大型化や路線便数構成の長距離化等によって生産性の向上
を図ってきたが,これらはもはや限界にあり,これ以上の物的側面からの生産性の
向上は期しがたい状況にある。このことや,被告のATK当たり人件費は外国他社
に比べて高いことから,コスト競争力の強化を図るためには,人的側面からの生産
性の向上を検討する必要がある。そのために,人員効率の向上と単価水準の適正化
の両面から人件費効率の向上を図る必要がある。前者の施策として,定員の見直
し,勤務基準の見直し等により効率の向上を図り,後者の施策として,それぞれの
賃金項目に沿って見直しを行い,水準の適正化を図る必要がある。ATK当たりの
人件費を平成3年度の23円程度から平成8年度において20円以下にまで改善す
ることを目標とする。
(イ) 平成4年度の人件費効率向上施策
 間接部門,海外派遣員及び海外現地社員の削減を行い,出向者を増加させた。
(ウ) 平成5年度の人件費効率向上施策
 被告は,同年度から本格的にこれに取り組んだ。
 特別早期退職優遇措置,部長職進路選択制度,転進援助特別休暇制度を設けた。
 地上職について,日曜祝祭日労働手当及び土曜日労働手当の定額化を行い,特殊
時間帯勤務手当を廃止してシフト勤務手当を設定した。寒冷地勤務における冬期手
当を改定した。管理職について管理職調整手当の削減をした。
 客室乗務職について,勤務基準を改定した。特別乗務手当を廃止し,長時間乗務
手当を新設した。深夜就業手当及び土曜日就業手当を増額した。外国人客室乗務員
数を拡大した。
 運航乗務職について,勤務基準の見直しをした。暫定手当及び特別乗務手当を廃
止し,長時間乗務手当を新設した。深夜就業手当を増額し,土曜日就業手当を新設
した。機長については,勤務基準の見直しをし,暫定手当を廃止して管理職長時間
乗務手当を新設した。
 被告は,平成5年度以降臨時手当の削減を行った。この削減の影響は,職種によ
って臨時手当の算定基礎となる基本給の占める率が違うことから,地上職管理職に
最も大きく,運航乗務管理職に最も少なかった。
 その後,被告のATK当たり人件費は,別表Ⅹのとおり減少し,平成11年度で
は13.4円と対平成3年度比で58.2パーセントまで減少した。
(エ) 勤務基準の見直しについて
 別項(後記(5))で詳述する。
(オ) 役員報酬のカット率等
 被告においては役員報酬のカットが平成4年ころから行われた。役員報酬のカッ
ト率は,平成10年度において取締役15パーセント,社長35パーセントであっ
た。役員専用車は平成4年度以降代表取締役を除きすべて廃止された。また,平成
5年度には役員数を3名削減し,20名の顧問が勇退した。
ウ 労働組合との交渉経緯等
(ア) 被告は,構造改革委員会の報告を発表して以来,人事関連諸施策の具体化
等について,乗員組合ら労働組合と交渉してきた。被告は,随時,実施予定の人件
費関連施策の具体策を提示し,コスト競争力をつけるために人件費の見直しを図る
必要があることを繰り返し説明して,労働組合の理解と協力を求めた。被告と全日
航労組との間では,随時合意が成立したものの,乗員組合らとの間では,乗員組合
らは人件費をねらい撃ちにした費用削減策であるなどとして反対し,合意が成立し
なかった(日航労組との間では,フレックスタイム制についてのみ協定を締結し
た。)。本件改定をめぐっては,被告が本件改定を一括して協議すると主張したの
に対し,乗員組合は労働条件の切り下げは認められないと反対したため,実質的に
交渉らしい交渉はほとんど行われなかった。
(イ) 本件改定については,乗員組合のみならず,機長組合,先任組合も反対し
ている。
(4) 外国他社の取組等
(乙4,7,9,40ないし43)
ア 外国他社の取組
 英国航空以外の欧米各社は,1990年代に入ってから軒並み大幅な赤字となっ
た後,レイオフを含む大幅な人員削減や賃金制度の改革等の合理化施策に積極的に
取り組み,コスト競争力を強めた結果,平成6年度から黒字化している。英国航空
については,既に昭和55年から昭和58年にかけて1万7000名もの人員削減
という大きな経営改革を実施したため,1990年代には好調な業績を上げるに至
っている。
イ 競争力向上小委員会の答申
 平成6年6月,運輸大臣の諮問機関である航空審議会の競争力向上小委員会は,
「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」と題する答申を行った。同
答申は,緊急の課題となっている我が国の航空企業の競争力の向上のため,航空企
業及び行政の双方がとるべき方策をとりまとめたものであるが,我が国航空企業の
国際競争力の向上を図るためには,①事業運営の一層の効率化と新たな事業運営環
境への対応,②創意工夫によるサービスの充実・多様化,③航空企業間における提
携の推進,④関西国際空港の活用,といった課題に適切に対処し,低コスト体質へ
の転換及び収益力の強化を図ることが必要であり,その場合我が国航空企業自らが
これらの課題に積極的に取り組むことにより,国際競争力の向上を図るべきである
とし,航空企業における対策として,①低コスト体質への転換,②収益力の強化を
あげ,①低コスト体質への転換として,コストの削減については,他産業と比べて
総費用に占める割合が相対的に高い固定費(人件費,機材償却費等)を中心に見直
しを進める必要があり,外国航空企業との比較も参考としながら見直しを行い,コ
ストの外貨化,低コスト運航形態の活用,業務の共同化といった手法を用いて,安
全性の確保や良質な労働力の確保といった面にも留意しつつ,必要な削減を進めて
いくことが必要であるとしていた。
(5) 勤務基準の見直しについて
(甲48,57,79,87,208,209,259,291,330,38
0,381,476,478,569,620,621,633ないし635,7
47,764,1010,1011,1018,1021,1032,1033,
1097,1098,1290,1306,乙9,103ないし106,112,
114,117,150,287,288,290,344,345,353ない
し355,360ないし363,456,465)
ア(ア) 被告の運航乗務員の勤務基準を定めていた旧勤務協定(昭和48年7月
3日締結)は,ジェット機の黎明期(第一世代機といわれるDC-8が導入された
時代。)であった昭和36年に締結されたジェット協定を原型とし,昭和41年に
被告と日本航空運航乗員組合との間で締結された「運航乗員の勤務に関する協定
書」(昭和41年協定)とほぼ同内容の勤務基準を定めるものであった。
 その後,めざましい技術革新の下に機材の性能が大幅に向上した第3世代機,第
4世代機が順次主力機となり,長距離路線の直行便化が進められる等,路線便数も
大きく変化した。他社では,こうした運航環境の変化に対応してシングル編成によ
る乗務の制限時間を延長する等の措置をとるなどしていたが,被告においてはこの
ような路線便数や機材構成の変化に対応した勤務基準の見直しがされないまま運航
乗務員の勤務が続けられてきた。例えば,全日空は昭和61年に3名編成機シング
ル編成の乗務時間制限を12時間とした上で,11時間を超えるロサンゼルス線に
ついてシングル編成による運航を始めたり,米国他社が太平洋線をシングル編成で
運航したり欧州直行便をマルチ編成で運航したりしていたのに対し,被告は,昭和
61年に就航した太平洋線をマルチ編成で,欧州直行便をダブル編成で運航してい
た。
 被告の運航本部は,昭和61年の欧州及びシカゴ直行便の就航に当たって,欧州
の主要航空会社4社(ルフトハンザ航空,英国航空,エールフランス航空,KLM
オランダ航空)に担当者を派遣し,勤務条件について詳細な調査を行い,「欧州航
空各社の勤務条件調査報告」(乙104)をまとめた。
(イ) 被告では,昭和61年春ころから,B747型機の後継機種の選定作業が
行われ,その過程で同年10月乗員編成会議(運航本部副本部長ほか,部長職以上
のパイロット,航空機関士で構成。)が設けられ,乗員編成会議は,昭和62年8
月,「大型機の乗員編成に関する答申」を被告の最高経営会議に提出した。そこで
は,2名編成と3名編成の両論を併記していた。これを受けて被告は,新機材導入
検討委員会を設置して検討をした上,同年9月25日,「B747型機の後継機と
してB747-400型機が最も適しており,昭和65年1月からのライン就航を
予定する。B747-400型機を2名編成で安全運航することに技術上問題はな
く,2名編成とする。同機の導入に際しては,運航支援体制の充実を図るとともに
乗員計画上の諸問題に早急に取り組む。」とした。
(ウ) 被告は,昭和62年2月,「62-65年度中期計画」を策定したが,そ
の「運航維持能力向上施策」の中で,「健康問題に配慮しつつ編成数を含む運航乗
務員の勤務条件の見直しを検討する。」との施策を掲げ,翌昭和63年1月に策定
した「昭和63-66年度中期計画」においても同様の施策を掲げた。
 これを受けて,被告の担当者により運航乗務員の勤務条件の総合見直しの検討が
始められ,平成元年2月に役員レベルの検討委員会を設置し,勤務協定見直しの改
定案の検討を行うことにし,その参考とするため,各機種の主席クラスの運航乗務
員10名と地上職(各運航乗員部の業務グループ員)からなるアドバイザリー・グ
ループを設置した。同グループは,内外他社(ANA,ノースウェスト航空,ユナ
イテッド航空,英国航空,ルフトハンザ航空,シンガポール航空,カンタス航空)
との比較を踏まえて,休日及び休養(休日及び休養の付与方法,水準,休日の固定
化,連続勤務,スタンバイのあり方,ブランクデイの取扱い),勤務及び乗務環
境,乗務時間及び勤務時間制限等(乗務時間及び勤務時間制限,回数制限,デッド
ヘッドの取扱い,乗員編成),スケジュール運用上の取扱い(乗務完遂の原則等)
について検討し,その結果を関係部長会に報告していた。同グループでは,乗務時
間及び勤務時間制限について,「乗務環境を整えれば9時間超も可能であろ
う。」,「9時間の制限は妥当である。」,「条件次第である。」,「時間帯によ
って制限を変える考え方は合理的である。」,「試行的に行うのがよい。」,「2
名編成と3名編成では異なる。」といった様々な意見があったが,改定の方向性と
して,時間帯によって制限時間を変えるという考え方は合理的であること,水準を
決めるに当たっては条件整備が不可欠であること,一部路線から試行的に行うこと
も含めて考えることとされた。同グループでの議論は同年7月まで行われた。
 運航本部内の関係部長会においては,勤務の条件と休日,手当を組み合わせて検
討すべきであるというのが一致した意見であり,方向性としては,条件を整備した
上で個々の路線について効率化を図ること,本部として乗員組合との交渉で解決可
能な案を検討することとした。
 しかし,当時被告では,南米線,シカゴ線,欧州直行便の編成問題,B747-
400型機の導入問題や外国人航空機関士導入問題が同時並行的に進行していたの
で,被告の経営陣は,勤務協定改定を提案するにはタイミングが良くないと判断
し,改定案をまとめるには至らなかった。なお,この検討の過程において,運航規
程の乗務割の基準についての議論は行われなかった。
(エ) 平成4年6月の構造改革委員会の報告を受けて,人件費効率向上施策の一
環として労務部の運航乗務職グループ長以下と運航本部運航企画部の業務グループ
長以下が一緒になって,人件費効率向上のため運航乗務員の勤務基準改定実施に向
けて検討を進めた。被告は,路線構成の変化や機材性能の向上に合った,より合理
的な勤務基準を作成し,あわせて人的生産性の向上を図るという観点から,編成の
見直し,乗務時間及び勤務時間制限の緩和,スタンバイ制度の見直し,勤務時間算
定基準や休日及び休養の整理,連続乗務の導入等について検討し,改定案を立案し
た。一連続の乗務における乗務時間及び勤務時間制限の緩和については,当時競合
する他社がシングル編成で運航しているのに被告がマルチ編成で運航している路線
があり,人的生産性を向上させるという観点からは,この点が他社に比べて効率が
劣る最大のポイントであったが,その原因は,シングル編成による連続する24時
間中の乗務時間及び勤務時間制限が他社に比べて厳しいことにあった。そこで,被
告の担当者らは,具体的にサンフランシスコ線やロサンゼルス線をシングル編成で
往復できるか,他社はどうか,勤務基準として適切か,香港線,マニラ線の日帰り
往復はどうかを検討し,国の基準が平成4年技術部長通達によって12時間となっ
たこと,海外他社のみならずANAも運航規程の乗務時間制限を12時間としてい
ること等を総合し,OMの制限内であれば安全性に関しては問題がないという認識
から,勤務基準としては乗務時間制限を11時間とした。その際,JAPAの検討
委員会報告を根拠に,3名編成機と2名編成機で乗務時間制限を区別する必要はな
いとした。なお,この検討過程においては,平成元年の検討当時の検討結果も斟酌
された。
 この立案を受けて,運航乗員部長会が平成4年12月末から平成5年1月末まで
4,5回をかけてさらに検討し,米国航空会社では3名編成機であるが制限時間は
12時間であること,ANAでロサンゼルス線をシングル編成で飛んでいること,
被告のマルチ編成での実績があること,フィンランド航空,オーストリア航空,ス
イス航空では10時間を超える実績があることから,シングル編成の乗務時間を1
1時間に延長しても支障はないなどとして,おおむね改定案を承認した。
(オ) 改定案の決定に至る過程で,運航乗務員の勤務の特殊性,生活パターン,
健康等に配慮しつつ,乗務及び勤務時間帯,路線構成,時差等を反映した勤務条件
を設定するという観点から改めて運航乗務員から意見聴取することは行われなかっ
た。また,サンフランシスコ線など具体的な路線について安全検証の乗務が行われ
ることもなかったし,被告の産業医の意見が求められることもなかった。
イ 本件改定は,乗務時間及び勤務時間の規制の緩和,国内線連続乗務日数の規制
の緩和,国際線指定便スタンバイの廃止等を内容とするものであるが,乗務時間及
び勤務時間の規制の緩和により,従来マルチ編成でしか運航できなかった路線をシ
ングル編成で運航することや,従来2日に分けて乗務していた2回の離着陸を1日
で実施することが可能になるなど,被告にとってはこれまでカバーできなかった長
距離路線を通常の勤務で包摂することが可能となり,国内線連続乗務日数の規制の
緩和により,運航乗務員のデッドヘッドを少なくすることができ,運航乗務員の弾
力的,効率的運用が可能となった。また,国際線指定便スタンバイを廃止すること
によりスタンバイの起用範囲が拡大され,当該要員の効率化が図られることになっ
た。
ウ 被告社内では,本件改定当時,数年後から機長の大量退職が始まることになっ
ていた。機長の退職者は平成5年度までは年間20名程度であったが,平成8年度
以降は50名以上の年度が続いたり,平成17年度以降はさらに増え,平成20年
度ないし平成21年度には130名ないし150名に上ると予想された。なお,被
告の運航乗務員の採用実績は,大量に採用した昭和40年代でも年間120名から
280名,少数採用の昭和50年代では年間15名程度であった。
 乗務時間・勤務時間制限の緩和による具体的なマンニング削減効果(本件改定前
後の必要乗員数の差。必要乗員マンニング削減数)は,被告の試算によれば,平成
5年度冬期で103.9名(機長37名,副操縦士39.7名,航空機関士27.
2名),平成6年度夏期で148.5名(機長55.9名,副操縦士59.7名,
航空機関士32.9名),平成10年度冬期で246.7名(機長88.6名,副
操縦士107名,航空機関士51.1名),平成14年度夏期で178.4名(機
長64.3名,副操縦士92.3名,航空機関士21.8名),平成14年度冬期
で211.0名(機長72.5名,副操縦士110.4名,航空機関士28.1
名)であり,平成5年度冬期では全機種で旧基準の運航維持は可能であるが,平成
6年度夏期では旧基準ではB747型機,B747-400型機,MD11型機の
運航を維持できないし,平成10年度冬期,平成14年度夏期,冬期でも同様であ
った。
 一方,原告らの試算では,平成10年度冬期で122.1名(機長60.2名,
副操縦士21.9名,航空機関士40.0名)であり,同年度の実行乗員計画上の
バランス(機長71,副操縦士170,航空機関士26)からすれば,機長,副操
縦士については旧基準での運航が可能であり,航空機関士についても路線別了解で
シングル編成で運航したこと等からして,旧基準での運航は可能であったもので,
このことは平成14年度夏期,冬期でも同様であるとしている。この試算の違い
は,本件改定当時運航していなかった路線や本件改定前後を問わずマルチ編成で運
航している路線をどう取り扱うかなどといった,主として計算の前提となる算入要
素に差異があるためである。
 香港線,マニラ線のマンニング削減数は,原告らの試算では香港線で3.8人・
日,成田―マニラ線の場合は2.1人・日であり,被告の試算では前者が6.9
人・日,後者が3.7人・日である。
 マルチ編成の場合の必要乗員マンニング削減数は,平成10年度冬期のニューヨ
ーク線及びアトランタ線の副操縦士について,被告の試算では15.7名,原告ら
の試算では16.0名である。
 国内線連続乗務日数制限緩和による必要乗員マンニング数は,被告では,国内線
の便数が頻繁に変わることもあって明らかではないが,被告の試算では,運航乗務
員が前日から移動し翌日帰京するなどの事情から,マンニング増になるが,原告ら
の試算では,例えば4日連続乗務パターンを1日連続乗務パターンと3日連続乗務
パターン又は2日連続乗務パターンと2日連続乗務パターンに分割してみた場合,
必要乗員数は変わらない。
エ 実行乗員計画における必要数と配置数のバランスの推移は平成5年度以降から
概ね拡大しているが,この実行乗員計画上の必要数とは,本件改定による勤務基準
のもとにおける必要数である。スタンバイ配置数と国際線指定便スタンバイをした
場合の必要数の推移をみても,実際のスタンバイ配置数は国際線を指定便スタンバ
イで運用した場合の必要数を上回っている。被告では,運用上,必要数を上回る配
置数を確保する必要があるが,配置数が多いのは,被告では副操縦士数に余裕があ
ることも影響している。
 なお,ATK(有効トンキロ)の伸びと乗員配置数を対比してみれば,ATKの
伸びにリンクして操縦士全体の配置数は伸びている。
オ 被告は,パイロット要員につき,平成5年度以前は毎年100名を超える採用
を行っていたが,平成7年度以降は半数に近い数しか採用していない。他方で,被
告は,本件改定後も外国人乗員や子会社での乗員使用を継続している。なお,被告
では,平成8年9月の国の基準改定を受けて,平成10年4月から加齢乗員制度
(60歳以上の機長が航空機に乗務する制度。)を導入したため,機長の配置数の
増加を図ることができている(平成13年度末時点で30名程度)。また,被告
は,本件改定によってもなお航空機関士が不足するとして,平成6年度は74名で
あった外国人航空機関士を平成10年度は143名と69名増加させている。
カ 被告は,本件改定により,経費については特定経費(滞在地ホテル代等)で約
3億円の削減効果があると説明している。他方,乗務時間及び勤務時間制限緩和に
よる長距離路線の運航に伴い,長時間乗務手当の支給額は増加しており,平成10
年度冬期時点のダイヤでニューヨーク線,サンフランシスコ線を併せただけで年間
約1億円の費用増となっている。
(6) 原告らの指摘する経営状況悪化の原因に関連して
ア 被告の設備投資
(甲136,154,155,187,205,208,209,219,101
7,1024,1026,1027,1029の(1),1112の(1),乙
7,9,30,34ないし39,81,83,444)
(ア) 昭和60年度から平成2年度までの機材費の伸びは,被告が1.86倍で
あるのに対し,ANA,JASはそれぞれ1.97倍,1.98倍であり,被告
は,旅客便総生産量(ASK。「供給座席数×距離」の累計)の伸びにしても他の
2社に劣っていた。
 平成3年度当時,景気は低迷していたが,政府機関を初めとする各種経済研究機
関は,1,2年で回復に向かい,今後もGNPは3ないし5パーセントの成長を続
けると予測しており,被告も同様の見通しであった。また,当時,アジア地区を中
心として,人・物の流れは拡大傾向にあり,中長期的にみた日本の海外渡航需要は
順調であろうと見られていた。さらに,当時航空業界では,3大プロジェクトとい
う大きなビジネスチャンスが到来しつつあり,その進展による需要の拡大が予想さ
れた。
 しかし,日本発着の国際線旅客に対する被告の供給力は,他社に比較し,相対的
に弱体化していた。また,航空事業では,路線や便数等について行政の認可を得な
ければ生産量を拡大できないが,航空機や運航乗務員の手当にはかなりの年月が必
要であり(被告の運航乗務員養成制度の下では,機長になるのに最低12年を要す
る。),権益分配の際に適切に対応できる体制ができていなければ他社に権益を確
保されてしまうという事情があった。
 そこで,被告は,平成3年度,「シェアが大きければ販売力,価格支配力が強く
なること等から,成長している市場においてはシェアの維持が重要な経営政策であ
り,3大プロジェクトに適切に対応して将来の発展に繋げる必要があるが,生産性
向上のためには今後5年間で年5.5パーセント程度の事業規模の拡大が必要であ
る。」と判断して,経営方針として供給の拡大を目指すこととし,大量の航空機材
の購入,外国人乗務員の導入,他社への運航委託を次々に行った。こうした拡大基
調は,バブル経済崩壊後の平成6年度直前まで続けられた。
 被告は,平成4年度から平成8年度までの今後5年間の年平均投資額を3300
億円,投資総額を1兆6000億円とし(内訳は,航空機2500億円,地上設備
及びその他設備700億円等),被告グループ内で56機(B747-400型機
43機,MD11型機10機,B777型機3機)の機材購入を計画した。その予
定投資総額は,平成3年度期末までの被告の資産総額1兆5802億円を上回るも
のであった。上記(2)イ及び後記イのとおり,被告が構造改革施策を実施した平
成5年度以降は,毎年投資額の見直しが行われているが,こうした設備投資は,被
告の支払利息の増加だけでなく,減価償却費の増加も招いた。
 しかし,現実には経済情勢が悪化したため,平成3年度から平成8年度までの実
際の事業規模の拡大は,3ないし5パーセント程度にとどまった。被告では,平成
4年度には4機の余剰航空機材(B747-400型機3機,B747型貨物機1
機)が生じるに至り,これらの機材は米国に保管され,その保管料等は約60億円
に上った。
 被告は,平成4年度に一部航空機導入の取止め・延期等を決定し,平成5年度は
3大プロジェクト関連投資の大幅見直し等により1000億円の投資削減,平成6
年度は地上資産のリース化等により1500億円の投資削減を行った。他方,外国
他社は,平成4年時点で航空機の注文取消,導入延期などの措置をとっていた。
(イ) 被告の旅客を対象とした航空機の営業機数は,平成2年以降大幅な増加は
ないものの,大型化が進んだ結果,1機当たりの座席数が増加したため,総座席数
は着実に増加している。しかし,被告が導入した大型機の中で最も代表的な国際線
長距離用のB747-400型機について1機当たりの1日24時間中の平均稼働
時間をみると,IATA(国際航空運送協会)のデータによれば,平成4年度では
世界の主要航空会社中最低の7時間33分であり,最高のルフトハンザ航空の15
時間09分の半分以下という低稼働状況にあった。各社とも航空機の新規導入に当
たっては,当初稼動が低い水準にある傾向はあるものの,おおよそ24時間中13
ないし14時間の水準となっているが,被告では,導入当初の平成2年は6時間4
7分,その後次第に上昇したものの,平成6年でも9時間38分と最低の水準とな
っており,航空機材を有効に利用した座席提供がなされていない状況にある。その
原因は,被告の場合,B747-400型機を国内線に投入したことにもあるが,
座席利用率が低迷していることも一つの要因であった。被告の座席キロと旅客人キ
ロの推移をみると,大型機の導入により総座席数が増加するとともに提供座席数が
増加し,旅客人キロも増加しているが,座席利用率(旅客人キロ/座席キロ)は,
国際線,国内線ともに平成2年以降低下し,特に国内線について利用率の低下が著
しい。座席1席当たりの旅客人キロは,平成2年は74.25パーセントであった
のが,それ以降低下し,平成5年に67.54パーセント,平成6年に66.40
パーセントとなっている。
 平成元年から平成10年までの航空機投資回転率(営業収入を航空機取得価格で
除したもの)を外国主要航空会社と比較してみると,被告は,平成5年時点で最下
位のシンガポール航空に次いで低い水準にあった。また,総資本回転率も同年時点
で最低であった。
イ 外国人運航乗務員の導入及び運航委託
(甲33,35の(2),127,129,208,209,乙7,36,65)
(ア) 被告は,上記(1)アの経営判断から,事業規模拡大のために運航乗務員
の増加が必要であると判断したが,運航乗務員の増加には相当の期間を要するた
め,運行維持能力の補完として外国人運航乗務員の導入と運航委託を採用すること
を計画し,実施した。
 被告が運航委託に投じた具体的な費用は以下のとおりである。
                                     
平成4年度 平成5年度
エバーグリーン・インターナショナル航空(以下「エバーグリーン」という。) 
185億円 120億円
カンタス航空                               
 99億円  90億円
JUST社                                
 11億円  21億円
JAZ社                                 
 28億円  28億円
(合計)                                 
323億円 259億円
(イ) 被告は,上記アの運航委託のうち,平成6年3月21日,エバーグリー
ン,カンタス航空への運航委託を打ち切った。
ウ 特販費問題
(甲30ないし34,151,206,1009,1135,乙79,84,38
0,445の(1))
(ア) 国際線旅客運賃の精算方法として,日本地区では,旅行会社が認可運賃額
を航空会社に支払い,搭乗確認後,実際に旅行会社が旅客に販売した価格との差額
を航空会社から割戻しを受ける方法がとられている。日本地区では外国他社も同様
の精算方法をとっている。この場合,販売手数料(平成13年7月までは9パーセ
ントであった。)は,旅行会社が航空会社に支払った認可運賃額を基準に旅行会社
に支払われる。
 また,被告では,旅行会社が集客した場合,通常の販売手数料にボーナスを上乗
せして支払っているが,これは一定の販売額を上げた旅行会社に対する売上報奨金
的性格を有している。
 被告は,これら割戻額とボーナスを併せた額を特販費(特別販売促進費)と称し
ている。特販費は,会計上は,これを控除した上で売上げを計上することが認めら
れているため,その具体的な金額の全貌は必ずしも明らかではないが,被告の公表
及び乗員組合が公表された代理店手数料率を用いて推計(平成6年度以降)したと
ころによれば,次のとおりである(被告は,平成6年度以降,幅運賃制度が導入さ
れることを理由に特販費の額を公表していない。)。
昭和61年度  651億円
昭和62年度 1007億円
昭和63年度 1700億円
平成元年度  1700億円
平成2年度  2200億円
平成3年度  2300億円
平成4年度  2300億円
平成5年度  2500億円(以上被告公表額)
平成6年度  2100億円(以下乗員組合推計額)
平成7年度  2500億円
平成8年度  2900億円
平成9年度  3188億円
平成10年度 3250億円
 以上のとおり,特販費は,増加傾向にあり,被告の経常レベルの赤字が最も大き
かった平成4年度についてみると,赤字額538億円は売上高の5.2パーセント
であるのに対し,特販費は売上高の22.2パーセントとなっている。これは,認
可運賃と実勢価格の乖離が大きくなっているためである。
 被告は,平成13年8月1日に販売手数料額の制限が撤廃されたことから,旅行
会社と交渉し,販売手数料を2パーセント下げ,これにより120億円を節約し
た。さらに,被告は,インターネットを利用した航空券の直接販売も行うようにな
った。
 なお,被告では,営業費用に占める代理店手数料の割合は平成3年度は8.2パ
ーセントであったのが順次増加し,平成10年度は9.6パーセントとなってい
る。
(イ) 被告が上記の旅行会社へのボーナス制度を導入したのは,もともとオフ期
の販売促進を目的としたものであったが,これは,円高メリットを利用して価格攻
勢を強める外国他社への対抗策にもなった。しかし,このボーナス額の多寡が反映
されるパック旅行の価格は,被告を利用する場合,被告のブランドイメージが高い
こともあって高額に設定されている。平成9年6月21日付け「週間ダイヤモン
ド」に掲載された旅行社1526社を対象としたアンケート結果(有効回答数12
0通)によれば,被告は,総合評価では1位であったが,料金に対する評価は,主
要航空会社55社中最低であった。同誌には,ヨーロッパ路線についての販売報奨
金の記載があるが,それによれば,日系エアラインはビジネスクラスの片道正規料
金43万7400円に対し正規の発券手数料9パーセントのほかに4万円,欧州系
中堅エアラインでは10万円の販売報奨金を支払っている旨記載されている。
(ウ) 平成6年4月,新国際航空運賃制度が導入され,新ペックス運賃(新特別
遊運賃),IIT運賃(個人包括旅行運賃)が導入された。新ペックス運賃は,ほ
ぼ実勢価格に準じた水準で設定されたため,それまで格安航空券を利用していた顧
客の大部分はこの新ペックス運賃利用者となったとされている。また,IIT運賃
も実勢価格により近づけて設定されたとされている。
エ ドル為替予約
(甲35の(1),38,43,96,132,133ないし136,576)
(ア) 被告は,円安ドル高傾向が今後も長期にわたり続くと予想して,昭和60
年8月から翌年3月にかけて,最長10年にわたる長期の為替買入予約(本件為替
予約)を行った。被告が行った先物予約は11年間で平均1ドル=185円で,合
計約36億6000万ドルとなっている。ところが,ドル相場は被告の行った予約
開始から約2か月後のプラザ合意を機に長期の円高に転じたため,結局は,為替差
損が発生した。各年度に発生した為替差損は以下のとおりであり,決済の終わった
平成6年度分も含め,確定した実損の総額は約1763億円,平成7年,平成8年
度の損失額の見込みも加えて,損失は2200億円に達する。
予約年度  ドル予約額 レート 実勢レート 為替損益推計
      (百万ドル)(円) (円) (億円,未満4捨5入)
昭和60年     3 184 221.68  ///
昭和61年   287 195 159.88  101
昭和62年   323 191 138.45  170
昭和63年   331 192 128.27  211
平成元年    331 192 142.82  163
平成2年    332 191 141.52  164
平成3年    326 186 133.31  172
平成4年    331 186 124.73  203
平成5年    393 184 107.79  300
平成6年    347 179  98.59  279
平成7年    488 171 //////  439
                     (平成8年度込)
平成8年    168 155 //////
(イ) 為替が変動相場制の下では,外貨取引の非常に多い企業では常に為替リス
クにさらされているため,為替の変動によって被りかねない損失に備え,リスクヘ
ッジのために一般的に為替予約を行っている。被告も,航空機の購入等により恒常
的に大量のドルを必要としているため,リスクヘッジのため為替予約を行ってい
た。被告は,将来必要とされるドル需要の3分の1について本件為替予約を行っ
た。なお,被告は,昭和56年度にドル建て・マルク建ての長期為替予約を行い,
これにより54億円の差益を得たことがあり,同年度は羽田沖事故による需要減退
があったため経常利益が2億円しかなかったにもかかわらず,この長期為替予約差
益が生じたため,配当が可能となったことがあった。
 昭和60年8月,本件為替予約前に担当部門から意向打診を受けた監査役は,1
0年間もの長期予約を行うことについて,将来の長期の為替の動向は不確定要素が
多く予想し難いことなどから,「極めて危険である」として翻意を促していた。ま
た,当時の経済記事には,今後ドル安になるとの指摘もあった。
 本件為替予約にかかるドルは,航空機購入の支払に充てられているため,帳簿上
は差損が表面化せず,実損額も決算報告されていない。しかし,本件為替予約によ
る為替差損のため,円換算では1機当たり他社より約80億円高い航空機を購入し
たことになっただけでなく,平成2年度以降毎年約60億円程度減価償却費が増加
することとなった。乗員組合は,長期に及ぶ本件為替予約は危険であると批判して
いた。
オ 関連会社・子会社への投資等
(甲1017の(2)。その他は該当箇所に摘示する。)
(ア) 日本ユニバーサル航空(JUST社)
(甲27,36,37,130,132,576)
 国内航空貨物輸送会社であるJUST社は,早朝・深夜の旅客便に搭載されな
い,いわゆる「オーバーフロー貨物」の摘み取り,宅配貨物の航空移転を見込ん
で,平成3年1月11日に被告,日本通運,ヤマト運輸の合意に基づき設立された
(同年12月時点での被告の出資率は69.3パーセント,出資額は7億500万
円)。JUST社には,被告から50名,AGSから100名が出向した。そし
て,同年10月16日から専用貨物機を羽田-札幌線に就航させ,運航を開始した
が,新千歳空港の24時間運用化の遅れにより,当初計画していた早朝・深夜の1
日2便往復体制が1日1便往復での運航になったことに加え,貨物需要が当初の見
込みを大幅に下回ったことから,計画どおりの運航ができず,平成4年9月に日本
通運とヤマト運輸から,同年10月からの積み荷保証の打ち切り通告を受け,運航
開始から1年後の同年10月1日に運航休止となった。この運航休止に至る間の赤
字補填のため,被告はJUST社に対し約8億円の追加投資を行った。また,JU
ST社設立に当たり貨物用航空機が必要となったため,被告は,急遽,海外他社か
ら中古旅客機を購入し,貨物機への改造を行い機材を仕立てたが,改造費が予定を
大幅に上回ったため,新品を購入するよりも高額の200億円を要することになっ
た。当該改造貨物機(ア(ア)のB747型貨物機)は,JUST社の不振からJ
UST社に購入させることができず,これを含めた4機(ただし,そのうち1機は
平成5年3月から使用されている。)が遊休機材として米国に保管されることとな
った。また,JUST社の乗務員についてはほとんど外国人運航乗務員に頼ってい
たため,運休になった後も,免許維持のために,運航乗務に就かない外国人運航乗
務員に賃金の支払を続けた。しかし,JUST社は,結局,その後免許も失効し,
運航不可能な状況で会社だけが存続していたが,平成9年度決算では,16億98
00万円の損失を計上し,資産価値は5億3200万円まで下落し,平成11年3
月解散した。
 なお,JUST社の累積損失は約24億円に達するが,被告は,平成10年3月
期にJUST社の株式の評価替えを実施し,それに伴う特別損失約17億円を計上
した。
(イ) シティ・エアリンク株式会社(CAC)
(甲131,576)
 CACは,都市間の新しい高速公共交通機関として,本業とのネットワーク効果
を考慮して開始された事業であり,主として,羽田空港・横浜-成田空港間のヘリ
コプターによる旅客輸送を行う目的で,昭和62年6月3日に設立された。しか
し,就航率,ヘリポートの設置,空港内のアクセス・発着枠・運用時間帯などの事
業を左右する技術上の諸問題の解決や諸規制の緩和がなされず,累積損失を重ねた
上,収支の改善は困難と判断されて,平成3年11月運休となり,平成4年に解散
した。この間,被告は,合計3億8800万円を投資したが,CACの累積損失を
解消するため,平成4年度,CACに対し約10億円の追加投資を行った。
 その後,被告は,株式を13億7800万円で取得しながら平成7年度に清算
し,13億1100万円の損失を出した。
 CACについては,当初から運行関係者から技術的な問題点を指摘されており,
平成4年時点で,その経営状況に関し,乗員組合からも問題点を指摘されていた。
(ウ) 日本航空開発(JDC)
(甲40,41,132,210,252,390の(2),576,577)
 JDC(その後「ジャルホテルズ」と改称)は,資本金120億円,被告が6
7.1パーセントの株式を有する子会社であり,ホテルを世界的に展開しようとす
るならアメリカでの知名度を得ることが不可欠であるとして,エセックスハウス
(ニューヨーク),日航サンフランシスコ,シカゴ日航,日航香港などのホテルを
所有直営方式で展開してきた。そのうち,エセックスハウス・ホテルは,昭和59
年,JDCが,不動産鑑定機関の正式な鑑定書によることなく,マリオット社から
その言い値の1億7500万ドル(当時の為替レート1ドル=240円で換算する
と420億円)で購入したものである。同ホテルは,ニューヨーク・α地区にある
が,同地区の相場は,高級ビルでも1平方メートル当たり3200ないし5400
ドルであると言われていたのに,JDCによる同ホテルの取得価額は1平方メート
ル当たり1万8000ドルとかなり高額であった。また,その購入資金は,合計1
億7500万ドルの借入れで賄ったが,うち80パーセントに当たる1億4500
万ドルは米国日本生命から平均年利12パーセントという高金利で借り入れるとい
うものであった。
 被告監査役による昭和62年3月20日付けの「JDC監査の報告」では,JD
Cについて,「同時並行的な急激なホテル展開により,早晩,財務的に破綻に瀕す
るほどの経営状況にあり,JDCの招く経営破綻は,その規模からいっても,単に
一子会社の問題にとどまらず,親会社の大きな負担となり,その経営にも重大な影
響を及ぼすおそれが多分にあるもので,事業運営の意義は全くない。」旨指摘され
ている。また,この監査報告書では,「エセックスハウス・ホテルの問題解決なく
しては,JDCの経営の建直しはあり得ず,同ホテルについては,経営のめどが立
たない場合には,たとえ,現在,損失を被ることがあっても,同ホテルを売却し撤
退を行ってでも,今後被る莫大な損失を防止すべきである。」旨指摘されている。
 しかし,JDCは,平成元年には,5400万ドルの見積りで同ホテルの改修工
事を行い,超過分として更に1億4100万ドルの費用をかけており,その総コス
トは購入価格の倍以上にも上った。
 また,被告は,平成元年に米国へのホテルへの投資会社としてPWC社(PAC
IFIC WORLD CORPORATION)を,米国に資本金200ドルで
設立し,当時約191億円の投資を行い,平成4年には更に約62億円の投資を行
った。この62億円の投資の目的は,主にエセックスハウス・ホテルの改装資金及
び米国の高利返済に充てるというものであったが,当時被告は,同ホテルは,10
年以内に単年度黒字化できるとの見通しを持っていた。
 このように,被告が同ホテルへの投資を続けたのは,元来ホテル事業は装置産業
であり,収益を上げるようになるまでに長期間を要するとの考えからであった。
 しかし,その後同ホテルは赤字を出し続け,被告及びジャルホテルズらは,平成
9年6月,JDCの子会社である米国JDCに対し,なおも319億円(被告分は
252億円。)に上る財務支援を行い(この追加投資について,被告は,「特定金
銭信託」として処理した。),その他修理,運営維持費用を併せて900億円以上
の費用をかけたが,結局,平成11年1月24日に米ホテル運営会社に2億500
0万ドル(約286億円)で売却することを発表した。
 被告は,平成9年度にPWC社への投資分252億円全額を損失計上し,平成1
0年度にJDCについて合計343億円を投資し,135億円を評価損とした。J
DCの純資産は9億円となった。平成11年4月,ジャルホテルズと日本航空ホテ
ル株式会社が合併したが,その際被告は250億円を融資した。
 また,被告は,その他の日航サンフランシスコ,シカゴ日航,日航香港のいずれ
のホテル事業からも撤退した。シカゴ日航ホテルについていえば,同ホテルは昭和
60年ころに計画され,JDC-USAが900万ドルを出資し,6800万ドル
を借入れして事業が開始されたが,元利合計が9700万ドルとなり,平成9年ホ
テルを現物決済した。当初の投資額のほか,この間のホテル運営費が損失となっ
た。
(エ) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGH SPEED SURFACE TRA
NSPORT(HSST))
(甲44ないし46,132)
 被告は,昭和47年から都心-成田空港間のアクセスとして,HSSTを開発し
てきたが,昭和60年に,それまで約52億円を投下していたHSSTの一切の技
術等を,1億2000万円で株式会社エイチ・エス・エス・ティ(以下「HSST
社」という。)に譲渡した。しかし,HSSTは事業化のメドがたたず,しかも開
発資金の大半を借入金に頼っていたために,HSST社の負債は平成4年9月ころ
の時点で約90億円に上り,その経営は行き詰まった。その結果,平成5年1月同
社の負債を整理し,同社の営業権・特許権を引き継ぐ新会社エイチ・エス・エス・
ティ開発株式会社(以下「HSST開発」という。)が大手企業49社の出資を受
けて設立された。同社の設立に当たり,被告は,25億8000万円を出資し,H
SST社が抱えていた債務のうち約8億4000万円の債権を放棄した。
 HSST開発へのこの投資について,被告は,「新技術の優位性は高く評価され
ており,愛知県β線・γ線はHSSTの採用を正式に決定している。技術水準は既
に事業化段階にあり,具体的誘致案件の実現性が高いことから,出資を決定した。
新会社は,平成8年度には単年度黒字化,平成12年には累損一掃,平成13年に
は5パーセント程度の配当を開始する予定である。」旨の説明をした。しかし,愛
知県β線・γ線におけるHSST採用は事実ではなく,結局,平成9年度決算で
は,HSST開発は20億5000万円の損失を計上し,その資産価値は5億30
00万円にまで低下した。被告は,平成12年,HSST事業から撤退した。
(オ) PPH(PAN PACIFIC HOTELIERS INC.)
(甲576)
 被告は,米国ハワイ州オアフ島西海岸のコオリナ地区のリゾートの開発・経営を
目的として,昭和53年4月18日設立のPPHを昭和63年3月に買収して,同
社を被告の子会社にし,昭和62年度5億円,昭和63年度23億円,平成元年度
50億円,平成2年度35億円,平成3年度95億円を出資した。被告がコオリ
ナ・リゾートの開発を計画したのは,ハワイの旅行商品価値を高める目的であった
が,同リゾートは,コオリナ・ゴルフ場(平成2年完成)とイヒラニ・リゾート&
スパホテル(平成5年完成)は完成したものの,ショッピングセンターについては
着工未定となっている。
 そして,被告は,PPHについて,平成9年度決算で,これまでの全投資額21
0億3400万円を損失として計上した。コオリナ・リゾートの経営はその後も赤
字が続き,上記資産は,平成11年10月に米国の会社に売却され,被告は同リゾ
ート事業から事実上撤退した。
(カ) OCDC(OCEAN CLUB DEVELOPMENT COMPA
NY INC.)
 被告は,平成2年,ハワイ島コナでゴルフ場付住宅の開発を行うこととし,同年
被告の100パーセント子会社であるOCDCが出資したホクリア開発が設立さ
れ,被告はその筆頭株主となった。ホクリア開発は,平成10年からゴルフ場及び
住宅の建設を開始したが,見通しの暗い事業となっている。この間,被告は,平成
2年度から平成9年度までの間に合計72億6600万円を出資している。
 なお,その他にも,被告は,海外のホテル・リゾート関連で少なからぬ損失を出
している。
(キ) 本社ビル建設
(甲138,139,576,999,1001ないし1005)
 被告は,平成4年,賃借料支出が増大し,また事業所分散による業務上の非効率
があるなどとして,都内事業所を統合した本社ビルを建設するため,約500億円
を投資することを決定し,同年8月,δ(東京都品川区ε)に本社ビルを建設する
ための土地を取得した。当初の被告の説明では,被告の出資額は子会社へ約10億
円,その他都内の社宅跡地5か所のみであり,これにより30年間で400億円の
経済効果があるなどとしていた。しかし,予想と異なり,被告の子会社への投資額
は平成4,5年度で合計116億円,平成11年度に22億円となり,平成12年
度までには190億円を超える債務保証も行っている。
(ク) 日本飛行船株式会社
(甲576)
 被告は,昭和59年,飛行船を利用した宣伝活動やイベントへの参加を目的とし
て日本飛行船株式会社を設立したが,同社は9億円の負債を抱えて整理され,被告
は平成8年度の決算において事業清算費として11億円を計上した。
(ケ) 新会社への投資等
(甲1024)
 被告の策定した「93-94年度サバイバルプランと97年度の中期展望」で
は,原則として新規案件は凍結するとされていた。被告は,定期航空運送事業に必
要な一部機能(空港旅客業務や販売業務等)を効率的に遂行するための子会社設立
は,この方針の対象外であるとして,平成5年度から平成10年度まで合計137
億3200万円の新会社への投資を行った。
2 本件改定の必要性の内容・程度について
 上記1の認定事実に基づき本件改定の必要性の内容・程度について検討する。
 なお,原告らは,原告らの受ける不利益の大きさからして,「経営上の必要性」
についても「極限までに高度な必要性」が要求され,この「極限までに高度な必要
性」があるといえるためには,①当該変更を行う緊急性があり,②当該変更以外に
他に執りうる措置がなく,③当該変更が変更を行う目的と当該変更の効果との関係
で有効なものであり,④当該変更が経営状況改善を図ろうとする観点からみて相当
であることの4要件を充足することが必要であると主張するが,一つの見識ではあ
っても,就業規則の不利益変更の合理性の判断については上記第2の1のとおりと
解するのが相当であるから,この見解は採用できない。
(1) 被告の経営状況について
ア 被告は,昭和49年度,昭和50年度,昭和57年度,昭和60年度に一時的
に経常損失を計上したことがあるほかは,例年経常利益を上げてきていたが,平成
3年度以降平成5年度まで3期連続の赤字となり,特に平成4年度の経常損失額は
538億円と創業以来最高の額であり(1(1)ア(ア),(イ)),それまで赤
字になっても短期で業績を回復してきた被告にとって,このように3期連続で経常
損失を計上したのは極めて異例のことであった。営業損益についても同様で,被告
は,昭和49年度,昭和50年度,昭和54年度,昭和57年度に一時的に営業損
失を計上したことがあったほかは,例年営業利益を上げてきていたが,平成3年度
以降平成5年度まで3期連続で巨額の赤字となり,特に平成4年度の営業損失額は
481億円と創業以来最高の額であり(1(1)ア(ア),(イ)),このように
3期連続で営業損失を計上したこともまた,極めて異例なことであった。
 この間,被告は,平成3年度は109億円,平成4年度は208億円,平成5年
度は383億円の資産売却をしているが(1(1)ア(イ)),この資産売却がな
ければ経常損失,営業損失の額はさらに増えていたものである。また,被告は,平
成4年度にB747-400国際線型機材について,平成5年度にそれ以外の航空
機材について,それぞれ減価償却期間の延長を行い,それによって税引前純損失は
少なく表示されており(平成4年度は86億円,平成5年度は86億円+178億
円)(1(1)ア(イ)),これらの措置がなければ経常損失,営業損失額はさら
に大幅に増えていたものである。航空機材の償却期間延長措置は,耐用年数に見合
った措置であり,それまで圧縮されてきた決算利益を正常な姿に戻す面があるし,
航空機材の売却益も利益の繰延計上をした面があるといえるが,そうであるとして
も,これらがなければ経常損失,営業損失の額はさらに大幅に増えていたものであ
る。
 売上高についても,それまでは経常損失を計上した年度でさえ,若干ながらも増
加していたが,平成3年度から平成5年度まで3期連続で減少している(1(1)
イ(イ))。また,被告の売上げの65パーセントを占め,被告の収支に重要な影
響を持つ国際線収入が,平成3年度から平成5年度まで3期連続で,かつ売上高全
体のマイナスを上回る割合で減少を続けた(1(1)イ(ア)ないし(ウ))。国
際線総需要が増加し,被告も経常利益を上げていた平成2年度においてでさえ,既
に有償旅客キロ(PPK)が前期比マイナスとなっており,被告の国際線旅客便の
供給シェアも,昭和62年度に34パーセントであったのが,平成2年度には24
パーセン(1(1)イ(イ),(オ))にまで低落していた。
 このように3期連続で売上高が減少し,また資産売却,航空機材の減価償却期間
延長の措置をとったにもかかわらず,経常損失及び営業損失を計上し,特に平成4
年度は過去最高の経常損失を計上したことからすれば,本件改定当時被告の経営状
況は悪化していたということができる。
イ しかも,上記アのとおり,被告の売上げの主要部分を占める国際線収入の分野
での売上減の割合が大きく,経常利益を上げていた平成2年度ころから既に有償旅
客キロ,被告の国際線旅客便の供給シェアが低下する傾向があったことからすれ
ば,被告の国際競争力は相対的に低下していたとうかがわれるもので,被告におい
て,今後も売上減,経常損失及び営業損失を生じ続けることが予想される状況であ
ったということができ,このような状況は,被告が危機感を抱くのに十分な事態で
あるというべきである。被告の資金収支分析から見ても,被告では,本件改定前の
平成4,5年度は落込みを見せていたのであるから(1(1)イ(カ)),この観
点からも被告の経営が悪化していたということができる。
 なお,被告は,平成6年度以降経常利益を上げているが(1(1)ア(ウ)),
被告は,平成4年6月の構造改革委員会報告を受けて以後順次構造改革施策を実施
していたのであり(1(2)ウ),経常利益の改善にはこのことも寄与していると
いうべきであるから,平成6年度以降被告の経常利益が改善したからといって,原
告ら主張のように本件改定当時被告の経営状況が悪化していなかったとはいえな
い。
(2) 収支構造からみた経営状況悪化の原因について
ア 被告においては,平成3年度から平成5年度にかけての期間に,売上高が減少
しているばかりでなく,被告の主要な収入源である国際線の旅客収入・貨物収入が
売上高全体の減少を上回る割合で減少していること,それまで順調に伸びていた国
際線の有償旅客トンキロが平成3年度には対前年度比マイナスとなったことからす
れば,売上高減少・営業収入減少の大きな原因は,平成3年ころからの世界経済の
低迷,我が国のバブル経済の崩壊にある(1(1)ア(イ))ということができ
る。
 しかし,被告においては,1980年代には順調に増加していた国際線収入が,
営業収入水準の最も高かった平成2年度には2.7パーセント増加にとどまり,そ
の伸びが鈍化していること(1(1)イ(イ))からすれば,既にそのころから国
際線収入の伸びにかげりが見えていたということができる。また,同年度におい
て,国際線総需要は増加していたにもかかわらず,被告の有償旅客キロは低下し,
国際線旅客便の供給シェアも低落している(1(1)イ(ウ),(オ))。他方,
国際線旅客数は,営業収入水準の最も高かった平成2年度と比較しても,平成3年
度は増加したものの,平成4年度は減少し,平成5年度は増加するという不安定な
状況であり,イールドは平成3年度以降急激に下降している。このイールドの低下
は,運賃単価の低下が原因であり,被告の分析によれば,それは消費者の低価格志
向,高額商品の需要の減少,価格競争の激化が原因であり(1(1)イ(ウ),
(エ)),この分析は正当なものと考えられる。
 これらのことからすれば,前記売上高・営業収入減少の原因として,被告の国際
競争力の相対的低下,運賃単価の低下もあったということができる。そして,運賃
単価の低下をもたらす消費者の低価格志向,高額商品の需要の減少,価格競争の激
化は,厳しい経済状勢からして今後も強まることがありこそすれ,一過性のものと
は考え難いというべきであるから,被告において,今後のイールドの伸びは容易に
期待できないものであったというべきである。
イ 原告らは,イールドの低下と旅客数の増加は表裏一体をなすものであり,イー
ルドの低下を構造的恒常的経営悪化の要因と見るのは誤りであると主張するが(第
3章第5(原告ら)2(1)イ),旅客数が増加していながらイールドが低下する
ことは,有償旅客一名当たりの単価が下落していることを示すものであり,これは
被告の営業収入の減少につながるものであるから,イールドの低下は経営悪化の要
因であるというべきである。
(3) 営業費用からみた経営悪化の原因について
ア 固定費について
(ア) 被告においては,平成3年度に,営業費用のうち固定費が59パーセント
を占めており,固定費の伸びが生産量の伸びを上回るようになった(1(1)エ
(ア),(イ))。被告のB/EとL/Fの関係は,平成3年度以降B/Eが傾向
として上昇し,L/Fが傾向として低下していることから,B/EがL/Fを上回
り(1(1)エ(エ)),営業レベルでいえば,収支が均衡しない状況となった。
また,単位当たりコスト(ドル建て)を外国他社と比較すると,平成2年度以降,
被告の単位当たりコストは上昇し,平成4年度ころには,外国他社より3ないし5
割高くなった(1(1)エ(ウ))。
 これらのことからすると,営業損益の悪化は,単位当たり収入(イールド)の低
下と単位当たりコストの上昇にあったということができ,営業費用のうち59パー
セントを占める固定費がB/Eの上昇に影響を与えたことは否定できない。
 B/E,L/Fによる分析は,営業レベルのものであり,損益分岐点分析のよう
に経常損益レベルで収益構造を検討するものではないが,被告においては,売上高
自体が減少し,平成3年度から平成5年度にかけて3期連続で営業損失を計上して
おり,その額は,平成3年度及び平成5年度では経常損失を上回っていることから
すれば,営業損益の悪化は無視できない問題であり,また国際競争激化の中で生き
残りを図るためには,営業レベルでの問題を分析する必要もあるから,営業レベル
での分析であるB/E,L/Fによる分析にも一定の意味があるものである。
 固定費のうち,人件費についてみると,被告のATK当たり人件費,運航乗務員
生産量単位当たりの人件費及び運航乗務員一人当たりの人件費は,外国他社と比較
すると極めて高くなってしまっている(前者についてはルフトハンザ航空に次いで
被告が高く,後者については,運航乗務員生産量単位当たりの人件費は被告が最も
高く,運航乗務員一人当たりの人件費はキャセイ航空に次いで被告が高い。1
(3)ア(ア),(ウ))。また,固定費に占める人件費率も,運航委託費を含め
て国際線だけで比較すると,単純に被告が低いということもできない。
 なお,被告において,運航乗務員一人当たりの労働生産性は単純計算すれば20
年で2.5倍に向上し,平成5年度の実績で,外国他社と比較しても上位に位置し
ているということができるが,それは主として,国際路線の長大化に伴う1回当た
りの飛行距離の伸びと機材の大型化等によってもたらされたものである。被告にお
いては,それはもはや限界状況にきており,大型機の導入が遅れている外国他社と
異なり,この面で生産性を向上させることは困難な状況にあった(1(3)ア
(ウ),イ(ア))。
 以上からすれば,本件改定当時被告は,人件費について一定の施策を講じる必要
はあったというべきである。
(イ) 原告らは,固定費の抑制を一方的に強調するのは誤りであると主張するが
(第3章第5(原告ら)2(2)ア),原告らの主張によっても,需要が伸び悩
み,事業収入が減少する局面では単位当たりコストが大きくなり,価格競争上不利
になるのであるから,事業収入が悪化していた被告が固定費の抑制を検討する必要
はあったというべきである。被告の営業費用中の人件費の構成比が外国他社と比べ
て低いとはいえないことは上記(ア)のとおりである。なお,被告と国内他社(A
NA,JAS)との運航乗務員の賃金を比較すると,確かに被告の賃金は国内他社
より低いものであるが,国際線を主力とする被告が外国他社と競合して収益を上げ
るためには単位当たりコストを下げることを考慮する必要があるから,国内他社と
の比較で被告に人件費の見直しを図る必要がなかったとはいえない。
イ 機種固定費等について
(ア) 航空運送事業は,航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし,その借
入金に対する支払利息が巨額の営業損失となるという構造的体質を持っている(1
(1)ウ(ア))。被告の昭和60年度から平成2年度までにおける機材費の伸び
が1.86倍であるのに対し,ANA,JASの機材費の伸びがそれぞれ1.97
倍,1.98倍であり,被告は,旅客便総生産量(ASK)の伸びにしても他の2
社に劣っていること(1(6)ア(ア))や,機材の更新は本来的に必要なことで
あること,大型機の導入は,運航乗務員一人当たりの生産性を高めることになるこ
とからすれば,航空機の購入(平成4年から平成8年までの5年間に56機,25
00億円の計画。1(6)ア(ア))を含む被告の設備投資は,その程度はともか
くとして,必要であったということができる。
 しかし,反面,設備投資の増大は被告の機種固定費を上昇させることになること
(1(1)ウ(ア),エ(ア)),しかも,被告においては,主要な大型機である
B747-400型機の稼働時間は,他社と比較して平成4年度以降短く,座席利
用率も平成元年度の74.25パーセントから平成5年度の67.54パーセント
と低下しているほか,遊休化している機材もあることからすれば(1(6)ア
(ア),(イ)),B747-400型機が国内線にも使用されていたこと(1
(6)ア(イ))を考慮しても,被告のした設備投資には需要を超える面があった
というべきである。
(イ) また,平成6年3月に被告がエバーグリーンとカンタス航空に対する運航
委託を打ち切っていること(1(6)イ(イ))からすると,実際には,運航委託
に一部不要なものがあったことも否定できず,これが被告の人件費を上昇させるも
のであったということができる。
(ウ) 上記(ア),(イ)に関し,被告のした設備投資及び運航委託は,平成3
年度末において,今後5年間で年5.5パーセント程度の事業規模の拡大が必要で
あるとの判断の下に行われたものであったが,実際には,この間の実際の事業規模
の拡大が3ないし5パーセントにとどまったため(1(6)ア(ア)),上記
(ア),(イ)のように,結果として,設備投資が需要を超えることになり,運航
委託に一部不要なものがあったということができる。また,事業規模拡大の予測と
実際の間に乖離があったことからすれば,被告のした外国人運航乗務員の導入(1
(6)イ(ア))についても一部不要のものがあったということができる。
 これらの結果につき,当時政府機関や各種経済機関は平成3年度以降もGNPに
ついて3ないし5パーセントの成長を続けることを予測していたこと,中長期的に
は日本の海外渡航需要は順調であろうと予測されたにもかかわらず,被告の国際線
旅客便に対する供給力が低下しており,シェアの維持は被告にとって極めて重要で
あったこと,3大プロジェクトの進展による需要の拡大が予想されたこと,一方,
イールドの伸びは将来的に期待できなかったこと,3大プロジェクトに備えるため
の機材の準備や運航乗務員の確保は短期間に行えるものではないことなどの事情が
あったこと(以上1(1)ア(イ),同イ(エ),同(6)ア(ア))からすれ
ば,前記の設備投資及び運航委託に関する被告の経営判断が誤りであったとまでは
評価することはできない。
 しかし,結果として,設備投資が需要を超え,そのため支払利息や減価償却費が
増加しているし,運航委託や外国人運航乗務員の導入の一部に不要なものがあった
のは事実であるから,それらが被告の経営状況の悪化の一因となっていることはや
はり否定できない。
(4) 営業外損益等からみた経営悪化の原因について
ア 上記1(1)ウ(ア)のとおり,航空運送事業は,航空機の購入をはじめ巨額
の設備費を必要とし,その借入金に対する支払金利が巨額の営業損失となるという
構造的体質を持っている。被告の支払利息は,平成4年度以降400億円以上と急
激に増大しているが(1(1)ウ(イ)),これは,巨額の設備投資に伴う借入金
の支払のためであり,上記(3)イ(ア),(ウ)のとおり,需要を超えた設備投
資がその一因であるから,この支払利息の増大という面からしても,被告のした設
備投資が被告の経営状況悪化の一因であることは否定できない。
イ 特販費問題について
 国際線旅客運賃の精算方法は,日本地区では,旅行会社が認可運賃額を航空会社
に支払った上,実際の販売価格との差額を航空会社から割り戻す方法がとられてい
るから(1(6)ウ(ア)),この割り戻しを行うこと自体はやむを得ないもので
ある。
 また,被告は,旅行会社が一定の集客をした場合,ボーナスを支払っているが
(1(6)ウ(ア)),運賃単価の低下をもたらす原因である消費者の低価格志
向,外国他社との競争の激化を考えれば,被告も運賃単価を低価格化せざるを得
ず,更なる売上高の減少を防ぐためには,このボーナスを支出する必要を否定する
ことはできないというべきである。平成9年時点でさえ,被告の料金に対する評価
は世界の主要航空会社中最低であり,例えばヨーロッパ路線について,被告のキッ
クバックが欧州系中堅エアラインの半額以下であること(1(6)ウ(イ))から
すれば,被告のこの支出が直ちに不必要又は不適切であったとまでは認められな
い。
 したがって,被告の特販費の投入に運賃単価の低下をもたらした面があり,これ
が被告の業績悪化の一因となったとしても,それは主として認可運賃額と実際の販
売価格の差に由来するものであるから,直ちに被告に責任があるとすることはでき
ない。
ウ ドル先物予約について
(ア) 被告は,昭和60年8月から翌年3月にかけて最長10年にわたる長期の
為替買入予約(本件為替予約)を行ったが,ドル相場が被告の行った予約開始から
約2か月後のプラザ合意を機に長期の円高に転じたため(なお,一部の経済記事で
はそれ以前に今後ドル安となるとする指摘があったが(1(6)エ(イ)),これ
が全体的な見解であると認めるに足りる証拠はない。),巨額の為替差損が生じて
いる(1(6)エ(ア))。被告は,為替予約したドルを航空機購入の支払に充て
たため,帳簿上は差損を生じていないが,円高により,円換算すると,1機当たり
他社より約80億円高い航空機を購入したことになっており,営業費用のうちの機
材費(固定費)を増加させることになったと同時に,平成2年度以降,営業外費用
のうち,減価償却費を毎年約60億円増加させることになっている(1(6)エ
(イ))。したがって,本件為替予約の結果も営業外収支に影響を与えているもの
である。
(イ) 被告のような,航空機の購入など外貨取引の多い企業にとって,将来の為
替変動によって被りかねない損失に備え,リスクヘッジとして為替予約を行うこと
自体は当然の措置であるということができる。原告ら主張(第3章第5(原告ら)
2(4))のように,本件為替予約をした昭和60年8月時点でドル安円高感が定
着しつつあったとはいえないから,被告の円安ドル高傾向が続くと予想して本件為
替予約をしたことに相場判断の過誤があるということはできない。
 これに対し,最長10年にもわたる長期間の本件為替予約を行ったことについて
は,一般的には長期にわたる為替変動の予想が困難であると考えられることや,こ
れについて監査役が翻意を促していたこと(1(6)エ(イ))からすれば,手段
選択の点において,相当問題のある措置であったというべきである。しかし,過去
に被告が長期間の予約で為替差益を上げたこともあったこと(1(6)エ(イ))
や,本件為替予約でカバーしたのは被告のドル需要の3分の1にとどまることから
すれば,本件為替予約が経営陣として許されない判断であるとまでは直ちにいえな
いし,同様に,いったんした本件為替予約について損失回避策をとらなかったから
といって,今後円高が続くかそれとも円安に変わるかという判断は必ずしも容易で
はないと考えられることからすれば,これを直ちに誤りであるとすることもできな
い。
 とはいえ,巨額の為替差損を生じさせていることからすれば,本件為替予約は結
果として失敗であったと評価せざるを得ないものであり,これが営業外収支に影響
を与えたことは上記(ア)のとおりである。
エ 子会社・関連会社に対する投資等について
 被告の子会社・関連会社への投資とその損失については,上記1(6)オ(ア)
ないし(カ),(ク)のとおりであり,少なくとも上記認定にかかる被告の子会
社・関連会社の収支状況は悪く,被告の投資が被告にとって利益とならなかったも
のといわざるをえない。被告において,平成9年度には関連事業整理損が3億円
強,関連事業評価損が約720億円,関連事業損失引当金繰入額が約250億円あ
り,平成10年度は,資本準備金等合計約1500億円を取り崩してこれらの損失
の大半を一掃していること(甲557,558によって認める。)からみても,被
告の子会社・関連会社への投資が多額の損失を招き,被告の財務内容を悪化させる
結果になったことは否定できない。
 これらの投資は,当時の経済状況,被告の経営戦略その他様々な要素を勘案して
行われたものと考えられるから,結果としての失敗から一概に経営判断の誤りであ
ったとはいえないものの,当初の見込みと実際の結果との乖離が余りにも大きい例
が少なくないことからすれば,十分な予測,計画の下に実行されたものであるかは
すこぶる疑問であるといわざるを得ない。このことは,被告の本社ビル建設につい
てもいえることである(1(6)オ(キ))
(5) 経営状況悪化の原因のまとめ
ア 以上(1)ないし(4)で見たところによれば,被告の経営状況悪化の原因
は,営業収支の面では,イールドの低下,円高による人件費の高騰,需要を超えた
設備投資,運航委託費,減価償却費などであり,営業外収支の面では,設備投資に
伴う支払利息の増加などであり,また,被告の健全な企業体質を阻害する要因とし
て,子会社・関連会社への投資の失敗があるということができる。こうしてみる
と,被告の経営状況悪化の原因は,主として営業費用中の固定費にあるとはいえる
が,具体的には様々な原因によるものである。
 したがって,経営状況悪化に対する対策も,これらの様々な原因を踏まえて講じ
られるべきものである。
イ 原告ら主張のように,経営状況悪化について経営者の責任があるとしても,そ
のことから直ちに人件費削減の必要性がないとすることはできない。現に客観的に
経営状況が悪化しており,その対策として人件費削減が有効であるとすれば,経営
状況の更なる悪化を防ぐために人件費を削減することは経営者として当然の措置で
あるからである。経営状況悪化の責任が経営者にある以上,人件費の削減が経営状
況悪化に対する有効な対策であってもその措置をとることができないとすること
は,経営状況の悪化に対して有効な措置をとらないままこれを徒らに放置すること
になり,更に重大な結果を招くことにもなりかねないのであって,経営に責任を負
うべき経営者の立場からは,かえって許されないものである。経営者が経営状況の
悪化に対して有効な措置を講じることと経営者の経営責任の有無は別個の事柄であ
るというべきである。
(6) 被告の構造改革施策について
ア 被告は,平成4年6月に構造改革施策を策定して以降,様々な構造改革施策を
実施してきた。被告の構造改革施策は,「国際コスト競争力」をキーワードとし,
①事業運営体制,②生産面,③コスト構造,④販売構造,⑤意識構造の各改革を柱
とし,具体的には,①については,国内線の拡充,関連事業戦略の質的向上への転
換,②については,路線のリストラ,機材利用効率の向上,外部生産資源の活用,
③については,投資の見直し,人件費効率の向上,コストの外貨化,④について
は,イールドの向上,流通におけるプロJAL化促進のための流通戦略,⑤につい
ては,新しい労使関係の構築,業務運営体制の見直し等を行うものであり,その具
体的な施策は被告の経営全般にわたるものであった(1(2)イ(イ),ウ)。
 また,平成5年1月に策定した「93-94年度サバイバルプランと97年度ま
での中期展望」は,構造改革施策を前倒しし,深化させたものであり,平成6年1
月に策定した「94-95年度サバイバルプランと98年度までの中期計画」も,
前記「93-94年度サバイバルプランと97年度までの中期展望」を深化させた
ものであった(1(2)イ(ア),(イ))。
 この間,被告が平成4年以降平成9年度までに順次実施した構造改革施策(1
(2)ウ)を具体的に経営状況悪化の原因との関係でみると,国際線,国内線の路
線の見直し,機材の利用率向上施策,イールドの向上施策,流通対策は売上高の増
加を図るもの,外的生産資源の活用施策,人件費効率の向上施策,投資の見直し施
策,国際線路線の見直し,イールド向上施策等は,営業費用の削減やイールドの向
上を図るもの,特に投資の見直しは,需要を超えた投資を是正することにより,支
払利息及び減価償却費の削減を図るものである。また,この投資の見直し及び関連
事業戦略施策は,被告の財務内容の健全化を図るものである。
イ 上記アで見たところによれば,被告は,国際コスト競争力の強化を最重要課題
とし,同時並行的に経営状況悪化の原因に対応した,経営状況を改善するための全
般的な手段を講じていたということができる。
 原告らは,被告の収益構造を改善するためには,固定費関連費用の削減,販売関
連費用や特販費の削減をすべきであると主張する(第3章第5(原告ら)2(2)
オないしク)。
 しかし,被告は,構造改革施策において,販売面の検討や航空機利用率向上施策
を行っている。また,代理店手数料について言えば,平成13年度に販売手数料を
2パーセント引き下げて120億円節約している(1(6)ウ(ア))し,それま
では販売手数料額の制限があったのであるから,被告がこの手数料の改善を怠った
とすることはできない(営業費用中の代理店手数料の割合が増加していることは,
営業費用の他の項目の削減とも関連するから,そのことから被告が代理店手数料の
改善を怠ったとすることはできない。)。特販費について言えば,国際線旅客運賃
の日本地区における精算方法からして割戻しを行うことはやむを得ないし,被告が
旅行会社にボーナスを支出する必要があったことは,上記(4)イのとおりであ
る。平成6年4月,新運賃制度実施後も特販費は増加しているが,被告も直接販売
を実施するなどしていること(1(6)ウ(ウ))や,特販費の引下げは航空会社
と旅行会社との交渉によるものであることからすれば,被告が特販費改善施策を怠
っているとまではいえない。
ウ 上記アのように,被告は,イールドの向上や営業費用削減のためにも種々の施
策を講じてはいるが(1(2)ウ,同(3)イ),上記1(1)イ(エ),同
(3)イ(ア)のように,実際問題としてイールドの向上はそれほど容易には期待
できず,また大型機の導入による物的生産性の向上も既に限界状況にあると考えら
れていた。さらに,被告では,平成3年度から平成5年度まで3期連続して経常損
失,営業損失を計上した当時,ATK当たりの人件費が外国他社に比較して高くな
ってしまっている(1(3)ア(ア))。
 しかも,外国他社は,1990年代に入ってからレイオフを含む大幅な人員削減
や賃金制度の改革等の合理化策を積極的に進め,コスト競争力を強めてきた(1
(4)ア)。さらに3大プロジェクトの完成に伴い,被告としては,新たな投資と
費用の拡大ばかりでなく,発着枠の拡大による外国他社との競争激化も予想される
状況にあった(1(1)イ(エ),同(2)ア(ア))。平成6年6月,運輸大臣
の諮問機関である航空審議会に設けられた競争力向上小委員会は,「我が国航空企
業の競争力向上のための方策について」と題する答申を行い,我が国航空企業は,
低コスト体質への転換及び収益力の強化を図ることが必要であり,低コスト体質へ
の転換を図るに際しては,固定費を中心にコストの削減を進めるべきこととしてい
る(1(4)イ)。
 このように,航空業界においては,規制緩和の進行に伴い競争が激化していくな
ど環境が急激に変化しつつあり,航空企業が競争力を向上させるために低コスト化
を図ることは,いわば共通認識ともいえたこと,現に,他社はコスト競争力を強化
しており,被告もまたコスト競争力強化のために経営全般について対策を講じよう
としていたこと,被告は,経営状況悪化の原因に対する様々な対策を同時並行的に
実施していたことなどからすると,被告が平成3年度から平成5年度まで3期連続
の経常損失,営業損失を契機として,平成4年度以降とってきた構造改革施策は,
人件費削減のみに固執したものとはいえず,被告がコスト競争力強化を図るため
に,必要かつ急務なものであったというべきである。
 したがって,被告が平成4年度以降構造改革施策を順次実施していったことは,
被告の経営状況悪化の対策として必要なものであったということができる。
エ 構造改革施策実施以降の被告の経常損益は,資産売却やそれまでした減価償却
期間の延長等の効果を含むものとはいえ,平成6年度28億円,平成7年度44億
円とそれぞれ黒字であり,平成8年度には170億円の赤字を計上したものの,平
成9年度77億円,平成10年度325億円とそれぞれ黒字となっている(1
(1)ア(ウ))。営業損益も,平成7年度以降黒字に転じており,平成9年度は
310億円と,昭和62年度から平成元年度の黒字額には及ばないものの,3期連
続の赤字となった平成3年度から平成5年度以降最高の黒字となっている(1
(1)イ(イ))。このように,被告の経常収支,営業収支は一定程度改善してき
ており,被告の構造改革施策が一定の効果を上げてきたことがうかがえる。
(7) 本件改定の必要性の内容・程度について
ア 本件改定による乗務時間及び勤務時間制限の緩和により,被告は,これまでカ
バーできなかった長距離路線を通常の勤務で包摂することが可能となり,国内線連
続乗務日数の制限緩和により運航乗務員の弾力的,効率的運用が可能となった。ま
た,国際線指定便スタンバイの廃止によりスタンバイの起用範囲が拡大され,当該
要員の効率化を図ることが可能となった(1(5)イ)。
 本件改定による乗務時間及び勤務時間制限の緩和により,必要乗員マンニング削
減効果も少なくとも100名以上ある(1(5)ウ)。マンニング削減効果は本件
改定前後での運航乗務員の必要数の差であり,直ちにそれだけの人員を削減して人
件費を削減できるというものではないが,被告の運航乗務員養成制度では機長にな
るまで最短でも12年を要する等運航乗務員の養成には時間がかかる(1(6)ア
(ア))という状況下で,退職者が平成7年ころから毎年50ないし60人,平成
17年ころからは120ないし130名という機長の大量退職時代を迎え,マンニ
ングの逼迫が予想されていたことからすると,本件改定は,これにより,機長の大
量退職時代に入っても運航乗務員を増加させないで運航を維持することに資するこ
とになり,これは人件費の増加を抑制し,固定費に占める人件費の割合を相対的に
低下させることができるもので,この100名以上のマンニング削減効果は,人件
費効率向上の観点からみて,大きいといえる。
 被告では,ATKの伸びにリンクして操縦士全体の配置数が伸びているが(1
(5)エ),ATKが伸びれば配置数も増加することになるから,そのことからマ
ンニング削減効果がないとはいえない。また,実行乗員計画上の必要数と配置数の
推移の点(1(5)エ)は,本来運航を維持するためには必要数を上回る配置数を
確保することが必要であること,この実行乗員計画上の必要数は本件改定を前提と
していること,被告では副操縦士数に余裕があることからすれば,実行乗員計画上
の必要数を配置数が上回っていることから直ちにマンニング削減効果がないともい
えない。原告らの主張(第3章第5(原告ら)3(1)ないし(3))は採用でき
ない。
 また,乗務時間及び勤務時間に関する本件改定により長時間乗務手当の支給額は
増加するものの,他方で,被告の説明によれば,特定経費3億円の削減効果がある
ものである(1(5)ア)。
イ 以上のとおり,被告の経営状況,経営状況悪化の原因,それに対応して被告が
種々の手段を講じてきたこと,外国他社がコスト競争力を強めるべく,人件費削減
等の合理化のみならず,勤務基準の見直し等も行っていること,規制緩和に伴い,
こうした世界的競争は一層激化していくものと予想されること,被告においてはマ
ンニングが逼迫しつつある状況にあったこと,本件改定により一定の人件費効率の
向上が見込めたことなどからすれば,人件費効率の向上を目的とする本件改定全般
については,その必要性を認めることができ,また,被告の旧勤務協定が機材の性
能向上や路線便数の変化といった運航環境に対応していなかったこと(1(5)
ア)からすれば,これに対応できるように勤務基準を改める必要性はあるし,この
観点からも,本件改定の必要性を認めることができる。そして,以上の事情を総合
すれば,本件改定の必要性の程度は高度のものであったということができる。
ウ 被告が,人件費以外にも被告に赤字を生じさせている様々な原因について必要
な施策を講じてきたことは上記1(6)アのとおりであり,被告が他に採るべき施
策を放置して安易に人件費削減の方法をとったとはいえない。
 なお,ATK当たり人件費は平成11年度で対平成3年度比で58.2パーセン
トまで減少しており(別表Ⅹ),この減少は本件改定以外の人件費の見直しによっ
ても得られたものといえるが,上記のとおり本件改定により100名以上のマンニ
ング削減効果があること,特定経費3億円の削減という現実の人件費削減も見込め
たことからすれば,本件改定による勤務基準の見直しもまた,コスト削減策に寄与
しているということができる。マンニング削減効果による具体的なコスト削減額,
マンニング削減効果のATK当たり人件費の減少への寄与度については,これを認
めるに足りる明確な証拠はなく,特定経費3億円の具体的な内訳についてもこれを
認めるに足りる明確な証拠はないが,そうであるからといって,上記イのとおり,
本件改定が人件費効率の向上に寄与するものといえることや,勤務基準は運航環境
に対応できるようにすることが望ましく,適時,適切に勤務基準を改める必要があ
ることなどからすれば,本件改定に高度の必要性がなかったとはいえない。
第6 シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤
務時間制限について(争点6(1)ア)
1 改定による不利益
(1) シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び
勤務時間制限に関する本件改定により,従来はシングル編成で予定着陸回数が1回
の場合,連続する24時間中,乗務時間は9時間,勤務時間は13時間と制限され
ていたのが(旧就業規程10条1項),出頭時間帯に応じ,一連続の乗務に係わる
勤務における乗務時間は最大11時間,勤務時間は最大15時間に延長された(新
就業規程10条2項。「一連続の乗務に係わる勤務」の意味につき,同条1項)。
これにより,被告の乗務ダイヤで例えば,2名編成機ではサンフランシスコ→成
田,成田-ロサンゼルスといった便,3名編成機ではホノルル→福岡,シドニー→
関西空港,成田→ロサンゼルス,成田→シドニー,シドニー→成田,バンクーバー
→成田などといった便の運航が可能となったが(甲347,606の(1),62
0,763,895,962,1078,1084,乙418,419,448に
よって認める。),これらはこの改定前には命じられることのなかった乗務である
から,この乗務時間及び勤務時間の延長は原告らに不利益を与えるものということ
ができる。
 また,この中には,サンフランシスコ→成田のように,従来マルチ編成で運航さ
れていたものがシングル編成になったものもあり,マルチ編成とシングル編成では
運航乗務員の乗務中の休憩の取り方も異なっているから(マルチ編成の場合のほう
が休憩時間が長い。甲606の(1),1077,1078,1081,111
3,証人P2によって認める。),この意味でも不利益があるということができ
る。
 なお,被告の乗務ダイヤは,前年実績等により定められ(新就業規程2条
(9)。旧就業規程と同じ。),前年度ブロックタイムの実績と最近4年間のブロ
ックタイム実績の加重平均値の2者を単純平均して,5分単位として設定されてい
る(甲1,4,乙392)。したがって,実際の乗務時間が乗務ダイヤ上の乗務時
間を上回る場合もあり,この点は,シングル編成で予定着離回数が1回の場合の運
航以外の運航についても同様である(甲348,349,1104,1105)。
(2) 原告らは,この改定により乗務時間及び勤務時間制限の単位が従来の「連
続する24時間」の枠から「一連続の乗務に係わる勤務」へと変更されたことも問
題であると主張する。
 しかし,航空法施行規則157条の3が航空機乗組員の乗務時間が24時間ごと
に制限されなければならないことを規定し,被告のOMも連続する24時間中の乗
務時間及び勤務時間制限を規定しているところ(第2章第1の2(2)イ(イ),
同(3)ア),これらを遵守しなければならないことは被告が自認するところであ
るし,その下で,勤務基準として,任意の「連続する24時間」で規制せず,新就
業規程のように,前後を12時間の休養時間で画した「一連続の乗務に係わる勤
務」としたことそれ自体によって航空機の航行の安全が損なわれることを認めるに
足りる証拠はない。
 もっとも,新就業規程により「連続する24時間」から「一連続の乗務に係わる
勤務」と乗務時間及び勤務時間制限の単位を変更したことによって,連続する24
時間以内に置き換えれば着陸回数が増加し,これに伴って乗務時間及び勤務時間も
増加することがあり得るから,この負担増は運航乗務員にとって不利益に当たるも
のが含まれているということができる。
 しかし,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航については,この乗務
時間及び勤務時間制限単位の変更により着陸回数が増加し,これに伴って乗務時間
及び勤務時間が増加するとはいえないから,この変更により運航乗務員に負担増が
あるとすることはできない。
 この乗務時間及び勤務時間制限単位の変更により,運航乗務員に負担増が生ずる
かどうかは,それぞれの項(第7ないし第11)で判断する。
2 規定内容自体の合理性について
 シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定は,被告が運輸大臣の認可を受けた運航規程に定める乗務
時間及び勤務時間制限(2名編成機,3名編成機とも,乗務時間は12時間,勤務
時間は15時間)の範囲内でされたものである。
 原告らは,運輸大臣の認可の基となった平成4年技術部長通達及びそれが根拠と
した検討委員会報告には,運航の安全性の見地から見て問題があり,この改定は規
定内容自体不合理であると主張するところ,被告は,平成4年技術部長通達には何
ら問題はなく,運輸大臣の認可を受けた運航規程に定める乗務時間及び勤務時間制
限の範囲内でされたこの改定には規定内容自体の合理性が備わっている旨主張す
る。
 上記第2の2(2)イ(ウ)のとおり,関係法規制に適合する就業規則であって
も,特段の事情があって,関係法規制自体に問題があるものであれば,直ちに規定
内容自体の合理性があるとすることはできないと解するのが相当であるから,以
下,この見地からこの改定の規定内容の合理性について検討する。
(1) 平成4年技術部長通達に至る経緯
 証拠(該当箇所に後掲する。)及び弁論の全趣旨によれば,平成4年技術部長通
達に至る経緯は以下のとおりと認められる。
ア 技術革新と運航乗務員編成数の変化(新世代2名編成機の開発と我が国におけ
るその導入)
(甲291,380,乙100,102)
(ア) 大型航空旅客機の運航乗務員編成数は,航空機の技術革新によって徐々に
減少してきた。昭和30年ころに開発された大型プロペラ機ストラト・クルーザー
は,操縦を担当する機長及び副操縦士,エンジンやシステムの操作のほか,故障の
隔離,回復操作を行う航空機関士,現在位置の確認や飛行ルートの確認を行うナビ
ゲーター,良質の無線通信を確保するための航空無線士から成る5名の運航乗務員
により運航されていた。その後,無線技術の向上によって航空無線士の業務が,ま
た,慣性航法装置(以下「INS」という。)など航法システムの発達によってナ
ビゲーターの業務が,いずれも操縦士の業務となり,運航乗務員編成数は,5名か
ら4名,4名から3名へと順次減少した。この間,操縦士の負担も,計器着陸装置
や自動操縦装置等の導入によって軽減された。
 昭和44年ころには3名編成の大型航空旅客機であるB747型機が開発され
た。
 その後,昭和55年ころから,コンピュータ制御技術を導入し,航空機関士の業
務を操縦士が行い2名編成で運航される第4世代機又は新世代機と呼ばれる,B7
67型機,A310型機,B747-400型機等の2名編成機が開発された。ジ
ェット旅客機の性能が向上して長距離路線の直行便が世界の趨勢となっていった。
(イ) 我が国の航空法は,従前は3名編成機の運航を前提とし,65条2項にお
いて,「4基以上の発動機を有し,且つ,3万5千キログラム以上の最大離陸重量
を有する航空機」には,「航空機に乗り組んで行うその発動機及び機体の取扱(操
縦装置の操作を除く。)の業務を行うことができる航空従事者(航空機関士)を乗
り組ませなければならない」と規定していたが,昭和60年12月24日法律第1
02号により同項が改正され,この部分が削除された。
(ウ) 被告は,昭和44年以降3名編成機であるB747型機を,昭和50年以
降同じく3名編成機であるDC10型機を導入した。また,昭和59年以降2名編
成機であるB767型機を導入した。
 被告は,平成2年以降いずれも2名編成機であるB747-400型機,MD1
1型機,B737-400型機,B777型機を導入した。
イ 検討委員会中間報告と平成2年技術部長通達及びこれを受けた被告の運航規程
の改定
(甲1,74,75,332,333,671,765,1306,乙87,15
1,154,171,172,287,290,338,339,352,35
6,424,450)
(ア) JAPAへの検討依頼
 運輸省航空局は,平成2年8月に我が国においてB747-400型機が太平洋
線に就航することとなることを契機に,同年5月,我が国の定期航空運送事業者の
航空機乗組員の長距離運航における乗務時間制限及び編成の基準を制定することと
し,JAPAにその内容の検討を依頼した。JAPAは,航空技術の向上を図り,
航行の安全確保に努め航空知識の普及と諸般の調査研究を行い,もって我が国民間
航空の健全な発展を促進することを目的とする我が国の航空機操縦士の協会であ
る。
(イ) JAPAの中間報告
 JAPAは,この依頼を受けて,対外活動としてこの検討を行うこととし,航空
機操縦士,学者,医者等の専門家から成る「長距離運航に係わる乗員編成について
の検討委員会」(検討委員会)を設立した。同委員会の委員長はP1JAPA顧問
であり,委員は,JAPAの者11名,人間科学部教授,航空医学研究センター研
究所長,日本航空機開発協会市場調査部長,航空宇宙技術研究所人間工学研究室
長,被告の産業医,ANAの産業医各1名の合計17名であった。
 検討委員会は,連続する24時間における乗務時間制限及びそれに関連する編成
の基準を中心に検討を行い,同年6月25日,「定期航空運送事業者が行う国際線
の運航に従事する航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準(案)について」と題
する中間報告(中間報告)を取りまとめた。
(ウ) 中間報告の内容
 乗務時間制限に関する中間報告の内容は概ね以下のとおりである。なお,中間報
告及び後記の最終報告で使用している用語である「2マン機」とは2名編成機のこ
とであり,「3マン機」とは3名編成機のことである。
 中間報告は,定期航空運送事業者が,運航規程に「国際運航に従事する航空機乗
組員の連続する24時間内の乗務時間制限及びその編成」を定めるに当たっての基
準を国が示すことを目的とする。
 定期航空運送事業者は,次の時間を超えて,航空機乗組員の乗務を予定してはな
らない。12時間超の場合は,航空機内に適切な仮眠設備を設けること。
最少航空機   乗員編成               乗務予定時間
乗組員
機長及び副操縦 機長1名及び副操縦士1名       8時間以下
士       機長1名及び副操縦士2名       8時間超,
                           12時間以下
        機長1名及び副操縦士3名       12時間超
機長,副操縦士 機長1名,副操縦士1名及び航空機関士 12時間以下
及び航空機関士 1名
        機長1名,副操縦士2名及び航空機関士 12時間超
        2名
 乗務時間制限については,疲労,時差等に関する安全面からの解析から定量的に
一定の数値を導きだすことは困難と考えられるので,安全運航の実績が積み重ねら
れてきている欧米諸国の基準,具体的には米国FAR(Federal Avia
tion Regulations。米国連邦航空法。以下「FAR」という。)
及び英国CAP(Civil Aviation Publication)を参
考とする。
 FARは単純で適用が容易であるところが長所であるが,乗務時間制限の基本部
分の制定が古く,最近の長距離運航を行う2マン機の基準として適当か疑問がある
ところが短所である。英国CAPは乗務時間帯,時差等に応じて定められていると
ころが長所であるが,考慮すべき要素が多いので,乗務スケジュール作成に困難が
伴い,また,遅延等が発生した場合の弾力的な対応が困難であるところが短所であ
る。
 乗務時間帯,時差等の考慮の有無については,我が国の航空会社が就航している
国際路線に2つの基準を適用しても実際には大きな差は出てこないこと,FARの
2マン機の8時間制限については一般的に安全側にあるものと考えられることか
ら,基準適用の利便性を考慮し,FARを基本として基準を定める。
 しかし,当該部分のFAR制定は40年以上前で当時は2マン機が長距離国際線
に就航することが全く予想されていない時代であったが,最近の2マン機は技術革
新によりワークロードが大幅に軽減されており,例えば長距離運航を行う場合のB
747-400型機のワークロードはB747-200型機のワークロードに比較
して同等あるいは同等以下と考えられるため,特に最近の2マン機については,3
マン機に適用される制限時間と差を設けるべきではないとも考えられるため,上記
制限時間を当面の制限時間とすることとし,2マン機の制限時間について引き続き
検討を行っていくこととする。
 なお,被告の産業医であり,シカゴ線の調査に携わった佐々木三男博士(後記
(6)ア(イ))は,検討委員会において,時差や乗員の疲労について意見を述
べ,シカゴ線の実験結果を現実の乗務時間制限に具体的に結びつける方法はないと
説明した。
(エ) 中間報告が基準の基本としたFARの乗務時間制限に至る経緯は以下のと
おりである。
a 米国において初めてパイロットの乗務時間が制限されたのは昭和6年(193
1年)である。商務省航空商務局は,月間110時間,7日間につき30時間,2
4時間につき8時間の乗務時間制限(特定のルートについては8時間を超える例外
措置があった。)を定めるとともに,7日ごとに連続した24時間の休養を与える
ことを義務付けた。昭和9年(1934年),第1パイロットの月間乗務時間は1
00時間,年間乗務時間は1000時間に制限された。24時間につき8時間の乗
務時間制限とその例外措置はそのまま残されたが,例外措置の効力は停止され,最
終的には廃止された。副操縦士の乗務時間も同様に制限された。この乗務時間制限
は,ほとんど変更されないまま,昭和13年の民間航空条例,さらに昭和33年の
連邦航空条例に引き継がれ,現在に至るまで効力がある。
 FAAとその前身であった各機関は,昭和33年に至るまで,民間航空法の乗務
時間制限を何回も再検討・調査したが,乗務時間制限の大きな変更は行わなかっ
た。しかし,その後,昭和35年までに,FAAの前身機関は民間航空法のパイロ
ットの乗務時間制限の改定が必要であると判断した。
 民間航空法は,昭和40年にFARに再編・成文化され,パイロットの飛行時間
について,2名編成機シングル編成では8時間(ダブル編成では16時間),3名
編成機シングル編成では12時間の制限が規定された。この飛行時間制限は現在ま
で改定されていない。
 FAAは,乗務時間制限,休養規程等について,昭和53年に立法提案通知,昭
和55年に立法提案通知補足を発し,昭和57年にも立法提案通知を発するなどし
たが,いずれも,航空業界等の意見を検討した後,撤回した。
 FAAは,昭和58年,交渉によって乗務時間制限を策定するための諮問委員会
を設立した。昭和60年,同諮問委員会に提出された原案に基づいて立法提案通知
が発せられ,同年,法律が成立し,施行された。その内容は,多くの法文解釈問題
を解決するとともに,乗務予定時間の違いに応じて1日ごとの休養時間を設定する
ことができるようにして,国内線事業者のスケジュール作成に柔軟性を与えること
等であった。
 なお,FAA実施通達では,長距離飛行2名編成の航空機では飛行時間8時間を
超える飛行には交替操縦士が必要であるとしている。
(オ) 平成2年技術部長通達
 運輸省航空局技術部長は,平成2年6月26日(検討委員会の中間報告の行われ
た日の翌日),空航第577号「定期航空運送事業者の行う国際運航に従事する航
空機乗組員の連続24時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準」(平成2年
技術部長通達)を発した。
 平成2年技術部長通達は,定期航空運送事業者の有償の国際線運航に従事する航
空機乗組員の連続24時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準を定めること
を目的とし,乗務時間制限については,検討委員会の中間報告と同様の内容の基準
を定め,定期航空運送事業者は,基準に定める時間を超えて,航空機乗組員の乗務
予定時間(時刻表の運航予定時間に基づき算定される当該便の出発時刻から到着時
刻まで)を設定してはならないこと,12時間を超える乗務が予定されている場合
には,航空機内に適切な仮眠設備を設けることを定めた。
(カ) 被告の運航規程の改定
 被告は,平成2年技術部長通達を受けて,平成2年8月1日付けで,被告の運航
規程中,国際線シングル編成の場合の乗務時間及び勤務時間制限を,着陸回数に関
係なく次のとおりにする旨変更した。
      乗務時間制限 勤務時間制限
(改正前)
3名編成機   10時間   15時間
2名編成機    8時間   13時間
(改正後)
3名編成機   12時間   15時間
2名編成機    8時間   13時間
 以後,被告は,2名編成機の運航についてこの乗務時間,勤務時間制限の下に運
用してきた。また,3名編成機については,運航規程の上記変更に際し,同年7月
26日付けで,「1990年8月1日付OM改訂に関する暫定的措置について」と
題する運航本部長レター(OGZ-Y-010)(甲1の140頁)を発して,3
名編成機をシングル編成で国際線を乗務する際の連続する24時間中の乗務時間制
限について,当面,従来どおり10時間で運用することを運航乗務員に通知して,
以後これに沿った運用を行い,この運用は本件改定が行われるまで続けられた。
ウ 検討委員会の最終報告と平成4年技術部長通達及びこれを受けた被告の運航規
程の改定
(甲74,75,753,1010,乙85の(2),88,100,154,1
72,287,290,295,346,356)
(ア) 検討委員会の最終報告
 被告は平成2年8月から,ANAは平成3年3月から,B747-400型機に
よるニューヨーク線等の長距離運航を開始した。
 検討委員会は,B747-400型機の長距離運航の実績が積まれてきたことか
ら,平成3年6月から,中間報告による2マン機の乗務時間制限の暫定基準の見直
しに着手した。検討委員会の行った再検討の基本的な視点は以下のとおりである。
「乗務時間制限は航空機乗組員の疲労による航行の安全の阻害を防止する観点から
定められており,乗務時間制限を定める上で考慮すべき最大の要素は航空機乗組員
の疲労である。ワークロードについては,疲労との定量的関係は確立されていない
が,ワークロードのレベルは疲労に大きな影響を与えるものと考えられることか
ら,疲労とワークロードについて,B747-400型機と在来型B747型機を
代表例として,新世代2マン機と在来型の3マン機の比較を行い,2マン機の乗務
時間制限値を延長することが可能かどうか,可能であるとすれば延長がどの程度か
について検討する。」
 検討委員会は,このような視点から検討を行い,ボーイング社におけるB747
-400型機のワークロードの評価の調査等をもとに行った検討の結果からは,新
世代2マン機のワークロードは3マン機と同等以下であるとの考えに至ったが,さ
らに,平成4年2月から7月にかけて,被告及びANAの協力を得て,両社の最長
路線(当時)であるニューヨーク線(B747-400型機による運航),ワシン
トン線(在来型B747型機による運航)等において調査を実施し,B747-4
00型機と在来型B747型機に乗務する操縦士(編成はどちらもダブル編成)の
疲労等について,その疲労度及びワークロード等について生理学及び心理学の両面
からの測定,解析を行った上で,平成4年12月に運輸省航空局に対して「長距離
運航における航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準報告書」と題する最終報告
書(最終報告)を提出した。
(イ) 最終報告の検討事項
 最終報告は,諸外国の実情とワークロード及び疲労度の検討を柱としている。最
終報告によれば以下のとおりである。
a 諸外国の実情は次のとおりである。
(a) 国際的な基準
 国際民間航空条約第6付属書には,「運航者は,航空機乗組員の飛行時間と飛行
勤務時間を制限する規則を制定しなければならず,これらの規則は国によって承認
されなければならない」とされ,制限の設定の指針は示されているが,具体的な数
値を定めた乗務時間制限の基準は示されていない。
 平成2年2月以降,ICAOの航空委員会は,上記の規定及び指針の見直しを検
討しているが,連続する24時間の乗務時間制限値は提示されていない。
 ヨーロッパ航空当局においては,ヨーロッパ各国の航空機乗組員の乗務時間制限
に関する基準の統一化を図る作業が進められ,連続する24時間,7日間,28日
間,12か月間等における乗務時間制限,2マン機の1飛行での飛行時間制限等に
ついての具体的な数値が検討されているが,未だ結論には至っていない。
(b) 米国の基準
 米国連邦航空規則第121章の規定する国際線定期航空運送事業者に適用される
連続する24時間の飛行時間についての計画段階での制限値は,2マン機について
はシングル編成が8時間まで,マルチ編成が8時間から12時間まで,ダブル編成
が12時間から16時間まで(ダブル編成の基準はFAAの内規による),3マン
機についてはシングル編成で12時間まで,マルチ編成では12時間を超えて無制
限である。
(c) 英国の基準
 英国航空局通達371号は,24時間以内の飛行勤務時間(航空機乗組員の出頭
時刻から最後の飛行の到着時刻までをいう。)の計画段階での制限を定めている。
飛行前の休養状態,勤務の開始時刻,離着陸の回数及び航空機乗組員の編成に応じ
て定められている制限値は,2マン機については,飛行時間が7時間を超える飛行
が含まれる場合において,離着陸が1回の場合は,最大12時間30分,最小9時
間30分であり,3マン機については,離着陸が1回の場合は最大14時間,最小
11時間である(離着陸の回数が多くなった場合の最も厳しい最小値は9時間であ
る。)。また,航空機乗組員の交替要員が乗務する場合は,その人数及び機内の仮
眠設備に応じて異なるが,最大18時間まで延長が可能である。英国のこの基準
は,昭和47年11月に,当時の基準の見直しを目的として設立された乗務時間制
限に関する委員会の検討結果に基づいて設定された。この委員会は,多くの関係
者,組織等から聴取した航空機乗組員の疲労が運航の安全に及ぼす影響についての
見解に基づいて定性的な検討を行い(その検討においては2マン機と3マン機の間
で乗務時間制限に差を設けるべきであるかどうかは検討されていない。),休息不
足が蓄積しないよう仕事及び休息時間のサイクルについて考慮することが重要であ
るとの結論を得て,乗務時間制限等に対する勧告を行った。
(d) 検討委員会は,米国,英国を含め欧米・豪州諸国13か国(米国,カナ
ダ,英国,ドイツ,オランダ,デンマーク,スウェーデン,ノルウェー,フィンラ
ンド,スイス,ベルギー,オーストラリア,ニュージーランド。なお,フランス,
イタリアについては,その当時の調査で確認が取れなかったので,参考として昭和
59年のICAO Circular52-AN/47/6に掲載された内容を掲
記しているが,以下の数字に含めていない。)の2マン機及び3マン機のシングル
編成基準を調査した(なお,デンマーク,スウェーデン,ノルウェーは同じ基準を
適用している。)。これによると,次のとおりである。
① 制限値の定め方
 米国のように制限値を一定の値としている国
 米国を含め6か国
 英国のように勤務の開始時刻等に応じた制限値を設定している国あるいは条件を
付して制限値の幅を設けている国
 英国を含め7か国
② 制限の対象
 乗務時間の制限を飛行時間のみで制限している国
 米国のみ
 飛行勤務時間(飛行勤務時間の定義は,国によって,航空機乗組員の出頭時から
飛行終了まで,あるいは出頭時から飛行後の作業終了までの相違がある。)のみで
制限している国
 英国を含めて9か国
 その両者で制限している国
 3か国
③ 2マンと3マン機との区別の有無
 2マン機と3マン機とで乗務時間制限に差を設けている国
 3か国
 差を設けていない国
 10か国
④ 2マン機のシングル編成における1飛行の制限値
飛行時間   最小8時間から最大12時間
飛行勤務時間 最小9時間30分から最大16時間
 飛行時間制限で12時間を許容している国
 フィンランドのみ
 飛行勤務時間のみで制限している国のうち,飛行時間制限12時間にほぼ相当す
ると考えられる飛行勤務時間制限14時間又はそれ以上を許容している国
 カナダ,ドイツ,オランダ,デンマーク,スウェーデン,ノルウェー,スイス及
びベルギーの8か国
(e) 外国航空会社には,国の基準により許される制限値より短くしている会社
が見られたが,これは主として労務協定等によるものと考えられる。新世代2マン
機のシングル編成で運航されている長大路線の例として,フィンランド航空の成田
→ヘルシンキ(10時間20分,MD11型機),オーストリア航空のウィーン→
ニューヨーク(10時間00分,A310型機),スイス航空のチューリッヒ→ア
トランタ(10時間25分,MD11型機),カナディアン航空のバンクーバー→
成田(9時間45分,B747-400型機)等が見られた(平成4年度(199
2年度)冬ダイヤによる)。
b ワークロードの検討の内容は次のとおりである。
 航空機の型式証明/耐空証明においては,航空機乗組員のワークロードを考慮し
て最少乗組員数を定めることとされており,当該乗組員のワークロードのレベルが
最大許容範囲内であることが証明されている(近年,在来機,新世代機に共通した
こととして,ワークロードのレベルが低い時に倦怠,退屈,眠気等が発生し得るこ
とが指摘されており,米国FAA,NASA等において,これに対処するため巡航
中に操縦席において仮眠をとることなどについての研究が行われている。)。
 一方,乗務時間制限は,航空機乗組員の疲労による航行の安全の阻害を防止する
観点から定められており,ワークロードは乗務時間を直接的に規定するものではな
いが,許容範囲内であってもワークロードのレベルが高ければ疲労が蓄積されるこ
とが考えられるから,検討委員会は,新世代2マン機と3マン機に乗務する操縦士
のワークロードの比較検討を行った。検討委員会は,この比較検討を行う上で,ボ
ーイング社におけるB767型機及びB747-400型機の型式証明取得時に行
われたワークロードの評価手順とその結果について調査を行った。
(a) ワークロード評価の手法
 ボーイング社におけるワークロード評価は,①コンピューターによる理論解析評
価,②シミュレーターによる評価,③実機による評価の3段階で行われた。
 コンピューターによる解析では,操縦士の操作時の手と眼の動きを定量化して機
種間で比較する「ワークロードの定量化評価」と,操縦士が標準的な飛行で行う
眼,手,会話に費やされた時間の割合の平均値を求めて機種間で比較評価を行う分
析(Time line analysis)等が採用された。また,操縦士がシ
ミュレーター及び実機においてワークロードの主観的評価を行う手法としてPSE
(Pilot Subjective Evaluation)方式(アンケート
用紙に記載されたワークロードの各項目・各要素について操縦士が主観的評価を行
う手法)が採用された。
(b) B767型機型式証明取得時の手順
 理論解析評価においては,燃料,電気,油圧,空調系統の通常操作,故障時操作
について定量的評価が実施され,また,仮想のラインフライト(シカゴ-セントル
イス)での時間的余裕度についてTime line analysis等により
解析された。
 シミュレーターでの評価では,操作時間実測値とコンピューター解析値との比較
が行われ,両者はほぼ一致した。また,操縦士がシミュレーターで実施したPSE
評価は,実機テストでのPSE評価とほぼ一致し,実機フライトでのPSE評価に
より,B767型機のワークロードは従来型のB737型機に比し同等かそれ以下
であると評価された。
(c) B747-400型機型式証明取得時の手順
 理論解析においては,(b)と同様,定量的評価と仮想のラインフライト(シカ
ゴ-セントルイス)でのTime line analysisによる評価がされ
た。
 シミュレーターにより,様々なワークロードの状況を引き起こす故障の影響が評
価された。実機におけるワークロード評価としては,総計1200飛行時間以上に
及ぶ全体のテスト飛行の中で適宜FAAとボーイング社の操縦士により評価がなさ
れたが,最終段階での総計40時間の試験飛行でFAAとボーイング社の操縦士に
よるPSE評価が実施された。
 これらの評価結果に基づき,B747-400型機のワークロードは在来型B7
47型機及びボーイング社の2名編成機であるB737型機と同等もしくはやや少
ないとの結論に至り,FAAより認定された。
(d) ヨーロッパ航空当局の型式証明における飛行試験においてもワークロード
の観点からはB747-400型機は在来型B747型機より優れていると評価さ
れた。また,長距離運航における乗務時間の延長とは巡航部分が延長されることで
あるが,新世代2マン機の巡航中の操縦士のワークロードは,システムの自動化,
情報類の表示・提供方法の改善等により軽減されていると考えられ,このことはB
747-400型機に乗務している多くの操縦士も実感として認めている。
 ワークロードと疲労の定量的関係は確立されていないが,新世代2マン機のワー
クロードのレベルは,3マン機のワークロードのレベルと比べて同等もしくは改善
されており,ワークロードの比較の観点からは,新世代2マン機の乗務時間制限は
3マン機と同じであってよいと考えられる。
c 疲労度等の検討
 検討委員会は,実機飛行調査として,被告及びANAの有償飛行等に乗務する2
マン機と3マン機の操縦士の疲労度等について生理学及び心理学の両面からの計測
を行った。その調査の内容及び結果は次のとおりである。
(a) 調査項目
 生理学的検討として,①免疫学的検討(血液中の白血球数,顆粒球数,リンパ球
数,NK細胞活性,IL-1,IL-6,TNF,IFN),②ホルモン学的検討
(唾液中のコルチゾール,尿中のアドレナリン,ノルアドレナリン,17-OHC
S)③循環器学的検討(血圧,脈拍,心電図変化,自律神経活動の変動)を行い,
心理学的検討として,自覚疲労調査,フリッカー値測定,加算テスト,注意配分テ
スト,短期記憶テストを行った。
(b) 調査路線
 被告とANAの当時の最長路線である成田-ニューヨーク路線及び成田-ワシン
トンDC路線を調査対象路線とした。両路線は,いずれもダブル編成で運航されて
おり,成田を出発してから帰着するまでは2泊4日の日程であった。調査は,B7
47-400型機は成田-ニューヨーク路線の5往復,在来型B747型機は成田
-ワシントンDC路線の5往復で実施した。
 また,ANAがボーイング社から新造機を受領して我が国へ空輸する便(シアト
ル→羽田)において,その当時の制限値を超えて2マン機に乗務する操縦士の疲労
度等についても調査を行った。同調査の機材はB747-400型機であり,飛行
時間は9時間01分であった。
(c) 調査対象者
 調査対象者は,2マン機と3マン機それぞれ延べ20名であり,対象とする操縦
士の年齢及び飛行経験を標準化するため,操縦士はいずれも機長資格者のみとし
た。
(d) データの採取時期及び採取方法
 検討委員会が委嘱した調査員(生理学的調査について3名,心理学的調査につい
て2名)が操縦士に同行し,一定のスケジュールに従って,往路,復路とも飛行
前,飛行中(主に休養時間の前後)及び飛行後の各段階でデータの採取を行った。
 シアトルから羽田の空輸便での調査については,3人の操縦士が乗務したが,実
際の運航は2人の操縦士が担当し,飛行中のデータ採取の時間のみもう1人の操縦
士が交替業務を行った。
(e) 調査結果
 できる限り条件を同一にして,生理学及び心理学の両面から比較検討した結果,
一部の調査項目においてB747-400型機の方が在来型B747型機に比べて
疲労度等が低いことを示唆するデータも見られたが,全体的には両者の間に有意な
差がないことを確認した。
(ウ) 最終報告の結論
 検討委員会は,上記(ア)の視点から行った上記(イ)の検討,調査の結果を次
のように要約し,これに基づいて結論を述べている。
a 検討,調査の結果の要約
 ワークロードについては上記(イ)bのとおりである。したがって,ワークロー
ドの比較検討の結果からは,新世代2マン機の乗務時間制限値は3マン機と同等で
あってよいと考えられるが,検討委員会では,さらに実機飛行調査を行い操縦士の
疲労度等を計測することとした。実機飛行調査の結果は上記(イ)cのとおりであ
る。
 さらに,検討委員会の委員のうち運航乗務員の委員によるワーキング・グループ
において,B747-400型機に乗務している操縦士の経験に基づき,航法,シ
ステム操作,飛行機の性能,信頼性,居住性等の観点からB747-400型機と
在来型B747型機に乗務する操縦士にかかるワークロード,精神的な負担及び疲
労度について比較検討を行い,B747-400型機と在来型B747型機の間で
乗務時間制限に差を設ける必要があるのかどうかを検討した。その結果,B747
-400型機は,在来型B747型機に比べ,全体的にワークロード,精神的な負
担及び疲労度は同等もしくは低くなっており,B747-400型機の乗務時間制
限を在来型B747型機の乗務時間制限より厳しくする必要性はないとの結論を得
た。
 この結論は,B747-400型機と同様のコンセプトにてシステムの自動化,
情報類の表示・提供方法の改善等,操縦環境の改良がなされている新世代2マン機
一般に対しても適用されるものであると考えられる。
 また,乗務時間制限に関する調査対象国13か国のうち,2マン機の飛行時間制
限で12時間を許容している国及び飛行時間制限12時間にほぼ相当すると考えら
れる飛行勤務時間14時間又はそれ以上を許容している国は併せて9か国であり,
我が国の基準及び我が国の基準が基本としている米国の基準における3マン機の制
限値である飛行時間制限の制限値12時間にほぼ相当するか又はそれ以上の制限値
が既にこれらの国で2マン機に許容して適用されている。
b 結論
 国際線長距離運航を行う新世代2マン機に乗務する航空機乗組員の乗務時間制限
及び編成基準は,3マン機に乗務する航空機乗組員に適用される乗務時間制限及び
編成基準と同一とすることが適当である。
(エ) 平成4年技術部長通達
 運輸省航空局技術部長は,検討委員会の最終報告を受け,平成4年12月21日
に平成2年技術部長通達を一部改正する通達(平成4年技術部長通達)を発出し
た。乗務時間制限についての内容は,第2章第1の2(2)イ(エ)のとおりであ
る。改正点は,2名編成機についてシングル編成(1名の機長及び1名の操縦士)
の乗務予定時間を12時間以下,マルチ編成(1名の機長及び2名の操縦士)の乗
務予定時間を12時間超とし,ダブル編成(1名の機長及び3名の操縦士)につい
ての基準を削除することであった。この改正により,2名編成機の乗務時間制限及
び編成に関する基準は,3名編成機の基準と同様とされたことになる。
(オ) 被告の運航規程の改定
 被告は,平成4年技術部長通達を受け,平成5年2月20日,運航規程を改定
し,乗務割の基準について2名編成機と3名編成機との区別を廃止した。こうし
て,被告の運航規程においては,2名編成機及び3名編成機とも,国際線について
の連続する24時間中の乗務時間制限及び勤務時間制限は,シングル編成の場合に
それぞれ12時間,15時間,マルチ編成の場合にそれぞれ15時間,20時間と
された。ただし,被告は,2名編成機の乗務時間制限等の運用について,本件改定
前の同年10月末まではそれまでの取扱いを継続した。
(2) 被告の運航規程と平成4年技術部長通達,検討委員会報告との関係
 上記(1)の認定事実によれば,被告は,検討委員会の最終報告を受けて運輸省
が発した平成4年技術部長通達を踏まえ,その範囲内で運航規程を改定したもの
で,被告の運航規程は,平成4年技術部長通達に依拠しているものである。そし
て,同通達は,検討委員会の報告に依拠しているものということができるから,こ
の検討委員会報告が運航の安全性の見地からみて問題のないものであれば,被告の
運航規程は運航の安全性を欠くとはいえないということになる。そこで,以下,項
を改めて,検討委員会報告が運航の安全性の見地からみて問題のないものであるか
どうかについて検討する。この検討に当たっては,検討委員会報告が検討した諸外
国の実情,パイロットのワークロード,疲労度からの検討のほか,先例を教訓とす
るという点で過去の航空機事故事例からの検討も有益と考えられるから,これにつ
いても検討する。
(3) 諸外国の実情から見た検討委員会報告の妥当性
 上記(1)ウ(イ)aのとおり,検討委員会報告当時,乗務時間制限に関する国
際的基準は示されておらず,主要諸外国13か国の基準からすれば,2名編成機の
シングル編成における1飛行について,飛行時間制限で12時間を許容している国
及びこれに相当すると考えられる飛行勤務時間14時間以上を許容している国は合
計9か国あったのであり,2名編成機と3名編成機で乗務時間制限に差を設けてい
ない国が10か国あったのであるから,諸外国の実情からして2名編成機の乗務時
間制限を3名編成機と同様に12時間とするとした検討委員会報告が妥当性を欠く
とはいえない。
 証拠(甲763,証人P4)は,検討委員会中間報告が我が国の航空会社が就航
している国際路線に米国,英国の基準を適用しても大きな差は出ていないとしたこ
とに対し,英国の基準に照らせば,就航できない路線が少なからずあるとするが,
英国の基準の飛行勤務時間の定義の解釈を誤るなど必ずしも正確なものとはいえ
ず,にわかに採用できない。もっとも,検討委員会の最終報告では,2名編成機の
乗務時間制限を延長するに当たり,英国の基準を適用すればどうなるかについて検
討された形跡はうかがえないが,英国の基準が絶対ともいえないから,そうである
からといって,上記の諸外国の実情からすれば,そのことを理由に検討委員会報告
が妥当性を欠くとまではいえない。
 なお,外国航空会社には,当該国の基準より厳しくしている会社があるが,検討
委員会報告は国の基準を示すことを目的とするものであるから,同委員会報告がそ
のことを考慮しなかったからといって,妥当性を欠くとはいえない。
(4) ワークロードの検討から見た検討委員会報告の妥当性
ア 認定事実
(甲221,308ないし310,315,318ないし320,323,32
4,327,415,633,815,820,856,859,861,86
2,864,865ないし867,869ないし879,882,884,88
5,887,889,890,902,908,909,913,914,92
1,923,947,948,1012,1059,1072,1077,乙10
0,102,173ないし176,238ないし241,247,287,28
8,295,296,346,403,証人P3,同P2)
(ア) B747-400型機の設計思想
 在来型のB747型機は,3名編成機であり,2名のパイロット(機長及び副操
縦士)のほか航空機関士が必要であって,何百にも及ぶ様々な計器,スイッチ,表
示灯で構成される形式であった。
 ボーイング社は,昭和46年(1971年)から5年間にわたるフライトデッキ
(操縦室)開発検討委員会の検討結果を基に,デジタル・コンピュータ,CRT
(ブラウン管)ディスプレイ等の新しい技術を用いた新世代旅客機(2名編成機)
であるB757型機及びB767型機の操縦室の開発・設計に着手することとし
た。その設計思想は,従来のコクピットの設計思想を根本的に見直し,確認,判断
及び操作の自動化並びに情報の集約・統合・明確化を大幅に進めて,運航乗務員の
省力化とミス発生の危険の縮小を実現するとともに,制御系統の多重化によってシ
ステムの故障に備えるとするもので,これによりパイロットが在来型3名編成機で
も行っていたワークロードを軽減し,また,航空機関士が行っていたシステム管理
にかかわる監視と操作の大部分をコンピュータが行うこととして,全体としてのワ
ークロードは,在来型3名編成機においてパイロットが行っていたワークロードの
範囲内となるようにするほか,ヒューマンエラー(運航乗務員のミス)による事故
発生の危険を縮小させるというものである。また,シングルパイロットによる操作
が可能であるように設計されており,たとえ1人のパイロットが離席しても残りの
パイロットで飛行に必要なすべての操作が可能であるとされる。
 ボーイング社は,昭和53年にB757型機及びB767型機の開発に着手し,
昭和57年に両機についてFAAの型式証明を取得した。
 B747-400型機は,2名編成機で座席数約400のいわゆるハイテク・ジ
ャンボ旅客機である。B747-400型機の設計目標は,B757型機及びB7
67型機の運航経験を踏まえ,両機で確認された改善点及び2名編成機仕様を用い
て操縦室を改善することであり,ヒューマンエラーに起因する航空機事故を極小化
しようというものであった。そのために,以下の(イ)のとおり,従来以上に,乗
員の潜在的な混乱やエラーを減少させ,乗員の仕事量を低減させるように,システ
ムを簡素化すること,パイロットによる操作の必要度合いを減らし,パイロットが
エラーを犯してもその被害を最小限にするように,システムに多重性・冗長性を付
加すること,ある不具合に対し,パイロットが常に同じ操作を要求されるときは,
ほとんどの場合,システムの再構成を自動化することを進めている。
 ボーイング社は,B747―400型機について平成元年1月にFAAの型式証
明を取得し,平成5年及び平成6年に欧州航空当局の型式証明を取得した。
(イ) B747-400型機におけるパイロットの主な仕事面でのワークロード
a パイロットの主な仕事には,①ナビゲーション(現在位置,行くべき方向と経
路,目的地までの距離と所要時間,必要な燃料などを確認する作業),②飛行経路
のコントロール,③システムの操作,④管制との通信,⑤衝突の防止,⑥飛行計画
及び様々な判断などがある。このうち,①ナビゲーション,②飛行経路のコントロ
ール,⑥飛行計画及び様々な判断は,パイロットの仕事のうち大きな割合を占め
る。
 民間航空機の飛行ルートは,通常,航空無線局を結んでできており,ナビゲーシ
ョンには,航空無線局及び飛行ルートを示しているルートマップ(航路図)を使用
する。在来型のB747型機においては,現在位置から見た無線局の方位,無線局
までの距離,飛行ルートとの位置関係が計器によって表示され,自分の現在位置,
飛行ルートからのずれを知ることができるので,パイロットは,頭の中に思い浮か
べた地図の上に,このように計器から得られた複数の情報を重ね合わせることによ
りナビゲーションを行っていた。これに対し,B747-400型機に代表される
第4世代機では,ナビゲーション・ディスプレイと呼ばれるカラーCRT(ブラウ
ン管)に,飛行とともに時々刻々変化するルートマップそのものが表示され,その
時の飛行ルートと現在位置が一目で分かるようになっているほか,旋回時の予想経
路,指定高度に到達する地点,気象レーダーの映像が分かりやすく表示されるの
で,現在位置を確認し,置かれている状況に応じて速度や高度の変更,フラップや
ランディング・ギアなどの操作,各種のチェック,管制官との交信等の操作,措置
を開始するというパイロットの負担は,在来型B747型機と比べて大きく軽減さ
れている。
 しかし,その反面,第4世代機では,マップ・シフト(ナビゲーション・ディス
プレイ上での自機の位置が実際の場所とずれて表示される現象)といわれる不具合
が高い頻度ではないが発生することがあるし,また,何らかの故障でディスプレイ
の表示が消えてしまったときには,代替ナビゲーション又は補助ナビゲーション機
能により飛行の維持は可能であるものの,パイロットが頭の中で自機の位置を組み
立て直すのにかなりの時間を要することになるため,パイロットは,ディスプレイ
の表示が正確なのかを確認しつつ運航している。
b 在来型3名編成機においては,INSが搭載されており,飛行ルート上の通過
地点(ウェイ・ポイント)の緯度及び経度をあらかじめ入力しておけば,INSが
それを順に結んだルートを作成するようになっていたが,長距離路線では通過地点
の数が多いため,パイロットが飛行の前にそれらの緯度及び経度をすべて入力する
ことは,かなりの負担であった。これに対し,B747-400型機に代表される
第4世代機には,フライト・マネージメント・システム(以下「FMS」とい
う。)と呼ばれるコンピュータシステムが装備され,そこにはルートマップをはじ
めナビゲーションに必要な各種の膨大なデータが記憶されているので,パイロット
が路線を指定するだけですべての通過地点が自動的に入力されるようになり,この
面での負担は大幅に軽減されている(ただし,それが正しいかは従来どおり確認し
なければならないし,稀ではあるが,航路が頻繁に変更される路線については,入
力方法は在来型B747型機に比べて簡素化されているとはいえ,従来どおり,す
べてのウェイ・ポイントを入力しなければならない。)。
 さらに,従来であれば,パイロットは,離陸速度や最適巡航速度などをマニュア
ルから求めなければならなかったが,FMSのメモリーにはその航空機の性能に関
する情報も記憶されており,パイロットが必要とする情報を自動的に計算してカラ
ーCRTディスプレイ上に表示されるようになったこと,INSでは離陸後時間が
経過するにつれて少しずつ位置の誤差が生じるので,パイロットがルート上の無線
局を利用してINS上の現在位置を修正する操作が必要であり,従来はそのために
最も適切な無線局を選局するのがパイロットの仕事であったが,B747-400
型機では,FMSの指示に従ってそれが自動的に選定されること,従来はパイロッ
トが着陸のための誘導電波を選局していたが,FMSの指示で自動的に選ばれるよ
うになったこと,以上のように,従来パイロットが自ら行わなければならなかった
操作,判断のかなりの部分が自動化されたことにより,パイロットの負担は軽減さ
れている。
 在来型3名編成機では,機体を制御するための飛行機の姿勢,速度,高度,上昇
率,降下率,機首方位等の情報は複数の操縦用計器に表示されたが,B747-4
00型機では,プライマリー・フライト・ディスプレイ(PFD)にこれらの情報
が集約・統合して表示されるほか,在来型機にはない新しい機能として,ウィン
ド・シアー(風向・風速の急激な変化)に関する警報とそこから脱出するために必
要な機首上げ角度の指示や,フラップやランディング・ギアの状態に応じた安全速
度の範囲が表示されるので,パイロットの状況認識を容易にしている。
 また,B747-400型機は,在来型3名編成機と比べてシステムが多重化さ
れており,FMSが故障の場合に備えて2台装備され,CRTディスプレイは同一
規格のものが6つ装備されているので,故障しても画面を他のディスプレイに切り
替えて表示することが可能であるほか,客室与圧コントロール,オート・スロット
ル・コンピュータ,性能計算,航法計算,速度超過・失速警報,フュエル・マネー
ジメント等の様々な重要なシステムが多重化されている。
c B747-400型機では,在来型3名編成機と比べ,操縦室における照明,
空調,機器の表示の読みやすさ等についての配慮がされている。
d 以上のような,機器の簡素化,多重化・冗長化,自動化,統合化及び表示方式
の改善等により,B747-400型機におけるパイロット本来の主な仕事は,在
来型3名編成機に比べて大きく軽減されている。
(ウ) B747-400型機におけるパイロットのシステム監視面でのワークロ
ード
 在来型3名編成機では,航空機関士がシステムを監視,担当していたが,B74
7-400型機では,アイキャス(Engin Indication&Crew
 Alerting System。EICAS。エンジン指示・乗員警報システ
ム)と呼ばれるコンピュータシステム等の助力を受けながら,パイロットが航空機
関士の行っていた仕事の一部を担当することになっている。
 エンジンの始動は,どのようなトラブルが発生するか分からない緊張する場面で
あり,注意力を要する作業であるが,長距離路線の場合,在来型3名編成機では,
航空機関士を含めた3名の運航乗務員が作業を分担し,4機あるエンジン全部を始
動するのに5分程度必要である(エンジン1基当たり1分以上かけて行う。)。こ
れに対し,B747-400型機では,オートスタート機能が完備され,スタート
の操作に要する時間はエンジン1機当たり30秒程度に軽減されている。
 運航乗務員は,エンジンを始動した後離陸し,巡航し,目的地に到達してスポッ
トに入り,エンジンを停止するまでの間の運航の全過程において,エンジンの作動
状況の監視,飛行中のエンジンの回転数や排気ガスの温度等の異常の発見,電気火
災や急減圧などのシステム・トラブルが発生した場合のトラブルの認識・特定,そ
の重要度の判断及び必要な操作を行う必要がある。在来型3名編成機では,航空機
関士がこの役割を担当していたが,B747-400型機では,パイロットがアイ
キャスの助力を受けながら運航の全過程において航空機関士の果たしていた役割を
代替することになる。これに対処するため,B747-400型機では,アイキャ
スがエンジン,油圧,客室与圧,電気,燃料など主要なシステムの作動状況を監視
し,故障が生じたときには故障箇所の特定や重要度の判断を自動的に行い,制御系
統が多重化されているものについては必要に応じてアイキャス・ディスプレイに表
示した上で,故障箇所を自動的に隔離し,代替システムに自動的に切り替え,故障
箇所がエンジン・油圧など主要システムの場合には,重要度をつけてアイキャス・
ディスプレイに警告を表示するようになっているので,在来型3名編成機の航空機
関士のワークロードより大きく軽減されている。
 在来型3名編成機では,航空機関士が各システムの状況を示す約100個の計
器,200個以上の警告灯,150個以上のスイッチを常時管理し,燃料やエンジ
ンオイルのように変化傾向のあるものについてはそれを常時把握することによっ
て,故障に至る前に不具合を発見することができていたのに対して,アイキャス
は,一定の限界値に到達して初めてそれが警告される仕組みになっている。アイキ
ャス・ディスプレイに警告メッセージが表示されてからであっても,チェックリス
トに定められた手順に従って操作を行えばそれへの対処が遅すぎることはないが,
アイキャスといっても万能ではなく,被告のパイロットは,不具合の発見は早いほ
ど良いことから,アイキャス・ディスプレイに警告メッセージが表示されてからで
は対処に遅い場面があるとして,アイキャス・ディスプレイに機器の作動状況を呼
び出して確認する努力をしている。
(エ) B747-400型機におけるパイロットのイレギュラー事態発生時での
ワークロード
 B747-400型機に代表される第4世代2名編成機は,特殊な気象状態やそ
の他機材故障等のイレギュラーな事態が発生したときでもパイロットだけで対応し
なければならない。「イレギュラー事態発生時には,精神的疲労が高まり,ルーテ
ィンワークが軽減されたことでは賄いきれず,パイロットのワークロードは3名編
成機に比べて格段に大きくなっている。」,「イレギュラー時における対応からし
て,空中衝突回避等についても航空機関士の役割は大きく,3名編成機のほうが安
全である。」というのが被告における多くのパイロット,航空機関士の実感であ
る。ただし,この実感は,ボーイング社が航空会社から受けているフィードバック
や,被告のB747―400運航乗員部長P5が把握している運航乗務員の実感と
は異なる。
 もっとも,イレギュラーな事態は数分間程度であり,その場合,在来型3名編成
機では手動操作を要する場合でもB747-400型機では自動操作で対応できる
という利点がある。
 また,視認能力の観点からは3名編成機のほうが2名編成機より有利であるが,
空中衝突回避のための見張りという観点から見た場合には,航空機関士はその席か
ら見える範囲が限定されるためその貢献度は必ずしも大きくない。しかし,それで
も貢献度はある。
 欧州航空当局は,B747-400型機の型式証明に当たり,シアトル→ハワイ
→シアトル間で飛行時間10時間40分を超えるシングル編成による長時間飛行試
験を実施した。この試験は,3つの不作動の機器を抱えて出発し,更に飛行中に5
種類の故障を生じさせるというものであったが,パイロットは,B747-400
型機はB747型機より優れていると判断した。
(オ) ゴーアラウンド,ホールディング,ダイバージョンを行う場合
 ゴーアラウンド(着陸復行),ホールディング(着陸前の空中待機)を行う場
合,B747-400型機ではFMSに予め記憶されているナビゲーション・デー
タを利用することでオート・パイロットで飛行が可能であるが,在来型B747型
機では,航路に変更を加えるのに手間がかかり,その後の操作も複雑である。ダイ
バージョン(代替空港への飛行)の場合も,B747―400型機のほうが航路変
更が容易である。ただし,B747―400型機では,コンピュータのセットに手
間を要したり,客室乗務員との連絡をしたりする負担はある。
(カ) インキャパシテーションの場合
 B747-400型機では,1名のパイロットでも操縦できるように設計されて
いるから,2名のパイロットのうちの1名がインキャパシテーション(機能不能)
に陥ったとしても,システムの監視面も含め,残り1名のパイロットで対応できる
が,在来型B747型機では,航空機関士がインキャパシテーションに陥った場
合,代替者がなく,システム監視面での2名のパイロットへの負担は大きいことに
なる。
イ 小括的判断
 上記アの認定事実及びボーイング社におけるワークロード評価の結果((1)ウ
(イ)b)からすれば,B747-400型機は,デジタル・コンピュータ分野に
おける技術革新の成果やCRT(ブラウン管)ディスプレイの新しい技術を採り入
れ,確認,判断及び操作の自動化並びに情報の集約・統合・明確化を大幅に進めて
パイロットの省力化とミス発生の危険の縮小を実現するとともに,制御系統の多重
化・冗長化によってシステムの故障に備えているもので,パイロットが在来型3名
編成機でも行っていた本来の主な仕事のワークロードを大きく軽減していること,
パイロットは,航空機関士が行っていた役割をも担うが,その大部分をコンピュー
タが行うこととしていることからすれば,B747―400型機におけるパイロッ
トの全体としてのワークロードは,在来型3名編成機においてパイロットが行って
いたワークロードの範囲内にあるものということができる。
 確かに,運航中にイレギュラーな事態が生じたときには,事態の内容,深刻さに
応じて,パイロットが操縦,判断等に集中する必要が高まると考えられるところ,
B747-400型機では,在来型3名編成機であれば航空機関士に分担させるこ
とができたシステムの操作,管制との通信等までパイロットが行わざるを得ないた
め,パイロットのワークロードは在来型3名編成機に比べて増大するものである。
 しかし,その場合でも,B747-400型機では自動操作で対応できるという
利点があること,欧州航空当局が実施した長時間飛行試験は故障を生じさせて行わ
れたが,それでもパイロットはB747-400型機がB747型機より優れてい
ると判断していることからすれば,このイレギュラーな事態におけるパイロットの
負荷をもって,B747-400型機のパイロットのワークロードが在来型3名編
成機のワークロードより大きいとはいえない。
 以上からすれば,ワークロードの検討からして,検討委員会が新世代2マン機の
ワークロードは3マン機と同等以下であるとしたことは妥当であるということがで
きる。
(5) 疲労度の検討から見た検討委員会報告の妥当性
ア 認定事実
 証拠(甲763,962,証人P4のほか,該当箇所に後掲)によれば,検討委
員会報告がされた平成4年12月当時,運航乗務員の疲労等に関する研究等として
以下のものがあることが認められる。
(ア) NASAによる運航乗務員の疲労に関する研究関連
(甲69,89,333,373,629,737,741,752,乙134,
164,237,245)
a 研究の端緒
 1980年代初頭(昭和55年ころ),米国連邦議会は,NASAに対し,民間
及び軍の運航乗務員について,疲労とサーカディアン・リズム(体内時計・体内日
周期)の問題を調査することを要請した。NASAは,疲労が直接・間接の原因と
なった運航乗務員による過失についてNASAの航空安全報告システム(Avia
tion Safety Report System。ASRS)に寄せられた
報告を分析しつつ,「航空機運航における乗員の要因」と題する一連の研究を企画
立案した。この研究は,時差の影響,短距離運航の影響,長距離運航が運航乗務員
に及ぼす影響に特別の重点が置かれた。
b 短距離運航における睡眠と疲労に関する研究
(a) カーティス・グレーバー博士(陸軍医療サービス隊の退役陸軍中佐で,N
ASAエイムズ研究所にかつて所属していた生理学者。以下「グレーバー博士」と
いう。)は,昭和60年(1985年),「短距離運航における睡眠と疲労」と題
する研究論文を発表した。この研究は,運航乗務と乗務スケジュールが運航乗務員
に及ぼす精神生理学的影響と,その影響が航行の安全と効率に対して有する重要性
に重点を置いたもので,2つの航空会社の74名の運航乗務員が参加し,実際のフ
ライトについて研究が実施された。
 この研究によれば,「短距離路線の乗務割により運航業務を行う運航乗務員は,
宿泊中には自宅よりも睡眠時間が短くなり,また,基地出発から日数が経過するほ
ど睡眠時間は短くなった。その程度は時間帯の違いによって異なり,また,個人差
があった。この睡眠時間の変化をもたらした要因は,出頭が早朝か否かと,1日当
たりの乗務回数であった。勤務時間の長さは,精神生理学的影響を決定付ける要素
とは見受けられなかった。乗務パターンの長さは疲労の程度に影響を与えておら
ず,3日目と4日目で疲労の程度は同等であった。」とされている。
 この研究では,「短距離路線の乗務割により運航業務を行う運航乗務員は,睡眠
の質が低下するとともに睡眠時間が短くなることで睡眠不足を経験しているが,睡
眠不足の原因は,パイロットが宿泊地で自宅にいるときとは別の時間に起床するこ
とにもよるが,スケジュールの立て方次第で避けることのできるスケジュール作成
上の要因によるものもあった。」としている。
(b) クレイトン・ファウシー博士(FAAのヒューマン・ファクターに関する
主任科学技術アドバイザーであり,NASAエイムズ研究所にかつて所属していた
生理学研究者)は,昭和61年(1986年),「短距離航空輸送従事による運航
上の影響」と題する研究をまとめた。
 この研究によれば,「乗務後の乗員は乗務前の乗員より睡眠時間が短くなり,よ
り高い疲労度を訴えたが,その疲労レベルは運航乗務員の能力に大きな影響を与え
るものではなかった。乗務後の乗員は乗務前の乗員より良い運航能力を示した。そ
れまで一緒に乗務をしてきた運航乗務員は,乗務をしていなかった運航乗務員より
良い仕事をし,責任分担についてより良い理解を有し,より良いチームワークを示
した。勤務の時間的長さ又はその密度が運航の安全に直接影響することが明らかに
なったとはいえなかった。」とされている。
 この研究は,運航乗務員のチームワークが疲労に対する効果的な対抗手段となり
得ること,過去に行われた疲労の影響の調査は運航の点からは必ずしも重要ではな
い能力指標を使用していたことをその結論としているが,この結論は短距離運航に
のみ妥当するものであろうとしている。この研究では,「長距離運航においては,
勤務時間がより長く,時差が生じるのであって,これらは,低い作業量の時間が長
時間続く長距離運航には悪影響を及ぼし得るもので,巡航時間が長いために低い作
業量の時間帯が長いことは,短距離運航の場合に比べて,より大きい疲労をもたら
すであろう。」と指摘している。
c 長距離運航における睡眠と疲労に関する研究
(a) NASAのエイムズ研究所チームは,昭和61年(1986年),「国際
線運航乗務員の睡眠と覚醒」と題する共同研究を完成した。この研究は,複数の時
差帯を横切っての長距離運航における睡眠の質の変化に焦点を合わせていた。
 この研究では,「ほとんどのケースで睡眠の質は低下し,その傾向は,東向きの
飛行の場合の方が西向きの飛行の場合よりも顕著であった。このことは,過去30
年間にわたって行われた多数の研究結果と合致する。飛行後の最初の睡眠を制限す
ることで,滞在中に十分睡眠を摂取することが容易になるであろう。」とされてい
る。
 なお,この研究は,国際線の運航に関する運航乗務員の睡眠問題の生理学的論文
としては初めてのものであった。
(b) グレーバー博士は,昭和62年(1987年)10月,東京で開催された
国際航空安全セミナーで,NASAが行った長距離運航に関する研究の結果を詳細
に報告する「長距離飛行運航における運航乗務員の睡眠と疲労」と題する講演をし
た。その中では,「高度に自動化された2名編成機に,疲労したパイロットが乗務
することによって,高い乗員のワークロードという観点から低いワークロードへと
関心の焦点を移した。この移動は,既に長距離運航の特性である倦怠(bored
om)と自己満足(complacency)のみを増加させるであろう。その結
果として,航空機製造メーカーは,操縦席での疲労と眠気の影響を最小限に抑える
ことに役立つ機上コンピュータの力を利用することを強く促進すべきである。」,
「多くの国際線を運航する航空会社は,継続して約9時間ないし10時間を超える
飛行において,既に交替乗員を用いている。技術的に進化した航空機の導入によ
り,飛行時間は14時間を超えるまで延長されるであろう。これは飛行時間を増加
させ,それに伴い時差帯の移動が増加する。そして,交替乗員の搭乗は,今日一般
的に行われている以上に,乗員の必要要件に対して,より科学的アプローチを行う
ことにより,望ましいものとなる。」,「昼間か夜間の長距離運航かという要素
は,出発の時間帯という二つ目の関心事を引き起こす。なぜならば眠気と疲労は,
サーカディアン・リズムに強く関係しているために,経過時間だけに注目し,運航
時間帯を無視した規則では抑制され得ないからである。クルー・パフォーマンスに
着目すると,昼間の8時間の飛行は,夜間の同じ長さの飛行とは,まず比較するこ
とができない。依然,多くの国において,追加の運航乗務員を搭乗させる要件が,
ある固定された時間を超える飛行の長さ,あるいは勤務時間の長さによってのみ決
定されている。効率と安全性のために,運航乗務員の勤務時間と休養制限を制定す
るにあたって,要因として運航時間帯を含めることは,規則を制定する機関の責務
である。」などと述べられている。
(c) グレーバー博士は,昭和62年(1987年),「航空におけるヒューマ
ン・ファクター」と題する書籍を執筆した。この書籍の「運航乗務員の疲労とサー
カディアン・リズム」という章において,運航乗務員の場合には,乗務する時間の
不規則性のために多くのストレスが生じていること,運航乗務の数とそのタイミン
グには様々な場合があるから,運航乗務員については頻繁に勤務と休養のスケジュ
ールが変更されることになること,運航乗務員の適切な休養を確保するためには滞
在のタイミングと充分な休養施設の確保が滞在時間の長さよりも重要である可能性
があること等が指摘されている。
(d) 被告のFLIGHT SAFETY誌(平成元年8月号)には,グレイバ
ー博士の「グラス・コックピットによる長距離運航」と題する論文が紹介されてい
る。その概要は以下のとおりである。「2人編成のグラス・コックピット機が長距
離運航に導入されることによって運航の安全にいくつかの問題が提起される。パイ
ロットは航空機の操縦・操作から一層疎外化される反面,主たる意志決定者として
の役割が一層明確になる。判断力や柔軟性,あるいは独創性によって問題の解決を
図り,断固として処置が取れるのは人間だけである。先進の自動化コックピットは
航空機の状況に関する複雑なデータを提供してくれるので結構な役を果してくれる
が,それはまた倦怠(boredom)を助長させると共に注意力を低下させる恐
れがある。
 このような現象は特に長距離運航中に生じ易いようである。何故なら,グラス・
コックピット程ではないにせよ自動化の進んだ3人編成機における調査によって既
に相当の睡眠不足(sleeploss)と注意力(alertness)の低下
が実証されたからである。
 異常を検知するためのソフトウェアは,異常に気付かなかった人間のモニタリン
グの失敗を償うことはできても,意志決定を行い問題を解決するといったことに関
連する唯一無二の人間の能力を著しく損なう可能性がある。航続距離も現在よりは
るかに延びることになるので乗員の注意力をマネージする戦略を開発しなくてはな
らない。一つの解決法は,既に機上に搭載されている強力なコンピュータ・システ
ムとカラー・ディスプレーを利用することである。」
(e) アール・L・ウィナー教授(マイアミ大学経営科学工業エンジニアリング
専攻でヒューマン・ファクター研究の提唱者)は,平成元年(1989年)6月に
「新技術(グラス・コクピット)輸送機のヒューマンファクター」と題するNAS
Aの報告書を発表し,自動化操縦室であっても必ずしも作業量が減るわけではない
が,メーカーと航空会社がソフトウェアと手順を変更することで作業量を減らせる
可能性があること,現在の世代の自動化のコンセプトは健全であるが,ユーザー・
インターフェイスと最適な作業環境については欠いており,使いこなされていない
ことを指摘した。
(f) グレーバー博士は,長距離運航に関する操縦室でのうたた寝についてのN
ASAの研究に参加した。この研究に関する平成2年(1990年)7月9日の雑
誌の記事によれば,同博士は,「飛行中に短い休憩の時間を取ることで,特に勤務
スケジュールの最後の一区切りとなるフライトでの降下段階で,運航乗務員の覚醒
度を向上させることができた。ただし,操縦室での休憩は安全弁の一つであり,適
切なスケジュール作成に代替できるものではない。」などと述べた。
(g) NASAエイムズ研究所による「計画的コックピット休憩」と題する研究
 NASAのエイムズ研究所,飛行ヒューマンファクター本部のグレーバー博士,
ローズカインド博士らは,後記(ウ)のNTSBの安全勧告の後,長距離運航に乗
務する運航乗務員がコックピットにおいて計画的に休憩を取ることによって,その
覚醒度及び作業能力がどのように改善されるかについて調査研究を行い,平成2年
12月に「計画的コックピット休憩:長距離運航の運航乗務員の覚醒度と作業能力
の改善」との表題でこれを公表した。この研究は,NASAによって組織され,N
ASAと参加大学の協力研究者たちによって実施された。FAAはこの研究に協賛
し,承認した。また,ノースウェスト航空とユナイテッド航空は自発的にこの研究
に参加した。
 調査対象のフライトは,シアトル→成田→ホノルル→大阪→ホノルル→成田→ロ
サンゼルス→シアトル(現地滞在時間は各々19.3時間から29.4時間)とい
う離基地日数12日間に計8便乗務するという乗務割(うち2回が9時間未満の飛
行で,6回は9時間の飛行)の中で行われた3便目から6便目までのもので,これ
らは次のとおりであり,いずれも3名編成機であるB747型機がシングル編成に
より運航した。
① ホノルル→大阪(西向き,昼間,飛行時間9.5時間,勤務時間10.6時
間,滞在地での滞在時間20.4時間)
② 大阪→ホノルル(東向き,夜間,飛行時間6.0時間,勤務時間9.1時間,
滞在地での滞在時間25.4時間)
③ ホノルル→成田(西向き,昼間,飛行時間8.0時間,勤務時間9.0時間,
滞在地での滞在時間24.3時間)
④ 成田→ロサンゼルス(東向き,夜間,飛行時間9.7時間,勤務時間11.7
時間,滞在地での滞在時間25時間)
 洋上での巡航飛行中に交替で操縦席に座ったまま仮眠をとることができる40分
間の休憩を与えられるグループ(休憩グループ)と,通常の運航どおりそのような
休憩が与えられないグループ(無休憩グループ)とを作り,調査した結果,次のと
おりであった。
ⅰ 運航乗務員は操縦席で仮眠することができる。
 眠りにつくまでの時間は,③と④のフライトでは①と②のフライトより顕著に短
かった。離基地スケジュールの累積的影響が生理的な眠気のレベルの上昇として表
われている。
 休憩グループのパイロットは,休憩を与えられた場合の93パーセントのケース
で眠りにつき,眠りにつくまでの平均時間は10.3分間,眠りについた場合の睡
眠時間は平均23.2分であった。眠りにつくまでの時間は調査対象フライトのう
ちの③と④のフライトでは,①と②のフライトより顕著に短く,④のフライトで
は,眠りにつくまでの時間は平均4分であり,それは極度の睡眠障害をもつ患者に
しばしば見られるほどの短さであった。④では深い眠りが顕著に増加し,浅い眠り
は顕著に減少した。昼間飛行(①と③の西向きのフライト)での睡眠は,夜間飛行
(②と④の東向きのフライト)での睡眠と比較して,顕著に浅い睡眠が多かった。
 また,無休憩グループの管理時間中には,通常の飛行業務を継続するように指示
されていたにもかかわらず,その内の4名の操縦士について,2ないし3分,1件
については14分に及ぶ,合計5回の睡眠が測定された。
ⅱ 操縦席での仮眠はその後の作業能力の改善に効果がある。
 反射神経反応作業(PVT)のテストの結果は,休憩グループの乗員は,4つの
フライトを通じて,夜間飛行においてもフライトの後半についても相対的に一貫し
た作業能力を示し,作業能力の低下が見られなかったが,無休憩グループの乗員
は,4本のフライトの内,後のフライトになるほど,また,夜間飛行とフライトの
後半で作業能力の低下が大きく,また,休憩グループは無休憩グループより早い反
応を示した。
 着陸前の降下開始の1時間前から着陸までの間の覚醒度(注意力)のレベルの低
下については,この時間中,休憩グループについては合計37回,無休憩グループ
については合計135回の覚醒度の低下が認められ,特に着陸のための降下開始か
ら着陸までの間については,休憩グループでは1回も覚醒度の低下が認められなか
ったが,無休憩グループでは合計24回の覚醒度の低下が認められた。
ⅲ 結論
 これらの調査結果から,この報告書は,運航乗務員は計画的な休憩の機会を与え
られれば操縦席で良質の睡眠を取ることが可能であり,それが長距離飛行で経験さ
れる睡眠欠如に起因する居眠りを減少させ,居眠りによって起こりうる運航上の危
険性を減らすことができるであろうと結論付けている。
 NASAエイムズ研究所による「計画的コックピット休憩」と題する研究の概要
は,以上のとおりである。なお,この調査では脳波測定も行われているが,その際
ノイズの問題を解決するために機器の改良を行っている。
 FAAは,この研究を受けて,操縦席における計画的仮眠に関する航空規則制定
諮問委員会作業部会を設け,同作業部会は,平成5年1月14日,アドバイザリ
ー・サーキュラー最終案を作成し,航空会社が「操縦席における計画された休養施
策」を実施する方策を勧告した。
(イ) 産業医報告(甲736)
 被告の産業医である黒崎祐子,佐々木三男らは,昭和63年5月「長大路線にお
ける運航乗務員の睡眠と疲労」と題する論文(産業医報告)を発表した。
 黒崎らは,昭和61年,被告の長距離直行便であるシカゴ直行便の開設に際して
行われた飛行(往路は約11時間の東行きフライト,現地に24時間滞在し,復路
は約12時間30分の西行きフライト)に同乗し,その際に,①長大路線フライト
中の乗員の疲労感の変動,②疲労回復に有効な仮眠のとり方とその内容,③時差に
よる睡眠覚醒リズムを中心にした体内リズムの乱れを中心に検討した。その要約は
以下のとおりである。
「長距離直行便の機内での自覚的疲労感は,離陸後7時間位で増強し,その内容
は,目の疲れ,眠気,だるさ,肩や腰の痛み,口の渇きなどが中心であった。今回
のような現地へ24時間のみ滞在した場合では,疲労が強いまま帰国しているが,
心理的な作業能力の低下は認められていない。睡眠の変化としては,行きの機内で
はあまり眠れず,到着後すぐに仮眠をとるパターンが多かった。その後現地の夜に
眠ろうとするが睡眠は浅く,睡眠内容では徐助波睡眠とREM睡眠の現象がみられ
ており,このことが帰りの疲労の増強に影響するものと考えられた。帰りの機内で
は比較的安定した仮眠がとれ,帰国後第一夜の睡眠も良く,翌日の眠気も通常のパ
ターンを示した。」
 同報告は,また,NASAのASRSでは,疲労と関連した操縦士の事故報告例
は,1980年6月から1982年6月までに83件,1984年8月までに17
8件報告されていると指摘し,「事故発生には,疲労が重要な要素であり,その疲
労は,睡眠障害やサーカディアンリズムとも関連があると考えられる。」としてい
る。
(ウ) NTSBの安全勧告(甲328,333,536)
 NTSBは,平成元年(1989年)5月12日,交通輸送の安全性と疲労及び
睡眠との問題に関し,①疲労,眠気,睡眠障害,サーカディアン(体内日周期・体
内時計)が交通運輸システムの安全性に及ぼす影響について,連携のとれた研究プ
ログラムの実施を急ぐこと,②交代制勤務,勤務と休養のスケジュール作成,健
康,食事及び休養の適切な処方についての教育資料を作成して,運輸業界の従業員
及び経営者に伝達,配布すること,③すべての形態の交通運輸事業の勤務時間制限
に関する規則を見直し,それらの規則の統一性(一貫性)が確保され,また,疲労
と睡眠の問題に関する最新の研究結果が反映されたものとなるように改善すること
を求める安全勧告を行った。①と②は優先実施項目とされ,③は長期実施項目とさ
れた。なお,この勧告は,航空を含むすべての形態の交通輸送に関係する。
イ 小括的判断
 以上によれば,検討委員会報告当時の運航乗務員の疲労等に関する科学的研究
は,長距離運航について,勤務時間がより長く,時差が生じること,低い作業量の
時間帯が長いこと,これらは運航乗務員に疲労,眠気をもたらすこと,運航乗務員
の疲労,眠気については,運航時間帯や飛行の方向,休養のあり方も影響するこ
と,これらの改善のためには,コンピュータの活用や操縦室における計画的休憩,
適切な休養確保,運航時間帯に応じた勤務時間制限をすることが有用であることを
指摘しているということができる。
 なお,運航乗務員の疲労の程度が運航の安全性にいかなる影響を与えるかについ
ては科学的研究を踏まえて判断されるべきであるが,検討委員会報告が科学的研究
から見て妥当であるか否かは当時の科学的研究の下で判断されなければならない。
その後の科学的研究の成果から振り返って検討委員会報告の妥当性を判断すること
は,当時存在しない科学的研究に基づいて検討委員会報告の妥当性を判断すること
になり,相当でない。
 上記の科学的研究の指摘のうち,コンピュータの利用をいうものは,これをいう
科学的研究当時(昭和60年代当時),新世代2名編成機であるB747-400
型機(平成元年に型式証明取得)については研究の対象とされていないことが明ら
かであるところ,B747-400型機はよりコンピュータの利用に努めているか
ら,この指摘は,B747-400型機で代表される新世代2名編成機には必ずし
も当てはまらない。適切な休養の確保が必要なことはいうまでもなく,このことは
航空法施行規則157条の3第2項の規定から明らかである。
 操縦室における計画的休憩は,一つの方法としてあり得るものの,当該研究にお
ける調査対象フライトスケジュール(ア(ア)c(g))は,滞在地での滞在時間
とそれに続く飛行時間,勤務時間からして,十分な休養が確保されているとは言い
難いものであるから,操縦席における計画的休憩を取り入れなかったからといって
検討委員会報告が妥当でないとはいえない。
 運航時間帯に応じた勤務時間制限をすることは,このような定めをしている国も
あった一方で,制限値を一定の値としている国も少なからずあったのであるから
((1)ウ(イ)a(d)①),検討委員会報告が運航時間帯に応じた勤務時間制
限としなかったことが妥当でないとは必ずしもいえない。NTSBの安全勧告も,
疲労と睡眠の問題に関する最新の研究結果が反映されるよう規則を改善することは
長期実施項目としていたことからすれば,この安全勧告から検討委員会報告が妥当
性を欠くとはいえない。
 これらのことと,検討委員会がした実機飛行調査では2マン機と3マン機とでは
操縦士の疲労度に有意な差がなかったことからすれば,科学的研究に照らしても,
疲労度の観点から見た検討委員会報告は妥当なものということができる。
 なお,検討委員会がした実機飛行調査では脳波測定はされていないが,検討委員
会は,脳波測定の要否についても検討した上,ノイズの関係から測定困難であると
したことが認められるから(乙287,288),このことから検討委員会がした
実機飛行調査に問題があるとすることはできない。
(6) 過去の航空機事故から見た検討委員会報告の妥当性
ア 認定事実
 本件に関係する運航乗務員の判断,操縦等に関係する航空機事故等として以下の
事故があることが認められる。
(ア) 英国航空ガルングン事故(甲245)
 昭和57年6月24日,クアラルンプール発パース行きの英国航空のB747型
機が,インドネシア上空を飛行中,インドネシアのガルングン火山の噴火による火
山灰に遭遇し,4基あるエンジンのすべてが停止した。副操縦士,航空機関士はエ
ンジンの再始動を試みたが,成功せず,機長は機体を操縦して,高度を下げ,ジャ
ワ島の南洋上に着水することを考えたが,エンジン停止から13分後,火山灰空域
から脱出したことによって,エンジン再始動に成功した。
 当時,運航乗務員は,エンジン停止の原因が火山灰にあることが分からず,ま
た,事前にガルングン火山の噴火に関する情報を与えられていなかった。
 当該英国航空機の機長は,同様の事態を2名編成機でうまく処理できると思うか
との質問に対して,「非常に難しいと思う。オートパイロットがどれだけ使えるか
にもよるが,いずれにしても厳しいことには変わりはない。」と回答している。
(イ) アビアンカ航空ニューヨーク郊外事故(甲246)
 平成2年1月25日,南米コロンビアのボゴタ空港を離陸しメデリン市空港を経
由して運航してきたアビアンカ航空B707型機の定期旅客便が,ジョン・F・ケ
ネディ空港に降下進入をしようとしたが,悪天候のため航空管制官から3回にわた
って上空待機を指示され,その間搭載燃料の適切な管理を怠り,また,燃料がなく
なりつつあるという緊急事態を航空管制官に正しく伝達できなかったため,2度目
の計器進入中に燃料が枯渇してエンジンが停止し,ζの北岸近く,樹木の繁茂する
住宅地の丘陵斜面に墜落し,73名が死亡した。このほかに,悪天気象下で過密な
空港に進入する国際線に情報を提供する支援システムを運航乗務員が活用しなかっ
たこと,FAAによる不適切なトラフィック・フロー・マネージメント,パイロッ
トとコントローラー間で燃料枯渇寸前の緊急事態であることが容易に理解できる標
準化された用語がなかったこと,1回目の着陸を試みた際に,ウィンド・シアーに
遭遇し,オートパイロット不具合のため手動操縦を長時間続けてきたことからパイ
ロットが疲労しており,燃料事情の懸念によって強まったストレスが加わって,着
陸することができなかったこと,機長が英語が不得意で,管制官との通信を副操縦
士に任せており,それを理解していなかったと見られること等も事故の一因として
指摘されている。
(ウ) なお,証拠(甲230,231,237,239,240,242,24
3の(1),248,249,250,289,295の(1),(2))によれ
ば,運航乗務員の判断,操縦等に関係する航空機事故等として他にもいくつかのも
のがあり,被告においても,サンフランシスコ湾着水事故(昭和43年11月22
日発生。甲249),羽田滑走路逸脱事故(昭和47年5月15日発生。甲24
0),ニューデリー事故(昭和47年6月14日発生。甲239,249),ソウ
ル空港滑走路逸脱事故(昭和47年9月7日発生。甲240),ボンベイ事故(昭
和47年9月24日発生。甲239),モスクワ事故(昭和47年11月29日発
生。甲239),アンカレッジ事故(昭和50年12月17日発生。甲235,2
39),クアラルンプール事故(昭和52年9月27日発生。甲20,239,2
49),羽田沖事故(昭和57年2月9日発生。甲239)等があるが,これらの
事故が乗員の長時間乗務等による疲労に関係して起きたことを認めるに足りる証拠
はない。
(エ) 全損事故率(乙298)
 P6機長は,昭和61年に行った講演で,航空機の全損事故のうち75パーセン
トが運航乗務員によるとし,長距離機材の全損事故率は短・中距離機材より2.8
3倍高いとした。この解析は,昭和60年までに入手可能であった運航データに基
づいたものであった。
イ 小括的判断
 過去の航空機事故のうち,英国航空ガルングン事故は,機長の回答内容からし
て,2名編成機と3名編成機で事態の処理が異なるとするまでのものではないし,
アビアンカ航空ニューヨーク郊外事故も,その事故原因からして,2名編成機と3
名編成機のパイロットのワークロードの差異によるとするまでのものではない。ま
た,全損事故率の解析がされた当時(昭和60年),B747-400型機等の新
世代2名編成機は未だ運航していなかったから,全損事故率からして,B747-
400型機が安全性に欠けるとはいえない。これらからすれば,過去の航空機事故
から見て,検討委員会報告が妥当でないとはいえない。
(7) 検討委員会報告及び平成4年技術部長通達の妥当性についてのまとめ
 以上(3)ないし(6)で検討したところによれば,検討委員会報告は,諸外国
の基準,B747-400型機のパイロットのワークロード,疲労度の各観点から
みて,また,当時の科学的研究から検討しても,妥当なものであったということが
できるから,これと同内容を国の基準とした平成4年技術部長通達に問題があると
することはできない。
 ところで,平成4年技術部長通達はその後廃止され,これと同内容が審査細則に
盛り込まれているが,科学的研究は進歩するものであるし,これを踏まえた乗務時
間及び勤務時間制限のあり方も時代によって変わり得るものであるから,その後の
諸外国の実情,パイロットのワークロードや疲労に関する科学的研究から見て,我
が国の基準(審査細則)が妥当とはいえなくなったのではないかも問題となるの
で,以下これらについて項を改めて検討する。
(8) 諸外国の実情から見た審査細則の妥当性
ア 認定事実
(甲559,675,679,680,684,734,753,763,76
5,959の(1),962,964,1075,1076,1147ないし11
49,1151,乙159,168,186ないし193,249ないし251,
310,347,414,証人P4のほか,後掲)
(ア) 主要諸外国12か国(米国,カナダ,香港,オーストラリア,英国,ドイ
ツ,オランダ,デンマーク,フランス,オーストリア,スイス,フィンランド)の
シングル編成1回着陸及びシングル編成2回着陸の場合の飛行時間及び飛行勤務時
間に関する制限値は別紙8のとおりであることが認められる。これによれば,以下
のとおりである。なお,フィンランドでは個別的に運航規程を認可する仕組みとな
っているため,残りの11か国で比較する。
① 制限値の定め方
 制限値を一定の値としている国
 米国,カナダ,オーストラリア,フランス,スイスの5か国
 勤務の開始時刻等に応じた制限値を設定している国あるいは条件を付して制限値
の幅を設けている国
 香港,英国,ドイツ,オランダ,デンマーク,オーストリアの6か国
② 制限の対象
 乗務時間の制限を飛行時間のみで制限している国
 米国のみ
 飛行勤務時間(飛行勤務時間の定義は,国によって,航空機乗組員の出頭時から
飛行終了まで,あるいは出頭時から飛行後の作業終了までの相違がある。)のみで
制限している国
 カナダ,英国,ドイツ,オランダ,デンマーク,オーストリア,スイスの7か国
 その両者で制限している国
 香港,オーストラリア,フランスの3か国
③ 2名編成機と3名編成機との区別の有無
 2名編成機と3名編成機とで乗務時間制限に差を設けている国
 米国,香港,英国の3か国
 差を設けていない国
 カナダ,オーストラリア,ドイツ,オランダ,デンマーク,スイスの6か国(オ
ーストリアは不明)
④ 2名編成機のシングル編成における1飛行の制限値
飛行時間   最小8時間から最大12時間
飛行勤務時間 最小9時間から最大16時間
 飛行時間制限で12時間を許容している国
 なし
 飛行勤務時間のみで制限している国のうち,飛行時間制限12時間にほぼ相当す
ると考えられる飛行勤務時間制限14時間又はそれ以上を許容している国
 カナダ,ドイツ,オランダ,デンマーク,スイス,オーストリアの6か国。な
お,カナダ,スイスでは操縦席における計画的休憩が認められているが,カナダ,
スイスの航空当局は,操縦席における計画的休憩と飛行時間制限とは無関係である
としている。
(イ) 欧州議会は,平成14年9月3日,民間航空の領域における技術要件等の
統一に関する立法決議をした。この決議では,2名編成機と3名編成機とで区別せ
ず,出頭時刻及び飛行区間毎に飛行勤務時間で制限することとされており,日中の
標準飛行勤務時間は13時間(条件付で1時間の延長が可能),夜間帯の飛行勤務
時間は11時間(条件付で45分の延長が可能)などとされている。
(ウ) FARの改定案について
(甲216号証の(1),328,536,627,701,729,735,7
68,乙160)
a 米国では,平成2年10月,NASAとFAA共同の運航乗務員の疲労調査報
告が行われたが,平成5年に,後記(11)ア(ア)のとおり,グアンタナモ湾の
航空機事故が発生し,平成6年5月にNTSBが勧告を出し,また,平成7年1月
にNASAガイドラインが発表され,同年11月には,NTSBとNASAが共催
して運航乗務員の疲労についてのシンポジウムが行われた。
 これらの流れを受けて,FAAは,平成7年12月,FARの改定案を発表し
た。この改定案の目的は,第一に,該当する規則に科学的知識を可能な限り組み入
れること,第二に,あらゆる種類の業務を通じて統一性のとれた,明確な勤務時間
制限,飛行時間制限及び休養時間を定めることにあった。
b FARの改定案の要点は以下のとおりである。
(a) 2名編成機の運航をシングル編成で行う場合について,パイロットの勤務
時間(Duty Period。免許事業者が命じた飛行時間を伴う任務に就くた
めに出頭し,その任務から解放されるまでに経過した時間),飛行時間及び乗務後
の休養時間を次のように定める。
勤務時間   14時間以内
飛行時間   10時間以内
最少休養時間 10時間
 ただし,運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を16時間まで延長
することができる。
 実際の勤務時間が14時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には,乗務
後の休養時間を9時間まで短縮することができるが,次の休養時間は最低11時間
なければならない。
(b) 2名編成機の運航をパイロット3名(マルチ編成)で行う場合
勤務時間   16時間以内
飛行時間   12時間以内
最少休養時間 14時間
 ただし,運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を18時間まで延長
することができる。
 実際の勤務時間が16時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には,乗務
後の休養時間を12時間まで短縮することができるが,次の休養時間は最低16時
間なければならない。
(c) パイロットが3名で,指定仮眠施設(連邦航空局が承認した乗員が睡眠を
取る目的で指定された区域)での睡眠機会を伴う場合
勤務時間   16時間から18時間以内
飛行時間   16時間
最少休養時間 18時間
 ただし,運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を20時間まで延長
することができる。
 実際の勤務時間が18時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には,乗務
後の休養時間を16時間まで短縮することができるが,次の休養時間は最低20時
間なければならない。
c 米国航空運送協会は,平成8年2月26日,米国運輸省及びFAAに対し,改
定案は科学的方法及び権威並びに基礎的な安全分析の観点に照らして不完全かつ不
適切であること等を理由として,その撤回を請願した。
 他方,US-ALPA(米国のパイロットの組織)は,運航乗務員の実体験に基
づく報告である「疲労に関連するイベントレポート」やNASAの疲労に関する科
学的研究を根拠として,上記改定案のうち,2名編成機のシングル編成の飛行時間
を8時間から10時間にすることに反対する意見書を提出し,IFALPAや日本
乗員組合連合会もこの点について反対する意見書を提出した。
 また,US-ALPAは,平成12年6月FAAに対し,標準の予定勤務時間は
12時間とすべきであるなどとする勧告を提出した。
d NTSBは,平成11年6月,FAA長官に対し,次のとおり3項目からなる
安全勧告をした。
(a) 科学的な根拠に基づいた勤務時間規則を2年以内に制定すること。この勤
務時間規則は,勤務時間を制限し,予定の立つ勤務と休養のスケジュール作成を可
能にするものであり,サーカディアン・リズムと人間の睡眠及び休養の必要性に配
慮したものであること。(安全勧告A-00-45)
(b) 1年以内に,飛行時間・勤務時間の規則の見直しを完了させ,飛行時間・
勤務時間制限が疲労と睡眠の問題に関する研究の結果を考慮したものとなるよう
に,規則を改定すること。新しい規則は,連邦法14巻(航空法)121章の飛行
時間・勤務時間の制限,又は他の適切な規則を満足しない限り,航空会社が連邦法
14巻(航空法)01章に基づく飛行に運航乗務員を配置することを禁止すべきで
ある。(安全勧告A-05-113)
(c) 定期・不定期の有償飛行を行う運航乗務員の連続勤務の日数,勤務期間当
たりの勤務時間についての適切な制限を設定し,アラスカと合衆国の他の地域とで
同一の制限を適用すること。(安全勧告A-05-125)
e FAAは,平成13年5月,勤務時間16時間を超えることが予想される場合
は,出発を禁止する旨のFAR改定案を提出した。
f しかし,現在に至るまで,FARは改正されていない。
イ 小括的判断
 上記認定事実によれば,各国の乗務時間及び勤務時間の制限の仕方は様々である
が,これを概括すれば,①制限値の定め方として一定の値を定める国とそうでない
国が拮抗している,②制限の対象としては,飛行時間のみで制限している国は1か
国のみであるのに対し,飛行勤務時間のみで制限している国が多数である,③2名
編成機と3名編成機との区別の有無については,両者で乗務時間制限に差を設けて
いない国が多数である,④2名編成機のシングル編成における1飛行の制限値は,
飛行時間は最小8時間から最大12時間,飛行勤務時間は最小9時間から最大16
時間であり,飛行時間制限で12時間を許容している国はないが,飛行勤務時間の
みで制限している国のうち,飛行時間制限12時間にほぼ相当すると考えられる飛
行勤務時間制限14時間又はそれ以上を許容している国は6か国ある,ということ
ができる。
 制限値を一定の値とする国も少なくないこと,2名編成機と3名編成機とで乗務
時間制限に差を設けていない国が多数であることからすれば,審査細則が制限値を
一定の値とし,かつ,2名編成機と3名編成機とで乗務時間制限に差を設けていな
いことが妥当性を欠くとはいえない。審査細則が乗務時間制限のみで12時間と規
制している点は,他国の基準と比べて緩やかであるといえるが,飛行時間制限12
時間にほぼ相当すると考えられる飛行勤務時間制限14時間又はそれ以上を許容し
ている国は6か国あるから,これと比べれば突出しているとまではいえない。
 以上からすれば,各国の実情から見て,審査細則が妥当性を欠くとすることはで
きない。
(9) パイロットのワークロードから見た審査細則の妥当性
ア 認定事実(甲739,740,1119,乙446,447)
(ア) FAAのヒューマン・ファクター・チームは,平成8年6月,「運航乗務
員と現代の操縦室システム間のインターフェース」と題する報告を発表した。同報
告では,「航空機事故の約60パーセントがパイロットのエラーが主な事故原因と
して確認されている。自動システムは,いくつかのタイプのパイロットのエラーを
減少させ,なくしたが,新たな種類のエラーを生み出した。」などとしている。
(イ) ICAOは,平成10年,「ヒューマンファクター訓練マニュアル」を公
表した。その自動化に関わる部分では,「将来的にも自動化の利点が問題点をはる
かに上回ることは間違いない。自動化システムの正しい利用法についてはまだ国際
的なコンセンサスは得られていないが,ヒューマンエラーに起因する事故について
一部の削減は明らかに自動化システムの操縦室への導入によるものと言える。一
方,記録によれば自動装置の故障と,更により高い比率で人間と機械系インターフ
ェイスでの不整合が,事故あるいはインシデントの決定的なエラーチェーンの一環
として残されていることも事実である。自動化導入の理由の一つはヒューマンエラ
ーの削減にあった。しかし現在までに特定の形のエラーは削減できたが,それに代
わってエラーの置き換え現象が発生するようになった。自動化によって小さなエラ
ーは削減できても,その代わりに大きなエラーが発生する可能性が高くなることも
経験されている。」,「自動化は操縦室のワークロードを軽減する手段の一つとし
て位置づけられている。しかし経験によると,手動操作によるワークロードは軽減
されても,知的ワークロードは同じ割合で減少はしない。実際にはむしろ知的作業
量が増加している。同じく運航経験によると,特に混み合ったターミナルへの進
入,着陸等,通常でもワークロードの高いフライトの局面では,自動化が常にワー
クロード軽減に役立つわけではない」などと記述されている。
 被告の最新(平成13年6月改定)のパイロットフライトトレーニングガイドで
も,「近年のADVETCH(Advanced Technology)機と呼
ばれる新しい航空機においては,先端技術を反映した自動化が顕著に進み,運航乗
務員のエラーを防止し,安全性を向上するための方策が採られるようになってきて
いる。しかし,皮肉なことに一方では自動化に伴う新たな種類のエラーが生まれて
くるなど,ヒューマンファクターに起因する事故の比率は未だに顕著に改善されて
おらず,現在航空機事故の約7割が,この部分に係わるものとされている。」と記
述されている。
 また,ボーイング社のB747-400型機トレーニングマニュアルでは,クル
ー・インキャパシテーションは,定期的な訓練で行われているnon-norma
lな状態が発生するのと同程度の頻度で発生すると記述されている。
 もっとも,このICAOの訓練マニュアルや被告のフライトトレーニングガイド
の記述等は,1980年代に行われた調査,研究に基づくものであると指摘されて
いる。
イ 小括的判断
 上記アの認定事実によれば,B747―400型機に見られるような自動化の進
展が,運航乗務員のエラーの減少に役立っていること,しかし,他方で,新たな種
類のエラーを生み出していること,ワークロードの高いフライトの局面では,自動
化が常にワークロードの軽減に役立つわけではないことが指摘されているというこ
とができる。
 しかし,これらの指摘によっても,パイロットのワークロードが2名編成機と3
名編成機の場合で差があるとまでは認められないから,これらの指摘から,ワーク
ロードの観点から見て審査細則が妥当性を欠くとはいえない。
(10) 疲労度から見た審査細則の妥当性
ア 認定事実
 証拠(甲763,962,証人P4のほか,該当箇所に後掲)によれば,平成4
年技術部長通達以後の運航乗務員の疲労等に関する科学的研究の主なものとして,
以下のものがあることが認められる。
(ア) DLR研究
a DLRドイツ航空宇宙医学研究所による「長大路線の運航-最近の研究のまと
め」と題する研究(DLR研究1。甲5,969,1036,乙164,166)
(a) DLRは,欧州連合及びドイツ運輸省航空当局の要請を受けて運航乗務員
の疲労に関する研究を行っている。
(b) ヨーロッパ統合航空局(以下「JAA」という。)の医学顧問である,D
LRのザメル博士及びウェグマン博士は,平成5年5月,「長大路線の運航-最近
の研究のまとめ」と題する論文(DLR研究1)を発表し,平成6年3月に欧州連
合に報告した。
 この論文は,2名の運航乗務員による長時間の運航が行われる長大路線が導入さ
れ,飛行の安全に関する深刻な問題が生じていることを指摘し,科学的調査が始め
られ,法制化への動きがあることを紹介しているが,その中で,日本の検討委員会
が行った2名編成機と3名編成機の疲労度調査について,脳波,眼球運動について
の調査が行われていないこと,この調査は,交代要員を含む編成で行われており,
シングル編成における乗務に置き換えることはできないし,1か所の乗務区間でし
か行われておらず,もっと多くの区間で行われていれば違った結果が出た可能性が
あること,さらに,目的地での滞在時間が現行の規則が必要であると定めているよ
りもかなり長いものであったことを指摘し,検討委員会の出した結論には批判の余
地があるとしている。
(c) DLR研究1によれば,次のとおりである。
ⅰ DLR航空医学協会は,JAAとドイツ運輸省から,2名編成機で長距離運航
をする場合の機内での運航乗務員の覚醒度,警戒心及び疲労度並びに24時間周期
の身体のリズムや睡眠といった各点に関係する要素について調査するように依頼を
受け,平成3年,デュッセルドルフ-アトランタ路線,ハンブルグ-ロサンゼルス
路線等でのフライトについて,脳波記録装置及び動眼記録装置を使用した運航乗務
員の生理的な覚醒度の調査,心電図を使用した肉体的及び精神的負荷の調査,並び
に疲労感について20段階の,及びワークロードについて10段階の,主観的な評
価を行う調査を行った。
ⅱ 調査の結果
「睡眠時間」
 デュッセルドルフ→アトランタのフライトのように西行きの乗務では睡眠時間の
変化はあまり見られないが,アトランタ→デュッセルドルフのように東行きの乗務
については7時間から8時間睡眠不足となった。この睡眠不足の原因は,東行きの
フライトが夜間に始まることにあるに違いない。アトランタ→デュッセルドルフ便
の前には,平均して,1.6時間の仮眠しか取られていない。
「乗務員の疲労度(覚醒度)」
 運航乗務員は,約10時間のフライトであるデュッセルドルフ→アトランタのフ
ライトについては,フライトの最中にはあまり疲労を感じておらず,覚醒度は十分
であり,作業能力に関しては危険のない範囲内のものであった。これに対し,約8
時間のフライトであるアトランタ→デュッセルドルフの復路のフライトについて
は,平均的にはやや疲労している状態にとどまるが,そのうちの何人かの運航乗務
員はかなりの疲労感があった。
 約12時間のフライトであるハンブルグ→ロサンゼルスへのフライトについて
は,運航乗務員は,出発後9時間まではあまり疲労を感じておらず,覚醒度は十分
であり,作業能力に関しては危険のない範囲内のものであったが,10時間後から
は平均的にやや疲労している状態となり,11時間後にはそのうちの何人かの運航
乗務員はかなりの疲労感があった。約12時間のフライトであるロサンゼルス→ハ
ンブルグの復路のフライトについては,出発後5時間経過後から平均的にやや疲労
している状態となり,9時間経過後には平均的にもかなり疲労している状態に近づ
いた。
「睡眠後の経過時間との関係」
 最後に睡眠を取ってから何時間起きているかはフライト中の疲労度に影響する
が,デュッセルドルフ→アトランタのフライト(昼間のフライト)が行われたと
き,運航乗務員は出発の2時間前に目覚め,フライトの最中にあまり疲労を感じて
おらず,覚醒度は十分であり,作業能力に関しては危険のない範囲内のものであっ
た。
 ハンブルグ→ロサンゼルスのフライト(午後のフライト)の場合は,運航乗務員
はロサンゼルスへ出発する前に平均して7,8時間起きていた。疲労度が危険な範
囲に初めて入ったのは11時間のフライトの後であり,目覚めてから19時間後の
ことである。
 ロサンゼルス→ハンブルグのフライトについては,運航乗務員は,そのフライト
が始まる前に,平均して10時間起きていた。運航乗務員の何人かは,7時間のフ
ライトの後,つまり朝目覚めてから17時間後にはかなり疲れたと感じ始めた。ア
トランタ→デュッセルドルフの復路のフライトについては,フライトの始まる前の
午後(現地の深夜)に眠れなかった運航乗務員は,既に16時間起きていることに
なる。フライトが3時間経過すると疲労度がもう増加し始めるが,それは最後に眠
ってから19時間後に当たる。
 通常の24時間周期の身体の機能は,深夜に低下し,早朝に向かって向上するの
で,夜間飛行では疲労度がより進む。ロサンゼルス→ハンブルグのフライトでは,
24時間周期の身体のリズムの変化から起こるこの2つの影響が疲労に関係してい
る。
(d) 以上の調査の結果,DLR研究1は,「短期間の疲労及び長期にわたる累
積的な疲労を招く過度の疲労と不十分な休養という事態を避けなければならない。
不規則な勤務時間と時差の影響を考慮した適切な睡眠パターンを維持させるべきで
ある。これらの原則に照らすと,2名編成機のシングル編成での通常の乗務時間は
10時間を超えてはならず,これを延長させることは,追加される勤務時間の長さ
と着陸する時刻や1週間ごとの頻度を考慮して,例外的に認められるべきである。
とりわけ,夜間飛行を含む乗務中には,睡眠不足や24時間周期の身体のリズムの
影響で運航乗務員の警戒心や作業能力が低下する可能性が高まり,2名編成機のシ
ングル編成での長大路線の運航に重大な作業能力の悪化を引き起こす。」としてい
る。
(e) DLR研究1の調査の対象とされた実フライトは,ドイツのコンドル航空
とLTU国際航空のものであった。DLR研究1の調査結果は,当時,脳波,眼球
運動,心電図の測定分析が未了であったことから,主観的疲労度調査に基づいてさ
れている。DLR研究1については,採用した主観的疲労度測定方法では質的な意
味での評価を行うことは困難である,使用された言葉は他の集団には適当ではない
か,同じ意味を持たない可能性がある,10時間という制限に至った過程の説明が
されていないとの指摘がある。
b 「2名編成運航 長距離夜間飛行中のストレス及び疲労」(DLR研究2。平
成6年2月。甲1036,乙166)
 DLR研究2の要約は以下のとおりである。
「この研究の目的は,2夜連続の飛行かつ飛行と飛行の間の時間が短時間である勤
務割の2名編成による長距離運航を調査することであった。長距離路線での2名編
成運航の法的側面に関する研究計画の一部として,この調査は,JAAが現在審議
中の飛行時間制限と休養要件に関しての必要な情報を提供することが意図されてい
た。この調査はフランクフルト-マヘー路線において,ドイツの航空会社の協力に
より実施した。11回の勤務(22便)について,毎回の飛行前,飛行中,飛行後
のデータを両者のパイロットから収集することにより調査した。脳波・心臓の作
動・運動性活性度及び主観的評価の測定により,ビジランス,覚醒度,睡眠,ワー
クロード,疲労及びストレスを記録した。平均実飛行時間は往路便で9時間15分
及び復路便で10時間05分であった。全ての飛行は夜間帯に実施された。マヘー
での飛行と飛行との間の時間は昼間帯で平均約14時間であった。
 飛行と飛行との間においては,基準値の睡眠時間約8時間に比較して睡眠の時間
が平均で約2時間短縮した。2夜連続の夜間帯乗務では,基地に帰着した時点で,
睡眠が9.3時間不足していた。乗務中の業務量は少ないか又は中程度で通常の範
囲であったが,疲労度に関しては飛行中に程度の増加が見られた。復路便では疲労
がより顕著で,何人かのパイロットが疲労度を臨界レベルに記録した。復路では運
動性活性度の減少が顕著であった。脳波は往路復路とも変化したが,復路の後半で
著しく変化し,無意識のマイクロイベントがより頻繁に発生した。予め計画した9
0秒間休息の時間帯中に,脳波は眠気増加の徴候を示した。心拍数は離着陸時は増
加したが正常な範囲にあった。復路便では往路便よりも顕著に,心拍数の変動が副
交感神経系の調節傾向を示した。往復の夜間便では,運動性活性度,脳波及び心拍
数が,嗜眠状態及びビジランスと覚醒度が低い状態を示したが,変化は2回目でよ
り顕著であった。
 生理学的データ及び質問表の評価による結果によれば,調査が行われた勤務割は
精神的及び生理学的能力の限界に近づいていたものであったと推断できる。影響す
る主な要素は,(1)夜間乗務,なぜならサーカディアン・リズムの谷では人間の
機能が減少するから,(2)睡眠不足の累積,なぜなら正常で通常の睡眠が可能で
ないから,(3)休憩のない長時間の乗務,なぜならビジランスと覚醒状態を維持
できないからである。
 この調査及び大西洋線での調査の結果からは,最小必要乗員数が2名の場合と3
名の場合で,飛行勤務時間と休養に関する法規に差をつけることが必要であると確
信できる証拠は発見できなかった。特に,連続したブロックタイムが,2名編成で
の運航における特別な制限を正当化するような臨界的な要素であるとの見解の根拠
となる結果はなかった。一方,夜間乗務は,最小必要乗員数が2名の場合と3名の
場合の両方について,より一層臨界的とみなさなければならない。考えられる夜間
勤務(出頭時間が18時00分から03時59分の間)については12時間への減
少は不十分であり再検討が必要である証拠が,全ての調査から得られた。改善策と
して二つの方法を勧告する。すなわち,(1)「操縦席での計画的仮眠」を法制化
すること,(2)1週間内での2回以上の夜間勤務に対するブロックタイムを制限
すること。
 JAAの新法規でこれらの対策を実現するには,コックピットにおける仮眠を含
む規定の追加とブロックタイムの適切な制限について規定する条項1.1085
(a)(2)の改訂が必要である。」
 DLR研究2は,結論として,「最小必要乗員数が2名の場合と3名の場合につ
いて運航上の要件に関する本質的な差異はない。したがって,最小必要乗員数が2
名で承認されたコックピットに対して特別な規定は提案されない。・・・最低乗員
編成の編成数に関係なく,夜間飛行の方がより臨界的で一層の検討を必要とする。
夜間帯(出頭時間18時00分から03時59分まで)の飛行勤務時間制限に関す
る現行の規定を更に12時間以下に短縮することについて,再検討されるべきであ
る。しかしながら,現在の調査結果は新しい制限値を定めるには不十分で,より広
範囲な飛行状態に関する形態を網羅する研究を追加することが望ましい。他方,直
ちに,実行することが必要なものがある。状況改善のため,主なものとして次の二
つの取組みを勧告する。(1)疲労と睡眠欲求を軽減するための法的手段として
「コックピットにおける計画された仮眠」を認めること。(2)睡眠不足と眠気の
蓄積を防止する目的で,1週間に2夜以上の夜間勤務に対するブロックタイムを制
限すること。」としている。
c 「長距離運航における運航乗務員の疲労」(DLR研究3。平成9年4月。乙
167)
 DLR研究3の要約は以下のとおりである。
「デュッセルドルフ(DUS)-アトランタ(ATL)及びハンブルグ(HAM)
-ロサンゼルス(LAX)の子午線横断路線と,フランクフルト(FRA)-マヘ
ー(SEZ)の南北路線について調査を行った。予定された飛行時間は,8時間5
0分(ATL-DUS)から11時間50分(HAM-LAX)の間であった。合
計で25の勤務割(50便)について,飛行前・飛行中・飛行後における睡眠・業
務分担量・疲労・ストレスを脳波と心電図による測定値と主観的評価のデータを蒐
集して調査を行った。飛行中の業務分担量の調査については,負担感が大西洋飛行
の場合は少なかったが,南北移動では中程度であった。疲労度は,飛行時間が経過
するに従って増加した。昼間帯の飛行帯であったアメリカ西海岸に向う長時間飛行
の最終段階及び全ての夜間飛行では,昼間帯のDUS-ATL飛行で蒐集した「基
準値」の程度に比較して疲労は高い状態にあった。とりわけ,SEZ-FRAの復
路便の飛行では数名のパイロットが,疲労は「臨界域」にあるとし,疲労が極度に
達していると述べた。調査結果から,HAM-LAX(長時間の乗務時間)及び特
にFRA-SEZ(連続する夜間乗務)のような勤務割においては,精神的及び生
理学的能力に過度の要求をしていることがあるという結論を得た。法的な側面でこ
の結果は重要であり,乗務時間制限及び休養要件の体系の改善について更に検討を
進めなければならない。」
 DLR研究3は,結論として,「第一は,DUS-ATL路線での昼間帯の便
で,ドイツの規則で定めた通常の乗務時間を超過しているが,必要最小限の乗員に
臨界的な障害を生じさせていない。通常の昼間帯であれば,調査を行った条件のも
とで,12時間未満の飛行勤務時間は許容できた。・・・しかし,12時間を超え
るFDPは,疲労と覚醒度という点でコックピットの一部のパイロットにとっては
臨界的であると考えなくてはならない。第2の結論としては,夜間乗務は昼間帯に
比較して覚醒度とビジランス状態の程度が低いことがあげられる。・・・昼間は,
疲労が原因のビジランス状態の低下は業務時間の経過とともに発生し,12時間を
超えて業務が継続すると疲労は臨界的となる。夜間では,乗務の経過にともない昼
間よりも速く疲労が増加する。これにより,夜間帯の業務は最大10時間でなけれ
ばならないという結論に達する。」とし,「今回の調査結果に基づき,2名乗員編
成の飛行勤務時間は,昼間帯の運航で12時間,夜間帯の運航で10時間に制限さ
れるべきである。」と勧告している。なお,ここにいう飛行勤務時間は,飛行時間
に1時間30分を加えた時間である。
(イ) 操縦室での計画的休憩に関するNASA研究関連(甲690,730,乙
236,237)
 NASAは,平成6年9月,「航空機運航における乗員のファクター(要因)の
研究第9部:長距離運航における操縦室での計画的休憩が乗員の能力及び覚醒度に
与える影響について」と題する論文を発表した。この研究の概要は以下のとおりで
ある。
 「この研究の第一の目標は,長距離運航において操縦室で計画的に休憩を取るこ
とがパイロットの覚醒度とパフォーマンスの向上に効果があるかどうかを確認する
ことであった。21人のパイロットがこの研究に参加し,無作為に「休憩グルー
プ」と「無休憩グループ」とに分けられた。休憩を取るグループには,作業の少な
い巡航時に40分間の計画的な休憩時間が与えられた。これに対し,休憩を取らな
いグループには同じ時期に40分間の計画的な管理時間を設定したが,この間も通
常の運航業務を継続させた。
 仮眠が,生理,行動,パフォーマンスなどに及ぼす影響や実感される影響を測定
するために,様々な計測手段を用いた。この手段とは脳波と眼球の動きの携帯用連
続記録装置,反応時間・注意力検査,手首の動きのモニターである。また実感の測
定に,この研究ではフライト中の疲労と覚醒度の主観的評価,睡眠時間や食事,運
動,飛行時間,勤務時間を毎日記録した日誌,NASAの生活背景評価のための質
問票などでデータを収集し,使用した。
 研究の結果,「休憩グループ」のパイロットは,操縦室での休憩時間に睡眠を取
ることができ,全体的に素早く眠りにつき効率良く睡眠をとることができたと考え
られる。「無休憩グループ」との比較において,仮眠は,生理的覚醒度とパフォー
マンスの向上をもたらした。またフライト中,降下・着陸などクリティカルな局面
も含めて仮眠の効果が観測された。パフォーマンスのデータと生理的測定のデータ
が共に一致して操縦室内における仮眠の効果を示したことは,実験結果の確実性を
裏付けている。この仮眠は滞在地での睡眠や,大半の乗員が示した蓄積睡眠負債に
対しては影響を及ぼさなかった。仮眠の手順は,通常の運航の乱れを最小限に抑え
つつ実施され,安全上の問題についての報告あるいは懸念の表明はなかった。
 計画的仮眠は,3名編成機における交替乗員なしの長距離運航中に経験される眠
気に効果的で即効的な対策となるものと思われる。現在までの研究結果は,3名編
成機材交替乗員なしの長距離運航における操縦室での計画的仮眠の導入を,強力に
支持している。これを導入した場合,操縦室での計画的仮眠がどのように航空会社
の手順に組み込まれたかを確認するため,追跡調査を実施すべきである。追跡調査
の結果によって,この手順が更に洗練され,将来政府の指導による導入が定められ
る場合にも役立つだろう。」
 なお,この研究では,「計画的操縦室休憩」を2名編成の運航で行うことについ
てはデータを提供してない。
(ウ) NASAのテクニカル・メモランダム「民間航空における運航乗務員の勤
務と休養のスケジュール作成・運用についての原則とガイドライン」(NASAガ
イドライン。甲102,625,627,690,1036,乙164,165,
236)
a NASAの科学者のワーキンググループ(グレイバー博士,ディケンズ博士,
ローズカインド博士,ザメル博士,ウェッグマン博士)は,FAAの規則及び認証
担当副長官からの依頼を受けて,平成7年(1995年),NASAテクニカル・
メモランダム「民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成・運
用についての原則とガイドライン」と題する文書(予稿版)を発表した。この最終
的な文書は平成8年に発行された。
 この文書は,民間航空における運航乗務員の勤務とスケジュール作成の問題につ
いて,科学的情報を提供することを目的とし,民間航空における勤務と休養に関す
る原則とガイドラインを作成するためのものであったが,同ワーキンググループ
は,これらの原則とガイドラインを履行するには,経済面,法律面,コストと利益
の比較,その他の要素についての考慮が必要であり,これらの問題の解決は運航や
規則策定の専門家による熟考に委ねられるとした。
 この研究においては,2名編成機の飛行勤務時間制限に関してはDLR研究1の
データが利用されたほか,航空産業以外の諸環境から得られた研究結果がかなり多
数含まれていた。
b この文書は,睡眠,サーカディアン生理,眠気ないし覚醒度及びこれらの要因
に起因する能力の低下等に関する科学的研究の結果,現行の乗務及び勤務の運用に
より運航乗務員に睡眠欠如,サーカディアン・リズムの乱れ及び仕事量が原因とな
って能力低下を伴う疲労が運航乗務員に生じていることが確認されたとし,航空産
業における勤務と休養のスケジュール作成に適用可能な,科学的根拠に基づいた原
則のアウトラインを示すとして,以下のとおり,原則,ガイドラインを作成してい
る。この文書は,「航空産業及び航空旅客は安全とリダンダンシー(冗長性。一つ
のものが損なわれても,それに変わる予備があること)に対して高い余裕を求め
る。航空産業の活動が多くの分野で拡大し,科学技術の進歩によってより長距離の
飛行が可能になり,全体的な成長が継続しているので,セーフティー・マージン
(安全の余裕度)を維持し,それを可能な限り向上させることが大きな課題であ
る。」とし,「原則」の中で言及されている複数の疲労要因は,セーフティー・マ
ージン(安全の余裕度)の低下を招き能力と覚醒度の低下という危険性を生じさせ
るものであり,「ガイドライン」はそれらの疲労要因に起因する危険性を最小限に
抑える具体的対策として作成されているとしている。
c この文書の示した原則,ガイドラインは以下のとおりである。
(a) 民間航空における運航乗務員の勤務とスケジュール作成に関する一般原則
ⅰ 睡眠時間,休憩時間及び疲労回復時間が第一に考慮されるべきである。
「睡眠時間」
 睡眠は,人間の生理にとって必要不可欠である。睡眠は,覚醒度と能力,積極的
な気分,及び総合的な健康と健全さを維持するために必要である。基本的な睡眠時
間は,平均的には24時間中8時間である。
「休憩時間」
 疲労による能力低下は,特定の仕事に従事した時間の長さに比例して大きくな
る。業務を中断して小休止をすることは,安定した適切なレベルの能力を維持する
ために重要である。最良の能力を確保するためには,休憩時間と睡眠時間の両方が
必要である。
「疲労回復時間」
 急激な,もしくは累積した睡眠不足からの回復,長時間の業務遂行からの疲労回
復,又は長時間にわたって起きていたことからの疲労回復も重要な課題であり,疲
労回復時間については疲労回復に十分な時間の睡眠をとり,能力と覚醒度を平常レ
ベルまで回復させるのに十分なだけの時間を確保することが重要である。2晩にわ
たり,各個人の通常の必要睡眠時間を満たすことで睡眠パターンを安定させ,受容
できるレベルの覚醒度と能力までに回復させることができる。
ⅱ 頻繁な疲労回復時間が重要である。
 頻繁な疲労回復時間は,疲労回復時間の頻度が少ない場合よりも効果的に疲労の
累積を低減させる。1週間ごとの最低休日数を確保することを求めるガイドライン
は,長期間にわたる疲労の累積の影響を抑制するために非常に重要である。
ⅲ 1日24時間のどの時間帯か。サーカディアン生理は睡眠と起きている間の能
力に影響を与える。
 人間の脳には体内時計があり,この時計によって身体の機能が24時間のパター
ンで制御されている。覚醒と睡眠のサーカディアン(体内時計)のパターンは,日
中は起きて活動し,夜間には眠るようにプログラムされている。サーカディアン・
リズムの乱れは,急激な睡眠不足,睡眠欠如の累積,行動能力と覚醒度の低下,そ
の他様々な健康障害(例えば,胃腸障害)をもたらす。したがって,勤務と休養と
のスケジュール作成についてはサーカディアン・リズムの安定がもう一つの課題で
ある。
ⅳ 長時間連続勤務は覚醒度と能力に影響を与える。
 連続して長時間起きていること,長時間連続して勤務し,又は作業の監視をする
ことは,眠気と疲労を生む。勤務時間を繰り返していくことによりこれらの影響は
更に累積する。これらの影響を最小限に押さえるための一つの方法は,勤務時間
(例えば,運航中の継続して起きている時間)を制限することである。累積疲労を
最小限に抑えるには,累積疲労に対する時間制限(1週間ごと,あるいはそれ以
上)は重要な課題である。
ⅴ 人間の生理的な能力の限界は運航乗務員にも当てはまる。
 運航乗務員の人間としての生理は一般の人々の生理と異なるものではなく,疲
労,睡眠欠如,サーカディアン生理から生ずる人間の生理的な限界や能力の低下に
かかわる科学研究の結果は,運航乗務員にも当てはまる。
ⅵ 個人差がある。
 疲労が能力,生理的覚醒度に及ぼす影響の程度,疲労をどのように感じるかにつ
いては,相当の個人差がある。
ⅶ 絶対的な解決方法はない。
 航空産業には,種々様々な必要業務と運航環境がある。ガイドラインや法令は,
あらゆる人員と運航状況を完全にカバーすることはできず,これらの問題に対する
唯一絶対的な解決方法はない。
(b) 具体的原則,ガイドライン及び勧告
 以下は,航空産業の24時間体制における勤務と休養のスケジュール作成・運用
の要請にこたえるための具体的原則,ガイドライン及び勧告である。これらは,上
記(a)の一般原則に基づくものであり,航空運送全体に対して一貫したセーフテ
ィ・マージン(安全の余裕度)が得られるように作られており,2名ないしそれ以
上の最少運航乗務員の編成による運航等へ適用することを意図している。
ⅰ オフ・デューティー時間(勤務から解放される時間,休養時間)の確保
 オフ・デューティー時間とは,運航乗務員がすべての勤務から解放される,中断
を含まない,連続した前もって定められた時間帯である。
「十分な睡眠と休憩時間の必要性」
 オフ・デューティー時間は,8時間睡眠(これが最も重要である。),休憩時
間,オフ・デューティー時間帯に行わなければならないその他の活動(食事,シャ
ワー,ホテルのチェックイン・チェックアウト等)を3つの構成要素とするので,
それらを満たすために,すべての一連の24時間中に,最低限でも中断のない10
時間を確保しなければならない。
「疲労回復時間の必要性」
 上記(a)ⅰの疲労回復時間の重要性からして,睡眠パターンを安定させ,起き
ている間の能力や覚醒度を通常のレベルに戻すには,最低2晩連続して通常の睡眠
を取ることが必要であるから,標準的な,疲労回復を目的とするオフ・デューティ
ー時間は,7日間の間に最低限連続する36時間であるべきである。
「サーカディアン低下の時間帯を含む標準時間乗務の後のオフ・デューティー時
間」
 サーカディアン低下の時間帯に起きていることは,日中起きていることに比べ,
能力の低下をもたらす疲労が起こりやすい。サーカディアン低下の時間帯にかかる
飛行勤務時間には,日中の飛行勤務時間に比べ,能力や覚醒度の低下が起こる可能
性が高い。したがって,7日間の間に3回ないしそれ以上の飛行勤務の飛行勤務時
間の全部又は一部がサーカディアン低下の時間帯(午前2時から午前6時)にかか
るときには,標準オフ・デューティー時間(7日間中の連続する36時間)は48
時間に延長すべきである。
ⅱ 勤務時間の制限
 勤務時間とは,運航乗務員が運航者(会社)から実施されるよう要求されるすべ
ての業務(飛行中の業務,管理業務,訓練,デッドヘッド,及び空港でのスタンバ
イ・リザーブを含む。)を実行している連続した時間帯であり,出頭時間から開始
し,すべての要求された業務から解放されるまでの時間である。
 24時間中の累積の勤務時間は制限されるべきである。この制限は,24時間中
に14時間を超えないことが望ましい。
ⅲ 飛行勤務時間の制限
 飛行勤務時間とは,運航乗務員が飛行を含む勤務のために,出頭することを求め
られている時間に始まり,最終飛行区間の到着時間(ブロック・イン・タイム)で
終わる時間であって,飛行の準備のための業務(プリフライト業務)と飛行時間が
含まれる。
「サーカディアン低下の時間帯」は,3時間ないしそれ以下の時差を生じる移動を
伴う飛行勤務の場合には,基地・居住地の現地時間で午前2時から午前6時,4時
間ないしそれ以上の時差を生じる移動を伴う飛行勤務の場合には,最初の48時間
についてのみ基地・居住地の現地時間の午前2時から午前6時,基地・居住地から
離れて48時間以上経過した場合には次の出発地の現地時間の午前2時から午前6
時と推定される。
「標準飛行勤務時間」
 24時間中の累積の飛行勤務時間は制限されるべきである。標準的運航の場合,
累積飛行勤務時間は,24時間中に10時間を超えないことが望ましい。標準的運
航には複数の運航区間並びに昼間及び夜間の飛行を含む。
「延長飛行勤務時間」
 累積飛行勤務時間の延長に当たっては,24時間中12時間までに制限し,か
つ,別途制約を受け,補償のオフ・デューティー時間を設けなければならない。こ
の制限は,飛行時間が12時間経過以降に能力を低下させる疲労の傾向が著しく増
加したことを証明する航空界からのデータを含む多様な情報源からの科学的研究結
果を根拠にしている。現在の実態としては通常運航で飛行時間が14時間に及ぶこ
とがあるが,科学的データに根拠を置けば現在の実態とは異なるガイドラインとな
る。能力を低下させる疲労は飛行時間12時間を超えると増大し,セーフティー・
マージンが低下することになり得る。
「延長飛行勤務時間制限と補償オフ・デューティー時間」
 累積飛行勤務時間が12時間まで延長された場合,次の制限を守り,補償オフ・
デューティー時間を与えなければならない。
〔着陸回数の制限〕
 事故のデータ並びに能力及び生理学的な疲労に関する研究によると,疲労による
「弱体化」と危険は運航のクリティカル・フェイスで増大し,特に降下と着陸時に
最も高くなることが証明されている。着陸の回数が1回増えるごとに業務要求が増
大し,業務遂行能力を更に低下させ,疲労による「弱体化」が進んだ時間を生む。
したがって,延長飛行勤務時間が1つの連続した10時間以上の飛行勤務時間(こ
の箇所に限り出発から到着までの乗務時間を意味する。)を含む場合には,運航乗
務員はその飛行後,それ以上の着陸をしないようにすることが望ましい。
〔最大累積延長飛行勤務時間〕
 飛行勤務時間は7日間に累積合計8時間までに限って延長することができるとす
ることが望ましい。
〔補償オフ・デューティー時間〕
 延長飛行勤務時間から生じる急性の疲労からの回復を促進する目的で,オフ・デ
ューティー時間を追加することが望ましい。延長された時間分だけオフ・デューテ
ィー時間が延長されるべきである。
「延長飛行勤務時間と追加運航乗務員」
 追加の運航乗務員が乗務し,睡眠の機会がある場合には,上記の24時間中12
時間の制限を超えて飛行勤務時間を設定することができる。各運航乗務員に勤務中
に1回ないしそれ以上の回数の睡眠の機会が与えられ,延長飛行勤務時間が14時
間又はそれ以上の場合には操縦室及び乗客から隔てられ,遮蔽されている仰向きで
眠れる適切な睡眠設備があることを前提として,追加運航乗務員1人当たり4時間
まで延長することができるが,最大延長飛行勤務時間は18時間までとする。
「更なる累積飛行勤務時間」
 24時間中の累積飛行勤務時間の制限,24時間ごとの最短オフ・デューティー
時間及び7日当たりの所定のオフ・デューティー疲労回復時間は,特に短期間の疲
労に伴う「弱体化」及び考慮すべき事項に焦点を合わせている。短期の疲労回復に
よって補うことのできない疲労を最小に抑え,かつ,長期にわたる過度の蓄積を抑
制する目的で,累積飛行勤務時間制限を推奨する。この分野では具体的ガイダンス
を提供するに十分な科学的データがないが,一般原則の適用は可能である。例え
ば,より短い期間の時間制限が検討されるべきであり,月間及び年間の累積飛行勤
務時間に加えて,2週間ごとの制限も設けられるべきである。また,これら累積飛
行勤務時間制限は,長期間になるほど下方へ調整されるべきである。
ⅳ 不測の運航状況に伴う例外
 例外規定を設けることによって運航者のコントロールの及ばない不測の状況に対
処することができる。例外規定は通常時に使うものではない。また,例外規定に基
づく運航を予定してはならない。
「オフ・デューティー時間の短縮(例外)」
 運航上の不測の必要性が生じた場合には,24時間中のオフ・デューティー時間
を9時間まで短縮することができるが,その場合は次のオフ・デューティー時間を
11時間に延長しなければならない。
「延長飛行勤務時間の例外」
 運航者のコントロールの及ばない不測の状況においては,延長飛行勤務時間は最
大2時間まで延長することができるが,それに続くオフ・デューティー時間は延長
分と同じ分だけ延長されなければならない。
ⅴ 時差
 4時間以上の時差を生ずる乗務で,基地・居住地の時間帯から48時間以上離れ
ていた場合には,基地・居住地の時間帯に帰った時から最低48時間のオフ・デュ
ーティー時間が与えられなければならない。
ⅵ 待機(スタンバイ)
 「空港待機予備運航乗務員」とは,空港で待機する,飛行勤務時間への割当可能
な予備の運航乗務員をいう。これについては勤務に就いているとみなされ,勤務時
間に関するガイドラインが適用されるべきである。
 「呼出し待ち予備運航乗務員」とは,空港外の場所にいる,飛行勤務時間への割
当可能な予備の運航乗務員をいう。これについては,勤務とみなされないが,乗務
に就く前に睡眠の機会を与えられることが重要である。その運航乗務員が24時間
の待機時間中のいつの時点で8時間の睡眠をとるべきかを事前に知らされており,
サーカディアン・リズムの安定のため,その8時間は前日の睡眠時間帯から3時間
以上変動しないように設定され,さらに,8時間の睡眠帯は呼出しによって中断さ
れないように設定されることが必要である。
(c) その他
ⅰ 航空産業にとって重要な第一のステップは,疲労,睡眠及びサーカディアン生
理についての幅広い知識を学ぶことである。学んだ知識を日常運航に応用すること
ができる。飛行中に能力と覚醒度を保つために,運航乗務員個々人がとるべき具体
的対策を推奨するために,これらの知識は役に立つであろう。
ⅱ 合理的な,人間の生理をベースにしたスケジュール作成・運用方法を実施する
にはこの科学知識が特に役に立つであろう。
ⅲ 交替要員なしの長距離運航においては,操縦室での計画的休憩が運航乗務員の
能力と覚醒度を向上させるのに有効であるが,交替要員の代用や適当な休養施設の
代用ではなく,飛行勤務時間を延長するための方策でもない。セーフティ・マージ
ン(安全性の余裕)を維持,向上するための対策の一環である。
ⅳ その他,運航中に可能な様々な対応策について検討を行い,可能な場合には実
施すべきである。これには運航中の能力や覚醒度を向上させる科学技術の開発と利
用が含まれる。
d FAAは,NASAの予稿版を参照して平成7年12月にFARの改定案を公
表した(上記(8)ア(ウ)a)。
e 平成11年8月3日に開催された米国連邦議会運輸インフラストラクチャー委
員会の航空小委員会におけるパイロットの疲労に関する公聴会において,NASA
航空宇宙技術本部副本部長は,NASAのパイロットの疲労とそれが航空の安全に
与える影響についての研究状況を説明した。その中では,NASAガイドラインや
上記(イ)の計画的休憩の研究についても触れられている。
 また,同小委員会において,FAA規制・証明担当次長は,飛行と休息の基準に
関するFAAの規則を説明するとともに,その刷新,向上の努力をしていることを
説明した。その中では,「疲労と睡眠生理学に関する科学的情報を,可能な限り乗
員のスケジュール作成への法規制に盛り込むことが重要である。」,「規則策定案
の通知の補足作業に取りかかっている。勤務終了時の疲労は明らかに勤務開始時よ
り激しいものであるが,どの程度の疲労が運航上安全か又は危険かの境界線は明ら
かになっておらず,これを明らかにするのがFAAの使命である。」などとしてい
る。
(エ) マドリッド,コンプルテンス大学とブエノスアイレス大学医学部生理学教
室の研究(甲538)
 マドリッド,コンプルテンス大学とブエノスアイレス大学医学部生理学教室の研
究者らは,「長距離トランスメリディアン(複数の子午線を横切る)フライト航空
機パイロットにおけるバイオリズムと自律神経系ホメオスタシス(身体的平衡維
持)」と題する研究を行った。この研究のために,平成8年6月から12月にかけ
て,イベリア航空,Lineas Aereas EspanolasのB747
型機のマドリッド-メキシコ路線(西回り,フライトは12時間,スペインとの時
差は7時間),マドリッド-モスクワ-東京路線(東回り,フライトはモスクワで
のストップオーバーを含めて18時間,スペインとの時差は8時間)のパイロット
について時差が生体に及ぼす影響についての生理学的,心理学的調査が実施され
た。この調査から得られた結論のうち,本件に関係すると思われるものの要点は次
のとおりである。
a 東回りフライトの後のリズムの乱れがより高度であることを心理学的,生理学
的パラメータにおいて確認した。長距離フライト後の休息時間では,充分なリシン
クロナイゼーションを得ることはできない。
b ジェットラグから来るバイオリズムの崩壊が,激しいフライトスケジュールか
ら来るバイオリズムの崩壊に結びつくと,その相乗効果もあり,パイロットの能力
は間違いなく通常よりも低下するので,このタイプのフライトをシングルクルーで
乗務することの受け入れは困難である。現時点においては,フライトの安全は,少
なくとももう一組の元気な追加クルーが存在することによって保障されているが,
この安全レベルも追加クルーが削減されると保障されない。
c 現在存在し,しかも最終アプローチでは潜在的に非常に危険である「マイクロ
スリープエピソード(無意識的な短時間の覚醒度の低下)」を減少させるために
は,パイロットの義務睡眠時間を設定することが適切である。マイクロスリープエ
ピソードはフライト条件(スケジュール,前乗務の疲労,飛行時間,ジェットラ
グ)がきつくなればなるほど頻繁となる。フライト内休息のためには,コックピッ
ト及び客室から可能な限り隔離されたコンパートメントを準備すべきである。
d 特にホルモンレベルに対応した生物学的夜間のセンシティブな時間帯を考慮に
入れた乗務スケジュールを対応させてこの時間帯の乗務を避けるように努力すべき
であり,それが困難な場合,十分な休息時間をフライト前に与えるべきである。
(オ) 「バテル報告書 疲労,睡眠,サーカディアンサイクルに関する科学文献
についての総覧」(バテル報告書。甲668,670,乙244ないし246)
a バテル記念研究所は,民間企業や政府による新技術・新製品の開発にサービス
を提供している非営利法人である。バテル報告書は,運航乗務員のスケジューリン
グ(スケジュールの作成・運用)の方法に起因するパイロットの疲労に関する科学
的研究の要約報告書である。同報告書は,FAAヒューマンファクター担当科学技
術主席顧問事務所のために平成10年1月に作成された。
b 同報告書の要旨は以下のとおりである。
「疲労とは,前提となる条件に対応して発生し,結果として生理的な影響や人間の
能力への影響を生ずるものというコンセプトである。注目すべき前提条件には,飛
行時間と勤務時間を含む,勤務開始からの経過時間,勤務を開始する時点での,起
床からの経過時間,急性の睡眠負債及び慢性的睡眠負債,サーカディアン・リズム
からの乱れ,時差,シフト勤務が含まれる。各研究は,疲労は直接的にパフォーマ
ンスの低下を引き起こすし,間接的にはマイクロスリープがパイロットの機能を阻
害するので,航空環境の中で一つの問題であることを示している。航空の環境の特
殊性(身体を動かす自由が無い状況,不充分な空気の流れ,暗い照明,周囲の騒
音,振動などの環境要因,自動操縦システムによる長時間の監視作業)故にパイロ
ットは疲労しやすい可能性がある。標準勤務時間(制限)の問題の最重要課題は,
勤務時間中に行う様々な作業の関数(結果)としての疲労の蓄積であり,業務につ
いている時間,起床からの経過時間,業務の種類,勤務時間の延長,累積勤務時
間,環境的要因を考慮すべきであるが,これまでの研究は,勤務時間が12時間を
超えると,エラーの可能性が増加することを指摘している。この研究が示すこと
は,特に勤務時間が伸びた場合に深刻さを増す。勤務時間の延長は,すでに,それ
自体において乗員のエラーの確率が増加するような状況(例えば,悪天候)の下
で,発生することが多いからである。複数の疲労要因の相互作用についても考慮す
べきである。勤務時間の長さ,起床からの経過時間,飛行レグ数,作業環境の要因
は,平行して疲労を蓄積させる。これらの要因のうちの一つでも高いレベルに到達
したら,他の要因の最大許容レベルを下げる考慮をする必要がある。起床からの経
過時間は,リザーブ勤務(スタンバイ)と通勤するパイロットについて,明らかに
密接な関係がある。
 大多数の人々が効果的な覚醒レベルと作業能力レベルを維持するためには,最低
8時間の睡眠が必要であるという説には,多くの証拠がある。またこれだけの休養
期間があれば,必要が生じた時には休養の削減に対応することもできる。またレイ
オーバー(滞在)の環境で,必要とされる8時間睡眠を達成できるかどうかは,オ
フ・デューティー期間の長さによって決まる。データを見ると,10時間のオフ・
デューテイー期間は8時間睡眠の機会を得るに十分ではなさそうである。パイロッ
トの休養期間を1時間削っても,それ以前に十分な休養を得ていれば覚醒度や作業
能力に影響は少ない。しかし睡眠不足の状態でさらに睡眠を削ると,勤務時間全般
にわたって作業能力や覚醒を維持する機能が減退する。この傾向は特に起床からの
時間が長い場合に強くなる。睡眠不足の解消には,2晩休養しなければならないこ
とが多い。このことから,勤務時間が延長された場合に,直後の休養時間を延長す
る措置の有効性については,疑問が生じる。また,睡眠不足の蓄積を許さないシス
テムであれば,1週間単位の休暇が必要かどうか明言できない。しかしデータによ
ると,10時間のオフ・デューティー期間が適用されている場合,睡眠不足の蓄積
が起こりやすい。
 ウィンドー・オブ・サーカディアン・ロー(WOCL。サーカディアンリズムの
低調時間帯。身体が眠るようにプログラムされている,科学文献では通常深夜2時
から6時と定義される時間帯。)は本人の居住する地域のタイムゾーンを基準とし
なければならず,それは必ずしも自宅のある場所と同じとは限らない。WOCL時
間帯の勤務時間は,サーカディアンサイクルと合わないことから,既に疲労の負担
が伴う。そのため,WOCLの時間帯にかかる乗務の場合には勤務時間を減少させ
る必要がある。WOCL時間帯にかかる,休憩無しでの乗務は,その回数を制限す
るべきである。サーカディアン周期は24時間よりも長いので,各勤務の開始時間
は前日の開始時間より遅らせるべきである。リザーブ勤務の時間設定は,一貫した
24時間サイクルを維持するよう努めなければならない。深夜早朝時間帯の飛行と
子午線を越える運航については,「向き」を考慮して乗務パターンの順番を決めな
ければならない。人体にとっては1日が延長する方が好ましいので,可能ならば時
間が後にずれるように勤務パターンを計画すること。子午線を越える運航では,短
期の運航では,パイロットが居住地の時間を維持できるよう努めることが理にかな
っているし,長期に亘る運航では,勤務時間を減らすこと,そして,睡眠の機会を
より多く与えることが最良の方法であろうから,そのどちらかに従ってスケジュー
ルすべきである。
 結論
 疲労と睡眠,サーカディアン生理学に関する科学論文について検討を行った目的
は,パイロットの疲労と睡眠不足について主な問題点を把握し,(法)規制を策定
する際に考慮すべき点を明確にするためであった。各問題点について得られた結論
によって,今後FAAが課題として検討・改善すべき分野が明確になったと言える
だろう。」
c バテル報告書については,「航空を含む実作業の環境から勤務時間制限を実験
により決定するように特定して構想された研究は引用されていない。」などといっ
た指摘がある。
(カ) 「FAA航空立法諮問委員会(ARAC)による航空法改定案とその科学
的根拠の資料」(甲701,乙246)
 平成11年7月に作成された同資料は,FAA航空立法諮問委員会がリザーブ
(スタンバイ)勤務の休養について,「免許事業者は,連続する24時間に少なく
とも10時間の「保護時間帯PTP(Protected Time Perio
d)」が予定されていなければ,リザーブ(スタンバイ・待機)勤務を運航乗務員
に対して計画してはならず,また,運航乗務員はそのリザーブ勤務を引き受けては
ならない。この「保護時間帯PTP」は,リザーブ(スタンバイ・待機)勤務を複
数日連続して行う場合には,毎日同時刻に開始せねばならず,また,運航乗務員は
少なくとも24時間以上前に「保護時間帯PTP」を知らされなければならな
い。」などとする改定案は,NASAガイドライン,バテル報告書等からして,8
時間の睡眠の機会を与える必要があること,サーカディアン・リズムを考慮すべき
こと等から科学的根拠があるとしている。なお,この資料は,ディーメント博士の
「8時間の睡眠をとるには10時間の睡眠の機会が必要である。リザーブから起用
後の勤務可能時間は14時間であり,10時間の事前通知が必要である。」などと
する指摘も紹介している。
(キ) 「Haj運航:乗員用シート(操縦席)と乗務員用バンク(寝台)での飛
行中のレスト(休息)の有益性の比較」(DERA研究。甲712,969の
(3),(4))
a 英国国防省の政府機関である国防調査研究局DERAは,平成12年1月,
「Haj運航:乗員用シート(操縦席)と乗務員用バンク(寝台)での飛行中のレ
スト(休息)の有益性の比較」と題する論文(DERA研究)を発表した。
b 同論文の概要は以下のとおりである。
「この論文はHaj巡礼の一環であるインドネシアとサウジアラビア間の旅客運送
に伴うブリタニア航空の乗員の疲労を調査するためにDERAヒューマンサイエン
スセンターが実施した2度目の研究であり,1998年に行われた最初の研究の結
果は,乗員が疲労の影響を感じるときには理由が存在し,もし運航が繰り返される
ならば最も負担が大となる飛行では乗員の交替が行われるべきであると勧告し,そ
の勧告は,ブリタニア航空によって1999年のHaj運航で実施され,乗員は補
助席を使用して交代で休息をとり,旅客を運ばない全ての飛行ではバンク(寝台)
が設置された。疲労調査がもう一度実施されたが,この機会では補助席又はバンク
どちらかで乗員が得ることができる飛行中の休息の有益性に焦点が当てられた。
 この研究には,合計48名の運航乗務員が参加して行われたが,往路区間の飛行
では20:00から01:00又は02:00の間に開始した勤務の最終段階で,
帰路区間での飛行では,運航の時間帯の影響はそれほど大きくなく,有利な勤務開
始時刻は,ほとんどなかった。運航乗務員は,シートよりバンクでの方がより容易
に睡眠を得ることができ,バンクでの睡眠の方がより長く,睡眠の質も高い。その
結果として,覚醒度のレベルは,座席よりもバンクでとった休息時間の終わりでよ
り高いものとなった。座席での睡眠でさえ,勤務時間後半にかけての疲労の高まり
を軽減することには,かなり有効である。
「勧告」
 もし,この運航が2000年も行われるならば,そのときには,睡眠の質を改善
する方策がなされる必要がある。理想的には,座席の変わりにバンクが用意される
べきであり,次善の策としてまずより良質の足置きの設置を持ち込んだ補助席の居
住性の改善を行うべきである。最も負担の大きい飛行で経験されている問題点に対
処するためには,睡眠を得るためのよりよい環境を提供することであり,そのため
にはバンクが改善されなければならない。この改善策にはよりよい防音設備とより
十分な寝具が含まれているべきである。1998年のHaj運航での疲労調査の結
果を基に2名編成機(シングル編成)の飛行時間制限に関する勧告が作られた。こ
れらの勧告は,一つの条件を付してこの研究により支えられている。時差に適合し
ていることを基に作成された通常の制限値は,時差の影響を受けた後では,現地滞
在時間が24時間に近いときには更に減じられるべきである。このようなケースで
は,十分な睡眠をとることが困難であることを考慮して,交代乗員なしでの最大飛
行勤務時間は,勤務開始時刻に関わりなく10時間までとすべきである。」
(ク) FAAの「安全性リスク(危険率)の評価ニュース」(甲1074,乙4
52)
 FAAの「安全性リスク(危険率)の評価ニュース」平成13年11・12月号
は,FAAが機長の勤務時間と勤務時間毎の事故発生数を分析した結果として以下
のとおり述べている。
「より長い勤務時間において,事故発生の比率は,無事故の場合の勤務時間の比率
よりも高くなっている。勤務時間の長さが10時間から12時間の場合の分布は,
事故発生ケースの比率が無事故のケースの比率の1.7倍である。13時間以上の
勤務時間の場合の分布は,事故発生の比率が,無事故の比率よりも概ね4倍も高
い。(中略)この分析結果は,勤務時間と休養時間の両方を規制する規則提案に対
して総合的な支持を提供している。具体的には,事故発生の比率は,より長い勤務
時間に関して,無事故の場合の勤務時間の分布の比率に比べてより高い。」
「パイロットの勤務時間が長くなると事故の蓋然性が増加することの傾向が認めら
れる。これらの発見は,パイロットの勤務時間に対してより厳しい制限をすること
が適切であろうことを示唆している。これまでに示した実証分析には,これらのす
べての事故についてパイロットのスケジュールが事故要因となっているわけではな
いことを補足しなければならないが,勤務時間,そして累積の勤務時間が増加する
と事故のリスクが増加することを確かに示している。分析結果によれば,特定の勤
務時間でリスクが顕著に増加するといった不連続点は見出せなかった。データはむ
しろ,勤務時間の長さが増加するとそれに比例してリスクがコンスタントに増加を
することを示している。上記観点から,本分析は,連邦航空法パート121のパイ
ロットに対して勤務時間の制限を設けることはリスクを減少させるであろうことを
示唆している。」
 他方で,同文書は,「科学者達の間では,パイロットのスケジュールによって,
どのようにパイロットのパフォーマンスが影響を受けるかということと,安全性の
リスクとの間の関係は複雑であるとの認識である。例えば,パイロットの業務の変
数がどのように乗務員の覚醒度に影響するのかとか,異なるワークロードや異なる
運航環境のもとでこの覚醒度がどのように乗員に影響するのかとか,これらが事故
やインシデントに関係付けられた安全のパフォーマンスにどのように影響するのか
をみるために,パイロットの業務に着目することはできる。しかし,運航における
疲労と事故に関する実証的な研究はほとんどない。」とも述べている。
(ケ) ヒューマンファクターと人間工学について修士号を持つユナイテッド航空
のP7機長は,以下のとおり述べている。
(甲769,958)
「B747-400型機の型式証明のための試験飛行区間は,飛行時間飛行距離が
短く,長距離運航におけるパイロットのワークロードと疲労は考慮されていない
し,追加(交替)乗員の問題の検討は行われていない。多数の科学研究が,8時間
の飛行の後には乗員全員が一定レベルの疲労に達するであろうことを指摘してい
る。B747-400型機において8時間を超える飛行の場合,又は,パイロット
の身体時間でサーカディアン・ローの時間帯に乗務する場合には,ワーキング・パ
イロットは巡航中に任務から解放され休憩をとることが不可欠である。各24時間
の間に約8時間の睡眠を必要とする基本的な人間の生理,人間は1日に2回の眠気
を催す等からして,8時間を超える飛行には,リリーフ・パイロットが必要であ
る。複数日にわたる乗務パターンの間の長距離運航,徹夜飛行,子午線横断飛行に
おけるパイロットの疲労を防止する確実な方法は,依然存在していないが,眠く,
疲労したパイロットに睡眠を取らせることが,パイロットの覚醒度とパフォーマン
スを改善させる最良の方法であることを,データは確実に示している。以上からし
て,飛行時間8時間を超える運航を行う2名編成機には,それぞれのパイロットが
8時間を超えて操縦業務に従事しないように,追加乗員の搭乗が必要であり,追加
乗員の欠如は,飛行の安全を重大な危険にさらすことになる。」,「長距離運航に
おいてパイロットの疲労を最小限に抑え,運航の安全性を最大化するためには,交
替要員を乗務させることが不可欠である。睡眠を取らないことと倦怠を生む長い勤
務時間の結果,急速に疲労することがあり得る。」
(コ) 我が国の論文等(甲518,534,736)
a 被告の健康管理室は,平成6年6月「調査研究年報 時差の生体に及ぼす影響
について」を発表した。その中では,それまでの研究成果を踏まえて,時差の生体
に及ぼす影響に関する調査結果の総括として,「数時間以上の時差のある地域をジ
ェット機で高速移動した際におこる「心身の一過性の不調状態」即ち時差ボケは,
時差による生体リズムの変動により惹起され,その変動は,フライト方向,滞在日
数,体内のリズムの性質によって異なることが,これまでの調査研究で明らかとな
った」,「長期滞在の場合の到着時及び帰着時の対策として,ずれたリズムを早く
その地時間にリセットさせること,その他の夜に合わせて一定時刻の睡眠をとるよ
うに心掛け,その影響が他のリズムへ及ぶようにする,短時間の仮眠を取り旅行中
の睡眠不足を解消する,頻繁に時差地へ往復旅行する場合の対策として,時差地へ
の旅行は適当な間隔をおくこと,RapidRoundTripによる旅行(時差
地に長時間滞在せず,日本での生体リズムを維持する間に可及的速やかに日本に帰
着する。),帰着後1日は完全休養日とすること,日本時間で夜中に時差地を移動
する場合は帰着後十分な休養を確保すること」などとされている。
b 財団法人航空医学研究センター発行の「乗員の健康管理サーキュラー 睡眠覚
醒リズムの基礎的知識と時差症候群」(平成11年発行)によれば,睡眠覚醒リズ
ムと時差症候群について以下の記述がされている(同研究センター発行の「臨床航
空医学」(平成7年4月30日発行)にも同趣旨の記述がされている。)。
「人間の睡眠覚醒リズムは,通常の日常生活においては外界環境の24時間周期に
同調したリズムを示しているが,外界からの時間の手掛かりを遮断されると25時
間以上に変化することから,外界の明暗周期等に依存した二次的な現象ではなく,
体内に存在する生体時計により制御された一次的現象であると考えられている。生
体時計が刻むこの周期は概日リズム(サーカディアン・リズム)と名付けられてい
る。人間の体内で概日リズム(サーカディアン・リズム)を示す生体現象は,睡眠
覚醒リズム,体温リズムのほか,メラトニン,ホルモンの一種であるコーチゾルリ
ズム等がある。
 人間の睡眠覚醒リズムの最も大きな特徴は,通常は同じ周期を示し,一定の位相
関係を示す体温リズムやメラトニンリズム等との間に位相関係の乱れ(内的脱同
調)を生じる場合があることである。睡眠覚醒リズムと体温リズムとの位相関係の
乱れにより,睡眠の持続や睡眠内容に種々の障害が生じることになる。
 人間の生体リズムの周期は,24時間ではなく約25時間であることから,毎日
何らかのサイン(同調因子)を利用して,その周期を地球の自転によりもたらされ
る24時間の明暗周期に一致させる必要がある。最近の研究により,人間において
も他の動物と同様,光が最も重要な同調因子であることが判明している。人間にお
ける生体リズムの光による同調は,光に対する位相反応曲線(どの時刻に光を浴び
ると,生体リズムがどのように変化するのかを示す曲線)に従って達成される。’
 メラトニンは,脳内に存在する松果体でL-トリプトファン(必須アミノ酸の一
つ)から合成されるホルモンであり,夜間に著しい高値を示し,日中にはほとんど
分泌されないという著名な概日リズム(サーカディアン・リズム)を示し,睡眠依
存性のない内因性のリズムと考えられている。
 4時間から5時間以上時差のある地域を航空機で移動したときに出現する一過性
の心身機能の不調和状態を時差症候群という。睡眠障害,日中の眠気,精神作業能
力の低下,疲労感等の出現頻度が高い。時差症候群が発生する原因としては,生体
時計と到着地での生活時間との間に生じる脱同調(到着地は昼なのに生体時計の時
刻は夜中であるといった状態)と,生体リズムが現地時間へ再同調していく過程で
異なる生体リズム間に生じる内的脱同調とが考えられている。生体内には,睡眠覚
醒リズム系を制御する振動力の弱い生体時計(時間が狂いやすい時計)と,体温リ
ズムやREM睡眠を制御している振動力の強い生体時計(時間が狂いにくい時計)
との2種類の生体時計が存在する。時差飛行の後,目的地に到着した時点ではこれ
ら2種類の生体時計は共に出発時刻でのリズムを維持しているから,到着地での生
活時間と生体時計が刻んでいる時刻との間に脱同調が生じる。到着後,各種生体リ
ズムが現地時間へ再同調していく過程において,2種類の生体時計間に内的脱同調
が生じることになる。これらの要因に,夜間飛行中の睡眠不足や機内の低酸素,低
気圧といった要因が加わり,時差症候群が形成されると考えられる。
 時差のある長大路線の運航に従事している運航乗務員には時差による睡眠覚醒リ
ズム障害と睡眠不足が蓄積される。
 時差症状の程度は,飛行方向,個人差,年齢,到着地における同調因子(明暗,
社会的接触)の強さなどによって異なるが,特に飛行方向は大きな要因であり,日
本からヨーロッパ方向への西方飛行に比較して,アメリカ方向への東方飛行に際し
て,時差症状,特に睡眠覚醒障害が強く認められることが知られている。昭和61
年に発表された国際共同研究には,被告の運航乗務員も被験者として参加し,東京
からサンフランシスコへの東行きルートをとったが,サンフランシスコの夜の睡眠
は基準夜に比して短く,分断され,日中の眠気が強くなっていることが分かり,西
方飛行した他の航空会社の運航乗務員が時差地でも全般によく眠ったのと対照的で
あった。そのような差異が生じるのは,飛行の方向により生体時計の刻んでいる時
刻と到着地での生活時間との位相関係が異なるためである。すなわち,東方飛行後
の到着地における夜間の睡眠時間帯は,到着時点では出発地におけるリズム位相を
維持している生体時計にとっては午後から夕刻にかけての時間帯に相当し(日本で
夕方に仮眠をとる状態),したがって入眠も困難であり,いったん入眠しても,睡
眠の維持が困難になるが,一方,西方飛行後の到着地における夜間の睡眠時間帯は
生体時計にとっては早朝から午前にかけての時間帯に相当し(日本で早朝まで断眠
した後の睡眠に類似している),したがって入眠も良好であり,睡眠の継続性も比
較的保たれることになる。
 時差症状では睡眠障害と同様に日中の眠気が問題となるが,前記の国際共同研究
の被告の運航乗務員は,サンフランシスコ滞在中第2日目の午後に眠気が強くなっ
たが,主観的にはそのような眠気を感じていなかった。このような眠気の変化を起
こす原因にはいくつかの要因が考えられるが,中でも大きな影響を及ぼしているも
のとして,前夜の睡眠の質がある。
 到着後の現地時間への再同調についても,飛行方向により異なる。東方飛行後の
再同調は生体リズムの位相前進(時計の針を遅らせる方向)により,西方飛行後の
再同調は位相後退(時計の針を進める方向)により再同調が達成されることになる
が,生体リズム周期は24時間以上(約25時間)であるので,位相前進は位相後
退に比較して困難であり,東方飛行後の時差症候群の解消には,西方飛行に比較し
て時間を要することになる。時差が8時間であるサンフランシスコ到着後の時差症
候群の経過を検討した研究によれば,睡眠内容に関しては到着後第3夜までは睡眠
効率の低下,REM睡眠の減少などの睡眠障害が認められるが,到着後5夜以降で
日本における睡眠内容とほぼ同様の内容に回復し,コーチゾルリズムの回復には7
日以上を要するとの結果が得られているから,サンフランシスコへの飛行による時
差症候群が完全に解消されるには少なくとも1週間以上を要すると考えられる。」
イ 小括的判断
 これらの科学的研究によれば,睡眠,サーカディアン生理,眠気,覚醒度等から
して,長時間乗務により運航乗務員は疲労し,この疲労には,運航時間帯,飛行の
方向,睡眠時間,休養時間,疲労回復時間が関係するということができる。
 このことから,DLR研究は,連続する夜間の飛行における最短ブロックタイム
は現行のドイツの基準である12時間より短縮すべきであり,出頭場所の現地時間
が午前2時から午前4時59分の間に抵触する飛行勤務の場合のシングル編成によ
る乗務では,ブロックタイムは,5連続日のうち1回の例外を除き10時間を超え
ないようにすべきであること,操縦席での計画的仮眠を取り入れること等を提言
し,NASAガイドラインは,8時間の睡眠時間を確保するために休養時間は一連
の24時間中に最低10時間(7日間の間に最低連続する36時間)を確保すべき
こと,24時間中の勤務時間は14時間,飛行勤務時間は10時間を超えないこと
等を提言し,バテル報告書は休養時間は10時間では足りないことを示唆し,DE
RA研究は,現地滞在時間が24時間に近いときには,交替乗員なしでの最大飛行
勤務時間は10時間までとすべきであることを提言している。
 しかし,DLR研究によってもドイツの基準は見直されていないし(なお,DL
R研究の対象とされたLTU国際航空のドイツ-ハンブルグ線は,現在でも運航さ
れている。以上につき,甲1036,乙164,196の(2)),NASAガイ
ドラインによってFARが改定された事実もない。
 もとより,これらの提言は,運航乗務員の疲労についての科学的研究を踏まえた
もので,貴重かつ有益なものというべきであるが,他方で,これらの提言について
は,「科学的知識と運航実績との間には依然として隔たりがある。」,「利用でき
る科学的研究における結果だけから,飛行勤務時間を制限する安全基準を決定する
ことは依然困難である。」,「航空機運航において,8時間,10時間,12時間
といった飛行勤務時間を相互に比較した上でパフォーマンスや覚醒度の変化を確立
しようとした系統だった研究はなく,各々の飛行勤務時間の長さが関連付けられた
それぞれの危険性を決定するのに必要なデータは存在しない。どの程度のパフォー
マンスの低下が運航上のエラー,インシデント,事故にかなり関係するのかを決定
する特定の基準はないし,飛行勤務時間及び飛行時間における一日の中の時刻の変
化(サーカディアン影響)が系統的に調べられたこともない。」,「特定のスケジ
ュールから得られたデータで一般化することは困難である。」といった指摘もある
こと(乙164,236,244,297,298,434)からすれば,運航乗
務員の疲労についての現時点での科学的研究の結果から,具体的な乗務時間,勤務
時間制限値,休養時間値を導き出すことはなお困難であると言わざるを得ず,傾聴
すべき点が多々あるとはいえ,科学的研究からしてこれらの提言が実行されなけれ
ば運航の安全は確保できないとまではいえない。
 そうすると,運航乗務員の疲労度に関する科学的研究から見て,審査細則が妥当
性を欠くとまではいえない。
(11) 過去の航空機事故から見た審査細則の妥当性
ア 認定事実
(ア) アメリカン・インターナショナル・エアウェイ航空グアンタナモ湾事故
(甲69,73,293,536)
a 平成5年8月18日,アメリカン・インターナショナル・エアウェイ航空(以
下「AIA」という。)の米軍チャーター貨物便のDC8型機が,キューバ,グア
ンタナモ湾米国海軍基地リーワードポイントの滑走路に進入中,滑走路の手前約4
分の1マイルの地点で墜落し,3名の運航乗務員が重傷を負った。
 事故を調査したNTSBは,その報告書で,疲労に起因する機長ら運航乗務員の
判断力と飛行遂行能力の低下が事故原因であり,機長は最終進入中に状況認識力を
喪失し,その結果バンク角が深くなったとき速度を失い失速に入り,素早い回復操
作を実施することができなかったとしている。
 事故機の機長及び副操縦士は,事故の2日前,平成5年8月16日の午後11時
にアトランタ空港に出頭したところから4日間のパターンの乗務を開始していた。
同月17日午前0時6分にアトランタ空港を離陸し,Charlotte経由で,
午前4時8分にYpsilanti空港に着陸した。ここで事故機の航空機関士が
搭乗し,以後行動をともにした。同所で機材変更が実施され,午前7時46分同空
港を離陸し,セントルイス経由で,正午にダラス空港に着陸していったん勤務を終
了し,次の出頭まで11時間の休養時間に入った。この間,機長は5時間,副操縦
士は8時間,航空機関士は6時間の睡眠をとった。午後11時ダラス空港に出頭
し,翌18日午前0時にダラス空港を離陸,セントルイス経由で,午前3時25分
にYpsilanti空港に着陸し,機材を変更し,搭載貨物の種類分けが行わ
れ,午前6時20分,同空港を離陸,午前8時にアトランタ空港に到着した。当初
の予定では,その後は休養時間で,午後11時から勤務が開始されることになって
いたが,スケジュールの変更が行われ,3名の運航乗務員は,再び空港に出頭し,
午前10時10分アトランタ空港を離陸し,午前11時40分ノーフォーク空港に
着陸した。この空港で約2時間30分かけて貨物が搭載され,午後2時5分,この
空港でブロック・アウトし,午後2時13分に離陸し,グアンタナモ湾のリーワー
ドポイント海軍基地に向かい,午後4時56分,事故が発生した。
 平成5年8月17日午後11時にダラス空港に出頭してから事故までの3名の勤
務時間は18時間,飛行時間は合計約9時間であった。同人らの勤務はリーワード
ポイント海軍基地に到着後,折り返しアトランタへ,フェリー便として帰還して終
了することになっていたが,それを含めると勤務時間は約24時間,乗務時間は1
2時間であった。
 事故後の公聴会で,機長は,「ベースからファイナルへ旋回したとき,何となく
無気力でどうでもよい様な気分を感じたが,飛行場を探したか,パワーを増したか
減らしたか覚えていない。ファイナルで副操縦士がアプローチの具合がうまくいっ
ていないみたいなことを言っていた。ボイスレコーダーの記録を見ると本当にこう
だったのか疑問を感じる。私は何回か彼を振り返ったが,無気力な感じと彼の言葉
に無関心だったように覚えている。彼に聞き直さなかったし,誰にも質問を発しな
かった。航空機関士が速度をコールしていた記憶もない。夜間,安全に着陸させよ
うとしているのに,それらの言葉はいらだたしかったし,面食らいもした。多くの
キューを確認しなければならないのに,なぜ無気力だったのかわからないが,事故
当夜はまったくそうだった。」と供述した。
b NTSBは,この事故に関して会社の対応を調査し,以下のように述べてい
る。
 AIAの会長は,乗務スケジュールの作成について,「競争に残るためには長い
勤務時間,すなわち,長い乗務パターンを指示しなければならないし,連邦航空規
則が認可するぎりぎりまで乗務することもあり,それは航空業界ではごく普通のこ
とだ。」と述べた。会社によると,24時間を超える連続勤務はアサインしないこ
とになっているが,事故を起こした機長によると何回か24時間の連続勤務をスケ
ジュールされたことがあるという。会社は,運航乗務員が疲労で乗務できないとき
は,運航乗務員が必要な休養時間を確定し,ホテルで休養することになっていた
が,そのようなことはほとんどなかったようである。疲れから乗務を断ったパイロ
ットに対する会社の対応は確定できなかったが,そのポリシィは個々のパイロット
の判断とその道徳的基準に任せているようであった。一般に個人が自分の疲労状態
を正確に評価することは難しく,多くの場合,大して疲れていないと評価する傾向
が強い。競争が激化している中で,極度に疲れた運航乗務員自身が,自己評価と自
己申告により,会社の圧力に抗して更なる乗務を指示しないように求めることを期
待し,これによって安全メカニズムが機能することを期待するのは現実的でない。
競争圧力が高まると,航空会社が運航乗務員の生産性を高め,会社の利益を最大に
するために連邦航空規則の乗務時間制限の基準一杯で運航することになり得る。会
社自身がポリシィを変更することも,個々の運航乗務員が疲労の限界を考慮するの
に今より積極的になることもあり得ないと判断されるので,疲労に起因する事故の
再発を防止するには法規を改正する必要がある。AIA運航乗務員のスケジューリ
ングは疲労と能力低下の要因であったと確定する。
c NTSBは,この事故を契機として,平成6年5月,FAAに対して,疲労と
睡眠問題について最新の研究結果を盛り込むように,FARの飛行時間規定を再検
討・改善することを,優先実施項目(クラス2)として勧告した。
(イ) カンザスシティ事故(甲536,537)
 平成7年2月16日,エアー・トランスポート・インターナショナル航空のDC
8型機が,マサチューセッツのηに向けて,故障していた第一エンジンを修理する
ために,フェリー飛行(航空機自体を輸送するための飛行)として,出発しようと
して,カンザスシティ空港を3基のエンジンのみを使用して離陸しようとしたとこ
ろ,墜落,大破し,3名の運航乗務員が重傷を負った。
 NTSBは,事故の原因について,当該運航乗務員が3基のエンジンによる離陸
についての充分な訓練を受けておらず,それに必要な知識を持っていなかったこ
と,連邦航空法においてフェリー飛行は運航乗務員に必要な休養時間を算出すると
きの基礎とされていないことに起因する当該運航乗務員の不十分な休養によって,
運航乗務員が疲労していたこと等を指摘している。
(ウ) 大韓航空機グァム空港事故(甲953,954,乙343)
 平成9年8月6日韓国を出発した大韓航空機810便がグァム空港に着陸進入
中,空港手前の丘に衝突し,乗客乗員228名が死亡した。NTSBは,事故の推
定原因は機長が適切なブリーフィングをしなかったこと及び適切なnon pre
cision approachを実施しなかったこと並びに副操縦士,航空機関
士が機長のアプローチを効果的にモニターせずかつ相互チェックしなかったことで
あるが,このような事態に至ったについては,機長の疲労と大韓航空の不適切な乗
員訓練が関与したなどとしており,「機長は疲れていた。そのことが操縦能力を低
下させ,アプローチをしっかり実施できない原因となった。」としている。
 この便の機長は,ソウル-サンフランシスコ往復乗務(1日現地滞在)の後,休
日2日をはさみ,1日の国内線日帰り乗務,その翌日からのソウル-香港1泊往復
乗務をした翌日にソウル→グアムの乗務に就き,その途中で事故に遭遇した。
(エ) なお,被告では,平成4年技術部長通達後,油圧故障事故(平成6年6月
27日発生。甲243の(1)),エンジンフレームアウト(同月30日発生。甲
243の(1),エンジンフレームアウト(平成7年8月発生。甲243の
(2)),香港空港機体尾部接触事故(平成8年3月20日発生。甲295の
(3)),成田空港離陸中断事故(同年9月13日発生。甲241),パリ空港自
動着陸事故(平成9年4月発生。甲247),乱気流事故(同月14日発生。甲2
32)が発生しているが,これらが運航乗務員のワークロードや長時間乗務等によ
る疲労に関係して起きたことを認めるに足りる証拠はない。
(オ) 全損事故率(乙173,238,242,298)
 ボーイング社の航空システム安全グループが平成3年から平成12年までを対象
として解析した結果では,長距離機材の飛行回数当たりの全損事故率は,短距離及
び中距離を合計した全損事故率と同等であった。
イ 小括的判断
 上記アの航空機事故はいずれも2名編成機と3名編成機とのワークロードの差異
によるものではない。また,AIAグアンタナモ湾事故は,長時間乗務によるもの
ではない上,平成5年8月16日午後11時アトランタ空港に出頭し,17日午前
0時6分から約4時間の飛行を行い,午前7時46分から約4時間の飛行を行った
後11時間休養し,午後11時にダラス空港に出頭した後,翌18日午前0時から
約3時間の飛行,午前6時20分から約1時間40分の飛行,午前10時10分か
ら約1時間40分の飛行,午後2時13分から約3時間半を超える飛行を行ったと
いうもので,十分な休養が確保されていたとは到底いえないものである。カンザス
シティ事故も,不十分な休養が事故の一因とされているが,長時間乗務によるもの
ではない。大韓航空グァム空港事故は,機長の疲労が事故の一因とされているが,
そのスケジュールから見て十分な休養が確保されているとはいえないものである。
全損事故率の点から見ても,長距離機材と短・中距離機材との間で差異はない。こ
れらのことに,運航における疲労と事故に関する実証的研究はほとんどないこと
((10)ア(ク))を併せ考えれば,過去の航空機事故から見て,審査細則が妥
当性を欠くとはいえない。
(12) 審査細則の妥当性
 以上(7)ないし(11)で検討したところによれば,審査細則は,その後の諸
外国の基準,パイロットのワークロードや疲労に関する科学的研究等から検討して
みても,妥当性を欠くとまではいえないから,これに問題があるとすることはでき
ない。
(13) まとめ
 シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定は,平成4年技術部長通達を受けて行われた被告の運航規
程の改定の範囲内で行われており,平成4年技術部長通達及び審査細則に現時点
(口頭弁論終結時。以下,同じ。)において問題があるとはいえないことは上記
(12)のとおりであるから,この改定は規定内容自体の合理性はあるというべき
である。
 しかし,この改定に規定内容自体の合理性はあるとしても,上記1のとおり,改
定による不利益はあるから,不利益変更の合理性がさらに問題となる。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 認定事実
(ア) 勤務の頻度
(甲695,1016の(1),1085,乙114,121,286,345,
448)
 2名編成機シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航について,予定乗務
時間9時間を超える勤務の頻度は,例えば,平成11年8月の1か月間のB747
-400運航乗員部米州路線室(9時間を超える乗務が最も集中する部署)に所属
する副操縦士の勤務実績をみれば,乗務が平均月1日程度,乗務に係わる勤務日が
7日前後,乗務に係わる離基地日数が10日前後である。予定乗務時間が9時間超
のシングル編成の乗務が1か月間に発生した回数は,最も多い者で4回(一人)で
あるが,中には半年の間に11回予定乗務時間が9時間超のシングル編成の乗務に
就いた者などもいる。
 3名編成機シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航について,予定乗務
時間9時間を超える勤務の頻度は,例えば,平成13年12月において,対象路線
を多く担当しているB747運航乗員部の副操縦士(合計215名)についてみる
と,被告の試算では,旧協定で路線別了解を基にシングル編成で運航した路線を含
めて1回強,旧協定下の取扱いでマルチ編成の路線のみでは0.7回強であり,副
操縦士一人に対するアサイン回数は最も多い者で月4回(5名)であるが,中には
3か月の間に13回予定乗務時間が9時間超のシングル編成の乗務に就いた者もい
る。
(イ) 休養
 新就業規程では,一連続の乗務に係わる勤務の前には連続12時間の休養が予定
され,休養に先立ち予定する乗務が予定乗務時間9時間超10時間以内の場合は6
時間,予定乗務時間10時間超11時間以内の場合は9時間,予定乗務時間11時
間超の場合は12時間の各休養時間が予定され,予定乗務が出発地の時間で22:
00~05:00に当たる場合はその時間を加算した休養時間が予定される。ただ
し,航空機の遅延等やむを得ない事態が発生し予定した休養時間が次の一連続の乗
務に係わる勤務の前に確保できない場合は少なくとも10時間の休養が与えられる
(新就業規程16条1項,2項)。また,休養時間が上記の予定した時間の12分
の10に満たなかった場合には,1日の休日が基地帰着後に追加して与えられる
(新就業規程16条2項)。
(ウ) 被告の配慮等
(乙287ないし290,356,358,359,373,396,397,4
03)
 被告は,「配慮」と称して,半期毎の路線・便数計画に従って運航乗務員の乗務
パターンを作成する際,就業規則では実施できるものの乗員部を中心とする意見を
総合的に判断し,その都度基本パターンにおける編成や現地での宿泊数等について
パターンを緩和する措置をとっている。また,例えば,平成14年夏期乗務パター
ンにおいて,シングル編成予定着陸1回の場合の運航を含め,別紙9のとおり,サ
ンフランシスコ→成田などシングル編成での運航が可能なところをマルチ編成で運
航するなどの配慮を行っている。
 被告は,サンフランシスコ路線について,平成5年11月以来,新就業規程では
往路の予定乗務時間が9時間未満である冬期にはサンフランシスコの滞在が1泊で
実施可能であるが,滞在が2泊となる乗務パターンで実施してきている。また,平
成5年10月7日,サンフランシスコ路線に乗務する副操縦士について,同路線未
経験者及び最終乗務後1年以上経過した者については,ルート・ブリーフィングを
受講後に乗務させるとの内規を設け,平成6年1月12日には,より視程が悪くて
も着陸の可能性を上げ,ホールディングやダイバージョンを避けるようにするた
め,同路線のPIC(パイロット・イン・コマンド)はB747-400型機機長
時間100時間以上の者でCAT2ないしCAT3の資格保持者(視程の悪い状態
でどこまで進入できるかについての資格として高い資格を有する者)とするとし,
以後これらに従った運航を行っている。
(エ) 運航乗務員の声
(甲275,304,306,308,310,311,312,314,31
9,323,324,358,377,413,420,432,437,44
5,456,463,465,467,470,507,885,921,94
8,978,1011,1012,1077,1081,1091,1111,1
121,乙352,証人P3,同P2)
 被告における運航乗務員の多くは,2名編成機や3名編成機で予定着陸回数が1
回の場合の予定乗務時間9時間を超える勤務について,以下のとおり訴えている。
・長時間乗務による疲労により,睡魔に襲われ,途中で居眠りしている運航乗務員
もいる。
・フライト中交替で休まなければ着陸時に目が開かない。
・東京に帰ってもなかなか身体が元に戻らず,長い間に疲労がたまり不安である。
・サンフランシスコ出発前の休養は時差のため十分取れない。
・夜間飛行が5時間30分(夏)から7時間30分(冬)もあり,日本時間の深夜
帯に及ぶことも相まって,継続的な騒音と,機内気圧が地上のそれより2割程度減
少している環境下において操縦席でじっと座っていると,必然的にレベルの低下が
起こり,マイクロスリープ(意識レベルの極端な低下)に陥っていたという経験を
することがたびたびあった。
・イレギュラー状態に対処するため,注意力を高め,一定程度の緊張を余儀なくさ
れるが,このような緊張する場面のあとに訪れる意識レベルを低下させる環境に直
面する時間帯にはこらえがたい眠気を感じる。その繰り返しにより,確実に疲労は
蓄積されて行く。
・起床してからおよそ15時間から17時間後,勤務を開始して11時間後,乗務
を開始して9時間後,しかも日本時間の深夜3時に最もパフォーマンスを発揮する
ことが要求される進入・着陸を行うことになり,安全性に不安を覚えることもあっ
た。
・時差の関係で現地で休養が十分取れないまま乗務せざるを得ない。復路便乗務前
の体調は,基地を出発するときとは大きな違いがあり,乗務中に襲われる眠気は激
しいものがあり,フライト後半は疲労がたまる。着陸の際,疲労度が極限に近づい
てしまい,注意力も散漫になって不十分な着陸をした。
・現地への進入が日本時間の午前3時から5時ころとなり,生理的にも大変であ
る。進入,着陸のころの判断力,反応が鈍くなり,操作が遅れ気味になった。
・完全徹夜フライトはきつい。
・飛行の後半には疲労感が強い。
・シングル編成で乗務するよりもマルチ編成で乗務するほうが,覚醒度,注意力等
が確実に向上している。
 なお,以上の運航乗務員の声及び以下の各所で採り上げる運航乗務員の声はその
一部であり,その他にも運航乗務員は本件改定について疲労が激しく,安全性に支
障があるなどとして反対している(甲326,550,597,787,793,
795,797,801,805,808,811,813,815,817,8
24,827,832,834,835,837ないし840,845,847な
いし850,852ないし854,884,913,922,926,928,1
121,1122,1137ないし1144,1152ないし1189,126
1)。
イ 小括的判断
 以上からすれば,2名編成機,3名編成機を問わず,シングル編成で予定着陸回
数が1回の場合の運航について,その乗務の頻度はさほど多くなく,また,乗務の
前には一定の休養が確保されていること,被告が運航乗務員の声を踏まえて一定の
配慮をしていることからすれば,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航
についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定による不利益の程度は乗務
の頻度の点からすればさほど大きくないとはいえるが,1回1回の乗務であっても
長時間乗務が疲労をもたらすこと,運航乗務員の声が長時間乗務により耐え難い疲
労,睡魔をもたらすなどと訴えていることからすれば,この乗務には相当厳しいも
のがあるということができる。
 なお,証拠(甲899,957,1034,1038)によれば,被告における
乗務中断者の数は,本件改定がされた平成5年当時は月間平均69.17名であっ
たのが以後概ね増加し,平成13年11月時点では127名,平成14年11月時
点では138名と増加していることが認められるが,これが,シングル編成で予定
着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改
定を含め,乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定の影響によるものと認める
に足りる十分な証拠はない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 本件改定全体について高度の必要性を認めることができることは上記第5の2
(7)ア,イのとおりである。また,乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定
により,被告は,必要乗員マンニング数の削減ができているから,これについての
高度の必要性も認めることができる。
(3) 各国基準との比較
 被告の運航規程は平成4年技術部長通達を受けて改定され,シングル編成で予定
着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改
定を含め,乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定はその範囲内でされている
のであり,平成4年技術部長通達及びその後の審査細則が各国基準から見て突出し
ているとまではいえないことは上記2(3)及び同(8)イのとおりであるから,
シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間
制限に関する本件改定が各国基準から見て相当でないとはいえない。
 原告らは,2名編成機シングル編成による運航としてサンフランシスコ→成田,
成田→ロサンゼルス,名古屋→ロサンゼルスを例に挙げ,これらは多くの国で運航
できないと主張するところ,証拠(甲1238)によれば,原告らが各国基準(米
国,カナダ,香港,オーストラリア,英国,ドイツ,オランダ,デンマーク,フラ
ンス,オーストリア,スイス)を当てはめてみた場合には,スイスやカナダ,オー
ストリアのように計画的休憩が認められている国を除外すれば,サンフランシスコ
→成田はドイツのみで,成田→ロサンゼルスはドイツ,フランスのみで,名古屋→
ロサンゼルスはドイツのみで運航が可能であることが認められる。
 また,原告らは,3名編成機シングル編成による運航としてサンフランシスコ→
成田,成田→ロサンゼルス,名古屋→ロサンゼルスを例に挙げ,これらは多くの国
で運航できないと主張するところ,証拠(甲1238)によれば,原告らが各国基
準(米国,カナダ,香港,オーストラリア,英国,ドイツ,オランダ,デンマー
ク,フランス,オーストリア,スイス)を当てはめてみた場合には,スイスやカナ
ダ,オーストリアのように計画的休憩が認められている国を除外すれば,サンフラ
ンシスコ→成田は米国,ドイツ,香港のみで,成田→ロサンゼルスは米国,ドイ
ツ,フランス,香港のみで,名古屋→ロサンゼルスは米国,ドイツ,香港のみで運
航が可能であることが認められる。
 なお,計画的休憩を認めている国の航空当局は,計画的休憩と乗務時間制限は無
関係であると回答しているが(2(8)ア(ア)),そうであるからといって,計
画的休憩の有無は運航乗務員の疲労と関係すると考えられるから,運航乗務員の疲
労の観点からすれば,計画的休憩の有無を考慮することなしに運航の可否を比較す
るのは相当でない。
 しかし,国際的基準として具体的な数値を定めた乗務時間制限の基準は示されて
いないのであり,ある国の基準が絶対的に正しいとはいえないものであるし,上記
第3の2のとおり,各国基準は,主に運航の安全という観点から定められたものと
考えられるから,これらの便を運航できる国が多くないからといって,労働条件の
不利益変更の合理性の検討に当たり,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の
運航についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定が各国基準から見て相
当性を欠くとはいえない。
 もっとも,証拠(乙299ないし301,455)によれば,被告は,成田-サ
ンフランシスコ線や成田→シドニー線等について外国航空会社とコードシェアで運
航していることが認められるところ,コードシェアについては,これを認可する外
国航空当局は,その運航の安全性について直接責任を負うものではないから(甲1
233,1234によって認める。),コードシェアの存在から外国航空当局が当
該便の運航の安全性を保障しているとまではいえないが,外国航空当局がこれを認
可していることは,当該便の運航の安全性を支える一事実ということができる。
(4) 外国他社基準,実績との比較
ア 認定事実
(甲57,334,673,674,676,681ないし683,685ないし
689,691,692,763,962,964,1101,1115,112
3,1228,1239,1263ないし1266,乙169の(1),(2),
182,194,195の(1),196の(1),(2),197ないし23
5,253,254,258ないし262,271,283,284,307,3
48,371,415,425,458,459,証人P4)
 シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての外国他社36社の乗
務時間及び飛行勤務時間制限を制限値でみれば,別紙10のとおりであり,2名編
成機の場合で乗務時間は最小8時間から最大12時間30分,飛行勤務時間は最小
9時間から最大14時間であり,3名編成機の場合で乗務時間は最小9時間から最
大12時間,飛行勤務時間は最小9時間から最大14時間である。このうち,被告
の乗務時間制限値最大11時間と同じ又は上回る会社は,2名編成機の場合で14
社,3名編成機の場合で10社であり(乗務時間制限(飛行勤務時間制限から想定
される乗務時間制限も含む。以下同じ。)について,2名編成機の基準があるのは
33社,3名編成機の基準があるのは18社),被告の勤務時間制限値最大15時
間に達する会社は,2名編成機の場合で3社であり,3名編成機の場合にはない。
なお,この別紙10においては,出頭時間帯や時差を考慮した付帯条件,操縦席で
の計画的休憩の有無などの諸条件の有無は捨象している。また,飛行勤務時間の定
義は各社により飛行前の時間及び飛行後の時間をどの程度含むかにより若干異なっ
ている。
 また,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての外国他社の実
績は別紙11のとおりであり,2名編成機の場合で乗務時間は最小9時間20分か
ら最大12時間35分,飛行勤務時間は最小10時間50分から最大14時間05
分であり,3名編成機の場合で乗務時間は最小9時間15分から最大11時間30
分,飛行勤務時間は最小10時間45分から最大13時間00分である。なお,こ
の中には乗員組合の調査では運航実績の確認がとれていないものもある。上記2
(8)ア(ア)のとおり,カナダでは操縦席における計画的休憩が認められている
が,エアカナダではこれを導入していない。他方,オーストリア航空は,オースト
リアの国の基準では計画的休憩を規定していないが航空当局の認可を受けて計画的
休憩を導入している。また,この中には,LTU国際航空,ラウダ航空のように,
必ずしも大規模とはいえない航空会社も少なからずある。
 このうち,ルフトハンザ航空のミュンヘン-シカゴ便は交替乗員が乗務した時期
もあった。また,ルフトハンザカーゴ航空は,労使合意により,平成13年4月か
ら,予定出発時刻に応じて飛行勤務時間が一定時間を超える場合には,交替乗員を
乗務させるよう取扱いを変更している。ただし,予定出発時刻が午前6時から午後
3時までの間で飛行勤務時間が13時間(乗務時間に換算すれば11時間)までは
交替乗員を必要としていない。また,ユナイテッド航空においては,太平洋線等は
交替乗員を乗務させて2名編成機で運航しており,3名編成機では運航してない
が,これは,同航空で長距離運航が可能な3名編成機が退役したという機材構成の
変化によるものである。
 乗員組合の検証では,被告の路線においては,各航空会社における基準では運航
できないものが相当数あり,その数は2名編成機のほうが3名編成機よりも多い。
イ 小括的判断
 シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航は,別紙11からも明らかなよ
うに,長距離国際線の運航であり,これら外国他社の基準や実績は,同じく長距離
国際線の運航の場合であるシングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航につい
ての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定が内容自体の相当性を有するか,
同種事項に関する国際社会の一般的な状況に照らして相当かの判断に当たって参考
になるものということができる(外国他社の基準や実績を,これらの観点から参考
とすることは,以下においてこれらについて説示するときは同様である。)。
 外国他社の基準との比較によれば,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の
運航についての乗務時間制限については,制限値で見る限り,外国他社には被告の
基準と同程度の航空会社も一定数存在するということができるものの,勤務時間制
限についての被告の基準は突出して緩やかであるということができる。また,外国
他社の実績との比較によれば,2名編成機や3名編成機のシングル編成で被告の最
大乗務時間11時間を超える路線も一定数あるものの,その数は多くない(別紙1
1)。また,2名編成機シングル編成で被告の最大乗務時間11時間に近い乗務時
間ないし11時間を超える乗務時間の路線を運航している航空会社にはいわゆるメ
ジャーラインは含まれていないし,3名編成機シングル編成で被告の最大乗務時間
11時間を超える乗務時間の路線は15路線中4路線に止まっており,さらに,被
告の最大勤務時間15時間は外国他社に比べて突出している(別紙11)。
 このように,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時
間及び勤務時間制限に関する本件改定は,外国他社の基準,運航実績からして,乗
務時間制限は2名編成機の場合はメジャーラインの例がないことからすれば,突出
して緩やかであるといえるし,3名編成機の場合も緩やかな部類に入るものといえ
る上,勤務時間制限は突出している。
 したがって,この改定は,内容の相当性という観点からは,国際社会の一般的な
状況から見た場合,問題があると言わざるを得ない。
(5) 国内他社との比較
ア 認定事実
(甲57,335,387,565,754,755,1115,乙110,25
6,257,348,389,408,420,421)
(ア) ANAは,昭和61年,定期国際線に就航し,成田-ロサンゼルス線等を
開設したが,その際,運航乗務員の組合との間で,成田-ロサンゼルス線につい
て,冬ダイヤは,復路(ロサンゼルス→成田)をマルチ編成,往路(成田→ロサン
ゼルス)を原則シングル編成,往復乗務を行う場合にはマルチ編成とし,夏ダイヤ
は往復シングル編成とすること等を内容とする協定を締結し,それに従って運行し
ていた。そのブロックタイムは,平成元年の冬ダイヤで成田→ロサンゼルスが10
時間15分,ロサンゼルス→成田が11時間30分,夏ダイヤで成田→ロサンゼル
スが10時間45分,ロサンゼルス→成田が11時間10分であった。
 ANAは,平成5年,運航乗務員の組合との間で勤務協定の改定を行い,乗務時
間及び勤務時間は,3名編成機と2名編成機で区別することなく,シングル編成に
ついて着陸回数によって制限すること(例えば,着陸回数が1回の場合は予定乗務
時間11時間,勤務時間14時間),ただし,成田-ロサンゼルス線は通年マルチ
編成とすることとして,同線についてはそれ以降,それに従って運航している。
 ANAは,平成6年10月31日からシドニー→関西空港を2名編成機によるシ
ングル編成で運航している。
 ANAは,平成10年12月,成田-サンフランシスコ線を開設し,同年12月
はサンフランシスコ→成田はマルチ編成,1月から3月はシングル編成とするが,
一人月1回に乗務を制限することとし,以降,前記勤務協定の基準に従い,ブロッ
クタイムが11時間未満の場合についてはシングル編成で,11時間を超える場合
はマルチ編成で,同線を運航している。
(イ) なお,ANAのOMでは,国際線運航について,2名編成機,3名編成機
を問わず,乗務時間は12時間,飛行勤務時間は15時間,予定着陸回数5回まで
とされ,JASのOMでは,国際線運航について,2名編成機,3名編成機を問わ
ず,乗務時間は12時間,勤務時間は15時間,予定着陸回数5回までとされてい
る。
イ 小括的判断
 上記アで見たところによれば,ANAは,予定着陸回数が1回の場合でブロック
タイムが11時間未満のときはシングル編成で運航することを基本としているとい
うことができ,被告においてはシングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航に
ついての予定乗務時間は最大11時間であるから,ANAの基準から見た場合,シ
ングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間制
限に関する本件改定は,乗務時間制限については相当なものということができる。
ANAは被告と同じく我が国の定期航空運送事業者であるから,原告らのいうよう
に(第3章第3(原告ら)2(2)),地理的な条件により乗員の疲労度が異なる
としても,ANAと被告の乗務時間制限値からすれば,この判断を左右するに足り
ない。
 しかし,勤務時間制限については,ANAは14時間であるのに対し,被告は1
5時間であるから,被告の制限は緩やかであるということができる。
 そして,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航についての乗務時間及
び勤務時間制限に関する本件改定では,乗務時間制限及び勤務時間制限が一体のも
のとしてされているから,同改定は,結局,ANAの基準からは緩やかなものとい
うべきである。
(6) 新就業規程16条について
 上記(1)ア(イ)のとおり,新就業規程16条は,一連続の乗務に係わる勤務
の前に連続する12時間の休養を予定すること,休養に先立ち予定する乗務の乗務
時間,出発時間に応じてさらに一定時間加算した休養時間を予定することとし(1
項),予定した休養時間が次の一連続の乗務に係わる勤務の前に確保できない場合
は,少なくとも10時間の休養を与えること,休養時間が予定した時間の12分の
10に満たなかった場合には,さらに1日の休日を基地帰着後に与えることとして
いる(2項)。
 しかし,これらは,乗務時間,勤務時間の延長そのものによる運航乗務員の勤務
の不利益性とは直接に関係しない上,新就業規程16条2項によっても,航空機の
遅延等により実際の到着時刻が予定到着時刻より大きく遅延した場合,その長時間
乗務に見合った休養が直ちに与えられるわけではないから,新就業規程16条を乗
務時間,勤務時間の延長との関係で改定に有利に斟酌することは相当でない。
(7) 被告における安全運航確保の体制
ア 認定事実
(甲202,203,274,456,461,467,477,635,64
0,650,656,658,660,663,664,677,717ないし7
19,743ないし746,772,794,803,815,831,837,
901,902,913,924,925,932,933,944,946,9
78,979,988,989,1041,1042,1047の(3),105
0,1053の(1),1059,1062,1072,1077,1078,乙
71の(1),(3),178,180,181,275,277,278,28
7,288,352,399,403,416,417,427,証人P3,同P
2,弁論の全趣旨)
(ア) 被告では,運航の安全確保の体制として,安全面を統轄する組織として経
営会議の下に総合安全推進本部会(本部長は社長,委員は全取締役及び常勤監査
役)を設け,その下部機構として航空安全推進委員会(委員長は安全担当役員,メ
ンバーは各事業部門の代表者)を置き,また各事業部門はそれぞれに本部安全委員
会を設けている。被告は,これにより,上部機関の意思決定・指示を各社員に周知
徹底するとともに,職場で起きた安全に関わる事象の情報を経営にフィードバック
させるようにしている。
 また,現業部門においては,運航面においては運航本部が,整備面は整備本部
が,それぞれ中心となって関連部門とともに安全確保に取り組むこととしている。
(イ) 運航本部においては,運航安全委員会(委員長は本部長)を頂点とする各
種の委員会があるほか,各種の定例会議体(グループミーティング等)を開催し,
連絡情報の周知徹底,問題点や意見の収集を行うこととしている。また,職制乗員
(室長,室長補佐,主席等)による対面率向上施策として,職制乗員と一般職乗員
とが同乗する機会(ただし,回数は年1回程度)や出退社時に両者が対話するなど
している。さらに,運航の安全上問題のある事例については,その紹介をし,防止
に努めるよう指示している。
(ウ) 被告のOMでは,機長が,関連法規もしくはOMの定めによる場合及びそ
の他必要と判断する場合には,飛行終了後,直ちにもよりの運航管理者又は運航担
当者を通じ,各機種別運航乗員部長宛に機長報告書を提出しなければならない旨,
また,被告の運航に従事する者が,事故の未然防止と安全対策への寄与を目的と
し,自らの誤解や錯覚等に基づく誤った判断,操作,作業等のヒューマン・ファク
ターに起因する事例,その他事故の潜在的要因を含む事例についてセーフティ・レ
ポートを提出することができる旨を規定している。また,被告では,機長報告書,
セーフティ・レポートに係わる以外の項目についての社員の意見要望を汲み上げる
ための要望・意見処理カードの提出も認められている。
 これらについては,被告において検討がされ,必要なコメントとともに運航関係
者にフィードバックされたり,社内情報誌に登載されたり,運航安全委員会に報告
されたりしている。
 また,被告は,飛行状況のモニター制度を実施し,異常運航事例についてその紹
介をしたりしている。ただし,この制度で検知できるのは物理的なデータに限ら
れ,人的ミスは検知されない。
(エ) しかし,被告は,乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定について
は,国の基準の内側で改定された上,余裕をもって運用していること,運航乗務員
の疲労と乗務時間制限については,乗務時間制限のほか,勤務時間制限,着陸回
数,夜間飛行,時差,休養要件,累積飛行時間等を総合的に捉えることが肝要であ
るが,全体としてみれば被告では十分安全に配慮したものとなっていること,乗務
割の作成,運用等に当たっても,シングル編成の長距離路線についての宿泊地での
休養時間の確保に努めたり,長距離シングル路線のアサインを月1,2回程度にす
るようにしたり,長距離路線の乗務に際して通勤手段に配慮したりといった勤務上
の配慮を行っていること,他社においても11時間程度の路線をシングル編成で乗
務している例があり,被告のサンフランシスコ線等の乗務は必ずしも突出したもの
ではないことから,被告の運航に問題はないと考えている。そのため,機長報告書
やキャプテンレポート,要望・意見処理カードで長時間乗務による疲労等により運
航の安全性に疑問があるとする意見が出されても,運航に問題はないとの趣旨を回
答するなどしているため,これらを提出した運航乗務員にとっては,被告において
検討がされていないと感じ,不満の残るものであった。ある機長が,サンフランシ
スコ-成田便について,機長報告書に「巡航中に睡魔に襲われ,着陸に備えて止む
を得ず仮眠を取った。」と記載して提出したところ,「巡航中,睡魔に襲われそう
になり,通常のフライトの遂行に支障をきたすような疲労を感じた。」と書き直し
させられたこともあった。また,グループミーティングについても,安全上問題が
あると指摘しても採り上げられず,形骸化しているとの不満がある。
イ 小括的判断
 上記ア(ア)ないし(ウ)で見たところによれば,被告の安全運航の体制は一応
確立しているものといえるが,同(エ)のように,被告が改定に問題はないとして
いることもあって,運航乗務員からは体制として十分なものとは受け止められてい
ないということができる。もとより,安全運航確保のためには,被告と運航乗務員
の間の意思疎通を図り,現に乗務する運航乗務員の声に耳を傾けることが必要であ
るから,被告としても,安全運航確保のための体制確立に一層の努力をすべきであ
るとはいえるが,本件改定後被告においても一定の配慮がされていること((1)
ア(ウ))からすれば,運航乗務員からの不満があるからといって,上記ア(エ)
の事実から,原告ら主張にように改定後の被告の検討が不十分であるとまではいえ
ない。なお,この点は,本件改定全体についていえることである。
(8) 結論
 以上検討したところによれば,シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の運航
についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定は,運航の安全性の観点か
らは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するものと
まではいえないが,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性はある
が,これによる不利益が運航乗務員には相当厳しいものであること,外国基準,内
外他社基準との比較からして,被告の基準は相当に緩やかなものであって,変更さ
れた内容は,同種事項に関する国際社会及び我が国社会の一般的状況に照らし,そ
の相当性に問題があること,勤務の頻度が必ずしも多くないこと((1)ア
(エ))や被告の配慮等((1)ア(ウ))は,不利益性を緩和するものとして一
定程度評価できるものの,その性質上被告の一方的な運用上の措置であり,それが
恒常的に運航乗務員に有利な方向で実施されるとする制度的な裏付けはなく,重視
することはできないこと,この改定についての代償措置がとられていることを認め
るに足りる証拠はないこと(上記(6)によれば,新就業規程16条は,この改定
等乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定に伴う代償措置としては十分とはい
えない。),乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していること
等を総合考慮すれば,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させること
を許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということ
はできないから,変更の合理性があるということはできない。
第7 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤
務時間制限について(争点6(1)イ)
1 改定による不利益
 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定により,従来はシングル編成で予定着陸回数が2回の場
合,連続する24時間中,乗務時間は8時間30分,勤務時間は13時間と制限さ
れていたのが(旧就業規程10条1項),出頭時間帯に応じ,一連続の乗務に係わ
る勤務における乗務時間は最大9時間30分,勤務時間は最大14時間に延長され
た(新就業規程10条2項)。
 これにより,成田・香港を1日で往復するパターン(成田→香港→成田),成
田・マニラを1日で往復するパターン(成田→マニラ→成田),アンカレッジ→ア
トランタ→ニューヨークを1日で行うパターンといった路線や臨時便,近距離国際
線の日帰り往復乗務後の羽田へのデッドヘッドがあり(甲347,533,108
5,1230),これらは旧就業規程の勤務条件では命じることができなかったも
のであるから,この乗務時間及び勤務時間の延長は原告らに不利益を与えるものと
いうことができる。
 また,乗務時間及び勤務時間の制限単位を「連続する24時間」から「一連続の
乗務に係わる勤務」に改めたことにより,従来は実施できなかったシンガポールを
1泊2日で往復することが可能になったが(甲372,478),これも運航乗務
員に不利益であるということができる。
2 規定内容自体の合理性について
 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定は,平成4年技術部長通達ひいて審査細則及び被告のOM
(別紙3)の範囲内であるところ,この点に関する本件改定に規定内容自体の合理
性があることは上記第6の1(2)及び同2(12)のとおりである。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 認定事実
(ア) 勤務の頻度等
(甲539,540,606の(2),(3),699,892,893,101
6の(2),1085,1090,1091,乙114,286,366ないし3
83,385ないし388,448,証人P3,同P2)
 成田・香港1日往復パターン,成田・マニラ1日往復パターン,アンカレッジ→
アトランタ→ニューヨークの予定乗務時間は,改定前の乗務時間制限8時間30分
を5分から25分超える程度である。
 なお,被告は平成10年11月7日から成田-ジャカルタ-デンパサール線(乗
務時間9時間20分,勤務時間12時間20分)について,基本的にはジャカルタ
で1泊する予定乗務(1回着陸)であったのをインドネシアの政情不安のため一時
取り止めて予定乗務を2回着陸として実施したが,政情不安の解消により約9か月
後に基本パターンに復している。
 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航について,1陣訴訟原告らの乗
務頻度は,平成5年11月から平成9年6月までの間で,予定乗務時間8時間30
分を超える勤務頻度は平均年1回程度であり,予定勤務時間13時間を超える勤務
頻度は年0.5回前後である。また,予定乗務時間8時間30分,予定勤務時間1
3時間を超える勤務が主に実施されているB747運航乗員部,B747-400
運航乗員部の副操縦士の勤務実績をみれば,平成11年8月で1回でもアサインさ
れた者は全運航乗務員の2割ないし3割弱であり,その者の回数もほとんどが1,
2回である。しかし,3回,4回と勤務に就いた者は乗員組合の調査によれば合計
9名いるし,また,運航乗務員の中には,予定着陸回数が1回の場合で乗務時間が
9時間を超える勤務と同2回の場合で乗務時間が8時間30分を超える勤務などが
複合的に設定された者もいる。
 さらに,上記の1日往復パターンが実施されることにより,運航乗務員は,従来
は現地で1泊滞在し,2日に分けて行っていた2回の離着陸を1日で実施すること
になり,その分の負担は増えている。
(イ) 運航乗務員の声
(甲270,306,308,326,459,461,552の(1),61
6,617,851,896,948,974の(2),978,1012,10
61,1090,1104,1105,1110,1111,1170,121
4,1308,乙352,証人P3,同P2)
 運航乗務員の多くは,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航について
以下のとおり訴えている。
・成田・香港や成田・マニラといった路線の1日往復乗務では,疲労がひどく,眠
気に襲われ,集中力が低下する。
・往路はともかく,復路は疲労が激しい。
・疲労のためミスを犯しやすくなっている。
・徹夜便でしかも2回の着陸はかなり厳しい。
・アンカレッジ-アトランタ-ニューヨーク,成田-ジャカルタ-デンパサールと
いった路線も同様に疲労が激しい。
・香港線,マニラ線の1日往復乗務(2回着陸)のほかに臨時便があったり,1日
往復乗務を行った後地方空港からデッドヘッドで羽田へ帰る勤務があり,疲労が激
しく,人間の生理を無視している。
・平成9年11月の成田-函館-デンパサール線の乗務は,臨界的疲労の下であ
り,安全マージンが低下している。
・予定到着時間より遅くなった場合でも予定されている休養時間は確保されず,そ
れだけ休養時間が短くなってしまい,遅れたくないというタイムストレスを感じ,
余裕を持った運航を忘れがちになった。
イ 小括的判断
 以上からすれば,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航について,そ
の乗務の頻度はさほど多くなく,また,乗務の前には一定の休養が確保されている
こと(第6の3(1)ア(イ)),被告が運航乗務員の声を踏まえて一定の配慮を
していること(別紙9)からすれば,乗務時間及び勤務時間の制限単位を「一連続
の乗務に係わる勤務」と変更したことを含め,シングル編成で予定着陸回数が2回
の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定による不利益
の程度は,乗務の頻度の点からすればさほど大きくないということができる。
 しかし,成田・香港1日往復のように従前に比べ着陸回数が増えたことによる負
担も無視できないし,運航乗務員の声がこの乗務のために疲労が激しい等と訴えて
いることからすれば,この乗務には相当厳しいものがあるということができる。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定について高度の必要性があることは上記第5の2(7)
ア,イのとおりである。香港線,マニラ線のマンニング削減数は原告らの試算によ
っても合計5.9人・日はあり(被告の試算では合計10.6名。第5の1(5)
ウ),このマンニング削減数も無視できない。
(3) 各国基準との比較
 審査細則が各国基準から見て相当でないとはいえないことは上記第6の2(8)
のとおりである。別紙8によれば,比較調査対象12か国中,2名編成機,3名編
成機を問わず,飛行時間が9時間30分を超える国はフランスのみ(飛行時間10
時間)であり(ただし,米国は3名編成機については飛行時間12時間を許容して
いる。),飛行勤務時間が14時間以上の国はカナダ,ドイツ,オランダ,フラン
ス,スイスの5か国であり(なお,オーストリアは2名編成機について飛行勤務時
間14時間を許容しているが,3名編成機についての許容飛行時間は不明であ
る。),シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航について,被告の乗務時
間9時間30分は突出して緩やかであるといえるが,勤務時間最大14時間は緩や
かではあるが突出しているとはいえない。上記第6の3(3)のとおり,国際的基
準として具体的な数値を定めた勤務時間制限の基準は示されていないのであり,あ
る国の基準が絶対的に正しいとはいえないものであるし,各国基準は,主に運航の
安全という観点から定められたものと考えられるから,労働条件の不利益変更の合
理性の検討に当たり,被告の乗務時間が最大9時間30分であるからといって,シ
ングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間制
限に関する本件改定が各国基準から見て相当性を欠くとまではいえない。
 原告らは,アンカレッジ→アトランタ→ニューヨーク,成田→香港→成田を例に
挙げ,これらは多くの国で運航できないと主張するところ,証拠(甲1238)に
よれば,原告らが各国基準(米国,カナダ,香港,オーストラリア,英国,ドイ
ツ,オランダ,デンマーク,フランス,オーストリア,スイス)を当てはめてみた
場合には,スイスやカナダ,オーストリアのように計画的休憩が認められている国
を除外すれば,アンカレッジ→アトランタ→ニューヨークは米国,ドイツ,フラン
スのみで,成田→香港→成田は英国,ドイツ,フランス,デンマーク,香港のみで
運航が可能であることが認められる。
 しかし,これによっても,これらの国では運航が可能なのであるから,この改定
による被告の基準と各国基準の比較についての上記の判断を左右するに足りない。
(4) 外国他社基準,実績との比較
ア 認定事実
(甲334,676,686,962,967,1101,1123,1215,
1263ないし1266,乙169の(3),183,194,195の(2),
196の(3),197ないし235,262,269ないし271,307,3
34,365,415,425,458)
 シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航について,外国他社38社の乗
務時間及び飛行勤務時間制限を,制限値でみれば,別紙12のとおりであり(出頭
時間帯や時差を考慮した付帯条件,操縦席での計画的休憩の有無などの諸条件は捨
象している。),2名編成機の場合で乗務時間は最小8時間から最大11時間,飛
行勤務時間は最小9時間から最大14時間15分であり,3名編成機の場合で乗務
時間は最小8時間30分から最大12時間,飛行勤務時間は最小9時間から最大1
4時間である。このうち,被告の乗務時間制限最大9時間30分と同じ又は上回る
会社は2名編成機の場合で4社,3名編成機の場合で4社であり(ただし,乗務時
間制限について,2名編成機の基準があるのは12社,3名編成機の基準があるの
は6社),勤務時間制限最大14時間と同じ又は上回る会社は,2名編成機の場合
で17社,3名編成機の場合で8社(ただし,飛行勤務時間制限について,2名編
成機の基準があるのは38社,3名編成機の基準があるのは19社)である。
 また,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての外国他社26
社の実績は別紙13のとおりであり,被告の基準を超える乗務時間,飛行勤務時間
を認める航空会社も,少なからずあるが,この中には,大規模とはいえない航空会
社も相当数含まれている。なお,この中には乗員組合の調査では運航実績が確認さ
れていないものもある。香港・成田の1日往復乗務は,少なくとも平成10年から
はキャセイ航空(香港)でも行われている。
イ 小括的判断
 これら外国他社の基準と比べると,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の
運航についての外国他社の乗務時間及び飛行勤務時間制限は,制限値で見る限り,
被告の基準と同程度の航空会社も一定数存在するが,乗務時間制限については,2
名編成機の場合は,被告の基準は緩やかな部類に入るということができる。勤務時
間制限については,2名編成機,3名編成機を問わず,被告の基準は緩やかな部類
に入るということができる。また,外国他社の実績においても,被告の最大乗務時
間9時間30分前後の路線も一定数あり,香港・成田の1日往復乗務は,キャセイ
航空(香港)でも行われているが,被告の基準を超える乗務時間,飛行勤務時間を
認める航空会社の中には大規模とはいえない航空会社も相当数含まれている。
 これらのことからすれば,乗務時間及び勤務時間制限を併せて見れば,シングル
編成で予定着陸回数が2回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時間制限に関
する本件改定は,外国他社の基準,運航実績からすれば,緩やかであるということ
ができ,内容の相当性という観点からは,国際社会の一般的な状況から見た場合,
問題がないとすることはできない。
(5) 国内他社との比較
ア 認定事実
(乙195の(2),256,257,262)
 ANAは,2名編成機,3名編成機を問わず,乗務時間制限が8時間30分,勤
務時間制限が13時間である(別紙12)。
 ANAは,成田-香港線は予定乗務時間が8時間40分であることから,基本的
に1泊の宿泊パターンとしているが,関西空港-香港線は予定乗務時間が7時間3
0分であることから日帰りパターンとしている。
 JASは,平成12年夏ダイヤにおいて,いずれも1日往復乗務として,成田→
西安→成田を乗務時間8時間50分,飛行勤務時間12時間30分で,関西→昆明
→成田を乗務時間8時間55分,飛行勤務時間12時間30分で運航している。
イ 小括的判断
 上記アで見たところによれば,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航
についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定は,ANAの乗務時間及び
勤務時間制限や運航実績から見れば緩やかである。JASの運航実績は,被告の成
田・香港,成田・マニラの1日往復乗務と比べて大差のないものということができ
るが,それでもその運航実績は,被告の乗務時間制限9時間30分,勤務時間制限
14時間を大幅に下回るものであり,結局,国内他社と比較して,変更の内容に相
当性があるとは言い難い。
(6) 結論
 以上検討したところによれば,シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の運航
についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定は,運航の安全性の観点か
らは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するものと
まではいえないが,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性はある
が,これによる不利益が運航乗務員には相当厳しいものであること,外国基準,内
外他社基準との比較からして,被告の基準は緩やかなものであって,変更された内
容は,同種事項に関する国際社会及び我が国社会の一般的状況に照らし,その相当
性に問題がないとは言い難いこと,勤務の頻度等が必ずしも多くないこと((1)
ア(ア))や被告の配慮(別紙9)は,不利益性を緩和するものとして一定程度評
価できるものの,その性質上被告の一方的な運用上の措置であり,それが恒常的に
運航乗務員に有利な方向で実施されるとする制度的な裏付けはなく,重視すること
はできないこと,この改定についての代償措置がとられていることを認めるに足り
る証拠はないこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対してい
ること等を総合考慮すれば,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させ
ることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとい
うことはできないから,変更の合理性があるということはできない。
第8 シングル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航についての乗務時間及び勤
務時間制限について(争点6(1)ウ)
1 改定による不利益
 シングル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定によっても,乗務時間制限(7時間30分)及び勤務時間
制限(12時間)に変わりはないから(旧就業規程10条1項,新就業規程10条
2項),この点では不利益があるとはいえない。また,この改定では,シングル編
成で予定着陸回数が3回の場合の運航における乗務及び勤務中の,休養時間の設定
に関する規定は存在しないが,そのことは従来と変わりはないから,この点から不
利益があるともいえない。
 しかし,乗務時間及び勤務時間の制限単位が「連続する24時間」から「一連続
の乗務に係わる勤務」と変更されたことにより,例えば,平成10年冬ダイヤで実
施された2日目にグァム→関西空港(乗務時間3時間40分),3日目に伊丹→那
覇(同2時間15分),那覇→羽田(同2時間10分)に乗務する勤務(合計乗務
時間8時間05分)は,従来の連続する24時間の乗務時間及び勤務時間制限単位
の下では乗務時間制限に抵触して実施できなかったが,この変更により実施が可能
になったものであるから,これは,連続する24時間以内に置き換えれば着陸回数
が増加したことになり,それに伴って乗務時間及び勤務時間が増加することになっ
たといえるから,運航乗務員に不利益である。
2 規定内容自体の合理性について
 シングル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定は審査細則及び被告のOM(別紙3)の範囲内であるとこ
ろ,この点に関する本件改定に規定内容自体の合理性があることは上記第6の1
(2)及び同2(12)のとおりである。なお,証拠(乙466)によれば,シン
グル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航についての各国の基準は,別紙14の
「シングル編成3回着陸」欄記載のとおりであることが認められ(ただし,別紙1
4中,欧州議会採択基準は除く。同基準が欧州の統一基準として実効性を有するこ
とを認めるに足りる証拠はないから,同基準を斟酌することは相当でない。),こ
れと比べて我が国の基準ひいてその範囲内である被告の基準が突出しているともい
えない。被告の基準(乗務時間制限7時間30分,勤務時間制限12時間)はむし
ろ厳しい部類に属する。
 原告らは,この改定は,NASAガイドラインの飛行勤務時間についての勧告に
反すると主張するが,現時点での科学的研究の結果から,具体的な乗務時間,勤務
時間制限値を導き出すことはなお困難であると言わざるを得ないことは上記第6の
2(10)イのとおりであるから,NASAガイドラインの勧告からして本件改定
が不合理であるとはいえない。
 証拠(甲1267ないし1269)によれば,平成11年6月1日午後11時5
0分44秒,アメリカン航空242便が米国アーカンソー州リトルロック・ナショ
ナル空港に着陸時オーバーランした後大破し,機長及び乗客10名が死亡する等の
事故が発生したこと(以下「リトルロック空港事故」という。),この運航は,運
航乗務員にとって3日パターンの初任の3レグ目で,運航乗務員は事故前日は午後
10時ころに寝て当日午前7時30分ころ起床し,当日午前10時過ぎに出頭し,
運航に従事しており,事故発生時は少なくても16時間起きたままであったこと,
NTSBは,この事故の原因について,運航乗務員が激しい雷雨とそれに伴う危険
が空港に接近しているのに進入を中止しなかったこと及び接地後スポイラーが展開
したか確認しなかったことにあり,疲労及び着陸したいというストレスによる運航
乗務員の業務遂行能力の低下,会社が定めた着陸時の最大横風値を超過しているの
に進入を継続したこと,着陸後,reverse thrustを1.2EPRを
超えて使用したことが事故の発生に寄与していると推定していることが認められ
る。そして,証拠(甲1269)によれば,この運航は被告においても可能である
ことが認められる。しかし,この改定によっても,シングル編成で予定着陸回数が
3回の場合の運航についての乗務時間制限(7時間30分)及び勤務時間制限(1
2時間)に変わりはないことは上記1のとおりであるし,NTSBの解析によって
も,疲労がどの程度事故に作用しているかは必ずしも明らかではないから,この事
故からこの改定に規定内容自体の合理性がないとまではいえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
 証拠(甲974の(1))によれば,運航乗務員の中には,「関西空港・香港1
日往復乗務を含め3回着陸の乗務はきつい。勤務時間制限を超えて乗務した。」と
いった声があることが認められるが,この改定によって乗務時間及び勤務時間に変
わりはないし,乗務時間及び勤務時間制限の単位を「一連続の乗務に係わる勤務」
に改定したことによる不利益があるからといって,前後に連続した12時間以上の
休養が確保されることからすれば,その不利益の程度は大きいとはいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 シングル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定により,「連続する24時間」から「一連続の乗務に係わ
る勤務」へと乗務時間及び勤務時間制限の単位を変更したことについては,上記第
6の1(2)及び「一連続の乗務に係わる勤務」の前後に連続した12時間以上の
休養が確保されることからすれば,この乗務時間及び勤務時間制限単位の変更につ
いての高度の必要性を認めることができる。
(3) その他
 この改定による原告らの不利益は,乗務時間及び勤務時間制限の制限単位が変更
したことによるものであるが,ANA,JASの協約上の着陸回数,飛行時間,勤
務時間等が原告ら主張のとおりであるからといって,そのこととこの制限単位の変
更とに大きな関わりがあることを認めるに足りる証拠はないから,ANA,JAS
の協約からして,原告らの不利益が突出しているとはいえない。
(4) 結論
 以上検討したところによれば,シングル編成で予定着陸回数が3回の場合の運航
についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定は,運航の安全性の観点か
らは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するものと
まではいえないし,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性がある
こと,これによる運航乗務員の不利益の程度は大きいとはいえないこと,外国基準
との比較からして,被告の基準(乗務時間制限7時間30分,勤務時間制限12時
間)は厳しい部類に属し,変更された内容は,同種事項に関する国際社会の一般的
状況に照らし,その相当性に問題があるとはいえないこと等を総合考慮すれば,こ
の改定についての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠はないこと,
乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していることを考慮して
も,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを許容できるだけ
の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができるから,変
更の合理性があるということができる。
第9 シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航についての乗務時間及び勤
務時間制限について(争点6(1)エ)
1 改定による不利益
 シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定により,従来はシングル編成で予定着陸回数が4回の場合
の,連続する24時間中,乗務時間は6時間,勤務時間は10時間と制限されてい
たのが(旧就業規程10条1項),出頭時間帯に応じ,一連続の乗務に係わる勤務
における乗務時間は変わらないものの,勤務時間は11時間に延長された(新就業
規程10条2項)。
 シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航について,連続する24時間
中,勤務時間10時間を超えて予定された勤務として,羽田→広島→羽田及び羽田
→函館→羽田という2区間の乗務を1日で行うパターン,羽田→秋田→羽田の2往
復の乗務を1日で行うパターン,福岡→ソウル→広島→ソウル→福岡の乗務を1日
で行うパターン,福岡→ソウル→小松→ソウル→福岡の乗務を1日で行うパターン
といったものがあり(甲84,412,510,1270,1301),これは従
来は実施できなかったものであるから,この勤務時間の延長は不利益であるという
ことができる。
2 規定内容自体の合理性について
 シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定は,平成4年技術部長通達ひいて審査細則及び被告のOM
(別紙3)の範囲内であるところ,この点に関する本件改定に規定内容自体の合理
性があることは上記第6の1(2)及び同2(12)のとおりである。なお,証拠
(乙466)によれば,シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航について
の各国の基準は,別紙14の「シングル編成4回着陸」欄記載のとおりであること
が認められ,これと比べて我が国の基準ひいてその範囲内である被告の基準が突出
しているともいえない。
 NASAガイドラインの勧告やリトルロック空港事故からしてこの改定が不合理
であるとはいえないことは上記第8の2のとおりである。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 運航乗務員の声(甲358,412,510,619,1301,1302,
証人P4)
・早朝からの勤務であるし,飛行時間が短いため飛行中は息をつく暇のない忙しさ
である。
・4回目の着陸の時には,はっきり頭の回転が鈍っているのがわかる。
・大きな集中力を要する離陸と着陸を1日に4回も行うのでは,本来注ぐべき注意
力が注げていない。
イ 小括的判断
 上記アの運航乗務員の声からすれば,シングル編成で予定着陸回数4回の場合の
運航における乗務は,相当厳しいものがあるということができる。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航についての乗務時間及び勤務時
間制限に関する本件改定について高度の必要性があることは上記第6の3(2)の
とおりである。なお,証拠(乙469)によれば,1日にシングル編成で予定着陸
回数が4回の場合の運航乗務を2日に振り分けると,国内線との組み合わせ如何に
よっては,マンニング効率が悪化することがあることが認められるから,マンニン
グ効率の点からこの改定の必要性がないとすることはできない。
(3) 外国基準との比較
 被告の基準が外国の基準と比べて突出しているといえないことは上記2のとおり
である。
(4) 内外他社との比較
ア 認定事実(甲1106の(2),(3),乙195の(3),199の
(4),202の(4))
 着陸回数と乗務時間及び勤務時間制限に関する外国他社の基準は,別紙15の
「1勤務の着陸回数制限」欄及び「乗務時間(FT)・飛行勤務時間(FDP)制
限(短距離線)」欄記載のとおりであり,シングル編成で予定着陸回数が4回の場
合の運航について,被告の基準を上回る航空会社も少なからずある。この場合の運
航について,エアカナダ航空では勤務時間11時間02分の勤務が,ノースウェス
ト航空では勤務時間12時間56分の勤務が,それぞれ現に実施されている。
 国内では,シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航について,ANAで
は,協約上,乗務時間制限は6時間,勤務時間制限は11時間であり,JASで
は,協約上,乗務時間制限は6時間,勤務時間制限は最大10時間である。なお,
ANAでは,連続8時間を超える勤務は連続3日まで,JASでは,8時間を超え
る勤務は連続3日まで,9時間を超える勤務は連続2日までといった制約がある。
イ 小括的判断
 これら外国他社の基準,運航実績からすれば,シングル編成で予定着陸回数が4
回の場合の運航についての勤務時間制限に関する本件改定が突出したものとはいえ
ない。また,国内他社と比較して見ても,被告の乗務時間及び勤務時間制限は,J
ASよりは勤務時間制限が緩やかではあるが,ANAとは同様であり,突出してい
るとはいえない。ANAやJASでは,勤務時間との関係での連続乗務日数の制約
があるのに対し,被告ではその制約がないが,これはこの改定の前後を通じて異な
らないことである。
(5) 結論
 以上検討したところによれば,シングル編成で予定着陸回数が4回の場合の運航
についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定は,運航の安全性の観点か
らは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するものと
まではいえないし,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性がある
こと,これによる運航乗務員の不利益の程度は大きいとはいえないこと,外国基
準,内外他社の基準,運航実績との比較からして,被告の基準(乗務時間制限6時
間,勤務時間制限11時間)が突出しているとはいえず,変更された内容は,同種
事項に関する国際社会及び我が国社会の一般的状況に照らし,その相当性に問題が
あるとはいえないこと等を総合考慮すれば,この改定についての代償措置がとられ
ていることを認めるに足りる証拠はないこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員
の組合が改定に反対していることを考慮しても,この改定による不利益を運航乗務
員に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内
容のものであるということができるから,変更の合理性があるということができ
る。
第10 一連続の乗務に係わる乗務時間及び勤務時間制限としたことに伴う着陸回
数増加について(争点6(1)オ)
1 改定による不利益
 乗務時間及び勤務時間の制限単位を「連続する24時間」から「一連続の乗務に
係わる勤務」に変更したことにより(旧就業規程10条1項,新就業規程10条1
項2項),連続する24時間に置き換えれば,従来は命じられることのなかった予
定着陸回数が5回の運航乗務及び勤務が命じられたから(甲373,520,53
0,1272によって認める。),これは運航乗務員に不利益である。
2 規定内容自体の合理性について
 この乗務時間及び勤務時間制限単位の変更により,連続する24時間に置き換え
れば予定着陸回数が5回の運航乗務及び勤務が可能となることが規定内容自体の合
理性を欠くとするに足りる証拠はない。証拠(乙466)によれば,外国において
はシングル編成で予定着陸回数が5回の運航勤務を許容しており,その飛行時間制
限値,飛行勤務時間制限値は別紙16の「シングル編成5回着陸」欄記載のとおり
であることが認められるから,これと比較しても,被告の基準が突出しているとは
いえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 運航乗務員の声(甲530,1272,1301,1302)
・あわただしさと緊張の連続であり,最後の乗務は緊張感を維持することが困難で
あった。通常ではしないような操作ミスをした。
・前日の2回着陸の疲労と睡眠不足から翌日の3回着陸の勤務は一層過酷な勤務で
あった。
・集中力がかなり低減していると感じた。
イ 小括的判断
 原告らの不利益は,被告が乗務時間及び勤務時間の制限単位を「連続する24時
間」から「一連続の乗務に係わる勤務」に改定したことにより,連続する24時間
に置き換えれば予定着陸回数が5回の運航乗務及び勤務が可能となったことである
が,「一連続の乗務に係わる勤務」の前後には連続する12時間以上の休養が与え
られるのであるから,連続する24時間に置き換えれば予定着陸回数が5回の運航
乗務及び勤務が可能となったといっても,最初の着陸とその後の4回の着陸,ある
いは4回の着陸と5回目の着陸との間には連続する12時間以上の休養があること
になり,このことからすれば,上記アの運航乗務員の声を考慮しても,その不利益
は大きいとはいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 乗務時間及び勤務時間の制限単位を「連続する24時間」から「一連続の乗務に
係わる勤務」に変更することに高度の必要性があることは上記第8の3(2)のと
おりである。
(3) 各国基準との比較
 各国基準と比較して被告の基準が突出しているといえないことは,上記2のとお
りである。
(4) 内外他社との比較
ア 認定事実
(甲1106の(2),(3),乙104の(2),(3),195の(3),2
09の(4),389,390)
 着陸回数と乗務時間・勤務時間制限に関する外国他社の基準は別紙15の「1勤
務の着陸回数制限」欄及び「乗務時間(FT)・飛行勤務時間(FDP)制限(短
距離線)」欄記載のとおりであり,6回までの着陸を予定している航空会社もあ
る。また,ルフトハンザ航空は,1回の勤務で5回着陸を実施しているし,乗務時
間及び勤務時間の制限単位を24時間として見た場合,6回着陸となる勤務も実施
している。
 国内では,ANAは,協定上,「連続する勤務における着陸回数は4回を超えて
予定してはならない。」としているが,この「連続する勤務」とは,24時間にお
ける勤務ではなく,所定のインターバルに挟まれた勤務である。JASは,協定
上,「着陸回数については4回を超えて予定しない。」としているが,実務上は,
国内線勤務においては所定の休養と休養に挟まれた1回の勤務における着陸回数と
の解釈で運用されている。ANA,JASでも,連続する24時間の乗務時間及び
勤務時間制限単位で見れば,予定着陸回数が5回となる勤務が実施された例があ
る。
イ 小括的判断
 上記アの外国他社の基準,運航実績と比較すれば,被告の基準が突出していると
はいえないし,国内他社と比較して見ても,被告の基準が突出しているとはいえな
い。
(5) 結論
 以上検討したところによれば,乗務時間及び勤務時間の制限単位を「連続する2
4時間」から「一連続の乗務に係わる勤務」に変更した本件改定は,運航の安全性
の観点からは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下す
るものとまではいえないし,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要
性があること,これによる運航乗務員の不利益の程度は大きいとはいえないこと,
各国基準や内外他社の基準,運航実績との比較からして,被告の基準が突出してい
るとはいえず,変更された内容は,同種事項に関する国際社会及び我が国社会にお
ける一般的な状況に照らし,その相当性に問題があるとはいえないこと等を総合考
慮すれば,この改定についての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠
はないこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していること
を考慮しても,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを許容
できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができ
るから,変更の合理性があるということができる。
第11 マルチ編成による運航についての乗務時間及び勤務時間制限について(争
点6(1)カ)
1 改定による不利益
(甲347,606の(4),1078,1079)
 マルチ編成による運航についての乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定に
より,従来は,連続する24時間中,乗務時間は14時間,勤務時間は20時間と
制限されていたのが(旧就業規程10条2項),一連続の乗務に係わる勤務におけ
る勤務時間は20時間と変わらないものの,乗務時間は15時間に延長された(新
就業規程10条3項)。この乗務時間制限の延長は運航乗務員にとって不利益であ
る。
 マルチ編成で,連続する24時間中,乗務時間14時間を超えて予定された勤務
として,ニューヨーク→成田,アトランタ→成田(ただし,現在は休止中)があ
り,これらは,旧就業規程では命じることのできなかったものであるから,運航乗
務員に不利益を与えるものということができる。また,これらは,従来はダブル編
成で運航されていたのがマルチ編成となったものであり,ダブル編成とマルチ編成
とでは休息時間が異なるから(マルチ編成のほうが短くなる。),この点でも不利
益があるということができる。
2 規定内容自体の合理性について
 被告は,マルチ編成による運航について12時間超とした平成4年技術部長通達
を受けて平成5年2月20日付けでマルチ編成による運航の場合の乗務時間を15
時間,勤務時間を20時間とする運航規程の改定を行い(第2章第1の2(2)イ
(エ),同(3)ア,イ(ア)),その範囲内でマルチ編成による運航についての
乗務時間及び勤務時間制限に関する本件改定をした。平成4年技術部長通達ひいて
審査細則に問題があるとすることができないことは上記第6の2(12)のとおり
であるから,この改定に規定内容自体の合理性がないとはいえない。なお,NAS
Aガイドラインからこの改定が不合理であるとはいえないことは上記第8の2のと
おりである。
 証拠(甲559,675,679,734,763,1048,1147ないし
1149,1151,乙191の(3),466,467)によれば,外国におけ
るマルチ編成による運航の場合の乗務時間制限値,勤務時間制限値は別紙17のと
おりであることが認められ,これらと比較すれば,被告の基準が突出しているとも
いえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 運航乗務員の声(甲307,326,327,527,529,800,90
6,928,1111,証人P2)
・マルチ編成による長時間乗務は疲労が激しい。
・マルチ編成となって休息時間が減少し,疲労が回復されない。離陸と着陸の両方
をやることになり,負担が大きい。
イ 小括的判断
 上記アの運航乗務員の声からすれば,マルチ編成の場合の乗務時間制限に関する
本件改定により,運航乗務員の乗務には相当厳しいものがあるかのようであるが,
他方,証拠(乙346)によれば,勤務中であり,休息時間の減少により格段の差
異は感じていないとの声もあり,この改定による不利益の程度が大きいとするには
疑問が残る。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 マルチ編成による運航についての乗務時間制限に関する本件改定に変更の高度の
必要性があることは上記第5の2(7)ア,イ,第6の3(2)のとおりである。
この改定により従来ダブル編成で運航していた路線をマルチ編成で運航することが
可能となったが,これは経営上の必要性があるということができるし,マルチ編成
の場合の必要乗員マンニング削減数は,原告らの試算でも16.0名(被告の試算
では15.7名)であり(第5の1(5)ウ),このマンニング削減数も無視でき
ない。実行乗員計画の配置数からマンニング削減効果がないとはいえないことは,
上記第5の2(7)アのとおりである。また,従来ダブル編成で運航していた路線
をマルチ編成で運航することが可能となったことにより,1名の副操縦士が減少す
ることによる特定経費の削減も得られることになる。
(3) 各国基準との比較
 各国の基準から見てこの改定が突出しているとはいえないことは上記2のとおり
である。
(4) 外国他社基準,実績との比較
ア 認定事実(甲57,79,334の(4),676の(2),686の
(1),687,691,964の(4),1106の(2),1273,128
1,乙468)
 外国他社におけるマルチ編成による運航についての基準は以下のとおりである。
・ユナイテッド航空
 2名編成機の最大飛行時間は12時間,3名編成機で太平洋横断の場合の最大飛
行勤務時間は16時間(1区間の飛行時間が最大16時間までであれば最大17時
間30分)
・ノースウェスト航空
 2名編成機の最大飛行時間は12時間,3名編成機の場合は,一人が操縦に従事
している制限時間は11時間,予定勤務時間は最大15時間
・英国航空
 2名編成機,3名編成機とも,最大飛行勤務時間は14時間30分
・ルフトハンザ航空
 3名編成機の最大飛行勤務時間は16時間30分
・カンタス航空
 2名編成機,3名編成機とも,最大乗務時間は12時間45分,最大勤務時間は
14時間
・KLMオランダ航空
 2名編成機,3名編成機とも,最大飛行時間は12時間30分
・スイス航空
 2名編成機の最大飛行勤務時間は16時間
・シンガポール航空
 2名編成機の最大勤務時間は14時時間30分(3泊以上),14時間(3泊未
満),3名編成機の最大勤務時間は16時間
 また運航実績を見ると,被告が運航しているニューヨーク→成田(乗務時間14
時間10分,勤務時間16時間40分。合計11パターン)は,上記の航空会社で
は,極一部の乗務パターンを除き,運航できない。
イ 小括的判断
 これら外国他社の基準と比較すると,被告のマルチ編成による運航についての乗
務時間15時間の制限は,緩やかな部類に入るが,突出しているとまではいえな
い。運航実績から見た場合,被告が運航しているニューヨーク→成田は外国の航空
会社ではほぼ運航できないものであり,これは突出しているといえる。しかし,乗
務時間制限に関する基準自体が国によって異なり,その国の基準の範囲内で各国の
航空会社がそれぞれの基準を定め,さらにその範囲内で運航を行っているのである
から,このことから,被告の運航が許されないものであるとまではいえない。
(5) 国内他社との比較
 証拠(甲1106の(2),乙408)によれば,ANAは,協定上,マルチ編
成による運航についての乗務時間制限を15時間,勤務時間制限を20時間として
おり,これに基づき,ニューヨーク→成田(乗務時間14時間05分),ワシント
ン→成田(乗務時間14時間)をマルチ編成で運航していることが認められる。
 これは被告の基準と同一であって,国内他社との比較でみれば,被告の基準やニ
ューヨーク→成田の運航が突出しているとはいえない。
(6) 結論
 以上検討したところによれば,マルチ編成による運航についての乗務時間制限に
関する本件改定は,運航の安全性の観点からは,これにより運航の安全に支障が生
じかねないほどに安全性が低下するものとまではいえないし,それ以外の観点から
みた場合,改定をする高度の必要性があること,これによる運航乗務員の不利益の
程度が大きいとするには疑問が残ること,各国基準や内外他社の基準,運航実績と
の比較,特に国内他社との比較からして,被告の基準が突出しているとはいえず,
変更された内容は,同種事項に関する国際社会及び我が国社会の一般的状況に照ら
し,その相当性に問題があるとはいえないこと等を総合考慮すれば,この改定につ
いての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠はないこと,乗員組合を
はじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していることを考慮しても,この改定
による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要
性に基づいた合理的な内容のものであるということができるから,変更の合理性が
あるということができる。
第12 一連続の乗務に係わる勤務完遂の原則について(争点6(2))
1 改定による不利益
(1) 旧就業規程では,「乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間,勤務
時間または着陸回数の延長および中断は,機長が他の乗務員と協議し決定する。」
とされていたのが(10条2項。旧協定Ⅱ-12(1)も同じ),新就業規程で
は,「乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務は,開始後完遂することを原則とす
る。但し,他の乗員と協議し,運航状況,乗員の疲労度その他の状況を考慮して運
航の安全に支障があると機長が判断した時は中断しなければならない。」(新就業
規程12条1項)と改められ,勤務完遂の原則が定められた。
(2) 被告は,旧協定においても勤務完遂の原則の考え方が引き継がれており,
この改定は規定の趣旨を明確化したにすぎず,改定による不利益はないと主張する
ので,以下,検討する。
ア 認定事実
(第2章第1の2(3)イ(ウ)の事実,甲77,380,756ないし758,
1059,1072,1086,1094,1096,乙1,2,280,28
2,400,401,403)
(ア) 被告は,昭和35年,乗員組合と協定を締結し,勤務時間制限は機長と運
航管理者の協議・合意により延長が可能であるとした。
 また,被告は,昭和38年,機長判断による,乗務時間,勤務時間制限を超えて
乗務することができる限度(国内線20分,国際線4時間)を明文化した。
(イ) 被告は,昭和41年10月25日,当時の日本航空運航乗員組合との間
で,昭和41年協定を締結した。その中には,「乗務割の一連の乗務の実施中にお
ける乗務時間,勤務時間又は着陸回数の延長及び中断は,機長が他の乗務員と協議
し決定する。」との条項が盛り込まれていた。当時,被告と日本航空運航乗員組合
とで構成した勤務協定委員会が作成した同協定の解説書には,この条項の解説とし
て,「今回の協定では,予定された乗務は運航の安全性に支障なき限り完遂するこ
とを原則とした。この場合完遂の可否に際しては他乗員と協議の上機長の最終判断
により決定される。」などと記載されている。
(ウ) 乗員組合は,昭和41年協定は,被告による組合分裂工作により日本航空
運航乗員組合が誕生した直後に締結されたもので,同協定に乗務割完遂の原則(勤
務完遂の原則と同義。)が採り入れられたかのように被告が言うのは不当であると
して,同協定の上記の条項は乗務割完遂の原則を採り入れたものではないとの立場
をとっていた。
 乗員組合及び当時の日本航空運航乗員組合と被告とは,昭和48年に旧勤務協定
を締結したが,その交渉において,被告は,上記の条項の文言が乗務割完遂の原則
を採り入れたものかどうか必ずしも明確ではなかったことから,これを明記して勤
務完遂の原則を規定化するよう求めたが,乗員組合は「原則はTIME LIMI
Tで示すべきである。完遂の原則を乗員の勤務協定にうたうことは乗員の社会的責
任にもとる。状況判断して飛行を継続できるのだから,運用上は十分である。」な
どとしてこれに反対し,結局,被告は提案を撤回して,旧勤務協定では,昭和41
年協定と同一の文言がⅡ-12(1)として盛り込まれるに止まった。
(エ) 旧勤務協定締結後,被告は,勤務完遂の原則に従った運用をしようとした
が,乗員組合はこれに反対し,そのため運用上のトラブルが少なからず発生してい
た。
(オ) 被告は,これら運用上のトラブルを防止し,規定の趣旨を明確にするとし
て,上記1(1)の改定により勤務完遂の原則を採り入れた。被告が各部門に配布
した運航規程対比表には,「この項大幅改定」と記載されている。この改定に当た
っては,上限規制を設けなかったが,運航乗員部長らは,上限を設けると逆に上限
までは勤務を完遂すべきであるととられるおそれがあり,機長の自由な判断を拘束
するとの意見であった。なお,旧勤務協定の見直しを検討した平成元年のアドバイ
ザリー・グループの議論では,勤務完遂に関し,「一定の判断基準を設けてほし
い。」との意見もあったが,「機長判断については,延長の目安を設けることもよ
いが,判断の自由を保証する方が重要」とされた。
イ 小括的判断
 以上によれば,昭和41年協定締結当時の労使である被告と日本航空運航乗員組
合とは,同協定で乗務割完遂の原則が採り入れられたと理解していたが,その後日
本航空乗員組合を引き継いだ乗員組合がこれと異なる解釈をとるようになったとい
うことができる。旧勤務協定では,この点に関する文言は,昭和41年協定と同一
であるが,被告が解釈上の疑義をなくすために乗務割完遂の原則を明記するよう求
めたのに対し,乗員組合の反対で明記されなかったのであるから,旧勤務協定で
は,その文言どおり,「乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間,勤務時間
又は着陸回数の延長及び中断は,機長が他の乗務員と協議し決定する。」とするこ
とが合意されたに止まるものというほかはない。したがって,旧勤務協定が乗務割
完遂の原則を定めているかについてはなお,被告の理解と乗員組合の理解とは異な
っていたというべきであり,旧勤務協定が乗務割完遂原則を明確に定めたものとは
いえない。
 上記1(1)の改定は,旧勤務協定の文言とは異なり,勤務完遂の原則を明記し
ているのであるから,これは運航乗務員に不利益であるというべきである。
2 規定内容自体の合理性について
 乗務割完遂の原則すなわち勤務完遂の原則は労働条件の一つであるから,これを
採り入れることを労使で合意することは自由であって,その際に上限規制を採り入
れるか,乗員への判断基準を採り入れるかも労使が自由に決定できる事柄である。
また,国の認可を受けた被告の運航規程及びOMでは,「運航乗務員は,その乗務
割に従って乗務を完遂する。ただし,不測の事態により・・・乗務割の基準を超え
る場合,PICが運航状況,乗務員の疲労その他の状況を十分考慮して安全上支障
があると判断したときは,その乗務を中断しなければならない。」としており(乙
86の(2)),上記1(1)の改定はこの範囲内のものである。これらのことか
らすれば,同改定の内容自体の合理性はあるということができる。勤務完遂の原則
を定めたこと,上限規制や乗員への判断基準を採り入れないことがどのような問題
をもたらすかは変更の合理性の判断の中でされるべきことである。
 グワンタナモ湾事故に関するNTSBの勧告(第6の2(11)ア(ア)c)
は,疲労した運航乗務員が疲労についての自己評価,自己申告をすることの困難性
を示しているものといえるが,同勧告が勤務完遂原則を採り入れることの不当性を
指摘したものとはいえないから,そのことからこの改定の規定内容自体の合理性が
ないとはいえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 認定事実
 運航乗務員の声として以下のものがあることが認められる。
(甲77,316,327,506,519,607,616,665,762,
789,901,902,906,909,914,921,928,948,1
012,1121,証人P3)
・勤務完遂の原則の下では,乗務続行の圧力が強いし,上限が定められておらず,
機長が乗務中断の決断をすることは困難である。
・被告の機長は,平成13年1月20日,札幌→東京(514便),東京→札幌
(523便),札幌→東京(524便)に乗務する予定であり,514便の運航を
した後,降雪の影響で523便の出発に時間を要し,札幌到着後当初の予定に従っ
て524便の乗務をすれば勤務時間を超えることになるが,運航乗務員の疲労が激
しいため,乗務するとすれば休憩が必要である旨伝えたところ,交替要員の手当が
つかず,524便は運航中止となった。その際,運航を続行するよう圧力を受け
た。
・本件改定後被告では乗員交替の準備をしていないし,機長への情報伝達も不十分
である。上限規制がなく,疲労で中断すべきかどうかの判断が困難であり,安全上
の危惧がある。
・運航の中止を検討する乗員に対し,情報操作などして中止を断念させている。
・乗務時間制限,勤務時間制限を超えた勤務に従事させられている。
・成田→ニューヨーク→サンパウロ線において,ニューヨークに着陸できずワシン
トンにダイバートしたが,ワシントンには交替乗員がおらず,継続乗務とならざる
を得なかった。約17時間も空中に浮いており,ニューヨークに着陸したときは,
空腹感,疲労感も麻痺している状態であった。
・乗務前の判断で勤務継続を決定し,乗務を行ったが,乗務の後半は断続的に延べ
2時間以上にわたって耐え難い睡魔に襲われた。
イ 小括的判断
 新就業規程12条1項は,規定の形式上は,勤務完遂を原則とし,中断を例外と
しているといえるが,原告らの主張するように,勤務完遂の原則が,様々な事情に
より乗務時間及び勤務時間制限を超える事態が発生した場合において,運航乗務員
がそれ以上の運航を中止することが可能なときに,予定された勤務を完遂するため
に必要な運航業務をさらに続行しなければならないかどうかに関わる問題であると
しても,運航の安全確保は大前提であるから,同条項は,運航の安全を確保した上
で,機長が運航状況,乗員の疲労度等を考慮して,運航の安全に支障がないと判断
したときは勤務を完遂することとし,逆にこれらを考慮して運航の安全に支障があ
ると判断したときは中断しなければならないとしたものと解するのが相当である。
運航の安全に支障がないと判断されるときに勤務を完遂することを妨げる理由はな
いから,同条項は,いわば当然の事理を規定したものと解するのが相当である。
 このように,新就業規程12条1項は,本文,但し書きの規定の仕方からして原
則と例外を定めているとは一応言い得るものの,その原則の規範性としてのウェイ
トは大きいものではないから,これによる不利益の程度は大きいとはいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 上記1(1)の改定は,従来旧協定で疑義があった勤務完遂原則を明確化するも
のであるし,運航の安全に支障がないと判断されるときに勤務を完遂することを妨
げる理由はないことからすれば,この改定に高度の変更の必要性を認めることがで
きる。
(3) 各国基準との比較
(甲679,700,970,1073の(1),(2),1151,乙191)
 国の基準として,直接,勤務完遂の原則が許されるあるいは許されないとしたも
のがあることを認めるに足りる証拠はない。もっとも,スイス,オランダでは,運
航乗務員の勤務時間を制限する規定に抵触することなく運航することができないこ
とが予想される場合には,いかなるフライトも行ってはならないとし,米国のFA
Rは,パイロットは,最大勤務時間を既に超過している場合又はその勤務によって
超過する場合は,乗務を拒否することができるとしている。また,ドイツ,香港,
オーストリア,カナダ,デンマーク(ポイント制)は,イレギュラー発生時の飛行
勤務時間についての延長限度時間を規定している。
(4) 外国他社との比較
ア 認定事実
(甲334の(4),340の(1),689,691,970,1151,乙1
04)
 ユナイテッド航空では,1時間30分を限度としてパイロットの同意なしに延長
を命ずることができ,パイロットが同意した場合でも合計勤務時間14時間30分
を超えて延長することはできないことを原則としているが,3名編成機シングル編
成による太平洋路線の運航の場合は条件付きで15時間30分まで延長できるとさ
れている。
 英国航空では,機長が安全な運航を保障できる場合,勤務時間制限を超えて勤務
時間を延長してよいが,緊急の場合を除き,通常の勤務時間制限を超えて延長でき
るのは最大限3時間までとされている。
 ルフトハンザ航空では,勤務協定ではすべて機長の判断にゆだねられている。
 フィンランド航空では,勤務時間の延長は最大16時間までとされている。
イ 小括的判断
 上記アの認定事実によれば,外国他社では,勤務の延長を認めるところもある
が,その場合には,延長の上限を規定しているところが多いということができる。
(5) 国内他社との比較
ア 認定事実
(甲564,1106,乙420ないし422)
 JASのOM(運航業務実施規定)では,「乗務は,運航乗務員が予定された勤
務割(乗務割を含む)に従って勤務または乗務に就き,完了することを原則とす
る・・・勤務中,不測の事態が発生し,乗務時間,勤務時間および着陸回数
が・・・基準を超えることが予想される場合,PICは,運航状況,疲労度,その
他を考慮して,安全上,支障があると判断した場合は,乗務を中止しなければなら
ない。」と規定され,同社の国際線勤務協定では,「予定された勤務は完遂するも
のとする。但し,乗務の実施中において・・着陸回数・飛行時間・勤務時間を超
え,又は超えると予測される場合は,機長は,運航状況,疲労度等を勘案のうえ,
予定された勤務の継続の可否を決定するものとする。なお,機長の決定に際して
は,着陸回数3回,飛行時間9.5時間,勤務時間15時間を判断要素とする。機
長の決定に対し,会社は言及しないものとする。」と規定されている。なお,国内
線については,勤務の完遂を原則とする規定はない。
 ANAのOMでは,「運航乗務員は,予定された乗務割に従って乗務を完了する
ものとする。ただし,不測の事態により・・・乗務割の基準を超える場合,機長が
運航状況,運航乗務員の疲労度,その他の状況を十分考慮して,安全上支障がある
と判断した時は,その乗務を中止しなければならない。」と規定され,国際線勤務
協定では,「予定された勤務は完遂するものとする。但し,イレギュラーが発生し
た後の勤務の継続・中断並びにエマージェンシーランディングを行った以降の乗務
については,機長は運航状況,疲労度等を勘案の上,他の運航乗務員と協議し決定
する。なお,予定された勤務の継続については,勤務の予定の制限の表において着
陸回数において1回を加えた回数,乗務時間においては3時間を加えた時間を判断
要素として決定する・・・また,上記機長の決定について,会社は言及しないもの
とする。」と規定され,国内線勤務協定においても,同様に規定されている(判断
要素は,着陸回数5回,乗務時間7時間,勤務時間12時間とされている。)。
イ 小括的判断
 これらANA,JASの定め方からすれば,被告のした上記1(1)の改定は,
勤務完遂の原則を定めている点,上限規制を定めていない点では突出したものとは
いえないが,予定された勤務の継続についての乗員への判断要素がない点で,突出
しているとはいえる。
(6) 被告の取扱い
(甲519,607,696,乙122,123,143,145,147)
 被告は,上記1(1)の改定前には,「イレギュラー発生時に,乗務の継続・中
止について機長の判断を求める場合は,運航状況,旅客の利便,乗員交替の手配等
の諸状況を説明し,乗員交替措置については勤務協定等の制限を超えそうな場合は
手配を行う努力をした上,その状況を機長に説明しその判断に委ねる。」との取扱
いを行っており,この改定後も同様の取扱いを行っている。もっとも,運航の可否
の判断に必要な情報が示されないまま継続勤務を求めるなど,取扱いが十分でない
事例もある。
 なお,運航乗務員の声の中には,改定後交替乗員が手配されなくなったとするも
のがあるが,被告の取扱いは改定の前後を通じて変更はなく,証拠(乙370)に
よれば,交替乗員が手配された例もあることが認められるから,この声のとおりに
認定することはできない。
(7) 結論
 以上検討したところによれば,勤務完遂原則を定めた本件改定は,運航の安全性
の観点からは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下す
るものとまではいえないし,それ以外の観点からみた場合,これによる不利益はほ
とんどないこと,旧勤務協定において解釈上疑義のあった勤務完遂の原則を明確化
する必要があったこと,旧勤務協定下においても機長が乗務を中断する場合の上限
は規制されていなかったこと,被告の運航乗務員の中には,上限を設けるとかえっ
て機長の自由な判断を拘束するとの意見があったこと,内外他社との比較において
も,機長の判断要素を採り入れていない点を除いては,必ずしも不相当な規定とは
いえず,変更された内容は,同種事項に関する国際社会及び我が国社会の一般的状
況に照らし,その相当性に問題があるとまではいえないこと,乗務時間,勤務時間
又は着陸回数の延長及び中断について機長の判断要素を採り入れていない点は,旧
勤務協定においても同様であること,この改定の前後を通じて,運航状況等につい
て機長に説明し,その判断に委ねるとの被告の取扱いに変更はないこと,この改定
についての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠はないが,新就業規
程では,乗務時間,勤務時間及び着陸回数の制限を超えた場合は,次の12時間以
上の休養を予定する地点で少なくとも15時間の休養を与えるとしており,旧就業
規程12条2項の12時間に比べて休養時間が延長されていること等を総合考慮す
れば,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していることを考慮
しても,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを許容できる
だけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができるか
ら,変更の合理性があるということができる。
 とはいえ,この改定がもたらしたものとはいえないにせよ,被告の機長への説明
が不十分な事例もあるのであり,これが不十分な場合には,機長による乗務の継
続・中止についての判断を誤らせるおそれがあるから,被告としては,より一層そ
の説明を十分尽くすよう努めるべきものである。
第13 月間及び年間の乗務時間制限について(争点6(3))
1 改定による不利益
 月間及び年間の乗務時間制限に関する本件改定により,従来は,1暦月の乗務時
間制限は80時間,1暦年の乗務時間制限は840時間とされていたのが(旧就業
規程8条1項),それぞれ85時間及び900時間に延長された(新就業規程8条
1項)。この月間及び年間の乗務時間の延長は運航乗務員に不利益であるというこ
とができる。
2 規定内容自体の合理性について
 審査細則は,「乗務時間は,1暦月100時間,3暦月270時間及び1暦年1
000時間を超えないことと定めている(乙302)。月間及び年間の乗務時間制
限に関する本件改定は,国の認可を受けた被告の運航規程(月間乗務時間は85時
間,年間乗務時間は900時間。別紙3)の範囲内のものであり,この改定が規定
内容自体の合理性を欠くとはいえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 認定事実
(ア) 乗務の頻度等(甲1276,乙114,124)
 平成9年度の実績では,全運航乗務員の月間平均乗務時間数は57時間であり,
月間乗務時間80時間を超える乗員は全てB747-400運航乗員部所属であっ
たが,その比率は同型機に乗務する全乗員比で3.7パーセントであった。平成1
4年度の実績では,機長の年間平均乗務時間は,B747-400型機の機長が最
も多いが,それでも約630時間程度であり,繁忙期である12月の平均乗務時間
は55.67時間で,80時間以上乗務した者はB747-400型機機長全体の
約11パーセント(44名)であった。
 また,被告は,乗務時間は連続する3暦月で240時間を超えないとする運用を
行っている。
(イ) 運航乗務員の声(甲546,1274,1303)
・乗務時間が月間80時間を超えると体調に影響する。月末になると疲労が蓄積
し,万全とはいえない体調で乗務した。滞在先では夜十分睡眠が取れず,昼間も眠
気が残る。帰国後の休日はひたすら身体を休め,次の乗務に備えることで精一杯で
あった。
・フライトに対して細かい配慮が欠け,安全上も問題がある。
・限界に近い乗務が続くと睡眠不足になる。乗務後の休日を全て休養に充てても状
況が改善されず,日常生活がまともにこなせないこともある。
・腰痛となったが,長時間の乗務及び時差と徹夜の乗務で知らず知らずのうちに疲
労が蓄積されたためと考える。
イ 小括的判断
 上記アの認定事実によれば,運航乗務員の声からすれば,月間80時間を超える
乗務には一定程度厳しいものがあるということができるが,改定による月間乗務時
間及び年間乗務時間の増加が運航乗務員にもたらす影響は全体として見れば大きい
ものとはいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 証拠(乙114,345)によれば,被告は,夏期や年末年始等の繁忙期におけ
る対応を容易にするとともに,運航乗務員のより効率的な活用を図るために月間及
び年間の乗務時間制限に関する本件改定をしたことが認められる。
 月間及び年間乗務時間を延長して繁忙期の高稼働に対応できることは,被告の経
営上有利なことであるから,被告がしたこの改定には経営上から見て高度の必要性
があるということができる。
 原告らは,運航乗務員を平均して乗務させれば足りるから月間及び年間の乗務時
間延長の必要性はない旨主張するところ,証拠(甲1276)によれば,スケジュ
ールを平均的に配分すれば月間及び年間乗務時間を延長しなくとも対応できること
が認められるが,運航乗務員が特定の路線に乗務するためには,路線資格又は空港
ごとの知識・経験要件が必要であり(第1の3(3)イ(ア)),運航乗務員であ
ればどの路線でも乗務ができるというものではない上,乗務を命ずる場合には,被
告の都合のみならず運航乗務員の都合等様々な事情を考慮する必要があると考えら
れるから,運航乗務員の乗務時間の平均化には自ずから限界があるというべきであ
り,原告らの主張はにわかに採用できない。
(3) 各国基準との比較
 証拠(乙108)によれば,各国の月間及び年間の乗務時間制限値は別紙18の
とおりであることが認められ,これによれば,我が国の基準が突出しているとはい
えない。
(4) 内外他社との比較
ア 認定事実(甲57,71,79の(1),334,339,676,687,
689,691,1106の(2),(3),乙104の(4),(5),14
9,201の(2),468)
 月間及び年間の乗務時間制限に関する内外他社の基準は別紙19のとおりであ
る。ほかにカンタス航空,フィンランド航空も基準を定めており,カンタス航空の
乗務時間制限は56日間で170ないし175クレジットアワーであり,フィンラ
ンド航空の飛行勤務時間(出頭時刻からフライト完了後30分後まで)制限は月間
172時間である。
 外国の航空会社の中には,クレジットアワー制度を採用している会社がある。ク
レジットアワー制度とは,実乗務時間のほかに,シミュレータ勤務時間や地上勤務
時間,離基地日数等を一定の係数の下に乗務時間に換算する制度であり,それらの
クレジット時間は,実乗務と同様に月間・年間の乗務時間に繰り入れられ,時間制
限の対象とされる。ユナイテッド航空,ノースウェスト航空,英国航空,カンタス
航空では,クレジットアワー制度が採られているが,サウスウェスト航空,ルフト
ハンザ航空,エアフランス,KLMオランダ航空,スイス航空,シンガポール航
空,フィンランド航空や国内他社(ANA,JAS)ではこのような制度は採られ
ていない。
イ 小括的判断
 以上からすれば,被告の月間及び年間乗務時間制限は,クレジットアワー制度を
採っている航空会社に比べれば緩やかといえるが,そうでない航空会社と比べれば
突出しているとはいえないし,国内他社に比べれば,ANAは月間90時間,年間
960時間,JASは月間90時間,年間1000時間であるから(別紙19),
被告の基準はより厳しい制限であるということができる。
(5) 結論
 以上検討したところによれば,月間及び年間の乗務時間制限に関する本件改定
は,運航の安全性の観点からは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほど
に安全性が低下するものとはいえないし,それ以外の観点からみた場合,改定をす
る高度の必要性があること,各国,各社基準との比較,特に国内他社であるAN
A,JASの基準からして,被告の基準は厳しい制限であり,変更された内容は,
同種事項に関する国際社会及び我が国社会の一般的状況に照らし,その相当性に問
題があるとはいえないこと等を総合考慮すれば,これによる運航乗務員の不利益に
一定程度厳しいものがあること(乗務の頻度等からすれば,運航乗務員の不利益は
全体として大きいものとはいえないが,この乗務の頻度等についての被告の運用が
恒常的に運航乗務員に有利な方向で実施されるとする制度的な裏付けはないから,
これを重視することはできない。),この改定についての代償措置がとられている
ことを認めるに足りる証拠はないこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合
が改定に反対していることを考慮しても,この改定による不利益を運航乗務員に法
的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のも
のであるということができるから,変更の合理性があるということができる。
第14 宿泊を伴う休養時間について(争点6(4)ア)
1 改定による不利益
(1) 従来は,「宿泊地とはあらかじめ乗員交替地として定められた場所をい
う。」とされ(旧就業規程2条(16),旧勤務協定Ⅰ-5),「宿泊地における
休養は,少なくとも12時間とする。ただし,(1)連続する24時間中の乗務お
よび勤務時間の制限を超えない場合は宿泊地において12時間の休養をとらずに飛
行することができる。(2)マルチ編成またはダブル編成の場合,運航乗務員が運
航状況,疲労度等について判断し,機長が充分これを配慮して8時間とすることが
ある。」と定められていたが(旧就業規程16条2項,旧勤務協定Ⅱ-16
(2)),新就業規程では,従前の宿泊地という概念がなくなり,代わりに「一連
続の乗務に係わる勤務」という概念が規定され,これを前提として,「一連続の乗
務に係わる勤務の前には連続12時間の休養を予定する。また,休養に先立ち予定
する乗務が以下に該当する時は,12時間の休養時間にそれぞれの時間を加算した
休養時間を予定する。(1)予定乗務時間が9時間を超え10時間以内の場合は6
時間,(2)予定乗務時間が10時間を超え11時間以内の場合は9時間,(3)
予定乗務時間が11時間を超える場合は12時間,(4)予定乗務が出発地の時間
で22:00~05:00に当たる場合はその時間」(16条1項),「前項の定
めにかかわらず,航空機の遅延等やむを得ない事態が発生し前項で予定した休養時
間が次の1連続の乗務に係わる勤務の前に確保できない場合は,少なくとも10時
間の休養を与える。なお,休養時間が前項で定める時間の10/12に満たなかっ
た場合には,第17条に定める休日に加えて1日の休日を与える。ただし,この休
日は第17条第2項第2号cによる休日に包含される。」(16条2項),「第1
項ないし第2項の定めにかかわらず,休養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計
が,第10条に定める制限時間内であれば,10時間の休養をとらず乗務を継続さ
せることができる。」(16条3項)と規定された。
(2) 原告らは,旧勤務協定の解釈上も,また,労使慣行からしても,宿泊地に
おける休養であるか否か,乗務及び勤務時間の制限を超えないか否かにかかわら
ず,宿泊を伴う勤務については休養は少なくとも12時間とするとされていた旨主
張するので,以下,検討する。
ア 認定事実
(甲9,17,1112,1237,乙114,141,457)
(ア) 昭和57年2月9日に発生した日航羽田沖事故を受けて,運輸大臣は,同
年3月9日,被告に対し,「安全運航確保のための業務改善について」と題する文
書で勧告をし,この勧告の中に,「乗務スケジュールの中に,宿泊地における休養
時間が十分とはいえない事例が見受けられる。従つて乗務割の基準中に,宿泊地に
おける休養時間に関する規定を定め,その確実な実施を図る必要がある。」という
所見を掲げていた。
 同年4月9日の参議院公害及び交通安全対策特別委員会において日航羽田沖事故
が取り上げられ,当時の被告代表取締役らが参考人として出席し,その際同委員会
に運輸大臣の勧告に対する改善策を記載した文書を提出した。同文書には,「運航
乗務員の国内線宿泊地における休養時間につきましては,ご指摘の趣旨をふまえで
きる限り早急に労使間協定の改訂を行い規定化し,確実な実施をはかってまいる所
存であります。なお,当面は国内線宿泊地における休養時間が不足することのない
ようスケジュールの作成及び運用に充分配慮いたします。」と記載されていた。ま
た,当時の被告専務取締役は,同委員会において,「本日以後は組合との協定が成
り立つまでの間,ホテルにおける時間が10時間を割らないように配分をするとい
うことで実行してまいります。」と述べた。
(イ) 被告は,同年4月10日,乗員組合に対し,国内線に関しては,あらかじ
め乗員交替地として定められた場所であるか否かを問わずに,勤務終了後に原則と
して12時間の休養を与える旨の提案をし,協定締結を求めたが,協定締結には至
らなかった。
 被告は,国際線については,国内線と同様の提案をしなかった。これは,国際線
については,連続する24時間中の乗務時間制限及び勤務時間制限の枠内で徹夜便
の乗務や時差のある乗務を行うことは必然的に生ずることであり,到着地における
休養が昼間の場合か夜間の宿泊を伴う場合かで休養時間を設定する基準を別にする
ことに合理的な理由はないと考えたためであっった。
(ウ) 以後,被告においては,国内線,国際線で休養時間12時間未満の乗務パ
ターンが実施されたことがあった。
イ 小括的判断
 以上によれば,上記(1)の改定前には,宿泊地(あらかじめ乗員交替地として
定められた場所)における休養は少なくとも12時間とするものの,連続する24
時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合は,宿泊地における12時間の休
養は保障されていなかったもので,原告ら主張のように,労働協約,就業規則又は
労働契約において,あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを問
わずに,宿泊を伴う場合には,勤務終了後に原則として12時間の休養時間が与え
られることを内容とすることが定められたことはないと言わざるを得ない。
 なお,上記(1)の改定前,被告は,国内線について,ホテルにおける休養時間
が10時間を下回ることがないようにしていたが,被告と乗員組合との間で国内線
の休養時間についての協定が締結されなかった以上,これは被告が自己の判断でそ
のような運用を行っていたものと解するのが相当であり(証拠(甲358,証人P
4)によっても,この認定を左右するに足りない。),上記ア(ウ)からすれば,
原告ら主張のように,あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを
問わずに,宿泊を伴う場合には,勤務終了後に原則として12時間の休養時間が与
えられることを内容とする労使慣行があったとすることもできない。
 したがって,新就業規程が一連続の乗務に係わる勤務の継続中に宿泊が予定され
ている場合についてその最低休養時間を保障する旨を規定していないことは,不利
益変更には当たらない。
2 規定内容自体の合理性について
 審査細則は,休養について7暦日の休養制限を定めるのみで(乙302),一連
続の乗務に係わる勤務の継続中の休養時間については規定していないが,上記1
(1)の改定は,国の認可を受けた被告の運航規程(被告の運航規程では,休養に
ついて,「不測の事態により,・・・休養時間を確保することができない場合は連
続10時間とすることができる。」としている。乙85の(2))の範囲内のもの
である。
 NASAガイドラインは,8時間の睡眠を与えること,そのために最低10時間
の休養が必要であり,不測の必要性が生じた場合は9時間まで短縮できると指摘し
ている。また,バテル報告書は10時間の休養時間では十分とはいえないとしてい
る。なお,NASAガイドラインの休養時間(オフ・デューティー時間)は,「運
航乗務員がすべての勤務から解放される,中断を含まない,連続した前もって定め
られた時間帯」をいうところ,被告では休養時間の算定は,休養施設に到達した時
から次の業務につくため,同施設を出発するまでとされている(新就業規程2条
(13)。旧就業規程も同じ)から,被告の休養時間はNASAガイドラインにい
う休養時間よりは長くなるものである。
 しかし,これらの科学的研究から具体的な休養時間値を導き出すことはなお困難
であると言わざるを得ないことは,上記第6の2(10)のとおりであるから,こ
れらの科学的研究から,上記1(1)の改定が規定内容自体の合理性を欠くとはい
えない。
 また,JASでは,勤務協定上,国際線勤務における運航宿泊(「宿泊を伴う休
養」に相当する概念)の場合,運航宿泊地における休養時間は12時間以上とされ
ており,国内線勤務における運航宿泊の場合は,勤務終了後の休養時間は最低10
時間,オリジナルスケジュールでは12時間以上を予定するとされ,ANAでは,
勤務協定上,国際線勤務における運航宿泊地のインターバル(休養)時間は14時
間以上を予定し,最低12時間とするとされていることが認められる(甲101
6)。
 しかし,新就業規程の下でも,一連続に係わる勤務の前には連続12時間の休養
を予定し,予定乗務時間に応じて一定の休養時間を加算する定めを置き,一方,休
養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計が制限時間内であれば10時間の休養をと
らずに乗務を継続させ得ること,及び航空機の遅延等やむを得ない事態が発生し予
定した休養時間が確保できない場合には,少なくとも10時間の休養を与えること
等が規定されているのであるから(新就業規程16条),JASやANAと規定の
仕方が異なるからといって,これが規定内容自体の合理性を欠くとまではいえな
い。
 原告らは実態としても休養時間の削減をもたらしていると主張し,証拠(甲42
1,443,510,523,806,816,821,829,1120,11
76)は休養時間が12時間に満たない乗務のきつさを訴えるが,旧協定下におい
ても乗務及び勤務時間の制限内では休養時間の最低保障はなかったのであるから,
改定後の実態から上記1(1)の改定が規定内容自体の合理性を欠くとはいえな
い。
 なお,証拠(甲1104,1105)によれば,マニラ線,香港線において,実
乗務時間が乗務ダイヤで予定された乗務時間を超えて運航したため,現地(マニ
ラ,香港)での休養時間が短くなることがあったが,証拠(乙460)によれば,
被告では機長から休養時間延長の要請があれば,その確保に努めていることが認め
られるから,このことから規定内容自体の合理性がないとはいえない。
3 結論
 以上のとおり,宿泊地における休養の定めを削除し,一連続の乗務に係わる勤務
の前には連続12時間の休養を予定する等とした上記1(1)の改定が不利益なも
のとはいえず,不利益変更には当たらないし,規定自体の内容が不合理であるとも
いえない。
第15 東京から連続して12時間以上デッドヘッドする場合の休養時間(争点6
(4)イ)及び東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての休養時間につ
いて(争点6(4)ウ)
1 改定による不利益
(1) 従来は,運航乗務員が東京から連続して12時間以上航空機にデッドヘッ
ドする場合,次の乗務に先立ち少なくとも連続24時間を与えることを原則とし,
当該航空機遅延等やむを得ない場合には,当該地到着後連続18時間を与えた後に
乗務させることがあるとしていた(旧就業規程20条,旧勤務協定Ⅱ-20)。ま
た,従前の「東京-サンフランシスコ間デッドヘッド後の休養時間に関する覚書」
(本件覚書)では,東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについては,次の乗
務に先立ち少なくとも連続24時間を与えることを原則とし,当該航空機遅延等や
むを得ない場合には,当該地到着後連続18時間を与えた後に乗務することができ
るとしていた(第2章第1の2(4)イ⑥)。
 これに対し,休養時間に関する上記第14の1(1)の改定に併せ,新就業規程
では,「運航乗務員が連続して便乗する場合で勤務時間が15時間を超える場合
は,次の乗務に係わる勤務の前に連続15時間の休養を予定する。ただし,便乗す
る便の遅延等やむを得ない場合には,到着後少なくとも10時間の休養を与え
る。」と規定された(16条4項)。
 したがって,運航乗務員が連続して便乗(デッドヘッドと同じ意味である。)す
る場合で勤務時間が15時間を超える場合はこの規定(新就業規程16条4項)が
適用され,15時間を超えない場合は,一連続の乗務に係わる勤務の前には原則と
して連続12時間の休養を予定する(例外の場合は10時間の休養)という規定
(新就業規程16条1項,2項)が適用されることになるが,証拠(甲1277)
によれば,被告では,運航乗務員が東京から連続して12時間以上デッドヘッドす
る場合で勤務時間が15時間を超える乗務パターンは実施されていないことが認め
られるから,被告では,運航乗務員が東京から連続して12時間以上航空機にデッ
ドヘッドする場合及び東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについての予定さ
れる休養時間は,原則12時間であることになる(新就業規程16条1項,2
項)。
(2) 旧勤務協定にいう「連続24時間」について,原告らは休養時間を意味す
ると主張し,被告は,便乗航空機の到着から次に乗務する航空機の出発までの総経
過時間を意味すると主張するが,仮に被告の主張のとおりであるとしても,デッド
ヘッドの場合の勤務終了時刻は到着時刻であり(新就業規程7条1項(2)a),
地上輸送時間は,東京で自宅で休養する場合が1時間30分,それ以外が30分
(新就業規程23条),次の乗務のための出発前の出頭時刻は航空機の出発予定時
刻前1時間10分ないし1時間30分(新就業規程21条(1)aの表の「その
他」欄の「国際線」欄)であるし,実質休養時間はこれより短くなるから(甲12
78),地上輸送時間を2回加えても,上記(1)の改定により運航乗務員に不利
益があることになる。
2 規定内容自体の合理性について
 長時間のデッドヘッドの後にどの程度休養時間を与えるべきかの観点からされた
科学的研究があることを認めるに足りる証拠はない。「FAA航空立法諮問委員会
(ARAC)による航空法改定案とその科学的根拠の資料」があるからといって,
それから長時間のデッドヘッド後の休養時間値を導き出すことが困難であると言わ
ざるを得ないことは上記第6の2(10)イのとおりである。したがって,上記1
(1)の改定が規定内容自体の合理性を欠くとはいえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 運航乗務員の声
(甲1279,1280)
・時差のある長時間のデッドヘッドにより疲労した上,少ない休養時間で次の長時
間乗務に就くことは,十分な睡眠が取れないまま次の乗務に就くことになる。
・便乗航空機が遅延した場合,さらにその負担は大きく,徹夜勤務に就かざるを得
ないこともある。
イ 小括的判断
 上記アの運航乗務員の声からすれば,デッドヘッド後の休養時間が短縮されたこ
とは運航乗務員に相当厳しいかのようであるが,もともとデッドヘッドは便乗であ
って,乗務に就くわけではなく,不十分とはいえデッドヘッド中に休養をとること
も可能なものであるから,その不利益は必ずしも大きいとはいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 上記1(1)の改定により,デッドヘッド後の休養時間を短縮して運航乗務員を
運用することが可能になることは,運航乗務員の効率的,弾力的運用を可能にする
ものであるから,マンニング削減効果の有無にかかわらず,変更の必要性があると
いうことができるし,その程度も高度なものということができる。
(3) 国内他社との比較
 被告の運航規程では,「乗務のための勤務終了後,基地以外の休養地で少なくと
も連続12時間の休養を与える。」ことが原則とされ,一定の場合は連続10時間
とすることができるとされているが(別紙3),証拠(乙473)によれば,AN
Aでは,飛行勤務終了後,12時間以上の休養を与えるとされ,マルチ編成による
運航の場合,やむを得ない場合は8時間まで短縮できるとされていることが認めら
れ,これらからすれば,デッドヘッド後の休養時間に関する上記1(1)の改定が
突出しているとはいえない。
(4) 結論
 以上検討したところによれば,上記1(1)の改定は,運航の安全性の観点から
は,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するものとま
ではいえないし,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性があるこ
と,これによる運航乗務員の不利益の程度は大きいとはいえないこと,ANAと比
較した場合,被告の基準が突出しているとはいえず,変更された内容は,同種事項
に関する我が国社会の一般的状況に照らし,その相当性に問題があるとはいえない
こと等を総合考慮すれば,この改定についての代償措置がとられていることを認め
るに足りる証拠はないこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反
対していることを考慮しても,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍さ
せることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると
いうことができるから,変更の合理性があるということができる。
第16 自宅スタンバイ終了後の休養時間について(争点6(4)エ)
1 改定による不利益
 従来は,スタンバイ終了後,次の乗務に先立ち,国際線スタンバイの場合は12
時間の,国内線スタンバイの場合は6時間の,各休養を得なければ次の乗務につい
てはならないとされていたが(旧就業規程21条1項(3),2項(1)b,旧勤
務協定Ⅱ-21),新就業規程では,これらに該当する規定がなくなった。これに
より,スタンバイ終了後の休養時間の保障はなくなっているから,これは,運航乗
務員に不利益である。なお,新就業規程では,自宅スタンバイは,「一連続の乗務
に係わる勤務の前の連続12時間の休養に包含することができる。」旨規定されて
いる(新就業規程19条1項)。
2 規定内容自体の合理性について
 「FAA航空立法諮問委員会(ARAC)による航空法改定案とその科学的根拠
の資料」は,NASAガイドライン,バテル報告書等から,リザーブ(スタンバ
イ・待機)勤務を複数日連続して行う場合には,保護時間帯を毎日同時刻に開始す
ること,少なくとも24時間以上前に運航乗務員に保護時間帯を知らせることと指
摘し,NASAガイドラインは,スタンバイの運航乗務員に与えられる8時間の睡
眠の機会は前日の睡眠時間帯から3時間以上変動しないように,かつ,呼び出しに
よって中断されないように設定されることが必要であると指摘している(第6の2
(10)ア(ウ)c(b)ⅵ,(カ))。また,証拠(甲701)によれば,デイ
ーメント博士は,睡眠剥奪の状態を招かないために,保護時間帯について3時間以
上の変更が必要な場合には少なくとも10時間の予告が必要であり,変更は7連続
日に一度に制限されるべきであると指摘していることが認められる。
 しかし,これらの科学的研究から具体的なスタンバイ終了後の休養時間値を導き
出すことはなお困難であると言わざるを得ないことは上記第6の2(10)イのと
おりであるから,これらの指摘から,自宅スタンバイ終了後の休養時間を廃止した
上記1の改定が規定内容自体の合理性を欠くとはいえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 認定事実
(ア) 自宅スタンバイの運用(甲1236,1281,弁論の全趣旨)
 被告における自宅スタンバイは,S00(午前0時からのスタンバイ)からS1
6(午後4時からのスタンバイ)まで17種類あるが,被告は,S03(午前3時
からのスタンバイ)からS14(午後2時からのスタンバイ)の間で運用してい
る。自宅スタンバイが夜遅く(例えば午後10時)に終わり,翌日午前早い乗務
(例えば出頭時刻午前7時05分)に就くこともある。
(イ) 運航乗務員の声
(甲220,311)
・スタンバイ中,いつ呼出しを受けるか気にかかり,精神的なストレスがある。
・遅い時間帯のスタンバイの場合,遅い時間帯の乗務に合わせて体調調整をする
が,スタンバイから起用されずにスタンバイ勤務が終了した場合,翌日は早朝から
の乗務となり,これに合わせた体調調整をやり直さなければならないが,不可能に
近い。
・前日の勤務終了後わずか5時間後にスタンバイ勤務が始まる例もあり,いつでも
被告から電話連絡が入る可能性があるから,休養としての実質を失いかねない。
イ 小括的判断
 スタンバイ終了後の最低休養時間の規定の廃止により,運航乗務員は不利益を受
けているが,スタンバイは,乗務等に就き得る状態を維持するものであり(新就業
規程2条(5)),それによる負担はあるにしても,その負担は実際に乗務等の勤
務に従事する場合に比べてはるかに小さいといえるから,上記ア(イ)のような運
航乗務員の声があるからといって,不利益が大きいとはいえない。このことは,原
告ら主張のように,スタンバイ終了後の最低休養時間に体調再調整の意味があるこ
とを考慮しても,同様である。
 新就業規程19条1項は,自宅スタンバイについて,「一連続の乗務に係わる勤
務の前の連続12時間の休養にスタンバイを包含することができる。」旨規定して
いるから,スタンバイ勤務の前日の勤務が遅く終了した場合でも,当日のスタンバ
イ勤務からスタンバイ直後に起用指示がされることもあり得るが,新就業規程の下
では,その場合でも12時間の休養時間は確保されるのであるから,これによって
不利益が大きいともいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 自宅スタンバイ終了後の休養に関する上記1の改定により,スタンバイ終了後の
最低休養時間を保障することなく,運航乗務員を乗務等に就かせることが可能にな
ることは,運航乗務員の効率的,弾力的運用を可能にするものであるから,マンニ
ング削減効果の有無にかかわらず,変更の必要性があるということができるし,そ
の程度も高度なものということができる。
(3) 結論
 以上検討したところによれば,上記1の改定は,運航の安全性の観点からは,こ
れにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するものとはいえな
いし,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性があること,これに
よる運航乗務員の不利益の程度は大きいとはいえないこと等を総合考慮すれば,こ
の改定についての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠はないこと,
乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していることを考慮して
も,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを許容できるだけ
の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができるから,変
更の合理性があるということができる。
第17 国際線における離基地日数1日の場合の休日について(争点6(5)ア)
1 改定による不利益
 従来は,基地を離れて国際線に乗務し,基地に帰投した場合,基地を離れた日数
が1日の場合は連続して1日の休日を与えるとされていたが(旧就業規程16条3
項(2)b,旧勤務協定Ⅱ-16(3)ロ(ロ)),新就業規程では,基地を離れ
て国際線に乗務し,基地に帰着した場合,離基地期間が1日の場合は,離基地期間
中の予定された総乗務時間を離基地日数で除した1日あたり乗務時間が6時間以上
の場合はそれに連続して1日の休日が与えられるが,その場合でも,連続乗務日数
又は離基地期間が2日以内の乗務パターン(国際線の場合は最大時差4時間以内)
を終えて基地(羽田又は成田)帰着後,1回の乗務パターンを限度として引き続き
乗務を予定することがあるとされ(17条2項(2),(3)),これが適用され
るときは,離基地日数1日の勤務の翌日ではなく,予定された乗務パターン終了後
に休日が付与されることになった。
 このように,国際線における離基地日数1日の場合の休日に関する本件改定によ
り,乗務時間6時間未満の場合は休日が付与されず,また,乗務時間6時間以上の
場合でも必ずしもその勤務の翌日に休日が付与されなくなったことは,運航乗務員
に不利益である。
2 規定内容自体の合理性について
 原告らは,国際線における離基地日数1日の場合の休日に関する本件改定により
疲労が蓄積したまま乗務に就くことになり,運航の安全に支障を来すおそれが高い
と主張するが,乗務時間6時間未満の場合でも必ず休日を付与し,乗務時間6時間
以上の場合は必ずその勤務の翌日に休日を付与しなければ,運航の安全に支障を来
すとの科学的研究はなく,これをいう後記3(1)アの運航乗務員の声(甲128
2,1283)も具体的な裏付けを伴うものとは必ずしも言い難いから,この改定
が規定内容自体の合理性を欠くとはいえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 運航乗務員の声(甲1282,1283)
・平成15年2月4日,成田-大連往復乗務(予定乗務時間5時間55分,実際の
乗務時間は6時間)の翌日,連続して成田-プサン往復乗務に就いたが,後者のフ
ライトでは前者のフライトの疲労が残り,通常の後者のフライトのみを行った後よ
りも疲労を感じた。トラブルでもあれば相当厳しいフライトになる。
・乗務時間が6時間未満であっても勤務時間が11時間になることもあり,過度な
疲労が蓄積する。
イ 小括的判断
 被告では,国内線の場合は,例えば予定着陸回数が3回で乗務時間7時間30分
(勤務時間は12時間)の場合でも,1日の乗務後に休日を与えられることはない
ところ(新就業規程10条2項,17条2項(1)。このことは旧就業規程でも同
様である。旧就業規程10条1項,16条3項(1)),国内線乗務と国際線乗務
による違いによる一定の困難さはあるにしても(甲1282,1283によれば,
国内線乗務と国際線乗務とでは,航空管制の使用する高度の単位,気圧による高度
計補正の方法,他の航空機の位置関係の把握の困難さ等の違いがあることが認めら
れる。),国際線における乗務時間6時間未満の乗務は短距離国際線乗務であるか
ら,時差による影響は少ないことなどからすれば,国際線における離基地日数1日
の場合の休日に関する本件改定により国際線で乗務時間6時間未満の場合に休日を
与えないことにしたからといって,不利益の程度が大きいとまではいえない。ま
た,乗務時間6時間以上の場合は,その勤務の翌日となるとは限らないとはいえ,
休日は与えられるのであるから,この場合も不利益の程度は大きいとはいえない。
原告ら主張のように,予定乗務時間と実際の乗務時間が異なることがあり,乗務時
間が6時間未満であっても勤務時間は長時間になることがあるからといって,上記
の国内線の乗務時間,勤務時間との対比からすれば,この改定による不利益の程度
は大きいとはいえない。上記アの運航乗務員の声によっても,この判断を左右する
に足りない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
ア 認定事実(甲4,乙114,345)
(ア) 被告は,休日・休養の制度の見直しの一環として,基地を離れて国際線に
乗務し基地に帰着した場合の休日に関する本件改定をした。従来の規定は,休日の
付与については離基地日数のみを基準としていたが(旧就業規程16条3項(2)
b),時差の解消のためには早く帰着して基地で休養を図るほうがよいという産業
医の意見があったことや,離基地期間中の乗務密度も考慮するほうがより合理的で
あると考え,離基地日数を基本としつつ,時差や予定乗務時間を休日の付与に反映
させることとした。また,運航乗務員には集中勤務・集中レストを望む声が多いと
して,一定の乗務パターン(後記(イ)d)について連続勤務を予定することがあ
るとし,勤務終了後に休日を与えるとした。
(イ) 基地を離れて国際線に乗務し基地に帰着した場合の休日に関する本件改定
の概要は,以下のとおりである(新就業規程17条2項(2)ないし(4))。
a 離基地期間に応じ,離基地期間が2日の場合は1日の休日,離基地期間が3日
及び4日の場合は連続2日の休日,離基地期間が5日ないし9日の場合は連続3日
の休日,離基地期間が10日ないし14日の場合は連続4日の休日を,それぞれ与
える。
b 離基地期間中の最大時差が8時間以上の場合,上記aの休日に連続して1日の
休日を付加して与える。
c 離基地期間中の予定された総乗務時間を離基地日数で除した1日当たり乗務時
間が6時間以上の場合,上記a及びbの休日に連続して1日の休日を付加して与え
る。
d 連続乗務日数又は離基地期間が2日以内の乗務パターン(国際線においては最
大時差が4時間以内)を終えて基地(羽田又は成田)に帰着後,1回の乗務パター
ンを限度として引き続き乗務を予定することがあり,その場合の休日は,「連続勤
務期間を通算して離基地期間と見做した場合に上記aないしcにより基地帰着後付
与される連続日数」又は「それぞれの乗務パターンにおいて上記aないしcにより
規定される休日数を合算した日数」のうち多い方を与える。
e 1日のみの休日については,休日の前後の勤務内容に応じて,次の勤務開始前
に36時間又は30時間の勤務間隔を予定する。
 この改定により,離基地期間1日,9日,12日ないし14日の場合は連続休日
数がいずれも1日減少し,離基地期間5日の場合は1日増加した。
イ 小括的判断
 国際線における離基地日数1日の場合の休日に関する本件改定の前後を通じ,月
間の休日総数が10日であることに変わりはなく,その中で,乗務時間6時間未満
の場合に休日を付与しないこと,乗務時間6時間以上の場合でも一定の場合に休日
を翌日に付与しないことができるとすることは,運航乗務員の効率的,弾力的運用
を可能にするものであるから,マンニング削減効果の有無にかかわらず,高度の変
更の必要性があるということができる。なお,原告ら主張のように,仮に被告が2
日連続乗務の拡大運用を図ろうとしているとしても,この変更の必要性からして,
それが許されないとはいえないし,上記(1)イのとおり,それによる運航乗務員
の不利益が大きいともいえない。
(3) 国内他社との比較
 証拠(甲1106の(2),(3))によれば,ANA,JASでは,協定上,
離基地日数1日の場合1日の休日を与えるとされていることが認められる。離基地
日数1日の場合,乗務時間6時間未満の場合は休日が与えられない被告の基準はこ
れらと異なるが,国際線における離基地日数1日の場合の休日に関する本件改定の
前後を通じて月間10日という休日数は変わらないのであるから,国内他社との比
較から見て,この改定が相当でないとはいえない。
(4) 結論
 以上検討したところによれば,国際線における離基地日数1日の場合の休日に関
する本件改定は,運航の安全性の観点からは,これにより運航の安全に支障が生じ
かねないほどに安全性が低下するものとはいえないし,それ以外の観点からみた場
合,改定をする高度の必要性があること,これによる運航乗務員の不利益の程度は
大きいとはいえないこと,国内他社と比較して,この改定が相当でないとはいえ
ず,変更された内容は,同種事項に関する我が国社会の一般的状況に照らし,その
相当性に問題があるとまではいえないこと,月間の休日総数が10日であることに
変わりはないこと等を総合考慮すれば,この改定についての代償措置がとられてい
ることを認めるに足りる証拠はないこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組
合が改定に反対していることを考慮しても,この改定による不利益を運航乗務員に
法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容の
ものであるということができるから,変更の合理性があるということができる。
第18 国際線における離基地日数9日の場合の休日,離基地日数12日ないし1
4日の場合の休日について(争点6(5)イ)
1 改定による不利益
 従来は,基地を離れて国際線に乗務し,基地に帰投した場合,基地を離れた日数
が9日の場合は連続して4日の,基地を離れた日数が12日ないし14日の場合は
連続して5日の,各休日を与えるとされていたが(旧就業規程16条3項(2)
b,旧勤務協定Ⅱ-16(3)ロ(ロ)),上記第17の3(2)ア(イ)のとお
り,新就業規程では,休日は,離基地日数9日の場合は連続3日,離基地日数12
日ないし14日の場合は連続4日とされた(17条2項(2)a)。
 このように,国際線における離基地日数9日の場合及び同12日ないし14日の
場合の休日に関する本件改定により,いずれも休日が1日削減されたことは,運航
乗務員に不利益である。
2 規定内容自体の合理性について
 国際線における離基地日数9日の場合及び同12日ないし14日の場合の休日に
関する本件改定による休日の削減が規定内容自体の合理性を欠くとするに足りる証
拠はない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 運航乗務員の声(甲1282,1285)
・平成9年に実施された東南アジア9日の乗務パターンは,最大時差8時間未満で
あるが,最終日には疲労が蓄積しているのに,休日は3日しか与えられず,疲労が
解消されない。
イ 小括的判断
 上記第17の3(2)ア(イ)のとおり,新就業規程では,離基地日数9日の場
合は連続3日,離基地日数12日ないし14日の場合は連続4日の休日とされた
が,離基地期間中の最大時差が8時間以上の場合は,これに連続して1日の休日を
与え,離基地期間中の予定された総乗務時間を離基地日数で除した1日当たりの乗
務時間が6時間以上の場合は,さらにこれに連続して1日の休日を与えるとされて
いる。国際線における離基地日数9日の場合及び同12日ないし14日の場合の休
日に関する本件改定により,連続休日日数が1日削減された不利益はあるが,新就
業規程では,最大時差8時間以上,1日当たりの乗務時間6時間以上の場合には,
さらに1日の休日が与えられるとされていることからすれば,改定による不利益の
程度は大きいとはいえない。上記アの運航乗務員の声によっても,この判断を左右
するに足りない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 国際線における離基地日数9日の場合及び同12日ないし14日の場合の休日に
関する本件改定の前後を通じ,月間の休日総数が10日であることに変わりはな
く,その中で,離基地日数9日の場合は連続3日,離基地日数12日ないし14日
の場合は連続4日の休日と短縮することは,運航乗務員の効率的,弾力的運用を可
能にするものであるから,マンニング削減効果の有無にかかわらず,高度の変更の
必要性があるということができる。
(3) 国内他社との比較
 証拠(甲1106の(2),(3))によれば,ANAでは,協定上,離基地日
数6日以上の場合4日以上の休日を与えるとされていること,JASでは,協定
上,離基地日数が9日の場合4日の,離基地日数が12日ないし15日の場合5日
の,各休日を与えるとされていることが認められる。
 しかし,改定の前後を通じて月間10日という休日数は変わらないのであるか
ら,離基地日数9日の場合は3日,離基地日数12日ないし14日の場合は4日の
各休日を与えるとする被告の基準が国内他社との比較から見て,相当でないとはい
えない。
(4) 結論
 以上検討したところによれば,国際線における離基地日数9日の場合及び同12
日ないし14日の場合の休日に関する本件改定は,運航の安全性の観点からは,こ
れにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するものとはいえな
いし,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性があること,これに
よる運航乗務員の不利益の程度は大きいとはいえないこと,国内他社と比較して,
この改定が相当でないとはいえず,変更された内容は,同種事項に関する我が国社
会の一般的状況に照らし,その内容の相当性に問題があるとまではいえないこと,
月間の休日総数が10日であることに変わりはないこと等を総合考慮すれば,この
改定についての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠はないこと,乗
員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していることを考慮しても,
この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを許容できるだけの高
度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができるから,変更の
合理性があるということができる。
第19 国内線連続乗務日数について(争点6(6))
1 改定による不利益
 従来は,国内線の乗務は連続3日を限度とするとされていたが(旧就業規程16
条3項(1)),国内線連続乗務日数に関する本件改定により連続5日を限度とす
るとされた(新就業規程15条1項)。この改定の前後で所定の就業時間や休日数
に変わりはないが,この改定により連続乗務日数の枠が広げられ,乗務が集中する
ことになったから(その例として,甲1058,乙388),これは運航乗務員に
とって不利益である。
 なお,原告らは,従来存在しなかった内際混合パターン(国内線と韓国線以外の
国際線とを組み合わせたパターン)がこの改定により可能となったと主張するが,
内際混合パターンについては旧協定下の実施例もあるから(乙394によって認め
る。),この主張は採用できない上,内際混合パターンについては国際線の規定が
適用されるから(新就業規程3条3項),内際混合パターンの存在は国内線連続乗
務日数の増加とは直接関係しないというべきである。
2 規定内容自体の合理性について
 審査細則は,「連続する24時間以内において,国内運航に従事する場合の乗務
時間が8時間を超えて予定しないこと」,「連続する7日間のうち1暦日(外国に
おいては連続24時間)以上の休養を与えること」と定めているのみで(乙30
2),国内線連続乗務日数制限については特に規定していない。被告の運航規程で
は,連続する24時間中で乗務時間は8時間,勤務時間は13時間,着陸回数は6
回を限度とし,これを超えて予定してはならない旨,及び,連続する7日間のうち
1暦日(外国においては連続24時間)以上の休養を与える旨定めており,国内線
連続乗務日数に関する本件改定はこの運航規程の範囲内である。
 国内線連続乗務日数をどのように制限すべきかの観点から科学的研究が行われて
いることを認めるに足りる証拠はない。NASAガイドラインは,標準的な,疲労
回復を目的とする休養時間(オフ・デューティー時間)は,7日間の間に最低限連
続する36時間であるべきであり,睡眠をとるべき8時間は前日の睡眠時間帯から
3時間以上変動しないように設定されることが必要であるとし,バテル報告書は,
「各勤務の開始時間は前日の開始時間より遅らせるべきである。」とする(第6の
2(10)ア(ウ),(オ))。Iマニュアル(IFALPAの労働関係マニュア
ル。甲976)も,「事業者は連続する任意の7日間に,連続する2回のローカル
ナイト(現地夜間)を含む最低連続36時間の休養を提供しなければならない」と
している。しかし,これらの指摘が国内線連続乗務日数制限の観点からの指摘とは
解し難い上,新就業規程では,国内線連続乗務日数が4日の場合は2日,同5日の
場合は3日の各連続休日が与えられるのであるから(17条2項(1)),これは
NASAガイドラインやIマニュアルの範囲内のものである。したがって,科学的
研究から国内線連続乗務日数に関する本件改定が規定内容自体不合理であるとする
ことはできない。
 以上からすれば,国内線連続乗務日数に関する本件改定が規定内容自体不合理で
あるとすることはできない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 認定事実
(ア) 乗務の頻度
(甲357,358,乙448,弁論の全趣旨)
 新就業規程の制限限度である連続5日乗務のパターンは,平成7年12月のB7
67運航乗員部の乗務実績によれば平均一人約0.52回である。また,平成11
年4月から平成12年4月までの間の全ての連続5日乗務のパターンにおける1日
当たりの平均着陸回数は,B767型機で1.8回,B737型機で2.4回であ
る。平成11年3月の乗員組合による調査では,連続5日乗務のパターンの頻度は
2.6パーセントであっった。
 平成13年1月以降の5か月間で,被告の関連会社であるJALエクスプレス社
(以下「JEX社」という。)を含め,乗務しない日も含めた離基地日数4日のパ
ターンは,1月が約12パーセント,2月が約14パーセント,3月が約11パー
セント,4月,5月がいずれも約12パーセントである。平成11年3月の乗員組
合による調査では,連続4日乗務のパターンの頻度は21.6パーセントであっ
た。なお,被告では,最大予定着陸回数4回連続5日間,合計予定着陸回数20回
というパターンは存在しないし,平成13年,平成14年においては,連続5日乗
務のパターンは作成されていない。しかし,スタンバイないし地上勤務と国内線連
続乗務を組み合わせた連続5日間ないし10日間の勤務は可能となっている。
(イ) 運航乗務員の声
(甲308,321,358,379,420,424,429,435,44
1,466,498,510,666,786,799,802,810,81
9,822,823,825,830,904,905,914ないし916,9
24,926,930ないし932,937,941,1058,1059,10
72,証人P3)
・連続乗務日数の延長により4日目以降疲労が蓄積し,ミスをする度合いが増え
る。
・航空機の操縦は離着陸が一番難しいが,着陸回数が増え,負担が大きい。
・準備が不完全なまま勤務に就かざるを得ない。
・国内線の運航環境は複雑であり,タイムストレス(運航の定時性確保のためのス
トレス),内際混合パターン,ホテル滞在,出頭時刻・終了時刻ともまちまちな不
規則な勤務,不規則な生活パターン,十分な休憩がとれないといった負荷要因もあ
って疲労が激しい。
・疲労により管制官とのやり取りの中で便名の勘違いをしてしまった。
イ 小括的判断
 以上からすれば,国内線連続乗務日数に関する本件改定により延長された連続乗
務日数での乗務の頻度は大きくないものの,1回1回の連続乗務日数4日又は5日
の乗務は運航乗務員の声からして相当厳しいものということができる。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 上記第5の2(7)のとおり,国内線連続乗務日数に関する本件改定により被告
では運航乗務員の弾力的,効率的運用が可能となったのであるから,この改定につ
いて高度の必要性があるということができる。なお,証拠(甲380,乙114,
287,290)によれば,被告は,運航乗務員にあった集中勤務・集中レストを
望む声も考慮してこの改定を行ったことが認められるが,この声が多くの運航乗務
員の声であったことを認めるに足りる証拠はないから,そのことからこの改定につ
いて変更の必要性があったとすることはできない。
(3) 各国基準との比較
ア 認定事実
(甲753,763,962,乙347,432,433)
 国内線連続勤務日数に関係する各国基準は,別紙20のとおりであり,国内線連
続乗務日数を直接制限する規定を定めている国はないが,間接的に規制する定めと
して,一定期間における休養時間の定めをおいている。これによれば,ほとんどの
国で連続勤務日数を5日以上としている。
イ 小括的判断
 これによれば,被告の国内線連続乗務日数最大5日の基準が突出しているとはい
えない。
(4) 内外他社基準,実績との比較
ア 認定事実
(甲358,676,763,962,968,1059,1072,1087,
1099,1106,1109,1123,乙195の(3),196の(4),
348,389ないし391,403,408)
 国内線又は短距離線運航における連続乗務日数,連続勤務,一勤務後の休養時間
に関する内外他社の基準は別紙15の「国内線連続乗務に関する規定上の制限」
欄,「短距離線の連続乗務の制限」欄,「1勤務後の通常休養時間(短距離線)」
欄記載のとおりであり,その運航実績は別紙21のとおりである。なお,この中に
は,乗員組合の調査では運航実績の確認がとれていないものもある。
 国内線連続5日以上の乗務が可能な外国の航空会社として,ノースウェスト航
空,エアカナダ航空,スイス航空,ブリタニア航空があり,また,外国他社の短距
離線においては連続5日以上の乗務が可能な会社のほうが多い。また,一勤務当た
りの着陸回数制限を定めていない航空会社も多く,着陸回数制限を定めている航空
会社でも,制限着陸回数として5回,6回を定める会社の方が4回までとする会社
よりもはるかに多い。乗務時間及び勤務時間の制限も,被告の乗務時間6時間及び
勤務時間11時間(4回着陸時)よりも長い会社が多く,一勤務終了後に付与され
る休養時間(被告では12時間)が12時間未満の会社も少なからずある。これら
のことは,運航実績においてもほぼ同様である。
 我が国の航空会社のうち,ANAでは,乗務に係わる勤務は連続4日まで(5日
目及び6日目は乗務は予定しない。),一勤務当たりの予定着陸回数は4回までと
され,JASでは,乗務の場合の勤務は連続4日まで(5日目には乗務を予定しな
い。),一勤務当たりの予定着陸回数は5回までとされている。JASでは,連続
乗務パターンとして,被告のように便乗による移動のみの暦日や地方滞在のみの暦
日を含む勤務パターンがアサインされることは稀であるが,他方では,4日連続し
て4回着陸を行う乗務パターンもある。また,ANAやJASでは,離基地日数に
応じた休日付与の規定がないため,4日連続乗務後1日のみの休日で次の乗務に就
くアサインも実施されている。他方,ANAないしJASでは,乗務の中にスタン
バイが含められる(ANA,JASとも),3泊4日の運航宿泊は1か月に最大2
パターンとされ(JAS),運航先での宿泊日数の制限があって(ANA,JAS
とも,1暦日10日まで),連続乗務でもより多く自宅で休養できるようになって
いる,予定乗務時間の制約がある(6時間を限度とする。ANA,JASとも),
1日の勤務時間の制限がある(ANAは11時間,JASは10時間),連続勤務
における勤務時間の制限がある(ANAは,スタンバイを含め乗務に係わる連続8
時間を超える勤務は連続3日まで,JASは,乗務の場合の勤務は8時間を超える
場合連続3日まで,9時間を超える場合連続2日まで),内際混合パターンは路線
別協定で限定的に実施できる,といった被告と異なる制約がある。
イ 小括的判断
 以上によれば,被告の国内線連続乗務日数に関する本件改定は,外国他社の短距
離線を含めて見た場合は,国際的に見れば相当であるが,国内他社の基準から見れ
ば,被告では連続乗務日数4日の場合は2日,同じく5日の場合は3日の各連続休
日が与えられることになっているのに(新就業規程17条2項(1)),ANAや
JASでは,このような規定はないから,この点は被告の規定のほうが運航乗務員
にとって有利であるものの,連続乗務日数は他社が4日であるのに5日と1日多
く,また,他の制約がない点でかなり緩やかなものということができる。
 ところで,外国他社の短距離線は,被告の勤務基準では国際線の規定が適用され
る(新就業規程3条3項)し,外国と我が国では国土の広さなどの地理的条件を異
にするから,短距離線を含む外国他社と被告の国内線連続乗務日数比較を重視する
ことは相当でない。国内線連続乗務日数の比較については,地理的条件を同じくす
る国内他社と被告との比較を重視すべきものと解するのが相当であり,この見地か
らすれば,被告のこの改定は,内容の相当性という観点からは,我が国社会の一般
的状況から見た場合,問題があると言わざるを得ない。
(5) 結論
 以上検討したところによれば,国内線連続乗務日数に関する本件改定は,運航の
安全性の観点からは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が
低下するものとまではいえないが,それ以外の観点から見た場合,改定をする高度
の必要性はあるが,これによる不利益が運航乗務員には相当厳しいものであるこ
と,国内他社の基準からして,変更された内容は,同種事項に関する我が国社会の
一般的状況に照らし,その相当性に問題があること,勤務の頻度が必ずしも多くな
いこと((1)ア(ア))は,不利益性を緩和するものとして一定程度評価できる
ものの,その性質上被告の一方的な運用上の措置であり,それが恒常的に運航乗務
員に有利な方向で実施されるとする制度的な裏付けはなく,重視することはできな
いこと,この改定についての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠は
ないこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していること等
を総合考慮すれば,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを
許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということは
できないから,変更の合理性があるということはできない。
第20 スタンバイからの起用の場合における国際線スタンバイについて(争点6
(7)ア)
1 改定による不利益
(1)ア 従来は,国際線スタンバイについて,指定された便について行う,連続
24時間中は12時間を限度とし,スタンバイすべき最初の便の出発予定時刻の4
時間前から始まり,最後の便の出発時刻の4時間後に終了する,スタンバイ終了後
は12時間の休養を得るとされ(旧就業規程21条1項),始業時刻はスタンバイ
すべき最初の便の出発予定時刻の4時間前であり,終業時刻は始業時刻から12時
間後の時刻とするが,スタンバイから起用する場合は,起用する勤務に応じ,当該
勤務のうち,最後の乗務又はデッドヘッドの航空機ブロック・イン予定時刻に一定
の時間を加えた時刻とされていたが(旧就業規程5条3項(2)。以上につき旧勤
務協定も同じ。),スタンバイに関する本件改定により,国際線,国内線の区別が
廃止され,スタンバイは連続8時間を限度とし,指定された時刻に始まり指定され
た時刻に終了するとされ,自宅スタンバイは一連続の乗務に係わる勤務の前の連続
12時間の休養に包含することができるとされ(新就業規程19条),始業時刻は
スタンバイを開始すべき時刻とし別途指示する,終業時刻は始業時刻から8時間後
の時刻とするが,終業時刻については,スタンバイから起用する場合は,起用する
勤務に応じ,起用する勤務が乗務のための勤務,デッドヘッド並びにその両方を含
む勤務の場合は,当該勤務のうち,最後の乗務又はデッドヘッドの航空機ブロッ
ク・イン予定時刻に一定の時間(この一定の時間には変わりはない。)を加えた時
刻とされ,起用する勤務が地上勤務の場合は原則として始業時刻から8時間24分
後の時刻とするが,これと異なる場合は別途指示するとされた(新就業規程5条3
項(2))。
イ なお,証拠(甲220,358,616,619,620,978,982な
いし985,1059,1072,1095の(1),乙90,114,120,
143,376,403,証人P3)によれば,国際線スタンバイの指定便につい
ての旧協定下での取扱いは以下のとおりであったことが認められる。
 被告は,国際線スタンバイの指定便について,運航乗務員に対し,旧協定下で
は,当初は特定の1便を指定していたが,昭和60年3月以降2便を特定して指定
するようになった。被告は,便を指定してスタンバイとした運航乗務員について,
指定した2便のほか,その間の当該運航乗務員が乗務資格を有するすべての便につ
いてスタンバイから起用できるという見解であったが,運用上は,当該運航乗務員
に対しあらかじめ指定していた便についてスタンバイから起用し,指定していた2
便の間の便について当該運航乗務員に対して乗務に就くことを求める場合は,当該
運航乗務員に対する業務依頼の要素があると説明し,当該運航乗務員の協力を得て
乗務に就いてもらう扱いとしていた。また,被告は,指定する2便については,概
ね,乗務割により予定されている次の乗務と時間帯,行き先が同一又はこれに準ず
る2便を指定する運用を行っていた。
(2) スタンバイに関する本件改定のうち,国際線スタンバイについて,スタン
バイの限度が12時間から8時間に短縮されたことは運航乗務員に利益であるが,
便指定がなくなったこと,スタンバイ終了後12時間の休養を得ることがなくなっ
たことは運航乗務員に不利益である。
 原告らは,スタンバイの限度時間の短縮には何ら利益はないと主張するが,原告
らの主張する事由(第2章第12の1(原告ら)(3)ア)があるからといって,
スタンバイの限度時間の短縮はそれ自体利益であることに変わりはないから(乙2
87,290,413によれば,運航乗務員もスタンバイ限度時間の短縮を求めて
いたことが認められる。),原告らの主張は採用できない。
2 規定内容自体の合理性について
(1) 労基法適合性
 原告らは,スタンバイに関する本件改定の下での被告のスタンバイ制度では,ス
タンバイ当日被告から起用の連絡を受けるまで勤務が特定されないから,労働時間
が特定されておらず,労基法32条の2,89条1号に違反する旨主張する。運航
乗務員がスタンバイ当日被告から起用の連絡を受けるまで勤務が特定されないこと
はこの改定の前後を通じて変わりのないものであるが,その点はさておくとして
も,被告では,各自に原則として前月25日までに配布される勤務割にスタンバイ
勤務の始業時刻が表示されるから(新就業規程5条2項,3項(1)a),その時
点で8時間後が終業時刻として特定されるし(新就業規程19条),スタンバイ勤
務から起用された場合はその時点で起用された勤務に応じた終業時刻が特定される
から(新就業規程5条2項(2)b),これらのスタンバイにおける始業時刻,終
業時刻の定めにより労働時間は一応特定されているということができ,この改定に
労基法違反があるとはいえない。
 また,原告らは,時間外労働,休日労働に対する手当が支給されず,また,手待
ち時間を労働時間として算定していないから,これらの点からも労基法違反がある
と主張するが,これらは旧就業規程下と変更はないから,これらのことからこの改
定が規定内容自体の合理性を欠くとはいえない。
(2) 科学的,専門技術的見地からの検討について
 原告らは,バテル報告書,NASAガイドライン,FAA航空立法諮問委員会
(ARAC)による航空法改定案とその科学的根拠の資料等を根拠に,勤務時間は
保護時間帯から16時間以内に終了すべきであるなどと主張するが,これらの科学
的研究から具体的な休養時間値を導き出すことはなお困難であると言わざるを得な
いことは上記第6の2(10)イのとおりであるから,これらの科学的研究からし
てこの改定の規定自体の内容の合理性がないとはいえない。
3 不利益変更の必要性について
(1) 変更による不利益の程度について
ア 認定事実
(ア) スタンバイからの起用頻度等
(甲222,981,986,1077,1091,1220,乙143,40
9,証人P2,同P3,弁論の全趣旨)
 スタンバイ制度は,天候や機材の故障,予定されていた運航乗務員の急病等の不
測の事態が発生した場合に,定期航空運送事業者が,公共交通機関の使命を果たす
べく,運航を確保し,定時制を維持することができるようにするために必要不可欠
な制度である。スタンバイ対象者は,スタンバイからの起用に備えて路線に関する
情報の整理確認や体調の維持管理等に努めている。
 被告は,乗務割の変更について,運航乗務員個人の予定等についても配慮してい
る。スタンバイからの起用頻度は,平成14年9月1日から同年11月末日までの
3か月間で副操縦士1名当たり平均2年に1回程度であった。しかし,平成11年
4月から平成12年3月までの1年間で,スタンバイから起用された回数が3回か
ら7回になり,スケジュールが大幅に変更された者もいる。また,運航乗務員の中
には,月間20日の勤務日のうち11日自宅スタンバイをアサインされた者もい
る。
 国際線スタンバイに関する本件改定後でも,現実にある便に乗務する場合は,機
種資格,路線資格(機長の場合。平成12年2月からは空港要件等),空港経験
(副操縦士の場合。平成12年2月からは空港要件等)を必要とするし,さらに居
住地から出頭を指示される空港への移動時間等を考慮すると,新就業規程の下でも
起用される便はある程度限定されるが,それでも従来の2便指定に比べれば,その
起用対象範囲は大きく拡大されている。
(イ) 運航乗務員の声
(甲220,703,777,798,805,809,810,818,84
6,850,978,1061,1089,1111,1122,証人P3)
・本件改定により,乗務を指示される便の予測可能性が失われ,準備不足のまま乗
務に就かざるを得なかった。
・体調の維持・調整が困難になった。
・スタンバイ勤務から乗務へと勤務変更を指示され,準備不足や不十分な睡眠のま
ま乗務した。
・早朝起用後勤務終了が夜遅くなる場合があり,2回着陸の乗務時間及び勤務時間
の延長と相まって大変な負担である。
・スタンバイからの起用により月間スケジュールが大幅に変更された。
・オリジナルのスケジュールでフライトすることがないほどスタンバイによるスケ
ジュール変更を受けた。そのためのフライト準備等に係る自宅での準備時間や内容
の変更を余儀なくされ,常に時差を抱えての生活に,この先クルー生活をどの程度
続けられるか肉体的精神的苦痛が絶えない。
・1週6日間のスタンバイも可能であり,具体的な勤務が当日まで確定しない。
・準備の時間が足りず,スタンバイからの起用を受け入れられないため,年休で処
理するしかなかった。
・勤務変更指示はスタンバイが予定されているから行われる。そのため,運航乗務
員はこれを受容せざるを得ず,勤務変更指示はスタンバイからの起用にほかならな
い。
イ 小括的判断
 以上からすれば,国際線スタンバイに関する本件改定によるスタンバイからの起
用の頻度は多くないものの,スタンバイからの起用対象範囲が大幅に拡大したこと
もあって,運航乗務員のフライト準備,体調管理は改定前よりも困難になったもの
ということができる。しかし,この改定後でも,乗務に当たっては機種資格等が必
要とされるため起用される便はある程度限定されることからすれば,その不利益は
必ずしも大きいとはいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 被告では,国際線指定便スタンバイの廃止によりスタンバイの起用範囲が拡大さ
れ,当該要員の効率化を図ることが可能となっている(第5の1(5)イ)。ま
た,スタンバイの限度時間の短縮は,運航乗務員にとって利益であるところ,これ
を必要人員数を増やすことなく実現するためには,効率的なスタンバイ制度とする
必要があるものであり,高度の変更の必要性を認めることができる。スタンバイの
限度時間の短縮は,必要人員数を増やさないでこれを実現しようとするものである
から,スタンバイ配置数の削減に結びつくものではないし,平成10年度以降スタ
ンバイ配置数が増加している(甲1018により認める。)からといって,そのこ
とから国際線スタンバイに関する本件改定の必要性がないとすることはできない。
 なお,勤務変更は,業務上の理由により勤務割等を変更するものであるから(新
就業規程5条4項。旧就業規程も同じ。),予定された勤務内容の範囲内であるス
タンバイからの起用とは異なるものであり,勤務変更指示がある事実は,勤務変更
指示の濫用が問題となることがあり得るのはともかく,この改定の不利益性とは直
接関係しないというべきである。
(3) 内外他社基準との比較
ア 認定事実(甲1106,乙377)
 内外他社のスタンバイに関する基準は別紙22のとおりである。内外他社25社
中,指定便スタンバイ制度を採用しているのは1社(インド航空)のみであり,被
告のスタンバイ勤務の時間制限8時間を上回る会社も相当数ある。国内他社では,
ANA,JASとも指定便スタンバイ制度を採用していないし,国際線についての
スタンバイ勤務の制限時間は,ANAが自宅もしくはホテルで10時間,会社施設
で6時間,JASが場所を問わず8時間である。
イ 小括的判断
 以上からすれば,被告が国際線指定便スタンバイ制度を廃止したこと,スタンバ
イ勤務の時間制限を8時間としていることは,各社の基準から見て相当なものとい
うことができる。
(4) 結論
 以上検討したところによれば,国際線スタンバイに関し,指定便スタンバイ制度
を廃止した本件改定は,運航の安全性の観点からは,これにより運航の安全に支障
が生じかねないほどに安全性が低下するものとはいえないが,それ以外の観点から
見た場合,改定をする高度の必要性があること,これによる運航乗務員の不利益は
必ずしも大きくはないこと,内外他社の基準からして被告の基準は相当であり,変
更された内容は,同種事項に関する国際社会及び我が国社会の一般的状況に照ら
し,その相当性に問題があるとはいえないことからすれば,この改定についての十
分な代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠はないこと(自宅スタンバ
イは一連続の乗務に係わる勤務の前の連続12時間の休養に包含することができる
とされ(新就業規程19条),自宅スタンバイ終了後の最低休養時間の保障が廃止
されていること(1(1)ア)からすれば,スタンバイの限度時間の短縮という利
益を重視することもできない。),乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改
定に反対していること等を総合考慮しても,この改定による不利益を運航乗務員に
法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容の
ものであるということができるから,変更の合理性があるということができる。
第21 スタンバイからの起用の場合における乗務以外の乗務について(争点6
(7)イ)
1 改定による不利益
 スタンバイの定義についての本件改定により,従来は,「『STAND BY』
とは,乗務割の不時の変更に備え,休養施設において乗務に就きうる状態を維持す
ることをいう。」とされていたのが(旧就業規程2条(5)),「『STAND 
BY』とは,乗務割の不時の変更に備え,休養施設において乗務等に就きうる状態
を維持することをいう。」とされ(新就業規程2条(5)),スタンバイからの起
用対象が「勤務」とされて(新就業規程19条3項),スタンバイからの起用が乗
務以外の勤務にも拡大された。これは運航乗務員に不利益であるということができ
る。
2 規定内容自体の合理性について
 原告らは,スタンバイ制度の例外性,公共性からして,スタンバイから乗務以外
の勤務へ起用することは許されない旨主張するが,定期航空運送事業者である被告
が公共交通機関の使命を果たすためには,乗務以外の勤務についても不測の事態に
対処する必要があるから,スタンバイから起用する場合に乗務以外の勤務に就くこ
とを認めたこの改定が,スタンバイ制度の趣旨から直ちに規定内容自体の合理性を
欠くとはいえない。
 また,原告らは,この改定は労働時間の特定性を欠き,労基法に違反するとも主
張するが,そのようにいえないことは上記第20の2(1)のとおりであるし,証
拠(甲11,乙132)及び弁論の全趣旨によれば,スタンバイから起用される乗
務以外の勤務はシミュレータ勤務及び出社スタンバイ勤務に限られることが認めら
れるから,規定の文言は表現にやや適切さを欠くものの,この改定により起用され
る勤務が無限定になったとか,起用される勤務の予測が不可能であるとはいえず,
労基法に違反するとはいえない。
3 不利益変更の合理性について
(1) 変更による不利益の程度について
 上記2のとおり,スタンバイから起用される乗務以外の勤務はシミュレータ勤務
及び出社スタンバイ勤務に限られるところ,シミュレータ勤務は,乗務上のトラブ
ルを再現し,その対処を行う訓練・審査であって,実運航とは異なる肉体的・精神
的負荷があるが(甲358,1286,1287によって認める。),スタンバイ
から乗務に起用される場合と比較してスタンバイからシミュレータ勤務及び出社ス
タンバイ勤務に起用されることがその生活にどの程度不利益を与えるかは明らかで
はないから,その不利益の程度は必ずしも大きいとはいえない。
(2) 変更の必要性の内容・程度について
 スタンバイから起用される勤務を乗務以外のシミュレータ勤務及び出社スタンバ
イ勤務に拡大することは,運航乗務員の弾力的・効率的運用を可能にするものであ
るから,コスト削減の有無にかかわらず,高度の変更の必要性はあるということが
できる。
(3) 国内他社との比較
 証拠(乙468)によれば,ANAやJASにおいても,スタンバイからシミュ
レータ勤務への起用が行われていることが認められるから,国内他社との比較から
しても,スタンバイから起用する勤務を乗務等とした本件改定は相当なものという
ことができる。
(4) 結論
 以上検討したところによれば,スタンバイから起用される勤務を乗務以外のシミ
ュレータ勤務及び出社スタンバイ勤務に拡大した本件改定は,運航の安全性の観点
からは,これにより運航の安全に支障が生じかねないほどに安全性が低下するもの
とはいえないし,それ以外の観点からみた場合,改定をする高度の必要性があるこ
と,これによる運航乗務員の不利益の程度は大きいとはいえないこと,国内他社と
比較してこの改定は相当であり,変更された内容は,同種事項に関する我が国社会
の一般的状況に照らし,その相当性に問題があるとはいえないこと等を総合考慮す
れば,この改定についての代償措置がとられていることを認めるに足りる証拠はな
いこと,乗員組合をはじめとする運航乗務員の組合が改定に反対していることを考
慮しても,この改定による不利益を運航乗務員に法的に受忍させることを許容でき
るだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができるか
ら,変更の合理性があるということができる。
第22 結論
1 以上の説示に照らせば,原告ら(ただし,機長等昇格者を除く。以下,この項
及び下記2において同じ。)の請求に係る部分の本件改定のうち,個別的に見て変
更の合理性がないとした部分又は個別的に見て変更の合理性があるとした部分につ
いては,それぞれの箇所において個別的に見たところを総合して見て,これらの改
定の不利益性の有無・程度が相互に密接すること,乗務が運航乗務員にもたらす身
体的・生理的影響,運航乗務員のスケジュールの特殊性といった事情を考慮した場
合も,個別的に見て変更の合理性がないとした部分は変更の合理性がなく,個別的
に見て変更の合理性があるとした部分については変更の合理性があると認めるのが
相当である。
 したがって,原告らの請求に係る部分の本件改定のうち,個別的に見て変更の合
理性がないとした部分については改定の効力は原告らに及ばず,個別的に見て変更
の合理性があるとした部分については改定の効力は原告らに及ぶものというべきで
ある。
2 そして,改定の効力が原告らに及ばないものについては,原告らにはなお旧就
業規程が適用されることになる。これを改定の効力が及ばないとしたものについて
見れば,以下のとおりである。
(1) シングル編成で予定着陸回数が1回の場合の乗務時間及び勤務時間制限
(第6)については,旧就業規程10条1項が適用されることになり,原告らは,
連続する24時間中,乗務時間9時間又は勤務時間13時間を超えて予定された勤
務に就く義務はないことになる。
(2) シングル編成で予定着陸回数が2回の場合の乗務時間及び勤務時間制限
(第7)については,旧就業規程10条1項が適用されることになり,原告らは,
連続する24時間中,乗務時間8時間30分又は勤務時間13時間を超えて予定さ
れた勤務に就く義務はないことになる。
(3) 国内線連続乗務日数についての制限(第19)については,旧就業規程1
6条3項(1)が適用されることになり,原告らの国内線乗務は,連続3日を超え
ないことになる。
3 以上第4から第21までに見たところに弁論の全趣旨を総合すれば,原告らの
うち機長等昇格者については,その請求に係る部分の新管理職就業規程の効力(新
管理職就業規程は新就業規程を準用しており,同部分の新管理職就業規程の内容は
本件改定と同一内容である。第2章第1の4(3)エ,甲3,4。)及びこれが機
長等昇格者に及ばないとされた場合の旧管理職就業規程の適用についても,上記
1,2と同様のことがいえる。
 なお,新,旧管理職就業規程では,それぞれ新,旧就業規程の一定の条文(新就
業規程の10条,13条,15条,16条,17条2項,18条,旧就業規程の8
条のうち月間及び年間の乗務時間制限,10条,13条,15条,16条3項,1
7条)に関し,「業務の都合により必要があるときは,その規程を超えて業務に就
かせることがある。」旨定めているが,機長等昇格者は,この定めがあることを争
っているわけではなく,被告がこの定めに該当することを理由にではなく,一般的
に本件改定がされたことを理由に,その請求に係る部分の新管理職就業規程が機長
等昇格者に適用されると主張することを争っているのであるから,この定めの存在
は,機長等昇格者の請求に関し,上記のとおり判断する妨げとなるものではない。
4 以上によれば,原告らの本訴請求は,以下の部分は理由があるから認容すべき
であるが,その余の部分は理由がないから棄却すべきである。
(1) 原告らと被告との間で,原告らが,シングル編成で予定着陸回数が1回の
場合,連続する24時間中,乗務時間9時間を超えて,又は勤務時間13時間を超
えて予定された勤務に就く義務のないことの確認を求める部分。
(2) 原告らと被告との間で,原告らが,シングル編成で予定着陸回数が2回の
場合,連続する24時間中,乗務時間8時間30分を超えて,又は勤務時間13時
間を超えて予定された勤務に就く義務のないことの確認を求める部分。
(3) 原告らと被告との間で,原告らが,国内線の乗務は連続3日を超えないこ
との確認を求める部分。
5 上記3に照らせば,原告らのうち機長等昇格者の上記4(1)ないし(3)の
認容部分については,業務の都合により必要があるときを除く趣旨であるから,そ
のことを主文に明確にしておくのが相当である。
 訴訟費用の負担については,請求1(1),(2)関係で当事者双方の主張・立
証の相当部分が費やされていることを考慮するのが相当である。
 よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第19部
裁判長裁判官 山口幸雄
裁判官 渡邉弘
裁判官木野綾子は差し支えにつき署名押印できない。
裁判長裁判官 山口幸雄

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