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平成24年12月20日判決言渡
平成24年(行ウ)第51号定期検査終了証交付差止請求事件
主文
1本件訴えをいずれも却下する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1経済産業大臣が平成24年8月3日付けでA株式会社に対してしたA株式会
社B発電所第3号機に関する定期検査終了証の交付を取り消す。
2経済産業大臣が平成24年8月16日付けでA株式会社に対してしたA株式
会社B発電所第4号機に関する定期検査終了証の交付を取り消す。
第2事案の概要
本件は,滋賀県,京都府及び大阪府に居住する原告らが,電気事業法(ただ
し,平成24年法律第47号による改正前のもの。以下「法」という。)54
条所定の定期検査を実施していたA株式会社B発電所(以下「B発電所」とい
う。)第3号機及び第4号機につき,電気事業法施行規則(ただし,平成24
年経済産業省令68号による改正前のもの。以下「施行規則」という。)93
条の3に基づく経済産業大臣からA株式会社(以下「A」という。)への定期
検査終了証の各交付が行政処分に当たるとして,被告に対し,定期検査終了証
の各交付の各取消しを求めた事案である。なお,訴え提起時の請求は,上記定
期検査終了証の各交付の各差止めを求めるものであったが,その後の平成24
年8月3日及び同月16日に,B発電所第3号機及び第4号機に関する定期検
査終了証がそれぞれ交付された(これらの交付行為を併せて,以下「本件各交
付」という。)ことを受けて,原告らは,訴えを,上記のとおり,本件各交付
の各取消しを求めるものに変更した。
1法令の定め
(1)核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(ただし,平成2
4年法律第47号による改正前のもの。以下「原子炉等規制法」という。)
の定め
ア原子炉等規制法は,原子力基本法の精神にのっとり,核原料物質,核燃
料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られ,かつ,これらの利用が計
画的に行われることを確保するとともに,これらによる災害を防止し,及
び核燃料物質を防護して,公共の安全を図るために,製錬,加工,貯蔵,
再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制
を行うほか,原子力の研究,開発及び利用に関する条約その他の国際約束
を実施するために,国際規制物資の使用等に関する必要な規制を行うこと
を目的としている(1条)。
イ発電の用に供する原子炉(原子炉等規制法23条1項2号から4号まで
のいずれかに該当するものを除く。以下「実用発電用原子炉」という。)
を設置しようとする者は,経済産業大臣の許可を受けなければならない(同
項1号)。
ウ原子炉等規制法27条(設計及び工事の方法の認可),28条(使用前
検査),28条の2(溶接の方法及び検査)並びに29条(施設定期検査)
の各規定は,法及び法に基づく命令の規定による検査を受けるべき原子炉
施設であって実用発電用原子炉に係るものについては適用されない(原子
炉等規制法73条)。
(2)法の定め
ア法は,電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによって,電気
の使用者の利益を保護し,及び電気事業の健全な発達を図るとともに,電
気工作物(発電,変電,送電若しくは配電又は電気の使用のために設置す
る機械,器具,ダム,水路,貯水池,電線路その他の工作物(船舶,車両
又は航空機に設置されるものその他の政令で定めるものを除く。)をいう
(法2条1項16号)。)の工事,維持及び運用を規制することによって,
公共の安全を確保し,及び環境の保全を図ることを目的としている(1条)。
イ事業用電気工作物(法38条1項に定める一般用電気工作物以外の電気
工作物をいい(同条3項),実用発電用原子炉はこれに該当する。)を設
置する者は,事業用電気工作物を経済産業省令で定める技術基準(以下「技
術基準」という。)に適合するように維持しなければならず(法39条1
項),経済産業大臣は,事業用電気工作物が技術基準に適合していないと
認めるときは,事業用電気工作物を設置する者に対し,その技術基準に適
合するように事業用電気工作物を修理し,改造し,若しくは移転し,若し
くはその使用を一時停止すべきことを命じ,又はその使用を制限すること
ができる(法40条)。
ウ特定重要電気工作物(発電用のボイラー,タービンその他の電気工作物
のうち,公共の安全の確保上特に重要なものとして経済産業省令で定める
ものであって,経済産業省令で定める圧力以上の圧力を加えられる部分が
あるもの並びに発電用原子炉及びその附属設備であって経済産業省令で定
めるものをいう。)を設置する者は,経済産業省令で定めるところにより,
経済産業省令で定める時期ごとに,経済産業大臣が行う検査を受けなけれ
ばならない(法54条1項)。
エ経済産業大臣は,法39条,40条,54条等の規定の施行に必要な限
度において,その職員に,原子力発電工作物を設置する者,燃料体の加工
をする者又はボイラー等若しくは格納容器等(原子力発電工作物に係るも
のに限る。)の溶接をする者の工場又は営業所,事務所その他の事業場に
立ち入り,原子力発電工作物,帳簿,書類その他の物件を検査させること
ができるほか,法の施行に必要な限度において,その職員に,事業場等へ
の立ち入り,物件等の検査をさせるなどの措置を執ることができる(法1
07条)。
(3)施行規則の定め
ア法54条1項の経済産業省令で定める時期は,特定重要電気工作物の区
分ごとに,運転が開始された日以降13月を超えない時期又は定期検査が
終了した日以降13月若しくは18月を超えない時期とされている(施行
規則91条1項)。
イ経済産業大臣は,法54条1項の定期検査を終了したと認めたときは,
定期検査終了証を交付する(施行規則93条の3)。
2前提事実(当事者間に争いがないか,各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認められる事実等)
(1)当事者等
ア原告らは,いずれも滋賀県,京都府及び大阪府に居住する者である(弁
論の全趣旨)。
イ経済産業大臣は,法54条1項所定の定期検査を実施し,定期検査が終
了したと認めたときには施行規則93条の3により定期検査終了証を交付
することとされていた行政庁である(なお,平成24年9月19日以降は,
原子力規制委員会及び経済産業大臣は,定期検査を実施し(平成24年法
律第47号による改正後の電気事業法54条1項及び同法113条の2第
1項1号),定期検査を終了したと認めたときは定期検査終了証を交付す
るものとされ(原子力発電工作物の保安に関する省令57条),経済産業
大臣がした施行規則93条の3に基づく定期検査終了証の交付は,経済産
業大臣及び原子力規制委員会の原子力発電工作物の保安に関する省令57
条に基づく定期検査終了証の交付とみなされた(原子力規制委員会設置法
附則3条1項)。)。
(2)B発電所第3号機及び第4号機の運転開始
ア通商産業大臣(当時)は,昭和62年2月10日,Aの申請に基づき,
同社に対し,3号炉及び4号炉を増設するB発電所に係る原子炉の設置変
更許可をした(乙5)。
イAは,平成3年12月18日,B発電所第3号機の運転を開始した。
ウAは,平成5年2月2日,B発電所第4号機の運転を開始した。
(3)B発電所第3号機に係る定期検査
アAは,平成23年2月17日,経済産業大臣に対し,B発電所第3号機
について法54条1項に基づく定期検査の申請を行った(乙6)。
イ経済産業大臣は,平成23年3月18日,B発電所第3号機の定期検査
を開始した。
ウ経済産業大臣は,平成24年8月3日,B発電所第3号機の定期検査を
終了し,施行規則93条の3に基づき,Aに対し,B発電所第3号機に係
る定期検査終了証を交付した(乙11)。
(4)B発電所第4号機に係る定期検査
アAは,平成23年6月21日,経済産業大臣に対し,B発電所第4号機
について法54条1項に基づく定期検査の申請を行った(乙8)。
イ経済産業大臣は,平成23年7月22日,B発電所第4号機の定期検査
を開始した。
ウ経済産業大臣は,平成24年8月16日,B発電所第4号機の定期検査
を終了し,施行規則93条の3に基づき,Aに対し,B発電所第4号機に
係る定期検査終了証を交付した(乙12)。
(5)本件訴えの提起等
ア原告らは,平成24年3月14日,平成23年3月に発生したC発電所
の事故を踏まえて発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針及び
その補完指針並びに発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令が改
定されるまでの間,経済産業大臣がAに対し施行規則93条の3に基づき
B発電所第3号機及び第4号機に係る定期検査終了証の各交付の各差止め
を求める訴えを提起した(顕著な事実)。
イ原告らは,平成24年8月31日,上記アの訴えを,本件各交付の各取
消しを求める訴えに変更した(顕著な事実)。
3当事者の主張
(原告らの主張)
(1)定期検査終了証交付の処分性について
定期検査終了証の交付は,いわゆる観念の通知であるものの,施行規則9
3条の3に基づく法的根拠を有するものであって,以下のとおり法律上の効
果を有する上,定期検査終了証の交付を争う途を認めなければ設置者の権利
救済に欠けることからすれば,処分性が認められると解すべきである。
ア設置者は,定期検査実施中であっても特定重要電気工作物の運転をする
ことは可能であるが,これはあくまで定期検査の一環としての通常運転時
における総合的な性能に関する検査(以下「総合負荷性能検査」という。)
を行うための運転(調整運転)であって,定期検査終了後の営業運転とは,
その法的位置付けは全く異なる。すなわち,特定事業用電気工作物につい
て,使用前検査を義務付けることにより技術基準に適合しないものでない
ことが確認されなければ使用してはならないという厳格な手続を定め,発
電用原子力設備については詳細な技術基準を定めた上,長期間の運転の継
続により技術基準に適合しない事態になることが想定されることから,設
置者に定期事業者検査の実施及び経済産業大臣による定期検査を受けるこ
とを義務付けることによって過酷事故の発生を防止しようとした法の趣旨
に鑑みると,定期検査で技術基準に適合しないものでないことが確認され
て初めて営業運転を再開することができるのであって,定期検査終了証交
付前の調整運転はあくまで定期検査に必要な限度で許容される運転にすぎ
ないと解すべきである。そして,調整運転と営業運転が全く異なるものと
して区別されていたことは,原子力安全・保安院(当時)がD発電所第3
号機とB発電所第1号機が約4か月間にわたって「調整運転」を続けてい
ることについて「法令上問題がある」と指摘したことや,原子力白書や独
立行政法人原子力安全基盤機構(以下「機構」という。)の原子力施設運
転管理年報の記載からも明らかである。なお,調整運転中に発電した電力
を供給することができるのは,発電した電力を有効利用するためにすぎな
いし,定期検査終了の際に調整運転を停止し改めて再起動するのではなく
調整運転からそのまま営業運転に移行することとされているのは,原子炉
を一瞬でも停止させることの経済的損失を回避するためであるから,調整
運転と営業運転の法律上の差異を否定する根拠にはならない。
被告は,定期検査の際に原子炉の運転を停止するのは事実上の措置にす
ぎないと主張するが,そのように解すれば,設置者は定期検査終了証の交
付を受けない限り,次の定期検査を受ける具体的義務が発生しないから,
期間の制約なく調整運転名目での運転を継続できることになってしまうが,
かかる結論が社会的に許容されないことはもちろん,上記のような法の趣
旨に反することは明らかである。
したがって,定期検査終了証の交付は,設置者に対し,発電用原子炉施
設の営業運転の再開を可能とする法的地位を与えるものであるから,行政
処分に当たる。
イ設置者は,定期検査を受けようとする場合は,定期検査申請書を希望す
る検査開始日の1か月前までに提出し,所定の手数料を納付しなければな
らないとされていること,定期検査の申請がされた場合には,これに応じ
て定期検査が実施され,技術基準適合性に問題がないと判断された場合に
は定期検査を終了し定期検査終了証が交付されること,定期検査を受ける
か否かは設置者の意思によることとされており,原子炉をしばらく運転す
る意思がなければ定期検査申請書を提出する必要はないことからすれば,
法は,引き続き原子炉を運転することを希望している設置者に対し定期検
査を申請する権利を与えたものであって,定期検査終了証の交付はこれに
対する応答処分であると解すべきである。
ウ設置者は,特定重要電気工作物につき前回の定期検査が終了した日以降
13か月若しくは18か月を超えない時期ごとに定期検査を受けることが
義務付けられており,定期検査を拒み,妨げ又は忌避した場合には刑事罰
に処せられるところ,定期検査終了証の交付日が定期検査の終了日とされ
ていることによれば,設置者は,定期検査終了証の交付を受けることによ
って,今後13か月又は18か月の間,定期検査を受けずに営業運転を続
けることができる地位を与えられるものといえる。また,設置者は,定期
検査終了証の交付を受けることによって,その後の行為が当該定期検査と
の関係で定期検査忌避罪に問擬される危険性から解放されることになる。
エ経済産業大臣が定期検査終了証を交付せず,技術基準適合命令も発しな
い場合には,設置者の権利救済のためには定期検査終了証の交付に処分性
を認め,不作為の違法確認の訴え及び申請型義務付けの訴えを提起するこ
とを認める必要がある。
被告は,設置者は技術基準適合命令を争うことができるから権利救済に
欠けるところはない旨主張するが,かかる主張は設置者が技術基準適合命
令を受けるまでは調整運転名目で営業運転と変わらない発電を行うことが
できることを前提とするものと考えられるところ,設置者が調整運転を続
けることは社会的に強い非難を浴びるものであって,現実問題として不可
能であるから,被告の主張は失当である。
オ「電気事業法に基づく経済産業大臣の処分に係る審査基準等」(平成1
2年5月29日資第16号,最終改正平成24年3月29日資第2号)(以
下「本件審査基準」という。)において,法54条1項の規定による定期
検査に係る審査基準は「申請に対する処分」の中の「審査基準」の一つと
して位置付けられていることからすれば,経済産業大臣においても定期検
査は行政手続法第2章にいう申請であり,定期検査終了証を交付するか否
かは申請に対する処分であるとの認識を前提としていたものと解されると
ころ,経済産業大臣自らかかる理解の下に本件審査基準を定めた以上,被
告が訴訟においてこれと異なる主張をすることは許されるべきではなく,
裁判所も経済産業大臣の定めた本件審査基準と整合する法解釈をすべきで
ある。
カ調整運転に入った原子炉について,経済産業大臣が定期検査終了証を交
付しない場合,設置者は調整運転名目での運転を続けることが法令上可能
であるとしても,技術基準に適合しないものでないとの経済産業大臣の判
断はないにもかかわらず事実上の営業運転を続けているものとして社会的
に強い非難を受けることとなるから,これを継続することは事実上不可能
であるのに対し,定期検査終了証の交付を受ければ設置者は当該原子炉に
ついて今後13か月の運転継続をすることが可能になるのであるから,非
権力的な事実行為として行われる行政指導につき,これに従わなければ相
当程度の確実さをもって重大な不利益をもたらすことを理由に処分性を認
めた最高裁平成14年(行ヒ)第207号同17年7月15日第二小法廷
判決・民集59巻6号1661頁(以下「平成17年最判」という。)に
照らし,定期検査終了証の交付は設置者に確実に重大な利益をもたらすも
のとして処分性が認められるべきである。
(2)原告適格について
法39条2項1号は,技術基準省令は事業用電気工作物が人体に危害を及
ぼさないように定めなければならないと規定しているところ,その趣旨は,
原子炉施設周辺に居住し,同施設の事故がもたらす災害により直接的かつ重
大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命,身体,健康等の人格
的利益を個々人の個別的利益として保護することにあると解される。このこ
とは,同号と目的を共通にする原子炉等規制法24条1項3号及び4号につ
き周辺住民の生命,身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護する趣
旨を含むとした最高裁判例からも明らかである。
原告らは,いずれもB発電所第3号機及び第4号機から200キロメート
ル以内に居住しており,B発電所第3号機及び第4号機で過酷事故が発生す
れば,高濃度の放射能によって,生命,身体,健康が害されるなどの深刻な
被害を受けることになるものであるから,本件各交付の各取消しを求める原
告適格を有する。
(3)本件各交付の違法性
ア技術基準は詳細設計における要求事項を規定したものであるから,基本
設計における要求事項について原子力安全委員会が定めた発電用軽水型原
子炉施設に関する安全設計審査指針及びその補完指針を前提としていると
ころ,安全設計審査指針及びその補完指針には,長時間にわたる全交流電
源喪失を想定しなくともよいこと(指針27)や,系ごとに単一の機器の
故障は想定するが,複数の機器の故障は想定しなくともよいとするいわゆ
る「単一故障の考え方」(指針9,24ないし26,32ないし34等),
耐震設計審査指針における基準値震動の算出方法など,骨格となる重要な
点において誤りがあることが明らかになっており,すでに我が国において
規範的意味を有していないから,これらを前提とする技術基準は法39条
2項2号が定める技術基準の要件を満たしておらず,無効である。
そして,技術基準が無効である以上,安全設計審査指針類及び技術基準
が改定されるまでは定期検査の終了を判断する法的基準を欠く状態であり,
経済産業大臣としては定期検査の終了を判断することはできなかったにも
かかわらず,本件各交付を行っているのであるから,本件各交付は違法で
ある。
イB発電所第3号機及び第4号機に対する設置許可処分は,当時の発電用
軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針及び発電用原子炉施設に関す
る耐震設計審査指針等に基づいた安全設計審査に依拠して行われていると
ころ,これらの指針等は現在の科学技術水準に照らし不合理なものである
から,上記設置許可処分には重大かつ明白な違法があり無効である。
そして,B発電所第3号機及び第4号機はその設置許可処分が無効であ
る以上,そもそも運転することが許されないから,経済産業大臣がこれら
の原子炉について定期検査終了証を交付することが許されないことは明ら
かである。
(被告の主張)
定期検査終了証の交付行為は,経済産業大臣が,当該定期検査の機会には定
期事業者検査の実施状況や実用発電用原子炉等(実用発電用原子炉及びその附
属設備であって経済産業省令で定めるものをいう。以下同じ。)の技術基準適
合性に格別指摘すべき点が発見されなかったという結果に基づき,定期検査の
終了の事実を設置者に知らせる観念の通知に当たるところ,以下の諸点によれ
ば,定期検査終了証の交付行為には処分性が認められないから,本件訴えは不
適法である。
(1)法その他の関係法令上,定期検査終了証の交付の法律効果として,設置者
の技術基準適合維持義務(法39条1項に基づき事業用電気工作物を技術基
準に適合するよう維持する義務をいう。以下同じ。)が免除されたり,軽減
されたりするとの定めはなく,その交付の前後を通じて,設置者が技術基準
適合維持義務を負っているという法律上の地位には何らの差異もないし,そ
のほか,定期検査終了証の交付によって,使用や運転が制限されていた実用
発電用原子炉等につきその制限が解除されるなど,設置者の権利義務ないし
法律上の地位に何らかの変動を生じさせる根拠となる規定は見当たらない。
定期検査の必要上原子炉を一時的に停止させる措置が執られることはあるが,
これは定期検査を実施するための事実上の措置にすぎず,定期検査に伴う法
律効果として法令上定められているものではないし,定期検査の終了によっ
てこれが解除される旨の定めもない。設置者は,原子炉の停止中でなければ
実施できない検査項目の検査が終了すれば,再び原子炉を起動し運転させる
こととなるが,これは事実上の措置にすぎず定期検査終了証の交付行為の法
的効果として行われるものではないことは明らかである。なお,調整運転,
営業運転又は商業運転という用語は法令上の用語ではなく,定期検査中に所
要の検査を実施している時点における運転状態(調整運転)あるいは定期検
査終了後の通常の運転状態(営業運転又は商業運転)をいうものでいずれも
事実上の運転状態を指す実務上の用語にすぎないのであって,何らかの法律
効果と結び付いているものではない。原告らは,原子力安全・保安院原子力
災害対策監(当時)の発言内容や原子力白書及び原子力施設運転管理年報の
記載をもって調整運転と営業運転が異なるものとして捉えられていることの
根拠として指摘するが,原子力安全・保安院原子力災害対策監(当時)の発
言は,各電力会社が総合負荷性能検査を受検できる状態であるにもかかわら
ず,定期検査終了日が「未定」の記載のまま同検査の準備を行わず,定期検
査を終了することができない状態が継続することは法の予定するところでは
なく,具体的な事情によっては定期検査忌避に該当する可能性があることを
示唆したものにすぎないし,原子力白書及び原子力施設運転管理年報は,定
期検査終了時から次回の定期検査の開始時までの平均期間及びその推移を明
らかにするという目的で作成されたものであることから調整運転の期間を除
外した期間を運転月数又は日数として算定しているにすぎず,調整運転の期
間と営業運転の期間とが法律上の観点から区別して取り扱われていることを
意味するものではないから,失当である。
また,施行規則91条1項所定の定期検査が終了した日につき定期検査終
了証の記載日とする取扱いがされているが,これは施行規則の規定上あらか
じめ客観的に定められている定期検査の期間の始期を定期検査終了証の記載
日という書面上明確な日と取り扱うこととしたものであって,定期検査終了
証の交付によって検査義務の発生する基準日を新たに創設する趣旨のもので
はない。
(2)設置者は定期検査申請書の提出義務を負っているところ,これは経済産業
大臣に対して定期検査の実施という事実行為を促すものにすぎず,これに応
じて行われた定期検査の機会に問題点が発見されたとしても,それに起因し
て何らかの法律効果が新たに生ずるものではない。また,定期検査の結果,
設置者に対し是正措置の指導がされ,当該指導に対応する是正措置が講じら
れるまで定期検査終了証の交付がされない状態が継続する場合があるとして
も,これは設置者に課せられている技術基準適合維持義務に基づくものであ
って,当該是正指導により新たに法律上の不利益が付加されたものではない。
設置者がかかる是正指導に応じなかったり,是正措置が講じられたものの十
分ではなかったりした場合には,技術基準適合命令が発令されることになる
ものの,定期検査の機会に技術基準に適合しない箇所が発見されたというだ
けで当然に技術基準適合命令を発するとの法的仕組みが採られているもので
もない。
よって,定期検査が終了せず,定期検査終了証が交付されないこと自体の
法令上の効果として,設置者に何らかの法律上の不利益がもたらされるもの
ではなく,また,定期検査終了証の交付がされることで,そのような法律上
の不利益が解消される関係にあるということもできない。
原告らは,設置者に定期検査の申請権が認められている旨主張するが,設
置者による定期検査の申請は設置者が負担する義務の履行にすぎず,法が設
置者に対して申請権を付与しているわけではないし,関係法令上,定期検査
終了証の交付の法律効果として,設置者の技術基準適合維持義務が免除され
たり,軽減されたりするものではなく,その交付の前後を通じて設置者の法
律上の地位には何らの差異もない上,上記のとおり定期検査終了証が交付さ
れないことで設置者に何らかの法律上の不利益がもたらされるものでもない
のであるから,原告らの主張は失当である。
(3)実用発電用原子炉等の技術基準適合性等に問題点が発見されたとして定
期検査が終了されないという事実状態に不服がある場合であっても,その事
実状態は,元々設置者が負っている技術基準適合維持義務が遵守されていな
い状態にあることを意味するにすぎず,設置者に新たな法律上の不利益が課
されているものではないから,この段階で設置者に定期検査終了証の不交付
を争わせるための救済手段を確保すべき必要性はない。設置者は,技術基準
適合命令を受け具体的措置を講じることを法的に義務付けられた時点でこれ
を争うことができるのであるから,権利救済の実効性は十分に確保されてい
るといえる。
(4)平成17年最判は,医療法及び健康保険法の規定並びにこれらの法律の運
用の実情から認められる法的仕組みに着目して,そこから導かれる病院開設
中止勧告に結びつけられた法律効果として保険医療機関の指定拒否処分がも
たらされることに加え,その指定拒否処分がこれにより病院開設を断念せざ
るを得なくなるという重大な意味を持つことを併せ考慮して,処分性を肯定
したものであるところ,定期検査終了証が交付されないことによって原子炉
の運転が制限されるという法律効果が生じたり,定期検査終了証の交付によ
ってその制限が解除されたりするなどの法律効果がもたらされる法的仕組み
が採られているわけではないから,平成17年最判の射程が本件に及ぶかの
ようにいう原告らの主張は失当である。
(5)行政庁の行為に処分性を認めるか否かは,その根拠となる実定行政法規が
これに処分性を付与する立法政策を採用したかどうかという個々の法規の解
釈問題に委ねられるのであって,本件審査基準が存在し,公表されているか
らといって,そのことが定期検査終了証交付行為の処分性の有無を左右する
ものではない。
第3当裁判所の判断
1処分の取消しの訴えとは,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行
政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条3項に規定する裁決,決定その
他の行為を除く。)の取消しを求める訴訟をいうところ(同条2項),ここで
いう処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為
によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認
められているものをいう(最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月
29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)から,施行規則93
条の3に基づく経済産業大臣による定期検査終了証の交付が上記にいう処分に
当たらない場合には,本件各交付の各取消しを求める本件訴えは不適法なもの
として却下されることとなる。
そこで,施行規則93条の3に基づく定期検査終了証の交付が処分と認めら
れるかにつき,以下検討する。
2実用発電用原子炉に関する規制の仕組み
(1)実用発電用原子炉に対する規制の概要
実用発電用原子炉については,その設備が原子力施設であることから原子
炉等規制法による規制を受けるとともに,電気を供給する事業に供される発
電用設備であることから法による規制を受けることとされている。
すなわち,実用発電用原子炉を設置しようとする者は,経済産業大臣の原
子炉設置許可を受けなければならず(原子炉等規制法23条1項1号),ま
た,事業用電気工作物(実用発電用原子炉もこれに含まれる。)の設置又は
変更の工事であって,公共の安全の確保上特に重要なものについてはその工
事の計画につき経済産業大臣の認可を受けなければならず(法47条1項,
2項),同認可を受けて設置又は変更の工事をする事業用電気工作物であっ
て,公共の安全の確保上特に重要なものとして経済産業省令で定めるもの(特
定事業用電気工作物)については,その工事について経済産業大臣の検査を
受け,同検査に合格した後でなければ使用してはならないものとされている
(法49条1項)。そして,実用発電用原子炉及びその附属設備であって経
済産業省令で定めるもの(実用発電用原子炉等)は,特定重要電気工作物に
該当するため,その設置者は,経済産業省令で定めるところにより,経済産
業省令で定める時期ごとに経済産業大臣が行う定期検査を受けなければなら
ないとされている(法54条1項,施行規則89条及び90条)。
(2)技術基準適合維持義務
法39条1項は,事業用電気工作物の設置者に対し,事業用電気工作物を
技術基準に適合するよう維持する義務(技術基準適合維持義務)を課してお
り,上記(1)の工事計画の認可や使用前検査においても,技術基準に適合しな
いものでないことが認可又は検査合格の条件とされている(法47条3項1
号,49条2項2号)など,設置者には実用発電用原子炉について設計,建
設段階及び運転段階において技術基準に適合するように維持することが義務
付けられている。そして,経済産業大臣は,事業用電気工作物が技術基準に
適合していないと認めるときは,その設置者に対し修理,改造,移転や使用
の一時停止又は使用制限を内容とする技術基準適合命令を発することができ
るものとし,技術基準適合命令に違反した者には罰則を科すなど(法40条,
116条2号),事業用電気工作物の使用開始後においても設置者の技術基
準適合維持義務が果たされることを確保するための仕組みが採られている。
技術基準適合命令発令の要件は技術基準に適合していないと認められること
のみであり,法54条1項の定期検査との関係については法令上何らの規定
も設けられていない。したがって,定期検査や法107条による立入検査に
おいて実用発電用原子炉等が技術基準に適合しないものでないことが確認さ
れたとしても,そのことによって一定期間技術基準適合命令を発することが
法的に不可能となるものではなく,経済産業大臣は当該実用発電用原子炉等
が技術基準に適合していないと判断した場合には,次回の定期検査が実施さ
れるまでの間であっても技術基準適合命令を発することができる。
(3)定期検査
ア法は,事業用電気工作物の設置者が技術基準適合維持義務を負うことを
前提として,その遵守を担保するため,特定電気工作物(実用発電用原子
炉等はこれに含まれる。)の設置者に当該工作物が技術基準に適合してい
ることを確認するための定期事業者検査を行わせることとしており(55
条),また,公共の安全の確保上特に重要なものである特定重要電気工作
物については,その設置者に経済産業大臣による定期検査を受けることを
義務付けている(54条)。定期検査を拒み,妨げ,又は忌避した者に対
しては罰則が科せられるが(法117条の2第3号),定期検査を一定期
間内に終えなければならない旨の定めや定期検査開始後一定期間内に検査
を終えなかったことについて罰則を科する旨の定めは存在しない。
イ定期検査は,定期事業者検査への立会い又はその定期事業者検査の記録
の確認によって行われるところ(施行規則90条の2),検査項目に応じ
て,経済産業大臣と機構とが分担して実施することとされている(法54
条2項,施行規則93条の4第1項ないし3項)。
ウ定期検査を受けようとする者は,定期事業者検査の計画,方法等に関す
る説明書類を添えて定期検査申請書を希望する検査開始日の1か月前まで
に提出しなければならず(施行規則93条1項,2項),当該申請書の提
出を受けた経済産業大臣は,定期検査の対象となる事項について行うべき
検査の方法その他必要な事項を定めた検査実施要領書を定めるとともに,
機構に対して機構が行う検査に関する事務の一部の実施について所定の事
項を通知し(施行規則93条の2第1項,2項),定期検査を実施する。
定期検査は,検査項目とする定期事業者検査に立ち会い,又は記録を確認
することにより,設置者が適切な定期事業者検査要領書を定め,これに則
り定期事業者検査を実施し,施行規則94条の3第2項に定める判定方法
(一定の期間を設定し,その期間において技術基準に適合している状態を
維持するかどうかを判定する方法)を行っているか否かを確認するととも
に,当該定期事業者検査に係る設備が技術基準に適合しないものでないこ
とを確認する方法で行われ,最初に実用発電用原子炉の運転を停止させな
ければ行うことができない検査(施行規則90条の2第1号ないし4号)
を行い,経済産業大臣は,機構が行う検査については機構から通知を受け
(法54条3項),経済産業大臣が行う検査項目と併せて,上記検査に係
る事項について技術基準に適合しないものでないと判断した場合には,実
用発電用原子炉を再起動し,発電を開始させた上で,通常運転時における
総合的な性能に関する検査(総合負荷性能検査。施行規則90条の2第5
号)を行う(平成21年1月27日原院第1号・原子力発電工作物に係る
保安規程及び定期検査に関する運用について(内規)(以下「平成21年
1号内規」という。)。乙3)。
エ経済産業大臣は,総合負荷性能検査の結果,実用発電用原子炉等の総合
的な性能に問題がないものと判断した場合には,定期検査を終了したもの
と認め,設置者に対して定期検査終了証を交付することとされている(施
行規則93条の3,平成21年1号内規(乙3))。
なお,総合負荷性能検査の実施のために行われる実用発電用原子炉の運
転は,実務上「調整運転」と呼ばれており,定期検査終了証交付後に行わ
れる「営業運転」ないし「商業運転」と区別されているが,法令上これら
の区別はされておらず,定期検査の運用等を定めた平成21年1号内規及
び施行規則のうち定期検査に係る部分の解釈等について定められた平成2
0年12月22日原院第4号・原子力発電工作物の保安のための点検,検
査等に関する電気事業法施行規則の規定の解釈(内規)(以下「平成20
年4号内規」という。乙2)においてもこれらの用語は用いられていない。
また,法令及び各内規において,定期検査中の実用発電用原子炉について
運転が制限される旨の規定や当該原子炉が設置された原子力発電所におい
て発電した電力を供給することを禁止又は制限する旨の規定も存在しない。
そして,総合負荷性能検査が終了した段階で実用発電用原子炉の運転を一
旦停止し,定期検査終了証の交付がされた段階で原子炉を再起動すること
とする旨の法令及び内規等の定めは存在しない。(乙2,3)
オ特定重要電気工作物の設置者は,定期検査を受けたことのある特定重要
電気工作物については,その区分に応じて前回の定期検査が終了した日以
降13か月若しくは18か月を超えない時期ごとに定期検査を受けなけれ
ばならないとされているところ(法54条1項,施行規則91条1項),
平成20年4号内規では,定期検査が終了した日とは,施行規則93条の
3に基づく定期検査終了証を交付した日とするものとされている(乙2)。
3検討
(1)上記2のような法,施行規則及び内規の定めによれば,施行規則93条の
3に基づく定期検査終了証の交付は,経済産業大臣が,特定重要電気工作物
の設置者に対し,法54条1項に基づく定期検査において所定の検査を実施
した結果,当該時点において検査の対象となった特定重要電気工作物が技術
基準に適合しないものでないこと等を確認し,定期検査が終了したものと認
めるという判断の結果を通知するものであり,いわゆる観念の通知に当たる
と解される。
そして,定期検査終了証の交付は,法54条1項及び施行規則93条の3
に基づいて行われる行為であり,法的根拠を有するものといえる。
(2)そこで,定期検査終了証の交付が直接国民の権利義務を形成し又はその範
囲を確定するものといえるかについて検討するに,法は,事業用電気工作物
の設置者に対し,技術基準適合維持義務を課し,事業用電気工作物の使用開
始後においても,技術基準に適合していないと認められる場合には経済産業
大臣が技術基準適合命令を発して事業用電気工作物を技術基準に適合させる
ための措置を設置者に行わせることとし,技術基準適合維持義務の実効性を
確保しているところ,事業用電気工作物のうち特定電気工作物については,
その設置者に定期事業者検査を行わせ,技術基準に適合していることを確認
させるとともに,その一部である特定重要電気工作物について,その設置者
に経済産業大臣による定期検査を受けることを義務付け,経済産業大臣は定
期事業者検査が適切に行われているか,技術基準に適合しないものでないか
を確認することとして,技術基準適合状態を定期的に確認するなどしている。
そして,定期検査の結果,技術基準に適合していないものと認められる場合
には,経済産業大臣は,特定重要電気工作物の設置者に対して技術基準適合
命令を発して,特定重要電気工作物を技術基準に適合させるための必要な措
置を講じるよう命ずることができる。このように,定期検査は,実用発電用
原子炉の設置者による技術基準適合維持義務が適切に履践されているかを確
認するために行われるものであるところ,定期検査の実施にあたっては,実
用発電用原子炉の運転を停止しなければ行うことができない検査を行うこと
とされており,実用発電用原子炉の運転を停止することが予定されているも
のということができるが,一方で,通常運転時における総合的な性能に関す
る検査(総合負荷性能検査)を行うこととされているように,定期検査の終
了前に実用発電用原子炉を再起動することも予定されており,定期検査が終
了しなければその運転を行うことができないという仕組みは採られていない。
また,使用前検査においては同検査に合格しなければ特定事業用電気工作物
の使用をしてはならない旨明文をもって定められている(法49条1項)の
に対し,定期検査については,定期検査の実施中あるいは定期検査終了証の
交付を受けるまでの間,実用発電用原子炉の運転及びその運転によって発電
した電力の供給等について制限がされるとの明文の定めは設けられておらず,
定期検査に係る平成20年4号内規及び平成21年1号内規をみてもかかる
運用がされているとは認められない。
したがって,定期検査終了証の交付によって設置者による実用発電用原子
炉の運転及びその運転によって発電した電力の供給につき制限が解除される
との仕組みは採られていないから,この点をもって定期検査終了証の交付に
法的効果が付与されていると解することはできない。
(3)また,実用発電用原子炉等の事実状態に着目し,実務上,定期検査におけ
る総合負荷性能検査の実施のために原子炉の運転を行っている状態は「調整
運転」と,定期検査が終了した後の運転状態は「営業運転」ないし「商業運
転」と呼ばれているが,「調整運転」や「営業運転」ないし「商業運転」と
の用語は法令及び内規等においては用いられておらず,法令上の根拠を有す
る概念とはいえない。
この点,原告らは,「調整運転」と「営業運転」ないし「商業運転」とが
区別されている根拠として,原子力安全・保安院(当時)が平成23年7月
11日,D発電所第3号機とB発電所第1号機が約4か月間にわたって「調
整運転」を続けていることについて「法令上問題がある」と指摘したことや,
原子力白書に記載されている「運転月数」及び原子力施設運転管理年報に記
載されている「運転期間」に「調整運転」の期間が含まれていないことを主
張する。しかし,原子力安全・保安院原子力災害対策監(当時)の発言(甲
7)については,各電力会社が総合負荷性能検査を受検できる状態であるに
もかかわらず,定期検査終了日が「未定」の記載のまま同検査の準備を行わ
ず,定期検査を終了することができない状態が継続することは法の予定する
ところではなく,具体的な事情によっては定期検査忌避(法117条の2第
3号)に該当する可能性があることを示唆したものと考えられる。また,平
成5年版原子力白書には「運転月数の推移」という表があり,そこには「各
プラントの定期検査終了(総合負荷検査)から次回定期検査開始による発電
停止までの期間…を運転月数(日数/30日)とした」旨の記載があること
(甲37),平成23年版原子力施設運転管理年報にも「運転期間の推移」
という表があり,そこには「運転期間:定期検査終了(総合負荷性能検査)
から定期検査開始による発電停止までの期間」との記載があること(甲38)
がそれぞれ認められるが,これらの記載は,原子力白書及び原子力施設運転
管理年報が定期検査終了時から次回の定期検査の開始時までの平均期間及び
その推移を明らかにするという目的で作成されたものであることから,定期
検査実施中の期間を除外した期間を運転月数又は日数として算定したものに
すぎない。よって,原告ら指摘の諸点をもって「調整運転」と「営業運転」
ないし「商業運転」との間に差異があることの根拠とすることはできない。
原告らは,定期検査で技術基準に適合しないものでないことが確認されて
初めて「営業運転」を再開することができるのであって,定期検査終了証交
付前の「調整運転」はあくまで定期検査に必要な限度で許容される運転にす
ぎない旨主張するが,「調整運転」の際に「営業運転」ないし「商業運転」
と同様に電力を供給し得ることは先にみたとおりであって,そのほか,関係
法令等を精査しても,「調整運転」と「営業運転」ないし「商業運転」との
間で法的効果において何らかの差異があると認めることはできないから,原
告らの主張は独自の見解にすぎず,失当である。
(4)事業用電気工作物の設置者は,事業用電気工作物について技術基準適合維
持義務を負い,また,特定電気工作物の設置者は,同工作物について定期事
業者検査を行うべき義務を,その一部である特定重要電気工作物の設置者は,
経済産業大臣による定期検査を受けるべき義務をそれぞれ負うところ,定期
検査において技術基準に適合しないものでないことが確認されて検査が終了
した場合には定期検査終了証の交付がされることになるものの,その交付を
受けた者について技術基準適合維持義務や次回の定期事業者検査を実施すべ
き義務ないし定期検査を受けるべき義務が免除されるものではなく,経済産
業大臣は定期検査が終了した後次回の定期事業者検査ないし定期検査が実施
されるまでの間であっても技術基準適合命令を発することが妨げられるもの
ではないから,技術基準適合維持義務及び定期事業者検査を実施すべき義務
ないし定期検査を受けるべき義務との関係において定期検査終了証の交付に
法的効果が付与されていると解することもできない。
また,特定重要電気工作物の設置者は,13か月又は18か月ごとに定期
検査を受けるべき義務を負うところ,平成20年4号内規では定期検査終了
証の交付日をもって次回の定期検査を受けるべき時期の起算日とすることと
されているが,これは設置者が法54条1項及び施行規則91条1項に基づ
いて負う一定の時期ごとに定期検査を受けるべき義務について,法54条1
項及び施行規則91条1項により客観的に定められている次回の定期検査ま
での期間の始期を明確にする趣旨で同始期を定期検査終了証の交付日とする
との取扱いを定めたものにすぎず,法54条1項の規定によって定期検査が
終了した場合には一定の時期までは定期検査を受ける必要はなくなるものの,
定期検査終了証の交付によって次回の定期検査を受けるまで定期検査を受け
るべき義務を免除する旨の法的効果を発生させることとしたものとは解され
ないから,この点をもって定期検査終了証の交付に法的効果が付与されてい
ると認めることもできない。
(5)定期検査を受けようとする者は,定期検査申請書を希望する検査開始日の
1か月前までに提出しなければならないこととされているが,これは経済産
業大臣に対して定期検査という事実行為の実施を促すものにすぎず,特定重
要電気工作物の設置者は定期検査を受けるべき義務を負うことや,上記(4)
のとおり定期検査終了証の交付を受けることによって設置者の負う義務が免
除される関係にないことからすれば,かかる申請書の提出に関する定めをも
って定期検査を受けることについての申請権を認めたものということはでき
ず,上記義務に従って定期検査を受ける際の手続の一環として定期検査申請
書を提出しなければならないこととされているにすぎないものと解される。
したがって,定期検査終了証の交付が申請に対する応答処分としての法的効
果を有するものということはできない。
なお,定期検査の申請に対し適法な手続で判断を受けられることを特定重
要電気工作物の設置者の権利ないし法的地位として付与するというのであれ
ば,定期検査の結果,経済産業大臣が技術基準に適合していないと判断した
場合には,定期検査不合格処分を行い,それに対する不服申立ても可能とす
るなどの諸規定を設けることも十分考えられるところであるが,法及び施行
規則は,施行規則93条の3で定期検査終了証を交付することを定めている
にとどまり,その他の手続を何ら定めていないことに照らすと,特定重要電
気工作物の設置者に対し,上記のような手続的な権利ないし法的地位を保障
していると解することもできない。
原告らは,定期検査を受けるか否かは設置者の意思によることとされてお
り,原子炉をしばらく運転する意思がなければ定期検査申請書を提出する必
要はないことをもって,法が設置者に申請権を与えていると解すべき旨主張
するが,上記のとおり原子炉の運転を継続するためには定期検査を実施する
ことが義務付けられている以上,原告ら指摘の点をもって特定重要電気工作
物の設置者に申請権が付与されていると解する根拠にはならない。
(6)原告らは,経済産業大臣が定期検査終了証を交付せず,技術基準適合命令
も行わない場合には,定期検査終了証の交付に処分性を認めなければ特定重
要電気工作物の設置者の権利救済を図る途がなくなる旨主張するが,定期検
査の実施中に設置者に対して何らかの法的制約が課され,定期検査が終了し
なければこれが解除されないという関係を認めることができないことは上記
(2)(3)のとおりであるから,原告らの主張はその前提を欠くものであって失
当である。
また,仮に定期検査において技術基準に適合しないとの判断がされたとし
ても,そのことから直ちに特定重要電気工作物の設置者が元々負っている技
術基準適合維持義務に加えて何らかの義務を負うわけではなく,同設置者は
上記技術基準に適合しないと判断された点に関する技術基準適合命令がされ
てはじめて同適合命令に応じた具体的な作為義務を負うものといえるのであ
って,上記2(3)のとおり,実用発電用原子炉を再起動させて行う総合負荷性
能検査が終了した段階で同原子炉の運転を一旦停止し,定期検査終了証の交
付がされた後に同原子炉を再起動させる仕組みにはなっていないことに照ら
すと,法や施行規則は上記のように再起動させた原子炉について総合負荷性
能検査の結果が技術基準に適合しないとの判断がされた場合には,法40条
の技術基準適合命令によってその使用を一時停止させ,さらには,必要な修
理等をさせることをその制度上予定しているものと解されるから,かかる判
断に不服のある設置者は上記技術基準適合命令に対する取消訴訟を提起する
などしてこれを争うことが可能であって,設置者の権利救済に欠けるところ
はないものと解される。したがって,設置者の救済の必要性をもって定期検
査終了証の交付に処分性を認めるべき根拠とすることもできない。
原告らは,経済産業大臣が定期検査終了証の交付もせず技術基準適合命令
も発しない場合には,設置者は原子炉の運転を継続することが法的に制限さ
れないとしても,設置者が調整運転を続けることは社会的に強い非難を浴び
るものであって現実問題として不可能であるから,定期検査終了証の交付に
処分性を認めて技術基準適合命令発令前における争訟手段を認める必要があ
る旨主張するが,かかる事態は法の予定するところでないことは上記のとお
りであって,仮に原告ら指摘にかかるような事態が生じ得るとしても,その
ことが定期検査終了証の交付に処分性を認めるべき根拠となるものではない。
(7)経済産業大臣は,行政手続法5条1項を受けて,法に基づく経済産業大臣
の処分に関する審査基準として本件審査基準を定め,これを公表していると
ころ,その第1「申請に対する処分」の「1.審査基準」において,(23)「第
54条第1項の規定による定期検査」の項を設け,「第54条第1項の規定
による定期検査に係る審査基準については,第39条第1項の経済産業省令
で定める技術基準に適合しないものでない等当該電気工作物の安全性が確保
されていると認められることとする」としている(乙10)。かかる本件審
査基準の記載内容に照らせば,経済産業大臣は,定期検査の申請に対する応
答は行政処分性を有しているとの見解を採っているようにも見得るところで
あるが,上記の検討結果によれば,定期検査終了証の交付が行政処分である
とする根拠を見出すことはできないのであって,経済産業大臣が上記のよう
な見解を採っているとしても,そのことから定期検査終了証の交付に処分性
を認めることはできないものというほかない。
(8)原告らは,平成17年最判を引用した上,非権力的な事実行為として行わ
れる行政指導につき,これに従わなければ相当程度の確実さをもって重大な
不利益をもたらすことを理由に処分性を認めた同最判に照らせば,定期検査
終了証の交付についても設置者に確実に重大な利益をもたらすものとして処
分性が認められるべき旨主張する。
しかしながら,平成17年最判は,関係法令の規定の内容及びその運用の
実情から認められる法的仕組みに着目して,取消訴訟の対象となる行為に結
びつけられた法律効果として不利益処分がもたらされることを導いた上,当
該不利益処分が重大な意味を有することをも考慮して処分性を肯定した事案
であるところ,法その他の関係法令及びこれに関する運用等を通覧しても定
期検査終了証が交付されないことによって何らかの法律効果が生じるとの法
的仕組みが採られていると解することはできないことはこれまで説示したと
おりであるから,本件は平成17年最判とは事案を異にするというべきであ
り,この点に関する原告らの主張は理由がない。
(9)よって,施行規則93条の3に基づく定期検査終了証の交付は,これによ
って直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する法律上の効果を有
するものではなく,行訴法3条2項にいう処分とは認められない。
したがって,本件各交付の各取消しを求める本件訴えは,いずれも行訴法
3条2項にいう処分を対象とするものではないから,訴訟要件を欠く不適法
なものであって却下を免れない。
4結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件訴えはいずれ
も不適法であるからこれらを却下することとし,訴訟費用の負担について行訴
法7条,民訴法65条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官田中健治
裁判官尾河吉久
裁判官長橋正憲

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