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裁判例


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主文
被告人Aを懲役10月に処する。
被告人Bは無罪。
理由
(罪となるべき事実・被告人Aについて)
被告人Aは,平成18年8月ころ,兵庫県尼崎市(以下省略)所在のLマンショ
ン605号室において,Cに対し,同室内に置かれていたプラスチック製のいすで
その頭部を複数回殴打するなどの暴行を加え,よって,同人に対し全治まで約3週
間を要する頭頂部挫創の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目・被告人Aについて)(省略)
(被告人Aについての事実認定の補足説明及び被告人Bについての無罪の理由)
第1公訴事実の概要及び争点
1公訴事実の概要
本件公訴事実の概要は以下のとおりである。
(1)平成20年6月3日付け起訴状記載の公訴事実(主位的訴因)
被告人両名は,共謀の上,平成18年8月ころ,兵庫県尼崎市(以下省
略)所在のLマンション605号室(以下,単に「605号室」という。)
において,Cに対し,被告人Aが,同室内に置かれていたプラスチック製の
いすでCの頭部を複数回殴打するなどの暴行を加え,よって,同人に対し,
全治まで約3週間を要する頭頂部挫創の傷害を負わせたものである。
(2)平成20年12月9日付け訴因並びに罪名及び罰条変更請求書記載の公
訴事実(予備的訴因)
被告人Bは,父親であり,M組N組組長であった被告人Aが,平成18年
8月ころ,605号室において,同組若頭補佐であったCに対し,前記暴行
を加え,よって,同人に前記傷害を負わせるに際し,これに先だって,被告
人AがかねてよりCの行状に立腹して同人に制裁を加える意図を有していた
ことを知り,上記犯行に及ぶことを予期しながら,被告人AをCの利用して
いた605号室まで案内して,同室玄関ドアの施錠を解いた上,同室内に居
合わせて上記犯行を静観するなどしてこれをことさらに放置し,もって,被
告人Aの上記犯行を容易ならしめ,これを幇助したものである。
2争点
本件の争点は,①被告人Aによる暴行行為の有無(主位的訴因,予備的訴因
共通),②被告人両名の共謀の有無(主位的訴因につき)及び③被告人Bの幇
助意思及び幇助行為の有無(予備的訴因につき)であり,以下,順次検討する。
第2当裁判所の判断
1暴行行為の有無(争点①)について
(1)Cの供述について
アCは,当公判廷において,大要,以下のとおり供述している。
(ア)605号室には,平成18年4月か5月ころから同年10月ころま
で,被告人Bから又借りして住んでいた。そのことは,部屋を借りてか
ら一,二箇月後に,被告人Aにも報告した。
(イ)被告人Aからは,自分が親とも思っていた暴力団の会長が他の暴力
団の組長から借りた2000万円について,会長の代わりに返済するよ
う求められていた。1か月に何回かの頻度で,資金繰りや仕事の当てに
ついて聞かれており,平成18年ころまでに,全部で700万円くらい
は返済した。
同年8月ころ,Dという人物に返済資金を出してもらう話があり,そ
の約束の日に東京に行ったが,結局返済資金を用意することはできなか
った。被告人Aには,返済の目途がついたことや,そのために東京に行
くことについて話してあったため,東京にいる間,初めは二,三時間に
一,二回の割合で被告人Aから電話が掛かってきて,「どうや,できた
か,大丈夫か。」などと言われ,「親分すみません。もう少々お待ちく
ださい。」などと答えていた。返済資金が用意できなくなり,電話に出
なくなると,被告人Aからは,1時間に何回も電話が掛かってくるよう
になり,2日間くらい被告人AやN組事務所とは連絡を取らなかった。
(ウ)本件当日,着替えを取りにいったん605号室に戻り,玄関のドア
に鍵を掛け,さらに室外からは開けられない棒状のロックを掛けてシャ
ワーを浴びていると,鍵が開いたような「ガチャン」という音が聞こえ
た。シャワーを止めると,被告人Aが,何回も「Eちゃんおるんや
ろ。」と呼び掛ける声が聞こえた。ジャージを着てドアに近付いていく
と,被告人Aは,それまでの声とは違う声で,怒って「早く開けろ。」
と言った。
(エ)ロックを外すと,被告人Bがドアを押さえ,まず被告人Aが玄関に
入ってきた。被告人Aは,かなり怒った様子で,「おったのか。電話な
ぜできなかったんだ。」と言った。その後,「どうなっとるんだ。うそ
ばっかり言いやがって。」などと言いながら,左右の頬辺りを交互に手
けんで20回くらい殴ったり,お腹辺りを足の裏側で押すようにして2
回くらいけったりしてきた。この間,私は「申し訳ございません。すみ
ません。」という言葉しか出ず,謝りながら後ずさりをしてリビングま
で移動した。このとき,防御したり何か言い返したりすることはなかっ
た。
(オ)リビングの中央付近にあるソファの近くまで移動した後も,被告人
Aは,電話に出なかったことや,お金の用意ができなかったことを怒り
ながら,左右の頬を10回以上殴り,その後,近くに置いてあった三,
四十センチ四方のプラスチック製の子供用のいす(以下「本件いす」と
いう。)を手に取ると,その脚を右手で持ち,私の後頭部,肩,左腕の
外側を何度もたたいたりし,足の裏側を押し付けるような形でお腹の辺
りを二,三回けったりした。本件いすで頭部をたたかれたのは10回以
上で,下を向くように前屈みになっていた私の主に頭頂部の下辺りに本
件いすが当たっていた。本件いすは,最後には壊れてしまった。
その間,被告人Bは,廊下とリビングの境にあるドアの内側に立って
私の方を見ていたが,被告人Aを止めることはなかった。
(カ)被告人Aが,「前を向け。目を見ろ。」と言うので前を向くと,首
の辺りからたれるものを感じ,それをさわってみると血であった。被告
人Aは,「着替えて事務所の方に来い。」と言うと,被告人Bとともに
605号室を後にした。被告人両名を玄関まで送りに行ったが,被告人
Bから,けがについて聞かれたり,大丈夫かと声を掛けられたりするこ
とはなかった。
(キ)その後,白いワイシャツとスーツに着替え,けがの治療はせずに,
タオルで傷口を押さえた状態でN組事務所に向かい,同事務所3階の広
間に入った。広間には被告人Aと二人きりであり,座卓に向かい合うよ
うに座った。被告人Aから「お金はどういうふうになったんだ。」と言
われ,金策の相手方にその場で確認の電話を掛けるなどした。その話の
途中で,部屋住みのFがお茶を運んできた。また,Fからは,N組事務
所を出る前に,氷の入った袋とおしぼりを渡された。
(ク)605号室に帰り,ソファーに座ってテレビを付け,リラックスし
ようとして上を見たとき,天井に血が飛んでいることに気付いた。また,
当時の交際相手Eから,ソファや窓ガラスや壁にも血が飛び散っており,
Eがこれをふき取ったということを聞いた。
(ケ)顔は触ると痛い状態が1週間弱続いた。お腹は痛みが残ったり,跡
が残ったりすることはなかった。左腕の外側はみみず腫れのようになっ
て,シャワーを浴びたりするとひりひりする状態が1週間か10日くら
い続いた。後頭部もシャワーを浴びるとしみるような痛さが1か月くら
いは続き,痛みが無くなった後もかさぶたになっていた。被害申告に当
たって診察を受けると,その部分だけは髪の毛が生えていない状態だっ
たが,本件以前はそのような状態ではなく,本件後もその場所にけがを
することはなかった。
(コ)本件後,FらがN組事務所の炊事場にいるとき,被告人Aからたた
かれたという話をした。その時,Fらに傷口を見せたと思う。
イ供述内容の信用性
(ア)Cは,被告人両名の来訪に気付いた際の状況,605号室での被告
人両名と自らの言動,頭部からの出血に気付いた状況,N組事務所での
状況等について具体的かつ詳細に供述しており,その供述内容には特段
不自然,不合理な点はない。
(イ)被告人Aに本件いすで頭部を殴打されて出血し,605号室の天井
に血液が付着していることに気付いた旨のCの供述は,605号室の天
井にCのDNA型と一致する血液が何滴も付着していたことと整合して
いる。
これに対し,弁護人は,①Cの頭部の傷は,噴き出るような出血を伴
うものではないから,605号室の天井に付着したCの血液は,本件犯
行によるものではなく,②他の暴行被害で付着したか,③Cが故意に付
着させたものであると主張する。しかし,①の点については,出血自体
の勢いがさほど激しくなかったとしても,Cの供述するように被告人A
が本件いすで何度もCの頭頂部をたたいたとすれば,本件いすに付着し
たCの血液が天井に飛んだとしても何ら不自然ではないし,②の点につ
いては,Cは605号室に半年間しか居住しておらず,床から高さ約2
40センチメートルの天井に何滴もの血液が付着するような出来事は日
常生活の中では通常生じ難いのであり,そのような事態が生じたことを
うかがわせる事情も存しない。③の点についても,Cは,本件の約2か
月後に605号室から退去しており,被害申告がなされたのはその後約
6か月してからのことであって,Cが退去前に予め虚偽の被害申告を計
画して,あるいは退去後太平組組員や被告人Bらの目に留まる危険を冒
して密かに605号室に立ち入って意図的に血液を付着させることも考
え難く,Cがそのような行動に出たことをうかがわせる事情も存しない。
(ウ)次に,頭部の負傷及びその治癒の状況についてのCの供述は,Cの
後頭部の被髪部に,長さ約2センチメートルの髪の毛の生えていない部
分があることと整合している。また,同供述は,当該部分は,縫合治療
されず,二期的に治癒したと思われる瘢痕であり,やや鈍な凶器による
挫創と推測され,止血しなければじわじわとかなり出血したであろうと
思われ,全治するまで,通常であれば3週間程度,傷口の保護状態等に
よって1か月以上かかるとする証人Gの供述や,本件の二,三日後に,
Cの後頭部より少し上辺りに,まだ完治していない状態の,長さ四,五
センチメートル,幅1センチメートルに満たないほどの傷があったとす
るFの供述とも合致している。医師であるGの供述は,自己の専門的知
見に照らし,Cの頭部の状況について自らの診断結果をありのままに述
べたものであって,特段不自然不合理な点はなく,殊更被告人両名を罪
に陥れるために虚偽の供述をする理由もない。Gの供述は十分信用する
ことができるし,後述するとおり,Fの供述も信用することができる。
これに対し,被告人Bが主宰する右翼団体の構成員である証人H及び
被告人Bの妻である証人Iは,いずれも,平成18年8月17日に,I
の経営するガールズバーでIの誕生祝いをした際,これに出席したCに
は,本件はその2日前の出来事であるのに,けがをしている様子はなく,
被告人Bとも通常どおり接していた旨供述し,さらに,Hは,Cの後頭
部や側頭部には,本件以前から,何箇所か髪の毛の生えていない,治っ
た後の傷跡のような部分があった旨を,また,Iは,同年5月ころに,
Cの後頭部の上の方に髪が生えていない白い傷跡が1か所あるのを見た
旨を供述しているところ,弁護人は,Cの供述はこのようなH及びIの
各供述と矛盾していると主張する。
しかし,Cの供述によれば,本件が同年8月のいつころであったかは
っきりしておらず,そもそもIの誕生祝いとの前後関係は不明であるし,
ガールズバーという飲食店の照明下で,来客の一人が後頭部の被髪部に
長さわずか2センチメートル程度の傷を負っていることに気が付かなか
ったとしても特段不自然ではない。また,Cと被告人Bとの間には金銭
的な問題もなく,本件時にも直接暴行を振るわれていないこと,Iの誕
生祝いという席上であったことなどからすれば,Cが被告人Bと通常と
変わりなく接していたとしても,特段不自然なことではない。
また,Gの供述によれば,Cの頭部の傷を診察した際,看護婦と二人
で他に外傷がないか確認し,その限りでは傷跡は1か所だけであったと
いうのであり,Hの述べるように何箇所も傷跡のような部分があったと
すれば,Gらがこれに気付かなかったとは考えられず,Hの供述は,頭
部の瘢痕の状況と整合していない。Iの供述も,傷の形状について曖昧
なものに止まっており,CがI方を訪れて一緒に食事をした際,Cの後
方を通ったときに見たというその目撃状況からしても,わずか数センチ
メートルの傷跡一つについて,2年以上も記憶に止めていたというのは
いささか不自然な感がある。加えて,H及びIの上記のような供述が明
らかとなったのは,期日間整理手続及び第2回公判期日(Cの証人尋問
期日)が終了した後であって,Iらの被告人Bとの関係も考えれば,直
ちに信用することができない。
(エ)また,Cの供述は,「平成18年8月半ばころ,CがN組事務所に
来た際,後頭部の少し上部に白いタオルを当てて片手で押さえていた。
3階の大広間に,お茶を持っていくと,被告人AとCの二人がいて,お
茶を出すためにCから1メートルくらいの距離に近付いたところ,Cの
顔が少し腫れていて,着ていた白いカッターシャツの右肩の上辺りに鮮
明な赤い色の血が何滴か付いていた。その後,事務所内の食堂で,Cに
おしぼりと氷を入れたビニール袋を渡した。本件の二,三日後,Oとい
う事務所近くの焼き肉屋に行った。その席で,Cから,『A親分から殴
られた。頭を殴られた。』と聞き,けがを見せてもらった。Cの頭には,
後頭部より少し上辺りに,じゅくじゅくしており,少し固まって,まだ
完治していない長さが四,五センチほど,幅は1センチに満たないほど
の傷があった。Cは,『J会長が借りた2000万円を,自分(C)が
払わなくちゃいけないことになった。』などと言っていたが,殴られる
ことになった理由や,借金の理由などについては聞いていない。」とす
るFの供述とその基本的部分において合致しており,相互にその信用性
を補強し合っている。
Fは,N組事務所に入ってきた際のCの様子,Cの衣服に血が付いて
いた状況,Cにおしぼりや氷の入ったビニール袋を渡したことや,後日,
Cから傷を見せられた際の状況等について具体的な供述をしており,そ
の供述内容についても特段不自然,不合理な点は見受けられない。N組
関係者らからの報復等を受ける可能性があるにもかかわらず,Fが被告
人両名を罪に陥れるために殊更虚偽の供述をする理由は見当たらない。
これに対し,弁護人は,Fの供述は,①本件当時被告人Aがお茶を飲
んでいなかったことを知らず,②本件当日,被告人AとCが話をした場
所についても判然としないなど不自然である上,③Cと同時にN組を脱
退し,その後もCと接触しており,Fの供述の信憑性には疑問がある,
④N組の若頭補佐の要職にあったCが,部屋住みの若衆であるFに,自
分の恥となる頭の傷を見せたり,親分にやられたと説明することは常識
的にはあり得ないなどと主張する。しかし,①の点については,仮に被
告人Aが当時お茶を飲んでいなかったとしても,来客時等にお茶を出す
こと自体と直ちに矛盾するものではないし,②の点については,Fは,
自らの記憶では3階であった旨一貫して供述している。③の点について
も,一緒にN組から抜けた部屋住みの者がCに連絡を取ったことから一
度会ったことがあるという程度の接触にとどまっている。④の点につい
ては,Fが氷の入ったビニール袋等を渡すなどしてくれたというそれま
での経緯からすれば,そのFと食事をともにした際に自分のことを気遣
ってくれたFにCが事情を多少説明したとしても特段不自然ではない。
(オ)Cは,自己の記憶にないことはその旨率直に述べていて,その供述
態度は真摯であり,弁護人の反対尋問を経ても供述内容は一貫している。
なお,Cは,被告人Aから,足の裏で押すようにしてけられたことに
ついては,捜査段階で供述していなかったことがうかがえるが,被告人
Aから受けた多数の暴行のうち比較的軽微な態様の一部について供述し
ていなかったとしても不自然なことではなく,これによってCの供述全
体の信用性が損なわれるものではない。
(カ)以上に対し,弁護人は,被告人Aの右手首の関節は古傷によって動
かせない状態であったから,Cが供述するような態様の暴行を加えるこ
とはできないと主張する。しかし,Cの供述によっても,Cが多数回の
殴打行為を受けても体勢を崩すなどしていないことからすれば,被告人
Aが強い力で殴打したものとは認められないことや,殴打した部位も頬
という比較的柔らかい部位であることなどからすれば,Cの供述は被告
人Aの右手の状態と矛盾・抵触するものではない。また,被告人Aの右
手の掌握運動には支障がなかったこと(Kの検察官調書〔甲16〕),
本件いすは子供用のプラスチック製のもので,さほどの重量はなかった
ことからすれば,右手首の可動範囲が制限されていたとしても,被告人
Aが,本件いすを用いてCが述べるような態様で暴行を加えることは十
分可能であったということができる。
(2)被告人Aの供述について
ア被告人Aは,当公判廷において,605号室に赴いた経緯,同室内での
被告人両名及びCの言動等について,大要,以下のとおり供述している。
(ア)Cとは,本件の四,五日前から連絡が取れない状態で,Cは,電話
にも出ず,N組事務所にも連絡してこなかった。Cの交際相手のEとも
電話は通じなかった。
(イ)平成18年8月15日,私の入院先に見舞いに来た被告人Bに,
「Cは連絡取れんのやな。Eちゃんが知っとるかも分からんのやけど
な。」と言うと,被告人Bが,「いや,Eちゃん,さっき会いましたよ。
近くです。」と言うので,被告人Bとともに病院からN組事務所の方へ
向かい,被告人Bの案内でその途中にある605号室に赴いた。Cがそ
こに住んでいることは,Cからも被告人Bからも聞いておらず,CがE
と一緒に住んでいることも知らなかった。
(ウ)605号室のドアの前に着き,チャイムを鳴らして,「Eちゃん。
Eちゃん。」と声を掛けたが,誰も出てこなかった。被告人Bが,「開
けてみましょうか。」などと言い,持っていた鍵でドアを開けると,ド
アには内側からチェーンがかかっていた。小さい声で,「Eちゃん。」
と呼びかけると,しばらくしてCが出てきて,ドアのチェーンを外した。
(エ)Cに「ちょっとかまへんか。」と言って室内に入ると,Cは,「ど
うぞ。」と言い,走って部屋の中に行くと,何か片付けているような様
子だった。
(オ)リビングに行くと,洗濯物で足の踏み場もないような状態だったの
で,Cに「おまえこれ何だ。何やこれ豚小屋やんか。」と注意すると,
Cがふてくされたので,「おまえ,こら,うそばっかり言いやがっ
て。」と言って,Cの頬を1回右手でたたいた。さらにもう1回Cをた
たこうとしたとき,被告人Bに後ろから抱き留められた。605号室で
プラスチック製の子供用のいすを見たことはなかった。
(カ)その後,Cに,「今から(事務所に)線香あげに行く。」と言うと,
Cも「私もすぐに行きます。」と言った。Cは,鼻血を出しており,被
告人Bからティッシュを受け取っていた。
(キ)N組事務所に戻り,2階の組長室にいると,Cが来て,「すみませ
んでした。」と謝るので,「もうええ。人に後ろ指差されるようなこと
するなよ。」と言った。このとき,Fがお茶を持ってきたことはなく,
Cの顔が腫れていたり,Cがタオルで頭を押さえていたりしたこともな
かった。
イ被告人Aの供述は,まず,605号室の天井への血液の付着状況と整合
していない。Cが605号室に住んでいたことは知らず,605号室には
Eに会うために行ったとする供述は,605号室を借りたことは被告人A
に報告していたとするCの供述のみならず,CがEと一緒に住んでいると
ころが近くにあることを605号室に赴く前に被告人Aに説明したとする
被告人Bの供述とも抵触するものであり,Cが605号室にいた経緯や理
由についてCには質問していないとする被告人A自身の供述に照らしても
いささか不自然である。
また,被告人Aは,捜査段階においては605号室に行ってもいないな
どと述べていたもので,供述内容を大きく変遷させている。その理由につ
いて,被告人Aは,捜査段階においては事実をねつ造されると思ったから
ありのままを話さなかったと説明するが,被告人Aの供述によれば,起訴
後2週間以上経過するまで弁護人にもありのままを説明せずにいたことに
なり,供述内容を変遷させたことを合理的に説明できていない。
以上からすれば,被告人Aの上記供述は,信用することはできない。
(3)被告人Bの供述について
被告人Bは,当公判廷において,605号室に赴いた経緯,同所での被告
人両名及びCの言動等について,被告人Aの前記供述とほぼ同様の供述をし
ている。
しかし,被告人Bは,捜査段階において,当初,被告人Aとともに605
号室に行ったが,Cを殴打したのは自分で,被告人Aは手を出していない旨
供述し(乙12),その後,被告人Aも自分も605号室に行っていないと
供述を変え(乙13),さらに,当公判廷においては,被告人Aとともに6
05号室に行き,被告人AがCを1回平手でたたき,自分は被告人Aを背後
から押さえて制止したと供述するに至っており,供述する度にその内容は変
遷している。このように供述内容を変遷させた理由について,被告人Bは,
605号室に行っていないという被告人Aの言い分を弁護人から聞き,供述
を撤回したが,被告人Aの供述に反する供述はできないと考えて事実関係に
ついて詳しい話はできなかったとし,公訴提起後は,被告人Aと同じ時期に
同じ内容の供述をするに至っていることなどからすれば,被告人Aの弁解に
合わせて供述内容を変遷させた疑いが強い。加えて,605号室のドアの鍵
を開けた経緯について記憶がないとしつつ,被告人Aから指示されたことに
ついては頑なに否定するなど,被告人Aに有利な方向の供述をしようとする
態度が見受けられることなどを考慮すれば,被告人Bの上記供述も信用する
ことができない。
(4)以上から,信用できるCの供述等によれば,被告人Aが,判示のとおり
の暴行行為を行ったことが認められる。
2共謀の有無(争点②)について
(1)検察官は,Cに立腹している被告人AがCと連絡を取りたがっているこ
と,605号室がCの生活の拠点であることを認識した上で,被告人Aを6
05号室に案内していることなどから,被告人Bは,605号室にいるCに
被告人Aが暴行を加えることを認識していた旨主張する。これに対し,弁護
人は,被告人両名は,Cの所在等に関する情報を得るために605号室に赴
いたのであって,605号室にCがいることは予期していなかった旨主張す
る。
(2)前述のとおり信用できるCの供述によれば,Cは,被告人Aに告げた上
で,本件の数日前から東京に赴いており,本件当日は,着替えを取りにいっ
たん605号室に戻ったに過ぎず,本件の2日前くらいから被告人Aらから
の連絡に応じなくなっていたものである。このような経緯に加えて,605
号室とN組事務所,被告人Bの所属する右翼団体の事務所及び被告人Aの入
院先が,いずれも直径わずか100メートル余りの円内に位置していること
なども併せ考えれば,被告人Bが,本件当日,Cが605号室にいることを
予期していなかったというのも,あながち不自然なことではないし,かかる
経緯等からすれば,被告人両名が,Cの交際相手や室内の遺留物等からCの
所在等を知ろうと考えて605号室を訪れるということも,十分あり得べき
ものということができる。
さらに,Cの供述によっても,被告人両名は,605号室の玄関にCが姿
を見せるまで,「Eちゃんおるんやろ。」などとEには呼び掛けているもの
の,Cに対する呼び掛け等はしておらず,被告人Aは,室内に入るや,Cに
対し,その姿を見て「おったのか。」と発言したことが認められる。これら
の被告人両名の言動からすると,被告人両名は,Cが605号室に在室して
いることは念頭に置いていなかったものと考えるのが自然である。
そうすると,被告人両名が605号室に赴きCを見掛ける以前に,Cに暴
行を加えることについて黙示的にせよ事前共謀を遂げていたと認めるにはな
お合理的疑いが残るというべきである。
(3)次に,605号室において,Cを発見した後,被告人両名の間に明示的
な暴行の意思の連絡は認められない。
そして,被告人B自身は,Cに対して何ら暴行を加えておらず,被告人A
がCに暴行を加えた動機が,被告人Aが組長をしているN組内部の金銭問題
にあり,被告人B自身にはCに暴行を加える動機が見当たらないこと,被告
人Aと被告人Bは親子ではあるものの,被告人Bは被告人Aが組長を務める
N組の構成員ではなく,N組内のことで組長が配下の組員に制裁を加えよう
としている場面において直接口出しできるような立場にはそもそもないこと,
被告人両名は,Cに対する暴行後,行動を別にしていることなどからすれば,
被告人Bが,被告人Aを605号室まで案内し,玄関ドアの鍵を開けている
こと,被告人Aの暴行を制止せず,Cのけがを心配する様子もなかったこと
など,検察官の主張する諸点を併せ考えても,被告人両名が黙示的な現場共
謀を遂げたものと認めることもできない。
(4)したがって,被告人両名の間に暴行の共謀が存したとする検察官の主張
を採用することはできない。
3被告人Bの幇助意思及び幇助行為の有無(争点③)について
(1)検察官は,予備的に,被告人Bには,遅くとも,被告人Aを605号室
まで案内した時点においては,暴行について幇助の意思が発生していたと主
張する。
しかし,前述のとおり,被告人両名は,Cが605号室にいることを予期
していなかったのであるから,被告人Bが,605号室に赴き,Cを見掛け
る以前に,被告人Aの暴行を幇助する意思を有していたと認めるには合理的
疑いが残るというべきである。
(2)また,検察官は,被告人Bは被告人Aを605号室に案内し,そのドア
の鍵を開けるという先行行為を行っており,これによって生じたCの身体に
対する危険を除去すべき作為義務があるのに,被告人Aの暴行行為を漫然と
静観しているから,不作為による幇助行為があったと主張する。
しかし,605号室にCがいることを被告人Bが予期していたとは認めら
れない上,最終的にはCが玄関ドアのロックを外したために入室可能な状態
に至っていること,前述のとおり,本件の発端は,N組組長である被告人A
と同組組員であるCとの問題であり,被告人両名の人的関係からすれば,被
告人Bが被告人Aの判断に影響を及ぼしたり,その行動を制御したりできる
ような立場にはなく,少なくとも心理的には暴行を制止することが困難な状
況であったと認められることなどを考慮すれば,被告人Bに先行行為等に基
づく作為義務が生じていたということはできない。605号室において被告
人Aの暴行行為を静観した不作為を作為による幇助行為と同視することは到
底できないものであって,これを不作為による幇助行為と評価することは相
当でないというべきである。
第3結論
以上の次第で,被告人Aが判示の暴行行為を行った事実は優に認められるが,
被告人Bに,被告人Aとの暴行についての共謀,あるいは暴行への幇助行為及
び幇助意思があったと認めるには合理的な疑いが残る。そこで,被告人Aにつ
いては,傷害罪の単独犯の限度で犯罪の証明があったと認められるから,有罪
の言渡しをし,被告人Bについては,犯罪の証明がないことに帰着するから,
刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをすることとする。
(確定裁判・被告人Aについて)
被告人Aは,平成20年3月19日神戸地方裁判所尼崎支部で傷害罪により懲役
1年に処せられ,その裁判は同年4月3日確定したものであって,この事実は検察
事務官作成の前科調書(乙3)によって認める。
(法令の適用・被告人Aについて)
被告人Aの判示所為は刑法204条に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,
これは前記確定裁判があった傷害罪と同法45条後段の併合罪であるから,同法5
0条によりまだ確定裁判を経ていない判示傷害罪について更に処断することとし,
その所定刑期の範囲内で被告人Aを懲役10月に処することとする。
(量刑の理由・被告人Aについて)
本件は,被告人Aが,被害者に暴行を加えて傷害を負わせたという事案である。
被告人Aは,被害者が被告人Aとの連絡を絶ったことなどに腹を立てて犯行に及
んだものであって,その動機は誠に短絡的である。被告人Aは,無抵抗の被害者に
対し,その頭部をプラスチック製のいすで複数回殴るなどの暴行を加えており,犯
行態様は執拗で危険である。被害者は,全治まで約3週間の傷害を負っており,そ
の結果を軽視することはできない。以上に加えて,被告人Aが本件犯行を否認し,
不合理な弁解に終始しており,反省の態度が看取できないこと,被告人Aには服役
前科1犯を含む懲役前科2犯があり,平成17年には競売入札妨害罪で懲役1年6
月,3年間執行猶予の判決を受けたにもかかわらず,その執行猶予期間中に本件及
び前記確定裁判に係る傷害罪に及んでいることからすると,その法規範軽視の傾向
は顕著である。
以上によれば,被告人Aの刑事責任を軽視することはできない。
しかしながら,他方において,本件は,前記確定裁判の余罪であること,被告人
Aの内妻が出廷し,被告人Aのために証言していることなど,被告人Aのために有
利に斟酌すべき事情も認められる。
そこで,当裁判所は,これら諸事情を総合考慮の上,被告人Aに対しては主文の
刑に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑被告人Bにつき懲役10月,被告人Aにつき懲役1年)
平成21年2月3日
大阪地方裁判所第5刑事部
中川博之裁判長裁判官
仁藤佳海裁判官
村木洋二裁判官

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