弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成26年9月25日判決言渡
平成25年(行ケ)第10266号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成26年6月26日
判決
原告X
訴訟代理人弁理士江森健二
同吉田雅一
被告株式会社ブリヂストン
訴訟代理人弁護士田中成志
同板井典子
同山田徹
同杉本賢太
訴訟代理人弁理士江藤聡明
同野村悟郎
同高橋修平
同倉脇明子
主文
1特許庁が無効2012-800053号事件について平成25年8月28日
にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
被告は,発明の名称を「透明フィルム」とする特許第4768217号(平
成15年7月7日出願,平成23年6月24日設定登録。以下「本件特許」と
いう。)の特許権者である。
原告は,平成24年4月9日,特許庁に対し,本件特許を無効にすることを
求めて審判の請求をし,特許庁は,この審判を,無効2012-800053
号事件として審理した。被告は,この過程で,平成25年6月3日,本件特許
の特許請求の範囲及び明細書について訂正(以下「本件訂正」という。)の請
求をした。
特許庁は,平成25年8月28日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判
の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。」との審決をし,
審決の謄本を,同年9月5日,原告に送達した。
原告は,同月30日,上記審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
2特許請求の範囲
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載は,次
のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2な
いし8に係る発明を「本件発明2ないし8」といい,これらの発明を総称し
て「本件発明」という。ただし,いずれも,請求項5及び6を除く。また,
本件訂正後の本件特許の明細書を,以下「本件明細書」という。)。
【請求項1】
エチレン/酢酸ビニル共重合体,及び該共重合体中に分散された受酸剤粒
子を含む透明フィルムであって,
受酸剤粒子が,金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,F
e,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,
W,V,Moの金属酸化物を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物であ
り,
受酸剤粒子の含有量が共重合体に対して0.01~0.5質量%で,且つ
受酸剤粒子の平均粒径が5μm以下であり,そして
エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が20~36質量%で
あり,
エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋剤により架橋されており,
さらに
当該透明フィルムは太陽電池用封止膜又はガラスと透明フィルムとの間に
蒸着金属膜を挿入した熱線反射用の合わせガラス用透明接着剤層として使用
されることを特徴とする透明フィルム。
【請求項2】
受酸剤粒子の含有量が0.01~0.2質量%である請求項1に記載の透
明フィルム。
【請求項3】
受酸剤粒子が,MgO,Pb3O4,Ca(OH)2,Al(OH)3,及
びFe(OH)2から選択される少なくとも1種である請求項1に記載の透
明フィルム。
【請求項4】
ヘイズが2以下である請求項1~3のいずれかに記載の透明フィルム。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋助剤により架橋されている
請求項1~4のいずれかに記載の透明フィルム。
【請求項8】
エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらにシランカップリング剤を含んで
いる請求項7に記載の透明フィルム。
本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載は,次
のとおりである(これらの発明を総称して,以下「本件訂正前発明」という。
また,本件訂正前の本件特許の明細書を,以下「本件訂正前明細書」とい
う。)。
【請求項1】(これに係る発明を,以下「本件訂正前発明1」という。)
エチレン/酢酸ビニル共重合体,及び該共重合体中に分散された受酸剤粒
子を含む透明フィルムであって,
受酸剤粒子が,金属酸化物,金属水酸化物又はこれらの混合物であり,
受酸剤粒子の含有量が共重合体に対して0.5質量%以下で,且つ受酸剤
粒子の平均粒径が5μm以下であり,そして
エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が20~36質量%で
あり,さらに
当該透明フィルムは太陽電池用封止膜又は合わせガラス用透明接着剤層と
して使用されることを特徴とする透明フィルム。
【請求項2】
受酸剤粒子の含有量が0.2質量%以下である請求項1に記載の透明フィ
ルム。
【請求項3】
受酸剤粒子が,MgO,ZnO,Pb3O4,Ca(OH)2,Al(O
H)3,及びFe(OH)2から選択される少なくとも1種である請求項1
に記載の透明フィルム。
【請求項4】
ヘイズが2以下である請求項1~3のいずれかに記載の透明フィルム。
【請求項5】
水による沸騰加熱還流により抽出される酢酸が200ppm以下である請
求項1~4のいずれかに記載の透明フィルム。
【請求項6】
エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋剤により架橋されている請
求項1~5のいずれかに記載の透明フィルム。
【請求項7】
エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋助剤により架橋されている
請求項6に記載の透明フィルム。
【請求項8】
エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらにシランカップリング剤を含んで
いる請求項6又は7に記載の透明フィルム。
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本件訂正に
係る訂正の請求は,特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正ないし明瞭でない記
載の釈明を目的とし,特許法134条の2第9項の規定により準用する同法
126条4項ないし8項の規定に適合する,②本件発明は,特開平3-13
7145号公報(甲1。以下「甲1文献」という。)及び特許第31354
77号公報(甲2。以下「甲2文献」という。)に記載された発明ではない
から,特許法29条1項3号に該当するとはいえない,③本件発明は,甲1
文献及び甲2文献に記載された発明並びに審決が引用するその他の文献に記
載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものでは
ないから,特許法29条2項に該当するとはいえない,④本件発明が発明の
詳細な説明に記載されていないということはできないから,特許法36条6
項1号に規定する要件を満たしていないとはいえない,⑤本件発明に係る請
求項の記載が明確でないとはいえないから,特許法36条6項2号に規定す
る要件を満たしていないとはいえない,⑥本件明細書の記載が特許法36条
4項1号に規定する実施可能要件を満たしていないとはいえない,というも
のである。
審決が上記②及び③の結論を導くに当たり認定した甲1文献に記載された
発明(以下「甲1発明」という。)及び甲2文献に記載された発明(以下
「甲2発明」という。)の各内容,本件発明1と甲1発明との一致点及び相
違点,並びに本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は,次のとおりで
ある。
ア本件発明1と甲1発明との対比
甲1発明の内容
酢酸ビニル含有量が0.5~40重量%のエチレン・酢酸ビニル共重
合体に,平均粒子径が5μm以下の塩基性金属水酸化物を重量基準で1
0~5000ppm添加したエチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂組成物
を加工したフィルムであって,
酢酸ビニル含有量が1~10重量%の場合,重袋用又はドライラミネ
ーション用原反であり,
酢酸ビニル含有量が5~15重量%の場合,インフレーション用であ
り,
酢酸ビニル含有量が10~30重量%の場合,農業用である,
フィルム。
一致点
「エチレン/酢酸ビニル共重合体,及び該共重合体中に分散された受酸
剤粒子を含むフィルムであって,
受酸剤粒子が,金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,
Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,
Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く),金属水酸化物又はこれらの
混合物であり,
受酸剤粒子の平均粒径が5μm以下であり,そして
エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が20~36重
量%である,
フィルム。」である点。
相違点
a相違点1
本件発明1は,「太陽電池用封止膜又はガラスと透明フィルムとの
間に蒸着金属膜を挿入した熱線反射用の合わせガラス用透明接着剤層
として使用する」透明フィルムと規定しているのに対し,甲1発明は,
本件発明1で規定する用途を規定していない点。
b相違点2
本件発明1は,受酸剤粒子の含有量を「共重合体に対して0.01
~0.5質量%」と規定しているのに対し,甲1発明は,フィルム中
の受酸剤粒子の含有量が10ppmを超えない点。
c相違点3
本件発明1は,エチレン/酢酸ビニル共重合体が「さらに架橋剤に
より架橋されている」と規定しているのに対し,甲1発明は,架橋剤
を配合すること及びエチレン/酢酸ビニル共重合体が架橋されること
に関する規定がない点。
d相違点4
本件発明1は「透明」フィルムと規定しているのに対し,甲1発明
は,そのような規定がない点。
イ本件発明1と甲2発明との対比
甲2発明の内容
光変換部材としての半導体光活性層,光入射側表面に設けられた透明
な充填材と表面層を含む表面被覆材,及び補強板を有する太陽電池モジ
ュールにおいて,前記充填材がアルキル化された第3級アミンを有する
光安定化剤を有する太陽電池モジュールにおける透明な充填材フィルム
として,
ベースポリマーとしてEVA(エチレン-酢酸ビニル共重合体)10
0部,架橋剤として有機過酸化物(ペンウォルト社製,商品名ルパゾー
ル101)1.5部,酸化防止剤として(ユニロイヤル社製,ナウガー
ドP)0.2部,光安定化剤としてテトラ(1,2,2,6,6-ペン
タメチル-4-ピペリジル)ブタンテトラカルボナート0.1部,紫外
線吸収剤として酸化亜鉛(住友セメント社製,超微粒子酸化亜鉛,商品
名ZnO-200)を0.1部,シランカップリング剤としてγ-メタ
クリルトリメトキシシランを0.25部配合して押し出し機(由利ロー
ル社製,商品名GPD)で押し出し,460μmのEVAフィルムを作
製し,
次に,真空ラミネターを用いて,真空度は1mmHg以下で,加熱は
150℃で100分間処理した
透明な充填剤フィルム。
一致点
「エチレン/酢酸ビニル共重合体を含む透明フィルムであって,
エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率が20~36質
量%であり,
エチレン/酢酸ビニル共重合体が,さらに架橋剤により架橋されてお
り,
さらに
当該透明フィルムは太陽電池用封止膜又はガラスと透明フィルムとの
間に蒸着金属膜を挿入した熱線反射用の合わせガラス用透明接着剤層と
して使用されることを特徴とする透明フィルム。」である点。
相違点
a相違点1
本件発明1は,受酸剤粒子を配合することを規定しているのに対し,
甲2発明において,受酸剤を用いる旨の規定がない点。
b相違点2
本件発明1は,「金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,
Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,P
t,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く),金属水酸化物
又はこれらの混合物」を配合することを規定しているのに対し,甲2
発明は,「酸化亜鉛」を用いる旨の規定を有するものの,本件発明1
が規定する化合物を用いる旨の規定がない点。
c相違点3
本件発明1は,「受酸剤粒子の含有量が共重合体に対して0.01
~0.5重量%」と規定しているのに対し,甲2発明は,受酸剤粒子
に関する配合割合に関する規定がない点。
d相違点4
本件発明1は,「受酸剤粒子の平均粒径が5μm以下」と規定して
いるのに対し,甲2発明は,受酸剤粒子に関する平均粒径に関する規
定がない点。
第3原告の主張
審決には,本件訂正の適法性判断の誤り(取消事由1),本件発明の認定の
誤り(取消事由2),審理上の適正手続違反(取消事由3),甲1発明に対す
る本件発明の新規性,進歩性判断の誤り(取消事由4),甲2発明に対する本
件発明の新規性,進歩性判断の誤り(取消事由5),本件発明のサポート要件
具備に関する判断の誤り(取消事由6),本件発明の明確性要件具備に関する
判断の誤り(取消事由7)及び本件発明の実施可能要件具備に関する判断の誤
り(取消事由8)があり,これらの誤りはいずれも審決の結論に影響を及ぼす
ものであるから,審決は取り消されるべきである。
1取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り)
被告は,本件訂正において,いわゆる「除くクレーム」による訂正を行い,
本件訂正前の請求項1の「金属酸化物」を「金属酸化物(ただし,Sn,Ti,
Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,
Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く)」と訂正している(こ
の訂正事項を,審決に倣い,以下「」という。)が,このような訂
正は,次の理由から認められるべきではない。
は,特開平8-259279号公報(以下「甲4文献」とい
う。)に基づく進歩性欠如の無効事由を回避するために,同文献の請求項7
等に機能性超微粒子として記載された金属酸化物を除いたものであるが,同
文献の実施例において用いられているATO(導電性アンチモン含有スズ酸
化物)超微粒子には,アンチモン酸化物が相当量含まれている。そうすると,
ら全て除いたことにはならない。
このように除かれていない金属酸化物が存在する以上,本件訂正は,従来
技術と重なる範囲を全て除いて差別化する場合に認められる訂正の趣旨を逸
脱するものである。
本件訂正前明細書の【発明の実施の形態】に記載された金属酸化物は,M
gO,ZnO及びPb3O4のみであり,【実施例】に記載された金属酸化
物は,MgO及びZnOのみである。
これに対し,による訂正の結果,本件発明における受酸剤とし
ての金属酸化物として,周期律表を考慮すると73種類のものが具体的に該
当することとなる。そして,その中には,エチレン/酢酸ビニル共重合体の
加水分解を助長する強アルカリ成分の金属酸化物であるLiO,NaO,K
O,RbO等の物質や,極めて科学的に安定で所定の受酸効果を発揮すると
は考え難い酸化金,猛毒であり受酸剤として使用することができない酸化水
銀が含まれることになる。
よって,本件訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の制限
を逸脱して新たな技術的事項を導入するものである。
本件訂正前明細書の記載によれば,本件訂正前発明において受酸剤として
使用できる金属酸化物は,MgO,ZnO及びPb3O4のみと考えるのが
極めて自然であり,被告は,による訂正の結果,本件発明におけ
る受酸剤に該当することになった相当数の金属酸化物については,受酸効果
を発揮することを確認しておらず,受酸剤として使用できることを認識して
いなかった。
よって,かかる金属酸化物につき機能上等価であることに関する技術的事
項が導き出せない以上,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものである。
による訂正は,本件訂正前発明が甲4文献に記載された発明と
は技術的思想が顕著に異なり明確に差別化されるような発明ではないにもか
かわらず,同文献を引用例とする進歩性欠如の無効事由を回避するために行
われたものである。
よって,本件訂正は,新規性等の確保のために従来技術と重なる範囲を除
くためにのみ認められるべき訂正の手法を逸脱しており,これによって明細
書等の記載を信じた第三者が不測の不利益を被る可能性があり,特許法13
4条の2の趣旨にも反する。
2取消事由2(本件発明の認定の誤り)
前記1のとおり本件訂正が認められるべきではない以上,本件訂正が認めら
れることを前提に審決がした本件発明の認定は誤っている。
3取消事由3(審理上の適正手続違反)
審決を行った審判合議体が作成した審理事項通知書には,本件発明と甲1発
明及び甲2発明との恣意的かつ誤った対比等が記載され,被告は,これに沿っ
て自らの主張内容を変えている。
このように被告の主張内容に影響を与えた同通知書は,請求人である原告に
極めて不利なものであり,無効審判における手続の適正を欠くものである。
4取消事由4(甲1発明に対する本件発明の新規性,進歩性判断の誤り)
甲1発明の認定の誤り
審決は,甲1発明のエチレン/酢酸ビニル共重合体含有フィルムの用途を,
「酢酸ビニル含有量が1~10重量%の場合,重袋用又はドライラミネーシ
ョン用原反であり,酢酸ビニル含有量が5~15重量%の場合,インフレー
ション用であり,酢酸ビニル含有量が10~30重量%の場合,農業用であ
る,」と認定した。
審決の上記認定は,①フィルムの用途を狭く認定して太陽電池用封止膜等
の用途を排除した点,②フィルムの作成法に着目したインフレーションフィ
ルムと,フィルムの用途に着目したドライラミネーション用原反フィルム及
び農業用フィルムとを,それぞれ独立のもののように認定している点,③酢
酸ビニル含有量について,甲1文献には0.1重量%以上のものであればよ
く0.5ないし40重量%のものが好ましいとの記載があるにもかかわらず,
従来技術の記載等を根拠に,極めて狭く認定した点において,誤っている。
相違点の認定の誤り
ア相違点1について
甲1文献には,エチレン/酢酸ビニル共重合体組成物をインフレーショ
ンフィルム,ドライラミネーション用原反,押出フィルムに使用できる旨
記載されている。そして,甲2文献や特開2000-91610号公報
(以下「甲11文献」という。)には,インフレーション法,ドライラミ
ネーション法,押出法等により太陽電池用封止膜を製造できる旨が記載さ
れている。
そうすると,甲1発明のエチレン/酢酸ビニル共重合体組成物の用途に
ついて太陽電池用封止膜等を排除する特段の事情はなく,甲1発明と本件
発明1との間に用途に関して相違点1があるとした審決の認定は誤りであ
る。
イ相違点2について
審決は,甲1文献に,甲1発明の受酸剤粒子の含有量に関して10な
いし5000ppmとの記載があるにもかかわらず,その意味を恣意的
に解釈し,フィルムにおける残存量としては10ppmを超えない量に
なると推認した結果,甲1発明と本件発明1との間に相違点2があると
認定したが,このような審決の認定は誤りである。
甲1文献の記載に照らせば,塩基性金属水酸化物が最も消費される理
論量の反応が生じたと仮定しても,塩基性金属水酸化物が相当量残存し
ていると判断するのが,当業者の技術常識である。
そうすると,両発明における受酸剤粒子の含有量の数値範囲は重なる
から,この点について両者の間に相違点があると認めることはできない。
仮に,配合した受酸剤の一部がフィルムへの加工過程で減少するとし
ても,甲1発明における受酸剤の配合量が10ないし5000ppmの
いずれの場合でも加工後のフィルム中の量が10ppm未満になるとは
考え難い。原告作成の実験報告書(甲24。以下「原告報告書」とい
う。)によれば,フィルムに残留する受酸剤の量はエチレン/酢酸ビニ
ル共重合体組成物への受酸剤の配合量に影響されるのであって,配合量
にかかわらずフィルム中の残留量が10ppm未満になるわけではない。
また,本件発明1では受酸剤はフィルム加工後も相当量残留するのに,
甲1発明では一律に10ppm未満になるとも考え難い。
ウ相違点3について
甲1発明のフィルムを「非架橋」とすべき特段の理由はなく,「架橋剤
により架橋されている」フィルムとしてはならない旨の阻害事由もない。
むしろ,耐熱性や耐久性等の向上の観点からすれば,エチレン/酢酸ビニ
ル共重合体の太陽電池用封止膜の用途において,「架橋剤により架橋され
ている」フィルムとすることは,技術常識である。よって,甲1発明には
架橋の有無について記載がないとして,これを本件発明1との相違点3と
した審決の認定は誤りである。
エ相違点4について
甲1発明のフィルムは,受酸剤粒子の粒子径も配合量も,酢酸ビニル含
有率も本件発明1と一致する一方,着色剤を含んでいないから,「透明」
であることはいうまでもないし,本件発明において「透明」についての明
確な定義はないから,本件発明1のフィルムと甲1発明のフィルムとの間
に「透明」に関して実質的な差異はない。よって,審決の相違点4の認定
は誤りである。
進歩性判断の誤り
ア本件発明が当業者において容易想到であること
本件発明1の構成は,当業者であれば,甲1文献,甲2文献及び特開昭
57-196747号公報(以下「甲3文献」という。)の記載に基づき
容易に想到でき,その効果(腐食防止効果や透明性の向上等)についても
予期することができる。
また,甲4文献にも,エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有
率及び架橋剤による架橋の点を除く本件発明1の構成要件の全てが直接的
に記載されており,これに甲1文献ないし甲3文献の記載を組み合わせれ
ば,本件発明1の構成に至ることができる。
よって,本件発明1の進歩性は否定されるべきであり,本件発明2ない
し8についても,本件発明1と同様,甲1文献ないし甲4文献の記載に基
づき容易に想到し得るから,これらの進歩性も否定される。
したがって,これと異なる審決の判断は誤りである。
イフィルムの用途(相違点1)について
エチレン/酢酸ビニル共重合体組成物が太陽電池用封止膜等の用途に使
れ,又は示唆されている。
よって,甲1発明のエチレン/酢酸ビニル共重合体組成物を,太陽電池
用封止膜や合わせガラス用透明接着剤層を含む各種フィルムに使用するこ
とは,当業者にとって容易に想到し得ることである。
ウ架橋剤の配合(相違点3)及び透明性(相違点4)について
甲1文献に架橋剤についての直接の記載がないとしても,太陽電池用封
止膜の技術分野において,エチレン/酢酸ビニル共重合体に架橋剤を配合
することは,甲2文献や,「合せガラス」の発明に関する甲3文献,本件
明細書が従来技術として引用する特開2000-174296号公報等に,
所定のエチレン/酢酸ビニル共重合体の樹脂に所定の架橋剤を配合する旨
の記載があることからすれば,技術常識であり容易に想到し得ることであ
る。
そして,エチレン/酢酸ビニル共重合体に架橋剤を配合してフィルム化
した場合,接着力,耐久性,耐候性等が向上するという効果があること,
これによってフィルムの透明度が向上することは,いずれも周知事実であ
る上,本件発明において架橋剤の配合によりフィルムの透明度が飛躍的に
向上しているとはいえないから,当業者の予期し得ない顕著な効果がある
とはいえない。
エ本件発明の効果について
審決は,本件発明の効果に関し,受酸剤粒子として特定の粒径を有する
金属酸化物又は金属水酸化物を特定量含有するフィルムとすることによっ
て金属部分の錆の発生を抑制できるという効果を,公知文献の記載から予
測することは困難であると指摘する。
しかしながら,甲1文献等に,太陽電池用封止膜にも使用可能なフィル
ムにおける受酸剤の腐食防止効果について記載がある以上,審決の上記指
摘は誤りである。
5取消事由5(甲2発明に対する本件発明の新規性,進歩性判断の誤り)
相違点1について
審決は,本件発明1は受酸剤粒子を配合することを規定しているのに対し,
甲2発明においては受酸剤を用いる旨の規定がないとする。
しかしながら,酸化亜鉛等の同一の金属酸化物が,本件発明1では受酸剤
粒子として,甲2発明では紫外線吸収剤として,それぞれ配合されているの
であるから,これを相違点として認定するのは不当である。
相違点2について
審決は,配合される金属酸化物の種類を相違点2として認定したが,本件
発明1の金属酸化物について行われた本件訂正が認められるべきではないこ
とは前記1のとおりであるから,これを前提に相違点2を認定することはで
きない。
また,本件訂正の結果,本件発明1から酸化チタンや酸化スズが除かれた
としても,これらはあくまで無機系紫外線吸収剤の例示であり,MgOなど
の他の受酸効果を発揮する金属酸化物が残されている以上,甲2発明に受酸
剤との言葉がないからといって,本件発明1との相違点2を認定することは
できない。
以上に加え,甲2文献には,本件発明の構成要件が全て記載されていると
認められるから,本件発明は甲2発明に対して新規性を有さず,また,本件
発明は,少なくとも甲2発明に対して進歩性を有しない。
6取消事由6(本件発明のサポート要件具備に関する判断の誤り)
仮に本件訂正が認められるとすると,本件発明における受酸剤としての金属
酸化物として,73種類のものが具体的に該当することとなり,その中には,
技術常識から判断して受酸剤として使用することができないLiO,NaO,
KO,RbO等の物質が多数存在する。このことは,金属水酸化物についても
同様である。
よって,本件発明はサポート要件を具備していない。
7取消事由7(本件発明の明確性要件具備に関する判断の誤り)
審決は,本件発明における受酸剤の平均粒径について,上限だけを示せば開
示として十分であると判断した。
しかし,受酸剤の平均粒径が過度に小さくなると,すぐに消失してしまい受
酸効果を長期間にわたり発揮しないことや,過度に凝集しやすくなり,光錯乱
によりヘイズ値が大きくなることは,いずれも容易に推認することができる。
したがって,受酸剤の平均粒径に関して,上限だけでなく下限を制限しない
限り,受酸剤の効果の是非は議論できず,下限を特定していない本件発明は明
確性に欠ける。
8取消事由8(本件発明の実施可能要件具備に関する判断の誤り)
特開2009-40951号公報(甲12)の実施例及び比較例のデータに
よれば,本件特許の実施例よりも過酷な温度及び湿度条件下で,受酸剤として
Mg(OH)2を用いた場合,酢酸の発生が抑制されている。過酷な条件下の
方が受酸剤としての効果を発揮しやすいことは技術常識であるから,過酷な条
件下で他の金属水酸化物よりも受酸効果が良好なMg(OH)2であれば,そ
れよりもマイルドな条件下でも他の受酸剤粒子と比較して優れた受酸効果を発
揮すると考えられる。反対に,過酷な条件下においても受酸効果を発揮しない
Al(OH)3やFe(OH)2は,よりマイルドな条件下において所定の受
酸効果を発揮しないことが容易に推認できる。
よって,本件発明において,受酸剤粒子としてAl(OH)3やFe(O
H)2が記載されている以上,本件発明は実施可能要件を欠いている。
第4被告の主張
1取消事由1について
本件訂正は,次のとおり適法であり,これを認めた審決の判断に誤りはない。
によって,甲4文献に記載された金属酸化物は全て除外されて
いる。すなわち,甲4文献にはSb(アンチモン)単独の酸化物を機能性超
微粒子として用いるとの記載はなく,においてSn(スズ)を含
む金属酸化物を除いたことで,少なくともSnの酸化物が含まれるATOも
除外されたと解される。
「受酸剤粒子」は,本件特許の出願当時,その機能及び特性が当業者に慣
用されているものであるから,被告が本件特許出願の際に「受酸剤粒子」と
して記載した金属酸化物及び金属水酸化物には,その当時当業者が「受酸剤
粒子」として把握できる金属酸化物及び金属水酸化物が含まれる。
そして,は,このような受酸剤粒子としての金属酸化物及び金
属水酸化物のうち,甲2文献及び甲4文献に全く異なる用途で開示されてい
た金属酸化物を除外したものであり,新たな技術的事項を導入するものでは
なく,これによって,当業者が,通常受酸剤粒子として使用しない金属酸化
物が受酸剤粒子に含まれるに至ったと把握することはあり得ない。
よって,本件訂正により,受酸剤としての使用が考え難い金属酸化物や,
被告が意識せず,機能上等価であることが確認されていない金属酸化物が,
本件発明における受酸剤粒子に含まれるに至ったということはできない。
は,甲4文献に記載された先行技術と技術的思想において顕著
に異なり,本来進歩性を有する発明である本件発明から,たまたま同先行技
術と重複する部分を除いたものであるから,訂正の手法を逸脱したものでは
ないし,新たな技術的事項を導入するものではない以上,これによって第三
者が不測の不利益を被る可能性もなく,特許法134条の2の趣旨に反する
ともいえない。
2取消事由2について
本件訂正が適法にされたものであることは前記1のとおりであり,これを前
提とする審決による本件発明の認定に誤りはない。
3取消事由3について
審判合議体が審理事項通知書においてした甲1発明及び甲2発明の認定は,
これらの文献から引用発明を明確に認定しない原告に代わり,特許・実用新案
審査基準に則り,各文献に記載されている事項及び記載されているに等しい事
項から当業者が把握できる発明を認定したものである。上記審査基準に則って
刊行物に記載された発明を認定することは,発明の新規性・進歩性の判断にお
いて公平性を担保する上で必須であり,審判における審理に何ら手続上の問題
はない。
4取消事由4について
甲1発明の認定の誤りについて
甲1文献に太陽電池用封止膜及び合わせガラス用透明接着剤層の用途が記
載されていない以上,これらの用途が甲1発明として認定されないのは当然
であり,原告の主張するその余の点も含め,審決の認定に誤りはない。
相違点の認定の誤りについて
ア相違点1について
甲1文献に押出フィルムやインフレーションフィルム等が開示され,甲
2文献に太陽電池用封止膜の製造方法として押出フィルム法やインフレー
ション法等が記載されているとしても,製造方法が共通するというだけで
あり,甲1文献における具体的な用途は同文献の記載内容から把握できる
ものに限られると解すべきである。
そして,甲1文献には,エチレン/酢酸ビニル共重合体組成物の具体的
用途として,農業用フィルム,重袋用フィルム及びドライラミネーション
用原反フィルムが記載されているにすぎないから,同文献における用途に,
本件発明1が規定する太陽電池用封止膜や合わせガラス用透明接着剤層の
用途を規定していない旨の審決の判断に誤りはない。
イ相違点2について
甲1文献の記載によれば,甲1発明は,塩基性金属水酸化物の平均粒子
径を5μm以下として遊離酢酸との反応性を高めるとともに,塩基性金属
水酸化物を従来技術のように過剰に添加することなしに,添加時の遊離酢
酸の理論量に応じて配合することにより,フィルム加工時までに発生した
遊離酢酸と塩基性金属水酸化物とを十分に反応させ,得られたフィルム中
には遊離酢酸と塩基性金属水酸化物がほとんど残存しない状態にすること
で,フィルム中に残存する余剰な塩基性金属水酸化物による白傷の発生や
新たな臭気の発生という問題を解決するものであると把握される。
また,甲1文献の実施例に「インフレーション加工時,スパークによる
白傷発生は全く起こらなかった」との記載があることからすれば,甲1発
明のフィルム中に,遊離酢酸との反応に与らない余剰分の塩基性金属水酸
化物が残存しない状態にすることができることが,実証されている。被告
が行った検証実験についての分析結果報告書(乙7。以下「被告報告書」
という。)によっても,エチレン/酢酸ビニル共重合体に水酸化カルシウ
ムを添加し,混練して得た組成物中の水酸化カルシウムは,一定の条件に
おいて,水酸化カルシウムと酢酸が中和して酢酸カルシウムとなる結果,
存在しなくなることが確認されている。
したがって,甲1文献から把握されるフィルムの発明における塩基性金
属水酸化物の含有量は,甲1文献のエチレン/酢酸ビニル共重合体組成物
の発明において規定された有効な塩基性金属水酸化物の含有量である10
ないし5000ppmの下限である10ppmを超えないものと推認し,
本件発明1のフィルムにおける受酸剤粒子の含有量との相違点とした審決
の判断に誤りはない。
原告報告書は,用いるエチレン/酢酸ビニル共重合体の種類やフィルム
への加工条件が甲1文献の実施例のものと異なるから,同実施例を再現す
るものではなく,甲1発明の認定に影響を与えるものではない。
ウ相違点3について
甲1文献には,エチレン/酢酸ビニル共重合体組成物について,「この
共重合体は,この種の共重合体に通常配合し得る補助成分例えば安定剤,
着色料,充填剤などを含むものであってもよい。」と記載されているだけ
で,技術常識を参酌しても,架橋剤を配合することや,エチレン/酢酸ビ
ニル共重合体が架橋されていることは記載されていない。よって,その点
を本件発明1との相違点とした審決の判断に誤りはない。
原告は,エチレン/酢酸ビニル共重合体に架橋剤を配合することは周知
であると主張する。しかし,一般に,架橋剤は太陽電池用封止膜等の接着
性が要求される用途に配合する添加剤であると考えられているが,甲1文
献には太陽電池用封止膜等の接着性を必要とする用途が一切記載されてい
ないから,技術常識を考慮しても,当業者が甲1発明のフィルムに架橋剤
を配合する理由はない。
エ相違点4について
甲1文献にはフィルムが透明であるとの記載は一切ないから,透明フィ
ルムと規定していない点を本件発明1との相違点とした審決の判断に誤り
はない。
進歩性判断の誤りについて
ア本件発明が当業者において容易想到ではないこと
本件発明1は,甲1文献及び技術常識に基づき当業者が容易に発明をす
ることができたものではない。
また,甲2文献ないし甲4文献の記載を参酌しても,甲1文献に記載さ
れたフィルムを甲2文献ないし甲4文献に記載された用途に転用する動機
付けはなく,甲1文献の塩基性金属水酸化物の含有量を,甲1発明の技術
的思想に反して,本件発明1の含有量とする動機付けもない。
よって,本件発明1は,甲1文献に甲2文献ないし甲4文献を組み合わ
せて,当業者が容易に想到し得たものではない。
さらに,本件発明2ないし8は,いずれも本件発明1の特定事項を全て
含むものであるから,本件発明1と同様,甲1文献ないし甲4文献に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イフィルムの用途(相違点1)について
甲1文献にある「農業用フィルム」,「重袋用フィルム」及び「ドライ
ラミネーション用原反フィルム」は,本件発明1の太陽電池用封止膜や合
わせガラス用透明接着剤層のように,フィルムを接着剤層として複数の部
材間に狭持させ,架橋剤により架橋・硬化することで接着力及び耐久性を
発揮するという接着性を必要とする用途とは全く異なるものである。また,
甲1文献にある「押出フィルム」及び「インフレーションフィルム」は,
製造方法からフィルムを特定する記載であり,具体的な用途の記載ではな
いから,甲2文献等に太陽電池用封止膜が「押出しフィルム法」や「イン
フレーション法」で製造できることが記載されていても,甲1文献におけ
る用途とは何の関係もない。
したがって,甲1文献には,太陽電池用封止膜や合わせガラス用透明接
着剤層の用途について一切記載も示唆もなく,甲1発明の「フィルム」を
太陽電池用封止膜等の接着性を必要とする用途に用いることの動機付けは
存在しない。
ウ受酸剤粒子の含有量(相違点2)について
甲1発明は,フィルム加工時までに発生した遊離酢酸を塩基性金属水酸
化物と十分に反応させ,得られたフィルム中には遊離酢酸と塩基性金属水
酸化物がほとんど残存しない状態にすることで課題を解決するものである。
そうすると,甲1発明のフィルムにおいて,受酸剤の含有量を増加させて
本件発明1の含有量とすることは,甲1発明の趣旨に反するから,フィル
ム中に塩基性金属水酸化物を所定の範囲で添加させることについて阻害事
由がある。
また,甲2文献には,受酸剤に関する規定は一切記載されていない。
よって,甲1文献その他の公知文献の記載及び技術常識から,甲1発明
との相違点2を補うことはできない。
エ架橋剤の配合(相違点3)及び透明性(相違点4)について
エチレン/酢酸ビニル共重合体を取り扱う当業者にとっては,甲1文献
の実施例のようにエチレン/酢酸ビニル共重合体組成物に架橋剤を配合し
ない場合もあるとおり,用途に応じて添加剤の種類を検討することこそが
技術常識である。一般に,架橋剤は,太陽電池用封止膜等の接着性が要求
される用途に配合される添加剤であると考えられているが,甲1文献には,
太陽電池用封止膜等の接着性を必要とする用途について一切記載も示唆も
ないから,技術常識を考慮しても,当業者が,甲1発明の「フィルム」に
架橋剤を配合することを想到するということはできない。
また,甲1文献には,フィルムの透明性についての記載は一切なく,甲
3文献等から当業者に透明性の向上が把握される架橋剤に関する記載もな
いことから,技術常識を考慮しても甲1発明の「フィルム」の透明性を向
上させるという動機付けはない。
オ本件発明の効果について
本件発明1は,太陽電池用封止膜や合わせガラス用透明接着剤層におい
て,受酸剤粒子,架橋剤,エチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含
有率の各構成要件を組み合わせることで,導線や電極あるいは蒸着金属膜
の腐食の防止とフィルムの透明性とを両立させた透明フィルムであり,そ
の効果については,本件明細書の実施例において立証されている。
5取消事由5について
相違点1について
甲2文献における紫外線吸収剤と本件発明1における受酸剤粒子とは技術
的思想としては顕著に異なるし,どちらの用語も樹脂組成物の技術分野にお
いて当業者に慣用されており,明確に対比することができる。したがって,
受酸剤やそれを用いる課題について何ら記載のない甲2発明において,受酸
剤を用いる旨の規定がない点を本件発明1との相違点とした審決の判断に誤
りはない。
相違点2について
本件発明1が本件訂正により適法に訂正されているのは前記1のとおりで
あり,受酸剤粒子として含有される金属酸化物から,酸化亜鉛,酸化スズ,
酸化チタン等の金属酸化物が除外されている。そして,甲2文献には,その
他の金属酸化物及び金属水酸化物の記載はない。したがって,甲2発明に本
件発明1が規定する「金属酸化物(ただし,酸化亜鉛,酸化スズ,酸化チタ
ン等を除く),金属水酸化物又はこれらの混合物」を用いる旨の記載がない
点を本件発明1との相違点とした審決の判断に誤りはない。
前記ることからすれば,本件発明は甲2発
明に対して新規性を有する。
また,甲2文献には,太陽電池用封止膜や熱線反射用合わせガラス用透明
接着剤層のエチレン/酢酸ビニル共重合体が経時的に加水分解して酢酸が発
生することにより導線や電極又は金属膜が腐食することを防止するという課
題について,記載も示唆もない。さらに,他の公知文献を参酌したとしても,
甲2発明の太陽電池モジュールの充填材に受酸剤を配合することの動機付け
となる記載や示唆はない。
したがって,本件発明は甲2発明及びその他の公知文献に基づき当業者が
容易に発明をすることができたものではないとの審決の判断にも誤りはない。
6取消事由6について
特開2002-12813号公報(乙2)及び審決の引用する公知文献によ
れば,種々の金属酸化物又は金属水酸化物が受酸剤として同様の作用効果を有
すると当業者に認識されており,また,少なくとも受酸剤として用いられる金
属酸化物及び金属水酸化物がいずれも塩基として酸と作用することは技術常識
である。
本件発明の技術的思想は,太陽電池用封止膜等に用いる透明フィルムに,出
願時に用いられていなかった受酸剤粒子を用いるために,受酸剤粒子の含有量
及び平均粒径を調整したことにある。したがって,受酸剤粒子として用いられ
る金属酸化物又は金属水酸化物のうちのいずれかの物質の作用が認められれば,
受酸剤粒子として用いられる金属酸化物及び金属水酸化物までは,拡張ないし
一般化できると考えられる。
そして,本件明細書の実施例には,受酸剤粒子として金属酸化物であるMg
Oが開示され,平均粒径1μm,3.5μm及び5.5μmのMgO粒子を用
いた透明フィルムを評価した結果に基づいて,受酸剤粒子の平均粒径の上限及
び受酸剤粒子の含有量の上限を規定しており,これについて発明の作用効果が
認められることからすれば,本件発明1において,受酸剤粒子について,「金
属酸化物(ただし,一部の物質を除く。),金属水酸化物又はこれらの混合
物」まで拡張ないし一般化した記載とすることは許されるべきものである。
さらに,技術常識に照らせば,当業者が,本件発明1における受酸剤粒子に
ついて,通常は受酸剤粒子として使用しない金属酸化物や金属水酸化物まで含
まれると把握することはない。
よって,本件発明は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたもので,サ
ポート要件を具備しており,この点に関する審決の判断に誤りはない。
7取消事由7について
本件発明1における受酸剤粒子の平均粒径については,上限値「5μm以
下」の規定が重要であり,本件明細書の記載からも,平均粒径が小さいほど,
本件発明1の効果が得られることは明らかである。そして,本件発明1が「受
酸剤粒子を含む」ものである以上,透明フィルム中に,ある平均粒径を有する
受酸剤「粒子」が含まれていることは明確である。
したがって,本件発明1において,受酸剤粒子の平均粒径の上限値だけを示
すような数値範囲の限定であっても,発明の範囲は明確であり,この点に関す
る審決の判断に誤りはない。
8取消事由8について
受酸剤の種類によって本件発明の効果に差があって,配合量等を調整するこ
とは,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や高度な実験等を行う必要が
あるものではなく,当業者の通常の創作能力の発揮である。
したがって,本件発明は実施可能要件を具備しており,この点に関する審決
の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,甲1発明に対する本件発明の新規性及び進歩性につ
いての判断に関して誤りがあり(取消事由4),この誤りは審決の結論に影響
するものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。
その理由は以下に述べるとおりであるが,判断に当たっては,まず,本件訂
正の適法性判断の誤りをいう取消事由1,これを前提とする本件発明の認定の
誤りをいう取消事由2,審理上の適正手続違反をいう取消事由3について判断
した上で,取消事由4について判断することとする。
1取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り)について
本件訂正の適法性について
特許法134条の2第1項ただし書は,特許無効審判の被請求人による訂
正請求は,①特許請求の範囲の減縮,②誤記又は誤訳の訂正,③明瞭でない
記載の釈明,若しくは④他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他
の請求項の記載を引用しないものとすること,を目的とするものに限ると規
定している。そして,特許法134条の2第9項が準用する同法126条5
項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付し
た明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしな
ければならない。」と規定しているところ,ここにいう「明細書又は図面に
記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合
することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれ
る技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものである
ときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」
するものと解することができる。
本件訂正における訂正事項は,本件訂正前発明1に係る請求項1の「金
属酸化物」を「金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,
Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,
V,Moの金属酸化物を除く)」と訂正するものである(甲15)。そして,
「受酸剤粒子が,金属酸化物…であり」との請求項1の記載に照らすと,本
件訂正の前後を通じて,この「金属酸化物」は受酸剤として使用される金属
酸化物を意味すると解されるところ,は,このように受酸剤とし
て使用される金属酸化物から,その一部である「Sn,Ti,Si,Zn,
Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,M
n,Ta,W,V,Moの金属酸化物」を除外するものであると認められる。
ここに,「受酸剤」とは,酸を捕捉(吸収ないし中和)する作用を有する
物質を意味するから,本件発明1において受酸剤として使用される金属酸化
物とは,そのような機能を有する金属酸化物であれば種類を問わないと解さ
れ,訂正事項は,そのような性質を有する金属酸化物のうち具体的に列挙
された一部の金属酸化物を除外するものであると解される。そして,除外さ
れるもののみが受酸剤として何らかの特有の性質を有するとか,除外後に残
ったもののみが受酸剤として何らかの特有の性質を有するなど,本件訂正の
前後で,受酸剤粒子として使用される「金属酸化物」の技術的内容を変更す
るような事情は見当たらない。
したがって,は,特許請求の範囲に記載された「金属酸化物」
の種類を訂正前より限定するものであり,これによって新たな技術的事項を
導入するものではないから,これに係る訂正は,「願書に添付した明細書,
特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものとい
うことができる。
原告の主張について

除いたことにはならないから,訂正の趣旨を逸脱すると主張する(前記第
かかる原告の主張は,本件訂正によっても本件発明1は甲4文献との関
係で新規性を欠き,独立特許要件を具備しないとの主張とも解される。し
かし,甲4文献にはエチレン/酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有率及
び架橋剤による架橋についての開示がないことは原告も前提とするところ
であり(前記第3の4本件発明1は,少なくともこれらの点にお
いて,甲4文献に記載された発明に対して新規性を有することとなるから,
本件訂正によって甲4文献に記載された金属酸化物が全て除かれたかどう
かを問わず,原告の上記主張は採用することができない。

難く,あるいは,本件訂正前明細書に受酸剤として挙げられたMgO,Z
nO及びPb3O4と機能上等価であると確認されていない相当数の金属酸
化物が,「金属酸化物」に含まれることになるから,本件訂正は新たな技
しかしながら,本件訂正の前後を問わず,「金属酸化物」とは,受酸剤
としての作用を有するものであることが前提であることは前
であり,原告の上記主張は採用することができない。
ウ原告は,本件訂正は進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたも
のであるから訂正の手法を逸脱しており,これによって第三者が不測の不
しかるに,訂正は,特許法134条の2第1項ただし書に掲げる事項を
目的とし,これによって新たな技術的事項を導入するものではなく,訂正
後の発明がいわゆる独立特許要件(特許法134条の2第9項の準用する
同法126条7項)を具備するなどの所定の要件を満たす場合に許容され
るものであり,進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたか否かは
それ自体として訂正の適否を左右するものではない。そして,
による訂正の結果,本件発明1における金属酸化物の種類に関して,受酸
剤として用いられる金属酸化物の中から特定の種類のものが除かれたと容
易に理解することができるから,これによって第三者が不測の不利益を被
るともいえない。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
小括
以上によれば,審決における本件訂正の適法性判断に,原告の主張する誤
りがあるということはできない。
2取消事由2(本件発明の認定の誤り)について
前記1のとおり,審決における本件訂正の適法性判断に原告の主張する誤り
があるということはできないから,その誤りを前提として,審決がした本件発
明の認定に誤りがあるとの原告の主張(前記第3の2)は,採用することがで
きない。
3取消事由3(審理上の適正手続違反)について
原告は,審決を行った審判合議体が,本件発明と甲1発明及び甲2発明との
恣意的で誤った対比等を記載した審理事項通知書を作成して被告の主張内容に
影響を与えたとして,無効審判における審理上の適正手続違反があると主張す
る(前記第3の3)。
特許庁審判長作成の平成24年11月16日付け審理事項通知書(甲17。
以下「本件通知書」という。)は,審判合議体が,本件発明の無効事由の有無
について審決において判断する前提となる事実として,同合議体がその時点で
認定した引用発明である甲1発明及び甲2発明の内容や,これらの発明と本件
発明1との一致点及び相違点を開示した上,かかる認定の適否や,原告の主張
の不明点について,原告に対して意見の提出を促すなどするものである。
上記のような本件通知書の内容や,その作成時期等に照らすと,本件通知書
は,原告に対する不意打ちを防止しようとするものであるということができ,
また,審判合議体が開示したこれらの認定については,最終的にはその適否を
審決取消訴訟において争うべきものであることからしても,その認定に誤りが
あるからといって,あるいはその内容が被告に有利なものであり被告がそれに
応じて自らの主張を変えたからといって,直ちに審理上の適正手続違反がある
ということはできない。そして,他に,上記審理を違法とするような事情も見
当たらない。
よって,本件通知書の作成及び発出について審判手続上の適正手続違反があ
るとは認められず,原告の上記主張は採用することができない。
4取消事由4(甲1発明に対する本件発明の新規性,進歩性判断の誤り)につ
いて
甲1文献の記載内容
原告は,審決には甲1発明の認定に誤りがあり,これを前提とする本件発
明1との相違点の認定や相違点に係る進歩性の判断に誤りがあると主張する
(前記第3の4)。
そこで,審決による甲1発明の認定及び本件発明1との相違点の認定の適
否について判断するため,甲1文献の記載内容を検討する。
甲1文献(甲1)は,発明の名称を「エチレン・酢酸ビニル共重合体組成
物」とする発明の公開特許公報であり,次の記載がある。
「2.特許請求の範囲
(1)エチレン・酢酸ビニル共重合体に,平均粒子径が5μm以下の塩
基性金属水酸化物を重量基準で10~5000ppm添加したことを特徴
とするエチレン・酢酸ビニル共重合体組成物。」(1頁左欄4行目ないし
8行目)
「3.発明の詳細な説明
〔産業上の利用分野〕
本発明はエチレン・酢酸ビニル共重合体組成物に関し,特にフィルム加
工性の改善されたエチレン・酢酸ビニル共重合体組成物に関するものであ
る。
〔従来の技術〕
エチレン・酢酸ビニル共重合体は有用な高分子材料であり,例えば酢酸
ビニル含有量が1~40重量%程度のものが日用成形品として,また,酢
酸ビニル含有量が10~30重量%程度のものは農業用フィルムとして,
さらに,酢酸ビニル含有量が1~10重量%のものが重袋用フィルムやド
ライラミネーション用原反フィルムとして,それぞれ利用されている。
しかし,当該共重合体には,その製造当初からの,或はその加工工程な
どで加えられる熱や力によって発生した遊離酢酸が含まれていることが避
け難く,この遊離酢酸はロール,バンバリー,押出機等の通常の混練機を
用いた処理工程で大半(80~95%)は飛散するとはいえ,なお残存な
いし新たに発生するものもあり,そのため,臭気の発生やこれと接触する
機器での腐食の誘発等の問題がある。
この臭気の発生や機器に対する腐食の誘発の原因である遊離酢酸量の低
減を目的として,従来でも例えば水酸化カルシウム,水酸化マグネシウム
などの塩基性金属水酸化物を当該共重合物に添加することによって,遊離
酢酸を酢酸塩にする方法が提案されている…。
これらの方法は,エチレン・酢酸ビニル共重合体の遊離酢酸含有量の低
減に効果的であるが,実際の添加に当たっては,添加された塩基性金属水
酸化物のすべてが遊離酢酸と反応して酢酸塩となるとは限らないので,一
般的には,効果の安全性を見込んで,酢酸塩にするために必要な理論量の
1.5~2倍程度の,過剰の塩基性金属水酸化物が添加されている。
〔発明が解決しようとする課題〕
しかしながら,上記の配合組成物では,粒子径の大きい塩基性金属水酸
化物が,遊離酢酸との反応に与らない余剰分としてそのまま残存しており,
そのため,フィルム加工時にフィルム加工機のダイ出口において摩擦帯電
し,このものからフィルム中の塩基性金属水酸化物からダイにスパークし
てフィルムに白傷が発生することが判明した。…
また,フィルム中に残存する余剰の塩基性金属水酸化物は,新たな臭気
発生源となることも判明した。この臭いは,塩基性金属水酸化物の粒子径
にあまり影響されず,フィルム中に残存する塩基性金属水酸化物の余剰量
が多くなるほど顕著となる。
本発明の目的は,このような問題点を解決し,加工性,臭気の点で改善
されたエチレン・酢酸ビニル共重合体組成物を提供することにある。
〔課題を解決するための手段〕
本発明は,上記の問題が,エチレン・酢酸ビニル共重合体に添加する塩
基性金属水酸化物の粒子径に関係し,特定の粒子径以下のものを用いるこ
とにより上記の問題を解決したものである。
すなわち,本発明の組成物は,エチレン・酢酸ビニル共重合体に平均粒
子径が5μm以下の塩基性金属水酸化物を重量基準で10~5000pp
m添加したことを特徴とするものである。
エチレン・酢酸ビニル共重合体
本発明で用いるエチレン・酢酸ビニル共重合体としては,酢酸ビニル含
有量が0.1重量%以上のものであればよく,0.5~40重量%のもの
が好ましい。…特に押出フィルム用としては,この共重合体のMFRが0.
1~30g/10分のものが好ましい。
塩基性金属水酸化物
本発明に用いる塩基性金属水酸化物は,例えば水酸化カルシウム,水酸
化マグネシウムが好適であり,平均粒子径が5μm以下,好ましくは3μ
m以下のものであればよい。このものは30μm以上,特に20μm以上
の粒径物を実質的に含まないものが好ましい。平均粒子径が上記より大き
いと効果が奏されない。また,30μmより大きい粒子径物は,遊離酢酸
との反応性が劣る傾向にあり,そのまま残存しやすい。そのため,前記し
た理由により問題を発生させることとなり易い。

配合
本発明の組成物において,エチレン・酢酸ビニル共重合体に対する塩基
性金属水酸化物の具体的な添加量は,当該共重合体中の酢酸ビニル含有量,
当該共重合体の重合後の処理の度合い,添加方法などにより異なるので,
添加時の対象共重合体中の遊離酢酸量に応じて決定すべきであるが,通常
は,当該共重合体に対し10~5000ppm(重量基準),好ましくは
15~4000ppmの添加が有効である。…
添加は,当該共重合体製造時の造粒工程,混練工程,フィルム加工工程
のいずれにおいても可能である。…
〔実施例〕
実施例1及び2
エチレン・酢酸ビニル共重合体A及びB(MFR0.5g/10分,酢
酸ビニル含有量がそれぞれ5重量%及び15重量%)のそれぞれに,混練
ロールを用いて平均粒子径が5μmで最大粒径が19μmの水酸化カルシ
ウムをそれぞれ500ppm(重量)添加し,混練して組成物A及びBを
得た。
これらの組成物を90mm径のインフレーションフィルム加工機を用い
て,200℃でダイ出口のシェアレート70sec-1
にて各50μm厚み
のインフレーションフィルムに加工した。
組成物A及びBともインフレーションフィルム加工時,スパークによる
フィルムの白傷発生は全く起こらなかった。また組成物A及びBのフィル
ム中の酢酸濃度はそれぞれ10ppm及び25ppmの少量であった。
実施例3及び4
実施例1及び2において,水酸化カルシウムの代わりに平均粒子径が2
μmで最大粒径が8μmの水酸化マグネシウムを用いた他は実施例1及び
2と同様の方法で組成物C及びDのインフレーションフィルムをそれぞれ
得た。
組成物C及びDともインフレーションフィルム加工時,スパークによる
フィルムの白傷発生は全く起こらなかった。また組成物C及びDのフィル
ム中の酢酸濃度はそれぞれ12ppm及び28ppmの少量であった。
比較例1~2
実施例1及び2において,水酸化カルシウムを平均粒子径が10μmで
最大粒径が50μmの水酸化カルシウムに変更した他は実施例1及び2と
同様の方法で,組成物E及びFのインフレーションフィルムをそれぞれ得
た。
組成物E及びFは,どちらもインフレーションフィルム加工時,スパー
クによるフィルムの白傷発生が起こった。また組成物E及びFのフィルム
中の酢酸濃度はそれぞれ50ppm及び110ppmと多量であった。」
(1頁左欄9行目ないし3頁左下欄5行目)
甲1発明の認定について
審決は,甲1発明のエチレン/酢酸ビニル共重合体含有フィルムの用途を,
「酢酸ビニル含有量が1~10重量%の場合,重袋用又はドライラミネーシ
ョン用原反であり,酢酸ビニル含有量が5~15重量%の場合,インフレー
ション用であり,酢酸ビニル含有量が10~30重量%の場合,農業用であ
る,」と認定した。
前記の甲1文献の記載内容からすると,審決が認定したフィルムの酢酸
ビニル含有量及び用途は,「重袋用」,「ドライラミネーション用原反」及
び「農業用」については同文献の〔従来の技術〕の項の記載から,「インフ
レーション用」については同文献の〔実施例〕の項の記載から認定されたも
のと認められる。
しかるに,甲1文献の〔従来の技術〕の項には,審決が認定したほかに,
「酢酸ビニル含有量が1~40重量%程度のものが日用成形品として」との
用途が記載されている上,そもそも〔従来の技術〕の項に記載された用途は
いずれも例示にすぎないから,この記載自体,フィルムが他の用途に用いら
れることを排除するものではないと解される。
そうすると,甲1発明に係るエチレン/酢酸ビニル共重合体組成物を用い
たフィルムが審決の摘示した用途に用いられること自体は否定することがで
きないものの,これらの記載から,酢酸ビニル含有量毎に用途を限定的に認
定するのは妥当であるとはいえない。むしろ,甲1文献の全体の記載に照ら
しても,甲1発明に係るフィルムについて,特定の用途を認定することはで
きないものというべきである。
よって,審決が,甲1発明に係るフィルムについて,酢酸ビニル含有量毎
に特定の用途を認定したのは誤りというべきである。
相違点の認定について
ア相違点1について
前記のとおり,甲1発明に係るフィルムについて,特定の用途を認定
することはできないから,相違点1は,「本件発明1は,「太陽電池用封
止膜又はガラスと透明フィルムとの間に蒸着金属膜を挿入した熱線反射用
の合わせガラス用透明接着剤層として使用する」透明フィルムと規定して
いるのに対し,甲1発明は,用途が限定されていない点。」(以下「相違
点1’」という。)と認定するのが相当である。したがって,審決による,
これと異なる相違点1の認定には,誤りがあるというべきである。
被告は,甲1発明に係るフィルムの用途は,甲1文献の記載内容から把
握できるものに限られるべきであると主張する(前記第4の4ア)が,
甲1文献に記載された用途が例示にすぎず,他の用途に用いられることが
排除されるものではないのは前述のとおりであるから,被告の上記主張は
採用することができない。
イ相違点2について
審決の認定の適否について
a審決は,相違点2の認定に当たり,甲1文献の記載に照らすと,フ
ィルム成形後に臭気発生源となる塩基性金属水酸化物はフィルム中に
極力存在しないことが好ましく,フィルム成形後にはもはや酢酸を捕
捉する必要はないことから,フィルムにおける塩基性金属水酸化物の
含有量は,酢酸を捕捉するために必要な最低量である10ppmを超
えることはないと推認し(審決書15頁17行目ないし22行目),
甲1発明に係るフィルム中の受酸剤粒子の含有量は10ppmを超え
ないと認定している(前記第2の3アb)。
そこで,かかる認定の適否について,甲1文献の記載に照らして検
討する。
b甲1文献は,エチレン/酢酸ビニル共重合体中の遊離酢酸量の低減
を目的として添加される塩基性金属水酸化物の問題点として,〔発明
が解決しようとする課題〕の項において,フィルム加工時の白傷の発
生や新たな臭気発生の原因となることを指摘する。そして,臭気に関
しては,「この臭いは,塩基性金属水酸化物の粒子径にあまり影響さ
れず,フィルム中に残存する塩基性金属水酸化物の余剰量が多くなる
ほど顕著となる。」としており,かかる記載は,フィルム成形後に臭
気発生源となる塩基性金属水酸化物がフィルム中に余剰に存在しない
ことが望ましいことを示唆するものということができる。
しかしながら,甲1文献は,〔課題を解決するための手段〕の項に
おいて,「本発明は,上記の問題が,エチレン・酢酸ビニル共重合体
に添加する塩基性金属水酸化物の粒子径に関係し,特定の粒子径以下
のものを用いることにより上記の問題を解決したものである。」とし
ており,専らエチレン/酢酸ビニル共重合体に添加する塩基性金属水
酸化物の粒子径に着目し,その平均粒子径を5μm以下とすることを
問題の解決手段として提示している。
そして,甲1文献は,「配合」の項において,その「具体的な添加
量は,当該共重合体中の酢酸ビニル含有量,当該共重合体の重合後の
処理の度合い,添加方法などにより異なるので,添加時の対象共重合
体中の遊離酢酸量に応じて決定すべきであるが,通常は,当該共重合
体に対し10~5000ppm(重量基準),好ましくは15~40
00ppmの添加が有効である。」と記載しており,対象共重合体中
の遊離酢酸量を基準としつつも,添加量の決定のための具体的手段は
何ら開示せず,10ないし5000ppmという相当に幅のある数値
範囲を提示している。
また,特許請求の範囲上は,添加時のエチレン/酢酸ビニル共重合
体中の遊離酢酸量に応じて塩基性金属水酸化物の添加量を決定すると
の記載はない。
cこの点,エチレン/酢酸ビニル共重合体中に発生する遊離酢酸量を
的確に算定することは実際には困難であるというべきであり,そうす
ると,当該共重合体中に添加する塩基性金属水酸化物の添加量を的確
に定めることもまた困難であるといわざるを得ない(なお,甲1文献
の〔従来の技術〕の項には,「酢酸塩にするために必要な理論量」と
の記載があるが,かかる「理論量」自体の的確な算定も困難であるこ
とは,上記と同様である。)。
また,エチレン/酢酸ビニル共重合体中の遊離酢酸は,加工後も新
たに発生するものであることは,甲1文献の〔従来の技術〕の項に
「この遊離酢酸は,…なお残存ないし新たに発生するものもあり」と
記載されているとおりである。したがって,審決が,フィルム成形後
にはもはや酢酸を捕捉する必要はないと解しているのは誤りというべ
きである。そして,加工後に新たに発生する遊離酢酸の量は,対象共
重合体中の酢酸ビニルの含有量や加工後に加えられる熱や力の程度に
応じて異なるということができるから,これを捕捉するために必要な
塩基性金属水酸化物の量を一律に定めることも困難であると考えられ
る。
d前記b及びcの説示に照らせば,甲1文献は,理論的には,塩基性
金属水酸化物の添加量は対象共重合体中の遊離酢酸量に応じて決定す
べきではあるものの,実際上は,その的確な算定が困難であることを
踏まえ,対象共重合体中の遊離酢酸量にかかわらず,平均粒子径5μ
m以下の塩基性金属水酸化物を10ないし5000ppm添加するこ
とによって,発明の作用効果が奏せられることを開示するものである
ということができる。
そうすると,甲1発明に係るフィルム製造の際にエチレン/酢酸ビ
ニル共重合体中に添加する塩基性金属水酸化物の具体的な添加量次第
では,本件発明1が開示する受酸剤粒子の含有量の範囲内となるよう
な量の塩基性金属水酸化物が,フィルム中になお残存することとなる
可能性は極めて高いというべきであり,これによれば,本件発明1と
甲1発明との間に,受酸剤粒子の含有量において重複する範囲が生ず
ることとなる。
以上によれば,審決が,甲1発明に係るフィルム中の塩基性金属水
酸化物の含有量は一律に10ppmを超えないと推認したのは誤りで
あり,これを前提とする審決による相違点2の認定にも誤りがあると
いうべきである。
被告の主張について
被告は,①甲1発明は,塩基性金属水酸化物の平均粒子径を5μm以
下とすることで,フィルム加工時までに発生した遊離酢酸と塩基性金属
水酸化物とを十分に反応させ,得られたフィルム中には遊離酢酸と塩基
性金属水酸化物がほとんど残存しない状態にするものであると把握され
る,②甲1文献の実施例や被告報告書の各記載によって,加工後のエチ
レン/酢酸ビニル共重合体組成物中に塩基性金属水酸化物が残存しなく
なることが実証ないし確認されている,と主張する(前記第4の4
イ)。
しかしながら,甲1発明を被告が主張するように把握することができ
ないのは,前記のとおりである。
また,甲1文献の実施例は,白傷の有無やフィルム中の酢酸濃度につ
いては検査ないし測定しているものの,臭気の有無については検査され
ておらず,フィルム中の塩基性金属水酸化物の量も直接測定されてはい
ないから,これらの結果のみによって,エチレン/酢酸ビニル共重合体
組成物中に塩基性金属水酸化物が残存していないことが裏付けられたと
いうことはできない。さらに,被告報告書(乙7)は,特定のエチレン
/酢酸ビニル共重合体に水酸化カルシウム500ppmを添加して混練
した組成物中に残存する水酸化カルシウムの有無についての分析結果に
すぎず,これをもって,甲1発明に係るフィルム中の塩基性金属水酸化
物の含有量が一律に10ppmを超えることがないことが裏付けられた
ということはできない。
したがって,被告の上記主張はいずれも採用することができない。
ウ相違点3について
原告は,甲1発明のフィルムを非架橋とすべき特段の理由はなく,エチ
レン/酢酸ビニル共重合体の太陽電池用封止膜の用途において,架橋剤に
より架橋されているフィルムとすることは技術常識であるなどとして,審
決が,架橋の有無に関して,本件発明1と甲1発明との間に相違点3を認
定したのは誤りであると主張する(前記第3の4ウ)。
しかしながら,甲1文献は,フィルムの用途を特定するものではなく
(前記),エチレン/酢酸ビニル共重合体組成物に架橋剤を配合する旨
の記載や,エチレン/酢酸ビニル共重合体組成物が架橋されている旨の記
載はないから,技術常識を考慮しても,審決による相違点3の認定に誤り
はなく,原告の上記主張は採用することができない。
エ相違点4について
原告は,審決が,フィルムの透明性に関して,本件発明1と甲1発明と
の間に相違点4を認定したのは誤りであると主張する(前記第3の4
エ)。
しかしながら,甲1文献にはフィルムが透明であるとの記載がない以上,
審決による相違点4の認定に誤りはなく,原告の上記主張は採用すること
ができない。
進歩性判断の誤りについて
ア相違点1’,3及び4に係る構成の容易想到性について
甲1文献によれば,エチレン/酢酸ビニル共重合体は,従来から,有用
な高分子材料として,様々な分野において,用途に適した酢酸ビニルの含
有量のものを用いることが広く行われてきたと認められる。そして,甲1
文献には,エチレン/酢酸ビニル共重合体の問題点として,これに含まれ
る遊離酢酸がこれと接触する機器での腐食を誘発するとの記載があり,エ
チレン/酢酸ビニル共重合体が機器と接触する部材として用いられること
が示唆されている。
一方,甲2文献(甲2)や甲11文献(甲11)には,従来より,太陽
電池用充填材層(本件発明の太陽電池用封止膜に相当する。)に用いられ
る熱可塑性透明有機樹脂として,エチレン/酢酸ビニル共重合体が好んで
使用されてきたこと(甲2文献【0006】,【0033】,【003
6】,甲11文献【0035】),太陽電池モジュールにおいて用いる際
にはエチレン/酢酸ビニル共重合体を架橋することが好ましいこと(甲2
文献【0034】,【0040】)が記載されており,これらの記載に照
らせば,太陽電池用封止膜の材料として,架橋された透明なエチレン/酢
酸ビニル共重合体を用いることは周知であったと認められる。
これに加え,太陽電池用封止膜が,甲1文献に示唆のある機器と接触す
る部材であることに照らすと,甲1文献に接した当業者にとって,甲1発
明のフィルムを,架橋された透明なものとして太陽電池用封止膜の用途に
用いることは,容易に想到し得ることであるということができる。
よって,相違点1’,3及び4に係る本件発明1の構成は,甲1発明及
び周知技術に基づき当業者が容易に想到し得たものと認められる。
イ被告の主張について
被告は,相違点1に関して,甲1文献には太陽電池用封止膜や合わせ
ガラス用透明接着剤層の用途について一切記載も示唆もなく,甲1発明
に係るフィルムを太陽電池用封止膜等の接着性を必要とする用途に用い
ることの動機付けは存在しないと主張する(前記第4の4イ)。
しかしながら,前記アのとおり,エチレン/酢酸ビニル共重合体を太
陽電池用封止膜に用いることが周知であると認められることなどからす
れば,甲1発明に係るフィルムを太陽電池用封止膜に用いることの動機
付けは存在しないとの被告の上記主張は採用することができない。
被告は,相違点3及び4に関して,甲1発明に係るフィルムに架橋剤
を配合することを当業者は想到し得ず,また,その透明性を向上させる
ことの動機付けはないと主張する(前記第4の4エ)。
しかしながら,甲1発明に係るフィルムの用途として太陽電池用封止
膜が容易想到である以上,架橋することや透明なものとすることも容易
に導き得る事柄である。
なお,被告は,甲3文献等に,当業者に透明性の向上が把握される架
橋剤に関する記載がないとも主張する。しかるに,エチレン/酢酸ビニ
ル共重合体を,太陽電池用封止膜に用いる場合の架橋剤については,甲
2文献には一般的に用いられる有機過酸化物の具体例が多数列挙されて
おり(【0043】ないし【0049】),太陽電池用封止膜として用
いる場合に特有の架橋剤が存在したとは認められない。そして,本件発
明1においても,請求項1において架橋剤の種類は特に限定されていな
いことからしても,架橋剤が透明性の向上に寄与するとしても,透明性
との関係で架橋剤の選択に格別の創意工夫が必要であったとは認められ
ない。
よって,被告の上記主張は採用することができない。
被告は,本件発明1は,受酸剤粒子,架橋剤,エチレン/酢酸ビニル
共重合体の酢酸ビニル含有率を組み合わせることで,腐食の防止とフィ
ルムの透明性とを両立させた透明フィルムであると主張する(前記第4
の4オ)。
かかる被告の主張を,当業者の予測し得ない顕著な効果を主張するも
のと解したとしても,エチレン/酢酸ビニル共重合体から発生する遊離
酢酸による,これと接触する機器の腐食を防止するために,該共重合体
に塩基性金属水酸化物を添加することは,甲1文献に開示されていると
ころであり,これを用いたフィルムを透明なものとすることが当業者の
容易に想到し得たことであることは,前記のとおりである。よって,
これらの効果を両立させることも,当業者の予測を超えるものではない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
小括
以上のとおり,甲1発明に対する本件発明1の新規性及び進歩性に関する
審決の判断については,相違点1に関してはその認定及びこれに係る本件発
明1の構成の容易想到性の判断に誤りがあり,相違点2に関してはその認定
に誤りがある。
そして,これらの誤りを前提とする審決による本件発明2ないし8につい
ての新規性及び進歩性の判断についても,誤りがあることとなる。
5結論
以上によれば,審決には,甲1発明に対する本件発明の新規性及び進歩性に
ついての判断に関して誤りがあり,この誤りは審決の結論に影響するものであ
るから,取消事由5ないし8について判断するまでもなく,審決は取消しを免
れない。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官石井忠雄
裁判官田中正哉
裁判官神谷厚毅

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛