弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告はこれを棄却する。
     上告費用は上告人の負擔とする。
         理    由
 本件上告趣旨は末尾添付の上告理由書謄本記載の通りであるからこれに對して當
裁判所は逐次左の通り判断する。
 上告理由第一点に對する判断
 いわゆる引揚者中には、縁故をたどつて一時雨露をしのぎ、漸次住居の安定を得
んとする者も幾分あることは顕著であるけれども、およそ引揚者の全部がこととと
くかゝる事情の下にあることは顯著な事實とはいえない。従つて、上告人主張のそ
の近親者が引揚者であるとの理由で當然ことごとくかゝる事情の下にあることは裁
判所に顯著な事實であるとして證據によらずしてこれを認定せねばならぬものでは
ない。引揚者である上告人主張のその近親者各人が、かゝる事情の下にあることを
主張する上告人において、その事實を立證する責があることは論を俟たない。原審
もまたこの見解の下に所論事實は上告人の全立鐙によるも認め難いと判示したので
あつて、所論の如く立證書任を轉倒した違法はないのみならず、原審は右判示のみ
によつて上告人の主張を排斥したものでなくて、更に舉示の證據資料により上告人
主張のその近親者は全部現に一應住居を定めて生活しており上告人においてこれ等
の者に本件家屋を使用させねばならぬ必要のない事實を適法に確定し、以つて上告
人の主張を排斥したものであることは判文上明かであるから、原判決には所論のよ
うな採證の方則を誤り不法に事實を確定した違法は存しない。所論は採用の限りで
ない。
 同第二点に對する判断
 戦災による家屋の焼失毀損強制疎開による建物の取毀ち、外地からの引揚による
人口の増加等諸種の原因のため、未曾有の住宅難を來し、他方インフレの昂進その
他の理由による國土の復興は遅々として渉らず、故に全國的に複雑深刻な住宅問題
を惹起している現在の同情の下においては、國民はこの現状に深く思を致し相互扶
助の崇高な精神を喚起し、お互に困苦缺乏に耐え忍んで、住宅難緩和に努力すベき
は勿論である。家主たる者はよくかゝる精神を體し、公益的社會的見地から客観的
に見て、家屋の明渡を求める必要性ある場合は格別單に主観的に明渡を求める必要
ありと考えたのみをもつて解約に藉口し借家人に對しその明渡を強要すべきでな<要
旨>い。借家法第一條ノ二の規定もこの趣旨の下に設けられたものであつて、同條に
いわゆる解約につき正當の事由ある場合とは、家屋の賃貸人が主観的にその
明渡を要求する必要があると考えただけでは足らず、賃貸人賃借人雙方の立場を考
え雙方家屋を必要とする程度、解約によつて生ずる雙方の利害得失等を比較考慮
し、更に進んで公益その他諸般の事情を斟酌して衡平に判断した公益的社會的見地
から、客観的に解約につき正當性が認められる場合でなくてはならぬと解すべきで
ある。本件につき原審は上告人主張の解約事由は同法條にいわゆる正當の事由に該
らぬと判断し、上告人の本訴請求を排斥したものであることは明らかである。その
理由の説示が頗る簡單粗略であつて、その意を盡さないうらみがある。しかしその
判文を繰り返し熟讀考察すれば、原審もまた以上説示と同一見解の下に本件解約事
由につきその正當性を否定したものであることが了解できないでもない。即ち、原
審は上告人が本件家屋の明渡を必要とする理由であるその親族等をこれに居住せし
めるということは、その親族等が現に一應一定の住居を定め、それぞれ生活してい
るのであるからその居住が一時的であるか継続し得る安全性のあるものであるかを
間ふことなく兎に角現在はその必要がなくなつたのであると認定し、従つて上告人
が本件家屋を必要とする程度とその明渡により忽ち居住な失ふことの明らかな被上
告人がこれを必要とする程度も比較考量し後者が前者よりも家屋を必要する程度が
高いものであると考え、なおかかる事情の下においては、上告人の親族等もたとえ
現在の居住が不自由であつても、これを耐え忍ぶことこそ相互扶助の崇高な精神を
具現することに外ならずして、現下の住宅難緩和に寄與するものであると解し、公
益的社會的見地から本件解約申入事由はいわゆる客観的正當性がないと判断したも
のであることを窺い知ることが出来る。もとよりかかる判断は正當である。それゆ
え、本件解約事由が正當であるか否かを判断するにつき所論の如く上告人の近親者
の居住が継続しうべき安全性があるや否やを明かにすることは必ずしも必要でない
と考えられる。原判決には所論の如き違法はないから論旨は採用し難い。
 同第三点に對する判断(省略)
 以上の理由により本件上告論旨はいづれも理由がないから民事訴訟法第四百一條
第八十九條第九十五條を適用し主文の如く判決をする。
 (裁判長判事 小山慶作 判事 和田邦康 判事 石田哲一)

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