弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
原判決を破棄する。
       本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人中島俊則の上告受理申立て理由第1について
 1 本件は,スキルス胃癌により死亡した甲の相続人である上告人らが,甲を診
察した医師である被上告人に対し,診療契約上の債務不履行に基づき,被上告人が
適切な検査をしなかったためスキルス胃癌の発見が遅れ,これにより甲が死亡し,
又は甲がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性を侵害された
と主張して,これによって被った損害の賠償を求める事案である。
 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 甲は昭和43年生まれの女性であり,被上告人は滋賀県近江八幡市で個人
医院を開設している開業医である。
 (2) 甲は,平成11年6月30日,食事中に喉が詰まる感じがし,嘔吐をする
こともあるなどの症状を訴えて,被上告人の診察を受けた。被上告人は,診察の結
果,甲の症状につき,急性胃腸炎,食道炎,膵炎の疑いがあると診断した。
 (3) 被上告人は,同年7月17日に甲を診察した後,同月24日に胃内視鏡検
査(以下「本件検査」という。)を実施した。
 本件検査においては,甲の胃の内部に大量の食物残渣があったため,その内部を
十分に観察することはできなかった。もっとも,本件検査の結果によれば,幽門部
及び十二指腸には通過障害がないことが示されており,胃潰瘍,十二指腸潰瘍又は
幽門部胃癌による幽門狭窄は否定されるものであったから,胃の内部に大量の食物
残渣が存在すること自体が異常をうかがわせる所見であり,当時の医療水準によれ
ば,この場合,再度胃内視鏡検査を実施すべきであった。
 しかしながら,被上告人は,本件検査が上記のとおり不十分なものであり,また
,異常をうかがわせる所見もあったにもかかわらず,再検査を実施しようとはせず
,甲の症状を慢性胃炎と診断し,甲に対し,胃が赤くただれているだけで特に異常
はない,心配はいらないと説明し,内服薬を与えて経過観察を指示するにとどまっ
た。
 (4) 甲は,同年10月7日,Dセンター(以下「Dセンター」という。)で診
察を受け,同月15日に胃透視検査,同月19日に胃CT検査,同月21日に胃内
視鏡検査等の各種検査を受け,その結果,スキルス胃癌と診断された。当時の甲は
,胃壁全体の硬化が認められ,また,腹水もあり,癌の腹膜への転移が疑われた。
 (5) 甲は,同月22日にDセンターに入院し,化学療法を中心とする治療を受
けたが,同年11月には骨への転移が確認され,平成12年2月4日に死亡した。
 (6) 被上告人による本件検査当時,甲は既にスキルス胃癌に罹患しており,被
上告人が,その直後に厳重な禁食処置をした上での再検査を行っていれば,その発
見は,十分可能であった。しかしながら,甲がDセンターを受診した際には,既に
腹水があり,腹膜への転移が疑われ,平成11年11月には骨への転移が確認され
たことなどから,本件検査時点においても,既に顕微鏡レベルでは転移が存在した
ことが推認され,仮に,本件検査時にスキルス胃癌の診断がされ,適切な治療が行
われていたとしても,甲の死亡を回避することはできなかった。
 (7) もっとも,本件検査が行われた同年7月の時点で甲のスキルス胃癌が発見
されていれば,上記時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ち
に実施され,これが奏功することにより,甲の延命の可能性があった。
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人らの請求
を棄却すべきものとした。
 (1) 被上告人には,本件検査当時,甲に対し,近い期日に厳重な禁食処置の上
,再度胃内視鏡検査を行うべき診療契約上の義務があったにもかかわらず,必要な
再検査を実施しなかった過失がある。
 (2) 本件検査当時に甲に対し直ちに適切な治療が行われていたとしても,甲の
死亡の結果は回避できなかったから,被上告人の過失と甲の死亡との間に因果関係
を認めることはできない。
 (3) 仮に,本件検査時点でスキルス胃癌との診断がされ,これに対する化学療
法が行われていたとしても,甲がその死亡の時点においてなお生存していた「相当
程度の可能性」があったとまではいえない。
 4 しかしながら,原審の上記判断(3)は是認することができない。その理由は
,次のとおりである。
 (1) 医師に医療水準にかなった医療を行わなかった過失がある場合において,
その過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行わ
れていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性
の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによっ
て被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最高裁平成
9年(オ)第42号同12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574
頁参照)。
 このことは,診療契約上の債務不履行責任についても同様に解される。すなわち
,医師に適時に適切な検査を行うべき診療契約上の義務を怠った過失があり,その
結果患者が早期に適切な医療行為を受けることができなかった場合において,上記
検査義務を怠った医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されなく
とも,適時に適切な検査を行うことによって病変が発見され,当該病変に対して早
期に適切な治療等の医療行為が行われていたならば,患者がその死亡の時点におい
てなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者
が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき診療契約上の債務
不履行責任を負うものと解するのが相当である。
 (2) 本件についてこれをみると,前記事実関係によれば,平成11年7月の時
点において被上告人が適切な再検査を行っていれば,甲のスキルス胃癌を発見する
ことが十分に可能であり,これが発見されていれば,上記時点における病状及び当
時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され,これが奏功することにより,甲
の延命の可能性があったことが明らかである。そして,本件においては,被上告人
が実施すべき上記再検査を行わなかったため,上記時点における甲の病状は不明で
あるが,病状が進行した後に治療を開始するよりも,疾病に対する治療の開始が早
期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であり,甲のスキ
ルス胃癌に対する治療が実際に開始される約3か月前である上記時点で,その時点
における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法を始めとする適切な治療が開始
されていれば,特段の事情がない限り,甲が実際に受けた治療よりも良好な治療効
果が得られたものと認めるのが合理的である。【要旨】これらの諸点にかんがみる
と,甲の病状等に照らして化学療法等が奏功する可能性がなかったというのであれ
ばともかく,そのような事情の存在がうかがわれない本件では,上記時点で甲のス
キルス胃癌が発見され,適時に適切な治療が開始されていれば,甲が死亡の時点に
おいてなお生存していた相当程度の可能性があったものというべきである。
 そうすると,本件においては,甲がその死亡の時点においてなお生存していた相
当程度の可能性が認められるから,これを否定した原審の判断には,法令の解釈適
用を誤った違法があるというべきである。
 5 以上によれば,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反
があり,原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして,損害の点について
更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉
 徳治 裁判官 島田仁郎)

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