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平成24年7月17日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年第526号飲料水販売目的での地下水採取権存在確認請求事件
口頭弁論終結日平成24年5月15日
判決
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
原告が,被告に対し,別紙物件目録(省略)記載の土地内に存在する井戸から,
飲料水販売目的で地下水採取を行う権利を有することを確認する。
第2事案の概要
被告は,地下水資源の保護を図るため,忍野村地下水資源保護条例を制定し,井
戸を設置しようとする者は村長の許可を受けなければならないこと,施行の際,現
に井戸を使用している者は村長に届け出なければならないこと,当該届出をした者
は許可を受けたものとみなすことなどを定めた。
本件は,別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有し,本件
土地内の井戸を使用していたA株式会社(以下「A」という。)から,競売によっ
て本件土地を取得した原告が,被告が原告の飲料水販売目的での地下水採取権の存
在を否定したことに関して,Aの前記条例に基づく届出により飲料水販売目的での
地下水使用が許可されたものとみなされ,その地位を原告が承継取得したと主張し
て,被告に対し,飲料水販売目的での地下水採取権の存在確認を求めた事案である。
1前提となる事実(証拠を記載したもの以外は当事者間に争いがない。)
当事者等
原告は,土木,建築工事の設計,監理,施工及び請負並びに水道給排水工事の
施工及び請負等を目的とする株式会社である。
Aは,合成樹脂製品の製造販売及び成型用各種金型の仕入販売等を目的とする
株式会社であったが,平成16年11月17日,東京地方裁判所により破産宣告
がなされ,平成17年7月12日に破産廃止決定がなされた。(乙2,弁論の全
趣旨)
条例の定め
ア忍野村地下水資源保護条例(平成14年忍野村条例第23号。以下「本件条
例」という。)には,以下の規定が設けられていた(甲1)。
第1条(趣旨)
この条例は,本村の地下水資源の保護に資するため,地下水の採取に関し
必要な事項を定めるものとする。
第3条(地下水採取の制限等)
1項何人も地下水を使用する場合には,使用量を最小限にとどめ,地下水
の枯渇を防止するように努めなければならない。
2項何人もみだりに井戸を設置することによる付近の地下水脈の枯渇及
び地盤沈下等の弊害を防止するように努めなければならない。
3項村は,地下水資源の合理的な利用と開発の基準を定めなければならな
い。
第4条(許可)
1項井戸を設置しようとする者は,村長の許可を受けなければならない。
第6条(許可の基準)
1項村長は,前条の申請が次の各号に掲げる基準のいずれにも適合してい
ると認めるときでなければ,同条の許可をしてはならない。
他の水をもって代えることが困難なこと。
既設井戸に支障を及ぼさないこと。
地下水の合理的な利用に支障がないと認められること。
地下水を申請の用途に供することが必要かつ適当と認められること。
前各号に掲げるもののほか,村長が必要と認める事項
第8条(承継)
1項第4条第1項の許可を受けた者からその許可に係る井戸を譲り受け,
又は借り受けた者は,当該許可を受けた者の地位を承継する。
第9条(変更の許可)
1項第4条第1項の許可を受けた者は,当該許可に係る井戸の内容を変更
しようとするときは,村長の許可を受けなければならない。
2項前項の場合において,第5条から第7条までの規定を準用する。
附則
1項この条例は,平成15年4月1日から施行する。
2項この条例施行の際,現に井戸を使用している者は,この条例施行後9
0日以内に村長に届け出なければならない。
3項前項の規定により届け出た者は,第4条第1項の許可を受けたものと
みなす。
イ忍野村地下水資源保全条例(平成23年忍野村条例第16号。以下「改正条
例」という。)には,以下の規定が設けられている(乙12)。
第1条(目的)
この条例は,法令に特別の定めがあるもののほか,地下水資源の保全及び
有効活用を促進するため,地下水の採取に関し必要な規制を行うことにより,
地域住民の恒久的な生活用水を確保し,大量採取による周辺地域の地盤沈下
を防止し,及び国指定の天然記念物である忍野八海を保護することを目的と
する。
第2条(定義)
この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に
定めるところによる。
循環的利用地下水を井戸のある場所で利用し,利用後の不用となった
地下水を良好な水質状態で浸透桝などの構造物により地下
浸透させることをいう。
第7条(許可の基準)
1項村長は,前条の申請が次に掲げる基準に適合していると認めるときで
なければ第5条第1項の許可をしてはならない。
地下水の利用が循環的利用であること。
附則
1項この条例は,平成23年10月1日から施行する。
2項この条例の施行の日前に,改正前の忍野村地下水資源保護条例の規定
によりされた処分,手続その他の行為は,この条例の相当規定によりさ
れた処分,手続その他の行為とみなす。
Aの届出等
Aは,本件条例が施行される以前から本件土地を所有しており,本件土地内に
存在する井戸から地下水を汲み上げて,工業用水として合成樹脂の成型加工,製
造及び組立ての用途に利用していた。
Aは,本件条例が施行されたことに伴い,被告に対し,平成15年5月29日,
本件条例附則2項に基づき,以下の内容の井戸使用の届出をし(以下「本件届出」
という。),被告は,同日,本件届出を受理した。なお,被告においては,同項に
基づく届出の書式を作成しておらず,本件届出は井戸設置許可申請書の書式を用
いてなされた。(乙1,5,弁論の全趣旨)
地下水の利用目的(該当するものは
すべて記入すること。)
家事等の雑用水
その他(飲料水の販売…時期は未定)
ポンプの種類水中モーターポンプ
ポンプの出力11KW
揚水機の性能
ポンプの吐出口径80mm
揚水能力600リットル/分
採取期間一年中H15.5月現在不使用
採取期間中の採取予定量100㎥/日(1日平均)
被告による権利の否定等
原告は,平成19年6月11日,担保不動産競売によってAから本件土地の所
有権を取得した。
原告は,飲料水販売事業を行うため,平成23年3月31日,被告に対し,当
該目的の地下水採取権承継届出書を提出したが,被告は,同年4月15日及び同
年5月27日,原告に対し,Aの井戸の設置目的は合成樹脂製造であって,飲料
水販売目的は本件条例施行後に付け加えたものであるため,継承の条件から除外
されるべきものであり,原告が当該目的で井戸を使用する場合には,本件条例9
条の許可が必要である旨を回答した。(甲5~8,乙3~5)
2争点(Aは本件届出により飲料水販売目的での地下水採取の許可を受けたものと
みなされるか)に関する当事者の主張
(原告の主張)
Aは,本件条例施行に伴って,地下水の利用目的欄に「飲料水の販売」と記載し
た本件届出をしたが,被告は何らの留保を付けずに本件届出を受理した上,Aの地
下水採取の目的が合成樹脂の成型加工,製造のための工業用水である以上,その限
度でみなし許可の対象となるなどの指導も一切行うことはなかった。
被告が許可申請者に対し,ポンプの種類,出力,吐出口径,揚水能力及び採取期
間などを詳細に記載させているのは,当該許可申請にかかる井戸が本件条例6条1
項各号の許可基準に適合しているか否かを判断するためであるところ,被告は,本
件届出を受理して,これが地下水の合理的な利用に支障がないか,地下水資源の保
護の観点から問題がないかを十分に検討したはずであるから,被告が,Aに対して,
指導助言して届出書を提出させ直す,あるいは不許可とする等の対応を何ら行わな
かったことは,端的に,被告が飲料水販売目的というAの地下水の利用内容につい
て,地下水資源の保護の観点から問題がないと判断したことを示している。
Aは,当然に被告から飲料水販売目的での地下水採取許可を得ているとの認識を
有しており,原告に対してもそのように説明した。原告は,飲料水販売目的での地
下水採取許可を得ていることを前提として,飲料水製造・販売目的のために高額の
対価を支払って本件土地を買い受けたのである。届出者とすれば,届出が受理され
れば当該届出に係る行為をなし得ると信頼するのはごく自然であり,かかる信頼は
保護されなければならない。
したがって,Aは本件届出により,本件条例附則3項に基づいて,被告から飲料
水販売目的による地下水採取の許可を受けたこととなり,本件土地の所有権をAか
ら取得した原告は,本件条例9条1項により,その許可を受けた者の地位を承継す
る。
Aは,「該当するものはすべて記入すること。」,「具体的に記入する。」という被
告の指示に従い,本件届出の利用目的欄に「飲料水の販売」と記載したのであって,
これをAの希望的観測と決めつけ,不必要な余事記載事項とする被告の主張は全く
根拠なきものでしかない。Aは,平成13年以前から,地下水を採取してミネラル
ウォーターを製造販売する計画を立てており,各種水質検査を実施する,設置すべ
きポンプを検討する,ミネラルウォーター製造販売業を営む他社を訪問して情報を
収集する,保健所を訪問して注意事項につき指示を求めるなどの活動を行っていた
のであって,Aの前記計画は,平成13年には相当程度具体化していた。被告の主
張は,一度した許可を現在に至って否定するための後付けの理屈にすぎない。
なお,原告は,飲料水販売目的で地下水を採取しても,前記前提となる事実の
ポンプの性能や採取量等を変更する予定はない。既に得ている許可どおりの内容を
実現するに過ぎず,特に過大な量を採取する予定はないから,これによって地盤沈
下や周辺井戸への悪影響が生じるおそれは皆無である。
(被告の主張)
争う。
被告は,将来の忍野村民全体の生活環境保全及び忍野八海を含む自然環境保全等
の見地から本件条例を定めて地下水資源の保護を図り,その後,許可の基準を明確
化してより規制を強化するため,改正条例を定めて,地下水の循環的利用を促進し,
忍野村からの水の持ち出しを禁止した。
Aは,平成15年4月1日当時,本件土地内の井戸から採取した地下水を合成樹
脂の成型加工,製造のための工業用水として使用していたのであるから,その限度
で本件条例附則2項及び3項のみなし許可の対象となるのであって,原告が確認を
求める飲料水販売目的での地下水採取権など元々Aには存在せず,したがって,原
告がこれを承継することもない。実際にも,本件土地の原告に対する売却許可決定
書の物件リストには,飲料水販売目的の地下水採取権という記載は見当たらない。
本件届出の利用目的欄の「飲料水の販売…時期は未定」という記載は,Aが将来
の経営戦略として,飲料水を販売するために地下水を採取したいという希望的観測
を述べたものにすぎず,本件届出に不必要な余事的記載事項であるから,これは,
本件条例附則2項で規定する「現に井戸を使用している者」に該当しない。
被告は本件届出を受理したが,単なる届出の受理行為によって新たな権利が創造
されることなどあり得ない。本件条例の附則に関する実務上の取扱いも,既存井戸
使用者から提出された届出書を単純に受理するのみであり,内容を事細かに確認し
て訂正等させているわけではなかった。忍野村内の既存井戸使用者の使用方法はほ
ぼ誰もが分かっていることなので,確認的意味合いで届出書を提出させたにすぎず,
届出書の提出を受理したからといってその記載内容を全て被告が承認したわけで
はない。なお,平成15年度の本件条例附則2項に基づく届出は全部で1083件
であった。
第3争点に対する判断
1前記前提となる事実に下記証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認
められる。
Aの水質調査等
Aは,平成13年から平成14年にかけて,社団法人山梨県食品衛生協会に対
し,本件土地内の井戸から採取した水の水質検査を依頼し,井戸から水を汲み上
げるポンプの種類及び性能等を調査するなどしていた。
また,Aは,平成15年ころ,保健所を訪問して,供給ラインの形状,充填時
の水温,ペットボトルの耐熱温度及び賞味期限等についての注意事項を確認し,
飲料水販売事業を営んでいる他社を訪問して,設備投資や生産方法等について教
示を受けるなどしていた。(甲10の1~14)
不動産競売時の記載
Aの不動産競売の手続においては,本件土地を含む工場財団が売却の対象とな
っており,その物件目録の営業の種類欄には,「合成樹脂の成型加工・製造及び
組立」と表示されていた(乙4)。
本件条例附則2項に基づく届出数
平成15年度の被告に対する本件条例附則2項に基づく届出数は合計108
3件であった(乙6)。
2Aは本件届出により飲料水販売目的での地下水採取の許可を受けたものとみな
されるか
ア前記前提となる事実のとおり,本件条例が被告の地下水資源の保護を目的と
していることに加え,許可基準の一つに地下水を申請の用途に供することが必要
かつ適当と認められることを掲げている点にかんがみると,本件条例は,地下水
の採取量のみならず,採取した地下水の使用目的をも許可の重要な考慮要素とし
ているとみるのが相当である。
本件条例は附則として経過措置(同2項及び3項)を設けているところ,地下
水の採取について新たな規制がなされることにより,長期に亘って井戸水を生活
用水に使用していた者など既存の井戸使用者が不測の不利益を被らないよう配
慮する必要性があるのみならず,本件条例施行当時の井戸の用途及び使用状況が
継続される限り,急激な地下水資源の枯渇を招くおそれが小さいことから,本件
条例は前記経過措置を設け,本件条例施行当時に現に地下水を採取している者に
ついては,当該使用目的及び量を遵守する限り新たな許可を必要とせず,届出に
よって許可を受けたとみなすこととしたものと解される。
このような本件条例附則2項及び3項の趣旨に照らせば,前記附則の規定に基
づいて届出をした者が許可を受けたとみなされるのは,あくまで本件条例施行当
時の井戸の用途及び使用状況に限られ,当該届出に現実に使用している状況と異
なる使用目的等を記載しても,それだけで届出者が当該記載内容に関するみなし
許可を受けたとみなされるものではないと解するのが相当である。
イ前記前提となる事実のとおり,Aは,本件条例が施行される以前から,地下
水を合成樹脂の成型加工,製造及び組立ての用途に利用していた。
この点,前記1のとおり,Aは,平成13年ころから,本件土地内の井戸水
の水質検査,汲み上げ用ポンプの種類及び性能等の調査,設備投資や生産方法等
の聴取などを行っており,飲料水を販売する目的での地下水採取を検討していた
ことがうかがわれるものの,前記前提となる事実及び1のとおり,本件届出
の地下水の利用目的欄に「飲料水の販売…時期は未定」と記載されていること,
本件届出の採取期間欄に「H15.5月現在不使用」と記載されていること,不
動産競売の物件目録の営業の種類欄に「合成樹脂の成型加工・製造及び組立」と
表示され,飲料水の販売に関する具体的な記載は何ら見受けられないことなどに
照らせば,Aの前記行動は単なる準備行為にすぎず,本件条例施行当時,Aの従
前の工業用水としての利用形態に変化がなかったことは明らかである。
そうすると,本件条例附則2項及び3項に基づいて許可を受けたものとみなさ
れるのは,当該合成樹脂の成型加工,製造及び組立ての目的の限度に止まるので
あって,利用目的欄に「飲料水の販売」と記載した本件届出によって,Aに対し
て,飲料水販売目的での地下水採取が許可されたことにはならない。
ウこれに対し,原告は,被告が何らの異議を留めることなく本件届出を受理した
ことは,飲料水販売目的での地下水採取が地下水保護の観点から問題がないと判
断したことを示しており,届出者が抱く信頼は保護されなければならない旨を主
張する。
本件条例附則2項の趣旨に照らせば,被告は,本件届出を受理する際,記載内
容が既存の利用状況に合致しているか否かを確認し,これに適合していないと認
めるときは訂正等をさせるべきだったのであり,利用目的欄に「飲料水の販売」
と記載された本件届出を受理した上,Aに対して何らの補正等させなかった被告
の対応は不適切であると評価されてもやむを得ない面がある。前記1のとおり,
平成15年度の被告に対する本件条例附則2項に基づく届出数は合計1083
件に上ったものと認められるが,届出数が多いからといって,記載内容の確認を
省略してよいものでもない。
しかしながら,本件条例附則2項及び3項の前記趣旨に照らせば,被告が本件
届出を何らの異議なく受理し,それによってAないし原告が一定の信頼を抱くに
到ったとしても,被告の言動や届出者の信頼によって本件条例施行当時の使用目
的と異なる使用許可が創設される根拠はない。
したがって,原告の前記主張は採用することができない。
3結論
Aが飲料水販売目的での地下水採取の許可を受けていない以上,本件土地を承継
取得した原告がその許可を受けた地位を承継する余地はない。
よって,原告の請求には理由がないから,これを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
甲府地方裁判所民事部
裁判長裁判官林正宏
裁判官三重野真人
裁判官小川惠輔

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