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主文
被告人を懲役28年に処する。
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,平成20年頃から,いわゆる危険ドラッグを使用し始め,平成25年
5月に危険ドラッグによる急性薬物中毒で入院し,両親からその使用を止めるよう
に叱責されたが,その後も使用を続け,平成26年8月頃に一旦その使用を止めた
ものの,同年10月12日にこれを再開した。同月14日,被告人の危険ドラッグ
使用が勤務先関係者の知るところとなり,同月15日午後4時30分頃,被告人は,
勤務先を解雇された。被告人は,同日午後5時30分頃に帰宅して,被告人方2階
の自室にて酒を飲みながら危険ドラッグを使用した後,母である甲から食事に呼ば
れたため,同1階リビングに下りたところ,父である乙から危険ドラッグ使用等に
ついて叱責されたため,口論となった。被告人は,興奮を落ち着かせようと玄関か
ら外に出たところ,甲に呼び止められてリビングに戻ると,再び乙から叱責される
とともに,頭を小突かれた。これに怒りを覚えた被告人は,台所にあった包丁を手
にした。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成26年10月15日午後6時40分頃から午後8時40分頃までの間
に,神奈川県横須賀市内の被告人方において,
1乙(当時60歳)に対し,殺意をもって,その頸部を包丁で突き刺すなどし,
よって,その頃,同所において,同人を頸部刺創,大動脈切破に伴う失血によ
り死亡させて殺害し,
2甲(当時61歳)に対し,殺意をもって,その胸部を包丁で突き刺すなどし,
よって,その頃,同所において,同人を胸部刺創,肺動脈損傷に伴う失血によ
り死亡させて殺害し,
第2医療等の用途以外の用途に供するため,同日頃から同月18日までの間に,
被告人方において,指定薬物であるN-(1-アミノ-3-メチル-1-オキ
ソブタン-2-イル)-1-(5-フルオロペンチル)-1H-インダゾール
-3-カルボキサミド(通称5-FluoroAB-PINACA)又はそ
の塩類若干量及び1-(1,2-ジフェニルエチル)ピペリジン(通称Dip
henidine)又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し,もって医療等
の用途以外の用途に指定薬物を使用した。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
第1殺人について
(なお,本項において「犯行」という場合には,殺人の犯行を意味する。)
1争点及び当事者の主張
殺人に関する争点は,被告人が犯行時に責任能力を有していたか否かである。
弁護人は,公判審理の結果を踏まえて,危険ドラッグ(ジフェニジン)による
急性薬物中毒の影響により,攻撃性・衝動性が高まり,被告人に両親を殺すこと
を思いとどまる能力が失われていた可能性を排斥できないとして,被告人の心神
喪失を主張する。これに対して,検察官は,急性薬物中毒が犯行に影響を与えた
こと自体は争わないものの,両親を殺すことを思いとどまる能力が著しくまでは
低下していなかったとして,被告人の完全責任能力を主張する。
2当裁判所の判断
当裁判所は,被告人が犯行時に完全責任能力を有していたものと認めたので,
以下その理由を説明する。
犯行に影響を与えた危険ドラッグ
危険ドラッグの薬理作用等に関する専門家証人である丙医師は,被告人が最
後に使用したと考えられる危険ドラッグは,犯行後に被告人の尿,血液から検
出されたジフェニジンと2種類の合成カンナビノイドといわれる薬物であり,
このうち,合成カンナビノイドは,陶酔感を催し行動抑制的な薬理作用を有す
るので,犯行に対しては,ジフェニジンのもつ妄想,幻覚,攻撃的となる薬理
作用が働いたものと考えられると証言している。
他方,本件において被告人が使用した危険ドラッグの現物は残存しておらず,
これを直接鑑定することはできていない上,被告人の犯行前におけるその使用
量も不明である。そして,丙医師と同様に危険ドラッグの薬理作用等に関する
専門家証人である丁医師及び精神科薬理学の専門家証人である戊医師は,複数
の化合物が混ぜ合わされることの多い危険ドラッグがいつごろどのような効果
を発揮するのか必ずしも明らかではなく,とりわけ,ジフェニジンについては,
研究が不十分であり,その薬理作用は,類似の化合物から推認するほかないと
述べている。当裁判所は,このような専門家の証言及び犯行前に危険ドラッグ
を使用したという被告人供述を踏まえ,被告人が,犯行前に,ジフェニジンと
2種類の合成カンナビノイドを含んだ危険ドラッグを吸引又は誤食(バターな
どに混ぜて食べること)により何らかの量を摂取した,ということを前提とし
て,現に被告人がとった行動や症状を軸として,急性薬物中毒が犯行に与えた
影響を検討することとする。
動機に比してかなり残忍な犯行内容と被告人の平素の人格
被害者らの創傷の状況等に鑑みれば,犯行の態様は,包丁を用いて,強い力
で両親の首や胸等を多数回突き刺すなどして殺害するというものであり,強固
な殺意に基づくことが明らかである。被告人は,父親から叱責され,頭を小突
かれたことに怒りを覚えて,犯行に及んでいるので,このような犯行に及ぶ一
応の動機を見出すことはできるものの,被告人に平素は粗暴な傾向がなく,被
告人と両親の関係を見ても,被告人が本件のような凶行に出て,両親を殺害す
るほどの深刻なトラブル等があったとは窺われない。むしろ,被告人が,犯行
当日に勤務先から解雇されたことを甲に話したところ,甲に慰められ,勤務先
に謝罪して雇用の継続をお願いしに行くため,銀髪を黒髪に戻す毛染めを買い
に行ってもらっていることなど,甲との関係は良好であったことを窺わせる事
情も認められる。
こうした点を考慮すると,被告人がここまでの凶行に至ったのは,その動機
に比してかなり極端であるといわざるを得ず,犯行時の被告人の状態は,被告
人の平素のおとなしい人格とはかなり違った状態になっていたと認められ,危
険ドラッグの薬効が犯行に影響を及ぼしていることは否定できない。
戊医師の分析
ア被告人の精神鑑定を行った精神科医の戊医師は,次のとおり証言する。す
なわち,危険ドラッグによる急性薬物中毒が犯行に影響を与えていたとはい
えるものの,①被告人が,犯行直前に,両親に叱責され,玄関から外に出る
という回避行動をとったこと,②犯行が,合目的的に行われ,一旦完結して
いること(つまり,両親のみを攻撃の対象とし,壁等の大きな破損などがな
いこと。),③被告人が,何らかの目的をもって,平成26年10月15日
午後8時39分に104番(NTT電話案内サービス)に電話をして,鍵屋
の電話番号を控え,直後にその鍵屋に電話することができていること,④被
告人の危険ドラッグの影響が相当程度減退したと考えられる同月17日の時
点で同月15日に架けたのと同じ鍵屋に電話をしており,その行動が同日の
時点から一貫していることなどから,急性薬物中毒が犯行に与えた影響の程
度は,このような統制ある行動をとれる程度であった。そして,犯行時の被
告人の精神状態は,危険ドラッグの薬理作用のうちの鎮静や運動機能障害を
起こす作用よりも高揚感や興奮を及ぼす作用の方が大きくなった状態にあっ
たと考えるのが最も合理的であり,これがさらに,高度な幻覚あるいは妄想
状態に至った状態であったと考えると上記のような統制ある行動をとってい
ることと矛盾する,というのである。
イ戊医師の証言は,精神科薬理学を研究分野とする十分な学識と精神鑑定等
の豊富な経験に基づいており,その鑑定の判断過程も合理的であるから,基
して残忍な犯行を行うと
同時に上記アのような統制ある行動をとったことを矛盾無く説明できている。
そして,戊医師の指摘する事項に加え,⑤被告人が犯行直後104番に電話
をするなどした時点で,110番に架けて警察などに電話をしていないこと,
⑥被告人が両親を殺害した後に110番を架けなかったのは,すぐに警察に
はつかまりたくなかったという気持ちがあったと思う,と当公判廷において
供述していることを考え合わせると,被告人による犯行に急性薬物中毒の影
響は認められるものの,その影響は限定的で,犯行を思いとどまる能力が失
われ又は著しく低下した状態ではなかったと認められる。
ウ弁護人は,被告人が妄想状態になかったとしてもなお犯行を思いとどまる
能力が失われていたと主張するが,単なる興奮状態,高揚状態にとどまるの
であれば,犯行を思いとどまる能力が失われていたといえないことは明らか
である。そして,上記ア,イに指摘した①から⑥の点を考えれば,その能力
が著しく低下した状態であったともいえない。
弁護人は,戊医師が挙げる①犯行前の回避行動について,急性薬物中毒の
影響が顕著に現れる前であったか,影響が断続的・まだら状であったためそ
の時点では回避行動をとる余裕が残っていたという可能性を指摘するが,こ
の回避行動から被告人が包丁を手にするまでが時間的に極めて近接している
ことが認められるので,その可能性は考え難い。また,②犯行が合目的的で
あることについて,弁護人は,急性薬物中毒の症状が攻撃性及び衝動性の亢
進であった場合,両親のみが攻撃対象になるのは当然であると主張するが,
弁護人の指摘している状態は,まさに「高揚感と興奮」(戊医師の表現)に
より被告人が犯行時に錯乱状態に陥らない状態で犯行を犯したことを意味す
るのであって,これこそ戊医師が指摘する被告人の犯行当時の精神状態であ
るから,弁護人のこの主張は戊医師の説明と異なるものではない。③犯行後
の架電について,弁護人は,既に急性薬物中毒の状態から脱していた可能性
を指摘するが,犯行後の架電は犯行に近接した時期に行われたと考えられる
上,ジフェニジンが摂取後数日間は血液中から検出されることに照らしてジ
フェニジンの薬効はある程度長時間続くと考えられる(丙医師)から,弁護
人の指摘する可能性は考え難い。
そうすると,弁護人の主張は上記イの判断を覆さない。
第2薬事法違反について
1争点及び当事者の主張
薬事法違反に関する争点は,被告人において,使用した危険ドラッグ(以下「本
件薬物」という。)が違法な物(規制薬物)かもしれないとの認識を有していた
か否かである。検察官は,被告人が上記認識を有していたと主張するのに対して,
弁護人は,被告人には上記認識はなかったと主張する。
2当裁判所の判断
当裁判所は,被告人が,本件薬物の使用時に本件薬物が違法な物(規制薬物)
かもしれないとの認識(故意)を有していたものと認めたので,以下その理由を
説明する。
危険ドラッグに対する規制の現状は,新種の薬物が社会に出回り,これに対
する法規制がなされると,化学構造の一部を変えた新種の薬物が出回るという,
いたちごっこの様相を呈している。そして,被告人は,当公判廷において,イ
ンターネットの危険ドラッグ販売サイトなどを通じて,このような法規制の現
状を認識し,平成26年4月頃には法規制が厳しくなっていると感じていた旨
供述している。こうした被告人の認識に加えて,被告人が同年7月17日頃に
本件薬物を入手してから,これを使用するまでに約3か月もの期間が経過して
いることも併せ考えれば,被告人において,本件薬物を使用する際,本件薬物
が,その入手時において既に,あるいは入手後に所持を継続する中で,規制薬
物となっているかもしれないと認識していたことが強く推認される。
これに対し,被告人は,当公判廷において,本件薬物が普通にインターネッ
トで買えたことから,違法な物とは思っていなかったと供述するが,薬局など
とは異なり,インターネットで売られているという一事をもって,規制薬物か
もしれないとの懸念が完全に払拭されるとは考え難い。また,被告人は,違法
か合法かは気にしていなかったとも供述しているが,結局これは違法でも構わ
ないと思っていたというのに過ぎないから,上記の推認を妨げない。
(法令の適用)
罰条
判示第1の各所為いずれも刑法199条
判示第2の所為平成25年法律第84号附則101条により同法による改正
前の薬事法84条20号,76条の4
刑種の選択
判示第1の各所為いずれも有期懲役刑を選択
判示第2の所為懲役刑のみを選択
併合罪の加重刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い殺
人罪の刑に法定の加重〔2個の殺人罪はいずれも犯情が同
じであるからこれ以上の特定はしない。〕)
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
当裁判所が,量刑上最も重視した事情は,残忍な態様で二人の命を奪ったことで
ある。被害者らは,被告人の両親として,仕事も長続きせず,危険ドラッグも止め
ようとしない被告人を叱りはするものの,同居して食事をともにし,現金が不足し
たといえば現金を貸し,さらには被告人が負った債務の整理に協力するなどしてず
っと面倒を見てきた。母親に至っては,危険ドラッグを使ったために勤務先を解雇
された被告人が,頭髪を黒色に戻して勤務先の上司にわびを入れるため,被告人の
依頼により毛染めまで購入しに行っているのである。その息子に,突如として包丁
で襲いかかられ,必死に抵抗する中,首や胸等を何度も突き刺されて,遂には二人
とも命を絶たれてしまった。このように,本件は,強固な殺意に基づく残忍な犯行
であり,被害者らが被った苦しみや悲しみ,悔しさは計り知れず,結果は余りにも
大きい。
被告人は,危険ドラッグ使用について父親から叱責され,頭を小突かれたことに
怒りを覚えて犯行に及んでいる。このような父親の対応には何の落ち度もなく,動
機は身勝手で酌量の余地は皆無である。そして,既に述べたとおり,被告人は,犯
行当時,危険ドラッグによる急性薬物中毒の影響で犯行を思いとどまる能力が低下
していたことが認められるものの,その程度は限定的である上,その原因も,そも
そも被告人が自ら危険ドラッグを使用したことにある。被告人は,危険ドラッグの
使用によって別の場所で事件,事故が発生していることを知っていた上,危険ドラ
ッグの使用を理由として勤務先を解雇されたりもしていたのであるから,危険ドラ
ッグが脳や身体に有害な影響を及ぼすことを理解し,社会的にその使用が厳しく非
難されるものであることを知っていたはずである。にもかかわらず,被告人は危険
ドラッグの使用をやめず,両親の殺害に至ったのであるから,危険ドラッグによる
行動制御能力の低下を,被告人に対する非難を減じる事由として大きく考慮するこ
とはできない。
当裁判所は,家族関係を動機として凶器を用いて殺人既遂2件以上に及んだ事案
の量刑傾向も参考にしつつ,慎重に評議を重ねたが,本件は,有期懲役刑の上限に
近い部類に属すると言わざるを得ない。
その上で,一般情状について検討する。被告人は,両親殺害後に悔悟して自首等
をする機会も十分にあったにもかかわらず,むしろ,被害者らが夫婦げんかの末に
死亡したように装うべく父親の手に母親の毛髪を握らせるなどの罪証隠滅工作に
及んでおり,犯行後の情状は悪い。また,被告人は,当公判廷において,反省の言
葉を述べ,自ら犯した罪と向き合いつつあると感じられるが,決して十分とは言い
難く,今後更に反省を深めていくことが求められる。
以上より,本件の犯情により定まる刑の大枠の中で,一般情状について調整的に
考慮した結果,被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑-懲役30年,弁護人の意見-無罪)
裁判員6名とともに審理し,評議を尽くした結論は上記のとおりである。
平成27年11月24日
横浜地方裁判所第6刑事部
裁判長裁判官鬼澤友直,裁判官並河浩二,裁判官関口恒

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