弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一 原判決主文第一項の2及び3を次のとおり変更する。
     1 被上告人は、上告人に対し、被上告人が上告人に対して民法一〇四
一条所定の遺贈の目的の価額の弁償として二二七二万八二三一円を支払わなかった
ときは、第一審判決添付第一目録記載の各不動産の原判決添付目録記載の持分につ
き、所有権移転登記手続をせよ。
     2 上告人のその余の請求を棄却する。
     二 その余の本件上告を棄却する。
     三 訴訟の総費用はこれを五分し、その二を上告人の負担とし、その余
を被上告人の負担とする。
         理    由
 第一 上告代理人樽谷進の上告理由一について
   所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当
として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、原
審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用する
ことができない。
 第二 同二及び三について
 一 所論は、要するに、本件において上告人が求めているのは現物返還のみであ
り、被上告人もまた、単に価額弁償の意思表示をしたにとどまり現実の履行もその
履行の提供もしていないのであるから、原判決主文第一項3のごとき条件付判決を
することは民訴法一八六条に違反するのみならず、右のごとき判決をしても、登記
手続上、上告人の遺留分減殺を原因とする所有権移転登記手続を防止することがで
きないばかりでなく、価額弁償の時期により次の手続が異なるという不安定な結果
となるのであって、上告人はかかる判決を求めていないし、また、本件は現物返還
を請求している事案であって、価額弁償算定の前提となるべき目的物の価額算定の
基準時を事実審口頭弁論終結時とするのは相当でない、というのである。
 二 上告人の求めているのが単なる現物返還のみであり、原判決主文第一項3に
趣旨不明確な点があることは所論のとおりであって、これを是正すべきことは後記
説示のとおりであるが、被上告人は、原審において、後記のとおり、単に価額弁償
の意思表示をしたにとどまらず、裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定
に基づく価額弁償をする意思がある旨を表明して、裁判所に対して弁償すべき価額
の確定を求める旨の申立てをしているのであるから、原審がこれに応えて上告人の
持分の移転登記請求を認めるに当たり、弁償すべき価額を定め、その支払を解除条
件として判示したのはむしろ当然であって、そのこと自体を民訴法一八六条に違反
するものということはできない。また、目的物の価額算定の基準時を事実審口頭弁
論終結時より後にすることができないのは事理の当然であって、この点の所論は採
用の限りでない。
 三 以下、所論に鑑み、原審における被上告人の申立ての趣旨及びこれに対する
原審の判断の当否について、職権をもって検討する。
 1 上告人の予備的請求は、上告人から被上告人(受遺者)に対する遺留分減殺
請求権の行使により上告人に帰属した遺贈の目的物の返還(不動産については持分
の確認及び移転登記手続)を求めるものであるところ、被上告人は、右請求に係る
財産のうち第一審判決添付第一目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という)
の持分については、裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定に基づく価額
の弁償をなすべき旨の意思を表明して弁償すべき価額の確定を求める旨の申立てを
している。そして、原審の適法に確定したところによれば、(一) Dは、昭和六二
年一月五日付け目筆証書により全財産を被上告人に遺贈する旨の遺言をした後、同
月二六日に死亡した、(二) Dの相続人は、被上告人(長男)、E(次男)及び上
告人(次女)の三名である、(三) Dの遺産である本件不動産につき、同年七月二
日までに、本件遺言に基づき被上告人に対する所有権移転登記が経由された、(四)
 上告人は、同月三〇日、被上告人に対して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思
表示をした、(五) 右遺留分減殺の結果、上告人は、本件不動産についていずれも
原判決添付目録記載の割合による持分を取得した、(六) 原審口頭弁論終結時にお
ける右持分の価額は合計二二七二万八二三一円である、というのである。
 2 原審は、右事実関係の下において、被上告人は上告人に対して本件不動産の
前記持分の返還義務(持分移転登記義務)を負うが、右義務は価額の弁償の履行又
は弁済の提供によって解除条件的に条件付けられているとして、予備的請求のうち
本件不動産に関する部分については、「上告人が本件不動産について前記持分権を
有することを確認する(主文第一項1)。被上告人は、上告人に対し、右持分につ
いて所有権移転登記手続をせよ(同2)。被上告人は、上告人に対し二二七二万八
二三一一円を支払ったときは、前項の所有権移転登記義務を免れることができる(
同3)。上告人のその余の請求を棄却する。」旨の判決を言い渡した。
 四 そこで、その当否につき判断する。
 1 一般に、遺贈につき遺留分権利者が減殺請求権を行使すると、遺贈は遺留分
を侵害する限度で失効し、受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をし
た遺留分権利者に帰属するが、この場合、受遺者は、遺留分権利者に対し同人に帰
属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの、民法一〇四一条の規定により
減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償して返還の義務を免れる
ことができる。もっとも、受遺者は、価額の弁償をなすべき旨の意思表示をしただ
けでは足りず、価額の弁償を現実に履行するか、少なくともその履行の提供をしな
ければならないのであって、弁償すべき価額の算定の基準時は原則として弁償がさ
れる時と解すべきである。さらに、受遺者が弁償すべき価額について履行の提供を
した場合には、減殺請求によりいったん遺留分権利者に帰属した権利が再び受遺者
に移転する反面、遺留分権利者は受遺者に対して弁償すべき価額に相当する額の金
銭の支払を求める権利を取得するものというべきである(最高裁昭和五〇年(オ)
第九二〇号同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁、最高裁
昭和五三年財第九〇七号同五四年七月一〇日第三小法廷判決・民集三三巻五号五六
二頁参照)。
 2 減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的物の返還を求める訴訟において、
受遺者が事実審口頭弁論終結前に弁償すべき価額による現実の履行又は履行の提供
をしなかったときは、受遺者は、遺贈の目的物の返還義務を免れることはできない。
しかしながら、受遺者が、当該訴訟手続において、事実審口頭弁論終結前に、裁判
所が定めた価額により民法一〇四一条の規定による価額の弁償をなすべき旨の意思
表示をした場合には、裁判所は、右訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時と
して弁償すべき額を定めた上、受遺者が右の額を支払わなかったことを条件として、
遺留分権利者の目的物返還請求を認容すべきものと解するのが相当である。
 けだし、受遺者が真に民法一〇四一条所定の価額を現実に提供して遺留分権利者
に帰属した目的物の返還を拒みたいと考えたとしても、現実には、遺留分算定の基
礎となる遺産の範囲、遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額の算定につい
ては、関係当事者間に争いのあることも多く、これを確定するためには、裁判等の
手続において厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であるから、価額弁償の
意思を有する受遺者にとっては民法の定める権利を実現することは至難なこととい
うほかなく、すべての場合に弁償すべき価額の履行の提供のない限り価額弁償の抗
弁は成立しないとすることは、同法条の趣旨を没却するに等しいものといわなけれ
ばならない。したがって、遺留分減殺請求を受けた受遺者が、単に価額弁償の意思
表示をしたにとどまらず、進んで、裁判所に対し、遺留分権利者に対して弁償をな
すべき額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表
明して、弁償すべき額の確定を求める旨を申し立てたという本件のような場合にお
いては、裁判所としては、これを適式の抗弁として取り扱い、判決において右の弁
償すべき額を定めた上、その支払と遺留分権利者の請求とを合理的に関連させ、当
事者双方の利害の均衡を図るのが相当であり、かつ、これが法の趣旨にも合致する
ものと解すべきである。
 3 この場合、民法一〇四一条の条文自体からは、一般論として、原判決主文第
一項3のように受遺者が現物返還の目的物の価額相当の金員を遺留分権利者に支払
ったときは登記義務を免れると理解することにさして問題はないけれども、現実に
争いとなってこれを解決すべき裁判の手続においては、何時までにその主張をなす
べきか、その価額の評価基準日を何時にするか、執行手続をいかにすべきか等の手
続上の諸問題を無視することができない。その意味では、原判決主文第一項3のご
とき判決は法的安定性を害するおそれがあり、その是正を要するものといわなけれ
ばならない。一方、受遺者からする本件価額確定の申立ては、その趣旨からして、
単に価額の確定を求めるのみの申立てであるにとどまらず、その確定額を支払うが、
もし支払わなかったときは現物返還に応ずる趣旨のものと解されるから、裁判所と
しては、その趣旨に副った条件付判決をすべきものということができる。弁償すべ
き価額を裁判所が確定するという手続を定めることは、この手続の活用により提供
された価額の相当性に関する紛争が回避され、遺留分権利者の地位の安定にも資す
るものであって、法の趣旨に合致する。
 4 なお、遺留分権利者からの遺贈の目的物の返還を求める訴訟において目的物
返還を命ずる裁判の内容が意思表示を命ずるものである場合には、受遺者が裁判所
の定める額を支払ったという事実は民事執行法一七三条所定の債務者の証明すべき
事実に当たり、同条の定めるところにより、遺留分権利者からの執行文付与の申立
てを受けた裁判所書記官が受遺者に対し一定の期間を定めて右事実を証明する文書
を提出すべき旨を催告するなどの手続を経て執行文が付与された時に、同条一項の
規定により、意思表示をしたものとみなされるという判決の効力が発生する。また、
受遺者が裁判所の定める額について弁償の履行の提供をした場合も、右にいう受遺
者が裁判所の定める額を支払った場合に含まれるものというべきであり、執行文付
与の前に受遺者が右の履行の提供をした場合には、減殺請求によりいったん遺留分
権利者に帰属した権利が再び受遺者に移転する反面、遺留分権利者は受遺者に対し
て右の額の金銭の支払を求める権利を取得するのである。
 五 そこで、以上の見解に立って本件をみるのに、上告人は遺留分減殺により本
件不動産について原判決添付目録記載の割合による持分を取得したが、受遺者であ
る被上告人は原審において裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定に基づ
く価額の弁償をなすべき旨の意思を表明して弁償すべき額の確定を求める旨の申立
てをしており、原審口頭弁論終結時における右持分の価額は二二七二万八二三一円
であるというのであるから、被上告人が同条所定の遺贈の目的の価額の弁償として
右同額の金員を支払わなかったことを条件として、上告人の持分移転登記手続請求
を認容すべきである。
 以上の次第で、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決
に影響を及ぼすことが明らかである。そこで、職権により原判決を破棄し、上告人
の申立ての趣旨を害さず、かつ、被上告人の原審における申立ての趣旨に副った主
文とすべく原判決を一部変更した上、その余の上告を棄却することとする。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九二条に従い、
裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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