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平成24年5月22日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年第670号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成24年1月31日
判決
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1億8756万8000円及びこれに対する平成22年4
月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が被告の製造した石油ストーブを使用中にストーブが異常燃焼し,
原告の自宅を全焼させて居合わせた者2名が死亡する火災が発生したことについ
て,原告が,前記ストーブには燃料供給タンクの蓋が完全に閉まらずに使用中に灯
油漏れが生じる欠陥が存在したところ,前記火災は,その欠陥によって漏出・気化
した灯油にストーブの炎が引火したことで発生したものであるなどと主張して,被
告に対し,製造物責任法2条2項及び3条に基づき,1億8756万8000円の
損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年4月6日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
これに対し,被告は,前記火災は石油ストーブの欠陥に起因するものではなく,原
告が燃料供給タンクに誤ってガソリンを入れたことが原因であるとして,責任の有
無等を争っている。
なお,原告は,石油ストーブに誤ってガソリンを給油し,火災を発生させて2名
の死者を出したなどとして,重過失失火罪及び重過失致死罪で有罪判決を受けた。
1前提となる事実(証拠を記載したもの以外は当事者間に争いがない。)
当事者等
被告は,石油器具・ガス器具の製造販売及び家庭用電気製品の製造販売等を目
的とする株式会社である。
原告は,平成11年12月上旬ころ,山梨県内の電器店において,被告の製造
した反射型石油ストーブSX-D27WY(以下「本件ストーブ」という。)を
購入し,以降,原告の自宅において使用していた。(乙9,弁論の全趣旨)
本件ストーブの構造
本件ストーブは,自然通気型開放式石油ストーブと呼ばれているもので,灯油
を空気の自然対流によって燃焼させ,反射板によって熱を放射する仕組みになっ
ている。
本件ストーブは,ストーブ内の固定タンクにカートリッジ式の燃料供給タンク
(以下「カートリッジタンク」という。)を下向きにセットする形状になってお
り,固定タンク内の燃料が少なくなるとカートリッジタンクから燃料が供給され
る仕組みになっている。そして,カートリッジタンク内の空気圧が一定になれば,
それ以上固定タンクに燃料が供給されない構造になっている。
火災の発生等
平成12年2月20日午後8時30分ころ,原告が自宅で友人らと飲食をして
いた際,部屋を暖めるために使用していた本件ストーブが異常燃焼を始め,壁や
天井に延焼して原告の自宅を全焼させる火災が発生した(以下「本件火災」とい
う。)。
本件火災により,原告宅に居合わせた友人2名が死亡した。
刑事判決等
原告は,平成13年3月29日,本件ストーブのカートリッジタンクに灯油で
はなく誤ってガソリンを給油し,本件火災を発生させたとして,重過失失火罪及
び重過失致死罪で起訴された。
甲府地方裁判所は,平成14年10月22日,原告が,本件ストーブのカート
リッジタンクに注入しようとする燃料が灯油であることを確認すべき注意義務
があったのにこれを怠り,ポリタンク内のガソリンを灯油であると軽信してこれ
をカートリッジタンクに注入した上,本件ストーブに装着して点火,燃焼させた
ことで,本件ストーブの固定タンクからガソリンが漏出し,本件ストーブの炎に
引火して本件火災が発生したとの事実を認定して,原告に禁錮2年6月,執行猶
予5年の判決を言い渡した。
原告は,前記判決に対して控訴を提起したものの,東京高等裁判所は,平成1
6年1月8日,原告の控訴を棄却するとの判決を言い渡した。
さらに原告は,最高裁判所に対して上告したが,同裁判所は,平成17年2月
1日,上告を棄却するとの決定をし,前記判決が確定した。(乙1~4)
2争点及び争点に関する当事者の主張
本件ストーブの欠陥の有無
(原告の主張)
本件ストーブのカートリッジタンクには,ワンタッチ式給油口の蓋が正常に閉
まったことを示す「カチッ」という音が鳴っても,完全に閉じられていない状態
(以下「半ロック状態」という。)が生じる欠陥があった。
また,この蓋が正常に閉まった場合でも,カートリッジタンク内の灯油が燃焼
中の機器周辺温度の上昇に伴い,給油口から押し出されて,灯油漏れが生じると
いう欠陥もあった。
被告は,平成20年9月17日,石油ストーブのワンタッチ式給油タンクの一
部で灯油が漏れるおそれがあるとして,平成元年から平成12年までに製造され
た636万個の石油ストーブをリコールすると発表したが,本件ストーブも前記
リコールの対象製品に含まれていた。
本件ストーブと現在販売されている被告製石油ストーブRX-2910WY
(以下「新型機種」という。)のカートリッジタンクの口金部分を比べると凹部
については本件ストーブのパッキン部分が平坦に近いのに対し,新型機種では深
いくぼみが形成されており,また,凸部については,本件ストーブでは外枠と内
筒の高さがほぼ等しいのに対し,新型機種では内筒が顕著に突き出ている。口金
の構造変更の目的はカートリッジ内部の灯油を漏れ難くするためであり,新型機
種で口金構造を変更したことは本件ストーブの口金構造に潜在的問題があった
ことを物語っている。
(被告の主張)
被告の初期の製品の一部に,「カチッ」という音が鳴っても給油口の蓋が半ロ
ック状態となるものがあったことは認める。
給油口の蓋が完全に閉じた状態においても,燃焼中の機器周辺の温度上昇に伴
って,カートリッジタンク内の灯油が給油口から固定タンク内に押し出されるこ
とはある。しかし,これは物理的に当然に生じる自然現象であって,何ら欠陥で
はない。
なお,被告がカートリッジタンクの口金に構造上の変更を加えたのは,消費生
活用製品安全法の改正に基づく規格変更に対応するためであって,灯油を漏れ難
くするためではない。
原告が本件ストーブにガソリンを給油したか
(原告の主張)
本件火災現場で採取された布団の残焼物等からガソリンが検出された旨の鑑
定書(以下「A鑑定」という。)には,その結果及び過程に看過できない問題点
が存在する。
A鑑定は,ヘッドスペース固層マイクロ抽出法(以下「SPME法」という。)
を用いたガスクロマトグラフによる分析を行っている。
SPME法は,高揮発性成分は蒸気圧が高いため回収・濃縮が困難でガスクロ
マトグラム上のピークが小さいのに対し,低揮発性成分は固定相により多く配分
されるため回収・濃縮が容易で,ガスクロマトグラム上のピークが大きくなると
いう測定原理を有するが,A鑑定では,トルエンよりも揮発性の高い成分が相当
量検出され,他方,トルエンよりも揮発性の低い成分がほとんど検出されておら
ず,SPME法の測定原理と矛盾したクロマトグラムパターンになっている。
また,A鑑定では,布団の残焼物に対する鑑定結果において,26本の主要ピ
ークが燃焼の影響を受けていない試料のガソリンのガスクロマトグラムと完全
に同等で燃焼の痕跡が検出されていないが,燃焼の痕跡が検出されない分析結果
は燃焼残渣という試料の性質に対して明らかに矛盾している。布団の残焼物に2
90度以上の火災熱が加わっていたことは明らかであり,A鑑定のガスクロマト
グラムがいわゆる生のガソリンと同じ形であることは科学的に想定し難いこと
である。
さらに,A鑑定には記録の不備が多岐に渡っており,クロマトグラムパターン
に影響を及ぼす注入方法,注入口温度,検出器の種類及びリテンションタイム等
の記載が一切なされておらず,正しい手順で分析が実施されたとは認め難い。
A鑑定では,本件ストーブの諸部位からはガソリンと灯油の双方が検出され,
放出された燃料が付着したはずの布団からは,ガソリンのみが,常温で放置した
場合と同じ組成で検出されたとされているが,放出元である本件ストーブからは
ガソリンと灯油の双方が,灯油が大部分を占める形で検出されたにもかかわらず,
放出先である布団からは気化し易いガソリンのみが検出され,灯油成分が検出さ
れていないという鑑定結果は明らかに不自然である。
布団が加熱を受けた状況の下で気化し易いガソリンが火災発生から10時間
以上布団に残存するとは考え難いことからしても,A鑑定の内容は,布団の残焼
物から検出されたガソリンが本件ストーブに由来するものではなく,本件火災の
鎮火後,室温が十分に低下した後に灯油を含まない状態で鑑定資料に付着したこ
とを示唆しているということができる。
以上のように,A鑑定には信用性を疑わせる様々な問題が存在し,証拠として
の価値は認められないから,A鑑定から,本件ストーブにガソリンが給油されて
いたということはできない。
本件ストーブから灯油が漏出して火災が発生する場合にも,ガソリンを誤給油
して火災が発生する場合と同様に,点火から2時間以上経過した後に火災が発生
するというメカニズムを辿るため,本件火災の状況から火災の原因がガソリン誤
給油であると即断することは誤りである。
むしろ,本件火災の燃焼状況は,灯油の漏出により火災が発生した旨の消費者
庁公表のケースと同様であって,原告が本件ストーブに灯油を給油していたこと
は明らかである。
(被告の主張)
否認する。
刑事裁判において,原告が本件ストーブのカートリッジタンクに誤ってガソリ
ンを給油したとの事実が認定され,その判決が確定している。
本件ストーブの欠陥と本件火災発生との間の因果関係の有無
(原告の主張)
ア灯油は,引火点である40度以上の一定温度に達すると,燃焼に十分な量が
蒸発・気化するため,近くに炎があると引火して燃焼が始まる。
ストーブから漏出した灯油が引火するためには,①漏出した灯油の周辺温度
が引火点40度を超していること,②灯油が蒸発・気化して燃焼に十分な量の
蒸気が発生していること,③発生した灯油の蒸気に着火する炎が近くに存在し
ていることの諸条件を満たす必要がある。
イカートリッジタンクの蓋が半ロック状態であるにもかかわらず,固定タンク
にセットすると,隙間が生じている口の部分から空気が流入し,カートリッジ
タンク内の空気圧が一定にならないため,固定タンクが一杯になっても,カー
トリッジタンクから燃料が供給され続ける。
また,本件ストーブの使用中は,燃焼中の熱でカートリッジタンク内の灯油
の温度が上昇し,カートリッジタンク内の空気圧が上昇して液面を押し下げる
ことになるため,通常想定される燃焼中のストーブ周辺温度による液面の低下
を押さえ得るような給油口口金の構造になっていない場合には,灯油がカート
リッジタンクの外に押し出される。
その結果,カートリッジタンク内の燃料が固定タンクを満たした後,油受皿
部分から溢れ出す。
なお,経済産業省及び消費者庁が公表した本件ストーブと同機種の重大製品
事故情報の中には,給油後点火してしばらく経過した時点で当該機器から漏れ
ていた灯油に気付いたというものがあり,当該機器を通常に使用していて灯油
がストーブ外に漏れたことを示唆している。
財団法人日本燃焼器具検査協会が被告に回答した「量販店向け製品の形式検
査の取扱いについて」において,室温22.5度の状態で本件ストーブと同機
種の周辺温度が52.1度まで上昇したと記載されているとおり,本件ストー
ブは自然通気型開放式石油ストーブで機器周辺の温度を上昇させる。
そして,開放式という本件ストーブの形式に照らして,漏出した灯油の近く
に炎が存在するのは自明の理であるから,本件火災発生時における火災現場は,
石油ストーブから漏出した灯油に炎が引火する前記①ないし③の全ての条件
を満たした環境にあったといえ,本件火災は,漏出した灯油が本件ストーブ周
辺の温度によって気化し,ストーブの炎に引火して発生したものである。
(被告の主張)
否認する。
アカートリッジタンクの蓋が半ロック状態のままでは,本件ストーブの固定タ
ンクにこれをセットすることはできない。
半ロック状態は,フック及び留め金の摩擦力と蓋を開くバネの力との微妙な
バランスの下で生じるものであり,ここにわずかな力が加わるだけでバランス
が崩れて半ロック状態は解消する。カートリッジタンクをストーブにセットす
るためには給油口を下向きにする必要があるが,その瞬間に,カートリッジタ
ンク内の灯油の重量によって半ロック状態が解消し,蓋が開いて灯油がこぼれ
て出てしまうため,半ロック状態のままカートリッジタンクを固定タンクにセ
ットすることはできないのである。
仮に蓋が半ロック状態のままで固定タンクにセットすることができても,カ
ートリッジタンク及び給油された灯油の重量(合計約5.3キログラム)で給
油口の蓋が押され,半ロック状態が解消するため,固定タンクへセットした後
も半ロック状態が維持されることはない。
したがって,固定タンクへセットした後に,給油口の隙間から空気が流入す
る現象は起こり得ない。
イ機器周辺温度の上昇によりカートリッジタンクから固定タンクに一定量の
灯油が押し出されることは不可避的な自然現象であり,口金の構造によって液
面の低下を押さえることは技術的に不可能である。そのため,カートリッジタ
ンク式ストーブには,全てJIS規格に規定された構造を持つ固定タンクの設
置が義務付けられており,この固定タンクの構造によって上記自然現象が生じ
ても固定タンクの外に灯油が溢れ出すことのない仕組みになっている。
損害額
(原告の主張)
ア原告の自宅及び家財道具一式9056万8000円
本件火災により,原告の自宅及び自宅内の家財道具一式が焼失し,上記損害
を被った。
イ和解金6000万円
原告は,本件火災で死亡した2名の遺族から損害賠償請求訴訟を提起され,
和解金として合計6000万円の支払を余儀なくされた。
ウ慰謝料2000万円
刑事裁判の際に本件ストーブに欠陥があることが判明していれば,原告が有
罪判決を受けなかったことは明らかであり,これによって原告が被った精神的
苦痛は計り知れないから,これを慰謝するに足りる慰謝料の額は2000万円
を下回らない。
エ弁護士費用1700万円
原告は,代理人に本件訴訟を委任しており,事案の性質,内容に鑑みれば,
弁護士費用について,認容額の1割を限度として本件火災と相当因果関係のあ
る損害と認定するのが相当である。
(被告の主張)
いずれも争う。
第3当裁判所の判断
1前記前提となる事実に下記証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認
められる。
原告宅における灯油等の保管状況
原告は,本件火災が発生した当時,自宅において,本件ストーブの他に石油フ
ァンヒーター等を使用しており,それらのストーブに給油するための灯油を,2
0リットル用赤色ポリタンク3個に入れて,屋外便所の東隣に設置された冷蔵庫
の前に保管していた。
また,原告は,農作業用機械の燃料に使用するためのガソリンを,20リット
ル用白色ポリタンクに入れて,屋外便所の奥に保管していた。(乙9,14,弁
論の全趣旨)
本件火災発生に至る経緯等
原告は,平成12年2月20日の朝,起床直後に本件ストーブを暖房用に使用
したが,特段異常燃焼は起こらなかった。
原告は,同日午後4時ころ,農作業を行うために燃料となるガソリンを白色ポ
リタンクから別のポリ容器に取り分けて,作業用機械に給油した。
その後,原告は,同日午後5時30分ころ,妻から本件ストーブに灯油を補給
するよう指示され,本件ストーブのカートリッジタンクを屋外便所へ持参し,燃
料を補給した上で,本件ストーブにセットした。
原告は,同日午後6時30分ころ,自宅居間に設置されていたエアコン,電気
炬燵とともに本件ストーブのスイッチを入れ,燃焼を開始した。
同日午後8時30分ころ,原告とともに飲食をしていた友人が,本件ストーブ
の下方から四方にかけて炎が這うように燃え上がっているのを発見し,原告らが
座布団をかけるなどして消火を試みたものの,火の勢いが強くて消火が間に合わ
ず,本件火災が発生するに至った。
その後,通報を受けた消防隊が消火作業を行ったが,鎮火したのは同日午後1
0時18分であった。(甲1,乙9~13の2,弁論の全趣旨)
実況見分等の結果
同月21日午前9時から同日午前11時30分まで,本件火災が発生した原告
宅において消防による現場見分が実施された。また,同日午前9時32分から同
日午後1時35分まで,同所において警察による実況見分が実施された。
本件ストーブが置かれていた場所では油臭が感じられ,そこには布団の残焼物
(以下「本件布団」という。)が残されていた。本件布団は完全には炭化してお
らず,一部炭化を免れた部分が存在した。
床面上には多数の残焼物が存在しており,それらの残焼物を除去すると,本件
ストーブが置かれていた床の部分は焦げておらず,その周囲の床は黒く焼け焦げ
た状況であった。
本件ストーブの芯部分には液体が残存していたため,ガーゼで拭き取ってその
液体の採取がなされた。(以下「本件ガーゼ」という。)また,本件ストーブの油
受皿内には,茶色に濁った透明の液体が残っていた(以下「本件液体」という。)。
本件ストーブの燃料タンクには燃料等の液体は残っていなかった。(甲14,
15,乙14)
A鑑定の内容
ア山梨県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員Aは,同日から同月24日に
かけて,本件布団,本件ガーゼ及び本件液体等について,油類付着の有無及び
その種類等を鑑定事項として,鑑定を実施した。
イ本件布団は,20センチメートル×30センチメートル大のチャック付きポ
リ袋に収められており,水に濡れていて,重量は100グラムで顕著なガソリ
ン臭が認められた。
本件ガーゼは,径2.5センチメートル,高さ5.3センチメートル大の無
色透明ガラス瓶に収められており,色は灰色から灰黒色で,わずかに石油臭が
認められた。
本件液体は,径2.5センチメートル,高さ5.3センチメートル大の無色
透明ガラス瓶に収められており,茶色を帯びた透明液体3.7ミリリットルで,
石油臭が認められた。
ウAは,鑑定資料からSPME法による抽出を実施し,ガスクロマトグラフ検
査を行った。なお,SPME法とは,ガソリン,灯油,軽油等の揮発性物質を
SPMEファイバーに吸着・濃縮させた後,ファイバー付着物質についてガス
クロマトグラフ検査をする方法である。
その結果,Aは,本件布団からはガソリンが,本件ガーゼからはガソリンと
灯油が検出された旨の鑑定結果を報告した。また,本件液体は大部分が水と考
えられる液体であったが,ガソリンと灯油が検出された旨の鑑定結果も報告し
た。
なお,A鑑定のガスクロマトグラムには,揮発性物質の計測時間や計測量が
記載されていなかった。(以上乙17の1,18の1~20の2)
エAは,同年6月29日から同年7月5日にかけて,原告宅の台所エアコンカ
バーの燃え残り,台所入り口付近の壁ボード及び壁紙並びに廊下天井ボード等
を鑑定資料とし,これらを加熱するとガソリンが発生するか否かを鑑定事項と
して鑑定を行った。
Aは,上記鑑定資料をガスバーナーで加熱した後,SPME法による抽出を
実施し,ガスクロマトグラフ検査を行ったが,いずれの鑑定資料からもガソリ
ンの発生は認められなかった旨の鑑定結果を報告した。(乙17の3)
本件ストーブの状況等
山梨県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員Bは,同年6月20日,本件ス
トーブを鑑定資料とし,鑑定事項を本件ストーブの使用状態の有無及び異常燃焼
の有無等として,鑑定を実施した。
本件ストーブの燃焼筒の内側及び表面裏側,キャビネット内側表面,固定タン
ク表面等には煤の付着が認められた。また,固定タンクと芯案内筒の間のパッキ
ンは,一部炭化していたものの,両者の間の全体に渡って存在していた。カート
リッジタンクは,全体的に煤の付着が認められたものの,口金の内側には合成樹
脂製のパッキンが存在していて,このパッキンに破損等はみられなかった。油量
計の覗き窓は焼失しており,油量計を外すとパッキンが炭化した状態であった。
Bは,本件ストーブの上記状態から,本件ストーブには異常燃焼が認められる
としたうえ,その原因として,油量計の覗き窓が火災発生後に焼失して油が漏出
したこと,又は,ガソリン等の揮発性の高い液体がカートリッジタンク内にあり,
燃焼によって気化し,その蒸気圧によってカートリッジタンク内の液体が固定タ
ンクからオーバーフローして引火した可能性が考えられる旨の鑑定結果を報告
した。(乙21,23の1・2)
燃焼実験の内容
アB及び山梨県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員Cは,同年3月2日,
本件ストーブと同型のストーブ(被告製SX-D27WY,以下「実験ストー
ブ」という。)を使用して,燃焼実験を実施した。
Bらは,本件火災発生時に本件ストーブ付近で使用されていたものと同種の
丸型石油ストーブを実験ストーブと約1.2メートル離れた場所に置くなどし
て,本件火災発生時における本件ストーブの使用状況を再現した上,実験スト
ーブにガソリン等を入れて異常燃焼が生じるかを検証した。
Bらは,実験ストーブのカートリッジタンクに300ミリリットルの灯油及
び5140ミリリットルのガソリンを入れて実験ストーブにセットし,点火し
たが,7時間が経過しても実験ストーブに変化が現れなかったために実験を終
了した。
イBらは,同月8日,前記アと同様の方法により,再度燃焼実験を行った。
Bらは,同月2日と異なり,ガソリンの液温を本件火災発生当時の外気温近
くに設定した上,実験室内の温度及び実験ストーブの芯調節つまみの操作手順
も本件火災発生当時の状況を再現して,実験ストーブの燃焼状態を検証した。
その結果,実験ストーブを点火してから2時間9分30秒後に実験ストーブ
が異常燃焼を開始し,2時間9分33秒後に実験ストーブの右下から炎が発生
して,2時間9分53秒後にはカートリッジタンクの上部から炎が立ち,2時
間10分16秒後には実験ストーブ全体が炎に包まれた。
ウBらは,同月10日にも前記イと同様の方法により,燃焼実験を行った。な
お,この時には,原告が持参した新品の同型ストーブを実験ストーブとして使
用した。
その結果,実験ストーブを点火してから2時間25分19秒後に実験ストー
ブが異常燃焼を開始し,2時間25分44秒後にはカートリッジタンク上部か
ら炎が立ちこめ,2時間26分01秒後には実験ストーブ全体が炎に包まれた。
(以上乙22の1,23の1・2)
エBらは,同年4月11日,実験室内の状況を前記イ及びウと同一に設定し,
実験ストーブのカートリッジタンクに300ミリリットルのガソリン及び5
140ミリリットルの灯油を入れて,実験ストーブの燃焼状況を検証した。
Bらは同様の実験を2回行ったが,いずれも,実験ストーブ点火から3時間
が経過しても実験ストーブに異常燃焼は認められなかった。(乙22の2,2
3の1・2)
本件ストーブと同型のストーブの事故報告
消費者庁は,本件ストーブと同型のストーブで生じた事故について,以下の情
報を公表した(甲6,乙30)。
ア平成17年12月28日,東京都において,ストーブに給油後,再点火して
しばらくすると,当該ストーブから漏れていた灯油に気づき,消火しようとし
たが間に合わず,家屋を全焼した。原因を調査中である。
イ平成20年11月10日,東京都において,ストーブに点火し,燃焼したま
まストーブを水平に持って3メートルほど移動して置いてから,しばらくする
と,「ポン」と音がして炎が上がりカーテン等が焼損した。その後の調査によ
り,前記事故は,当該ストーブにガソリンを誤給油したことで異常燃焼し,火
災に至ったものであることが判明した。
ウ同月15日,群馬県において,ストーブの使用開始1時間後,「ボン」とい
う音と同時に突然ストーブの下部から炎が上がり,当該ストーブ全体に炎が上
がった。原因を調査中である。
エ平成21年2月4日,香川県において,ストーブを使用していたところ,し
ばらくして発煙・発火した。原因を調査中である。
オ同年11月22日,宮城県において,ストーブに点火し,しばらくするとス
トーブの下部から出火し,当該ストーブ及び周辺を焼損した。その後の調査に
より,前記事故は,子供がストーブを移動した際に漏れ出た灯油が,置台に堆
積していた埃に染みこみ,点火時に使用したマッチを置台に置いてことで,灯
油が染みこんだ埃に引火して火災が発生したものであることが判明した。
経済産業省の公表
経済産業省は,平成20年9月17日,消費生活用製品安全法35条1項に基
づき,被告製石油ストーブ等に付属するカートリッジタンクに関する注意喚起及
びリコール(無償点検・修理)の情報を公表した。
当該公表においては,平成12年以前の石油ストーブ等に付属するカートリッ
ジタンクの一部の製品において,長期間の使用による給油口の変形などの要因に
より,給油口がロックされたと誤認する半ロック状態になる事象が確認され,半
ロック状態に石油ストーブを消火せずに給油を行う誤使用が加わると,給油口の
蓋が開いて灯油がこぼれ,火災が発生するおそれがあるので,昭和62年から平
成12年までの間に製造された製品のカートリッジタンクを無償点検・修理する
旨が記載されていた。(乙7)
2争点(原告が本件ストーブにガソリンを給油したか)について
原告宅におけるガソリン等の保管状況
前記1のとおり,本件火災発生当時,原告宅においては,本件ストーブ等の
燃料に使用する灯油と農作業用機械の燃料に使用するガソリンの双方が保管さ
れており,その保管状況も,ポリタンクの色が赤と白という差異はあったものの,
どちらも20リットル用ポリタンクに入れられ,屋外便所の中と外という近接し
た場所に保管されているなど誤認し易いものであった。そして,前記1のとお
り,原告は,本件火災発生当日である平成12年2月20日午後4時ころ,農作
業用機械にガソリンを給油した上で,同日午後5時30分に本件ストーブに燃料
を補給したから,その際,誤って本件ストーブにガソリンを給油し得る状況が存
在したといえる。
本件ガーゼ及び本件液体からのガソリンの検出
前記1のとおり,本件ストーブ内から採取された本件ガーゼ及び本件液体か
らはガソリン及び灯油が検出されたところ,原告宅の壁ボード,壁紙及び天井ボ
ード等からは,加熱によってもガソリンが発生しなかったから,火災によって他
の存置物から本件ストーブにガソリンが付着したとは考え難く,本件ガーゼや本
件液体からガソリンが検出されたことは本件ストーブのカートリッジタンクに
ガソリンが給油されていたことを推認させるものである。
本件火災の燃焼状況
前記1及びのとおり,本件火災の燃焼状況は,本件ストーブの点火から約
2時間経過後,ストーブの下方から炎が這うように燃え上がり,原告らの消火作
業が間に合わないほどの勢いで燃え広がったというものであるが,これは,本件
ストーブと同型のストーブに5140ミリリットルのガソリン及び300ミリ
リットルの灯油を給油して燃焼実験を行った際の燃焼結果と,燃焼時間,出火状
況等において酷似している。
本件火災が本件ストーブの欠陥に起因する可能性
被告製石油ストーブのカートリッジタンクの一部には蓋の半ロック状態を生
じる欠陥があり,被告はその欠陥を理由としてそれらのカートリッジタンクを搭
載する石油ストーブのリコールを行ったが,前記1のとおり,経済産業省の公
表によれば,その欠陥は原始的に存在するものではなく,ストーブの長期間の使
用等により給油口が変形することによって生じる旨が明らかにされている。これ
に対し,前記前提となる事実のとおり,本件ストーブは,本件火災発生の約2
か月前に原告が電器店で購入したものであって,長期間の使用がなされていたも
のではないから,本件ストーブが蓋の半ロック状態を生じ得る条件を満たしてい
たとはいい難い。
さらに,カートリッジタンクの蓋の半ロック状態が原因で火災発生に至るメカ
ニズムについても,前記1のとおり,半ロック状態であった給油口の蓋が開い
て灯油がこぼれ,それと石油ストーブを消火せずに給油を行う誤使用とが相まっ
て,炎が灯油に引火する旨の情報が公表されているところ,本件火災の状況は点
火から約2時間経過した後にストーブ下方から炎が上がったというものであっ
て,公表されている火災発生のメカニズムとは明らかに異なるから,本件火災が
半ロック状態を生じるストーブの欠陥に起因するとは考え難い。
この点について,原告は,本件ストーブには本来の用法に従った使用をしてい
ても灯油が漏出する欠陥があった旨を主張する。
しかしながら,前記1のとおり,消費者庁によって本件ストーブと同型のス
トーブについての事故報告が数例なされているが,誤使用が原因である旨が判明
したもののほかは,いずれも原因が解明されていないから,これらはストーブの
本来の用法に従った使用をしていても灯油が漏出することを直ちに推認させる
ものではない。その他,この点を認定ないし推認させるに足る証拠はなく,原告
の前記主張は採用することができない。なお,被告は,石油ストーブのカートリ
ッジタンクの口金構造に改良を加えているが(乙31,32),改良の理由が給
油口から灯油が漏出するのを防止するためであると認めるに足りる証拠はない。
原告は,A鑑定の信用性について,その内容がSPME法の測定原理に反する
こと,本件布団から検出されたとするガソリン成分に燃焼の痕跡がみられないこ
となどを根拠として,当該鑑定結果には信用性が認められず,本件布団から検出
されたガソリンは本件ストーブに由来するものではない旨を主張する。
確かに,燃焼の影響を受けないガソリンのガスクロマトグラムと本件布団から
検出されたとするガソリン成分のそれとが同等であることなど,本件布団に関す
るA鑑定の結果には疑問な点があることは否定できない。
しかしながら,本件ガーゼや本件液体に関する鑑定結果については,原告主張
の諸点を考慮してもA鑑定に信用性がないとまではいえないし,この点も含め前
記ないしに説示したことからすれば,本件布団に関するA鑑定を除いたとし
ても,本件火災発生時,本件ストーブにガソリンが給油されていたことが優に認
められるというべきであって,原告が給油したのが灯油であったと認めることは
できない。
3結論
原告が本来の用法に従って本件ストーブを使用していたと認めることができな
い以上,本件火災によって原告が損害を被ったとしても,被告に対して,製造物責
任法に基づいて損害賠償請求をすることはできない。
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求には理由
がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
甲府地方裁判所民事部
裁判長裁判官林正宏
裁判官小川惠輔
裁判官岡田紀彦は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官林正宏

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