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平成29年2月22日判決言渡
平成27年(行ケ)第10231号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成28年11月22日
判決
原告株式会社エヌ・エル・エー
訴訟代理人弁護士永野周志
訴訟代理人弁理士加藤久
同森博
同遠坂啓太
同南瀬透
被告株式会社東洋新薬
訴訟代理人弁護士成川弘樹
同井上義隆
訴訟代理人弁理士髙津一也
主文
1特許庁が無効2015-800007号事件について平成27年9月25日
にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)被告は,平成25年3月26日,発明の名称を「黒ショウガ成分含有組成
物」とする特許出願をし(特願2013-64545号。優先日は平成24
年9月13日,優先権主張国は日本国。以下「本件出願」という。),平成
26年7月4日,特許権の設定登録を受けた(特許第5569848号。請
求項の数は2。以下「本件特許」という。)(甲12)。
(2)原告は,平成27年1月8日,特許庁に対し,本件特許の特許請求の範囲
請求項1及び2に記載された発明について特許無効審判請求をした。
特許庁は,これを無効2015-800007号として審理した上,平成
27年9月25日付けで,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決
をし(以下「本件審決」という。),その謄本は,同年10月5日,原告に
送達された。
(3)原告は,平成27年10月31日,本件審決の取り消しを求めて,本件訴
えを提起した。
2特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲12。以下,そ
れぞれ「本件発明1」「本件発明2」といい,これらを総称して「本件発明」
という。また,本件発明に係る明細書〔甲12〕を,図面を含めて「本件明細
書」という。)。
「【請求項1】黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の一
部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤に
て被覆したことを特徴とする組成物。
【請求項2】経口用である請求項1に記載の組成物。」
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであるが,その要旨は,
次のとおりである。
(1)原告が主張した無効理由
ア無効理由1(進歩性欠如)
本件発明は,次の甲1ないし甲7に記載された発明に基づいて,当業者
が容易に発明をすることができたものである(甲1ないし甲7は,いずれ
も本件優先日前に頒布された刊行物であり,甲3が主引用例,甲1及び甲
2が副引用例である。甲4ないし甲7は周知技術を示す文献である。)。
したがって,本件発明は,特許法29条2項の規定により,特許を受け
ることができないものであり,本件発明についての特許は,同法123条
1項2号により無効とされるべきである。
甲1特開2009-67731号公報
甲2特開2011-236133号公報
甲3特開2001-316259号公報
甲4特開2009-46438号公報
甲5特開2009-1513号公報
甲6高橋誠「食品素材の『ナノサイズ』カプセル化技術の開発」
オレオサイエンス第8巻第4号(2008年)151~15
7頁
甲7「食品の機能性を評価するために」JFRLニュース第3巻
第9号(2009年)1~4頁
イ無効理由2(実施可能要件違反)
本件明細書の実施例1及び2には,本件発明1に係る「パーム油(ナタ
ネ油)でコートした黒ショウガの根茎の乾燥粉末(黒ショウガ原末)」の
具体的な製造方法や原料の入手方法,すなわち,具体的にどのような大き
さ(粒径)の黒ショウガ原末(芯材)に対し,どのような手法を用い,ど
のような条件で,パーム油(ナタネ油)コートをおこなったかについての
記載がないため,当業者は,技術常識を考慮しても,当該パーム油(ナタ
ネ油)でコートされた黒ショウガ原末をどのように製造するかについて理
解することができない。
したがって,発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1を実施若しくは
追試できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず,実施可能要
件(特許法36条4項1号の要件)を満たしていない(本件発明1に「経
口用である」との限定を有する本件発明2についても同様である。)から,
本件発明についての特許は,同法123条1項4号により無効とされるべ
きである。
ウ無効理由3(明確性要件違反)
「(芯材)の表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含む
コート剤にて被覆した」状態がどのような状態であるかについて,請求項
1の記載から明確に理解することはできず,本件明細書の記載をみても,
コート層の厚み,被覆率等の記載がなく,黒ショウガ粒子とコート剤の相
対関係を明確に理解できないため,当業者は「(芯材)の表面の一部又は
全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆した」状態が
どのような状態であるかを明確に理解することができない。
したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,特許請求の
範囲の記載が明確でなく,特許法36条6項2号に規定する要件を満たし
ていないから,本件発明についての特許は,同法123条1項4号により
無効とされるべきである。
エ無効理由4(サポート要件違反)
請求項1における「ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆
した」という文言では,コート層の厚み,被覆率等が規定されておらず,
実施例においてもコート剤の被覆量が不明であり,仮にナタネ油あるいは
パーム油にポリフェノール類の体内への吸収を高める作用があるとしても,
どの程度の被覆量で「黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内
への吸収性を高める」作用が生じるかについては不明であり,コート剤が
極小量の場合や未被覆の部分を有する場合にまで所定の効果が得られると
はいえないから,本件発明は,発明の目的,効果を達成し得ない範囲を包
含している。
したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,特許請求の
範囲の記載が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えており,特許法36
条6項1号に規定する要件を満たしていないから,本件発明についての特
許は,同法123条1項4号により無効とされるべきである。
(2)本件審決の判断
ア無効理由1(進歩性欠如)について
本件発明は,甲1ないし7に記載された発明に基づいて,当業者が容易
に発明をすることができたものであるとはいえない。
イ無効理由2(実施可能要件違反)について
本件明細書の記載(段落【0004】,【0007】~【0009】,
【0011】,【0015】~【0025】,【0028】~【0033】)
から,本件発明の効果(黒ショウガ成分を経口で摂取した場合にも,特に
黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性を高めると
共に,摂取前の黒ショウガ成分の酸化を防止して保存安定性も高め,摂取
後の胃液等による変性を防止することができる。)が得られる限りにおい
て,原料となる黒ショウガの入手方法には何ら制限はなされておらず,本
件発明の目的(黒ショウガ成分を経口で摂取した場合においても,含まれ
るポリフェノール類を効果的に体内に吸収することができる組成物を提供
すること。)に合う限り黒ショウガ成分を含有する粒子の粒子径に制限は
なく,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤を用いる以外にコート剤
の材質に限定はなく,かつ公知の方法を適用することによってコート剤に
よる被覆が可能であることが読み取れる。
したがって,当業者は,本件明細書の記載に基づき,本件発明1の組成
物を作ることができる。
また,本件明細書の記載(段落【0011】,【0014】,【002
6】,【0034】~【0042】,【0045】,【0046】,【0
048】~【0079】,図1,図3,図4)によれば,本件発明1によ
り,黒ショウガ成分を経口で摂取した場合にもポリフェノール類の体内へ
の吸収性を高めることができるという所定の作用効果が得られるとともに,
本件発明1の組成物を飲食品若しくは製剤として摂取できることが本件明
細書に開示されているといえる。
したがって,当業者は,本件明細書の記載に基づき,本件発明1の組成
物を使用することができる。
以上によれば,当業者は,本件明細書の記載に基づき,本件発明1の組
成物を作ることができ,かつ,その物を使用することができるといえるか
ら,本件発明1は実施可能である(本件発明2についても同様である。)。
ウ無効理由3(明確性要件違反)について
「被覆」とはおおいかぶせること(広辞苑第五版)を意味する。そし
て,「おおう」とは露出するところがないように,全体にかぶせてしまう
意(同書)であり,「かぶせる」とは上におおう(同書)ことを意味して
いる。また,「被覆剤」とは表面上に連続した薄い膜を形成する材料の総
称またはこれらの材料でつくられた薄い膜を意味する(マグローヒル科学
技術用語大辞典第3版)。これらの語意からして,本件発明1の組成物に
おいて,「被覆」とは,黒ショウガ成分を含有する粒子が芯材となって,
表面にナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤が薄い膜としておおいか
ぶさっていることと理解できる。よって,請求項1において,「被覆」の
語意及び本件明細書の記載を考慮すれば,「被覆」とは,芯材をコート剤
でおおいかぶせることであることは当業者であれば理解できる。
そして,請求項1にはコート層の厚みもしくは被覆率に関する限定がな
い以上,黒ショウガ成分を含有する粒子である芯材の一部又は全部を,ナ
タネ油あるいはパーム油を含むコート剤が被覆してさえいればよいことも
文言上理解できる。そのため,請求人の主張にかかわらず,請求項1の記
載から,「(芯材)の表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油
を含むコート剤にて被覆した」状態がどのような状態かを当業者は明確に
理解することができるといえる。
したがって,請求項1の記載は明確である。
また,請求項2は,請求項1に「経口用である」との限定を加えたもの
であり,経口用とは口から与えるために用いることは明らかであるから,
請求項2の記載も明確である。
エ無効理由4(サポート要件違反)について
黒ショウガ成分を含有する粒子を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコ
ート剤にて被覆した組成物によって,ショウガ成分に含まれるポリフェノ
ール類の体内への吸収性を高めるという課題が解決できることを本件明細
書の発明の詳細な説明の記載(段落【0008】,【0009】,【00
11】,【0014】,【0026】,【0045】,【0046】)か
ら当業者は認識できるといえるから,本件発明1は本件明細書の発明の詳
細な説明に記載されている。
また,請求項2は,請求項1に「経口用」との限定が加わったものであ
るが,本件発明が経口用であることは本件明細書(段落【0008】~【
0011】,【0014】,【0035】)にも記載されており,実施例
でも経口投与(自由摂取)の例が開示されていることから(段落【004
8】~【0050】,【0056】),請求項2の事項も本件明細書に記
載されている。
(3)無効理由1(進歩性欠如)に関し,本件審決が認定した引用発明,本件発
明1と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア甲3に記載された引用発明A
茶ポリフェノール類粒子を芯材として,その表面の一部又は全部を,ナ
タネ油を含むコート剤にて被覆した組成物
イ引用発明Aとの対比
(一致点)
粒子を芯材として,その表面の一部又は全部を,ナタネ油を含むコート
剤にて被覆した組成物である点
(相違点a)
本件発明1では,黒ショウガ成分を含有する粒子が用いられているのに
対して,引用発明Aでは茶ポリフェノール類粒子が用いられている点
ウ甲3に記載された引用発明B
菜種極度硬化油及びポリグリセリン脂肪酸エステルを混合して加熱融解
し,ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルを混合し,茶ポリフェノ
ールを加えた油性懸濁液を調製し,これをコボールミルに掛けることによ
って得られた,平均粒子径1.0μmのポリフェノール微細化物
エ引用発明Bとの対比
(一致点)
組成物である点
(相違点b)
本件発明1では,「黒ショウガ成分を含有する粒子」が使用されている
のに対して,引用発明Bでは茶ポリフェノールが使用されている点
(相違点c)
本件発明1では,黒ショウガ成分を含有する粒子を「芯材」として,そ
の表面の一部又は全部が,ナタネ油あるいはパーム油を含む「コート剤」
にて「被覆」されているのに対して,引用発明Bでは,平均粒子径1.0
μmのポリフェノール微細化物が菜種極度硬化油,ポリグリセリン脂肪酸
エステル及びポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステルの混合物中に分
散している点
4取消事由
(1)サポート要件に関する判断の誤り(取消事由1)
(2)実施可能要件に関する判断の誤り(取消事由2)
(3)進歩性の判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)について
(原告の主張)
(1)本件無効審判手続における原告の主張は,次のとおりである。
請求項1における「ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆し
た」との文言は,コート層の厚み,被覆率等が規定されていない以上,コー
ト剤に含まれるナタネ油あるいはパーム油の量が極小量である構成をも許容
していることが明らかであるところ,仮にナタネ油あるいはパーム油にポリ
フェノール類の体内への吸収性を高める作用があるとしたとしても,これら
が極小量の場合には,当該ナタネ油あるいはパーム油に起因して本件発明の
効果(黒ショウガ成分を経口で摂取した場合にも,黒ショウガ成分に含まれ
るポリフェノール類の体内への吸収性を高める作用)を奏するとはいえない。
また,「その表面の一部又は全部を…」との文言は,芯材(黒ショウガ成
分を含有する粒子)におけるコート剤によって被覆されている部分がごく一
部である構成を許容していることが明らかであるところ,例えば,芯材にお
けるコート剤によって被覆されている部分が全表面積の10%,露出部分が
同90%であるとすると,露出部分はコート剤にて被覆されていない黒ショ
ウガ成分を含有する粒子と実質的に同一であるので,保存安定性,胃液など
による変性を防止できないことが通常であり,「摂取前の黒ショウガ成分の
酸化を防止して保存安定性も高め,摂取後の胃液等による変性を防止するこ
とができる」(段落【0011】)とする根拠が不明である。
以上のとおり,請求項1は,発明の詳細な説明に記載された課題を解決す
るための手段が反映されているとは認められず,発明の目的である「ポリフ
ェノール類の体内への吸収性の向上」や「黒ショウガ成分の酸化の防止」を
達成し得ない範囲を包含しているから,本件発明1は,発明の詳細な説明に
記載した範囲を超えることになる。
したがって,本件発明1は,発明の詳細な説明に記載したものではないの
で,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。本件発明1を
引用する本件発明2についても同様である。
(2)次に,本件訴訟手続における原告の主張は,次のとおりである。
ア本件発明につき発明の詳細な説明に記載されるべき技術的事項
本件発明は,黒ショウガ成分を経口で摂取した場合においても,それに
含まれるポリフェノール類を効果的に体内に吸収することができる組成物
を提供すること(黒ショウガの体内吸収性の向上)をその技術的課題とす
るものである。甲1の記載からみて,黒ショウガは,油脂を含むコート剤
で被覆されていない乾燥粉末のままのものであっても,体内に吸収される
ことは明らかであるから,本件発明が技術的課題とする「黒ショウガの体
内吸収性の向上」とは,体内に吸収される量を従来よりもより多くすると
いう量的なものとしての技術的課題でしかない。
したがって,「本件発明の組成物に係る黒ショウガ吸収量(=本件発明
の組成物を摂取したときにおける黒ショウガの体内吸収量)」が「非コー
ト黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸収量(=ナタネ油あるいはパーム油
を含むコート剤で被覆されていない黒ショウガ原末,すなわち,非コート
黒ショウガ原末を摂取したときにおける黒ショウガの体内吸収量)」より
も多くなっている(「黒ショウガ吸収量の有意差」が認められる)のでな
ければ,本件発明の技術的課題が解決されたことにはならない。
「黒ショウガの吸収量の有意差」を根拠付ける技術事項が本件明細書に
記載されているということができるためには,①本件発明の作用効果が「
黒ショウガの吸収量の有意差」のある作用効果であることを根拠付ける技
術事項(作用効果に係る技術事項),及び②「黒ショウガ原末をナタネ油
あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆する」ことが「黒ショウガ吸収
量の有意差」を実現する手段であることを根拠付ける技術事項(実現手段
に係る技術事項)が本件明細書に記載されていることを要する。
イ比較されるべき「非コート黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸収量」の
不記載
本件明細書の段落【0028】の記載からみて,「コーン油」は,黒シ
ョウガ原末を被膜する「コート剤」に用いられる「油脂」であることは明
らかであるから,比較例1(段落【0047】)の組成物(被験物質)に
ついての血中ポリフェノール量は,「本件発明の組成物に係る黒ショウガ
吸収量」と比較されるべき「非コート黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸
収量」の数値としては,不適格である。むしろ,黒ショウガ原末がコーン
油と混合されている比較例1の組成物は,黒ショウガ原末を単にコーン油
と混合したものではなく,「黒ショウガ原末を,コーン油を含むコート剤
で皮膜したもの」というべきものである。したがって,本件明細書の図1
から,「本件発明の組成物に係る黒ショウガ吸収量」が「非コート黒ショ
ウガ原末に係る黒ショウガ吸収量」よりも有意的に多いことを読み取るこ
とはできない。
以上のとおり,本件発明の採用効果が「黒ショウガの吸収量の有意差」
のある作用効果であることを根拠付ける技術的事項が本件明細書の発明の
詳細な説明に記載されているということはできないから,本件発明の技術
的課題である「黒ショウガの体内吸収性の向上」が本件発明の構成ないし
は解決手段によって解決されていることを認めるに足りる根拠が本件明細
書に記載されているとはいえない。
そうすると,特許請求の範囲に記載されている本件発明は,本件明細書
の発明の詳細な説明に記載された発明で,本件明細書の発明の詳細な説明
により本件発明の技術的課題を解決できると認識できる範囲のものではな
いから,本件特許はサポート要件に違反してなされたものである。
ウ「黒ショウガ原末をナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆
する」ことが「黒ショウガの吸収量の有意差」を実現する手段であること
を根拠付ける技術事項の不記載
(ア)仮に,比較例1の組成物が「非コート黒ショウガ原末」であるという
ことができるとしても(すなわち,比較例1の組成物が「黒ショウガ吸
収量の有意差」の有無を判定するために「本件発明の組成物に係る黒シ
ョウガ吸収量」との比較に供される適格性を有する組成物であったとし
ても),本件明細書には次の事項が記載されていないから,本件明細書
の発明の詳細な説明には「黒ショウガ原末をナタネ油あるいはパーム油
を含むコート剤にて被覆する」ことが「黒ショウガ吸収量の有意差」を
実現する手段であることを根拠付ける技術事項(実現手段に係る技術事
項)が記載されていない。
①「本件発明の組成物に係る黒ショウガ吸収量」を決定する要因に
ついての技術事項である,本件発明の組成物の成分である黒ショウ
ガの量とコート剤に含まれるナタネ油あるいはパーム油の量
②「非コート黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸収量」を決定する
要因についての技術事項である,「非コート黒ショウガ原末」の量
(イ)本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている「実現手段に係る技
術事項」
黒ショウガが体内に吸収される絶対量と黒ショウガの摂取量の絶対量
とが正の相関関係にあることは,自明である。本件明細書からは,実施
例1(段落【0045】)の被験物質を構成する黒ショウガとパーム油
のそれぞれの量を理解することはできない。そして,本件明細書の段落
【0033】の記載から実施例1の被験物質における黒ショウガ原末の
量とパーム油の量を定めることはできない。そうすると,本件明細書の
図1に記載されている実施例1の組成物(被験物質)の血中ポリフェノ
ール量が,黒ショウガ原末のどれだけの量と,パーム油のどれだけの量
とによって発現されているかは不明である。実施例2(段落【0046】)
についても同様である。
実施例1及び2において使用されているコーン油は,黒ショウガの成
分であるポリフェノールの体内吸収量(黒ショウガの体内吸収量)を高
める可能性のあるものである。しかし,本件明細書にはコーン油が血中
ポリフェノール量(=黒ショウガの体内吸収量)に影響を与えるかどう
かについて何ら記載されていないから,実施例1及び2の各組成物に係
る血中ポリフェノール量が,①黒ショウガ原末の量,②コート剤に含ま
れるパーム油あるいはナタネ油の量,及び③コーン油の量のいずれによ
って決定されるものであるのかは不明である。
(ウ)原告による本件発明の組成物に係る血中ポリフェノール量の測定結果
原告は,「本件発明の組成物に係る黒ショウガ吸収量」を決定する要
因である,①本件発明の組成物中における黒ショウガ原末の量,及び②
コート剤に含まれるナタネ油あるいはパーム油の量を特定して本件発明
の組成物に係る血中ポリフェノール(=黒ショウガの体内吸収量)の数
値が幾らとなるのかについて,「ラットを用いた血中ポリフェノール濃
度測定試験」(甲23。以下「甲23再現試験」という。)を行った。
甲23再現試験の結果によれば,パーム油もしくはナタネ油を含むコー
ト剤で被覆された黒ショウガ原末の組成物を摂取したときの黒ショウガ
の体内吸収量と「非コート黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸収量」と
には有意差が認められないから,黒ショウガ原末をパーム油あるいはナ
タネ油を含むコート剤で被覆することが「黒ショウガの体内吸収性の向
上」という本件発明の技術的課題を解決し「黒ショウガ吸収量の有意差」
を実現する手段であるということができない。
(エ)本件明細書の発明の詳細な説明における「実現手段に係る技術事項」
についての不記載
a甲23再現試験からは,パーム油の量が増加しても,血中ポリフェ
ノール量が高まることはないことを読み取ることができ,ナタネ油に
ついても同様である。そうすると,「黒ショウガ原末をナタネ油ある
いはパーム油を含むコート剤にて被覆する」ことが「黒ショウガの体
内吸収量の有意差」を実現する手段であるということはできないし,
本件明細書からは,「黒ショウガ原末をナタネ油あるいはパーム油を
含むコート剤にて被覆する」ことが「黒ショウガの体内吸収量の有意
差」を実現する手段であることを根拠付けることもできない。
b実施例1,実施例2及び比較例1のいずれの被験物質についても,
それに含まれる黒ショウガ原末の量が本件明細書に記載されていない
ために,「黒ショウガ原末をナタネ油あるいはパーム油を含むコート
剤にて被覆する」ことが「黒ショウガの体内吸収量の有意差」を実現
する手段であるということはできず,「黒ショウガ原末をナタネ油あ
るいはパーム油を含むコート剤にて被覆する」ことが「黒ショウガの
体内吸収量の有意差」を実現する手段であることを根拠付ける技術事
項(実現手段に係る技術事項)も記載されてはいない。
cなお,本件明細書の図1において,実施例2の被験物質に係る血中
ポリフェノール量は,被験物質の投与から1時間を経過しても更に上
昇を続け,それからしばらくして降下に転じ,かかる上昇と降下の状
況は凸状の曲線になる旨が記載されているが,実施例2において血中
ポリフェノール量の検査が行われたのは,被験物質の投与から1時間
後,4時間後及び8時間後の3つの時点においてだけであるから(段
落【0051】),時間の経過と血中ポリフェノール量との関係が曲
線になることはあり得ない。本件明細書の図1における実施例2の被
験物質に係る血中ポリフェノール量の変化曲線は,試験結果に基づか
ない恣意的・作為的な記載である。ほかにも,試験動物から採取する
1回当たりの血清の量を1mLとするなど,本件明細書の記載には不
自然さが多い(1回当たりの採取量を1mLにすると実験動物への負
担が大きく,試験に支障を来す。)。
d体内吸収性が低く油脂と共に摂取しても体内吸収性が幾分向上する
だけにとどまる黒ショウガ原末を,油脂と共に摂取することに代えて,
単にパーム油又はナタネ油を含むコート剤で被覆するだけで意外にも
黒ショウガの体内吸収性が高まる(段落【0009】)というのであ
れば,そのような単純な方法によって黒ショウガの体内吸収性が向上
することが自然法則に反したものではなく科学的根拠あるいは技術的
合理性があることを根拠付ける事実が開示されていなければ,特許法
36条所定の記載要件を満たしていることにはならない。ところが,
本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1,実施例2及び比較例
1のいずれについても,かかる科学的根拠あるいは技術的合理性があ
ることを根拠付ける最低限の技術的事項である黒ショウガ原末の量と
パーム油あるいはナタネ油の量さえも記載されていないから,「黒シ
ョウガ原末をナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆」す
ることが「黒ショウガの体内吸収量の有意差」を実現する手段である
ということはできない。
また,本件明細書の図1に示されている事項は,実施例1,実施例
2及び比較例1の被験物質(組成物)における黒ショウガの量が異な
っているといわざるをえないものであるから,実施例1あるいは実施
例2の各被験物質(組成物)に係る血中ポリフェノール量が「黒ショ
ウガの体内吸収量の有意差」を示しているということもできない。し
たがって,本件発明の作用効果が「黒ショウガの体内吸収量の有意差」
のある作用効果であることを根拠付ける技術事項(作用効果に係る技
術事項)も記載されていない。
e以上のとおり,仮に比較例1が「油脂でコートされていない従来か
らの黒ショウガ原末」であったとしても,特許請求の範囲に記載され
ている本件発明は本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で,
本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件特許が本件発明の技
術的課題を解決できると認識できる範囲のものではないから,本件特
許はやはりサポート要件に違反してなされたものである。
(3)(1)及び(2)によれば,本件審決のサポート要件に関する判断には誤りがあ
るから,本件審決は取り消されるべきである(取消事由としては,主位的に
(2)を,予備的に(1)を主張する。)。
(被告の主張)
(1)本件無効審判手続における原告の主張に対し
本件発明の特徴は,黒ショウガ粒子をナタネ油やパーム油で被覆すること
により,ポリフェノール類の体内への吸収性の向上を図ることができるとい
うところにあるのであって,ナタネ油,パーム油の量や,被覆割合にあるわ
けではない。換言すれば,黒ショウガ粒子の被覆剤として,ナタネ油やパー
ム油を用いることを特徴とするものである。
本件発明は,「黒ショウガ成分を経口で摂取した場合においても,含まれ
るポリフェノール類を効果的に体内に吸収することができる組成物」を提供
することを課題とし(段落【0008】等),その課題を,「(黒ショウガ
粒子)の表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤
にて被覆」することにより解決するものであって,発明の詳細な説明に記載
されたものであることは,本件審決に示されるとおりである。
原告は,当業者であれば本件明細書の記載から通常想定しないような極端
なケースを挙げてサポート要件違反を主張するが,このような技術的にみて
通常想定しないような極端なケースの主張は,技術常識から逸脱した主張で
あり,適切な発明の保護の観点からみて,不当な主張であることは明らかで
ある。
(2)本件訴訟手続における原告の主張に対し
原告の主張は,本件無効審判手続で主張されていない新たな主張であるか
ら,本件訴訟における審理の対象から除外されるべきものであるが,この点
を措くとしても,次のとおり失当である。
ア本件発明につき発明の詳細な説明に記載されるべき技術的事項について
本件明細書の図1には,黒ショウガ原末(比較例1)の血中ポリフェノ
ール量(黒ショウガ吸収量),並びにパームコート及びナタネコート黒シ
ョウガ原末(実施例1及び2)の血中ポリフェノール量が記載されており,
また,本件明細書の段落【0054】には「図1から明らかなように,実
施例1,2の油脂コートを行った黒ショウガ原末を摂取した群の血中ポリ
フェノール量は,いずれも黒ショウガ原末を摂取させたものに比べて高い
値を示している。特に,ナタネ油でコートを行った実施例2は,血中にと
りこまれるポリフェノール量が多く,また,それが長時間にわたり持続す
ることが分かった。」と記載されている。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,実質的に,原告の主
張する「黒ショウガ吸収量の有意差」を認めるのに十分な「本件発明の組
成物に係る黒ショウガ吸収量」及び「非コート黒ショウガ原末に係る黒シ
ョウガ吸収量」の数値が記載されている。また,ナタネ油あるいはパーム
油を含むコート剤にて被覆することに起因して,「本件発明の組成物に係
る黒ショウガ吸収量」が「非コート黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸収
量」よりも向上すること(黒ショウガ吸収量の有意差)が明らかにされて
おり,それが原告の主張する「黒ショウガ吸収量の有意差」を実現する手
段であることを根拠付ける技術的事項も記載されている。
イ比較されるべき「非コート黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸収量」の
不記載について
(ア)原告は,比較例1の組成物(被験物質)に係る血中ポリフェノール量
は,「本件発明の組成物に係る黒ショウガ吸収量」と比較されるべき「
非コート黒ショウガ原末に係る黒ショウガ吸収量」の数値としては,不
適格であると主張するが,比較例1は比較例として適切なものであり,
原告の主張は失当である。
すなわち,実施例1及び2と比較例1とは,被験物質を溶媒(分散媒)
としてのコーン油に分散してラットに投与するという点で同じ条件を採
用しており,実施例と比較例で異なるのは,黒ショウガ原末にコート剤
が被覆されているか否かであるから,コート剤による被覆の作用効果は
明確に示されている。
また,上記実施例及び比較例においてコーン油を用いたのは,ラット
に対してゾンデで強制経口投与するために液状とする必要があるからで
あり,また,被験物質の均一な分散を図る目的からである。
ここで,「経済協力開発機構(OECD)の化学物質の試験に関する
ガイドライン」(乙2)の「投与の準備」の項には,「必要に応じて,
被験物質を適切な溶媒に溶解または懸濁する。可能な限り,まず水溶液
/水性懸濁液の使用を考慮し,次に油(コーン油など)の溶液/懸濁液
を,その後に他の溶媒の溶液を考慮することが推奨される。」と記載さ
れており,「OECD毒性試験ガイドライン」(乙3)にも同様の記載
がある。
上記実施例においても,まずは被験物質の水への懸濁を試みたが,水
では十分に分散せず粒が塊となってしまい,ゾンデが詰まって動物への
投与が困難であったことから,水に代えてコーン油を使用した経緯があ
る。
このように,コーン油は動物実験で通常用いられる溶媒であって,コ
ーン油を用いたのは,被験物質を均一に分散させて正確なデータを取得
するためにすぎず格別の技術的意義はない。不均一な分散状態(一部に
塊がある)であると,各試験において摂取する被験物質の状態が異なり,
正確なデータを取得することができないことは明らかであるから,正確
なデータを取得するために,被験物質を均一な分散状態としてラットに
摂取させることが必要なことは当業者であれば容易に理解できる。
なお,本件明細書の段落【0028】には,油脂の具体例として,と
うもろこしから得られる植物性油脂が挙げられているが,同段落には,
ナタネ油及びパーム油が好ましい旨が記載されると共に,実際,本件発
明におけるコート剤は「ナタネ油及びパーム油」であり,コーン油は本
件発明のコート剤に含まれる油脂には当たらない。さらに,上記実施例
及び比較例で用いられたコーン油は一般的な溶媒であって,本件明細書
に触れた当業者は,コーン油が被験物質の均一な分散を図る目的で使用
されていると容易に理解することができる。
(イ)原告は,黒ショウガ原末がコーン油と混合されている比較例1の組成
物は,黒ショウガ原末を単にコーン油と混合したものではなく,「黒シ
ョウガ原末を,コーン油を含むコート剤で皮膜したもの」というべきも
のであるとも主張する。
しかし,比較例1で示される被験物質をコーン油に混合したものは,
コート剤で被覆したものとはいえない。被覆した状態と分散した状態が,
技術的に異なることは当業者であれば自明なことである。
すなわち,比較例1においては,被験物質に対して大量のコーン油を
用いているのであって,被覆状態を形成できるような少量のコーン油と
混合しているわけではない。
比較例1においては,黒ショウガ原末(被験試料)の濃度が150m
g/mLであるところ,コーン油の比重は0.9g/mL程度であるこ
とから(乙4),被験物質の6倍程の大量のコーン油が用いられている。
コート剤による被覆量は,本件明細書の段落【0033】の記載からみ
て,極めて少なく,比較例1で示される被験物質をコーン油に混合した
ものが,コーン油により被覆されている状態といえないことは明らかで
ある。被覆した状態と分散した状態が技術的に異なることは,本件審決
でも認定されている。
以上のとおり,比較例1の組成物は,比較例として適切なものである
と共に,実施例1及び2と比較例1とは,被験物質をコーン油に分散し
てラットに投与するという点で同じ条件を採用しており,本件発明のコ
ート剤による被覆の作用効果は明確に示されているといえることから,
原告の主張は失当である。
ウ「黒ショウガ原末をナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆
する」ことが「黒ショウガの吸収量の有意差」を実現する手段であること
を根拠付ける技術事項の不記載について
(ア)本件明細書には,本件発明の組成物の成分である黒ショウガの量及び
コート剤に含まれるナタネ油あるいはパーム油の量並びに非コート黒シ
ョウガ原末の量が,当業者が容易に実施できる程度に記載されているか
ら,原告の主張は当を得たものではない。実施例1においては,段落【
0045】の記載のとおり,パーム油でコートした乾燥粉末(被験試料)
の濃度が150mg/mLであり,これを10mL/kg投与している
のであるから(段落【0050】),被験試料がラットに対して,15
00mg/kg投与されていることが理解できる。なお,コート剤によ
る被覆量は150mg/kgであり,黒ショウガそのものの投与量は1
350mg/kgである(コート剤による被覆量:黒ショウガ=11.
1重量部:100重量部)。また,段落【0047】の記載や表1から,
比較例1においては,非コート黒ショウガ原末(被験物質)が,ラット
に対して1500mg/kg投与されていることが理解できる。
なお,原告は,「本件発明の組成物の成分である黒ショウガの量及び
コート剤に含まれるナタネ油あるいはパーム油の量」を問題としている
が,本件明細書の段落【0033】には,「コート剤の被覆量は,油脂
の含有量に応じて適宜調整することができ,特に制限されることはない
が,黒ショウガ成分を含有する粒子100重量部に対し,1~50重量
部とすることが好ましい。」と記載されており,当業者であれば,黒シ
ョウガ量及びナタネ油あるいはパーム油の量を適宜調整して黒ショウガ
のコート品を製造することできる。
(イ)甲23再現試験に基づく原告の主張に対する反論
原告の試験方法には,最も重要なコート剤の被覆方法において問題が
あったものと推察され(アトマイザーを用いたコート剤の噴霧方法に問
題があり,シャーレ内の黒ショウガ粉末が十分に被覆されていなかった
可能性が極めて高い。),この問題に起因して本件発明の効果(ポリフ
ェノールの体内吸収量の向上)がみられなかったものと考えられる。し
たがって,適切でない試験結果に基づく原告の主張が失当であることは
明らかである。
(ウ)被告による追試
被告従業員の報告書(乙6)及び第三者機関の報告書(乙7)に示さ
れるとおり,被告は,本件発明の効果を改めて確認すべく,甲23再現
試験の被験物質2の調製法(甲21)に準じて被験物質を調製し,被験
物質投与1時間後におけるポリフェノール体内吸収量の測定を行った。
その結果,乙6及び乙7に示されるように,コーティング液が全量被
覆されるように被覆方法を改良した被験物質3(ビニール袋を用いて被
覆したもの)について,被験物質投与1時間後におけるポリフェノール
体内吸収量は,被覆していない黒ショウガ粉末(被験物質1)に比べて
有意に向上することが確認された。
なお,甲23再現試験と同様にシャーレ内で噴霧したもの(被験物質
2)についても,被覆していない黒ショウガ粉末(被験物質1)に比べ
てポリフェノール体内吸収量は向上していたが,ビニール袋を用いて被
覆したもの(被験物質3)と比べると劣っていた。これは,上記のよう
に,被覆されていない黒ショウガ粉末の割合が多いことによるものと考
えられる。
(エ)原告のその他の主張に対する反論
原告は,本件明細書の図1のグラフについて,曲線になることはあり
得ず,試験結果に基づかない恣意的・作為的な記載である旨主張するが,
当該曲線はマイクロソフト社の表計算ソフト(エクセル)を用いて作成
された散布図をそのまま使用したものであり,全く恣意的なものではな
い。
また,原告は,試験動物から採取する1回当たりの血清の量を1mL
とするなど,本件明細書の記載には不自然さが多いなどとも主張するが,
この点については,ラットへの負担及びかかる負担によるデータの信頼
性の低下を防止すべく,各時間(1h,4h,8h)において,別のラ
ットを用いて血液を採取しているのであり,このことは本件明細書から
も読み取ることができる。
したがって,原告の主張は失当である。
(3)以上のとおり,原告の主張はいずれも失当であり,本件審決の認定判断に
誤りはない。
2取消事由2(実施可能要件に関する判断の誤り)について
(原告の主張)
(1)本件無効審判手続における原告の主張は,次のとおりである。
ア本件発明1について
本件発明1の実施例に相当する実施例1及び2に係る説明には,「パー
ム油(ナタネ油)でコートした」と記載されているだけであり,本件発明
1に係る「パーム油(ナタネ油)でコートした黒ショウガの根茎の乾燥粉
末(黒ショウガ原末)」の具体的な製造方法や原料の入手方法が記載され
ていない。
そのため,具体的にどのような大きさ(粒径)の黒ショウガ原末(芯材)
に対し,どのような手法を用い,どのような条件で,パーム油(ナタネ油)
でコートされた黒ショウガ原末をどのように製造するかについて,当業者
が技術常識を考慮しても理解できない。
したがって,発明の詳細な説明は,本件発明1を当業者が実施できる程
度に明確かつ十分に記載されているとはいえないので,実施可能要件を満
たしていない。
イ本件発明2について
「経口用である」ことを発明特定事項とする本件発明2においても,「
黒ショウガ搾汁粉末」及び「黒ショウガエキス粉末」に対して,具体的に
どのような手法を用い,どのような条件で,ナタネ油のコートを行ったか
について記載がないため,どのような条件で,ナタネ油でコートされた「
黒ショウガ搾汁粉末コート品」及び「黒ショウガエキス粉末コート品」を
どのように製造するかについて,当業者が技術常識を考慮しても理解でき
ない。
また,実施例13ないし17(段落【0079】)に記載の「黒ショウ
ガの根茎の乾燥粉末のコート品」についてもコート方法の記載がない。
したがって,発明の詳細な説明は,本件発明2を当業者が実施できる程
度に明確かつ十分に記載されているとはいえないので,実施可能要件を満
たしていない。
(2)次に,本件訴訟手続における原告の主張は,次のとおりである。
前記1(2)(原告の主張に関する部分)で主張したとおり,本件明細書の発
明の詳細な説明には,実施例1及び2並びに比較例1のいずれについても黒
ショウガ原末の量とパーム油あるいはナタネ油の量が記載されてはおらず,
「実現手段に係る技術事項」が記載されていないから,本件発明の技術的課
題である「黒ショウガの体内吸収性の向上」が解決された「黒ショウガ吸収
量の有意差」のある組成物を生産するために,当業者は過度の試行錯誤を強
いられる。
したがって,本件発明に係る特許は実施可能要件にも違反してなされたも
のである。
(3)(1)及び(2)によれば,本件審決の実施可能要件に関する判断には誤りがあ
るから,本件審決は取り消されるべきである(取消事由としては,主位的に
(2)を,予備的に(1)を主張する。)。
(被告の主張)
(1)本件無効審判手続における原告の主張に対し
ア本件発明1について
実施可能要件は,明細書の記載全体から判断されるものであり,実施例
の記載のみから判断されるものではない。特に,本件明細書の段落【00
15】ないし【0025】には,黒ショウガ成分を含有する粒子について
記載され,段落【0028】ないし【0032】には,コート剤による被
覆について記載されており,これらの記載や技術常識により,当業者であ
れば,本件発明を実施できることは,本件審決に示されているとおりであ
る。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1を当業者が
実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。
イ本件発明2について
前記のとおり,実施可能要件は,明細書の記載全体から判断されるもの
であり,実施例の記載のみから判断されるものではないところ,本件明細
書の段落【0015】ないし【0025】には,黒ショウガ成分を含有す
る粒子について記載され,段落【0028】ないし【0032】には,コ
ート剤による被覆について記載されているのであるから,本件審決が認定
するとおり,本件明細書の詳細な発明の記載や技術常識により,当業者で
あれば,本件発明を実施できることは明らかである。
(2)本件訴訟手続における原告の主張に対し
原告の主張は,本件無効審判手続で主張されていない新たな主張であるか
ら,本件訴訟における審理の対象から除外されるべきものであるが,この点
を措くとしても,原告の主張は失当である(理由は前記1(2)〔被告の主張に
関する部分〕で主張したとおりである。)。
(3)以上のとおり,原告の主張はいずれも失当であり,本件審決の認定判断に
誤りはない。
3取消事由3(進歩性の判断の誤り)について
(原告の主張)
(1)本件審決が相違点aに係る構成の容易想到性を否定する根拠としているの
は,甲1の段落【0013】における「また,黒生姜は風味に関して難点が
少なく,同様に性状についても,難点が少ない。」という記載(したがって,
風味に関する課題に乏しいという結論が導かれる。)だけである。
しかし,甲1の上記記載は不正確であり,黒ショウガは,摂取できないほ
どの風味ではないものの,苦みや渋みがあることは周知であって,黒ショウ
ガの経口摂取においてその特異な苦みや渋みを感じないようにすることは周
知の技術的課題である。
(2)黒ショウガの苦みや渋みとそれを感じないようにする技術的課題
黒ショウガは,精力増進,滋養強壮,冷え性改善等の様々な効果・効能が
あることから,古くから摂取されており,我が国では10数年前から健康食
品として広く販売されている(甲28,29)。
しかし,黒ショウガには苦みや渋みがあることから,黒ショウガを経口摂
取したときに黒ショウガの特異な苦みや渋みを感じないようにする工夫が行
われている(甲30,31)。黒ショウガに苦みや渋みがあるのは,黒ショ
ウガの成分であるポリフェノールに苦みや渋みがあるからである(甲28)。
また,特開2001-309763号公報(甲32・段落【0002】~【
0004】)にも,ポリフェノールには苦みや渋みがあり,それを感じない
よう摂取できるようにすることが技術的課題として記載されている(甲33
~35の各公報においても,苦みや渋みを感じることなく黒ショウガを経口
摂取することが黒ショウガの技術的課題とされている。)。
以上によれば,黒ショウガの経口摂取においてその特異な苦みや渋みを感
じないようにすることは周知の技術的課題である。
なお,甲34と甲35は,いずれも,本件優先日よりも後の刊行物である
が,本件発明の優先日前において既に黒ショウガの苦みや渋みを感じないよ
うにするための工夫が行われており(甲31),さらに,経口摂取したとき
に黒ショウガの苦みや渋みを感じないようにすることを技術的課題とする発
明も存在していた(甲33)のであるから,黒ショウガの経口摂取において
その特異な苦みや渋みを感じないようにすることが周知の技術的課題である
ことを補強するものであるということができる。
そうすると,甲1の「また,黒生姜は風味に関して難点が少なく,同様に
性状についても,難点が少ない。」という記載をもって,相違点aに係る構
成の容易想到性を否定した本件審決の判断は明らかに誤りである。
(3)効果の顕著性に関する判断の誤り
本件発明が「黒ショウガ吸収量の有意差」のある作用効果を発揮するもの
といえないことは前記のとおりであるから,本件明細書の実施例1(パーム
油被膜)については,比較例1に対してポリフェノール類の体内吸収性が格
段に高められたものであるということはできず,「黒ショウガ吸収量の有意
差」があるものではない。したがって,本件審決がかかる原告の主張を排斥
して,本件発明の作用効果は当業者であっても予測困難であるとして本件発
明の進歩性を肯定した判断は誤りである。
(4)以上によれば,本件発明の進歩性を肯定した本件審決の判断は誤りである
から,この点においても,本件審決は取消しを免れない。
(被告の主張)
(1)甲1には,黒ショウガは風味に関して難点が少ないことが明記されており,
また,「当該組成物は,実用性が高く,飲食品,医薬部外品,医薬品等に幅
広く使用することができる。」と記載されていることからしても,かかる組
成物は,特にマスキング加工を施す必要性が高いものとは考えられない。ま
た,仮に原告の主張するように,上記記載を「摂取できないほどの風味では
ない」という意味に解したとしても,そのように通常でも摂取できるような
ものを,わざわざ甲3記載の方法により加工することは考えにくい。
すなわち,甲3に記載された引用発明Aは,多価アルコール脂肪酸エステ
ルを用いる第1工程を経て,さらに,多価アルコール脂肪酸エステルを用い
る第2工程を経るといった特別な操作を必須とする煩雑なものであることか
ら,甲3をみた当業者は,通常は,ポリフェノール類由来の渋み・苦みを低
減する必要性が極めて高い原料に対してでなければ,かかる煩雑な操作を行
おうとすることはない。特に工業的生産を行う場合には,コストの面でこの
ような煩雑な操作は大きな阻害要因となることから,かかる煩雑な操作を行
おうとしないことはより明らかである。実際,引用発明Aにおいては,その
原料であるポリフェノール類粒子には,ポリフェノール含量が非常に高いポ
リフェノール製剤であり,そのまま摂取することは通常考えにくいものが用
いられている。例えば,甲3の実施例1ないし3においては,原料ポリフェ
ノールとして,市販品の純度の高いポリフェノールが用いられており,実施
例3においてはその含有率が95%と明記されている。
(2)黒ショウガの苦みや渋みとそれを感じないようにする技術的課題について
甲31に示されているのは,黒ショウガ入りの「ハチミツ」であって,黒
ショウガのマスキングのために蜂蜜を加えているわけではないから,黒ショ
ウガの苦みを感じないような工夫が行われていることの記載があるとはいえ
ない。また,甲33は,「ショウガ科のウコン等」と記載されており,ウコ
ンと黒ショウガは異なる属に属するものであるから(甲21の別紙1-2参
照),黒ショウガについて記載されているものではない。その他,甲28や
30には,黒ショウガに苦みがあることが記載されているが,他方で,甲1
には,「黒生姜は風味に関して難点が少なく,…そのため,当該組成物は,
実用性が高く,飲食品,医薬部外品,医薬品等に幅広く使用することができ
る。」(4頁1~3行目)との記載があり,乙8(黒ショウガを用いた商品
に関するウェブページ)には,「ただ,そんなに嫌な匂いでもなく,すっき
りしていてちょっといいにおいかも・・・。ぺろっとなめても,そんなにエ
グみもなく,顆粒でも全然飲めそうなかんじでした^^そんなにクセやにお
いも無く,クラチャイダムってけっこう飲みやすいんだって感じました。」
との記載があり,乙9の11頁(Table1)には,Krachaidam(黒ショウガ)
の「Taste」として「aromatic」と記載され,特段風味に問題がないことが示
されており,黒ショウガが,風味に関して絶対的な難点を有するものでない
ことは明らかである。例えば,原告が挙げた甲34にも,「独特の刺激的な
味や臭いから人によっては経口摂取に抵抗があった。」と記載されており,
その風味の感じ方は好みの問題であるともいえる。
したがって,「黒ショウガの経口摂取においてその特異な苦みや渋みを感
じないようにすることは周知の技術的課題である。」などとはいえないこと
は明らかである。なお,甲34及び35は,本件出願後に公開されたもので
あり,これらの文献に記載された技術的課題が本件出願時に周知であったこ
とを裏付けるものではない。
よって,このような必ずしも渋み・苦みを低減する必要性の高くない黒シ
ョウガを,非常に煩雑でコスト増となる引用発明Aに適用しようとは,当業
者が考えないことは明らかであり,本件審決の認定判断に誤りはない。
(3)効果の顕著性に関する判断の誤りについて
本件明細書の図1には,ナタネ油あるいはパーム油により被覆された黒シ
ョウガ原末(実施例1及び2)を摂取することにより,被覆されていない黒
ショウガ原末(比較例1)を摂取した場合と比べて,ポリフェノールの体内
への吸収性が格段に高められたことが示されている。
さらに,黒ショウガのポリフェノールの体内への吸収性を高めるという本
件発明の効果が,当業者に予期できない格別な効果であることは,甲3及び
甲10の結果からも理解できる。例えば,甲3では,「ポリフェノールの生
体吸収性及び生体利用性に対し,本発明にかかるマイクロカプセルが何らの
障害にもなっていないことを裏付けるものである。」(段落【0042】)
と記載され,茶ポリフェノールの吸収性は低下しなかったという消極的な記
載にとどまっている。また,甲10の表2には,未処理の茶ポリフェノール
(比較品3)に比較して,菜種油で被覆した茶ポリフェノール(実施例1及
び比較例2)の方が,消化吸収性が低くなるという結果が示されており,本
件発明とは逆の結果が示されている。このような文献の記載からすれば,当
業者は,黒ショウガ粒子をナタネ油等で被覆した場合には,黒ショウガポリ
フェノールの体内への吸収性が低くなると考えるのが普通であるから,逆に
黒ショウガポリフェノールの吸収性が高まるという本件発明の格別な効果が
当業者にとって予期できないものであることは明らかである。
(4)以上のとおり,引用発明Aにおいて,茶ポリフェノールに代えて,甲1及
び甲2に記載された黒ショウガ粒子を適用することは,当業者といえども容
易に想到し得るものではなく,また,本件発明は,黒ショウガ由来のポリフ
ェノールの体内吸収が向上するという当業者が予期できない効果を奏するも
のであることから,本件発明が進歩性を有することは明らかである。
したがって,原告の主張はいずれも失当であり,本件審決の認定判断に誤
りはない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)について
(1)特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとす
る発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件に適合する
ものでなければならないと定めている。その趣旨は,発明の詳細な説明に記
載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明に
ついて独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反する
から,そのような特許請求の範囲を許容しないとしたものである。
そうすると,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範
囲に記載された発明が,①発明の詳細な説明に記載された発明で,②発明の
詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当
業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる
範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
しかるところ,原告は,①請求項1における「ナタネ油あるいはパーム油
を含むコート剤にて被覆した」との文言は,コート層の厚み,被覆率等が規
定されていない以上,コート剤に含まれるナタネ油あるいはパーム油の量が
極小量である構成をも許容していることが明らかであるところ,これらが極
小量の場合には,当該ナタネ油あるいはパーム油に起因して本件発明の効果
(黒ショウガ成分を経口で摂取した場合にも,黒ショウガ成分に含まれるポ
リフェノール類の体内への吸収性を高める作用)を奏するとはいえないこと,
②「その表面の一部又は全部を…」との文言は,芯材(黒ショウガ成分を含
有する粒子)におけるコート剤によって被覆されている部分がごく一部であ
る構成を許容していることが明らかであるところ,例えば,芯材におけるコ
ート剤によって被覆されている部分が全表面積の10%,露出部分が同9
0%である場合に,「摂取前の黒ショウガ成分の酸化を防止して保存安定性
も高め,摂取後の胃液等による変性を防止することができる」(段落【00
11】)とする根拠が不明であることの2点を理由に,本件発明は,発明の
目的である「ポリフェノール類の体内への吸収性の向上」や「黒ショウガ成
分の酸化の防止」を達成し得ない範囲を包含しており,発明の詳細な説明に
記載した範囲を超えているのに,本件審決がサポート要件違反を認めなかっ
たのは誤りであると主張するので,以下,この点について検討する(なお,
原告は,本件訴訟手続においては,上記主張を予備的主張と位置付けている
が,裁判所は当事者が付した主張相互の順序に拘束されるものではないから,
この点から判断することについて妨げはないというべきである。)。
(2)前提となる事実関係等
ア本件明細書の記載
証拠(甲12)によれば,次の記載が認められる。
(ア)技術分野
【0001】本発明は,黒ショウガ成分を含有する組成物に関する。
(イ)背景技術
【0002】黒ショウガは学名をケンプフェリア・パルビフローラ(
Kaempferiaparviflora)といい,黒ウコンある
いはクラチャイダムの別名を有する。東南アジアに分布し,ショウガ科
(Zingiberaceae)ケンプフェリア(Kaempferi
a)属の植物の一種である。タイやラオス等の伝承医学においては健康
食品として知られており,精力増進,滋養強壮等の効果があると言われ
ている。
【0003】黒ショウガに含まれる有効成分としては,…例えば,…
ポリフェノールがあり,…さらに,ポリフェノールの一種であるアント
シアニンやアントシアニジンが豊富に含まれている…。
【0004】ところで,一般に,人体にとって有用な機能成分が含ま
れる飲食品等の中には,腸管透過吸収が悪く,その本来の機能が十分発
揮されないものも多い。…ポリフェノールを含有する素材においても,
一般に摂取されたポリフェノールの生体内に取り込まれる量は極めて少
ないことが知られている。…
【0005】これらの吸収を促進するため,従来,例えば,…吸収促
進剤との併用が提案され…また,…生体の腸管から容易に吸収できる程
度までに低分子化する方法が示されている…。
(ウ)発明が解決しようとする課題
【0007】しかしながら,上記方法によっても,ポリフェノールの
生体内への吸収性はいまだ十分なものとは言えなかった。また,植物由
来のポリフェノールはその植物の種類によって構造や性質が大きく異な
るため,他の植物由来のポリフェノールについて知られている吸収性の
改善方法を,そのまま黒ショウガに転用することはできない。そして,
黒ショウガ成分に含まれるポリフェノールについては,どのようなもの
が腸管透過吸収性を効果的に助けるのかは知られていなかった。
【0008】本発明は,黒ショウガ成分を経口で摂取した場合におい
ても,含まれるポリフェノール類を効果的に体内に吸収することができ
る組成物を提供することを目的とする。
(エ)課題を解決するための手段
【0009】本発明者らは,油脂を含むコート層で,上述の黒ショウ
ガ成分含有コアの表面の一部又は全部を被覆することにより,意外にも,
経口で摂取した場合においても,黒ショウガ成分に含まれるポリフェノ
ール類の体内への吸収性が高まることを見出し,本発明を完成するに至
った。
(オ)発明の効果
【0011】本発明によれば,黒ショウガ成分を経口で摂取した場合
にも,特に黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収
性を高めると共に,摂取前の黒ショウガ成分の酸化を防止して保存安定
性も高め,摂取後の胃液等による変性を防止することができる。
(カ)発明を実施するための形態
【0014】本発明の組成物は,黒ショウガ成分を含有する粒子と,
その表面の一部又は全部を被覆した油脂を含むコート層と,を含む。本
発明の組成物は,経口で摂取した場合においても,黒ショウガ成分の体
内への吸収性が高い。…
【0015】黒ショウガ成分を含有する粒子とは,黒ショウガに由来
する成分を含む粒子のことを言い,黒ショウガに由来する成分を含み,
かつ粉末化,粒子化,顆粒化等されていれば,黒ショウガの加工方法に
ついて特に制限はない。例えば,黒ショウガの乾燥粉末,黒ショウガ抽
出物を粉末化したもの,黒ショウガ中の成分を任意の方法で分画して粉
末化したもの等が該当する。また,この粒子は固体である必要は無く,
リポソームやマイクロカプセル等液体でも良い。
【0016】上記黒ショウガの乾燥粉末としては,例えば,洗浄後,
スライスした黒ショウガを天日,あるいは乾燥機を用いて乾燥後,その
ままあるいは適当な形状又は大きさに裁断して得た加工品を,粉砕装置
を用いて粉砕することで得ることができる。…
【0017】上記黒ショウガ抽出物を粉末化したものとしては,例え
ば,黒ショウガの抽出物をそのままあるいは濃縮して,液状物,濃縮物,
ペースト状で,あるいは,さらにこれらを乾燥した乾燥物の形状で用い
ることができる。…
【0018】上記黒ショウガの抽出物は,黒ショウガ又はその加工物
を適切な溶媒で抽出することによって得られる。抽出に使用される溶媒
としては,エタノール,…等の低級アルコール,酢酸エチル,…等の低
級エステル,アセトン,及びこれらと水との混合物が挙げられる。中で
も,本発明の組成物はヒトが摂取することを想定しているものであるこ
とから,エタノール単独又は水との混合物(いわゆる含水エタノール),
あるいは熱水を使用するのが好ましい。
【0019】溶媒として混合物を使用する場合は,例えば,…,エタ
ノール/水(2/8~8/2,体積比)混合物等を用いることができる。
エタノール/水の場合,黒ショウガの根茎に対して,その質量の2~2
0倍質量の溶媒を加え,室温又は加熱下で10分~48時間程度抽出す
るのが好ましい。
【0020】また,黒ショウガを細切りしたものを95~100℃の
温度で熱水抽出し,最高濃度に達した抽出液を濾過した後,噴霧乾燥す
る等の方法で抽出物を得ることも可能である。
【0021】これら用いる抽出方法に特に制限はないが,安全性及び
利便性の観点から,できるだけ緩やかな条件で行うことが好ましい。…
抽出作業後,濾過,遠心分離等の分離操作を行い,不溶物を除去する。
これに,必要に応じて希釈,濃縮操作を行うことにより,抽出液を得る。
…これらの抽出物は,当業者が通常用いる精製方法により,さらに精製
して使用してもよい。
【0022】また,黒ショウガ成分を含有する粒子としては,上記の
黒ショウガの乾燥粉末,黒ショウガ抽出物を粉末化したもの,黒ショウ
ガ中の成分を任意の方法で分画して粉末化したもの等をそのまま使用し
ても良いし,適切な結合剤や賦形剤等を添加の上,公知の湿式,乾式等
の顆粒造粒法によって顆粒に成形したものを用いても良い。
【0024】黒ショウガ成分を含有する粒子の粒子径としては,特に
制限されるものではなく,目的に応じて粉末,粒子,顆粒等を適宜選択
することができる。また,黒ショウガ成分を含有する粒子の粒度として
は,特に制限されるものではなく,目的に応じて粉末,粒子,顆粒等を
適宜選択することができる。
【0025】上記した黒ショウガ成分を含有する粒子を得るための黒
ショウガの使用部位は樹皮,根,葉,又は枝等が使用し得る。なかでも,
好ましいのは,根茎である。
【0026】上記黒ショウガ成分を含有する粒子表面の一部又は全部
を,油脂を含むコート剤にて被覆することにより,経口で摂取した場合
においても,特に黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内へ
の吸収性が高まる。
【0027】さらに,上記油脂コートを行うことにより,ポリフェノ
ール類を含め黒ショウガ成分の酸化を防止し,製品の保存安定性を高め
ることができる。また,黒ショウガの成分は有機溶剤による抽出にも耐
えられるほど丈夫で,胃液等への暴露によっても変性しにくいものであ
るが,油脂を用いてコートすることによって,より変性防止効果を得る
ことができる。
【0028】油脂の具体例を以下に示すが,これらに限定するもので
はない。例えば,大豆,米,ナタネ,カカオ,椰子,ごま,べにばな,
パーム,棉,落花生,アボガド,カポック,ケシ,ごぼう,小麦,月見
草,つばき,とうもろこし,ひまわり等から得られる一般的な植物性油
脂及びこれらの硬化物及び牛,乳,豚,いわし,さば,さめ,さんま,
たら等から得られる動物性油脂及びこれらの硬化物等が挙げられ,これ
らの油脂は1種又は2種以上の混合物が使用できる。なかでも,ナタネ
油及びパーム油が好ましく使用できる。
【0029】コート剤には,リン脂質,ステロール類,ワックス類等
が共存しても一向に差し支えない。コート剤の被膜性能向上のために,
その他の可塑剤を用いることも望ましい。…
【0031】また,コート剤には,賦形剤が共存しても一向に差し支
えない。賦形剤の使用量に特に制限はなく,使用する油脂や芯材となる
黒ショウガ成分を含有する粒子に応じて,適宜調整することができる。
【0032】コート剤による被覆は,特に限定されることなく公知の
方法を適用することが可能である。例えば,油脂単独で,あるいは,…
水難溶性を示す物質と油脂を混合後に,…適切な溶媒に撹拌して溶解さ
せてコーティング液を作成し,このコーティング液を黒ショウガ成分含
有コアにノズル又はアトマイザー等の公知の噴霧器により吹き付けて行
うことができる。このときの溶媒として,アルコール溶液,酢酸等の酸
性溶液等が例示される。使用量は,油脂あるいは水難溶性を示す物質が
溶解すればよく,特に限定されないが,通常,これらの物質が5~50
重量%となるように調製したコーティング液を用いることができる。
【0033】コート剤の被覆量は,油脂の含有量に応じて適宜調整す
ることができ,特に制限されることはないが,黒ショウガ成分を含有す
る粒子100重量部に対し,1~50重量部とすることが好ましい。
【0035】本発明の組成物は,主に経口用として用いるが,その形
態としては,飲食品,製剤等を適宜選択することができる。前記飲食品
としては,前記組成物をそのまま使用してもよく,単に水(精製水等)
で溶解乃至分散して用いてもよい。
【0038】本発明の飲食品に含まれる前記組成物の含有量としては,
特に制限はなく,目的に応じて適宜選択することができる。
【0042】本発明の組成物は,黒ショウガに含有される有効成分の
奏する効果を利用した用途であれば,特に限定無く適用することができ
る。例えば,本発明の組成物を,主に経口で使用される食品,薬剤等で
あって,抗酸化作用,冷え症改善作用,体重増加軽減作用,内臓脂肪及
び皮下脂肪重量低減作用等の効用を目的に使用することが可能である。
(キ)実施例
【0044】(ポリフェノール吸収性増進効果)
被験物質の調製は以下のようにして行った。
【0045】<実施例1>
パーム油でコートした黒ショウガの根茎の乾燥粉末(黒ショウガ原末)
をコーン油と混合して150mg/mLに調製し,ボルテックスを用い
て懸濁した。
【0046】<実施例2>
黒ショウガ原末をナタネ油でコートした以外は,実施例1と同様にし
て被験物質を得た。
【0047】<比較例1>
黒ショウガ原末をコーン油と混合して150mg/mLに調製し,ボ
ルテックスを用いて懸濁した。
【0048】上記被験物質を用いて,下記の要領にて経口で黒ショウ
ガを摂取した際の投与1,4,8時間後(コントロールはブランクとし
て投与1時間後のみ)に採血して,血中の総ポリフェノール量を測定し
た。その結果を図1に示す。
【0049】(1)実験動物及び飼育方法
6週齢のSD雄性ラットを用意し,5日以上の馴化期間をおいた後,
実験に使用した。群分けは,試験直前にランダムに行った。馴化期間の
飼料は,市販のMF固形飼料を自由摂取させた。また,試験当日は試験
終了まで絶食のままとした。
【0050】(2)被験物質の投与方法
16時間以上絶食した後,被験物質溶液を10mL/kgとなるよう
に,ゾンデで強制経口投与した。表1に,採血時間,被験物質及びこれ
を投与した各群の個体数を示す。
【0051】
【表1】
【0052】(血清前処理方法)
Waters社製の固相抽出カートリッジHLB(60mg)にメタ
ノール(5mL),水(5mL),0.1moL/L塩酸(1mL)を
順次通液し,プレコンディショニングとした。つづいて,マウス血清1
mLに水(1mL),0.1moL/L塩酸(1mL)を加え混合し,
前述のカートリッジへ通液し非吸着画分を廃棄した。さらに1.5mo
L/Lのギ酸水溶液(2mL),メタノール水溶液(5体積%)(2m
L)を通液し洗浄した。その後0.1%ギ酸メタノール(3mL)を通
液し,溶出した画分を15mLの遠沈管に回収した。得られた画分を,
遠心エバポレーター(加熱無し)で一晩減圧濃縮して完全に乾固し,そ
こに水(200μL)を加え超音波で溶解した。遠心分離後(15,0
00rpm,5分),上澄を1.5mLエッペンに回収し,総ポリフェ
ノール量測定の検体とした。
【0053】(総ポリフェノール測定方法)
各検体100μLを1.5mLエッペンチューブに測り取り,10%
(w/w)炭酸ナトリウム(100μL)を加えて10分放置した。さ
らにFolin-Ciocalteu試薬(100μL)を加え,1時
間室温で発色させた。発色したサンプルを遠心分離(15,000rp
m,5分)後,上清(200μL)を96-weLLマイクロプレートに
移し,730nmの吸光度を測定した。定量用標準には,カテキン一水
和物を用いた。250μg/mLの水溶液を調製し,それを適宜希釈し
て125,100,75,50,25,12.5μg/mLの標準溶液
を調製した。これらを各検体と同様に処理し,測定結果から検量線を作
成した。その結果を血清サンプルのデータに適用し,定量結果とした。
【0054】図1から明らかなように,実施例1,2の油脂コートを
行った黒ショウガ原末を摂取した群の血中ポリフェノール量は,いずれ
も黒ショウガ原末を摂取させたものに比べて高い値を示している。特に,
ナタネ油でコートを行った実施例2は,血中にとりこまれるポリフェノ
ール量が多く,また,それが長時間にわたり持続することが分かった。
【図1】
イ公知文献の記載
いずれも本件出願日前の公知文献である甲24ないし26には,それぞ
れ,次の記載が認められる。
(ア)甲24(特開2008-174553号公報)
【0002】天然にはさまざまな生理活性を持ったフラボノイドが数
多く知られている。フラボノイドには,抗酸化作用,抗変異原性,抗ガ
ン性,血圧上昇抑制作用,抗菌・抗ウィルス作用,抗う歯(虫歯)作用,
抗アレルギー作用が報告されている。しかしながら,例えばフラボノイ
ドの一種であるバイカレインは投与量の1/300しか吸収されないといっ
たように体内への吸収効率が極めて悪いことが知られている…。
(イ)甲25(特開2006-151922号公報)
【0005】ところが,アントシアニンの尿中からの回収率(体内の
吸収率に対応)は非常に低い事が報告されており,尿中へ回収されるア
ントシアニンは,最も高い場合でも経口摂取したうちの1%に満たず,
多くのアントシアニンでは0.1%以下である。…このようにアントシ
アニンは体内への吸収性が低いため,少なくとも数十から数百mgは摂
取しなくてはならないにもかかわらず,これまでアントシアニンの体内
への吸収率を向上させる試みはなされておらず,また報告もされていな
い。
(ウ)甲26(特開2009-1513号公報)
【0011】従来,ポリフェノールの吸収率は低く,体内に取り込ま
れずに,糞便中に排泄されるという問題点があった。このため,ポリフ
ェノールの摂取量を高くする必要があり,経済的に無駄があった。
ウ本件発明の課題
本件明細書の記載(前記ア)によれば,次のとおりである。
(ア)本件発明は,黒ショウガ成分を含有する組成物に関するものである(
段落【0001】)。
(イ)黒ショウガには有効成分としてポリフェノールが含有されているもの
の,一般に,ポリフェノールは腸管透過吸収が悪いため,摂取されたポ
リフェノールの生体内に取り込まれる量は極めて少なく,従来から,そ
の吸収促進のために,吸収促進剤との併用や,腸管から容易に吸収でき
る程度までに低分子化する方法が示されていたが,これらの方法によっ
ても,ポリフェノールの生体内への吸収性は十分ではなかった。また,
植物由来のポリフェノールの構造や性質は植物の種類によって大きく異
なるため,他の植物由来のポリフェノールについての吸収性の改善方法
を,そのまま黒ショウガに転用することもできない。したがって,本件
出願当時,黒ショウガ成分に含まれるポリフェノールの腸管透過吸収を
効果的に助ける方法は知られていなかったといえる(段落【0003】
~【0005】,【0007】)。
(ウ)本件発明の課題は,「黒ショウガ成分を経口で摂取した場合において
も,含まれるポリフェノール類を効果的に体内に吸収することができる
組成物を提供すること」にある(段落【0008】)。
エ本件出願当時の技術常識
前記イのとおり,甲24の段落【0002】には,フラボノイドについて,
生体に対する吸収性が悪いこと,甲25の段落【0005】には,アント
シアニンについて,体内への吸収性が低いこと,甲26の段落【0011】
には,ポリフェノールについて,吸収率が低く,体内に取り込まれずに糞
便中に排泄されることがそれぞれ記載されている。
これらの記載や本件明細書の記載(段落【0003】~【0005】,
【0007】)からみて,本件出願当時,摂取されたポリフェノールの生
体内に取り込まれる量は一般に少ないということが当業者の技術常識であ
ったといえる。
(3)検討
ア本件発明の課題(前記(2)ウ)を解決する手段として,本件明細書には,
次の記載が認められる。
・本発明者らは,油脂を含むコート層で,上述の黒ショウガ成分含有コ
アの表面の一部又は全部を被覆することにより,意外にも,経口で摂取
した場合においても,黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体
内への吸収性が高まることを見出し,本発明を完成するに至った(段落
【0009】)。
・本発明の組成物は,黒ショウガ成分を含有する粒子と,その表面の一
部又は全部を被覆した油脂を含むコート層と,を含む。本発明の組成物
は,経口で摂取した場合においても,黒ショウガ成分の体内への吸収性
が高い(段落【0014】)。
・黒ショウガ成分を含有する粒子表面の一部又は全部を,油脂を含むコ
ート剤にて被覆することにより,経口で摂取した場合においても,特に
黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内への吸収性が高まる
(段落【0026】)。
これらの記載からみて,本件明細書には,課題解決手段として,「黒シ
ョウガ成分を含有する粒子(黒ショウガ成分含有コア)」の表面の一部又
は全部を,「油脂を含むコート剤(コート層)」で被覆することが記載さ
れているといえる。
ここで,「一部」とは,「全体の中のある部分。一部分。」(広辞苑〔第
六版〕)を意味するものであり,当該部分が全体の中に占める割合の大小
までは定められていないことから,本件明細書に記載された課題解決手段
には,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を,「油脂
を含むコート剤」で被覆することも包含されているといえる(このことは,
後記のとおり,本件明細書の記載がコート剤による被覆の量や程度を特に
制限していないと解されることからも導かれる。)。
イそこで,このような僅かな部分を被覆した状態においても,(2)ウに示し
た本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるか否かについて検討
する。
(ア)まず,「黒ショウガ成分を含有する粒子」について,本件明細書には
次の記載が認められる。
・段落【0015】には,黒ショウガに由来する成分を含む粒子のこ
とをいい,黒ショウガに由来する成分を含み,かつ粉末化,粒子化,
顆粒化等されていれば,黒ショウガの加工方法について特に制限はな
いこと,例えば,黒ショウガの乾燥粉末,黒ショウガ抽出物を粉末化
したもの,黒ショウガ中の成分を任意の方法で分画して粉末化したも
の等が該当すること,この粒子は固体である必要は無く,リポソーム
やマイクロカプセル等液体でも良いことが記載されている。
・段落【0016】及び【0017】には,黒ショウガの乾燥粉末に
関する記載が,段落【0018】ないし【0021】には,黒ショウ
ガの抽出物に関する記載がある。
・段落【0022】には,黒ショウガ成分を含有する粒子としては,
黒ショウガの乾燥粉末,黒ショウガ抽出物を粉末化したもの,黒ショ
ウガ中の成分を任意の方法で分画して粉末化したもの等をそのまま使
用しても良いし,適切な結合剤や賦形剤等を添加の上,公知の湿式,
乾式等の顆粒造粒法によって顆粒に成形したものを用いても良いこと
が記載されている。
・段落【0024】には,黒ショウガ成分を含有する粒子の粒子径及
び粒度は特に制限されるものではなく,目的に応じて粉末,粒子,顆
粒等を適宜選択できることが記載されている。
・段落【0025】には,黒ショウガ成分を含有する粒子を得るため
の黒ショウガの使用部位は樹皮,根,葉,又は枝等が使用し得ること
が記載されている。
これらの記載によれば,本件明細書は,「黒ショウガ成分を含有する
粒子」の原料である黒ショウガを特に制限しておらず,当該粒子の粒子
径や粒度,当該粒子の製造方法についても特に制限していないものと認
められる。
したがって,「黒ショウガ成分を含有する粒子」には,従来例のよう
に腸管から容易に吸収できる程度までに低分子化されているものとは異
なる態様のものも包含されているといえる。
(イ)次に,「油脂を含むコート剤」について,本件明細書には次の記載が
認められる。
・段落【0028】には,ナタネやパームを含む様々な油脂が非限定
的に記載されており,段落【0029】,【0031】及び【003
2】には,油脂以外の成分(賦形剤等)も種々記載されている。
・段落【0032】には,コート剤による被覆は,特に限定されるこ
となく公知の方法を適用することが可能であること,例えば,油脂を
適切な溶媒に溶解させてコーティング液を作成し,このコーティング
液を黒ショウガ成分含有コアにノズル又はアトマイザー等の公知の噴
霧器により吹き付けて行うことができることが記載されている。併せ
て,溶媒として,アルコール溶液等が例示されており,また,その使
用量は,油脂等が溶解すればよく,特に限定されないが,通常,これ
らの物質が5~50重量%となるように調製したコーティング液を用
いることができることが記載されている。
・段落【0033】には,コート剤の被覆量について,油脂の含有量
に応じて適宜調整することができ,特に制限されることはないが,黒
ショウガ成分を含有する粒子100重量部に対し,1~50重量部と
することが好ましいことが記載されている。
これらの記載によれば,本件明細書は,「油脂を含むコート剤」の材
質,被覆方法,被覆の量や程度について,好ましいあるいは望ましい例
を示しているものの,それ以外の構成をとることも特に制限していない
ものと認められる。
したがって,「油脂を含むコート剤」については,材質に特に制限が
ない以上,従来例のように吸収促進のための成分が含まれているものと
は異なる態様のものも包含されているというべきである。
(ウ)以上を前提に本件明細書の実施例(段落【0044】~【0054】,
表1及び図1)の記載をみると,実施例1として,パーム油でコートし
た黒ショウガの根茎の乾燥粉末(黒ショウガ原末)をコーン油と混合し
て150mg/mLとし,懸濁することにより調製した被験物質(以下
「実施例1被験物質」という。),実施例2として,黒ショウガ原末を
ナタネ油でコートした以外は,実施例1と同様にして調製した被験物質
(以下「実施例2被験物質」という。),及び比較例1として,黒ショ
ウガ原末をコーン油と混合して150mg/mLとし,懸濁することに
より調製した被験物質(以下「比較例1被験物質」という。)を,それ
ぞれ,6週齢のSD雄性ラットに,10mL/kgとなるように,ゾン
デで強制経口投与し,投与の1,4,8時間後(コントロールはブラン
クとして投与1時間後のみ)に採血して,血中の総ポリフェノール量を
測定したところ,実施例1被験物質及び実施例2被験物質を摂取した群
の血中ポリフェノール量は,いずれも比較例1被験物質を摂取させたも
のに比べて高い値を示したことが記載されている。
ここで,本件明細書の段落【0028】に,「油脂」の具体例として,
パーム油,ナタネ油と並んで「とうもろこし」から得られる油脂,すな
わち「コーン油」も記載されていることからすれば,上記実施例で用い
たコーン油についても,黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の
体内への吸収性を高める効果を期待し得る一方で,上記実施例の結果か
らは,単にコーン油に混合,懸濁しただけの比較例1被験物質では,そ
のような効果がないことも認識し得るといえる。
したがって,当業者は,本件明細書の実施例の記載から,「黒ショウ
ガ成分を含有する粒子」が,パーム油あるいはナタネ油と混合,懸濁さ
れた状態とするのではなく,パーム油あるいはナタネ油により被覆され
た状態とすることにより,本件発明の課題を解決することができると認
識するものと認められる。
(エ)そして,本件出願当時,一般に摂取されたポリフェノールの生体内に
取り込まれる量は少ないという技術常識があるにもかかわらず(前記(2)
エ),本件発明には,「黒ショウガ成分を含有する粒子」自体に吸収性
を高める特段の工夫がなされていない態様が包含されており(前記(ア)),
また,「油脂を含むコート剤」にも吸収促進のための成分が含まれてい
ない態様が包含されている(前記(イ))ことからすれば,当業者は,本件
発明の課題を解決するためには,パーム油あるいはナタネ油のような油
脂を含むコート剤にて被覆することが肝要であると認識するといえる。
しかし,その一方,ある効果を発揮し得る物質(成分)があったとして
も,その量が僅かであれば,その効果を発揮し得ないと考えるのが通常
であることからすれば,当業者は,たとえ,「黒ショウガ成分を含有す
る粒子」の表面を「油脂を含むコート剤」で被覆することにより,本件
発明の課題が解決できると認識し得たとしても,その量や程度が不十分
である場合には,本件発明の課題を解決することが困難であろうことも
予測するといえる。
(オ)ところが,本件明細書においては,実施例1の「パーム油でコートし
た黒ショウガ原末」の被覆の量や程度について具体的な記載がなされて
おらず,実施例2についても同様であるから,これらの実施例によって
コート剤による被覆の量や程度が不十分である場合においても本件発明
の課題を解決できることが示されているとはいえず,ほかにそのような
記載や示唆も見当たらない。すなわち,コート剤による被覆の量や程度
が不十分である場合には,本件発明の課題を解決することが困難であろ
うとの当業者の予測を覆すに足りる十分な記載が本件明細書になされて
いるものとは認められないのであり,また,これを補うだけの技術常識
が本件出願当時に存在したことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,本件明細書の記載(ないし示唆)はもとより,本件出願
当時の技術常識に照らしても,当業者は,「黒ショウガ成分を含有する
粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した状態が
本件発明の課題を解決できると認識することはできないというべきであ
る。
ウ以上のとおり,本件発明は,黒ショウガ成分を含有する粒子の表面の一
部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆する態様,すな
わち,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を
含むコート剤」で被覆した態様も包含していると解されるところ,本件明
細書の記載(ないし示唆)はもとより,本件出願当時の技術常識に照らし
ても,当業者は,そのような態様が本件発明の課題を解決できるとまでは
認識することはできないというべきである。
そうすると,本件発明の特許請求の範囲の記載は,いずれも,本件明細
書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技術常識に照らして,当
業者が,本件明細書に記載された本件発明の課題を解決できると認識でき
る範囲を超えており,サポート要件に適合しないものというべきである。
(4)被告の主張について
これに対し,被告は,本件発明は,黒ショウガ粒子の被覆剤として,ナタ
ネ油あるいはパーム油を用いることを特徴とするものであり,「黒ショウガ
成分を経口で摂取した場合においても,含まれるポリフェノール類を効果的
に体内に吸収することができる組成物」を提供することを課題とし,その課
題を「(黒ショウガ粒子)の表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパー
ム油を含むコート剤にて被覆」することにより解決するものであるから,発
明の詳細な説明に記載されたものであり,芯材である「黒ショウガ成分を含
有する粒子」におけるコート剤によって被覆されている部分がごく一部であ
る態様等,本件明細書の記載や本件出願当時の技術常識からみて,当業者が
通常想定しないような極端なケースを挙げてサポート要件違反とすることは,
適切な発明の保護が観点からみて不当である旨を主張する。
しかしながら,前記のとおり,サポート要件の趣旨は,要するに,発明の
詳細な説明に記載していない発明が特許請求の範囲に記載され,公開されて
いない発明について独占的,排他的な権利を認めることを許容しないことに
あるところ,本件発明には,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅
かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した態様が包含されているといえ
るのであるから,このような態様についてのサポート要件を検討することが
不当であるとはいえないことはもちろんであって,上記被告の主張は採用す
ることができない。
(5)小括
以上によれば,サポート要件に違反しないとした本件審決の判断は誤りで
あり,取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)は理由がある。また,
かかる判断の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。
2結論
以上の次第であるから,その余の取消事由について検討するまでもなく,原
告の請求は理由がある。
よって,本件審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官鶴岡稔彦
裁判官大西勝滋
裁判官寺田利彦

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