弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
       1 原判決を破棄する。
       2 被上告人B1及び同B2の控訴を棄却する。
       3 被上告人B3の請求に関する部分につき本件を仙台高等裁判所
に差し戻す。
       4 被上告人B1及び同B2の請求に関する部分の控訴費用及び上
告費用は,同被上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人都築弘,同石井忠雄,同都築政則,同横田希代子,同樋口全,同近藤
裕之,同萱場久美子,同秋場政良の上告受理申立て理由第1点について
 1 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) Dは,平成10年7月当時,仙台中央郵便局保険課に所属する保険外務員
であり,局外における簡易生命保険契約の募集,満期保険金の払渡し等の事務に関
する受払現金の出納員の地位にあった。Dは,昭和63年ころから,簡易保険の勧
誘や保険料の集金等を通じて,仙台市に居住する被上告人B1,同B2夫婦(以下
「被上告人夫婦」という。)と知り合い,次第に懇意となり,被上告人夫婦方に出
入りするようになった。被上告人B3は,被上告人夫婦の長女であり,福島県いわ
き市に居住していた。
 (2) Dは,貸金業者等に対し合計約1億5000万円の債務を負っていたとこ
ろ,平成10年7月22日には貸金業者のEから同日中に650万円を返済するよ
う強く催促を受けたが,その返済資金の手当てができずに窮地に陥り,懇意にして
いた被上告人夫婦から借金名下に金銭をだまし取ることを思い立った。
 (3) Dは,同日午後3時30分ころ,制服姿のまま自家用車で被上告人夫婦方
を訪問し,被上告人夫婦に対し,勤務時間中に野球の審判をしていたところ,バイ
クの荷物入れに入れていた顧客に届けなければならない満期保険金540万円を盗
まれ,その日のうちに顧客に保険金を届けなければ勤務先に発覚して免職になるな
どと虚偽の事実を述べ,資金の融通を申し込んだ。被上告人夫婦は,当初,そのよ
うな大金の持ち合わせがないとしてこれを断ったが,Dから,簡易保険の契約者貸
付けの方法により上告人から借入れができると示唆され,2日後にはDが契約して
いる保険を解約して必ず返済すると懇願されたため,その依頼に応ずることとした。
 (4) Dは,被上告人夫婦方にあった簡易保険証書の中から5通(保険契約者を
,被上告人B1とするもの3通,同B2とするもの1通及び同B3とするもの1通)
を選び出し,自ら仙台中央郵便局に電話をして合計700万円までの借入れが可能
であることを確認した上,持参した貸付請求書用紙に保険証書の記号番号と貸付金
額(合計540万円)を記入し被上告人B1に交付した。同被上告人は,この用紙
の貸付金受領者欄に署名押印して合計5通の貸付請求書を作成し,さらに,被上告
人B2及び同B3名義の委任状(貸付金受領権限を被上告人B1に授与する趣旨の
もの)を作成した。そして,Dと被上告人B1は,Dの自家用車で仙台中央郵便局
に出向いた。なお,Dは,車中で,被上告人B1の了承を得て,貸付金額が合計6
20万円(被上告人B1360万円,同B2130万円,同B3130万円)にな
るよう貸付請求書1通の貸付金額を書き直した。
 (5) 被上告人B1は,Dが教示したところに従い,同日午後5時ころ,仙台中
央郵便局の簡易保険窓口に上記簡易保険証書,貸付請求書及び委任状を提出し,被
上告人らを借主とする契約者貸付け(以下「本件契約者貸付け」という。)の手続
をした。同郵便局の窓口担当者のFは,敬老パスにより被上告人B1が本人である
ことを確認した。被上告人B1は,Fから貸付金620万円の交付を受けた後,窓
口付近でこれをDに手渡し,1人で帰宅した。
 (6) Dは,Eに対し上記620万円を交付した後,被上告人夫婦方を再訪し,
便せんを用いて借入額を620万円,返済期限を同月24日までと記載した借用証
書を作成し,これに指印して被上告人夫婦に交付した。Dは,その後,その場しの
ぎの言い訳をして返済を引き延ばし,同月30日には,被上告人B1の要請で,上
記借用証書を正式な金銭借用証書と差し替えた。
 (7) 被上告人夫婦は,同月31日,Dの妻からの電話で,Dからだまされたこ
とを知った。
 2 本件は,被上告人らが上告人に対し,本件契約者貸付けに基づく各貸金債務
が存在しないことの確認を求める事案である。上告人は,抗弁事実として,被上告
人B1が,本人として又は他の被上告人の代理人として,本件契約者貸付けを受け
たこと及び被上告人B1が同B2の代理権を有していたことを主張しており,これ
らの事実は当事者間に争いがない。被上告人らは,再抗弁として,Dの不法行為に
より被上告人らが貸付金額と同額の損害を被ったところ,上告人が民法715条又
は国家賠償法1条に基づき損害賠償責任を負うべきであるとして,その損害賠償請
求権と各貸金債権との相殺を主張している。
 3 第1審は,被上告人B3の請求については,抗弁事実のうち同被上告人の被
上告人B1に対する代理権授与の事実の主張立証がないとして,これを認容したが
,その余の被上告人の請求については,Dの行為を保険外務員の職務の執行行為と
みる余地はない旨判示して,相殺の再抗弁を認めず,これを棄却した。
 4 これに対し,原審は,概要次のとおり判断して,民法715条に基づく損害
賠償請求権を自働債権とする被上告人らの相殺の再抗弁を認め,第1審判決中被上
告人B1及び同B2の請求に関する部分を取り消し,被上告人らの請求をいずれも
認容すべきものとした。
 Dの行為を全体として外形的に観察すれば,Dの依頼により,本来郵便局が顧客
に交付すべき満期保険金の支払に充てるための公的資金を,Dに対する私的な貸付
けという形式を取ってDに交付したものと評価でき,Dが被上告人B1から620
万円を借り受けた行為は,実質的には郵便局職員が公的資金を一時捻出するという
職務に関する行為としての一面がある。そして,その資金の捻出に際しては,Dが
契約者貸付けの方法によることを教示している。しかも,Dが必要書類に自ら記入
し,被上告人B1らを手足のように利用して手続を進めており,本件契約者貸付け
の実態は,Dが契約者本人に代わって手続を実行した局外貸付け(局外で保険外務
員が保険契約に関して貸付請求を受けた場合の貸付け)と同視すべきものである。
したがって,本件契約者貸付けは,Dが郵便局職員の職務としてした行為と評価す
るのが相当である。本件は,Dが保険外務員としての立場を利用し,被上告人B1
との信頼関係の下,契約者貸付けという制度を悪用して調達した金銭を,同被上告
人からだまし取ったという事案であり,Dの不法行為は,保険外務員制度や契約者
貸付けといった郵便局の事業にとって不可欠な制度に対する信頼を中核としている
点において,これを外形的,全体的にみれば,仙台中央郵便局の事業の範囲内に属
する,職務と密接な関係を有する行為と評価すべきものである。そうすると,Dが
被上告人らに加えた損害は,民法715条1項にいう「被用者カ其事業ノ執行ニ付
キ第三者ニ加ヘタル損害」に当たる。
 5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
 前記事実関係によれば,Dは,被上告人夫婦に対し資金の融通を申し込むに際し
て,当日中に顧客に保険金を届けなければ勤務先に発覚して免職になるなどと述べ
た上,Dが契約している保険を解約して被上告人らに融資金を返済する旨述べてい
る。このことからすると,被上告人ら夫婦は,Dから懇願されて上告人には知られ
ないまま事態を収拾するための資金の融通に応じたのであり,融資金の返済資金は
D個人が工面するというのであるから,Dが被上告人らから融資を受けた行為はD
と被上告人らとの個人的な貸借関係であり,被上告人B1がDの言を信じ盗まれた
保険金に充てる趣旨で融資金を交付したからといって,これが上告人の業務に属す
る公的資金の調達に当たると評価することはできない。また,前記事実関係によれ
ば,本件契約者貸付けは,借主ないしその代理人である被上告人B1が直接郵便局
の窓口に出向き,自らが署名押印した貸付請求書を窓口担当者に提出して行われた
のであるから,この貸付けの手続をもってDが行う局外貸付けと同視すべきもので
はない。もっとも,Dが被上告人夫婦に対し契約者貸付けの方法を教示したり,被
上告人らの貸付可能額を確認し,貸付請求書用紙に所要事項を記入して被上告人B
1に交付したりした行為は,保険外務員の職務行為又はこれと密接な関連を有する
行為であるとみることができる。しかしながら,被上告人夫婦に損害を生じさせた
行為は,Dの上記教示行為等や窓口担当者らの行為ではなく,Dにおいて返済する
意思も能力もないのにこれがあるように装って被上告人B1をその旨誤信させて融
資を受けたことであり,この行為が職務と密接に関連する行為と評価されないこと
は既に説示したとおりである。【要旨】以上によれば,Dの行為を外形的,全体的
にみても,被上告人夫婦は,Dが確実に融資金を返済してくれるというD個人に対
する信頼に基づきDに資金を融通したものと評価すべきであって,Dが被上告人ら
に加えた損害は,民法715条1項にいう「被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ
加ヘタル損害」に当たらない。
 したがって,Dの行為について上告人が民法715条に基づく責任を負う理由は
認められず,論旨は理由がある。また,Dの行為は国家賠償法1条1項にいう「公
権力の行使」には当たらないから,これについて同条に基づく責任を問うこともで
きない。
 6 そうすると,上告人が被上告人らに対し損害賠償責任を負担するものとはい
えず,これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被
上告人B1及び同B2の請求は理由がないから,その控訴を棄却すべきである。被
上告人B3の請求については,被上告人B1の代理権の存否等について更に審理を
尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田
宙靖)

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