弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 被告は,原告Aに対し金770万円,原告Bに対し金886万4700円,原告Cに対
し金770万円及びこれらに対する平成13年12月16日から各支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告らの負担とし,その余を被告の負担とす
る。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し金1207万3730円,原告Bに対し金1160万1565円,原
告Cに対し金1053万6865円及びこれらに対する平成13年12月16日から各支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行の宣言
第2 事案の概要等
 1 事案の概要
 本件は,被告が設置経営する特別養護老人ホームにおいて,被告の職員による
介助を受けて食事中に,こんにゃくとはんぺんをのどに詰まらせて窒息死した亡D
(以下「D」という。)の遺族である原告らが,被告に対し,不法行為(民法715条)
又は債務不履行に基づき,損害賠償請求をした事案である。
2 前提事実(次の(1)の事実は甲16号証により認められ,その余の事実は争いがな
い。)
(1) 原告Aは,D(大正15年4月3日生)の妻であり,原告B及び原告Cは,Dの子で
ある。
(2) 被告は,名古屋市a区bc丁目d番e号において,特別養護老人ホームなごやか
ハウス出来町(以下「被告施設」という。)を設置経営する社会福祉法人である。
(3) Dは,被告との間で,被告施設の短期入所生活介護(以下「ショートステイ」とい
う。)の利用契約を締結し,ショートステイを利用中の平成13年12月16日,被
告の介護職員F(以下「F職員」という。)が介助して食べさせたこんにゃくとはん
ぺんをのどに詰まらせて窒息死した。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 被告の職員の過失(ないし注意義務違反)の有無
ア 原告らの主張
(ア)Dには嚥下障害があり,被告もそのことを認識していたところ,こんにゃく
やはんぺんは,嚥下障害がある者にとって誤嚥の危険性の高い食べ物で
あるから,食べさせるべきでなかった。しかるに,被告の職員は,Dにこれら
を食べさせたものであるから,過失がある。
(イ)原告Bは,Dの飲込みが悪く,こんにゃくを食べさせるのは危険であると思
っていた。そこで,原告Bは,被告の看護職員に「Dにこんにゃくを食べさせ
ないでほしい」と依頼していた。しかるに,被告の看護職員は,食事の介助
をする職員に対しその旨を伝達する等の適切な処置を怠ったものであるか
ら,過失がある。
  仮に原告Bからの依頼がなかったとしても,被告の看護職員は,利用者の
飲込み具合につき,専門的知識に基づき,適切な聞取りをした上で適切な
判断を下す注意義務がある。しかるに,被告の看護職員は,Dが時々むせ
るという事実だけを聞き取って,具体的事情につき適切な聞取りをせず,D
の嚥下障害の程度について判断を誤り,Dに与える副食を「きざみ」としな
いで「一口大」と指示したものであるから,過失がある。
(ウ)こんにゃくやはんぺんは,嚥下障害がある者に食べさせるべきではない
が,これらを食べさせる際には細心の注意をして食べさせることが必要であ
る。
  Dの食事の介助をしたF職員は,こんにゃくやはんぺんを噛み砕きやすい
ように小さい形にした上で,Dに食べさせるべきであった。しかるに,F職員
は,こんにゃくを底辺約3.6㎝・上辺約2㎝×高さ約3㎝の台形のものと,
底辺約2㎝×高さ約4.5㎝の直角三角形のものに切り分け,はんぺんに
ついては4.8㎝×3㎝程度に切り分けて食べさせたというのであり,こんに
ゃくやはんぺんを不適切な大きさに切り分けて与えたものであるから,過失
がある。
  また,F職員は,Dの口の中に残物がないかや嚥下動作を確認してこんに
ゃくやはんぺんを食べさせるべきであった。しかるに,F職員は,これを怠
り,Dの口の中にこんにゃくが残っていることを見過ごして,あるいはこんに
ゃくを飲み込む途中(Dののどにこんにゃくが詰まっている状態)であったに
もかかわらず嚥下動作を確認しないで,はんぺんを食べさせ,Dに誤嚥を
生じさせたものであるから,過失がある。
(エ)F職員には,Dが誤嚥した後,チアノーゼ状態になるまでDの異常に気付
かず,必要な処置を行わなった過失がある。
  また,F職員は,Dの異常に気付いた後,Dに正対した形で左手で頭を押さ
え右手で背中を叩いてタッピングをしたというが,この方法では背中を強く
叩くことができず,のどに詰まった異物を取り除くことができないのであり,
救急マニュアル(乙26)にあるように,Dを立たせ背後から背中を叩く方法
でタッピングをすべきであった。したがって,F職員には,誤った方法でタッピ
ングを行った過失がある。
(オ)被告は,Dが不顕性誤嚥を起こし,それに気付かずにはんぺんを摂取した
と主張するが,同主張は,被告の平成15年8月28日付け準備書面で初め
てされたものであり,時機に後れた攻撃防御方法であるから却下すべきで
ある。また,不顕性誤嚥とは,横臥状態において,液体あるいは極めて小さ
な固体が,本人の気が付かないうちに肺に吸引される症状をいうのであり,
食事中に食べ物を詰まらせ窒息死するケースに当てはまるものではない。
イ 被告の主張
(ア)Dの嚥下障害とは,医学的に診断されたものではなく,食事や水分を与え
る時に時々むせるという程度のものであり,Dの嚥下能力・咀嚼能力は特
に問題があるような状態ではなかった。そして,こんにゃくやはんぺんは,
高齢者にとって有用な食材であり,取り立てて危険というものではないので
あり,被告が老人福祉施設において食事として提供したことに過失はない。
(イ)被告の看護職員が,原告Bから,Dにこんにゃくを食べさせないでほしいと
の依頼を受けていた事実はない。Dが被告施設に入所した時に家族から聞
き取って作成した入所時一般状態調査票に禁止食の記載はなく,また,被
告の看護職員は,いずれもDの禁止食について申し出を受けた記憶がな
い。
  また,Dに提供する食材の状態については,原告Bとの話合いで一口大と
することに決まったものであった。
(ウ)被告施設では,こんにゃくやはんぺんについて,一口大と指示のあった利
用者に対し,原告らが主張(上記ア(ウ)第2段)する程度の大きさで食事提
供してきたが,これまで誤嚥事故を起こしたことは一切なかった。したがっ
て,食事提供について一口大と指示されていたDに対し,上記のような大き
さで提供したことに過失はない。
  また,F職員は,車椅子に乗っているDの真正面で中腰の状態で介助し,D
との距離も50㎝足らずの位置で介助していたものであり,Dの口の中に何
も残っていないかを確認していた。さらに,F職員は,Dの咀嚼及び嚥下を
確認してから「次,何食べます」等の声かけをして,Dが口を開けるのを待っ
てから,次の食べ物を口に運ぶという介助方法を取っていた。したがって,
F職員の介助方法に過失はない。
(エ)F職員は,2人の利用者の食事介助を行っていたが,もう1人の利用者は
自力摂取が可能であったため,ほとんどDに注意を向けていた。そして,F
職員は,Dが咀嚼しているのを確認した後,もう1人の利用者に一声,二声
かけてからDに目を戻した時に,Dが「うー」という声を発し苦しそうな表情を
しているのを発見し,直ちにタッピングをしたものであり,なし得る限り最も
早い段階で救急処置を開始している。また,救急マニュアル(乙26)のタッ
ピングは例示であり,要は肩胛骨の間を強く殴打することが重要なのであ
り,F職員がDに正対して背中を叩くというタッピング方法を取ったことは適
切である。
(オ)Dの死亡は,こんにゃくにより不顕性誤嚥を起こしたために発生したと考え
られる。誤嚥には,気管に流入した食物等の異物が気管を刺激し,むせ,
咳込み等の咳そう反射を引き起こす通常の誤嚥(顕性誤嚥)と,身体機能
の衰えた高齢者にしばしば見られる,異物の流入によっても気管の咳そう
反射が生じず,むせや咳込みを伴わない誤嚥(不顕性誤嚥)の2つがある
ところ,不顕性誤嚥は,決して特殊なものではなく,誤嚥者の3分の1程度
に見られる。不顕性誤嚥は,その性質上D本人すら誤嚥に気が付かないの
であるから,F職員がDの不顕性誤嚥に気付かなかったとしても落ち度はな
い。
(2) 損害額
ア 原告らの主張
(ア)Dの逸失利益
  Dは,1年間で159万2400円の年金を受給していたところ,死亡当時に
おける平均余命は10年であったから,生活費として2分の1を控除し,ライ
プニッツ係数を用いて,逸失利益の現価を計算すると614万7460円とな
る。相続により,原告Aは,同額の損害賠償請求権の2分の1を,原告B及
び原告Cは,各4分の1を,それぞれ取得した。
(イ)慰謝料
  Dの死亡により原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料は,各々800
万円を下回らない。
(ウ)弁護士費用
各原告につき,それぞれ100万円が相当である。
(エ)葬儀費用
  原告Bが106万4700円を支出したので,原告Bの損害として請求する。
イ 被告の主張
  原告らの上記主張事実は知らない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
  前記前提事実に,証拠(甲1の2,2,3,7の1・2,8ないし10,12の1~6・8,1
3,乙4及び5の各1~16,6の1~6,8,18ないし22,23の4,25,証人G,同
H,同I,同F,原告B本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ
る。
(1) D(大正15年4月3日生)は,昭和55年ころ,事故で頭部を受傷し入院して手術
を受け,その後遺症で身体が不自由になり,平成10年ころには,高血圧,脳梗
塞等で動けなくなって寝たきりになり,平成11年ころには,脊髄圧迫骨折,肺
炎,胸膜炎の治療や床ずれ手術のために入院するなどし,平成12年7月ころ
は,出来町クリニックをかかりつけ医として,慢性心不全の治療を受けていた。D
は,原告ら肩書住所地に居住し,原告Aや原告Bらの介助を受けていたところ,
こんにゃく,鶏肉,パン等をのどに詰まらせかけて家族が手で取り除けたり,水を
飲んだ際にむせたりすることがあった。
(2) Dは,初めて被告施設のショートステイを利用した平成12年7月ころから死亡し
た平成13年12月まで,歩行はできず介助により車椅子を利用し,食事,排泄,
衣服の着脱,寝返り,起き上がり,座位保持にも介助を要する状態であり,義歯
(総入れ歯)を装着していた。また,会話は,やや困難で,声かけが必要であり,
理解力及び記憶力がやや低く,時間に関し見当識喪失があり,場所についても
見当識の一部喪失が見られるなど,軽度の痴呆が存した。被告施設の生活相
談員は,Dがショートステイを利用するに先立ち,これらのDの状態について聴
取をし,短期入所生活介護ケース受付表(乙4の1~6)を作成して,記録化して
いた。
(3)ア Dは,平成12年7月21日から同月23日まで,被告施設のショートステイを初
めて利用した。被告施設の看護職員Gは,Dが入所するに際し,D及び原告B
と面談し,Dの健康状態,身体状況,既往症,服薬等について聴取を行って,
入所時一般状態調査票(乙5の1〔1枚目〕)を作成した。Gは,原告Bに対し,
Dが飲みにくかったり食べにくかったりすることはないかとの趣旨の質問をし,
その回答に基づき,上記調査票の食事の欄のうち,「種類」の部分に「粥 一
口大」と記入し,「嚥下障害」の部分には「有」に○を付け,嚥下に時間がかか
る旨を記入した。
イ Dは,平成13年5月14日から同月21日まで,被告施設のショートステイを
利用した(2回目)。被告施設の看護職員Hは,Dが入所するに際し,D及び原
告Bと面談し,Gが上記アでしたのと同様の聴取を行って,ショートステイ用一
般状態記録(乙5の2〔1枚目〕)を作成した。Hは,原告Bから,Dの飲込みが
悪くなってきたこと,自宅では(粥でなく)ご飯を食べていること等を聴取し,上
記書面の食事の欄のうち,「主」(主食)の部分に「米」と,「副」(副食)の部分
に「キザミ」と記入し,「嚥下障害」の部分には「有」に○を付け,「一口大咽に
つまらせる」と記入した。
ウ Dは,同年9月14日から同月18日まで(3回目),同年10月17日から同月
23日まで(4回目)及び同年11月14日から同月20日まで(5回目),被告施
設のショートステイを利用した。被告施設の看護職員Iは,上記各利用におけ
る入所に際し,D及び原告Bと面談し,ショートステイ用一般状態記録(乙5の
3)又は入所時一般状態調査票(乙5の4・5)を作成した。Iは,3回目の入所
の際,2回目の利用のときに作成されたショートステイ用一般状態記録を見な
がら,原告Bから聴取をしたところ,たまにむせることがあるが,前回利用時よ
り食事が食べられるようになった旨の回答を得た。そこで,Iは,ショートステイ
用一般状態記録の食事の欄のうち,「主」の部分に「常食」と,「副」の部分に
「一口大」と記入し,「嚥下障害」の部分には「有」に○を付け,「時々」と書き加
えた。また,同人は,4回目の入所の際に作成した一般状態調査票の食事の
欄のうち,「種類」の部分に「常 一口大」と記入し,「嚥下障害」の部分には
「有」に○を付け,「時々」と書き加え,5回目の利用の際には,同様の記載に
加え,「嚥下障害」の欄に「時々-水分で」と記入した。
エ Dは,同年12月12日から,同月18日までの予定で,被告施設のショートス
テイを利用した(6回目)。この入所の際も,Iが,D及び原告Bと面談をして,入
所時一般状態調査票(乙5の6)を作成したが,そのうちの食事欄の記載は,
5回目の利用時に作成した調査票と同様の内容であった。
(4)ア 平成13年12月16日,被告施設では年忘れ会が催され,入所者に対する昼
食として助六寿司やおでん等が提供された。F職員は,同日午後0時30分こ
ろ,居室ベッドにいたDを車椅子に移乗させて食堂へ連れて行き,テーブルの
脇にDを乗せた車椅子を止め,Dの正面に立ち,中腰でやや見下ろすような
姿勢でDの食事の介助をした。なお,F職員は,Dの他にもう1人の入所者の
食事介助を同時に担当していたが,この入所者は,椅子に座って自力で食物
を摂取することが可能であったため,F職員は,Dの介助に注意をほぼ集中し
ていた。
イ F職員は,スプーンを用いて食物を小分けして,「次何を食べます」等の声か
けをし,Dが口を開けるのを待って食物を食べさせることを繰り返して,Dの食
事の介助をした。F職員は,最初に助六をDに食べさせた後,おでんの卵,こ
んにゃく,はんぺんの順でDに食べさせた。F職員は,こんにゃく(三角形のも
の1切れ)を,底辺約3.6㎝・上辺約2㎝×高さ約3㎝の台形のものと,底辺
約2㎝×高さ約4.5㎝の直角三角形のものの2片に切り分け,はんぺん(四
角形のもの1切れ)については約4.8㎝×約3㎝の四角形のもの3片に切り
分けた。そして,F職員は,Dにまずこんにゃく2片を食べさせ,次いで,はんぺ
ん1片を食べさせた後,介助を担当していたもう1人の入所者に目を向けて声
かけをし,Dに目を戻したところ,Dが苦しそうな表情で「うー」というような声を
発しているのを発見した。
ウ F職員は,Dののどに何かが詰まったと判断し,口の中を覗いたが何も入っ
ていないように見えたため,左手でDの頭を押さえて身体を前へ倒し右手で背
中を叩いてタッピングをしたが,Dの状態は良くならなかった。そこで,F職員
は,他の介護職員に看護職員を呼ぶよう声をかけ,駆けつけた複数の看護職
員らがDを逆さにしてタッピングをしたところ,2㎝大くらいのはんぺんが2個出
てきた。その後,消防署から救急隊が駆けつけ,喉頭鏡とマギール鉗子を用
いて,Dののどから,はんぺんと1㎝大くらいのこんにゃく1個を除去した。D
は,心肺停止状態で病院に搬送され,同日午後2時26分,窒息が直接死因
で死亡した。
エ F職員は,Dの介助業務を行うに先立ち,前記(2)の短期入所生活介護ケー
ス受付表及び(3)の入所時一般状態調査票ないしショートステイ用一般状態
記録のうちの最新の物並びに被告施設でのDの従前の生活状況を記載した
日誌等(乙6の1~6)に目を通していた。
(5) こんにゃくは,口腔内でバラバラになりまとまりにくく,噛み切りにくいという性質
を有しており,食べにくく,のどにつまらせやすいため,嚥下障害の患者や高齢
者に向かない食物であることが指摘され,また,かまぼこも嚥下障害の患者に
向かないと指摘されている。これらのことは,市販の書物や公開されたホームペ
ージ等(甲8ないし10)でも紹介されている。
2 争点(1)について
(1) 上記1(4)で認定したとおり,Dは,F職員の介助により,こんにゃくを食べ,続い
てはんぺんを食べている際にのどに食物を詰まらせて窒息死したものであり,被
告施設の看護職員によるタッピングや救急隊による異物除去により,Dののどか
ら1㎝大くらいのこんにゃく1個と複数のはんぺん片が出てきたものである。同事
実によると,Dは,こんにゃくが口の中に残っている状態又はこんにゃくを飲み込
む途中の状態ではんぺんを食し,その結果,こんにゃくとはんぺんをのどに詰ま
らせたものであると認めることができる。したがって,F職員は,Dの口の中にこ
んにゃくが残っていることを見過ごして,あるいは,Dがこんにゃくを飲み込む前
であったにもかかわらず,飲み込んだかどうか(嚥下動作)を確認しないで,はん
ぺんを食べさせたものと推認することができる。
この点につき,証人Fは,咀嚼が終わり,口の中に何も入っていないことを確認
し,声かけをしてから,Dにはんぺんを食べさせたと証言する。しかし,同証人
は,他方で,見た目で見える範囲で確認した,口の奥まで確認できたかどうかは
分からないとも証言しているところ,F職員が中腰でDをやや見下ろすような姿勢
で食事の介助をしていたものであることを考慮すると,F職員がDの口の中を確
認したつもりであったとしても,食物が口の中に残っていたことを見過ごした可能
性は十分に認められる。また,証人Fは,被介助者がのどでごっくんというふうに
飲み込むのを確認するとも証言するが,他方で,今回のDの場合は,はっきりと
記憶していないとも証言しているのであり,同証人の証言をもって,F職員がDの
嚥下動作を確認したと認めることはできない。また,声かけの点についても,「次
何を食べます」等の声かけをし,Dが口を開けるのを待って食物を食べさせてい
たというに止まるのであり,会話がやや困難で理解力及び記憶力がやや低いな
ど軽度の痴呆が存したDが,声かけに応じて口を開けたからといって,Dの口の
中に食物が残っておらず,嚥下も完了したとは限らず,介助者がそのように思っ
たとしても,それがやむを得ないということもできない。
  そして,Dが介助を要する当時75歳の高齢者であり,義歯(総入れ歯)も装着し
ていたこと,原告BからDの飲込みが悪いこと等が被告施設の看護職員に告げ
られ,入所時一般状態調査票ないしショートステイ用一般状態記録にも,Dに嚥
下障害がある旨が記載されていたこと,こんにゃくは,食べにくく,のどにつまら
せやすく嚥下障害の患者や高齢者に向かない食物であると指摘され,はんぺん
と同じ練り製品であるかまぼこも嚥下障害の患者に向かない食物であると指摘
されており,これらのことは市販の書物や公開されたホームページ等でも紹介さ
れていること等を考慮すると,Dにこんにゃくやはんぺんを食べさせるに際して
は,Dに誤嚥を生じさせないよう細心の注意を払う必要があったことは明らかで
あって,F職員は,こんにゃくを食べさせた後,Dの口の中の確認及びDの嚥下
動作の確認をする注意義務を負っていたというべきである。したがって,F職員
が,これらの確認をしないまま,こんにゃくに続いてはんぺんを食べさせたこと
は,不法行為法上の過失に当たるということができる。
  なお,被告は,Dの嚥下障害は医学的に診断されたものでなく,食事や水分を与
える時に時々むせるという程度のものであったと主張するが,被告施設の看護
職員がDの入所に際し毎回原告Bからの聴取をもとに嚥下障害有りと調査票等
に記載していたことなど前記認定事実のもとでは,Dが疾病としての嚥下障害で
あったとまでは認められなくとも,同程度の年齢の者との比較でも,嚥下能力が
相当劣っていたことは明らかであって,被告の上記主張は,F職員に過失がある
との前記判断を左右するものではない。
(2) 被告は,Dの死亡はこんにゃくにより不顕性誤嚥を起こしたために発生したと考
えられると主張する。なお,原告らは,被告の上記主張は時機に後れた攻撃防
御方法であるから却下すべきであると主張するが,被告の上記主張は,証拠調
べの結果に基づき,Dが死亡に至った経過についての見解を述べるものに過ぎ
ず(これに関する提出証拠〔乙30,31〕は文献のみである。),被告が上記主張
を平成15年8月28日付け準備書面において初めて行ったことについて,故意
又は重大な過失があると断じることもできない。
  そこで,検討するに,被告提出の文献には,むせない誤嚥すなわち不顕性誤嚥
が,誤嚥者の3分の1にみられるという記載がされているが(乙30),他方,不顕
性誤嚥が少量を気付かないうちに吸引するものであること,夜間睡眠中に唾液
が下気道や肺に不顕性誤嚥され肺炎の発症原因となること等も記載されている
のであり(乙31),これらの記述を総合すると,不顕性誤嚥が,食事中に食物を
のどに詰まらせるような症例を対象として理解されているとは考え難い。そして,
Dは,こんにゃく,鶏肉,パン等を喉に詰まらせかけて家族が手で取り除けたり,
水を飲んだ際にむせたりするという通常の誤嚥(顕性誤嚥)の症状を呈したこと
があったこと,Dののどから除去されたこんにゃくの大きさは1㎝大くらいのもの
であり,このような大きさのものがのどに詰まって窒息状態になっていたのに,D
本人が気づかず,窒息の様子が外部にも現れなかったとは考え難いことを考慮
すると,Dが不顕性誤嚥を起こしていた旨の被告の主張は採用することができな
い。
(3) そうすると,原告らの主張するその余の被告の職員の過失について判断するま
でもなく,被告は,民法715条に基づき,Dの死亡により生じた損害を賠償する
義務を負うというべきである。
3 争点(2)について
(1) 逸失利益
  証拠(甲4)によると,Dは,平成12年4月分以降,国民年金として年額71万5
700円,厚生年金として年額87万6700円の合計159万2400円を受給して
いたことが認められる。しかし,上記受給額は,通常人が生活していく上で必要
な費用の額を大幅に上回る額であるとまでいうことはできないところ,Dが本件
事故当時に要していた生活費等の額,Dと生計を同じくしていた家族の人数及び
その収入,Dの年金収入に生活を依存していた家族の有無等が明らかになって
いない本件においては,Dが上記年金の受給をしていたからといって,それだけ
でDの逸失利益が存したことの証明がなされたということはできない。
(2) 慰謝料
  原告らとDとの身分関係に照らし,原告らがDの死亡により多大な精神的苦痛
を被ったことは明らかであるところ,本件に顕れた一切の事情を斟酌すると,原
告らの精神的苦痛に対する慰謝料は,原告ら各々につき700万円とするのが
相当である。
(3) 葬儀費用
  証拠(甲6)によると,原告BはDの葬儀費用一式として106万4700円を支出
したことが認められ,原告Bは被告の不法行為により同額の損害を被ったという
ことができる。
(4) 弁護士費用
  以上の認定に係る認容すべき原告らの損害賠償請求の額及び本件に顕れた
一切の事情を斟酌すると,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用
相当の損害の額は,原告Bにつき80万円,原告A及び原告Cにつき各70万円
とするのが相当である。
(5) 合計
  したがって,原告Bが被った損害の合計額は886万4700円,原告A及び原告
Cが被った損害の合計額は各770万円となる。
4 結論
 よって,原告らの被告に対する請求(不法行為に基づく請求)は,原告Aにつき7
70万円,原告Bにつき886万4700円,原告Cにつき770万円及びこれらに対す
る不法行為の日である平成13年12月16日から各支払済みまで民法所定年5分
の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は
理由ないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第10部
裁判官   朝   日   貴   浩

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