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平成22年2月26日判決言渡
平成21年(行ケ)第10223号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年2月22日
判決
原告株式会社島津製作所
訴訟代理人弁理士喜多俊文
同江口裕之
被告特許庁長官
指定代理人竹中靖典
同岡田孝博
同岩崎伸二
同田村正明
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2007−19569号事件について平成21年6月30日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
,「」,1本件は原告が名称を電子捕獲型検出器とする発明につき特許出願をし
平成18年5月8日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする手続補正をし
たところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許
,。庁が請求不成立の審決をしたことから原告がその取消しを求めた事案である
2争点は,上記補正に係る発明が下記引用例との関係で進歩性(特許法29条
2項)を有するか,である。

・特開昭56−158940号(発明の名称「定電流形電子捕獲器,出」
願人株式会社日立製作所,公開日昭和56年12月8日,甲2。以下
「引用例」といい,そこに記載の発明を「引用発明」という)。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成9年10月3日,名称を「電子捕獲型検出器」とする発明に
ついて特許出願(特願平9−287946号。公開特許公報〔特開平11−
108898号〕は甲1)をし,平成18年5月8日付けで特許請求の範囲
等の変更を内容とする補正(以下「本件補正」という。甲11)をしたが,
平成19年6月6日付けで拒絶査定を受けたので,平成19年7月12日こ
れに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2007−19569号事件として審理した上,
,「,」,平成21年6月30日本件審判の請求は成り立たないとの審決をし
その謄本は平成21年7月14日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1から成るが,その請求項1に記
載された発明(以下「本願発明」という)は,次のとおりである。。
・請求項1】【
a)検出セル内に導入されたキャリアガスをイオン化し,電子を放出さ
せる電子放出手段と,
b)所定の電流値を設定する電流値設定手段と,
c)検出セル内に設けられた電極にパルス電圧を印加するとともに,上
記電子による電流が前記所定電流値となるようにパルス電圧の周波数を
制御するパルス制御手段と,
d)検出セルの初期状態における上記周波数の値f00と,試料分析の
際に試料を検出セルに導入する前の上記周波数の値f0とを記憶する周
波数記憶手段と,
e)検出セルに分析試料を注入した後のパルス電圧の周波数f並びに前
記両周波数の値f00及びf0を用いて分析試料の濃度を算出する濃度
算出手段と
を備えることを特徴とする電子捕獲型検出器。
(3)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願発
明は,前記引用例記載の発明及び周知事項に基づいて容易に発明をすること
ができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,という
ものである。
なお,審決が認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及
び相違点は,上記審決写しのとおりである。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法として取り
消されるべきである。
ア取消事由1(一致点・相違点認定の誤り)
審決は,本願発明と引用発明が「試料分析の際に試料を検出セルに導入
する前の上記周波数の値f0と,検出セルに分析試料を注入した後のパル
ス電圧の周波数fを用いて分析試料の濃度を算出する濃度算出手段とを備
える電子捕獲型検出器」である点で一致すると認定する(4頁9行∼12
行。)
しかし,審決は,一体として把握すべき本願発明の「濃度算出手段」の
各構成要素を独立した構成要素として把握し,引用発明の特定要素も同様
に把握して,これらの相互関係を考慮することなく一致点・相違点を認定
するものであり,このような進歩性の判断における発明の構成の把握の仕
方は,明らかに違法である。
すなわち,本願発明の「濃度算出手段」の構成要素は「試料分析の際,
に試料を検出セルに導入する前の上記周波数の値f0「検出セルに分析」,
試料を注入した後のパルス電圧の周波数f」及び「検出セルの初期状態に
おける上記周波数の値f00」という3つの値を用いる濃度算出手段であ
るところ,これに接した当業者は,本願発明を「補正した値f1」により
試料の濃度を算出する濃度算出手段であると一義的に解釈することができ
るから,本願発明は,検出器の特性の補正を行った正しい検出値の算出が
可能な濃度算出手段であるということができる。
これに対し,引用例(甲2)には,試料導入前後の周波数の変化から検
出値を補正して出力することについては何ら記載されていない。引用発明
の構成は,単に試料前後の周波数の変化を比較して濃度を算出するという
濃度算出手段であって,電子捕獲型検出器の一般的な検出原理を説明する
ものにすぎない。
このように,両者は構成を異にするものであるから,両者の一致点及び
相違点は,次のとおり認定すべきである。
・一致点)(
本願発明と引用発明は,
「検出セル内に導入されたキャリアガスをイオン化し,電子を放出
させる電子放出手段と,
所定の電流値を設定する電流値設定手段と,
検出セル内に設けられた電極にパルス電圧を印加するとともに,上
記電子による電流が前記所定電流値となるようにパルス電圧の周波数
を制御するパルス制御手段と,
を備える電子捕獲型検出器」。
である点で一致する。
・相違点)(
本願発明は「検出セルの初期状態における上記周波数の値f00,
と,試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の上記周波数の値f
0とを記憶する周波数記憶手段」及び「試料分析の際に試料を検出セ
ルに導入する前の上記周波数の値f0と,検出セルに分析試料を注入
した後のパルス電圧の周波数fを用いて分析試料の濃度を算出する濃
度算出手段」を備えているが,引用発明はこれらを備えていない点で
相違する。
そして,上記相違点は,審決が挙げる引用例や周知例のいずれにも記載
されておらず,容易想到とはいえないから,審決には,本願発明と引用発
明との一致点・相違点を誤って認定した結果,進歩性の判断を誤った違法
がある。
イ取消事由2(周知技術適用の誤り)
(ア)課題の認定の誤りによる周知技術適用の誤り
審決は,引用例(甲2)の記載からみて,測定を繰り返すうちに電極
及び検出セル内部が試料で汚れることにより電流が流れにくくなり,周
波数fが増加してくるため,測定結果が経時的に変化するという本願発
明の課題が本願出願前に一般的に知られていたと認定するが(6頁22
行∼29行,かかる認定は,汚れをモニタするとの引用例の課題に対)
して事後分析的かつ非論理的思考により本願発明の解決手段であるf,「
00及びf0を用いて補正した値f1を用いる」ことを要素として取り
込むものであり,周知技術を適用するための共通の解決課題ないし動機
付けの存否を検討せず,周知技術でありさえすれば引用発明に適用可能
とするものであるから,誤りである。
すなわち,引用例(甲2)には「定電流形電子捕獲器」の「汚れの,
程度をモニタする手段」が望まれていた旨が記載されているものの,汚
れが生じた場合に影響がある多数の物理量の一つにすぎない周波数fと
。,(),汚れの関係は何ら記載されていないなお引用例甲2の記載には
試料導入前後の周波数を測定し,その変化をみることで試料の濃度を測
定するという,定電流形電子捕獲器の一般的な動作原理を説明した部分
はあるが(2頁左下欄1行∼6行,本原理を用いて汚れの程度を測定)
することについては何ら開示・示唆されていない。
また,引用例(甲2)において「定電流形電子捕獲器」の「汚れの,
程度をモニタする」との課題を解決するための手段として開示されてい
るのは,検出器の汚れをモニタリングするために,使用時は定電流形電
子捕獲器として機能している捕獲器を,汚れチェック時は定周波数電子
捕獲器として機能させ,このときに流れるイオン電流のレベルから汚れ
の程度を判断するものであるから,ここからも汚れの程度と周波数の関
係が記載されているとはいえない。
このように,引用例(甲2)は,定電流形電子捕獲器が汚れに弱く,
汚れると測定結果に何らかの影響を与える旨を開示しているということ
はできても,汚れの程度が周波数fに影響を与えることまで開示・示唆
しているということはできないから,引用例の記載から本願発明の課題
が本願出願前に一般的に知られていたとの審決の認定は誤りである。
(イ)技術分野の関連性の認定の誤りによる周知技術適用の誤り
審決は,検出装置一般において検出器の特性を補正することは本願出
願前に周知であったとしつつ,これを引用発明に適用して本願発明の進
歩性を否定した。
しかし,審決の上記認定は,上記各公報に特許発明の特徴点に到達す
るための示唆等が存在しないにもかかわらず,検出器の補正を行うとい
う本願発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測のみに
基づいて周知技術を適用するものであり,誤りである。
すなわち,本願発明は分析機器の技術分野に属するガスクロマトグラ
フに用いられる検出器に関する発明であるから,その進歩性判断におけ
る周知技術として用いるには,少なくとも分析機器の技術分野に属する
検出器に関する周知技術でなければならない。単に検出器という共通点
だけでは,検出器の特性を補正することが検出装置一般における周知技
術であると認定することはできない。ここで分析機器とは,例えば,赤
外線吸収スペクトロ法を行うフーリエ変換赤外分光装置(FT-IR)や質
量分析法を行う質量分析計(MS,そして,ガスクロマトグラフ法を行)
うガスクロマトグラフ装置(GC)等のことをいう。
しかるに,審決が周知技術認定の基礎としたのは,特開平7−287
444号公報(発明の名称「画像濃度検出装置,出願人コニカ株式会」
,,。「」。),社公開日平成7年10月31日甲3以下甲3公報という
特開平1−213794号公報(発明の名称「汚れ補正機能付き火災警
」,,,報装置出願人能美防災工業株式会社公開日平成元年8月28日
甲4以下甲4公報という及び特開平9−34312号公報発。「」。)(
明の名称「画像形成装置,出願人キヤノン株式会社,公開日平成9」
年2月7日,甲5。以下「甲5公報」という)である。これらは,画。
像形成装置(甲3公報,甲5公報)及び警報装置(甲4公報)の技術分
野における周知技術にすぎず,その技術分野は分析機器の技術分野とは
関係がないし,分析機器の当業者が画像形成装置又は警報装置に関する
技術に着想を求めること自体期待し得ないところである。両者の技術を
対比しても,本願発明における補正は周波数に対して補正を行うもので
あるのに対し,甲3公報及び甲4公報記載の周知技術はいずれも検出出
力電圧に補正を加えるものであって,両者は著しく相違する。
,(),「()また引用例甲2における課題は常に出力が一定通常は0
となる制御ループをとって」いる場合に「常に汚れの程度をモニタす,
る手段の出現が要望されて」おり「汚れチェック機能を持たせた定電,
流形電子捕獲器を提供すること」にあるが,上記甲3公報∼甲5公報に
おいては制御ループを採っておらず,常に汚れの程度をモニタする等の
必要性は生じないことから,このような課題は存在しない。
なお,引用例(甲2)においては,定電流形電子捕獲器が「試料」に
より汚染されることが開示されているが,甲3公報∼甲5公報における
課題は「トナー「セメント」により汚染されることにあるため,汚染」,
される原因となる物質も全く異なる。
したがって,引用例に甲3公報∼甲5公報記載の技術を適用すること
はできない。
(ウ)阻害要因
審決は,測定器においては,測定を繰り返すうちに電極及び検出セル
内部が試料で汚れてくると,電流が流れにくくなり,周波数fが増加す
るため,同一試料で測定を行っても測定結果が経時的に変化してしまう
という課題が本願出願前に一般的に知られていたから,引用発明に周知
技術を適用することは当業者ならば困難性はないとした。
しかし,引用例(甲2)で示された解決手段は,検出器の汚れをモニ
タリングするために,使用時は定電流形電子捕獲器として機能している
捕獲器を,汚れチェック時は定周波数電子捕獲器として機能させ,この
ときに流れるイオン電流のレベルから汚れの程度を判断するというもの
であり,本願発明のように,課題の把握に当たり,汚れの程度をモニタ
するため周波数fを用いるものではない。
このように,引用発明においては,課題解決の手段として,周知の解
決手段とは全く異なる手段を提供するものであるから,引用発明に上記
周知事項を適用することの阻害要因が存在する。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
審決が認定した引用発明は,引用例(甲2)に従来技術として記載されて
いる一般的な「定電流形電子捕獲器」であり,試料濃度を測定する際,原告
が主張する「試料導入前後の周波数の変化から検出値を補正して出力する」
機能(以下「補正機能」という)を有していないものである。。
この引用発明と本願発明とは,共に「定電流形電子捕獲器」によって「試
料濃度を測定する」ものである点で一致する。そして,引用発明の構成にお
ける「試料がイオン化室に入ってくる前の周波数」及び「試料がイオン化室
に入った後の周波数」は「試料がイオン化室に入ってくることにより実際,
のイオン電流が変化すると,比較回路8の出力を一定にするように周波数が
変化し,この周波数の変化を出力回路10でみる」点において,本願発明の
「試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の上記周波数f0」及び「検
出セルに分析試料を注入した後のパルス電圧の周波数f」と全く同じ信号で
あって,技術的に何ら相違はない。
ところで「濃度算出手段」との用語自体は「検出信号から試料濃度を測,,
定・算出する手段」を意味するのであって,検出信号の補正の有無を限定し
ておらず,その補正機能を有しているものと有していないものの両方を含む
ことは明らかである。そして,審決は,本願発明の「濃度算出手段」が原告
が主張するような補正機能を有しているのに対して,引用発明の「濃度算出
手段」が補正機能を有していないことを相違点として明確に認定した上で,
その検討及び判断をしたものである。
そうすると,審決が「濃度算出手段」について「試料分析の際に試料を,,
検出セルに導入する前の上記周波数の値f0と,検出セルに分析試料を注入
した後のパルス電圧の周波数fを用いて分析試料の濃度を算出する」点を一
致点として認定したことに誤りはなく,相違点の認定にも誤りはない。
(2)取消事由2に対し
ア課題の認定の誤りによる周知技術適用の誤りにつき
定電流形電子捕獲器は,試料導入前のキャリアガスのみを流している状
態を基底状態として,常に出力が一定(通常は0)になる制御ループをと
っているものであるから「汚れ」などキャリアガス以外の物質がイオン,
(,),「」化室すなわち検出セル内に存在した場合にはそれが制御ループ
すなわちパルス電圧の周波数の変化に影響を与えることは,当該技術分野
においては技術常識といえる事項である。
さらに,例えば,原査定の理由でも引用された実願昭60−10900
6号(実開昭62−16469号)のマイクロフィルム(考案の名称「電
子捕獲形試料濃度検出装置,出願人株式会社島津製作所,公開日昭和」
62年1月31日,乙1)には,ガスクロマトグラフ分析などに使用され
る電子捕獲形試料濃度検出装置すなわち電子捕獲器の定電流方式リ(,)(
ニア方式)の課題として,定電流形電子捕獲器が「汚れ」の影響を受けや
すく,汚れの増加による電流量の低下がパルス周波数に反映されることが
記載されており,このことは本願出願前に周知であった。
そうすると,審決が認定した本願発明の課題は本願出願前に周知であっ
たというべきであるから,原告の主張は失当である。
イ技術分野の関連性の認定の誤りによる周知技術適用の誤りにつき
(ア)ガスクロマトグラフ分析装置が,試料ガスを分離するガスクロマト
カラム部と,分離されたガスの検出・分析を行う検出センサ部から構成
されていることは,当該技術分野においては自明の技術事項であるとこ
ろ,特に本願発明に係る「定電流形電子捕獲器」は,後者の分離された
ガスの検出・分析を行う検出センサ部に係る発明である。
本願発明は,この検出センサ部に特徴を有するものであり,本願発明
「,の課題である…検出セル内部の汚染等による経時変化を適切に補正し
常に正しい測定結果を出力する…(段落【0009)という事項も,」】
「検出センサ」を有する分析装置において共通するものであって「ガ,
スクロマトグラフ分析装置」特有のものとはいえず,また,その効果と
して「…試料による汚染等で検出セルの状態が変化した場合にも,常に
正しい濃度を検出することができる…段落0017ことも検」(【】),「
出センサ」を有する分析装置において一般的なことにすぎず「ガスク,
ロマトグラフ分析装置」における検出センサ部特有のものではない。
審決が挙げた甲3公報∼甲5公報の各周知例は,いずれもそれぞれの
所期の検出性能を維持するために,審決が認定した上記周知技術に係る
構成を有した検出センサ部を備えるものである。
また「分析計」の技術分野における周知技術として,例えば,特開,
(「」,平6−265374号公報発明の名称分析計の感度劣化予知方法
出願人株式会社堀場製作所,公開日平成6年9月20日,乙2)があ
るここに示されるとおり分析計の感度劣化に対する感度補正を一。,,「
定期間使用後における試料分析」の際に,記憶手段に記憶された「初期
ゼロ校正係数」に対するずれを示す「ゼロ校正係数」と,同じく記憶装
置に記憶された「初期スパン校正係数」に対するずれを示す「スパン校
正係数」を利用して行う技術は周知であり,当該周知の技術も,審決が
認定した周知技術に相当するといえるものである。
そうすると,審決の周知技術の認定に誤りはない。
(イ)これに対し原告は,甲3公報∼甲5公報における補正は,いずれも
検出の出力電圧に補正を加えるものであり,本願発明の周波数に対して
補正を行うものとは著しく相違すると主張する。
しかし,上記各公報に記載の技術事項は,いずれも検出信号の出力電
圧に補正を加えるものであるところ,甲3公報では,検出出力の補正に
当たり,その検知センサの駆動源を補正するものである。また,検出器
の駆動源としてパルス電圧源を用いることは周知慣用の手段にすぎず,
その駆動源の補正に当たり,該駆動源の駆動信号(パルス電圧源ではパ
ルス周波数)を補正することは自明の技術事項である。そうすると,審
決が挙げた周知例においても「検出の出力電圧の補正」と「周波数に,,
対する補正」とが「著しく相違する」ものではない。
したがって,審決が引用発明に周知技術を適用した点に誤りはない。
ウ阻害要因につき
前記(1)のとおり,審決が認定した引用発明は,引用例(甲2)の中で
従来技術として開示されている「定電流形電子捕獲器」であるところ,引
用例が従来技術として摘示した箇所の記載は,原告が主張する課題である
定電流形電子捕獲器の汚れの程度をモニタすることの解決手段について,
何ら開示するものでない。
また原告は,引用例(甲2)は,課題解決の手段として,周知技術の解
決手段とは全く異なる手段を提供するものであると主張するが,引用例に
,,おける当該箇所の記載は引用例が開示した従来技術に係るものではなく
引用例の出願に係る発明の実施例構成による動作を説明する記載であるか
ら,審決が認定した引用発明とは全く関連しない部分である。
したがって,原告が主張する阻害要因は失当である。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯,(2)(発明の内容,(3)(審決))
の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本願発明の意義について
(1)本件補正後の本願特許請求の範囲は,前記第3,1(2)のとおりである。
また,本件補正後の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある(引用は甲
1による。。)
ア発明の属する技術分野
・「本発明は,ガスクロマトグラフ装置等の検出器として用いられる電子捕獲形検
出器(以下,ECD(=ElectronCaptureDetector)と呼ぶ)に関する(段落。」
【0001)】
イ従来の技術
・「ガスクロマトグラフ装置の検出器としては種々のものが実用化されているが,
その中で,ECDはハロゲン化合物やニトロ化合物等の親電子性化合物の測定に有
用である。このため,有機水銀,農薬,PCB等の残留測定,或いは,ステロイド
やアミノ酸等を親電子性の誘導体に変換しての極微量測定等に利用されている」。
(段落【0002)】
・「ECDの動作原理は次の通りである。検出セル内にNi等の放射性同位元素63
を封入しておき,検出セルにキャリアガスを導入して,放射線によりキャリアガス
分子をイオン化して電子(自由電子)を放出させる。検出セル内に配置された電極
(陽極)に電圧を印加すると,定常状態では,この自由電子により電極に一定量の
電流が流れる(段落【0003)。」】
・「ここで,電極に印加する電圧をパルス状とするとともに,このパルス電圧によ
り電極に流れるパルス電流と所定の設定電流ISとの差を積分器に入力する。これ
により,積分器の出力には,パルス電流の平均値(単位時間当たりのパルス電流)
と設定電流ISとの差に応じた電圧が現われる。この積分器の出力を電圧/周波数
(V/F)変換器に入力し,上記両電流の差に応じた周波数のパルス信号を出力さ
せて,これに基づいて電極へのパルス電圧を生成する。これにより,定常状態で電
極に印加されるパルス電圧の周波数fは,設定電流ISに応じた値となる(段落。」
【0004)】
・「検出セル内に電子捕獲性物質の分子を入れると,その分子はキャリアガスから
放出された自由電子を吸収して自由電子の密度を減少させる。自由電子を吸収した
電子捕獲性物質の負イオンは自由電子よりも遙かに移動速度が低いため,自由電子
の減少により電極に流れる電流は減少する。すると,積分器の出力電圧が大きくな
り,V/F変換器の出力のパルス信号の周波数fは上昇する。すなわち,1個のパ
ルス電圧で取り込まれる電子数の減少を補うべく,単位時間当たりに発生するパル
ス数が増加する(段落【0005)。」】
・「電子捕獲性物質の濃度aとパルス周波数fとは,次のような関係を有すること
が知られている例えばR.J.Maggs,etal.,"TheElectronCaptureDetector−A(,
NewModeofOperation",ANALYTICALCHEMISTRY,VOL.43,NO.14,DECEMBER1971,
p.1967。)
K・f=(k1・a+KD)(K,k1,KD:定数)(1)
従って,a=0の状態,すなわち検出セルに電子捕獲性物質を導入しない状態,か
らのパルス周波数の変化Δfは,
Δf=f−f0=(k1・a+KD)/K−KD/K=(k1/K・a(2))
と,濃度aに比例する。すなわち,試料の濃度aは周波数fの変化Δfより,
a=Δf/(k1/K)(3)
と算出することができる。なお(k1/K)の値は予め実験により求めておく」,。
(段落【0006)】
・「積分器の出力から取り出した検出電圧Vは,パルス周波数fの変化に応じたも
のとなるから,この検出電圧Vを時間経過に従って記録することにより,目的とす
。」(【】)る電子捕獲性物質の濃度に関するクロマトグラムが得られる段落0007
ウ発明が解決しようとする課題
・「測定を繰り返すうちに電極及び検出セル内部が試料で汚れてくると,電流が流
れにくくなり,周波数fが増加してくる。このため,同一試料で測定を行なっても
測定結果が経時的に変化するという問題が生ずる。一方,ECDは上記の通り放射
性同位元素を用いるため,検出セル内部の洗浄には専門の技術が必要であり,容易
に洗浄を行なうことができないという制約がある(段落【0008)。」】
・「本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり,その目的とす
るところは,検出セル内部の汚染等による経時変化を適切に補正し,常に正しい測
。」(【】)定結果を出力することのできるECDを提供することにある段落0009
エ発明の実施の形態
・「ECDの製造直後又は洗浄を行なった直後の,検出セルが清浄な状態(これら
を初期状態と呼ぶ)において,まず,所定電流値に対応するパルス周波数f00を
測定し,この値(初期周波数)を周波数記憶手段に記憶させておく(段落【00。」
11)】
・「試料を分析する際,分析試料を注入する前のパルス周波数f0を測定し,この
値(測定前周波数)も周波数記憶手段に記憶させる。周波数記憶手段に記憶させた
これらの値は,いくつかの使用方法がある(段落【0012)。」】
・「第1の使用方法は,検出セル内部の汚染等により経時的に変化する検出器の特
性を自動的に補正して,常に正しい検出値を算出するために用いることができる。
すなわち,分析試料を注入した後のパルス周波数fを用いて試料の濃度aを上記式
(3)により算出する際,この値fの代わりに,周波数記憶手段に記憶されている
値f00及びf0を用いて補正した値f1を用いる。…(段落【0013)」】
オ発明の効果
・「本発明に係るECDでは,試料による汚染等で検出セルの状態が変化した場合
にも,常に正しい濃度を検出することができる。また,周波数記憶手段に記憶され
ている周波数の値の変化により検出セルの汚れの程度を知ることができるため,洗
浄の必要性を適切に判断し,警告することができる(段落【0017)。」】
(2)以上によれば,本願発明は,ガスクロマトグラフ装置の検出器として用
いられる電子捕獲型検出器に係る発明であり,電子捕獲型検出器は,検出セ
ル内に設けられた電極に,これに流れる電流が所定の設定電流値となるよう
制御された周波数のパルス電圧を印加すると,同電圧の周波数が電子捕獲性
物質の濃度に応じて上昇することを利用して,検出セル内に導入したキャリ
アガスをイオン化して電子を放出させ,パルス周波数fの変化に応じた電圧
を検出することにより,電子捕獲性物質の濃度に関するクロマトグラムを得
るものである。従来の電子捕獲型検出器は,測定を繰り返すうちに電極及び
検出セル内部が試料により汚染されることから,電流が流れにくくなって周
波数fが増加し,測定結果が経時的に変化するという問題があった。本願発
明は,この課題を解決するため,パルス電圧の周波数fを用いて分析試料の
濃度を算出するに当たり,検出セルに検出セルの初期状態における周波数の
値f00と,試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の周波数の値f0
とを用いて周波数fを補正するものである。
3引用発明の意義
(1)引用例(甲2)には次の記載がある。
・「本発明は,ガスクロマトグラフの検出器として好適な定電流形電子捕獲器の改
良に関する。
一般に,ガスクロマトグラフの検出器の1つである電子捕獲器は環境汚染や体液
中の微量薬品の分析に広く利用されている。この電子捕獲器は,イオン化源として
のNi線源を内蔵したイオン化室内に電圧を印加した電極を置き,このイオン化63
室にキャリヤガスを流すことによりイオン電流を得て,試料によるイオン電流の変
化から試料濃度を測定するものであり,これには,定周波数形と定電流形の2種類
の形式がある(1頁右欄4行∼14行)。」
・「…定電流形電子捕獲器は,第2図に示すように,イオン化室2に設けられた電
極4に一定電流を通電する定電流設定回路28と,該定電流設定回路28と前記電
極4との間に接続された比較回路8と,該比較回路に接続された出力回路と,前記
電極4にパルス電圧を印加する電圧−周波数変換回路30およびパルス整形回路1
2を含むパルス電圧発生回路32を含んで構成されている。…
この電子捕獲器は,予め一定電流を定電源設定回路28に設定しておき,この一
定電流と,パルス整形回路12からコイル6,6′を介して電極4に印加されるパ
ルス電圧によって実際に流れるイオン電流とを比較回路8で比較する。そして,こ
の両者が等しくなるように電圧−周波数変換回路30の周波数が変化して,比較回
路8の出力が一定になるように比較回路8とパルス電圧回路32とで制御ループが
構成されている。従って,試料がイオン化室に入ってくることにより実際のイオン
電流が変化すると,比較回路8の出力を一定にするように周波数が変化する。この
周波数の変化を出力回路10でみることにより試料濃度の測定をすることができ
る(2頁右上欄3行∼左下欄6行)。」
(2)以上によれば,引用例に記載されたガスクロマトグラフの検出器である
定電流形電子捕獲器は,イオン化室にキャリヤガスを流すことによりイオン
電流を得て,試料によるイオン電流の変化から試料濃度を測定するものであ
り,イオン化室に設けられた電極にパルス電圧を印加し,電極に流れるイオ
ン電流が予め設定された一定電流となるようにパルス電圧の周波数を制御す
ると,試料濃度によりパルス電圧の周波数が変化することから,試料がイオ
ン化室に導入される前後のパルス電圧の周波数を検出することにより試料濃
度の測定をするものである。
4取消事由1(一致点・相違点認定の誤り)の有無について
(1)本願発明と引用発明との対比
前記2,3によれば,本願発明の電子捕獲型検出器と引用発明の定電流形
電子捕獲器とは,いずれもガスクロマトグラフ装置の検出器であって,検出
セル内に導入されたキャリヤガスをイオン化し電子を放出させる電子放出手
段と,所定の電流値を設定する電流値設定手段と,検出セル内に設けられた
電極にパルス電圧を印加するとともに,上記電子による電流が前記所定電流
値となるようにパルス電圧の周波数を制御するパルス制御手段と,試料分析
の際に試料を検出セルに導入する前のパルス電圧の周波数f0と,検出セル
に分析試料を注入した後のパルス電圧の周波数fを用いて分析試料の濃度を
算出する濃度算出手段とを備える点,すなわち,定電流形の電子捕獲型検出
器である点で共通するものである。その上で,本願発明は,前記濃度算出手
段において,検出セルに検出セルの初期状態における周波数の値f00と,
試料分析の際に試料を検出セルに導入する前の周波数の値f0を用いて,前
記周波数fを補正する構成を付加したものということができる。
そうすると,審決が,両発明の一致点を「検出セル内に導入されたキャ,
リアガスをイオン化し,電子を放出させる電子放出手段と,所定の電流値を
設定する電流値設定手段と,検出セル内に設けられた電極にパルス電圧を印
加するとともに,上記電子による電流が前記所定電流値となるようにパルス
電圧の周波数を制御するパルス制御手段と,試料分析の際に試料を検出セル
に導入する前の上記周波数の値f0と,検出セルに分析試料を注入した後の
パルス電圧の周波数fを用いて分析試料の濃度を算出する濃度算出手段とを
備える電子捕獲型検出器」と認定し,相違点を「本願発明では『検出セ。,,
ルの初期状態における上記周波数の値f00』と『試料分析の際に試料を検
』,出セルに導入する前の上記周波数の値f0とを記憶する周波数記憶手段と
『検出セルに分析試料を注入した後のパルス電圧の周波数f』並びに『検出
セルの初期状態における上記周波数の値f00』及び『試料分析の際に試料
を検出セルに導入する前の上記周波数の値f0』を用いて分析試料の濃度を
算出する『濃度算出手段』を備えているに対し,引用発明では,そのような
『周波数記憶手段』を備えておらず『試料分析の際に試料を検出セルに導,
入する前の周波数の値f0』と『検出セルに分析試料を注入した後のパルス
電圧の周波数f』を比較して分析試料の濃度を算出する『濃度算出手段』を
備えている点」と認定したことに誤りがあるということはできない。
(2)これに対し原告は,審決の上記認定は,本願発明の各々の発明の構成要
素を分説した上で各特定要素を独立した構成要素として一致点・相違点を認
定するものであり,違法であると主張する。
この点,前記2のとおり,本願発明における濃度算出手段に係る構成は,
本願明細書(甲1)の段落【0002】∼【0007】において従来技術と
して開示された定電流形電子捕獲器,すなわち,パルス電圧の周波数fを用
いて分析試料の濃度を算出する濃度算出手段に係る構成を前提として包含し
つつ,これが有する課題(測定を繰り返すうちに電極及び検出セル内部が試
料により汚染されることから,電流が流れにくくなって周波数fが増加し,
測定結果が経時的に変化するとの課題)を解決するため,パルス電圧の周波
数fを用いて分析試料の濃度を算出するに当たり,検出セルに検出セルの初
期状態における周波数の値f00と,試料分析の際に試料を検出セルに導入
する前の周波数の値f0とを用いて周波数fを補正する前記相違点に係る構
成を採用したものである。これを換言すれば,本願発明における濃度検出手
段は,上記従来技術における濃度算出手段における周波数fを,周波数の値
f00とf0とを用いて補正した周波数fに限定したものということができ
る。
このような技術的な意義に照らせば,上記本願発明が前提技術として包含
する従来技術に係る構成を本願発明と引用発明との一致点とし,その余の濃
度検出手段に係る具体的構成を相違点として把握したことに違法はない。し
たがって,原告の上記主張は採用することができない。
5取消事由2(周知技術適用の誤り)の有無について
(1)本願発明と引用発明の課題の共通性
ア審決が認定した相違点に係る本願発明の構成は,前記2のとおり,引用
発明のような従来技術において,測定を繰り返すうちに電極及び検出セル
内部が試料により汚染されることから,電流が流れにくくなって周波数f
が増加し,測定結果が経時的に変化するとの課題があることを前提に,こ
れを解決する手段として採用されたものである。
ところで,引用例(甲2)には,定周波数形電子捕獲器について「こ,
の電子捕獲器は,定周波回路14より,パルス整形回路12およびコイル
6,6’を介して電極4にパルス電圧を印加して,イオン化室に流れるイ
オン電流の変化を直接出力回路より出力する。従って,キャリヤガスのみ
を流したときのイオン電流も出力されるので,イオン化室の汚れがチェッ
クできるという利点がある(2頁左上欄下5行∼右上欄2行)との記載。」
があるのに対し,定電流形電子捕獲器である引用発明については「…し,
かし,常に出力が一定(通常は0)となる制御ループをとっているため,
キャリヤガスのみを流した場合においても,出力回路においてイオン化室
。,の汚れ具合の変化をみることができないという欠点があったこのように
定電流形電子捕獲器は高感度検出器である反面,汚れに弱い特性があるこ
とから常に汚れの程度をモニタする手段の出現が要望されていたにもかか
わらず長年の間解決されていなかった。本発明は,上記欠点を解消すべく
鋭意研究の結果案出されたもので,汚れチェック機能を持たせた低電流形
電子捕獲器を提供することを目的とする(2頁左下欄11行∼右下欄3。」
行「以上説明したように本発明によれば,定電流形電子捕獲器に汚れチ),
ェック機能を持たせることができる。従って,常に電子捕獲器の感度が分
り再現性が良くなり分析時間の短縮ができるという効果が得られる3,。」(
頁右上欄下8行∼下4行)との記載がある。
すなわち,引用例(甲2)には,定周波数形電子捕獲器はイオン化室の
汚れをチェックできるのに対し,引用発明のような定電流形電子捕獲器は
イオン化室の汚れにより電子捕獲器の感度が影響を受け,再現性を損なう
という意味で汚れに弱い特性を有することが開示されているということが
できる。このような引用発明の課題は,本願発明に係る「測定を繰り返す
うちに電極及び検出セル内部が試料により汚染されることから,電流が流
れにくくなって周波数fが増加し,測定結果が経時的に変化する」との課
題と共通するものであって,本願発明の課題は,引用例(甲2)において
既に開示されていたものということができる。
イこれに対し原告は「課題の認定の誤りによる周知技術適用の誤り」と,
,(),して引用例甲2には汚れと周波数fの関係は何ら記載されておらず
上記課題は本願出願前に一般的に知られていたものであるとはいえないと
主張する。しかし,前記3のとおり,引用発明に係る定電流形電子捕獲器
は,試料がイオン化室に導入される前後のパルス電圧の周波数を検出する
ことにより試料濃度の測定をするものであり,上記のとおり,そのような
定電流形電子捕獲器において汚れが感度に影響を与えることが課題として
示されているのであるから,汚れが生じた場合に影響があるものが他にあ
り得るとしても,少なくとも汚れが周波数に影響を与えるという限度にお
いては,両者の関係は自明ということができる。したがって,原告の上記
主張は採用することができない。
(2)課題解決手段の容易想到性
ア前記(1)に認定した共通課題の解決手段として引用例甲2には…,(),「
定電流形電子捕獲器において,定周波回路と前記定電流設定回路からの一
定電流を遮断すると共に前記制御ループを開放して該定周波回路に切換え
る切換スイッチとを設けたことにより上記目的を達成したものである」。
(2頁右下欄下8行∼下3行)との記載があり,引用例が挙げる効果(常
に電子捕獲器の感度が分かり,再現性がよくなり,分析時間の短縮ができ
る)と併せ考慮すれば,引用例の開示する課題解決手段は,定電流形電子
捕獲器において定周波回路に切り換え,電極に流れるイオン電流が予め設
定された一定電流となるようにパルス電圧の周波数を制御し,この周波数
の変化を測定することにより試料濃度の測定をして,イオン化室の汚れの
状況をチェックすることに止まる。その意味では,引用例は,前記相違点
,,,に係る本願発明における課題解決手段すなわち検出セルの初期状態と
試料を検出セルに導入する前と,試料を検出セルに注入した後の各周波数
の値に基づき,検出セルの汚れによる誤差を補正するという手段を開示す
るものではない。
イ一方,審決が容易想到性の判断に供した甲3公報∼甲5公報の内容は,
以下のとおりである。
(ア)甲3公報(特開平7−287444号公報)
甲3公報には,次のとおり記載されており,画像形成装置に用いられ
る画像濃度検出装置(濃度検知センサ)において,防塵ガラスの汚れ等
による検出値の変動を補正するために,画像形成装置の出荷時の濃度検
知センサに汚れや疲労のない状態で,感光体ドラム上にトナーの付着し
ない状態の濃度を検知して初期データとして記憶しておき,所定回数コ
ピーが行われるごとに,感光体ドラム上にトナーの付着しない状態で検
知した濃度と先に記憶した初期データとを比較し,増幅回路の利得を調
整する技術が記載されている。
・産業上の利用分野
「,,本発明は複写機やレーザビームプリンタ等の画像形成装置に用いられ
像担持体上に形成されるトナー像の濃度を光学的に検出する画像濃度検出装
置に関する(段落【0001)。」】
・発明が解決しようとする課題
「また,濃度検知センサPCは像担持体近傍に設置されているのでその防
塵ガラス36Gに現像剤のトナーによる汚れが発生し感度が低下し実際の濃
度より高いほうにずれた誤信号を出力するという問題点がある」(段落【0。
006】)
・課題を解決するための手段
「この方法は,先ず前記画像形成装置の出荷時,濃度検知センサPCに汚れ
や疲労のない状態で,標準電圧で発光ダイオードLEDを発光させ,利得の
低い状態(S1をOFF,S2をON)で感光体ドラム31上にトナーの付
着しない状態の濃度を検知しこの時の値を初期データとしてメモリ91に記
憶させておく」(段落【0030】)。
「次に,50回コピーが行われる毎に,増幅回路36Aの利得を低くして
感光体ドラム31上にトナーの付着しない状態の濃度を検知する。このデー
タは先に記憶した前記初期データと比較回路92において比較される。検出
データが前記初期データより暗い(例えば防塵ガラスなどが汚れている)場
合にはCPU90は可変直流電源Veの出力電圧を高くなるよう制御し発光
ダイオードLEDの放射光量を増加する。光量を増加した状態で再びトナー
の付着しない状態の感光体ドラム31表面の濃度を検知し前記初期データと
比較する。検出データが初期データより明るい場合はCPU90は可変直流
電源Veを制御して出力電圧を低くし発光ダイオードLEDの放射光量を下
げる。これを繰り返して検出データが前記初期データとの差が許容範囲内に
入った時の電圧に可変直流電源Veの出力電圧を固定する。この後CPU9
0は増幅回路36Aの増幅利得を高い状態(S1をON,S2をOFF)に
してテストパッチ像の濃度検出を行う」(段落【0031】)。
・発明の効果
「以上説明したように本発明では,画像濃度検出装置の濃度検出時と,発
光素子の光量調整時である濃度検出準備時とでは,その増幅回路の利得を変
えるようにしたので,被検出物の濃度の高低に合わせて常に分解能を高く維
持することができる。しかも,別に光量調整用の受光素子を備える必要もな
い。これにより装置を大型化することなく,濃度検知センサの防塵ガラスの
汚れ,発光素子である発光ダイオードの劣化による光量低下や温度特性によ
る変動を補正して,正確に濃度を検出することのできるという効果がある」。
(段落【0037】)
(イ)甲4公報(特開平1−213794号公報)
甲4公報には,次のとおり記載されており,火災警報装置の火災現象
検出部において,検出部の汚れ具合の変化等による検出出力のずれを較
正するために,初期設定時の汚損されていない状態で,煙濃度0%/m
及び所定の煙濃度に相当する状態における検出出力を記憶し,任意時点
において,前記と同様の煙濃度に相当する状態における検出出力と,前
記記憶された検出出力とを用いて汚れ補正を行う技術が記載されてい
る。
・特許請求の範囲
「煙濃度を検出するために附勢される煙検出用発光素子と,該煙検出用発
光素子の発光により生じる煙による散乱光の検出出力と実際の煙濃度との関
係の変化を補正するように用いられ,所定の煙濃度に対応する予め決められ
た光量を発生する試験用発光素子とを含んだ火災現象検出手段からの検出出
力により煙濃度を求め,火災異常を判定するようにした汚れ補正機能付き火
災警報装置であって,
初期時において,煙濃度0%/mにおける前記火災現象検出手段の検出出
力V,及び前記試験用発光素子から発光される前記所定の煙濃度Dに相当00
する前記予め決められた光量に基づく前記火災現象検出手段の検出出力VをS
測定する第1の手段と,
任意時点において,煙濃度0%/mにおける前記火災現象検出手段の検出
出力V,及び前記試験用発光素子から発光される前記予め決められた光量に1
基づく前記火災現象検出手段の検出出力Vを測定する第2の手段と,T
該第2の手段により任意時点において測定されたV及びVに基づいて,T1
傾きK
K=(D+ΔD)/(V−V)0TT1
但し:ΔD=α(L−1)T
L=(V−V)/(V−V)T1S0
αは係数
を求める第3の手段と,
前記火災現象検出手段からの監視状態における検出出力Vに基づいて,煙X

濃度D
D=K×VあるいはXX
D=K×(V−V)XX1
を求める第4の手段と,
を備えたことを特徴とする汚れ補正機能付き火災警報装置(1頁左下欄5。」
行∼右下欄下3行)
・産業上の利用分野
「本発明は,汚れ補正機能付き火災警報装置に関するものである(2頁。」
左上欄1行∼2行)
・従来の技術
「火災警報装置においては,火災の発生及び/または火災の変化状況等を
正確に判断するために,火災現象検出部の検出出力から常に正しい火災現象
の検出量を知るように,検出出力を較正する必要がある。
従来の火災現象検出部の検出出力の較正方法としては,例えば特開昭61
−247918号公報に示されるように,零点データVと検出すべき火災現1
象の所定量Dに対応する試験時のデータVとからD÷(V−V)によりSTST1
火災現象検出部の出力特性の傾きKを求め,この傾きKによって以後の検出
。」()出力を補正するようにすることが知られている2頁左上欄4行∼16行
発明が解決しようとする問題点・
「しかしながら,実験結果によれば,試験時の検出出力Vは,検出部の汚T
れ具合の変化によって設定された火災現象の所定量Dを示さないことが判明S
した(2頁左上欄下3行∼右上欄1行)。」
・実施例
「初期設定時にはまず,煙濃度0%/mのときに,煙検出用発光素子LE
Dの発光により太陽電池SBで検出されたアナログ・センサ出力すなわち検1
出出力を,初期設定時の検出出力Vとして格納すると共に,現在の検出出力0
Vとしても格納する(ステップ302。次に,初期設定時すなわち汚損さ1

れていない状態で煙濃度Dとして例えば10%/mの煙発生時に相当する光0
量を発光する試験用発光素子LEDを発光させ,そのときの太陽電池SBの2
検出出力を初期設定時の検出出力Vとして格納すると共に,現在の検出出力S
()。,,Vとしても格納するステップ303なお初期設定時のVとVとはT0S
製作時の試験段階で例えばROM2に記憶させるようにしてもよい。
次に,検出出力V,V,V及びVの値に基づいて汚れ補正プログラム01ST
(ステップ400)が行われるが,この汚れ補正プログラムは第4図に示さ
れている。第4図において,まず演算
(V−V)/(V−V)T1S0
,(),,が行われこの演算結果をLとして格納しステップ402次に該Lから
初期時の煙濃度Dからの偏差α(L−1)を演算してこれを△Dとして格0T
納し(ステップ403,そして最後に以下の式から傾きを演算してそれをK)
として格納し(ステップ404,第3図のフローチャートに戻る(ステップ)
405。)
(D+△D)/(V−V)→K0TT1
初期時にはV=V並びにV=Vであるので,上述の式におけるL及び10TS
KはそれぞれL=1,△D=0であり,従ってK=D/(V−V)となT0T1
り,傾きKは第7図に示した従来のものと代わりがない。しかしながら,汚
損が進みV≠VかつV≠Vとなると,傾きKは本願特有の値を呈する」10TS

(5頁右上欄4行∼左下欄下4行)
「相当量の時間が経過して傾きKを更新すべき時期となったならば(ステ
ップ308のY,煙濃度0%/mのときの,すなわち煙検出用発光素子LE)
Dの点灯時の太陽電池SBの検出出力をVとして格納すると共に(ステッ11
プ309,試験用発光素子LED点灯時の太陽電池SBの検出出力をVと)2T
して格納し(ステップ310,そして前述のステップ400の汚れ補正プロ)
グラムを実行する。なお,検出出力VとVは,それぞれ複数回の検出出力1T
の平均としてもよい。これにより新しい傾きKが求まり,以後この新しいK
に基づいて火災判定を行っていくこととなる(5頁右下欄下3行∼6頁左。」
上欄9行)
(ウ)甲5公報(特開平9−34312号公報)
甲5公報には,次のとおり記載されており,画像形成装置の画像濃度
検知センサーにおいて,検知面の汚れに対する検知出力の補正を行うた
めに,初期設定時の検出面が汚れていない状態で測定したドラム面反射
出力を初期のレベルとしてメモリに格納し,コピー毎に測定したドラム
面反射出力と前記初期のレベルとの比によってコピー毎の基準トナー像
の検知出力を補正する技術が記載されている。
・発明の属する技術分野
「本発明は電子写真方式,静電記録方式の複写機,プリンタ等の画像形成
装置に関し,特に,フルカラーに好適な画像形成装置に関する」(段落【0。
001】)
・発明が解決する課題
「しかし,このようにパッチ画像の濃度を検知する場合,濃度検知センサ
が汚れるという問題がある」(段落【0006】)。
「特に,感光ドラム上のパッチ画像の反射光量を検知するために,トナー
濃度制御装置の画像濃度検知センサーを感光ドラムの近傍に設けるので,現
像装置本体やそのトナー供給ホッパーから飛散したトナーにより,又,画像
濃度検知センサーを転写部より下流側に設けた場合には,転写部からの飛散
トナーにより,その検知面が汚れる」(段落【0007】)。
・発明の実施の形態
「本実施形態では,さらに「窓汚れ」に対する補正も行なっている。それ,
は,画像濃度検知手段の検出面の汚れ方をモニターするため,感光ドラムの
作像してない領域の反射出力(以下「ドラム面反射出力」と記す)をもって
補正を施すものである。つまり,初期設定時の検出面が汚れていない状態で
の「ドラム面反射出力」を初期のレベルDとして本体内のメモリに格rumINIT
rumcur納しパッチ画像の読み取りと同様にコピー毎にドラム面反射出力D,「」
を測定する。そしてDとDとの比α(窓汚れ係数)をもってコrumcurrumINIT
ピー毎の基準トナー像の検知出力Vに補正を施す…(段落0046)cur。」【】
ウ以上に述べた甲3公報及び甲5公報は複写機やレーザービームプリンタ
等の画像形成装置に関するものであり,甲4公報は火災警報装置に関する
ものであるから,その技術分野は必ずしも一致するものではない。
しかし,いずれの検出装置においても,検出部の汚染等により検出値が
経時変化するという課題がある場合に,汚染等がない検出装置の初期状態
における検出値を記憶し,検出装置を所定期間又は所定回数使用した後で
測定する際の測定値0の状態における検出値と記憶された前記検出値を用
いて測定された検出値を補正するという,同種の方法が開示されており,
しかも,その具体的方法は,複写機等や火災報知器といった技術分野に特
有の技術的知見に基づくというよりも,画像や煙の濃度を感知するセンサ
ーが電気的に制御されていることに着目し,その検出値の経時変化を電気
的なレベルで把握して汚染等による検出値の誤差を補正しようとするもの
である。
このような上記各公報の内容及び当該補正に係る技術内容に鑑みれば,
前記認定に係る汚れの検出及びその補正方法は,検出装置一般における周
知の技術であったということができる。
そして,本願発明における電子捕獲型検出器はガスクロマトグラフ装置
の検出器であり,引用発明の定電流形電子捕獲器は,前記イオン電流の変
化を,試料を検出セルに導入する前のパルス電圧の周波数と,検出セルに
分析試料を注入した後のパルス電圧の周波数を用いて検出し,分析試料の
濃度を測定するものであって,いずれもイオン電流の変化をパルス電圧の
周波数の変化として検出する検出装置にほかならない。
そうすると,上記補正方法に対応する課題が存在するのであれば,それ
に上記のような課題解決手段を適用することは,当業者(その発明の属す
る技術の分野における通常の知識を有する者)であれば容易に想到し得る
ということができる。前記3のとおり,引用発明に係る定電流形電子捕獲
器は,長期の使用によって,セル内が汚染されると,汚染物質により電子
が吸収され,パルス電圧の周波数が増加するという課題があったことが知
られていたことから,引用発明と上記周知技術とは,検出部の汚染等によ
り検出値が経時変化するという課題において共通するものであり,さらに
引用例(甲2)には,定電流形電子捕獲器において,イオン化室の汚れが
試料濃度の測定結果に影響を与えることが示されているから,引用発明に
周知技術を適用する動機も存在するということができる。
したがって,引用発明に上記周知技術を適用することは,当業者が容易
に想到し得たということができ,これと同旨の審決の判断に誤りがあると
いうことはできない。
エこの点原告は「技術分野の関連性の認定の誤りによる周知技術適用の,
」,,誤りとして本願発明の進歩性判断における周知技術として用いるには
少なくとも本願発明と同様の分析機器の技術分野に属する検出器に関する
ものでなければならないと主張するが,上記のとおり,本願発明が採用す
る補正手段は,本願発明と同様の分析機器の技術分野に属する検出器に限
定されるものではなく,その技術的性質に照らせばむしろ汎用性を有する
と認められるのである。原告の上記主張は,そのような具体的な技術的意
義の異同を考慮することなく,形式的な技術分野の相違のみをもって進歩
性の有無を決しようとするものであって,採用することができない。同様
に,原告は引用例(甲2)と甲3公報∼甲5公報との間で汚染原因となる
物質が異なることを主張するが,汚染物質の差異が上記周知技術の技術的
意義を左右することを認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は
採用することができない。
なお原告は,引用例(甲2)における課題は,常に出力が一定(通常は
0)となる制御ループを採っている場合に汚れの程度をモニタするもので
あるのに対し,甲3公報∼甲5公報においては制御ループを採っていない
ため常に汚れの程度をモニタする等の必要性は生じないから,両者には課
題の共通性が存しないと主張する。しかし,検出部の汚染自体は制御ルー
プの採否にかかわらず常に生ずるものであり,甲3公報∼甲5公報には,
検出部の汚染等により検出値が経時変化することが示されているのである
,(),,から引用例甲2に接した当業者は制御ループの存否にかかわらず
周知技術と課題が共通することを認識することができるというべきであ
り,したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オまた原告は,引用発明は「定電流形電子捕獲器」の「汚れの程度をモニ,
タする」課題の解決手段として,使用時は定電流形電子捕獲器として機能
,,している捕獲器を汚れチェック時は定周波数電子捕獲器として機能させ
このときに流れるイオン電流のレベルから汚れ程度を判断するものであ
り,課題解決の手段として,周知技術の解決手段とは異なる手段を提供す
るものであるから,引用発明に周知技術を適用することの阻害要因に該当
すると主張する。
しかし,審決が認定した引用発明は,従来技術としての「定電流形電子
捕獲器」の基本的な構成であって,引用例(甲2)が開示する定周波数電
子捕獲器への切換えという具体的な課題解決手段をその内容に含むもので
,。,はないしそのような手段を必須の前提とするものでもないそうすると
引用例(甲2)に上記のような具体的な解決手段が開示されていたとして
も,それにより引用発明に周知技術を適用することが困難になるものでは
ない。その他,引用発明の電子捕獲型検出器に前記周知技術を適用するこ
とを妨げる要因は認められない。したがって,原告の上記主張は採用する
ことができない。
6結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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