弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人植山日二、同秋山光明、同阿波弘夫の上告理由について
 原審は、おおむね次のような事実関係を確定している。
 1 上告人は、被上告人Bから、昭和二七年四月七日と同年八月の二回に分けて、
現在の広島市a町b番c、宅地、五二四平方メートルにあたる土地(以下「本件全
土地」という。)のうち第一審判決末尾添付図面の斜線部分の土地三五〇・二三平
方メートル(以下「本件土地」という。)を買い受け、右各買受の時からこれを占
有している。
 2 本件全土地は、当時国有地であつたが、広島市長の施行する土地区画整理事
業上の呼称では広島市d町eブロックf号宅地とされており、被上告人Bが昭和二
六年七月広島市長の指示によつて広島市g町から本件全土地に移転しその使用を認
められていたものであつて、将来は同被上告人に払い下げられるものと予想されて
いた。
 3 上告人は、本件土地が国有地であることを知つていたが、近い将来被上告人
Bが払下を受けることを期待し、その払下価格が確定していないことを含んだうえ
で、前記のとおり同被上告人から本件土地を買い受けたものである。
 4 本件全土地は、その後、昭和三二年二月二七日被上告人市所有の広島市h町
i番のjの宅地(以下「h町の土地」という。)の仮換地先と指定され、同四五年
一月一〇日換地処分があり、同年二月一四日に現在の地番となつた。
 5 上告人が右h町の土地について確定的に権利を取得した事実はない。
 原審は、以上のような事実関係を確定したうえ、上告人が売買によつて開始した
本件土地の占有は所有の意思をもつてするものではなく、本件土地がh町の土地の
仮換地先と指定されたのちにおける占有も所有の意思をもつてするものとはいえな
いと判断した。
 しかしながら、占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によ
つて外形的客観的に定められるべきものであり、土地の買主が売買契約に基づいて
目的土地の占有を取得した場合には、右売買が他人の物の売買であるため売買によ
つて直ちにその所有権を取得するものではないことを買主が知つている事実があつ
ても、買主において所有者から土地の使用権の設定を受けるなど特段の事情のない
限り、買主の占有は所有の意思をもつてするものとすべきであつて、右事実は、占
有の始め悪意であることを意味するにすぎないものと解するのが相当である(最高
裁昭和四五年(オ)第三五七号同年一〇月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一〇
一号二四三頁参照)。したがつて、上告人が本件土地を買い受けてその占有を開始
した事実を認めながら、右占有が所有の意思をもつてするものであることを否定し
た原審の判断は、法令の解釈を誤つたものというべきである。
 もつとも、本件売買の目的とされた土地が、国有地としての本件土地であるのか、
将来行われる予定の仮換地指定処分において本件土地の従前の土地とされるべき土
地であるのかは、原審の確定した事実関係からは必ずしも明確とはいいがたいので
あるが、そのいずれであるにしても、原審の確定した前記事実関係のもとにおいて
は、本件仮換地指定処分がされる以前の段階における上告人の本件土地に対する占
有によつては、国有地としての本件土地の所有者としての外形をそなえた事実支配
の状態があるというにとどまり、その後に本件全土地を仮換地先として指定された
h町の土地のうち本件土地に対応すべき未特定の部分ないしは換地処分後の本件土
地について所有者としての外形をそなえた事実支配の状態がすでに存在しているも
のとみることはできないから(最高裁昭和四三年(オ)第九二五号同四五年一二月
一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一一八頁、昭和四三年(オ)第七九五
号同四六年一一月二六日第二小法廷判決・民集二五巻八号一三六五頁参照)、仮換
地指定処分前の本件土地の占有期間を右指定処分後のh町の土地の一部ないし換地
処分後の本件土地の所有権についての取得時効の期間は算入することはできない。
このことは、上告人主張のように、本件土地を仮換地指定処分前は土地区画整理事
業の施行者としての広島市長が、指定処分後はh町の土地の所有者としての被上告
人広島市がそれぞれ管理し、右指定処分の前後を通じて現実の管理事務はD復興事
務所が行つていたとしても、異なるものではない。そして、原審の確定した事実関
係によれば、上告人は、本件売買契約の締結にあたり、当時の本件土地が国有地で
あることを知つており、近い将来被上告人Bが払下を受けることを期待していたに
すぎず、その後上告人がh町の土地について確定的に権利を取得する根拠となるよ
うな事実もなかつたというのであるから、上告人は、国有地としての本件土地の占
有を始めるにあたつてはもちろん、仮換地指定処分により仮換地先としての本件土
地の占有を始めることとなつたときにおいても自己が所有権を取得していないこと
につき悪意であつたものというべきである(原判決には上告人は占有の始め善意で
あつたものと推認される旨の判示があるが、右判示は、上告人の占有が自主占有で
はないことを前提とするものであること判文の趣旨に徴して明らかであり、前示悪
意の判断を妨げるものではない。)。
 それゆえ、現在の本件土地について時効によつてその所有権を取得したとする上
告人の主張は、仮換地指定処分の前後を通じて占有期間を通算しうることを前提と
する占有開始の時(売買の日)から一〇年又は二〇年の経過による取得時効の主張
も、上告人が占有の始め善意であることを前提とする仮換地指定処分の時から一〇
年の経過による取得時効の主張も、ともにその前提を欠き理由がないから、これら
の主張を失当として排斥した原審の判断は、結論において正当である。論旨は、ひ
つきよう、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するに帰し、採用すること
ができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    環       昌   一
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    寺   田   治   郎

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