弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成16年6月30日判決言渡 
平成14年(ワ)第3351号損害賠償請求事件
判決
主文
      1 原告の請求をいずれも棄却する。
      2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
   被告は、原告に対し、金6765万円及びこれに対する平成8年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告が開設するB病院(以下「被告病院」という。)にくも膜下出血等の治療のために入院した原告が、退院
前に施行された脳血管造影検査の結果、右半身に重篤な麻痺を生ずるに至ったとして、不法行為又は診療契約の債務
不履行に基づき、被告に対して損害賠償を請求している事案である。
 1 争いのない事実等
(1) 原告は、昭和17年11月10日生まれの男性である(争いのない事実)。
(2)ア 被告は、神奈川県伊勢原市ab番地において被告病院を開設する学校法人である(争いのない事実)。
 イ C、D及びEは、いずれも被告病院脳神経外科の医師であり、E医師は、平成8年当時、研修医であった(争いの
ない事実、乙B6ないし8)。
(3) 原告は、平成8年10月9日、ゴルフ中に激しい頭痛があり、そのまま様子を見ていたが、同月17日にやはり頭痛
を訴えてF病院を受診し、その結果、2つの脳動脈瘤が発見された上、そのうち1つが破裂してくも膜下出血を発症してい
ると診断されて被告病院に搬送され、同日、原被告間に、診療契約が締結された(争いのない事実、乙A1)。
(4) 本件の診療経過は、原告の退院に至るまでについては別紙診療経過一覧表(ただし、斜体字部分を除く。)のと
おりであり、その要旨及び退院後の概要は以下のとおりである(なお、別紙診療経過一覧表のうち、診療経過欄、検査処
置欄及び原告の主張欄中下線を付した部分は、当事者間に争いのある事実であり、その余の事実は当事者間に争いが
ない。また、上記争いのある事実のうち、斜体字ではない部分は、当裁判所が証拠欄記載の証拠によって認定した事実
である。)。
  被告病院入院後、原告には、前交通動脈に1箇所、脳底動脈と上小脳動脈との分岐部に1箇所の合計2箇所の動
脈瘤があり、このうち前交通動脈脳動脈瘤が破裂した可能性が高く、その破裂時期が平成8年10月9日であると考えられ
たことから、血管攣縮の起きやすい時期を避けた上で、脳動脈瘤の開頭クリッピング手術を実施することが計画された。
  上記クリッピング手術は、同月29日に実施された(以下「本件手術」という。)。原告には、本件手術直後は麻痺が
生じていなかったものの、翌30日の0時30分ころ、血圧低下等とともに、右上下肢の麻痺が出現した。
  被告病院においては、開頭クリッピング手術後には必ず脳血管造影検査を実施することとしており、原告について
も同検査を同年11月21日に実施した(以下「本件検査」という。)。本件検査中、原告の右手首より遠位に強い麻痺が生
じた。その後、被告病院においてリハビリを行ったが、原告の麻痺はなお残存した。それから後もG病院や被告病院にお
いてリハビリ等が行われたが、原告の麻痺は残存し(ただし、麻痺の程度については争いがある。)、現在に至っている。
2 争点
(1) 不必要な検査を実施した過失の有無
(2) 本件検査におけるカテーテル操作等の過失の有無
(3) E医師に本件検査のカテーテル操作を行わせた過失の有無
(4) 本件検査における上記(1)ないし(3)の過失と原告の右半身麻痺の結果との因果関係の有無(判断の必要がなか
った争点。)
(5) 本件検査を行うに当たっての説明義務違反の有無等
(6) 損害額
 3 争点について当事者の主張は、別紙争点整理表のとおりである。
第3 当裁判所の判断
 1 前記争いのない事実等に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件の診療経過について、以下の事実が認めら
れる。
  (1) 原告は、昭和17年11月10日生まれの男性であり、昭和37年にH株式会社に入社し、本件入院の当時にも、同
社に勤務していた(甲A4、乙A1・2頁)。
  (2) 原告は、平成8年10月9日、ゴルフ中に激しい頭痛があり、そのまま様子を見ていたが、頭痛が持続するため、同
月16日、近くの病院を受診したところ経過観察となり、さらに、翌17日、F病院を受診したところ、頭部CT上くも膜下出血
であると診断され、被告病院に搬送された(乙A1・1頁)。
  (3) 被告病院においては、同日、頭部CTによりくも膜下出血であると診断し、D医師が、原告の妻に対し、「くも膜下
出血があり、動脈瘤の可能性もあるため、血管造影の検査に行ってきます。場合によってはopeになるかもしれません。」
と説明したところ、原告の妻は、検査について了解し、「よろしくお願いします。」と述べた。
    D医師及びE医師は左総頚動脈及び左椎骨動脈の脳血管造影をセルジンガー法により実施して脳底動脈と上小
脳動脈との分岐部に脳動脈瘤の存在を同定した。
    なお、この脳血管造影検査の際には、合併症が生ずるなどの問題は生じなかった(乙A1・37、38、58、159頁、
証人D)。
  (4) 原告の担当医となったC医師は、原告が同月9日のゴルフ中に激しい頭痛を覚えたことから、同日がくも膜下出血
の発症日であると考え、被告病院入院の時点においては、発症から8日目程度であったことから、くも膜下出血の血管攣
縮期であると判断され、さらに、後頭蓋窩の脳底動脈にも動脈瘤があり、手術の難易度が高いと考えられたことから、血管
攣縮期を避けて手術することを計画し、手術時期を2、3週間後と計画した(乙A1・1、59頁、証人C)。
  (5) 同月20日、放射線科のI医師が、原告に対し、左右の内頚動脈及び左椎骨動脈の血管造影を行う目的で、脳血
管造影検査をセルジンガー法によって実施した。
    この検査は、同日11時より始まり、11時40分に右内頚動脈を撮影し、11時52分に左内頚動脈を撮影した後、右
椎骨動脈の撮影を試みたが、なかなかカテーテルが入らなかったことから12時35分にはこれを断念し、次に左椎骨動脈
の撮影に入った。12時52分ころ撮影を試みた際には、やはりカテーテルの先がはねてうまく撮影できなかったが、13時
05分に左椎骨動脈の撮影が終了し、13時25分に検査が終了した(乙A1・35、36頁)。
  (6) 翌21日、I医師は原告に対し、左右の内頚動脈及び左右の椎骨動脈の血管造影(この4つの血管の検索を行うこ
とを「4 vessel-study」という。)を行う目的で、再度脳血管造影検査をセルジンガー法で実施した。
    この検査の結果、前記(3)の脳動脈瘤に加えて前交通動脈脳動脈瘤を同定した。なお、右椎骨動脈は、動脈硬化
が強く、カテーテルの挿入が困難であったため、撮影をすることができなかった。また、左内頚動脈は、撮影の結果異常
なしとされた(乙A1・34頁、証人C)。
  (7) 同月22日には、頭部MRIが実施され、左小脳半球及び左視床に脳梗塞が同定された。また、同月23日には、3
次元頭部CT(以下「3DCT」という。)が実施され、既に行った脳血管造影検査と同様に2箇所の脳動脈瘤が同定された
(甲A7(枝番を含む。)、乙A1・32、33頁、証人C)。
  (8) 以上の検査結果に基づいて開頭クリッピング手術を行うことが計画されたが、一般に脳底動脈瘤のクリッピング手
術は難易度が高い上、原告の動脈瘤は大きめのものであったことから、瘤の後側に穿通枝が隠されていることも予想さ
れ、クリッピングの際に誤って穿通枝を挟んで植物状態等の重大な合併症が生じる危険もあった。C医師は、これらの認
識の下に、同月25日、原告の妻に対し、①検査の結果、脳底動脈と上小脳動脈との分岐部及び前交通動脈の2箇所に
脳動脈瘤が認められ、診断としては前交通動脈の脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の可能性が高いと考えられること、
②上記2つの脳動脈瘤のクリッピング手術を施行すること、③手術の合併症としては動眼神経麻痺はほぼ100パーセント
一過性に出現し、その他嗅神経障害、視神経障害や外観上の障害として眼球陥没及び顔面神経麻痺が出現する可能
性があること、④稀な合併症としては植物状態となる可能性もあること、⑤全身麻酔についてもリスクがあることなどを書面
に記載しながら説明し、原告の妻は、原告の脳動脈瘤クリッピング手術について書面で同意した(乙A1・56、63頁)。
    なお、C医師は、くも膜下出血の患者本人に対しては、病名を告知することにより血圧上昇等が起こり、動脈瘤が
破裂してしまうおそれもあるのでこれを告知しないという方針に基づき、原告本人に対しては、検査を実施するとだけ告
げ、脳動脈瘤クリッピング手術を実施するということについては伝えていなかった(乙A1・10、171頁、証人C)。
  (9) C医師、J医師、D医師、K医師及びE医師は、同月29日、原告に対し、開頭クリッピング手術(本件手術)を実施
した。
    本件手術は、前記のように難易度の高いものであったにもかかわらず、比較的短時間で終了し、手術直後に心電
図上ST低下が認められ、ニトロールを処方することによって回復したという点以外は特に問題なく行われ、術直後は麻痺
の出現もなく、経過は順調に思われた。
    しかしながら、翌30日の0時30分ころ、心機能低下に伴う血圧低下があり、これと同時に意識レベルの低下と右上
下肢の麻痺が出現した。麻痺は、強心剤で血圧を上昇させることによってある程度改善したが、左に比べると動きが弱く、
同日徒手筋力テストを行った結果、右上下肢ともに4/5(5分の4)であると判定され、多少の変動はあったものの、本件
検査に至るまで、右上下肢の麻痺は続いていた。また、失見当識についても断続的に続いていた(乙A1・5ないし9、65
ないし68、177ないし185頁、B6、7、証人C)。
    この点について、原告は、本件手術後十分に回復しており、自力歩行が可能であって、麻痺などはなく、退院にも
問題がない状態であった旨主張するし、被告病院のカルテにも、同年11月21日の検査以前に原告がリハビリにより独歩
可能となっていた旨の記載があるし(乙A1・1頁)、同月19日には原告が1人で転倒せずに歩行している様子を看護師が
見つけた旨の記載もある(乙A1・185頁)。
    しかしながら、上記のとおり、本件手術翌日の徒手筋力テストの結果は右の上下肢とも4/5であったほか、診療録
上、同日には「右上下肢左に比べ動き弱い」(乙A1・177頁)との記載があり、その後も、同年11月1日には「右不全麻痺
も改善しているが、若干弱い」(同70頁)、同月2日には右片麻痺により徒手筋力テストの結果4/5と診断されており(同
71頁)、同月5日には「右に筋力低が続く」(同頁)、同月6日には「右不全マヒある」(同181頁)、同月11日には「神経学
的には右下肢筋力低下のみ」(同73頁)、同月14日には「右マヒある」(同183頁)、同月15日には「右マヒ残存」(同184
頁)、同月20日には「まだ1人で歩行するまでには至らないため、介助歩行が必要となってくる」(同185頁)との各記載が
あることが認められるし、前記の同月19日に原告が1人で歩行しているところを見かけた看護師も転倒の危険を指摘して
いる(同頁)。このように本件手術後一貫して右上下肢、特に右下肢の麻痺は指摘されていたのであり、これに原告の妻
も原告が本件手術後右足を引きずっていたことや右手で物を持つことに若干苦労があったことを陳述していること(甲A
5)や原告自身本件手術後体に違和感があったことは認めていること(原告本人)なども併せ考えれば、原告には、本件
手術後、本件検査に至るまで、短時間ひとりで歩くことができたとしても、右上下肢、特に右下肢に無視し得ない程度の
麻痺が持続していたものと認められる。
  (10) 手術の翌日である同年10月30日、術後の頭部CTを実施したところ、手術前の前頭葉の軽度脳浮腫以外には
明らかな術後の変化は認められなかった。また、同年11月6日に再度頭部CTを実施したところ、本件手術による新たな
所見は認められなかったほか、その時点における軽度意識障害及び軽度上下肢麻痺の原因を説明できる所見も認めら
れなかった。
    C医師らは、当初原告に本件手術後生じた麻痺の原因を脳血管攣縮によるものと考え、血流改善作用を有するグ
リセオールを投与するなどして治療に当たっていたが、原告の麻痺や意識障害がなかなか改善しないことから、脳血管
攣縮以外の原因についても考慮するようになった(乙A1・30、31、72、107頁、B6、証人C)。
  (11) C医師らは、原告に対し、退院前に脳動脈瘤の残存の有無やクリッピング後の経過に問題がないかを確認する
いわば「卒業試験」として、さらに併せて、上記(10)のとおり、本件手術後における原告の右上下肢麻痺の原因が不明で
あったことから、この原因を究明するため、原告に対し、脳血管造影を実施することを計画した(乙A1・72、73頁、B6な
いし8、証人C、同D)。
  (12)ア D医師及びE医師は、同月21日、原告に対し、脳血管造影検査(本件検査)を実施した。検査方法はこれま
でと同様、セルジンガー法が採用された。
     原告に対しては、同日10時10分、不安を取り除くために、傾眠作用のあるソセゴン及びアタラックスPそれぞれ1
アンプルが投与された。
     原告は、10時30分、検査室に到着し、待機していたが、その間傾眠中であった。11時30分に入室し、11時42
分に右大腿部が穿刺された。
     まず、左総頚動脈が検索され、12時05分に撮影された。
     次に、右総頚動脈が検索され、12時15分に撮影された。
     さらに、12時20分ころ、右椎骨動脈の撮影が試みられたが、原告の動脈硬化が強く、血管の蛇行が強かったた
め、カテーテルの挿入が難しく、12時30分には、右上腕動脈からの造影に切り替えられた。
     ところが、上記のように右上腕動脈からの造影に切り替えるため、右上腕動脈を穿刺しようとしたところ、原告か
ら、右上肢の手首より先に力が入らない、動きが悪いという訴えがあり、右手で離握手がとれなかったため、D医師らは、
何らかの血栓が飛んだものと判断し、原告に対して、血流改善作用のあるグリセオールを投与した。
     原告が、右上肢の動きが悪いという症状を訴えたため、D医師は、12時50分に、左の上腕動脈からの造影へ切
り替えることとした。しかし、左腕を穿刺したものの、上腕動脈が確保できなかったことから、D医師は13時10分、穿刺を
中止し、13時25分に止血を確認して本件検査は終了した。D医師らは、その後も経過を観察しつつグリセオールの投与
を引き続き行った。13時45分の段階でも、原告は、右手の症状は変わらず、力が入らないと述べていた。
     D医師は、原告の右上肢に麻痺が現れたことから、左総頚動脈領域に血栓が飛んだ可能性が高いと考え、同日
14時から、I医師とともに、原告に対し、左総頚動脈の造影を再度実施した。左大腿部から穿刺し、左総頚動脈及び左内
頚動脈を撮影したものの、結局異常は発見できず、16時25分には、原告に対し、両上肢を動かすために右上肢の挙上
を促したもののできず、握手もできなかった。その後16時30分にシースを抜去し、この検査は16時45分に止血を確認し
て終了した。また、原因として血栓が疑われていたことから、検査中、血栓溶解作用のあるウロキナーゼも併せて投与して
いた。
     以上の本件検査の経過は、基本的に、診療録(乙A1)の記載に基づくものであり、証人D及び同Eも、これに沿う
陳述ないし証言をしている(乙A1・25ないし28頁、B6ないし8、証人C、同D、同E)。
   イ なお、本件検査の経過につき、原告は大要以下のとおり陳述(甲A4)ないし供述する。本件検査を担当したのは
E医師であり、E医師は、左大腿部から穿刺した。30分ほど経過した後、D医師に「首でつかえてだめです」と述べて判断
を仰いだところ、D医師が「右からやってみろ」と指示したので、E医師は「右足からやります」と言って左大腿から器具を
抜き止血をして、右大腿を穿刺した。10ないし15分後、E医師が「また首でつかえています」と言ったので、D医師はいら
いらしながら「腕からやれ」と指示したところ、E医師は、原告に何も告げずに左腕を穿刺した。その後5分くらい経ってか
ら頭の中に強い衝撃音が走り、右半身が冷たく、重くなり、「先生、先生」と叫んだところ、D医師が原告を見て「あっいけ
ない、中止、中止」、「上へ運べ」とE医師に指示し、E医師が「止血、止血」と言いながら原告を担架に乗せて運び出され
た。その後原告は、夕方まで記憶がない。
   ウ しかしながら、上記イの原告の陳述ないし供述は、診療録の記載(乙A1)ないしそれに基づく上記アの認定と大
幅に食い違っている。
     まず、原告は、左大腿を穿刺され、その後右大腿を穿刺されたと述べるが、診療録上、大腿の穿刺はまず右大腿
に行われたのであって、その後右上腕、左上腕の穿刺と造影がされ、いったん中断ののちにI医師が加わって左大腿へ
の穿刺が行われた旨記載されている。また、原告は、原告が異常を訴えたところ、D医師らは大慌てで止血して本件検査
を中止した旨述べるが、診療録上、原告が右手の麻痺を訴えた後も、それに対する治療としてのグリセオールの投与と並
行しながら、なお造影は続行されているのみならず、本件検査の直後再度脳血管造影が実施されている。
     このように、本件検査の経過に関する原告の陳述ないし供述は、本件検査の当時看護師によって逐一記載され
たと推認される(この推認を覆す証拠はない。)診療録の記載と大幅に食い違いがあり、その内容の真実性には疑問を呈
さざるを得ない。加えて、脳血管造影検査中に血栓が飛んで麻痺が生じた場合においても、それは基本的には患者の
訴えに基づいて覚知するものであり、外見的な変化はないと考えられること(証人D)、本件において原告が麻痺を訴えた
後、原因探究のため直後に再度の脳血管造影検査が実施されているように、患者に麻痺が生じたからといって直ちに検
査を中止するという必然性も認め難いことなども加味して考えると、本件検査の経過に関する原告の陳述ないし供述は少
なからず記憶違いや誤解を含んでいると考えられるから、その証拠価値は低いものと判断せざるを得ず、本件検査の経
過については、診療録(乙A1)の記載に沿って、上記アのとおりであると認めるほかはない(なお、検査施行者の点につ
いては、後記4において判示する。)。
  (13) 翌22日、原告に対し、頭部CTが実施されたが、明確な脳梗塞の所見は見られなかった。その後、同月25日、
同年12月4日、同月17日にもそれぞれ頭部CTが実施された結果、左頭頂部及び左被殻から左放線冠にかけて脳梗塞
が認められ、これが原告に本件検査後生じた麻痺の原因であると考えられた。(甲A10、乙A1・20ないし23頁、B6、7、
証人C、同D)。
  (14) その後、原告は、右上肢の麻痺がありつつも、数度にわたり外泊を行い、リハビリを行っていた。右手首先の不
全麻痺については、あまり変化がなかった。
    原告は、平成9年1月18日、無断で外泊するなどのトラブルを起こし、結局、被告病院を退院して、G病院におい
てリハビリを行うこととなった(乙A1・84、86、191ないし206頁)。
  (15) 原告は、同年4月21日、G病院を退院し、本件手術後生じた左前頭-側頭の骨陥没に対し、頭蓋形成術を施
行するため、同月22日、被告病院に入院した上で、同月25日、C医師らを術者として頭蓋形成術が実施された。この入
院時にも、右上肢の運動障害、知覚障害は認められていたが、他方、日常生活動作については制限のない状態であると
も評価されていた。
    上記手術は格別の問題もなく終了し、原告は、同年5月6日、被告病院を退院した。その後も、外来にて理学療
法、作業療法、言語療法等が実施された。(乙A2、3)。
  (16) その後、原告の身体状態については、右手の握力は、被告病院リハビリテーション科におけるリハビリ中の測定
によれば、7キログラムないし11キログラム程度あるが、これは依然として一般の男性としては弱いレベルである。
    平成9年8月8日には、被告病院リハビリテーション科のL医師が「右片麻痺の症状固定である。就労能力は、座業
が中心の軽作業と屋外歩行能力は平地、階段1~2km程度は特に問題は認めない。電車、バスを利用しての通勤に特
に問題を認めない。2ケ月に一度程度、投薬と経過観察を要するが、復職して差し支えないものと考える」と診断している
が、他方、M病院のN医師は、本訴提起後の平成14年10月18日において、「右不全片麻痺に基づいて右下肢跛行を
呈するものの低速の歩行はどうにか可能である。但し歩行中の方向変換・体位転換に際しては右下肢筋力低下の為容
易に転倒する。又右上肢に関しては、個々の上肢筋の筋力そのものは徒手筋力テスト上4/5前後と保たれているが、各
筋群間の協調運動が極めて不良で、かつ上肢の関節の多くも拘縮しつつあり、現在はほぼ実用に拠すことが不能。欠損
はないものの機能としては発症からの経過を考えると廃純に近い」と診断をしている(甲C14、乙A3・89頁、証人C)。
 2 争点(1)(不必要な検査を実施した過失の有無)について
  (1) 証拠によれば、以下の事実が認められる。
   ア 血管造影法は、血管内に造影剤を注入し、造影剤の流れをX線撮影、X線映画の撮影により観察する方法で、
大別して動脈造影法と静脈造影法に分けられる。造影剤は有機ヨードを含有する水溶性造影剤を使用する(乙B1)。
   イ 何らかの原因でくも膜下腔に出血が起こり、脳脊髄液に血液の混入した状態をくも膜下出血(SAH)という。その
原因となる疾患は多岐にわたるが、原因や出血部位のいかんを問わず、くも膜下腔に血液が広がるために、共通した臨
床症状を呈する。すなわち、くも膜下出血とは、一つの病態を示す名称である。
     くも膜下出血は、急死の原因として重要であり、急死例全体の2ないし5パーセント、神経系疾患急死例の25パ
ーセントを占める。また、くも膜下出血の原因の70ないし80パーセントを占める破裂脳動脈瘤の場合は、再出血や随伴
する脳血管攣縮が患者の予後を決めるために、特に急性期における管理・処置が極めて重要となる。したがって、いたず
らに絶対安静を保たせて時間を空費することなく、直ちに専門家のいる施設に移送して、CTや血管撮影を施行し、くも
膜下出血の原因疾患を診断する必要がある(甲B23、乙B12、13)。
   ウ 脳動脈が瘤状あるいは紡錘状に拡大したものを脳動脈瘤といい、その多くはくも膜下出血で発症する。放置する
と再出血で死亡する場合が多く、外科的処置が必要な疾患である。
     この疾患は、初回発作後早期に再出血を起こし、その死亡率が非常に高い。また、外科的処置により再出血の
危険がなくなった場合でも、続発する脳血管攣縮により命を失う症例も多い。したがって、治療のポイントは再出血と脳血
管攣縮の防止であり、また、再出血防止のための根治手術は、初回出血後できるだけ早期に行う必要がある(甲B23、乙
B13、15)。
   エ 動脈瘤の診断には、脳血管撮影が必須である。特に、多発性動脈瘤は、約20パーセントに認められるから、くも
膜下出血の患者の脳血管造影に際しては、常に左右の内頚動脈、左右の椎骨動脈の計4本の血管を造影する4-vess
el studyを行うことを心がける。
     個々の動脈瘤について、その大きさ、方向、親血管や分岐した血管と動脈瘤との関係を十分に把握できるよう
に、種々の角度で撮影したり、立体撮影、拡大撮影等を行う(乙B12、13)。
   オ 動脈瘤破裂後で一番危険なのは瘤からの再出血であるが、その他、最も治療が困難な合併症として、脳血管攣
縮がある。
     脳血管攣縮は、再出血とともに、破裂動脈瘤の予後を左右する因子として最も重要な病態である。この病態の機
序はまだ解明されていないが、くも膜下腔に出血した血液(赤血球)の分解産物が、くも膜下腔を走る動脈を刺激して血
管の攣縮が誘発される。血管撮影所見上、くも膜下出血症例のおよそ40ないし80パーセントに見られ、出血後4日目ご
ろから出現し、7ないし14日目ごろに最も多い。攣縮が生ずると、見当識障害、意識レベルの低下、運動障害や言語障
害等の局所症状が生ずることがある。攣縮は、最初びまん性でしだいに局所性となり、30ないし40日で徐々に消失して
回復する。
     脳血管攣縮において脳梗塞が生じた場合、脳梗塞の範囲が広ければ、脳浮腫が高度となり、頭蓋内圧が亢進し
て意識障害も加わり、ついには脳ヘルニアのために死亡する。血管攣縮が消退するとともに症状は軽快するが、他方で、
いったん脳血管攣縮が生じた場合、それにより遅発性の神経学的虚血症状を呈し、たとえ血管径が元に復しても、脳梗
塞に移行することもあり得る。また、種々の後遺症を残したり、遷延性意識障害となることも少なくない(甲B16、乙B12、1
3、15)。
   カ くも膜下出血後の脳血管攣縮に対する根治的治療法はないものの、一般的な治療法としては、循環血液量増
加、高血圧療法、血液希釈、経皮的血管形成、塩酸ヘパリンの動注療法、ステロイド薬による脳槽内洗浄、カルシウムチ
ャンネル遮断薬等の有用薬剤の混合使用等の治療方法が存在している(甲B23、乙B12ないし18)。
   キ 脳血管攣縮の確定診断は、脳血管撮影で攣縮、つまり動脈が細くなっていることを確認することである(乙B12、
15、17、18)。
   ク くも膜下出血患者における初回の脳血管造影での出血源同定率は60ないし80パーセント程度とされる。初回脳
血管造影で出血源を同定できなかった場合、脳血管造影などによる脳動脈瘤の有無の再検は必須であるとされ、繰り返
しの脳血管造影で新たに1ないし12.5パーセントの同定が可能であるともいわれる(乙B12)。
     また、残存動脈瘤、クリップされていない動脈瘤、主要血管の閉塞等の予期しない所見が術後血管撮影の19パ
ーセントにみられる事実により、ルーチンの術後血管撮影が勧められるとする文献や、残存する、またはクリップされてい
ない動脈瘤の存在を正確に予見することができないことは、すべての患者が術後血管造影術を受けるべきであることを示
唆しているとする文献も存在している(乙B11ないし12)。
  (2) 以上において認定したとおり、くも膜下出血はそれ自体生命に関わる重大な疾患であるのみならず、初回の発作
後早期に再出血を起こし、その死亡率も高く、さらに、外科的処置により再出血の危険がなくなった場合でも、続発する
脳血管攣縮により重篤な結果に至ることも決して少なくない。そして、くも膜下出血の場合、予見できない残存動脈瘤及
びクリップされていない動脈瘤の存在が一定割合で避けられないことなどから術後の脳血管造影検査が必須である旨指
摘する見解があり(乙B11、12)、この見解は上記に判示した再出血した場合の危険性等に照らせば首肯できるところで
ある。
    したがって、くも膜下出血を発症して脳動脈瘤クリッピング手術を実施した場合に、必ず退院前に脳血管造影検査
を行うという被告病院における取扱いは、多数の病院で採用されている方法であり、上記のような手術の性質等に照らし
て相当なものと認められる上、特に原告の手術については、その部位からして一般的に難易度が高く、しかも原告の動脈
瘤は比較的大きなものであったことから、限られた手術中の視野のみからは手術自体が確実に成功したか否かについて
も明らかでなかったと認められるのであるから、原告に対して術後の脳血管造影検査を行うことは、手術を行った以上当
然に行うべき必要不可欠なものであったと認めることができる。
  (3) 次に、原告は、原告に生じた右半身麻痺の原因は、明らかに血管攣縮であったから、麻痺の原因の特定のため
に本件検査を実施する必要はなかったと主張する。
    確かに、本件検査がくも膜下出血発症日から43日目、本件手術後からでも23日目に行われていることからする
と、仮に血管攣縮がくも膜下出血又は本件手術によって生じていたとしても、本件検査時にはもはや消失していた可能
性もあり、真に麻痺の原因の特定のために検査を行うのであれば、より早期に行うべきものと考えられないでもない。
    しかし、仮にこのような観点からして時期に不適切な面があったとしても、前記(2)で指摘した検査の必要性は、な
お厳然として存在していたものと認められるから、原告の上記主張は本件検査の必要性を左右するものではなく採用でき
ない。
  (4) さらに、原告は、仮に本件手術後、脳動脈瘤の消失ないしクリッピング術の成否を確認する必要があったとして
も、本件手術前の検査において病変が確認できなかった左総頚動脈の撮影は不要であり、病変部の確認のためにどうし
ても必要であれば、右総頚動脈撮影のみで足り、また、原告の本件術後の麻痺の原因は血管攣縮であるから、麻痺の原
因を探るということに関しても左総頚動脈の撮影はやはり不要であったと主張する。
   ア まず、前記1(6)において認定したとおり、本件手術前である平成8年10月21日の脳血管造影検査において、
(左総頚動脈から分岐している)左内頚動脈について撮影の結果異常なしとされたのは事実であるが、本件手術後、左
総頚動脈の支配領域である右半身に新たに麻痺が生じている以上、この麻痺の原因が新たな問題となるから、本件手術
前に異常がなくとも本件検査の際にも撮影する必要がある。
   イ 次に、C医師が、本件手術中に脳底動脈と上小脳動脈との分岐部に脳動脈瘤のクリップを行ったときに、動脈瘤
が大きかったので内頚動脈の外側と内側の両側よりクリップを挿入したため、内頚動脈が両側より圧迫され、このクリップ
によって左内頚動脈が狭窄している可能性もあったと述べる点についても(乙B17、18)、上記のように、原告における本
件手術後の麻痺の原因が必ずしも特定できない状況においては、1つの仮説として一定の合理性を有するものと考えら
れる。
   ウ 加えて、原告提出の意見書(甲B15、25)が、仮にクリッピング等による圧迫が確認されたとしても、その対処方
法は再開頭手術しかなく、そのようなことを実施する必要性は見出せないから、確認のための検査も不要であると述べる
点については、C医師が述べるように(乙B18)、狭窄の程度によって、再開頭手術、内科的治療等を適宜選択し、あるい
は直ちに治療を行わないとしても、今後のために患者に説明するなどの対応が必要であると考えられるのであって、取り
得る対処法が限られているから検査による確認も不要であるという見解は、採用することができない。
  (5) 原告は、原告の右椎骨動脈については、本件手術前に専門医が撮影を断念しており、施行困難であることが判
明していたのであるから、あえて技能の劣るE医師らが実施する必要性はなかったとも主張する。
   ア しかしながら、前記1(6)(7)(8)において認定したとおり、原告には脳底動脈と上小脳動脈との分岐部に動脈瘤が
あり、この動脈瘤についての本件手術後の経過を見るためには椎骨動脈の撮影が必要であったところ、さらに、前記
1(5)(6)において認定したとおり、本件検査前には、原告の右椎骨動脈領域の情報は得られていなかったのであるから、
本件検査実施に当たって、動脈瘤の確認と新たな情報の獲得という見地から、椎骨動脈のうち右椎骨動脈を撮影の対象
としたことには必要性及び合理性が認められる。
   イ また、確かに前記1(5)において認定したとおり、原告の右椎骨動脈については、動脈硬化が強く、I医師による脳
血管造影検査の際にもカテーテルがうまく入らなかったのであるが、だからといって、別の医師が試みた場合に常にカテ
ーテルが入らないとはいえず、上記のように右椎骨動脈を撮影する必要性及び合理性が認められる以上、脳血管造影
検査を行うに当たって、右椎骨動脈の撮影を試みること自体は、これを批判することができないというべきである。
   ウ 椎骨動脈は通常左優勢(ドミナント)、すなわち、左椎骨動脈の方が太いため、撮影は左椎骨動脈から行った方
が容易である旨指摘する文献(甲B2)もあるが、上記アのとおり、原告においては、右椎骨動脈を撮影する独自の必要性
及び合理性が認められており、さらに、原告の椎骨動脈が左右どちらが太いかについても証拠上判然としないのである
から、この点は上記の認定を左右するものではない。
   エ 原告は、右椎骨動脈の撮影が真に必要であれば、3D-CTAをまず行うべきであり、それを行っておらず、さら
に本件検査後結局右椎骨動脈撮影を実施していないということは、右椎骨動脈の撮影の必要性が実際にはなかったの
ではないかと主張し、原告提出の意見書(甲B25)も同旨を述べる。そして、本件検査によっては右椎骨動脈の撮影がで
きなかったにもかかわらず、その後に他の検査方法が試みられた形跡もない。C医師は、本件検査当時(平成8年)の被
告病院においては、3D-CTAは、画像の信頼度が高くなく、現在でも、MRAや3D-CTAによっても2ないし3ミリメー
トル以下の動脈瘤や穿通枝等の細い血管の情報を得るためには信頼度が高くないので、脳動脈瘤や血管狭窄等の確
定診断には脳血管造影が不可欠であると述べているところ(乙B18)、平成15年発行の文献である乙B12は「近年3D-
CTアンギオグラフィーによる脳動脈瘤の検出も行われている。…3-4mm以下の小さな動脈瘤の検出率に問題があるも
のの脳動脈瘤周囲の血管の立体的構成の把握に適している」、「MRアンギオグラフィー(MRA)では脳動脈瘤の大きさ
が5mm以上であれば診断可能…」と述べており、上記C医師の意見とほぼ同旨を言うものと解され、さらに、前記(1)エに
おいて認定したように、脳動脈瘤の破裂によってくも膜下出血を生じた場合には脳血管造影の施行が勧奨されていること
も併せ考えれば、上記のC医師の意見には合理性が認められる。
     さらに、結果的に右椎骨動脈撮影を実施していない点についても、脳血管造影検査によって実際に麻痺を生じ
た患者に対しては、リスクの高さが判明したことから、あえて再度検査を行うのを避けるという方針もそれなりに理解し得る
ところであるし、その後に他の検査方法が試みられていないことも、上記のとおり脳血管造影検査以外の検査では完全に
は目的を達し得ないことからすると、いずれの点も、本件検査当時に右椎骨動脈の撮影を計画したことの合理性及び必
要性を左右する事実ではない。
   オ したがって、原告に対して試みた右椎骨動脈撮影について、その必要性を否定することはできない。
  (6) 以上によれば、本件検査について、これを実施する必要性が十分に認められ、また、左総頚動脈撮影及び右椎
骨動脈撮影についても、それぞれ実施するべき合理的な根拠が認められるから、争点(1)にかかる原告の主張は、いず
れも採用できない。
 3 争点(2)(本件検査におけるカテーテル操作等の過失の有無)について
  (1) 証拠によれば、以下の事実が認められる。
   ア セルジンガー法(経皮的血管造影法)とは、動脈、静脈に外科的操作を加えないで行う経皮的カテーテル血管
内挿入法である。実施方法は、特殊な注射針を血管に刺入し、血液の逆流によって正しく血管に刺入されたことを確か
めた後、動脈針を通って金属製のガイドワイヤーを血管内に進める。そこで血管の刺入部を圧迫し、注射針のみを引き
抜き、カテーテルをガイドワイヤーにかぶせて皮膚と血管壁を貫いて血管内に挿入する。ついで、ガイドワイヤーを引き
抜きカテーテルを目的の部位まで推進して造影を実施する。穿刺する血管としては、大腿動脈、大腿静脈、腋下動脈そ
の他の体表に近い血管を使用する(乙B1)。
   イ 脳血管造影検査を行うに当たっての一般的な注意点は以下のとおりである。
     まず、大腿部に局所麻酔を施行する場合、穿刺針のついた注射器を使用する際には、血管内に空気が入らない
よう、いったん血液を十分に注射機内に吸引してから麻酔薬を注入する。
     次に、カテーテルを使用する際には、カテーテルを下行大動脈まで進めた時点で、いったん生理食塩水にヘパ
リンを混ぜたものをカテーテル内に勢いよく注入し(この操作を「フラッシュ」と称している。)、カテーテル内の血液を除去
すると同時にヘパリン入り生理食塩水へと置換する。これは、カテーテルを利用しているとカテーテル内に血液が入り込
んできて血栓ができやすくなるのが不可避であるところ、仮に血栓ができてしまっても、下行大動脈でフラッシュすることに
よって、下行大動脈の血流に乗って血栓を末梢へと飛ばし、脳の方に流れないようにするためである。
     また、カテーテルを目的とする血管に入れる際にはあまり無理をせず、入りにくい場合には目的の血管より手前
の血管から造影剤を注入する。本来は、目的の血管までカテーテルを進めた上で造影剤を注入する方が、診断上必要
のない血管が造影されず、より鮮明な映像が得られるのであるが、無理にカテーテルを進めようとして長時間カテーテル
を血管内に置くことは、血栓を生じやすくなり、不適当だからである。
     さらに、ガイドワイヤーをカテーテル内で使用した場合には、カテーテル内に血栓ができた可能性があるため、使
用後これを除去するため、必ず注射器でカテーテル内の血液を10ミリリットル程度吸引し、その後一気にフラッシュし、カ
テーテル内をヘパリン入り生理食塩水に置換する(甲B7ないし9、11、乙B6ないし8、証人C、同D、同E)。
   ウ 脳血管造影の合併症として、脳梗塞が発生することがある。これは、アテローマ、空気、ガーゼくず、カテーテル
等に血液が滞ることにより生じる血栓等が血管内に飛ばされて生じるものである。
     これを防ぐ方策としては、上記イのように、基本的操作を遵守し、器具内の血管停滞を防止するとともに、頻回の
フラッシュを怠らないなどの注意が必要である。
     もし、血栓が飛んだ場合には、臨床症状を考慮しつつ、血栓溶解作用のあるウロキナーゼやt-PAの動注を血
栓溶解療法に準じて行うことになる。
     高齢であること、高血圧であること、術者の技量が劣っていること、検査時間が長いこと等はこの合併症を生ずるリ
スクを高める要因であるといわれる。特に、検査時間が60分ないし80分を超えると、リスクが増大することについては、複
数の文献等が指摘している。
     もっとも、慎重に検査を行ったとしても、一定の確率で血栓が飛ぶという結果が生ずること自体は避けられない。
その確率について、被告病院における明確な統計は存在していないが、およそ1パーセント程度であるという見解が存在
している(甲B3、7、8、11、乙B6、証人C)。
   エ 左心室から出た上行大動脈は、左右の総頚動脈及び左右の鎖骨下動脈に分岐する。
     総頚動脈は、外頚動脈と内頚動脈に分岐し、内頚動脈は、前大脳動脈と中大脳動脈につながって、前頭葉、頭
頂葉及び側頭葉を支配する。
     他方、鎖骨下動脈からは椎骨動脈が分岐し、椎骨動脈は、脳底動脈、さらには後大脳動脈につながり、後頭葉、
脳幹及び小脳を支配する。
     内頚動脈系と椎骨動脈系は、頭蓋底部で後交通動脈という細い血管によって互いに連絡され、左右の内頚動脈
系は前交通動脈によって互いに連絡している。このネットワークをウィリス動脈輪という。
     原告に本件検査後生じた脳梗塞は、左頭頂部及び左被殻から左放射冠にかけて認められているが、この部位
は、左総頚動脈の支配領域である(甲B6、18、乙B2、6ないし8、証人C、同D)。
  (2) まず、本件検査のどの段階において血栓が飛んだのかについて検討する。
    前記1(12)(13)(14)において認定したとおり、本件検査後、原告には、(その範囲はともかく)右手等における麻痺症
状が発現し、これは左内頚動脈の支配する領域であること、本件検査後に実施した頭部CT検査の結果、左頭頂部及び
左被殻から左放射冠にかけて脳梗塞の所見が新たに認められていること、この脳梗塞が発生した左頭頂部を支配してい
るのは左中大動脈であるところ、左中大動脈は左内頚動脈から分岐しており、左内頚動脈は左総頚動脈から分岐してい
ること、内頚動脈系と椎骨動脈系の連絡は、頭蓋底部において後交通動脈という細い血管によってされており、椎骨動
脈からこの後交通動脈を通じて左中大動脈へと血栓が飛ぶことは考えにくいこと、本件検査実施当時も、D医師らは、原
告に発現した麻痺が右半身側にみられており、左内頚動脈の支配する領域であることから、左総頚動脈検索中に血栓が
飛んだ可能性が高いと考え、再度左総頚動脈の撮影を行っていることなどの事実に照らせば、本件検査においては、左
総頚動脈の撮影中に血栓が飛び、これが原因となって原告に麻痺が生じたものと認められる。
    原告は、右椎骨動脈撮影中に血栓が飛んだ可能性も否定できない旨主張するが、上記のとおり、医学的には、左
総頚動脈撮影中に血栓が飛んだと考えた方が遙かに合理的であると考えられる。また、前記1(12)において認定したとお
り、左総頚動脈撮影の時間と原告が右手の麻痺を訴えた時間に約25分程度の時差があることは事実であるが、やはり前
記1(12)において認定したとおり、原告は本件検査に当たって、傾眠作用のあるソセゴンとアタラックスPを投与されていた
から、傾眠状態にあった可能性も十分あり(事実、検査室に入る前は傾眠状態であった。)、さらに検査中は四肢を抑制さ
れていることや血栓が飛んでから患者が麻痺を自覚するまでには数分ないしそれ以上の時間が経過することもあり得るこ
と(証人D)なども加味すれば、左総頚動脈撮影中に血栓が飛んだものの、原告がすぐには麻痺を自覚せず、右上腕動
脈からの造影に切り替えるため、右上腕動脈を穿刺しようとした段階で初めて麻痺に気付いてこれを訴えたという経過も
十分合理性を有するものである。
  (3) 次に、上記(2)において認定した左総頚動脈撮影中に血栓が飛んだということについて、手技を実施したD医師ら
に過失が認められるか否かについて検討する。
    前記1(12)において認定したとおり、本件検査は、右大腿の穿刺を開始してから左総頚動脈の撮影まで23分、右
総頚動脈の撮影まで33分の時間を要している。証人Dは、この所要時間について、短い方であると証言しているところ、
前記(1)ウにおいて認定したとおり、脳血管造影におけるリスク増加要因としての検査時間の遷延は、60分ないし80分以
上であるとされていることに照らすと、上記証言は首肯することができ、少なくとも、左総頚動脈を撮影し、右総頚動脈の
撮影を完了するまでの検査手技は、順調に進んでいたものと評価することができる。
    また、D医師及びE医師は、前記(1)イにおいて認定したような脳血管造影検査実施に当たっての注意点を普段か
ら遵守しており、本件検査時においても同様であった旨陳述(乙B7、8)ないし証言するところ、本件検査と同様にD医師
とE医師が実施した平成8年10月17日の脳血管造影検査において、合併症が発生するなどの問題が生じていないこと
は、前記1(3)において認定したとおりであり、その他本件証拠上、上記証言ないし陳述を疑うべき事情は見出せない。な
お、原告は、本件検査中にE医師が「首でつかえてだめです」と言い、D医師が「右からやってみろ」と言っていらいらした
様子であったと陳述するが、本件検査の経過に関する原告の陳述ないし供述が客観的証拠(カルテ)と多々齟齬してお
り採用できないことは、前記1(12)において判示したとおりである。
    そして、前記(1)ウにおいて認定したとおり、脳血管造影検査においては、慎重に手技を進めたとしても、一定の確
率で血栓が飛ぶことは避けられないのであるから、血栓が飛んだこと自体を過失ということはできず、さらに、前記1(12)に
おいて認定したとおり、原告の訴えによって血栓が飛んだ可能性を認識したD医師らは、直ちに血流改善作用のあるグリ
セオールや血栓溶解作用のあるウロキナーゼを投与するなどしてこれに対処しており、これは血栓が飛んだ際の処置とし
て適切なものと認められ(前記(1)ウ)、その後も原因血管と考えられた左総頚動脈に関して梗塞部位を確認するために再
度脳血管造影検査を実施したものの、明らかな梗塞所見が得られなかったというのであるから、血栓が飛んだ後の処置
についても、格別の問題点を見出すことはできない。
    したがって、本件検査中、左総頚動脈撮影時に血栓が飛んだことについて、手技の過失を認めることはできない。
  (4) なお、本件検査において、左総頚動脈及び右総頚動脈の撮影が順調に進んでいたことは上記のとおりである
が、さらに進んで右椎骨動脈撮影の点についても一応判断することとする(もっとも、右椎骨動脈撮影時に血栓が飛んだ
とは認められないことは、前記(2)において認定したとおりである。)。
    前記1(12)において認定したとおり、D医師らは、原告の右総頚動脈を12時15分に撮影した後、12時20分に右椎
骨動脈の撮影を試みたが、動脈硬化が強く、血管の蛇行が強かったため、カテーテルの挿入が難しく、12時30分には、
右上腕動脈からの造影に切り替えた(この時原告は麻痺を訴えた。)。その後、12時50分に左上腕動脈からの造影に切
り替えたものの上腕動脈が確保できず、13時10分に穿刺を中止したものである。
    以上のように、右椎骨動脈の撮影に時間がかかったこと、結果的に右椎骨動脈の撮影ができなかったことは事実
であるが、右椎骨動脈撮影の必要性があったことは前記2(5)において判示したとおりであり、かつ、原告の右椎骨動脈は
動脈硬化が強いためカテーテルが入りにくかったことは前記1(5)(6)において認定したとおりであるから、右椎骨動脈撮影
を1度のみならず数度試みたこと自体を過失であるということはできない。また、その具体的手技に誤りがあったことを認め
るに足りる証拠もない(原告提出の意見書(甲B15)は、上腕動脈からの穿刺を容易であるというが、その裏付けはな
い。)。
    したがって、本件検査における右椎骨動脈撮影の点についても、過失を認めることはできない。
  (5) 以上によれば、本件検査の手技に過失を認めることはできず、争点(2)にかかる原告の主張も採用できない。
 4 争点(3)(E医師に本件検査のカテーテル操作を行わせた過失の有無)について
  (1) 本件において、原告は、本件検査の手技を担当したのはE医師であったと主張して、原告本人もこれに沿う陳述
ないし供述をし、他方、被告は、本件検査においては右大腿部の穿刺から左総頚動脈撮影まではD医師が担当し、その
後E医師に交代して右総頚動脈撮影を行い、さらに右椎骨動脈撮影を試みたができず、再びD医師に交代し、その後は
D医師が手技を担当したと主張して、D医師及びE医師もこれに沿う陳述(乙B7、8)ないし証言をする。
  (2) この点について、被告は、平成14年5月22日付け被告第1準備書面においてE医師が本件検査を実施した旨述
べていたが、同年7月11日付け被告第2準備書面においては担当医師の具体的な氏名を記載せず、さらに、平成15年
1月16日付け被告第4準備書面において本件検査の大部分をD医師が行ったとの上記(1)摘示の主張を提出するに至
ったことは原告の指摘するとおりであり、このことのみをみると、被告の上記主張や上記両医師の陳述等の信用性に疑問
が生じないでもない。
    しかしながら、上記(1)のとおり、原告本人は本件検査の手技を担当したのがE医師であった旨陳述ないし供述する
のであるが、前記1(12)において判示したとおり、本件検査の経過に関する原告の陳述ないし供述は重要部分において
客観的証拠(カルテ)の記載とかなり食い違っており、他方でカルテの記載を疑うべき事由は認められないことからする
と、本件検査の経過に関する原告の陳述ないし供述は、証拠価値が低いものといわざるを得ず、これを直ちに採用する
ことができない。そして、他に本件検査の手技を担当したのがE医師であったと認めるに足りる的確な証拠がない以上、
そのような事実を認めることもできないというべきであって、原告の主張はその前提を欠くといわざるを得ない。
  (3) さらに、前記3において判示したとおり、そもそも本件検査におけるカテーテルの操作等については過失を認める
ことができないのであり、この点は客観的判断であって、本件検査の具体的実施者が誰であるかにより左右されないもの
と考えられるから、結局、争点(3)にかかる原告の主張は、採用の余地がないといわなければならない。
 5 争点(5)及び(6)(本件検査を行うに当たっての説明義務違反の有無等及び損害額)について
  (1) 本件検査について、原告は、原告の妻も含め何らの説明も受けていないと主張し、原告本人及び原告の妻はこ
れに沿う陳述(甲A4、5)ないし供述をするのに対し、被告は、C医師が本件検査の前日又は前々日に、原告及び原告
の妻に対し、本件検査の目的、手技及び合併症について説明し、原告の同意を得て本件検査を施行したと主張し、証人
Cはこれに沿う陳述(乙B6)ないし供述をする。
    すなわち、証人Cは、その陳述書(乙B6)において、本件検査の前日又は前々日の夕方、原告に対し、①本件検
査の目的は、本件手術が成功し、脳動脈瘤が消失したかどうかの確認及び本件手術後出現した右上下肢麻痺の原因の
探索であること、②血管撮影の検査手技としては、大腿動脈にカテーテルを挿入し、首の頚動脈まで進め、そこで造影剤
を流し、脳の血管に造影剤が流れる様子を撮影するという方法をとり、なお、動脈硬化が強く検査が困難な場合には、頚
動脈及び上腕動脈を直接穿刺することがあること、さらに、検査の後24時間は安静にする必要があること、③検査の合併
症としては、カテーテル穿刺部位に血腫を形成したり、血栓や動脈内のアテローマが遊離し、脳梗塞をきたすことがある
こと、造影剤のアレルギーでじんましん、顔のむくみ、咳、嘔吐等の症状の出現する可能性があること、被告病院におい
ては合併症発生頻度は約1パーセントであることを説明したところ、原告は「お願いします」と言って、口頭で本件検査に
同意した旨陳述しているほか、その証言において、さらに、上記説明の際には原告の妻も同席していた旨併せて証言し
た。
  (2)ア しかしながら、証拠(乙A1ないし3)によれば、本件検査について、原告(ないし原告の妻)の同意書等が存在し
ていないことに加え、診療録上も、本件検査について説明したことをうかがわせる記載が一切ないことが認められる。
   イ 他方、被告病院作成の「B病院インフォームド・コンセント指針」と題する書面には、別紙のとおりの記載があり、本
件手術や本件検査の当時にも使用されていた(乙A1・57頁)。
   ウ そうすると、上記イにおいて認定したとおり、本件検査当時、「すべての侵襲的医療行為において、そのたびごと
に、それに先立って書面によるインフォームド・コンセントを本人から得ることが原則である」とされていたにもかかわらず、
侵襲的医療行為にあたると考えられる本件検査(脳血管造影検査)について、書面による同意を得ていないことには疑問
がある。
     証人Cは、この当時はインフォームド・コンセントが開始されたばかりの時期で、医局においてまず手術のみにつ
いて書面による同意を得ることにしていた旨証言するが、そもそもインフォームド・コンセントは、患者の自己決定権の行
使を十全なものにするため要請されるものであり、また、説明の結果を書面に残すというのは、単に記録を作るというだけ
ではなく、説明を丁寧に行うべきことを喚起するという効果もあるのであって、上記「B病院インフォームド・コンセント指針」
もそういった趣旨も含めて定められたものであると考えられるところ、仮に上記の証言のとおりであるとすると、その適用範
囲を医局側で一方的に限定したということになり、インフォームド・コンセントに対する姿勢として、疑問を呈さざるを得な
い。
     また、証人Cは、脳血管造影検査について、上記イの「つぎに掲げる医療行為では、その行為の必然性が診療
録から読み取れるものであり、かつ口頭の説明によって承諾が得られていれば、書面によるインフォームド・コンセントは
不要である」とするもののうちの「④ 侵襲度が小さい人体検査(例:内視鏡検査、単純X線写真、CT、RI検査など)」で掲
げられている内視鏡検査と侵襲度においてあまり差がないという趣旨の証言をするが、やはり証人Cが陳述ないし証言す
るように、脳血管造影検査には、造影剤のアレルギーの他、現に原告に生じたように、血栓が飛んで脳梗塞が生ずるとい
う危険性も一定程度(証人Cはこの割合を約1パーセントであるという。)存在するのであるから、この侵襲度を内視鏡検査
等と同視することが妥当であるとは認め難い。
     このように、被告自身、本件検査の当時から上記「B病院インフォームド・コンセント指針」によってインフォームド・
コンセントの重要性を説き、侵襲的医療行為については書面による同意を得る旨宣明していたにもかかわらず、本件検
査について同意書を得ていないというのであり、そうであるとすると、同意書がないという事実は、説明の有無が争われた
場合、被告に不利益に考慮されるべき事実であるといわなければならない。
   エ さらに、上記アのとおり、本件検査について、診療録上原告ないし原告の妻に説明したことをうかがわせる記載
が一切ないことについても、これをあえて記載しない合理性が存しないことはもちろんのこと(現に、平成8年10月17日施
行の脳血管造影検査については、D医師が原告の妻に検査施行を伝えている旨の記載がある(前記1(3)、乙A1・159
頁)。また、上記のように検査については同意書を取らないというのであれば、なおさらカルテに説明した旨の記載をすべ
き必要性、合理性があると考えられる。)、本件検査はかなり以前から事前に退院前の施行が計画されていたものなので
あるから、時間的な余裕という観点からも、カルテに説明をした旨の記載をすることが困難な事情はうかがわれない。
     証人Cは、本件検査当時の被告病院脳外科においては、説明したことやその内容を必ずしもカルテに記載して
いなかったから、カルテの記載がないからといって説明をしていないわけではない旨証言するが、上記のように、平成8年
10月17日施行の脳血管造影検査については、D医師が原告の妻に検査施行を伝えている旨の記載があり、カルテに
記載する場合もあったと認められるから、この点の証言を額面どおりに受け取ることはできない。
     結局、本件検査について、診療録上原告ないし原告の妻に説明したことをうかがわせる記載が一切ないことにつ
いて、首肯するに足りる合理的な説明がされているとは認め難い。
   オ 以上によれば、本件検査の前に原告及び原告の妻に本件検査について十分な説明をした旨の証人Cの陳述な
いし証言は、その信用性に疑問があるといわざるを得ない。
  (3) もっとも、前記2において判示したとおり、本件検査は本件手術に伴って当然に行うべき必要不可欠なものであっ
たと認められ、仮にこれを行わない場合には、くも膜下出血再発の可能性という危険な事態をかなりの割合で看過しかね
ず、麻痺の原因も不明のまま終わるのに対し、脳血管造影検査において脳梗塞が生ずるなどの危険性は、必ずしも高い
ものではなく、むしろ稀な部類に属することなどの事実に照らせば、仮に、原告が脳梗塞が生じることを恐れて本件検査
の実施を拒否したとしても、C医師としては、前記のような本件検査の必要性とそれが合併症発生による弊害を遙かに上
回るものであることを説明し、強力に説得して本件検査を受けさせるように努めるべきものであったと認められる。したがっ
て、原告としては、本件手術を受けた以上、本件検査をも受けることが当然予定されていたのであって、本件検査を受け
るか否かについて自ら決定し得る余地は法的にはないに等しいというべきである。
    このような場合においても、医師としては十分な説明をした上で検査を受けさせるのが望ましいことはいうまでもな
いが、仮にこれを欠いたとしても、そのことは当不当の問題にとどまるか、あるいは債務不履行又は不法行為に基づく具
体的な損害賠償義務を生じさせるほどの違法性を帯びるものではないというべきである。
  (4) そうすると、本件検査前に十分な説明が行われたか否かにかかわらず、原告の説明義務違反に基づく損害賠償
請求は理由がないといわざるを得ない。
 6 結論
以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すること
とし、主文のとおり判決する。
    東京地方裁判所民事第34部
        裁判長裁判官  藤 山 雅 行
            裁判官  金 光 秀 明
            裁判官  熊 代 雅 音
(別紙)
 診療経過一覧表 (省略)
(別紙)
平成14年(ワ)第3351号 損害賠償請求事件
争点整理表
第1 不必要な検査を実施した過失の有無
  (原告の主張)
 1 検査適応のない原告に対し、本件検査を実施したこと
   原告は、本件手術後、十分に回復しており、自力歩行が可能であり、退院に際して、とりたてて不安がある状態では
なかった。したがって、リスクのある本件検査を行なう必要性はなかった。
   また、被告は、本件検査の目的は、原告に本件手術後生じた原因不明の右麻痺を調べるためであったとも主張す
る。しかしながら、原告の診療経過を見れば、脳外科医であれば原告に生じた右半身の筋力低下が血管攣縮によるもの
であったことは明らかであり、C医師自身そのように考えていたものである。確かに、血管攣縮自体は、くも膜下出血後43
日を経過した時点において消失している可能性があるが、血管攣縮自体が消失しても、その後遺症が残ることはあるか
ら、血管攣縮の消失と症状の残存とは並立するものである。そして、原告の診療経過は、血管攣縮の軽い後遺症と考え
れば医学的に合理的説明がつくのである。
   さらに、本件検査のように、くも膜下出血後43日が経過した時点で脳血管造影をしても血管攣縮はほとんど消失し
ているのであって、有益なデータが得られることはほとんど期待できない。仮に原告の血管攣縮が積極的な治療を必要と
する重篤なものであれば、もっと早い段階で脳血管造影がされるべきであった。
   加えて、たとえ脳血管造影によって血管攣縮の程度を確認できたとしても、それに対する治療法としては、グリセオ
ールの投与くらいしかないのであるから、わざわざリスクを冒してまで脳血管造影を行う意義は乏しい。クリッピングによる
圧迫等が確認されたとしても、症状が回復しつつあった原告に対し、再開頭手術を行うなどということは考えられない。し
たがって、検査後の治療ということを考えても、本件検査の必要性は見出し難いのである。
 2 左総頚動脈の撮影は不要であったこと
   仮に、本件手術後、脳動脈瘤の消失ないしクリッピング術の成否を確認する必要があったとしても、被告は、合併症
のリスクを低くするために、極力不要な検査を避け、撮影時間及び回数を減らす必要があった。このような観点からすれ
ば、脳動脈瘤の消失を確認するために、もっとも安全で必要最小限の撮影を試みるべき注意義務があった。そして、総
頚動脈(内頚動脈)についていえば、術前の検査で病変が確認できなかった左総頚動脈の撮影は不要であり、病変部の
確認のためにどうしても必要であれば、右総頚動脈撮影で足りた。
   脳血管撮影を脳動脈瘤クリッピング手術後に行う主な目的は、①残存動脈瘤又はクリップされていない動脈瘤の有
無を確認すること、②主要血管の閉塞の有無を確認すること、特にクリップの際にクリップにより主要血管を誤って挟んで
いるかどうかの確認をすることであるところ、本件においては、本件手術前に右内頚動脈から撮影して前交通動脈瘤の位
置を同定しているから、本件手術後も右内頚動脈ないし右総頚動脈から撮影してクリッピングの確認をすれば足りたので
ある。本件手術前の撮影でも、左総頚動脈からの撮影では、何も異常が認められていないので、動脈瘤の消失及びクリッ
ピングの確認のためであれば、左総頚動脈の撮影は不要であった。
   被告は、原告に生じた右上下肢麻痺の原因究明のために左総頚動脈の撮影が必要であったと主張するが、原告に
本件検査当時、検査を要するような原因不明の麻痺など生じておらず、実際、筋電図等の検査も行なわれていなかっ
た。すなわち、平成8年11月5日実施の理学療法の依頼票によれば、若干の筋力低下があったにすぎず、麻痺について
の所見は記載されていない。したがって、少なくとも左総頚動脈の撮影は、研修医の研修目的で行なわれた不必要な検
査であった。
 3 右椎骨動脈の撮影を試みる必要はなかったこと
  (原告の主張)
   右椎骨動脈については、術前に専門医が撮影を断念しており、施行が困難であることが判明していたのであるから、
あえて技能の劣るE医師らが施行を試みるような危険なことをする必要はなかった。どうしても病変部を確認するのであれ
ば、術前に撮影が可能であった左椎骨動脈撮影を試みれば良かったのであり、実際平成8年10月17日に被告病院医
師らが行った左椎骨動脈撮影によって病変部が確認されているのであるから、なおさらのことである。
   被告は、右椎骨動脈-後小脳動脈や右椎骨動脈解離性動脈瘤の有無を確認するためにも右椎骨動脈撮影が必
要であったと主張するが、そもそも後下小脳動脈瘤が存在する確率は非常に低く、わずか数パーセントであり、リスクを冒
してまで脳血管造影を施行する必要はなく、真にその必要があるのであれば、まず3DCTによって確認するなどの手段
をとるべきであった。
  (被告の主張)
 1 原告には本件検査を実施する必要性があったこと
   原告には、手術後の動脈瘤の消失の有無の確認及び手術後に発症した右上下肢の麻痺の原因究明のため、本件
検査を行う必要があった。なお、一般的に開頭クリッピング手術の後に、脳血管造影検査を行わず、脳動脈瘤の消失を
確認せず退院するというようなことはあり得ない。
 2 左総頚動脈の撮影も必要であったこと
   原告には、上記のとおり、本件手術後、一時的にはほぼ麻痺のない状態であったが、術翌日の平成8年10月30日
0時30分ころに心機能の低下に伴う血圧の低下があり、これとともに意識レベルも低下して右上下肢に原因不明の麻痺
が発現し、それが持続していた。そして、被告病院においては、麻痺の原因を探るべく、まず、脳血管造影検査より非侵
襲的であり、かつ合併症も少ない頭部CT検査を同日及び同年11月6日の2度にわたって施行したが、頭部CT検査の
画像上からは、上記の麻痺の原因は判明しなかった。
   この麻痺の原因としては、脳血管攣縮のほか、本件手術において利用されたクリップにより左内頚動脈が狭窄してい
る可能性も考えられたため、血管の様子を確認する必要があった。そして、右上下肢の神経を司るのは左総頚動脈領域
であるため、その原因を探るためには、左総頚動脈の撮影をすることが不可欠だったのである。
   原告は、麻痺の原因は血管攣縮によるものであり、脳血管造影検査をしてまでその原因を究明する必要はないなど
と主張するが、これは以下の理由により誤りである。
   確かに、本件手術直後の麻痺の原因は、血管攣縮であると考えられたものの、脳血管攣縮は、通常くも膜下出血発
症後30ないし40日で徐々に消失するところ、原告の右上下肢麻痺は、既にくも膜下出血発症後43日が経過した時点で
も依然として残存しており、原告に生じた右上下肢麻痺の原因が単なる脳血管攣縮のみである可能性は低く、本件手術
の際に使用したクリップによる左内頚動脈の閉塞等が原因であることも考えられた。そのため、C医師らは、血管の状況を
実際に確認するために、左総頚動脈を本件検査の対象にしたのである。このような場合、麻痺の原因を脳血管攣縮であ
ると決めつけて検査を行わず、必要な処置をとる機会を逃すことこそ不適切なのである。
 3 右椎骨動脈の撮影を試みる必要もあったこと
   まず、本件手術においてクリップした脳底動脈-上小脳動脈動脈瘤が消失したかを確認する必要があり、この確認
には、左椎骨動脈か右椎骨動脈のいずれかの撮影を施行する必要があった。
   そして、左椎骨動脈については、本件手術前に既に動脈瘤がないことの確認ができていたのに対し、右椎骨動脈に
ついては、本件検査に至るまで1度も撮影が施行されていなかった。そして、くも膜下出血を発症した患者については、
数十パーセントの確率で多発性脳動脈瘤が発症することがあり、破裂脳動脈瘤患者では、他の未破裂動脈瘤を合併して
いる可能性があるため、全血管を検索すべきとされているため、未だ血管の状態が確認できていなかった右椎骨動脈の
撮影は必要不可欠であった。
第2 本件検査におけるカテーテル操作等の過失の有無
  (原告の主張)
 1 カテーテルの使用、操作等に問題があったこと
   E医師は、カテーテル操作に熟練していなかった。同医師は、本件検査において非常に時間がかかっている。ま
た、通常撮影すべき内頚動脈の撮影までは行なうことができず、総頚動脈の撮影で終わっていることや、椎骨動脈の撮
影に失敗していることからすれば、その手技が未熟であったことは明らかである。したがって、本件検査の過程において、
粗暴なカテーテル操作によって、原告の血管を不必要にこすり、あるいはカテーテル内の血栓の洗浄を失念するなどし
て、血栓を飛ばしたものである。
 2 熟練者が慎重にカテーテル操作を行えば、血栓が飛ぶなどの合併症は避けられたこと
   少なくとも専門の放射線医が慎重に行なえば、本件検査において本件合併症は避けられたはずであり、このことは
文献上も指摘されているとおりである。熟達の術者が、検査時間を短くし、粗暴なカテーテル、ガイドワイヤー操作を避け
ることによって、血管壁損傷及び血栓の剥離による脳血栓は予防可能であった。
  (被告の主張)
 1 カテーテルの使用、操作には問題がなかったこと
   脳血管造影検査においては、どれほど熟練した術者が手技を行っても、一定の確率で血栓等が飛び、脳梗塞等が
生ずる可能性があるため、術者は、①仮に血栓ができても脳の方に流れないよう、下行大動脈までカテーテルを進めた
時点でカテーテル内に生理食塩水にヘパリンを混ぜたものを勢いよく注入し(「フラッシュ」)、カテーテル内の血液を除去
すると同時にヘパリン入り生理食塩水に置換する、②カテーテルを入れる際には、長時間カテーテルを血管内に置くこと
で血栓が生じやすくならないよう、無理をせず、入りにくい場合は、撮影対象の血管より手前の血管から造影剤を注入す
るなどの注意をする必要がある。
   D医師及びE医師は、これらの注意点を慎重に守り、本件検査を施行したものである。その結果、大腿部穿刺から左
総頚動脈までがわずか23分程度、それから右総頚動脈撮影までがわずか10分程度という短時間で行われた。この撮影
時間だけをみても、本件検査は極めて迅速に行われたものといえ、本件検査において、D医師及びE医師が手際よくか
つ慎重に手技を進めていたことは明らかである。
   原告は、本件検査において、内頚動脈の撮影ができず、総頚動脈の撮影で終わっていることや椎骨動脈の撮影に
失敗していることから、本件検査における技量の未熟を主張するが、上記のとおり、脳血管造影検査においては、無理し
てカテーテルを進めるべきではなく、かえって、無理をしないで必要な範囲で検査を行うという脳血管造影検査の原則に
従った適切な判断であったと評価されるものである。また、椎骨動脈の撮影ができなかった理由は、原告の動脈硬化が激
しかったためであり、手技の熟練度とは関係がない。
 2 脳血管造影検査においては、どんなに注意深く手技を行っても、一定の確率で血栓が飛ぶことは避けられないこと
   脳血管造影検査においては、その検査の方法がカテーテルを血管に挿入するというものであることからして明らかな
とおり、術者がどんなに注意深く手技を行なっても、カテーテル又は頚動脈に付着していた粥状動脈硬化断片や血栓が
飛ぶという事態は避けられず、1パーセント程度は合併症が生じ得るものである。
第3 E医師に本件検査のカテーテル操作を行わせた過失の有無
  (原告の主張)
   脳アンギオは、それ自体侵襲性が高く、ガイドワイヤーやアンギオカテーテルを血管内に挿入して、カテーテルを撮
影対象となる脳動脈まで進めなければならない。したがって、必ず手技に精通した術者がX線透視下で行なわなければ
ならない。よって、そもそもE医師に単独でカテーテル操作をさせたこと自体が過失というべきである。なお、ガイドワイヤ
ーやアンギオカテーテルの操作方法、使用方法の欄には必ず、「手技に精通した術者が必ずX線透視下で使用するこ
と」「手技に熟達した術者以外は使用しないこと」等の注意書きがある。さらに本件で原告は、①動脈硬化が進んでおり、
②術前の検査において専門医でさえ実施が困難であると認められるほど、カテーテルが入りにくいことが判明しており、
③破裂脳動脈瘤患者というリスクグループであったことからすれば、被告は、熟達した手技の専門医をして細心の注意を
もって検査をさせるべき注意義務を負っていた。ところが、被告は研修医のE医師に、リスクの高い本件検査のカテーテ
ル操作を担当させた。
   なお、被告は、D医師が操作の大半を担当したかのように主張するが、被告は本件訴訟の当初、E医師がカテーテ
ル操作を担当したと主張していたところ、原告から手技ミスの主張がされた後になって、D医師が操作を担当したとして、
従前の主張を著しく変遷させており、到底信用できない。
   そして、原告のように専門の熟練した放射線医でされ施行が困難な動脈硬化の進んだ患者に対して、研修医のE医
師にカテーテル操作を行なわせたこと自体に過失があることは明らかである。
  (被告の主張)
   本件検査の大部分は、本件検査当時既に5年以上の経験があり、脳血管造影検査についても熟練した手技を身に
つけていたD医師が施行したものである。すなわち、左総頚動脈の撮影まではD医師が行い、E医師はその補助をしてい
たものであるから、原告の主張には、そもそも前提事実の誤認がある。
   また、E医師も、本件検査当時、既に10件程度はカテーテル操作の経験があり、具体的な手技についても何ら問題
なく施行できていたのであるから、E医師の技量が未熟であったということもない。
   そして、E医師は、上記のとおり熟練した技術を身につけていたD医師の指導監督の下でカテーテル操作を行って
いたものであるから、本件検査中のいずれの時点においても、E医師が単独で操作をしていたわけではない。
   本件検査の経過に関する原告の供述ないし陳述は、検査記録等の記載と食い違いがあり、信用できない(なお、こ
の食い違いの原因としては、原告が、ソセゴンやアタラックスPといった傾眠状態に陥らせる効果のある薬品を投与されて
いたため記憶違いをした可能性も考えられる。)。
第4 本件検査における前記第1ないし第3の過失と原告の右半身麻痺の結果との因果関係の有無
  (原告の主張)
   前記第1ないし第3(原告の主張)において述べたように、被告は、必要性の乏しい本件検査を技量の劣るE医師に
実施させ、結果手技の過誤によって血栓を飛ばし、原告に後記第5(原告の主張)において詳述する右上下肢の麻痺を
生じさせたものであるから、被告の過失と原告の右半身麻痺との間に因果関係があることは明らかである。
   なお、本件検査中、どの段階での手技ミスによって原告に障害が発生したかを特定することは困難であるが、平成8
年11月21日12時05分ころ、E医師が左総頚動脈を検索中、ないし同日12時20分から12時30分までの間、E医師が
椎骨動脈の撮影を試みて検索していた時点のいずれかにおいてであろうと考えられる。
   なお、原告の脳梗塞部位は、確かに左総頚動脈検索中に血栓が飛んだ場合の閉塞部位と合致するが、右椎骨検
索中であっても、カテーテルが椎骨動脈の分岐まで至らない部位において血栓を飛ばしてしまえば、同様の結果が出る
ことは十分に考えられるのであり、結局、時間的な整合性や担当医師ら自身が右椎骨検索中に異常を感じたと認識して
いることからすれば、上記のうち、同日12時20分から12時30分までの間である蓋然性が高い。この時間帯に、手技の未
熟なE医師による粗暴なカテーテル操作の結果、カテーテル内あるいは原告の血管内に付着していた血栓を飛ばしたこ
とによって、左頭頂部及び左被殻から左放射冠にかけて脳梗塞が発生し、左脳梗塞によって、原告の右半身に麻痺が
発現した
  (被告の主張)
   前記第1ないし第3(被告の主張)において述べたように、被告は、本件検査において、手技に際する注意をすべて
尽くした上、必要な範囲で検査を施行しようとしていたものであって、過失がないことは明らかであることに加え、後記第5
(被告の主張)において述べるように、原告には、「右半身麻痺」という障害は生じておらず、本件検査と原告の障害には
何らの因果関係もないのである。
   なお、本件検査中血栓が飛んだ時期について、原告に生じた右手首より遠位の麻痺が重篤化した機序としては、お
そらく、検査実施中の12時05分ころ、D医師が手技を行い、E医師が補助をして左総頚動脈を検索中に血栓等が飛ん
だのが原因であると考えられる。本件検査後の頭部CT検査において、左頭頂部に脳梗塞が認められたが、脳梗塞が認
められた部位は、右上肢を司る神経がある左の中大脳動脈領域(内頚動脈系)であり、総頚動脈は内頚動脈系であること
と本件検査の手順からすれば、左総頚動脈を検索中に血栓等が末梢に飛んだ可能性が高い。
   もっとも、左総頚動脈を検索していた時刻は、12時05分ころであるのに対し、原告の右上肢に力が入らないことが
判明したのは、12時30分ころであって、この間には約25分の時間差がある。しかし、脳血管造影検査の際には、精神的
負担を和らげるために、検査施行前にソセゴンやアタラックスPといった傾眠作用のある薬を投与しており、これにより、検
査中は傾眠状態になるとともに、四肢を抑制されているため、12時30分ころに右上腕動脈からの撮影に切り替えようとD
医師が右上腕部に触れるまでは、原告が麻痺の発現に気付かなかった可能性が高く、上記時間差は合理的に説明でき
る。
   なお、右椎骨動脈検索中に血栓等が飛んだ可能性については、椎骨動脈の支配域が内頚動脈系とは異なることや
血流の流れから考えても、医学的に考えられないものである。
   このように、左総頚動脈の検索に血栓が不可避的に飛んだ結果、左頭頂部及び左被殻から左放射冠にかけての脳
梗塞が発生し、上記脳梗塞により、原告の右手首より遠位の部分に麻痺が発現した可能性が高い。
第5 本件検査を行うに当たっての説明義務違反の有無等
  (原告の主張)
 1 説明すべき内容
  (1) 本件検査の目的、内容、それによる危険性の程度、それを行った場合の改善の見込み、程度、当該検査をしな
い場合の予後等について患者やその家族があえて危険を冒してでも当該検査を受けるべきかどうかを主体的に選択す
ることができるように説明する義務がある。すなわち、B病院インフォームド・コンセント指針「インフォームドコンセントにつ
いての理解・心得」(3)記載のとおり、傷病の性格と現状、当該医療行為の必要性と内容、状況に応じた内容の変更、起こ
り得る危険性、後遺症等について、遺漏のないように説明すべき義務がある。
  (2) 本件検査は、手術前に手術部位や手術方法を確定する目的で行われる脳血管造影とは異なり、手術が終了し、
退院を待つばかりに回復した患者に対する「卒業試験」としての検査であったから、説明内容についても、検査の緊急
性、必要性が格段に低下したことを前提に検査のリスクの説明をする必要がある。
    そして、本件においては、麻痺が軽度であって軽快していることを前提として、リスク面では、①原告本人は動脈硬
化が強く、②高血圧もあり、③くも膜下出血の患者であることから、④検査中に血栓が飛ぶなどして脳梗塞等の合併症を
引き起こす危険性が通常の場合よりも格段に高く、⑤技量が未熟な研修医も手技を担当する予定であり、⑥合併症が起
こる確率等を具体的に示し、リスクにより必要性が上回ることを説明する必要があった(なお、被告大学において具体的な
合併症についてのデータが蓄積されていないのであれば、そのために正確な統計的数値が示せないことを説明する必
要があった。)。他方、必要性については、①左総頚動脈撮影については、クリッピングを確認するという点では意味がな
く、②また、右半身麻痺の原因を探るという目的であったとしても、検査によってその原因が判明する可能性は極めて低
く、③検査をして仮に何らかの所見を得られたとしても、それによって治療につながる可能性も低いことを説明し、念のた
めの検査にすぎないことを正確に説明しなければならなかった(仮に検査の結果として何らかの治療につながると考えて
いたのであれば、その具体的な効果を説明すべきであるが、本件検査の左総頚動脈撮影においてはそのようなものはな
いので説明不可能である。)。さらに、①右椎骨動脈撮影については、本件手術前の検査で入りにくいことが判明してい
たこと、②担当医師は、本件手術前の検査を担当した放射線科医師よりも技量が劣ること、③撮影によって未破裂動脈
瘤が見つかる確率は非常に低いこと、④3DCTによっても確認可能であったことなどについても説明しなければならなか
った。
  (3) そして、説明方法としては、書面によるインフォームド・コンセントを本人から得ることが要求される。
 2 実際の説明内容
   検査をするという事実を当日朝告げただけであり、説明と呼べるものは何もなかった。そして、書面による同意もなか
った。また、C医師による説明もなかった。
   被告は、本件検査の1日前か2日前にC医師が原告及び原告の妻に対して本件検査についての説明を行ったと主
張するが、そのことを裏付ける客観的証拠は何ら存しない。被告病院は、原告に対し、血管造影を3回実施しているが、
原告の妻に検査の実施を告げたことはあっても、説明をしたことはなかった。
 3 結論
   上記のとおり、被告は、侵襲性が高く、原告にとってリスクの高い本件検査を実施するに際して、一切説明をしてい
ないので、説明義務違反は明白である。
  (被告の主張)
 1 予定された検査内容
   本件検査は、大腿動脈からカテーテルを挿入し、頚動脈までカテーテルを進め、そこで造影剤を流し、造影剤の流
れる様子をX線で撮影することで、脳の血管の様子を確認するものである。血管の動脈硬化が強く、カテーテルを進める
ことが困難な場合は、頚動脈又は上腕動脈を穿刺して、カテーテルを挿入する場合がある。
 2 実際の検査内容
  (1) 検査の目的
   ア 動脈瘤の消失等の確認
     くも膜下出血においては、術後においても、脳血管造影検査を行い、脳動脈瘤の消失を確認しない限りは、根治
を確認することはできないことから、原告についても、平成8年10月29日のくも膜下出血の治療のための開頭クリッピング
手術後、手術部位である動脈溜が消失し、再度動脈瘤が破裂する危険性がないかの確認をするため、本件検査を施行
する必要があった。
   イ 原因不明の麻痺の原因究明
     同手術後、原告の右手足に頭部CT上説明できない原因不明の右上下肢麻痺が生じていたことから、その原因
の究明をするため、本件検査を施行する必要があった。
  (2) 検査の内容、手技
   ア 検査の内容
     前記1のとおり。
   イ 検査の手技
     本件検査は、セルジンガー法と呼ばれる手法を用いる。セルジンガー法とは、動脈に外科的操作を加えないで
行う経皮的カテーテル血管内挿入法である。
  (3) 検査の合併症
    カテーテル穿刺部位に血腫の形成、動脈内の粥状硬化断片が遊離し、脳梗塞を起こすことがある。また造影剤の
アレルギーでじんましん、顔のむくみ、咳、嘔吐等の症状の出現の可能性がある。
 3 実際の説明内容
   C医師は、本件検査の前日又は前々日に、原告及び原告の妻に対し、面談室又は病棟のベッドサイドにおいて、本
件検査の目的、手技及び合併症について説明し、原告の同意を得て本件検査を施行したものである。
   まず、説明に際し、原告のみならず、原告の妻も同席させたのは、当時、原告には失見当識障害があり、原告にの
み説明したのでは、原告が説明を受けたことを忘れる可能性があったからである。
   次に、検査の目的として、手術によって動脈の瘤が消えているかを確認する「卒業試験」の位置付けであるというこ
と、手術後に発現した右上下肢の麻痺の原因も併せて究明することを説明した。
   さらに、検査手技については、セルジンガー法(動脈に外科的操作を加えないで行う経皮的カテーテル血管内挿入
法)として、足の付け根の太い血管からカテーテルを首の各脳の血管の付け根まで持っていって造影剤を使って撮影す
ると説明した。
   そして、検査の合併症については、粥状動脈硬化断片及びカテーテルの中に入り込んだ血液が固まった血栓が飛
んで脳梗塞になる危険性や、造影剤のアレルギー、穿刺部の血腫ができることがあるとの説明をした。
   これに対し、原告は、口頭で本件検査の施行に同意したのである。
   なお、「B病院インフォームド・コンセント指針」においては、書面によるインフォームド・コンセントを取ることが原則とさ
れているが、本件検査の施行された平成8年当時は、書面によるインフォームド・コンセントが開始され間もないころで、被
告病院脳神経外科においては、まず、手術についてのみ書面によることとされていたため、本件検査について、書面によ
るインフォームド・コンセントはされていないのであるが、これをもって不当であるということはできない。
 4 結論
   以上述べたとおり、C医師は、本件の脳血管造影検査の目的、内容、手技及び合併症を説明し、原告は上記説明
を理解した上、本件検査に同意したものであるから、被告病院に説明義務違反は一切ない。
第6 損害額
  (原告の主張)
 1 平成8年10月29日の開頭クリッピング手術後における原告の後遺症の程度
   原告には、本件手術後、しびれ感が一時生じていたが、同年11月5日にはリハビリの許可が出て、その後のリハビリ
によって右上下肢について機能上の問題はなくなり、食事が自力で問題なく取れていたし、自然歩行が可能でもあり、自
力で自宅外泊もできた。トイレにも自分でいける状態であり、退院を待つばかりに回復していた。したがって、本件検査前
までは、後遺症らしい後遺症はなかった。被告が主張する右半身麻痺については、被告が麻痺の程度を調べるための
筋電図などの検査をしたこともまったくなかった。したがって、本件検査前、原告には後遺症はなかった。
 2 本件検査後の原告の後遺症の程度
   原告は、本件検査後に右上下肢の麻痺等が生じ、大幅な改善をみることもなく症状固定に至り、平成14年10月18
日の時点において、「神経学的には視力・聴力・言語認知機能に異常は認めず、その他の脳神経系の障害も認めない。
右不全片麻痺に基づいて右下肢は行を呈するものの、低速の歩行はどうにか可能である。ただし、歩行中の方向変換・
体位転捻に際しては、右下肢筋力低下のため容易に転倒する。また、右上肢に関しては、個々の上服筋の筋力そのもの
は徒手筋力テスト上4/5に保たれているが、各筋群間の協調運動が極めて不良でかつ上肢の関節の多くも拘縮しつつ
あり、現在はほぼ実用に供することが不能、欠損はないものの機能としては発症からの経過を考えると廃純に近い」などと
診断されている。このように、原告の右上下肢の関節が拘縮し、実際には機能していないということであるから、現在、原
告は、後遺症として後遺障害5級の1の2「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務
に服することができないもの」に該当するものというべきである。
 3 損害額
   原告に生じた損害は、以下のとおりである。
  (1) 逸失利益
   ア 平成9年
     (得べかりし賃金)-(現実の収入)-(傷病手当金)
      =478万1569円
   イ 平成10年
     (得べかりし賃金)-(現実の収入)=176万0971円
   ウ 平成11年
     (得べかりし賃金)-(現実の収入)=96万9841円
   エ 平成12年
     (得べかりし賃金)-(現実の収入)=227万0429円
   オ 平成13年
     (得べかりし賃金)-(現実の収入)=1194万6111円
   カ 平成14年
     (得べかりし賃金)-(現実の収入)=1194万6111円
   キ 平成15年3月15日(定年)まで
     242万1951円(得べかりし賃金)
   ク 同年3月16日以降
     441万2200円(平成12年賃金センサス男子労働者計)
     ×0.79(労働能力喪失率)×5.7863(7年ライプニッツ)
     =2016万7901円
   ケ 小計
     5626万4884円
  (2) 治療費及び通院交通費
    80万円
  (3) 慰謝料
    2500万円
    原告は、長年勤務してきた会社において、駅長昇進を目前に控えていたところ、本件事故によって駅長になれなく
なり、また、ゴルフや書道等の生きがいも奪われたものであって、その精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するには少
なくとも2500万円が必要である。
  (4) 弁護士費用
    615万円
  (5) 合計
    8821万4884円
    うち、6765万円を請求する。
  (被告の主張)
 1 平成8年10月29日の開頭クリッピング手術後における原告の後遺症の程度
   上記手術後の翌30日の午前0時30分ころに、心機能低下に伴う血圧の低下があり、これとともに意識レベルも低下
し、右上下肢の麻痺が出現した。同日の「徒手筋力テスト」の結果も上肢下肢とも「4/5」であって、軽度の麻痺が生じ、
右上下肢は、左に比べ動き弱い状態であった。
   その翌日である同年11月1日には、右不全麻痺は改善しているが、若干弱い状態であり、その後も、右上下肢に麻
痺のある状態が続いていた。
 2 本件検査後の原告の後遺症の程度
   本件検査の最中に生じた麻痺のうち、後遺症と言える程度の麻痺は、右上肢のうち、手首から遠位の限局した部分
だけである。原告は、本件検査のわずか9日後には、外泊できる程度に回復し、日常生活動作の程度を示すADLも、日
々改善傾向にあった。
   さらに平成12年10月27日時点では、「職業に就ける状態であり、職業に就くにあたって留意事項は特に問題なし」
と診断されており、原告の右上下肢の麻痺の症状は改善し、労働能力の喪失はない。
   このように、原告の右手首より遠位の部分に麻痺が生じていたとしても、それは、本件検査以後、徐々に回復を見せ
ていたものであって、現時点においては、右半身麻痺という症状は残存していない。
 3 損害額
   原告の主張する損害額は争う。
   なお、原告の主張する逸失利益の範囲は、以下のとおり妥当でない。
   まず、原告は、くも膜下出血発症後も、元の職場に復帰できたことを前提に、さらに駅長に昇進できたとして逸失利
益を算定するが、そもそも、被告病院に運ばれた時点で原告に発症していたくも膜下出血は、手術としてもかなり難易度
が高く、破裂した場合には、生命に関わるものであった。そして、くも膜下出血は、発症自体で死亡率が高く、麻痺や感
覚障害が見られる疾患なのであるから、原告は、治療困難部位のくも膜下出血を発症した時点で、発症前の健康な状態
に戻ることは困難であった。したがって、くも膜下出血発症前の健康な身体の状態まで完全に回復することを前提として
逸失利益を算定することはできない。
   次に、くも膜下出血の治療及び本件手術の結果発現した右上下肢の麻痺の治療及びリハビリには、数箇月以上の
治療期間が必要不可欠であるのだから、かかる期間を逸失利益算定の基礎とすることもできない。
   さらに、原告は、「研修が終われば駅長への昇進が決まっていた」として逸失利益の算定の際に昇進まで考慮する
が、くも膜下出血を発症してしまった原告について、発症前の健康な身体を前提に昇進を考慮することは認められない。
   したがって、原告主張の逸失利益は、過大であるといわざるを得ない。
(別紙)
書面によるインフォームド・コンセントの要否とその確認
(1) すべての侵襲的医療行為において、そのたびごとに、それに先立って書面によるインフォームド・コンセントを本人か
ら得ることが原則である。
 註1:侵襲的医療行為であっても、同一のものが繰り返し施行される場合には、2回目以降は書面によるインフォームド・
コンセントを省略できることがある(例:腹水反復貯留の腹腔穿刺など)。
 註2:緊急例などで書面によるインフォームド・コンセントを得ることが不能の場合には、その旨を診療録に記載し、複数
の医療担当者が署名する。
(2) つぎに掲げる医療行為では、その行為の必然性が診療録から読み取れるものであり、かつ口頭の説明によって承諾
が得られていれば、書面によるインフォームド・コンセントは不要である。
 ① 通常の日常的な診察~診療行為・看護行為
 ② 日常的な検体検査、そのための検体採取行為
 ③ 非観血的・非侵襲的人体検査
 ④ 侵襲度が小さい人体検査(例:内視鏡検査、単純X線写真、CT、RI検査など)
 ⑤ 侵襲度が小さい処置行為(例:注射一般、輸血、胃管挿入、吸引、導尿、浣腸など)
(3) 侵襲的医療行為が実施される部門では、その実施に先立って、原則として当該部門の責任者が、得られているイン
フォームド・コンセントについての確認をする。

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