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平成12年(ネ)第2645号 各損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成
2年(ワ)第5678号,同第14203号,平成9年(ワ)第11653号,同第20
755号)
平成14年6月13日口頭弁論終結
判決
     控訴人          キッセイ薬品工業株式会社
     訴訟代理人弁護士     青 柳 昤 子
  同            林   いづみ
    被控訴人          白鳥製薬株式会社
   (以下「被控訴人白鳥」という。)
  訴訟代理人弁護士     久保田   穣
  同            増 井 和 夫
  訴訟復代理人弁護士    橋 口 尚 幸
  被控訴人          三恵薬品株式会社
(以下「被控訴人三恵」という。)
  被控訴人          進化製薬株式会社
(以下「被控訴人進化」という。)
  上記2名訴訟代理人弁護士 床 井   茂
  同            古 川 健 三
  被控訴人兼被控訴人菱山製薬販売株式会社訴訟承継人
       菱山製薬株式会社
(以下「被控訴人兼承継人菱山」という。ただし,被控訴人と訴訟承継人の
立場を明瞭に分ける場合に,それぞれ「被控訴人菱山」,「承継人菱山」というこ
ともある。)
  被控訴人      株式会社ニプロ
(以下「被控訴人ニプロ」という。)
  上記2名訴訟代理人弁護士 小 松 陽一郎
  同            近 藤 惠 嗣
  同            小 野 昌 延
  被控訴人          ソルベイ製薬株式会社
(以下「被控訴人ソルベイ」という。)
  被控訴人        科研製薬株式会社
(以下「被控訴人科研」という。)
  被控訴人          扶桑薬品工業株式会社
(以下「被控訴人扶桑」という。)
  上記3名訴訟代理人弁護士 大 下   信
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人進化は,控訴人に対し,連
帯して金2億8366万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研
は,控訴人に対し,連帯して金3億4728万円及びこれに対する平成5年1月1
9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人ソルベイは,控訴人に対
し,連帯して金1億6368万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人扶桑は,控訴人に対し,連
帯して金4億5918万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ニプロ及び被控訴人兼承継人
菱山は,控訴人に対し,連帯して金2億8047万円及びこれに対する平成5年1
月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 控訴人に対し,被控訴人三恵及び被控訴人白鳥及び被控訴人進化は,
連帯して金924万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ソルベイ及び被控
訴人科研は,連帯して金1132万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人
ソルベイは,連帯して金532万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥及び被控訴人扶
桑は,連帯して金1498万円,被控訴人三恵,被控訴人白鳥,被控訴人ニプロ及
び被控訴人兼承継人菱山は,連帯して金914万円を,それぞれ支払え。
8 控訴人のその余の請求を棄却する。
9 訴訟費用は第1,第2審とも全部被控訴人らの負担とする。
10 この判決は,第2項ないし第7項に限り,仮に執行することができ
る。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1)選択的請求その1
(ア)主文第1項ないし第6項及び第9項,第10項と同旨
(イ)被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,金5000万円を支払え。
(2)選択的請求その2
(ア)原判決を取り消す。
(イ)被控訴人三恵及び被控訴人白鳥は,控訴人に対し,連帯して金7億20
00万円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(ウ)被控訴人三恵及び被控訴人進化は,控訴人に対し,連帯して金1億03
54万7264円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
(エ)被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研は,控訴人に対し,連帯して金1億
8253万0530円及び内金1億5791万2285円に対する平成4年4月1
日から,内金2461万8245円に対する平成5年1月19日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
(オ)被控訴人ソルベイは,控訴人に対し,金6953万8722円及びこれ
に対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(カ)被控訴人扶桑は,控訴人に対し,金2億3572万7839円及びこれ
に対する平成5年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(キ)被控訴人兼承継人菱山及び被控訴人ニプロは,控訴人に対し,連帯して
金2億2294万9946円及びこれに対する平成5年1月19日から支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
(ク)被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して金5000万円を支払え。
2 被控訴人ら
(1)本件控訴をいずれも棄却する。
(2)当審における控訴人の新請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
 本件は,新規物質である「新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法」
に係る特許権(原判決のいう「本件特許権」。本判決においても,同様にいう。)
を有していた控訴人が,本件特許権の目的物質の一つであるトラニラストを製造販
売し若しくはトラニラストを使用した製剤を製造し,これを販売した被控訴人らに
対し,特許法104条の生産方法の推定規定の適用を前提として,本件特許権侵害
に基づく損害の賠償を求めている事案である。被控訴人らは,当審において,原審
において主張していたトラニラストの製造方法の主張を撤回し,これとは反応条件
等が異なるトラニラストの製造方法を新たに主張立証しようとしたため,時機に後
れた防御方法として却下されるべきかどうかが,主たる争点となった。なお,菱山
製薬販売株式会社(以下「旧菱山販売」という。)は,平成12年10月13日,
被控訴人菱山に吸収合併され,被控訴人菱山がこれを承継した。
第3 当事者の主張
 当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の
「第2 事案の概要」欄記載のとおりであるから,これを引用する(本判決におい
ても,「本件発明方法」,「トラニラスト」,「被告主張方法」,「被告製剤」,
「三恵特許」との語を,原判決の用法に従って,用いる。)。
1 控訴人の当審における主張の要点
(1)時機に後れた防御方法の却下の申出
  被控訴人らは,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として,原審以来
主張してきた別紙目録(1)記載の被告主張方法を,当審において撤回し,別紙目
録(2)記載の製造方法(以下「被控訴人主張方法」という。)を新たに主張するとと
もに,被控訴人主張方法を立証するものとして,被控訴人白鳥において,製造記録
その他の書証を丁第107号証ないし第282号証(以下「本件第2製造記録等」
といい,その製造記録(丁第107ないし第144号証)を「本件第2製造記録」
という。)としてその提出の申出を行い,被控訴人兼承継人菱山及び被控訴人ニプ
ロにおいて,上記丁号証と同一の書証を丙第30ないし第205号証として,その
提出の申出を行い,その余の被控訴人らにおいて上記各証拠を証拠として援用する
との申出をしている。しかし,被控訴人らのこのような防御方法の提出は,いずれ
も,時機に後れた防御方法として,民事訴訟法157条1項に基づき,却下される
べきである。
(ア)時機に後れた防御方法の提出
(a)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)を除く被控訴人らにつ
いて
  被控訴人白鳥,並びに,被控訴人三恵,被控訴人進化,被控訴人ソル
ベイ,被控訴人科研,被控訴人扶桑及び被控訴人菱山ら6名(以下「被控訴人ら6
名」という。)は,平成2年11月21日付け被告ら準備書面及び被控訴人科研の
原審の答弁書をもって,被控訴人白鳥のトラニラスト製造方法として,被告主張方
法を主張し,その後,上記被控訴人らは,全員,被告主張方法を11年にわたり,
原審及び控訴審を通じて,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法である,と主張
し続け,その立証として,乙第5,第6,第8,第10,第35ないし第40,第
219ないし第282号証(各枝番を含む。)を,被控訴人白鳥の真実の製造記録
(以下「本件製造記録」という。)であるとして,提出してきたものである。被控
訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人弁護士は,平成2年の提訴時から平成1
0年5月ころまで,床井茂弁護士(以下「床井代理人」という。)であり,床井代
理人と上記被控訴人らのその当時の補佐人山田文雄弁理士,山田洋資弁理士(以下
両名を「山田ら補佐人」という。)が,一貫してこの主張,立証活動をなしてきた
ものである。なお,床井代理人と山田ら補佐人は,平成10年5月ころには,被控
訴人白鳥及び被控訴人ら6名中4名の訴訟代理人,補佐人を辞任し,その後は,被
控訴人三恵及び被控訴人進化のみの訴訟代理人,補佐人として,活動している。
 被控訴人白鳥は,原審において準備手続期日を合計51回,口頭弁論
期日を13回経て,控訴審においても口頭弁論期日を3回経た後,平成2年5月に
提訴されてから約11年を経過した時点において,被控訴人白鳥の平成13年3月
22日付け準備書面によって,従前の被告主張方法の主張を撤回し,新たに被控訴
人主張方法を主張し,また,本件第2製造記録等の書証(丁第107ないし第27
7号証)の提出の申出をした。被控訴人ら6名は,その後の期日で,被控訴人白鳥
の上記主張及び証拠を援用した。なお,被控訴人白鳥は,その後の期日で,同趣旨
の書証として,丁第278ないし第282号証の書証の提出を申し出ており,被控
訴人ら6名はこれも援用している。
 このような被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の従前の被告主張方法の
撤回,及び,被控訴人主張方法の主張,及び,本件第2製造記録等の証拠としての
提出行為ないし援用行為は,時機に後れた防御方法であることが明らかである。
(b)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)について
  被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年6月及び10月にそれぞ
れ提訴されてからも,平成11年9月22日までの2年前後の期間,本件特許権侵
害について主張立証する機会を与えられていた。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売
は,原審において,平成9年9月26日付けの被控訴人(被告)ニプロの準備書面
と,平成10年5月13日付けの旧菱山販売の準備書面において,それぞれ被控訴
人白鳥のトラニラストの製造方法が被告主張方法である,と主張し,その後,被控
訴人白鳥が書証として提出していた本件製造記録を明示的に援用し,平成11年9
月22日の第13回口頭弁論期日においては,被控訴人白鳥が本件製造記録の一部
として提出した丁第31号証及び丁第89ないし第92号証が,時機に後れたもの
として却下された場合に備えて,自己の書証として,丙第21ないし第25号証と
して提出した。
  被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,両名が平成2年6月に侵害行為を
開始してから11年後に,また,平成9年に提訴されてから4年後に,平成13年
6月7日付け準備書面において,被控訴人白鳥の製造方法につき,被告主張方法の
主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張し,その後,本件製造記録が虚偽のもので
あったとして,丙第30ないし第205号証(本件第2製造記録等)の提出を申し
出ている。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売のこの防御行為は,原審において,被控
訴人ニプロについて準備手続期日を16回,旧菱山販売について準備手続期日を合
計13回,口頭弁論期日を各1回,控訴審において4回の口頭弁論期日を経た後に
なされたものである。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売によるこの防御方法の提出
が,時機に後れた防御方法の提出であることは,明らかである。
(イ)故意又は重過失について
(a)被控訴人白鳥の故意
 被控訴人白鳥は,自ら実施していない虚偽の製造方法である被告主張
方法を主張し続け,虚偽の製造方法を記載した本件製造記録を証拠として裁判所に
提出し,控訴審において,本件製造記録の原本のコピー汚れ等により,本件製造記
録が捏造(ねつぞう)されたものであることが控訴人によって明らかにされてか
ら,被控訴人主張方法を主張し,本件第2製造記録等の証拠の提出行為をしたので
あるから,故意により,時機に後れた防御方法を提出したものであることは明らか
である。
(b)被控訴人ら6名の故意又は重大な過失
① 被控訴人ら6名は,本件発明方法の目的物質であるトラニラストを
使用して被告製剤を製造販売するものであるから,被控訴人白鳥のトラニラストの
製造方法が本件特許権を侵害するものであるかどうかを調査確認する義務を負って
おり(特許法103条),また,訴訟当事者としても,被控訴人白鳥が現実にその
工場で使用していた製造方法を調査確認した上で,これを主張すべき義務も負って
いた(民事訴訟法2条,民事訴訟規則85条,旧民事訴訟規則4条)。しかし,被
控訴人ら6名は,被控訴人白鳥の実際の製造方法について,全く調査していないに
もかかわらず,平成2年11月に,被控訴人白鳥の製造方法が被告主張方法である
と主張し,その後約11年間同主張を維持し続け,今日に至って,被告主張方法の
主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張している。被控訴人ら6名のこのような新
たな防御方法の提出が,少なくとも重大な過失により,時機に後れて提出されたも
のであることは明らかである。
② 民事訴訟法157条1項の「故意又は重過失」は,本人又は訴訟代
理人のいずれかにあればよいと解すべきである。平成2年に提訴された当初から平
成10年5月まで,被控訴人ら6名及び被控訴人白鳥の訴訟代理人であった床井代
理人は,当審における被控訴人白鳥の主張によれば,被控訴人白鳥に対し,製造記
録を書き換えて本件製造記録を作出することを指示していたものであり,これによ
れば,被控訴人白鳥が被告主張方法を実施していないことを知りながら,故意に,
その主張を継続し,捏造された本件製造記録を証拠として提出してきたものであ
る。
③ 仮に,床井代理人に故意がないとしても,弁護士は,法律事務処理
の専門家として,自ら訴訟において主張すべき事実や証拠についての調査義務を負
うべきである。床井代理人は,原審において,平成2年11月21日付け被告ら準
備書面等で,被控訴人白鳥が採用していた製造方法が被告主張方法であると主張
し,平成2年から平成7年までの間に,本件製造記録を書証として提出してきたも
のである。床井代理人は,この間,被控訴人白鳥の工場において日々作成された製
造記録等の原本を調査確認すれば,本件製造記録が捏造されたものであることを容
易に知り得たのである。したがって,床井代理人が,故意又は重大な過失により,
被控訴人白鳥の製造方法として被告主張方法を主張し,本件製造記録を書証として
提出したものであることは,明らかである。
(c)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)の重大な過失
①被控訴人ニプロは,被控訴人菱山に50%出資している親会社であ
り,旧菱山販売には100%出資していた関係にある。被控訴人ニプロ及び旧菱山
販売と被控訴人菱山(以下この三社を「被控訴人ニプログループ」という。)は,
三者謀議の上,被控訴人菱山が,被控訴人三恵からトラニラストを継続的に購入
し,トラニラスト製剤であるチタルミン錠を製造して,これを,極めて低廉な価格
で親会社である被控訴人ニプロに販売し,被控訴人ニプロも旧菱山販売に極めて低
廉な価格で販売し,旧菱山販売のみが,第三者に対し一般的な価格で販売して,チ
タルミン錠の販売による主たる利益を得るとの販売価格体系を形成していた。被控
訴人ニプロも旧菱山販売も,被控訴人菱山と,このような密接な関係を有していた
のであるから,被控訴人菱山が平成2年5月に本件訴訟を提起されたときから,あ
るいは,平成2年6月に,チタルミン錠の製造販売を開始した当初から,被控訴人
菱山と同様に,本件特許権を侵害するかどうかの事実を調査すべき義務があったの
である。
  しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,このような調査を一切
行わなかった。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)が,今になって,被
告主張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張し,本件第2製造記録を書証
として提出しようとすることは,故意に匹敵する重大な過失によって,時機に後れ
て防御方法を提出する行為であることが,明らかである。
②小松代理人は,その受任時から,法律事務処理の専門家である弁護士
として,自ら事実や証拠について調査すべき義務を負っていた。しかし,小松代理
人は,被控訴人白鳥の工場において実施されていたトラニラストの製造方法の検分
も,本件製造記録の原本の検討もしておらず,また,トラニラストの収率の追試実
験も指示していない。そのため,小松代理人は,提訴から5年を経過した時点で,
被控訴人白鳥の主張変更を受けて,トラニラスト製造方法であるとしていた被告主
張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を主張しようとしているものであり,重
大な過失により,時機に後れた防御方法を提出しようとしているものであること
が,明らかである。
(ウ)訴訟完結の遅延
  裁判所が被告主張方法の撤回と被控訴人主張方法の主張,及び,本件第
2製造記録等の新証拠の提出を認めなかった場合は,本件訴訟は速やかに終結する
ことができる。これを認めた場合は,控訴人は,被控訴人らが主張する被控訴人主
張方法について,
① その追試方法を検討し,
② それを追試して製造方法としての実施可能性及び再現性を確認し,
③ 工場における実際の製造方法として,各操作方法の実現性を作業記
録等と比較検討し,
④ 収量・収率,医薬品としての品質規格の適否等の分析を
行い,
⑤ 確認された収量・収率に基づいて,被控訴人白鳥が既に提出してい
る使用原料量やトラニラスト製造量との整合性の確認を行い,
⑥ 全ロットの全製造量と,全製造期間とについて,被控訴人白鳥が既
に提出している各製剤メーカーに対し譲渡した数量との整合性の確認調査を行う,
必要がある。
 控訴人は,これらの追試実験,分析,調査,検討を新たに行う必要があ
るため,侵害かどうかを審理するために,更に5年の期間が必要になる。また,こ
れまでの11年間の時間と費用と労力をかけて行った,控訴人の被告主張方法につ
いての立証活動が無駄になる。
(2)特許法104条の推定覆滅事由について
(ア)被告主張方法及び本件製造記録並びに被控訴人主張方法について
  被控訴人らは,原審において主張してきた被告主張方法が,被控訴人白
鳥が実際に実施してきた製造方法ではないこと,及び,本件製造記録が,被控訴人
白鳥が現実にその工場において実施してトラニラストを製造していた方法を日々記
録した「現実の製造記録」ではないことを,控訴審において認めている。
  被控訴人らは,その上で,被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人白鳥
が実施してきた製造方法は,被控訴人主張方法である,と主張している。しかし,
被控訴人らのこの主張が時機に後れた防御方法であり,却下されるべきものである
ことは,上記のとおりである。
 したがって,被控訴人らは,被告主張方法によっても,被控訴人主張方
法によっても,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を主張立証することはでき
ず,本件においては,特許法104条の推定が覆滅されることはあり得ない。
(イ)被控訴人らは,被告製剤については,HPLC分析の結果,本件発明方
法により製造された物とは異なる不純物が発見されているのであるから,特許法1
04条の規定による推定は覆滅されている,と主張する。
 しかし,ある物質のHPLC分析のみからでは,当該物質の「製造方
法」は判明しないのであり,HPLC分析によって,被告製剤に含有されるトラニ
ラスト原末が被告主張方法によって製造されたとの事実を本証として立証すること
はできない。
 被控訴人らが提示したHPLCパターンは,本件特許権の願書に添付し
た明細書(以下「本件明細書」という。)の実施例1及び3として記載された原料
物質を使用した合成反応中の,被控訴人らが恣意(しい)的に設定した特定の条件
下において反応させた場合についての,限定されたHPLCパターンにすぎず,被
控訴人らは,本件発明方法のHPLCパターン,すなわち本件発明方法の技術的範
囲に属する極めて多数の製造方法のすべてが示すHPLCパターンを立証していな
いのである。したがって,HPLC分析によっては,被告製剤が本件発明方法で製
造されたものではない,ということを本証として立証することは不可能である。
 被控訴人らが主張する被控訴人主張方法及び本件第2製造記録が時機に
後れた防御方法として却下されれば,上記のとおり,そもそもHPLC分析の結果
を論じる必要性自体が失われることになる。
 したがって,いずれの点からしても,HPLC分析では,特許法104
条の推定を覆滅することはできない。
(ウ)被控訴人白鳥が被控訴人主張方法について医薬品の製造承認を受けてい
ること自体から,被控訴人白鳥の製造方法が被告主張方法であるとの事実を証明す
ることは到底できない。これにより,特許法104条の推定を覆滅することはでき
ない。
(3)被控訴人ニプログループの過失について
  被控訴人ニプログループは,無過失の主張をする。しかし,同グループに
ついて,特許法103条の過失の推定を覆すべき事情がないことは明白である。
(4)共同不法行為について
(ア)被控訴人白鳥が,被控訴人三恵の委託により,遅くとも昭和63年10
月から本件特許権の存続期間満了日である平成5年1月18日までトラニラスト原
末を製造し,これを被控訴人三恵に譲渡し,被控訴人三恵がこれを被控訴人ら中の
製剤メーカーらに譲渡した行為については,トラニラスト製剤の製造に必要なトラ
ニラスト原末の全量を継続的に納入した関係があり,被控訴人白鳥と被控訴人三恵
の間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(イ)被控訴人進化が,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニラス
ト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年4月から上記満了日までトラニ
ラスト製剤であるシンベリナカプセルを製造し,これを被控訴人三恵又は第三者に
譲渡した行為については,トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全
量を継続的に納入した関係があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人進化の
間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(ウ)被控訴人ソルベイが,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニ
ラスト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年4月から上記満了日までト
ラニラスト製剤であるベセラールカプセル,ベセラールドライシロップを製造し,
これを被控訴人科研又は第三者に譲渡した行為,並びに,被控訴人科研が,上記の
ようにして仕入れたベセラールカプセル,ベセラールドライシロップを第三者に譲
渡した行為については,トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全量
を継続的に納入した関係があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人ソルベ
イ・被控訴人科研との間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(エ)被控訴人扶桑が,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニラス
ト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年4月から上記満了日までトラニ
ラスト製剤であるバリアックカプセル,バリアック細粒,バリアックドライシロッ
プを製造し,これを譲渡した行為ついては,トラニラスト製剤の製造に必要なトラ
ニラスト原末の全量を継続的に納入した関係があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥
と被控訴人扶桑との間には,客観的な行為の関連共同性がある。
(オ)被控訴人菱山が,被控訴人三恵・被控訴人白鳥から(ア)記載のトラニラス
ト原末を仕入れ,これを使用して遅くとも平成2年6月から上記満了日までトラニ
ラスト製剤たるチタルミン錠を製造し,これを被控訴人ニプロに譲渡し,被控訴人
ニプロが上記のようにして仕入れたチタルミン錠を旧菱山販売に譲渡し,旧菱山販
売が上記のようにして仕入れたチタルミン錠を第三者に譲渡した行為については,
トラニラスト製剤の製造に必要なトラニラスト原末の全量を継続的に納入した関係
があり,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人ニプログループとの間には,客観
的な行為の関連共同性がある。
(カ)被控訴人白鳥及び被控訴人三恵が,昭和63年9月に,被控訴人扶桑と
の間に締結した契約では,控訴人との間で本件特許権の侵害訴訟が生じることまで
もが想定された上で,その訴訟の処理は被控訴人三恵及び被控訴人白鳥の責任と負
担において遂行すること,また,本件特許権侵害訴訟で生じた判決又は裁判上の和
解により確定した損害賠償金については,トラニラスト原末から生じた純利益に比
例してこれを分担することまでもが定められているのであり,被控訴人白鳥・被控
訴人三恵の原末メーカーと本件被控訴人ら中の製剤メーカーとのほかの契約からみ
ても,三社は運命共同体ともいうべき密接な関連共同関係にあった。
(キ)以上のいずれの点からしても,被控訴人三恵・被控訴人白鳥と被控訴人
ら中の各製剤メーカーらとの間のみならず,被控訴人ソルベイと被控訴人科研との
間,並びに,被控訴人ニプログループとの間にも,客観的関連共同性が認められ
る。
(5)損害について
(ア)特許法第102条1項に基づく逸失利益相当損害の主張(選択的主張)
(a)被控訴人らによるトラニラスト製剤の譲渡数量
 被控訴人らによるトラニラスト製剤の譲渡数量の実数は,本件特許権
存続期間内に譲渡された数量に限ってみても,トラニラスト(原末)換算で少なく
とも総計約9839㎏を下回るものではないと合理的に推認されるものである。し
かし,本件訴訟は,提訴後既に10年以上を経過しているため,控訴人は,当審にお
ける損害審理をできるだけ早期に終了させるために,被控訴人らによるトラニラス
ト製剤の譲渡数量については,あえて,被控訴人らが自認した限度でのトラニラス
ト製剤の製造数量を「譲渡数量」として採用して主張する。なお,控訴人が,本件
特許権存続期間内に製造された数量をもって「譲渡数量」と主張するのは,本件特
許権の存続期間内に製造されたトラニラスト製剤は侵害品であり,特許権存続期間
後に譲渡された場合であっても,当該譲渡によって失った控訴人のトラニラスト製
剤であるリザベンの市場機会の喪失は,期間内の侵害行為と相当因果関係にある損
害といえるからである。
 被控訴人らが自認するトラニラスト製剤の製造数量は次のとおりであ
る。
① 被控訴人進化は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日
(本件特許権の存続期間満了日である。)までにトラニラスト製剤であるシンベリ
ナを719万カプセル製造し,被控訴人三恵又は第三者に販売した。
② 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18
日までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを636万0600カプセ
ル,ベセラールドライシロップを240万4860g製造し,被控訴人科研に譲渡
し,被控訴人科研はこれを第三者に譲渡した。
③ 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18
日までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを297万2740カプセ
ル,ベセラールドライシロップを115万8140g製造し,第三者に譲渡した。
④ 被控訴人扶桑は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日ま
でにトラニラスト製剤であるバリアックカプセル860万2800カプセル,バリ
アック細粒129万3600g,バリアックドライシロップ171万9840gを
製造し,第三者に譲渡した。
⑤ 被控訴人菱山は,遅くとも平成2年6月から平成5年1月18日ま
でにトラニラスト製剤であるチタルミン錠を710万9000カプセル製造して,
被控訴人ニプロに譲渡し,被控訴人ニプロはこれを旧菱山販売に譲渡し,旧菱山販
売はこれを第三者に譲渡した。
(b)控訴人のトラニラスト製剤リザベンの単位数量当たりの利益額
 控訴人は,昭和57年から今日に至るまでトラニラスト製剤リザベン
を製造し販売しており,被控訴人らによるトラニラスト製剤の製造・譲渡行為がな
ければ同数量のリザベンを販売することができたものである。
 リザベンの平成2年から平成5年までの平均利益額は,リザベン(カ
プセル)は1カプセル当たり73.54円,リザベン(細粒)は1g当たり73.
38円,リザベン(ドライシロップ)は1gあたり74.70円である。
(c)控訴人の実施の能力
 控訴人のトラニラスト製剤リザベンのトラニラスト原末の製造を控訴
人から受託していた郡山化成株式会社の製造能力は月間約1300㎏(年間約16
トン)であり,同じく控訴人からトラニラスト原末の製造を受託していた和光純薬
株式会社の製造能力は月間約1300㎏(年間約16トン)であり,控訴人のこれ
らの下請製造会社によるトラニラスト原末の製造能力は年間約32トンに及んでい
る。平成2年から平成5年の間,控訴人には,被控訴人らによる譲渡数量分につい
て実施の能力が優に存在した。
(d)したがって,控訴人が被控訴人三恵及び被控訴人白鳥並びにその余の
各被控訴人らに対し請求することができる特許法102条1項による損害額は,前
記製造量に前記控訴人の単位数量当たりの利益額を乗じた額として算出され,その
額は別表(1)「102条1項損害一覧表」の「損害額(円)」欄に記載したとおりで
ある。被控訴人らの行為は,前記(4)のとおり,共同不法行為に当たるので,控訴人
は,別表(1)記載の各被控訴人らに対し,一部請求として,別表(1)の「控訴審一部
請求額(円)」の欄記載の各金額及び不法行為の後の日から民法所定年5分の割合
による遅延損害金の連帯しての支払を求める。
(イ)特許法102条2項に基づく逸失利益相当損害の主張(選択的主張)
(a)被控訴人白鳥及び被控訴人三恵が共同不法行為であるトラニラスト原
末の製造販売行為によって得た利益
被控訴人白鳥は,被控訴人三恵からの独占的製造委託を受けて,遅く
とも昭和63年10月から平成5年1月18日までに,少なくともトラニラスト原
末10トンを製造し,これを被控訴人三恵に販売し,被控訴人三恵はこれを各製剤
メーカーらに販売した。
被控訴人三恵のトラニラスト原末販売単価は,1㎏当たり14万50
00円であり,少なくとも売上高は14億5000万円である。その利益額は12
億円を下回るものではない。
被控訴人白鳥と被控訴人三恵の行為は,上記のとおり共同不法行為に
当たるので,控訴人は,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵に対し,上記金額の一部請
求として,連帯して,7億2000万円の支払を求める。
(b)被控訴人製剤メーカーらが得た利益
 控訴人は,被控訴人製剤メーカーらに対しては,被告製剤の製造販売
によって得た利益相当額を損害賠償として請求するものである。
 控訴人は,トラニラスト製剤の,「製造量」,「販売単価」,「製造
原価」については,被控訴人らが自認した限度での数値あるいは乙号証に記載され
た数値を採用して主張することとする。
  以上述べたところに基づき,被控訴人製剤メーカーらの得た利益の額
を算出すると,別表(2)「102条2項損害一覧表」の「損害額」欄記載のとおりと
なる。
  被控訴人三恵と被控訴人進化,被控訴人ソルベイと被控訴人科研,被
控訴人菱山と被控訴人ニプロ及び旧菱山販売の各行為は,上記のとおり共同不法行
為に当たるので,控訴人は,別表(2)記載の被控訴人らに対し,上記「損害額」の欄
記載の各損害額の一部請求として,別表(2)の「一部請求額」の欄記載の各金額及び
不法行為の後の日から民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯しての支払を
求める。
(ウ)特許法102条3項に基づく逸失利益相当損害の主張(予備的主張)
(a)被控訴人ら製剤メーカーらによるトラニラスト製剤の製造数量は,特
許法102条1項に基づく主張に関して前記(ア)(a)に述べたとおりである。
(b)実施料相当額
  控訴人は,原審においては,本件特許権についての「実施に対し通常
受けるべき金銭の額」(旧2項)として,控訴人は通常の実施料相当額として薬価
の20%を相当とするとの主張を行った。
 トラニラストは,控訴人の永年にわたる研究と多額の資金を投入した
新規開発物質であって,控訴人の最有力商品であり,資金の早期回収を図るために
も,リザベンによって最大限の利益を確保する必要があった。したがって,本件特
許権の存続期間中は,控訴人自らのみが実施するものとしていて,他者にライセン
スを与える方針は全く有していなかった。
 このような状況下において侵害者から得る「実施に対し受けるべき金
銭の額」とは,控訴人が失ったトラニラスト製剤の独占的地位に見合うべきもので
あり,その額は少なくとも薬価の40%を下回るものではない。
 被控訴人らの行為は,前記(4)のとおり,共同不法行為に当たる。した
がって,控訴人は,別表(3)の「102条3項損害一覧表」記載の被控訴人らに対
し,別表(3)の「損害額」欄記載の損害額の一部請求として,同表「一部請求額」の
欄記載の各金額及び不法行為の後の日から民法所定年5分の割合による遅延損害金
の連帯しての支払を求める。
(エ)弁護士費用相当額の損害
 控訴人は,被控訴人らの本件特許侵害行為のために本件訴訟の提起及び
本件控訴の提起を余儀なくされたものであり,控訴人が控訴人訴訟代理人らに支払
を約した弁護士費用相当額の損害を被(こうむ)った。
 本件事案の性質,内容,複雑さ,被控訴人が多数であること,そして特
に,原審判決(103頁~114頁)においても指摘されているとおり,「本件
は,被告らの主張,立証が極めて長くかかった事件であ」り,「被告らの訴訟活動
は,以下のとおり,証拠提出の順序,時期及び方法のいずれの点においても,公正
さを欠き,信義誠実に著しく反する」ものであったため,平成2年の提訴以来,異
常なほど長期間にわたる訴訟係属を余儀なくされたものであること等にかんがみれ
ば,被控訴人らによる本件侵害行為の差止請求(被控訴人らによる不当な訴訟遅延
行為がなければ平成5年1月18日の期間満了前の差止めが期待できた。)及び損
害賠償請求のために要した弁護士費用のうち,少なくとも5000万円は,控訴審
における弁護士報酬金として,本件特許権侵害行為と相当因果関係のある損害に当
たるというべきである。
 控訴人は,被控訴人らに対し,弁護士費用相当損害に係る賠償として,
上記金額を連帯して支払うよう求める。
(オ)時機に後れた攻撃方法について
 被控訴人らは,控訴人の特許法102条1項に基づく主張が時機に後れ
た攻撃方法である,と主張している。しかし,現行特許法102条1項が施行され
たのは平成11年1月1日である。原審は,平成11年9月に口頭弁論を終結し,
控訴人は,控訴審の第1回期日で特許法102条1項の主張をしているのであるか
ら,何ら時機に後れたものではない。
(カ)消滅時効について
  控訴人は,損害賠償請求対象期間における被控訴人らによる本件不法行
為事実については,原審における平成5年1月14日付け原告第6準備書面,平成
5年11月16日付け訴え変更申立書,平成5年12月6日付け訴え変更申立書に
よって,不法行為による消滅時効が成立する前に損害賠償請求を行っている。控訴
審における特許法102条1項に基づく請求は,同一の不法行為事実についての逸
失利益の損害額について,単に計算の仕方として別のものを採用したにすぎない。
上記の時効の中断がこれにも及ぶのは当然である。
2 被控訴人らの当審における反論の要点
(1)被控訴人らは,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法について,従前か
ら,本件製造記録に基づいて,別紙目録(1)記載の被告主張方法である,と主張して
きた。しかし,本件製造記録が本物の製造記録ではないことが判明したため,本物
の製造記録である本件第2製造記録に基づいて,被控訴人のトラニラストの製造方
法を,別紙目録(2)記載の被控訴人主張方法のとおりに修正する。また,被控訴人白
鳥は,被控訴人主張方法の立証のために,丁第107ないし第282号証(本件第
2製造記録等)を提出し,その余の被控訴人らは,この丁号証を援用する。なお,
被控訴人兼承継人菱山並びに被控訴人ニプロは,上記丁号証と同一の書証を丙第3
0ないし第205号証として提出する。
(2)時機に後れた防御方法の提出について
(ア)時機に後れた新しい防御方法かどうかについて
(a)被控訴人主張方法は,被告主張方法と反応温度,塩酸の入れ方,洗浄
方法等が異なるだけであり,原料として3,4-ジメトキシ桂皮酸及び無水イサト
酸を使用していることに変わりはなく,被告主張方法と異なる製造方法であるとい
うことはできず,新たな防御方法であるとはいえない。
(b)「時機に後れた防御方法」とは,訴訟の具体的な進行状況からみて,
それ以前に提出することが期待できる客観的状況があったのに,これを提出しなか
ったことをいう。被控訴人白鳥を除く被控訴人らは,被控訴人白鳥の内部の事情に
関与する機会はなく,本件製造記録の作成経過などを知ることは不可能であった。
したがって,被控訴人白鳥を除く被控訴人らにとって,被告主張方法から被控訴人
主張方法への主張の修正及び本件第2製造記録の証拠としての提出などの行為は,
時機に後れたものとはいえない。
(イ)故意又は重大な過失について
(a)被控訴人ら6名について
  被控訴人ら6名は,被控訴人三恵から,被告主張方法でトラニラスト
を製造することは十分に可能であること,被控訴人白鳥が,被控訴人三恵が有する
三恵特許の製造方法で製造承認を受けた上でトラニラストを製造しているとの説明
を受けていたことから,これを信頼していたものである。被控訴人ら6名及びその
訴訟代理人が,それ以上に被控訴人白鳥の工場に行って実際の実施方法を検分し,
本件製造記録等を調査をする義務はない。被控訴人白鳥がそのような企業秘密に属
する事柄について,調査に応じることもあり得ないのであるから,被控訴人ら6名
が,事前に被控訴人主張方法及び本件第2製造記録等を証拠として提出することは
極めて困難である。被控訴人ら6名について,上記防御方法の提出が時機に後れて
いたとしても,重大な過失はない。
  被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人が平成10年まで共通
の訴訟代理人(床井代理人)により,訴訟活動をしていたとしても,被控訴人菱
山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑と,被控訴人白鳥及び被控
訴人三恵とは,製剤メーカーと原末メーカー若しくは原末の販売者であり,敗訴し
た場合には製剤メーカーが原末メーカーに責任を追及するなど,互いに利益相反す
る立場にある。この点からすれば,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵の代理人であっ
た床井代理人が,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶
桑に対し,本件製造記録が改変されたものであることを告げることを期待すること
はできなかった。このように,訴訟代理人が事実を本人に告げずに訴訟行為を継続
した場合に,その不利益を本人に帰属させることは,民事訴訟における真実の重み
を著しく軽視するものであって,妥当ではなく,信義則上も許容されないものであ
る。したがって,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶
桑については,控訴審において,被控訴人白鳥の製造方法について新たに被控訴人
主張方法を主張し,本件第2製造記録等の書証を提出することについて,故意又は
重大な過失はない。
(b)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)について
  被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年に提訴される前は,本件
訴訟の存在を知らなかった。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が平成9年に提訴され
たときは,原審においては,平成2年に提訴された被控訴人白鳥及び被控訴人ら6
名について,侵害かどうかについての審理が終了し,損害についての審理がなされ
ていた。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,原審において,自ら販売したチタルミ
ン錠について不純物分析を行い,本件発明方法によっては生成されないイサト酸無
水物が含有されることを確認し,また,被告主張方法について実施可能かどうかを
実験により確認した上で,被告主張方法を援用したものである。
 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,そもそも被控訴人白鳥とは直接の
取引関係にはなく,被控訴人白鳥と直接折衝し,自ら被控訴人白鳥の工場検分や製
造記録の閲覧をすることができる立場にはなかった。
 したがって,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が,被控訴人白鳥の訴訟
代理人の調査を信頼し,本件製造記録について疑いを持たずに被告主張方法を援用
し,控訴審において,その主張を被控訴人主張方法に修正し,丙第30ないし第2
05号証の本件第2製造記録等を提出したとしても,そのことについて重大な過失
はない。
 被控訴人ニプロが被控訴人菱山に資本参加していたとしても,親会社
である被控訴人ニプロが,子会社である被控訴人菱山が被告となっている訴訟に,
子会社と同じレベルで関与し,調査を尽くす義務はない。
 共同訴訟人の過失は,別々に考慮されるべきであり,丙第30ないし
第205号証の本件第2製造記録等は,第3者である被控訴人白鳥の支配領域にあ
った証拠であるから,被控訴人ニプロと旧菱山販売の重大な過失の認定には慎重な
配慮が必要である。
(ウ)訴訟の完結の遅延について
被控訴人らが,被告主張方法を被控訴人主張方法に修正し,本件第2製
造記録等を新たに証拠として提出しても,控訴人としては,せいぜい追試等をする
のに数日間を要するだけであり,訴訟の完結は遅延しない。
(エ)本件第2製造記録提出経過についての被控訴人白鳥の反論(被控訴人白鳥
のみの主張)
(a)被控訴人白鳥が真実の製造記録である本件第2製造記録を提出しなか
った理由は,次のとおりである。
① 被控訴人白鳥が実施していた製造方法によると,反応の途中で,
 2-(3',4'-ジメトキシスチリル)-3・1-ベンゾオキサジンー4-オン(以下「N6」とい
う。)が最大で5%くらい副生する。被控訴人白鳥の当初の訴訟代理人であった床
井代理人と山田ら補佐人は,これが控訴人が有する別の特許権を侵害すると判断し
たため,被控訴人白鳥に対し,反応温度及び塩酸添加の態様を変更するように指示
した。しかし,被控訴人白鳥は,指示された方法では,実際上の操作が煩わしかっ
たので,これに従わず,従来どおりの製法でトラニラストを製造した。また,被控
訴人白鳥は,薬事法上の製造承認の前から,トラニラストの製造を開始していたた
め,本件製造記録においては,その作業日を製造承認日以降に修正した。
② 被控訴人白鳥は,平成3年の1月と3月に,床井代理人及び山田ら
補佐人と打合せの上,その指示の下に,反応温度と塩酸添加態様と製造日時の点を
書き直し,記録の形式を簡単にしたものを本件製造記録として,3ロット分,裁判
所に提出した。被控訴人白鳥は,平成4年にも,床井代理人及び山田ら補佐人と打
合せの上,その指示の下に,本件製造記録を3ロット分,裁判所に提出し,平成7
年にも,同様に本件製造記録を大量に裁判所に提出した。
(b)床井代理人は,被控訴人三恵の取締役である。被控訴人三恵は,被控
訴人白鳥が本件製造記録を上記のような態様で提出したことを知っていたはずであ
る。
(3)特許法104条の推定覆滅事由について
(ア)特許法104条の規定による推定が働くのは,新規な物質と同じ物は,
同じ方法で製造されているとの蓋然(がいぜん)性があるためである。しかし,本
件においては,被控訴人白鳥がトラニラストを製造していた時期には,その製造方
法は既に幾つもあったのであるから,この規定による推定が生じる根拠がそもそも
なくなっていた。したがって,本件については,104条の規定による推定は働か
ない。
(イ)特許法104条の推定を覆滅するためには,被控訴人白鳥により製造さ
れたトラニラストが,本件発明方法によって製造されたものではないことを主張立
証すれば足りる。覆滅の方法に制限があるわけではない。そして,被告製剤につい
ては,HPLC分析の結果,本件発明方法により製造された物とは異なる不純物が
発見されているのであるから,特許法104条の規定による推定は覆滅されてい
る。
(ウ)本件について,特許法104条の規定による推定が働くとしても,被控
訴人白鳥が提出した本件第2製造記録及び被控訴人主張方法の主原料である3,4
-ジメトキシ桂皮酸と無水イサト酸の購入証明書,被控訴人主張方法の収率が60
数%であるのに対し,本件発明方法による収率が約30%であること,被控訴人白
鳥は,被控訴人主張方法について,医薬品の製造承認を受けており,製造承認を受
けていない方法で実施することはあり得ないことからすれば,被控訴人白鳥が,被
控訴人主張方法を実施してトラニラストを製造していることは既に明らかであり,
特許法104条の推定は覆滅されている。
(4)被控訴人ニプロ,被控訴人菱山及び旧菱山販売(承継人菱山)(以下「被
控訴人ニプログループ」という。)の無過失について
 特許法103条は,特許権侵害行為があった場合には,その侵害行為につ
いて過失があったものと推定している。無過失の抗弁が成立するためには,一般に
は,①特許権の存在を知らなかったことに相当の理由のあること,あるいは,②技
術的範囲に属さないと信じることに相当の理由のあること,のいずれかが主張立証
されなければならない,とされている。しかし,無過失の抗弁は,このような場合
に限定されると解すべきではなく,自己の行為が特許権を侵害していないと信じる
について相当の理由がある場合一般を含むと解すべきである。
 被控訴人ニプログループは,トラニラスト製剤の製造販売の流れの中では
川下に位置していたため,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法が本件特許権を
侵害しているかどうかを調査する手段は限られており,被控訴人ニプログループが
原審において実際に行った不純物解析・収率解析・反応機構解析により侵害の有無
を判断するしか方法はなかったものである。そして,被控訴人ニプログループが,
このような科学的解析をした結果,非侵害との科学的事実が確認されたのであるか
ら,被控訴人白鳥の本件製造記録に作為があって,後日の訴訟において科学的事実
を主張することが禁じられ,科学的事実と異なる訴訟上の真実が認定されることに
ついては,予見可能性も結果回避可能性もなかったのである。したがって,被控訴
人ニプログループは,無過失である。
被控訴人菱山は,原審において,床井代理人を訴訟代理人に委任していた
ものの,床井代理人の専門家としての非侵害との積極的な言辞を信じるほかにない
立場にあったのであり,床井代理人が本件製造記録に作為があったことを被控訴人
菱山に告げることを期待することもできなかったのであるから,上記のとおり,無
過失であることに変わりはない。
(5)共同不法行為について
 共同不法行為が成立するためには,①各人の行為がそれぞれ独立して不法
行為の要件を具備していること,②各人の行為が客観的に関連し共同しているこ
と,が必要である。本件については,①の要件がないことは,既に述べたとおりで
ある。②の要件については,被控訴人らの行為は,時,場所,相手方等を異にする
別個独立の行為であるから,これを全体的に1個の共同行為とみることはできな
い。被控訴人白鳥を除く被控訴人らは,特許権侵害行為を知ることも疑うことも不
可能な立場にあったのであるから,被控訴人らの各行為には,1個の共同行為と観
念し得る結びつきはない。②の要件もない。
 被控訴人白鳥は,被控訴人三恵から,被控訴人三恵が開発した三恵特許に
よる製造方法に基づくトラニラスト原末製造の注文を受け,製造した原末を被控訴
人三恵に納入したにすぎない。被控訴人三恵を除く他の被控訴人らも,独自の判断
で,被控訴人三恵からトラニラスト原末を購入し,トラニラスト製剤を製造販売し
たものであり,共同不法行為は成立しない。
(6)損害について
(ア)特許法102条1項の主張について
(a)時機に後れた攻撃方法
 控訴人は,平成12年8月31日の控訴人第1準備書面において,初
めて特許法102条1項の主張をしている。改正特許法が平成11年1月1日に施
行され,特許法102条1項が新設されてから,1年8月が経過しており,この間
に7回も期日を重ねていたのであるから,この主張は,時機に後れた攻撃方法の提
出である。また,上記逸失利益の損害については,民法709条に基づいても請求
できたのであり,かつ,平成10年5月18日の時点で被控訴人らのトラニラスト
製剤の譲渡数量が争いがなくなっていたのであるから,この点からも,控訴人は,
平成11年1月の改正法施行以降,より早い時期に特許法102条1項の主張をす
ることができた,ということができるのである。
 控訴人代理人は,特許訴訟を専門とする弁護士であるから,上記のと
おり時機に後れたことについて,故意又は重大な過失があったことは明らかであ
り,また,これにより,訴訟の完結が遅延することも明らかである。
(b)控訴人の不実施
  控訴人は,トラニラスト原末の製造販売をしていなかったのであるか
ら,特許法102条1項の規定の適用はない。
(c)損害の額について
① 特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益」は,権利者が
自己の製品を製造販売するために必要な初期投資を終えた後に得られる製品1個当
たりの利益であり,売上げから追加の製造販売を行うのに必要な経費を控除した限
界利益である。
  しかし,この限界利益は,売上げから変動経費のみならず,当該製
品の製造販売に直接関連する固定経費も一部控除すべきものであり,リザベンに関
する販売費は,当然控除されるべきである。また,特許権者における特許製品の製
造販売の比率が高ければ,一般管理費についても,当該製品の製造販売に直接寄与
した固定費として,控除の対象とすべきである。控訴人のリザベンは主力製品の一
つであり,その売上高は,控訴人の総売上げ高の25%を占めており,控訴人の販
売費と一般管理費の合計額は,平成2年度から平成4年度にかけて,総販売額の6
0%であるから,これを一切控除しないのは不合理である。控訴人の販売費及び一
般管理費のうち,リザベンの売上げ高に対応する金額を差し引くと,控訴人のリザ
ベンの1カプセル当たりの利益額は,26.36円となる。
  そうでなければ,リザベン1カプセルの販売単価は,78.51円
であるから(甲312号証),控訴人が主張する利益73.54円では,利益率が
93.66%となり,非常識である。
② 被控訴人らにより,本件特許権存続期間中に製造され,存続期間終
了後に販売されたトラニラスト製剤については,そのトラニラスト製剤の数量分だ
け特許製品の販売数量が減少したとの経験則は働かないので,特許法102条1項
の規定は適用されない。
(d)102条1項ただし書きについて
① 控訴人は,トラニラスト原末を製造し,これを製剤加工して販売す
るという業務形態を採っているのに対し,被控訴人ニプログループは,被控訴人菱
山においてトラニラスト原末を仕入れて,これを製剤加工し,被控訴人ニプロ及び
旧菱山販売がトラニラスト製剤を販売するという異なる業務形態を採っていたた
め,その利益額は,控訴人の平均利益額に比べ著しく低い。すなわち,控訴人のリ
ザベン1カプセル当たりの利益額は,平成4年度で73.54円であるのに対し,
被控訴人菱山のチタルミン錠の1錠当たりの利益額は1.48円,被控訴人ニプロ
は0.26円,旧菱山販売で17.03円である。公平の観点から,特許法102
条1項の規定の適用は,排除されるべきである。
② 平成2年ないし平成4年当時のいわゆるジェネリック医薬品(後発
品)の売上げは,先発品の5%程度であるのに対し,リザベンの売上げは,これを
大きく上回る割合で減少しているのであるから,平成2年から平成4年にかけての
リザベンの売上げの減少は,後発品である被控訴人らのトラニラスト製剤の販売に
よるものではない。
  リザベンが昭和57年に発売された後,同効薬として,昭和58年
にザジデン,昭和61年にアゼプチン,昭和62年にセルテクト等が発売され,こ
れらの同効薬がリザベンの売上げの減少に影響を与えた。平成11年9月から同1
2年8月までの売上げでは,ザジデンはリザベンの約4倍,アゼプチンは約2倍,
セルテクトは約4倍に達している。この点からすれば,上記3つの同効薬は,平成
2年から平成4年にかけても,リザベンの売上げ減少に大きく影響を与えたもので
ある。
  控訴人は,平成4年から,ドメナンを発売している。このドメナン
の平成4年度の総売上げは24億9980万3900円である。ドメナンは,控訴
人のリザベンと市場が競合しており,控訴人の営業活動の重点がドメナンにシフト
したために,リザベンの売上げが減少したものである。
  以上からすれば,被控訴人らのトラニラスト製剤の後発品の販売に
より,リザベンの売上げが減少したとの関係は存在せず,本件については,特許法
102条1項の規定の適用はない。
(e)消滅時効
① 控訴人は,原審においては,特許法102条2項及び3項に基づく
請求をしていたものの,同条1項に基づく請求をしていなかった。控訴人は,遅く
とも被控訴人ニプロに対する訴え提起日である平成9年6月10日には,損害及び
加害者を知っていたのであるから,特許法102条1項に基づく請求をした平成1
2年8月31日には,既に3年が経過し,消滅時効が成立しているものである。被
控訴人らは,この消滅時効を援用する。
② 控訴人は,原審では,共同不法行為に基づく損害賠償を請求してい
なかったのであるから,控訴審において,共同不法行為に基づく請求を追加するの
は,請求の根拠となる不法行為事実自体を変更するものであり,この点からも消滅
時効が成立するものである。被控訴人らは,この消滅時効も援用する。
③ 控訴人は,原審において,被控訴人ソルベイ及び被控訴人科研に対
し,連帯して3億1449万2195円の損害賠償を支払うよう請求し,その後,
その金額を被控訴人ソルベイ及び科研に対する1億8253万0530円,被控訴
人ソルベイに対する6953万8722円の請求に減縮した。また,控訴人は,被
控訴人扶桑に対し,2億3877万9270円の請求をし,その後,これを2億3
572万7839円に減縮した。このように,控訴人は,1個の債権の数量的な一
部についてのみ請求していたのであるから,残部については時効中断の効力は及ば
ず,控訴審において,この残部について請求を拡張しても,その部分は,既に時効
により消滅しているものである。
(イ)特許法102条2項について
 控訴人は,トラニラスト原末を本件発明方法以外の方法で第三者に製造
させ,自らはその製造販売をしていなかったのであるから,特許法102条2項の
規定の適用はない。
(ウ)特許法102条3項について
(a)控訴人は,原審において,20%と主張していた実施料相当額の割合
を,控訴審において40%に変更した。控訴審におけるこの予備的主張は,上記
(ア)(a)と同様に,時機に後れた攻撃方法である。また,既に3年の消滅時効が成立
しているので,これを援用する。
(b)実施料相当額が,被控訴人らの売上高に,実施料率5%を掛けたもの
を超えることはあり得ない。
(エ)弁護士費用相当額について
(a)控訴人の主張は,控訴審における弁護士費用相当額としては,高額に
すぎる。
(b)本訴は,平成2年5月15日に提訴されており,弁護士費用相当額の
損害賠償請求は,平成5年5月15日に消滅時効が完成している。被控訴人ソルベ
イ,被控訴人科研,被控訴人扶桑は,この消滅時効を援用する。
第4 当裁判所の判断
   当裁判所は,被控訴人らにより当審においてなされた,被控訴人主張方法の
主張,及び,本件第2製造記録等(丁第107ないし第282号証,丙第30ない
し205号証)の提出行為を,いずれも,被控訴人らの故意又は重大な過失によっ
て時機に後れて提出された防御方法であり,これにより訴訟の完結を遅延させるこ
ととなると認め,却下する。また,被控訴人らによる,特許法104条その他の推
定を覆滅する事由の主張及びその他の主張はいずれも理由がなく,控訴人の損害賠
償請求は,被控訴人らに対する弁護士費用相当額の一部を除き,理由がある,と判
断する。その理由は,以下のとおりである。
1 時機に後れた防御方法の却下について
(1)民事訴訟法157条1項について
 弁論主義の下においては,一方の当事者が誠意をもって迅速に訴訟追行を
行わず,身勝手な訴訟追行を行う場合には,訴訟の審理は不当に遅延せしめられ,
迅速な訴訟の完結を希求する相手方当事者に対し不当な不利益を強いるのみなら
ず,正常な訴訟機能一般を阻害する結果となる。民事訴訟法157条1項は,この
ようなことを防止するために,「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて
提出した攻撃又は防御の方法については,これにより訴訟の完結を遅延させること
となると認めたときは,裁判所は,申立てにより又は職権で,却下の決定をするこ
とができる。」と定め,弁論主義の下における,適正迅速な裁判の実現を目指して
いる(本件は,いずれも現行民事訴訟法施行日より前に提起されているため,民事
訴訟法156条(適時提出主義)についてはその適用はなく(民事訴訟法附則11
条),旧民事訴訟法137条(随時提出主義)が適用されるものの,民事訴訟法1
57条1項は,本件について適用される(同附則3条本文)。)。当裁判所は,次
に詳細に認定するとおり,平成2年に提訴されて以来,本件訴訟の迅速な進行が妨
げられた主たる理由は,被控訴人らが,その製造記録を捏造して(正確には、捏造
を行ったのは被控訴人らの中の一部である。),これを裁判所に書証として提出
し,これに基づいて被告主張方法を主張し続けてきたことにあると判断する。
(2)時機に後れた防御方法の提出について
  民事訴訟法157条1項に定める「時機に後れて提出した攻撃又は防御の
方法」とは,訴訟の具体的進行状態からみて,現実に提出された時機以前に提出す
べきであったと認められる攻撃又は防御方法のことをいうと解すべきである。本件
のように,控訴審において新たな防御方法が提出された場合には,第1審からの全
過程を通じて,「時機に後れて提出した」かどうかを判断すべきは,当然である。
(ア)被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名について
  本件発明方法の目的物質である芳香族カルボン酸アミド誘導体又はその
塩(被控訴人白鳥が製造しているトラニラストはこの中に含まれる。)は,本件特
許権に係る出願前に日本国内において公然知られた物ではないことは原判決第二2
のとおりであるから,本件については特許法104条の規定が適用され,被控訴人
白鳥が製造しているトラニラストは,本件発明方法により生産したものと法律上推
定される。したがって,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名は,平成2年に本件訴え
が提起された当初から,被控訴人白鳥が実施しているトラニラストの製造方法が本
件発明方法の技術的範囲に属しないものであることを,抗弁として主張立証するこ
とを求められていたものであり,このことは,本件記録上明らかである(以下特に
証拠を記載しない部分は,記録上明らかな事実あるいは当事者間に争いのない事実
である。)。
  被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人弁護士は,平成2年に提
訴された当初から平成10年3月ないし6月まで,床井代理人である(床井代理人
は,原審において,被控訴人菱山については平成10年3月4日に,被控訴人白鳥
については平成10年4月30日に,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴
人扶桑については平成10年6月1日に,各訴訟代理人を辞任した。)。床井代理
人は,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名の訴訟代理人として,平成2年11月21
日付け被告ら準備書面及び被控訴人科研の原審における答弁書をもって,被控訴人
白鳥は,被告主張方法を実施してトラニラストを製造してきたと主張し,また,平
成3年から平成7年にかけて,これを立証する証拠として,本件製造記録(乙第
5,第6,第8,第10,第35ないし第40,第219ないし第282号証(各
枝番を含む。))を裁判所に提出してきた(なお,被控訴人白鳥及び被控訴人ら6
名は,平成3年に3ロット分,平成4年に3ロット分の本件製造記録しか提出せ
ず,平成7年に至って大量の本件製造記録を提出している。製造記録は,本来,被
控訴人白鳥が平成2年から平成5年までに製造出荷したトラニラストの各ロット分
について速やかに提出できたものであり,このような書証の提出行為の遅れが,原
審の迅速な進行を妨げた一因となっていたことは明らかである。)。本訴における
主たる争点は,主張の側面からいえば,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法
は,本件発明方法とは異なるものであるのか,換言すれば,被控訴人白鳥は,実際
に被告主張方法を実施してトラニラストを製造していたのかどうか,という点にあ
り,これを立証の側面からいえば,被告主張方法が記載されている本件製造記録が
被控訴人白鳥の本物の製造記録であるのか,それとも,本物の製造記録ではなく,
本件訴訟に書証として提出する目的のために捏造されたものであるのか,という点
にあった。被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名は,平成2年の本訴提起から平成13
年4月12日の控訴審第4回口頭弁論期日の前まで約11年間にわたり,原審にお
ける準備手続期日合計51回,口頭弁論期日13回,控訴審における口頭弁論期日
3回,通算67回の審理期日において,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法と
して被告主張方法を主張し,その証拠として本件製造記録等を提出し,この間,控
訴人からの,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法は,被告主張方法では
ない,本件製造記録は本物の製造記録ではない,との趣旨の様々な主張,立証に対
して,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法は,被告主張方法である,本
件製造記録は,本物の製造記録であり,被控訴人白鳥は,本件製造記録のとおりに
実施していた,と主張し,それを立証するための活動を続けてきた。
  しかし,控訴審において,控訴人から本件製造記録の原本についてコピ
ー汚れ等の種々の不自然な点があることを追及され,その立証として甲第60ない
し第311号証(各枝番を含む。)を提出されると,被控訴人白鳥は,控訴審の第
4回口頭弁論期日において,その平成13年3月22日付け第2準備書面により,
本件製造記録は本件訴訟用に作成されたものであり,実際の製造記録ではない,被
控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として,これまで主張してきた被告主張方法
は,実際の製造方法とは,反応温度,塩酸添加の方法,洗浄方法等が異なるとし
て,これを撤回し,被告主張方法の記載を修正した別紙目録(2)記載のもの(被控訴
人主張方法)が実際の製造方法であるとして,これを新たに主張した。また,本件
製造記録を提出するに至った経緯として,被控訴人白鳥の訴訟代理人である久保田
穣弁護士(以下「久保田代理人」という。)は,原審の途中で平成10年5月に床
井代理人から事件を引き継いだものであり,本件製造記録の原本が文書提出命令に
より裁判所に保管されていた期間が長く,久保田代理人自身がその原本を確認した
ことはなかったため,本件製造記録が実際の製造記録ではなく,本件訴訟用に作成
されたものであることは,今回,控訴人から本件製造記録の原本について種々の指
摘を受け,被控訴人白鳥の担当者と改めて詳しく打合せをして初めて打ち明けられ
たことである,被控訴人白鳥が真実の製造記録を裁判所に提出しなかった理由は,
床井代理人又は山田ら補佐人が,被控訴人白鳥の実際の製造方法が,控訴人が有し
ている別の特許権を侵害するものと考えたためと,被控訴人白鳥が実際には薬事法
上の製造承認の日の前から製造していたことから,その薬事法違反の事実を隠すた
めであること,裁判所には平成3年に3ロット分について本件製造記録を作成して
提出したものの,その後も,床井代理人又は山田ら補佐人の指示で,平成4年に3
ロット分について本件製造記録を作成して証拠として提出し,その後,裁判所から
すべての製造記録の提出を要求されたため,床井代理人又は山田ら補佐人の指示
で,平成7年ころに大量に本件製造記録を作成し,これを書証として提出した,と
主張し,これに加え,本物の製造記録である本件第2製造記録,及び,本件製造記
録を作成するに至った上記のような経緯を記載した被控訴人白鳥の責任者,担当者
等の陳述書等を被控訴人主張方法を立証する証拠として提出したい,との新たな書
証提出の申出をした。
  これに対し,控訴人は,控訴審の第4回口頭弁論期日において,平成1
3年4月12日付け控訴人第3準備書面を陳述し,被控訴人白鳥の,被告主張方法
の撤回,被控訴人主張方法の主張,本件第2製造記録の書証の提出に対し,いずれ
も時機に後れた防御方法であるとして,却下の申立てをした。
  被控訴人白鳥にとって,その工場におけるトラニラストの製造方法を開
示し,その手元にある製造記録を提出することは極めて容易なことであるから,特
許法104条の規定が適用される本件においては,本来,原審の当初の段階におい
て,抗弁として,そのトラニラストの製造方法の主張立証をすべきであった。した
がって,被控訴人白鳥が,控訴審の第4回口頭弁論期日において,本訴提起以来1
1年間にわたり,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法として主張してきた被告
主張方法を撤回し,被控訴人主張方法を新たに主張すること,及び,そのために,
本件第2製造記録を書証として提出することが,時機に後れた防御方法であること
は,極めて明らかなところである。
  被控訴人ら6名も,特許法104条の規定が適用される本件において
は,本来,原審の当初の段階において,抗弁として,被控訴人白鳥のトラニラスト
の製造方法を主張立証すべきであった。被控訴人ら6名が,控訴審における第6回
期日以降に,被控訴人白鳥の上記の新たな防御方法,すなわち,被控訴人白鳥のト
ラニラストの製造方法として,原審以来約11年間主張してきた被告主張方法を撤
回し,被控訴人主張方法を主張し,被控訴人白鳥が丁第107ないし第282号証
として書証提出の申出をしている本件第2製造記録等を明示的に援用すること,あ
るいは,被控訴人菱山のように,上記丁号証と同一の書証を丙第30ないし第20
5号証として,その書証提出の申出をすることが,時機に後れた防御方法の提出に
当たることも,極めて明らかである。
(イ)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)について
  被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年に控訴人から提訴され,そ
の後小松陽一郎弁護士等を訴訟代理人として訴訟行為を遂行してきた。被控訴人ニ
プロ及び旧菱山販売は,それぞれ,原審において,平成9年9月26日付けの被控
訴人ニプロの準備書面と,平成10年5月13日付けの旧菱山販売の準備書面とに
おいて,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法が被告主張方法であると主張して
以来,一貫してその主張を維持し,被控訴人白鳥が提出していた本件製造記録を書
証として援用してきた(被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,原審の平成11年9月
22日の第13回口頭弁論期日において,被控訴人白鳥が本件製造記録の一部とし
て提出した丁第31号証及び丁第89ないし第92号証が,時機に後れたものとし
て却下された場合に備えて,これを自己の書証として,丙第21ないし第25号証
として提出したこともあった。)。
 しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)は,被控訴人菱
山とともに,控訴審の平成13年8月9日の第7回口頭弁論期日において,平成1
3年6月7日付け第2準備書面により,上記(ア)の被控訴人白鳥の新たな防御方法を
援用し,被控訴人白鳥の製造方法の主張としては,被告主張方法の主張を撤回し
て,被控訴人主張方法を主張し,その立証として,被控訴人白鳥が書証として提出
を申し出た本件第2製造記録等を援用し,さらに,その後の期日において,本件第
2製造記録等(丁第107ないし第282号証)の提出の申出が時機に後れたもの
として却下された場合に備えて,これと同じものを丙第30ないし第205号証と
して提出するとの申出をしている。
 被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)のこの防御方法の提出
は,原審において,被控訴人ニプロについて準備手続期日を合計16回,旧菱山販
売について準備手続期日を合計13回,口頭弁論期日を各1回,控訴審において6
回の口頭弁論期日を経て,提訴以来4年経過後に,控訴審においてなされたもので
ある。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)は,特許法104条の規定が
適用される本件においては,本来,平成9年に提訴された当初の段階において,抗
弁として,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を主張立証すべきであったので
あるから,両名のこの防御方法の提出が,時機に後れた防御方法の提出であること
は,明らかである。
(ウ)被控訴人らは,被控訴人主張方法は,被告主張方法と反応温度,塩酸の
入れ方,洗浄方法等が異なるだけであり,原料として3,4-ジメトキシ桂皮酸及
び無水イサト酸を使用していることに変わりはなく,異なる製造方法ということは
できない,と主張する。しかし,時機に後れた防御方法かどうかを判断するに当た
っては,被告主張方法と被控訴人主張方法とが同一の製造方法を一部修正したにす
ぎないのか,あるいは,異なる製造方法であるのか,というような,結局は言葉の
問題に帰着する基準によってではなく,端的に,控訴人がこのような主張の変更に
対し,新たな主張立証をどの程度する必要があるのかを基準として,これを決定す
べきである。すなわち,控訴人が,被控訴人主張方法に対し,従前の被告主張方法
に対する主張立証をおおむね援用するだけでは足りず,被控訴人主張方法について
改めて追試実験をし,工場における製造方法として各操作工程が可能であるか等を
改めて製造記録等と対比し,また,トラニラストの実際の製造量と収率・使用原料
の量的な検討,製造記録における全ロットの製造量と実際の販売量との整合性の検
討,見直し等をする必要が生じる場合,被控訴人主張方法が,時機に後れた防御方
法となるものであることは明らかというべきである。そして,被控訴人主張方法の
主張に対しては,次のとおり,控訴人が上記のような追試実験・分析・調査・検討
を新たに行う必要があるものであることは明らかであるから,被控訴人主張方法
は,新たな防御方法の提出行為であり,これが従前の被告主張方法を修正したもの
にすぎず,新たな防御方法には当たらない,とする被控訴人らの主張を採用するこ
とは到底できない。
(a)「反応工程」の原料等の使用量の変更 
 被告主張方法においては,原料等の使用量の割合は,「3,4-ジメ
トキシ桂皮酸114キロ及び無水イサト酸134キロをトリエチルアミン93・3
キロとジメチルアセトアミド270キロに溶解し」と特定されていたのに対し,被
控訴人主張方法は,「3,4-ジメトキシ桂皮酸及び無水イサト酸をトリエチルア
ミンとジメチルアセトアミドとの混合溶媒に溶解し」,と変更するというものであ
り,それぞれの原料,溶媒等の使用量(割合比)は無限定のものに変更されてい
る。それぞれの原料の使用割合や溶媒等の使用割合は,トラニラストの最終収量
(収率)や,副生成物の生成(最終製品の品質・純度)等に直接影響する事項であ
ることが明らかであるから,控訴人としては,従前の主張立証だけでは足りず,新
たに追加実験,収率・収量等の計算を強いられることになる。また,工場における
製造方法としては,一般に,コストを抑える等の経済的な合理性を追求しながら,
効率的な反応と適切な精製方法とを組み合わせて高い品質の製品を得ることができ
るように,原料,溶媒等の使用量を設定し,継続的で安定した工業生産を行うもの
である。したがって,原料,溶媒等を無限定の使用量とする被控訴人主張方法を主
張しただけでは,そもそも,工場において現実に実施されている製造方法の主張と
いうことはできず,その追試実験,収率・収量等の分析・調査・検討は,極めて困
難なものとならざるを得ないのである。
(b)「反応工程」の加熱温度及び時間の変更
 加熱につき,被告主張方法では,反応の加熱温度を「内温110~1
20℃で8時間加熱し」と特定していた。被控訴人主張方法では,これを,単に
「加熱し」とし,加熱温度及び加熱時間を無限定のものに変更した。
 反応温度及び反応時間をどのように設定するかは,いずれも反応の進
行の有無,トラニラスト粗結晶の収量,副生成物の種類及び生成量等に重大な影響
を与えるものであり,特定の加熱温度を無限定なものに変更することが重要な製造
方法の変更であることは,明らかである(加熱温度の変更がトラニラスト粗結晶の
収量,副生成物の種類及び生成量等に影響を与え,方法の重要な変更となること
は,被控訴人白鳥も原審において自認していたところである。すなわち,その原審
第2準備書面7頁3(1)項において,被控訴人白鳥は,「内温110~120℃」で
はなく130℃を越える温度であると不純物としてN6の若干量(多いときで5%
くらい)が副生すると述べており,反応温度が副生成物の生成量(換言すればトラ
ニラスト粗結晶の収量)に影響を与えること,すなわち方法の変更となるものであ
ることを主張しているのである。)。
(c)塩酸を加える内温温度
 塩酸を加える内温温度につき,被告主張方法では,「内温110~1
20℃で8時間加熱し,その後冷却し」た後,「翌日内温20℃以下で」塩酸を加
えてpHを3前後に調整する工程を行うものとされていた。被控訴人主張方法で
は,これを,「それにほぼ3規定の塩酸を加える」と変更し,塩酸を加える内温の
温度条件を無限定なものに変更した。
 塩酸添加の内温の温度条件は,トラニラストの収量(収率),副生成
物の種類及び生成量等に重大な影響を与えるものであり,特定の内温の温度条件を
無限定とすることが重要な製造方法の変更であることは,明らかである(塩酸添加
の内温の温度条件の変更が,トラニラストの収量(収率),副生成物の種類及び生
成量等に影響を与える方法の重要な変更となることは,被控訴人白鳥も原審におい
て自認していたところである。すなわち,その原審第2準備書面8頁(2)項におい
て,被控訴人白鳥は,内温60℃位で塩酸を添加するとN6が開環されてトラニラ
ストになり,内温20℃ではN6は不純物として残ると述べており,塩酸添加時の
内温がトラニラストの収量(収率),副生成物の種類及び生成量等に影響を与える
こと,すなわち製造方法の重要な変更となるものであることを自ら主張しているの
である。)。
(d)トラニラスト精製工程の変更
 被告主張方法では,【精製(再結晶)工程】として,「粗結晶100
キロをソルミックス1750リットルに加え,加熱し,溶解後加熱を止め,白鷺A
(活性炭)1キロを加え,濾過する。」と主張されていた。被控訴人主張方法で
は,これを,「次いでソルミックスと活性炭とによりこれを精製する」として,ソ
ルミックスの使用量も活性炭の使用量も,さらには加熱の有無も無限定なものに変
更した。
 ソルミックス及び活性炭は,いずれも,使用量が多すぎれば精製トラ
ニラストの収量が減少するものであり,逆に少なすぎれば十分に不純物を除去する
ことができず医薬品としての品質のトラニラストを得ることができないというもの
であるから,ソルミックス及び活性炭をどのようにしてどれだけ使用するかが最終
製品となる精製トラニラストの収量にも純度にも直接影響を持つものであることは
明らかであり,ソルミックスの使用量も活性炭の使用量も,さらには,加熱の有無
をも無限定とすることは,重大な製造方法の変更であることが明らかである。
(e) トラニラスト精製母結工程の削除
 被告主張方法では【母結処理工程(母液に残存する結晶の回収)】と
して「母結(精製工程で結晶を濾過した残りの液からソルミックスを回収し,濃縮
したもの)に2倍量のメタノールと25~30%のトリエチルアミンを加え,室温
で2時間程度攪拌した後,母結量の5,6倍の水を加え,濃塩酸でpHが3前後に
なるよう調整し,結晶をろ過する。次いで一次晶の精製と同様に精製する。」と母
結処理工程が方法として主張されていた。被控訴人主張方法では,このような工程
自体が削除された。
 母結処理工程があるかどうかは,製造記録に記載された精製トラニラ
ストの収量が被控訴人白鳥から実際に販売されたトラニラストの数量に合致するか
どうかを判断する上で重要であり,これも製造方法の重要な変更に当たることは明
らかである。
(f)被控訴人主張方法は,従前の被告主張方法を上記のとおり変更したも
のであり,このほか,塩酸を加える操作手段とpH調整工程,トラニラスト粗結晶
の晶析・水洗・ろ過の工程,クロロホルム洗浄工程もそれぞれ変更されている。仮
に,被控訴人らが,被告主張方法の主張を撤回し,被控訴人主張方法を新たに主張
し,これを裏付けるものとして,本件第2製造記録を書証として提出することを認
めるとすれば,控訴人が,新たに追試実験,工場的生産の可能性の分析,収率,収
量の分析・検討をし直した上,これに対して反論し,反証する必要が生じることに
なり,また,被控訴人主張方法が上記のとおり,被告主張方法と比較してあいまい
なものとなっているため,その追試実験,分析,検討等に様々な困難が生じ,その
ため審理が更に遅延することが,極めて容易に予想されるところである。
 被控訴人主張方法が,新たな防御方法の提出に当たるものであること
は明らかである。
(エ)被控訴人白鳥を除く被控訴人らは,被控訴人白鳥の内部の事情に関与す
る機会はなく,本件製造記録の作成経過などを知ることは不可能であった,したが
って,被控訴人白鳥を除く被控訴人らにとって,被告主張方法から被控訴人主張方
法への主張の修正及び本件第2製造記録の証拠としての提出などの行為は,時機に
後れたものとはいえない,と主張する。しかし,被控訴人らの上記主張は,被控訴
人らが時機に後れて防御方法を提出したことについて重大な過失があったかどうか
との争点において判断すべきことであり,時機に後れたかどうかの判断においてこ
のような主張について判断することを要しないことは,明らかである。
(3)故意又は重大な過失について
(ア)被控訴人白鳥の「故意」について
 被控訴人白鳥は,上記(2)のとおり,平成2年に提訴されて以来,原審か
ら控訴審の中途まで約11年にわたり,自らがその工場において実施してきたトラ
ニラストの製造方法とは異なる被告主張方法を抗弁として主張し,実施していない
虚偽の製造方法を記載した本件製造記録を自ら捏造して,これを書証として裁判所
に提出した上,約11年経過してから,トラニラストの製造方法として,これまで
に主張してきた被告主張方法を撤回して,被控訴人主張方法を新たに主張し,新た
に本件第2製造記録という大量の書証の提出の申出をしたものである。このような
被控訴人白鳥の時機に後れた防御方法の提出が,被控訴人白鳥の故意によるもので
あることについては,議論の余地がない。
 民事訴訟法157条1項における「故意又は重大な過失」については,
当事者本人又は訴訟代理人のいずれかについて存すれば足り,その双方にあること
を要しない。しかし,床井代理人は,平成10年3月ないし6月までは,被控訴人
白鳥の訴訟代理人であると同時に,被控訴人ら6名の訴訟代理人でもあったので,
その故意又は重大な過失は,被控訴人ら6名の故意又は重大な過失との関係で,決
定的な意味を有し得る。そこで,ここで,これについても判断する。
 被控訴人白鳥は,上記のとおり,原審において被告主張方法を主張し虚
偽の内容を記載した本件製造記録を書証として提出したのは,床井代理人又は山田
ら補佐人の指示によることであった,と主張している。これに対し,被控訴人三恵
及び被控訴人進化(いずれも,現在においても訴訟代理人は床井代理人である。)
は,被控訴人白鳥のこの主張事実を否認している。
 本来,床井代理人は,被控訴人白鳥の訴訟代理人弁護士として,特許法
104条が主張されている本件において,被控訴人白鳥の製造方法を主張する以上
は,被控訴人白鳥の実際の工場における製造方法を確認し,その製造記録その他の
関係書類の原本の存在,管理状況等を確認した上で,これを裁判所において主張
し,証拠として提出すべき義務を負っていたものであり,しかも,それは原審の訴
えが提起された当初の段階において速やかにすべきことであった,ということがで
きる。平成2年当時既に大量のトラニラストを製造していた被控訴人白鳥として
は,原審において,平成2年に被告主張方法を主張した以上,本来書証として速や
かに提出することができるはずの大量の製造記録を,平成3年から平成4年にかけ
て各3ロット分ずつごく一部しか提出せず,平成7年になって,これを大量に提出
している。被控訴人白鳥のこのような本件製造記録の提出の時期,態様は極めて不
自然であり,この本件製造記録の提出の時期,態様が極めて不自然であることは,
被控訴人白鳥が本件製造記録が本件訴訟用に捏造されたものであると自認している
こととよく符合するものである。これらのことからすると,自ら被告主張方法を主
張し,本件製造記録を不自然な経緯のもとに書証として提出した床井代理人には,
被控訴人白鳥が時機に後れて防御方法を提出したことについて,少なくとも重大な
過失があったことは明らかである(被控訴人白鳥と床井代理人又は山田ら補佐人と
の間にどのような打ち合わせが行われ,どのような経緯で本件製造記録が捏造さ
れ,書証として提出されるに至ったかについては,この段階において断定すること
は適当でないので,判断しない。)。
(イ)被控訴人ら6名の故意又は重大な過失について
  ①被控訴人ら6名は,床井代理人をその訴訟代理人として,平成2年1
1月21日付け被告ら準備書面(1)及び被控訴人科研の原審における答弁書をもっ
て,被控訴人白鳥が,本件製造記録に記載された製造方法である被告主張方法を実
施してトラニラストを製造してきたと主張し,また,平成3年から平成7年にかけ
て,これを立証する証拠として,極めて不自然な態様で本件製造記録を裁判所に提
出してきたこと,②本訴における主たる争点は,被控訴人白鳥のトラニラストの製
造方法は,主張の側面からいえば,本件発明方法とは異なるものであるのか,すな
わち,被控訴人白鳥は,実際に被告主張方法を実施してトラニラストを製造してい
たのかどうか,立証の側面からいえば,本件製造記録が被控訴人白鳥がトラニラス
トを製造した際に作成した本物の製造記録であるのか,あるいは,本件訴訟に書証
として提出するために捏造されたものであるのかという点にあったこと,③控訴人
白鳥及び被控訴人ら6名は,平成2年に本訴が提起された当初の段階から平成13
年の控訴審の審理の途中まで約11年間にわたり,被控訴人白鳥のトラニラストの
実際の製造方法は,被告主張方法である,本件製造記録は,実際の製造記録であ
る,と主張し続けてきたことは,いずれも,前記認定のとおりである。
  被控訴人ら6名は,被控訴人白鳥のトラニラスト製造方法については,
直接これを知り得る立場にはないものの,①被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑,被
控訴人菱山及び被控訴人進化は,被控訴人白鳥と直接に原料供給確認書を締結して
おり(乙第62ないし第64号証,第66号証),被控訴人三恵を通して,被控訴
人白鳥から継続的にトラニラスト原末の供給を受けていたものであり,また,被控
訴人科研も,被控訴人ソルベイからトラニラスト製剤の継続的供給を受けていたも
のであること,及び,②本訴においては,特許法104条の規定が適用され,訴訟
の当初の段階から,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を主張立証すべき立場
に立つことは,当初から分かっていたことであることからすれば,被控訴人白鳥に
その製造方法を確認して,訴訟の当初からこれを主張立証すべきであったのであり
(民事訴訟法上の真実義務(民事訴訟法2条,209条,230条,民訴規則85
条参照)),それをすることが困難ではない客観的状況にあったということができ
る。
  しかし,被控訴人ら6名は,実際には,被控訴人白鳥の実際の製造方法
及び本件製造記録が本物かどうかについて,自らは具体的な調査確認をせずに,単
に被控訴人白鳥を信用して,その主張立証を援用し,その結果,上記のような主張
立証をしてきたものであることは,弁論の全趣旨から明らかである。したがって,
被控訴人ら6名は,時機に後れて上記のような防御方法を提出したことについて重
大な過失があるものというべきである。
  被控訴人ら6名は,被告主張方法でトラニラストを製造することは十分
に可能であったこと,被控訴人白鳥が,被控訴人三恵の特許発明の方法で製造承認
を受けた上でトラニラストを製造しているとの説明を受けていたことから,これを
信頼していたものである,被控訴人ら6名及びその訴訟代理人が,それ以上に被控
訴人白鳥の工場に行って実際の実施方法を検分し,本件製造記録等を調査をする義
務はなく,被控訴人白鳥がそのような企業秘密に属する事柄について,調査に応じ
ることもあり得ないのであるから,被控訴人ら6名が,事前に被控訴人主張方法及
び本件第2製造記録等を証拠として提出することは極めて困難であり,被控訴人ら
6名について,上記防御方法の提出が時機に後れていたとしても,重大な過失はな
い,と主張する。
  しかし,被控訴人ら6名が被控訴人白鳥を信頼していたということは,
被控訴人ら6名が,被控訴人白鳥の工場へ行って直接に何らかの確認をしようと試
みたことが全くなかったことを意味するものにすぎず,また,被控訴人白鳥は,原
審の第12準備書面(原審の第50回準備手続において陳述)16頁において,
「原末を提供している製剤メーカーは,見たければ何時でも白鳥の原末生産状況を
見られる。白鳥はその要求を断ることはできない」と主張しているのであるから,
被控訴人白鳥がそのような企業秘密に属する事柄について,調査に応じることもあ
り得ないとの被控訴人ら6名の主張は,根拠のない主張というべきである。
被控訴人ら6名に重大な過失があったとすべきことは,次のとおり,訴
訟代理人の重大な過失という側面からも明らかというべきである。平成2年から平
成10年まで被控訴人ら6名の訴訟代理人であったのは,前記のとおり,被控訴人
白鳥の訴訟代理人でもあった床井代理人である。①床井代理人は,原審において,
平成2年に被告主張方法を主張して以来,平成2年当時既に大量のトラニラストを
製造していた被控訴人白鳥としては,速やかに提出することができるはずの大量の
製造記録を平成3年,平成4年に,各3ロット分ずつしか提出せず,平成7年にな
って,これを大量に提出したものであり,その提出の時期,態様は極めて不自然で
あること,②この本件製造記録の提出の時期,態様が極めて不自然であることは,
本件製造記録が本件訴訟用に捏造されたものであることとよく符合するものである
ことからすると,自ら被告主張方法を主張し,本件製造記録を不自然な経緯のもと
に書証として提出した床井代理人には,被控訴人白鳥が時機に後れて防御方法を提
出したことについて,少なくとも重大な過失があったことは明らかである。このこ
とは,上記(ア)に説示したとおりである。時機に後れたことについての重大な過失
は,本人か訴訟代理人かのいずれかにあればよいことも,上記説示のとおりであ
る。そうすると,被控訴人ら6名は,原審における共通の訴訟代理人であった床井
代理人に,時機に後れて防御方法を提出したことについて,重大な過失がある以
上,この点からも重大な過失があることは明らかである。
被控訴人ら6名は,次のように主張する。
被控訴人白鳥及び被控訴人ら6名が平成10年まで共通の訴訟代理人
(床井代理人)により,訴訟活動をしていたとしても,被控訴人菱山,被控訴人ソ
ルベイ,被控訴人科研及び被控訴人扶桑と,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵とは,
製剤メーカーと原末メーカー若しくは原末の販売者という関係にある者であり,敗
訴した場合には製剤メーカーが原末メーカーに責任を追及するなど,互いに利益相
反する立場にある。この点からすれば,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵の代理人で
あった床井代理人が,被控訴人菱山,被控訴人ソルベイ,被控訴人科研及び被控訴
人扶桑に対し,本件製造記録が改変されたものであることを告げることを期待する
ことはできなかった,このように,訴訟代理人が事実を本人に告げずに訴訟行為を
継続した場合に,その不利益を本人に帰属させることは,民事訴訟における真実の
重みを著しく軽視するものであって,妥当ではなく,信義則上も許容されないもの
である。
しかし,被控訴人ら6名は,自らの選択により,床井代理人に対し,共
通の訴訟代理人として本件訴訟の遂行を一任していたのである。そうである以上,
それにより生じる危険は自らが負担すべきであることは当然である。その危険を控
訴人側に負担させるような被控訴人ら6名の上記主張は,到底採用することができ
ない。
(ウ)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売(承継人菱山)の重大な過失について
(a)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,平成9年に提訴され,原審におい
て,平成9年9月26日付けの被控訴人ニプロの準備書面と,平成10年5月13
日付けの旧菱山販売の準備書面において,それぞれ,被控訴人白鳥のトラニラスト
の製造方法は被告主張方法である,と主張し,その後,被控訴人白鳥が提出してい
た本件製造記録を書証として積極的に援用し,その後,同主張を維持し続け,その
3年ないし4年後の控訴審の平成13年8月9日の第7回口頭弁論期日において,
被控訴人菱山とともに,平成13年6月7日付け第2準備書面により,上記(2)(ア)
の被控訴人白鳥の新たな防御方法を援用した(被控訴人ニプロ及び被控訴人兼承継
人菱山は,その後の期日において,丁第107ないし第282号証が時機に後れて
却下された場合に備えて,これと同じ本件第2製造記録等の書証を丙第30ないし
第205号証として提出の申出をした。)。これらは,上記(2)(イ)で述べたとおり
である。
 本件特許権の対象物であるトラニラスト等は,新規物質であり,特許
法104条の推定規定が適用される事案であるから,被控訴人ニプロ及び旧菱山販
売は,本件発明方法の対象となるトラニラストを使用して,その製剤を製造し,こ
れを販売する企業として,平成9年に提訴された当初の段階で,抗弁として,被控
訴人白鳥が採用しているのトラニラストの製造方法を主張立証すべき立場に立って
いた。被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人白鳥と直接に原料供給契約を締
結しているわけではないものの,次の述べるように,これらと密接な一体的関係の
あった被控訴人菱山が,被控訴人白鳥と原料供給契約を締結し,被控訴人三恵を通
じて継続的に被控訴人白鳥からトラニラスト原末の供給を受けていたこと,及び,
被控訴人菱山は被控訴人白鳥にその製造方法を確認してこれを主張立証することが
容易な客観的状況にあったことは,前記のとおりである。そして,被控訴人菱山
は,昭和63年から被控訴人ニプロの50%出資の関連会社となっていたものであ
り,旧菱山販売も同年から被控訴人ニプロの100%出資の子会社であること,及
び,被控訴人ニプログループ内では,被控訴人菱山から被控訴人ニプロへのトラニ
ラスト製剤であるチタルミン錠の譲渡価格及び被控訴人ニプロから旧菱山販売への
同譲渡価格が異常に低く,旧菱山販売にのみ利益が生じるような特殊な価格体系で
チタルミン錠の販売がなされていることからも理解できるように,被控訴人ニプロ
及び旧菱山販売と被控訴人菱山の三社間には,チタルミン錠の製造販売に関して,
密接な一体的関係があったことからすれば(甲第321号証),被控訴人ニプロ及
び旧菱山販売は,遅くとも平成9年に提訴された当初の段階で,被控訴人菱山を通
じて,被控訴人白鳥の製造方法を確認して,これを主張立証することは困難ではな
い客観的状況にあった,ということができる。また,被控訴人ニプロ及び旧菱山販
売は,訴訟当事者として,被控訴人白鳥の実際のトラニラストの製造方法が被告主
張方法であると裁判所において主張し,また,被控訴人白鳥が提出した本件製造記
録を書証として明示的に援用し,あるいはこれを書証として提出するのであれば,
民事訴訟法上の真実義務(民事訴訟法2条,209条,230条,民訴規則85条
参照)からいっても,被控訴人白鳥のトラニラストの実際の製造方法が被告主張方
法であるのか,本件製造記録が本物の製造記録であるのかについて,被控訴人白鳥
の工場を訪れるなどして,何らかの方法でこれを確認した上で,このような主張を
すべきであった,ということができる。
 しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,実際には,被控訴人白鳥
の実際の製造方法及び本件製造記録が本物かどうかについて,自らは具体的な調査
確認をせずに,上記のような主張立証をしてきたものであることは,弁論の全趣旨
から明らかである。したがって,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人菱山
と同様に,時機に後れて上記のような防御方法を提出したことについて,重大な過
失があったものというべきである。
(b)被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売
が,原審において,自ら販売したチタルミン錠について不純物分析を行い,本件発
明方法によっては生成されないイサト酸無水物が含有されることを確認し,また,
被告主張方法について実施可能かどうかを実験により確認した上で,被告主張方法
を援用したものである,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,そもそも被控訴人白鳥
とは直接の取引関係にはなく,被控訴人白鳥と直接折衝し,自ら被控訴人白鳥の工
場検分や製造記録の閲覧をすることができる立場にはなかった,したがって,両名
には,重大な過失はない,と主張する。
  しかし,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売が被控訴人菱山との密接な一
体的関係を有しており,被控訴人菱山を通じて,被控訴人白鳥の工場におけるトラ
ニラストの製造方法を確認することができる立場にあったことは,前記認定のとお
りである。そして,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売がこのような直接的な確認の義
務を全く怠ったことは前記認定のとおりであるから,両名が上記のような実験をし
たとしても,それだけで十分であるということはできず,結局,両名の上記主張を
採用することはできない。
(4)「訴訟の完結を遅延させることとなる」かどうかについて
  被控訴人らの上記防御方法,すなわち,被控訴人主張方法の主張,及び,
本件第2製造記録等の書証(丁第107ないし第282号証,丙第30ないし第2
05号証)の提出の申出を却下せずに,これを審理した場合と,これらの防御方法
を却下した場合について,それぞれ予想される訴訟完結の時点を比較すれば,被控
訴人らの上記防御方法が「訴訟の完結を遅延させることとなる」ものであることは
明らかである。
  本件は,特許法104条が適用される事案であり,被控訴人白鳥のトラニ
ラストの実際の製造方法がどのようなものであるのか,それを立証する基本的な証
拠となる製造記録が本物であるかどうかが主たる争点である。したがって,被控訴
人らの上記防御方法の主張及び証拠の提出が許された場合には,控訴人は,被控訴
人主張方法について,新たに追試実験,工場的生産の可能性の分析,収率,収量の
分析・検討をし直して,これを主張反証する必要が生じることになり,また,被控
訴人らの被控訴人主張方法が上記のとおり,被告主張方法と比較してあいまいなも
のとなっているため,その追試実験,分析,検討等に様々な困難が生じ,そのため
審理が更に遅延することが容易に予想されることは,前記(2)(ウ)認定のとおりであ
る。
以上の検討から明らかなとおり,被控訴人らの新たな防御方法を却下した
場合の訴訟の完結時点と,これを却下せずに審理した場合の訴訟完結時点を比較す
れば,これを却下しなかった場合においては上記の争点の審理が必要となるのであ
るから,本件訴訟の完結を遅延せしめることになることは余りにも明白である。
 本件訴訟の完結をこれ以上遅らせることが到底許容し得ないものであるこ
とは,原判決が,原審の終結時点から振り返ってみた場合ですら,「被告らの訴訟
活動は,・・・証拠提出の順序,時期及び方法のいずれの点においても,公正さを
欠き,信義誠実に著しく反する。」(原判決109頁末行~110頁1行)と述べ
ていることからも,明らかである。
(5)時機に後れた防御方法についての結語
 以上のとおり,被控訴人らの当審における被控訴人主張方法の主張,及
び,本件第2製造記録等の書証(丁第107ないし第282号証,丙第30ないし
第205号証)の提出行為等は,故意又は重大な過失により時機に遅れて提出され
た防御方法であり,訴訟の完結を著しく遅延させることとなるものであるから,い
ずれも却下する。
2 特許法104条の推定覆滅事由について
(1)特許法第104条は,「物を生産する方法の発明について特許がされている
場合において,その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないとき
は,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定する。」と規定して
いる。したがって,本件発明方法の目的物と被控訴人らが生産,販売等している物
とが同一であること及びその物が特許出願前に日本国内で公然知られた物でないこ
とが主張,立証されれば,この規定による推定が働くこととなる。そして,トラニ
ラストが本件発明の目的物質の一つであり,本件特許権の出願前に,日本国内にお
いて公然知られた物でないことは,原判決第二2認定のとおりであるから,この認
定による推定が働くものである。被控訴人らは,本件発明の目的物質であり,本件
特許出願前に日本国内において公然知られた物でない物を,生産,販売等している
者として,この推定を覆すためには,自ら生産販売等している本件発明の目的物質
につき,その製造方法を開示した上,それが本件発明方法と異なる方法であり,そ
の技術的範囲に属しないことまで主張し,かつ,立証することを要する。
(2)被控訴人らは,原審において主張してきた被告主張方法が,被控訴人白鳥
が実際に実施してきた製造方法ではないこと,及び,本件製造記録が,被控訴人白
鳥が現実にその工場において実施してトラニラストを製造していた方法を日々記録
した本物の製造記録ではないことを,控訴審において認めている。
 また,被控訴人らは,控訴審において,被控訴人白鳥が実施してきた製造
方法は,被告主張方法でがないことを認めてその主張を撤回した上で,被控訴人主
張方法を新たに主張するものの,このような製造方法の新たな主張が時機に後れた
防御方法の提出であり,却下されるべきものであることは,上記認定のとおりであ
る。これに対し,被告主張方法が実際の製造方法ではないこと,及び,本件製造記
録が本物の製造記録ではないことを自ら認めてこれらの主張や証拠の申出を撤回す
ることは,何ら訴訟の完結を遅延させるものではないから,そこに時機に後れた防
御方法の問題は生じない,と解すべきである。なお,被控訴人らが,被控訴人主張
方法の主張が時機に後れた防御方法の提出として却下される場合には,被告主張方
法の主張の撤回を撤回する,として,同主張を維持することは,訴訟上の信義則に
著しく反し,もはやこれを容認することは到底できないものというべきである。
 被控訴人らは,このように,被告主張方法が実際の製造方法ではないこと
を認めて,この主張を撤回し,また,被控訴人主張方法の主張は却下されたのであ
るから,被告主張方法及び被控訴人主張方法のいずれによっても,被控訴人白鳥の
トラニラストの製造方法を立証することはできない。したがって,他に,特許法1
04条の規定による推定を覆滅するに足りる事実が認められない限り,被控訴人白
鳥により製造されたトラニラストは,本件発明方法により製造されたものと扱う以
外にはないことになる。 
(3)被控訴人らは,特許法104条の規定による推定が生じるのは,新規な物
質と同じ物は,同じ方法で製造されているとの蓋然性があるためである,しかし,
本件においては,被控訴人白鳥がトラニラストを製造していた時期には,その製造
方法は既に幾つもあったのであるから,推定が生じる根拠がそもそもなくなってい
た,したがって,本件については,104条の規定による推定は働かない,と主張
する。
しかし,特許法104条が,「その物が特許出願前に日本国内において公
然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと
推定する。」と規定し,推定の前提事実として,「その物が特許出願前に日本国内
において公然知られた物でない」こと以外に何も定めていない野は,推定の根拠と
しては上記事実のみを取り上げるとの法政策を宣言したものと解すべきであり,こ
の明文に反して,被控訴人らの上記主張を使用すべき理由は見いだし難い。被控訴
人らの主張は採用することができない。
(4)被控訴人らは,本件第2製造記録の存在,及び,被控訴人主張方法の主原
料である3,4-ジメトキシ桂皮酸と無水イサト酸の購入証明書,被控訴人主張方
法の収率が60数%であるのに対し,本件発明方法による収率が約30%であるこ
と,被控訴人白鳥は,被控訴人主張方法について,医薬品の製造承認を受けてお
り,製造承認を受けていない方法で実施することはあり得ないことからすれば,被
控訴人白鳥が,被控訴人主張方法を実施してトラニラストを製造していることは明
らかである,また,被告製剤については,HPLC分析の結果,本件発明方法によ
り製造された物とは異なる不純物が発見されているのであるから,被告製剤は本件
発明方法とは異なる製造方法で製造されたものであり,いずれにせよ特許法104
条の推定は覆滅されている,と主張する。
 しかし,被控訴人主張方法の主張及び本件第2製造記録の書証としての提
出は,時機に後れた防御方法として却下されるべきものであることは,上記認定の
とおりであり,また,被告主張方法については,これが実際に実施されていない方
法であることは被控訴人らが自認するところであるから,被控訴人らの上記主張
中,これらの主張や証拠を根拠とするものは,そもそも理由がないものというべき
である。
 HPLC分析は,物質の「製造方法」を直接立証するものではない。もっ
とも,被告製剤の示すHPLCパターンが,本件発明方法により製造されたものの
示すHPLCパターンと異なることになれば,被告製剤は本件発明方法とは異なる
製造方法で製造されたものといい得ることは,事実である。しかし,そのようにい
い得るためには,前提として,本件発明方法の技術的範囲に属するあらゆる製造方
法のそれぞれから得られた物の示すHPLCパターンがすべて明らかにされていな
ければならない。ところが,被控訴人らが提示したHPLCパターンは,本件明細
書の実施例1及び3として記載された原料物質を使用した合成反応中の,被控訴人
らが任意に設定した特定の条件下において反応させた場合についての,限定された
HPLCパターンにすぎず,被控訴人らは,本件発明方法による物のHPLCパタ
ーン,すなわち本件発明方法の技術的範囲に属する極めて多数の製造方法のすべて
のそれぞれから得られた物が示すHPLCパターンを立証しているわけではない。
したがって,本件発明方法に含まれる極めて多数の製造方法中のごく一部の実施例
にすぎないものから得られた物と,被告製剤との各HPLCパターンを比較するだ
けでは,被告製剤が本件発明方法で製造されたものではない,ということを立証し
たことにはならないのである。
 被控訴人らが主張する原料の購入証明書なるものの存在,被控訴人白鳥が
医薬品の製造承認を受けていること等の点も,特許法104条の推定を覆すべき製
造方法の立証としては,明らかに不十分なものである。
 したがって,被控訴人らの上記各証拠によっては,いずれにしても特許法
104条の推定を覆滅することはできない。
3 被控訴人ニプログループの無過失について
  特許法103条は,特許権侵害行為があった場合には,その侵害行為につい
て過失があったものと推定する,としている。
 被控訴人ニプログループについて,無過失の抗弁が成立するためには,本件
特許権の存在を知らなかったことに相当の理由のあること,あるいは,被控訴人白
鳥のトラニラストの製造方法が本件発明方法の技術的範囲に属さないと信じること
に相当の理由のあることの,いずれかが主張立証されなければならない,と解すべ
きである。
 本件特許権は,特許公報により公示されており,少なくとも被控訴人菱山
は,後記4認定のとおり,控訴人から,被告製剤を製造販売する前に本件特許権に
基づき警告を受けていたものであるから,本件特許権の存在を知っていたことは明
らかである。被控訴人ニプログループのその余の被控訴人らも,本件特許権の存在
を知らなかったことにつき相当の理由があったと認めることができないことは,明
らかである。
 被控訴人ニプログループは,被控訴人白鳥の製造方法についての主張を信用
していただけで,被控訴人白鳥の工場へ行って,現実に工場で実施されていた製造
方法を確認したり,製造記録の原本等を確認したりしていなかったことは,前記認
定のとおりである。したがって,被控訴人ニプログループが,被控訴人白鳥のトラ
ニラストの製造方法を実際に確認することすらしていない以上,被控訴人ニプログ
ループには,被控訴人白鳥が実際に実施しているトラニラストの製造方法が本件発
明方法の技術的範囲に属さないと信じるについての相当な理由があった,と認める
ことができないことは,明らかである。
 被控訴人ニプログループは,被控訴人ニプログループとしては,原審におい
て実際に行った不純物解析・収率解析・反応機構解析により侵害判断をするしか方
法はなかったものである,そして,被控訴人ニプログループが,このような科学的
解析をなした結果,非侵害との科学的事実が確認されたのであるから,被控訴人白
鳥の本件製造記録に作為があって,後日の訴訟において科学的事実を主張すること
が禁じられ,科学的事実と異なる訴訟上の真実が認定されることについて,予見可
能性も結果回避可能性もなく無過失である,と主張する。
 しかし,被控訴人ニプログループ中の被控訴人菱山は,被控訴人三恵を通し
て被控訴人白鳥からトラニラストを購入してトラニラスト製剤であるチタルミン錠
を製造していたものであり,被控訴人白鳥とは,医薬品原料供給確約書も締結して
いるのであるから(乙第62号証),被控訴人白鳥の製造方法を直接確認すること
に,困難はなかったはずであることは,既に認定したとおりである(現に,被控訴
人白鳥は,原審において,「原末を提供している製剤メーカーは,見たければ何時
でも白鳥の原末生産状況を見られる。白鳥はその要求を断ることはできない」(被
控訴人白鳥の原審第12準備書面16頁)と述べていることも,既に述べたとおり
である。)。そうだとすると,被控訴人菱山がこのような調査を行わなかったこと
からすれば,被控訴人菱山に「自己の行為が特許権を侵害しないと信じるについて
相当の理由」があるものということはできない。また,被控訴人ニプロ及び旧菱山
販売も,上記認定のとおり,被控訴人菱山と密接な一体的関係を有していたもので
あるから,被控訴人菱山を通じて,被控訴人白鳥のトラニラストの製造方法を確認
することができたのであり,両名についても,「自己の行為が特許権を侵害しない
と信じるについて相当の理由」があるものということはできない。
4 共同不法行為について
(1)共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合
において,各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは,各自が右
違法な加害行為と相当因果関係にある全損害について,その賠償の責めに任ずべき
である(最判昭和43年4月23日民集22巻4号964頁)。上記最判は,複数
の加害者により違法な侵害が加えられた場合には,各加害者の損害発生に寄与した
割合に応じた按分責任を認めるのではなく,加害行為と相当因果関係にある全損害
についてその賠償を認めるべきであることを明示したものである。本件において
は,被控訴人らの行為が本件特許権を侵害し,不法行為となることは,上記に認定
したところから明らかであるので,被控訴人らの行為が客観的に関連し共同して損
害を加えた場合に当たるか,について,次に判断する。
  被控訴人白鳥及び被控訴人三恵は,トラニラスト(原末)の製造販売を行
った者であり,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵からトラニラストを購入してトラニ
ラスト製剤を製造・販売した製剤メーカーである被控訴人進化,被控訴人ソルベ
イ,被控訴人扶桑,被控訴人菱山は,次のような経緯で,トラニラストをすべて被
控訴人白鳥及び被控訴人三恵から仕入れ,トラニラスト製剤を製造販売した者であ
り,被控訴人白鳥及び被控訴人三恵の原末メーカーと,被控訴人進化,被控訴人ソ
ルベイ,被控訴人扶桑及び被控訴人菱山の各製剤メーカーは,客観的に関連し共同
してトラニラスト製剤を製造販売し,本件特許権者である控訴人に対し,違法に損
害を加えたものと認められる。
(ア)被控訴人三恵と被控訴人白鳥は,昭和61年2月17日,①被控訴人白
鳥は,その製造したトラニラスト原末を被控訴人三恵のみに販売し,被控訴人三恵
の指定した納入場所に納入する,②特許係争及び訴訟等が生じた場合には被控訴人
三恵と被控訴人白鳥は協議して善後処理を決定すること等を内容とするトラニラス
ト(原末)の独占的製造販売契約を締結した。(乙第571号証)
(イ)被控訴人ソルベイ(旧商号幸和薬品工業株式会社)と被控訴人三恵及び
被控訴人白鳥は,昭和61年9月26日,三者間で,①被控訴人ソルベイは,被控
訴人三恵を通じて被控訴人白鳥に独占的にトラニラスト原末の製造を委託する,②
被控訴人ソルベイに対し訴訟が提起された場合は,被控訴人三恵と被控訴人白鳥の
責任においてこれを解決する,との内容のトラニラスト(原末)の基本契約を締結
した。(己S第6号証)
(ウ)被控訴人扶桑,被控訴人ソルベイ,被控訴人菱山及び被控訴人進化は,
昭和63年8月ころから,それぞれトラニラスト製剤の製造承認を申請した。控訴
人は,そのため,同年9月には,被控訴人白鳥,被控訴人扶桑,被控訴人三恵及び
被控訴人菱山に対し,トラニラスト製剤の製造販売については,特許法104条に
より,本件特許権を侵害しているとの推定が働くこと,及び,具体的な製法を開示
すべきであること等を内容とする警告書をそれぞれ送付した。(乙第576ないし
第578号証,己F第4号証,弁論の全趣旨)
(エ)被控訴人扶桑と被控訴人三恵及び被控訴人白鳥は,昭和63年9月20
日,①被控訴人扶桑は,被控訴人三恵を通じて被控訴人白鳥に独占的にトラニラス
ト原末の製造を委託する,②被控訴人扶桑に対しトラニラスト原末の製造方法に関
する特許訴訟が提起された場合は,被控訴人三恵と被控訴人白鳥の責任と負担にお
いてこれを処理する,③特許訴訟において生じた判決又は裁判上の和解により確定
した損害賠償金については,三者がそれぞれの分担金を負担する,との内容のトラ
ニラスト(原末)の基本契約を締結した。(己F第5号証)
(オ)被控訴人三恵は,昭和63年10月18日,トラニラストの特許に関す
る説明会を開催した。この説明会には,被控訴人白鳥,被控訴人扶桑,被控訴人ソ
ルベイ,被控訴人進化,被控訴人菱山の各担当者が出席し,トラニラスト製剤の後
発品の製造に必要なトラニラスト(原末)については,被控訴人白鳥が被控訴人三
恵が有する三恵特許の製造方法で製造し,被控訴人三恵を通じてこれを継続的に購
入することができること,本件特許権等の問題については,全面的に被控訴人三恵
が対処することが説明され,この説明会には,被控訴人三恵側の弁護士及び弁理士
として,床井代理人及び山田ら補佐人が同席し,被控訴人三恵を支援する立場から
の意見を述べた。(己F第7,第8-1,第8-2号証)
(カ)被控訴人進化は,平成2年1月19日,被控訴人ソルベイは,同年1月
22日,被控訴人菱山は,同年1月22日,被控訴人扶桑は,同年2月14日,そ
れぞれトラニラスト製剤の製造承認許可を取得し,被控訴人白鳥は,同年3月5
日,トラニラスト原末の製造承認許可を取得した。(乙第3,第576ないし第5
78号証,弁論の全趣旨)
(キ)被控訴人ソルベイと被控訴人三恵は,平成2年2月16日,①被控訴人
ソルベイは被控訴人三恵からトラニラスト原末の一手供給を受ける,②被控訴人ソ
ルベイがトラニラスト原末の製造方法に関する特許訴訟を提起された場合には,被
控訴人三恵の責任と負担でこれを処理するとの内容の基本契約を締結した。(己S
第8号証)
(ク)被控訴人菱山,被控訴人進化,被控訴人ソルベイ及び被控訴人扶桑は,
それぞれ,平成2年3月23日に,被控訴人白鳥と,トラニラスト原末の医薬品原
料供給確約書を締結した。(乙第62ないし第64号証,第66号証)
(ケ)控訴人は,平成2年3月29日に,被控訴人ソルベイ,被控訴人進化,
被控訴人菱山及び被控訴人扶桑に対し,トラニラスト製剤の製造販売について,本
件特許権に基づき警告書を送付した。被控訴人三恵は,被控訴人ら製剤メーカーに
対し控訴人の警告書に対する回答書案を送付し,被控訴人ソルベイ,被控訴人菱
山,被控訴人進化,被控訴人扶桑は,それぞれ,平成2年4月ころ,その回答書案
に従って,製造方法については,被控訴人三恵に問い合わせてほしい旨を内容とす
る回答書を,控訴人に対し送付した。(己F第9ないし第11号証,己S第9,第
10号証,弁論の全趣旨)
(コ)控訴人は,平成2年5月15日,被控訴人白鳥,被控訴人三恵,被控訴
人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑及び被控訴人菱山を被告として,本件特
許権に基づき,特許法104条の規定の適用を主張して本件訴訟を提起した(東京
地裁平成2年(ワ)第5678号)。
(サ)被控訴人科研と被控訴人ソルベイは,平成2年6月20日,被控訴人ソ
ルベイが,被控訴人科研に対し,必要な量のベセラール(トラニラスト製剤)を継
続的に供給し,被控訴人科研は,発売元となってこれを販売する,ベセラールにつ
いて特許訴訟が提起された場合には,被控訴人ソルベイが自らの責任の下にその解
決に当たり,訴訟費用及び損害賠償金は,すべて被控訴人ソルベイが負担する,と
の内容のトラニラスト製剤販売の基本契約を締結した。(己S第11号証)
(シ)控訴人は,被控訴人科研に対し警告をした上で,平成2年11月9日,
被控訴人科研を被告として,本件特許権に基づき,特許法104条の規定の適用を
主張して本件訴訟を提起した(東京地裁平成2年(ワ)第14203号)。
(ス)製剤メーカーである被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑,
被控訴人菱山は,その後,被控訴人白鳥が製造するトラニラスト原末を被控訴人三
恵から継続的に供給を受け,控訴人から警告を受け,本訴を提起された後にも,ト
ラニラスト製剤の製造販売を継続した。
以上のとおり,製剤メーカーである被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被
控訴人扶桑,被控訴人菱山は,いずれも被控訴人三恵が主催した上記説明会に出席
し,被控訴人白鳥が製造するトラニラスト(原末)を,被控訴人三恵を通じて継続
的にその供給を受けることを被控訴人三恵及び被控訴人白鳥と合意した上で,トラ
ニラスト(原末)の継続的供給を受けて,被告製剤を製造販売したものであり,し
かも,控訴人からの警告及び本訴提起についても,被控訴人三恵から,特許権侵害
訴訟については,被控訴人三恵の責任と費用でこれを処理するとの合意を得て,こ
れによって対応することにしたものである。そうである以上,被控訴人三恵及び被
控訴人白鳥の原末メーカーと,被控訴人進化,被控訴人ソルベイ,被控訴人扶桑及
び被控訴人菱山の各製剤メーカーは,客観的に関連して共同してトラニラスト製剤
を製造販売し,本件特許権者である控訴人に対し,違法に損害を加えたものという
べきであるから,各製剤メーカーの侵害行為と相当因果関係にある全損害につい
て,控訴人に対し,連帯してこれを賠償すべき義務を負うものというべきである。
(2) 被控訴人ニプログループについて
  被控訴人菱山は,被控訴人ニプロの50%出資の関連会社である。旧菱山
販売は,被控訴人ニプロの100%出資の子会社であって,平成12年10月13
日に,被控訴人菱山に吸収合併されたものである。そして,被控訴人菱山は,その
製造したチタルミン錠の全量を,被控訴人ニプロに対し,平均販売単価21.46
円という安値で販売し,被控訴人ニプロは,このチタルミン錠の全量を,旧菱山販
売に対し,平均販売単価22.1円という廉価で販売し,旧菱山販売は,このチタ
ルミン錠を第三者に平均販売単価53.59円で販売し,旧菱山販売がほとんどの
利益を取得するという,特殊な価格体系を採っていたものである。親会社である被
控訴人ニプロ及び被控訴人菱山の利益を,子会社である旧菱山販売にほとんど移転
したものとみることができるこのような価格体系は,資本関係がある三社が特定の
意図の下に合意しなくてはできないものである。被控訴人ニプログループは,チタ
ルミン錠については,親子会社関係の下に,上記のような特殊な価格体系に基づ
き,チタルミン錠の全量を三社間で譲渡する関係にあったのであるから,この三社
は,本件特許権侵害行為については一体としてみるべきである。そして,上記のと
おり,被控訴人菱山と被控訴人三恵・被控訴人白鳥間に,客観的な行為の関連共同
性が認められる以上,製剤メーカーとその専属の販売業者である被控訴人ニプログ
ループの三社と,被控訴人三恵・被控訴人白鳥の原末メーカーは,客観的に関連し
共同して,本件特許権を侵害したものであり,控訴人に対し,その侵害行為と相当
因果関係にある全損害を連帯して賠償すべき義務を負うというべきである。
(3)被控訴人科研について
  被控訴人科研と被控訴人ソルベイは,上記認定のとおり,平成2年6月2
0日に,被控訴人科研が必要とするベセラールの全量を被控訴人ソルベイが供給す
るとの契約を締結しており,しかも,被控訴人ソルベイは,特許訴訟が係属した場
合は,その訴訟費用と損害賠償金をすべて負担することを約束しているものであ
る。そうだとすると,本件特許権の侵害行為については,両者は,これを一体とみ
るのが相当であり,被控訴人ソルベイと被控訴人三恵・被控訴人白鳥の間に行為の
客観的な関連共同性が認められる以上,製剤メーカーとその専属の販売業者である
被控訴人ソルベイ・被控訴人科研と,被控訴人三恵・被控訴人白鳥の原末メーカー
は,客観的に関連し共同して,本件特許権を侵害したものであり,控訴人に対し,
その侵害行為と相当因果関係にある全損害を連帯して賠償すべき義務を負うという
べきである。
5 特許法第102条1項に基づく逸失利益相当損害の主張について
(1)時機に後れた攻撃方法について
  被控訴人らは,控訴人の特許法102条1項に基づく請求は時機に後れた
攻撃方法である,と主張する。しかし,現行の特許法102条1項が施行されたの
は平成11年1月1日である。原審は,平成8年から損害の審理に入り,平成11
年7月13日に準備手続を終え,平成11年9月22日に口頭弁論を終結してお
り,控訴人は,平成11年1月1日から最終の準備手続までの間は,現行の特許法
102条2項(当時の102条1項)の規定に基づき,被控訴人らが侵害行為によ
り得た利益の額の立証活動を終了し,被控訴人らの最終準備書面の提出等を待って
いる状況であった。このような状況で,新たに現行の102条1項の規定に基づく
主張立証をすれば,口頭弁論の終結が更に遅れることは明らかであり,そうである
とすると,控訴人は,その段階で特許法102条1項に基づく新たな主張立証をす
べきであった,とすることはできないというべきである。そして,控訴人は,一審
判決後,当審の平成12年8月31日の第1回口頭弁論期日において,特許法10
2条1項の主張を新たにしているのである。この新主張は,何ら時機に後れたもの
ではないというべきである。また,控訴人は,控訴審において,当裁判所の訴訟指
揮により,損害についての審理に入った直後の平成13年11月27日の期日に,
甲第312ないし第315号証を特許法102条1項に基づく主張を立証する証拠
として提出したものであるから,その立証活動についても,時機に後れたものでは
ないことが明らかである。
(2)損害の額について
 (ア)被控訴人らによるトラニラスト製剤の譲渡数量
 被控訴人らが自認し,控訴人が援用している被控訴人らのトラニラスト
製剤の製造数量は,次の①ないし⑤のとおりである(争いがない。)。
① 被控訴人進化は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日まで
にトラニラスト製剤であるシンベリナを719万カプセル製造し,被控訴人三恵又
は第三者に販売した。
② 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日
までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを636万0600カプセル,
ベセラールドライシロップを240万4860g製造し,被控訴人科研に譲渡し,
被控訴人科研はこれを第三者に譲渡した。
③ 被控訴人ソルベイは,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日
までにトラニラスト製剤であるベセラールカプセルを297万2740カプセル,
ベセラールドライシロップを115万8140g製造し,第三者に譲渡した。
④ 被控訴人扶桑は,遅くとも平成2年4月から平成5年1月18日まで
にトラニラスト製剤であるバリアックカプセル860万2800カプセル,バリア
ック細粒129万3600g,バリアックドライシロップ171万9840gを製
造し,第三者に譲渡した。
⑤ 被控訴人菱山は,遅くとも平成2年6月から平成5年1月18日まで
にトラニラスト製剤であるチタルミン錠を710万9000カプセル製造して,被
控訴人ニプロに譲渡し,被控訴人ニプロはこれを旧菱山販売に譲渡し,旧菱山販売
はこれを第三者に譲渡した。
 上記認定の製造数量の中には,本件特許権存続期間内に製造され,その
後,譲渡されたものも一部に含まれる。しかし,本件特許権の存続期間内に製造さ
れたトラニラスト製剤は,本件特許権を侵害するものであるから,これが本件特許
権存続期間後に譲渡された場合であっても,当該譲渡によって失った控訴人リザベ
ンの市場機会の喪失は,本件特許存続期間内の侵害行為と相当因果関係にある損害
であると認められる。したがって,「特許権者が・・・その侵害により自己が受け
た損害の賠償を請求する場合において」は,特許権存続期間経過前に製造され特許
権存続期間経過後に譲渡された物も,「その者がその侵害の行為を組成した物を譲
渡したとき」に含まれるものと解すべきである。すなわち,特許法102条1項に
いう譲渡数量には,製造の時点で侵害の行為を組成した物であれば,その物の譲渡
行為の時点においては特許権の存続期間経過により侵害行為を構成しなくなってい
る物も含まれると解すべきである。
 被控訴人らは,被控訴人らにより,本件特許権存続期間中に製造され,
存続期間終了後に販売されたトラニラスト製剤については,そのトラニラスト製剤
の数量分だけ特許製品の販売数量が減少したとの経験則は働かないので,特許法1
02条1項の規定は適用されない,と主張する。しかし,本件においては,本件特
許権存続期間内にトラニラストを適法に製造することができる第三者の存在を認め
るに足りる証拠がない以上,本件特許権存続期間を経過した後に,初めてトラニラ
ストの製造を開始せざるを得ず,そのためトラニラスト製剤の販売を開始するに至
るためには,相当の期間が必要である,と考えるべきであり,本件特許権存続期間
内に製造されたトラニラスト製剤については,本件特許権存続期間終了時から相当
期間が経過した後に販売されたことが証明されない限り,そのトラニラスト製剤の
製造分だけ特許製品の販売数量が減少したと認めるのが相当である。
(イ)控訴人の実施について
 控訴人は,昭和57年から今日に至るまでトラニラスト製剤リザベンを
製造し販売しており,被控訴人らが平成2年4月ないし6月ころから本件特許権の
存続期間満了日まで,トラニラスト製剤を製造し,譲渡した上記行為により同数量
のリザベンを販売する機会を喪失したものと認められる。
 被控訴人らは,控訴人は,トラニラスト原末の製造販売をしていなかっ
たのであるから,特許法102条1項の規定の適用はない,と主張する。しかし,
控訴人が,本件発明方法の目的物質であるトラニラストを下請けに製造させ,これ
を含むトラニラスト製剤を製造販売しているのであるから,被控訴人らの上記主張
には理由がないことが明らかである。
(ウ)控訴人トラニラスト製剤リザベンの単位数量当たりの利益額
 特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益」は,権利者が自己
の製品を製造販売するために必要な初期投資を終えた後に得られる製品1個当たり
の利益であり,売上げから追加の製造販売を行うのに必要な経費を控除した利益
(限界利益)である,と解すべきである。
 まず,追加の製造に関しては,対応数量分の追加製造原価費用が必要で
あることは当然であるから,「売上高」から追加製造原価費用に当たる「売上原
価」(原材料費・労務費・経費)を控除すべきである。
 販売費及び一般管理費については,次に述べるとおり,本件について
は,控訴人は,被控訴人らの譲渡数量に対応する数量のリザベン製剤を追加して販
売するに当たっては,特段の追加販売費及び一般管理費を必要とするものではな
い,と認められる。すなわち,証拠(甲第312,第315号証)によれば,次の
事実が認められる。
① 控訴人は,平成2年から平成5年にかけてのころ,全国に27の支
店・営業所の営業拠点を有しており,常時約600名の営業専用要員を動員してト
ラニラスト製剤の販売に当たっていた。
② 控訴人のリザベンの売上げが,46期(平成2年4月1日から平成3
年3月31日)は105億3560万7000円,47期(平成3年4月1日から
平成4年3月31日)は82億3322万7000円,48期(平成4年4月1日
から平成5年3月31日)は60億1271万2000円と減少している。また,
46期から48期にかけて,控訴人のリザベンの売上額がこのように減少している
にもかかわらず,控訴人の販売費及び一般管理費は,46期が178億0988万
3000円,47期が197億1067万5000円,48期が228億8800
万円とむしろ増加している(なお,控訴人は,リザベン以外の製剤も製造販売して
いるから,この販売費及び一般管理費は,リザベンとそれ以外の製剤の双方の製造
販売に必要な経費である。)。
 上記認定事実によれば,控訴人のリザベンの販売の減少額が,被控訴
人らのトラニラスト製剤の販売額よりも一見して大きいことからすれば,リザベン
の販売額減少の理由を被控訴人らによるトラニラスト製剤の製造販売にのみ限定す
ることはできないものの,被控訴人らのトラニラスト製剤が控訴人のリザベンのい
わゆるゾロ品であることからすれば,被控訴人らが製造販売したトラニラスト製剤
が,控訴人のリザベンの販売額減少の直接的な要因の一つとなったものであること
は,容易に推認することができる。また,控訴人のリザベンの売上額は,上記のと
おり,被控訴人らのトラニラスト製剤の売上額よりかなり大きなものであること,
控訴人の販売費及び一般管理費は,46期から48期にかけて,上記のとおり増加
しているだけでなく,被控訴人らのトラニラスト製剤の販売額に比べ,かなり大き
な金額であり,このことと上記の販売態勢からして,リザベンの追加販売があった
としても,当時の販売態勢の下で,これを十分に吸収することができるものであっ
たことが推認でき,控訴人によるリザベンの追加製造販売があったとしても,販売
費及び一般管理費の追加支出が必要であったとまでは認めることができない。した
がって,本件においては,特許法102条1項の「単位数量当たりの利益の額」の
算定に当たって,追加的な販売費,一般管理費を控除するのは相当でない,という
べきである。
 以上に検討したところと証拠(甲第312号証)とによれば,リザベ
ンの平成2年から平成5年までの平均利益額は,リザベン(カプセル)が1カプセ
ルあたり73.54円,リザベン(細粒)が1g当たり73.38円,リザベン
(ドライシロップ)が1gあたり74.70円であり,その金額をもって,リザベ
ンの「単位数量当たりの利益の額」と認められる。
(エ)控訴人の実施の能力
 証拠(甲第312ないし第315号証)によれば,控訴人からリザベン
用のトラニラスト原末の製造を委託されていた郡山化成株式会社の製造能力は月間
約1300㎏(年間約16トン)であり,同じく控訴人からトラニラスト原末の製
造を委託されていた和光純薬株式会社の製造能力は月間約1300㎏(年間約16
トン)であり,控訴人のこれらの下請製造会社によるトラニラスト原末の製造能力
は年間約32トンに及んでおり,また,これに連動する控訴人の工場におけるリザ
ベン製剤の製造能力は,リザベンカプセルが年3億6750万カプセル,リザベン
細粒が年3万6750㎏,リザベンシロップが年3万6750㎏であり,これに対
し控訴人のリザベンの実際の生産量は,その半分にもみたなかったものであること
が認められる。したがって,平成2年から平成5年の間の被控訴人白鳥のトラニラ
スト原末の製造量が10トン未満であったことからすると,控訴人には,被控訴人
らによる譲渡数量分について実施の能力が十分に存在したものと認められる。
(オ)102条1項ただし書きについて
(a)被控訴人ニプロ並びに被控訴人兼承継人菱山は,控訴人は,トラニラ
スト原末を製造し,これを製剤加工して販売するという業務形態を採っているのに
対し,被控訴人ニプロ,被控訴人兼承継人菱山は,被控訴人菱山においてトラニラ
スト原末を仕入れて,これを製剤加工し,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売がトラニ
ラスト製剤を販売するという異なる業務形態を取っていたため,その利益額は,控
訴人の平均利益額に比べ著しく低い,したがって,公平の観点から,特許法102
条1項に規定の適用は排除されるべきである,と主張する。
しかし,被控訴人菱山,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売は,被控訴人
菱山において,被控訴人白鳥が製造したトラニラスト原末を被控訴人三恵を通して
購入して,トラニラスト製剤(チタルミン錠)を製造し,その上で共同してこれを
販売し,トラニラスト製剤市場で競合したものである。そして,被控訴人白鳥,被
控訴人三恵,被控訴人菱山,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売の5者全体の行為を控
訴人と比べてみると,トラニラスト原末の製造元の被控訴人白鳥や販売元の被控訴
人三恵がそれぞれ利益をあげ,また,被控訴人菱山,被控訴人ニプロ及び旧菱山販
売が,三社一体として,チタルミン錠の製造販売行為を行い,グループ三社内で利
益の一社集中をはかっていた点が異なるだけであり,上記被控訴人ら5社全体の行
為を控訴人と比べてみると,そこに何らの差異もないことが明らかである。
 控訴人と被控訴人ニプログループとの間でトラニラスト製剤販売によ
る利益額が著しく異なるとしても,このことは,むしろ,被控訴人ニプログループ
が,いわゆるゾロ品を廉価販売することにより,控訴人のリザベンの市場に入り込
もうとしたことを推認させるものであり,このような被控訴人ニプログループによ
る廉価販売によって,控訴人は自らのトラニラスト製剤リザベンの販売機会を喪失
したものであることを,より明確に推認できるものである。
 特許法102条1項は,侵害者による廉価販売により,侵害者が赤字
を出している場合等には,特許法102条2項の規定によるのでは特許権者の被っ
た損害を回復することができないために,特許権者の販売機会の喪失による販売利
益の喪失に見合う損害の賠償の確保を目的として立法されたものである。このよう
な特許法102条1項の立法趣旨からすれば,「侵害者の現実に得た利益」が低い
場合には102条1項の適用が排除されるという被控訴人ニプログループの上記主
張は,到底採用することができないものであることが明らかである。
(b)被控訴人ニプログループは,特許法102条1項ただし書に該当する事
情であるとして,次のとおり主張している。
① 平成2年ないし平成4年当時のいわゆるジェネリック医薬品(後発
品)の売上げは5%程度であり,リザベンの売上げはこれを大きく上回る割合で減
少しているのであるから,リザベンの売上げの減少は,被控訴人らのトラニラスト
製剤の販売によるものではない。
② トラニラスト製剤の同効薬のザジデン,アゼプチン,セルテクト等
が,リザベンの売上の減少に影響を与えた。
③ 控訴人は,平成4年から,ドメナンを発売している。このドメナン
は,控訴人のリザベンと市場が競合しており,控訴人の営業活動の重点がドメナン
に移ったために,リザベンの売上げが減少したのである。
 しかし,被控訴人ニプログループが主張するところは,次に述べるとお
り,いずれも特許法102条1項ただし書きの「譲渡数量の全部又は一部に相当す
る数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があると
き」には当たらず,上記主張はすべて理由がない。
 上記①については,仮に,リザベンの売上げの減少が,被控訴人らの販
売したトラニラスト製剤の販売量を大きく上回っていたとしても,そのことから
は,リザベンの売上げの減少については他の要因も関係している,ということはい
えるとしても,これは被控訴人らによるトラニラスト製剤の販売とは無関係のこと
である,といえるわけではないことは明らかである。被控訴人ニプログループの上
記主張は失当である。
上記②については,被控訴人ニプログループが主張する同効薬のザジデ
ン,アゼプチン,セルテクトは,トラニラスト製剤とは化合物を異にするものであ
り,その薬剤としての性質も薬効も相違するものである(丙第20号証)。同効薬
は,その作用・副作用,使いやすさ等を総合的に勘案して,特許の対象となってい
る製剤(以下「特許製剤」という。)と同等ないしこれに匹敵する効能をもち,市
場において特許製剤と競合関係にある場合には,当該特許の侵害品により,特許製
剤のみならず,当該同効薬も,同様にその販売量の減少をきたす場合もあり,この
ような同効薬の存在が主張立証された場合には,特許法102条1項ただし書きに
相当する場合も生じ得るということはできるものの,本件については,被控訴人ニ
プログループは,単にリザベンとの同効薬があると主張し,丙20号証を提出する
のみであり,それらの薬剤が上記のような意味における同効薬かどうかについて
は,何ら主張立証するものではない。したがって,被控訴人ニプロらの上記②の主
張も,採用することはできない。
上記③については,控訴人の新薬である「ドメナン」もトラニラスト製
剤とは化合物を異にするものであり,その性質も薬効もリザベンとは相違するもの
であることからすれば,この新薬の存在をもって,直ちに特許法102条1項ただ
し書きに該当する事情の立証があったということができないことは,当然である。
また,新薬の販売に営業活動の重点が移ることはよくあることであるとしても,リ
ザベンは控訴人の貴重な主力製品であることからすれば(甲第312号証),リザ
ベンの売上げが減少するのも顧みずに,控訴人の営業活動の重点をドメナンに移す
ということも考えにくいことであり,被控訴人ニプログループの主張は,この点で
も採用することができない。
(カ)控訴人が,特許法102条1項に基づき,被控訴人三恵及び被控訴人白
鳥並びに別表(1)「102条1項損害一覧表」記載の各被控訴人らに対し請求するこ
とができる損害額は,前記製造量に前記控訴人利益額を乗じた額として算出され,
その額は別表(1)「102条1項損害一覧表」の「損害額(円)」欄に記載したとお
りである。
(3)消滅時効について
(ア)控訴人は,被控訴人らによる本件特許権侵害行為について,被控訴人白
鳥及び被控訴人ら6名については,原審における平成5年1月14日付け原告第6
準備書面,平成5年11月16日付け訴え変更申立書,平成5年12月6日付け訴
え変更申立書によって,被控訴人ニプロについては平成9年6月10日付け訴状,
旧菱山販売については平成9年10月1日付け訴状によって(いずれも,各日付け
ころ裁判所に受理され,その後,各被控訴人らに送達されたものである。),損害
賠償請求を行っているのであり,控訴人のこの訴え提起行為は,損害又は加害者を
知った日から3年以内に行われており,これにより被控訴人らによる本件特許権侵
害行為により生じる損害賠償請求権についての消滅時効は中断している。
  特許法102条1項,同条2項及び同条3項に基づく請求は,単に同一
の不法行為事実についての逸失利益の損害額の計算の方法が異なるものにすぎず,
被控訴人らによる本件特許権侵害行為という不法行為についての損害賠償請求権
は,各被控訴人らに対し,もともと一つしかないのであり,控訴人は,同一の不法
行為事実について,原審の当初から同条2項及び3項に基づいて損害賠償請求をし
てきたのであるから,控訴人が,控訴審において特許法102条1項に基づき計算
した金額を損害の額として選択的・追加的に請求したとしても,上記のとおり,こ
の損害賠償請求権についての消滅時効は既に中断されているものである。
  被控訴人ニプロと旧菱山販売については,控訴人による訴えの提起が平
成9年6月10日,平成9年10月1日付け訴状によりなされている。両者に対す
る訴えの提起が後れたのは,次の事情によるものであり,控訴人は,このころま
で,被控訴人ニプロ及び旧菱山販売がチタルミン錠を販売していることを知らなか
ったのであるから,両名について消滅時効は完成していないものと認められる。
  チタルミン錠は,その箱にも能書にも「製造販売元菱山製薬株式会社」
とのみ記載されており,医薬品製剤の卸からの販売数量から統計処理を行っている
IMS統計にも,被控訴人菱山のデータのみが掲載されていたところから,控訴人
は,チタルミン錠の製造販売に関しては被控訴人菱山のみを平成2年に提訴したも
のである。しかし,原審の先行訴訟においては,平成8年に侵害論を終了して損害
審理が開始され,被控訴人菱山から任意提出された帳簿によると,被控訴人菱山は
被控訴人ニプロに21.46円という廉価でチタルミン錠全量を販売し,被控訴人
ニプロは22.01円という廉価でチタルミン錠全量を旧菱山販売に販売し,旧菱
山販売がこれを少なくとも平均販売単価約53.59円で第三者に販売していたこ
とにより,旧菱山販売にチタルミン錠の販売による利益が主として集められていた
ことが判明したため,控訴人は,平成9年に被控訴人ニプロと旧菱山販売を訴えた
ものである。
(イ)被控訴人らは,控訴人は,原審では,共同不法行為に基づく損害賠償を
請求していなかったのであるから,控訴審において,共同不法行為に基づく請求を
追加するのは,請求の根拠となる不法行為事実自体を変更するものであり,この点
からも消滅時効が成立する,と主張する。
しかし,控訴人は,原審においても,被控訴人三恵と被控訴人白鳥,被
控訴人三恵と被控訴人進化,被控訴人ソルベイと被控訴人科研,及び,被控訴人ニ
プログループについて,既に共同不法行為の主張をしているのであり,控訴審にお
いても,被控訴人らによるトラニラスト製剤の製造販売という,原審と同一の不法
行為事実について,原末メーカーである被控訴人白鳥・被控訴人三恵と各製剤メー
カーとの間に客観的な関連共同性があることから,共同不法行為の範囲をその範囲
まで拡張して主張しているにすぎないのである。そして,控訴人は,被控訴人らの
個々の不法行為については,原審と同一の不法行為事実を主張しているのであるか
ら,請求の根拠となる不法行為事実自体を変更するものではないことは明らかであ
る。したがって,個々の不法行為事実について既に時効中断の効力が生じている以
上,個々の不法行為が関連共同してなる共同不法行為について消滅時効が成立する
ことはあり得ず,被控訴人らの消滅時効の主張は,到底採用することができない。
(ウ)被控訴人らは,控訴人が,原審において,被控訴人ソルベイ及び被控訴
人科研並びに被控訴人扶桑に対する損害賠償の額を減縮したことから,1個の債権
の数量的な一部についての訴えの提起による時効中断の効力は,数量的な残部につ
いては及ばず,控訴審において,この残部について請求を拡張しても,その部分
は,既に時効により消滅している,と主張する。しかし,控訴人は,特許法の改正
により,平成11年1月1日から,特許法102条1項の規定が適用されることに
なり,得べかりし利益についての立証が容易になったことから,控訴審において,
被控訴人らの不法行為により生じた損害について,特許法102条1項の規定に基
づき損害額を計算してこれを請求しているものにすぎないのである。したがって,
控訴人は,原審において,1個の債権の数量的な一部として,損害賠償請求をして
いたわけではなく,また,控訴審において1個の債権の数量的な残部について請求
を拡張したわけではない。控訴人は,本件特許権侵害に基づく損害賠償の額につい
て,特許法が定める異なる計算方法に基づき,異なる金額の損害の額を主張してい
るにすぎないのであるから,被控訴人らの上記主張を採用することはできない。
(4)損害の額についての結語
  以上によれば,控訴人の,被控訴人らに対する,別表(1)「102条1項損
害一覧表」の「控訴審一部請求額」の欄記載の各金額の連帯支払を求める請求は理
由がある。
6 弁護士費用相当額について
 控訴審における弁護士費用としては,本件事案の内容と当審における審理の
経過,当審において認められる上記損害賠償の金額,当審における控訴人訴訟代理
人らの訴訟行為の内容,その他当審において認められる一切の事情を総合考慮すれ
ば,主文第7項のとおり認めるのが相当である。なお,被控訴人ニプロら及び被控
訴人ソルベイらは,弁護士費用について消滅時効を主張するものの,控訴人が請求
しているのは,控訴審における弁護士費用であるから,その主張に理由がないこと
は明らかである。
7 以上のとおりであるから,控訴人の本訴請求は,弁護士費用相当額の請求の
一部を除いて,すべて理由があるので,控訴人の本訴請求を棄却した原判決を取り
消し,控訴人の本訴請求を主文掲記の限度で認容することとし,その余の請求は理
由がないから棄却し,第1,第2審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67
条,61条,64条ただし書き,65条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
     裁判長裁判官     山   下   和   明
裁判官     設   樂   隆   一
          裁判官    阿   部   正   幸
別紙目録(1)
「被告主張方法」
「反応工程
 3,4-ジメトキシ桂皮酸114キロ及び無水イサト酸134キロをト
リエチルアミン93・3キロとジメチルアセトアミド270キロに溶解し,内温1
10~120℃で8時間加熱し,その後冷却し,翌日内温20℃以下で,ほぼ3規
定の塩酸を加えてpH3前後に調整する。
 これを別の容器に移し,ジメチルアセトアミド30キロで洗浄し,水1
100リットルを毎分20リットルづつ滴下しつつ攪拌し,滴下終了後攪拌を停止
し,翌日上澄み液を吸引除去し,水800リットルを加え,静置して再び上澄み液
を吸引し,更に水800リットルを加え,結晶を濾過し,粗結晶を得る。
精製(再結晶)工程
 粗結晶100キロをソルミックス1750リットルに加え,加熱し,溶
解後加熱を止め,白鷺A(活性炭)1キロを加え,濾過する。
母結処理工程(母液に残存する結晶の回収)
 母結(精製工程で結晶を濾過した残りの液からソルミックスを回収し,
濃縮したもの)に2倍量のメタノールと25~30%のトリエチルアミンを加え,
室温で2時間程度攪拌した後,母結量の5,6倍の水を加え,濃塩酸でpHが3前
後になるよう調整し,結晶をろ過する。
 次いで一次晶の精製と同様に精製する。」
別紙目録(2)
「被控訴人主張方法」
「3,4-ジメトキシ桂皮酸及び無水イサト酸をトリエチルアミンとジメチル
アセトアミドとの混合溶媒に溶解し,加熱した後冷却し,それにほぼ3規定の塩酸
を加える。これを適宜水で洗浄し,更にクロロホルムを加えて攪拌,濾過し,粗結
晶を得る。次いでソルミックスと活性炭とによりこれを精製する。」
別表(1)102条1項損害一覧表別表(2)102条2項損害一覧表別表(3)
102条3項損害一覧表

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