弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人伴廉三郎提出の控訴趣意書、同補充書に記載されたと
おりであり、これに対する答弁は、検察官高田勝提出の答弁書に記載されたとおり
であるから、ここにこれらを引用し、当裁判所は次のとおり判断する。
 控訴趣意第一点について。
 論旨は要するに、本件森林窃盗の訴因は、窃取行為の客体となつた松の木三〇本
位の所有者および占有者が明示されていないため不特定であり、したがつて本件公
訴は当初から無効であり、補正追完により有効になることはあり得ないから、原審
は、刑訴法三三八条四号により公訴棄却の判決をすべきであつたのに、原審が、右
松の木の所有者および占有者について検察官に釈明させ、また本件山林の所在地名
につき訴因の変更および起訴状の訂正を許可したうえ、被告事件につき審理して有
罪判決をしたのは、憲法三一条に違反し、不法に公訴を受理したものであるという
のである。
 そこで検討すると、記録によれば、本件における森林窃盗の当初の訴因は、差戻
前の第一審第三回公判期日において、起訴状記載の封印破棄の訴因を変更して主張
されるに至つたもので、その内容は、「被告人は、Aの申請によつて昭和四二年二
月二一日、八日市場簡易裁判所の仮処分決定により八日市場市a字bc番のd山林
一反二畝三歩、八日市場市a字ef番のg山林一反歩に対し、被告人の占有を解
き、これを千葉地方裁判所八日市場支部執行官にその保管を命じ、被告人は右山林
内に立入り工作してはならない旨の仮処分が執行されていることを知りながら、昭
和四七年一月八日ころ、前記山林内に執行官の許可なく立入り、同山林に生育して
いた黒松、赤松(長さ四・五米、直径二〇糎位)三〇本位(時価五万円相当)を伐
採搬出して窃取したものである。」というものであつた。ところが、検察官は、差
戻後の原審第一回公判期日において、右訴因のうち、「ef番のg」という部分を
「ef番のh」と訴因変更すること、および「bc番のd」という部分を「ec番
のd」と訂正することを申し立て、原審裁判所は、右の訴因変更および起訴状の訂
正を許可した。さらに、原審第三回公判期日において、原審裁判所は、本件訴因の
うち、窃取行為の客体である前記松の木の具体的な所有者および占有者を明らかに
するよう検察官に釈明を求めたところ、検察官は、同第四回公判期日において、
(一)前記松の木の占有関係については、それが生えていた前記の山林について、
昭和四二年二月二一日八日市場簡易裁判所から執行官保管・被告人の立入工作禁止
の仮処分決定が発せられ、同月二三日千葉地方裁判所八日市場支部執行官によつて
右決定が執行されたことにより、右松の木が同日以降執行官の占有保管に移つたこ
と、(二)また、右松の木の所有関係については、(イ)被告人の父B(昭和三三
年一二月三〇日死亡)の相続人であるA、C、D、E、F、G、Hおよび被告人の
共有であるか、又はAの単独所有であり、(ロ)かりに被告人の単独所有であると
しても、刑法二四二条により森林窃盗罪にあたるものであつて、右(二)(イ)の
共有の主張とAの単独所有の主張は択一的な主張で、(二)(ロ)の主張は(イ)
の予備的主張である旨書面に基づいて釈明した。そして、原判決は、右松の木の所
有関係については(二)(ロ)の予備的訴因を採用し、その他の点については、前
記の変更および訂正がされた後の訴因と同一の事実を認め、被告人を有罪にしたも
のである。
 ところで、起訴状に記載された訴因が明確でないときでも、それが訴因の本質的
部分の記載を欠くため、いかなる事実を罪となるべき事実として主張したかを全く
知り得ない場合はともかく、罪となるべき事実が一応識別できる程度に具体的に記
載されているかぎり、ただちに公訴を棄却すべきでなく、不明確な部分について検
察官に釈明を求め、検察官がこれを補正し、訴因を明確にしたときは、その公訴提
起を有効なものと解して妨げない(昭和三三年一月二三日最高裁判所第一小法廷判
決、刑集一二巻一号三四ぺージ参照)。この見地からみると、本件森林窃盗の訴因
は、行為の日時・客体・方法については、当初から具体的に記載されており、前記
地番、地名の変更、訂正も地番の誤記を是正し、かつ字名表示の変更に即応させた
ものと認められるのであつて、本件各山林は仮処分の対象として当初から特定され
ていたというべきである。また行為の客体である松の木の占有者についても、執行
官保管の仮処分が執行されている旨の記載によつて執行官の占有するものであると
の趣旨が明らかであるから、訴因は一応特定しているものと解せられる。ただ、右
松の木の所有者名が明示されていなかつたために、その特定が不充分であつたに過
ぎないのである。したがつて、差戻後の原審裁判所が、この点について検察官に釈
明を求めたのは当然の処置であり、検察官が前記のように訴因を補正したのは適法
であつて、これにより訴因が明確になつた本件では、その公訴提起は有効であり、
刑訴法三三八条四号により公訴棄却の判決をすべき場合にあたらないから、原審の
訴訟手続および原判決に所論の違法はない。
 したがつて、論旨は理由がない。
 控訴趣意第二点について。
 論旨は要するに、原判決が挙示する執行官I作成の仮処分点検調書謄本によつて
も、原判決認定の各山林、したがつて、そこに生えていた本件松の木三〇本位が執
行官の占有下にあつたとは認められないから、原判決にはこの点で事実誤認および
理由不備ないし理由のくいちがいがあるというのである。
 そこで検討すると、原判決挙示の執行官I作成の仮処分点検調書謄本によれば、
本件松の木が伐採された山林の所在地名が、八日市場市a字bc番のd、山林一反
二畝三歩および同市a字ef番のg、山林一反歩である旨記載され、原判決の認定
する場所と異なつていることは所論のとおりである。
 しかし、右点検調書中の「b」という字名は、昭和四二年三月三一日に行われた
土地台帳および登記簿の一元化の際、字名の表示が変更され、「e」と表示するこ
とになつたものであり、また、点検調書中の「ef番のg」の表示は、関係証拠に
よれば、「ef番のh」の誤記に過ぎないものであり、したがつて、前記執行官が
点検した場所と原判決が認定した場所が同一の場所であることは、原判決が「争点
に対する判断」の項の一、本件行為の対象について、と題する部分において、詳細
に説明するとおりである。
 そして、原判決は、右執行官作成の仮処分点検調書謄本のみに基づいて犯行の場
所を認定したのではなく、原判決挙示の関係証拠を総合してこれを認定したもの
で、これらの証拠によれば、犯行の場所が原判決の認定する場所であり、しかも昭
和四二年二月二一日に八日市場簡易裁判所がAの申請により、被告人に対し執行官
保管・立入工作禁止の仮処分決定をして、同月二三日千葉地方裁判所八日市場支部
執行官Jがこれを執行した場所であることが明らかであるから、原判決には所論の
事実誤認はなく、理由不備ないし理由のくいちがいも認められない。論旨は理由が
ない。
 控訴趣意第三点ならびに補充控訴趣意について。
 論旨は要するに、原判決は、被告人の原判示所為につき、森林法一九七条、刑法
二四二条を適用して被告人を処断したのであるが、森林窃盗罪に刑法二四二条を適
用することは、罪刑法定主義に反し許されないから、原判決には法令の解釈適用を
誤つた違法があるというのである。
 <要旨>そこで検討すると、原判決は、原判示各山林が被告人の所有に属すると判
断したうえ、執行官の占有していた右山林に生育する松の木三〇本位を伐採
搬出したという被告人の原判示所為について、刑法二四二条の適用があり、森林法
一九七条(昭和四九年法律第三九号による改正前のもの。以下同じ。)の罪が成立
するとの解釈に基づき、右各法条を適用して処断したものと解せられる。
 ところで、森林法一九七条(森林窃盗罪)は、旧刑法(明治一三年太政官布告第
三六号、明治一五年一月一日施行)三七三条に由来し、同条のうち森林においてそ
の産物を窃取する所為に関する部分が明治三〇年法律第四六号森林法三七条に取り
入れられ、同四〇年法律第四三号森林法八三条を経て現行森林法に受け継がれた規
定である。そしてその処罰の対象となる行為の行われる場所が森林内であるため、
占有ないし管理の態様が一般にゆるやかで、その産物が盗まれ易い状態に置かれて
いること、また行為の客体も土地に定着して生育する物で一般の動産と異なり、財
産的価値も通常比較的少ないことなどの点において、刑法上の一般の窃盗罪に比べ
てやや性質が異なり、類型的にその違法性が低く、責任性も軽いため、特別の行為
類型を設けて一般の窃盗罪より軽く処罰することにしたものと解せられる。そし
て、森林法は、右一七九条のほか、一九八条において保安林の区域内での森林窃盗
罪を規定し、二〇四条において一九七条、一九八条の未遂罪を罰する旨の規定を置
いているが、刑法二四二条に相当する規定は置かれていないのである。
 他方、刑法二四二条は、規定の沿革および立法趣旨に徴して、本来所有権の保護
を目的とする同法二三五条等の処罰の範囲を拡張し、自己の所有する財物に対して
も盗罪の成立することがあることを定めた特別規定と解されるのであるが、同条は
その適用範囲を「本章ノ罪ニ付テハ」と限定しているのであるから、刑法第三六条
の定める窃盗罪等に限つて適用があるものと解するのが相当であり(詐欺および恐
喝の罪については別に同法二五一条の準用規定がある。)、森林窃盗罪が窃盗罪の
一類型であるからといつて、このように処罰の範囲を拡張する趣旨の規定を明文が
ないのに同罪に類推適用することは、罪刑法定主義に反するから許されないといわ
なければならない。また、刑法二四二条は総則規定ではないから、同法八条の適用
のないことも当然である。
 もつとも、森林法に明文がなくても、刑法二四四条が森林窃盗罪に適用されると
する判例(最高裁判所第三小法廷昭和三三年二月四日判決、刑集一二巻二号一〇九
ページ)があるので、森林窃盗罪が沿革的にみて窃盗罪の一類型であることにかん
がみると、刑法二四二条を森林窃盗罪に適用しても不合理ではないようにも考えら
れる。しかし、刑法二四四条は、被告人と被害者との間に所定の親族関係があれば
刑を免除し、又は告訴を待つて論ずるという処罰阻却事由ないし訴訟条件に関する
規定であるから、同条を森林窃盗罪に適用することは、被告人に利益な解釈であ
る。これに反し、同法二四二条は処罰の範囲を拡張する実体的規定であるから、こ
れを森林窃盗罪に適用することは、被告人に不利益な解釈であることが明らかであ
る。また、沿革的にみても、刑法二四四条に相当する旧刑法三七七条の規定は、旧
刑法第三編第二章第一節「窃盗ノ罪」の節の末尾に置かれていたのであるから、そ
の規定の位置、内容にかんがみ、同法三七三条所定の森林窃盗罪にも適用する趣旨
であつたものと解せられる。これに反し、刑法二四二条に相当する旧刑法三七一条
の規定は、「自己ノ所有物ト雖モ典物トシテ他人ニ交付シ又ハ官署ノ命令ニ因リ他
人ノ看守シタル時之ヲ窃取シタル者ハ窃盗ヲ以テ論ス」というもので、同法三六六
条ないし三七〇条の規定の次に置かれていたのであるから、その規定の位置、内容
にかんがみ、右の五箇条所定の普通窃盗・震災時窃盗・侵入窃盗・集団窃盗・持兇
器窃盗の処罰の範囲を拡張するものであつて、右三七一条の規定の後に置かれ、普
通窃盗より特に軽い刑罰を定めていた同法三七二条の田野窃盗、同三七三条の森林
窃盗等の罪にまで適用されるものではなかつたと解するのが正当と考えられる。こ
のことは、森林窃盗罪が森林法に規定されるに至つたことによつて一層明白になつ
たといわなければならない。
 また、旧刑法は森林窃盗のほか、三七二条において田野における産物盗を、三七
四条において牧場における牧畜の窃盗をそれぞれ窃盗罪の一類型として規定してい
たところ、現行刑法の施行に伴い、これらは刑法二三五条に包摂されることになつ
たために、これらの窃盗にも同法二四二条が適用されることになつたことにかんが
みると、同条は森林窃盗にも適用されると解しないと均衡を失するのではないかと
も考えられる。しかし、罪刑法定主義に基づく前記の解釈は、このように局部的な
均衡論だけで左右すべきではないと解せられるばかりでなく、森林窃盗罪の立法趣
旨は前記のとおりであり、右窃盗行為は、田野窃盗などの場合と比べても、森林の
産物に対する所有者の占有ないし管理の態様の点においておのずから差異があり、
また窃取の客体および窃取行為の態様にも特異性があり、一般にその違法性および
責任性が低いため、右森林窃盗罪は通常の窃盗罪より特に軽く処罰するのが相当で
あるとの見地から森林法に規定されて存続していると考えられるのである。
 したがつて、森林窃盗罪を右田野窃盗などと同日に論ずることは適当でないとい
わなければならない。
 なお、自己所有の森林の産物については窃盗罪は成立しないと解しても、本件の
ように公務員がこれを占有している場合には、その伐採等の行為はおおむね刑法九
六条(封印破棄罪)によつて処罰することが可能であるから、刑事政策上実際には
それほど支障は生じないと考えられる。
 以上の理由により、森林法一九七条の森林窃盗罪については、刑法二四二条は適
用されないと解するのが相当であるから、原判決が本件について刑法二四二条を適
用して被告人を有罪にしたのは、法令の解釈適用を誤つたもので、右の誤りは判決
に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない。論旨は、この点に
おいて理由がある。
 そこで、刑訴法三九七条一項・三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇
〇条但書の規定にしたがい、当裁判所において次のとおり判決する。
 本件公訴事実は、主位的訴因が、「被告人は、Aの申請によつて昭和四二年二月
二一日、八日市場簡易裁判所の仮処分決定によりA、C、D、E、F、G、Hおよ
び被告人の共有であるか、又はAの単独所有である八日市場市a字ec番のd、山
林一反二畝三歩、八日市場市a字ef番のh山林一反歩に対し、被告人の占有を解
き、これを千葉地方裁判所八日市場支部執行官にその保管を命じ、被告人は右山林
内に立入り工作してはならない旨の仮処分が執行されていることを知りながら、昭
和四七年一月八日ころ、同裁判所支部執行官の占有保管する前記山林内に執行官の
許可なく立入り、同山林に生育していた黒松、赤松(長さ四・五米、直径二〇糎
位)三〇本位(時価五万円相当)を伐採搬出して窃取したものである。」というの
であり、また予備的訴因は、右訴因のうち「A、C」から「Aの単独所有である」
までの部分に代え「被告人の単独所有である」を加えたものであるところ、右の主
位的訴因については、これを排斥した原判決に対し、検察官の控訴申立がなかつた
ことから、検察官はもはやこれを主張していないものと解されるばかりでなく、本
件全証拠によつても、本件各山林が右訴因に掲げられた被告人以外の者の所有に属
することは認められないから、結局犯罪の証明がなく、また右予備的訴因に相応す
る事実は認められるが、前記説明のとおり森林法一九七条の森林窃盗罪について
は、刑法二四二条は適用されないと解すべきであるから、右事実は結局罪とならな
いものである。
 そこで、刑訴法三三六条により無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決す
る。
 (裁判長裁判官 浦辺衛 裁判官 小野慶二 裁判官 小泉祐康)

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