弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙第一目録記載
の土地をその地上に存する別紙第二目録記載の建物を収去して明け渡し、昭和二十
六年十一月十六日より右土地明渡ずみまで一ケ月金三万八千四百三十四円八十銭の
割合の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判
決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、『原判決事案摘示中控訴人
(原告)の主張として、「被告は右土地上に別紙第二目録記載の建物を所有し、こ
れを工場及び事務所として使用して来たが、」とあるのを、「被告(被控訴人)
は、右土地上に別紙第二目録(本判決末尾添附の控訴審において訂正したもの)記
載の建物を所有し、これを被告(被控訴人)会社の職員宿舎及び倉庫として使用し
て来たが、」と訂正する。地下七百十米の深さにまで掘さくし、数年に亘り四六時
中休なく地下水を汲み上げる設備は、土地の原状に変更を生ずるものである。な
お、本件建物の収去並びに土地の明渡により被控訴人の企業が破壊されるとか、経
済上莫大な損害を生ずるとかいうことはない。』と述べ、被控訴代理人は、「本件
係争建物は、倉庫、工場、社宅、健康診断室に使用しているもので、職員宿舎、倉
庫としてのみ使用しているものではない。なお本件係争地内の空地は原材料(鉄材
等)の置場に使用しているもので、被控訴人工場の運営に不可欠のものである。」
と述べた外、原判決事実摘示(原判決添附目録をふくむが、内第二目録は本判決末
尾添附のとおり訂正した)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
 証拠として、控訴代理人は、甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四、第
五号証、第六号証の一、二、第七号証の一、二、三、第八、第九号証の各一、二、
第十ないし第十三号証、第十四、第十五号証の各一、二、第十六、第十七号証、第
十八号証の一、二、第十八ないし第三十九号証を提出し、原審証人A、B、C、当
審証人D、Eの各証言、原審並びに当審における検証の結果、原審における鑑定人
Fの鑑定め結果、原審における原告(控訴人)本人尋問の結果を援用し、乙第二号
証の一、二、第四号証の一、二の成立を認める、その余の乙各号征の成立は不知、
乙第四号証の一、二を援用する。と述べ、被控訴代理人は、乙第一、第二号証の各
一、二、第三号証、第四号証の一、二を提出し、原審証人G、H、I、当審証人J
の各証言、当審における検証の結果を援用し、甲第一号証、第二、第三号証の各
一、二、第四、第五号証、第七号証の一、二、三、第八、第九号証の各一、二、第
十ないし第十二号証、第二十一号証、第二十三ないし第三十七号証の成立を認め
る、その余の甲各号証の成立は不知と述べた。
         理    由
 被控訴人か昭和十九年四月一日控訴人から別紙第一目録記載の土地を、工場用の
堅固でない建物所有の目的で、期間二十年、賃料は一ケ月坪当り金三十銭(ただし
昭和二十五年八月分から金五円五十銭に値上げされた)で賃借したこと、被控訴人
が右土地の上に別紙第二目録記載の建物を所有し、右土地を占有していること、控
訴人は昭和二十六年十一月十四日被控訴人に対し控訴人主張のように土地の原状を
変更する行為をしたことを理由として、右賃貸借解除の意思表示をなし、右意思表
示が被控訴人に翌十五日到達したことは、当事者間に争のないところである。
 控訴人は、右賃貸借契約にあたつて「賃借人たる被控訴人は賃貸人える控訴人の
書面による承諾がなければ、土地の掘さく、土砂の搬出、地形地質の変更等いやし
くも右土地の原状に変更を生ずべき行為をすることができないこと、もし被控訴人
が右約定に違反したときは、控訴人は催告を要しないで賃貸借契約を解除すること
ができること」の約定があつたのに、被控訴人は、昭和二十六年十月十六日以来控
訴人の承諾なくして右土地内に訴外江東天然瓦斯工業株式会社(以下訴外会社と呼
ぶ)に対し天然瓦斯採取用のさく井工事を許容し、これが工事完成に因つて本件土
地の原状に変更を加え、右契約条項に違背した、と主張するので、まずこの点から
検討する。控訴人と被控訴人との本件賃貸借契約書に、「被控訴人は賃貸人たる控
訴人の書面による承諾がなければ、土地の掘さく、土砂の搬出、地形地質の変更等
いやしくも右土地の原状に変更を生ずべき行為をすることができず、もし被控訴人
がこの約定に違背したときは控訴人は催告を要せずしてこの契約を解除し得る」旨
の条項が記載されていることは、当事者間に争ないところであるから、右条項がい
わゆる例文であつて当事者がこれに拘束される意思を有しないと認められるような
特段の事由のない限り、控訴人と被控訴人との間に右契約書に記載せられていると
おりの約定がなされたものと認めるのが相当であつて、本件においては右特段の事
由の存在を認めるに足る証拠は存在しない。しかして被控訴人が昭和二十六年十月
十六日以降右土地内において訴外会社に対し天然瓦斯採取用のさく井工事を許容し
たことは、当事者間に争がなく、原審並びに当審における検証の結果、成立に争の
ない甲第八、第九号証の各一、二、原審証人G、Hの各証言を綜合すれば、訴外会
社は、本件係争地に口径六吋、深さ七百十米の坑弁を作り、これに引抜鋼管を挿入
し、直径二・五米、高さ十三米の鉄製分離器一基、木造トタン茸平家一棟建坪三坪
の空気圧縮機室、巾二尺長さ八間の排水溝などを設置し、かつ右設備附近は地盛し
てその周辺よりも約二尺高くし、右坑弁よりは地下水が不断に湧出するようにした
ことを認めることができるので、被控訴人は一応右坑井の開設により本件土地の原
状に変更を生ずべき行為をなしたものとなすのが相当である。
 被控訴人は、右坑井の開設については、控訴人代理人A弁護士の承諾を得てい
る、と主張しているけれども、原審証人Aの証言によれば、A弁護士がそのような
承諾を与えたことのなかつた事実を認めることができるのみならず、右につを控訴
人の書面による承諾を得たことは被控訴人の毫も主張立証しないところであり、そ
の他いかなる形式においても被控訴人が本件土地の掘さくにつき控訴人ないしはそ
の代理人の承諾を受けたものと認めるに足る証拠はない。しかしながら、(一)原
審誠人I、当審証人Jの各証言を綜合すれば、天然瓦斯井は挿入した鉄管の腐蝕と
共に地下水及び瓦斯の湧出が止まるものであつて、その湧出期間は長くとも五、六
年であり、湧出が止まつた場合には孔口にセメント等を注入することによつてさく
井前の原状に回復することが可能であると認められ、(二)当審証人D、原審証人
B、Cの各証言によれば、地下七百米の深部より地下水を湧出せしめることにより
理論上は地表上坑井より七百米の距内にある地盤に影響を及ぼすことが考えられる
けれども、これに因る地盤の沈下の程度は未だこれを認識することができないこと
が認められるので、本件においても本件天然瓦斯井の設置に因り本件土地の地盤の
沈下を来すことは、理論上とともかく実際上はほとんどないものとなすを相当とす
べく、(三)前記証人H、Gの証言、同証言によつて真正に成立したと認める乙第
一号証の一、二及び当審における検証の結果を綜合すれば、訴外会社は、本件天然
瓦斯井より採取した天然瓦斯はすべて被控訴人に売り渡すという契約で、約八百万
円の費用を投じて本件天然瓦斯井を掘さくし、現に一日約千立方米の天然瓦斯を採
取し、これを隣接地にある被控訴人工場に供給しているのであつて、本件坑井その
他の採取設備はいわば被控訴人の工場設備の一部であるということができることが
認められ、(四)鉱業法第百四条第百六条によれば、訴外会社は、本件坑井の開設
につき本件土地の使用を必要とするときは、成規の手続を経て土地所有者たる控訴
人の意思にかかわらず本件土地を使用することができたのであつて、前記(三)挙
示の証拠並びに成立に争ない甲第二、第三号証の各一、二、第十号証によれば、訴
外会社は被控訴人を通じて容易に控訴人の承諾が得られるものと考え、被控訴人に
おいても、その責任において控訴人の承諾を得ることを約諾し、その手続に及んだ
ので、同法条所定の許可申請手続をなさずして本件坑井を開設したところ、予期に
反して控訴人の承諾を得ることができなかつたのであつて、当初から控訴人の意向
を無視してなしたものでないことが認められ、他面本件土地は工場敷地として賃貸
せられたものであつて、被控訴人が右地上に種々の工場設備を施設することは控訴
人においても当然予期したところであると認めるを相当とすべく、しかるときは、
訴外会社、ひいて被控訴人が控訴人の承諾を得るにさきだち本件坑井を掘さくした
ことは、本件坑井が被控訴人の工場設備の一部と同視される限り、あるいは軽忽の
そしりはまぬかれぬとしても、これをもつて信義に反した工場敷地の使用方法であ
るということができぬであろう。(五)その他控訴人が本件坑井の掘さくによりい
ちじるしい損害を被ることは、控訴人の提出援用にかかるすベての証拠によるもこ
れを認めることができない。
 <要旨第一>以上(一)ないし(五)の事実を綜合すれば、本件坑井の開設は、土
地の原状に変更を生ずべき行為というべきも、未だ本件賃貸借の条項に
いわゆる解除原因となすに足る「土地の原状に変更を生ずべき行為」にあたらない
ものというべく、これを捕えて「約定の違背」となし、「約定の違背に因る解除
権」を行使することは少くとも信義に従つた解除権の行使であるということができ
ず、控訴人はこれを行使することができないものとなすベきである。従つて、前段
認定の控訴人の解除の意思表示に因つては、本件賃貸借解除の効力なきものという
べきである。
 次に、無断転貸を理由とする控訴人の主張について判断する。
 控訴人は、被控訴人が控訴人から賃借した本件土地中三十二坪を控訴人の承諾な
く無断で訴外会社をして使用させ、天然瓦斯井の掘さくをなさしめたことを理由と
して、本訴において賃貸借契約解除の意思表示をすると主張しており、被控訴人が
本件土地中の若干を控訴人の承諾を得ないで訴外会社に使用させ、訴外会社は、こ
れに天然瓦斯井を掘さくし、採取設備を所有して現に右部分を占有使用しているこ
とは、前段認定の事実により明らかなところであつて、その間の関係は転貸と認め
るのが相当である。しかしながら、賃貸人の承諾なく賃借人が第三者をして賃借物
の使用又は収益をなさしめた場合でも、賃借人の当該行為を賃貸人に対する背信的
行為と認めるに足らない特段の事情があるときは、賃貸人は民法第六百十二条第二
項により契約を解除するとはできないものである(最高裁判所昭和二五年(オ)第
一四〇号同二八年九月二五日第二小法廷判決及び同<要旨第二>昭和二八年(オ)第
一一四六号同三〇年九月二二日第一小法廷判決参照)。しかして本件の場合、前段
認定の(一)ないし(五)の事実、ことに(三)の本件天然瓦斯採取設
備が被控訴人の工場設備と同一視される事実、(四)の被控訴人が当初から控訴人
の意向を無視して本件坑井の使用を許したものでない事実及び当審における検証の
結果によつて認められるところの、被控訴人の全工場敷地は約八千五百坪であつ
て、その内二千坪は本件土地であり、しかも本件転貸部分は控訴人の主張によるも
わずか三十二坪であつて、残余部分には数多の家屋が存し、被控訴人はこれを工
場、倉庫、医務室、社宅等に使用している事実、並びに本件二千坪を除く六千五百
坪の土地上には一面に工場建物等が建てられていて、本件土地上の建物を移築すべ
き空地とて存しない事実は、これを綜合して前記特段の事情にあたるものとなすを
相当とすべく、控訴人は、民法第六百十二条第二項による解除権を行使し得ない
か、少くともこれを行使することは権利の乱用となるものというべきである。
 よつて控訴人の解除権の行使により本件賃貸借が終了したことを原因とする控訴
人の本訴請求はその余の争点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきもの
である。従つて原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控
訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し、主文のとおり判決
する。
 (裁判長判事 大江保直 判事 内海十楼 判事 猪俣幸一)

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