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平成27年12月9日判決言渡
平成26年(行ケ)第10257号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年10月7日
判決
原告X
被告特許庁長官
指定代理人山崎勝司
同紀本孝
同鳥居稔
同長馬望
同田中敬規
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2013-23860号事件について平成26年10月14日にし
た審決を取り消す。
第2前提となる事実
1特許庁における手続の経緯等(争いがない事実又は文中掲記の証拠により容
易に認定できる事実)
原告は,発明の名称を「マイクロ波照射による衣類のしわ除去」とする発明につ
いて,平成23年1月26日を国際特許出願日(国際特許出願番号:PCT/JP
2011/051452)とする特許出願(出願番号:特願2012-52793
3号。以下「本願」といい,上記出願日を「本願出願日」という。)をした。
原告は,平成25年7月2日付け拒絶理由通知書(甲6)に対し,同年8月20
日付けで意見書を提出するとともに,手続補正書(甲4)により,特許請求の範囲
の変更を内容とする手続補正をした(以下「本件補正」という。)が,平成25年9
月11日付けで拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)を受けた(甲7)。
原告は,平成25年12月4日,本件拒絶査定に対する不服の審判を請求し,審
判手続において,平成26年7月7日付けで拒絶理由の通知を受けたため,同年9
月2日,意見書(甲5)を提出した。
特許庁は,上記請求を不服2013-23860号事件として審理した結果,平
成26年10月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その
謄本を,同年11月1日,原告に送達した。
2特許請求の範囲
本願の本件補正後の特許請求の範囲の記載(請求項の数は4)は,以下のとおり
である(以下,請求項4に係る発明を「本願発明」という。また,本願の明細書及
び図面を併せて「本願明細書」という。)。
「【請求項1】
水で湿り気を帯び,しわがついた衣類に,電子レンジで,水の沸点に到達しない
時間,マイクロ波を照射し,湿り気を帯びたまま,当該衣類の温度が上昇すること
に伴って,しわを除去することを特徴とする,衣類のしわ除去方法。
【請求項2】
湿り気を帯び,しわがついた衣類に,吊るす,引っ張る,プレスする等,しわを
伸ばすための力が加えられていない状態で,実施することを特徴とする請求項1に
記載の方法。
【請求項3】
湿り気を帯び,しわがついた衣類をマイクロ波が透過する密閉容器又は半密閉容
器に入れた状態,又はマイクロ波を透過しかつ蒸気を透過しない袋で覆った状態で,
実施することを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1に記載の方法を使用するための衣類であって,マイ
クロ波を透過しかつ通気性のない袋で覆う方が,前記袋で覆わない場合よりも,し
わ除去の効果が高くなる,繊維間の水素結合によってしわが形成される衣類。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。その要旨は,本願発明は,
①特許請求の範囲の記載が不明確であり,特許法36条6項2号に規定する要件
(以下「明確性要件」という。)を満たしていないから,特許を受けることができ
ない,また,②本願出願日前に頒布された実願昭47-14472号(実開昭4
8-91571号)のマイクロフィルム(甲1。以下「引用文献1」という。)に
記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一であるから,特許法29条1
項3号により,特許を受けることができない,③仮に,本願発明と引用発明が相
違するとしても,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたも
のであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,と
いうものである。
(1)審決は,本願発明は,特許請求の範囲の記載が不明瞭であるものの,請求人
の主張を踏まえた上で,aアイロンでも復元が極めて困難なダメージを受ける衣
類(ウールのセーター,スーツ等,ドライクリーニングのみに適する衣類),bし
わがつかない,またはしわがついても除去する必要が無い衣類,しわの有無の概念
がない衣類(靴下,靴紐,手袋,技術常識でアイロンの必要がない下着),c天
然素材を含まない化学繊維であって水素結合によるしわが形成されない衣類(素材
がポリエステル100%のスポーツウエア等)(以下,それぞれ「衣類a」ないし
「衣類c」という。)を除いた本願出願日前周知の普通の衣類を意味するものであ
ると理解して,本願発明を請求項4のとおり認定した上,次のとおり判断した。
(2)審決が認定した引用発明
「洗浄処理後に,高周波による誘電加熱によって繊維に含まれている水分を蒸発
させ,外部から蒸気で加湿を行う事なく繊維に生じたしわを伸ばす衣服。」
(3)審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点は以下のとおり
である。
ア一致点
「しわを除去する衣類であって,誘電加熱によりしわを除去する衣類」
イ相違点
誘電加熱によりしわを除去する衣類について,本願発明は,「請求項1から3のい
ずれか1に記載の方法を使用するための衣類であって,マイクロ波を透過しかつ通
気性のない袋で覆う方が,前記袋で覆わない場合よりも,しわ除去の効果が高くな
る,繊維間の水素結合によってしわが形成される」とされているのに対し,引用発
明は,「洗浄処理後に,高周波による誘電加熱によって繊維に含まれている水分を蒸
発させ,外部から蒸気で加湿を行うこと事なく繊維に生じたしわを伸ばす」とされ
ている点
(4)引用発明と本願発明との対比・判断
本願発明は,衣類aないし衣類cを除いた本願出願日前周知の普通の衣類であり,
同じく本願出願日前周知の普通の衣類を特定する引用発明と相違しているものとい
うことはできないのであるから,本願発明は,引用発明と同一である。
仮に,本願発明と引用発明とが相違するとしても,本願発明は,本願出願日前周
知の普通の衣類であるから,引用発明からそのような本願出願日前周知の普通の衣
類を想定することは,当業者が容易になし得たことである。
第3原告主張の取消事由
1取消事由1(本願発明の認定,法令解釈の誤り)について
(1)審決は,前記第2の3(1)の衣類aないし衣類cについて,請求項4で特定
される衣類でないと直ちに理解しているのに対し,綿100%のワイシャツ等の具
体例について,請求項4が特定しようとしていると直ちに理解している。よって,
「請求項4に係る発明の衣類が具体的にどのような構造を有するものであるのかは
直ちに理解することができない」として明確性要件を否定した審決の認定は誤りで
ある。
(2)本願の請求項4は,明細書及び特許請求の範囲の記載要件である「ある具体
的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを理解できるように記載され
ていること」という基準に完全に適合している。
(3)本願の請求項4は,衣類の素材の違いによる肌触り,着心地等に関する発明
でなく,しわ除去が必要な衣類について,電子レンジを使用した場合の,しわ除去
効果,適合性に関する発明である。しわが固定されている原因と,そのしわ除去に
対する請求項1ないし3による方法の有効性という,作用,性質,特性によって衣
類を特定した請求項4の表現は理に適っている。
(4)被告が主張する,電子レンジで安全に使用することを可能とする「衣類」に
ついては,そもそも本件と何の関係があるのかわからない。
2取消事由2(本願発明の認定の誤り)について
本願発明の請求項4の記載は,前記第2の3(1)の衣類aないし衣類cを除いた本
願出願日前周知の普通の衣類を意味するものではない。「衣類にマイクロ波を照射す
る場合,乾燥による収縮,発火等の問題が懸念される」(本願明細書【0026】)
という衣類についての技術常識を考慮すると,本願の請求項4に記載された衣類は,
マイクロ波加熱の度合い次第で衣類の外観に復元が極めて難しい損傷を受ける可能
性がある衣類でもある。
3取消事由3(引用発明の適格性判断の誤り)について
(1)引用発明は,繊維に含まれている水分を急速に沸騰させ,それによって発生
した蒸気の作用によって繊維に生じたしわを伸ばすものであるから,湿った衣類を
誘電加熱する場合であっても,しわ除去は蒸気の作用に依存する必要がある衣類で
ある。一方,本願発明は,マイクロ波照射を行う場合,実質的に蒸気の作用に依存
する必要のない,本願出願日以前未知なるしわ除去方法に依存する衣類である。
引用文献1には,湿った衣類を誘電加熱する場合であっても,しわ除去は蒸気の
作用に依存する必要があるという思想の記載があるから,本願発明の衣類の特性に
想到することを妨げるものであるといえる。
よって,引用発明は,本願発明の引用発明としての適格性がない。
被告は,本願明細書に記載された,しわ除去に相関関係さえ認められない微量の
蒸気について,因果関係を主張しており,科学的,論理的,法的根拠のない主張を
しているに過ぎない。
(2)衣類を誘電加熱で急速乾燥すると,普通の衣類は焦げる,収縮する等,衣類
を台無しにする可能性が高まる。引用発明の目的は,急速乾燥と過熱の弊害をなく
すことを両立することにあるから,「発火等の危険」のある「普通の衣類」が誘電加
熱を選択したからといって,過熱することによる問題が解決されるとはいえない。
よって,引用発明は,急速乾燥による過熱の弊害をなくすという主要な課題に対
して,高周波誘電過熱装置の有効性を示していないから,本願発明の引用発明とす
ることはできない。
4取消事由4(引用発明の認定の誤り,実質的証拠力)について
(1)審決の引用発明の認定は誤りである。引用文献1に記載されたものは,正し
くは,「洗浄処理後にハンガーに吊すことによって衣類を広げた状態で,高周波によ
る誘電加熱によって,外部から蒸気で加湿を行う代わりに衣類全体が乾燥するまで,
繊維に含まれている水分を極めて短時間に沸騰させることによって発生させた蒸気
の作用によって,乾燥としわ伸ばし工程を一体で行う衣服であって,誘電加熱によ
る急速乾燥を行っても,過熱による弊害が発生しない衣類」である。
(2)アイロン等のスチームで衣類のしわを伸ばす場合等にも,衣類はハンガーに
かけるか,手で引っ張る等力を加える。これら技術常識からも,ハンガーに吊るす
ことによって衣類を広げた状態は,引用文献1に記載された発明の特定事項として
不可欠である。
(3)衣類の乾燥としわ伸ばし工程を一体で行うという特定事項について,引用文
献1において,衣類のしわを伸ばすことに作用させる直接的要素は,蒸気にさらす
ことであって,誘電加熱は単に蒸気を発生させる加熱手段であり,蒸気の源が衣類
内部の湿り気である。誘電加熱による急速乾燥を行っても,過熱による弊害が発生
する可能性のない衣類でなければ,引用文献1が課題にしている,衣類の急速乾燥
と過熱による衣類の損傷をなくすことを両立できなくなる。引用文献1記載の衣類
について,綿等からなる普通の衣類を想定し得るわけがない。
引用文献1は,急速乾燥による過熱の弊害をなくすという主要な課題に対して,
高周波誘電過熱装置の有効性を示していない。
5取消事由5(本願発明の引用発明との一致点の認定の誤り)について
審決が,「誘電加熱によりしわを除去する」点を一致点としたのは全くの誤りであ
る。誘電加熱装置を使用する点は共通するが,本願発明の衣類は,電子レンジで湿
り気を帯びた衣類の温度が水の沸点に達しない間温度が上昇することに伴ってしわ
を除去するものである。本願発明は,蒸気に依存せず,誘電加熱による温度の上昇
のみによってしわ除去を行い,衣類の乾燥等は切り離すことができる衣類である(構
造的に衣類の加熱による損傷を防ぐことができる。)。これに対し,引用発明は,蒸
気に依存し,蒸気発生源を衣類に求める以上,衣類の乾燥と同時進行に行うことが
不可欠な衣類である。
よって,本願発明と引用発明の一致点は,「洗浄処理後にしわ伸ばしを行う衣服」
という点のみである。
6取消事由6(本願発明と引用発明との相違点の認定の誤り)について
(1)引用文献1には,乾燥できて,繊維に生じたしわを伸ばすことができる衣服
が記載されているという解釈は誤りで,しわを伸ばすためには(衣服の急速乾燥過
程で得られる蒸気を必要とするものであるから),急速乾燥と同時に行うことが条件
となる衣服が記載されているといえる。
しかも,引用文献1が目的とする急速乾燥による弊害を避ける有効な手段は存在
しないから,過熱による弊害のない衣類についての記載もない。
しわ除去は,外観の回復が目的であるから,過熱によって外観にダメージを与え
る問題のある思想が記載された引用発明は,本願発明の引用発明としての適格性も
ない。
(2)本願発明は,衣類の素材の違いによる肌触り,着心地等に関する発明でなく,
しわ除去が必要な衣類について,電子レンジを使用した場合の,しわ除去効果,適
合性に関する発明である。その意味で請求項4が特定する,未知なる処理方法に適
する性質を有する,特定された素材の衣類に対して,被告は単に着用する等の意味
における,素材の衣類に解釈をすり替え,両者の違いをあいまいにすることで,「周
知」「普通」などと主張している。
7取消事由7(特許法137条2項等違反)について
本願について,審判移行後,当初指定された審判官が交代した後,拒絶理由通知
が原告に送達された。上記拒絶理由通知に対し原告が意見書にて反論すると,再び
審判長含む2名が交代して,拒絶理由通知が原告に送達された。
特許法137条2項には「・・故障がある者があるときは・・」とあり,その趣
旨は「・・ここにいう故障には,病気,除斥原因等が含まれる。」とされる。病気,
除斥原因に相当するような重大な故障が本件の審査中に再三起きるとは考え難く,
交代した理由の説明もない。また,特許法139条ないし141条には審判官の除
斥,忌避についての取決めがあり,故障に相当する理由以外の交代は審理経済上不
合理であり,審決に重大な影響を及ぼす審判官の交代は認められないことは,法及
び常識として当然のことである。審理経済上極めて不合理で異常な審判官の交代を
繰り返したことについて,被告である特許庁長官には,特許法で例示された止むを
得ない事情ではなく,拒絶理由の内容,方向性等に重大な影響を及ぼす,恣意的目
的,判断があったという合理的推測が成り立つ。
さらに,2人目の審判長がさらに交代した後である平成26年7月の拒絶理由通
知書において,引用文献,拒絶理由が全て変更された。
審判長の相次ぐ交代と同時に行われた拒絶理由の変更,明白な矛盾を呈した拒絶
理由の通知等は著しく公正さを欠き,審判官指定の恣意的運用等による混乱が出願
人に与えた影響は甚大なものであることは明らかである。
仮に,再三の審判長等の交代の原因が,やむを得ない「故障」にあるならば,そ
れを被告が立証しない限り,特許法137条2項及び民法1条2項に違反すると認
定されるべきである。
審判段階の最初の拒絶理由通知書で主引例にされたインターネットの情報は,審
査基準の「インターネット等の情報の先行技術としての取扱い」で定められた調査
を経ずに引用された。また,審判に至る原因となった,本件拒絶査定(甲7)の備
考においては,本願記載の効果に進歩性がない根拠として本願を引用するなど,極
めて不適切で違法なものであった。
8取消事由8(特許法50条違反及び改ざん)について
(1)平成26年7月7日付け拒絶理由通知書に記載した理由と,同じ内容である
べき審決の理由は,文面を酷似させているが,次のとおり,実質的内容が改ざんさ
れている。
ア〔変更前〕(審決3頁最終行以下)
「そうすると、ことさら「請求項1から3のいずれか1に記載の方法を使用する
ための」と特定することにより、どのような衣類としているのか理解できない。」
イ〔変更後〕(審決9頁以下)
「そうすると、・・「請求項1から3のいずれか1に記載の方法を使用するための
衣類」として特定することで、どのような技術的事項を特定しようとしているのか
理解できず、発明が明確でないといわざるを得ない。」
発明を特定するための事項の技術的意味とは,発明を特定するための事項が,請
求項に係る発明において果たす働きや役割のこととあり,上記変更前は,その意味
で理解できないと主張していた。しかし,原告が「水素結合によってしわが形成さ
れる衣類」と特定していると反論すると,変更後は,水素結合によってしわが形成
される衣類は普通の(ありふれた)衣類だ,普通(水素結合によってしわが形成さ
れる)の衣類からさらに請求項4はどのような技術的事項を特定しようとしている
のか,と命題がすりかえられた。
(2)また,同拒絶理由通知書の引用文献1に記載された事項についても,次のと
おり,実質的内容が改ざんされている。
ア〔変更前〕(審決4頁中段)
「以上より,乾燥過程ではあるが・・当該衣類の温度が上昇することに伴って,
しわを除去すること・・が記載されている」
イ〔変更後〕(審決12頁)
「洗浄処理後に,高周波による誘電加熱によって繊維に含まれている水分を蒸発
させ,外部から蒸気で加湿を行う事なく繊維に生じたしわを伸ばす」
原告の意見書の提出を受け,引用文献1について,しわを伸ばす要因を「温度が
上昇」から,審決では「水分を蒸発させ」に変更されている。
ウ以上によれば,特許法159条2項に規定する「査定の理由と異なる拒絶の
理由」を発見したにもかかわらず,同法50条に規定する拒絶理由を改めて通知せ
ずにしたものといえるから,審決は違法である。
9取消事由9(阻害要因)について
(1)引用文献1には,「・・・水分,溶剤を蒸発分離させ乾燥物自体には損失が
生じないような波長の電磁波を用い・・・」との記載がある。
一般に,水は極性物質で,綿等の繊維によく吸収(結合)され,洗浄過程では繊
維を膨潤させ,しわを引き起こす原因にもなる。一方,代表的溶剤の石油系溶剤は,
無極性(本願発明で使用する,マイクロ波を減衰しないポリエチレン製の袋と同様)
であり,ほとんどの衣類の素材よりもむしろ誘電率が低く,誘電加熱され難い物質
である。よって,溶剤のみ選択加熱することは不可能であるケースが多く,引用文
献1が主要な課題としていることに対し,その解決手段の核心部分に重大な矛盾が
ある。
(2)クリーニングに出される衣類は,家庭の水洗いに適さない場合が多く,引用
文献1の解釈にあたって,水の場合のみ想定することは許されない。したがって,
引用文献1の記載内容は信用できず,引用文献1に実質的証拠力はない。
さらに,「・・綿素材の下着を電子レンジで乾燥したところ、焦げ縮み、発火が見
られた。」等のとおり,引用文献1に記載された思想は,少なくとも電子レンジに適
用できない(甲11)。
10取消事由10(引用発明の認定の誤り効果の誇張)について
(1)引用文献1には,乾燥工程において,水が急激に気化した蒸気の作用でしわ
が伸びるとされる衣類が記載されている。
しかし,一般に蒸気の作用でしわが伸びる衣類は,ウール,ポリエステルの素材
であり,綿や麻などの素材に対しては十分な効果が得られないとされる(甲9)。
また,クリーニング工場においては,綿の衣類(綿のシャツ類,ブラウス,ジャ
ケット,コート類)は,ウール素材に比べると仕上げでの手間は,倍から数十倍か
かるとされている(甲9)。
したがって,引用文献1に記載された蒸気に依存してしわを伸ばす衣類について,
綿等の素材からなる,衣類を想定し得るとする被告の主張は誤りである。
(2)ウール,ポリエステル等,蒸気が有効な素材でさえ,さらにハンガーに吊る
された状態であったとしても,効果の度合いは「皺がある程度伸ばされた状態」(甲
8)にとどまる。また,蒸気を使用する場合,繊維を引っ張る作業を同時に行う必
要がある(甲10)。
11取消事由11(特許法158条違反)について
審判官は,本件拒絶査定(甲7)の備考において,「電子レンジにて加熱する過程
でかえってしわを増やす状態にまで乾燥させることは考えにくい」と認定し,電子
レンジでの衣類乾燥を中断し,最終段階はアイロンを使用することを必要とする特
開昭56-023682号公報(甲2。以下「甲2文献」という。)のみ引用した。
この時点で,被告は,高周波誘電加熱装置に「一定時間乾燥物体を電解中にいれる
だけで極めて簡単」に安全に乾燥でき,「しわを伸ばす効果がある」とする引用文献
1と,甲2文献の矛盾を認め,最も近い文献は甲2文献であると認定した。
そして,被告は,上記審査でした手続の効力を審決で覆した。
よって,審決は,特許法158条に違反しているから,違法である。
12取消事由12(特許庁の審査基準違反)について
(1)特許庁の審査基準「第Ⅸ部審査の進め方7.2拒絶査定」の欄には,拒絶
査定をする際には,「(1)解消されていない全ての拒絶理由を示す。その際,拒絶理
由がどの請求項に対して解消されていないのかがわかるように,簡潔かつ平明な文
章で記載する。」と記載されており,原告は,審判請求時,請求項の数に応じた費用
も納付した。
(2)また,同審査基準の「61-07拒絶査定不服審判の審決2.審決の記
載(2)審決の記載にあたっての基本的考え方」には,以下の記載がある。
「審決は,審判事件について行政庁の最終的な判断を示し,当該事件の処分を決
するものであることから,仮に審決が取り消されたとしても,審決を取り消す旨の
判決で審決時に予想できなかった点が指摘される等の不可避的な場合を除いて,再
審理において他の請求項又は他の拒絶理由で拒絶すべき旨の審決をすることがない
よう努める。
ただし,以下のような場合は,必ずしも,その拒絶理由について審決することを
要しない。
a一の請求項についての拒絶の理由が判決により否定された場合に,その他の
請求項についての拒絶理由も解消することが予測される場合,当該その他の請求項
についての拒絶理由は,審決することを要しない。
b一の請求項について複数の拒絶理由が解消していない場合,あるいは明細書
全体にわたる拒絶理由と一の請求項についての拒絶理由がともに解消していない場
合において,複数の拒絶理由を審決に併記することにより,審決としての一貫性が
失われるおそれがある場合,いずれか一方のみの拒絶理由で審決することを妨げな
い。
・・一の事件について,審決が取り消されたにも関わらず,数回にわたり原査定
を維持する旨の審決を繰り返すことは,結果として,審判事件の処分を遅延させ,
請求人に不利益を被らせるおそれがあることに留意すべきである。」
しかし,審決は,「・・他の請求項に係る発明について検討するまでもなく・・」
としており,前記規則に違反した。本件出願の請求項1ないし3に係る発明につい
ても検討しなければ,上記a,bに対する判断もできず,審決そのものが違法であ
ることは明白である。
第4被告の主張
1取消事由1(本願発明の認定,法令解釈の誤り)について
審決では,本願の請求項4の記載では,どのような「衣類」が特定されているの
か不明であって,本願の請求項4に係る発明の適用されるべき物の範囲,すなわち
発明の外延が明確でない(どのような「衣類」が本願の請求項4に係る発明の範囲
に入るものなのか明確でない)と判断したものである。
本願の請求項4の記載からすると,当該「衣類」を,①請求項1から3のいず
れか1に記載の方法を使用するためのものであること,②マイクロ波を透過しか
つ通気性のない袋で覆う方が,前記袋で覆わない場合よりも,しわ除去の効果が高
くなるものであること,③繊維間の水素結合によってしわが形成されるものであ
ること,の三つの条件により特定している。
しかし,三つの条件がいわば実質的に同じ事項を異なる側面から表現したもので,
そのうちの一つを満たすことがわかれば発明の範囲に入る衣類といえるのか,それ
とも,それぞれ異なる条件で,三つの条件のすべてを満たす衣類だけが発明の範囲
に入るものなのか,不明である。
そして,条件③が本願明細書の実施例で示されている綿100%のワイシャツ等
の「普通」の,つまり,どこにでも見受けるような衣類を特定するものであるとす
ると,条件①の電子レンジでマイクロ波を照射する,つまり電子レンジで使用する
ための衣類であることと整合しないおそれがあるため,条件を満たす「衣類」を明
確に把握することができない。
なぜなら,当該電子レンジは,本願明細書に「しわを除去するマイクロ波照射装
置として,食品加熱用に普及している電子レンジも利用できる。」(【0021】)と
記載されるように,食品加熱用に普及している一般的な電子レンジが想定されてい
るところ,例えば,衣類の乾燥など調理以外の目的での電子レンジの使用は,極め
て危険で,禁止行為であることは,一般の家事従事者にとって技術常識である(乙
1ないし3)からである。
このような一般の家事従事者にとっての技術常識を前提にすると,「請求項1から
3のいずれか1に記載の方法を使用するための衣類」として,一般的な電子レンジ
で使用できるように工夫が施された新規な「衣類」が特定されているとも解される
ところ,請求項4の記載ではそれが明確ではない。
また,条件②に関し,本願明細書に記載された実施例1及び2の綿100%のワ
イシャツ以外に,どのような物が入るのか明細書に定義はなく,その外延は明確で
ない。
以上のとおり,本願の請求項4の記載は明確でない。したがって,審決が,本願
発明の衣類が具体的にどのような事項を有するものであるか直ちに理解することが
できないとした点に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2取消事由2(本願発明の認定の誤り)について
審決では,本願発明の認定に際しては,本件補正後の特許請求の範囲の請求項4
に記載のとおり認定しており,本願発明の認定自体に何ら誤りはない。
したがって,取消事由2は理由がない。
3取消事由3(引用発明の適格性判断の誤り)に対して
(1)原告は,本願発明はマイクロ波照射を行う場合実質的に蒸気の作用に依存す
る必要のない,本願出願日以前未知なるしわ除去方法に依存する衣類であると主張
する。
しかし,本願明細書(甲4)の記載(【0011】,【0013】,【0019】,【0
020】)からすると,本願発明は,しわ除去に蒸気を作用させることを想定してい
ることは明らかであり,蒸気を利用しているともいえるもので,しわ除去に蒸気の
作用に依存する必要がないという上記主張は,本願明細書の記載に基づかない主張
であり,失当である。
(2)また,引用文献1に記載されたしわ除去が,綿等からなる普通の衣類に対し
有効ではないという根拠はなく,綿等からなる普通の衣類をその対象としているこ
とは明らかである。そして,本願発明は,しわが除去される「衣類」の発明である
ところ,引用文献1には,審決で認定したとおり,しわを伸ばす「衣類」の発明が
記載されていることから,本願発明の新規性,進歩性を判断する上で適格な先行技
術文献といえる。
(3)したがって,取消事由3は理由がない。
4取消事由4(引用発明の認定の誤り)について
引用発明の認定は,本願発明との対比及び判断を誤りなくすることができるよう
に行うことで足りる。本願発明は,「衣類」という物の発明であって,その素材の性
状により衣類を特定したものであり,しわを伸ばす際の条件は,本願発明と関係の
ある事項ではなく,認定する必要があるとはいえない。
引用文献1の記載から引用発明を「洗浄処理後に、高周波による誘電加熱によっ
て繊維に含まれている水分を蒸発させ、外部から蒸気で加湿を行う事なく繊維に生
じたしわを伸ばす衣服。」と認定した審決の認定に何ら誤りはない。
そして,このような引用発明は,代表的な衣服である綿等からなる普通の衣類を
含むことは明らかであり,引用文献1には,綿等からなる普通の衣類を対象から除
外することや特別な衣類を想定している旨の記載は何らなく,綿等からなる普通の
衣類を除外する根拠はない。
したがって,取消事由4は理由がない。
5取消事由5(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について
本願発明は,「衣類」という物の発明であって,その素材の性状により特定された
ものであり,一致点の認定に当たり,本願発明に関係のない衣類の乾燥や蒸気に係
る事項を考慮する必要のあるものではない。審決では,誘電加熱装置を使用する点
で,本願発明と引用発明とが共通していることに照らして,その限りにおいて一致
するとしたもので,その点に誤りはない。
原告は,本願発明は,蒸気に依存しない旨主張する。しかし,本願発明で特定さ
れる衣類は,しわの除去に蒸気を作用させているのであるから,原告の上記主張は,
本願明細書の記載に基づかないものであり,失当である。
したがって,取消事由5は理由がない。
6取消事由6(本願発明と引用発明との相違点の認定の誤り)について
本願発明は,「衣類」という物の発明であって,その素材の性状により特定された
ものであり,相違点の認定に当たり,本願発明に関係のない衣類の乾燥や蒸気に係
る事項を考慮する必要のあるものではない。
本願発明の衣類について,原告は,未知なる処理方法に適する性質を有する,特
定された素材の衣類であると主張する。しかし,本願明細書の発明の詳細な説明の
実施例等からみて,本願発明には,「綿100%のワイシャツ」等の,「普通」の,
つまり,どこにでも見受けられるような衣類が含まれることは明らかである。
そして,そのような本願の特許請求の範囲及び明細書の記載を前提に,審決が本
願発明の「衣類」と引用文献1に記載された衣類との相違点の認定及び判断したこ
とに何らの違法もない。
また,引用文献1において,代表的な衣類である綿等からなる普通の衣類が想定
されていることは明らかであり,審決は,本願発明は,引用文献1に記載されてい
る普通の衣類をも含む発明であるので,新規性,進歩性を有しないとしたものであ
る。
したがって,取消事由6は理由がない。
7取消事由7(特許法137条2項等違反)について
(1)本件審判では,特許庁長官による審判官の指定に基づき,平成25年12月
19日付け,平成26年3月24日付け及び平成26年7月2日付けの審判官及び
審判書記官氏名通知が,特許法施行規則48条2項の規定に基づいて原告に通知さ
れた。
特許法137条2項は,故障がある審判官について指定を解いて補充をする規定
であり,審判官の故障がある場合のみ他の審判官を新たに指定できるという規定で
はない。特許庁長官に審判官の指定権があるので,人事異動等の合理的な理由によ
って,審判官の指定の撤回や変更が認められることは当然である。さらに,他の審
判官の新たな指定にともない,その理由を審判請求人に通知しなければならないと
する特許法上の規定もない。
上記審判官及び審判書記官氏名通知が原告に通知された後,審判官の除斥又は忌
避の申立ての書面は,何れの通知に対しても原告より特許庁長官に提出されていな
い。さらに,他の審判官の新たな指定について,原告のいう恣意的目的,判断があ
ったという事実もなければそれを裏付ける証拠もない。
以上のとおり,特許庁長官が合議体を構成する審判官を新たに指定すること,及
び審判官の指定の理由を原告に通知しなかったことに何らの違法もない。
(2)原告は,審査・審判における拒絶理由について縷々主張するが,審判官の指
定についていう取消事由7(特許法137条2項違反)と何ら関係ない事項である。
さらに,各拒絶理由を原告に対し通知した際,相当の期間を指定して意見書を提
出する機会を与えており,2回目の拒絶理由で通知した拒絶の理由に基づいて,審
決がされているのであるから,その手続に何らの違法はない。
(3)原告は,本件拒絶査定について縷々主張する。
しかし,審決は,本件拒絶査定と異なる理由によりなされたもので,審判段階で
新たに拒絶理由を通知した上で審決したものであるので(特許法159条2項),原
告の上記主張は,審決の違法をいうものではない。
(4)さらに,審判官の再三の交代については,上記のとおり,特許庁長官が合議
体を構成する審判官をその故障に基づかない場合であっても交代することは何ら違
法ではなく,審判段階で2回の拒絶理由を通知して,2回目の拒絶理由通知で通知
した拒絶の理由に基づいて審決したことにも何ら違法はない。
(5)したがって,取消事由7は理由がない。
8取消事由8(特許法50条違反及び改ざん)について
(1)平成26年7月7日付けの拒絶理由通知書の[理由1について]において,
請求項4に関して,「そうすると,ことさら「請求項1から3のいずれか1に記載の
方法を使用するための」と特定することにより,どのような衣類としているのか理
解できない。」と述べたことも,審決で,「そうすると,請求人の上記主張を考慮し
ても,上記a,b及びcを除いた本願出願日前周知の普通の衣類について,「請求項
1から3のいずれか1に記載の方法を使用するための衣類」として特定することで,
どのような技術的事項を特定しようとしているのか理解できず,発明が明確でない
といわざるを得ない。」と述べたことも,いずれも,実質的に同じ内容を意味する。
(2)平成26年7月7日付けの拒絶理由通知書の[理由2について]において,
引用文献1記載の発明として「水で湿り気を帯び,しわがついた衣類に,二枚の平
行板からなる電極により高周波を照射し,誘電加熱により,湿り気を帯びたまま,
当該衣類の温度が上昇することに伴って,しわを除去すること」と認定したのは,
理由2に関して拒絶の対象とした請求項が,請求項1及び請求項2の方法の発明と,
請求項4の衣類の発明であったためである。
一方,審決において,引用発明として「洗浄処理後に,高周波による誘電加熱に
よって繊維に含まれている水分を蒸発させ,外部から蒸気で加湿を行う事なく繊維
に生じたしわを伸ばす衣服。」と認定したのは,拒絶の対象とした発明が,請求項4
に係る発明の衣類のみであったためである。物である衣類に対応する発明が明確に
なるように審決のとおり認定したものであるが,両者は同旨であって異ならず,と
もに,綿等からなる普通の衣類を含んだ衣類を特定できる点で,相違するものでは
ない。
(3)したがって,取消事由8は理由がない。
9取消事由9(阻害要因)について
審決が,引用発明としたのは,乾燥装置や乾燥方法ではなく,しわとりの対象と
なっている「衣類」そのものである。原告が主張する事項は,引用発明と関係ない。
したがって,取消事由9は理由がない。
10取消事由10(引用発明の認定の誤り効果の誇張)について
審決が,引用発明としたのは,乾燥装置や乾燥方法ではなく,しわとりの対象と
なっている「衣類」そのものである。原告が主張する「水が急激に気化した蒸気の
作用でしわが伸びる」,「アイロンのスチームではなく,霧吹きが使用される」,「繊
維を引っ張る作業を同時に行う」ということは,引用発明と関係ない。
したがって,取消事由10は理由がない。
11取消事由11(特許法158条違反)について
原告は,拒絶査定について縷々主張するが,審決は,査定と異なる理由によりな
されたもので,審判段階で新たに拒絶理由を通知した上で審決したものであるので
(特許法159条2項),上記主張は,審決の違法をいうものではない。
したがって,取消事由11は理由がない。
12取消事由12(特許庁の審査基準違反)について
(1)原告は,審査基準の「第Ⅸ部審査の進め方7.2拒絶査定」の欄について
縷々主張するが,審決は,査定と異なる理由によりなされたものであるから(特許
法159条2項),上記主張は,審決の違法をいうものではない。
(2)また,原告は,審決が請求項1ないし3の発明について特許要件に関する判
断をしていないことは違法である旨主張する。しかし,審決が本願発明について特
許法36条6項2号,29条1項3号又は29条2項の規定により特許を受けるこ
とができないと判断した以上,これによって本願の出願全体が特許法49条2号,
4号に該当し,拒絶すべきものとなることは明らかである。
よって,審決が,本願の請求項1ないし3に言及しなかったことに違法性はない。
(3)したがって,取消事由12は理由がない。
第5当裁判所の判断
1取消事由2(本願発明の認定の誤り)について
原告の主張する取消事由2は,審決の本願発明の認定に誤りがあるというもので
あり,また,その事実認定の誤りを前提として,審決の判断にも誤りがあるとも主
張されているものと解される。審決は,本願発明は,特許請求の範囲の記載が不明
瞭であるとしながらも,新規性,進歩性の判断の前提として,本願発明を認定して
いることが認められる。
そこで,事案に鑑み,以下,審決の本願発明の認定に誤りがあるかについて検討
する。
(1)本願発明の概要について
ア本願明細書(甲4)には,次の記載がある(図面については,別紙本願発明
図面目録参照。)。
「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
洗濯,脱水後の衣類のように湿り気を帯び,しわがついた衣類のしわを除去する
方法,並びに衣類のしわを除去可能な電子レンジ及び洗濯機,衣類乾燥機,並びに
布帛に関する。
【0002】
衣類のしわ除去には水,熱,力を複合的に加えることが有効とされている。具体
的に,アイロン,洗濯乾燥機,クリーニング工場の仕上げ機器等にその原理が応用
されている・・・。」
「【0008】
スチームでしわを伸ばす方法は,タンクの水を沸騰させ,一般に熱伝導率の低い
衣類の繊維の外側から,スチームを噴出するので,スチームの一部は空気中に拡散
し,熱エネルギーのロスが大きく,しわ除去についても綿の衣類には効果が弱い。
エネルギーロスが少なく,短時間で効果的に衣類のしわを除去する方法の開発が待
たれている。
【0009】
本発明の目的は,手間がかからず簡単に衣類のしわを除去することができる衣類
のしわ除去方法及び・・・衣類のしわ除去方法の実施に好適な布帛を提供すること
である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の衣類のしわ除去方法は,しわの除去にマイクロ波を利用する。洗濯,脱
水後の湿り気を帯び,かつ洗濯しわがついた衣類等を・・・マイクロ波照射装置の
加熱庫内に入れ・・・当該衣類全体にマイクロ波を照射し,湿り気を帯びたまま,
当該衣類のしわを除去する。マイクロ波照射装置には・・・一般的に使用されてい
る食品加熱用電子レンジを使用することができる。この際,当該衣類をポリエチレ
ン製等の袋,またはラップフィルムで全体を覆っておくと,加熱時間の短縮,加熱
中の乾燥防止,しわ除去をより促進する効果がある。例えば,乾燥時の質量250
g,洗濯脱水後の質量320gである綿100%のワイシャツを袋に入れて行う場
合,高周波出力550Wのマイクロ波を約90秒照射する。照射直後の袋内部の温
度は約90℃で,質量は加熱前より,約3g減少している程度で湿ったままである。
この時点でほとんどしわが除去されているが,折りしわを防ぐため,すぐ衣類を広
げ,襟等衣類の端をつかみ空気中で振り,ハンガーで自然乾燥する。
【0011】
マイクロ波照射の際に使用する・・・容器は・・・マイクロ波を大きく減衰させ
ることなく透過できる材料からなる袋,箱などを使用することができる。ここで使
用する袋,箱などは発生する蒸気により破損,爆発する恐れがなければ完全に密閉
してもよいが,一部が少し開放された半密閉容器でも加熱中の乾燥防止,しわ防止
効果は高い。・・・要すれば,マイクロ波照射により発生する蒸気,熱を衣類からで
きるだけ逃がさないようにすることが好ましい。
【0012】
・・・この電子レンジは食品加熱用として併用可能な形状でも良いし,洗濯機や,
衣類乾燥機等にマイクロ波照射手段を装着し,それらのドラムと,衣類を出し入れ
するふたでマイクロ波を閉じ込め,加熱庫とする構造でもよい。・・・
【発明の効果】
【0013】
本発明のマイクロ波照射による衣類のしわ除去方法を用いることで,衣類のしわ
除去を短時間内にまた少ないエネルギーで効率的に行うことができる。特に,衣類
を袋に入れた状態でマイクロ波を照射すれば,マイクロ波照射により発生する蒸気,
熱が袋内にこもるので,より短時間内により少ないエネルギーで効率的にしわ除去
が行える。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】左が本発明の実施例1を実施後,自然乾燥したワイシャツで,右が脱水
後マイクロ波を照射しないで自然乾燥した,同一のワイシャツの写真。」
「【0018】
しわの除去効果を確認するため,電子レンジを使用して処理した綿100%のワ
イシャツを,自然乾燥し,前記ワイシャツの胸の右半分,背中の左半部,右腕部分
というふうに,部分的に180℃のアイロンを掛け,数時間後衣類を手に取り状態
を確認したが,アイロンを掛けた部分と掛けてない部分の滑らかさに,ほとんど差
がなかった。そのワイシャツは・・・普通に洗濯脱水し,しわを引っ張り自然乾燥
しても,アイロンをかけないと,しわが非常に目立つものである。同様の効果は別々
に購入した,厚さ,重さ,風合い,色の違う,いずれも綿100%の,他の2枚の
ワイシャツにも顕著な効果があり,再現性については,季節の違いや,100回以
上の実施でも,全く効果の低下は見られなかった。
【0019】
・・・しわ除去効果が表れる原因については,繊維の種類にもよるが,単に水素
結合が切れただけでないと考えられる。例えば綿の繊維の断面は中空構造をしてお
り,その中空内部の水が,マイクロ波照射によって,急速に気化することから,中
空部分が膨らみ,繊維の太さ,長さ,ねじれ,繊維間のずれ等も回復する作用があ
るものと考えられ,結果,布地に張りが生じ,衣類のしわが除去されると推測され
る。・・・
【0020】
加熱庫でマイクロ波を照射すると,衣類に含まれる水を直接加熱でき,袋で包む
ことで蒸気が再び加熱中の湿った衣類に吸収されることにより,蒸発潜熱が無駄に
ならず,より効率的にしわ除去ができる。
【0021】
しわを除去するマイクロ波照射装置として,食品加熱用に普及している電子レン
ジも利用できる。・・・」
「【0024】
この電子レンジは食品加熱用として併用可能な形状でも良いし,洗濯機や,衣類
乾燥機等にマイクロ波照射手段を装着し,それらのドラムと,衣類を出し入れする
ふたでマイクロ波を閉じ込め,加熱庫とする構造でもよい。
【0025】
装置は一般的な食品加熱用電子レンジでもよいが,加熱庫の形状は,衣類を小さ
く折りたたまなくても収容できる形状でも良い。・・・
【0026】
衣類にマイクロ波を照射する場合,乾燥による収縮,発火等の問題が懸念される
が,例えばワイシャツの場合,90秒程度のマイクロ波照射では湿った状態を維持
しているので,収縮は起きない。・・・温度が100℃以上のアイロンを掛けること
が可能な衣類の中で,乾燥率が50%程度までのマイクロ波照射時間をタイマーで
セットする限り,収縮,発火が起きる可能性は少ないと考えられる。・・・」
「【0030】
繊維には天然繊維,化学繊維,混合繊維等種類が多く,さらに同じ繊維でも化学
的処理がされ性質が変わったものもある。繊維の断面,織り方等も種類が多数あり,
例えば綿100%と表示されたワイシャツであっても,汗で生地が人の肌にはり付
かないよう表面が加工された場合,マイクロ波によるしわ除去効果がほとんど,認
められないものもある。ただし1度効果が確認できたものは,効果の再現性が極め
て高い。
【0031】
実施例と効果を以下に示す。マイクロ波照射装置として使用したものは,定格高
周波出力550Wの食品加熱用電子レンジである。
【実施例】
【0032】
(実施例1)
乾燥状態で質量285g,洗濯脱水後の湿った状態で,同365gである,しわ
がついた綿100%のワイシャツをおおよそ縦30cm,横25cm,厚さ8cm
の大きさに,押さえないように折りたたみ,通気性のないポリエチレン製の袋に入
れ,袋の開口部を軽く閉じ,食品加熱用電子レンジの加熱室内に袋を水平にした状
態で置き,タイマーをセットし,90秒加熱した。加熱時に袋が蒸気で膨らんだ。
加熱終了直後,袋内部は約85℃,質量は約362gで,湿ったままであった。袋
に入った衣類を観察すると,すでに衣類の大部分のしわが消え,滑らかになってい
た。袋から出し衣類の襟等を持って空気中で振ると,残ったしわもほぼ完全に除去
できた。その後,ハンガーに干して乾燥することでしわがほぼ完全に除去できた乾
燥したワイシャツが得られた(図1参照)。
【0033】
(実施例2)
実施例1と同一のワイシャツを,袋に入れず,同じ時間マイクロ波を照射しても
除去効果は確認できた。しかし実施例1のほうが,衣類表面が滑らかに仕上がった。
照射後の温度は70℃,質量は355gで湿った状態であった。加熱時間が40秒
でも,しわが薄くなることが,確認できた。
【0034】
(実施例3)
乾燥状態で質量440g,洗濯脱水後の湿った状態で,質量575gである,し
わがついた綿60%,ポリエステル40%のチノパンツについて,マイクロ波照射
時間を180秒にした以外は実施例1と同様に実施すると,やはりほとんどしわは
消えた。しかし折りたたんだ影響により,折り目部分で折りしわが薄く残り,自然
乾燥しても消えなかった。家庭で洗濯できる加工がされた,ウール50%,ポリエ
ステル50%のスラックスの場合,しわはほとんど消え,かつ折りしわはできなか
った。
【0035】
(実施例4)
綿100%のTシャツ,ポロシャツ,ハンカチにもアイロンを掛けたような効果
があった。マイクロ波照射時間は,各衣類の質量に応じて変更することが必要であ
る。
【0036】
(実施例5)
綿50%,ポリエステル50%の半そでのワイシャツは効果が弱いものが多く,
綿80%,ポリエステル20%の場合効果は確認できたものの,実施例1のワイシ
ャツに比べるとしわ除去効果は弱かった。ポリエステルの混紡率が大きくなると,
しわ除去効果が弱くなる傾向がみられた。」
イ上記(1)によれば,本願発明の概要は,次のとおりである。
本願発明は,洗濯,脱水後の衣類のように湿り気を帯び,しわがついた衣類のし
わを除去する方法を使用するための衣類に関する(【0001】)。
衣類のしわ除去には水,熱,力を複合的に加えることが有効とされている(【00
02】)。
しかし,例えば,スチームでしわを伸ばす方法は,熱伝導率の低い衣類の繊維の
外側から,スチームを噴出するので,その一部は空気中に拡散し,熱エネルギーの
ロスが大きく,しわ除去についても綿の衣類には効果が弱いという問題があるため,
エネルギーロスが少なく,短時間で効果的に衣類のしわを除去する方法の開発が待
たれていた(【0008】)。
そこで,本願発明は,手間がかからず簡単に衣類のしわを除去することができる
衣類のしわ除去方法及び衣類のしわ除去方法の実施に好適な衣類を提供することを
目的とする(【0009】)。
本願発明は,水で湿り気を帯び,しわがついた衣類に,電子レンジで,水の沸点
に到達しない時間,マイクロ波を照射し,湿り気を帯びたまま,当該衣類の温度が
上昇することに伴って,しわを除去することを特徴とする,衣類のしわ除去方法(請
求項1)を使用するための衣類であって,マイクロ波を透過しかつ通気性のない袋
で覆う方が,前記袋で覆わない場合よりも,しわ除去の効果が高くなる(【0010】,
【0032】,【0033】),繊維間の水素結合(【0019】)によってしわが形成
される衣類(請求項4)である。
上記したしわ除去効果が表れるのは,単に水素結合が切れただけでなく,中空構
造の繊維内部の水が急速に気化することから中空部がふくらみ,繊維の太さ,長さ,
ねじれ,繊維間のずれ等も回復し,結果,衣類のしわが除去されると推測されるも
のであり(【0019】,このような衣類のしわ除去方法を用いることで,衣類のし
わ除去を短時間内に少ないエネルギーで効率的に行うことができ,さらに,衣類を
袋に入れた状態でマイクロ波を照射することにより,マイクロ波照射により発生す
る蒸気,熱が袋内にこもるので,より短時間内により少ないエネルギーで効率的に
しわ除去を行うことができる(【0013】,【0020】)。
(2)本願発明の認定
ア前記(1)認定の事実によれば,本願発明は,請求項4記載のとおり,「請求項
1から3のいずれか1に記載の方法を使用するための衣類であって,マイクロ波を
透過しかつ通気性のない袋で覆う方が,前記袋で覆わない場合よりも,しわ除去の
効果が高くなる,繊維間の水素結合によってしわが形成される衣類。」であることが
認められる。新規性,進歩性の判断の前提となる審決の本願発明の認定に誤りはな
い。
イこれに対し,原告は,「衣類にマイクロ波を照射する場合,乾燥による収縮,
発火等の問題が懸念される」(本願明細書【0026】)という衣類に対する技術常
識を考慮すると,本願の請求項4に記載された衣類は,マイクロ波加熱の度合い次
第で衣類の外観に復元が極めて難しい損傷を受ける可能性がある衣類でもある旨主
張する。
しかし,特許法36条5項は,「特許請求の範囲には,請求項に区分して,各請求
項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事
項のすべてを記載しなければならない」と規定しており,また,請求項に係る発明
の認定に際しては,特段の事情がない限り,請求項に記載されたとおりに当該発明
を認定すべきものであるから,請求項4に係る発明である本願発明を請求項4に記
載されたとおりに認定した審決に誤りはない。
原告の上記主張は,「マイクロ波加熱の度合い次第で衣類の外観に復元が極めて難
しい損傷を受ける可能性がある衣類」という特許出願人である原告が本願発明を特
定するために必要と認める事項とは認識していなかった事項をいうものであって,
本願の請求項4には,本願発明を特定する事項として,「マイクロ波加熱の度合い次
第で衣類の外観に復元が極めて難しい損傷を受ける可能性がある衣類」であること
は特定されていない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
原告の主張する取消事由2は理由がない。
2取消事由3(引用発明の適格性判断の誤り)及び4(引用発明の認定の誤り)
について
取消事由3及び4は,いずれも引用発明に関する審決の認定に誤りがあるという
ものであり,また,その事実認定の誤りを前提として,審決の判断にも誤りがある
とも主張されているものと解される。
そこで,事案に鑑み,以下,引用発明に関する審決の認定に誤りがあるかについ
て検討する。
(1)引用文献1(甲1)には,次の記載がある(図面については別紙引用文献1
図面目録を参照。)。
「1.考案の名称
洗濯衣類の乾燥装置」(1頁2行から同頁3行)
「2.図面の簡単な説明
①図1-1は上方よりみた断面図
②図1-2は前面図」(1頁4行から同頁6行)
「3.考案の詳細な説明
従来衣服等の洗浄処理後に於ける乾燥及び仕上の為の熱源として専ら蒸気あるい
は電気,ガス等による加熱すなはち空気を媒体として対流,伝導放射の原則に基づ
く方法が行なわれてきた。」(1頁7行から同頁11行)
「これらの方法では外部から加えられた熱が繊維の表面から内部へ伝達される為
に空気の熱拡散率が悪いうえ乾燥物体の熱拡散率が小さいほどまた厚みが大きくな
るほど内部への熱伝導に時間を要し乾燥物体の表面と内部温度差は加熱の始めに著
しく大きく時間経過に従ってその差が縮まってゆく。」(1頁11行から同頁17行)
「それ故に処理能率を向上させる為に短時間に乾燥物体内部迄熱を伝達しようと
すると表面の温度を必要以上に上げる結果最近の耐熱性の低い合成繊維には全く適
さない欠陥が現れてきている。」(1頁18行から2頁3行)
「本案は高周波による誘電加熱を利用し要求される熱エネルギーを効率良く極め
て短時間に乾燥物体すなはち繊維に含まれている水分又は溶剤に直接発生させて内
部から蒸発をうながし必要に応じて同時に加圧仕上も行おうとするもので加熱過剰
による変質等の欠陥を除き能率向上を目的とするものである。」(2頁4行から同頁
10行)
「高周波を衣服等の乾燥に用いた場合誘電加熱の原理は加熱しようとする物質に
誘電損失を発生させるわけでこの場合水分,溶剤を蒸発分離させ乾燥物自体には損
失が生じないような波長の電磁波を用いまた乾燥物体が直接受ける影響は水分等の
蒸発迄の過程に至るまでの熱伝導が主なもので乾燥物体が熱板等に直接触れる事は
なく,むしろ乾燥物体表面では対流,放射等の熱損失がある為に繊維表面の温度は
内部に比べて低くなる傾向があり耐熱性の低い繊維の表面が変質したりする事なく
効率の点に於いても繊維の場合多孔質と同様蒸気が外部へ発散しやすく安全に乾燥
出来る。」(2頁10行から3頁3行)
「又水分の蒸発に伴う熱及び加湿の作用も本案の利点であり,外部から蒸気で加
湿を行う事なく繊維に生じたしわを伸ばす効果がある。」(3頁3行から同頁6行)
「図に示した装置は主に厚手の衣服用の乾燥仕上装置で両電極間を衣服が移動す
る構造で電極は図-1の①のように二枚の平行板とし,電界強度を分散させる場合
は格子型等とする事も可能である。」(3頁6行から同頁10行)
「操作は一定時間乾燥物体を電界中に入れるだけで極めて簡単である。電極の間
隔を可変とし加圧出来るようにすればプレス仕上も可能である。」(3頁11行から
同頁13行)
「4.実用新案登録請求の範囲
高周波による洗濯衣類の乾燥装置」
(2)上記(1)によれば,引用発明は,「洗浄処理後に,高周波による誘電加熱によ
って繊維に含まれている水分を蒸発させ,外部から蒸気で加湿を行う事なく繊維に
生じたしわを伸ばす衣服。」であると認められる。また,引用文献1には,技術の解
決課題,課題解決手段,実施例及びその効果が記載されており,これを参照すれば,
当業者は,当該技術の目的,構成,作用等を理解することができるものと認められ
るから,引用文献1に記載された事項が,特許法29条1項各号所定の発明に当た
らないということはできない。
審決は,引用文献1の記載に基づき,上記と同旨の引用発明を認定しており,そ
の認定に誤りはない。
(3)原告の主張(取消事由3)について
ア原告は,引用発明は,繊維に含まれている水分を急速に沸騰させ,それによ
って発生した蒸気の作用によって繊維に生じたしわを伸ばすものであるから,湿っ
た衣類を誘電加熱する場合であっても,しわ除去は蒸気の作用に依存する必要があ
る衣類であるのに対し,本願発明は,マイクロ波照射を行う場合,実質的に蒸気の
作用に依存する必要のない,本願出願日以前未知なるしわ除去方法に依存する衣類
であることを前提に,引用文献1には,湿った衣類を誘電加熱する場合であっても,
しわ除去は蒸気の作用に依存する必要があるという思想の記載があり,本願発明に
記載の衣類の特性に想到することを妨げるものであるといえるから,引用発明は,
本願発明の引用発明としての適格性がない旨主張する。
しかし,前記1(1)アの本願明細書の記載及び同1(1)イの本願発明の認定によれ
ば,本願発明において,蒸気の作用を利用してしわ除去を行っていることは明らか
であると認められるから,本願発明が蒸気の作用に依存する必要のないしわ除去方
法を用いていることなどを根拠とする原告の上記主張は,その前提を欠くものであ
る。
また,本願発明で用いているしわ除去方法が,水の沸点(100℃)に到達しな
い時間,マイクロ波を照射しているものであっても,本願明細書(甲4)の記載(【0
032】)によれば,蒸気は,湿り気を帯びた衣類から発生しているものと認められ
るから,湿り気を帯びた衣類の加熱温度が水の沸点に到達しないことを根拠に,本
願発明が実質的に蒸気の作用に依存する必要のないしわ除去方法を用いているとい
うこともできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,衣類を誘電加熱で急速乾燥すると,普通の衣類は焦げる,収縮する
等,衣類を台無しにする可能性が高まる,引用発明の目的は,急速乾燥と過熱の弊
害をなくすことを両立することにあるから,「発火等の危険」のある「普通の衣類」
が誘電加熱を選択したからといって,過熱問題が解決されるなどとはいえない,よ
って,引用発明は,急速乾燥による過熱の弊害をなくすという主要な課題に対して,
高周波誘電過熱装置の有効性を示していないから,本願発明の引用発明とすること
はできない旨主張する。
しかし,引用文献1には,外部から加えられた熱によって,洗浄処理後の衣服等
を乾燥させる従来の方法では,「処理能率を向上させる為に短時間に乾燥物体内部迄
熱を伝達しようとすると表面の温度を必要以上に上げる結果最近の耐熱性の低い合
成繊維には全く適さない欠陥が現れてきている」(1頁18行から2頁3行)という
問題があることが記載されており,この問題に対して,「本案は・・・加熱過剰によ
る変質等の欠陥を除き能率向上を目的」(2頁4行から同頁10行)としてなされた
ものであって,「高周波を衣服等の乾燥に用いた場合・・・水分,溶剤を蒸発分離さ
せ乾燥物自体には損失が生じないような波長の電磁波を用いまた乾燥物体が直接受
ける影響は水分等の蒸発迄の過程に至るまでの熱伝導が主なもので・・・耐熱性の
低い繊維の表面が変質したりする事なく効率の点に於いても繊維の場合多孔質と同
様蒸気が外部へ発散しやすく安全に乾燥出来る。」(2頁10行から3頁3行)とあ
るように,耐熱性の低い繊維でも変質せずに乾燥させるための配慮をすることが記
載されており,上記記載に接した当業者であれば,衣類の変質を防ぐために照射す
る高周波の出力や波長等の条件を適宜に設定することは当然に考慮するものと認め
られる。そうすると,引用文献1は急速乾燥による過熱の弊害を無くすという同文
献の主要な課題に対して,高周波誘電過熱装置の有効性を示していないということ
はできない。
また,特開2003-82506号公報(甲3。以下「甲3公報」という。)の段
落【0007】には「・・・綿素材の下着を電子レンジで加熱したところ,焦げや
縮み,発火が見られた。」との記載があることが認められるものの,引用文献1には,
耐熱性の低い繊維でも変質せずに乾燥させるための配慮をすることが記載されてお
り,上記記載に接した当業者であれば,衣類の変質を防ぐために照射する高周波の
出力や波長等の条件を適宜に設定することは当然に考慮するものと認められるから,
甲3公報の上記記載をもって引用文献1記載の乾燥方法に有効性が認められないと
いうことはできない。
また,原告が指摘する点は,いずれも引用文献1記載の技術の有用性の問題であ
って,仮に,引用文献1記載の技術に原告主張のような問題点があるとしても,だ
からといって,引用文献1の記載が不明確である,引用文献1記載の内容が,特許
法29条1項各号所定の発明に当たらないなどということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4)原告の主張(取消事由4)について
原告は,引用文献1に記載されたものは,正しくは,「洗浄処理後にハンガーに吊
すことによって衣類を広げた状態で,高周波による誘電加熱によって,外部から蒸
気で加湿を行う代わりに衣類全体が乾燥するまで,繊維に含まれている水分を極め
て短時間に沸騰させることによって発生させた蒸気の作用によって,乾燥としわ伸
ばし工程を一体で行う衣服であって,誘電加熱による急速乾燥を行っても,過熱に
よる弊害が発生しない衣類」であるから,審決の引用発明の認定は誤りである旨主
張する。
しかし,引用発明の認定に際しては,特段の事情がない限り,本願発明の新規性,
進歩性を判断する上で過不足のない範囲で,本願発明の発明特定事項に対応する事
項を認定すれば足りる。
引用文献1には,「又水分の蒸発に伴う熱及び加湿の作用も本案の利点であり・・・
繊維に生じたしわを伸ばす効果がある。」(3頁3行から同頁6行)との記載があり,
水分の蒸発(乾燥)に伴ってしわ伸ばしの効果が生じることが記載されているもの
の,本願発明は,しわ除去に関するものであり,乾燥に関する事項を発明特定事項
とはしていない。
そして,引用文献1には,「従来衣服等の洗浄処理後に於ける乾燥及び仕上の為の
熱源として・・・」(1頁8行から同頁9行),「本案は高周波による誘電加熱を利用
し・・・繊維に含まれている水分・・・蒸発をうながし・・・」(2頁4行から同頁
7行),「又水分の蒸発に伴う熱及び加湿の作用も本案の利点であり,外部から蒸気
で加湿を行う事なく繊維に生じたしわを伸ばす効果がある。」(3頁3行から同頁6
行)などの記載があり,上記記載に基づいて,本願発明の発明特定事項に対応させ
て,引用発明を「洗浄処理後に,高周波による誘電加熱によって繊維に含まれてい
る水分を蒸発させ,外部から蒸気で加湿を行う事なく繊維に生じたしわを伸ばす衣
服」とした審決の認定に誤りはない。
また,「水分の蒸発に伴う熱及び加湿の作用」によって,「外部から蒸気で加湿を
行う事なく繊維に生じたしわを伸ばす効果がある」という引用発明の作用機序に照
らせば,衣服をハンガーに吊るさない限り,しわを伸ばすことができないとはいえ
ないから,「ハンガーに吊るすことによって衣類を広げた状態」にすることは,引用
発明を認定する上で不可欠のものということはできない。
さらに,引用文献1には,「本案は高周波による誘電加熱を利用し要求される熱エ
ネルギーを効率良く極めて短時間に乾燥物体すなはち繊維に含まれている水分又は
溶剤に直接発生させて内部から蒸発をうながし・・・」(2頁4行から同頁10行)
との記載があり,高周波による誘電加熱によって極めて短時間に繊維に含まれてい
る水分に対して熱エネルギーを発生させることは記載されているものの,「繊維に含
まれている水分を極めて短時間に沸騰させること」については記載も示唆もされて
いない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5)原告主張の取消事由3及び4はいずれも理由がない。
4取消事由5(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り),6(本願発明と
引用発明との相違点の認定の誤り)について
(1)本願発明と引用発明との対比・判断
ア審決は,本願発明及び引用発明を前記のとおり一応認定した上で,本願発明
は,衣類aないし衣類cを除いた本願出願日前周知の普通の衣類であると一応は理
解できる,一方,引用発明は,衣服の素材等,具体的な構成を特定しておらず,ま
た,引用文献1は,衣服の具体的な構成について特に特定はしていないが,洗浄処
理して,乾燥でき,繊維に生じたしわを伸ばすことができる衣服が記載されている
のであって,そのような衣服として,例えば,「綿100%のワイシャツ」,「綿60%,
ポリエステル40%のチノパンツ」,「ウール50%,ポリエステル50%のスラッ
クス」,「綿100%のTシャツ,ポロシャツ,ハンカチ」,「綿50%,ポリエステ
ル50%の半そでのワイシャツ」及び「綿80%,ポリエステル20%の半そでの
ワイシャツ」等の本願出願日前周知の普通の衣類を想定し得るということができる,
本願出願日前周知の普通の衣類を意味する本願発明と,同じく本願出願日前周知の
普通の衣類を特定する引用発明とを,相違しているものということができず,本願
発明は引用発明と同一である,と判断した。
イ本願明細書(甲4)の実施例1【0032】,実施例2【0033】の各記載
によれば,上記の実施例1,2では,同じ綿100%のワイシャツを対象として,
ポリエチレン製の袋に入れた場合と入れない場合とを同じマイクロ波照射条件で比
較することによって,ポリエチレン製の袋に入れた実施例1にしわ取り効果の優位
性があることを確認していることが認められる。そうすると,「綿100%のワイシ
ャツ」は,本願発明の発明特定事項をすべて満たすものということができ,本願発
明に該当する衣類であるということができる。
ただし,本願明細書の記載(【0030】)によれば,綿100%のワイシャツで
あっても,特別に表面が加工されたものには,マイクロ波によるしわ除去効果がほ
とんど認めらないものもあることから,本願発明に該当する「綿100%のワイシ
ャツ」は,このような特別な表面加工が施されたものは含まれないと認められる。
また,本願明細書に実施例2ないし5として記載された衣類については,袋の有無
によるしわ除去の効果の大小について記載がなく,実施例4,5については,袋の
有無についても明らかではないから,これらの衣類が本願発明に該当するか否かは
当業者にとって検証可能ではあっても,本願明細書の記載から明らかであるとはい
えない。
次に,引用文献1(甲1)には,対象となる衣類について,「耐熱性の低い合成繊
維」(2頁2行から同頁3行),「耐熱性の低い繊維」(2頁下から1行から3頁1行),
「厚手の衣服」(3頁7行)という記載はあることが認められるものの,綿100%
のワイシャツは記載されていない。
引用文献1においては,衣服について前記のほかは具体的な記載がないものの,
特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」の認定においては,当業者に
とって自明な事項であり,そのことを当然の前提としていると引用文献1自体から
理解することができる場合については,引用文献1においてその具体的な物の記載
が省略されていても,その記載があるものと同視することができるというべきであ
る。
引用文献1には,従来の空気を媒体とした対流,伝導放射の原則に基づく方法で
は,外部から加えられた熱が繊維の表面から内部へ熱拡散率の悪い空気を介して伝
達されるところ,処理能率を向上させるために表面の温度を必要以上に上げる結果,
耐熱性の低い合成繊維に全く適さない欠陥が現れている問題に鑑み,高周波による
誘電加熱を利用し,必要とするエネルギーを乾燥物体に含まれている水分に直接発
生させて内部から蒸発を促すことで,表面温度を必要以上に上げる必要をなくし,
これをもって,上記の問題を解決することが記載されており,照射する電磁波の選
択に際して,乾燥物自体には損失が生じないようにすることや,乾燥物体表面では
対流,放射等の熱損失があるために,繊維表面の温度は内部に比べてむしろ低くな
る傾向にあり,耐熱性の低い繊維であっても,その表面が変質したりすることなく
効率的で安全な乾燥ができることも記載されている。
そうすると,引用文献1の上記記載に接した当業者であれば,高周波による誘電
加熱を利用することで,乾燥物の表面温度を高くする必要がなくなるため,耐熱性
の低い合成繊維からなる衣服でも表面が変質したりすることなく効率的で安全な乾
燥ができることを理解することができる。
上記技術常識に照らせば,当業者であれば,引用文献1の記載から,その自明な
事項を読み取ることができるのであり,引用文献1においては,乾燥物として合成
繊維よりも耐熱性が高いと認められる綿100%のワイシャツもその対象されてい
ることは,当然に想定されていたと判断されるから,引用文献1には,乾燥物とし
て綿100%のワイシャツが記載されているに等しいものと認められる。
この点に関し,甲3公報の【0007】に「・・・綿素材の下着を電子レンジで
加熱したところ,焦げや縮み,発火が見られた。」との記載があるが,引用文献1に
は,耐熱性の低い繊維でも変質せずに乾燥させるために照射する高周波の周波数を
選択するに際して配慮をすることが記載されており,この記載に接した当業者であ
れば,衣類の変質を防ぐために照射する高周波の出力や波長等の条件を適宜に設定
することは当然に考慮するものと認められるから,甲3公報の上記記載をもって,
綿素材が乾燥対象として除外されていたということはできない。
以上のとおり,本願発明に該当する綿100%のワイシャツは,引用文献1に記
載されており,引用発明に含まれているものといえるから,本願発明は新規性を欠
くものと認められる。本願発明は引用文献1に記載された発明と認められるから,
これと同旨の審決の判断は,結論において誤りはない(なお,綿100%のワイシ
ャツは,本願発明の出願日(平成23年1月26日)前から,公知のものであった
ことは,明らかであり,当事者間にも争いはない。)。
よって,本願発明は引用文献1に記載された発明であるから,特許法29条1項
3号に規定される発明に該当し,特許を受けることができないとした審決の判断に
誤りはない。
(2)原告の主張(取消事由5)について
ア原告は,本願発明の衣類は,電子レンジで湿り気を帯びた衣類の温度が水の
沸点に達しない間温度が上昇することに伴ってしわを除去するものであり,蒸気の
作用に依存せず,衣類の乾燥等は切り離すことができる(構造的に衣類の加熱によ
る損傷を防ぐことができる。)ものであるのに対し,引用発明は,蒸気に依存し,蒸
気発生源を衣類に求める以上,衣類の乾燥と同時進行に行うことが不可欠な衣類で
あるから,審決が,「誘電加熱によりしわを除去する」点を一致点とした審決の判断
は全くの誤りであり,本願発明と引用発明の一致点は,「洗浄処理後にしわ伸ばしを
行う衣服」という点のみである旨主張する。
しかし,本願明細書(甲4)の前記1(1)の記載によれば,本願発明においても,
蒸気の作用を利用してしわ除去を行っていることは明らかであると認められるから,
本願発明が蒸気の作用に依存する必要のないしわ除去方法を用いていることを根拠
にする原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。
イ原告は,引用発明は,本願発明の引用発明としての適格性がないとも主張す
る。
しかし,引用発明が本願発明の引用発明としての適格性を有することは,前記認
定のとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(3)原告の主張(取消事由6)について
原告は,本願発明は,衣類の素材の違いによる肌触り,着心地等に関する発明で
なく,しわ除去が必要な衣類について,電子レンジを使用した場合の,しわ除去効
果,適合性に関する発明であり,その意味で請求項4が特定する,未知なる処理方
法に適する性質を有する,特定された素材の衣類に対して,被告は,単に着用する
等の意味における,素材の衣類に解釈をすり替え,両者の違いをあいまいにするこ
とで,「周知」「普通」などと主張している旨主張する。
しかし,甲3公報の【0007】の記載を勘案しても,引用発明には特別な表面
加工が施されていない綿100%のワイシャツが記載されているに等しいといえる
から,本願発明は新規性を有しないものと認められることは,前記のとおりである。
原告の上記主張は採用することができない。
(4)原告の主張する取消事由5及び6はいずれも理由がない。
(5)なお,本願の請求項4は,「衣類」という「物の発明」(特許法2条3項1号)
と解されるところ,「請求項1から3のいずれか1項に記載の方法を使用するための
衣類であって,マイクロ波を透過しかつ通気性のない袋で覆う方が,前記袋で覆わ
ない場合よりも,しわ除去の効果が高くなる」として,方法により物の範囲を限定
する記載を含むことから,特許請求の範囲に方法によりその物を特定する記載があ
る,広い意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームであると理解し得る。審
決は,本願発明の明確性要件(発明の範囲が明確であること)についても判断して
おり,原告も,取消事由1として明確性要件に関する判断の誤りを主張しているこ
とに加え,特許請求の範囲に方法により物を特定する記載があるということからも,
本願発明が広い意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームであることが,そ
の明確性要件を満たしているかについて影響するか否かを検討する必要がある場合
に該当し得る。
しかし,前記のとおり,審決及び本判決は,本願発明の新規性の判断をする前提
として本願発明及び引用発明を前記のとおり認定した上で,引用発明の範囲に含ま
れることが明らかな衣類が本願発明に含まれる衣類と同一であると認定判断するこ
とにより,本願発明には新規性がないと認定判断したのであるから,その上さらに
本願発明の明確性要件(取消事由1)について判断する必要はない。
4取消事由7(特許法137条2項等違反)について
(1)原告は,審判段階における審判官の交代の手続等が特許法137条2項及び
民法1条2項に反するから,審決には違法があるなどと主張するので,以下,審判
段階の手続の経緯等について検討する。
(2)証拠(各認定事実の末尾に摘示した)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事
実が認められる。
ア審判段階における審判官の指定
本件審判では,特許庁長官による審判官の指定に基づき,平成25年12月19
日付け,平成26年3月24日付け及び平成26年7月2日付けの各審判官及び審
判書記官氏名通知が,特許法施行規則48条2項の規定に基づいて原告に通知され
た。上記各審判官及び審判書記官氏名通知に対し,原告から特許庁長官に対し,審
判官の除斥又は忌避の申立ての書面は提出されていない。(弁論の全趣旨)
イ平成25年7月2日付け拒絶理由通知書(甲6)
被告は,審査段階において,原告に対し,平成25年7月2日付け拒絶理由通知
書によって,本願発明は,甲2文献に記載された発明と引用文献1(甲1)に記載
された引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨を通知した(甲6)。
上記拒絶理由では,甲2文献(甲2)に記載された発明が主引用発明であり,引
用文献1(甲1)に記載された引用発明は副引用発明として主引用発明への組み合
わせが検討されていると解される。
ウ本件拒絶査定(甲7)
本件拒絶査定では,「平成25年7月2日付け拒絶理由通知書に記載した理由によ
って,拒絶すべきものです。」とし,原告が提出した意見書及び手続補正書の内容を
検討した上で,上記アの拒絶理由通知とは別の理由を示していない(甲7)。
エ平成26年4月2日付け拒絶理由通知書(乙5)
被告は,審判段階において,原告に対し,平成26年4月2日付け拒絶理由通知
書(審判長特許庁審判官A)によって,本願発明は,「しゃるろっと,“素敵女
子を目指す不適女子のホンネ100%ブログ「電子レンジがアイロン代わりに(再
アップ記事)」”,[online],2011年1月22日,[平成26年3月25日
検索],インターネット(乙4。以下「乙4文献」という。)に記載された服,衣類
と同一か,又は乙4文献に記載された服,衣類に基づいて当業者が容易になし得た
ことであるから,特許法29条1項3号に該当し,又は特許法29条2項の規定に
より特許を受けることができない,特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たして
いない旨を通知した(乙5)。原告は,平成26年5月28日,同拒絶理由通知書に
対する意見書を提出した。
上記拒絶理由通知では,乙4文献に記載された発明が主引用発明であり,これに
周知技術との組み合わせが検討されている。
オ平成26年7月7日付け拒絶理由通知書(乙6)
さらに,被告は,審判段階において,原告に対し,平成26年7月7日付け拒絶
理由通知書(審判長特許庁審判官B)によって,本願発明は,引用文献1に記
載された引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本
願発明に係る衣類と引用発明の衣類とは異なるものということができないから,特
許法29条1項3号に該当し,又は特許法29条2項の規定により特許を受けるこ
とができない,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を満
たしていない旨を通知した(乙6)。原告は,平成26年9月2日,同拒絶理由通知
書に対する意見書を提出した(甲5)。
カ審決の判示
審決は,本願発明は,①特許請求の範囲の記載が不明確であり,明確性要件を
満たしていないから,特許を受けることができない,また,②引用発明と同一で
あるから,特許法29条1項3号により,特許を受けることができない,③仮に,
本願発明と引用発明が相違するとしても,引用発明に基づいて,当業者が容易に発
明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受
けることができない,と判断した。
(3)検討
ア前記認定のとおり,本件審判では,特許庁長官による審判官の指定に基づき,
各審判官及び審判書記官氏名通知が原告に通知され,これらに対し,原告から特許
庁長官に対し,審判官の除斥又は忌避の申立ての書面等は提出されていないことが
認められる。また,審決は,新たな公知文献として引用文献1を主引用例として,
これに基づき,新規性,進歩性の判断をしたものであるから,甲2文献等を主引用
例とした拒絶査定の理由等とは異なる拒絶の理由であるけれども,原告に対し,審
判段階で新たにその旨の拒絶理由を通知しており,平成26年7月7日付け拒絶理
由通知には,上記拒絶理由が示され,原告も各拒絶理由通知書に対する意見書を提
出していることが認められる。
以上の審判の経緯等に照らすと,審判の手続に違法があるとは認められず,審判
長(審判官)の交代に関する原告の主張は,審判手続の適法性や審決の内容に影響
を及ぼすものではない。
また,特許法137条2項は,「特許庁長官は、前項の規定により指定した審判官
のうち審判に関与することに故障がある者があるときは、その指定を解いて他の審
判官をもつてこれを補充しなければならない。」と規定しているところ,これは,故
障がある審判官について指定を解いて補充をする規定であり,上記故障とは,病気,
除斥原因等が含まれるものと解されるから,審判段階における審判官の交代の手続
等が特許法137条2項に反するともいえない。
イ原告に対し,審判段階で新たに本件拒絶査定の理由等と異なる,審決におい
て判断された拒絶理由が通知され,上記拒絶理由に対する原告の意見書も提出され
ているのであるから,審決には,特許法159条2項,50条に定める手続違背の
違法があるとは認められず,また,審決の判断に誤りがないことは前記認定のとお
りであるから,審判長の相次ぐ交代と同時に行われた拒絶理由の変更,明白な矛盾
を呈した拒絶理由の通知等は著しく公正さを欠くものであるなどとする,拒絶理由
の通知に関する原告の主張についても,審決の結論に影響を及ぼす違法なものであ
るとはいえない。
さらに,原告の主張のうち,審判官の交代が民法1条2項に反する旨主張する部
分についても,具体的主張ではなく,前記認定に照らし,採用することができない。
以上によれば,審判段階における審判官の交代の手続等(審判官の相次ぐ交代が
恣意的目的等によってされたものであるなど)に違法がある旨の原告の主張は採用
することができない。
(4)原告の主張する取消事由7は理由がない。
5取消事由8(特許法50条違反及び改ざん)について
(1)原告は,平成26年7月7日付け拒絶理由通知書に記載した理由と,同じ内
容であるべき審決の理由は,文面を酷似させているが,次のとおり,実質的内容が
改ざんされている旨主張する。
ア〔変更前〕(審決3頁最終行以下)
「そうすると、ことさら「請求項1から3のいずれか1に記載の方法を使用する
ための」と特定することにより、どのような衣類としているのか理解できない。」
イ〔変更後〕(審決9頁以下)
「そうすると、・・「請求項1から3のいずれか1に記載の方法を使用するための
衣類」として特定することで、どのような技術的事項を特定しようとしているのか
理解できず、発明が明確でないといわざるを得ない。」
しかし,変更前後の理由の記載はいずれも,本願発明(請求項4)の「請求項1
から3のいずれか1に記載の方法を使用するための」という記載によって,「衣類」
という物の発明である本願発明のいかなる発明特定事項が限定されることになるの
かが理解できないことが記載されているといえ,実質的に同じ趣旨であると解する
ことができる。両者の理由に,形式的な用語上の差異があるとしても,改めて拒絶
理由が通知されなかったことをもって,特許法159条2項において準用する特許
法50条の規定に違反する違法があったということはできない。
(2)また,原告は,同拒絶理由通知書の引用文献1に記載された事項についても,
次のとおり,実質的内容が改ざんされている旨主張する。
ア〔変更前〕(審決4頁中段)
「以上より,乾燥過程ではあるが・・当該衣類の温度が上昇することに伴って,
しわを除去すること・・が記載されている」
イ〔変更後〕(審決12頁)
「洗浄処理後に,高周波による誘電加熱によって繊維に含まれている水分を蒸発
させ,外部から蒸気で加湿を行う事なく繊維に生じたしわを伸ばす」
しかし,引用文献1には,「高周波を衣服等の乾燥に用いた場合誘電加熱の原理
は・・・水分・・・を蒸発分離させ・・・」(2頁10行から同頁13行),「又水分
の蒸発に伴う熱及び加湿の作用も本案の利点であり,外部から蒸気で加湿を行う事
なく繊維に生じたしわを伸ばす効果がある。」(3頁3行~同頁6行)と記載されて
おり,かかる記載によれば,変更前とされる同拒絶理由通知書の「乾燥過程」が,
高周波による誘電加熱によって水分を蒸発分離させることを意味することは,明ら
かであるから,変更前とされる同拒絶理由通知書の記載と,変更後とされる審決の
記載は,実質的に同じ趣旨のことをいうものと解することができる。
両者の理由に,形式的な用語上の差異があるとしても,改めて拒絶理由が通知さ
れなかったことをもって,特許法159条2項において準用する特許法50条の規
定に違反する違法があったということはできない。
(3)したがって,審決は,特許法159条2項に規定する「査定の理由と異なる
拒絶の理由」を発見したにもかかわらず,同法50条に規定する拒絶理由を改めて
通知せずにしたものであるということはできず,審決に違法はない。
(4)原告の主張する取消事由8は理由がない。
6取消事由9(阻害要因)について
(1)原告は,引用文献1には,「・・・水分,溶剤を蒸発分離させ乾燥物自体に
は損失が生じないような波長の電磁波を用い・・・」との記載があるところ,一般
に,水は,極性物質で,綿等の繊維によく吸収(結合)され,洗浄過程では繊維を
膨潤させ,しわを引き起こす原因にもなるのに対し,代表的溶剤の石油系溶剤は,
無極性(本願発明で使用する,マイクロ波を減衰しないポリエチレン製の袋と同様)
であり,ほとんどの衣類の素材よりもむしろ誘電率が低く,誘電加熱され難い物質
であるから,溶剤のみ選択加熱することは不可能であるケースが多く,引用文献1
が主要な課題としていることに対し,その解決手段の核心部分に重大な矛盾がある,
また,クリーニングに出される衣類は,家庭の水洗いに適さない場合が多く,引用
文献1の解釈にあたって,水の場合のみ想定することは許されない,したがって,
引用文献1の記載内容は信用できず,引用文献1に実質的証拠力はない旨主張する。
しかし,高周波による誘電加熱によって熱エネルギーを溶剤に対して直接発生さ
せて蒸発を促すことが技術的な裏付けを欠くものであったとしても,水分に対して
は誘電加熱が可能であることは,技術的に明らかであるから,溶剤に対して誘電加
熱をすることについて技術的な裏付けを欠くことをもって直ちに,引用文献1に実
質的証拠能力がないと結論付けることはできない。また,引用文献1には,「本案は
高周波による誘電加熱を利用し・・・熱エネルギーを・・・繊維に含まれている水
分又は溶剤に直接発生させて内部から蒸発をうながし・・・」(2頁4行から同頁7
行)との記載があり,繊維に水分又は溶剤の一方のみが含まれる場合も想定されて
いるものと認められるから,溶剤に対して誘電加熱をすることが技術的に不可能で
あったとしても,本願発明の新規性の判断に影響を与えるものとはいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2)原告は,綿素材の下着を電子レンジで乾燥したところ、焦げ縮み、発火が見
られたとされるように,引用文献1に記載された思想は,少なくとも電子レンジに
適用できない旨主張する。
しかし,前記認定のとおり,引用文献1記載の乾燥方法に有効性が認められない
ということはできないし,そもそも,原告の上記主張は,本願発明の新規性の判断
に影響を与えるものとはいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3)原告の主張する取消事由9は理由がない。
7取消事由10(引用発明の認定の誤り効果の誇張)について
原告は,引用文献1には,乾燥工程において,水が急激に気化した蒸気の作用で
しわが伸びるとされる衣類が記載されているところ,当該衣類について,綿等の素
材からなる衣類を想定し得るとする被告の主張は誤りである旨主張する。
しかし,審決が認定した引用発明の内容に誤りがないことは前記認定のとおりで
あり,原告の上記主張は採用することができない。
原告の主張する取消事由10は理由がない。
8取消事由11(特許法158条違反)について
原告は,特許法158条が,審査においてした手続は,拒絶査定不服審判におい
ても,その効力を有するとしているにもかかわらず,被告が,審査でした手続の効
力を審決で覆したなどと主張する。
しかし,原告が指摘する特許法158条は,審査と拒絶査定不服審判とが続審の
関係にあることを規定したものであって,前記認定のとおり,審決は,新たな公知
文献として引用文献1を主引用例として,これに基づき,新規性,進歩性の判断を
したものであるから,甲2文献を主引用例とした拒絶査定の理由とは異なる拒絶の
理由であるけれども,原告に対し,審判段階で新たにその旨の拒絶理由を通知して
おり,平成26年7月7日付け拒絶理由通知には,上記拒絶理由が示されているこ
とが認められる。
したがって,本件審判の手続が特許法158条に反する旨の原告の上記主張は採
用することができない。
原告の主張する取消事由11は理由がない。
9取消事由12(特許庁の審査基準違反)について
原告は,請求項1ないし3の発明について,特許要件に関する検討,判断をして
いないことは違法であるなどと主張する。
しかし,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又
は特許審決がされ,これに基づいて特許が付与されるという基本構造を前提として
おり,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,そ
の特許出願全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかない。
したがって,一部の請求項に係る発明について特許をすることができない事由があ
る場合には,他の請求項に係る発明についての判断いかんにかかわらず,特許出願
全体について拒絶査定をすべきことになる。本件において,審決は,本願発明につ
いて,特許法29条1項3号等の規定により特許を受けることができないと判断し
ているのであるから,これによって本件出願が全体として同法49条2号に該当し,
拒絶をすべきものになることは明らかである。そして,その審決の判断に誤りはな
いことは,前記認定のとおりであり,また,手続上の誤り等がないことも,前記認
定のとおりであるから,そうである以上,その他の請求項に係る発明について判断
するまでもなく,本願は出願全体として拒絶されるべきであるから,これと判断を
同じくする審決に違法はない。
よって,審決に違法があるということはできないから,原告の上記主張は採用す
ることができない。
原告の主張する取消事由12は理由がない。
10訴訟指揮等に対する異議について
原告は,本件口頭弁論終結後に,弁論の再開を申し立て,同時に,裁判長の訴訟
指揮に対する異議の申立てであると解される書面(平成27年11月8日付け口頭
弁論再開申立書)を提出している。
本願発明が広い意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームであること及び
そのことが本願発明の明確性要件の判断に影響するか否かを検討する必要があるこ
とは,前記説示のとおりである。しかし,審決及び本判決は,引用発明に含まれる
ことが明らかな衣類が本願発明の範囲に含まれる衣類と同一であると認定判断し,
本願発明は新規性がないと認定判断したものである。したがって,本件においては,
本願発明の明確性要件について判断する必要はなく,プロダクト・バイ・プロセス・
クレームの明確性要件について,さらに議論する必要はないと解されるから,本件
の弁論を再開する必要はない。
また,異議申立ての事由は,必ずしも明らかではないものの,釈明権の行使や証
拠の採否に関して非難するものなどであり,いずれも理由がない。
第6結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由2ないし12は,いずれも理由がなく,
その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄
却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官設樂一
裁判官大寄麻代
裁判官岡田慎吾
本願発明図面目録
[図1]
引用文献1図面目録

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