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平成23年7月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(ワ)第31755号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成23年7月6日
判決
東京都板橋区<以下略>
原告X
同訴訟代理人弁護士小野瀬有
岩田充弘
東京都文京区<以下略>
(登記簿上の本店所在地東京都文京区<以下略>
被告株式会社本の泉社
千葉県柏市<以下略>
被告Y
上記2名訴訟代理人弁護士松井繁明
主文
1被告らは,原告に対し,連帯して24万円及びこれに対する平成19年7月
2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告Yは,原告に対し,12万円及びこれに対する平成21年5月30日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告株式会社本の泉社は,原告に対し,12万円及びこれに対する平成22
年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用はこれを4分し,その1を被告らの負担とし,その余は原告の負担
とする。
6この判決は,1から3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告に対し,連帯して110万円及びうち100万円に対する平
成19年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告Yは,原告に対し,35万円及びうち30万円に対する平成21年5月
30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告株式会社本の泉社は,原告に対し,35万円及びうち30万円に対する
平成22年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本訴請求の要旨は,次のとおりである。
(1)第1の1の請求
原告は,被告Y(以下「被告Y」という。)が執筆し,被告株式会社
本の泉社(以下「被告本の泉社」という。)が発行,販売した「合格!
行政書士南無刺青観世音」と題する書籍(平成19年7月1日初版第
1刷発行。以下「本件書籍」という。)について,
ア被告らが原告の許諾を得ずに原告が被告Yの左大腿部に施した十一
面観音立像の入れ墨(以下「本件入れ墨」という。)の画像(ただし,
陰影が反転し,セピア色の単色に変更されている。以下「本件画像」と
いう。)を本件書籍の表紙カバー(別紙の1。以下「本件表紙カバー」
という。)及び扉(別紙の2。以下「本件扉」という。)の2か所に掲
載したことは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名
表示権,同一性保持権)を侵害する,
イ原告の人格,名誉を傷付ける記述及び原告のプライバシーに関する記
述がされており,これらの記述は原告の人格権及びプライバシー権を侵
害する,
として,被告らに対し,①著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償
請求権に基づき損害賠償金77万円(慰謝料70万円,弁護士費用7万
円)及びうち70万円に対する不法行為の後の日である平成19年7月
2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,並び
に②人格権及びプライバシー権侵害の不法行為による損害賠償請求権に
基づき損害賠償金33万円(慰謝料30万円,弁護士費用3万円)及び
うち30万円に対する前同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金の各支払を求めている。
(2)第1の2の請求
原告は,被告Yが平成19年7月1日以降インターネット上の自己の
ホームページ(以下「本件ホームページ1」という。)に本件表紙カバ
ーの写真を掲載していることは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格
権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するとして,被告Yに
対し,著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害
賠償金35万円(慰謝料30万円,弁護士費用5万円)及びうち30万
円に対する不法行為の後の日である平成21年5月30日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
(3)第1の3の請求
原告は,被告本の泉社が平成19年7月1日以降インターネット上の
自社のホームページ(以下「本件ホームページ2」といい,本件ホーム
ページ1と併せて「本件各ホームページ」という。)に本件表紙カバー
の写真を掲載していることは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権
(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するとして,被告本の泉
社に対し,著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき
損害賠償金35万円(慰謝料30万円,弁護士費用5万円)及びうち3
0万円に対する不法行為の後の日である平成22年2月26日から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
なお,原告は,本件訴訟において,本件入れ墨の著作権(複製権,翻案
権,公衆送信権〔送信可能化権を含む。〕)侵害に基づく損害賠償は請求
しないとの意思を明らかにしている。
2前提事実(証拠等を掲記したもののほかは当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
ア原告は,住所地において「X1」の屋号で彫物師を業としており,後記
のとおり,被告Yの依頼により同人の左大腿部に本件入れ墨を施した。
イ被告本の泉社は,主に医療に関する出版物の企画,編集,出版等を
業とする会社であり,後記のとおり,本件書籍を発行,販売し,自社
のホームページに本件表紙カバーの写真を掲載した。
ウ被告Yは,原告から本件入れ墨を施された者であり,後記のとおり,
本件書籍を執筆し,自己のホームページに本件表紙カバーの写真を掲
載した。
(2)本件入れ墨
原告は,平成13年10月19日,被告Yから入れ墨の施術の依頼を
受け,同年11月1日から同年12月25日までの間,6回にわたり,
同人の左大腿部に本件入れ墨を施した。
なお,本件入れ墨の向かって右側には,被告Yの依頼により,原告に
よって漢字20文字の縦書きで「観世音菩薩常願常守護我為不要似
愛御名A」との入れ墨がされている(以下,同部分を「本件文字部分」
という。)が,同部分は本件訴訟において請求の原因となる著作物の対
象とはされていない。
(3)本件書籍
本件書籍は,被告Yが執筆し,被告本の泉社が発行,販売し,平成1
9年7月1日に初版第1刷が発行された。本件書籍の初版発行部数は1
500部であり,平成23年6月12日までの実売部数は243部であ
った。(乙10の1~4,弁論の全趣旨)
本件書籍には,被告Yの自叙伝とともに行政書士試験の受験記が叙述
されており,本件表紙カバーには別紙の1のとおり,本件扉には別紙の
2のとおり,それぞれ本件画像が掲載されている。(甲9)
本件画像は,原告が本件入れ墨の施術後に本件入れ墨の写真を複数枚
撮影してこれらを被告Yに無償で譲渡し,被告Yがそれらの写真の中か
ら1枚(乙8の2に掲載されたもののうち下段右端の写真)を選択し,
これを加工して作成したものである。(弁論の全趣旨)
(4)本件ホームページ1
被告Yは,「行政書士Y1法務事務所」の名でインターネット上に
ホームページを開設しており,平成19年7月1日以降,同ホームペー
ジに本件表紙カバーの写真を掲載していた。(甲2の1,弁論の全趣旨)
(5)本件ホームページ2
被告本の泉社は,インターネット上に自社のホームページを開設して
おり,平成19年7月1日以降,同ホームページの商品一覧のコーナー
に本件表紙カバーの写真を掲載していた。(甲10,19,乙10の1,
弁論の全趣旨)
3争点
(1)本件入れ墨の著作物性
(2)著作者人格権侵害の成否
(3)人格権及びプライバシー権侵害の成否
(4)損害及びその額
4争点に関する当事者の主張
(1)本件入れ墨の著作物性
〔原告の主張〕
入れ墨の一般的な制作過程は,①依頼者の希望する図柄を基に輪郭線
による下絵を作成し,②下絵を基に転写機を使用して皮膚に貼り付ける
貼り絵を作成し,③貼り絵を皮膚に転写して,機械針とインクを使用し
て輪郭線から墨入れをし(筋彫り),④次に輪郭線以外の描線を墨入れ
し,⑤更に「ぼかし」と言われる描線の中の墨入れを繰り返して,最終
的に入れ墨を完成させるというものであり,その詳細は以下のとおりで
ある。
ア下絵の制作
(ア)入れ墨をする絵柄については,被告Yが依頼のために最初に訪問
した平成13年10月19日,被告Yの希望を受けて,「日本の仏像
100選(主婦と生活生活シリーズ328)」(佐藤昭夫監修,平
成8年10月20日株式会社主婦と生活社1刷発行。以下「日本の仏
像100選」という。)の中から11頁左側に掲載された向源寺観音
堂(滋賀県)の十一面観音立像の写真(以下,同仏像を「本件仏像」,
同写真を「本件仏像写真」という。)を薦め,これに倣うことを相互
に合意した。
その際,被告Yは,本件仏像の全身像を希望したが,原告は,仏像
の頭上にある何面かの顔の表情を生かすために仏像の上半身だけと
すること,本件仏像は向かって右向きであり,これをそのまま採用す
ると,同被告が希望する左大腿部に施術した場合には,同被告に対し
背を向ける格好となるので,逆の左向きにすることを提案した。
さらに,被告Yは,本件仏像の表情は,険しい表情と優しい表情の
中間ぐらいの表情なので,これよりも穏やかな表情で作ってほしいと
要望したので,原告は,これに応じて下絵を作成することを約束した。
(イ)被告Yに入れ墨を施すための第1回目の予約日が平成13年11
月1日となったので,原告は,上記第1回目の予約日までの間に上記
(ア)の合意に従い下絵を制作した。
下絵の制作に当たり,原告は,本件仏像写真を手元に置き,これを
参考にして太さ0.5㎜のシャープペンシルで下絵を描いた。その際,
仏像の向きを左向きに変え,さらに,顔の表情は,写真のとおりでは
なく,これよりも優しい表情のものとして仕上げた。こうして,出来
上がったものが甲3の1の下絵(以下「本件下絵」という。)である。
(ウ)上記のように,原告は,本件仏像写真を参考にしたものの,仏像
の向きを変え,かつ,表情を被告Yの希望に沿って優しいものとした
点において,下絵における創作性がある。
イ輪郭線の墨入れ(筋彫り)
(ア)本件下絵を被告の大腿部に転写し,その転写された輪郭線に沿っ
て筋彫りと呼ばれる墨入れをする場合には高度な技術を要する。それ
は,皮膚と筋組織との間の皮下組織に墨を入れるためである。そのた
め,技能の修練度により,輪郭線の出来上がりの巧拙に影響を及ぼす
ものであり,これが最終的な入れ墨の完成の度合い,美醜にも影響を
及ぼすことになる。
(イ)上記のように,輪郭線の墨入れにおいても,施術者固有の創作性
がある。
ウ輪郭線以外の描線の制作
(ア)輪郭線の墨入れ(筋彫り)の次の作業として,輪郭線には描かれ
ていない細部の描線を直接施術部位に描き,これに対する墨入れをす
る。これを行うには,まず,医療用の特殊なペンを用いて皮膚に描線
を描き,その描線に従って細部にわたった墨入れをする。
(イ)これは,施術部位の皮膚に直接特殊なペンで描き込みをし,その
上で墨入れをするものであるから,本件仏像写真を参考にしながらも,
施術者である原告の美的な感覚と高度な技能を必要とするものであ
るから,輪郭線以外の微細な描線を描き,墨入れをする点においても
高度な創作性がある。
エぼかしの墨入れ
(ア)輪郭線及び描線の墨入れが完了した後,画像の表情を生かし,ま
た,立体感を出すために,ぼかしといわれる墨入れをする。そのため
に,原告は,黒色のインク(墨)を濃淡5色に調合し,かつ,施術用
の針も5本組のものと12本組のものを使い分け,画像に濃淡のグラ
デーションをつけて完成させた。
(イ)このぼかしの墨入れの技能及びセンスは,入れ墨の完成度を大き
く左右するものであり,ここにプロの施術者としての創作性がある。
オ以上のとおり,本件入れ墨は,被告Yの依頼に従って本件下絵を作成
してから完成に至るまで,それぞれの段階において特有の技能及び美的
感覚を駆使して制作するものであり,余人をもって代えられない高度な
創作性があるから,著作物と認められる。
〔被告らの主張〕
本件入れ墨は,本件仏像写真の単なる機械的な模写又は単なる模倣に
すぎず,著作物性を認めることはできない。
ア本件下絵の作成について
本件下絵は,写真の上にトレーシングペーパーを重ね,上から鉛筆又
はシャープペンシルで描線をトレースして作成したものにすぎない。写
真が存在するのにわざわざ手書きで描写する彫物師はいない。不必要な
手間をかけ,依頼者に負担をかけることになるからである。
このようなトレースは極めて機械的なものであり,ここには下絵作成
者の創作性は存在しない。
イ下絵から入れ墨施術部位への転写について
本件下絵から貼り絵を作成し,これを入れ墨施術部位に貼り付け,裏
側のインクを皮膚に定着させる過程は,全て機械的転位にすぎず,そこ
には創作性の入る余地はない。
ウ輪郭線の描写について
こうして皮膚に転写された輪郭線に原告は多少の描線を書き入れて
いるが,両者を比較してみると,最も大きな違いは仏像の首飾り部分で
ある。同部分は本件下絵にはないが,元の本件仏像写真には存在し,本
件下絵ではこれを省略したにすぎない。しかも,書き込まれた首飾りは
写真よりも簡略化されている。ここにも創作性は認められない。
それ以外の相違点は,彫物師なら誰でも思い付く程度のものにすぎず,
創作性を認めるに値しない。
エぼかしについて
原告は立体感を出すためにぼかしを入れ,ここに創作性があると主張
する。
確かに,彫物師が独自の解釈に基づき写真の陰影とは全く区別された
ぼかしを入れることによって新しい映像を創り出した場合には,輪郭線
が写真と同一であっても,そこに創作性を認める余地がある。しかし,
本件入れ墨の場合,そのぼかしはほぼ本件仏像写真の陰影と同一であっ
て,これは写真の模倣にすぎず,創作性を認めることができない。
オ以上のとおり,本件入れ墨には創作性を認めることができないから,
本件入れ墨は著作物とは認められない。
(2)著作者人格権侵害の成否
〔原告の主張〕
ア公表権侵害
原告が被告Yの左大腿部に施した本件入れ墨は,被告Yの外貌に対し
て行ったものではなく,日常生活において着衣に隠れた場所に施したも
のであり,広く社会に対し公表することを予定するものではなかった。
原告が著作物である本件入れ墨を写真又は写真を掲載した出版物等
において公表する権利は,一身専属的に原告に帰属している。
しかるに,原告の許諾を得ないまま原告の著作物である本件入れ墨を
本件書籍及び本件各ホームページにおいて本件画像により公表した被
告らの行為は,原告の公表権を侵害するものである。
被告らは,原告が他の媒体で本件入れ墨を公表しているから,本件入
れ墨は未発表のものではなく,原告に本件入れ墨の公表権はないと主張
する。しかし,著作物をいかなる媒体においていかなる形式で公表する
かは,専ら著作者である原告に専属する権利であり,著作者の承諾して
いない媒体に著作物を掲載することは,著作者の一身専属的な権利であ
る公表権を侵害するものである。
イ氏名表示権侵害
本件入れ墨の著作者である原告は,本件入れ墨について氏名を表示す
る権利を有しており,原告は,本件入れ墨を含む自己の作品を公表する
際は,氏名(屋号)を表示して発表している。
しかるに,被告らは原告の氏名を本件画像が掲載された本件書籍及び
本件各ホームページにおいて表示していないので,原告の氏名表示権を
侵害している。
ウ同一性保持権侵害
原告が著作した著作物は,被告Yの左大腿部に施した本件入れ墨その
ものである。
被告らは,原告が本件入れ墨の完成後に被告Yに交付した本件入れ墨
の写真のうち1枚を利用して本件表紙カバー及び本件扉に本件画像を
印刷して掲載した。
本件入れ墨は,被施術者の皮膚の表面に入れ墨用の特殊なインクを用
いて墨入れをすることにより完成するものであり,その皮膚の色と墨入
れをしたインクが一体のものとなって画像の美しさを構成するもので
ある。しかるに,被告らが本件書籍に掲載した本件画像は,天然色では
なくモノクロームでセピア色の写真風の画像となっており,しかも,そ
の陰影については本件入れ墨とは大きく隔たりのあることは明らかで
あって,原告の同一性保持権を侵害している。
〔被告らの主張〕
ア公表権について
公表権は,未発表の著作物についてのみ主張できるが,原告は「X2」
の名義でいずれも入れ墨専門誌の「バースト」平成14年3月号,「月
刊実話ドキュメント」同年4月号,「タトゥー・バースト」同年5月号
など各種出版物に本件入れ墨を公表している。また,原告のホームペー
ジ上に平成21年4月14日まで数年間にわたり本件入れ墨を表示し
てきたことが判明している。
以上のとおり,原告は既に本件入れ墨を公表済みであるから,公表権
を主張することはできない。
イ氏名表示権について
本件書籍で被告らが原告の氏名を表示しなかったことは認める。
しかし,著作権法19条3項は,「著作者名の表示は,著作物の利用
の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を
害するおそれがないと認められるときは,公正な慣行に反しない限り,
省略することができる。」と定めている。
本件書籍における本件入れ墨の利用目的は,本件入れ墨の芸術的価値
を付加することによって本件書籍の価値を高めることにあったのでは
ない。かえって,被告Yがその人生の中で特定の女性に対する強い心情
から痛苦に耐えて本件入れ墨を施したことを記し,その人生の集約又は
象徴として本件入れ墨を表出したものと認められるべきである。執筆の
中に,その内容の集約又は象徴として絵画,写真などを掲載することは,
公の慣行に属し,特に著作者名を表示しなければ著作者の利益を害する
と認められる場合でない限り,著作者名を省略することが許容されるべ
きであり,本件は正にこれに該当する。また,本件画像は原告から無償
譲渡された写真によるものであって,原告もその合理的範囲における利
用をあらかじめ容認していた。
ウ同一性保持権について
本件画像がネガとポジを反転させ,かつ,モノクロ化したものである
ことは認めるが,そのことが同一性保持権を侵害するとの原告の主張は
争う。
前記のとおり,本件画像は原告から無償譲渡された写真によるもので
あって,原告は当該写真の利用方法につき何らの制約も加えるところが
なかった。したがって,被告らが無償譲渡された写真を本件書籍に掲載
する際,ネガとポジを反転し,モノクロ化したことは,原告の許容した
利用範囲にとどまり,原告の同一性保持権を侵害するものではない。
(3)人格権及びプライバシー権侵害の成否
〔原告の主張〕
ア人格権侵害
(ア)原告は,約13年前から住所地において,「X1」の屋号で彫物
師をしてきた。この間,自らの努力により研さんを重ね,この業界に
おいての評価を得,地歩を固めてきた。この意味で,原告は専門技能
者としての自負があり,これは原告の人格権を構成する重要な要素で
ある。
(イ)本件書籍は,平成18年度の行政書士試験に合格したという被告
Yが,出生から様々な苦難及び不祥事,病気を乗り越えて,その試験
に合格したという来歴を自ら記述したものであるが,その苦難や不祥
事を記述することによって試験合格の達成を自賛するような構成と
なっており,このことが本件書籍のセールスポイントとなっている。
その中で,著者である被告Yが,自身の来歴について特に強調して
いることは,①幼児期において家庭的に恵まれなかったこと,②就職
に失敗したこと,③勤務した映画館において横領をして解雇されたこ
と,④この間,女性に金銭を貢いだが,結局,だまされたこと,⑤そ
の女性に影響されて,脇にその名前(源氏名)を彫り込んだ本件入れ
墨をしたこと,⑥その女性のためとの考えから入れ墨をしたものの,
その女性からだまされていたことが分かり,うつ病に陥り,精神科に
通院して治療を受けたこと,⑦しかし,これを乗り越えて,行政書士
試験に合格したことである。
(ウ)このような構成の中で,原告が施した本件入れ墨に関して,被告
Yは,次のような記述をしている。
a「三〇歳の最も仕事が充実していた時,私はある事件により事実
上の懲戒免職になり,多額のお金を失い,刺青を入れたことや,他
の事情が重なったこともあって精神が錯乱し,再起不能とまで宣告
される状態に陥っていた時期があった。」(本件書籍25頁1~3
行目)。
b「あのA1(判決注:前記(イ)④~⑥の女性)の借金返済の肩代
わり,彫り上げた刺青というプライベートにおける混乱に,その時
の私の解決能力は奪われてしまっていた。」(同157頁1~2行
目)。
c「だが,それでも私の病みきっていた精神は,最後まで,正常な
状態に戻ることはなかった。
〈もう,全て終わりだ。手は尽くした。もう,独りでは,自分が
どうなってしまうのか,俺にはどうしたらよいのか分からない。苦
労して辿り着いたはずの天職にも,心身喪失のまま,手がつかなく
なってしまっていた。過去の苦しい借金の経験から地道に貯め続け
てきた貴重な貯えも,半分以上も自らの手で捨ててしまった。信じ
られなくなった刺青が重くて,耐えられそうにない。A1のことも,
これ以上は信じ続けられない。もう,誰も信じられない。生きてい
るのも辛い〉」(同157頁13行目~158頁2行目)。
d「気づいたら錯乱状態のまま,会社と目と鼻の先にある近くの金
券ショップで,私は業務用の招待券を,七万二〇〇〇円の現金に換
金していた。私のそれまでの功績を考慮していただいたのか,懲戒
免職を告げられ,自宅待機となった二日後に,「自己都合退職」扱
いに変更された。」(同158頁4~6行目)。
e「信念の崩れ去った刺青の彫りもの,天職を捨て去るに至った事
実上の懲戒免職,闇に葬られたままの借金の肩代わり。そのすべて
がほぼ同時に私の身に起こり,そして私の因果でそれらがつながっ
ている。そして,人間不信のまま,再起叶わぬこととなった映画館
への希望。」(同177頁13~15行目)。
f「〈俺がB先生(判決注:前記(イ)⑥の精神科の医師)に,もし
今,事情を話してみたとしても,俺のこれまでの人生の傷が,それ
によって治癒するものではない。それに,言えるわけないではない
か!俺ですらいまだ整理できておらぬ,この複雑な現実をだ!
刺青の彫りもの!事実上の懲戒免職!借金の肩代わり!い
ったいこれらのことをどうやって他人であるB先生に説明しろと
いうのだ!もうどうにもならぬことではないか!〉」(同188
頁8~12行目)。
g「ここに,信じられなくなった刺青の彫りもの,天職の事実上の
懲戒免職,裏切られた借金の肩代わり,絶対的な人間不信,重度の
腰痛,よぎる自殺願望,そして抑うつなど,人生における多くの負
の条件を背負い込んでしまった私の,三年間におよぶ,孤独な闘い
の火ぶたが切られた。」(同205頁11~13行目)。
h「〈俺も,このB先生を信じてみよう。そして俺がもし,この最
後の試験で,合格することができたならば,その時にこそ,長い間
俺が誰にも口にすることのできずにいた,この胸の憂いを静かに取
り去ろう。重かった刺青の彫りもののことも!天職を失った事実
上の懲戒免職のことも!借金を肩代わりして人間不信に陥って
いたことも!なにもかも全部,ありのままに……〉」(同218
頁12~15行目)。
i「私は腰の痛みから,ある別の痛みを思いだしていた。右足の刺
青だ。
実は,左足の刺青完成後,それほど間隔を置かずに右の太股にも
彫ろうとしたのだが,気概なく,途中で止めていた。しかも,それ
を施した次の日に,今度はそれをレーザーで焼き切ろうとして整形
外科に行ったのだ。刺青を彫るために針を刺した部分に,レーザー
を照射して焼く。常識では考えられないことだ。」(同229頁1
2行目~230頁1行目)。
j「信念の崩れた刺青の彫りもの,天職に対する事実上の懲戒免職,
裏切られた借金の肩代わり,底なし沼の人間不信,襲いかかる自殺
願望,治ることのない抑うつ。」(同263頁9~10行目)。
(エ)以上の各記述(以下「本件各記述」という。)において,被告Y
が,錯乱状態に陥り,心神喪失になり,勤務先の招待券を横領・換金
し,免職になり,治療のために通院したということの発端は,直接的
にはA1と称する女性への思い入れと,同女の裏切りによるというも
のではあるが,その文脈において,A1のためにとの思いから施した
入れ墨が,被告Yにとって無用の長物となり,その入れ墨をしたこと,
ないしは入れ墨のあることが,あたかも混乱・錯乱の原因になったと
いう表現をしているのであって,これは,原告が精魂を込めて施した
本件入れ墨に対する負の評価をしたものであり,専門技能者としての
原告の人格権を侵害するものである。
(オ)また,被告Yは,(ウ)hで引用したとおり,医師にも告げることの
できなかったマイナスイメージのものとして本件入れ墨を扱った上
で,行政書士試験に合格したならば,これを医師に告げられるとして
いる。そして,これに合格をしたことを担当医に告げるのみならず,
本件書籍においてこれを公表することによって,それまで公表できな
かった入れ墨をしたという負い目を乗り越えたとして自賛している
のであり,そもそも原告の施した入れ墨が,単に被告Yにとって負の
ものであったことを強調しているのみならず,一般読者に対しても,
入れ墨そのものが入れ墨をした者にとって,秘匿し乗り越えるべき性
質のものであることを公言しているのであって,これは彫物師として
の原告の人格権を棄損したものである。
イプライバシー権侵害
(ア)本件書籍は,本件入れ墨を施した原告のことを仮名で記述してい
るが,1か所だけ「X3の先生」と記述した部分がある(144頁9
行目)。
原告の屋号は「X1」であるから,「り」が入っているのは誤りか
誤植であるが,この記述によって,本件入れ墨を施したのが原告であ
ることは他者の知るところとなり得る。
(イ)本件書籍においては,被告Yが初めて原告を訪問した際の原告の
仕事場兼居宅における状況として,「奥さんらしき人……」(138
頁6行目),「二匹の黒と白の飼い猫が……旋回していた」(同7~
8行目)との記述がある。
原告は妻と適式に婚姻しているのであるから,奥さんらしき人と表
現するのは,原告及び原告の妻の名誉を害するものである。猫につい
ては,原告が細密な入れ墨の施術をする仕事場に猫が旋回していたと
記載されることは,今後の原告の業務の受注に影響を与えるものであ
り,また,原告が賃借している仕事場兼居宅は,賃貸借契約書におい
てペット飼育は不可と制限されているため,このことが知られること
は,原告にとっての不利益となるから,原告のプライバシー権を侵害
する。
ウ以上は,いずれも本件書籍を執筆した被告Yとこれを発行した被告
本の泉社の共同不法行為に該当する。
〔被告らの主張〕
ア人格権侵害について
本件書籍に本件各記述があることは認める。
原告は,本件書籍が本件入れ墨及び本件入れ墨を施した原告に対し専
ら負の評価を加えているかのように主張するが,事実に反する。
すなわち,本件書籍の他の部分には,本件入れ墨の存在を明確に高評
価している部分や,原告の人格を積極的に評価している部分がある。ま
た,本件各記述も,本件入れ墨の存在や原告に対する直接的な批判や非
難ではなく,被告Yが本件入れ墨を入れる動機となったそれまでの人生
とその過程で経験した迷いや苦しみを告白したものであることは,通読
すれば明らかである。しかも,これらの記述は日本社会の入れ墨文化に
対する受容と拒絶を反映したものにすぎない。
古代には入れ墨は刑罰の一種であったし,どの時代においても社会全
体が入れ墨文化を高く評価したことはなかった。しかし,遅くとも江戸
時代までには,社会の特定の階層,集団内においては,入れ墨は他人に
誇示すべきものとして積極的に支持と評価を受けるようになった。図柄
の物語性(岩見重太郎像など),神秘性(龍など),華麗さ(花など)
を自己の存在と同一化させるとともに,そのような入れ墨を施すに当た
って多大な苦痛に耐えたことを誇示するものなのである。明治時代にな
ると,政府は列強に追いつくために文明開化政策を採り,入れ墨を時代
遅れの野蛮な存在として厳しく規制した。このことによって社会的にも
入れ墨は忌避,隠匿すべき存在とする意識,感情が強化,拡大するに至
った。それにもかかわらず,今日においても入れ墨文化を受容する流れ
が脈々と承継されていることは前記の専門誌等からも明らかである。入
れ墨文化に対する日本社会の二律背反的な意識,感情は,被告Yにも反
映せざるを得ないのであって,前記記述はその産物というべきものであ
る。
したがって,本件書籍の原告指摘部分は本件入れ墨や原告に対するマ
イナス評価として読まれるべきものではない。
イプライバシー権侵害について
(ア)前記のとおり,原告は各種出版物及びホームページにおいて原告
が本件入れ墨の作者であることを公表しているから,本件書籍によっ
て原告のプライバシー権が侵害されることはない。
(イ)「奥さんらしき人」という表現は,被告Yは原告から正式に紹介
されなかったので推測を述べたにすぎず,原告の婚姻関係を否認した
ものでないことは一読して明らかである。また,「猫が旋回していた」
との記述が原告によって都合の悪いことであったとしても,それ自体
が真実である以上,前記記述につき被告らが責任を負うべき筋合いに
ない。
(4)損害及びその額
〔原告の主張〕
ア著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)侵害による損

(ア)被告らが本件書籍に本件画像を掲載したことによる著作者人格権
侵害の損害としては,慰謝料70万円及び弁護士費用7万円が相当で
ある。
(イ)被告らが本件各ホームページに本件表紙カバーの写真を掲載した
ことによる著作者人格権侵害の損害としては,それぞれにつき慰謝料
30万円及び弁護士費用5万円が相当である。
イ人格権侵害及びプライバシー権侵害による損害
被告らが本件書籍を執筆,発行したことによる人格権侵害及びプライ
バシー権侵害の損害としては,慰謝料30万円及び弁護士費用3万円が
相当である。
〔被告らの主張〕
全て争う。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件入れ墨の著作物性)について
証拠(甲11,12の1~3,13の1,2,17)及び弁論の全趣旨によ
れば,次の事実を認めることができる。
(1)入れ墨の一般的な制作過程
ア下絵の作成
依頼者から入れ墨の施術を依頼されると,まず依頼者の希望する図柄を
基に輪郭線による下絵を作成する。
下絵の作成は,白地の紙にシャープペンシル又はボールペンで書き入れ
る方法による。
出来上がった下絵について,依頼者の了解を得る。
イ貼り絵の作成
複写機を使用して下絵を半透明の用紙に複写し,これを特殊な転写機を
使用して薄い和紙に転写することにより貼り絵を作成する。
ウ貼り絵による輪郭線の転写
入れ墨を入れる部分の皮膚にスピードスティックという糊を塗って貼り
絵を貼り,更にその上からスピードスティックを塗ることによって,貼り
絵の描線が皮膚に転写される。
エ輪郭線の墨入れ
転写された輪郭線に沿って,入れ墨用の機械(手に握る程度の大きさで
先端に針を装着する器具。以下「刺青機械」という。)を使って輪郭線を
描いていく。この作業を輪郭線の筋彫りともいう。刺青機械は1本針又は
3本針のものを使用する。通常は3本針のものを使用するが,細かい線を
彫るときは1本針のものを使用する。インクは人体に無害な黒色の入れ墨
用インクを使用する。
人体の皮膚に彫れる長さは1度に7~8㎝くらいであり,刺青機械はミ
シンのように針が上下に出入りを繰り返す。針が皮膚に入る深さは1本針
で2~3㎜程度,3本針で3㎜程度である。1本針のときはペンのように
持って,75~90度の角度で紙に線を引くのと同じように輪郭線に沿っ
て墨を入れていくが,3本針のときは線を引くようにはせず,35~45
度の角度で小刻みに円を描きながら2㎜四方の面積ごとに黒く塗り潰して
いく。
入れ墨は肉(筋組織)に色を入れるのではなく,皮膚と筋組織との間の
皮下組織に針で入れ墨用インクを入れていく作業である。痛みや体力を考
慮すると一度に彫れる時間は2~3時間くらいであり,傷が治らないと次
の作業に移れないので,次の作業までに1週間から10日くらい掛かる。
オぼかしの墨入れ
薄墨を使用して描線と描線の間に「ぼかし」と呼ばれる濃淡の表現(グ
ラデーション)を入れる。このときの刺青機械は5本針又は12本針のも
のを使用する。
5本針の刺青機械は細かいところのぼかし用であり,パイプから5㎜程
度針が出入りを繰り返すが,1本針のものとは動きが異なり,35~45
度の角度で小刻みに円を描きながら2~5㎜四方の面積をぼかしていく。
針が皮膚に入る深さは5㎜程度である。
12本針の刺青機械はパイプから7㎜程度針が出入りを繰り返し,35
~45度の角度で小刻みに円を描きながら5~10㎜四方の面積をぼかし
ていく。針が皮膚に入る深さは2~5㎜程度で,浅く刺せば薄く,深く刺
せば濃く色合いが変化する。
ぼかしの墨入れは,美術感覚が重視される過程であり,使用するインク
や墨入れのやり方次第で仕上がり方の色合いも様々となる。
カ上記ウ~オの作業を経て最終的に入れ墨が完成するまでにおよそ6~7
日を要し,さらに,色合いが落ち着くまでは傷の完治を待つ必要がある。
(2)本件入れ墨の制作過程
ア図柄の選定と本件下絵の作成
平成13年10月19日,被告Yが原告の作業場を訪れ,自己の左大腿
部に仏像と文字の入れ墨を入れることを希望した。
仏像については,被告Yが優しい表情のものを希望していたので,原告
は,「日本の仏像100選」の中から本件仏像の写真を選んで被告Yに薦
めた。被告Yは本件仏像の全体を入れることを希望したが,原告は,本件
仏像の頭上にある数々の小さい顔の表情も生かせるよう,本件仏像の上半
身のみで顔だけ大きく入れた方が良いこと,本件仏像写真では本件仏像が
向かって右を向いているが,このままの向きで被告Yの左大腿部に入れ墨
を施した場合,本件仏像が被告Yに背を向けることになり本件仏像に失礼
なので,向きを左向きに変えて下絵を作成する必要があることを説明した。
また,被告Yが本件仏像の表情は険しい顔と優しい顔の中間くらいであり,
ある女性を守っていただきたいという願いをこれから彫り上げる仏像に託
したいので,もう少し表情を優しく作って欲しいと要望したことから,原
告は,眉,目などを穏やかな表情に変えて下絵を作ることを約束した。
文字については,被告Yが本件仏像の脇に縦2行10字ずつ毛筆体で
「観世音菩薩常願常守護我為不要似愛御名A」と入れることを希
望し(本件文字部分),「A」の部分は女性の名であることが分かった
ので,原告は一度彫ったら消せないので後悔しないかと被告Yに尋ねた
が,被告Yが強く希望したため,同人の希望どおり本件文字部分を入れ
ることになった。
原告は,第1回目の予約日である同年11月1日までの間に,本件仏像
写真を手元に置き,これを参考にして太さ0.5㎜のシャープペンシルを
使用して本件下絵を作成した。その際,原告は,前記説明及び約束のとお
り,本件仏像の向きを左向きに変え,顔の表情は本件仏像写真よりも優し
い表情のものとして仕上げた。
イ第1回目(本件仏像の輪郭線の筋彫り)
平成13年11月1日,原告は,被告Yに対し,完成した本件下絵を示
して同人の了解を得,前記(1)イの手順で貼り絵を作成した。
原告は,被告Yの左大腿部を剃毛し,弱性洗剤で皮膚の油分を取り除い
て,そこに本件仏像の貼り絵を貼り付けた。そして,貼り絵から被告Yの
皮膚にインクが移って乾くまで5分ほど休憩した後,被告Yを施術用ベッ
ドに仰向けに寝かせ,刺青機械に1本針を装着して本件仏像の輪郭線を彫
る作業を開始した。
原告が本件仏像の輪郭線を彫るのに要した時間は合計2時間30分程度
であり,終わった後は洗面台で余計なインクを洗い落とし,彫った傷口に
軟膏を塗って第1回目の作業が終了した。
ウ第2回目(文字の輪郭線の筋彫り)
平成13年11月10日,原告は,被告Yの左大腿部に本件文字部分の
輪郭線を入れる作業を行った。
エ第3回目(描線の下書きと墨入れ)
平成13年11月20日,原告は,被告Yの左大腿部に入れた本件仏像
の輪郭線の内部に細かい描線を描き入れる作業を行った。
同作業は,「日本の仏像100選」から本件仏像写真の頁を開いて大型
のクリップで閉じないように固定し,それを参考にしながら,仏像の内部
の線(描線)を手術用のペンを使って手書きで描き入れた後,当該描線に
1本針の刺青機械を用いて墨を入れていくというものであり,作業時間は
2時間程度であった。
オ第4回目(文字の墨入れ)
平成13年12月5日,原告は被告Yの左大腿部に入れた本件文字部分
を黒く塗り潰していく作業を行った。同作業は3本針の刺青機械を使用し,
作業時間は3時間程度であった。
カ第5回目(本件仏像のぼかしの墨入れ)
平成13年12月12日,原告は被告Yの左大腿部に入れた本件仏像に
ぼかしの墨を入れていく作業を行った。
この作業は,本件仏像写真を参考にしながら,入れ墨用黒インクを薄め
液で薄めて,薄いものから濃いものまで5段階の液を作り,5本針と12
本針の刺青機械を使用して水墨画の様に濃淡のグラデーションを付けてい
く,というものであり,作業時間は3時間程度であった。
キ第6回目(仕上げ)
平成13年12月26日,本件入れ墨の仕上がり状態を確認し,本件仏
像の立体感をより強調するため,脇を濃い目にする総仕上げの作業を行っ
た。作業時間は2時間程度であり,これにより本件入れ墨は完成した。
(3)本件仏像写真と本件入れ墨との対比
本件仏像写真(甲16の2)は,本件仏像の全身を向かって左斜め前から
撮影したカラー写真であり,本件仏像の表情や黒色ないし焦げ茶色の色合い
がほぼそのままに再現されている。
これに対し,本件入れ墨(甲8の3)は,本件仏像写真をモデルにしなが
らも,本件仏像の胸部より上の部分に絞り,顔の向きを右向きから左向きに
変え,顔の表情は,眉,目などを穏やかな表情に変えるなどの変更を加えて
いること,本件仏像写真は,平面での表現であり,仏像の色合いも実物その
ままに表現されているのに対し,本件入れ墨は,人間の大腿部の丸味を利用
した立体的な表現であり,色合いも人間の肌の色を基調としながら,墨の濃
淡で独特の立体感が表現されていることなど,本件仏像写真との間には表現
上の相違が見て取れる。
そして,上記表現上の相違は,本件入れ墨の作成者である原告が,下絵の
作成に際して構図の取り方や仏像の表情等に創意工夫を凝らし,輪郭線の筋
彫りや描線の墨入れ,ぼかしの墨入れ等に際しても様々の道具を使用し,技
法を凝らして入れ墨を施したことによるものと認められ,そこには原告の思
想,感情が創作的に表現されていると評価することができる。したがって,
本件入れ墨について,著作物性を肯定することができる。
(4)被告らは,本件入れ墨は本件仏像写真の単なる機械的な模写又は単なる
模倣にすぎないから著作物性が認められないと主張し,その理由として,
①本件下絵は本件仏像写真の上にトレーシングペーパーを重ね,上から
鉛筆で描線をトレースして作成したものにすぎないこと,②本件下絵か
ら貼り絵を作成し,これを入れ墨施術部位に貼り付け,裏側のインクを
皮膚に定着される過程は,全て機械的転位にすぎず,そこには創作性の
入る余地はないこと,③輪郭線の描写は,全て本件下絵に基づくか,本
件下絵になかったとしても基となる本件仏像写真に表われているか,彫
物師なら誰でも思い付く程度のもので創作性を認めるに値しないこと,
④ぼかしについても,本件入れ墨の場合,ほぼ本件仏像写真の陰影と同
一であって,これは写真の模倣にすぎず,創作性を認めることができな
いことを挙げる。
しかしながら,上記①は前提とする事実が誤りである。そして,原告
は,本件入れ墨の制作に当たり,①下絵の作成に際して構図の取り方や仏
像の表情等に創意工夫を凝らしたこと,②入れ墨を施すに際しては,輪郭線
の筋彫りや描線の墨入れ,ぼかしの墨入れ等に際しても様々の道具を使用し,
技法を凝らしたこと,これにより本件入れ墨と本件仏像写真との間には表現
上の相違があり,そこには原告の思想,感情が創作的に表現されていると評
価することができることは上記説示のとおりであり,本件入れ墨が本件仏像
写真の単なる機械的な模写又は単なる模倣にすぎないということはでき
ず,被告らの上記主張は採用することができない。
2争点(2)(著作者人格権侵害の成否)について
上記1のとおり,本件入れ墨は,原告が創作したものであり,その著作
者であると認められるから,原告は,本件入れ墨の著作者人格権を有する。
(1)公表権侵害の成否
ア本件画像は,本件入れ墨を撮影した写真を加工して作成したもので
あるから,本件入れ墨に依拠したものである。そして,本件入れ墨と本
件画像とを対比すると,本件画像は,陰影が反転し,セピア色の単色に
変更されているが,本件入れ墨の表現上の同一性が維持されており,そ
の表現上の本質的特徴を直接感得するのに十分な大きさ,状態で,ほぼ
全体的にその表現が再現されていると認められ,他方,上記変更には,
創作性があるとは認められない。したがって,本件画像は,本件入れ墨
の複製物である。
イしかしながら,原告は,本件書籍の初版第1刷が発行され,本件各
ホームページに本件表紙カバーの写真が掲載された平成19年7月1
日よりも前に,本件入れ墨の写真を,株式会社コアマガジン発行の雑誌
「バースト」平成14年3月号(乙4),同会社発行の雑誌「タトゥー・
バースト」同年5月号(乙6),株式会社竹書房発行の雑誌「月刊実話
ドキュメント」同年4月号(乙5)の各広告欄に掲載したことが認めら
れ,原告はその著作物である本件入れ墨の複製物を被告らが公表する前
に自ら公刊物に掲載して公表していたことが明らかである。
したがって,本件入れ墨は未公表の著作物ということはできないから,
被告らの上記行為が,原告の有する本件入れ墨の公表権を侵害するもの
ということはできない。
ウこの点について,原告は,著作物をいかなる媒体においていかなる
形式で公表するかは,専ら著作者である原告に専属する権利であり,著
作者の承諾していない媒体に著作物を掲載することは,著作者の一身専
属的な公表権を侵害すると主張する。しかしながら,原告が自ら本件入
れ墨を公表した以上,その後に被告らがこれを原告の承諾していない媒
体に掲載したからといって,これが公表権を侵害するということはでき
ず,原告の上記主張は採用することができない。
(2)氏名表示権侵害の成否
ア本件画像が本件入れ墨の複製物と認められることは,上記(1)アに説
示したとおりであり,本件画像が掲載された本件表紙カバー,本件扉及
び本件表紙カバーの写真を掲載した本件各ホームページには,いずれも
本件入れ墨の著作者である原告の氏名が表示されていないことは当事
者間に争いがない。
そして,被告Yは本件書籍を執筆するに際し,被告本の泉社は本件書
籍を発行するに際し,本件画像を上記のとおり本件表紙カバー及び本件
扉に掲載したものであるから,共同して本件画像を公衆に提供したもの
と認められる。また,被告Yは本件ホームページ1に本件表紙カバーの
写真を掲載したものであり,被告本の泉社は本件ホームページ2に本件
表紙カバーの写真を掲載したものであり,いずれも本件画像を公衆に提
示したものと認められる。
イ被告らは,上記各掲載について,著作権法19条3項により著作者
名の表示を省略することができる場合に該当すると主張し,その理由と
して,①本件書籍における本件入れ墨の利用目的は,本件入れ墨の芸術
的価値を付加することによって本件書籍の価値を高めることにあった
のではなく,かえって,被告Yがその人生の中で特定の女性に対する強
い心情から痛苦に耐えて本件入れ墨を施したことを記し,その人生の集
約又は象徴として本件入れ墨を表出したものであること,②本件画像は
原告から無償譲渡された写真によるものであって,原告もその合理的範
囲における利用をあらかじめ容認していたこと,③執筆の中に,その内
容の集約又は象徴として絵画,写真などを掲載することは,公の慣行に
属し,特に著作者名を表示しなければ著作者の利益を害すると認められ
る場合でない限り,著作者名を省略することが許容されるべきであり,
本件は正にこれに該当することなどを挙げる。
しかしながら,本件書籍において,本件入れ墨は,表紙カバー及び扉
という書籍中で最も目立つ部分において利用されていること,本件表紙
カバー及び本件扉は,いずれも本件入れ墨そのものをほぼ全面的に掲載
するとともに,「合格!行政書士南無刺青観世音」というタイトルと
相まって殊更に本件入れ墨を強調した体裁となっていることからすれ
ば,読者の本件書籍に対する興味や関心を高める目的で本件入れ墨を利
用しているものと認められ,本件入れ墨の利用の目的及び態様に照らせ
ば,著作者である原告が本件入れ墨の創作者であることを主張する利益
を害するおそれがないと認めることはできない。
また,原告が本件画像の基となる写真を被告Yに対し無償で譲渡して
いたとしても,それだけで原告が本件入れ墨の利用を許諾していたもの
と認めることはできず,ほかに原告が被告らによる本件入れ墨の利用を
許諾していたことを認めるに足りる証拠はない。
さらに,書籍中に入れ墨の写真を掲載するに際し著作者名の表示を省
略することが公正な慣行に反しないと認めるに足りる証拠はない(竹書
房平成14年4月1日発行の雑誌「月刊実話ドキュメント」同年4月号
〔乙5〕に掲載された入れ墨の写真には,彫物師の屋号が表示されてい
ることが認められる。)。
したがって,被告らによる上記各掲載が著作権法19条3項により著
作者名の表示を省略することができる場合に該当すると認めることは
できず,被告らの上記主張は採用することができない。
ウ以上によれば,本件入れ墨の著作者である原告の氏名を表示しない
まま,本件入れ墨の複製物である本件画像を本件書籍及び本件各ホーム
ページに掲載した被告らの行為は,いずれも原告が有する本件入れ墨の
氏名表示権を侵害するものであり,また,この点に関し被告らに少なく
とも過失が認められることは明らかである。
(3)同一性保持権侵害の成否
ア本件入れ墨と本件画像とを対比すると,本件画像は,陰影が反転し,
セピア色の単色に変更されていることは,上記(1)アのとおりである。
そして,被告らは,原告に無断で,原告の著作物である本件入れ墨に上
記の変更を加えて本件画像を作成し,これを本件書籍及び本件各ホーム
ページに掲載したものであり,このような変更は著作者である原告の意
に反する改変であると認められ,原告が本件入れ墨について有する同一
性保持権を侵害するものである。
イ被告らは,本件画像は原告から無償譲渡された写真によるものであ
り,原告は当該写真の利用方法につき何らの制約も加えるところがなか
ったので,被告らが無償譲渡された写真を本件書籍に掲載する際,ネガ
とポジを反転し,モノクロ化したことは原告の許容した利用範囲にとど
まり,原告の同一性保持権を侵害するものではないと主張する。
しかしながら,原告が写真を譲渡したからといって,それだけで原告
が上記のような改変を許容していたとは認められず,ほかにそのように
認めるに足りる証拠はない。したがって,被告らの上記主張は採用する
ことができない。
ウ以上によれば,上記アの改変は,原告が本件入れ墨について有する
同一性保持権を侵害するものであり,また,この点に関し被告らに少な
くとも過失が認められることは明らかである。
3争点(3)(人格権及びプライバシー権侵害の成否)について
(1)人格権侵害の成否
ア本件書籍に本件各記述があることは当事者間に争いがなく,原告は,
本件各記述について,原告が精魂を込めて施した本件入れ墨に対する負
の評価をしたものであり,これは専門技能者としての原告の人格権を侵
害する,そもそも原告の施した入れ墨が,単に被告Yにとっても負のも
のであったことを強調しているのみならず,一般読者に対しても,入れ
墨そのものが入れ墨をした者にとって,秘匿し乗り越えるべき性質のも
のであることを公言しているのであって,これは彫物師としての原告の
人格権を棄損したものであると主張する。
イしかしながら,証拠(甲9)によれば,本件書籍には,本件各記述
がある一方で,次の各記述があることも認められる。
(ア)「私の左右の太股には刺青が彫ってある。左の足には立派な十一
面観音像」(本件書籍3頁5行目)
(イ)「私が彫っていただいた彫り師の先生は,東京都に構えておられ
た,X4〈仮名〉という,大変腕の良い,素晴らしい方だった。」(同
136頁7~8行目)
(ウ)「私の依頼したX4の先生は,その卓越した技術もさることなが
ら,私など太刀打ちできぬ素晴らしい人格の持ち主だった。」(同1
37頁12~13行目)
(エ)「私の左足の,太股全体に施された白黒のポートレートのそれは,
とても人間業ではないと思えるほどに,細部に至るまでX4の先生の
気が配られており,私が持参した,「十一面観音菩薩像」のモデルの
写真そのままに仕上げていただいたものだ。これはもう立派な,「彫
りもの」なのだ。
業界ルールで厳密に区別すれば,私の刺青には落款はないので,
「タトゥー」になるのかもしれないが,私にとっては,誇りである「彫
りもの」だ。」(同139頁13行目~140頁1行目)
(オ)「「十一面観音菩薩像」。左手に紅蓮華を挿した水瓶を持ち,右
手は施無畏印を結んでいる。その功徳は,諸諸の抜苦与楽と苦難除去,
すなわち,病気をしない,衣食住に不自由しない,水難火難を免れる
などの「十種の勝利」と,臨終時に諸仏を見られる,地獄に堕ちない,
極楽へ行けるなどの「四種の果報」である。これが,私の左足の太股
にある,「彫りもの」だ。九回の施行を経て,完成した尊い観音様だ。」
(同142頁5~9行目)
ウまた,本件書籍は,原告が指摘するとおり,平成18年度の行政書
士試験に合格したという被告Yが,出生から様々な苦難,不祥事,病気
を乗り越えて,その試験に合格したという来歴を自ら記述したものであ
り,大要,①幼児期において家庭的に恵まれなかったこと,②就職に失
敗したこと,③勤務した映画館において横領をして解雇されたこと,④
この間,女性に金銭を貢いだが,結局,だまされたこと,⑤その女性に
影響されて,脇にその名前(源氏名)を彫り込んだ本件入れ墨をしたこ
と,⑥その女性のためとの考えから入れ墨をしたものの,その女性から
だまされていたことがわかり,うつ病に陥り,精神科に通院して治療を
受けたこと,⑦しかし,これを乗り越えて,行政書士試験に合格したこ
と等が記載されているものである(甲9)。
エ本件書籍全体の上記内容や,原告及び本件入れ墨を肯定的に評価す
る上記イ(ア)~(オ)の各記述を考慮すれば,本件各記述は,ある女性を信
じて自己の身体に本件入れ墨を入れたものの,その後当該女性に裏切ら
れたことで精神的に混乱を来してしまい,自己の信念の証であった本件
入れ墨まで精神的に負担になってしまったということを述べているが,
それ以上に彫物師である原告又は原告の手による本件入れ墨自体の価
値や評価を貶める意図や効果があるものとは認められない。
したがって,本件各記述が原告の人格権を侵害するものと認めること
はできない。
(2)プライバシー権侵害の成否
ア原告は,本件書籍においては,入れ墨を施した原告のことを仮名で
表記しているが,1か所だけ「X3の先生」と記述した部分があり(1
44頁9行目),同記述によって,本件入れ墨を施したのは原告である
ことが他者の知るところとなり得ると主張する。
しかしながら,そもそも,原告は彫物師であり,業として入れ墨を行
う者であるから,原告にとって本件入れ墨を施術したことが,プライバ
シー権の対象となる私生活上の事実に該当するとはいえない。
また,本件書籍に登場する彫物師の属性は,せいぜい,屋号が「X4」
であること,東京都に自宅ないし作業場を持っていること,奥さんらし
き人がいること,猫を飼っていることの4つであって(甲9),1か所
だけ「X4」ではなく「X3の先生」と記述した部分があったとしても,
これだけでは,一般の読者はもちろんのこと,原告と面識がある者であ
ったとしても,原告を同定し得るものとは認め難い。
したがって,上記記述が原告のプライバシー権を侵害するものと認め
ることはできない。
イ原告は,本件書籍においては,被告Yが初めて原告を訪問した際の
原告の仕事場兼居宅における状況として,「奥さんらしき人……」,「二
匹の黒と白の飼い猫が……旋回していた」との記述があり,前者は婚姻
関係にある原告及び原告の妻の名誉を害する,後者は衛生に気を使う仕
事をし,ペット飼育不可の賃借物件に居住する原告にとって不利益な記
載であるから,原告のプライバシー権を侵害すると主張する。
しかしながら,前者の記述については,被告Yが初めて原告を訪問し
た際の状況として,原告の妻を「奥さんらしき人」と表現したとしても,
それは,初めて原告を訪問した被告Yにとって,原告の傍らにいる女性
が原告と婚姻関係にある女性かどうか直ちに分からなかったという被
告Yの認識を意味するにすぎず,それ以上に原告夫婦の婚姻関係を殊更
に否定するなど何らかの悪意が込められていることまでは読み取れな
い。したがって,当該記述により原告及び原告の妻の社会的名誉が低下
するものとは認められず,これが原告及び原告の妻の名誉を害するもの
と認めることはできない。
後者の記述についても,当該記述は殊更に原告が仕事場で猫を飼育し
ているとか,ペット飼育不可の賃借物件で猫を飼育しているなどと記載
しているのではなく,単に訪問先に飼い猫がいたことを述べているにす
ぎないし,飼い猫がいること自体は社会生活上ごくありふれたことであ
って,一般人にとって公開を欲しない事柄であるとは認められない。仮
に原告が主張するような事情から原告にとってはそれが公開を欲しな
い事柄であったとしても,そもそも本件書籍の記載のみでは,本件書籍
に登場する彫物師が原告であると同定できないことは前示のとおりで
あって,これによれば,当該記述から直ちに原告に不利益が及ぶものと
は認められず,これが原告のプライバシー権を侵害するとは認められな
い。
以上によれば,上記各記述はいずれも原告のプライバシー権を侵害す
るものということはできない。
4争点(4)(損害及びその額)について
(1)被告らの責任
前記2(2),(3)によれば,被告らが原告に対し不法行為責任を負う範
囲は次のとおりである。
ア被告らは,平成19年7月1日以降,本件入れ墨の著作者である原告の
氏名を表示しないまま,本件入れ墨に原告の意に反する改変をした本件画
像を本件書籍に掲載し,原告が本件入れ墨について有する氏名表示権及び
同一性保持権を侵害したものであって,上記侵害について被告らには少な
くとも過失が認められるから,被告らの上記行為は共同不法行為に該当す
る。
よって,被告らは,原告に対し,連帯して,原告が上記共同不法行為に
より被った損害を賠償する義務がある。
イ被告Yは,平成19年7月1日以降,本件ホームページ1に本件表紙カ
バーの写真を掲載し,原告が本件入れ墨について有する氏名表示権及び同
一性保持権を侵害したものであって,上記侵害について被告Yには少なく
とも過失が認められるから,被告Yの上記行為は不法行為に該当する。
よって,被告Yは,原告に対し,原告が上記不法行為により被った損害
を賠償する義務がある。
ウ被告本の泉社は,平成19年7月1日以降,本件ホームページ2に本件
表紙カバーの写真を掲載し,原告が本件入れ墨について有する氏名表示権
及び同一性保持権を侵害したものであって,上記侵害について被告本の泉
社には少なくとも過失が認められるから,被告本の泉社の上記行為は不法
行為に該当する。
よって,被告本の泉社は,原告に対し,原告が上記不法行為により被っ
た損害を賠償する義務がある。
(2)本件書籍による損害
ア著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害による慰謝料
本件入れ墨の制作過程や被告らによる著作者人格権侵害の態様,本件
書籍の発行部数と実売部数,その他本件に表われた一切の事情を考慮す
れば,被告らの著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害により原
告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は20万円と認めるのが相当である。
イ弁護士費用相当額
本件訴訟の難易,請求の内容及び認容額その他諸般の事情を考慮する
と,被告らの著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害と相当因
果関係のある弁護士費用相当額の損害は4万円と認めるのが相当であ
る。
(3)本件ホームページ1による損害
ア著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害による慰謝料
本件入れ墨の制作過程や被告Yによる著作者人格権侵害の態様,本件
ホームページ1における本件表紙カバーの写真の掲載期間,その他本件
に表われた一切の事情を考慮すれば,被告Yの著作者人格権(氏名表示
権,同一性保持権)侵害により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は
10万円と認めるのが相当である。
イ弁護士費用相当額
本件訴訟の難易,請求の内容及び認容額その他諸般の事情を考慮する
と,被告Yの著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害と相当因
果関係のある弁護士費用相当額の損害は2万円と認めるのが相当であ
る。
(4)本件ホームページ2による損害
ア著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害による慰謝料
本件入れ墨の制作過程や被告本の泉社による著作者人格権侵害の態
様,本件ホームページ2における本件表紙カバーの写真の掲載期間,そ
の他本件に表われた一切の事情を考慮すれば,被告本の泉社の著作者人
格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害により原告が被った精神的苦痛に
対する慰謝料は10万円と認めるのが相当である。
イ弁護士費用相当額
本件訴訟の難易,請求の内容及び認容額その他諸般の事情を考慮する
と,被告本の泉社の著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害と
相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は2万円と認めるのが相
当である。
5結論
以上によれば,原告の請求は,①上記4(1)アの共同不法行為による損害
賠償請求権に基づき,被告らに対し,連帯して24万円及びこれに対する不法
行為の後の日である平成19年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を,②同イの不法行為による損害賠償請求権に基
づき,被告Yに対し,12万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成
21年5月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を,③同ウの不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告本の泉社に
対し,12万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成22年2月26
日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
限度で理由があるから,これを認容し,その余はいずれも理由がないから
棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡本岳
裁判官
坂本康博
裁判官
寺田利彦

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