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平成28年(う)第43号殺人被告事件
平成28年6月2日仙台高等裁判所第1刑事部判決
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中60日を原判決の刑に算入する。
理由
1本件控訴の趣意は,弁護人山本鉄也作成の控訴趣意書に記載さ
れたとおりである(なお,弁護人は,当審第1回公判期日におい
て,事実誤認及び法令適用の誤りの控訴趣意は正当防衛を主張す
るものではなく,過剰防衛の主張に尽きる旨釈明した。)から,
これを引用する。論旨は,事実誤認,法令適用の誤り及び量刑不
当の主張である。
2事実誤認及び法令適用の誤りの主張について
⑴論旨は,要するに,原判決は,罪となるべき事実として,被
告人が,平成27年7月14日,以前から折り合いが悪く,口
論になることなどがあった実兄のA(当時70歳)から,杉の
木の切り方について文句を言われたのを取り合わずにいたとこ
ろ,その場に置いてあったエンジンのかかっていないチェーン
ソーをAが持ちながら「ぶっ殺すぞ」などと言ってきたため,
チェーンソーを取り上げて地面に置いたが,Aを見ると木の棒
を両手で持っていたことから逆上してとっさに殺意を抱き,同
日午後5時頃,青森県東津軽郡a町の林内で,Aの頭部,頸部,
顔面及び背部を鉈(刃体の長さ約20センチメートル,重量約
535グラム)で多数回切り付けるなどし,左側頭部割創及び
右側頸部の創による出血で死亡させて殺害したと認定したが,
被告人の行為はAによる急迫不正の侵害行為から自己の生命身
体を防衛する意思で行われたものであって,防衛行為としての
相当性を欠くとしても過剰防衛が成立する,したがって,過剰
防衛を認定せず刑法36条2項を適用しなかった原判決には,
判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり,ひいては
法令適用の誤りがある,というのである。
⑵アそこで検討すると,関係証拠を総合すれば,原判示罪とな
るべき事実は,過剰防衛を認定しなかった点を含め,優に認
められる。
イまた,原判決は,争点に対する判断の項において,論旨と
概ね同旨(正当防衛の主張を含む。)の原審弁護人(当審弁
護人でもある。)の主張に対し,次のように判断過程を説示
している。
Aは,前記のとおりチェーンソーを持ったり木の棒を持
ったりした(以下「加害行為」という。)が,Aがこれま
で被告人と口論となっても暴力を振るったことはなく,本
件直前のやり取りが以前と大きく異なるものではなかった
こと,Aは日頃から口が悪く,「ぶっ殺すぞ」などという
言葉も文字どおりの殺意を表したものとはいえないこと,
チェーンソーはエンジンがかかっておらず,Aはエンジン
をかけようともしておらず,現実に凶器として使用するつ
もりであったとは考えられないこと,70歳と高齢で腰が
痛いなどということもあったというAが重量約5.3キロ
グラムのチェーンソーを振り回して鈍器として攻撃するな
どとも考えられないこと,実際にもAはチェーンソーを被
告人に奪われても取り返そうとはしていないこと,木の棒
はそれ自体それほど殺傷力の高いものとはいえない上,被
告人がチェーンソーを左後方の地面に置いているときや,
鉈で切りかかっているときでさえ,Aは木の棒で攻撃をし
ていないことなどからすれば,Aの被告人に対する加害行
為は,その意図からすれば,脅迫程度にとどまり,現実に
被告人の生命身体に危険を及ぼすようなものではなかった。
一方,被告人のAに対する反撃行為は,鉈を上から下に
振り下ろすなど,相当な力を加えて頭部や頸部を中心に少
なくとも14回も執拗に繰り返されたもので,危険性が極
めて高く,実際にAをその場で絶命させるものであったか
ら,客観的にみてAによる加害行為に比べて著しく過剰な
ものであった。
そして,被告人とAの直前のやりとりがAに被告人への
殺意を抱かせるようなものではなく,Aはチェーンソーや
木の棒で攻撃をしてきていないことは被告人も認識してい
たこと,被告人が躊躇なくAに向かって行ってチェーンソ
ーの刃をつかむなどして取り上げた上,Aから目を離して
左後方の地面に置き,木の棒を持っているAに自ら近づい
て鉈で切り付けていること,Aの背中や後頭部に残された
複数の傷跡や,信用できる医師Bの証言からは,被告人が
Aの背後からも鉈で複数回切り付けたと推認できること,
Aが倒れて動かなくなった後も執拗に攻撃を続けているこ
と,被告人がAと不仲であって直前にもAから文句を言わ
れたこと,犯行後Aを一切助けようとせずに持ち帰ったチ
ェーンソーを犯行現場に戻し,警察等に報告するなどして
いたことなどを併せ考えると,被告人はAの言動によりこ
れまでの不満を爆発させて逆上し,興奮状態ではあったと
してもその意思は保ち,反撃行為が著しく過剰であること
も認識しながら,Aが絶命するまで意図的に危害を加え続
けたといえる。
したがって,被告人は,意図的にAの加害行為に比べて
著しく過剰な反撃行為に出たものと認められ,かかる行為
は専ら攻撃の意思に基づくもので防衛の意思を欠き,防衛
行為とはいえないから,正当防衛も過剰防衛も成立しない。
エこれらの判断過程も相当として是認できる。
⑶以下,所論に鑑み付言する。
アまず,所論は,主に次のような理由から,原判決がAの加
害行為は脅迫程度にとどまり,現実に被告人の生命身体に危
険を及ぼすようなものではなかったとしたのは誤りであると
主張する。すなわち,①チェーンソーのエンジンは既に暖ま
っていてすぐにかかる状態であり,被告人が素早く奪い取っ
たためAがエンジンをかけられなかったに過ぎない,②エン
ジンのかかっていないチェーンソーを振り回さなくとも,一
度振り下ろして打撃するだけでも怪我をすることは間違いな
い,③Aは木の棒で被告人に殴りかかろうとしていたが,被
告人が一瞬早く反応したため攻撃できなかったに過ぎない,
というのである。しかし,これらの主張はいずれも採用でき
ない。
①については,本件チェーンソーは,前記のとおり重量約
5.3キログラムで,その機構上エンジンの始動時には安定
した地面に置いてしっかり押さえ,右手でスタータノブを握
ってロープを引かなければならないから,エンジンが暖まっ
ていたとしても持ち上げた状態で始動するのは非常に困難で
あり,前記のとおりのAの年齢及び健康状態や,被告人自身
もAはチェーンソーのエンジンをかける動作はしていなかっ
たと供述していることからすれば,Aがエンジンをかけよう
としていたことを窺わせる事情はなく,被告人がチェーンソ
ーを取り上げたために,Aがエンジンをかけられなかったと
いう主張には根拠がない。
②については,チェーンソーが動いていなかったことに加
え,前記のとおりのチェーンソーの重量,Aの年齢及び健康
状態からすれば,チェーンソーの刃に鋭利な部分があること
を考慮しても,一度振り下ろせば怪我をすることが間違いな
いとまではいえない。したがって,Aがエンジンのかかって
いないチェーンソーを持っていたという行為自体が現実に被
告人の生命身体に危険を及ぼすようなものであったとはいえ
ない。
③については,そもそも,被告人自身もAが木の棒で殴り
かかろうとしていたとは述べておらず,前記のとおり,Aが
チェーンソーで被告人を攻撃しようともしていなかったこと
にも照らせば,Aが木の棒で被告人に殴りかかろうとしてい
たという事実自体に根拠がなく,所論の主張は憶測に基づく
ものというほかない。
その余の所論を踏まえて検討しても,Aの加害行為が現実
に被告人の生命身体に危険を及ぼすようなものではなかった
とした原判決の評価に誤りはない。
イ次に,所論は,主に次のような理由から,原判決が被告人
の反撃行為は専ら攻撃の意思に基づくもので防衛の意思を欠
くとしたのは誤りであると主張する。すなわち,①チェーン
ソーの刃をつかむなどして取り上げて地面に置き,木の棒を
持っているAに自ら近づいて鉈で切り付けたなどという被告
人の客観的な行動は,Aが被告人の生命身体に深刻な危害を
加えようとしていないと認識していたことの裏付けとはなら
ない,②被告人は無我夢中で反撃していたため,途中で我に
返ることができなかったとしても不自然ではない,③従前不
仲であったなどという被告人とAとの関係につき,Aが被告
人を殺害する動機にならないとしながら,被告人がAを殺害
する動機があるとするのは不当である,というのである。し
かし,これらの主張はいずれも採用できない。
①については,被告人の客観的行動は,Aが被告人の生命
身体に深刻な危害を加えようとしていることへの警戒感を窺
わせるものではなく,むしろ,そのような危険はないことを
前提に行動していたとみるほかないものであるから,原判決
が説示するとおり,Aが被告人の生命身体に深刻な危害を加
えようとしていないのを被告人が十分認識していたというこ
とを裏付けるものというべきである。
②については,被告人はAを少なくとも14回鉈で切り付
けていて,これには相当の時間と体力が必要である上,出血
を見るなどして我に返る契機があったことは原判決が説示す
るとおりである。加えて,被告人自身,反撃行為の途中でA
が倒れた様子や,その後も鉈で攻撃を続けた様子を詳細に供
述しており,反撃行為が過剰であることを認識できないほど
無我夢中であったなどとは到底いえない。
③については,被告人とAの従前の関係は,双方にとって
直ちに相手を殺害する動機となるものではないとしても,そ
の後Aからの加害行為があり,被告人自身,Aが木の棒を持
っていたのを見て,「カーッといっちゃった」などと述べて
いることも併せ考えれば,Aが木の棒を持っているのを見て
逆上し,これまでの不満を爆発させたとする原判決の認定は
十分に合理的であり,その認定を支える事情の一つとして被
告人とAが従前不仲であったことを挙げた原判決に特段不当
な点はない。
その他,所論が被告人に防衛の意思があったとして縷々主
張する諸点は,被告人が専らAの正面から攻撃したとしても
Bの証言と矛盾するわけではないなどという点を含め,証拠
に照らして採り得ない主張か,原判決が適切な説示の下に排
斥した主張,あるいは独自の見解に基づく主張に過ぎず,い
ずれも採用できない。所論を踏まえて検討しても,被告人に
防衛の意思があったとはいえない。
⑷以上によれば,原判決が,Aの加害行為は脅迫程度にとどま
り,現実に被告人の生命身体に危険を及ぼすようなものではな
かったとした上で,被告人は意図的にAからの加害行為に比べ
て著しく過剰な行為に出たものと認め,専ら攻撃の意思に基づ
くものであって防衛の意思を欠くとした認定判断に論理則,経
験則違反はなく,所論のいうような事実誤認も法令適用の誤り
もない。
論旨は理由がない。
3量刑不当の主張について
論旨は,要するに,被告人を懲役12年に処した原判決の量刑
は重過ぎて不当である,というのである。
そこで検討すると,本件は前記2⑴に記載したとおりの殺人の
事案であるところ,殺害行為の態様が特に危険性が高いものであ
ること,被害者Aがチェーンソーや木の棒を持つなどしたという
経緯はあるものの,その一因は被害者の文句を取り合おうとしな
かった被告人の対応にもある上,被告人が意図的に被害者からの
加害行為に比べて著しく過剰な反撃行為に出たことを考慮すると
被告人への非難を大きく低減させるものではないことは,原判決
が説示するとおりであり,被告人の刑事責任は相当重い。原判決
が,本件を同種事案の量刑分布の中で中間から若干重い程度とし
た検察官の位置付けは被告人の責任非難を過小評価したものであ
るとし,それよりもやや重いところに刑事責任の枠を定めるのが
相当とした点も是認できる。
所論は,被告人に被害者の文句を取り合う義務はないから,こ
の点を被告人に不利に斟酌すべきでないと主張するが,被告人の
態度によって被害者が不満を強めたことは明らかであるから,そ
の結果行われた加害行為に対し意図的に過剰な反撃行為を行った
という本件において,被害者の加害行為が事件の端緒となったこ
とは被告人への非難を大きく低減させるものでないとした原判決
の評価に誤りはなく,このことは文句を取り合う義務の有無とは
関係がない。
そうすると,被告人に再犯のおそれがあるとはいえず,被害者
の遺族でもある被告人の親族の多くも厳罰を望んでいないが,被
告人自身には反省している様子が見受けられないことなど,原判
決が説示するところの一般情状を考慮した上で,前記の枠内で被
告人を懲役12年に処した原判決の量刑は相当であって,これが
重過ぎて不当であるとはいえない。
所論は,被害者の方が被告人の生命身体に危害を加えようとし
たのであるから,被害者に対して申し訳ないという言葉が出なく
ともおかしくはないと主張するが,その前提が誤っていることは
前記のとおりである。また,所論は,被告人には自首が成立する
とも主張するが,被告人の警察への通報内容は,「兄貴が押しか
けてきて,チェーンソーを振り回して,大変なことになっている。
兄弟ゲンカをした」というものであった上,被告人は原審段階ま
で正当防衛が成立して無罪であるとの主張もしていたのであるか
ら,被告人の通報が自らの違法,有責な犯罪事実を申告し,自己
の処分を求める趣旨のものとは認め難く,自首が成立する余地は
ない。その他,所論が縷々主張指摘する諸点を踏まえて検討して
も,前記の結論は変わらない。
論旨は理由がない。
4よって,刑訴法396条,刑法21条をそれぞれ適用して,主
文のとおり判決する。
平成28年6月2日
仙台高等裁判所第1刑事部
裁判長裁判官嶋原文雄
裁判官行方美和
裁判官根崎修一

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