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平成14年7月17日判決言渡し 同日原本受領 裁判所書記官
平成10年(ワ)第90号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結の日 平成14年3月28日
        主     文
1 被告は,原告に対し,4390万0364円及びうち3990万0364円に
対する平成9年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担と
する。
4この判決は,仮に執行することができる。ただし,被告が3000万円の担保
を供するときは,その仮執行を免れることができる。
事     実
第1 原告の求めた裁判(請求の趣旨)
1 被告は,原告に対し,5935万9443円及びうち5435万9443円に
対する平成9年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(但
し,遅延損害金の起算日である平成9年1月31日は,本件不法行為の日であ
る。)。
2 仮執行宣言
第2 当事者間に争いのない事実
1 被告は,A病院(以下「被告病院」という。)の設置者である。
2 原告は,昭和19年4月15日生まれで,夫とともに,被告病院の近くにおい
て,「X」の名称で寿司店兼割烹を開いている。
3 原告は,平成9年1月31日,救急車で被告病院へ搬送され,同病院内科に緊
急入院となった。当時,被告病院内科の助手をしていたB医師が,原告の診療にあ
たった。
 同日,原告に対する経皮的冠動脈形成術(以下「PTCA」という。)が施行さ
れたが,被告病院の医師がバルーンカテーテルのカバー(以下「バルーンカバー」
という。)を取り忘れたまま,カテーテルを冠動脈内に挿入したため,患部付近で
バルーンを膨らませようとしたが膨らまず,このためPTCAによる治療が断念さ
れることになったうえ,カテーテルが引き抜かれる際に,バルーンカバーが心臓血
管内に残置された。
 PTCAが不成功となったため,被告病院は,原告に対し,冠動脈バイパス手術
(以下「CABG」という。)を施行し,このCABGは成功した。
4 PTCAとは,冠動脈造影用のカテーテル(ガイディングカテーテル)を介し
て,先端部分にバルーンのついた特殊なカテーテルを挿入し,冠動脈狭窄部分にバ
ルーンを一致させ,造影剤を注入してバルーンを膨らませ,その機械的,物理的な
圧迫により血管内の粥状硬化性狭窄を開大し,再疎通させるものである。バルーン
には,保護のためのカバーが付いているが,このバルーンカバーは,カテーテルを
患者の動脈に挿入する前に取り外さなくてはならない。 
5 原告は,同年3月30日,被告病院を退院した。
6 原告は,同年6月5日,C県から陳旧性心筋梗塞による身体障害者等級3級と
認定された。
第3 事案の概要
 本件は,被告病院によるPTCAの施行の際,バルーンカバーの取り忘れから,
PTCAが不成功となったため,より身体への侵襲が大きいCABGの施行を受け
た原告が,陳旧性心筋梗塞などの後遺障害が残ったとして,被告病院の設置者であ
る被告に対し,不法行為に基づき損害賠償請求を求めたという事案である。
第4 原告の主張(請求原因)
1 原告は,PTCA施行時,左冠動脈前下行枝の一枝が狭窄した不安定狭心症で
あり,急性心筋梗塞は発症していなかったにも関わらず,バルーンカバーを取り忘
れ,また,その確認を怠ったままPTCAが施行され,あるいは,その不成功によ
って余儀なくされたCABGの施行という被告病院の医師の過失により,血流が途
絶,または著しく減少した虚血状態となり,あるいは,より身体に対する侵襲の大
きいCABGの結果,原告に陳旧性心筋梗塞状態などの後遺障害が生じた。
1 成功し得たはずのPTCAが,バルーンカバーの取り忘れという過失により不
成功となり,そのため,本来施行する必要のなかったCABGという身体に対する
より大きな侵襲を伴う手術を行わなければならなくなった。このことは,慰謝料額
算定の際に,斟酌されるべきである。
  仮に,原告が心筋梗塞を発症していたとしても,それは軽度のものであって,
バルーンカバーの取り忘れという初歩的ミスさえなければ,PTCAが成功した蓋
然性が高く,身体に対するより大きな侵襲を伴うCABGを行う必要はなかったこ
とは明らかである。
  また,PTCA施行の際に,バルーンカバーを取り外すのは,医師として当然
の義務であるから,原告は,被告に対し,バルーンカバー取り忘れという過失それ
自体についても,一定の慰謝料を請求する。
1 被告病院の過失によって,原告には,自賠責法上の後遺障害等級区分第5級の
3「胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服するこ
とができないもの」に該当する後遺障害を残しており,日常生活に大きな支障を来
し,活動が制限されるようになった。
  原告は,C県から,被告病院医師作成の診断書や照会回答書を基に,陳旧性心
筋梗塞による家庭内での日常生活活動が著しく制限される心臓機能障害として,身
体障害者等級1種3級と認定されたのである。
1 損害
(1) 逸失利益3935万9443円
 原告の後遺障害の場合,労働能力喪失率は79%であり,本件当時,原告は52
歳であり(就労可能年数15年),その年収は480万円であった。
 480万円×0.79×10.3796(ライプニッツ係数)
(2) 慰謝料(後遺障害等級第5級)1500万円
 本件は,交通事故の場合に比べ,より信頼を裏切られたものと言え,増額される
べきである。
(3) 弁護士費用500万円
 原告は,本訴に先立つ証拠保全の結果,被告の過失があまりにも明白であったた
め,代理人を委任して,被告との示談交渉を行ったが,合意に至らなかったため,
本訴提起に至った。
第5 被告の主張
1 PTCAの際に,バルーンカバーを取り忘れ,その確認を怠ったままカテーテ
ルを冠動脈内に挿入し,バルーンカバーを体内に残置したという過失があったこと
は認めるが,これにより原告の血流が途絶したことや,虚血状態になったことはな
い。内径0.9ミリメートルのバルーンカバーが病変部位に残置されたことによっ
て,左冠動脈前下行枝及び対角枝には血流が確保されていたのである。
2 原告には,PTCA及びCABG施行に起因する心機能障害及び心臓後遺症は
生じておらず,後遺障害にあたるような損害は発生していない。
  原告が被告病院内科を受診したときには,既に急性心筋梗塞を発症していた
か,そうでないとしても,急性心筋梗塞が発症する寸前の状態にあった。心筋障害
は,不可逆的であり,患者が軽快しても,病理学的には,線維化などの障害が残る
ことになるのであるから,仮に,PTCAが成功していたとしても,陳旧性心筋梗
塞症と診断されていたものである。
  また,被告病院によるCABG施行にも過失はなく,術後の経過も良好であ
り,原告に不整脈や心不全の合併症が発症したということもなく,狭心症及び心筋
梗塞症が再発したということもなかった。
  各種検査所見からしても,原告の症状が悪化していたとは言えないし,身体障
害者福祉法上の障害者に認定されたとしても,このことから,当然に自賠責法上の
後遺障害に該当すると判断することもできない。
3 心機能障害に基づく身体障害者に相当するか否かは,診療の流れにおいて判定
されるものであり,必ずしも診断書作成時の症候により判定されるわけではない。
たとえ心機能が良好であっても,不整脈発作や虚血発作の再発予防のため,ある程
度の日常生活の制限が必要と判定されることがあり,さらに合併するほかの疾患に
よっても同様の生活制限を必要と判断されることがある。
  原告についても,心機能は正常に近く,障害は若干でしかなく,日常生活及び
就労は十分に可能で,身体障害者には相当しないと考えられたが,心筋梗塞及び狭
心症発作の再発予防のためにはストレスを避ける必要があり,さらに,くも膜下出
血,多発性脳動脈瘤及び高血圧の既往もあった原告の利益を考え,ある程度の就労
制限が必要と考えて,身体障害者認定のための診断書が作成されたのである。
  理     由
第1 各掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
1 急性心筋梗塞と不安定狭心症について(甲3,7,8,14,15,20,2
3号証,乙21,31,40号証,証人Bの証言,弁論の全趣旨)
(1) 急性心筋梗塞とは,心筋への急性血行障害(冠状動脈の血流減少または心
停止)によって,心筋が高度の虚血状態に陥り,虚血性凝固壊死が生じ,これが肉
眼的に定めうる大きさに達した病態を言う。心筋障害は不可逆性であることから,
患者が軽快しても病理学的には線維化などの障害を残すこととなる。そして,一般
的には,発症後4週間が経過すれば線維化が完成するので,発症後4週間が過ぎた
ものを陳旧性心筋梗塞と呼んでいる。これに対して,不安定狭心症とは,虚血性心
疾患のなかで,慢性安定狭心症と急性心筋梗塞の間に位置するもので,① 新規の
労作狭心症,② 憎悪した労作狭心症,③ 新たに始まった安静狭心症の各狭心症
発作が最近3週間以内に始まり,最終発作が1週間以内にあったもので,急性心筋
梗塞の兆候のないもの,すなわち,心筋壊死の兆候がないまま経過した状態を言
う。
(2) このような虚血性心疾患に対する治療方法としては,一次的には虚血を予
防,軽減する投薬治療が一般的であるが,これで効果が生じない場合には,血栓溶
解療法の他,PTCA(前述したとおりの要領でバルーンカテーテルを血管の閉塞
部に挿入し,バルーンを膨らませることにより閉塞部を拡張する施術),CABG
(冠動脈の狭くなっている部分より下流の冠動脈と大動脈をバイパス血管で結び,
あるいは心臓の近くにある動脈の行く先を,狭くなっている部分より下流の冠動脈
へ付け替える施術)などが適応となる。
 急性心筋梗塞ないしその危険性が高い場合,冠動脈の早急な再疎通が必要である
(血栓溶解療法,PTCA,CABGのような再灌流法が最も有用なのは発症後3
時間以内と考えられているが,通常発症後6時間まではよい適応とされている。)
から,これらの中では血栓溶解法が優れているといわれているが,出血の副作用が
あり,出血が他に悪影響を及ぼすおそれのある患者の場合には合併症の危険性が高
いので,他の治療法が選択されることとなる。
(3) PTCAは,CABGと比較すると身体的侵襲の度合いが低く,技術的に
も容易で,事故や合併症の度合いも少ない上,リスクが軽度のものに対してはその
成功率は85パーセントから90パーセントと言われている。このため,CABG
と比較して多く用いられており,特に,冠動脈のうちの一つについてのみ狭窄があ
るにすぎない1枝病変の場合には,PTCAが第一選択とされ,CABGはあまり
選択されないという傾向にある。
 被告病院内科においても,このような理由や,CABGの施行準備に時間がかか
るといった理由から,投薬治療が無効な虚血性心疾患に対する治療としてはPTC
Aを第一選択としていた。
2 本件以前の原告の既往歴について(甲22号証,乙16号証の2,乙28,3
9号証,証人Dの証言,弁論の全趣旨)
 原告には,多発性脳動脈瘤(術後),高血圧症の既往があり,昭和62年ころに
は,くも膜下出血により,E病院で入院治療を受けた。
 原告は,昭和54年ころ,D医師(なお,D医師は,被告病院出身である。)が
開業するD内科小児科医院で心悸亢進や寝汗など心臓の不調を訴え,通院したこと
があった。
3 被告病院におけるPTCA及びCABG施行の経過について(甲4,5,22
号証,乙1ないし3,5号証,6号証の1・2,乙7,9,12,13,15号
証,16号証の1・2,乙24号証,27号証の2,乙28,32号証,33号証
の1ないし3,乙34ないし40号証,証人B・同F・同Dの各証言,原告本人尋
問の結果,弁論の全趣旨)
(1) 原告は,平成9年1月9日以降,胸の痛みを訴えてD医院に通院し,投薬
治療を受けていたが,同月31日午後3時11分,通院先のD医院から救急車で被
告病院へ搬送された。
(2) 被告病院内科の医師は,同日午後3時30分ころ,原告に対する心電図検
査を実施し,その結果やD医院からの紹介状及び心電図について検討し,原告から
問診を行った。
 担当医のひとりであるB医師は,これらの検討の結果,原告の症状を急性心筋梗
塞症か,少なくとも不安定狭心症といった虚血性心疾患の発作を起こしていると判
断した。他の担当医は,G,H,I,J,Kの各医師及び数名の研修医であった。
 なお,同日午後3時30分に行われた心電図検査に関しては,診療録への記載も
ないばかりか,これを紛失したとして証拠提出もされておらず,その内容は判然と
しない。
(3) B医師は,同日午後4時20分ころから,原告に対し,心臓カテーテル検
査(冠動脈造影及び左心室造影検査)を実施した。
 冠動脈造影においては,血管が途切れたような像が見られ,左冠動脈前下行枝に
造影遅延を伴う亜完全閉塞(血液の流れは認められるが,流れが極めて不十分であ
り,遅延している状態)が認められ,左心室造影においては,心尖部が奇異収縮を
呈しており,亜完全閉塞部抹消の灌流領域(左心室前壁,心室中隔,心尖部)の収
縮が消失して機能しておらず,算出された左室駆出率(心機能の評価方法)が33
%(正常値は,54%以上とされる。)に低下していたため,このまま放置すると
壊死が生じ,心不全に陥る可能性があることが認められた。もっとも,原告につい
ては,左冠動脈前下行枝に狭窄(亜完全閉塞部)が認められてはいたが,主幹部に
きわめて近接した重症狭窄病変とまでは言えなかった。
(4) そこで,B医師ら担当医は,D医院における投薬治療の効果がなかったこ
と,原告にくも膜下出血の既往があったことや,心臓カテーテル検査の結果をふま
え,全員一致で,PTCAを施行することを決め,主たる手技をB医師が行うこと
とした。このとき,PTCAでは不十分であり,CABGを施行すべきであるとの
意見は出されなかったし,PTCA施行後にCABGを施行する可能性があること
を予想して,あらかじめ被告病院外科にCABGの準備などを依頼するということ
もなかった。
 なお,B医師は,PTCAで血液の再灌流は可能であると考えていたし,PTC
Aが施行されれば,かなりの確率で再灌流はスムーズに行われていたし,CABG
を施行する必要はなかったと思うと証言している。
(5) B医師は,同日午後5時ころ,PTCAに使用するガイディングカテーテ
ルを右大腿動脈から左冠動脈口に留置し,午後5時15分ころ,冠動脈の中まで通
したガイドワイヤーを介してバルーンカテーテルを病変部位まで進めた。
 そして,G医師が圧を加えてバルーンを膨らませようと試みたが,膨らまなかっ
た。そのため,B医師は,一旦,バルーンカテーテルを抜去して,バルーンを確認
したが,そこに異常はなく,再度,バルーンカテーテルを挿入して病変部位まで進
めようとしたが,今度は,病変部位にまで進めることができなかった。このため,
B医師ら担当医は,PTCAによる治療を断念することにした。
 なお,同日午後5時25分頃,左冠動脈造影によって血流を確認したところ,前
下行枝及び対角枝の血流があることが確認された。
(6) そこで,B医師ら担当医は,CABGを実施することとし,カテーテル検
査室に来ていたF医師(当時,被告病院内科講師。)及びL医師(当時,被告病院
内科助手。)が,被告病院外科に連絡し,CABG施行を依頼した。
(7) そして,同日午後7時30分ころ,原告が手術室に運ばれ,同日午後7時
49分ころから麻酔導入が行われたうえ,同日午後8時52分ころにCABGが開
始され,翌2月1日零時26分ころに終了した。このCABG施行の際,冠動脈の
中からバルーンカバーが発見,摘出され,PTCAの不成功の原因がバルーンカバ
ー(長さ45㎜,外径1.2㎜,内径0.9㎜)の取り忘れによるものであること
が判明した。
4その後の被告病院での治療経過などについて(甲22号証,乙6号証の1・
2,乙7,8,13,25,26号証,27号証の1・2,乙28,31号証,証
人B・同Fの各証言,弁論の全趣旨)
(1) 原告は,PTCAが成功していれば,遅くとも平成9年2月中には退院で
きていたところ,CABGが施行されたためリハビリが必要となり,同年3月30
日まで入院した。
(2) 原告退院時の聴診において,心雑音も肺ラ音も認められず,打診において
も,心臓境界の拡大が認められなかった。
(3) 原告が退院する直前の平成9年3月21日に実施された心電図検査の結果
によると,異常Q波は認められないが,STの低下や,心筋梗塞の名残と考えられ
るT波逆転が認められた。
(4) 同じく同月24日に実施された胸部エックス線写真には異常が認められ
ず,心胸郭比は46・3%と正常であり,また,同年3月4日に実施された心臓カ
テーテル検査における心臓左心室造影検査でも,左室駆出率は69%と正常であっ
た。
(5) 同じく同月26日に実施されたトレッドミル運動負荷試験では,心電図
上,ST低下などの特段の変化は認められなかった。
(6) なお,原告は,平成9年3月26日,被告病院内科において,陳旧性心筋
梗塞と診断されている。
5 原告の障害者認定に至る経緯について(甲2,9,10号証,11号証の1・
2,乙26,41号証,証人Fの証言,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
(1) 原告は,平成9年5月2日付けで,C県知事宛てに「身体障害者手帳交付
申請書」を提出して身体障害者手帳の交付を求め,同年6月5日付けで,C県福祉
事務所長から,障害名を「陳旧性心筋梗塞による家庭内での日常生活活動が著しく
制限される心臓機能障害」とし,身体障害者等級表による級別を3級とする審査結
果がM市福祉事務所長宛てに出され,その後C県から身体障害者手帳の交付を受け
た。
(2) この申請に際しては,被告病院内科において唯一作成資格を有していたF
医師が作成した「身体障害者診断書・意見書(心機能障害用)」が添付され,ま
た,C県福祉事務所長からの照会に対してF医師が回答書を作成して提出している
が,F医師は,原告が被告病院に救急車で搬送され,外来に連れて行かれたころか
ら原告の病状を診ていたうえ,原告に対してPTCAが施行されていたときにも隣
の部屋で立ち会うなどしており,原告に対する治療経過についても十分に把握して
いた。
 F医師は,原告に対する治療経過などを踏まえ,同年3月4日に実施された心臓
カテーテル検査では残存狭窄が認められ,同月21日に実施された心電図検査で
は,STの低下が認められるほか,心筋梗塞の名残と考えられるT波逆転が認めら
れると判断し,心電図検査では非典型的ではあるものの,原告に陳旧性心筋梗塞が
認められるとしたうえで,狭心症についてはCABGによってコントロールされて
いるが,左心機能が低下しており,家庭内での温和な活動以上では心不全症状が出
現するとし,陳旧性心筋梗塞に基づく心機能障害が認められると判断した。
(3) なお,証人Fは,上記意見書を作成した時点での原告の心機能は正常であ
ったが,心筋梗塞及び狭心症発作再発予防のためにはストレスをさける必要があっ
たうえ,原告にくも膜下出血の既往があったことを重視して就労の制限が必要であ
ると判断したにすぎないなどと証言しているが,左心機能が低下していると自らが
記載し,しかも,同証人の証言によっても,判断内容をあえて詐って記載したとは
認められない上記「身体障害者診断書・意見書(心機能障害用)」の内容とも異な
っているうえ,同書面の「その他参考となる合併症状」の欄には高血圧症と記載さ
れているのみで,くも膜下出血に関する記載が一切ないことからすれば,このよう
な証言を採用することはできない。
6 その後のD医院における治療経過について(乙13号証,16号証の1・2,
乙18号証,23号証の1・2,乙28,39号証,証人Dの証言,原告本人尋問
の結果,弁論の全趣旨)
(1) 原告は,平成9年10月27日,被告病院内科の紹介状を持参し,D医院
において,治療を受けることになった。転院時,被告病院は,原告に対し,抗狭心
症薬及び心筋梗塞薬として,フランドール錠,アスピリン錠を処方していた。D医
師は,抗狭心症薬及び心筋梗塞薬として,狭心症ないし心筋梗塞予防のため,ニト
ロールR,ミニマックスを処方した。
(2) 原告は,その後も,おおむね1か月に1度の割合で,D医院に通院し,治
療を受けたが,投薬状況は変わらず,原告の症状にも,特段の変化は認められなか
った。平成10年6月17日,原告に対して実施された心電図検査では,特に異常
は認められなかった。
(3) 原告は,平成13年5月ころまでD医院に通院したが,本件訴訟のことが
あったため,D医師がこれ以上の通院を断り,原告が別の件で通っていたN病院
で,1か月に1回の割合で,投薬治療を受けることになった。原告は,現在も毎
日,薬を服用している。
7 原告の現在の状況について(甲5,26号証,乙16号証の1・2,証人Dの
証言,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
(1)原告は,昭和53年4月から,夫とともに,「X」を経営し,平成7年9
月ころ,現在の被告病院の近くの場所に移転した。それ以来,「X」には,従業員
が,原告,その夫,長男,長女以外にも,8,9人いる。
  原告は,本件当時,「X」が会社組織になっているので,役員報酬の名目で,
月額40万円,年にして480万円の収入があった。
(2) 原告は,本件前までは,家事をこなしたうえで,午前10時半ころまでに
は「X」に出勤して開店のための準備を手伝い,昼食,夕食時の繁忙時には,料理
の上げ下げや客の応対,後片付けをし,この他にも,食材の買い出し,電話の応
対,レジなどの会計の仕事に追われ,一日中,働き詰めの毎日であった。
  しかし,原告は,本件後は,昼近くになって「X」に出勤し,繁忙時である昼
食時に働くと疲れがひどく,午後2時ころには横になって休憩せざるを得なくな
り,午後4時から午後4時半ころには再び夕食時の仕事に就くが,主に電話の応
対,注文聞き,レジ打ちといった体をあまり動かさなくてよい仕事や,軽いものを
運ぶくらいの仕事しかできなくなった。そのため,東京で仕事に就いていた長女を
呼び戻し,「X」の仕事や家事の手伝いをしてもらっている。
  原告は,特に,階段の昇降をすると息切れがひどく,不便をきたしている。
(3) 原告は,平成10年8月の盆ころから同年9月の上旬にかけて,高熱を出
すなどしてかなり体調を崩し,D医院,O病院などに何回も通院したが,なかなか
熱は下がらず,回復するのに時間がかかった。
  このとき,D医師から,あまり無理して働かないようにとの忠告を受けた。
(4) なお,証人Dは,平成10年6月及び9月ころに客として「X」を訪れた
際,原告が重そうな料理のお膳を持って階段を上り下りするなど,元気に働いてい
る様子を見た旨証言しており,これと同旨の記載をカルテにもしているが,原告本
人尋問の結果によれば,「X」にはお膳を2階に運ぶための専用のエレベーターが
設置されており,従業員が手でお膳を2階に運ぶことは滅多にないというのである
から,このような証言やカルテの記載を安易に採用することはできない。
第2 そこで,以上の認定事実及び前記当事者間に争いのない事実を前提として,
原告の請求の当否を判断していくこととする。
1 本件では,原告に対するPTCAの際に,バルーンカバーを取り忘れ,その確
認を怠ったままカテーテルを冠動脈内に挿入し,バルーンカバーを原告の体内に残
置する過失が被告病院の医師にあったことは被告も争わないので,まず,原告が主
張するような後遺障害の存在を認めることができるかどうかについて検討する。
(1) 確かに,被告病院退院時に行われた聴打診の結果,平成9年3月24日に
行われた胸部エックス線検査及び同月26日に実施されたトレッドミル運動負荷試
験の各結果には特別異常はなく,同月4日に行われた心臓カテーテル検査における
心臓左心室造影検査においても,左室駆出率が正常な値を示していたことが認めら
れ,原告の状態が被告病院に搬送された当時と比べて改善されていることが認めら
れる。
(2) しかしながら,F医師は,上記心臓カテーテル検査では残存狭窄が認めら
れ,同月21日に実施された心電図検査では,STの低下が認められるほか,心筋
梗塞の名残と考えられるT波逆転が認められると判断し,心電図上は非典型的では
あるものの,原告に陳旧性心筋梗塞が認められるとしたうえで,狭心症については
CABGによってコントロールされているが,左心機能が低下しており,家庭内で
の温和な活動以上では心不全症状が出現するとし,陳旧性心筋梗塞に基づく心機能
障害が認められると判断しているうえ,現実にも,原告は,現在も投薬治療を受け
ており,階段の上り下りをすると息切れがひどいばかりか,仕事をすると疲れがひ
どく,すぐに休憩を必要とするような状態になるうえ,仕事といっても,体をあま
り動かさない仕事や軽いものを運ぶくらいの仕事しかできなくなっており,D医師
からも,あまり無理をして働かないよう忠告を受けていることが認められる。
 このような事情からすれば,心臓の機能に著しい障害を残したとまで認めること
はできないとしても,原告には,心臓の機能に障害を残し,軽易な労務以外の労務
に服することができない後遺障害が残ったと認めるのが相当である。
2 そこで,このような原告の後遺障害と前記のとおりの被告病院の医師の過失と
の間に因果関係が認められるかどうかについて検討する。
(1) まず,PTCAの際に,バルーンカバーを取り忘れたままカテーテルを冠
動脈内に挿入し,バルーンカバーを原告の心臓血管内に残置する結果となったこと
は争いがなく,このPTCAの不成功によってCABGの施行が必要となったこ
と,結果的に原告の心臓の機能に障害を残したことが認められる。
(2) 次に,原告が被告病院に搬送された直後に行われた心電図検査の結果が被
告から提出されていないため,その当時の原告の症状には判然としない部分もある
が,原告には,左冠動脈前下行枝に狭窄が認められてはいたが,血流が途絶した状
態にあったわけではないこと,この狭窄は,主幹部に極めて近接した重症狭窄病変
とまではいえないし,冠動脈の一つについてのみ狭窄があるにすぎない1枝病変で
あったから,もともとPTCAが第一選択とされ,CABGはあまり選択されない
場合であったこと,担当医らは,全員がPTCAを選択すべきであるという意見で
あったばかりか,PTCAでは不十分で,CABGを施行すべきであるという意見
の者は一人もいなかったこと,PTCAは,CABGと比較すると,技術的にも容
易で,事故や合併症の度合いも少ないうえ,リスクが軽度のものに対してはその成
功率も高いといわれており,原告の症状がリスクが高い場合に該当することを窺わ
せる証拠もないこと,担当医らが,PTCA施行後にCABGを施行する可能性が
あることを想定して,予め被告病院外科にCABGの準備などを依頼したというこ
ともなかったことが認められ,このような事情からすれば,B医師も
証言するとおり,PTCAで血液の再灌流を図ることは可能であり,PTCAが問
題なく施行されていれば,かなりの確率で再灌流はスムーズに行われていたし,C
ABGを施行することを必要とするような事態を招くことはなかったと認めること
ができる。
(3) そして,このようにして施行することを余儀なくされたCABGは,PT
CAと比較すると,開胸した上で行われる身体的侵襲の度合いも大きい手術であっ
たことが認められる。
(4) このような事情を総合すれば,原告の前記後遺障害は,被告病院医師の過
失に基づく一連の経過の中で血流が途絶ないし著しく減少した虚血状態になったこ
と,または,PTCAと比較してより身体的侵襲の大きいCABGを施行すること
を余儀なくされたこと,もしくはこれらが競合した結果もたらされたものであると
認めるのが相当である。
(5) これに対して,被告は,心筋障害が不可逆的であり,患者が軽快しても病
理学的には線維化などの障害が残ることを根拠として,仮にPTCAが成功してい
たとしても陳旧性心筋梗塞と診断されるに至るものであると主張するが,被告の主
張によっても,PTCA施行前に,原告に虚血性凝固壊死を伴う急性心筋梗塞が発
症していたと断定し得ないことは明らかであるから,このような理由で前記判断が
左右されるものではない。
 また,被告は,PTCAの施行後には,原告の左冠動脈前下行枝及び対角枝には
血流が確保されていたのであるから,原告の血流が途絶ないし著しく減少したとい
うことはないと主張する。
 確かに,PTCAの施行後である午後5時25分ころ,被告が主張する部位には
血流があったことが認められ,これは,被告も主張するとおり,内径0.9ミリメ
ートルのバルーンカバーが当該部位に残置されたことによるものと考えられる。し
かしながら,この血流が十分なものであったと認めるに足る証拠も,この血流がそ
の後も維持されていたと認めるに足る証拠もないばかりか,当該部位の血流は,P
TCAの施行前から極めて不十分で,遅延していたと認められるのであって,CA
BGが成功して十分な血液の再灌流が確保されるまでの時間経過をも考慮すれば,
被告の主張するような血流があったからといって,原告に後遺障害を残すような血
流の途絶ないし著しい減少がなかったとはいえないというべきである。
 したがって,いずれの被告の主張も採用できない。
3 そこで,原告が被った具体的な損害額について検討する。
(1) 原告は,本件当時52歳であり,年間480万円の収入があったところ,
前記後遺障害の程度からすれば,原告の労働能力喪失率を56%と認めるべきであ
るから,原告の逸失利益は,2790万0364円とするのが相当である。
 480万円×0.56×10.3796(ライプニッツ係数)
(2) 原告は,被告病院医師の過失によって,本来必要ではなかったより身体的
侵襲の大きいCABGを余儀なくされたうえ,前記のとおりの後遺障害を負ったも
のである。
 しかも,甲26号証,証人Bの証言及び原告本人尋問の結果によれば,被告病院
は,バルーンカバーの取り忘れという極めて初歩的なミスを犯していながらその事
実を秘し,原告に具体的な経過についての説明をしなかったと認められるばかり
か,本件訴訟に至っても,バルーンカバーを取り忘れた医師を明らかにしないなど
極めて不誠実ともいうべき対応に終始しているといわざるを得ない。
 このような事情をも考慮すれば,原告に対して支払うべき慰謝料は1200万円
とするのが相当である。
(3) 本件事案の内容など本件にあらわれた一切の事情からすれば,弁護士費用
相当の損害としては400万円とするのが相当である。
(4) したがって,被告は,原告に対し,4390万0364円について損害賠
償責任がある。
第3 結 論
 よって,原告の本訴請求は主文1項の限度で理由があるから,これを認容し,そ
の余の請求については理由がないから,これを棄却することとするが,本件事案に
鑑み,仮執行の宣言を付したうえ,その免脱の宣言を付すのが相当であるから,訴
訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言について同法
259条1項を,仮執行免脱宣言について同条3項をそれぞれ適用して,主文のと
おり判決する。
青森地方裁判所弘前支部
裁判長裁判官土  田  昭  彦
   裁判官佐  藤  哲  治
   裁判官山  城     司

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