弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者双方の求める裁判
(請求の趣旨)
一 被告が昭和五三年五月四日付をもつてした原告の昭和五三年度の市民税及び都
民税の特別徴収税額を確定する処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨
第二 当事者双方の主張
(請求原因)
一 被告は、昭和五三年五月四日付をもつて訴外有限会社清風荘を特別徴収義務者
として原告の昭和五三年度の市民税及び都民税にかかる特別徴収税額を一万二五八
〇円とする旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
原告は、これを不服として、昭和五三年六月二一日付で被告に対し異議申立てをし
たが、同年七月一二日付で棄却された。
二 しかし、原告は地方税法二三条一項一〇号、二九二条一項一〇号所定の老年者
であり、かつ、前年中の所得の金額は八〇万円以下であるから、同法二四条の五第
一項三号、二九五条一項三号により原告の昭和五三年度の市民税及び都民税は非課
税とされるべきである。
よつて、本件処分の取消しを求める。
(請求原因に対する被告の認否)
請求原因一の事実は認める。同二のうち、原告が地方税法上の老年者であることは
認めるが、その余は争う。
(被告の主張)
一 原告の昭和五二年度(前年)の所得の金額は左表のとおり一二三万一四二五円
である。
右(3)の給与所得のうち恩給については、次に述べるとおり、租税特別措置法
(以下「措置法」という。)二九条の三に定める老年者年金特別控除をすべきでは
なく、これを控除しない額を基礎として所得の金額を算定すべきである。そうする
と、原告の前年中の所得の金額は地方税法二四条の五第一項三号、二九五条一項三
号の非課税限度額八〇万円を超えるから、原告に対して昭和五三年度の市民税及び
都民税を課税すべきである。
二 地方税法二四条の五第一項三号、二九五条一項三号に定める非課税に該当する
か否かの判定に際し、右給与所得のうちの恩給について措置法二九条の三を適用し
ない理由は左のとおりである。
1 地方税法二四条の五第一項三号、二九五条一項三号は「前年中の所得の金額」
が八〇万円以下の老年者に対する市民税及び都民税を非課税と規定している。右
「所得」の意義については、地方税法及び所得税法上定義規定がないが、税法の構
成とその目的に即して考えると、個人の総合的担税力の標識としての経済上の利得
を意味するものと解される。したがつて、右の「所得の金額」とは、総収入金額か
ら必要経費を差し引いた残額をいうものであり、給与所得についていえば、収入金
額から必要経費の概算控除的性格を有する所得税法二八条三項の給与所得控除額を
控除すべきであるが、措置法二九条の三所定の老年者年金特別控除は、担税力とは
かかわりなく、社会福祉政策上の見地から特に老人に対する租税優遇措置を規定し
たものにすぎず、右控除額は当該公的年金等の収入を得るための必要経費としての
性質を有するものではないから、これを控除すべき理由はない。
2 のみならず、右「所得の金額」が地方税法二三条一項一二号、二九二条一項一
二号の「合計所得金額」を意味するとしても、右合計所得金額は老年者年金特別控
除の規定を適用しないで計算すべきものである。即ち、右老年者年金特別控除の対
象となる老年者であるためには年令が六五歳以上で合計所得金額が一〇〇〇万円以
下でなければならない(所得税法二条一項三〇号)から、右特別控除をなすべきか
否かの判定に際しては、その前提として既に合計所得金額が確定していなければな
らないのであり、したがつて右合計所得金額及びその内訳である給与所得金額の算
出にあたつては、老年者年金特別控除の規定は論理的に適用をみないというべきで
ある。
三 一の所得の金額を基礎にして原告の課税総所得金額を計算すると、左表のとお
り二七万七〇〇〇円となる。
右(3)の給与所得のうち恩給の額は、措置法二九条の三により原告が受領した恩
給一二二万三二六六円から老年者年金特別控除額七八万円を控除したものである。
そこで、被告は、右課税総所得金額を基準にして原告の昭和五三年度市民税及び都
民税の所得割を各五五四〇円と算出し、これに均等割一二〇〇円(市民税)及び三
〇〇円(都民税)を加算し、特別徴収税額を一万二五八〇円とする本件処分をした
ものである。
(被告の主張に対する原告の認否及び反論)
一 被告の主張のうち、地方税法二四条の五第一項三号、二九五条一項三号に定め
る「前年中の所得の金額」が八〇万円を超えるか否かを判定するにつき、公的年金
等の収入金額から措置法二九条の三の老年者年金特別控除額を控除すべきでないと
の点は争うが、
その余の事実は認める。
二 右の「前年中の所得の金額」とは、公的年金等については、その実際の収入金
額から老年者年金特別控除額を控除した金額を給与所得の収入金額としてそれから
更にその必要経費である給与所得控除額を控除した後の金額をいうものである。
1 地方税法には右「前年中の所得の金額」の意義を直接定めた規定はないから、
同法二三条一項五号、一二号、二九二条一項五号、一二号に定める「給与所得」及
び「合計所得金額」の定義規定から考えるべきである。そして、右各規定によれ
ば、結局、前年中の所得の金額のうちの給与所得の金額は、所得税法二八条二項に
より収入金額から給与所得控除額を控除して算定すべきことになるが、所得税法二
八条の特例を定めた措置法二九条の三は、公的年金等の収入金額につき、実際の収
入金額から老年者年金特別控除額を控除した金額をもつて収入金額とする旨を定め
ているのであるから、右控除後の収入金額から更に給与所得控除額を控除したもの
が給与所得の金額となることが明らかである。被告のように課税総所得金額の算出
に際しては措置法二九条の三を適用しながら、課税、非課税を定める「所得の金
額」の算定についてはこれを適用しないとするのは、根拠がなく一貫性に欠ける。
2 措置法二九条の三に定める老年者年金特別控除制度は、被告も主張するように
社会福祉政策、特に老人対策をすすめる見地から公的年金について一定額まで非課
税とする制度である。他方、地方税法二四条の五及び二九五条がその各一項三号に
おいて障害者、未成年者、老年者又は寡婦について非課税としているのは、担税力
が薄弱であることに加えて、社会福祉政策をすすめる見地によるものである。した
がつて、両者は制度の趣旨において共通するものを含むものであるから、後者にい
う「前年中の所得の金額」の算定につき、特別の規定もないのに、立法趣旨を同じ
くする前者の適用を除外することはできない。
3 なお、仮りに老年者の定義規定である地方税法二三条一項一〇号、二九二条一
項一〇号の「前年の合計所得金額」の算定につき右措置法の規定の適用がないとし
ても、非課税を定めた同法二四条の五第一項三号、二九五条一項三号の「前年中の
所得の金額」の算定については、老年者であることを前提として右措置法の規定を
適用すべきである。
三 以上によると、原告の前年中の所得の金額は、被告の主張一の表のうち(3)
の給与所得の欄の恩給の額が四四万三二六六円(受領額一二二万三二六六円から老
年者年金特別控除額七八万円を控除したもの)となり、これに応じて給与所得控除
額も五〇万円となるので、これによつて右表を修正すると、所得金額は非課税限度
額を超えない六七万六二九一円となる。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 本件の争点は、地方税法二四条の五第一項三号、二九五条一項三号にいう老年
者の「前年中の所得の金額」が非課税限度額八〇万円を超えるか否かを判定するに
つき、当該老年者の受給した公的年金等の収入金額から措置法二九条の三所定の老
年者年金特別控除額を控除すべきか否かの点のみであり、その他の事実関係につい
ては当事者間に争いがない。
二 地方税法によれば、老年者とは年令六五才以上の者で前年の合計所得金額が一
〇〇〇万円以下であるものをいい(二三条一項一〇号、二九二条一項一〇号)、右
の合計所得金額は、所得税法その他の所得税に関する法令の規定により所得税の課
税標準たる総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額を計算する場合の例によつ
て算定した総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額(ただし純損失金額等の控
除前のもの)の合計額をいうものとされている(二三条一項一二号、三二条一、二
項、二九二条一号一二号、三一三条一、二項)。そして、このような老年者に対し
ては、その「前年中の所得の金額」が八〇万円を超える場合を除き、道府県民税及
び市町村民税を課することができないものと定められている(二四条の五第一項三
号、二九五条一項三号)。
ところで、右にいう「前年中の所得の金額」の意味ないしその算定方法について地
方税法にこれを明らかにした規定はない。しかし、同法が、一方において、前記の
ように「合計所得金額」の定義規定をおくとともに、それによつて「老年者」や
「控除対象配偶者」、「寡婦」の範囲を画しながら(二三条一項一〇号、七号、一
一号ロ、二九二条一項一〇号、七号、一一号ロ)、他方、非課税の範囲を定めるに
ついては、あえて「前年の合計所得金額がない者」(二三条一項七号イ、二九二条
一項七号イ参照)とせずに「前年中において所得を有しなかつた者」と規定し(二
四条の五第一項一号、二九五条一項一号)、また、「前年の合計所得金額が八〇万
円を超える場合」(二三条一項七号ロ、ハ、二九二条一項七号ロ、ハ参照)とせず
に「前年中の所得の金額が八〇万円を超える場合」と規定している(二四条の五第
一項三号、二九五条一項三号)ことから考えると、右二四条の五第一項三号、二九
五条一項三号にいう「所得の金額」とは、所得税法等による所得税の課税標準計算
の例によつて算定される「合計所得金額」と同一のものではなく、一般的意味にお
ける所得、即ち収入金額からそれを得るために必要とした経費の額を控除して算定
される純資産の増加分の金額をいうものと解するのが相当である。もつとも、所得
税法二二条以下の規定によれば、所得税の課税標準の計算においても、基本的に
は、各所得につき収入金額から必要経費の額を控除した額によることとされている
ので、その限りにおいては、右課税標準計算の例によつて算定した「合計所得金
額」が「所得の金額」と一致することとなるが、所得税の課税標準の計算上控除す
べきものと定められている退職所得における退職所得控除額(所得税法三〇条二項
以下)、山林所得、譲渡所得及び一時所得における特別控除額(同法三二条三項、
四項、三三条三項、四項、三四条二項、三項)等は、本来当該収入を得るための必
要経費としての性質を有しないにもかかわらず他の政策的考慮から特に課税標準の
計算に際して控除されるものであるから、このような必要経費に属さない控除額は
前記「所得の金額」の算定上はこれを控除すべきものではないというべきである。
これを給与所得についてみると、その純資産の増加額は給与等の収入金額から必要
経費の概算控除の性質をもつ給与所得控除額を控除することによつて算定されるも
のであるが(所得税法二八条二項参照)、本件で問題となつている措置法二九条の
三の規定は、老年者に対する社会福祉的配慮に基づき所得税の課税標準計算上の特
例として公的年金等の収入金額から老年者年金特別控除額を控除したものをもつて
収入金額とすることとしたものであつて、右特別控除額が公的年金等を収入するた
めの必要経費としての性質を有するものでないことは、明らかである。してみれ
ば、老年者の公的年金等を含む給与所得につき前記「所得の金額」を算定する場合
には、実際の収入金額から右老年者年金特別控除額を控除すべきではないと解さな
ければならない。この点に関する原告の主張は採用することができない。
三 そこで、以上の判断を前提として、当事者間に争いのない事実に基づき原告の
前年の所得の金額を計算すると、被告主張のとおり一二三万一四二五円となり、非
課税限度額八〇万円を超えることが明らかである。それゆえ、本件処分が非課税の
範囲内の者に対してされたものであるとしてその違法をいう原告の主張は失当であ
る。
なお、原告が老年者であることは争いがないから、課税総所得金額は、恩給につい
て措置法二九条の三所定の老年者年金特別控除額を控除した後の金額を基礎にして
算定されることになる。
四 よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事
訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤 繁 川崎和夫 岡光民雄)

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