弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人観田七郎の提出した控訴趣意書に記載されたとおりで
あるから、これを引用する。
 論旨は要するに、被告人は、普通貨物自動車(以下被告人車という。)を運転し
て原判示道路を左折するにあたり、あらかじめその手前約三〇メートルの地点から
左折の合図をして徐行し、対向車の右折を待つため約一〇秒間停止したのち、左後
方の安全をみずから左後写鏡で確認すると共に同乗の助手にも確認させたうえ、時
速約五キロメートルで左折を開始したもので、左折時の注意義務を尽しており、本
件は、Aが運転免許の条件に違反して眼鏡を使用せずに自動二輪車(以下A車とい
う。)を運転し、被告人車の手前約一〇〇メートルの地点で被告人車を認めなが
ら、その左折の合図を見落し、指定制限速度を越える時速約四五キロメートルの速
度のまま、道路交通法二五条三項に違反して、被告人車の左側を進行しようとした
ため生じた事故であり、被告人としては、かように前方注視義務を怠り法規に違反
して自車の左側を通過しようとする車両のありうることまで予想したうえでの周到
な安全確認をすべき注意義務はない。したがつて、被告人にはなんら過失がないの
に、原判決が、被告人車の左折は道路交通法二五条の二第一項所定の「他の車両等
の正常な交通を妨害するおそれがあるとき」にあたるもので、被告人には自車の左
側方を二輪車等が通過するかもしれないことを予測したうえで、左後方の安全を十
分に確認すべき注意義務を怠つた過失があると判断したのは、事実を誤認し、道路
交通法二五条の二第一項の解釈適用を誤り、注意義務の存否に関する判断を誤つた
ものである、というのである。
 そこで検討してみると、原判決挙示の各証拠によれば、本件事故の現場は、歩車
道の区別があり、車道幅員六・八メートルの東西に通ずるアスフアルト舗装道路上
であり、当時右道路は車両の最高速度が時速四〇キロメートルに制限されており、
現場付近は直線で見通しが良かつたこと、現場の北側にはB商店の入口があり、車
両が出入できるように歩道の縁石の一部が五・九メートルにわたり取り除かれてい
たこと、そして、被告人は、原判示日時ころ普通貨物自動車(車長七・五一メート
ル、車幅二・一六メートル、車高二・二七メートル)に助手を同乗させて運転し、
右道路を東進し、B商店の敷地に入るため、その手前約三〇メートルの地点から方
向指示灯により左折の合図をして進行したが、同商店の入口付近が前記のとおりで
あつて、被告人車の構造上道路の左側端に寄ると左折して右入口を通過することが
できないため、被告人車の左側と道路左側端との間に約一・五メートルの間隔を置
いて進行し、折からB商店に入ろうとした対向車があつたので、その右折を待つた
め入口のすぐ手前で約一〇秒間停止したのち、左折を開始しようとして左後写鏡を
見たが、左後方には後進車が見えなかつたので、そのまま発進した直後、左後方約
一四メートル付近を進行して来るA車を後写鏡で発見し、ブレーキをかけたが間に
合わず、発進後被告人車右前部が約三・五メートル左に回りながら前進したとき、
道路左側端から約五〇センチメートル中央寄りの地点で、自車左前部をA車の右側
に衝突させたものであること、他方A車は、被告人車の後方から、道路左側端から
約一メートル中央寄りの部分を時速約四五キロメートルで東進し、衝突現場の約一
〇〇メートル手前で、前方に停止中の被告人車を認めたが、減速することなく進行
し、被告人車の左後方約一四メートル(被告人車の前部から)に迫つたところ、被
告人車が左折を始めたのに気づいたので、急ブレーキをかけたが及ばず、約八・九
メートルスリツプしたうえ前記のように被告人車に衝突し、数メートル前方にはね
とばされたものであることが認められる。なお、原審検証調書によれば、被告人車
の左後写鏡による左後方の見通し可能距離は約二四メートルというのであるが、同
調書添付の写真によれば、被告人車左側車体の延長線上と道路左側端との間につい
ての最大見通し可能距離は右の数値を若干上回るものと認められる。所論は、被告
人は一時停止後左折を開始するにあたり、左後方の安全を左後写鏡により確認した
のみでなく、助手にも確認させたと主張するが、被告人の原審第二回公判期日にお
ける供述によれば、被告人は左後写鏡の死角にあたる被告人車の左側下付近の安全
を確認させる趣旨で助手に左側の確認を依頼したことが認められ、また現に助手は
後方を十分に見ないでオーライと言つたものと推認される。また、所論は、Aが免
許の条件に違反して当時眼鏡を使用していなかつたと主張するが、原審における証
人Aの尋問調書によれば、同人は当時眼鏡を使用していたことが認められる。
 そこで右の事実関係によつて検討すると、本件において、被告人車が道路外に出
るため左折しようとして、被告人車の左側と道路左側端との間に約一・五メートル
の間隔を置いてその準備態勢に入つたことは、前記入口付近の道路状況と被告人車
の車体の構造からみて、これ以上道路の左側端に寄つたうえ左折することに技術上
の困難が伴うため、やむを得ない措置であつて、道路交通法二五条一項に違反する
ものではないといわなけ<要旨>ればならないが、本件のように、被告人車の左側に
後方から来る二輪車が進路を変更することなく進入可能な間隔を残してお
り、しかも対向車の右折を待つため約一〇秒間停止したのちに左折を開始しようと
する場合には、あらかじめ左折の合図をし、これを続けていても、右合図の趣旨や
一時停止の理由が後進車両に徹底しないおそれがあるから、被告人車と後進車との
優先関係を判断するにあたつては、当初の左折合図の時を基準として判断すべきで
はなく、被告人車が一時停止後左折を開始しようとする時点において、一時停止中
に生じた後進車の進行状況をも含め、あらためて道路交通法二五条三項と同法二五
条の二第一項とのいずれが優先的に適用されるべき場合であるかを決するのが相当
である。この見地からみると、前記事実によれば、被告人車が左折を開始しようと
した時点では、すでにA車はその左後方約三〇メートルないしそれ以下(被告人車
の前部から)の近距離にあつたものと推認されるから、被告人車が左折を開始すれ
ばA車は衝突を避けるためその進路又は速度を急に変更しなければならなくなる
(それでも衝突はほとんど不可避である)ことが明らかであり、したがつて本件
は、同法二五条の二第「項が優先的に適用されるべき場合であると認められる。即
ち、被告人車がこの時点で左折を開始することは「他の車両等の正常な交通を妨害
するおそれがある」ことになるから、被告人車はA車の通過を待つたうえでなけれ
ば発進が許されなかつたといわなければならない。もつとも、A車は最高制限速度
を約五キロメートル越えた速度で進行していたことが明らかであるが、本件の状況
のもとで、一般に被告人車の左後方約三〇メートルに自動二輪車が間もなく併進状
態に入る態勢で進行して来ているときは右の判断があてはまるから、右制限速度違
反の点は右の判断に影響がない。
 そうすると、被告人としてはさきの左折合図により後進車が被告人車の左折によ
る進路の変更を妨害することがないものと信頼してはならず、後進車の有無及びそ
の動静に注意を払い、特に左後方の安全確認をしたうえ左折を開始すべき注意義務
があつたというべきである。ところが、右事実によれば、被告人は、左後写鏡によ
り左後方を見たものの、十分な安全確認をしないで、すでにA車が自車の左後方三
〇メートル以内の近距離に接近しているのに、これを見落し、後進車がないものと
思つて左折を開始した結果、本件事故を引き起こしたことが認められるから、被告
人には右注意義務を怠つた過失があるといわなければならない。(もつとも、被害
者Aの過失は前記制限速度違反の点にとどまらない。A車が事故現場の約一〇〇メ
ートル手前に到達したとき、被告人車はすでに左折の合図をして停止していたので
あるから、同人としては被告人車が左折するかもしれないことを予想し、その動静
に注意しつつ進行すべきであつたのに、同人は右の合図を見落し、被告人車が停止
している理由を考えることもなく、漫然時速約四五キロメートルのまま進行したこ
とが認められる。
 また、A車が被告人車に接近しても被告人車が停止を続けていた以上、前記のと
おりA車は被告人車の左側を通過することが許されたというべきであるが、かよう
な場合でも、視野を妨げられた被告人車の前方に横断歩行者又は他の車両のありう
ることが十分予想されるのであるから、A車は相当に減速し、安全な速度で被告人
車の左側を通過すべきであつた。したがつて、被害者にも相当大きな注意義務違反
があつたというべきである。)所論の引用する昭和四五年三日三一日最高裁判所第
三小法廷判決(刑集二四巻三号九二頁)は、交差点における左折に関するもので、
同四七年(あ)第一三四八号同四九年四月六日最高裁判所第二小法廷決定(刑集二
八巻三号五二頁)からうかがわれるように、道路交通法三四条五項の適用があり、
後進車の運転者において左折車の左方を突破することが交通法規に違反する場合に
ついての判例であり、また昭和四二年一〇月一三日最高裁判所第二小法廷判決(刑
集二一巻八号一〇九七頁)は右折車の注意義務に関するものでいずれも本件と事案
を異にし、適切でない。
 以上のとおり、原判決には所論の事実誤認も法令の解釈適用の誤もないから、論
旨は理由がない。
 そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用につい
ては、同法一八一条一項本文を適用してその全部を被告人に負担させることとし
て、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 小野慶二 裁判官 小泉祐康 裁判官 内匠和彦)

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