弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 検察官上告趣意第二点第三点について。
 本件殺人の点に関する公訴事実に対し、原判決の判示によれば「然しながら……
被告人には精神病の遺伝的素質が潜在すると共に、著しい回帰性精神病者的顕在症
状を有するため、犯時甚しく多量に飲酒したことによつて病的酩酊に陥り、ついに
心神喪失的状盤において右殺人の犯罪を行つたことが認められる」旨認定判断し、
もつてこの点に対し無罪の言渡をしているのである。しかしながら、本件被告人の
如く、多量に飲酒するときは病的酩酊に陥り、因つて心神喪失の状態において他人
に犯罪の害悪を及ぽす危険ある素質を有する者は、居常右心神喪失の原因となる飲
酒を抑止又は制限する等前示危険の発生を未然に防止するよう注意する義務あるも
のといわねばならない。しからば、たとえ原判決認定のように、本件殺人の所為は
被告人の心神喪失時の所為であつたとしても、(イ)被告人にして既に前示のよう
な己れの素質を自覚していたものであり且つ(ロ)本件事前の飲酒につき前示注意
義務を怠つたがためであるとするならば、被告人は過失致死の罪責を免れ得ないも
のといわねばならない。そして、本件殺人の公訴事実中には過失致死の事実をも包
含するものと解するを至当とすべきである。しからは原審は本件殺人の点に関する
公訴事実に対し、単に被告人の犯時における精神状態のみによつてその責任の有無
を決することなく、進んで上示(イ)(ロ)の各点につき審理判断し、もつてその
罪責の有無を決せねばならいものであるにかかわらず、原審は以上の点につき判断
を加えているものと認められないことは、その判文に照し明瞭である。しからば原
判決には、以上の点において判断遣脱又は審判の請求を受けた事件につき判決をな
さなかつた、何れかの違法ありというの外なく、即ち論旨はこの点において理由あ
りといわねばならない。
 そして、本件公訴事実である賍物故買の罪と殺人の所為とは、併合罪の関係にあ
ること明瞭であるから、もし前示殺人の所為につき有罪と認定されるものとすれば、
被告人は以上両罪につき併合罪として処断せられる関係にあるをもつて、この点よ
うして原判決全部を破棄するものとする。
 よつて、検察官の上告は以上の点において理由があるから、爾余の論旨益びに弁
護人の上告諭旨に対しては判断を省略し、旧刑訴四四七条四四八条の二に従い、主
文のとおり判決する。
 この判決は、裁翻官斎藤悠輔の少数意見を除き、全裁判官一致の意見によるもの
である。
 裁判官斎藤悠輔の反対意見竝にその前提である上告趣意第一点に対する単独意見
は次のとおりである。
 検察官の上告趣意第一点について。
 原判決は、先ず本件公訴事実を引用するのに、その起訴状に記載されている公訴
事実中より故ら「突嗟に殺意を生じ」とある部分を省き、且つその公訴事実に対す
る判断として「被告人にAに対する暴行又は傷害の意思があつたとの点を除き」そ
の他の点はこれを認めることができると説示しているだけで、右の除外した点を少
しも判断していないのであるから、本件公訴事実中の被告人の主観的認識であるA
に対する「殺意」若しくは「暴行又は傷害の意思」についてはこれを肯定したのか
否定したのかその理由を知ることができない。従つて、原判決は、被告人が本件起
訴状記載の殺人行為を心神喪失の状態において行つたとしたのか、若しくは第一審
判決の認定したような傷害致死の行為を同状態において行つたとしたのか、又は過
失傷害致死の行為であるが心神喪失中の行為であるから無罪としたのか等その判決
の実質的確定力(いわゆる既判力)を明らかにすることができない。
 次に、原判決は「被告人及び証人B、Cの各供述記載及び当審鑑定人Dの鑑定書
の記載を綜合すると、被告人には精神病の遺伝的素質が潜在すると共に、著るしい
回帰性精神病者的顕在症状を有するため、犯時甚だしく多量に飲酒したことによつ
て病的酩酊に陥り、ついに心神喪失の状態において右殺人の犯罪を行つたことが認
められる」と説示している。しかし、原判決挙示の被告人及び右証人の供述によれ
ば、犯時可成りの量の飲酒をした事実は認められるが、所論のごとく被告人の精神
病的状態に関してはこれを窺い知ることができないし、また、右鑑定書には所論摘
示のごとく「この精神状態は、直接の原因は、勿論多量の飲酒による酩酊のためで
あるが、被告人の素質を考える時、精神病の遺伝的素質が潜在すること、精神病質
(変質者)としての心神の顕在症状の所持者であること、又当時砂糖闇買事件や婦
人関係による家庭的不和による精神過労等の諸因子が基調にあつたため、病的酩酊
に陥つたものと思われる云々」と附言しており、原判決認定のごとき精神病的素質
の潜在と回帰性精神病者的顕在症状を有するだけのために、多量飲酒と相待つて病
的酩酊に陥つたものとは記載されていない。しかも鑑定書記載のごとき精神過労の
因子について原判決中にこれを確認するに足る証拠は少しも挙げられていないので
ある。
 果して然らば、原判決には判決の理由に不備あるか又は充分な証拠に基かないで
心神喪失の事案を認定した違法があるものというべく、所論は結局その理由があつ
て、原判決は、この点において、破棄を免れないものと考える。
 同第二、三点について。
 所論は、要するに、原判決が本件犯行時に被告人が心神喪失の状態にあつたこと
及びこの状態は被告人の自ら招いた酩酊によつて一時的に招来されたものであるこ
とを認めながら、斯る酩酊を自ら招いたことについての責任条件と責任能カとに十
全な審理を尽さず直ちに被害者Aの死を生ぜしめた被告人の行為について全然刑事
責任のないものと判断したことは、畢竟審理不尽の結果審判の請求を受けた事件に
ついて判決をしなかつた違法があるか又は事実確定に関する法則若しくは実体刑罰
法令の解釈を誤つたかの違法があるものとするものである。
 しかし、原判決は、前論旨で述べたように要するに被告人は精神病的素質の潜在
や精神病者的顕在症状を有するたあ(鑑定書にはその他前論旨で引用したような特
別な因子があると記載されている)犯時甚だしく多量に飲酒したことによつて病的
酩酊に陥りついに心神喪失の状態となつた旨を認定しているかだけで、所論のよう
に単に自ら招いた酩酊によつて一時的の心神喪失の状態になつたこと若しくは多数
説のごとく被告人が多量に飲酒するときは病的酩酊に陥り、因つて心神喪失の状態
において他人に犯罪の害悪を及ぼす危険ある素質を有すること等は阿等認定してい
ない。そして、いわゆる「原因において自由なる行為」を犯罪責任ありとするのは、
もとより「心神喪失中の行為」そのものを犯罪責任ありとするのではなく、むしろ
その「心神喪失中の行為」をば一種の道具又は因果関係の一部と観察して、これに
先行する心神喪失の原因となつた自由意思行為を犯罪行為とするものである。従つ
て、かかる特殊異常な場合における「原因において自由なる行為」の責任を審判す
るには、かかる特別な場合の行為につき明確な起訴のあることを要すること論を俟
たない。しかるに、本件起訴状には単に「被告人は、昭和二三年四月二二日午前一
一時過頃より函館市a町b番地飲食店「E」事F方に於て同家使用人A当二七と会
飲したるが同日午後二時過頃同家調理場に於て偶々来合せたる同家女給Cを醉余故
なく殴打したるを居合せたる前記A等が制止したるに憤慨し突嗟に殺意を生じ傍に
ありたる肉切疱丁(証第六号)を以て同人の略左蝋蹊部を突刺し因て左胯動脈切断
に依る出血に依り其の場に即死せしめたるものなり」とあるだけで、所論のごとき
酩酊によつて一時的の心神喪失の状態に陥つて本件犯行を為したこと並びに酩酊又
はこれによる一時の心神喪失が故意又は過失によつて自ら招いたものであることは、
全然記載されていないのである。果たして然らば、所論は既にその前提において採
用することはできない。また多数説は、本件起訴状並びに原判決等を精査しないで、
通常の殺人行為と所論のような特殊異常な殺人行為とを混同し却つて、自ら審判の
請求を受けない事件について判決をする違法を犯するのというべく、到底賛同する
ことはできない。
 検察官 長部謹吾関与
  昭和二六年一月一七日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   田   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   田       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介

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