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平成16年6月18日判決言渡 
平成13年(ワ)第15970号 損害賠償請求事件
平成15年(ワ)第4806号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成16年3月19日
判決
当事者の表示      別紙1「当事者目録」記載のとおり
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,連帯して,原告らに対し,それぞれ別紙2「取引一覧表」請求債権欄
記載の各金員及び上記各金員に対する平成13年1月1日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,パラジウムの商品先物取引を委託していた原告らが,パラジウムの商
品先物取引市場を開設及び運営していた被告東京工業品取引所(以下「被告東工
取」という。)がその市場管理義務を怠ってパラジウム相場を高騰させた上,高騰し
た価格のまま制限値幅を0円とする措置(売買値段の固定化)を採るとともに,当
該措置を納会日まで継続させたことにより,売建玉を維持してきた原告らが高騰し
た価格での手仕舞いを強制させられて損害を被ったと主張して,被告東工取に対
しては商品取引所法1条所定の委託者保護義務に違反する不法行為に基づき,
被告東工取の理事であったその余の被告らに対しては同法60条の2第2項の理
事の損害賠償責任に基づき,連帯して,総額2億7225万円の損害賠償を求めた
事案である。
1 争いのない事実等(証拠等の記載がない事実は,争いがない。なお,以下書証番
号には枝番を含む。)
(1) 当事者
ア 被告東工取は,商品取引所法(以下「法」という。)に基づき,くん煙シート,
貴金属(金,銀,白金及びパラジウム),石油(ガソリン,灯油及び原油)及び
アルミニウムの先物取引を行うために必要な商品市場を開設し,その運営に
当たることを主たる目的として,主務大臣の許可を得て昭和26年に設立され
た会員組織の非営利法人である。
イ 被告東工取を除く被告ら(以下「被告理事ら」という。)は,平成12年3月15
日当時,被告東工取の理事であった。
そのうち,被告Y1は,理事長であり,被告Y2,被告Y3,被告Y4は,被告
東工取の常置委員会である市場管理委員会の構成員であった。
ウ 原告らは,被告東工取の商品取引員であった会員を通じて,被告東工取が
上場していたパラジウムの先物取引を委託していた者であり,同年2月24日
当時,別紙2取引一覧表の建玉枚数欄記載の枚数の売建玉を有していた(弁
論の全趣旨)。
(2) 被告東工取の定款,業務規程及び貴金属市場管理基本要綱の規定(平成12
年2月当時)
ア 定款174条(解釈の疑義)(乙1)
定款,業務規程,受託契約準則,紛争処理規程,市場取引監視委員会規
程その他の規則の解釈に疑義があるとき,又はこれらの諸規則に明文のない
事項について臨機の処置を必要とするときは,理事会の議決に従うものとす
る。
イ 業務規程(乙2)
21条(建玉又は取引の制限及び解け合い)(抄。なお,この規定は,ゴム等
に関するものであるが,パラジウムにも準用されている。)
1項 本所は,必要があると認めるときは,理事会の議を経て,全部又は
一部の限月につき,会員の取引数量の制限,売建玉と買建玉との
差引き数量若しくは総建玉数の最高限度その他の建玉数量の制
限,又は,受託会員に取引を委託する委託者並びに法126条1項
の規定に基づき本所の商品市場における取引の委託の取次ぎを
引き受けることについて許可を受けている者(以下「取次商品取引
員」という。)及び商品市場に相当する外国の市場において先物取
引に類似する取引を行うことの委託を受け若しくはその委託の取次
ぎを引き受ける業務を営むことについて当該外国において法126
条1項の規定による許可に相当する当該外国の法令の規定による
同種の許可(当該許可に類する登録その他行政処分を含む。)を受
けている者(以下「外国商品取引業者」という。)に委託の取次ぎを
依頼した者(以下「委託者等」という。)の取引数量,総建玉数の最
高限度その他の受託の制限を設けることができる。
8項 本所は,天災地変,戦争,暴動,経済事情の激変その他止むを得
ない事由により取引の決済を行うことができないと認められる場合
には,理事会の定める条件によって売買建玉の一部又は全部を解
け合わせることができる。
23条(売買仕法)
取引の締結の方法は,本所が設置する電子計算機等を利用した
売買システム(以下「システム売買」という。)による個別競争売買と
する。
34条(売買値段の制限)(抄)
1項 先物取引における毎営業日の取引は,制限値段の範囲内で行うも
のとする。ただし,毎月(貴金属市場にあっては,納会日の属する
月)最初の営業日以降の当限月の取引及び新甫(新たに生まれる
限月をいう。)限月の最初の取引については,この限りでない。
2項 前項の規定による制限値段は,上場商品構成物品及び限月ごと
に,その直前営業日における最終約定値段を基準値段とし,同値
段の100分の20の範囲内において理事会で定める金額を加減し
た値段とする。
87条(システム売買における臨機の措置)(抄)
1項 本所は,23条に規定する取引の締結に支障が生じたとき,又はそ
の恐れがあると認めるときは,理事会の議を経て,システム売買実
施細則に定める規制その他の必要な臨機の措置を講じることがで
きる。
ウ 貴金属市場管理基本要綱(以下「基本要綱」という。)の建玉の制限に関す
る定め(乙3)
過当投機を防止するため,業務規程21条1項の規定により,建玉数量を,
委託者の場合は限月ごとに20枚ないし200枚,会員の自己の計算による場
合は20枚ないし600枚(純資産額及び限月により変動する。)に制限する
が,ヘッジ玉(現物の取引における約定時と取引実行時の価格変動リスクを
回避するために,現物の売り買いと反対の売り買いの玉を先物取引で建てて
保険とした玉)については,ヘッジ玉であることを証する書面の提出が合った
場合は,被告東工取がその目的に合致すると認めた場合に限り,当該証明
数量の範囲内において,上記制限数量を超えて建玉することができる。
(3) パラジウム価格の高騰
ア 被告東工取におけるパラジウム先物商品は,契約履行の最終期限の月(限
月)を2月,4月,6月,8月,10月及び12月とする6種類のものが上場されて
おり,各限月の1年前から取引することができる。その取引単位である1枚は
1500グラムであるが,その価格(1グラム当たり。以下同じ。)は,平成11年
当時,1100円台ないし1400円台の幅で値動きしていた。なお,この価格
は,限月が最も先のもの(先限)であるが,他の限月のものも値動きの傾向に
はほとんど変化がなかった(特に断らない限り,以下同じ。)。
イ パラジウム価格は,平成12年1月に1500円台に値上がりし,同年2月に入
ると急激な高騰を続け,同月7日から9日にかけて,当月限である2月限以外
の全ての限月について3日間連続終日ストップ高(取引価格が取引所で決め
られた値幅の上限となる状態をいう。なお,当月限には値幅の制限は設けら
れていなかった。)となり,同月14日から23日にかけても,当月限である2月
限以外の全ての限月について8日間連続終日ストップ高(ただし,同月21日
に短時間ストップ高が外れたことがあった。)となり,同月23日の価格は236
3円であった(甲1。以下同月のパラジウム価格の高騰を「本件高騰」とい
う。)。
(4) 被告東工取の対応
ア 特別売買
被告東工取は,同月18日,その会員である株式会社A(以下「A」という。)
及び同社の売建玉決済に応じることを承諾した会員5名との間で,売建玉を
決済させた(以下「本件特別売買」という。)。
イ 値段凍結措置
被告東工取は,同月23日,臨時の貴金属市場管理委員会(以下「市場管
理委員会」という。)及び理事会を開催し,パラジウム価格の本件高騰を受け
て,同月24日以降当分の間,同月23日の最終約定値段(4月限が2428
円,6月限が2410円,8月限が2383円,10月限が2359円及び12月限が
2363円)を基準値として,制限値幅を0円とし,注文は全て上記価格の指値
注文に限定して,現物の裏付けがありヘッジ申請に係る承認を受けたものを
除き,売買は仕切りのみとするとの措置(以下「本件値段凍結措置」という。)
を採ることを決定した(甲40)。
ウ 値段凍結の永続化措置
さらに,被告東工取は,同年3月15日,理事会において,本件値段凍結措
置を各限月の納会日まで継続するとの措置(以下「本件永続化措置」という。
また,本件値段凍結措置及び本件永続化措置とを併せて「本件各措置」とい
う。)を採ることを決定した。
2 争点
(1) 本件各措置の違法性の有無
(2) 原告らの損害
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件各措置の違法性の有無)について
(原告らの主張)
ア 本件各措置は,根拠規定を欠くから,違法である。
(ア) 法1条に掲げられた目的及び委託者は被告東工取の定めた規定や措
置に一方的に拘束される立場にあることから,被告東工取には,国民経済
の適切な運営及び取引の委託者の保護のために,市場の健全な運営や取
引の公正を図る義務がある。そして,法は,この目的を達成するために,商
品市場における取引ルールについての業務規程等を厳格に規制してい
る。したがって,業務規程等は,取引所の内部規定にとどまらず,委託者が
取引をするに当たって取引所及び委託者の双方を拘束するルールであり,
取引所には,これを社会一般の通念に従って合理的に運用する義務があ
る。
以上から,商品取引所が行う措置は,根拠規定に基づくものでなければ
ならず,その解釈も社会通念に従って行わなければならない。
(イ) 被告らは,本件値段凍結措置は業務規程34条2項に基づくものである
と主張するが,この条文は値幅制限に関する規定であり,これを価格凍結
の根拠とする解釈は社会通念に反するものであるから,本件値段凍結措
置の根拠規定とはなり得ない。
(ウ) また,被告らは,本件永続化措置は業務規程87条1項又は定款174条
に基づくものであると主張する。
しかし,業務規程87条1項は,いわゆる2000年問題(コンピュータが「2
000年」という年号を正しく2000年と認識せず,1900年などと誤った認
識する結果,2000年〔平成12年〕1月1日以降,社会中で大混乱が起きる
と予測された現象)に際して,コンピュータを使ったシステム売買においてコ
ンピュータの故障等のトラブルが発生した場合に対処するために新設され
た技術的な雑則規定であるから,本件永続化措置の根拠規定とはなり得
ない。
定款174条についても,業務規程等の公示されている諸規定に価格凍
結及びその永続化措置を定める規定は全く存在しないにもかかわらず,理
事会決議でこれを発動できるとすると,業務規程は有名無実化してしまうか
ら,本件永続化措置の根拠規定とはなり得ない。
さらに,本件永続化措置は,納会日の属する月の取引については制限
値幅を解除することとしている業務規程34条1項ただし書に違反するもの
でもあった。
イ 被告東工取の裁量権について
被告らは,商品取引所には高度の専門的知識に基づく広範な裁量権があ
ると主張するが,法的根拠のない本件各措置を講ずることについての裁量権
があるはずはなく,仮に裁量権が認められるとしても覊束裁量であるべきであ
るが,本件各措置は,必要性も合理性もなく,予見可能性もない上,他に採る
べき措置があったから,裁量を逸脱した違法なものであることが明らかであ
る。
ウ 本件値段凍結措置は,実体的にも違法である。
(ア) 本件値段凍結措置は,必要性を欠くものであった。
a 被告東工取におけるパラジウム価格は,平成12年2月21日には一時
ストップ高(2293円)が外れて2281円の値を付けたから,売建玉の処
分を希望していた者はこのときに市場離脱しており,委託者や違約しそう
な会員の救済はできていたはずであるから,あえて本件値段凍結措置を
採る必要はなかった。
b さらに,本件値段凍結措置前,市場では,パラジウム価格は暴騰が継
続するという予測一色だったわけではなく,実際に,価格上昇予想で建
てる新規買い建ての数量よりも,下落予想で建てる新規売り建ての数量
の方が多かったし,大半の商品取引員の玉尻(未決済の売建玉と買建
玉との差引残高をいう。委託玉も含む。)も売り建てであった。実際の市
場でも,同年3月ないし5月の間,暴騰は起きなかった。
このような状況で,被告東工取がパラジウム価格の暴騰が継続すると
いう予測をしたのであれば,その判断に合理的根拠はない。
(イ) また,本件値段凍結措置は,合理性を欠くものであった。
a 本件高騰は過当投機が原因であった。
(a) 商品取引所には,価格が大幅に変動したときには,市場の健全な運
営を図る義務がある(法1条)。
しかし,被告東工取は,パラジウムが市場規模が小さく生産地が偏
在しているという投機を招きやすい性質を有していたにもかかわらず,
基本要綱で,会員として主として上場商品の生産,流通など現物を取
り扱う会員(以下「当業者」という。)については,ヘッジ玉であることを
証明して被告東工取が認めれば建玉数量を無制限とし,その建玉が
真実ヘッジ玉であることの調査も十分に行わず,建玉制限枠及び値
幅制限を緩和して投機が行われやすい状況を設定するなど,本件高
騰に至るまでの間に市場管理義務を怠っていた。
(b) 本件高騰の原因の1つは,ヘッジ玉の特権を有していた当業者であ
るB株式会社(以下「B」という。)の大量買い建てである。
Bは,日常的に被告東工取のパラジウム市場において日計りを大
量に行っていたが,本件高騰の中でも,同様の手法を断続的に繰り返
しながら,ヘッジ玉の特権を悪用して新規の買建玉を大幅に増やして
パラジウムの価格をつり上げ,平成12年2月14日以降は大量の買
建玉を少しずつ転売して処分する方向に転換して,莫大な差益を得
た。
パラジウム価格は,同月8日までに3日間連続ストップ高となるとい
うまれな事態となり,以後上昇し続けていったが,Bは同日に先限新
規買い2682枚という大口の買い建てをしたこと,同日を境に白金の
価格との連動が崩壊したことから,その価格高騰の原因はBの大量の
買い建てであるということができる。したがって,被告東工取がこれを
規制していれば,本件高騰は沈静化していたはずであった。
同月のパラジウム市場は,上記のBの動きも含めて,当業者が中
心となって買建玉を維持し,商品取引員に委託している委託者が売建
玉を多く維持するという構図が明確になっていった。
(c) 本件値段凍結措置後,大口現物を含めた価格までが急落したが,
真に需給に根ざした価格であれば人為的措置によって価格が急落す
ることはあり得ないこと,パラジウムの同年2月のリースレート(貴金属
の業者間において現物の貸し借りをする際に発生する金利をいう。)
は暴騰していなかったし,国内への輸入実績も通常と変わりがなかっ
たこと,同月8日から同様の需給構造を持つ白金とパラジウムの価格
の連動が崩れたことから,本件高騰は,ロシアの供給問題という現物
の原因ではなく,大手商社や海外ファンドによる,大口現物取引,ニュ
ーヨーク商業取引所(以下「NYMEX」という。)及び被告東工取におけ
る国際的な投機買いによるものであったことは明らかである。
当時,実際に投機買いによる価格上昇を指摘する情報も流れてい
たから,被告東工取は,適切な市場管理をしていれば,本件高騰が過
当投機によるものであることを,遅くとも同月2月中旬には知り得たは
ずである。
しかし,被告東工取は,本件値段凍結措置を採ってその投機買い
の疑いを反映した価格で凍結して投機差益を追認したのであるが,こ
れは公平性も合理性も欠く措置であった。
b 本件高騰に対しては他の措置によって対応するべきであった。
本件高騰のような異常な相場の場合には,被告東工取には,業務規
程21条が建玉制限の後に強制解合いを規定していることからも,発動
要件の程度からも,その措置の厳しさの程度からも,市場機能を維持し
て原告ら委託者の自由な取引機会を保持するためにも,本件値段凍結
措置のような取引停止措置より先に,投機による価格の変動を解消して
窮地にいた委託者を離脱しやすくさせる役割を果たす厳格な建玉制限
措置(基本要綱の制限数量を例外なく遵守させること)を優先して発動す
る義務があった。
しかし,被告東工取は,上記義務を怠って,本件値段凍結措置を採っ
たのであるから,この措置は合理性を欠くものであった。
c 本件特別売買について
本件特別売買は,特定の会員のみを秘密裏に救済する差別的措置
であったし,被告東工取は,これを秘密裏に行って,委託者に対して,当
時のパラジウム市場の異常さを公開しなかったが,これも公平性も合理
性も欠く措置であった。
エ 本件永続化措置も実体的に違法である。
(ア) 本件永続化措置は,必要性を欠くものであった。
a 本件値段凍結措置は,被告東工取自身が「当面」の措置と明言していた
ように,一時的なものとして行われたものであるし,そもそも違法かつ不
合理な措置であるのだから,被告東工取には,当該措置をできるだけ速
やかに解除するべき義務があった。
b さらに,平成12年2月28日の段階では,パラジウムの買い注文数より
も売り注文数の方が上回っており,これは,売り玉を持っている委託者の
凍結価格による買戻し注文は全て成立しており,市場離脱を望んでいた
一般委託者は既に市場離脱を果たしていたこと及び取引員の違約のお
それも解消されていたことを意味する。また,当時のNYMEXのパラジウ
ム価格は,被告東工取が凍結した価格と近いものであったから,仮に被
告東工取が凍結を解除しても,価格の乱高下は起こりにくい環境であっ
た。
したがって,同日の段階では,被告東工取が価格凍結の理由としてい
た委託者保護との事情は全て解消されていたのであるから,被告東工
取は,この時点で本件値段凍結措置を解除するべきであった。
(イ) また,本件永続化措置は,合理性を欠くものであった。
a 価格凍結は市場機能を一時停止するものであるが,その永続化は市場
機能を完全に喪失させるものであり,健全な市場機能を維持するという
被告東工取に課せられた本来の役割に真っ向から反するものであるし,
委託者の期待を裏切るものであるから,被告東工取には,価格凍結の
永続化を実施するに際しては,それが不可避なものであるか否かを実証
的な観点から検討するべき義務があった。
b しかし,被告東工取は,本件値段凍結措置後から本件永続化措置を採
るまでの間,時間は十分にあったにもかかわらず,本件高騰の背景事情
についての調査を怠り,また,委託者からの意見聴取及び委託者が置
かれていた状況の検証をも怠った上で,極めて安直に本件永続化措置
を採ることを決定したのであるから,本件永続化措置が合理性を欠くも
のであったことは明らかである。
オ まとめ
(ア) 被告東工取の責任
被告東工取は,パラジウム市場についての市場管理義務及びヘッジ玉
管理義務に違反して,Bがヘッジ玉の特権を悪用して相場動向を左右して
差益を得ることを放置し,特定の商品取引員に対して本件特別売買を認
め,その上で価格を凍結して更にその凍結を永続した本件各措置を採った
ものであるが,これは,委託者の立場をないがしろにして商社や一部の商
品取引員を優遇して,原告ら委託者が適正かつ公正に運営された健全な
市場で取引を続ける機会を喪失させた上で,根拠規定を欠く本件各措置ま
で採って,原告らの取引機会の喪失を確定させて一方的に損失が生じるこ
とを強制したものであり,一連の行為として委託者保護義務に違反したの
であるから,これによって損害を受けた原告らに対して不法行為責任を負
う。
(イ) 被告理事らの責任
被告理事らのうち被告Y2,被告Y3,被告Y4は,被告東工取で市場管
理業務の中核を占める市場管理委員会の要職を占めていた理事であり,
法令違反の本件各措置を率先して取り決め,実行した。また,被告Y1(当
時の理事長),被告Y5,被告Y6は,運営全体の中核にいた立場にあり,被
告Y7,被告Y8は,常勤の理事であって,いずれも市場管理委員会の違法
な決定を追認して被告東工取の決定とした。
したがって,被告理事らも法60条の2第2項に基づいて,被告東工取と
連帯して損害賠償責任を負う。
(被告らの主張)
ア 本件各措置の根拠規定
(ア)本件値段凍結措置について
業務規程34条2項によれば,被告東工取の理事会は,法1条に定めた
公益目的を達成するために,その時々の市場動向,市場環境の中で,最も
妥当で合理的な制限値幅を決定する権限と責任を有するので,その必要
があれば,制限値幅を0円とすることもできる。
被告東工取は,本件高騰という異常事態を受けて,業務規程34条2項
に基づき,本件値段凍結措置を決定した。
(イ) 本件永続化措置について
a 業務規程87条1項
業務規程87条1項は,いわゆる2000年問題に対処することを契機
に制定されたものであるが,そのような技術的な問題に限らず,政治的,
経済的,社会的状況,取引状況に起因する取引の締結上の支障に広く
対処するために制定されたものである。
したがって,本件永続化措置は,業務規程87条1項に基づく措置であ
る。
b 定款174条
仮に,本件には業務規程87条1項が適用されないとしても,商品先物
市場においては,想定外の異常な事態が生じることが多く,あらゆる事
態を特定してこれに対する措置をあらかじめ定めることは困難であるか
ら,定款174条は「諸規則に明文のない事項について臨機の処置を必
要とするときは,理事会の議決に従う」と規定している。本件永続化措置
は,この規定に基づく理事会の決議による臨機の処置である。
c 業務規程34条1項ただし書について
業務規程34条1項ただし書は,商品先物市場では,納会日に現物で
受渡しをして取引を終了させることも可能であるが,その際に先物取引
の価格と現物の価格が乖離することは望ましくないので,両者が同一価
格に収束するように,またストップ高やストップ安が発生して建玉の処分
に支障が生じないように,納会日の属する月には値幅制限を課さないこ
ととしている。
しかし,本件は,本件高騰という異常事態に対処するために,全市場
参加者に決済代金の調達ができ次第設定基準価格で売建玉を処分し,
随時市場離脱をすることを求め,かつ現物の受渡し決済を認めないこと
とせざるを得なかった場合であり,また制限値幅を0円とすればストップ
高やストップ安もあり得ないので,同項ただし書の前提とする事態とは異
なる場合であった。
そこで,被告東工取は,臨機の措置として業務規程34条1項ただし書
を適用しないこととしたのである。
イ 被告東工取の裁量権について
(ア) 商品取引所は,法1条に規定する目的,すなわち,商品価格の形成及び
市場取引における売買取引の公正を確保することにより,国民経済の適切
な運営及び商品市場における取引の委託者の保護を図るために,適切な
市場管理を行う義務及び権限を有している。
商品取引所は,この市場管理を行うために,理事会の諮問機関として市
場管理委員会を設置し,常時又は臨機の市場管理体制を整えているのに
加え,業務規程及び基本要綱で,建玉数量の制限,売買値段の制限(値幅
制限),取引証拠金及び委託証拠金の管理,建玉の報告等を定めており,
さらに,これらの規制措置では十分ではない場合の措置として,業務規程
で,売買立会いの臨時停止(業務規程11条),売買建玉の解合い(業務規
程35条,21条8項)等を定めている。
しかし,市場取引に影響を与える政治,経済,社会状況,需給関係その
他の状況の変更と,これが市場取引に与える影響は千差万別であって,こ
れらの定めによっても対応することができない事象が発生することが予測さ
れるので,業務規程87条1項及び定款174条は,取引所がこれらの事象
に迅速に対応できるようにするために臨機の措置を取ることができる旨規
定している。
(イ) 商品市場において秩序維持及び公益保護を図る任務は,第1次的には
商品取引所が負っており,監督官庁である主務大臣は,法に基づく監督権
により取引所を通して間接的に秩序の維持等を図ることが通常であるもの
の,法90条は,取引所が市場管理の責任を果たせない場合は,主務大臣
が直接に規制措置を採ることができると規定している。主務大臣が同条に
基づいて行う措置は,政策的な公益判断に基づいて行う行政処分であるか
ら,商品取引所が第1次的に行う規制措置もこれに準じるものであり,取引
所行政であるということができる。したがって,緊急事態においてどのような
措置を発動するべきかの選択は,商品取引所の裁量に委ねられており,商
品取引所が高度の専門的知識に基づいて採った措置の当不当は,当該措
置が社会通念上著しく妥当性を欠くと認められる場合を除いて司法判断の
対象にはならないか,仮に司法判断の対象になるとしても,大幅な裁量権
が認められるべきである。
ウ 本件値段凍結措置は,実体的にも適法である。
(ア) 本件値段凍結措置の必要性
a被告東工取は,本件高騰に対応するために,通常は1か月に1回開催さ
れる市場管理委員会を,平成12年2月14日から23日までの8営業日
中7回にわたり開催し,制限値段の調整,建玉数量の制限,特別売買の
特例措置等,取り得る手段を可能な限り駆使してパラジウム市場の沈静
化を図ったが,高騰は改善せず,同月14日からは全限月について終日
ストップ高となり,同月23日には,終日ストップ高が8日間続くという,被
告東工取が初めて経験する極めて異常な事態となった。
b このような状況の下では,売建玉を有している者の建玉の値洗い損が
急激に拡大し,その建玉を処分しようと買戻し注文をしている者が殺到し
ていたにもかかわらず,反対注文がないため,ほとんどの者が市場から
離脱することができなくなった。
この場合,更に相場が上昇すると,委託追証拠金(相場が大きく動い
て委託本証拠金だけでは不十分となったときに,商品取引員が委託者に
預託させる証拠金をいう。)の支払義務が繰り返し発生してその額が増
大する。
実際に,被告東工取は,委託者からの苦情や要望が殺到して通常業
務にも重大な支障が生じていた程であり,同月23日には被告東工取に
対して何らかの対応を求める訴えがパニック状態となっていた。
c さらに,ストップ高の継続により,商品取引員も自己の売建玉に対する
値洗い損が発生するほか,委託者が委託追証拠金の預託をすることが
できないことによる立替払が増大し,同月23日の時点で価格を固定せ
ずに更に価格が上昇した場合には,会員に違約が発生することが予想
された。
会員に違約が発生した場合,違約会員の売建玉を他の会員の買建玉
数量に応じて機械的に割り当てることによって違約会員の売建玉を決済
させることとなるので,買建玉よりも売建玉を多く有していて,損をしてい
た会員にも更に売建玉が割り当てられて更に違約が増加するという懸念
があった。このような違約の連鎖によって商品取引員の破綻が連続した
場合,他の取引所でもその定款により違約者とみなされるので,他の取
引所の機能までも停止させ,商品取引業界全体の混乱を招くことが必至
であったし,違約したということは企業として破綻したことを意味するか
ら,社会問題ともならざるを得なかった。
現実には,Aから財務悪化により違約が生じかねないとの報告があっ
たため,本件特別売買を成立させて違約を回避させたが,他にも財務状
況が悪化していた会員が存在し,その窮状は,同月23日の時点では,
もはや放置することができる状況ではなくなっていた。
dパラジウム価格は,同月21日,一時的にストップ高が外れたことはあっ
たが,それはほんの10分ないし15分というごく短時間であり,買い注文
の殺到によりまたすぐにストップ高となってこれが同月23日まで継続し
ており,救済された者はごくわずかに過ぎなかったから,その委託者及び
商品取引員の救済の必要性には変わりがなかった。
e以上の事情から,被告東工取は,同月23日の時点では,翌日に少なく
とも価格の上昇が止まってストップ高が解消されることを確信することが
できない限り,この異様な状況を放置することはできない状態にあった。
しかし,それを確信するどころか期待させるような情報もなく,むしろ,同
月23日のパラジウム価格の動向は,被告東工取がそれまでに制限値
幅を縮小する等の措置を採っていたことがNYMEX価格に影響を与えて
いたはずであるにもかかわらず,NYMEX価格は,被告東工取に比べて
500円以上も高い水準であり,更に被告東工取の当月限(値幅制限が
適用されない。)はNYMEX価格に近いところまで上がっていたこと,及
び市場動向は,圧倒的に買い注文の枚数が多い状態であったことから,
このような状態で,仮に被告東工取が制限値幅を0円とする措置を取ら
ずに放置していれば,更に価格が高騰することが必至であった。
f 以上のような価格高騰の中で,被告東工取は,市場環境が急速に改善
すると期待することのできる材料がなく,かつこれまで採ってきた通常の
価格沈静化の手段が効果を発揮しないという異常事態となったことか
ら,通常採ることのできる手段のみでは市場管理者としての責任を果た
せる状況ではないと判断して,更なる価格の上昇が市場全体へもたらす
悪影響の防止と委託者保護の観点から,緊急避難的な措置として,パラ
ジウム価格の制限値幅を0円として価格を固定して急騰を停止させ,そ
の価格で委託者を市場から離脱させる本件値段凍結措置を取らざるを
得なくなり,臨時市場管理委員会及び臨時理事会で業務規程34条2項
に基づいて本件値段凍結措置を決定した。
被告東工取が本件値段凍結措置を採ったのは,当時,売建玉を有す
る一般委託者の値洗い損の拡大が危機的状況に達しており,何よりも優
先してその拡大を停止する必要があったからであった。
gパラジウム価格が同日23日以上に暴騰すれば,証拠金を支払うことが
できない者が激増して売建玉を維持することができた者は激減したはず
であるから,本件値段凍結措置は,原告らのように売建玉を持っている
が手仕舞いを控えていた者にとっても有利な措置であった。
(イ) 本件値段凍結措置の合理性
a 本件高騰の原因
(a) 本件高騰は,Bの建玉ポジションや取引状況により生じたものでは
なく,自動車の排ガス規制強化による世界的なパラジウムの需要拡大
が見込まれる事情環境にあったにもかかわらず,世界の生産量の大
半を占めるロシアの供給不安が強かったことを背景として,これにパ
ニック買い(売建玉を有する者の損失の拡大を懸念しての買戻し注
文,更なる価格の上昇を期待した新規買い注文)が加わったことが原
因であった。
(b) 商品先物取引において,商社は多方面との大量取引を常に取り扱
っており,リスクヘッジも複雑かつ多層的になるから,一日のうちで取
引が重なることも珍しくはない。被告東工取における平成12年2月当
時のBの一連のパラジウム取引も,商品先物市場の商社の取引手法
としては通常見られるものであり,ことさら特異性は認められない。
被告東工取は,同月のBのヘッジ玉について,ヘッジ玉であることを
証する書面を提出させ,申請内容等に不明な点があれば必要なヒヤ
リングを行うという所定の手続を経てヘッジ玉であることを確認したの
であり,その書面には特に問題となるところはなかった。
(c) 当時,被告東工取のパラジウム市場においては,海外のファンド等
による異常な取引動向も見いだすことはできなかった。
b 本件高騰に対しては本件各措置が最善の措置であった。
(a)建玉制限措置は市場管理の一方法であるが,他の手段に優先して
発動するべきものではなく,被告東工取には,その時々の状況を総合
的に判断して,その時に最も適した市場管理をすべき義務がある。そ
して,市場が過熱していると判断した場合は,まず臨時増証拠金の徴
収を決定し,又は値幅制限等最善の検討を行うべきである。
仮に,被告東工取が,同月23日の段階で,ヘッジ玉の建玉制限緩
和措置を一切認めずに超過することとなる建玉について強制手仕舞
いを指示したと仮定しても,買いと売りの建玉は同枚数が執行される
にすぎず,当時買い注文が圧倒的に多かったことから,ストップ高の
解消とは到底ならなかったはずであるし,この措置は,市場参加者の
財産権を強制的に処分し,また一種の取引所による価格介入にもな
るものであるから,市場参加者のみならず海外市場にも大きな混乱を
生じたはずであった。そもそも,ヘッジの建玉規制措置は,商品先物
市場が現物取引のヘッジの場であるという本来の使命を放棄すること
に当たるので,本来行うべきではない措置であり,それにもかかわら
ず,被告東工取が同月18日にヘッジ玉の建玉制限を決定して同月2
1日から実行したこと自体,本件高騰という極めて異例な事態に対す
る措置として実行したものであったのにもかかわらず,それでも本件高
騰は沈静化しなかったのである。
(b)さらに,一時的に立会いを停止する立会停止措置も,いわゆる仕手
戦のように投機的取引が行われたときに一時的な措置として行われ,
多くは強制解合いと連動して行われるものであるが,本件高騰は,そ
のような投機筋による高騰ではなく,ロシアの供給不安を主因とする
現物取引上の需給アンバランスから生じたものであり,現物取引を行
わない仕手戦とは全く異なるものであるから,当該措置によって高騰
が止まるということもできなかった。
(c)したがって,本件高騰に対して,本件値段凍結措置の外に効果的な
手段があったとすれば,強制解合いしかなかったが,被告東工取は,
後述するように,強制解合いに優る最良の措置として,本件各措置を
採用した。
c 本件特別売買について
(a) 被告東工取は,Aから,同月,約1000枚の売建玉が未決済である
ことによる損失が拡大して取引所に納入する差金に充てる資金繰りの
手当ができなかったことから,違約が生じかねない状態にあるとの報
告を受けた。
(b) 会員の違約処理をする場合は,定款の定めにより立会いを一事停
止する必要があり,その処理には日時を要するため市場を閉鎖せざ
るを得ない。しかし,特に本件高騰のような異常な高騰下で被告東工
取の市場機能が停止することは,被告東工取ひいては日本の商品先
物市場の信用の喪失につながるし,他の市場での違約の発生にもつ
ながりかねなかった。
(c) そこで,被告東工取は,市場全体への悪影響を回避して混乱を避け
るために,Aの売建玉決済に応じることを承諾した会員5名と本件特
別売買を成立させて違約を回避した。これは,公正かつ適正な運営を
確保するために是非とも必要な措置であった。
(d) また,本件特別売買によって本件高騰が生じたのではないし,その
後の価格高騰の要因になったということもない。
エ 本件永続化措置も実体的に適法である。
(ア) 本件永続化措置の必要性
a制限値幅を0円とする措置は暫定的な措置ではなく,この措置によって
確定する設定基準価格によって,会員及び一般委託者全員に随時市場
離脱をしてもらう恒久的な措置であり,後に解除することはあり得ないも
のであった。
b また,被告東工取が世界のパラジウム価格をリードしていたこと,ロシア
の供給不安が払拭されてはいなかったこと,及び,同年3月15日には,
パラジウム価格はNYMEX及び現物とも値上がり基調にあったことか
ら,被告東工取が仮に本件値段凍結措置を解除すれば,パラジウム価
格は再暴騰をして,本件値段凍結措置が無意味になることが予想され
た。
(イ) 本件永続化措置の合理性
a 被告東工取は,本件値段凍結措置を採った後の委託者の市場離脱状
況,NYMEX価格その他の状況を客観的に検討した結果,これを解除す
ることは不可能であるとの結論に至り,本件永続化措置を採ることを決
定した。
b 本件高騰のように,全限月で終日ストップ高が8日間も連続し,しかも被
告東工取が通常採ることができる手段を可能な限り駆使しても事態が沈
静化せず,市場離脱をしたくても離脱することができない多数の委託者
が存在するという状況は,業務規程21条8項にいう「止むを得ない事
由」に該当するから,被告東工取は,市場の混乱を防止し,市場離脱し
たくても離脱できない多数の委託者を救済するために,一定時期に一定
価格で全ての市場参加者に一斉に手仕舞いをさせて一気に決済を図る
強制解合いの適用も検討したが,決済代金の調達等によって一般委託
者に多大な負担を強いること及びヘッジ玉が海外市場に急激に移転す
ることによる海外市場の混乱が生じることが懸念された。本件値段凍結
措置を解除することは,このような世界的な混乱を生ぜさせる結果につ
ながるので,その意味でも決して適切な措置ではなかった。
したがって,被告東工取は,制限値幅を0円とする措置を納会日まで
継続するという方法が,強制解合いと同じ効果を達成することができ,資
金が用意でき次第随時建玉を処分して市場離脱を図ることを可能とする
点で緩やかであり,強制解合いの弊害を避けることができるから,商品
先物市場の運営上必要な最善の措置であるとして,理事会において本
件永続化措置を採用したものである。
c 被告東工取が,制限値幅を0円とする措置を後に解除することは,それ
までに設定基準価格で市場から離脱した者との関係で不公平が生じて
大きな混乱が生じることが予想されるから,不可能なことであった。
(2) 争点(2)(原告らの損害)について
(原告らの主張)
ア 主位的主張
(ア) 上記被告らの不法行為により,原告らは,適正かつ公正な市場でパラジ
ウムの売建玉を決済する機会を喪失させられた。したがって,原告らの損
害は,抽象的には,健全な市場であれば決済することができたであろう価
格と凍結させられた価格との差額となるが,実際には健全な市場はなくなっ
た。
被告東工取は,平成12年2月28日,新しく平成13年2月限を新甫発会
させた。これは,平成12年4月3日,1900円で売買が成立して取引が始
まった。その価格は,同年4月から6月にかけては凍結価格から大幅に下
落して2000円を割り,同年4月4日,同月24日,同月25日,同年5月30
日,同月31日には,それぞれ終値が1852円以下となった。
そこで,原告は,その損害の算定について,平成13年2月限の価格を基
準とする。
(イ) 平成13年2月限のパラジウムは,度々1852円以下の価格となってい
るのに対して,原告らの建玉は,いずれの限月でも凍結された価格が235
9円以上であり,500円以上も高くなっているから,健全な市場が運営され
ていれば,原告らの建玉は1グラム500円以上低い価格で決済することが
できた可能性が相当程度あったということができる。
(ウ) 以上から,原告らは,少なくとも建玉1グラム当たり500円,1枚当たり7
5万円の損害を被ったものであり,その金額は,別紙2取引一覧表の建玉
損害額欄記載のとおりとなる。原告らは,そのうち同表の建玉損害請求額
欄記載の金額を請求する(一部の原告については,一部請求)。
(エ) また,原告らは,上記損害の回復のために被告らに対して賠償請求を行
ったが,被告らはこれに応じないため,原告ら代理人弁護士に委任して本
件訴訟を提起せざるを得なかった。したがって,別紙2取引一覧表の弁護
士費用欄記載のとおりの弁護士費用相当額(別紙2取引一覧表の建玉損
害請求額欄記載の請求額の1割相当)も損害となる。
(オ) なお,被告らは,原告らの一部は両建であったから損害はないと主張す
るが,両建の場合でも,売建玉と買建玉は,もともと同時に手仕舞うことが
前提の建玉ではないから,価格下落分が相殺されると言うことはできず,買
建玉を考慮する必要はない。
(カ) よって,原告らは,被告らに対し,民法709条及び法60条の2第2項に
基づき,損害賠償として,原告らが被った損害のうち,別紙2取引一覧表の
建玉損害請求額欄記載の金額及び弁護士費用欄記載の金額を合計した
請求債権欄記載の各金員及び上記各金員に対する原告らの建玉の最終
受渡期限である平成12年12月を経て原告らの損害が全て確定した後の
平成13年1月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損
害金の支払を求める。
イ 予備的主張1
本件高騰は,被告東工取が市場管理を怠り続けた結果起きたものである
から,被告東工取が早期に建玉制限等のヘッジ玉に対する規制を行っていれ
ば,売り委託者であった原告らに損害が生じることはなかった。
上記規制は,遅くともBが大量建玉を行って,被告東工取での過当投機の
疑いが顕著になった日である平成12年2月8日までに行われるべきであっ
た。
そこで,その翌日の同月9日の終値で見ると,2月限を除く各限月の中でそ
の価格が最も高いのは,4月限の1941円であるから,凍結価格のなかで最
も低い価格である10月限の2359円と,上記1941円とのである差額418円
が,原告らの建玉1グラム当たりの損失となり,したがって,原告らは,その建
玉1枚当たり62万7000円の損害を被った。
ウ 予備的主張2
被告東工取は,同月18日に本件特別売買を実施しており,その価格は同
日の始値である2243円であり,その建玉のほとんどは,一般委託者の委託
玉ではなく,Aの自己玉であったから,被告東工取は,少なくとも一般委託者
である原告らについても,Aとの闇解け合い価格との差額までは,その損失を
補填すべきであった。
本件値段凍結措置における最も低い凍結価格は2359円であるから,上
記特別売買価格との差額は,最低でも116円となる。したがって,原告らは,
建玉1グラム当たり116円の損害を被った。
エ 予備的主張3
仮に原告らの財産的損害の認定が困難であるとしても,原告らが取引機会
を剥奪されて損失を被ったことは間違いないのであるから,慰謝料として原告
らの損失を補填するべきである。その金額は,上記アにおける請求金額と同
額である。
オ 仮に上記アないしウの損害を認定することができない場合でも,原告らが被
告らの不法行為によって損害を被ったことは明らかであから,裁判所は,原告
らが被った損害(建玉の枚数に比例して増大する)を基礎として,民事訴訟法
248条に基づき,相当な額の損害額を認定すべきである。
(被告らの主張)
ア 原告らは,平成13年2月限のパラジウムの価格1852円を基礎に損害額を
計算しているが,この1852円という価格は,あくまでも被告東工取の本件各
措置によって平成13年2月限以外のパラジウムの価格が凍結されていると
いうことを背景として形成された価格である。しかも,平成13年2月限のパラ
ジウムは,平成12年6月末には2146円,7月末には2595円と値上がりし
ている。したがって,仮に本件各措置がなかったとしても,原告らが1852円
で売建玉を決済できたという根拠は全くない。
原告らの主張している損害額は,全く合理的根拠のない計算によるもので
ある。
イ 原告らは,市場管理義務違反による価格の高騰と相当因果関係がある損害
の合理的な算定根拠を示していない。
ウ 原告らのうち,原告X1,原告X2及び原告X3の建玉は両建であったから,仮
に本件各措置がなければパラジウムの価格が下落していたはずであるとして
も,売建玉で得られる利益は買建玉で相殺されるから,損害は生じていない。
第3 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実等及び証拠(甲1ないし71,乙1ないし16〔以上証拠番号に
つき枝番を含む。〕,原告X4,原告X5,被告Y8,被告Y7)によれば,以下の事実
を認めることができる。
(1) パラジウム市場
ア パラジウムは,主として電気・電気部品,歯科材料,自動車触媒及び宝飾品
等の需要が多い貴金属であり,供給地がロシアと南アフリカに偏在しており価
格変動幅が大きいとされている。日本は,パラジウムの世界最大の需要国で
あり,そのほとんど全てを輸入に依存している。
イ 被告東工取は,平成4年8月,主務大臣(当時の通商産業大臣)の認可を得
て,期限を3年と定めてパラジウムを試験上場し,平成6年8月に本上場した。
その売買仕法は,国際標準であるザラバ仕法(最も安い売り希望と最も高い
買い希望とに優先権を与え,順次相対で売買を成立させていく方式をいう。)
が採用された。平成12年当時,パラジウムの商品先物取引市場は,被告東
工取及びNYMEXの2か所のみであったが,被告東工取の取引規模は,NY
MEXの約30倍であった。
(2) 本件本件値段凍結措置に至るまでの経過
ア被告東工取は,価格の急激な変動を抑えること等を目的として,パラジウム
取引の約定値段を一定の制限値段の範囲内に制限しており,業務規程34条
2項は,その制限値段を,「直前営業日における最終約定値段を基準値段と
し,同値段の100分の20の範囲内において理事会で定める金額を加減した
値段とする。」と規定している。平成12年初頭当時の制限値幅は,40円であ
った。なお,その月に決済される当月限の取引については,現物価格との整
合性を保つため,値幅制限は設けられていない。
イ 被告東工取は,業務規程の取引数量等の制限に関する定めに基づき,過当
投機を防止するため,基本要綱において,委託者及び会員の自己玉の建玉
数量を一定枚数に制限し,これを超えたときは,超過部分を処分すべきことを
定めている。しかし,当業者のヘッジ玉については,当業者の現物取引による
リスクのヘッジが商品取引所における先物取引の主要目的の一つであること
にかんがみ,ヘッジ玉であることを証する書面の提出があり,被告東工取が
ヘッジ目的に合致すると認めた場合に限り,証明のあった数量の範囲内で制
限を超える建玉が認められている。
被告東工取は,ヘッジ玉であることを証する書面として,商品の在庫証明
書,固定価格での購入証明書や売却契約書,先渡市場での売買契約書など
を提出させて確認していた。また,被告東工取は,平成11年10月ないし11
月にかけて,その会員であったB等5社に対してヘッジ申請の内容について立
入監査を行って,売契約であれば荷送り伝票,買契約であれば送金伝票等の
帳票を確認したところ,ヘッジ取引の裏付けとなる現物取引が実際に行われ
ていたことを確認した。
ウ 被告東工取におけるパラジウムの価格は,平成11年末は1367円であった
が,平成12年1月末には1579円に上昇し,同年2月に入ると,買い注文が
急増して,同月7日に1739円,同月10日に1883円,同月14日に1943
円,同月23日に2363円と急騰した。この間の同月7日から同月9日にかけ
ては,制限値段のない当月限を除く全限月で3日間連続終日ストップ高とな
り,同月14日から同月23日にかけては,同様に8日間連続終日ストップ高と
なった(ただし,同月21日は,短時間ストップ高が外れたことがあった。)。
このような事態は,被告東工取にとって初めてのことであった。
エ パラジウムの価格は,もう一つの先物市場であるNYMEX及び現物取引に
おいても,平成12年1月から2月にかけて同様に急騰した。
被告東工取は,このようなパラジウムの急騰につき,排ガス規制強化に伴
い自動車触媒としてのパラジウム需要が増加したことと,最大の供給国であ
るロシアのエリツィン大統領が平成11年12月に辞任したため,供給量の減
少が懸念されたことが主要な原因となって買い注文が急増したことによるもの
と分析し,当業者の多くも需給関係による高騰との見方をしていた。
オ 被告東工取は,パラジウム価格の本件高騰を受けて,平成12年2月,同月
22日までの間に6回にわたり臨時市場管理委員会を開催し,価格高騰により
値洗い損が拡大していた売建玉を有する委託者の市場離脱促進等を目的と
して,以下の措置を講じた。 
(ア) 同月1日,当月限である2月限及び4月限の取組高が増加していたた
め,基本要綱に基づき臨時増証拠金の徴収を決定した。
これは,一般的に取引のリスクが高くなる期近限月について,取引参加
者の担保力を強化することなどを目的とした措置であった。
(イ) 同月7日,同月4日から2営業日連続して2月限を除く全限月の終値がス
トップ高となったため,同月8日から,基本要綱に基づき,制限値幅を40円
から60円に拡大するとともに,臨時増証拠金の徴収(1枚当たり,取引臨
時増証拠金は自己玉につき2万2500円,委託玉につき6750円,委託臨
時増証拠金は4万5000円。)を決定した。
これは,ストップ高が続いたことを受けて,制限値段のないNYMEX及び
現物市場における価格との乖離をできるだけ回避することが目的の一つで
あった。また,価格の高騰が続いたため,売建玉を有する委託者は,値洗
い損の拡大により委託証拠金の負担が増大していたが,買い決済による
市場離脱を希望しても,ストップ高の連続でその機会が減少していたので,
制限値幅の拡大によりストップ高となる可能性を減らすことがもう一つの目
的であった。なお,臨時増証拠金の徴収は,制限値幅拡大から生ずる価格
上昇に伴う担保力の強化及び資金力が十分ではない委託者の市場離脱
の促進を目的とする措置であった。
(ウ) 同月8日,前日の決定に基づき,制限値幅を60円に拡大した。また,大
口の取引を抑制することにより多数の委託者の注文が成約となることを目
的として,1件当たりの発注枚数を通常時の500枚から100枚に制限し,
一限月当たりの注文累計枚数を2000枚に制限する旨を決定した。
(エ) 同月9日,ストップ高が続いたため,同月10日から,制限値幅を再度拡
大して80円にすること,及び再度臨時増証拠金を徴収することを決定し
た。
(オ) 同月10日,全限月についてストップ高が外れたため,翌営業日である
同月14日から,制限値幅を60円に戻す旨決定した。しかし,同日,再度ス
トップ高となり,翌15日もストップ高となったため,制限値幅を再び80円に
拡大して同月16日から適用することを決定した。
(カ) 同月16日,ストップ高が継続したので,新規の買い注文抑制とこのこと
によって売建玉を有している委託者の離脱の可能性を増加させるため,同
月17日以降は新規取引でも臨時増証拠金を徴収することを決定した。
(キ) 同月17日,同月14日から3営業日連続して全限月終日ストップ高とな
ったため,業務規程に基づく特別売買の特例措置及び,自己玉の受付開
始時間を前場20分,後場15分遅らせて,委託注文を優先して受け付ける
ことを決定した。
この特別売買の特例措置は,ストップ高が継続する中では通常の特別
売買(市場で約定できなかった場合でも,最終立会終了後,受託会員の自
己玉により約定させて市場離脱できるようにするもの)では需要に追いつか
ないため,特例として,自己玉ではなく委託玉でも特別売買ができるように
して売建玉を有している委託者の市場離脱の促進を図ることを目的とする
措置である。委託注文の優先受付は,取引所で受け付けた順番で取引が
成立することから,委託注文が必ず先に受け付けられるようにして市場離
脱を求める一般委託者の約定の機会を増加させることを目的とする措置で
あった。
(ク) 同月18日,当月限(2月限)価格は上昇を続け,その他の限月も終日ス
トップ高が続き,現物価格及びNYMEX価格も上昇していたので,同月21
日から,制限値幅を50円に縮小すること,ヘッジ玉を除く4月限の新規取
引を認めないことを決定し,また,ヘッジ玉も含む建玉数量の制限(会員は
基本要綱に規定する数量の2倍,委託者は3倍を限度とする。)を可及的速
やかに実施することを決定した。
制限値幅の縮小は,売建玉を有する市場参加者の値洗い損の拡大防
止及び市場の沈静化を目的とする措置であり,新規取引の制限は,新規
の買い注文を抑制して市場を沈静化させるとともに売建玉の買い決済の促
進を図ることを目的とする措置であり,建玉数量の制限は,新たな買建玉
の増加を制限すること及び制限数量を超える買建玉を持つ者に売り決済さ
せることによって市場に売り注文を呼び込むことを目的とする措置であっ
た。ただし,建玉数量の制限については,ヘッジ玉を有する者に代替ヘッジ
等の対応策を講ずる機会を与えるため,直ちには実施しなかった。
(ケ) 同月17日,Aから被告東工取に対して,約1000枚のパラジウムの売
建玉を保有しているが,価格が高騰し続けているため,値洗い損金の資金
繰りの手当ができず,違約を生じかねないとの報告があった。業務規程
は,違約者の売建玉の処理方法として,他の会員が買建玉を発注する方
法,他の会員に違約に係る売建玉を引き受けさせる方法及び他の会員に
違約に係る売建玉を割り当てる方法を規定しているが,パラジウム価格高
騰のため,これらの方法を応諾する会員が出現することは考え難く,また,
これらの方法により他の協力会員の財務内容を悪化させて,更に違約を起
こす可能性があった。
また,このような違約処理をする場合は,立会いを一時停止して市場を
閉鎖する必要があり,当該違約者は他の商品取引所においても違約者とし
て扱われるので,他の商品取引所においても立会いの一時停止という事態
が発生する。さらに,被告東工取が調査したところ,このままストップ高が続
けば,近日中にさらに3社で違約が発生する危険性があった。
したがって,被告東工取は,市場全体の混乱拡大を抑えるためには,通
常の違約処理方法では対応することはできないと判断し,Aが違約者とな
ることを回避するために,臨機の処置として特別売買を行うことを決定し,
買建玉を有していた会員7社に対して協力を打診した。
その結果,B,C,D,E及びFの5会員の協力を得られたので,同月18
日,この5社との間でAの953枚の売建玉が2243円で決済された(本件
特別売買)。
なお,被告東工取は,その後,Aを取引停止処分とした。
(コ) 同月21日,市場離脱の機会を広げるため,特別売買の特例措置(前記
(キ))を前場の立会終了時にも適用することを決定した。
なお,同日,板付き直後に15分程度の間ストップ高が外れ,その間,約
1万枚の取引が成立したが,その後またストップ高となった。
(サ) 同月22日,ストップ高が続く中,現物価格も上昇し続けていたことから,
翌23日以降,制限値幅を20円に縮小すること及び全限月についてヘッジ
取引を除く新規取引を制限することを決定した。
(シ) 被告東工取は,本件高騰等に関し,同年2月中に約180件という多数の
苦情を受けた。その内容は,売建玉を有している委託者から,追証拠金を
支払うことができないから売建玉を仕切ることができるようにして欲しい,被
告東工取が対応策を採ってパラジウム価格の高騰を止めてほしい,という
ものが中心であった。また,一時的にストップ高が外れた同月21日以降
も,その苦情内容に変化はなく,売委託者が窮状を訴える内容の苦情が相
次いでいた。
(3) 商社の取引状況
B,D及びEは,被告東工取でパラジウムの取引をしていた商社であり,平成
12年1月初めから同年2月23日までの間におけるこれら3社の買い取引合計
は,多いときでも全体の11.5パーセント(同月2日),11.1パーセント(同年1
月19日),10.6パーセント(同月14日及び同年2月8日)であり,総じて10パ
ーセント未満であった。
Bは,この期間中,売り買い両方の取引をしたが,同月7日までは売り買いの
各枚数に大きな差はなく,同月8日に買い2896枚(売りは0),同月10日に買
い2477枚(売り2007枚)の取引をした後,買いの枚数は減少し,売りを増やし
ていった。
(4) 本件値段凍結措置(同月23日)
ア 同月14日から連日ストップ高が続き,前日22日の価格は2343円であっ
た。他方,制限値段のない当月限は2890円,NYMEX価格は2912円,現
物価格は2966円であり,両者間に500円を超える開きがあった。また,注文
数は,前日22日が買い7万2349枚に対し売り942枚,23日が買い5万89
14枚に対し売り1200枚であった。
イ 被告東工取は,これまで市場沈静化,売建玉を有する委託者の損失拡大防
止等を目的とする各種措置を講じてきたが,価格はなお上昇を続ける傾向に
あると判断し,臨時の市場管理委員会及び理事会を開催して,同月24日から
当分の間,制限値幅を0円とする本件値段凍結措置を決定するとともに,ヘッ
ジ玉に係る建玉制限緩和措置の適用を停止して制限を越える建玉の速やか
な処分を求めることを決定した。
ウ これは,値洗い損が拡大し続けている売建玉を有する委託者(損失額は総
額360億円を超えると試算された。)の損失拡大を防止するため,価格のこ
れ以上の上昇を抑えることを目的としたものであった。そして,委託者が買い
決済をして市場から離脱することを可能にするため,ヘッジ玉に係る建玉制限
緩和措置の適用を停止することにより,買建玉の市場放出を促すことにしたも
のである。
エ なお,一定の価格での決済を強制する手段として,業務規程21条8項は,
いわゆる強制解け合い(理事会の定めた価格により直ちに決済させること)を
定めている。被告東工取は,この手段では,委託者は直ちに多額の決済資金
が必要となり,また,ヘッジ玉を有する者が代替策を講ずる時間的余裕もない
ことを考慮して,一定の価格での決済という面では同一の効果を有するが,資
金等の手当てができた者から順次決済するとの面で委託者等に対する負担
や混乱が少ない方法として,制限値幅を0円とする措置を選択した。
オ 本件値段凍結措置が採られた同月23日以降,被告東工取に対する苦情
は,それまでの窮状を訴える内容から,本件値段凍結措置を解除して立会い
を再開してほしいとの内容のものや,逆に本件値段凍結措置によって助かっ
たという感謝を伝える内容のものに変化した。
カ 本件値段凍結措置の前後にかけて,マスコミや業界紙等においては,海外
ファンドや商社の大量の投機買いが本件高騰の原因である,被告東工取の
ヘッジ玉審査に問題があり,ヘッジ玉との名の下に大量の投機が行われた,
建玉制限をすべきであったのに行われなかったなどという内容の被告東工取
に批判的な報道が少なくなかったが,売建玉を有する一般投資家の救済を優
先させた措置であり,一般投資家の手仕舞いが進んだが,買建玉を有する者
には不満がある旨の論調も見受けられた。
また,同月中旬ころ,被告東工取の会員の間で,某商社筋の話として,本
件高騰はファンドが商社の協力を得た上で価格をつり上げたことによって生じ
たもので,被告東工取はこれを規制はしないであろうが,2900円ないし295
0円という価格で市場を閉鎖すると予想される旨記載された,出所不明の文
書が流通した。
(5) 本件永続化措置(同年3月15日)
ア 本件値段凍結措置を講じた同年2月24日,当月限の価格は前日の2890
円から2600円に下落した。また,現物価格は2966円から2790円,NYME
X価格は2912円から2576円にそれぞれ下落した。その後,これらの価格は
下落を続け,同年3月7日には,現物価格が2328円,NYMEX価格が2271
円となった。しかし,翌8日には,現物価格が2488円,NYMEX価格が243
0円と反転し,同月15日には,現物価格が2409円,NYMEX価格が2399
円となった。
イ 本件値段凍結措置を講じた同年2月24日の時点における全建玉数は約8
万3000枚であったが,同年3月15日までの間にそのうち約4万3000枚が
市場離脱をしたにすぎず,同日の時点で,市場から離脱していない建玉が約
4万枚残っていた。この間の注文枚数は,同月1日以降,売り注文は連日1万
枚を超えていたが,買い注文は最高で同月13日の1020枚と激減した。
ウ 被告東工取は,同月15日,理事会を開催し,制限値幅を0円とする措置を
各限月の納会日まで継続する旨決定した(本件永続化措置)。
これは,本件値段凍結措置の解除による次のような問題点を考慮したもの
であった。
価格の今後の推移を正確に予測することはできないが,同日の時点では
やや上昇傾向にあり,今後さらに上昇が続けば,売建玉を有する委託者の損
失がさらに拡大し,本件値段凍結措置の目的を達成することができない。他
方,価格が下落すれば,本件値段凍結措置により利益拡大の機会を失い利
益が固定化していた買建玉を有する者にいったん固定化した利益の減少とい
う不利益を与える。したがって,いずれの場合でも,売方と買方のいずれか一
方に不利益を与えることになり,公平を保てない。
また,本件値段凍結措置と同時に,既存のヘッジ玉についても建玉数量制
限を課し,制限を越えるヘッジ玉の決済を強制したため,ヘッジ玉を有する者
は,代替ヘッジ策を講ずる等して,被告東工取におけるヘッジ玉のヘッジ機能
は失われ,通常の建玉となっていた。したがって,本件値段凍結措置を解除
すると,当初ヘッジ玉としてリスクが比較的小さかったものが価格変動による
リスクをそのまま受けることになる。
(6) その後の価格の推移
被告東工取におけるパラジウム価格は,平成12年4月3日に1900円を付
け,その後1800円台から1900円台で推移したが,同年6月9日に2006円と
なり,同月20日には2268円,同年8月3日には2801円と上昇し,同年9月29
日にいったん安値2234円を付けた後,再度高騰を続けて,平成13年1月29
日には高値3710円の最高値を付けた。その後は急激に下落し,同年10月に1
200円台を記録した。
2 本件各措置の違法性の有無(争点(1))について
(1) 本件各措置の根拠規定の有無について
ア 本件値段凍結措置について
業務規程34条は,取引の値段を一定の制限値段の範囲内に限定し,この
制限値段を直前営業日における最終約定値段にその100分の20の範囲内
において理事会で定める金額を加減した値段とすると定めている。これは,理
事会が直前営業日における最終約定値段の最大100分の20の範囲内で制
限値幅を定めることを認めたものであり,その下限は定められていない。この
ことと,制限値段が定められている趣旨が取引値段の急激な変動を抑えるこ
とにあることを考えると,業務規程34条は制限値幅を0円とすることを否定し
てはいないものと解されるから,理事会は,同条に基づき,制限値幅を0円と
することもできる。
イ 本件永続化措置について
(ア) 業務規程87条は,23条に規定する電子計算機等を利用したシステム
売買による取引の締結に支障が生じた場合についての規定であり,いわゆ
る2000年問題に適切に対処するため,平成11年末に新設された規定で
あるから(甲7,乙2),システム売買に関係のない本件永続化措置の根拠
規定となるものではない。
(イ) しかし,業務規程34条は,決済月における当月限の取引につき制限値
段の制約を課さないことを定めているほかは,理事会がいったん定めた制
限値幅をいつまで継続するかについては特段の定めを設けていない。他
方,業務規程21条8項は,やむを得ない事由により取引の決済を行うこと
ができないと認められる場合には,理事会が値段等の条件を定めて売建
玉と買建玉とを決済させることができる旨定めている(強制解け合い)。本
件永続化措置のように決済月にも特定の値段以外の値段での取引を認め
ず,特定の値段での決済を強制することは,業務規程が定める強制解け合
いと同一の効果をもたらすものである。
そして,定款174条は,業務規定の解釈に疑義があるとき又は明文のな
い事項について臨機の処置を必要とするときは,理事会の議決に従うもの
とすると定めている。
これらのことと,定款が業務規程より上位の規範であることも考えると,
やむを得ない事項により取引の決済を行うことができないと認められる場
合には,理事会は,定款174条に基づき,臨機の処置として,制限値幅を
0円とすることを納会日まで継続し,当月限についても取引値段を制限する
ことも許されていると解するのが相当である。
ウ したがって,本件各措置は,いずれも業務規程又は定款に根拠を有するも
のである。
そして,これらの規定に基づく制限値幅の決定,その継続期間及び当月限
についても臨機の処置として取引値段を制限するかどうかは,いずれも,事柄
の性質上,その当時の価格の動向,建玉や注文の状況,各委託者や会員の
状況,市場全体に与える影響等の諸般の事情を総合考慮した上での,商品
市場の健全な運営につき責任と権限を有する被告東工取の合理的な裁量に
委ねられているものと解される。
したがって,本件各措置は,被告東工取がその裁量権を逸脱し,又は裁量
権の濫用があったと認められる場合に限り,違法となる。
(2) 本件値段凍結措置について
ア 上記1の認定事実によれば,本件値段凍結措置に至る経過は,次のとおり
であった。
パラジウムの価格は,平成12年2月に急激に高騰し,同月7日から9日に
かけて3日間連続ストップ高となり,同月14日から23日にかけて再度8日間
連続ストップ高となった。このような価格の高騰により,売建玉を有する者の
値洗い損が日々拡大し続けており,その一部の者から被告東工取に苦情や
善処を求める声が寄せられていた。このような中で,被告東工取は,売建玉を
有する委託者が早期に買い決済をして損失の拡大を回避すること等を目的と
して,これらの目的に資することが期待できる制限値幅の拡大,臨時増証拠
金の徴収,発注枚数の制限,委託注文の優先受付,制限値幅の縮小,建玉
数量の制限等様々な措置を講じた。しかし,これらの措置にもかかわらず,市
場は一向に沈静化せず,同月23日の時点で,現物価格や制限値段のないN
YMEX価格は500円以上高い値を付けていた。また,買い注文数が売り注
文数を大幅に上回っていた。そこで,被告東工取は,同日,売建玉を有する委
託者の損失拡大を回避するため,理事会において,当分の間制限値幅を0円
とする本件値段凍結措置を決定した。
イ 以上からすると,本件値段凍結措置は,売建玉を有する委託者の損失拡大回
避という合理的な目的によるものであったと認められる。同月21日には短時
間ストップ高が外れたので,その間買い決済の注文を出した者については全
員取引が成約したと認められるが,その後も売建玉を有する委託者から被告
東工取に苦情が続いたこと,同月23日の時点でもなお多数の買い注文があ
り,これらの取引が成約していなかったこと,現物価格等が500円以上高い
値段を付けていたことからみて,被告東工取が,同日の時点で,なお売建玉
を有する委託者が多数存在しており,今後も価格上昇が続いて,このような委
託者の損失が拡大するおそれが高いと判断したことが合理性を欠くものであ
ったとは認められない。
ウ また,本件のような異例の緊急事態に対していかなる措置を講ずるかは,被
告東工取の合理的な選択に委ねられている。被告東工取は,本件値段凍結
措置を講ずる前に,当時の状況下において考えられる他の各種措置を講じた
ところであり,これらの措置がいずれも効果を生じなかったので,本件値段凍
結措置を選択したものであって,これがその裁量権を逸脱したものであったと
は認められない。
なお,ヘッジ玉を含む建玉制限は,既存のヘッジ玉等を一定範囲で決済す
ることを強制するものであるが,これが本件において売建玉を有していた委託
者全員の損失拡大回避に効果があったことの証拠はなく,また,商品取引所
はリスクヘッジが重要な機能の一つであるから,委託者,当業者双方の取引
目的を考慮しなければならない被告東工取が建玉制限を早期に実施しなかっ
たことがその裁量権を逸脱し又は濫用したものとは認められない(ヘッジ玉審
査については,後記(4))。
エ したがって,本件値段凍結措置に被告東工取の裁量権の逸脱又は濫用の
違法があったとは認められない。
なお,上記1の認定事実によれば,Aに対する本件特別売買は,Aの救済
のための措置ではなく,市場全体の混乱拡大防止のためのやむを得ない措
置であったと認められるから,本件値段凍結措置の違法性を基礎付けるもの
ではない。
(3) 本件永続化措置について
ア 上記1の認定事実によれば,本件永続化措置に至る経過は次のとおりであ
った。
被告東工取は,価格の異例な高騰を受けて,売建玉を有する委託者の損
失拡大回避のため買い決済を促すことを目的として,本件値段凍結措置を講
じたが,その後平成12年3月15日になっても,なお,約4万枚の建玉が残っ
ていた。そして,現物価格及びNYMEX価格は,本件値段凍結措置後いった
ん下落傾向をみせたが,同日の時点では再度上向き傾向を示していた。被告
東工取は,本件値段凍結措置を解除した場合,価格が再度高騰すれば,売
建玉を有する委託者の損失がいっそう拡大し,本件値段凍結措置の所期の
目的を達成することができず,他方,価格が下落すれば,本件値段凍結措置
により利益拡大の機会喪失との不利益を受けた買建玉を有する者にさらに不
利益を与えることになり,また,本件値段凍結措置と同時にヘッジ玉の一部に
つきヘッジ機能を喪失させる措置を講じたが,これが本来は予定されていな
かった価格変動のリスクを受けるとの不利益を受けることになると判断して,
本件永続化措置を講ずることにした。
イ 以上からすると,本件永続化措置は,売建玉を有する者,買建玉を有する者
及びヘッジ玉を有する者という価格の動向により利害の相反する各市場参加
者の状況を総合考慮した結果によるものであったと認められる。すなわち,被
告東工取は,本件値段凍結措置を解除すれば,その後価格が上昇しても下
落しても,これらの各市場参加者の一部に利益をもたらし他方に損失を与え
ることになるので,そのような対応をすることはできないと判断したものであ
る。
このような被告東工取の判断は,各市場参加者から中立の立場にある市
場管理者として,その裁量権を逸脱したり濫用したものであったとは認められ
ない。
なお,価格動向を正確に予測することは不可能であり,当時のそれまでの
価格動向からみて,被告東工取が再度価格が上昇する可能性もあると判断
したことに合理性がないとは認められない。そして,本件値段凍結措置後,買
い注文は激減したが,本件永続化措置当時,なお相当数の売建玉が未決済
のまま存在しており,その中には原告らのように本件値段凍結措置が解除さ
れ,その後価格が下落すると予測し期待して,買い決済をする意思を有して
いなかった者もいたが,本件の事実経過と未決済玉が相当数に上っていたこ
とから考えて,損失額が多額であったため,決済資金の準備ができなかった
者も少なくなかったと推認することができるから,被告東工取がこのような者
の損失拡大回避を考慮したことに合理性がなかったとは認められない。
被告東工取が,利害の相反する各市場参加者のうち,売建玉を有している
が,早期市場離脱を希望せず,本件値段凍結措置の解除とその後の価格下
落を予測・期待していた委託者の利益を他の市場参加者より優先させるとの
判断をしなかったことに裁量権の行使を誤った違法があると認めることができ
ないことは,上記のとおりである。
(4) ヘッジ玉審査等について
上記1の認定事実によれば,被告東工取は,ヘッジ玉については,契約書等
の書面の提出を求めて裏付けとなる現物取引の存在を確認しており,平成11
年にはヘッジ玉を有していた商社の立入監査を実施したが,問題はなかったの
であるから,被告東工取のヘッジ玉審査に問題があったとは認められない。
また,平成12年1月から同年2月にかけてのB等の商社3社の買い取引量
は,総じて全体の10パーセント未満であり,最大でも11.5パーセントであった
こと,Bは,同月8日に2896枚の買い建てを行い,その翌日(現地時間では同
月8日)にNYMEX価格が前日より約150円上昇と大幅に値上がりしたが,同日
以前においてもNYMEX価格を含めたパラジウム価格は全体として上昇傾向に
あったものであり,その買建数も同日の総買建数の約9パーセントに過ぎなかっ
たこと(乙12の2),Bは,同月10日の後は買い枚数を減らし売り枚数を増加さ
せたが,その後も,価格は,高騰を続け,同月14日から8日間連続ストップ高を
付けたこと,本件値段凍結措置後に現物価格を含めて価格が下落したことも本
件値段凍結措置という異例の措置の影響によるものであるとの可能性を否定す
ることはできないことから考えて,同月におけるパラジウム価格の本件高騰が商
社の過当な投機によるものであったとは認め難い。
前記1(4)カ認定のマスコミの報道等により,本件高騰が上記商社やその他の
者による過当投機によって発生したとの事実を認めるに足りず,他にこの事実を
認めるに足りる客観的な証拠はない。
(5) 以上のとおりであるから,本件各措置は,市場参加者全員に特定の値段での
決済を強制するという異例なものであるが,パラジウム価格の本件高騰という異
例の事態に対し,被告東工取が市場管理者として各市場参加者の利害を総合
考慮した上で緊急やむを得ない措置として選択したものであって,これが同被告
に与えられている裁量権を逸脱し又は濫用した違法なものであったとは認めら
れない。
3 結論
以上によれば,本件各措置が違法であるとは認められないので,原告らの請求
は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がないから,これをいずれも棄却
することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第10部
裁判長裁判官   菊池洋一
裁判官棚橋哲夫
裁判官   佐藤裕子
別紙1
当 事 者 目 録

別紙2
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