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○ 主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた判決
一 原告ら
1 別紙当事者目録中の各事件原告目録(一)記載の原告らが理容師法一一条の三
第一項所定の管理理容師を、同(二)記載の原告らが美容師法一二条の二第一項所
定の管理美容師を、それぞれ置く義務がないことを確認する。
2 被告厚生大臣が昭和四四年二月一五日定めた管理理容師資格認定講習会指定基
準及び管理美容師資格認定講習会指定基準はいずれも無効であることを確認する。
3 被告都道府県各知事は理容師法一一条の三第二項又は美容師法一二条の二第二
項に基づく各講習会の指定を行つてはならない。
4 被告都道府県各知事は原告らが前記管理理容師又は管理美容師を置かないこと
を理由に理容所又は美容所の閉鎖を命じてはならない。
5 昭和四三年九月一〇日以前から二人以上の理容師又は美容師による営業をして
いる原告らが都道府県知事に対して理容師法一一条二項又は美容師法一一条二項に
基づく変更届をする義務がないことを確認する。
6 被告財団法人日本理容美容協会は理容師法一一条の三第二項又は美容師法一二
条の二第二項所定の各講習会を実施してはならない。
7 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
(本案前)
主文と同旨
(本案)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 請求原因
一 別紙当事者目録中の各事件原告目録(一)記載の原告らは理容師であり、同
(二)記載の原告らは美容師である。
二 昭和四三年法律第九六号「理容師法及び美容師法の一部を改正する法律」(以
下、「本件改正法」という。)により理容師法及び美容師法の一部が改正され、理
容師又は美容師である従業者の数が常時二人以上である理容所又は美容所の開設者
は、理容師又は美容師の免許を受けたのち三年以上理容又は美容の業務に従事し、
かつ、厚生大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会の課程を修了し
た者を管理者(以下、「管理理美容師」という。)として当該理容所又は美容所ご
とに置かなければならないこととされ(理容師法一一条の三、美容師法一二条の
二。ただし、昭和四六年法律第一二八号により改正された本件改正法附則二項によ
り、昭和四七年一二月三一日までは、右各規定の定める資格を有しない理容師又は
美容師も管理理美容師たりうる旨の経過措置が定められている。)、これに反した
ときは、都道府県知事は当該理容所又は美容所の閉鎖を命ずることができ(理容師
法一四条一項、美容師法一五条一項)、更に、右閉鎖命令に違反した者に対しては
刑罰を科するものとされた(理容師法一五条三号、美容師法一九条三号)。
そして、被告厚生大臣(以下、「被告大臣」という。)は、理容師法一一条の三第
二項及び美容師法一二条の二第二項の規定に基づき昭和四四年二月一五日講習科
目、講習時間等を内容とする請求の趣旨2記載の各講習会指定基準(以下、「指定
基準」という。)を定め、また、昭和四三年末には被告財団法人日本理容美容協会
(以下、「被告協会」という。)が設立され、被告都道府県各知事(以下、「被告
各知事」という。)は、厚生省の指導に従い同協会を前記講習会の実施機関として
指定し、同協会による講習会が実施されている。
三 しかしながら、理容所又は美容所の開設者に管理理美容師を置くべきことを義
務づけた理容師法一一条の三及び美容師法一二条の二の規定は、次に述べるとおり
憲法に違反し無効である。
1 憲法二二条違反
本件法改正によつて創設された前記管理理美容師制度は、専ら理美容業界の再編成
を図る目的のもとに理容所及び美容所の新規開設あるいはその規模の拡大を抑制
し、自由な競業を制限しようとするものであつて、なんらの必要性も合理性もな
く、理容師又は美容師の自由な形態、規模による営業活動を不当に制限するもので
ある。したがつて、かかる制度を定めた理容師法及び美容師法の前記各規定は、憲
法二二条の保障する営業の自由を侵害するもので無効である。
2 憲法一三条、二九条違反
原告らが理容師又は美容師として従前より有している営業に関する地位、権能は、
憲法一三条により国政上最大に尊重すべきものであり、また、憲法二九条の保障す
る財産権にあたるというべきところ、前記管理理美容師制度は、原告らが今後営業
を継続するうえにおいて、管理理美容師を雇傭するか、自らその資格を取得するか
を問わず、原告らに対し全く合理性、必要性のない経済的出捐等を余儀なくさせ、
これに従わないときは営業所の閉鎖や刑罰の制裁を科することによつて、原告らの
右地位、権能を不当に侵害するものである。したがつて、かかる制度を定めた理容
師法及び美容師法の前記各規定は、憲法一三条、二九条に違反し無効である。
3 憲法前文、三一条、九九条違反
前記管理理美容師制度は、一部有力業者の保護を企図し、かつ、原告らの理容師又
は美容師としての営業に関する既得権を不正に奪うものであつて、かかる制度の立
法は立法権の濫用にほかならない。したがつて、理容師法及び美容師法の前記各規
定は、国政が国民の厳粛な信託によるものとする憲法前文の趣旨に反するととも
に、適正手続を保障した憲法三一条、憲法遵守義務を定めた同法九九条に違反し、
無効である。
四 以上のとおり、管理理美容師を置くべきことを定めた理容師法一一条の三及び
美容師法一二条の二の規定は無効なものであるから、原告らに右各規定に基づく管
理理美容師の設置義務がないことは明らかであり、また、被告大臣が定めた指定基
準も無効である。そして、被告各知事は、右各規定に基づく講習会の指定をすべき
でないことはもとより、原告らが管理理美容師を置かないことを理由として原告ら
に対し理容師法一四条又は美容師法一五条に基づく理容所又は美容所の閉鎖を命ず
ることも許されないし、被告協会が右講習会を実施してはならないことも当然であ
る。
また、理容師法一一条二項及び美容師法一一条二項によれば、理容所又は美容所の
開設者は、法定の届出事項に変更を生じたときは、都道府県知事に届出をしなけれ
ばならないとされているが、前記のとおり、管理理美容師の設置を義務づけた前記
各規定は違憲無効なのであるから、本件改正法施行日(昭和四三年九月一〇日)以
前から既に二人以上の理容師又は美容師による営業をしている原告らとしては、管
理理美容師の氏名等につき理容師法一一条二項又は美容師法一一条二項に基づく変
更届をする義務を負わないことは、明らかである。
よつて、原告らは、被告国との間で請求の趣旨1記載の判決を、被告大臣との間で
同2記載の判決を、原告らの肩書地に対応する被告各知事との間で同3ないし5記
載の判決を、被告協会との間で同6記載の判決を、それぞれ求める。
第三 被告らの本案前の主張
一 原告らは単に理容師又は美容師であると主張するのみで、管理理美容師を置く
べき義務者として法定されている者に該当するかどうか不明であり、また、原告ら
が理容師又は美容師の免許を受けて三年以上理美容業務に従事しているかどうか及
び被告大臣の定める指定基準に従い被告各知事が指定した講習会の課程の修了を義
務づけられた者に該当するかどうかも不明である。更に、原告らが昭和四三年九月
一〇日以前から二人以上の理容師又は美容師による営業をしていたかどうかも不明
である。したがつて、原告らは本件訴えのすべてについて原告適格を欠くものであ
るから、本件訴えはいずれも不適法である。
二 請求の趣旨1の訴えについて
右訴えは、帰するところ、抽象的な法令の解釈ないし効力を争う訴訟であつて、具
体的・現実的な権利義務にかかる紛争の存在を前提としないものであるから、争訟
性に欠けるというべきである。すなわち、理容師法一一条の三第一項及び美容師法
一二条の二第一項は所定の者に対し管理理美容師を置く義務を定めただけであつ
て、原告らは、これにより直ちに管理理美容師を置かない限り理容所又は美容所の
営業を継続しえなくなるわけではなく、その義務違反を理由とする都道府県知事の
閉鎖命令を受けて初めて当該理容所又は美容所における営業を継続することができ
なくなるものであるから、右各規定は単に右閉鎖命令の根拠となる実体規定にすぎ
ず、それのみで直接原告らの具体的な権利義務に変動を生ぜしめるものではない。
このように、単に法令によつて義務が課されただけの段階においては、原告らと被
告国との間で具体的権利義務について紛争を生じたものということはできない。し
たがつて、右訴えは不適法である。
三 同2の訴えについて
理容師法一一条の三第二項及び美容師法一二条の二第二項に基づく指定基準は、都
道府県知事が講習会の指定をする際の一般的基準を定めるものであり、原告らの具
体的な権利、利益に変動を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象たる行政処分
ということはできず、その無効確認を求める右訴えは不適法である。
四 同3の訴えについて
都道府県知事の行う講習会の指定が抗告訴訟の対象たる行政処分であるか否かにつ
いて疑問があるのみならず、一般的に講習会の指定をしてはならないという請求
は、法律の規定により右知事が行うことになつている講習会の指定を法律の規定ど
おりに行つてはならないことを求めることに帰着し、訴訟の対象となりうる争訟性
を欠いている。また、右訴えは、行政権の行使に対する事前審査を求めるもので、
行政権の第一次的判断権を侵害し許されない。更に、被告各知事が講習会の指定を
しても、そのことによつて原告らに講習を受ける義務が課されるわけでなく、受講
するか否かは自由なのであるから、右指定は原告らの権利義務になんら影響を及ぼ
すものでなく、原告らには、その差止めを求める法律上の利益がない。したがつ
て、右いずれの点からみても、右訴えは不適法である。
五 同4の訴えについて
右訴えは、具体的・現実的な紛争の存在を前提としないもので争訟性を欠いている
のみならず、前記3の訴えと同様に行政権の第一次的判断権を侵害するものである
から、不適法である。
六 同5の訴えについて
右訴えは、前記二で述べたと同様に、帰するところ、抽象的な法令の解釈を争う訴
訟であつて具体的・現実的な権利義務にかかる紛争の存在を前提としないから、争
訟性を欠き不適法である。
七 同6の訴えについて
被告協会が行う講習会は、関係都道府県知事の指定があつたときに実施するもので
あるが、右実施行為は、単なる事実行為にすぎず、これに参加し受講するかどうか
は全く自由なのであつて、これによつて原告らの権利義務になんら影響を及ぼすも
のではないから、抗告訴訟の対象たる行政処分にあたらない。したがつて、その差
止めを求める右訴えは不適法である。
八 以上のとおりであつて、本件訴えはいずれも不適法なものであるから、却下さ
れるべきである。
第四 請求原因に対する被告らの認否及び反論
(認否)
一 被告国、同大臣、同各知事(同東京都知事、滋賀県知事を除く)
1 請求原因一及び二の事実は認める。
2 同三及び四は争う。
二 被告東京都知事
1 請求原因一の事実は認める。
2 同二のうち、被告東京都知事が厚生省の指導に従い被告協会を指定して講習会
を実施しようとしていることは否認、被告協会が設立されたことは不知、その余の
事実は認める。
3 同三及び四は争う。
三 被告滋賀県知事
1 請求原因一のうち、昭和四六年(行ウ)第一七一号事件原告目録記載の原告
A、同B、同C、同D、同E、同F、同G、同Hについては否認、その余の原告ら
については認める。
2 同二の事実は認める。
3 同三及び四は争う。
四 被告協会
1 請求原因一の事実は不知。
2 同二の事実は認める。
3 同三及び四は争う。
(反論)
管理理美容師制度は、理容、美容業務の技術的管理運営の適正化及び理容、美容施
設の衛生的管理の向上並びに理容所、美容所利用者の衛生保持のために設けられた
もので、合理的理由に基づくものである。すなわち、理容所及び美容所の人的、物
的大型化に伴い、従業員に対する指揮命令系統の確立、店舗の清潔保持等当該理容
所及び美容所を公衆衛生上支障のないよう人的、物的に管理する必要があり、その
ために本件改正法は、高度の衛生知識と相当な業務経験を有する管理者を置くべき
こととしたものである。したがつて、一定の理容所及び美容所の開設者に対し管理
理美容師を置くべき義務を定めた理容師法及び美容師法の各規定は、公衆衛生環境
の確保の必要に基づく合理的な定めであつて、原告らが主張するように憲法の規定
に違反するものではない。
第五 被告らの本案前の主張に対する原告らの反論
一 被告らの本案前の主張一について
被告らは、原告らが管理理美容師を置くべき法定の義務者に該当するかどうか不明
であるから、原告適格を欠く旨主張する。しかし、原告らのうち、従業者一人をも
つて理容所又は美容所を開設している者も、あるいは単なる従業員であるにすぎな
い者も、本件法改正前は二人以上の従業者を有する理容所又は美容所を開設するに
ついて管理理美容師なるものを置く義務を負うことなくこれを行うことができる地
位、利益を有していたものであるところ、本件法改正によつて右地位、利益が侵害
されるに至つたのである。そして、理容師又は美容師が独立して理容所又は美容所
を開設し、あるいは開設者が従業者数を二人以上に増加させる可能性は常に存して
いるのであるから、原告らが、現に二人以上の従業者を有する理容所又は美容所の
開設者であろうとなかろうと、本件訴えのすべてについて原告適格を有しているこ
とは明らかである。
二 同二について
請求の趣旨1の訴えは、実質的には、原告らが管理理美容師を置かなくても昭和四
八年一月一日(昭和四六年法律第一二八号により改正された本件改正法附則二項に
よる管理理美容師の資格に関する経過措置の期限の経過した日)以降も閉鎖命令を
受けることなどなしに理容所又は美容所を開設できる権利があることの確認を求め
るものであつて、抽象的な法令の違憲性や一般的な義務の不存在の確認を求めてい
るのではなく、原告らの具体的な公法上の権利関係に関する訴えである。
そして、原告らが今後理容所又は美容所の開設あるいは営業の継続をすることがで
きるかどうかは原告らの死活問題であり、現実に管理理美容師を置かないことを理
由に理容所又は美容所開設届の不受理処分あるいは理容所又は美容所の閉鎖処分の
されることが予想される以上、かかる処分等により現実の権利侵害が生じる以前
に、これを予防するため原告らの右権利関係の存否について裁判所による救済を求
めることは当然許されるというべきである。
三 同三について
被告大臣の指定基準は、講習会における講習科目、講習時間、、カリキユラム等を
定めたもので、これによつて管理理美容師の資格認定のための講習会の内容が一義
的に確定され、原告らは、右指定基準にかかる課程を修了しない限り、管理理美容
師の資格を取得しえないのである。このように、指定基準は、他の処分を待つまで
もなくそれ自体によつて直接原告ら個々の理容師又は美容師としての権利義務に影
響を及ぼすものであるから、抗告訴訟の対象たる行政処分にあたるというべきであ
る。
四 同四及び五について
行政庁に対し作為、不作為を求める訴訟も常に許されないわけではなく、具体的な
処分がされる前の段階においても公法上の権利関係の存否について裁判によつて確
定するに適する法律的紛争が存在し、かつ、その紛争が裁判によつて解決するに足
りる程度に成熟性を有する場合には許されると解すべきである。本件においては、
既に全国各地で管理理美容師資格認定のための講習会が実施されつつあり、原告ら
は、現に閉鎖命令を受ける危険等その営業上の地位を脅かされているのであつて、
これを根本的に解決するためには被告各知事による講習会の指定及び閉鎖命令の差
止めを求める必要があり、右行政処分の許否をめぐる紛争は司法的救済を求めるに
足りる程度に十分成熟性を有しているというべきであるから、請求の趣旨3及び4
の訴えはいずれも適法である。
五 同六について
理容所又は美容所の開設者が理容師法一一条二項又は美容師法一一条二項に基づく
届出をしないときは、刑罰を科することとされている(理容師法一五条一号、美容
師法一九条一号)。したがつて、本件改正法施行日(昭和四三年九月一〇日)以前
から二人以上の理容師又は美容師による営業をしている原告らが右各規定に基づき
管理理美容師の氏名等の届出をしないときは、刑罰を科されるおそれがあるのであ
つて、かかる危険を予防するために、右届出をする義務のないことの確認を求める
実益と必要があるから、請求の趣旨5の訴えは適法である。
六 同七について
被告協会は、国又は厚生大臣から委任を受けて管理理美容師資格認定のための講習
会を実施するものであるから、右実施行為に関しては行政庁と同様の地位にあると
いうことができる。そして、管理理美容師の資格は、理容師又は美容師の免許取得
後三年以上業務に従事した者が右講習会の課程を修了すると当然に与えられるもの
であるから、右講習会の実施行為は、管理理美容師の資格付与行為そのものであつ
て、抗告訴訟の対象たる行政処分にあたるというべきである。
第六 証拠関係(省略)
○ 理由
本件各訴えの適否について判断する。
一 請求の趣旨1及び4の訴えについて
1 本件請求の趣旨1は、理容師法一一条の三及び美容師法一二条の二の規定が原
告らに対し管理理美容師を置くべきことを義務づけているのはいずれも憲法に違反
するものであるから、原告らにおいて右管理理美容師を置く義務を負わないことの
確認を求める、というのである。
ところで、右各規定は、所定の理容所又は美容所の開設者に対し一般的に管理理美
容師の設置義務を課したものであるが、右義務は、性質上その履行自体を直接強制
しうるものではないし、また、その違反によつて当然に原告らが営業を継続しえな
くなるなど原告らの具体的な権利関係に直接変動が生じるものではなく、ただ、そ
の義務を履行しないことが、将来行政庁から閉鎖命令あるいは新規開設届の不受理
という不利益処分を受ける原因となるにすぎないものである。したがつて、右義務
の存否を確認することは、その義務違反が将来の不利益処分の原因となるかどうか
を確定することにその意味があるものというべく、原告らの右1の訴えの実質も、
原告らの右義務の不履行に対して将来都道府県知事による閉鎖命令等がなされるこ
とを防止するために、右命令等の前提となる義務の不存在を予め確定しておくこと
にあると解するのが相当である。
そして、本件請求の趣旨4の訴えは、右に述べた1の訴えの趣旨を更に具体化し
て、被告各知事に対し右義務違反を理由として閉鎖命令を発してはならないことを
求めるものであるから、両者はその実質において異なるところがないものというこ
とができる。
2 ところで、法令により義務を課された者が、右義務の不履行により将来不利益
処分を受けるおそれがあるというだけで、直ちにその予防のために右義務の存否の
確定を求め、あるいは直接当該不利益処分の差止めを求めることは、当事者間の具
体的・現実的な争訟を解決することを目的とする現行訴訟制度のもとにおいて当然
には許されるものではないと解すべきである。法令による義務は、一般的には、そ
の義務違反に対する制裁として定められた不利益処分を発動するための前提要件と
なるにすぎないもので、それ自体は具体的な法律効果を伴うものではないから、か
かる義務の存否は、具体的に不利益処分がされたのちに、その処分の適否ないし効
力に関する訴訟においてその前提問題として争えば足りるのが通常であるし、ま
た、不利益処分がされるかどうか未定の間に事前にその処分の差止めを求めること
は、未だ具体的・現実的に権利、利益が侵害されていないのに、抽象的・未必的な
紛争について司法判断を求めるに帰するものであつて、いずれも広い意味における
訴えの利益を欠くというべきだからである。
もつとも、法令により義務を課されただけで、未だ具体的な不利益処分がされてい
ない場合であつても、右不利益処分を受けてからこれを争つたのでは回復し難い重
大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする
特段の事情があるときは、右処分を予防するため当該義務の存否の確定又は処分の
差止めを求めることも許されると解する余地がある。しかし、本件についてみれ
ば、都道府県知事が閉鎖命令を発するにあたつては、予め、これを受けるべき者に
その理由を通知し、弁明等の機会を与えるべきこととされており(理容師法一四条
の二、美容師法一六条)、これによつて初めて当該の者に対する不利益処分のおそ
れが現実化するものといえるのであり、また、現実に閉鎖命令が発せられた場合で
あつても、それにより回復の困難な損害を生じるときは、行政事件訴訟法二五条所
定の効力停止を求めて損害を防止することも可能であることを考えると、閉鎖命令
の発動が具体化するまでに至つていない現段階において、原告らがいま直ちに前記
義務の存否を確定し又は閉鎖命令の差止めを求めておかなければ回復し難い重大な
損害を被るおそれがある等の特段の事情が存在するものとは、未だ認めることがで
きない。原告らは、義務違反に伴う不利益として、右閉鎖命令のほかに新規開設届
の不受理処分を受けることをも主張するが、これは、原告らが今後他に理容所又は
美容所を新規開設する一般的・抽象的可能性を有することを前提とした不利益の主
張にすぎないから、右不利益が事前の救済を相当とするものにあたらないことは、
明らかである。
3 そうすると、原告らには、将来における閉鎖命令等を防止するため、予め、理
容師法及び美容師法の前記各規定に基づく管理理美容師設置義務の不存在確認を求
め、また、右義務違反を理由とする閉鎖命令の差止めを求める法律上の利益がない
ものというべく、右各訴えは、この点において不適法というほかない。
二 請求の趣旨2、3及び6の訴えについて
理容師法一一条の三第二項及び美容師法一二条の二第二項によれば、管理理美容師
は、理容師又は美容師の免許を受けたのち三年以上理容、美容の業務に従事し、か
つ、厚生大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会の課程を修了した
者でなければならない、とされている。原告らは、右規定に基づく被告大臣の指定
基準、被告各知事の講習会の指定及び被告協会による講習会の実施をもつて抗告訴
訟の対象となる行政処分ととらえ、その無効確認あるいは差止めを求めるのである
が、右各行為は次に述べるとおりいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分にはあた
らないというべきである。したがつて、右各訴えは、この点において不適法たるを
免れない。
1 被告大臣の指定基準は、都道府県知事に対し講習会の指定をするための基準と
して講習科目、講習時間等講習会の内容を示したものにすぎず、いわば行政庁間に
おける内部的行為にとどまるものであつて、右基準自体が原告らの権利、利益に直
接具体的な影響を生ぜしめるものでないことは明らかである。
2 被告各知事の講習会の指定は、管理理美容師となるために受けるべき講習会を
具体的に指定するものであるが、右指定そのものの効果として原告らが右講習会の
受講を義務づけられることになるわけでなく、ただ、原告らが管理理美容師の資格
を得るためには、法律の規定により右指定にかかる講習会の課程を修了しなければ
ならないこととされているにすぎない。したがつて、右講習会の指定は、原告らの
権利、利益に直接具体的な影響を生ぜしめるものではないのである。
3 被告協会による講習会の実施は、管理理美容師として必要な知識等について講
習することを内容とする単なる事実行為であつて、原告らに対しその受講を強制し
うるものではなく、右実施行為自体によつて原告らの権利、利益になんら影響を与
えるものでない。原告らは、右講習会の実施は管理理美容師の資格の付与行為であ
るから行政処分にあたると主張するが、管理理美容師の資格を取得するためには、
講習会の課程を修了するだけでなく、その修了の認定のほか、三年以上の業務経験
を有することをも必要とするのであり、講習会の実施自体を資格付与行為とみうる
余地はない。したがつて、原告らの右主張は理由がない。
三 請求の趣旨5の訴えについて
右訴えは、本件改正法施行以前から既に二人以上の理容師又は美容師による営業を
している原告らが理容師法一一条二項又は美容師法一一条二項に基づき管理理美容
師の氏名等を届け出る義務を負わないことの確認を求めるものであるが、これは、
右各規定による届出義務違反に対しては刑罰が科される(理容師法一五条一号、美
容師法一九条一号)ところから、前記請求の趣旨1の訴えと同様に、右義務違反に
よる将来の不利益処分を防止するため、予めその義務の存否を確定することを目的
としたものということができる。
しかし、右各規定による届出義務は、その規定自体から明らかなように、法定の届
出事項に変更が生じたときに発生するものであるから、理容所又は美容所の開設者
において新たに管理理美容師を設置した場合には、その氏名等を届け出なければな
らないこととなるが(理容師法施行規則二〇条の二、美容師法施行規則二一条参
照)、本件改正法施行後においてもこれを設置していない場合には、その届出をす
べき必要がないことは当然である。本件において、原告らが届出の対象となる管理
理美容師を既に設置し又は近く設置するとの事実はなんら主張されていないのであ
るから、原告らとしては、未だ具体的な届出義務を負わされるべき立場にはなく、
かかる段階においては、前記二で述べたような将来の不利益処分を予防するため右
義務の存否を事前に確定しなければならない特段の事情が存すると認めることはで
きない。
したがつて、原告らには右届出義務の不存在の確認を求める法律上の利益がないも
のというべく、右訴えは、この点において不適法というほかない。
以上のとおりであつて、本件各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下する
こととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条
一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤 繁 八丹義人 佐藤久夫)
当事者目録(省略)

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〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
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シフトは週40時間以上
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