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裁判例


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         主    文
1 原判決を次のとおり変更する。
 ・ 被控訴人は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平成13年3月13日
から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
 ・ 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その1を控訴人の負担とし,その余
を被控訴人の負担とする。
3 この判決は,第1項の・に限り仮に執行することができる。
          事実及び理由
第1 当事者双方の申立て
 1 控訴人
・ 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
・ 被控訴人は,控訴人に対し,原判決で支払を命じられた金員のほかに,1589
万3325円及びこれに対する平成13年3月13日から支払済みまで年6パーセ
ントの割合による金員を支払え。
・ 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
・ ・につき仮執行宣言。
 2 被控訴人
・ 本件控訴を棄却する。
・ 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 1 本件請求
   本件は,不動産の売主である被控訴人との間で専任媒介契約を締結し,不動産売
買の仲介をした控訴人が,被控訴人に対し,控訴人の仲介により不動産売買契約
が成立したにもかかわらず被控訴人が約定の報酬を支払わないと主張して,専任
媒介契約に基づき1658万6325円及びこれに対する約定代金弁済期の翌日で
ある平成13年3月13日から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合に
よる遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(証拠掲記の
ない事実は争いがない。)
・ 控訴人と被控訴人は,平成12年11月9日,被控訴人を依頼者,宅地建物取引
業者(以下「仲介業者」という。)である控訴人を仲介人として,被控訴人の所有
する別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の売買について,以下
の内容の専任媒介契約(以下「本件媒介契約」という。)を締結した。
ア 本件媒介契約の有効期間は,平成13年2月10日までとする。
イ 約定報酬額は,本件土地売買代金の3パーセントに6万円を加えた額と消費
税5パーセントを合計した額とする。
ウ 約定報酬額の支払期日は,本件土地売買残代金精算日と同日(同年3月1
2日)とする。
・ 被控訴人と有限会社A(以下「A」という。)は,控訴人の仲介により,同年2月8
日,本件土地につき,次の内容で売買契約を締結した(以下「本件売買契約」と
いう。)。
ア 本件土地代金総額は5億2455万円とする。
イ 代金精算日は,同年3月12日とする。
・ Aは,同年2月8日,被控訴人に対し,本件売買契約の手付金として2000万円
を交付した(乙2)。
・ Aは,同年3月11日,被控訴人に対し,手付金を放棄して本件売買契約を解除
する旨の意思表示をした(解除の日付につき乙4)。
・ 本件媒介契約には,控訴人の仲介によりいったん成立した売買契約が手付金
放棄により解除された場合に控訴人が被控訴人に対して本件媒介契約に基づく
報酬請求ができるか否か,その際の金額についての特約は存在しない。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
 本件の争点は,控訴人の仲介により成立した不動産売買契約が手付金放棄によ
り解除された場合に,控訴人が報酬請求をすることができるか否か,及びその金
額如何である。
(控訴人の主張)
 控訴人の仲介により,被控訴人と第三者間に不動産売買契約が締結されれば,
被控訴人は,控訴人に対し,委任者として報酬支払義務を負う。同売買契約が履
行され,被控訴人が実質的な利益を得たか否かで,控訴人の被控訴人に対する
報酬請求権の発生について,消長を来すものではない。したがって,受任事務処
理後,控訴人の責めに帰することのできない事由によって,売買契約が不履行に
なったからといって,委任事務処理による報酬請求権が消滅することはない。
 控訴人は被控訴人に対して,被控訴人とAの不動産売買契約の締結により,次
のとおり,1658万6325円の仲介報酬請求権を取得した。
 売買代金総額5億2455万円×3%+6万円+消費税78万9825円
 なお,被控訴人は,解除条件付売買と本件との類似性を主張するが,手付放棄
による解除と解除条件付売買を同一視することはできない。
(被控訴人の主張)
・ Aは,本件売買契約締結後,残代金を支払うことができなくなり,代金精算日の
前日である平成13年3月10日,控訴人にその旨伝えた。その後,Aは,控訴人
を通じて,被控訴人に対し,売買代金額から6000万円減額するよう要求してき
た。控訴人は,被控訴人に対し,売買代金を減額したらどうかと提案したが,被
控訴人としては,6000万円の減額要求に応じる義務はないので,控訴人に対
し,減額要求に応じられないと回答した。このように,控訴人は,Aの要求に応じ
るよう被控訴人を説得しており,控訴人自身,本件売買契約が最終的な締結に
至っていないことを認識していたことは明らかである。
・ 本件媒介契約には,不動産売買契約が手付金の放棄によって解除された場合
の報酬に関する定めが全くなされていない。通常不動産売買契約において,買
主から売主に対し,手付金が交付されることは控訴人自身熟知しているところで
ある。そうすると,買主側から手付放棄による契約解除が行われる可能性につ
いても予想し得たはずであり,当然,それに備えて特約条項を入れておくべきで
あった。控訴人は,仲介業者として不動産売買に精通しており,報酬に関する特
約不存在の不利益は控訴人に帰すべきである(最高裁昭和45年2月26日判
決・判例時報587号28頁参照)。
・ また,本件媒介契約9条2項では,「目的物件の売買又は交換の契約が,代金
又は交換差金についての融資の不成立を解除条件として締結された後,融資
の不成立が確定した場合,または融資が不成立のときは甲が契約を解除できる
ものとして締結された後,融資の不成立が確定し,これを理由として甲が契約を
解除した場合は,乙は,甲に,受領した約定報酬の全額を遅滞なく返還しなけれ
ばなりません。」と規定されている。これは解除条件が成就した場合,契約は無
効となり,報酬請求権は発生しないことを規定したものである。そして,条件が将
来成就するかどうかは不確定であるから,条件成就によって不利益を受ける者
は,条件が成就した場合の不利益を考慮に入れつつ,契約締結に至るはずであ
る。
 とするならば,手付の授受に伴う不動産売買契約の媒介契約においても,将
来,買主が手付金を放棄することで契約を解除するかどうかは不確定であり,解
除条件付売買の場合と何ら差異はない。不動産の売主と専任媒介契約を締結
しようとする者は,将来,買主が手付金を放棄する可能性を十分考慮に入れて
いるはずであり,買主の手付金放棄による不利益についても,解除条件付売買
同様,受忍しなければならないはずである。
第3 当裁判所の判断
1 仲介業者である控訴人が被控訴人との間で本件媒介契約を締結して本件土地の
売買の仲介業務を行ったこと,控訴人の仲介により被控訴人とAの間に本件売買
契約が成立したが,その後,Aが被控訴人に交付してあった手付金2000万円を
放棄して本件売買契約を解除したことの各事実は,いずれも当事者間に争いがな
い。このような場合,仲介業者である控訴人が被控訴人に請求することができる報
酬額について特約がある場合にはそれによるべきこととなるが,本件媒介契約上,
そのような特約が存在しないこともまた当事者間に争いがない。
2 そこで検討するに,【要旨】仲介業者である控訴人が本件媒介契約に基づいて行
うべき事務の中心的な内容は,仲介により被控訴人と第三者との間に本件売買契
約を成立させることであること,本件においては,控訴人の仲介によって被控訴人
とAとの間に本件売買契約が成立し,その後Aが手付金を放棄して同売買契約を
解除したけれども,被控訴人はそれによって経済的利益を得ていることなどを勘案
すると,いったん有効に成立した売買契約が手付金放棄により解除されたからとい
って,控訴人が被控訴人に対して本件媒介契約に基づく報酬請求をすることがで
きないと解することは相当でない。
  しかしながら,このような場合に控訴人が約定の報酬額をそのまま被控訴人に対
して請求できると解することもできない。理由は次のとおりである。
  一般に,仲介による報酬金は,売買契約が成立し,その履行がなされ,取引の目
的が達成された場合について定められているものと解するのが相当である(最高
裁判所昭和49年11月14日第一小法廷判決・裁判集民事113号211頁参照)。
特に,債務不履行による解除や合意解除の場合と異なり手付金放棄による解除の
場合には,売買契約締結に際して解約手付(本件における手付金につき解約手付
と異なる趣旨のものであるとの主張立証はない。)が授受されていること,すなわ
ち,当該売買契約においては各当事者に手付放棄又は倍返しによる解約権が留
保されていることは,仲介に当たった控訴人も当然認識していたはずであるから,
仲介業者である控訴人としては,本件売買契約には手付放棄又は倍返しによる解
除の可能性があることは念頭に置くべきであるし,控訴人にとって,そのような場合
に備えて報酬の額についての特約を予め本件媒介契約に明記しておくことは容易
であったと考えられる。他方,依頼者である被控訴人としては,本件媒介契約書に
上記のような特約が明記されるか,契約締結に際して特に控訴人からその旨の説
明を受けたという事情でもない限り,履行に着手する以前に買主が手付金を放棄し
て売買契約を解除したような場合にも仲介報酬の額についての合意がそのまま適
用されるとは考えないのが通常であると思われる。これらに加えて,本件において
は,本件媒介契約に基づく報酬金の弁済期が本件売買契約に基づく売買残代金
の弁済期と同日と定められていること,一般に,不動産取引の場合,仲介業者は,
契約成立後の代金の授受や目的物件の引渡等に関する事務も付随的に行うのが
通常と考えられるところ,手付金放棄による解除の結果,履行に着手することなく
売買契約が解除されればこれらの事務を行う必要がなくなることをも併せ考慮すれ
ば,手付金放棄によって売買契約が解除された場合には報酬額についての合意
は適用されないと解するのが本件媒介契約の当事者の合理的意思に合致すると
いうべきである。
3 そうすると,本件媒介契約に基づいて控訴人が被控訴人に請求できる報酬の額に
ついては当事者間の合意が存在しないこととなるけれども,報酬について特約が
ない場合でも,仲介業者である控訴人は相当報酬額を請求できると解される(商法
512条)。そこで,本件において控訴人が請求することのできる相当な報酬額につ
いて検討するに,一般に,特約のない場合に仲介業者の受け取るべき報酬額につ
いては,取引額,仲介の難易,期間,労力その他諸般の事情を斟酌して定めるべ
きであるが(最高裁判所昭和43年8月20日第三小法廷判決・民集22巻8号167
7頁),本件のように相手方が差し入れた手付を放棄して解除した場合において
は,さらに,手付金放棄による解除がなかったとした場合に仲介業者が受領し得た
はずの約定報酬額,解除によって依頼者が現実に取得した利益の額等をも総合
的に考慮して定めるべきところ,本件では,手付金の額(2000万円)が売買代金
額に対して比較的少額であること(手付金の額すなわち被控訴人が取得した利益
が多額である場合には約定報酬額全額を請求しうる場合もあると考えられる。),
本件売買契約を成立させるについて控訴人が通常の場合以上に格別の労を取っ
たとか,逆に通常より著しく容易であったというような特別の事情,また,被控訴人
が本件売買契約締結及び履行のために格別の出捐をしたという事情は窺えず,こ
れが解除されたことにより著しい損害を被ったというような事情も格別見当たらない
こと,被控訴人は手付金放棄による解除により,本件土地の所有権を喪失すること
なく2000万円を取得する結果となったことその他本件に現れた一切の事情を総
合考慮すると,本件で控訴人が被控訴人に請求することのできる報酬額としては1
000万円(消費税47万6190円を含む。)をもって相当と認める。
第4 結論
 そうすると,控訴人の被控訴人に対する本件請求は,本件媒介契約に基づく報
酬として1000万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成13年3月13日か
ら支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求
める限度で理由があるからその限度でこれを認容し,その余は理由がないからこ
れを棄却すべきところ,当裁判所の上記判断と一部結論を異にする原判決はその
限度で不当であるから,これを主文のとおり変更することとして,主文のとおり判決
する。
(裁判長裁判官 渡邉 等 裁判官 永井秀明 裁判官 増森珠美)
(別紙物件目録は省略) 

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