弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成16年7月6日宣告 
平成14年(わ)第3069号,同15年(わ)第717号 銀行法違反(変更後の訴因 銀行
法違反,国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図
るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律違反),内国税の適正な
課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律違反,国際的
な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及
び向精神薬取締法等の特例等に関する法律違反被告事件
判決
主文
被告人を懲役2年及び罰金150万円に処する。
未決勾留日数のうち310日をその懲役刑に算入する。
その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被
告人を労役場に留置する。
この裁判が確定した日から4年間その懲役刑の執行を猶予する。
Aと共謀の上,平成14年4月24日及び同年5月10日,2回にわたり,規制薬
物の対価として得た財産合計22万1525円を送金して,事実を仮装するとと
もに,不法収益を隠匿したとの点(平成15年3月31日付け起訴状記載の公
訴事実)については,被告人は無罪。
理由
(犯罪事実)
被告人は
第1 B,C及び氏名不詳者多数名と共謀の上,金融再生委員会及び内閣総理大臣の
免許をいずれも受けないで,別表1記載のとおり,平成12年6月29日ころから同1
4年7月18日ころまでの間,前後31回にわたり,名古屋市a区bc丁目d番e号f1階
D1店内ほか1か所において,口頭又は電話により,国外送金の依頼客であるAほ
か6名から,その指定する外国に居住する受取人であるEほか16名への送金依頼
を受けてこれを引き受け,いずれもそのころ,送金受任額に手数料を含めた金額で
ある合計約1269万9000円の金員を受領した上,いずれもそのころ,上記店舗ほ
か1か所において,上記指定国所在の氏名不詳者らに対し,電話により,上記受任
に係る送金受任額等を連絡して,その旨の支払方を指図し,さらに,これに基づ
き,いずれもその翌日ころ,上記指定国内において,氏名不詳者らが,上記各受取
人に対し,氏名不詳者らの保管する現金の中から上記送金受任額に相当する現
金を支払う方法等により,営業として為替取引を行い,もって銀行業を営んだ
第2 Fと共謀の上,法定の除外事由がないのに,別表2記載のとおり,平成13年10月
5日から同14年1月11日までの間,前後3回にわたり,名古屋市g区hi丁目j番k
号株式会社G銀行H支店ほか1か所において,アラブ首長国連邦に向け同銀行が
行う為替取引により合計1450万7350円を国外送金する際,各国外送金に係る
為替取引に係る同銀行H支店長ほか1名に対し,法定の告知書を提出するにあた
り,真実は送金依頼人が被告人であるのに,同告知書依頼人欄にFの氏名を記載
し,もって,同告知書に虚偽の記載をして提出した
ものである。
(証拠)
(法令の適用)
罰 条
第1           包括して刑法60条,銀行法61条,4条1項で処断する。
第2           別表2記載の番号ごとにいずれも刑法60条,内国税の適正
な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書
の提出等に関する法律7条1号後段,3条1項1号に
該当する。
刑種の選択
第1           所定の懲役刑と罰金刑とを併科する。
第2           いずれも懲役刑を選択する。
併合罪の処理        懲役刑につき刑法45条前段,47条本文,10条(最も重
い第1の罪の刑に法定の加重をする。)
未決勾留日数の算入     刑法21条
労役場留置         刑法18条
刑の執行猶予        刑法25条1項
訴訟費用の不負担      刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は,被告人が多数名と共謀の上,約2年間に,計31回にわたり,合計約1269
万9000円の金員を受領して送金依頼を受任し,営業として為替取引を行い,もって銀
行業を営んだ銀行法違反の事案(第1)及びイラン人1名と共謀の上,国外送金する際,
法定の告知書に虚偽を記載して提出した3件の内国税の適正な課税の確保を図るため
の国外送金等に係る調書の提出等に関する法律(以下「内国税法」という)違反の事案
(第2別表2番号1ないし3)から成る。
被告人らが第1の事実で送金依頼を受任した金額は合計で1200万円を超え,被告
人らは,支払指定国にいる氏名不詳者らと頻繁に連絡を取り合い,銀行から払渡資金
を送金するなどしており,その犯行態様は組織的かつ大規模で,悪質である。とりわけ
被告人は,自ら国外の氏名不詳者らに受任内容を伝達したほか,イラン人従業員に送
金受付の際の受領金額の計算方法を教えたり,受付記録の作成方法を指示したりする
など,本件各犯行において主導的な役割を果たしており,犯情は悪い。被告人は,店舗
移転費用に充てた客からの預かり金の穴埋めなどの目的で第1の犯行に及んだもの
で,その利欲的な動機に酌量の余地はない。
以上の事情に照らすと,被告人の刑事責任は決して軽く見ることはできない。
しかしながら,被告人は,捜査段階から本件各罪を素直に認め,銀行業営業店舗を
閉店し,公判廷でも反省の態度を示していること,被告人はイランに帰国する旨供述し,
被告人の妻も被告人に同行してイランで生活する旨証言していること,日本における前
科がないことなど,被告人に酌むべき事情も認められる。
そこで,以上の事情を総合考慮の上,主文のとおり判決することとし,今回に限り刑
の執行を猶予することとする。なお,未決勾留日数の算入については,無罪とした事件
(後記(一部無罪の理由)第1の1に記載した公訴事実)の審理に要したすべての分を含
めて算入することとした。
(一部無罪の理由)
第1 公訴事実及び争点等
 1 公訴事実
   訴因変更後の平成14年12月11日付け起訴状記載の公訴事実第1の2のうち,
国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るた
めの麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」とい
う)違反の点の要旨は,「被告人が,Aと共謀の上,平成14年2月中旬から同年6
月3日ころまでの間,D2(旧称D3)において,Aが多数名に対して譲り渡した覚せ
い剤等規制薬物の対価として得た財産(以下,規制薬物の対価として得た財産を
総称して「不法収益」という)合計約678万円を預かり受領した上,前後3回にわた
り,イラン・イスラム共和国に居住するIに対し,その金額に相当する現金を支払
い,不法収益を送金して隠匿した」というものであり,同15年3月31日付け起訴状
記載の公訴事実の要旨は,「被告人が,Aと共謀の上,同14年4月24日,同年5
月10日の2回にわたり,不法収益合計22万1525円を,被告人名義で銀行を通じ
てギリシャ共和国に送金し,不法収益の取得につき事実を仮装するとともに,不法
収益を隠匿した」というものである。
 2 公訴棄却等の申立てに対する判断
弁護人は,検察官がした平成15年3月31日付け訴因変更請求は,麻薬特例法
違反の捜査を目的とした別件逮捕,別件勾留及びそれらを利用した違法な取調
べ,違法な自白強要を経て行われたものであって,訴因変更権の濫用であり許可
するべきでなく,また,同様に同日付けの公訴提起は公訴権濫用であって,公訴棄
却すべきである旨主張する。
しかし,一件記録によれば,各捜査機関が,被告人を内国税法違反,銀行法違
反により各逮捕・勾留した期間中,各被疑事実を裏付けるために必要な捜査を行っ
ていたことは明らかであり,各被疑事実の関係者に通訳を必要とする者が多数い
たこと,各被疑事実を裏付ける上で上記D2の業務内容の把握が不可欠であるとこ
ろ,そのためには多数の押収書類の翻訳,分析,上記関係者の供述等による裏付
けなどが必要であったことなどから,上記各被疑事実の捜査のため各20日の期間
を必要としたこと,その間,罪証隠滅,逃亡の防止,事案の重大性等の観点から被
告人を逮捕・勾留する必要があったこともまた明らかである。よって,上記各逮捕・
勾留は,麻薬特例法違反の捜査を目的として行われた別件逮捕・勾留にはあたら
ない。
また,麻薬特例法違反事件に関する被告人の各供述調書は,いずれも被告人
の弁解内容が記載されており,捜査官の意図する内容となっていないことが明らか
であって,被告人を取り調べるにあたり,捜査官から公訴提起,訴因変更の効力を
否定するほどの違法な自白の強要があったとは到底考えられない。
よって,弁護人の申立てはいずれも採用しない。
 3 争点
   1の公訴事実につき,被告人は,不法収益の認識がなかったと弁解し,Aも公判廷
において被告人と共謀していない旨述べたが,検察官は,被告人がAと親密な人
的関係を有していたと推認されること,Aの送金依頼額が異常に高額であること,
各従業員の供述などによれば,被告人は,Aが薬物の密売人であり,送金依頼に
係る金員を不法収益と認識していたことが推認され,Aと少なくとも暗黙のうちに上
記犯行の意思を通じていた旨主張する。そこで,以下検討する。
第2 前提事実
   証拠によれば,以下の事実が認められる。
 1 D3の営業内容及び関係者
(1)被告人は,平成11年1月ころ,本邦に入国し,平成12年1月,Jと結婚して,在
留特別許可を取得した。
(2)被告人は,同年春ころから,雑貨,食料品,ペルシア語の新聞,雑誌,CD等を
販売する「D1」(名古屋市a区bc丁目d番e号f1階,当時)を経営し,同13年4月
ころには,同店店舗を同区lm丁目n番o号p1階に移転させ,店名も「D3」に変更
した。D3は,開店当初から,上記雑貨等の販売のほかに,イラン人を相手に,
無許可で営業として為替取引を行う,いわゆる地下銀行を営んでいた。同店の
開店時間は,上記店舗移転前は午後8時から翌日の午前4時ころまで,移転後
は午前11時から翌日の午前4時ころまでであった。
(3)被告人は,上記地下銀行において,自ら送金依頼の受付をしていたほか,イラ
ン等にいる氏名不詳者らに対し,受任に係る送金受任額等を連絡して,その旨
の支払方を指図したり,同人らに銀行を通じて受取人への払渡資金を送金する
などしていた。
(4)Bは,同13年11月から同14年10月21日までの間,D3の従業員として稼動
し,同年4月ころから,被告人の依頼を受け,主に午後9時以降,上記地下銀行
の受付をするようになった。
(5)Fは,同年4月ころから,D3の従業員として稼動していた。
(6)Kは,同年6月末又は7月初めころから,D3で従業員として稼動し,主に店舗入
り口付近の屋台でケバブサンドの調理,販売などをしていた。
(7)被告人らは,イランへの送金依頼を受け付ける際,被告人らが店頭で受領すべ
き日本円の額又は受領した日本円に対応する送金すべきトマン(イランの通貨
単位,リアルの10倍)額について,それぞれ以下の計算式に従ってこれを計算
し,受領する額と送金する額との差額を利益としていたもので,これとは別に金
員を求めてはいなかった。なお,被告人らは,将来の送金のため現金を預かるこ
ともしていた。
 ア 被告人の場合 
  受領すべき日本円の額
   =送金を希望するトマン(イラン通貨)の額
   ÷(トマンとUSドルのレート(トマン/USドル)-約3トマン)
   ×日本円とUSドルのレート(円/USドル,株式会社G銀行が発表するTTSレ
ートを用いる。)
 イ Bの場合
  送金するべきトマンの額
   =受領した日本円の額
   ÷(日本円とUSドルのレート(円/USドル)+約3円)
   ×トマンとUSドルのレート(トマン/USドル)
 2 Aの来店及び送金依頼の状況
(1)Aは,D3開店当初から,多いときはおよそ週に1,2回の割合で同店を訪れて
いた。その際,後記(3)(4)の送金依頼をしたほか,数百万円を預けたり,買い物
をするなどしていた。同人は,午前1時すぎに同店を訪れることが多かった。
(2)D3設置の電話機とAが当時所持していた携帯電話機との間では平成14年2
月6日から3月5日までの間に合計9回,同年5月6日から7月25日までの間に
7回通話があり,被告人が当時所持していた携帯電話機と上記Aの携帯電話機
との間では,同年7月1日から同月25日までの間に2回通話があった。
(3)被告人は,平成14年2月中旬からAから送金依頼を受けるようになり,犯罪事
実第1別表1番号17,19,27にあるとおり,同年4月9日に347万2000円(2
億300万リアル),同月24日に6万8000円(400万リアル),同年6月3日に3
24万円(2億リアル)をそれぞれイランに送金した。なお,上記各送金依頼は,い
ずれもD3店内でBが受け付け,D3が受領した日本円に対応するトマンの額又
はD3が受領すべき日本円の額を,同人が上記第2の1(7)イの計算式から計算
する方法により算定した。
(4)被告人は,Aの依頼を受けて,同年4月24日に9万1875円(700USドル),5
月10日に12万9650円(1000USドル)をそれぞれ株式会社L銀行M支店,株
式会社G銀行H支店からギリシャ共和国に送金した。
(5)Aは,同年1月ころから,覚せい剤等の規制薬物を密売しており,上記(3)(4)の
各送金に係る現金は規制薬物販売の対価であった。Aは,平成15年7月30
日,薬物の密売等により,懲役5年及び罰金200万円の判決宣告を受け,同判
決は確定した。
第3 被告人とAの人的関係
   被告人は,Aと親しい付き合いはしていない旨供述するところ,Aも被告人との親し
い関係を否定し,BとFも,被告人とAの会食の事実を否定するなど,いずれも公判
廷で被告人の弁解に沿う供述をする。
   また,上記第2の2(3)にあるとおり,被告人らは,AがD3で送金を依頼した際,通
常の場合(上記第2の1(7)イ)と同様に受領又は送金すべき金額を計算していた事
実が認められるが,かかる事実は,被告人が,Aを他の客と同様に扱っていたこと
を示しており,被告人の弁解内容に沿うものである。
   なお,Aは,上記のとおり,被告人との親しい関係を否定する一方,被告人からお
金を借りたことがある旨公判廷で供述したが,これについて被告人は,送金の際,
受領額が送金依頼額に満たないことがあり,その不足分をAに入金してもらって送
金したことがあったが,Aが述べているのはこのことであると思う旨供述し,かかる
説明内容はBが記入していた送金受付ノートの記載内容とも一致している。そうす
ると,上記のAの供述をもって,被告人が,上記の場合とは別に,Aに対して現金を
貸し付けたり,同人の負債を肩代わりした事実があったとは認めがたい。
   また,上記第2の2(2)にあるAとの通話状況について,被告人は,ビデオテープや
食材の注文に関するものと考えられる旨供述しているところ,かかる供述内容は,
Aの来店状況(上記第2の2(1))に照らして不自然とは言えない上,ほかに同供述
と矛盾する証拠も見当たらないことからすると,これを信用できないと断定すること
はできない。
   そうすると,上記のとおりAの来店状況等は認められるものの,検察官が主張する
ように,被告人とAに特別な人的関係があったことは推認できない。
第4 送金依頼額が高額であることについて
   被告人らがAから送金分として受領した金額は,約4か月間で合計約700万円で
あり,高額と評価できる。
   この点につき,被告人は,捜査,公判を通じ,イラン人は他の人が貯めたお金を預
かってまとめて送金することもあるので,高額だからという理由で不法収益であると
は認識しなかった旨弁解しているところ,Bも,イラン人は手数料を安くするために
何人かでお金を集めて送ることがあり,Aから直接送金依頼を受けた際,同人はビ
ジネスマンで,車等の輸出入などをしてお金を得てるんじゃないかなと思った,など
と述べている。これらの供述内容に照らすと,被告人の弁解内容を虚偽とまでは断
定できず,送金依頼に係る金額が多額であったことをもって,直ちに被告人が本件
金員を不法収益であると認識できたと推認することはできない。
第5 B,F,Kの公判廷における供述
 1 Bの公判廷供述について
  (1)Bは,公判廷において,以下のとおり供述する。
ア 平成14年2月ころ,薬物の密売人かもしれない人物がD3に来店することを
疑って,被告人に対し,「大丈夫か。」と尋ねた。これに対し被告人は,「自分と
しては確かに君に話したとおりの理想はある。それでイラン人はできるだけ離
れてもらって,将来的にやはり,外人だとか日本人だとか来てもらえるように宣
伝したいという気持ちもある。ただ,そうはいってもやはりなかなかすぐにはそ
ういったことは実行に起こせるわけではないので,できればもう少しだけ待って
もらえないか。ただ,ここはコンビニみたいなお店なので,コンビニというのは
やはり24時間営業でいろんな人たちが夜中にも入ってきたりするから,そうい
うことにはやはり君としても口出しができないことだし,カメラも設置することだ
から。将来的にはそういったお客には減ってほしい。」と答えた。
イ 被告人は,同年3月ころ,Bに対し,送金依頼の受付や送金に関する仕事を
するよう頼んだ際,「お金が大金であるときには,犯罪に関係するお金というこ
ともあるので,その場ではすぐに何もするな。私の方に相談しろ。」と言った。
ウ 被告人は,Bに対し,Aについて,以前からの客でほかの客と違うなどと言
い,同年7月にAが逮捕された際,同人が逮捕されたこと,逮捕容疑が規制薬
物に関するものであることを知り,あいつはいい客だったのにちょっと残念だな
どと言った。
  (2)そして,Bは,被告人が送金客の中に密売人がいたということを知らなかったと思
うかとの問いに対し,「私が仮に被告人の立場にあったとすれば,気が付いてい
たと思います。」とも供述する。
  (3)しかし,Bの上記(1)の供述によって認定できる被告人の言動は,Aが薬物密売人
であることや,Aが送金依頼した金員が不法収益であると認識していたこととは
直接関連しないものであり,せいぜい,D3の客の中に犯罪者がいる可能性があ
ることの認識を推認させるにとどまるものである。また,B自身が,Aが薬物密売
人であるとの認識はなかったと述べていることも考慮すれば,Bの(2)の供述をも
って,被告人がAを薬物の密売人と認識し,その送金依頼に係る金員が薬物密売
の収益であると認識していたと推認することはできない。
 2 Fは,被告人がAを密売人と知っていたと思うかとの問いに対し,「その当時は,知
っていただろうとは思っていました。」と答え,その理由について,「私も知っていた
んであって,彼もそういった意味で知っているだろうということです。」と供述する。
   しかし,Fは,Aとはほぼ毎晩会っており,Aから直接規制薬物の密売をしている旨
聞かされたと述べているが,被告人がFと同様にAと親密な関係にあったことを窺
わせる証拠がないことは上記第3記載のとおりである。
   また,Fは,D3に薬物の密売人が出入りしていることがわかった旨供述し,その理
由について,密売人は通常スモークフィルムを窓に貼った乗用車に乗って午前零
時ないし1時ころに来店し,店外で携帯電話を使用していたことなどを挙げ,Aも同
様の行動をとっていた旨供述する。
   しかし,被告人にかかるAの行動を認識できたかどうかは不明である。
   したがって,被告人の認識を推認する上記Fの供述は根拠に乏しいと言わざるを得
ず,同供述をもって,被告人がAを薬物の密売人と認識し,その送金依頼に係る金
員が不法収益であると認識していたとは推認できない。
 3 Kは,来店時間帯,風体,下品な言葉遣い,高額の買い物をすることなどから見
て,薬物の密売人の可能性があると思った客がおり,被告人も,客の中に密売人
がいることについて知っていてしかるべきだと思う旨供述するとともに,被告人に対
し,「薬物反対を内容とするポスターを作って,それをD3の店外に貼り付けたり,お
客さんに渡してはどうか。」と尋ねた際,「まだ時期尚早だ。」などと言われた旨供述
する。
   しかし,Kの供述も,B同様,その供述内容自体が,Aが薬物密売人であると被告
人が認識していたか否かに直接関わるものではない上,Bは,Aの服装や言葉遣
いが他の密売人と思われる客と異なっていた旨供述しており,K自身も,来店時間
や買い物等に使う金額で売人と判断したかとの趣旨の問いに対し,「何時に来たか
らといって,その人がまず間違いなく薬物の売人だろうと,そんな判断まではできな
い。」とも供述する。
   また,上記ポスターの点も,Kは,「具体的な話で薬物の売人が来るとか来ないと
か,そういう話はなかった。」などと供述しており,具体的に密売人の出入りを認識
した上での会話ではないと理解される。
したがって,上記被告人の言動によっても,被告人がD3に密売人が出入りする
ことを認識していたと断定することはできず,ましてかかる言動をもって被告人が本
件金員を不法収益と認識していたと推認することはできない。
 4 以上から,B,F,Kらの各供述によっても,被告人に不法収益を隠匿する認識があ
ったことは推認できない。また,同人らの上記各供述やAの送金依頼額が高額であ
ったことなどを総合しても,上記のような推認ができないことは同様である。
第6 Aの検察官調書
   なお,Aの平成15年3月6日付け及び同月12日付け各検察官調書の供述内容に
ついては,Aが,当公判廷において,被告人のせいで自分の犯罪が発覚し,求刑
が重くなったと腹を立て,上記各検察官調書が作成された際の取調べにおいて,
供述調書の内容が記憶と異なり被告人にとって不利な内容になっていたにもかか
わらず,被告人に不利になれば有難いと思い訂正を求めなかった旨供述している
上,名古屋拘置所備付けの官本2冊に,それぞれAの署名を付した「甲,ざまあ見
ろ,密告者め」,「甲,きさまのせいで,刑期が倍になった」という趣旨のペルシア語
の書き込みがあり,上記のAの公判供述を裏付けていることなどからすると,Aが,
被告人を不利にするため,ことさら虚偽の供述をしたものとの疑いが濃厚である。
そうすると,Aの公判廷における供述にあいまいな部分があることは否定できない
ものの,これと比較して上記各検察官調書の供述につき信用すべき特別の情況が
あるとは認められない。
第7 結論
   以上のとおりであって,結局,本件全証拠によっても,被告人がAから送金依頼を
受けた金員について不法収益と認識していた事実を認定するに足りないのであり,
まして被告人とAとの間に不法収益隠匿等につき共謀があったと認める証拠はな
い。したがって,平成15年3月31日付け起訴状記載の公訴事実については犯罪
の証明がないから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをするこ
ととする。
   なお,訴因変更後の平成14年12月11日付け起訴状記載の公訴事実第1の2の
うち,麻薬特例法違反の点についても,犯罪の証明がないが,犯罪事実第1の銀
行法違反の事実と一罪の関係にあるから,主文において無罪の言渡しをしない。
   よって,主文のとおり判決する。
(求刑-懲役5年及び罰金300万円,追徴703万6000円)
平成16年7月6日
名古屋地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官  片  山  俊  雄
裁判官  森  島     聡
裁判官  小  松  秀  大

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