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平成13年(ワ)第17772号特許権持分確認等請求事件
(中間判決の口頭弁論終結の日 平成14年6月27日)
(終局判決の口頭弁論終結の日 平成15年10月24日)
判       決
原      告      N
訴訟代理人弁護士      升 永 英 俊
復代理人弁護士      荒 井 裕 樹
同             江 口 雄一郎
被      告      日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士      品 川 澄 雄
同             吉 利 靖 雄
同             内 田 敏 彦
同             宮 原 正 志
主   文
  1 被告は,原告に対し,200億円及びこれに対する平成13年8月23日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2 原告のその余の請求を棄却する。
  3 訴訟費用はこれを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負
担とする。
  4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
             事実及び理由
第一 原告の請求
一 主位的請求
 1 被告は,原告に対し,別紙特許権目録記載の特許権につき,持分1000分
の1の移転登録手続をせよ。
 2 被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成13年8月23日(訴訟
提起の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求(その1)
 1 被告は,原告に対し,別紙特許権目録記載の特許権につき,持分1000分
の1の移転登録手続をせよ。
 2 被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成13年8月23日(訴訟
提起の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 予備的請求(その2)
  主文第1項と同じ。
第二 事案の概要
一 請求の要旨
  原告は,被告会社の元従業員であり,被告会社在職中に窒化物半導体結晶膜の
成長方法の発明(以下「本件特許発明」という。)をした。この発明は,平成2年
10月25日,被告会社により特許出願され,平成9年4月18日,発明者を原
告,権利者を被告会社として設定登録された(特許第2628404号。以下,こ
の特許権を「本件特許権」という。)。
  原告は,本件特許発明についての特許を受ける権利(以下「本件特許を受ける
権利」という。)は,同発明の完成と同時に発明者である原告に原始的に帰属し,
現在に至るまで被告に承継されていないと主張して,被告に対し,主位的に,一部
請求として本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めるとともに,被告が本
件特許権を過去に使用して得た利益を不当利得であるとして,その一部である1億
円の返還及び遅延損害金の支払を求めている(前記第一,一)。
  原告は,予備的に,仮に本件特許を受ける権利が職務発明として被告に承継さ
れている場合には,特許法35条3項に基づき,発明の相当対価の一部請求とし
て,本件特許権の一部(共有持分)の移転登録並びに1億円及び遅延損害金の支払
を求めると主張している(前記第一,二)。
  また,仮に,特許法35条3項に基づく対価請求として,特許権の一部(共有
持分)の移転登録を求めることが許されない場合には,同項に基づき,発明の相当
対価の一部請求として,200億円及び遅延損害金の支払を求めると主張している
(前記第一,三)。
二 本件訴訟の経緯
  原告は,平成13年8月23日,第一,一ないし三記載の裁判を求めて本件訴
訟を提起した(ただし,訴訟提起時における予備的請求(その2)(第一,三)の
請求額は,20億円であった。)。
  当裁判所は,平成14年6月27日に口頭弁論を終結し,同年9月19日,第
一,一記載の主位的請求につき,本件特許を受ける権利が被告会社に承継された旨
の被告の主張は理由がある旨の中間判決をした(本判決末尾添付。以下,単に「中
間判決」という。)。
  中間判決以後は,本件特許権が被告会社に帰属することを前提に,特許法35
条3項,4項に基づき本件特許発明の相当対価を請求する予備的請求(第一,二及
び三)についての審理がされ,原告は,上記予備的請求(その2)の請求額を,平
成15年6月17日に提出された同日付け原告準備書面(28)により50億円に,同
月19日に提出された同日付け原告準備書面(29)により100億円に拡張し,さら
に同年9月19日に提出された同日付け原告準備書面(46)により200億円に拡張
した。
  当裁判所は,平成15年10月24日に再び口頭弁論を終結した。
三 前提となる事実(当事者間に争いがないか,あるいは当該箇所に掲げた証拠及
び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
 1 当事者
   被告は,蛍光体や電子工業製品の部品・素材の製造販売及び研究開発等を目
的とする株式会社である。
   原告は,被告会社の元従業員であり,現在,米国カリフォルニア大学サンタ
バーバラ校の教授である。
 2 原告の就職
   原告は,昭和54年3月,徳島大学工学部修士課程を卒業した後,被告会社
に就職した。
   被告会社は,従来,蛍光体原料(リン酸カルシウム)及び蛍光体の製造販売
を主たる業務としていたが,原告の就職当時には,蛍光体以外に新規開拓すべき分
野として,赤色LED(発光ダイオード)等の半導体結晶膜の原料となるGaメタ
ル(ガリウムメタル)の精製に取り組んでいた。
   原告は,就職後間もないころから,GaP(ガリウム燐)の研究開発・製品
化に従事し,また,赤外及び赤色LEDの原料となるGaAs(ガリウム砒素)の
研究開発・製品化に従事した。さらには,赤色LEDのチップを製造するため,G
aAlAs(ガリウムアルミ砒素)結晶膜の液相エピタキシャル成長方法の研究開
発に取り組んだ(甲4,93~96等)。
 3 青色LED研究開発の着手
   原告は,昭和63年ころ,当時誰も開発に成功しておらず,実用化は21世
紀になるだろうといわれていた青色LED(発光ダイオード)を新たな研究開発テ
ーマにしたいと考え,LED(発光ダイオード)の半導体結晶膜を成長させる方法
として有機金属気相成長法(MOCVD)を学ぶため,被告会社の許可を得て,同
社の費用で米国フロリダ州立大学に約1年間留学した(甲96等)。
 4 MOCVD装置
   原告は,平成元年4月ころに帰国した後,被告会社に納入されていた市販の
MOCVD装置(訴外株式会社日本酸素製)を用いて,GaN(窒化ガリウム)の
結晶膜の成長に取り組み始めた。
   ただし,同装置は,原料となる元素(N,Ga等)を供給するガスの配管や
反応装置部分の構造が複雑である上に,ガスの供給条件(流速,角度等)や反応温
度の設定によって,無数の反応条件の組み合わせがあり,製品化に耐え得る質のG
aN結晶膜を成長させるのは容易なことではなかった。原告も,当初は,上記市販
装置に添付されたマニュアルを参照するなどして結晶膜の成長を試みたが,満足の
いく質のGaN結晶膜を得ることはできず,自らガス配管の形状を改造し,基板を
加熱するヒーターを設計して自作するなど,試行錯誤を繰り返した。
 5 本件特許発明
   原告は,平成2年9月ころ,上記市販装置の反応装置部分を改造し,基板に
対して概ね平行な方向から反応ガスを,実質的に垂直な方向から不活性ガスを,そ
れぞれ供給するように自作したMOCVD装置(以下「ツーフロー方式1号機」と
いう。)を用いて,窒素化合物半導体結晶膜の成長方法に関する本件特許発明を発
明した。
被告会社は,同年10月25日,本件特許発明につき原告を発明者,被告会
社を出願人として特許出願をした。この特許出願に際して願書に添付された明細書
における特許請求の範囲の記載は,下記のとおりであった(以下,この出願を「本
件特許出願」といい,本件特許出願に際して願書に添付された上記明細書を「当初
明細書」という。乙102[特開平成4-164895号]参照)。
   「基板の表面に反応ガスを噴射して,加熱された基板表面に半導体結晶膜を
成長させる方法において,基板の表面に,平行ないし傾斜して反応ガスを噴射する
と共に,基板に向かって押圧拡散ガスを噴射することを特長とする半導体結晶膜の
成長方法。」
 6 被告社規
   ところで,被告会社には,昭和56年に取締役会で制定され,昭和60年に
改正された社規第17号が存在する。同社規は,昭和60年の改正により名称を
「発明・考案及び業務改善提案規定」と改め,昭和60年6月10日から平成8年
ころまで施行された(乙7の1。以下,昭和60年改正後の社規第17号を単に
「被告社規」という。)。したがって,本件特許発明がされた平成2年9月ころに
は,被告社内における職務発明及び考案等の扱いを定めるものとして,上記被告社
規が施行されていた。
   被告社規には,次のような条項が置かれている。
    第1条(目的)
      従業員が行なう発明・考案及び業務改善の取扱いについて定め,創意
工夫の意欲を高め,社業の向上に資する。
    第2条(発明・提案の内容)
      発明・考案,改善提案の内容は,次の通りとする。
     1.発明・考案は,その性質上会社の職務範囲とする。
     2.(省略)
    第3条(資格)
      従業員は,すべてこの規定により発明・考案及び改善提案を行なうこ
とができる。
    第4条(職制の義務)
      部課長は常に部署の業務内容を把握し,発明・改善及び特許問題等の
発掘に努め適切な対策と指導を行い,特許,実用新案に関する権利の侵害を防ぐた
め,公報の閲覧等を行い必要な対策を講ずる。
    第5条(提出方法)
      提出方法は次の通りとする。
     1.発明・考案を行なった時は,その案を所属長を経て特許担当部門に
提出する。
     2.(省略)
    第6条(業務分担)
      担当部門は,次の業務を行う。
     1.特許担当部門
      ①発明・考案の受付及び出願手続の点検と弁護士・弁理士への委嘱
      ②特許委員の選任及び委員会の招集
      ③表彰手続及び決定事項の報告
      ④その他特許に関する必要事項
     2.(省略)
    第7条(委員会)
      発明・考案及び改善提案の推進と効果の拡大を図るため,各委員会を
置き,委員会は原則として毎月1回以上開催し,次の業務を行う。
     1.特許委員会
      ①特許出願及び技術保全に関する審議
      ②異議申立及び特許係争に関する審議
      ③特許情報管理及び啓発に関する審議
      ④特許・考案の内容評価
     2.(省略)
     3.(省略)
    第8条,第9条(省略)
    第10条(表彰及び褒賞)
      従業員が行った発明・考案及び改善提案に対し,別に定める基準(付
則-1)により表彰及び褒賞金を支給する。
 そして,第10条を受けて定められた社規第17号付則-1には,次の
条項が置かれている。
 Ⅰ (省略)
     Ⅱ 発明・考案関係
      1.審査及び表彰基準
        発明・考案の評価は,下記事項に基づき特許委員会が審査を行
い,上長の承認を受け表彰する。賞金はその都度決定する。
       ①特許出願件数
       ②権利取得状況
       ③内容の検討
      2.褒賞金支給基準
       ①特許出願1件につき   10,000円
       ②権利成立1件につき   10,000円
       ③認証1件につき      5,000円
 ④実用新案出願1件につき  5,000円
 ⑤実用新案成立1件につき  5,000円
 7 出願補償金の受領
   原告は,本件特許発明が出願された平成2年10月25日ころ,上記被告社
規10条及び社規第17号付則-1,Ⅱ,2.①の規定に基づき,被告会社から1
万円の支払を受けた。
 8 GaN系バッファ層及びp型化アニーリングの各発明
   原告は,本件特許発明をした後も,ツーフロー方式1号機を用いて,より結
晶性の高いGaN結晶膜を成長させる方法の研究開発に努めた。そして,平成3年
3月ころには,LED素子の基板となるサファイア基板の上にGaN系の化合物か
らなるバッファ層を成長させることを特徴とするGaN系化合物半導体の結晶成長
方法に係る発明(特開平成8年-8217号)をした。被告会社は,そのころ,同
発明を特許出願した(以下,この発明を「GaN系バッファ層の発明」という。甲
63,161等)。
   また,原告は,同年12月ころには,当時原告の部下であった被告会社従業
員Bと共に,有機金属気相成長法(MOCVD)によりp型不純物(例えばMg)
をドープしたGaN系化合物半導体を成長させた後,400℃以上の温度でアニー
リング(熱処理)を行うことを特徴とするp型GaN系化合物半導体の製造方法に
係る発明をした。被告会社は,そのころ,同発明を特許出願した(後の特許第25
40791号。以下,この発明を「p型化アニーリングの発明」という。甲63,
161等)。
 9 InGaN結晶膜の成長
   平成4年に入ると,被告会社は,前記市販のMOCVD装置(訴外株式会社
日本酸素製)を更に数台購入し,反応装置部分をツーフロー方式1号機と同様に改
造して(以下,これらのMOCVD装置を「ツーフロー方式2号機等」とい
う。),同1号機と共に稼働させ,GaN系化合物半導体の開発製造を進めた。
   原告は,同年3月ころには,いわゆるpn接合型のLEDを試作し,同年6
月ころには,いわゆるダブルへテロ構造のLEDの発光層を形成する,結晶性の高
いInGaN結晶膜を成長させることに成功した。
 10 ダブルへテロ構造の青色LEDの製品化
   原告は,平成5年に入ると,ダブルへテロ構造のLEDの試作に成功し,同
年12月ころ,被告会社は,世界で初めて同構造の青色LEDの製品化を発表し
た。
   この青色LEDの製品化を報じる平成6年2月7日付け日経産業新聞の記事
(甲92)には,「1988年に青色LEDの研究に着手した日亜のN主任研究員
は,苦心の末に独自の『ツーフローMOCVD(有機金属化学的気相成長)』装置
を開発。結晶と基板をぴったりと合わせることに成功し,ちょうど1年前に発光を
確認した。技術的な完成度が高く,同社は試作品を通り越していきなり本格生産に
踏み切った。‥‥‥本社工場に設けた生産ラインの歩留まりは『80%』(D技師
長)で,四月から月間百万個単位の出荷を計画している。価格は一個五百円。」と
記載されている。
 11 高輝度LED及びLDの製品化
   原告は,上記ダブルへテロ構造の青色LEDの製品化に続き,さらに発光輝
度の高いLEDを製作するため,量子井戸構造の発光層からなるLEDの研究開発
に着手し,これに成功した。
   被告会社は,平成7年9月ころ,世界で初めて量子井戸構造の発光層を有す
る高輝度青色LED及び緑色LEDの製品化を発表した。また,平成8年9月ころ
には,これも世界で初めて白色LEDの製品化を発表した。
   また,原告は,LED(発光ダイオード)にとどまらずLD(レーザーダイ
オード)の研究開発も進め,平成7年9月ころには,世界で初めてInGaN井戸
層及びInGaN障壁層からなる多重量子井戸構造の発光層を有する紫色LDの発
振に成功した。
   その後の平成11年4月ころ,被告会社は,世界で初めて上記多重量子井戸
構造の発光層を有する紫色LDの製品化を発表した。
 12 拒絶理由通知と補正
   他方,当時出願中であった本件特許発明に対し,平成8年8月22日付けで
拒絶理由通知書(乙104)が発せられた。この拒絶理由通知は,公知文献であ
る「JournalofElectronicMaterials,14〔5〕(1985)」(乙103)を引用した
上,同文献の第5図(Fig.5.)には,当初明細書の特許請求の範囲に記載された発
明と同一の半導体結晶膜の成長方法が記載されている旨を指摘するものであった。
   被告会社は,上記拒絶理由通知を受けて,同年11月16日付けで意見書
(乙105)を提出し,上記文献の第5図に記載された半導体結晶膜の成長方法
は,基板に向かって平行な方向及び垂直な方向の両方から反応ガスを噴射し,半導
体結晶膜を成長させるものであるのに対し,出願に係る発明は,基板に垂直な方向
に反応ガスを含まない不活性ガスを押圧ガスとして供給する相違点がある旨の意見
を述べた。また,被告会社は,同日付けで手続補正書(乙106)を提出し,明細
書における特許請求の範囲の記載を,下記のとおり補正することなどを内容とする
補正を行った。
   「加熱された基板の表面に,基板に対して平行ないし傾斜する方向と,基板
に対して実質的に垂直な方向からガスを供給して,加熱された基板の表面に半導体
結晶膜を成長させる方法において,基板の表面に平行ないし傾斜する方向には反応
ガスを供給し,基板の表面に対して実質的に垂直な方向には,反応ガスを含まない
不活性ガスの押圧ガスを供給し,不活性ガスである押圧ガスが,基板の表面に平行
ないし傾斜する方向に供給される反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変
更させて,半導体結晶膜を成長させることを特徴とする半導体結晶膜の成長方
法。」
 13 本件特許権の設定登録及び登録補償金の支払
   本件特許発明は,平成9年4月18日に設定登録された(特許第26284
04号)。
   原告は,そのころ,上記社規第17号付則-1,Ⅱ,2.②の規定に基づ
き,被告会社から1万円の支払を受けた。
 14 被告会社の実施する方法
   なお,被告会社は,本件特許権が設定登録される直前の平成9年4月15日
ころ以後,別紙「被告方法目録」記載の方法(以下「被告現方法」という。)を実
施して,青色LED及びLD等の半導体発光素子製品を製造している。
 15 特許異議と訂正
   平成10年1月8日,本件特許権に対して特許異議の申立てがあり,特許庁
から取消理由通知が発された。
   被告会社は,同年7月14日付けで,不明瞭な記載の釈明を目的として,発
明の名称「半導体結晶膜の成長方法」を「窒素化合物半導体結晶膜の成長方法」に
訂正するとともに,特許請求の範囲の減縮を目的として,前記補正後の明細書にお
ける特許請求の範囲の記載を下記のとおり訂正することなどを内容とする訂正請求
をした(乙1,3,86)。
   「加熱された基板の表面に窒素化合物半導体結晶膜をMOCVD法でもって
常圧で成長させる方法において,基板の表面に平行ないし傾斜する方向には,窒素
化合物半導体の原料となる反応ガスを供給し,基板の表面に対して実質的に垂直な
方向には,反応ガスを含まない不活性ガスの押圧ガスを供給し,不活性ガスである
押圧ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に供給される,窒素化合物半導
体の原料となる反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて,窒素化
合物の半導体結晶膜を成長させることを特徴とする窒素化合物半導体結晶膜の成長
方法。」
 16 本件特許の維持
   特許庁は,平成10年11月18日,上記訂正を認めた上で,本件特許を維
持する旨の決定(乙1)をし,この決定は確定した。
   したがって,被告会社は,上記訂正後の明細書(以下「本件明細書」とい
う。)における特許請求の範囲に記載された発明に係る特許権(本件特許権)を,
設定登録日である平成9年4月18日から存続期間満了日である平成22年10月
25日まで有するものである。
 17 原告の退職
   原告は,平成11年12月に被告会社を退職した。
第三 当事者の主張
一 主位的請求について
 1 被告の主張
   中間判決「事実及び理由」欄の第3,1記載のとおり。
 2 原告の反論
   中間判決「事実及び理由」欄の第3,2記載のとおり。
 3 被告の再反論
   中間判決「事実及び理由」欄の第3,3記載のとおり。
二 予備的請求について
 1 原告の主張
  (1) 相当対価の算定式
    従業者によって職務発明がされた場合,使用者は無償の通常実施権(特許
法35条1項)を取得する。したがって,使用者が当該発明に関する権利を承継す
ることによって受けるべき利益(同法35条4項)とは,特許権譲渡の対価と必ず
しも同じではなく,当該発明に係る特許権を独占することによって得られる利益
(以下「独占の利益」という。)と解すべきである。ここで,上記独占の利益と
は,① 使用者が職務発明を自社で実施している場合には,それにより得られる超
過収益のことであり,② 他社に同発明の実施許諾をしている場合には,それによ
って得られる実施料収入のことである(高林龍「標準特許法」74~75頁〔有斐
閣・平成14年〕参照)。
    ところで,被告会社は,LED及びLD各製品を製造するに際し,本件特
許権のみならず,被告会社の保有する他の多くの特許権(そのほとんどは,原告の
単独ないし共同発明に係るものである。)をも実施しており,かつ,被告会社は,
本件特許権を含むこれらの発明を自社のみで実施し,他社にライセンスしていな
い。そうすると,本件においては,下記の計算式に示すとおり,LED及びLD各
製品に実施された本件特許権を含む多数の特許を独占し,これらを自社で実施する
ことによって被告が得られる利益を算出した上(上記①の場合),これに上記多数
の発明中の本件特許発明の貢献度割合を乗じ,さらに,同発明について従業者発明
者である原告が貢献した割合(特許法35条4項参照)を乗じたものが,本件特許
権の相当対価として算出されるというべきである。
      本件特許権の相当対価=上記多数の特許に係る独占の利益×本件特許
権の貢献度×原告(発明者)の貢献度
  (2) 独占の利益
    監査法人トーマツ作成の「青色LED特許権の『相当の対価』算定におけ
る無形資産の超過収益の価値評価について」と題する書面(甲122。以下「トー
マツ鑑定書」という。)は,被告会社の平成6年12月期から平成14年12月期
までの各期ごとの売上高(既に明らかになっている。)に基づき,平成6年12月
期から本件特許権の存続期間満了年次に当たる平成22年12月期までのLED及
びLD各部門の税引後営業利益累計を予測して算出する。そして,この税引後営業
利益累計から,LED及びLD各製品の生産・販売に投下した特許権以外の資本
(必要運転資本,固定資本)の期待利益額(いわゆるキャピタルチャージ)を控除
し,さらに無形資産である上記特許権の期待利益額を控除して,平成15年8月末
現在の上記超過収益の額を算定している。
    一般的な開発投資リスクプレミアム10%を適用して計算した場合の超過
収益額は,1493億9300万円である。
    また,本件における4つの特殊事情,すなわち,① 青色LEDは市場が
待ち焦がれていた製品であり,巨大な需要が存在することは平成9年4月18日の
本件特許権の設定登録の時点において容易に予想されたこと,② 前記平成6年2
月7日付け日経産業新聞の記事(甲92)からも分かるように,被告会社は,青色
LED製品の歩留率として非常な高水準である80%を達成しており,製品化リス
クが低いばかりか,他社製品とのコスト競争に負けるリスクも低いと考えられるこ
と,③ 訴外スタンレー電気株式会社(以下,単に「スタンレー電気」という。)
が,東北大学名誉教授NS博士の発明に係る半導体膜結晶成長技術「温度差法」を
用いて高品質な赤色LEDを製造し,市場で長期間優位性を保っていることから分
かるように,LEDの製造については高品質な結晶を成長させることが重要なポイ
ントであり,したがって,青色LEDの市場においても,窒化化合物半導体の結晶
膜成長方法である本件特許権を用いて製造された被告製品の優位性が長期間保たれ
ると予測できること,④ 本件特許権の設定登録の時点においては,青色LED製
品は既に製品化されていて市場の評価を受けており,かつ,特許公開
から5年が経過して,本件特許権の有用性についても専門家の検討が進んでいたと
考えられること,といった事情を考慮に入れた場合は,上記超過収益額は2652
億4300万円となる。
    なお,株式会社ベンチャーラボ及びASG監査法人作成の「特許の価値評
価」と題する書面(甲129の1。以下「ベンチャーラボ&ASG鑑定書」とい
う。)は,① 実施料率をベースとした価額評価,② フリーキャッシュフローを
ベースとした価額評価,及び③ いわゆるモンテカルロ・シュミレーションによる
価額評価,という複数の評価方法に基づき,平成15年8月末現在の上記超過収益
の額を算出している。その結果は,実施料率を20%として上記①の方法によった
場合が2911億円,資本コストとビジネスリスクの合計を6.47%として上記
②の方法によった場合が2870億円ないし2942億円,フリーキャッシュフロ
ーをベースとして上記③の方法によった場合の中央値が2872億円あるいは29
40億円,さらに,売上高をベースとして上記③の方法によった場合の中央値が2
841億円あるいは2919億円である。このように,ベンチャーラボ&ASG鑑
定書における計算結果は,いずれもトーマツ鑑定書における鑑定結果である上記2
652億4300万円と近似する数値を示しており,このことは,トーマツ鑑定書
の信用性を裏付けるものというべきである。
    ところで,いわゆるオリンパス光学事件最高裁判決(最高裁平成13年
(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁。
以下,単に「オリンパス光学事件最高裁判決」ということがある。)をはじめとす
る相当対価算定が問題となった裁判例は,いずれも口頭弁論終結時における実施料
の累計額を,特許出願時や特許設定登録時に割り戻して計算することなく,そのま
ま相当対価算定の基礎に用いている。したがって,口頭弁論終結時(平成15年1
0月24日)を基準とすることとし,原告は,上記4つの特殊の事情を考慮した場
合の超過収益2652億円を,上記基準時の価額にひきなおして再計算した335
7億5300万円が,本件における相当対価算定の基礎となる独占の利益の額であ
ると主張する。
  (3) 本件特許権の貢献度
   ア 他の基本技術(特許)との関係
     被告会社が保有する技術(特許)のうち,GaN系青色LEDの製造に
関与する主な技術としては,① 結晶性の良いGaN結晶膜を成長させる技術であ
る本件特許発明のほかに,② サファイア基板上にバッファ層を設ける技術(前記
「GaNバッファ層の発明」),③ p型GaN化合物半導体を製造するために不
純物Mgをドープする技術,④ Mgドープによりp型化する際のアニール(熱処
理)技術(前記「p型化アニーリングの発明」)などが挙げられる。これは被告の
指摘するところであるが(平成14年12月18日付け被告第11準備書面参
照),原告も,一般論としてそのことを否定するものではない。
     しかしながら,被告会社が市場において圧倒的な競争力を誇る高輝度の
LED及びLDについては,本件特許権の貢献度が100%であり,その他の技術
の貢献度はゼロというべきである。なぜなら,発光素子を構成する窒化物化合物の
結晶膜の質がよくなければ,その他の点でいくら優秀な技術を用いても,高輝度の
発光素子を製造することはできない。例えていえば,質の高い結晶膜はダイヤモン
ドの原石なのであり,原石がよくなければ,いくら磨いても高品質のダイヤモンド
は得られないのである。そのことは,本件特許権を独占する被告会社が,上記②~
④の点についてそれなりの代替技術や独自技術を有する競業会社である豊田合成株
式会社及び米国法人クリー社(以下,それぞれ単に「豊田合成」及び「クリー社」
という。)に比して,常に何割か輝度の高いLED及びLDを製造し続け,市場に
おける優位性を保ち,限界利益率80%(これは,被告会社が豊田合成に対して提
起した別件の特許権侵害訴訟事件において,被告自身が主張していた数値である。
甲13参照)という驚異的な高収益をあげていることに,端的に示されているとい
うべきである。
     念のため,上記②~④について触れておくと,②の点,すなわち,基板
上にバッファ層を設ける技術については,被告会社が原告の発明に係るGaNバッ
ファ層を用いているのに対し,豊田合成及びクリー社は,代替技術であるAlN
(窒化アルミニウム)バッファ層を用いており,GaNバッファ層の発明が被告が
得る独占の利益(前記(2))に貢献しているものとは認められない。また,③の点,
すなわち,p型半導体を得るために不純物Mgをドープする技術それ自体は,19
70年代から研究され,開発されてきた公知の技術であり,独占の利益の根拠にな
るようなものではない。さらに,④の点,すなわち,p型化のアニール(熱処理)
技術についてみると,原告の共同発明に係るp型化アニーリングの発明は,たしか
にp型半導体の安定した量産に貢献するものであるが,必ずしも高品質な結晶膜の
形成に貢献するものではないし,豊田合成が使用する,A名古屋大学名誉教授らの
研究グループ開発に係る電子線照射によるp型化という代替技術が存在する。
     以上のとおりであるから,上記②~④の点は,本件特許権の貢献度を1
00%と認めることの妨げになるものではない。
   イ 本件特許権の市場独占力
     被告会社は,現在数百台のMOCVD装置を稼働させて,高輝度LED
及びLDを量産しているはずであるが,これらのMOCVD装置はすべて,原告が
市販の装置を改造して作成した前記ツーフロー方式1号機の延長線上にある被告会
社オリジナルの装置である。
     そもそも,MOCVD(有機金属気相成長法)自体が,ほんのわずかな
実験条件の違いによって結晶膜の成長が左右される非常に精密な技術であり,市販
のMOCVD装置を使って,製品化できるレベルの結晶膜を成長させる場合におい
ても,その調整のために数年程度の月日を要することが珍しくない。ましてや,原
告は,試行錯誤を重ねて,市販装置の反応装置部分を本件特許権を実施したいわゆ
るツーフロー方式に改造しており,MOCVD装置の心臓部というべき反応装置部
分は,各種の配管等が入り組んだ非常に複雑な構成となっている。このようにして
得られたMOCVD装置の構造及び結晶膜成長のための最適化条件こそが,高品質
な窒化ガリウム系結晶膜を得るための最大のポイントであり,市場を席巻する被告
会社の高輝度LED及びLDの競争力の源泉である。
     仮に当業者が本件特許権の明細書を見て,これを模倣して実施しようと
試みたとしても,市販の装置ですら満足できる質の結晶膜を得るのに数年かかるの
であるから,被告会社オリジナルのツーフロー方式の装置における最適化条件を見
付けるには,それ以上の年限を要することが容易に予想される。しかも,上記のと
おり,被告会社のMOCVD装置の反応装置は非常に複雑な構造をしており,被告
会社はこれを某メーカーに製造させているはずであるが,注文どおりの構造の装置
を作るには,職人芸というべき精妙な手工技術を要するので,せいぜい数か月に1
台というような割合でしか製造することができない。そうすると,競業他社が,ツ
ーフロー方式のMOCVD装置を数百台という単位で揃え,量産ベースにおいて被
告会社に追いつくことは,事実上不可能というべきである。
     このことは決して空論ではなく,青色LEDに先立つ赤色及び黄緑色L
EDの開発及び市場発展の歴史を見ても分かることである。すなわち,スタンレー
電気は,前記NS博士の発明に係る半導体膜結晶成長技術「温度差法」を用いて,
高品質な赤色LEDの開発に成功したが(前記(2)参照),この温度差法を実施した
最初の装置を開発するのに,昭和45年から同53年までの約8年の歳月を要し
た。他方,競業他社は,この複雑な装置を自社で製造することができず,市販の装
置を使用することを余儀なくされたが,市販の装置を製造するメーカーは,上記発
明に係る特許権との抵触をおそれて,温度差法を実施する装置を製造することがで
きなかった。このことが原因となって,スタンレー電気は,世界で最初に高輝度赤
色LEDの開発に成功し,かつ,今日まで約25年間の長きにわたり,高輝度赤色
及び黄緑色LEDの市場において優位を保ってきたのである。
     上記のとおり,高輝度LEDの市場においては,いかに品質の高い化合
物半導体の結晶膜を得るかが,競争力の最大の決め手になるというべきであり,競
業他社が,少なくとも本件特許権の存続期間満了年次である平成22年までに,ツ
ーフロー方式に基づき製造された被告会社製品と対抗し得る品質の高輝度青色LE
D及びLDを製造し,市場に参入する見込みは,ほとんどないに等しい。このよう
に,本件特許権は,被告会社が市場を独占するに際して絶大な役割を果たしている
のであり,この観点からも,本件特許権の貢献度が100%で,他の特許の貢献度
はゼロというべきである。
   ウ 小括
     上記のとおり,本件特許権の相当対価算定に当たって,被告会社が本件
特許権を含む多数の特許を自社で実施することにより得られる独占の利益に乗じる
べき本件特許権の貢献度は,100%というべきである。
  (4) 発明者の貢献度
    原告は,被告会社就職以来,約10年間にわたって,赤色LED関連のG
aP(ガリウム燐),GaAs(ガリウム砒素)及びGaAlAs(ガリウムアル
ミ砒素)結晶膜の液相エピタキシャル成長方法の研究開発に取り組み(第二,三
2),いずれも製品化に成功したが,先行する大企業との競争力の違いから,被告
会社の商業的成功にはつながらなかった。この経験が教訓となって,たとえ会社の
方針に反してでも,他社が真似できない独自の技術を開発しなければならないとの
思いを強め,当時,夢の実用技術と言われ,20世紀中の開発は不可能とまで言わ
れていた青色LEDの研究開発に取り組みたいと考えるに至った。そして,原告に
理解のあった当時のE社長(故人)に直訴し,青色LEDの研究開発の許可を取り
付け,米国フロリダ州立大学に約1年間留学させてもらい,また,日本酸素製の市
販MOCVD装置購入を含む約3億円の初期設備投資を負担してもらった。
    このようにして青色LEDの研究開発が始まったが,原告は,当時新入社
員であったF氏やB氏を補助に付けてもらったほかは,ほとんど独力で開発を進め
ていった。本件特許発明も原告が独力でした発明であり,使用者たる被告会社は,
原告を米国に留学させてくれたのと,後にツーフロー方式1号機となる上記市販の
MOCVD装置を購入してくれた以外は,特に何も貢献していない。それとて,原
告自身が青色LEDを取り組むべき研究開発テーマに選び,当時本命とされていた
セレン化亜鉛(ZnSe)ではなく,結晶膜成長の制御が難しいとされていた窒化
ガリウム(GaN)を敢えて発光素子の原料として選択し,さらに結晶膜成長方法
として有機金属気相成長方法(MOCVD)を選んだ上でのことであるから,被告
会社の貢献度はないに等しい。
    それどころか,被告会社の現社長であるG氏は,原告が本件特許発明のツ
ーフロー方式に取り組んでいたさなかの平成2年3月26日ころ,被告会社を来訪
した訴外松下電器のH氏の勧めに応じ,原告に対し,青色LEDの開発を中止し
て,当時被告会社に1台しかなかったMOCVD装置を用いて,携帯電話のHEM
T(高速電子移動トランジスタ)用のガリウム砒素(GaAs)を製造することを
命じた。また,平成4年3月に原告がpn接合型のGaN系青色LEDの試作に成
功した後は,より輝度の高いLEDの開発を目指してダブルへテロ構造の発光素子
の開発に取りかかろうとする原告に対し,単純なpn接合型のLEDを早く製品化
するよう促した。さらに,G社長をはじめとする被告会社の経営陣は,同社のよう
な小規模な地方企業が特許出願しても,公開等を通じて大手企業に技術が流出する
だけであるとの考えを持っており,ダブルへテロ構造の青色LED製品化発表を目
前にするところまでこぎ着けた平成5年夏ころには,当時,原告の発明に係る20
0以上の特許が出願されていることに気付き,公開前の方法特許はすべて取り下げ
るように命じた。被告会社特許部の若手社員は社長命令に従おうとした
が,原告の懸命な説得が功を奏し,特許出願取り下げを最小限で済ませてくれた。
このような経緯を経て権利化された多数の特許が,現在被告会社の大黒柱に成長し
ている。
    このように,G社長ら被告会社の経営陣は,原告による高輝度青色LED
開発の節目節目において,そのつど開発を妨げる方向の経営判断や社長命令をして
きたのであり,解雇を覚悟で開発を続けることを決意した原告が,これに逆らって
研究開発を続けたからこそ,現在被告会社に莫大な利益をもたらしている高輝度青
色LED及びLDが製品化されたのである。
    上記のような特殊事情の存在する本件においては,本件特許発明は限りな
く自由発明に近い発明というべきであって,本件特許発明をするに際し,従業員発
明者である原告の貢献度は100%であり,他方,使用者である被告会社の貢献度
はゼロというべきである。
  (5) 原告の相当対価請求
    前記(1)のとおり,本件で問題となる本件特許権の相当対価は,被告会社保
有に係る特許の独占の利益×本件特許権の貢献度×原告(発明者)の貢献度の算定
式により算出されるところ,同(2)のとおり,被告会社が高輝度青色LED及びLD
製品に実施する複数の特許を独占することによって得られる利益は,3357億5
300万円である。また,これら複数の特許に占める本件特許権の貢献度は,同(3)
のとおり,割合にして100%であり,本件特許発明に関して被告会社との関係に
おける発明者(原告)の貢献度も,同(4)のとおり,割合にして100%である。し
たがって,本件特許権についての職務発明の相当対価は,3357億5300万円
×1(100%)×1(100%)=3357億5300万円となる。
    ただし,前記トーマツ鑑定書によると,青色LEDが製品化された平成6
年の12月期から口頭弁論終結の前年である平成14年12月期までの上記独占の
利益は,口頭弁論終結時(平成15年10月24日)を基準にして,合計493億
9000万円と算出される。
    したがって,これに対応する相当対価は,493億9000万円(493
億9000万円×1(100%)×1(100%)=493億9000万円)とな
る。
  (6) 原告による一部請求
   ア 予備的請求(その1)
     原告は,特許法35条3項に基づき,職務発明の相当対価の一部請求と
して,本件特許権の一部(共有持分)の移転登録並びに1億円及びこれに対する訴
訟提起の日(平成13年8月23日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金の支払を求める。
イ 予備的請求(その2)
     原告は,職務発明に基づく相当対価請求(特許法35条3項,4項)の
一部請求として,被告会社が過去に独占の利益として得た493億9000万円に
対応する相当対価493億9000万円(493億9000万円×1×1=493
億9000万円)のうち200億円及びこれに対する訴訟提起の日(平成13年8
月23日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求す
る。
     仮に,このような過去の受益分という形での限定が法律上できないので
あれば,被告会社が本件特許権の存続期間満了までの独占の利益として得る過去及
び将来の受益分に対応する相当対価全体である前記3357億5300万円のう
ち,一部請求として200億円及びこれに対する訴訟提起の日(平成13年8月2
3日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する。
 2 被告の反論
  (1) 本件特許権の相当対価
   ア 相当対価の算定式
     特許法35条4項の相当対価算定が問題になった過去の裁判例を分析す
ると,本件のように,従業員発明者の単独発明に係る特許発明について,使用者会
社が当該発明を他社にライセンスせず,自社のみで実施して売上を得ている場合に
は,裁判例は,使用者会社の売上高に競業他社に対して当該発明の実施を禁止でき
たことに起因して得られた割合を乗じ,これに実施料率を乗じて,さらに発明者の
貢献度を乗じ,相当対価の額を算定しているものと考えられる(東京地判平成4年
9月30日判決・判例時報1433巻129号,大阪地判平成6年4月28日・判
例時報1542巻115頁,大阪高判平成6年5月27日・判例時報1532巻1
18頁等参照)。現在のところ,相当対価算定に関する確立した手法は存在しない
から,上記のような算定方式が著しく不合理でない限り,従前の裁判例に表れた,
「相当対価=被告の売上高×競業他社に発明の実施を禁止できたことに起因する割
合×実施料率×発明者の貢献度」という算定式によるべきである。
   イ 競業他社に発明の実施を禁止できたことに起因する割合について
     被告提出に係る乙94(大阪府立大学先端研究所I氏の意見書),乙1
12(早期審査に関する事情説明書),乙113(電気学会技術報告),乙114
(名古屋大学名誉教授A博士らの論文)及び乙115(京都大学大学院工学研究科
J博士の意見書)によれば,① 本件特許発明のツーフロー方式が発明された当初
から,すでに競業他社である豊田合成において,本件特許発明と同等かそれ以上の
GaN結晶膜成長方法が開発されていたこと,② 本件特許発明の方法によると,
わずかな反応回数によりGaN結晶物が押圧ガス副噴射管及び原料ガス噴射管に付
着し,この方法は再現性が極めて悪く,工業化には全く不向きな技術であったこ
と,③ 近年に至っては,MOCVD装置の汎用機メーカーが,結晶成長指導とセ
ットにして汎用機を販売しており,しかも,このような汎用機によって成長させた
GaN化合物半導体の結晶性は,本件特許発明の方法により成長させたそれの結晶
性を上回っていること,以上の各事実が認められる。また,④ 原告自身が,原告
及びNS博士の共著に係る書籍「青の発見 赤の発見」(乙98)において,本件
特許発明の方法により成長させたGaN化合物半導体の結晶性について
,「できたものは,せいぜい他所でやっている結晶とどっこいどっこいの結晶です
よ。」と明確に述べている。
     以上を勘案すると,被告会社の売上高における,豊田合成等の競業他社
に対して,本件特許発明の実施を禁止できたことに起因して得られた売上の割合
は,ゼロであるといわざるを得ない。
   ウ 実施料率について
     前記アの算定式における項目のひとつである「競業他社に発明の実施を
禁止できたことに起因する割合」がゼロである以上,本件特許権の相当対価がゼロ
であることは明らかであり,これ以上の反論は本来不要であるが,議論を明確にす
るため,上記算定式のもうひとつの項目である実施料率についても述べておく。
     本件のように相当対価算定の対象となる発明の実施契約が存在しない場
合においては,過去の裁判例は,競業他社等の平均値を参考にして実施料率を認定
しているものと考えられるが,上記イで述べたとおり,本件特許権は競業他社に対
する優位性のない技術であるばかりか,特許公報等の資料によれば,競業他社であ
る豊田合成やクリー社は,いずれも本件特許権の方法と異なる独自のMOCVD装
置を使用しているものと認められる。このように,競業他社に対する優位性がない
上に,代替技術が存在する以上,それだけで実施料率は限りなくゼロに近いといわ
ざるを得ない。
     そもそも,本件特許発明の方法は,それだけで製品化に耐え得る質の窒
化物半導体結晶膜の成長を可能にするものではなく,この方法を実施したツーフロ
ー方式1号機及び同2号機等は,工業的に無意味な装置ではなかったにせよ,競業
他社に対する優位性は全くなかった。基板に平行ないし傾斜した方向から供給され
る原料ガスをいわゆる層流の状態にして,良質な結晶性のGaN系化合物結晶膜を
成長させるためには,ガス噴射管の形状・角度,供給するガスの流速,基板の加熱
温度等のいわゆるノウハウに属する部分が極めて重要であり,被告会社は,上記1
号機及び2号機等に改良を加えてノウハウを蓄積し,本件特許発明が登録される直
前の平成9年4月15日ころには,本件特許発明と別個の技術思想に基づく窒素化
合物の半導体結晶膜成長方法を開発した。これが,被告現方法(別紙「被告方法目
録」記載の方法)であり,被告会社は,そのころから現在に至るまで,被告現方法
を実施したMOCVD装置(以下「被告現装置」という。)を稼働させて,高輝度
青色LED及びLDの全製品を製造している。
     上記のとおり,良質なGaN結晶膜を成長させるにおいて本件特許発明
が果たす役割は,被告現方法及び被告現装置が果たす役割に比して著しく小さく,
100分の1にも満たない。このような観点からしても,本件特許権自体の実施料
率は限りなくゼロに近いものというべきである。
   エ 発明者の貢献度
     さらに,本件特許権の相当対価を算定する際の項目のひとつである発明
者の貢献度について,被告の見解を述べる。
     本件においては,① 被告会社は,昭和48年ころから将来のLED開
発をにらんで基礎研究を始めており,半導体について全くの素人であった原告は,
被告会社に入社して初めて,その開発方針に従い,同社が蓄積した半導体の基礎技
術を学びながら,研究者として成長していったこと,② 本件特許発明の直接のき
っかけとなったMOCVD装置の購入は,被告会社の開発方針に基づくものであ
り,原告はその方針に従って,同装置に関する基礎研究を目的として米国フロリダ
州立大学に派遣されたこと,③ MOCVD装置は,これを購入した平成元年当時
で約1億3900万円と高価なものであり,当時の被告会社の規模(ちなみに,同
社の平成元年度の経常利益は11億3000万円である。)からすれば莫大な投資
であると同時に,原告が自認するとおり,LED製品化のめどは全く立っておら
ず,非常にリスクの高い投資であったこと,④ 結晶膜成長の基板となる2インチ
のサファイヤ基板は,平成2年当時の価格が1枚3万円強であるなど,MOCVD
装置を使用した実験は非常にコストがかかるものであり,本件特許発明が特許出願
される同年10月ころまでの間に,同装置に関して約3億8000万円も
の開発研究資金を投じた被告会社の大胆な投資なくして,本件特許発明は完成に至
らなかったこと,⑤ 被告会社特許部は,本件特許発明を特許出願した後も,拒絶
理由通知及び特許異議申立に対して苦慮しつつ適切に対応し,再度にわたる補正を
経て平成9年4月の登録にこぎ着けたものであり,このような特許部の尽力なくし
て,本件特許権は成立し得なかったこと,⑥ 他方,原告は,本件特許権の事業化
の過程において,例えばプロジェクトチームに参加するなど積極的に関与したこと
はなく,それどころか会議にも全く出席しないなど,事業化過程に何らの貢献もし
ていないこと,以上のような事情が存在する。
     これらの事情に照らせば,本件は,過去の裁判例でいえば,いわゆるオ
リンパス光学事件の1審判決(東京地判平成11年4月16日・判例時報1690
号145頁)及び2審判決(東京高判平成13年5月22日・判例時報1753号
23頁)の事案に最も近いというべきであるが,同事件における発明者の貢献度
は,様々な事情を勘案した上,5%と認定されている。しかるに,平成2年当時の
被告会社がMOCVD装置に投資することで負担したリスクが,東証一部上場の大
企業であるオリンパス光学工業株式会社が負担したリスクよりも著しく大きいこと
はいうまでもない。したがって,本件特許発明における原告の貢献度は,どんなに
多く見積もっても5%を上回ることはあり得ない。
   オ 結論
     以上のとおりであるから,いずれにせよ,本件において,原告が本件特
許を受ける権利を被告に譲渡したことに対する相当な対価(特許法35条3項)
は,ゼロと算出されるべきものである。
  (2) 原告の主張に対する反論
   ア 将来利益について
     特許を受ける権利は,特許法上,譲渡可能な財産的権利として規定され
ており(同法33条1項),同法自身が,特許を受ける権利の対価を,特許登録の
有無とはかかわりなく譲渡時に客観的に算定可能なものとみていることが分かる。
また,同法35条4項が,使用者が現実に受けた利益ではなく,「使用者が受ける
べき利益」を相当対価の算定根拠としていることからしても,特許法が譲渡時に定
まった額の相当対価請求権を発生させ,原則として譲渡時から同請求権の行使を可
能にしたものであることは明らかというべきであり,過去の裁判例もそのことを当
然の前提にしてきた。
     以上から明らかなとおり,特許法35条の相当対価算定において算出さ
れるべきは,あくまでも譲渡時における期待利益であって,従業者の請求の時期に
よって基準時が前後することはない。したがって,相当対価算定において斟酌する
ことが許されるのは,譲渡時において合理的に予想される限度においての将来利益
であって,原告が主張するように,本件特許を受ける権利の譲渡から10年以上を
経過した本件訴訟の口頭弁論終結時において算定される将来利益ではあり得ない。
本件訴訟口頭弁論終結時までに被告が実際にあげた利益についても,あくまで譲渡
時における期待利益を算定するに際し,1つの資料として斟酌することが許される
にすぎない。
     そうすると,原告の主張は,その前提となる特許法35条の趣旨の理解
を誤ったものというべきであり,この誤った理解に基づくトーマツ鑑定書(甲12
2)及びベンチャーラボ&ASG鑑定書(甲129の1)の各鑑定結果も,また誤
りといわなければならない。
   イ 譲渡時における期待利益
     ちなみに,青色LED開発の経過に照らせば,単純なpn接合型LED
の実現までに限っても,① 結晶性の良いGaN結晶膜の成長,② サファイア基
板上にバッファ層を設ける着想(前記「GaNバッファ層の発明」),③ p型G
aN化合物半導体を製造するためのMgドープ,④ p型化の際のアニール(熱処
理)(前記「p型化アニーリングの発明」),という技術的課題が存在したのであ
り,原告及び被告会社は,最後の難題であった上記④の点(アニール技術の確立)
の解決に成功したことにより,世界的にその名を知られるところとなった。これに
対し,本件特許発明は,上記①に対する1つの解決方法を提供するものにすぎず,
本件特許を受ける権利が譲渡された当時は,青色LED製品化の実現は,まだまだ
遠い先の話であり,予想すらできなかったと言っても過言ではない。そのことは,
原告自身が,本訴において,「本件特許権のツーフローMOCVDが,1990年
に出来た時は,まだ青色LEDが開発できるとは,N教授は想像もできなかっ
た。」(平成15年1月29日付け原告第20準備書面38頁)と認めるとおりで
ある。その後被告会社が高輝度青色LEDの製品化に成功したのは,ダブ
ルへテロ構造や量子井戸構造の発光層の実現,さらには被告会社の技術陣による絶
え間ないノウハウの蓄積によるところが大きい。
     このような事実関係の下においては,本件特許を受ける権利が譲渡され
た平成2年当時,本件特許発明により受けることになると見込まれる期待利益は,
ほとんどゼロに等しかったというべきである。
   ウ 新日本監査法人鑑定書
     上述のとおりであり,いずれにしても,本件特許権についての職務発明
の相当対価はゼロというべきであるから,これ以上の算定は不要である。
     しかしながら,被告は,使用者がその企業生命を賭けて研究開発方針を
決断し,それに基づき莫大な研究開発費用を投じるという大きなリスクを負担して
いることを相当対価算定に反映させるため,また,被告会社が高収益をあげている
事実が原告のマスコミ宣伝等により独り歩きすることを防ぐため,前記独占の利益
についてのあるべき見解を明らかにしたいと考え,新日本監査法人作成に係る「調
査結果報告書」と題する書面(乙117。以下「新日本監査法人鑑定書」とい
う。)及びL助教授ほか作成に係る意見書(乙151)を証拠として提出した。以
下,新日本監査法人鑑定書に基づき,被告の見解を述べる。
    ① 特許法上の相当対価請求は,使用者があげた利益の分配的な要素を持
つものであるが,分配の対象になるのは,単なる計数上の利益ではなく,支払利息
や為替損益等の営業外損益を控除した後に,最終的に企業の手元に実際に残った利
益とみるべきである。
      したがって,特許関連製品がもたらした利益を算定するに際しては,
トーマツ鑑定書が採用する税引後営業利益ではなく,税引後当期利益を基礎とすべ
きである。
    ② 商法上の決算書記載の数字だけをもとに各製品群の損益を確定させて
対象期間の損益を集計したのでは,製品販売に至る前の研究開発費及び試験研究用
固定資産残高を考慮できない結果となる。
      しかし,これらは当該特許発明の開発のために特別に支出されたもの
であるから,特許関連製品がもたらした利益の算定に際し,対象期間の損益から控
除されるのは当然である。
      新日本監査法人鑑定書は,このような見解に基づき,青色LEDが製
品化された平成5年以前の研究開発費合計約52億6300万円を控除しているも
のであり,妥当である。これに対し,トーマツ鑑定書は,原告自身の評価に基づき
10億円の研究開発費を控除しているが,なぜ会計帳簿記載の客観的な数値によら
ず,原告自身の評価額などという根拠薄弱な数値を採用するのか,理解に苦しむ。
    ③ わが国の現行会計制度では,研究開発用に購入した資産は,一定年数
で償却し,償却した金額を償却年度の費用とすることが認められており,決算日に
おける未償却残高は資産として次期以後に繰り越される。被告会社においても,平
成13年12月末時点で,特許関連製品の研究開発に供している資産の未償却残高
が計上されている。
      しかしながら,研究開発資産は用途が限られ,他に転用できず,将来
の収益獲得に貢献する機会がないから,本来資産として評価されるべき価値を有し
ない資産である。したがって,米国の会計処理実務においては,資産として次期以
後に繰り越さず,取得した時の費用とする処理が一般的に認められている。このよ
うな実情に加え,同資産を購入した時点で既に企業から現金が流出している点をも
考慮すれば,特許関連製品がもたらした利益の算定に際し,同資産の未償却残高を
控除すべきことは当然である。
    ④ 特許関連製品がもたらした利益の算定に際し,決算上の損益計算書に
おける当期損益をベースにすると,借入金等の負債資本コストにかかるコスト(支
払利息)は考慮されるものの,自己資本(資産から負債を差し引いた純資産)に対
応するコストは考慮されないことになる。
      しかしながら,現在では,投資に伴って生じる危険負担コストとして
上記自己資本コストを考慮に入れることが企業経営に欠かせない重要な概念になっ
ており,上記利益の算定にあたっても,自己資本コストを控除する必要がある。同
コストの算定に使用する資本コスト率は,資金提供者である債権者及び株主が要求
する最低限の利回り率で表され,現在では,安全証券の利子率に当該株式のリス
ク・プレミアムを加算して最低利回りを算出するCAMP法(資本市場モデル)に
よることが一般的になっている。
      新日本監査法人鑑定書は,上記CAMP法を採用した上,被告会社が
非上場会社で計算に必要なデータが得られないことから,被告会社と競業関係にあ
る米国NASDAQ上場のクリー社の自己資本コスト率を算出し,被告会社の自己
資本コスト率もこれと同一とみなして,自己資本コストを算出したものであり,合
理的な算定方法というべきである。
      これに対し,トーマツ鑑定書は,プライムレートを基礎として自己資
本コストを算出しているが,自己資本コスト率は,元本保証のない拠出資本を回収
するのに見合う率に設定されるものであり,その算出に,元本保証のある投資に対
するリターンの利率であるプライムレートを用いるのは不適切である。
     以上のとおりであり,上記①~④に基づき,青色LEDが製品化された
平成6年12月期から平成13年12月期までの間に,特許関連製品により被告会
社にもたらされた損益を計算すると,別紙「相当対価算定についての被告の主張」
記載のとおり,14億9000万円の損失という結果になる。
     このような算定結果も,本件特許権についての職務発明の相当対価はゼ
ロである旨の被告の前記主張を裏付けているというべきである。
  (3) 被告現方法について
   ア 本件特許発明の方法,被告当初方法及び被告現方法
     ところで,原告は,本件特許発明がされて以後現在に至るまで,被告会
社が一貫して本件特許発明を実施していることを前提に,本件特許発明を独占でき
ることに起因する利益を主張し,特許法35条3項,4項の相当対価を請求してい
る。
     しかしながら,本件特許発明を含むツーフロー方式のMOCVDにおい
て,良質な窒素化合物半導体結晶膜を成長させるためには,反応ガスの流れを基板
に平行な層流の状態に保つ必要があるところ,原告が発明した本件特許発明の方法
はこの点を必ずしも十分意識しておらず,再現性の極めて悪いものであった。すな
わち,原告の発明に係るツーフロー方式は,反応ガスを上記層流の状態に保つた
め,基板に実質的に垂直な方向から供給される不活性ガスを所定の圧力に基づき供
給することを必須の要件とするものであったが,特許請求の範囲にはこの点に関す
る要件が開示されておらず,明細書の記載だけをみると,未完成発明というべきも
のであった。
     そこで,被告会社においては,本件特許発明がされた直後から実験を繰
り返し,上記不活性ガスの所定の圧力に関する最適条件を見付け出した上,この条
件に基づきツーフロー方式(以下「被告当初方法」という。)を実施して,青色L
EDの研究開発及び製品化を進めた。この被告当初方法は,本件特許発明の構成要
件に,上記不活性ガスの所定の圧力に関する要件を付加したものであって,本件特
許発明との関係でいえば,せいぜいその改良発明に当たるものでしかない。その
後,被告会社は,平成8年11月16日ころから,徐々に被告当初方法から被告現
方法への切り替えを始め,本件特許権が設定登録される直前の平成9年4月15日
以後は,被告会社が保有するすべてのMOCVD装置につき,本件特許発明とは別
個の技術思想に基づく発明である被告現方法を実施して,高輝度青色LED及びL
Dの全製品を製造している。
  イ 本件特許発明と被告現方法の対比
     被告現方法は,本件特許発明の技術的範囲に属しない。この点に関する
主張は,別紙「被告現方法についての被告の主張」記載のとおりである。
     したがって,被告会社が現在に至るまで本件特許発明の方法を実施して
いることを前提とする原告の相当対価請求は,その前提を欠くものであり,この観
点からも,本件特許発明についての職務発明の相当対価の額は,限りなくゼロに近
いというべきである。
  (4) 消滅時効の援用
   ア 判例の法理
     オリンパス光学事件最高裁判決(最高裁平成13年(受)第1256号同
15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁)は,職務発明の相当
対価の支払時期については,額の場合と異なり,特許法35条4項のように勤務規
則等の定めを修正する規定がないから,「勤務規則等に対価の支払時期が定められ
ているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対
価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求
めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従
業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払
時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当
である。」と判示する。
     同判決は,使用者会社の社内規定等に,その法的性質が特許法35条所
定の相当対価の一部又は全部と評価し得る金員の支払規定が存在する場合には,従
業者等はそこに規定された支払時期に拘束され,同時期が未到来であることが「法
律上の障害」に該当し,その結果,消滅時効の起算点がその時点にまでずれ込むこ
とを明確にしたものと解される。
   イ 消滅時効の起算点
     特許法35条は,職務発明の相当対価を,特許を受ける権利を譲渡した
時点で客観的に算定可能なものとみているから(同法33条1項),同対価の支払
時期についても,上記譲渡時における一括払いを原則としているものと解される。
しかるに,勤務規則等において,譲渡時における一括払い以外の支払方法が規定さ
れている場合に,従業者等が常にこれに拘束されるとすると,使用者が恣意的に支
払時期を遅く設定した場合にまで,従業者等は,その時期が到来するまで相当対価
請求権を行使することができなくなり,特許法が同法35条3項,4項という片面
的な強行規定を置いて従業者等の保護を図った趣旨にもとる結果となる。
     したがって,使用者が勤務規則等において,譲渡時の一括払い以外の補
償を定めている場合に,それが相当対価の支払の一部又は全部と評価され,その結
果,消滅時効の起算点が当該補償の支払時期にずれ込むことが許容されるために
は,上記補償に関する規定が,法が原則とする譲渡時の一括払いに代替し得る合理
的な支払方法と評価できるものでなければならない。勤務規則等に定められた支払
規定がそのように評価できない場合には,従業者等の保護のため,原則に戻って,
特許を受ける権利が譲渡された時から,当該発明に係る相当対価請求権の行使が可
能と解すべきである。このような場合には,相当対価請求権の消滅時効も,当然,
権利の譲渡時から進行することになる。
   ウ 本件へのあてはめ
     前記のとおり,本件特許発明の特許を受ける権利が譲渡された平成2年
当時の被告社規(乙7の1。昭和60年改正後の社規第17号)10条を受けて定
められた社規第17号付則-1は,「Ⅱ 2.褒賞金支給基準」の項で,特許出願
1件につき1万円,権利成立1件につき1万円と,定額かつ低廉な出願補償金及び
登録補償金を定めるのみで,いわゆる実績補償の性質を有する金員の支払は一切定
められていない。
     特許法35条4項が,相当対価算定に当たって考慮に入れるべき要素と
して,「使用者等が受けるべき利益」を挙げていることから分かるとおり,同法の
想定する相当対価請求権は,使用者があげた利益を分配する要素を持つものであ
る。しかるに,上記社規付則における出願補償金及び登録補償金は,当該発明の技
術的価値や見込まれる経済的利益の大小を一切考慮することなく,一律に定額の対価
を支給するものであり,使用者利益の分配的な要素を一切有していない。このよう
な規定を相当対価の全部又は一部の支払を定めたものと解するときは,実績に見合
う対価が支払われる可能性はなく,1~2万円という低廉な対価しか支払われない
ことが分かり切っているのに,特許を受ける権利を承継してから登録の有無が定ま
るまでの長期間,法律上の障害が存在するものとして相当対価請求権の行使を控え
なければならないという,従業者等にとって一方的に不利な結果となる。
     そうすると,このような社内規定を,譲渡時の一括払いに代替し得る合
理的な支払方法と評価することはできないから,本件においては,法の定める原則
に戻り,特許を受ける権利の承継時(遅くとも,特許出願の日である平成2年10
月25日)から相当対価請求権が行使可能であったと解すべきものである。したが
って,消滅時効も当然この時点から進行することになる。そうすると,相当対価請
求権の消滅時効の期間を5年(商法522条)と解するにせよ,あるいは10年
(民法167条1項)と解するにせよ,いずれにしても,本件特許発明についての
職務発明の相当対価請求権は,本件訴訟が提起されるより前の遅くとも平成12年
10月25日の時点において,既に時効消滅したものというべきである。被告は,
平成14年12月19日の第10回口頭弁論において上記消滅時効を援用した(同
月18日付け被告第11準備書面)ので,原告の請求は理由がないことに帰する。
   エ オリンパス光学事件最高裁判決の射程
     なお,オリンパス光学事件最高裁判決においては,裁判所が算定した相
当対価から,従業員発明者に支払われた出願補償金3000円,登録補償金800
0円及び工業所有権収入取得時報償金(実績補償金)20万円を控除した上,最後
に支払われた工業所有権収入取得時報償金の支払時期を消滅時効の起算点と解し,
不足分の支払を命じた1審判決及び2審判決の結論が維持されている。
     しかし,最高裁がこのような結論を採ったのは,上記工業所有権収入取
得時報償金支払に関する社内規定を,金額の点はさておいても,譲渡時の一括払い
に代替し得る合理的な支払方法と評価することができたからである。すなわち,こ
のような規定があれば,同規定に基づき算定される実績補償金の支払を待って,な
お不足分があると考えた場合には,特許法35条3項,4項に基づき司法判断を求
めることができる。したがって,実績補償金の支払時期から消滅時効が進行すると
解しても,何ら従業者等の保護に欠けるところはない。オリンパス光学事件最高裁
判決は,まさにそのような事案であった。もともと,実績補償制度は,使用者利益
を従業者等に還元する目的で設けられた制度であり,出願補償及び登録補償に加え
て実績補償の定めを置くことで,経済的価値の高い発明に対しては実績補償で報い
る一方で,経済的価値の低い発明に対しては一律定額の出願補償及び登録補償で済
ませるという合理的な運用が可能となるのである。
     しかるに,本件においては,前記のとおり,出願補償金及び登録補償金
の規定があるのみで,実績補償金に関する規定は一切ない。このような事案をオリ
ンパス光学事件の事案と同列に扱い,出願補償金及び登録補償金の支払を相当対価
の支払の一部とみた上で,最後に支払われた登録補償金の支払時期(本件特許権の
設定登録時である平成9年4月18日)から消滅時効が進行すると解することは,
前記イ,ウで述べた特許法の趣旨に反するというべきである。本件は,オリンパス
光学事件最高裁判決の射程の及ばない事案とみるべきであり,前述のとおり,本件
においては,特許を受ける権利の承継時(平成2年9月)から消滅時効が進行する
と解すべきものである。以上述べたところは,これと同趣旨のY学習院大学助教授
作成に係る鑑定書(乙148。以下「Y鑑定書」という。)によっても裏付けられ
る。
   オ 時効中断の主張に対する反論
     ところで,原告は,被告の消滅時効に関する主張(上記ア~エ)に対
し,時効の起算点をどの時点と考えるかは別にして,被告会社が,本件特許権が設
定登録された平成9年4月18日ころに原告に対して登録補償金1万円を支払った
ことは,債務の承認(民法147条3号)に当たるから,同支払により消滅時効は
中断していると主張する(後記3(3)ウ)。そして,これに沿うS法政大学名誉教授
作成に係る意見書(甲136)を書証として提出している。
     時効中断事由としての「承認」といえるためには,権利の存在を認識
し,その認識を表示したと認め得る行為が必要と解されており,上記鑑定書もその
ことを前提にしていると考えられる。しかるに,被告社規における出願補償及び登
録補償の定めは,前記のとおり,特許法35条の相当対価の支払の全部又は一部と
評価できるものではなく,これとは別個の補償を定めたものと解すべきであるか
ら,出願補償及び登録補償の支払をもって,被告会社が相当対価請求権の存在を認
識し,その認識を表示したということはできない。
     たしかに,上記規定に基づく登録補償金1万円の支払は,裁判所が中間
判決において正当に認定したとおり,特許を受ける権利の譲渡を前提に行われた行
為である。しかし,使用者が特許を受ける権利の譲渡を受けたことを前提に行う行
為は,出願から登録に至るまでの権利化のための行為,各種審判手続及び訴訟手続
において権利を維持し,あるいはこれを行使するため発明者に協力を求める行為
等,無数に存在する。これらの行為の度に消滅時効が中断するとの結論が不当であ
ることはいうまでもないから,権利の譲渡を前提にした行為があったからといっ
て,直ちに消滅時効が中断されるものではないというべきである。
     そもそも,債務承認が時効中断事由とされているのは,承認により債権
者に債務支払に対する期待が生じるので,この期待を保護する必要があるからであ
る。この点,実績補償制度が採用されている場合には,出願補償及び登録補償の支
払により,実績補償に基づく支払への期待が高まるであろうから,出願補償及び登
録補償の支払が債務承認としての意味を持つこともあり得よう。しかるに,被告社
規のように,出願補償及び登録補償の支払のみが規定されていて,登録補償の支払
規定が一切存しない場合には,出願補償及び登録補償が現実に支払われても,それ
以上の支払のないことが明らかであるから,相当対価請求権の支払に対する期待は
生じようがない。したがって,このような場合には,時効を中断してまで保護すべ
き債権者の期待が存在しない。
     以上によれば,本件における上記登録補償金の支払は,「承認」と評価
される性質のものではないというべきである。この点に関する原告の上記主張は失
当である。
  (5) 原告の予備的請求(その1)について
    原告は,予備的請求(その1)として,職務発明の相当対価請求権を定め
た特許法35条3項に基づき本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めると
しているが,同項はそのような内容の請求権を定めたものではない。
    原告は,代物弁済的な趣旨で上記移転登録を求めているのかもしれない
が,特許権の共有持分の移転登録請求を認めることは,共有持分の自由譲渡性を否
定する特許法73条の趣旨に反する。すなわち,特許権の共有者は持分に関係なく
特許権に係る発明を実施できるので,共有者は,他の共有者の実施能力により大き
な影響を受け,共有の相手次第で,自己の共有持分の経済的価値に大きな変動が生
じる。そのため,自らが関与しないところで,第三者が共有関係に入ってくるのを
阻止できる制度になっているのである。
    上記によれば,本件特許権につき,特許権者である被告の自由意思に反し
て(すなわち,被告の同意なしに)原告との共有関係を強制する結果となる原告の
上記移転登録請求を認める余地はないというべきである。
 3 原告の再反論
  (1) 本件特許発明と被告現方法の対比について
    被告現方法は,本件特許発明の構成要件をすべて充足しており,その技術
的範囲に属する。この点に関する主張は,別紙「被告現方法についての原告の主
張」記載のとおりである。
  (2) 未完成発明の主張に対して
    ところで,被告は,ツーフロー方式のMOCVDにおいて,良質な窒素化
合物半導体結晶膜を成長させるためには,反応ガスの流れを基板に平行な層流の状
態に保つ必要があるとした上,本件特許発明においては,このような層流状態を実
現するための必須の要件である,不活性ガスを供給する際の所定の圧力が開示され
ておらず,未完成発明というほかないと主張する。
    しかしながら,仮にこのような所定の不活性ガス(サブフローガス)圧力
なるものを想定したとしても,① 現実に供給される不活性ガスの圧力が所定の圧
力より大きい場合には,ノズルから供給された反応ガスが基板に達する前に不活性
ガスに跳ね返され,上方に舞い上がってしまい,また,② 現実に供給される不活
性ガスの圧力が所定の圧力より小さい場合には,加熱された基板の上で,反応ガス
が熱対流により上方に舞い上がろうとするのを十分に抑えることができず,いずれ
にしても,良質な窒素化合物系半導体の結晶膜を基板上に成長させることができな
い。これに対し,③ 現実に供給される不活性ガスの圧力が所定の圧力に等しかっ
た場合にだけ,同ガスが,熱対流により舞い上がろうとする反応ガスを,その浮力
に対抗して基板に吹き付ける方向に方向を変更させ,結晶膜の安定した成長が実現
できる。
    上記から分かるとおり,被告が主張する上記「所定の圧力」なる要件は,
構成要件Dにいう「反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて」の
文言に既に取り込まれた内容のものにすぎない。したがって,上記「所定の圧力」
なる要件の開示がないことを根拠に,本件特許発明が未完成発明であるとする被告
の上記主張に,理由のないことは明らかといわなければならない。
    そもそも,前記で触れたとおり,MOCVD装置による半導体結晶膜の成
長そのものが,非常に精密な技術であり,ほんの少しの実験条件の違いで結晶膜が
うまく成長するかどうかが左右されるから,マニュアル等が添付された市販の装置
を使ってですら,満足のいく質の結晶膜を得るための最適化条件を見つけるのに,
数年程度の時間を要することが珍しくない。ましてや,原告の発明に係るツーフロ
ー方式のMOCVD装置は,その心臓部である反応装置部分が全くオリジナルの装
置であるから,仮にその最適化の過程をすべて記載したならば,膨大なページ数の
明細書になるはずであり,そのようなことは現実には不可能である。被告の上記主
張は,このような観点からも理由のないことが明らかである。
    上記のとおり,本件明細書には,その作用効果を奏するために必要な事項
が漏れなく記載されており,本件特許発明には,被告が主張するような未完成発明
あるいは記載不備などの瑕疵は存在しない。
  (3) 消滅時効について
   ア オリンパス光学事件最高裁判決の法理
     オリンパス光学事件最高裁判決においては,使用者会社の社内規定に基
づき,従業員発明者に対し,出願補償金3000円,登録補償金8000円及び工
業所有権収入取得時報償金(実績補償金)20万円の合計21万1000円が既に
支払われていた事案において,最後に支払われた工業所有権収入取得時報償金の支
払時期を消滅時効の起算点と解した上,裁判所が特許法35条4項に基づき算定し
た相当対価250万円から,上記21万1000円を差し引いた残額である228
万9000円の支払を命じた1審判決及び2審判決の当否が問題となった。
     上記の事案につき,最高裁は,「職務発明について特許を受ける権利等
を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等
は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,
相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額につい
ては,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額
に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時
期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が
定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,
相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その
支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用
者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,
その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解する
のが相当である。」と判示した。
     上記事案に照らして最高裁の判示するところを素直に読めば,オリンパ
ス光学事件最高裁判決からは,① 相当対価の額と異なり,相当対価の支払時期に
ついては,特許法は何ら定めるところがないので,使用者会社も従業員発明者も,
勤務規則等に定められた支払時期に従うことになる。したがって,かかる定めは相
当対価請求権を行使する上での法律上の障害となり,定められた支払時期が来るま
で消滅時効は進行しない。② 勤務規則等に定められた出願補償,登録補償及び実
績補償の支払は,いずれも当然に相当対価の一部(又は全部)を構成するものであ
り,だからこそ,裁判所が算定した相当対価の総額から支払済みの出願補償,登録
補償及び実績補償を控除した額の支払が命じられた。③ そうだとすると,これら
のうち最後に支払時期の到来するものの支払時期が到来するまでは,法律上の障害
の存在により,実体法上1つの請求権である相当対価請求権を行使できないことに
なるので,消滅時効についても,出願補償,登録補償及び実績補償ごとにそれぞれ
時効が進行するのではなく,最後に支払時期の訪れたものの支払時期から,一括し
て時効が進行する(ちなみに,オリンパス光学事件の事実関係を検討
すると,同事件における出願補償金3000円は,提訴の約17年前に支払われて
おり,個別に時効が進行するのであるならば,提訴の時点で既に消滅時効が完成し
ている事案であった。)。以上のような法理が導き出されるというべきである。
   イ 本件へのあてはめ
     上記アを本件についてみるに,本件においては,被告社規に基づき,本
件特許権の特許出願時である平成2年10月25日ころに出願補償金として1万円
が,設定登録時である平成9年4月18日ころに登録補償金として1万円が,それ
ぞれ支払われている。これらが相当対価の支払の一部であることは当然であるが
(上記ア②),従業員発明者である原告は同規定に拘束され,設定登録の成否が判
明して登録補償金1万円が支払われるまでは,法律上の障害があるものとして,相
当対価請求権を行使することができない(同①)。したがって,同請求権の消滅時
効は,被告社規に定められた相当対価の支払のうち,最後に支払時期の訪れた登録
補償金の支払時期(すなわち,平成9年4月18日ころ)から一括して進行する
(同③)。
     相当対価請求権の消滅時効の時効期間は10年(民法167条1項)と
解すべきものであるが,仮に万が一,時効期間を5年(商法522条)と解したと
しても,上述したところによれば,本件においては,本訴提起時(平成13年8月
23日)に消滅時効が完成していないことは明らかである。
   ウ 時効の中断
     被告は,本件における消滅時効の起算点は,特許を受ける権利の譲渡時
であると主張するが,仮にそうであったとしても,本件においては,被告会社が原
告に対し,登録補償金(社規によると「登録褒賞金」)1万円を支払ったことによ
り,消滅時効は中断している。以下,詳述する。
     特許法35条3項は,「従業者等は,契約,勤務規則その他の定によ
り,職務発明について使用者等に特許を受ける権利‥‥‥を承継させ‥‥‥たとき
は,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定する。この規定によれば,
職務発明の相当対価請求権は,特許を受ける権利の承継(譲渡も当然含まれる。)
と対価関係に立つ権利として,強行法規たる特許法35条3項に基づき,法律上当
然に発生する権利であると解される。そうすると,特許を受ける権利の譲渡と,当
該譲渡と同時に相当対価請求権が発生することは,不可分一体の関係にあることに
なり,したがって,特許を受ける権利の譲渡を認識し,これを承認することは,当
該譲渡と不可分一体の関係にある相当対価請求権の存在を認識し,承認することと
等価値というべきである。
     しかるに,本件においては,被告自身が,社規に基づき出願時及び登録
時に支払われた補償金(褒賞金)が,特許を受ける権利が被告会社に譲渡されたこ
とを前提に支払われる金員であることを繰り返し自認している。したがって,登録
補償金の支払により,被告会社が本件特許を受ける権利を譲り受けたことを認識
し,これを承認していたことは明らかである。そうすると,被告は,これと不可分
一体の関係にある相当対価請求権の存在をも認識し,これを承認したことになるか
ら,平成9年4月18日ころに被告会社から原告に登録補償金1万円が支払われた
ことによって,民法147条3号に基づき,本件特許発明の相当対価請求権の消滅
時効は中断したというべきである。
     そもそも,消滅時効の制度根拠としては,① 永続した事実状態に対す
る信頼を保護し,法律関係の安定を図る,② 永続した事実関係は真実の法律関係
に合致する蓋然性が高いので,この事実関係を正当とみなすことで,証明の困難を
救済する,③ 権利の上に眠る者は保護に値しない,以上の3点を挙げるのが通説
的理解であるところ,債務の承認がある場合には,債権者に債務の履行に対する期
待が生じるから,直ちに権利を行使しない場合であっても,「権利の上に眠る者」
とはいえなくなるし,真実の権利関係の存在が明らかになって,上記①~③の根拠
がすべて失われることになる。したがって,債務の承認が時効の中断事由とされて
いるのである。
     本件においても,出願補償金及び登録補償金が相当対価の一部である以
上,被告会社が登録補償金1万円を支払ったことにより,相当対価請求権の存在が
明らかになったということができる。よって,この支払が「債務の承認」(民法1
47条3号)に当たることは明らかである。
   エ 被告の主張に対する反論
     被告は,実績補償の規定が使用者のあげた利益を分配する性質を有する
ものとして,従業員発明者の保護に資するものであることを前提に,オリンパス光
学事件最高裁判決は,出願補償及び登録補償のほかに実績補償の規定が存在した事
案において,当該事案における実績補償の規定が特許法35条3項の趣旨に適う合
理的なものであったことから,これを相当対価支払の一部と評価し,その支払時期
をもって消滅時効の起算点としたものであると主張する。そして,本件において
は,被告社規には出願補償及び登録補償の規定があるのみで,実績補償の規定が存
在しないから,本件は上記判例と事案を異にするとして,このような場合には,従
業者等保護の見地から,原則に戻って特許を受ける権利の譲渡時から相当対価請求
権が行使可能と解すべきであるとし,したがって,消滅時効もこの時点から進行す
ると主張して,これに沿うY鑑定書(乙148)を提出する。
     しかしながら,従業者等の保護を強調し,使用者利益の分配的な要素の
有無に着目するのであるならば,本件のように出願補償及び登録補償の規定しかな
い場合には,強行法規たる特許法35条3項の解釈として,当該特許発明の運用益
が出て使用者利益の分配が現実化する時点まで,消滅時効の起算点を繰り下げるの
が論理的な帰結のはずである。それにもかかわらず,このような場合に,なぜ消滅
時効の起算点を繰り上げる解釈を採るのか疑問であり,被告の主張には矛盾がある
というほかない。Y鑑定書は,実績補償がなく,出願補償及び登録補償の規定しか
ない場合には,社内規定に従っていても,定額の補償金を得られる可能性しかない
のであるから,権利の譲渡時から相当対価請求権の行使を可能とみることが従業員
発明者の保護に資するとする。しかし,特許を受ける権利の譲渡時においては,当
該発明が首尾よく設定登録されて経済的価値を生み出すのか,それとも,出願公開
によりノウハウとしての価値すら失った上で登録に失敗して経済的価値がゼロとな
るのか,全くの未知数であって,この時点で権利譲渡の経済的価値を正確に算出す
ることは,従業者等にとって限りなく不可能に近い。また,権利の譲
渡時においては,従業員発明者は使用者会社に雇用されているのであるから,自ら
を雇用する会社相手に相当対価を請求するのは,現実問題として困難である。従業
員発明者からの相当対価請求が問題となった過去の裁判例のうち,1件を除いて
は,オリンパス光学事件を含むすべての事案が,従業員発明者が会社を退職した後
に訴えを提起した事案であったという社会的事実が,そのことを明確に物語ってい
る。特許を受ける権利の譲渡時に,従業員発明者が相当対価請求権を行使すること
が現実に可能であることを前提とするY鑑定書の立論は,机上の空論というべきも
のである。C大阪大学大学院法学研究科教授作成に係る「鑑定意見書」(甲17
3)及びK上智大学法学部教授作成に係る「意見書」(甲175)は,いずれも上
記の点を指摘し,本件においても登録補償金の支払時期から消滅時効が進行すると
解すべきであるとする。当を得た意見というべきである。
     上記のとおり,オリンパス光学事件最高裁判決に関する被告の上記主張
は,失当である。
第四 当裁判所の判断
一 主位的請求についての判断
  第一,一の主位的請求に対する当裁判所の判断は,中間判決「事実及び理由」
欄の第4記載のとおりである。
  すなわち,本件特許発明は職務発明に該当すると認められるところ,同発明が
された当時,被告社規が特許法35条にいう「勤務規則その他の定」に該当するも
のとして存在したほか,遅くとも同発明がされる前までには,従業者と被告会社と
の間で,職務発明については被告会社が特許を受ける権利を承継する旨の黙示の合
意が成立していたと認められる。また,本件特許発明の特許を受ける権利について
は,原告と被告会社の間で,これを被告会社に譲渡する旨の個別の譲渡契約も成立
していたと認められる。したがって,本件特許発明の特許を受ける権利は,特許法
35条に基づき,発明者である原告から被告会社に承継されたものであるから,上
記権利が原告に原始的に帰属したまま,被告会社に承継されていないことを前提と
する原告の主位的請求には理由がない。
二 予備的請求についての判断
 1 はじめに
  (1) 相当対価の算定方法について
    従業者によって職務発明がされた場合,使用者は無償の通常実施権(特許
法35条1項)を取得する。したがって,使用者が当該発明に関する権利を承継す
ることによって受けるべき利益(同法35条4項)とは,当該発明を実施して得ら
れる利益ではなく,特許権の取得により当該発明を実施する権利を独占することに
よって得られる利益(独占の利益)と解するのが相当である。ここでいう独占の利
益とは,① 使用者が当該特許発明の実施を他社に許諾している場合には,それに
よって得られる実施料収入がこれに該当するが,② 他社に実施許諾していない場
合には,特許権の効力として他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて
使用者があげた利益がこれに該当するというべきである。後者(上記②)において
は,例えば,使用者が当該発明を実施した製品を製造販売している場合には,他社
に対する禁止の効果として,他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比
較して,これを上回る売上高(以下「超過売上高」という。)を得ているとすれ
ば,超過売上高に基づく収益がこれに当たるものというべきである。また,使用者
が当該発明自体を実施していないとしても,他社に対して当該発明の実
施を禁止した効果として,当該発明の代替技術を実施した製品の販売について使用
者が市場において優位な立場を獲得しているなら,それによる超過売上高に基づく
利益は,上記独占の利益に該当するものということができる。③ 他社に実施許諾
していない場合については,このほか,仮に他社に実施許諾した場合を想定して,
その場合に得られる実施料収入として,独占の利益を算定することも考えられる。
    このようにして,使用者が特許権の取得により当該発明を実施する権利を
独占することによって得られる利益(独占の利益)を認定した場合,次に,当該発
明がされる経緯において発明者が果たした役割を,使用者との関係での貢献度とし
て数値化して認定し,これを独占の利益に乗じて,職務発明の相当対価の額を算定
することとなる。
    特許権は,その存続期間を通じて特許発明の実施を独占することのできる
権利であるから,上記の独占の利益も,また,特許権の存続期間満了までの間に使
用者があげる超過売上高に基づく利益を指すものである。当該利益の認定に当たっ
て,事実審口頭弁論終結時までに生じた一切の事情を斟酌することができるのは,
当然である。
    そして,勤務規則等に職務発明の対価の支払時期が定められている場合に
は,特段の事情のない限り,相当対価は当該支払時期を基準として算定された額で
あることが予定されているものと解されるから,特許権の存続期間を通じて算定さ
れる上記の独占の利益は,中間利息を控除して当該支払時期の時点における金額と
して算定するのが相当である。
  (2) 本件における検討
    本件特許発明については,当事者間において,被告会社が他社に実施許諾
していないという点につき争いがないので,当裁判所としても,これを前提として
判断する。
    被告会社は,本件特許発明がされた後,本件特許発明に不活性ガスの所定
の圧力に関するノウハウを付加した被告当初方法により青色LEDの製品化を行っ
たが,その後,被告当初方法から被告現方法への切り替えを進め,平成9年4月1
5日以後は,被告現方法を実施して,高輝度青色LED及びLDを製造している
(このことは,当事者間に争いがない。)。
    そこで,本件特許権により競業他社に対して本件特許発明の実施を禁止し
ていることにより,被告会社が,高輝度青色LED及びLDの製造販売において,
市場において優位な立場を獲得し,これによる超過売上高を得ているかどうかが問
題となる。
    この点を判断するためには,本件特許発明と被告現方法との関係,高輝度
青色LED及びLDの製造に当たって本件特許発明が果たす役割等を,検討する必
要がある。
    そこで,まず,本件特許発明と被告現方法との関係を検討し,次に,本件
特許発明の内容と高輝度青色LED及びLDの製造に当たって本件特許発明が果た
す役割等について検討する。
 2 本件特許発明と被告現方法
  (1) 被告は,被告当初方法については本件特許発明に不活性ガスの所定の圧力
に関するノウハウを付加したものであって,本件特許発明の改良発明に属するとし
て,本件特許発明の技術的範囲に属することを争わないが,被告現方法について
は,本件特許発明とは別個の技術思想に基づく発明であるとして,本件特許発明の
技術的範囲に属することを争っている。
    しかしながら,当裁判所は,被告現方法は本件特許発明の構成要件をすべ
て充足し,その技術的範囲に属するものと判断する。その理由は,別紙「被告現方
法についての当裁判所の判断」記載のとおりである。被告の主張するところは,要
するに,ノウハウに係る部分の構成が付加されているから,被告現方法は,本件特
許発明とは技術思想を異にする全く別個の発明であるということに尽きるものであ
るが,被告現方法は,本件特許発明の技術的原理を前提として,その作用効果を高
めるために実施態様を工夫したか,せいぜい改良発明としての意味を持つものでし
かない。被告の主張は,採用できない。
  (2) なお,上記のとおり,当裁判所は,被告現方法は本件特許発明の技術的範
囲に属すると判断するものであるが,特許権侵害訴訟と異なり,本件のような職務
発明の相当対価請求訴訟においては,上記の点は,必ずしも相当対価の算定に当た
り結論に影響を与えるものではない。すなわち,仮に,本件特許発明の各構成要件
の文言を狭義に解釈して,被告現方法は文言上本件特許発明の技術的範囲に属しな
いとし,また,被告現方法と本件特許発明の相違部分につき当業者が容易に想到す
ることができないとして均等の成立も否定する立場をとるとしても,別紙「被告現
方法についての当裁判所の判断」記載の理由によれば,被告現方法が本件特許発明
を基本的原理として利用した技術であることは明らかである。そして,後記のとお
り(後記3,4参照),本件特許発明が,高輝度青色LED及びLDの製造のため
のGaN系半導体結晶膜を成長させるに当たって決定的な役割を果たす技術である
ことに照らせば,競業他社に対して本件特許発明の実施を禁止することにより,被
告会社が高輝度青色LED及びLDの市場において競業他社に対して優位な立場を
獲得していることは,優に認められるところである。そうすると,仮
に被告現方法が厳密には本件特許発明の技術的範囲に属しないとしても,被告会社
が高輝度青色LED及びLDの市場における優位な立場を通じて得ている超過売上
高は,いずれにせよ,本件特許権の取得により本件特許発明を実施する権利を独占
することによって得られる利益(独占の利益)と認定すべきものだからである。
 3 本件特許発明の内容等について
  (1) 未完成発明の主張について
    被告は,本件特許発明のようなツーフロー方式MOCVDにおいて,結晶
性の高いGaN系結晶膜を成長させるためには,基板に平行ないし傾斜した方向か
ら供給される反応ガスを層流の状態に保つため,基板の上から供給される不活性ガ
スを所定の圧力で供給することが不可欠であるところ,本件明細書にはこの所定の
圧力に関する要件が開示されておらず,本件明細書の記載によれば,本件特許発明
は未完成発明というべきである(第三,二2(3)ア)と主張する。
    特許権者である被告自身が,本件特許発明を未完成発明であるとして,本
件特許の有効性を疑問視するような主張をする真意は必ずしも明らかでないが,本
件明細書(中間判決に添付した特許公報及び異議決定参照)の記載を前記出願経過
(第二,三5,12,13,15,16)に照らして精査しても,また,この点に関連して
被告から提出された各証拠(乙94~95,149等。枝番号省略。以下同じ。)
を検討しても,本件特許発明が未完成発明ということはできないし,本件明細書の
記載に不備があるとも認められない。
    かえって,原告は,本件特許発明が特許出願されて半年もたたない平成3
年3月には,本件特許発明に係るツーフロー方式を用いて,基板の上にGaNバッ
ファ層を形成して高品質なGaN層を成長させる(前記「GaNバッファ層の発
明」)ことに成功していること(甲63,161),被告自身が,少なくとも平成
8年11月16日ころまでは,本件特許発明の改良発明に係るツーフロー方式MO
CVD(被告当初方法)を実施したことを自認している(第三,二2(3)ア)ことな
どに照らせば,本件特許発明は,その特許出願の当時において,「産業上利用する
ことができる発明」(特許法29条1項柱書)として完成していたものであり,か
つ,本件明細書の記載にも欠けるところはないもの(同法36条4項1号参照)と
認められる。
    したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。
  (2) 本件特許発明とノウハウ
被告は,また,本件特許発明を含むツーフロー方式MOCVDにおいて
は,不活性ガスの所定の圧力の最適条件に関するノウハウが極めて重要であって,
良質なGaN結晶膜を成長させるに当たって本件特許発明が果たす役割は,被告現
方法及びこれを実施した被告現装置が果たす役割に比して著しく小さく,100分
の1にも満たない(第三,二2(1)ウ)などとも主張する。
    たしかに,MOCVD自体が非常に精密な技術であり,わずかな条件の相
違によりGaN系半導体結晶膜の成長が左右されるものであることは,MOCVD
の専門家である原告本人もこれを自認している(第16回口頭弁論における原告本
人尋問調書93頁以下)。その点からすれば,被告が主張するように,本件特許発
明を産業的に実施して高輝度青色LED及びLDを製品化するためには,本件明細
書に直接開示された以外のいわゆるノウハウに属する部分が,少なからぬ役割を果
たしていることが推測されないではない。しかしながら,これらのノウハウは,本
件特許発明の技術的原理を前提として,その作用効果を高めるために実施態様を工
夫したものか,せいぜい改良発明としての意味を持つものでしかなく,本件特許発
明が存在しない限り意味を持たない。
    したがって,本件特許発明について,これを産業的に実施するために本件
明細書に開示されていないノウハウが必要であったとしても,高輝度青色LED及
びLDの製品化のための特許発明としての,本件特許発明の評価に影響を与えるも
のではない。
 4 高輝度青色LED及びLDの製造における本件特許発明の位置付け
  (1) 前記の前提となる事実(第二,三記載)に証拠(原告本人(第1,2回。
以下同じ。),甲21~23,51~54,57~59,63,66,74,14
8~151,154~156,161)及び弁論の全趣旨を総合すれば,① 本件
特許発明が発明されたことにより,青色LEDの製品化に耐え得る質のGaN系化
合物半導体結晶膜の成長が可能となり,そのことがきっかけとなって,原告は,G
aNバッファ層の形成や,発光層に用いられる良質なInGaN結晶膜の成長など
に次々と成功し,それまでのLEDの研究開発の歴史からすれば,画期的な早さで
青色LED及びLDの製品化に至ったものであり,被告会社における青色LED及
びLDの開発の経緯に照らすと,本件特許発明は,高輝度青色LED及びLDの実
用化に必要な,いくつかの重要な技術的課題の解決のきっかけとなった基本特許の
地位を占めるものであると認められ,また,② 被告会社は,高輝度青色LED及
びLDの市場,とりわけ収益性の高い高輝度青色LEDの分野において,競業他社
に対する優位を保っているものであるところ,③ 競業関係にある豊田合成及びク
リー社も,それぞれMOCVD方法によりGaN系化合物半導体結晶
膜を成長させていることがうかがわれるものの,結果として,青色LEDが製品化
されて以来現在に至るまで,本件特許発明を独占して実施する被告会社の製造する
高輝度青色LEDに比して,常に何割か輝度の劣るLEDしか製造できておらず,
このことからすれば,高輝度LED及びLDに関しては,本件特許発明の方法によ
ってもたらされる結晶膜の質の差が,製品となった半導体発光素子の品質(輝度)
に決定的な役割を果たしているものと認められる。
    この点に関して,被告は,GaN系青色LEDの製造に関与する技術(特
許)として被告会社が保有するものとしては,① 結晶性の良いGaN結晶膜を成
長させる技術である本件特許発明のほかに,② サファイア基板上にバッファ層を
設ける技術(前記「GaNバッファ層の発明」),③ p型GaN化合物半導体を
製造するために不純物Mgをドープする技術,④ Mgドープによりp型化する際
のアニール(熱処理)技術(前記「p型化アニーリングの発明」)などが存在する
ことを指摘するものであるが(原告も,この点は争わない。),前掲各証拠及び弁
論の全趣旨によれば,前掲②の技術,すなわち基板上にバッファ層を設ける技術に
ついては,被告会社が原告の発明に係るGaNバッファ層を用いているのに対し,
豊田合成及びクリー社は,代替技術であるAlN(窒化アルミニウム)バッファ層
を用いており,前掲③の技術,すなわちp型半導体を得るために不純物Mgをドー
プする技術自体は,1970年代から研究され,開発されてきた公知の技術であ
る。また,前掲④の技術,すなわちp型化のアニール(熱処理)技術については,
原告の共同発明に係るp型化アニーリングの発明は,たしかにp型半導体の安定し
た量産に貢献するものであるが,必ずしも高品質な結晶膜の形成に貢献するもので
はないし,豊田合成が使用する,A名古屋大学名誉教授らの研究グループ開発に係
る電子線照射によるp型化という代替技術が存在する。したがって,前掲②~④の
技術についていずれも代替技術ないし独自技術を有する競業会社である豊田合成及
びクリー社に比して,被告会社が常に何割か輝度の高いLED及びLDを製造し続
け,市場における優位性を保っているのは,被告会社が本件特許発明を実施して半
導体結晶膜を製造し,他方,本件特許権の存在により競業会社である豊田合成及び
クリー社が本件特許発明を用いて半導体結晶膜を製造することができないことに起
因するものといわざるを得ない。
    現在の製造メーカーの状況においては,短期間に多数のMOCVD装置を
入手することは不可能であり,加えて,前記のとおりMOCVDは非常に精密な技
術で,わずかな条件の相違により結晶膜の成長が左右されるものであり,ツーフロ
ー方式の装置における最適化条件を見付けるには,ある程度の年月を要することに
照らせば(前掲各証拠,弁論の全趣旨),競業他社が将来本件特許発明に比肩する
代替技術を開発する可能性を考慮しても,なお,少なくとも本件特許権の存続期間
の満了する平成22年10月までの間は,市場における被告会社の優位性はゆるが
ないものと推認できる。
    また,スタンレー電気が,NS博士の発明に係る半導体膜結晶成長技術で
ある「温度差法」を用いて高品質な赤色LEDを製造し,高輝度赤色及び黄緑色L
EDの市場において昭和53年以来今日に至る約25年間もの長期間にわたって優
位を保っていること(前掲各証拠,弁論の全趣旨)に照らしても,LEDの製造に
おいては高品質な結晶を成長させることが重要なポイントであり,青色LEDの市
場においても,窒化化合物半導体の結晶膜成長方法である本件特許発明を用いて製
造された被告会社の製品の優位性が市場において今後も長期間保たれることが予測
される。
  (2) 被告は,また,本件特許発明の方法により成長させたGaN系半導体結晶
膜の品質は,他の技術により成長させた結晶膜の品質に比して必ずしも良好ではな
いと主張し,この点に関する証拠(乙113~114,130~135,157~
158,160~164)を提出する。また,現在では,市販の汎用機であるMO
CVDを用いても,本件特許発明の方法により成長させた結晶膜に劣らない品質の
結晶膜を成長させることができるなどとも主張する(第三,二2(1)イ参照)。
    しかしながら,前者の点については,そもそもいかなるデータによっても
半導体結晶膜の質の優劣を一義的に決定することは困難であって,例えばGaN結
晶膜の場合は電子移動度がひとつの目安になるものの,最終的には,GaN,Al
GaN及びInGaN等の各種結晶膜を重ねて構成された発光素子の輝度を比べる
ことで結晶膜の優劣を推測するしかなく,少なくとも産業上,経済上の観点からの
評価としては,このような方法により比較するほかなく,かつそれで十分と認めら
れる(原告本人,甲158,163,弁論の全趣旨)。また,被告の提出に係る上
記各証拠を検討しても,比較の基礎となる製法の差異以外の他の条件(例えば結晶
膜の膜厚等)が必ずしも明確でなく,結晶膜の優劣を論じるのに有意な比較である
かどうかが不明であるから,これをもって,被告の上記主張を裏付けるものという
ことはできない。また,後者の点についても,この点に関する被告の主張を裏付け
るに足りる客観性のある証拠は提出されておらず,被告の主張を採用することはで
きない。
5 独占の利益の算定
  (1) 独占の利益算定の基準時
    上記2ないし4における検討の結果によれば,本件特許発明は,高輝度青
色LED及びLDの製造のためのGaN系半導体結晶膜を成長させるに当たって決
定的な役割を果たす技術であり,高輝度青色LED及びLDの市場において被告会
社が優位な立場を獲得しているのは,本件特許発明を実施して半導体結晶膜を製造
し,本件特許権により,競業他社に対して本件特許発明の実施を禁止していること
に起因するものと認められる。
    そこで,被告会社が高輝度青色LED及びLDの市場における優位な立場
を通じて得ている超過売上高を認定し,それにより被告会社が本件特許発明を実施
する権利を独占することによって得ている利益(独占の利益)を算定する。
    ところで,前記1(1)において判示したとおり,上記の独占の利益は,特許
権の存続期間満了までの間に使用者があげる超過売上高に基づく利益を指すが,勤
務規則等に職務発明の対価の支払時期が定められている場合には,特段の事情のな
い限り,独占の利益は,中間利息を控除して当該支払時期の時点における金額とし
て算定するのが相当である。
    本件においては,前記の前提となる事実(第二,三6)記載のとおり,本
件特許発明の特許出願当時,被告会社においては被告社規が施行されていたとこ
ろ,同社規の10条には,「従業員が行った発明・考案及び改善提案に対し,別に
定める基準(付則-1)により表彰及び褒賞金を支給する。」と定められていた。
また,これを受けた社規第17号付則-1の「Ⅱ 発明・考案関係」と題する項に
は,次のとおりの規定が置かれていた。
       1.審査及び表彰基準
         発明・考案の評価は,下記事項に基づき特許委員会が審査を行
い,上長の承認を受け表彰する。賞金はその都度決定する。
        ①特許出願件数
        ②権利取得状況
        ③内容の検討
       2.褒賞金支給基準
        ①特許出願1件につき   10,000円
        ②権利成立1件につき   10,000円
        ③認証1件につき      5,000円
  ④実用新案出願1件につき  5,000円
  ⑤実用新案成立1件につき  5,000円
    上記によれば,被告会社の社規においては,従業員が職務発明をした場合
には,特許については,特許出願1件につき1万円,特許登録1件につき1万円を
基準として,特許委員会が,特許出願状況,権利取得状況,権利の内容を検討の
上,その都度,褒賞金の金額を決定して支給するものと定められている。もっと
も,証拠(原告本人,乙32,33)及び弁論の全趣旨によれば,上記社規の実際
の運用としては,被告会社の組織として特許委員会は置かれておらず,特許出願時
及び特許登録時に従業員発明者に各1万円が支払われていたもので,原告も,被告
会社から,本件特許発明を特許出願した平成2年10月25日ころに1万円,本件
特許権が設定登録された平成9年4月18日ころに1万円の各支払を受けたもので
ある(原告に対する前記各支払は,当事者間に争いがない。)。
    被告社規の規定する上記褒賞金は職務発明の対価の一部をなすものという
べきであるから,被告社規とこれを受けた社規第17号付則-1の上記各規定は,
勤務規則等に該当する被告社規において定められた,相当対価の支払時期に関する
定めに該当するというべきである。そして,そこで定められた最終の支払時期は,
いわゆる登録補償金(上記の社規第17号付則-1のⅡ2.②)の支払の要否が明
らかになる特許権の設定登録時ころと認められる。
    上記によれば,本件においては,独占の利益は,中間利息を控除して相当
対価の最終支払時期である本件特許権の設定登録時(平成9年4月18日)におけ
る金額として算定するのが相当である。
  (2) 被告会社におけるGaN系LED及びGaN系LDの売上高
そこで,被告会社の独占の利益を算定する前提として,被告会社における
GaN系LED及びGaN系LDの売上高を認定する。
   ア GaN系LEDの売上高の算出
     証拠(甲5,122,乙85の2,117)を総合すると,一般に入手
可能な資料に基づき既に明らかになった,青色LEDが市場に出始めた平成6年か
ら平成14年までの被告会社のGaN系LEDの売上(各年度12月末日締め。以
下,売上高,予想売上高等については,すべて同様である。)は,別紙「相当対価
算定についての当裁判所の判断」1記載のとおり,合計2398億5100万円で
ある。
     次に,平成15年以降の売上については,①GaN系LEDの市場全体
の成長率,②被告会社の市場占有率,及び,③被告会社の成長率を,下記のとおり
推測する(甲122)。
                     上記①    同②    同③
       平成15年(2003年) 45.4%  52.2%  34%
       同 16年(2004年) 30.6%  49.8%  25%
       同 17年(2005年) 17.1%  47.4%  11%
       同 18年(2006年) 14.3%  44.9%   8%
       同 19年(2007年) 18.6%  42.5%  12%
       同 20年(2008年) 16.7%  40.1%  10%
       同 21年(2009年) 16.7%  37.7%  10%
       同 22年(2010年) 16.7%  35.2%   9%
     上記各数値は,平成7年から平成14年までの上記①ないし③の数値
(既に明らかとなっており,別紙「相当対価算定についての当裁判所の判断」2記
載のとおりである。)を基礎として推測したものである。すなわち,まず,上記①
については,LED業界で高い信用を得ている米国StrategiesUnlimited社作成に
係るレポート「GalliumNitride-2003」(甲120)に基づき,平成15年以降の
GaN系LEDの市場規模を予測して算定したものである。そして,上記②につい
ては,被告会社の生産能力が市場の伸びに追いつかない懸念,代替技術登場の可能
性及び販売体制の制約等の事情を加味し,平成14年における被告会社の市場占有
率が,本件特許権の存続期間満了年次である平成22年までの間に,GaN系LE
Dが製品化されてからこれまでに被告会社が記録した最も低い市場占有率にまで逓
減するというように被告会社の将来の市場占有率を控えめに予測したものである
(甲122〔10頁,11頁〕参照)。上記各予測数値は,本件において提出され
ている証拠上,最も控えめな予測数値であり,合理的なものと認められる。
     そこで,上記各予測数値に基づいて算定したGaN系LEDの市場規模
(市場全体の売上高)に被告会社の各年度の上記予想市場占有率を乗じて,各年度
ごとの被告会社の予想売上高を算出する。その結果は,別紙「相当対価算定につい
ての当裁判所の判断」3記載のとおり(1万円未満切り捨て。以下同じ)である
(ただし,平成22年度分については,本件特許権存続期間満了日である平成22
年10月25日までのもの〔日割計算〕である。甲122〔11頁,23頁〕参
照)。
そして,前記(1)において判示したとおり,本件においては,独占の利益
は,中間利息を控除して相当対価の最終支払時期である本件特許権の設定登録(平
成9年4月18日)の時点における金額として算定するのが相当であるから,独占
の利益算定の前提となる被告会社の売上高についても,中間利息を控除して同時点
における金額として算定しておくのが便宜である。
     そうすると,本件特許権の設定登録時までに既に得られていた平成6年
から同8年までの売上高については,これらを合計すると(これらの売上高中の独
占の利益に対応する相当対価は,いずれも本件特許権の設定登録時に支払時期が到
来し,それまで遅滞とならないから,遅延利息は付さない。),60億4600万
円となる。
     他方,平成9年から特許権存続期間満了年次である平成22年までに得
られることが予測される各年度ごとの売上については,これをまず複利計算により
中間利息(年5分)を控除して平成9年(12月末日)現在の価値にひきなおした
金額を合計した上(なお,被告会社の売上高等,算定の基礎となる各数値が各年度
を単位として算出されていることから,上記中間利息の控除についても,年度ごと
を単位としてこれを行うこととする。),更に平成9年12月末日から上記基準時
(平成9年4月18日)までの間の中間利息(年5分)を控除して,算定すべきこ
ととなる。
     平成9年以降の分についてまず平成9年12月末日現在の価値として上
記の計算を施した上での,被告会社のGaN系LED売上高に関する各年度ごとの
数値は,別紙「相当対価算定についての当裁判所の判断」4記載のとおりであり,
これらの合計額は1兆1380億9394万円となる。
     次に,平成9年から平成22年までの売上げ合計1兆1380億939
4万円について,これを更に本件特許権の設定登録時である平成9年4月18日現
在の価額として算定すると,上記1兆1380億9394万円から257日分(平
成9年4月19日から同年12月31日まで)の中間利息(年5分)を控除した1
兆0993億8940万円となる。
    1兆1380億9394万(円)÷{1+(0.05×257/3
65)} = 1兆0993億8940万(円)
そして,平成6年から同8年までの売上高合計60億4600万円に上
記1兆0993億8940万円を加算した合計1兆1054億3540万円が,G
aN系LEDについて平成9年4月18日を基準とした相当対価を算出するための
基礎となる売上高合計額となる。
   イ GaN系LDの売上高の算出
     GaN系LDについても,前記米国StrategiesUnlimited社作成に係る
レポート「GalliumNitride-2003」(甲120)に基づいて,平成15年以降のG
aN系LDの市場規模を予測する。また,被告会社は,既にLD市場においても主
導的な地位にあると認められるから,被告会社が,少なくともLED市場において
過去に記録した被告会社の最低市場占有率と同率の市場占有率を,LD市場におい
ても占めるものと控え目に予測した(甲122〔10頁,12頁〕参照)。そし
て,上記LD市場の予測規模に上記市場占有率を乗じて,各年度ごとの被告会社の
予想売上高を算出すると,別紙「相当対価算定についての当裁判所の判断」5記載
のとおりである(ただし,平成22年度分については,本件特許権存続期間満了日
である平成22年10月25日までのもの〔日割計算〕である。甲122〔12
頁,26頁〕参照)。
     上記の各売上高を,LEDの場合と同様に,まず複利計算により中間利
息(年5分)を控除して平成9年(12月末日)現在の価値にひきなおした金額を
求めると,別紙「相当対価算定についての当裁判所の判断」6記載のとおりであ
り,合計1067億9788万円となる(ただし,1万円未満は切り捨て)。
     そして,平成15年から平成22年までの売上げ合計1067億978
8万円について,これを更に本件特許権の設定登録時である平成9年4月18日現
在の価額として算定すると,上記1067億9788万円から257日分(平成9
年4月19日から同年12月31日まで)の中間利息(年5分)を控除した103
1億6587万円となる。
    1067億9788万(円)÷{1+(0.05×257/
365)} = 1031億6587万(円)
   ウ 小括
     以上によれば,本件において,平成9年4月18日を基準とした相当対
価を算出するための基礎となる売上高合計額は,GaN系LEDについての上記1
兆1054億3540万円とGaN系LDについての上記1031億6587万円
との合計額である1兆2086億0127万円と認められる。
        1兆1054億3540万(円)+1031億6587万(円)
       = 1兆2086億0127万(円)
  (3) 被告会社の独占の利益
   ア 被告会社の超過売上高
     そこで,次に,被告会社の独占の利益を算定する前提として,本件にお
いて,本件特許権により競業他社に本件特許発明の実施を禁止していることに起因
する被告会社の超過売上高を認定する。すなわち,競業他社に本件特許発明の実施
を許諾していた場合に予想される売上高と比較して,被告会社がどれだけこれを上
回る売上高を得ているかが問題となる。
     前記4(1)において判示したとおり,被告会社が,競業会社である豊田合
成及びクリー社に対して,輝度のまさった高輝度青色LED及びLDを製造し続
け,市場における優位性を保っているのは,被告会社が本件特許発明を実施して半
導体結晶膜を製造し,他方,本件特許権の存在により競業会社である豊田合成及び
クリー社が本件特許発明を用いて半導体結晶膜を製造することができないことに起
因するものと認められる。すなわち,高輝度青色LED及びLDの市場,とりわけ
収益性の高い高輝度青色LEDについては,被告会社が市場において他社に対する
優位を保っているものであるが,これは,被告会社が本件特許発明を独占している
ことが,他社の市場参入を阻む強い抑止力として働いている結果というべきであ
る。
     青色LED及びLDの市場は,被告会社のほか豊田合成及びクリー社に
より占められた寡占的な市場であり,証拠上,これら3社の間に,製品自体の競争
力のほかにその売上高を大きく左右する事情(例えば企業規模や販売力の顕著な差
等)が存在するとは認められない。
     上記の諸事情を考慮すれば,仮に被告会社が本件特許発明の実施を競業
会社である豊田合成及びクリー社に許諾していれば,上記(2)の売上高のうち少なく
とも2分の1に当たる製品は,豊田合成及びクリー社により販売されていたものと
認められる。すなわち,上記(2)の売上高のうち,被告会社が競業他社に本件特許発
明の実施を禁止できたことに起因して得ることのできた売上の割合は,少なくとも
2分の1を下回るものではないと認めるのが相当である(なお,上記(2)の売上高の
うち,本件特許権が設定登録された平成9年4月18日より前のGaN系LEDの
売上は,本件特許権の効力が生じる前の売上であるが,被告会社が本件特許発明を
独占的に実施していたという状況は本件特許権の設定登録後と同じであるから,こ
の売上についてもその後の売上と同様に扱う。)。
   イ 独占の利益の算定方法
     そこで,上記認定を前提として,本件特許権についての被告会社の独占
の利益を算定することとなるが,その方法としては,① 被告会社が上記超過売上
高から得る利益を算定する,② 豊田合成及びクリー社に本件特許発明の実施を許
諾した場合を想定して,その場合に得られる実施料収入により算定する,という2
つの方法が考えられる。
     ①の方法をとる場合は,被告会社が上記超過売上高(上記(2)の売上高の
2分の1)から得る利益を算定することになるところ,本件においては,上記売上
から得られる利益率や,LED及びLDの分野の他の特許との関係で各製品におい
て本件特許発明の占める寄与率について,これを明らかにする証拠がない(甲13
によれば,被告会社は豊田合成に対して提起した別件の特許権侵害訴訟事件におい
て,被告会社のLED製品の限界利益率を80%と主張していたことが認められる
が,これは短期間(侵害期間)に販売製品数(侵害品販売数)も限定された場面に
おいて,新たな設備投資等を伴わないものとして主張された数値であり,長期間に
おける多数の製品の販売を想定する本件にこの数値を採用することは適切ではな
い。)。また,この方法では,被告会社が自ら製造販売することによりあげる収益
を算定することになるが,将来の設備投資や資金調達のリスク等の諸要素をも考慮
する必要が存在する。
     これに対して,②の方法の場合は,他社から支払われる実施料収入であ
るから,金額としては,被告会社が自ら製造販売を行うことによりあげる利益額
(上記①の方法)よりも控え目な金額となるが,他社による売上につき一定割合の
収入が支払われるものであって,被告会社自らが設備投資や資金調達等を行う必要
がないので,これらに伴うリスク等の諸要素を考慮する必要がない。
     本件においては,前記のとおり,①の方法をとるには証拠等が必ずしも
十分とはいえないので,②の方法により被告会社の独占の利益を算定することとす
る。
   ウ 本件特許発明の実施料率
     そこで,上記②の方法により被告会社の独占の利益を算定する。
     前記のとおり,仮に被告会社が本件特許発明の実施を競業会社である豊
田合成及びクリー社に許諾していれば,上記(2)の売上高のうち少なくとも2分の1
に当たる製品は,豊田合成及びクリー社により販売されていたものと認められる。
     次に実施料率が問題となるが,前記のとおり,被告会社が,競業会社で
ある豊田合成及びクリー社に対して,輝度のまさった高輝度青色LED及びLDを
製造し続け,市場における優位性を保っているのは,本件特許発明を独占している
ことによるものであり,さらに前記2ないし4において認定した諸事情をも併せて
考慮すると,仮に豊田合成及びクリー社に本件特許発明の実施を許諾する場合の実
施料率は,少なく見積もっても,販売額の20%を下回るものではないと認められ
る。
エ 小括
     そうすると,仮に被告会社が本件特許発明の実施を競業会社である豊田
合成及びクリー社に許諾していれば,上記(2)の売上高のうち少なくとも2分の1に
当たる製品は,豊田合成及びクリー社により販売されていたものであるから,実施
料額算定の前提となる豊田合成及びクリー社の売上高としては,上記(2)の売上高の
2分の1,すなわち,平成6年度から平成22年度までの,被告会社の青色LED
及びLDに関する売上高及び予想売上高につき,平成9年4月18日の時点の価値
として計算した数値である1兆2086億0127万円の2分の1となる。したが
って,上記の時点(平成9年4月18日)の価値として算定した実施料額は,これ
に本件特許発明の実施料率20%を乗じて得られた1208億6012万円となる
(下記計算式参照。ただし,1万円未満切り捨て)。
       1兆2086億0127万(円)×1/2×0.2
      = 1208億6012万(円)
     以上によれば,被告会社が本件特許発明を独占することにより得ている
利益(独占の利益)は,1208億6012万円と認められる。
  (4) 被告の主張について
    ところで,被告は,相当対価の算定方法について,そもそも相当対価請求
権は,特許を受ける権利の譲渡と同時に客観的に算定されるはずのものであるか
ら,相当対価算定において算出されるべきは,あくまでも譲渡時における期待利益
であり,そこで斟酌することが許されるのは,譲渡時において合理的に予想される
限度における将来利益であって,口頭弁論終結時に算定される将来利益ではあり得
ず,口頭弁論終結時までに被告が実際にあげた利益についても,あくまで譲渡時に
おける期待利益を算定するに際し,一資料として斟酌することが許されるにすぎな
い旨を主張する(第三,二2(2)ア)。
    そして,上記主張を前提に,新日本監査法人鑑定書(乙117)を提出
し,これを根拠にして,青色LEDが製品化された平成6年12月期から平成13
年12月期までの間に青色LED関係の特許関連製品により被告会社にもたらされ
た損益を計算すると,実際にあげた税引後当期利益を累計し,研究開発費,研究資
産未償却残高及び自己資本コスト累計を差し引いた結果は,むしろ14億9000
万円の損失になると主張している。
    たしかに,相当対価の額は,一定の時点の価額として客観的に算定される
べきものであり,勤務規則等に職務発明の対価の支払時期が定められている場合に
は,特段の事情のない限り,当該支払時期を基準として,そうでない場合は譲渡時
を基準として,いわば期待利益として算定されるべきものである。
    しかしながら,その算定に当たっては,事実審口頭弁論終結時までの一切
の事情を斟酌することができるものである。この点は,債務不履行や不法行為を理
由とする損害賠償請求訴訟において,逸失利益の算定に当たり,履行期ないし不法
行為時以後の事情を斟酌して逸失利益の額が算定されるのと同様である。
    本件においては,口頭弁論終結時までに明らかになった被告会社の実際の
売上高や市場の成長率等の合理的数値に基づき,特許権存続期間満了時までの被告
会社における本件特許発明の実施品の売上高合計額を求め,勤務規則等に当たる被
告社規に定められた支払時期を基準に中間利息を控除して計算した金額を基礎とし
て,独占の利益を算定した上で,発明者の貢献度を考慮して相当対価を算定してい
るものであるが,このような算定方法により相当対価を算定することは合理的なも
のとして当然許容されるものである。
    ちなみに,被告の提出する新日本監査法人鑑定書は,① その計上する研
究開発費及び研究資産未償却残高の範囲が不明確であって,青色LED及びLD以
外の製品に関連する費用が含まれていることが疑われる,② 資本コスト率におい
て,競業他社であるとはいえ,企業規模や資金獲得方法等の相違が明らかでなく,
かつ,一般に採用されている会計原則等の異なる米国法人であるクリー社の数値を
用いているが,その理由が明らかではない(青色LEDが産業界において待望され
ていた技術であることに照らせば,本件特許発明の事業化は,いわば成功が保証さ
れていたものであって,事業化に特段のリスク等が存在したものでもなく,また,
長期間にわたっての市場における優位性の保持が見込まれるものであった。これら
の点からいえば,そもそも通常と同様の資本コストを考慮すること自体も疑問であ
る。),③ 平成14年以降の被告会社の売上高や市場規模が一切考慮されていな
い,などの疑問点が指摘されるものである。また,新日本監査法人鑑定書の結果に
従えば,被告会社は,平成13年度末の時点において,青色LED及びLDの製造
販売により,いまだ利益を出していないばかりか,逆に14億円以上
の損失を出していることになるが,これは青色LED及びLDの製造販売により被
告会社が巨額の利益を得ている現在の実情とあまりにかけ離れた結論であり,同鑑
定書の信憑性自体に疑問を抱かざるを得ないものである。
6 発明者の貢献度
   そこで,次に本件特許発明における発明者(原告)の貢献度を検討する。
  (1) 前記の前提となる事実(第二,三)記載の事実に証拠(原告本人,甲4,
21~23,51~57,92~96,104~105,121)及び弁論の全趣
旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
   ① 昭和54年の原告の就職当時,被告会社は蛍光体等の製造販売を主たる
業務とする会社であり,原告は,就職間もないころから約10年間,赤色LED等
の原料となるGaメタルの精製,GaP及びGaAsの製造開発,さらには液相エ
ピタキシャルによるGaAlAs結晶膜の成長に取り組み,半導体に関する基礎工
業技術を身に付けた。これらの技術は,既に製品化され,市場が形成されていた赤
外ないし赤色LEDの原材料を供給する事業に関するものであった。
   ② 被告会社においては,当時,赤色LEDの原材料精製等に関する技術の
蓄積が多少あったものの,青色LED開発に必要な技術の蓄積は全くなかった。し
たがって,被告会社としては,既に実用化されていた赤色LEDはともかくとし
て,青色LEDの開発を手がけることは,到底考えられない状況にあった。
   ③ そのような状況の下,原告は,次の研究開発のテーマとして,自ら青色
LEDを選択し,被告会社の経営陣に働きかけて,青色LEDの半導体結晶膜を成
長させる方法として,上記液相エピタキシャルと異なる有機金属気相成長法(MO
CVD)を新たに学ぶため,被告会社の費用で米国フロリダ州立大学に約1年間留
学した。
   ④ 当時,青色LEDは,夢の技術といわれ,世界中の大企業や研究機関が
しのぎを削って研究開発に取り組んでいたが,20世紀中の開発は不可能とまで言
われていた。青色LEDについては,そもそも半導体結晶膜の素材としてどの物質
を選ぶかという点から各研究機関において模索中であり,セレン化亜鉛(ZeS
e),炭化珪素(SiC)及び窒化ガリウム(GaN)等が研究対象とされていた
が,世界の趨勢はZeSeを本命視する方向にあった。GaNについては,いわゆ
る格子整合性に難点があって,そもそも実用化に耐え得る結晶膜の成長が難しいと
されており,当時,日本国内でこれに取り組む有力な研究グループとしては,名古
屋大学名誉教授のA博士らが挙げられる程度であった。
     しかるに,原告は,上記留学を終える前後ころ,あえてGaNを素材に
選択することを決意した。
   ⑤ 原告は,平成元年4月ころに留学から帰国した後,被告会社の費用(約
1億3900万円)で購入した市販のMOCVD装置を用いて,GaN系半導体結
晶膜の成長に取り組み始めた。
     しかし,MOCVD自体が非常に精密な技術であり,わずかな実験条件
の違いで結晶膜の成長が左右され,満足のいく質の結晶膜を成長させるのは容易な
ことではなかった。
    そこで,原告は,製品化に耐え得る質の結晶膜を成長させるべく,自ら
ガス配管や加熱器(ヒーター)を改造するなどの工夫をしながら,試行錯誤を重ね
た。
   ⑥ この間,原告は,新入社員であったFやBを補助に付けてもらったほか
は,独力で開発を進めていたものであるが,平成2年9月ころ,本件特許発明をし
た。
  (2) 上記の各事実に照らすと,被告会社には,赤色LEDの原材料精製等に関
する技術の蓄積が多少あったものの,青色LED開発に必要な技術の蓄積は全くな
かったところ,原告が,研究開発テーマとして青色LEDを選んだ上,その素材と
してGaN系化合物を,さらにその結晶膜の成長法としてMOCVDをそれぞれ選
択して,独力でMOCVD装置の改良を重ね,本件特許発明をするに至ったものと
いうことができる。
    他方,本件特許発明が発明される経緯において被告会社の行った具体的な
貢献としては,原告の米国留学費用を負担したこと,市販MOCVD装置購入を含
む3億円余の初期設備投資の費用(乙76の1~17)を負担したこと,原告によ
る青色LEDの研究開発期間中,実験研究開発コストを負担したこと,直ちに利益
をもたらす見込みのつかない青色LEDの研究に没頭する原告に対し,結果として
会社の実験施設等を自由に使用することを容認し,補助人員を提供したことなどが
挙げられる。
    上記によれば,競業会社である豊田合成やクリー社が青色LEDの分野に
おいて先行する研究に基づく技術情報の蓄積や研究部門における豊富な人的スタッ
フを備えていたのに対して,被告会社においては青色LEDに関する技術情報の蓄
積も,研究面において原告を指導ないし援助する人的スタッフもない状況にあった
なか,原告は,独力で,全く独自の発想に基づいて本件特許発明を発明したという
ことができる。本件は,当該分野における先行研究に基づいて高度な技術情報を蓄
積し,人的にも物的にも豊富な陣容の研究部門を備えた大企業において,他の技術
者の高度な知見ないし実験能力に基づく指導や援助に支えられて発明をしたような
事例とは全く異なり,小企業の貧弱な研究環境の下で,従業員発明者が個人的能力
と独創的な発想により,競業会社をはじめとする世界中の研究機関に先んじて,産
業界待望の世界的発明をなしとげたという,職務発明としては全く稀有な事例であ
る。このような本件の特殊事情にかんがみれば,本件特許発明について,発明者で
ある原告の貢献度は,少なくとも50%を下回らないというべきである。
  (3) この点について,被告は,本件特許発明の直接のきっかけとなったMOC
VD装置の購入は,被告会社の開発方針に基づくものであり,原告はその方針に従
い米国に派遣されたにすぎないなどと主張する(第三,二2(1)エ)。
    しかしながら,MOCVD装置の購入を被告会社に働きかけたことをはじ
め,一貫して原告が主体的に行動を選択し,その発意を被告会社が容認ないし追認
する形で本件特許発明がされたことは,前記認定のとおりである。
    被告の主張するところは,原告の働きかけとは関係なく,被告会社が自ら
青色LEDを研究開発する方針を立て,その方針に従って原告を米国に派遣したと
いうものであるが,これを裏付けるに足りる客観的証拠は全く存在しない。かえっ
て,前掲各証拠によれば,原告がGaN系半導体結晶膜の成長方法の開発に取り組
んでいたさなかの平成2年3月末に,訴外松下電器産業株式会社のHの示唆から,
被告会社の経営陣が,原告に対して携帯電話のHEMT(高速電子移動トランジス
タ)用のGaAs(ガリウム砒素)の開発製造を命じたのに対し,原告が,当時被
告会社に1台しかなかったMOCVD装置をGaAs結晶膜の成長に用いると,G
aN結晶膜の成長方法の開発は断念せざるを得ないと考え,被告会社の指示に反し
てGaN結晶膜の成長方法の研究開発を続行した事実が認められるものであり,こ
の事実に照らしても,被告の主張が採用できないことは明らかである。
    また,被告は,平成元年にMOCVD装置の購入に約1億3900万円を
費やし,平成2年には1枚3万円強のサファイヤ基板を毎日のように費消する実験
研究開発コストを負担したなど,当時の被告会社の規模(平成元年度の経常利益1
1億3000万円)からすれば莫大な投資をしたなどと被告会社の貢献度を強調す
るが,発明に対する使用者会社の貢献度とは,当該発明がされるに当たって人的物
的面で客観的に寄与した内容により判断されるものであって,当該寄与が使用者会
社の規模に照らしてどれほどの負担かといった,いわば使用者の主観的な側面が考
慮されるものではない。
さらに,被告は,本件特許発明の特許出願後,設定登録に至る間に被告会
社特許部が努力をしたことや,本件特許発明の事業化に原告が関与しなかったこと
などを指摘するが,発明がされた後のこれらの事情は,そもそも使用者会社の貢献
度として考慮される事情に当たらない(仮にこの点をおくとしても,本件特許権が
設定登録され,特許異議に対して維持された経緯をみても,その手続における被告
会社の対応は,出願人として通常の範囲の対応であるし,青色LEDが産業界にお
いて待望されていた技術であることに照らせば,本件特許発明の事業化は,いわば
成功が保証されていたものであって,事業化に特段のリスク等が存在したものでも
ない。被告の主張は,この点からも失当である。)。
7 本件特許発明の職務発明についての相当対価
そうすると,本件特許を受ける権利の譲渡に対する相当対価の額(特許法3
5条4項)は,被告会社の独占の利益1208億6012万円(前記5において算
定した実施料合計額)に発明者の貢献度50%を乗じた604億3006万円(た
だし,1万円未満切り捨て)となる。
     1208億6012万(円)×0.5=604億3006万(円)
 8 消滅時効の主張について
  (1) 消滅時効の成否
    被告は,本件特許発明についての職務発明の相当対価請求権につき,消滅
時効を援用して,相当対価請求権は既に時効消滅していると主張するので,この点
につき検討する。
    職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させる旨を定めた勤務
規則等がある場合には,従業者は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利を使
用者に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35
条3項)。対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額
が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正される
のであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務
規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時
期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利につき法律上の障害があ
るものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,
勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項があ
る場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点と
なると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月2
2日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁(オリンパス光学事件最高裁判決)
参照)。
    本件においては,前記5(1)において判示したとおり,本件特許発明の特許
出願当時,被告会社においては被告社規10条及びこれを受けた社規第17号付則
-1が置かれており,その規定によれば,従業員が職務発明をした場合には,特許
については,特許出願1件につき1万円,特許登録1件につき1万円を基準とし
て,特許委員会が,特許出願状況,権利取得状況,権利の内容を検討の上,その都
度,褒賞金の金額を決定して支給するものと定められおり,原告も,被告会社か
ら,本件特許発明を出願した平成2年10月25日ころに1万円,本件特許権が設
定登録された平成9年4月18日ころに1万円の各支払を受けたものである。被告
社規の規定する上記褒賞金が職務発明の対価の一部をなすものであることは明らか
であり,したがって,被告社規とこれを受けた社規第17号付則-1の上記各規定
は,勤務規則等に該当する被告社規において定められた,相当対価の支払時期に関
する定めに該当する。そして,そこで定められた最終の支払時期は,少なくとも,
いわゆる登録補償金の支払の要否が明らかになる特許権の設定登録時以降というべ
きである。
    そうすると,本件特許発明の対価請求権の消滅時効の起算点は,本件特許
権が設定登録された平成9年4月18日以降というべきである。
    そして,職務発明の相当対価請求権は,特許法35条により従業者に認め
られた法定の権利であるから,消滅時効期間は10年と解すべきものである。
    本件においては,原告は,平成13年8月23日に訴訟を提起し(ただ
し,訴訟提起時における予備的請求(その2)の請求額は,20億円であっ
た。),その後,上記予備的請求(その2)の請求額を,平成15年6月17日に
提出された同日付け原告準備書面(28)により50億円に,同月19日に提出された
同日付け原告準備書面(29)により100億円に拡張し,さらに同年9月19日に提
出された同日付け原告準備書面(46)により200億円に拡張したものであるから,
本件訴訟における原告の請求については,予備的請求(その1),予備的請求(そ
の2)のいずれについても消滅時効が完成していない。
  (2) 被告の主張について
    この点について,被告は,被告社規においては,特許出願1件につき1万
円,権利成立1件につき1万円と,定額かつ低廉な出願補償金及び登録補償金を定
めるのみで,いわゆる実績補償の性質を有する金員の支払は一切定められていない
から,本件においては,特許を受ける権利の承継時(遅くとも,特許出願の日であ
る平成2年10月25日)から消滅時効が進行するものであり,消滅時効が完成し
ていると主張する。
    しかしながら,出願補償金及び登録補償金のみを規定したものであったと
しても,勤務規則等にその支払時期の定めがある場合には,従業者は,これに拘束
されるものであるから,支払時期の到来まで相当対価請求権の行使につき法律上の
障害があるものであり,支払時期が消滅時効の起算点となると解すべきである。こ
の点について,勤務規則等にいわゆる実績補償に該当する対価の支払が規定されて
いる場合と,そうでない場合とを区別する理由はない。
    被告は,勤務規則等において譲渡時における一括払い以外の支払方法が規
定されている場合に,従業者が常にこれに拘束されるとすると,使用者が恣意的に
支払時期を遅く設定した場合,相当対価請求権の行使可能時期が不当に遅くなり,
従業者の保護を意図した特許法35条3項,4項の趣旨にもとる結果になると主張
するが,対価の支払時期に関する勤務規則等の定めが著しく不合理で特許法35条
の趣旨に反するような場合には,支払時期に関する条項を公序良俗違反として無効
として従業者を救済することも可能である(そのような場合には,従業者保護の観
点から対価の支払時期に関する勤務規則等の定めを無効とするのであるから,無効
を主張することができるのは従業者の側のみであって,当該勤務規則等を自ら定め
た使用者の側からその効力を否定して早期の消滅時効完成を主張することは,許さ
れないというべきである。)。被告の主張は採用できない。
    なお,前記のとおり,被告社規10条及びこれを受けた社規第17号付則
-1の規定上は,従業員が職務発明をした場合には,特許については,特許出願1
件につき1万円,特許登録1件につき1万円を基準として,特許委員会が,特許出
願状況,権利取得状況,権利の内容を検討の上,その都度,褒賞金の金額を決定し
て支給するものと定められているものであり,これによれば,特許委員会の決定が
あるまでは,褒賞金の支給額は定まっておらず,その支給時期も到来していない。
そうすると,上記社規の実際の運用としては,被告会社の組織として特許委員会は
置かれておらず,特許出願時及び特許登録時に従業員発明者に各1万円が支払われ
ていたもので,原告も,被告会社から,本件特許発明を出願した平成2年10月2
5日ころに1万円,本件特許権が設定登録された平成9年4月18日ころに1万円
の各支払を受けたものであるが,規定上は,原告は,本件特許権の設定登録時であ
る平成9年4月18日ころに1万円の支払を受けるまでは,被告から支給される褒
賞金の金額及びその支給時期を知らないわけであり,この点からすれば,本件にお
いては,相当対価請求権の消滅時効は,原告が登録補償金として1万
円の支払を受けた時から進行するものと解するのが相当である。
上記のとおり,消滅時効の完成をいう被告の主張は,理由がない。
 9 予備的請求(その1)について
   原告は,予備的請求(その1)において,職務発明の相当対価請求権を定め
た特許法35条3項に基づき本件特許権の一部(共有持分)の移転登録を求めると
している。
   しかしながら,特許法35条3項は「相当の対価」と規定しているところ,
「対価」とは譲渡の目的物とは別個のものを反対給付することを意味するものであ
る。特許権は,特許を受ける権利がその目的を達して変容したものであり,実質上
両者は同一と評価されるものであるから,特許を受ける権利を譲渡した対価として
特許権の一部を移転するということは,譲渡の目的物の一部を対価として支払うと
いうことになり,文言上背理となる。また,特許法35条は,使用者が特許を受け
る権利又は特許権の全部を使用者に承継させることを予定した規定というべきであ
る。すなわち,特許が従業者と共有となる場合には,使用者は,従業者の同意を得
なければ専用実施権の設定や通常実施権の許諾をすることができず,また,従業者
は使用者の同意を得ないで特許発明の実施をすることができることになるから(特
許法73条参照),使用者は特許発明を独占的に実施することができないことにな
るが,特許法35条の規定が職務発明についてこのような結果を予定しているとは
到底解することはできない。したがって,特許法35条に基づき本件特許権の一部
(共有持分)の移転登録を求めるという点は,失当である。
   また,原告の本件特許権の一部(共有持分)の移転登録請求が代物弁済とし
て金員に代わって本件特許権の一部(共有持分)の譲渡を求める趣旨であるとして
も,債権者が,債務者の同意なしに,一方的に代物弁済として特定の財物の給付を
求めることは許されないから,いずれにしても,本件特許権の一部(共有持分)の
移転登録請求は,失当である。
上記のとおり,原告の予備的請求(その1)は,理由がない。
三 結論
  以上によれば,原告の主位的請求(前記第一,一)及び予備的請求(その1)
(前記第一,二)は,いずれも理由がない。
  しかし,前記のとおり,原告は被告会社に対し本件特許発明についての職務発
明の相当対価として604億3006万円の請求権を有するものであり,相当対価
の支払については勤務規則等の定めによる支払時期から履行遅滞となるものである
から,本件特許発明の相当対価の一部として200億円及びこれに対する支払時期
以降の日である平成13年8月23日(訴訟提起の日)から支払済みまでの民法所
定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める予備的請求(その2)は,理由
がある。
  なお,原告は,予備的請求(その2)につき,本件特許発明の相当対価のう
ち,被告会社が過去に独占の利益として得た493億9000万円に対応する相当
対価を一部請求とし,そのうち200億円を請求すると主張した上で,このような
過去の受益分という形での限定が法律上できないのであれば,被告会社が本件特許
権の存続期間満了までの独占の利益として得る過去及び将来の受益分に対応する相
当対価全体3357億5300万円のうち,一部請求として200億円を請求する
と主張している(第三,二1(6)イ)。職務発明の相当対価請求権は,全体として1
個の請求権として発生するものであり,そのうち一定の期間の受益分のみを区別す
ることはできないから,過去の受益分に相当するものとして一部請求したとして
も,それは請求権の一部を特定する意味を有するものではなく,単に,単純一部請
求として請求金額を画する意味を有するにすぎない。したがって,予備的請求(そ
の2)は単純一部請求として相当対価全体のうち200億円の支払を請求するもの
と解すべきものである。
  よって,主文のとおり判決する。
  東京地方裁判所民事第46部
           裁判長裁判官   三  村  量  一
              裁判官   青  木  孝  之
              裁判官   吉  川     泉
(別紙)         特許権目録
     特許番号    第2628404号
     発明の名称   窒素化合物半導体結晶膜の成長方法
     出願年月日   平成2年(1990)10月25日
     登録年月日   平成9年(1997)4月18日
(注:以下「***」で表記されている部分は閲覧制限対象部分である。)
(別紙)     相当対価算定についての被告の主張
     平成6年12月期から平成13年12月期
     までの税引後当期利益累計       233億3800万円
     1993年以前の研究開発費     - 52億6300万円
     研究資産の未償却残高        - 72億7900万円
     自己資本コスト累計  -122億8600万円
                   (合計)- 14億9000万円
(別紙)     被告現方法についての被告の主張
 (ア) 本件特許発明の構成要件
     本件明細書における特許請求の範囲の記載は,下記のとおりである(第
二,三15)。
     「加熱された基板の表面に窒素化合物半導体結晶膜をMOCVD法でも
って常圧で成長させる方法において,基板の表面に平行ないし傾斜する方向には,
窒素化合物半導体の原料となる反応ガスを供給し,基板の表面に対して実質的に垂
直な方向には,反応ガスを含まない不活性ガスの押圧ガスを供給し,不活性ガスで
ある押圧ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に供給される,窒素化合物
半導体の原料となる反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて,窒
素化合物の半導体結晶膜を成長させることを特徴とする窒素化合物半導体結晶膜の
成長方法。」
     上記特許請求の範囲の記載は,次のとおり,構成要件に分説することが
できる(以下,下記の各構成要件をその記号に従い「構成要件A」などとい
う。)。
    A 加熱された基板の表面に窒素化合物半導体結晶膜をMOCVD法でも
って常圧で成長させる方法において,
    B 基板の表面に平行ないし傾斜する方向には,窒素化合物半導体の原料
となる反応ガスを供給し,
    C 基板の表面に対して実質的に垂直な方向には,反応ガスを含まない不
活性ガスの押圧ガスを供給し,
    D 不活性ガスである押圧ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向
に供給される,窒素化合物半導体の原料となる反応ガスを基板表面に吹き付ける方
向に方向を変更させて,
    E 窒素化合物の半導体結晶膜を成長させる
    F ことを特徴とする窒素化合物半導体結晶膜の成長方法。
 (イ) 被告現方法の構成
     被告が,平成9年4月15日ころ以後,実施している窒素化合物の半導
体結晶膜成長方法(被告現方法)の構成は,別紙「被告方法目録」記載のとおりで
ある。被告現方法の構成を,本件特許発明の構成要件に対応して分説すると,下記
のとおりである(以下,下記の各構成をその記号に従い「被告現方法構成a」など
という。)。
    **********(閲覧制限対象部分)*************
    e 窒素化合物の半導体結晶膜を成長させる
    f ことを特徴とする窒素化合物半導体結晶膜の成長方法。
 (ウ) 本件特許発明と被告現方法の対比
     被告は,被告現方法構成b,e及びfが,それぞれ構成要件B,E及び
Fを充足することを認める。
     しかしながら,次のとおり,被告現方法構成a,c及びdは,それぞれ
構成要件A,C及びDを充足するものではない。
    ① 構成要件Aと被告現方法構成aは,2方向から加熱された基板の表面
にガスを供給することによって,この基板の表面に窒素化合物半導体結晶膜をMO
CVD法でもって常圧で成長させる方法であること,及び,2方向から供給される
ガスのうち一方が,上記基板の表面に基板に対して平行ないし傾斜する方向から供
給されることの2点において共通する。
      しかし,本件特許発明においては,2方向から供給されるガスのうち
一方が,上記基板の表面に基板に対して実質的に垂直な方向から供給されるのに対
し,被告現方法においては,***(閲覧制限対象部分)***から,この点にお
いて,これら2つの方法は明確に相違する。したがって,被告現方法構成aは構成
要件Aを充足しない。
    ② 構成要件Cと被告現方法構成cを対比すると,前者における「反応ガ
スを含まない不活性ガスの押圧ガス」は,窒素化合物半導体の原料となる反応ガス
と反応しない組成のガスを意味するところ,後者における「反応ガス(α)を含ま
ず且つ該反応ガスと反応しない組成からなるサブフロー・ガス(β)」がこれに当
たることは明らかである。したがって,構成要件Cと被告現方法構成cは,反応ガ
スを含まず,かつ反応ガスと反応しない組成からなる不活性ガスを供給する点にお
いて共通する。
      しかしながら,上記①で述べたとおり,***(閲覧制限対象部分)
***から,上記不活性ガスを供給する方向において,被告現方法は本件特許発明
と明確に相違する。よって,被告現方法構成cは構成要件Cを充足しない。
    ③ 構成要件Dと被告現方法構成dを対比すると,前者は,不活性ガス
が,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に供給される反応ガスを,基板表面に吹
き付ける方向に方向を変更させるものであるのに対し,後者は,***(閲覧制限
対象部分)***である点で,これらは明確に相違する。よって,被告現方法構成
dは構成要件Dを充足しないというべきである。
      この点をやや詳しく説明すると,本件特許発明においては,加熱され
た基板の表面上で熱対流により舞い上がろうとする反応ガスを,基板に実質的に垂
直な方向から供給される不活性ガス(サブフロー・ガス)により,基板表面に吹き
付ける方向に方向を変更させるという,力まかせというべき強引な方法を採ってい
る。同方法においては,不活性ガスを供給する副噴射管は,基板に近づくにつれて
若干広がるテーパー状の形状であるため,この形状に起因して,不活性ガスの流れ
は,基板に近づくほど若干傾斜して「実質的に垂直」になる。このような流れの不
活性ガスと,基板に概ね平行な方向から供給された反応ガスとが衝突する結果,反
応ガスの大部分は,噴射された方向と逆向きの斜め下方に押し戻す力を受けること
になる。そうすると,反応ガスの中に前進しようとするものと後退するものとが生
じ,その結果,反応ガスは層流ではなく乱流にならざるを得ない。前述した本件特
許発明の再現性の悪さ,代替技術に比しての優位性の欠如も,まさにこの点が原因
である。
      これに対し,被告現方法は,***(閲覧制限対象部分)***基板
表面に平行な方向の層流状態を維持することを可能にした。これは,もはや本件特
許発明とは別個の技術思想に基づく発明というべきであって,このような反応ガス
の層流状態を実現したからこそ,被告現装置を稼働させて質の高い窒素化合物半導
体結晶を成長させることが可能となり,被告会社による高輝度青色LED及びLD
の製造が実現されているのである。
 (エ) 結論
     上記のとおり,被告現方法は,本件特許発明の構成要件A,C及びDを
充足せず,その技術的範囲に属するものではない。
(別紙)     被告現方法についての原告の主張
 (ア)「実質的に垂直」の要件
     被告は,本件特許発明においては,不活性ガスが基板に対して実質的に
垂直な方向から供給される(構成要件A)のに対し,被告現方法においては,**
*(閲覧制限対象部分)***(被告現方法構成a)から,被告現方法は「実質的
に垂直な方向」の文言を充足しないと主張する。
     ところで,不活性ガスが「実質的に垂直な方向」から供給されるとは,
それ自体非常に幅の広い表現であるところ,本件明細書の記載を精査しても,上記
文言が,不活性ガス(押圧ガス)が基板に対して供給される際,基板からどの程度
離れた位置で垂直方向に供給されることを要求しているのか,必ずしも明らかでな
い。むしろ,明細書における,「基板の上部から垂直に流す不活性ガスである押圧
ガスは,H2,N2ガスを単独で,あるいはこれ等の混合ガスを使用する。この方向
に噴射される押圧ガスは,反応ガスの方向を基板に向かう方向に変えるものであ
る」(中間判決に添付した特許公報〔甲1〕4欄30行以下),「基板に上から垂
直に押圧ガスを流す副噴射管は,好ましくは,下方に向かって太くなる円錐形に成
形される。この形状の副噴射管で押圧ガスを噴射すると,反応ガスを均一に基板に
向かって流すことができ,」(同公報4欄36行以下),「このように,優れた結
晶性の半導体結晶膜を成長できるのは,反応ガスを基板と平行に供給し,反応ガス
を含まない不活性ガスである押圧ガスを,基板に垂直に供給するからである。この
状態で基板に供給される反応ガスは,高温加熱に基板表面にできる激しい熱対流に
起因する弊害を押圧ガスによって解消し,さらに,基板上で分解されて優れた結晶
性の半導体結晶膜として成長される。」(同公報10欄29行以下)との各記載に
照らせば,不活性ガスの供給については,特に具体的な態様が想定されているもの
ではなく,基板の真上方向から基板に向かって吹き付けられることを単に「垂直」
と表現していることがうかがわれる。したがって,「実質的に垂直」の文言につい
ても,言葉の一般的な意味を超えた技術的意義があるものではなく,不活性ガス
が,全体的にみて,基板の真上方向から基板に向かう方向に供給されることを広く
含むものと解すべきである。
     しかるに,被告現方法においても,***(閲覧制限対象部分)***
に変わりはない。したがって,同方法は,「実質的に垂直」(構成要件A及びC)
の文言を充足するというべきである。
 (イ)「基板表面に吹き付ける方向に」の要件
     被告は,本件特許発明においては,不活性ガスが,基板の表面に平行な
いし傾斜する方向に供給される反応ガスを,基板表面に吹き付ける方向に方向を変
更させる(構成要件D)のに対し,被告現方法においては,***(閲覧制限対象
部分)***ものであるから,被告現方法は,「反応ガスを基板表面に吹き付ける
方向に方向を変更させて」の文言を充足しないと主張する。
     しかしながら,被告による上記対比の議論は,特許請求の範囲に何ら記
載のない「基板表面に平行な方向の層流状態」の有無を問題にし,構成要件充足性
を論じるもので,不当である。
     その点をさておいても,本件明細書において,「このようにGaAlN
の原料となるGa源ガスとAl源ガスとN源ガスとを一緒にして,反応ガスとして
基板に対して平行方向若しくは傾斜した方向で吹き付けると,原料ガスが均一に基
板表面で広がり膜質の安定した結晶を成長させることができる。しかも押圧ガスで
反応ガスが熱対流により拡散しないようにしているので,基板の上にガスを薄い状
態で広げることができる。」(同公報6欄7行以下),「本実施例のように,反応
ガスの流量よりも,副噴射管から流す押圧ガスの流量を多くすることにより,熱対
流を抑え反応ガスを基板に押しつけて,均一な結晶成長を行うことができる。」
(同公報7欄7行以下),「このように,優れた結晶性の半導体結晶膜を成長でき
るのは,反応ガスを基板と平行に供給し,反応ガスを含まない不活性ガスである押
圧ガスを,基板に垂直に供給するからである。この状態で基板に供給される反応ガ
スは,高温加熱に基板表面にできる激しい熱対流に起因する弊害を押圧ガスによっ
て解消し,さらに,基板上で分解されて優れた結晶性の半導体結晶膜として成長さ
れる。」(同公報10欄29行以下)と,押圧ガスが,熱対流により舞い上がろう
とする反応ガスを基板に対して押さえ付ける効果を奏することが,繰り返し記載さ
れていることからすれば,「押圧ガスが‥‥‥反応ガスを基板表面に吹き付ける方
向に方向を変更させて」(構成要件D)とは,押圧ガスが,熱対流により舞い上が
る反応ガスを熱対流の浮力に対抗して基板に吹き付ける方向に方向を変更させるこ
とを意味するものであることが,容易に理解できる。
     しかるに,被告現方法においても,***(閲覧制限対象部分)***
基板に吹き付ける方向に方向を変更させていることは疑いない(だからこそ,ツー
フロー方式の作用効果が発揮され,高品質な窒化ガリウム系半導体の結晶膜が得ら
れるのである。)。被告現方法において,反応ガスが基板表面に平行な方向の層流
状態に維持されているというのは,あるいはそのとおりかも知れないが,それは,
上記のように反応ガスが押圧ガスにより方向を変更された結果,実現したものにす
ぎない。以上によれば,被告現方法は,「反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に
方向を変更させて」(構成要件D)との文言を充足するというべきである。
(別紙)     被告現方法についての当裁判所の判断
 (ア)本件明細書における特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
    「加熱された基板の表面に窒素化合物半導体結晶膜をMOCVD法でもっ
て常圧で成長させる方法において,基板の表面に平行ないし傾斜する方向には,窒
素化合物半導体の原料となる反応ガスを供給し,基板の表面に対して実質的に垂直
な方向には,反応ガスを含まない不活性ガスの押圧ガスを供給し,不活性ガスであ
る押圧ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に供給される,窒素化合物半
導体の原料となる反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて,窒素
化合物の半導体結晶膜を成長させることを特徴とする窒素化合物半導体結晶膜の成
長方法。」
    上記の特許請求の範囲の記載は,下記のとおり,構成要件に分説すること
ができる(以下,下記の各構成要件をその記号に従い「構成要件A」などとい
う。)。
   A 加熱された基板の表面に窒素化合物半導体結晶膜をMOCVD法でもっ
て常圧で成長させる方法において,
   B 基板の表面に平行ないし傾斜する方向には,窒素化合物半導体の原料と
なる反応ガスを供給し,
   C 基板の表面に対して実質的に垂直な方向には,反応ガスを含まない不活
性ガスの押圧ガスを供給し,
   D 不活性ガスである押圧ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に
供給される,窒素化合物半導体の原料となる反応ガスを基板表面に吹き付ける方向
に方向を変更させて,
   E 窒素化合物の半導体結晶膜を成長させる
   F ことを特徴とする窒素化合物半導体結晶膜の成長方法。
 (イ)被告は,上記を前提に,本件特許発明に係る方法においては,押圧ガスが
基板に対して実質的に垂直な方向から供給されるのに対し,被告現方法において
は,***(閲覧制限対象部分)***「基板に対して実質的に垂直な方向」(構
成要件A及びC)から供給されるものではない。また,本件特許発明の方法におい
ては,不活性ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に供給される反応ガス
を,基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させるのに対し,被告現方法において
は,***(閲覧制限対象部分)***基板表面に平行な方向の層流状態に維持す
るから,「反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて」(構成要件
D)いない。以上のように主張して(第三,二2(3)イ),構成要件A,C及びDの
充足性を争っている。
 (ウ)そこで検討するに,本件明細書の特許請求の範囲においては,「実質的に
垂直」(構成要件A及びC)及び「基板に吹き付ける方向に方向を変更」(構成要
件D)との各文言に特に限定は付されていない。そこで発明の詳細な説明をみる
と,(ア) 基板の真上から,TMG(トリメチルガリウム),NH3(アンモニア)
及びH2(水素)を混合した反応ガスを吹き付ける,いわゆるワンフロー方式の従来
例が紹介され,この方法においては,TMGとNH3が基板に到達する前に付加化合
物ができてしまうか,あるいは,高い反応温度に由来して起こる熱対流により反応
ガスが基板に到達しないことが原因で,反応ガスの流速を一定以上にしないと基板
上にGaN結晶膜がうまく成長しなかったとされている。そして,一定の流速を保
つためには反応ガスの下端開口部の内径を小さくする必要があるところ,そうする
と,基板上の限られた面積にしか結晶が成長せず,非常に歩留率が悪いという欠点
があったとされている(中間判決に添付した特許公報2欄3行以下及び第3図)。
また,(イ) ツーフロー方式ではあるが,TMG等の反応ガスを基板に平行ないし
傾斜する方向から,NH3等の反応ガスを基板に垂直な方向からそれぞれ供給する
タイプの従来例(乙103)が紹介され,この方法においては,大気圧中で基板を
1000℃以上の高温に加熱するので,基板表面上で強い熱対流が発生し,そのた
めNH3等をH2とともに基板に垂直な方向から吹き付けても,NH3等の反応ガス
が基板上で拡散してしまい,TMG等の反応ガスとうまく反応せず,結晶欠陥の多
いGaN結晶膜しか成長しない欠点があったとされている(同公報3欄39行以
下)。そして,本件特許発明は,これらの欠点を克服することを目的として,上記
(イ)の従来例を改良し,基板の表面に平行ないし傾斜する方向には反応ガスを供給
し,実質的に垂直な方向には反応ガスを含まない押圧ガス(不活性ガス)を供給す
る構成を採ったものであり,かかる構成を採ったことにより,基板に対して実質的
に垂直な方向から供給される押圧ガスが,基板の表面に平行ないし傾斜する方向に
供給される反応ガスを,基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて,GaN系
半導体結晶膜の成長を可能にすることが記載されている。それとともに,基板の上
から垂直に押圧ガスを供給する副噴射管については,下方に向かって太くなる円錐
状に成形することが望ましく,かかる形状の副噴射管で押圧ガスを噴射すると,反
応ガスを基板に向かって均一に流すことができ,その結果,GaN結晶膜が基板の
表面上に均一に成長するものとされている(同公報4欄12行以下)。
    上記によれば,本件特許発明は,とりわけ従来例との関係において,基板
に対して平行ないしやや傾斜する方向から,TMG(トリメチルガリウム),NH3
(アンモニア)及びH2(水素)を混合した反応ガスを流す一方で,垂直な方向(上
方)からは,反応ガスを含まないH2(水素)やN2(窒素)等の不活性ガスを押圧
ガスとして供給し,もって反応ガスを基板に押しつけるように均一に流すことを特
徴とするものと解される。したがって,特許請求の範囲における「実質的に垂直な
方向」の文言は,反応ガスの「平行ないし傾斜する方向」と対比する意味で用いら
れているものであって,「実質的に垂直」の語は,不活性ガスの方向について,反
応ガスの方向との関係での相対的な位置関係を示すものである。また,「基板に吹
き付ける方向に方向を変更させる」との文言も,反応ガスを基板に押しつけるよう
に流す結果を実現することを意味するものである。このように,これらの各文言
は,必ずしも厳密な意味で用いられているわけではなく,2方向から供給されるガ
スのうち,片方(反応ガス)が基板の横方向から,もう片方が基板の縦方向(上
方)から供給されるものであり,かつ,後者が前者を基板に押しつけるように作用
するものであることを,一般的に表現したものと解することができる。
    このような理解は,本件明細書における実施例に関する記載からも裏付け
られる。すなわち,本件明細書には,「このようにGaAlNの原料となるGa源
ガスとAl源ガスとN源ガスとを一緒にして,反応ガスとして基板に対して平行方
向若しくは傾斜した方向で吹き付けると,原料ガスが均一に基板表面で広がり膜質
の安定した結晶を成長させることができる。しかも押圧ガスで反応ガスが熱対流に
より拡散しないようにしているので,基板の上にガスを薄い状態で広げることがで
きる。」(同公報6欄7行以下),あるいは,「本実施例のように,反応ガスの流
量よりも,副噴射管から流す押圧ガスの流量を多くすることにより,熱対流を抑え
反応ガスを基板に押しつけて,均一な結晶成長を行うことができる。」(同公報7
欄7行以下)との各記載がある。これらの記載からは,押圧ガスが,熱対流の作用
に抗して基板上に結晶膜の原料を含む反応ガスを薄く広げることに,本件特許発明
が作用効果を奏するための中核的な技術思想があり,このように反応ガスが薄く均
一に広がるのであるならば,押圧ガスが供給される角度や,反応ガスが実際にどの
ような流れをたどるかは,必ずしも厳密に意識されていないことがうかがわれる。
また,好ましい実施例とされる前記テーパー状の副噴射管につき,このような副噴
射管によると,「押圧ガスが効果的に副噴射管の壁を伝って,基板表面に垂直にガ
スが供給できるようにする作用があ」るほか,「副噴射管3の下端開口部は,基板
1の大きさにほぼ等しく設計される。さらに,副噴射管3の下端は,基板1の上面
に接近して開口される。」(同公報6欄20行以下)との記載があるところ,これ
らの記載と,かかる形状の副噴射管で押圧ガスを噴射すると,反応ガスを基板に向
かって均一に流すことができ,その結果,GaN結晶膜が基板の表面上に均一に成
長する旨の前記記載(同公報4欄36行以下)を併せ読めば,本件特許発明におい
ては,押圧ガスの流れが,基板の一部ではなく全体に対して実質的に垂直になるよ
うに供給されることが重要であり,押圧ガスがこのように供給されることによっ
て,基板全面に均一に結晶が成長するものとされていることが分かる。
    そして,本件明細書を精査しても,上記の各記載以上に,「実質的に垂
直」及び「基板に吹き付ける方向に方向を変更」との各文言の具体的な意味を限定
する根拠となる記載はないから,以上を総合すれば,特許請求の範囲における「実
質的に垂直」(構成要件A及びC)とは,反応ガスを含まない不活性の押圧ガス
が,全体として,基板の上方から,反応ガスを基板に押しつけるように供給される
ことを意味するものと解すべきである。また,「基板に吹き付ける方向に方向を変
更」(構成要件D)とは,押圧ガスが,反応ガスの流れる方向を実際に基板表面に
吹き付ける方向に変更することを必ずしも意味するものではなく(気体である反応
ガスの垂直下方向への流れを遮るものとして基板が存在する以上,そもそも,基板
の表面上で,実際に「基板表面に吹き付ける方向」への反応ガスの流れが生じるこ
とを想定するのは必ずしも現実的でないと考えられる。),反応ガスを基板表面に
押さえつける方向に作用することを意味するものと解すべきである。
 (エ)しかるに,被告現方法においては,***(閲覧制限対象部分)****
押圧ガスが,全体として,基板の上方から,反応ガスを基板に押しつけるように供
給されていることに変わりはないから,被告現方法は,「基板に対して実質的に垂
直な方向」との文言(構成要件A及びC)を充足するものと認められる。また,被
告現方法においては,上記のように供給された押圧ガスが,基板の表面に略平行や
や下向きの方向に供給される反応ガスを基板表面に押さえつける方向に作用してい
ることは明らかであるから,反応ガスが押圧ガスの下側で基板表面に平行な層流状
態に維持されているかどうかにかかわりなく(そもそも,被告が付加するこの層流
に関する要件は,本件明細書に一切開示されていないものである。),被告現方法
は,「反応ガスを基板表面に吹き付ける方向に方向を変更させて」(構成要件D)
との文言を充足するものである。
    被告現方法が,上記以外の構成要件B,E及びFを充足することに争いは
ない。
    以上によれば,被告現方法は,本件特許発明の構成要件をすべて充足し,
その技術的範囲に属するものと認められる。
(別紙)     相当対価算定についての当裁判所の判断
   1   平成 6年(1994年)    *********(円)
       同  7年(1995年)    *********
       同  8年(1996年)    *********
       同  9年(1997年)    *********
       同 10年(1998年)    *********
       同 11年(1999年)    *********
       同 12年(2000年)    *********
       同 13年(2001年)    *********
       同 14年(2002年)    909億0000万
                  (合計)2398億5100万(円)
   2              市場全体の  被告会社の 被告会社の
成長率 市場占有率成長率
    平成 7年(1995年)         *****     
    同  8年(1996年)  100.0%  ***** ****
    同  9年(1997年)   25.0%  ***** ****
    同 10年(1998年)   80.0%  ***** ****
    同 11年(1999年)   86.7%  ***** ****
    同 12年(2000年)   78.6%  ***** ****
    同 13年(2001年)    4.7%  ***** ****
    同 14年(2002年)   69.8%  54.6%  63%
   3   平成15年(2003年)   1214億1300万(円)
       同 16年(2004年)   1511億9700万
       同 17年(2005年)   1684億9500万
       同 18年(2006年)   1827億8100万
       同 19年(2007年)   2049億9800万
       同 20年(2008年)   2255億4200万
       同 21年(2009年)   2472億3600万
       同 22年(2010年)   2203億5018万
   4   平成 9年(1997年)   **********
       同 10年(1998年)   **********
       同 11年(1999年)   **********
       同 12年(2000年)   **********
       同 13年(2001年)   **********
       同 14年(2002年)    712億2252万
       同 15年(2003年)    906億0024万
       同 16年(2004年)   1074億5288万
       同 17年(2005年)   1140億4404万
       同 18年(2006年)   1178億2226万
       同 19年(2007年)   1258億5098万
       同 20年(2008年)   1318億6973万
       同 21年(2009年)   1376億7025万
       同 22年(2010年)   1168億5640万
                (合計)1兆1380億9394万
   5   平成15年(2003年)      1億6900万(円)
       同 16年(2004年)     14億4900万
       同 17年(2005年)     43億9300万
       同 18年(2006年)     78億5700万
       同 19年(2007年)    169億8000万
       同 20年(2008年)    299億3700万
       同 21年(2009年)    527億7800万
       同 22年(2010年)    759億6795万
   6   平成15年(2003年)      1億2611万
       同 16年(2004年)     10億2977万
       同 17年(2005年)     29億7335万
       同 18年(2006年)     50億6469万
       同 19年(2007年)    104億2424万
       同 20年(2008年)    175億0354万
       同 21年(2009年)    293億8876万
       同 22年(2010年)    402億8742万
                  (合計)1067億9788万

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