弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主      文
  本件は,平成5年11月16日申立人がした控訴取下げにより終了したものである。
理      由
1 申立人は,頭書被告事件(編注 住居侵入,殺人,窃盗,強盗殺人未遂〈窃盗,強盗
殺人未遂につき,変更後の訴因 強盗殺人未遂〉,強盗致傷被告事件)につき,平成
5年10月27日原審・福岡地方裁判所小倉支部で判決を言い渡され,原審弁護人川
口晴司は即日控訴の申立てをなしたが,申立人は同年11月16日控訴取下書により
これを取り下げたものであるところ,弁護人古賀康紀らは同控訴取下げは無効であ
り,控訴は当裁判所に係属しているとして,公判期日指定の申立てをなしている。
2 本件控訴取下げの効力に関する弁護人らの主張は,弁護人古賀康紀ら連名作成の
公判期日指定申立書及び同補充書に各記載のとおりであるから,これらを引用する
が,要するに,本件控訴取下げは申立人が弁護人不在といった憲法37条3項に反す
る状態でなしたものであるばかりか,当時申立人にはこれを有効になしうる訴訟能力
がなく,いずれにせよ無効である,というのである。
  すなわち,所論は,「①各審級における弁護人選任の効力の終期については,解釈
上争いがあり,判例も明確ではないが,遅くとも上訴の申立てがなされ,訴訟事件に
移審の効果を生じた時点で,終了しているものと解される。そして,現行法上,弁護人
の選任は審級ごととされる一方(刑訴法32条2項),上訴審における国選弁護人の選
任は,訴訟記録が上訴審に送付された後でなければ,その選任手続が始められない
ため,本件のような国選弁護事件の場合,上訴申立てがあった後,暫く弁護人不在
の状態が生ずることになる。現行法が,このように,弁護人不在の状態を予定しなが
ら,そのような状態であっても,被告人が上訴取下げという訴訟の死命を制するような
決定的な訴訟行為をなし得るとしているのは,『刑事被告人は,いかなる場合にも,資
格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができ
ないときは,国でこれを附する。』と規定する憲法37条3項に反する。②また,本件控
訴取下げ当時,申立人は,長期間の勾留による拘禁反応や慢性的な強度の頭痛に
悩まされていたうえ,死刑判決という厳しい刑罰に直面し,しかも信頼を寄せていた原
審弁護人が,控訴審では弁護人となりえないことを知るとともに,控訴審では自ら控
訴趣意書を作成しなければならないと誤解して,控訴審に対し強い絶望感を抱いた状
態となった。そのため,控訴取下げという訴訟行為の重大な意味や効果を的確に理
解したり,利害得失を合理的に判断するといった訴訟能力を欠いて,本件控訴取下げ
をなした。したがって,いずれにせよ,本件控訴取下げは無効である。」旨主張する。
3 そこで,案ずるに,所論指摘のとおり,〈要旨1〉刑訴法32条2項によれば,弁護人の
選任は,審級ごとにされなければならないとされており,その審級は,上訴提起期間
の満了(終局裁判の確定)又は上訴の申立てによる移審によって終了するものと解さ
れるから,弁護人選任の効力も当該審級の終了により原則として効力を失うことにな
る。ただ,本件のように刑訴法355条により原審弁護人から上訴の申立てがなされた
場合は別で,原審弁護人は控訴ないし上告趣意書を作成する権限を有しており(最
高裁大法廷判決昭和29年7月7日刑集8巻7号1052頁,最高裁第二小法廷判決
同年12月24日刑集8巻13号2336頁参照),それにともない訴訟記録の閲覧・謄写
あるいは勾留中の被告人との接見交通等の弁護活動をなすことができ,弁護人選任
の効力はなお存続しているものと解される。してみると,申立人が本件控訴取下げを
なした当時,控訴趣意書の作成権限を有する原審弁護人は,もとより,その権限と不
可分である控訴維持の当否について,被告人の利益のため相談に預かり助言を与え
うる地位にあった。〈/要旨1〉もっとも,実務の取り扱いは,従前から上記原則のみに
よっているのが一般のようであり,原審弁護人川口において,弁護人選任の効力がな
お存続しているという認識があったか判然としないが,現に,当裁判所が平成13年2
月9日実施した申立人尋問の結果を含む関係資料によれば,〈要旨2〉原審弁護人川
口らは,原判決の言渡し後,本件控訴取下げまで2度にわたり,刑訴法39条1項によ
り弁護人にのみ認められるところの,立会人なくして申立人と接見を行っており,申立
人に控訴の取下げをしないように強く説得していることが認められるので,申立人は,
控訴取下げを行うにあたり,弁護人の弁護活動を受けているものといってよい。して
みると,弁護人不在で本件控訴取下げがなされたとの所論は,その前提を欠くので採
用の限りではない〈/要旨2〉(なお,憲法37条3項の弁護人依頼権は,検察官の意見
にもあるように,被告人が自ら行使すべきもので,裁判所は被告人にこの権利を行使
する機会を与え,その行使を妨げないようにするとともに,被告人が自ら弁護人を依
頼することができないときは,その請求があった場合に国がこれに対し弁護人を付す
ることにしたものと解するのが相当であって,公訴提起の当初から判決確定にいたる
までの間,所論が主張するように間断なく弁護人が付されることまで保障したもので
はない。)。
4 次に,申立人が本件控訴を取下げた当時のその訴訟能力について検討するに,関
係資料によれば,本件控訴取下げがなされた経緯に関し,次の事実が認められる。
  すなわち,申立人は,捜査段階において,全事件を自認し,原審においても,一部犯
意や犯行態様を争うものの,概要においてこれを維持し,平成5年6月7日の原審第
19回公判における最終陳述において,反省悔悟の心情を吐露し,死をもって償いた
いと真摯に申し述べるなど,本件死刑判決は十分予期するものであったこと,判決宣
告日の宣告前に原審弁護人川口の接見を受け,仮に死刑判決であったときは,即日
控訴する旨言われたこと,申立人自身としては,積極的に控訴するまでの意思はな
かったが,あえて同弁護人の言うことに反対せず,その意思に委ねたにすぎないこ
と,同弁護人が控訴を申立てた後,同年11月15日同弁護人と接見したが,同弁護
人から,控訴審では別の国選弁護人が選任されることになると告げられた上,新たな
弁護人のもとで控訴審の裁判を頑張るように激励されたこと,申立人は,信頼してい
た川口弁護人が控訴申立てをなし,自身その気になっていたのに,同弁護人は控訴
審の弁護人となれないことを知って大きく落胆し,川口弁護人に対し,控訴を取り下げ
る旨述べたこと,これに対し,同弁護人から控訴の取下げはしないよう強く説得された
こと,しかし,申立人としては,同弁護人以外の弁護人のもとで裁判を続けるのは,考
えただけでも嫌気がさし,しかも,控訴審で自分の言い分を控訴趣意書なり何らかの
書面にして提出しなければならないと考え,そのようなことをするのは弁解がましく気
苦労に感じられたことも手伝って,熟慮した結果,潔く死をもって罪を償いたいとの心
境から,爾後迷いを生じないよう,控訴取下書を作成・提出したこと,が認められる。
  確かに,申立人は,本件控訴取下げ当時,長期間勾留され慢性の頭痛を訴え投薬
を受けてはいたが,幻覚・幻聴や妄想を呈するような拘禁反応は全く見られず,頭痛
は,本件犯行前からの症状であり,原審が実施した申立人の精神鑑定の結果によれ
ば,これは心因性の可能性が強く,「精神障害」を疑わせるような精神薄弱,精神病,
心因反応,神経症などの所見はなかったことが認められる。
そうすると,本件と同種事犯により無期懲役に処せられたことがある申立人において
は,本件犯行について,死刑判決は予期していたところであり,心情的にも反省悔悟
し,死をもって償いたいと真摯に述べていたもので,ただ現実にその言渡しを受け,少
なからず動揺し精神面の安定をやや欠いていたことは否めないものの,本件控訴の
申立ては,前述のとおり,原審弁護人によるもので,もともと自ら積極的に控訴するま
での意思はなかったこと,そして,前刑の控訴取下げにより無期懲役刑の執行を受け
た経験を有する被告人としては,本件控訴取下げに当たって,日常的な意思疎通に
欠けるところがないことはもとより,控訴取下げの意味を良く理解し,その利害得失を
十分承知して,これを決意し,実行に移したものということができる。そのことは,申立
人が本件控訴取下げ後,本件公判期日指定の申立てをなすまでの6年余りの間,本
件控訴取下げに不満なり不服を示したことがなく,逆に早期に刑に執行をしてもらい
たい旨の書面を拘置所長に提出したことがあるほか,原審弁護人であった川口弁護
士らからの面会の申し入れや公判期日指定の申立てを行うことを断っていたことから
も裏付けられる。本件控訴取下げにあたり,申立人には,控訴審で自分の言い分を
控訴趣意書なり何らかの書面にまとめなければならないとの誤解があったことは認め
られるが,これは本件控訴取下げを決意するにあたって,幾分これを強めたにすぎ
ず,その理由の中核をなすものではないから,上記判断を左右することにはならな
い。また,所論指摘の最高裁決定は本件と事案を異にし適切ではない。
  申立人には,本件控訴取下げ時,訴訟能力に欠けるところはない。 
5 以上によれば,申立人がなした本件控訴取下げは有効であり,本件控訴は同取下
げにより終了したものであるから,その趣旨を明らかにするため,主文のとおり決定
する。
(裁判長裁判官 八束和廣 裁判官 坂主 勉 裁判官鈴木浩美)

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