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平成17年(行ケ)第10137号 審決取消(特許)請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成17年(行ケ)第19号)
口頭弁論終結日 平成17年6月7日
            判        決
 
    原告               A
    訴訟代理人弁理士        江森健二
    同         松尾誠剛
    同         本山 敢
    被告     特許庁長官  小川 洋
    指定代理人        津田俊明
    同         谷山稔男
    同         立川 功
    同               宮下正之
            主        文
     1 原告の請求を棄却する。
     2 訴訟費用は原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2004-11739号事件について平成16年12月13日にした審決を取り
消す。
第2 事案の概要
 本件は,後記本願発明の出願人である原告が,特許庁から拒絶査定を受けたの
で,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が審判請求不成立の審決をし
たため,原告が同審決の取消しを求めている事案である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「粘土」とする発明につき,平成13年5月31日に特許出願
(特願2001-165370号,以下「本件出願」という。甲12)をした。
 その後原告は,平成16年4月13日付けで手続補正(甲13)をした。
 特許庁は,本件出願に対し,平成16年5月11日付けで拒絶査定(甲18)を
した。
 そこで原告は,平成16年6月9日に不服審判の請求をし,同請求は不服2004-
11739号事件として特許庁に係属した。
 特許庁は,同事件について審理した上,平成16年12月13日付けで「本件審判の請
求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同
月22日原告に送達された。
(2) 本件出願に係る発明の要旨
 本件出願に当たり提出され,平成16年4月13日付け手続補正書(甲13)に
より補正された明細書(以下,添付の図面を含めて「本件明細書」という。)の特
許請求の範囲に記載された発明は,下記のとおりである(以下,請求項1に係る発
明を「本願発明」という。)。
               記
【請求項1】色素顔料と,極性化合物と,を含有する粘土において,当該
色素顔料の平均粒径を0.01~0.2μmの範囲内の値とするとともに,粒径分布におけ
る標準偏差を0.05μm以下の値とし,かつ色素顔料の添加量を,全体量に対し
て,0.01~10重量%の範囲内の値とすることを特徴とする粘土。
【請求項2】前記色素顔料の粒径の95%が,前記色素顔料の平均粒径の±
10%の範囲内に存在していることを特徴とする請求項1に記載の粘土。
【請求項3】中空微小球をさらに含むとともに,当該中空微小球の平均粒
径をD2とし,前記色素顔料の平均粒径をD1としたときに,D2/D1の比率を10~
50,000の範囲内の値とすることを特徴とする請求項1または2に記載の粘土。
【請求項4】前記極性化合物が水酸基含有化合物およびカルボキシル基含
有化合物,あるいはいずれか一方の極性化合物であるとともに,当該極性化合物の
添加量を,全体量に対して,0.1~30重量%の範囲内の値とすることを特徴とする請
求項1~3のいずれか一項に記載の粘土。
【請求項5】繊維をさらに含有するとともに,当該繊維の添加量を,全体
量に対して,1~30重量%の範囲内の値とすることを特徴とする請求項1~4のい
ずれか一項に記載の粘土。
【請求項6】水をさらに含有するとともに,当該水の添加量を,全体量に
対して,60~85重量%の範囲内の値とすることを特徴とする請求項1~5のいずれ
か一項に記載の粘土。
【請求項7】前記中空微小球が,有機中空微小球と,無機中空微小球との
混合物であることを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の粘土。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決謄本のとおりである。その理由の要旨は,本願
発明についての本件明細書の記載は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たし
ておらず,また,本願発明は,その出願前に頒布された特開平10-20768号公報(甲
2。以下「引用刊行物」という。)記載の発明(以下「引用発明」という。)に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に
より特許を受けることができない,としたものである。
イ 本願発明は特許法29条2項により特許を受けることができないとの判断
をするに当たり,審決は,本願発明と引用刊行物に記載された発明(以下「引用発
明」という。)との一致点及び相違点について,次のとおり認定している。
(一致点)
「色素顔料と,極性化合物と,を含有する粘土。」である点。
(相違点1)
色素顔料の粒径につき,本願発明が「平均粒径を0.01~0.2μmの範囲内の値」とし
「粒径分布における標準偏差を0.05μm以下の値」としているのに対し,引用発明で
はそれらのことが不明である点。
(相違点2)
色素顔料の添加量につき,本願発明が「全体量に対して,0.01~10重量%の範囲内
の値」としているのに対し,引用発明では不明である点。
(4) 審決の取消事由
 審決は,以下の理由により,事実の認定及び法律の適用を誤った違法なも
のとして取消しを免れないものである。
ア 取消事由1(本件明細書の記載不備についての判断の誤り)
(ア) 記載不備の判断基準について(取消事由1-1)
 審決は,「数値限定に特徴を有する発明であれば,数値限定を満たすものが,満
たさないものに比べて顕著な作用効果を奏することが当業者が認識できる程度に,
理論的又は実験的に裏付けられたものとして発明の詳細な説明に記載されていてこ
そ,………特許法36条6項1号に規定する要件を満たすというべきである」(3頁
第2段落)と判断したが,この判断は,審査基準,審査実務と比較して極めて厳格
であり,公平の観点から違法なものである。
(イ)色素顔料の平均粒径について(取消事由1-2)
 本願発明の構成要件のうち色素顔料の平均粒径について,審決は,「本願発明が
発明の詳細な説明に記載されているとまでは認めることはできない」(4頁第3段
落)と判断したが,以下のとおり誤りである。
a 色素顔料(以下,単に「顔料」ということがある。)の平均粒径を
本願発明のように限定することによって,鮮やかで透明感を有する発色性を得られ
ることの原理は,本件明細書の段落【0017】並びに図1(A)及び図1(B)に示されてい
る。
 この点につき,審決は,「図1(A)と図1(B)を比較すると,同一サイズの中空微小
球の周囲に,図1(A)では図1(B)よりも小径の顔料が同数付着した様子が図示されて
おり,顔料の含有率を同一とした上で,顔料粒径を変えた場合には付着粒子数が異
なるべきであるから,この図は参考にならない」(4頁第3段落)として,図
1(A)と図1(B)を全く参考にせずに,「(判決注;本願発明の数値範囲外である比較
例のものの)発色性が劣る原因を段落【0017】の記載に求めることはできない。」
(5頁第2段落)と判断した。しかし,顔料は極性材料等の中にも存在することが
できるのであるから,添加した顔料の全量が中空微粒子に付着することを前提に図
1(A)と図1(B)を「参考にならない」とした上記判断は,誤りである。そして,図
1(A)と図1(B)は,顔料の平均粒径の影響を,光の透過率との関係で模式的に示した
図であり,これらの図により,顔料付着数の相違が多少あったとしても,付着した
顔料の平均粒径が所定以下の場合には光が透過しやすくなり,平均粒径が所定以上
の場合には光が透過しづらくなることが理解できる。
b 顔料の平均粒径を本願発明のように限定することによって,優れた
発色性等の効果が得られることは,本件明細書の【表1】(段落【0056】)記載の
実施例及び比較例によっても裏付けられている。
 審決は,本件明細書の【表1】に対する評価として,「顔料粒径の適切な上限
は,顔料種類(比較例1はブラック顔料であるが,比較例2~3は他の顔料であ
る。)に依存して定まると理解するのが自然であり,顔料種類に関係なく0.2μmで
あることなど,到底【表1】から理解できるものではない」(5頁第2段落)とす
るが,誤りである。審判請求書(甲19)の図2から,顔料の平均粒径の技術的意義
は一目りょう然である。
(ウ) 色素顔料の粒径分布について(取消事由1-3)
 審決は,色素顔料の粒径分布を数値限定することの技術的意義に関する本件明細
書の段落【0018】の記載について,「中空微小球の記載を前提とするものである点
で,そもそも本願発明を裏付けるものではない」(5頁第3段落)と判断したが,
下位クレームの「中空微粒子を含む軽量粘土」については本件明細書中に十分記載
されており,これを考慮せずに記載不備とする審理は,明らかに違法である。審判
請求書(甲19)の図3から,顔料の粒度分布の技術的意義は一目で分かる。
(エ) 色素顔料の添加量について(取消事由1-4)
 審決は,「本願発明は,………粘土の比重は相当程度広範囲に及ぶと解されると
ころ,粘土の比重に関係なく,色素顔料の添加量(重量%)を全体量に対して
0.01~10重量%の範囲内の値とすることが,発明の詳細な説明に記載されていると
認めることはできない。」(6頁第1段落)と判断し,顔料の添加量について粘土
の重量や比重を基に定めるべきである旨の判断をしているが,一義的に決めるとす
る根拠に乏しい。本願発明においても,段落【0007】に記載されているように,発
色性が良好な色素顔料であれば少量で済むというのは,当業者が容易に理解し得る
ことである。
 また,本件明細書の【表1】(段落【0056】)を基に作成した審判請求書(甲
19)の図1から,顔料の添加量の技術的意義は一目で分かるのであり,審決の
「【表1】の実施例1~4は,………上限値を10%とすることが裏付けられている
とは到底認めることができない」(6頁第1段落)との判断も誤りである。
イ 取消事由2(本願発明の進歩性についての判断の誤り)
(ア) 相違点1に係る本願発明の構成の容易想到性について
a 色素顔料の平均粒径の上限値0.2μmについて
 審決は,色素顔料により着色を行う場合,本願発明の上限値0.2μmよりも相当程
度小さい平均粒径を有する色素顔料を用いることは周知技術であると認定した上,
「上記周知技術の平均粒径が粘土において適当であるか不適当であるかは,試作す
ることによりたやすく確認できることであるから,周知技術の平均粒径を引用発明
における顔料の平均粒径として採用することは当業者にとって想到容易である」
(8頁第1段落)と判断したが,誤りである。
 まず,審決が上記周知技術の例示として示した文献(甲7~11)は,技術分野が
異なる上に,本願発明が規定する平均粒子径の好適範囲について記載されていな
い。
 また,特開平1-285982号公報(甲14)には,着色剤として「顔料着色した合成
樹脂粉末」を用いることを特徴とした着色粘土が記載されているが,この着色剤
は,平均粒度100メッシュであり,本願発明における顔料の平均粒径の1000倍以上,
あるいは10000倍以上である。粒径の小さい顔料をそのまま粘土に混合しても,手や
工作具に色移りしたり,分散性や耐候性が低下するから,甲14では,平均粒度が
100メッシュの合成樹脂粉末を顔料着色して混合することにより,これらの問題をな
くしているものと考えられる。したがって,他の技術分野においては格別,粘土の
分野においては,本願発明の上限値以下のような平均粒径の小さい顔料を粘土に直
接混合することは困難であると考えられていたことが推認できるから,上記周知技
術を適用して本願発明の構成とすることには阻害要因がある。
 さらに,本願発明は,審判請求書(甲19)の図2に示されるように,顔料の平均
粒径が,発色性のみならず耐ブリード性や耐候性にまで相関的に影響し,臨界的に
変化することを見いだした上で,顔料の平均粒径を規定したものである。顔料の平
均粒径が,これらの特性に相関的に影響し,臨界的に変化することは,到底予測で
きることではなく,時間をかけて綿密に試験を実施して初めて明らかになることで
あり,審決のいうように「試作することによりたやすく確認できること」ではな
い。
b 色素顔料の平均粒径の下限値0.01μmについて
 審決は,「平均粒径の下限を0.01μmとした理由は,色素顔料の分散性を確保する
ことにある」(8頁第2段落)と認定した上,「顔料の分散性の確保は技術常識で
あるから,上記周知技術の平均粒径を採用する際にも,粘土において分散性が確保
されるかどうかは,実験により確認すべきことがらであって,確保されることが判
明した0.01μm以上のものを採用することは設計事項である」(同)と判断したが,
色素顔料の平均粒径の下限値は,分散性等の観点から製造効率や製造原価を決める
商品としての生命線ともいえるものであり,それを単なる設計事項であるとするの
は,全くの誤りである。
c 色素顔料の粒径分布について
 審決は,「粒径を選択することが重要であるからには,選択した粒径から大きく
乖離した粒径の粒子が少ないほど好ましいことはいうまでもない。そればかりか,
上記周知技術においては,平均粒径の大きい場合でも0.1μmであり,それよりも相
当小さい場合もある」(8頁第3段落)とした上,「平均粒径が0.1μm以下である
上記周知技術においては,標準偏差は0.05μm以下である蓋然性が高く,0.05μmを
超える可能性があるとしても,0.05μm以下とすることは設計事項というべきであ
る」(同)と判断したが,誤りである。
 審判請求書(甲19)の図3に示されるように,顔料の平均粒径のみならず,標準
偏差についても,粘土における発色性,耐ブリード性,耐候性に相関的に影響する
ことは,試験を綿密に実施して初めて明らかになることで,単なる設計変更とし
て,たやすく選択することなど到底できるものではない。ましてや,これらの特性
が,標準偏差の所定範囲において臨界的に変化するなど到底予測できないことであ
る。
(イ) 相違点2に係る本願発明の構成の容易想到性について
 色素顔料の添加量に係る本願発明の構成についても,本件審決はこれを設計事項
であると判断したが,誤りである。
 審判請求書(甲19)の図1に示されるように,顔料の添加量が,粘土における発
色性,耐ブリード性,耐候性に相関的に影響することは,試験を綿密に実施して初
めて明らかになることで,単なる設計変更として,たやすく選択することなど到底
できるものではない。ましてや,これらの特性が,顔料の添加量の所定範囲におい
て臨界的に変化するなど到底予測できないことである。
(ウ) 有機中空微小球を積極的に排除する特開平10-268755号公報(甲
3,以下「甲3公報」という。)に記載の軽量粘土と,有機中空微小球を積極的に
利用する本件出願の請求項7に係る発明(以下「請求項7発明」という。)の粘土
とは,その目的,構成及び効果において大きく異なる。そして,引用発明は,有機
中空微小球を積極的に使用することを意図したものであり,甲3公報記載の発明と
は組み合わせることができないものである。
 したがって,少なくとも,請求項7発明の進歩性は肯定されるべきである。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)~(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論
 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1について
ア 取消事由1-1について
(ア) 原告は,審決の示した判断基準は特許庁の審査基準及び審査実務と
比較して厳格にすぎ公平を欠くと主張する。しかし,審査基準(乙1)は,特許法
36条6項1号の要件について,「請求項に係る発明が,発明の詳細な説明において
発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超える
ものであるか否かを調べることにより行う。発明の課題が解決できることを当業者
が認識できるように記載された範囲を超えていると判断された場合は,請求項に係
る発明と,発明の詳細な説明に発明として記載したものとが,実質的に対応してい
るとはいえず,特許法第36条第6項第1号の規定に違反する」(乙1第I部2頁
20~24行)と述べ,「機能・特性等を数値限定することにより物(例えば,高分子
組成物,プラスチックフィルム,合成繊維又はタイヤ)を特定しようとする発明に
おいて,請求項に記載された数値範囲全体にわたる十分な数の具体例が示されてお
らず,しかも,発明の詳細な説明の他所の記載をみても,また,出願時の技術常識
に照らしても,当該具体例から請求項に記載された数値範囲全体にまで拡張ないし
一般化できるとはいえない場合」(同4頁14~18行)及び「請求項にお
いて,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映さ
れていないため,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することと
なる場合」(同頁19~20行)を特許法36条6項1号違反の類型として挙げている。
審決の示した判断基準は,表現こそ異なるものの,審査基準と同旨であるから,原
告の主張は当を得ないものである。
(イ) 審決は,請求項1が中空微小球の存在の限定をしていないことを記
載不備の最大要因である旨指摘し,仮に中空微小球の存在を前提とした場合であっ
ても更に記載不備があるとの論理構成を採用したものである。
 ところが,原告の取消事由1-2~1-4における主張は,審決が「仮に」として行っ
た中空微小球の存在を前提とする記載不備の判断に対するものであり,請求項1に
中空微小球の存在の限定がないことを理由とする審決の認定判断については何らの
主張をしていない。本件明細書の発明の詳細な説明の記載において,各数値限定に
ついての技術的意義並びに実施例及び比較例のすべてが,中空微小球を含む粘土で
あることを前提として記載されていることには疑いの余地がなく,また,審決が記
載不備であると認定判断した対象は,請求項1に係る本願発明であり,請求項2以
下の下位クレームに中空微小球を含む旨の限定があることは,請求項1の記載不備
を正当化する理由にはならない。かえって,下位クレームに中空微小球を含む旨の
限定があることからすると,上位クレームである請求項1は,中空微小球の存在し
ない粘土を包むものと解するほかない。
 中空微小球の存在しない粘土をも構成要件に含む本願発明に,中空微小球の存在
する粘土についての本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を拡張できないこと
は明らかである。したがって,このことからだけでも,原告の請求が棄却されるべ
きであることは明らかである。
イ 取消事由1-2について
(ア) 原告は,審決が本件明細書の図1(A),図1(B)は参考にならないと説
示したのは,添加した顔料の全量が中空微粒子に吸着されることを前提とするもの
で,誤りであると主張する。
 しかし,審決は,添加した顔料の全量が吸着されることを前提としたものではな
く,顔料粒径が大きい場合も小さい場合も,中空微小球に吸着されるものと吸着さ
れないものがあり,顔料粒径が小さくなるほど,吸着率が極端に小さくならない限
り,概念図のようにはならない(吸着個数が平均粒径に依存しないためには,吸着
率が粒径の3乗に比例しなければならない)旨説示したのである。そして,本件明
細書には,顔料粒径が小さくなるほど吸着率が極端に小さくなるということの根拠
を見いだすことはできないから,審決の上記説示に誤りはない。
(イ) 原告は,審決の「顔料粒径の適切な上限は,顔料種類………に依存
して定まると理解するのが自然であり,顔料種類に関係なく0.2μmであることな
ど,到底【表1】から理解できるものではない」(5頁第2段落)との説示は誤り
であると主張する。
 しかし,顔料粒径の適切な上限が,顔料種類に依存しないといえるためには,顔
料種類のみを異ならせた実施例及び比較例がなければならないが,本件明細書の
【表1】記載の実施例及び比較例はそのようなものではなく,審決の認定判断に誤
りはない。
ウ 取消事由1-3,1-4について
 顔料の粒度分布及び添加量についても,本件明細書の【表1】(段落【0056】)
に記載された実施例及び比較例のデータは,本願発明の数値範囲のものが発色性等
の特性において優れていることを裏付けるものとはなっておらず,上記審査基準に
照らしても,明細書の記載要件の不備がある。
 原告は,審決が審判請求書の図1~3を検討しなかったのは不当であると主張す
るが,図1~3は【表1】の数値を単にグラフ化したものにすぎない上に,数値限
定の上限値・下限値の近傍にデータがなかったり,プロットされた数値を近似する
曲線の描き方に恣意的な点が見られるなどの問題がある。
(2) 取消事由2について
 審決は,本願発明と引用発明との相違点1,2について,いずれも,本願発明の
構成のとおりの数値限定をすることは,周知技術から容易であるか,又は設計事項
にすぎないと判断したものであり,この判断に何らの誤りはない。
 また,審決は,請求項7発明の進歩性を判断したものではないから,請求項7発
明に係る原告の主張は,失当である。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(本願発明の要旨)及び(3)
(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 そこで,以下においては,原告主張の取消事由について判断する。
2 取消事由1について
 原告は,審決が本願発明に係る特許請求の範囲の記載は特許法36条6項1号
に定める要件を満たさないと判断したのは誤りであると主張するので,以下検討す
る。
(1) 本願発明の構成
 本件明細書の請求項1は,「色素顔料と,極性化合物と,を含有する粘土におい
て,当該色素顔料の平均粒径を0.01~0.2μmの範囲内の値とするとともに,粒径
分布における標準偏差を0.05μm以下の値とし,かつ色素顔料の添加量を,全体量
に対して,0.01~10重量%の範囲内の値とすることを特徴とする粘土。」というも
のである。また,請求項1を引用する請求項3は,「中空微小球をさらに含む
・・・請求項1または2に記載の粘土。」というものである(下線部はいずれも判
決注)。
 請求項1の「色素顔料と,極性化合物と,を含有する」との記載によれば,本願
発明の粘土は,色素顔料及び極性化合物を必須の成分として含有するが,それ以外
の成分は必須ではない。これに対し,請求項3は,請求項1に記載された粘土のう
ち,更にそれ以外の成分として中空微小球を必須の成分として含有することを,発
明の構成要件として加えたものである。
 そうすると,請求項1に係る本願発明の粘土は,色素顔料及び極性化合物
は必須の成分とするが,中空微小球は必須の成分ではなく,これを成分として含有
するものと含有しないものとの両方を包含するものである。そして,本願発明は,
これらの粘土について,色素顔料の平均粒径,粒径分布における標準偏差,添加量
を,それぞれ所定の数値範囲に規定したものであることが明らかである。
(2)「発明の詳細な説明」の記載
ア 他方,本件明細書(【請求項1】及び【請求項4】並びに段
落【0007】,【0010】,【0014】及び【0056】の記載につき甲13,その余の記載に
つき甲12,以下同じ。)の発明の詳細な説明には,本願発明の粘土において色素顔
料の平均粒径,粒径分布及び添加量を請求項1に規定された各数値範囲に限定する
ことの技術的意義について,以下の①~③の記載がある。
①(平均粒径について)
「第1の実施形態では,色素顔料の平均粒径を0.01~0.2μmの範囲内の値
とすることが必要である。この理由は,かかる色素顔料の平均粒径が0.01μm未満の
値となると,著しく凝集しやすくなり,粘土中への均一に混合分散することが困難
となって,その結果,発色性が低下する場合があるためである。一方,かかる色素
顔料の平均粒径が0.2μmを超えると,色素顔料の間を光が透過することが困難とな
り,そのため,中空微小球に起因した光散乱等が大きくなり,粘土の発色性が低下
するためである。また,色素顔料の平均粒径が0.2μmを超えると,耐ブリード性に
ついても低下し,粘土を使用している間に,色素顔料が脱離しやすくなるためであ
る。」(段落【0016】。下線部は判決注,以下②,③において同じ。)
②(粒径分布について)
「第1の実施形態では,色素顔料の粒度分布に関し,標準偏差を0.05μm以
下の値とすることが必要である。この理由は,かかる色素顔料の標準偏差が0.05μ
mを超えると,中空微小球に起因した光散乱が大きくなったり,あるいは著しく凝集
しやすくなったりするため,色素顔料による発色性が低下する場合があるためであ
る。」(段落【0018】)
③(添加量について)
「第1の実施形態では,色素顔料の添加量を,全体量に対して,0.01~
10重量%の範囲内の値とすることが必要である。この理由は,かかる色素顔料の添
加量が0.01重量%未満となると,添加効果や,中空微小球と相乗効果が発揮されず
に,色素顔料による発色性が低下する場合があるためである。一方,かかる色素顔
料の添加量が10重量%を超えると,色素顔料の間を透過する光量が低下し,そのた
め,光散乱が大きくなったり,あるいは著しく凝集しやすくなったりするために,
逆に発色性が低下する場合があるためである。」(段落【0020】)
イ また,本件明細書の発明の詳細な説明の実施例1~4及び比較例1~6
には,いずれも,構成成分として,色素顔料,カルボキシメチルセルロース及びP
VC(段落【0034】,【0035】の記載によればこの2成分は「極性化合物」に該当
する。)並びに中空微小球を含有する軽量粘土であって,色素顔料の平均粒径,粒
径分布における標準偏差,添加量として様々な値を取るものについて,発色性,耐
候性,耐ブリード性等の特性を評価した結果が記載されている(段落【0046】
~【0056】)。
ウ 本件明細書の「発明の詳細な説明」の上記記載によれば,色素顔料の平
均粒径,粒径分布及び添加量の各数値範囲は,いずれも,中空微小球の光散乱が発
色性に影響を及ぼすことを念頭に置いて規定されたものであり,実施例及び比較例
も,専ら中空微小球を含有する粘土について,色素顔料の平均粒径,粒径分布にお
ける標準偏差,添加量の各数値を示し,各粘土の発色性,耐候性,耐ブリード性等
の特性を評価しているものと認められる。
 これに対し,中空微小球を含有しない粘土においては,中空微小球の光散乱によ
る発色性への影響を考慮する必要がないことは明らかであるから,中空微小球を含
有する粘土を念頭に置いて規定された数値範囲が,そのまま中空微小球を含有しな
い粘土においても同様の技術的意義を有するものと認めることはできない。
(3) 以上のように,本願発明は,特許請求の範囲を画した請求項1の文言上,
成分として中空微小球を含有する旨の限定がなされておらず,中空微小球を含有し
ない粘土であって,色素顔料の平均粒径,粒径分布及び添加量の各数値範囲を所定
の数値範囲に限定した発明をも包含するのに対し,本件明細書の発明の詳細な説明
の記載においては,専ら,中空微小球を含有する粘土であることを前提に,色素顔
料の平均粒径,粒径分布及び添加量を所定の数値範囲に限定することの技術的意義
及び実施例等が記載されている。そうすると,本願発明は,発明の詳細な説明に記
載されていない発明を含んでいることが明らかであり,本件明細書の特許請求の範
囲の記載は,特許法36条6項1号の規定に違反するというべきである。
(4) 原告は,取消事由1-1として,特許法36条6項1号所定の要件を満たすか
否かの判断基準について,審決が,「数値限定に特徴を有する発明であれば,数値
限定を満たすものが,満たさないものに比べて顕著な作用効果を奏することが当業
者が認識できる程度に,理論的又は実験的に裏付けられたものとして発明の詳細な
説明に記載」(3頁第2段落)されていることが必要であると説示したのは誤りで
あると主張する。
 審決は,色素顔料の平均粒径に関する本件明細書の段落【0016】の記載につい
て,「中空微小球を含有する場合としない場合とで,粘土中への混合分散性,粘土
の発色性及び耐ブリード性が同じであると解することは困難である」(4頁第2段
落)と判断し,色素顔料の粒径分布に関する本件明細書の段落【0018】の記載につ
いて,「中空微小球の記載を前提とするものである点で,そもそも本願発明を裏付
けるものではない」(5頁第3段落)と判断し,色素顔料の添加量について,「本
願発明は中空微小球を含有することも,軽量粘土であることも限定していないので
あるから,粘土の比重は相当程度広範囲に及ぶと解されるところ,粘土の比重に関
係なく,色素顔料の添加量(重量%)を全体量に対して0.01~10重量%の範囲内の
値とすることが,発明の詳細な説明に記載されていると認めることはできない」
(6頁第1段落)と判断している。このことから,審決が,請求項1に包含される
「中空微小球を含まない粘土であって,色素顔料の平均粒径,粒径分布における標
準偏差,添加量の数値範囲を所定範囲に規定した発明」が,発明の詳細な説明に記
載されていないということを,記載不備の主たる理由としていることは明
らかであって,この判断は,上記(3)で説示したところと同旨である。
 他方,原告が指摘する審決の上記説示部分(3頁第2段落)は,審決が仮定的に
「本願発明を中空微小球を含有するものに限定したとしても,本願発明の詳細な説
明に記載されているとまでは認めることはできない」(4頁第3段落)等と判断す
るに当たっての判断基準とされているにすぎないから,この判断基準の当否は,審
決の結論に影響を及ぼさないものである。よって,原告の上記主張は採用すること
ができない。
(5) 原告は,取消事由1-2~1-4として,本件明細書の発明の詳細な説明の記
載,図1(A)及び図1(B)並びに審判請求書(甲19)の図1~3から,色素顔料の平均
粒径,粒径分布及び添加量の各数値範囲の有する技術的意義は明らかである等と主
張する。
 しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明の原告指摘部分は,いずれ
も中空微小球を含有する粘土であることを前提とする記載であり(上記(2)ア),本
件明細書の図1(A)及び図1(B)も,中空微小球の存在を前提とした図面であり,審判
請求書(甲19)の図1~3は,中空微小球を含有する軽量粘土に関する実施例1~
4及び比較例1~6について性能を評価した本件明細書の【表1】の数値を基にし
て作成されたグラフである。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載,
図1(A)及び図1(B)並びに審判請求書(甲19)の図1~3から,仮に,原告の主張す
るような技術的意義が読み取れるとしても,それは,中空微小球を含有する粘土に
ついてのものである。本願発明に包含されるもののうち,中空微小球を含有しない
粘土についても,色素顔料の平均粒径,粒径分布における標準偏差,添加量の各数
値範囲が,同様の技術的意義を有すると解すべき根拠は見当たらないから,原告の
上記主張は理由がない。
(6) 以上のとおり,本件明細書の記載が特許法36条6項1号に規定する要件を
満たしていないとした審決の判断に,誤りはない。
3 以上検討したところによれば,取消事由2について判断するまでもなく,本願
発明は特許を受けることができないとした審決には誤りがない。
 よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
  知的財産高等裁判所第2部
  裁判長裁判官 岡本 岳
       裁判官上田卓哉
       裁判官早田尚貴

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