弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は検察官志賀親雄の提出にかかる検察官門司恵行名義の控訴趣意
書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人東中光雄同石川元也同鬼追明夫
連名の答弁書記載のとおりであるからここに引用し、これらに対し当裁判所は次の
とおり判断する。
 論旨第一点(事実認定の誤りについて)
 検察官の所論は要するに原判決が、(一)ab丁目交叉点西側でA巡査がとらえ
られたという事実(二)被告人BがC喫茶店前でA巡査の背を押して顛倒させたと
いう事実は、いずれもこれを認めることができず(三)ab丁目より組合事務所に
至るまでの間、被告人ら組合員がA巡査を同行した点は、何ら逮捕といえない状況
にあつたと判示しているのは事実の認定を誤つたものであり(一)A、D、Eの各
証言を綜合すれば、A巡査はab丁目の西方北側歩道上二ケ所において、被告人ら
の所属するデモ隊員につかまつたが、Dらに押しのけて貰つたり或いは自分でデモ
隊員をふり切つたりして西方c橋の方へ逃げたところ、そこへ後からEが追いかけ
て来たので同人に一旦カメラを渡したが、再びこれを受けとつて南側に車道を横断
したことが認められ、(二)A、Fの各証言を綜合すれば、C喫茶店前の歩道上
で、後から組合員中の何者かに突かれてAが顛倒したことを認めることができ、突
いたものは被告人Bであると推認され、(三)A、G、D、F、H、I、Eの各証
言を綜合すれば、ab丁目のJ建設工事現場附近で組合員側とF巡査部長との間
で、組合事務所へ行つて話し合いをするという一応の了解ができたことは認められ
るが、その後も、それ程まで激しくなかつたにせよ依然としてA巡査の腕をとら
え、取り囲むような恰好で組合事務所まで連行した事実が認められ、これは明らか
に逮捕行為に当るというのである。これに対する弁護人の答弁は以上の三点につい
ての原判決の認定は、いずれも正当であるというのである。
 よつて記録を精査して案ずるに、検察官は先ず原判決の前示三点の事実認定の誤
りを主張する前提として、原判決が、本件公訴事実立証のため検察官の申請した証
人が、すべて警察官でしかも被逮捕者A巡査の上司や同僚であり、これら証人の尋
問過程よりみると事実を組合側に不利に解釈して証言する傾向が認められ、ことに
検察官側の主たる証人であるA巡査の証言にこの傾向があり、また観察に不正確な
ものがみられると判示している点を攻撃し、右の説示は誤りであり、警察官の証言
はいずれも信用できると主張するのでこの点について判断する。
 検察官の所論に鑑み、これら警察官の証言内容をし細に検討し、弁護人側申請の
各証人の証言内容とを対比して考察すると、各警察官の証言内容は、A巡査の身体
にどの程度の力が加えられたかという重要な部分において必ずしも一致せず、その
内容に事実を誇張して証言しているのではないかという疑がありその観察も必ずし
も正確でないとの心証を否めないのである。本件は現職の警察官が被害者とされて
おり通行人の多い公道上で行なわれた行為であるにかかわらず、中立の立場にある
第三者の証言が全くないという特殊の事案である。A巡査の証言中組合に不利な判
断をする傾向があるとして原判決が挙げた三つの理由は、必ずしも首肯できないこ
と検察官所論のとおりであるが、さればといつて同証人の証言をそのまま全面的に
信用できるものとは思われない。警察官であるからといつてその観察が常に正確で
あり、その証言は常に真実に合致しているとはいえないのであるから、本件の特殊
性に鑑み、その信用性の判断には慎重な態度で臨まなければならない。原審の警察
官の証言に対する基本的態度が必ずしも誤りであるとは思われない。
 次に検察官が事実認定に誤りがあると主張する三点について考察を進めると、
(一)A証人は原審公判廷においてab丁目交叉点西側で最初一〇メートル位逃げ
たところで二〇名位の人に包囲されて手を持たれたことがあり、さらに約一〇メー
トル位先で大体同人数位の者に取り囲まれたが、いずれも自分の護衛としてついて
いたD、G両巡査が押しのけてくれたので脱出した旨の証言をしていること検察官
所論のとおりである。
 しかし弁護人の指摘するように、A巡査の護衛の任務を担当していたD、G両巡
査、班長としてAと行動を共にしていたEらは、Aが写真を撮影してc橋の方向に
向い北側歩道上を走つて逃げたその直ぐ後に続いて走つているにかかわらず、Aの
証言に一部添う証言をしているのはDのみで、E、GはAが組合員らに取り囲まれ
た状況を全く見ていないこと、ことにAはGが組合員を押しのけてくれたという
が、GはAが取り囲まれた状況すら見ていない事実に徴すると原審がA巡査の証言
をそのまま信用できないと判断しているのは相当であり、検察官の所論を考慮に入
れて考えてみても原判決がab丁目西方の北側歩道上でAを取り囲み両袖を掴んだ
りした事実は認めることができないとした点に事実の認定を誤つたという疑はな
い。
 (二) C喫茶店前の状況についてA巡査は原審公判廷において後から誰かに突
かれて確か膝をついたように思う。起き上つたとき被告人Bが前の方にいたと証言
しているが、弁護人の指摘するように膝をついた直前に振り返つてみたが後に誰も
いないようで追いかけられているように思わなかつたとも証言し、突き飛ばされた
ために膝をついたのか、つまずいたためそうなつたのか必ずしも明確な証言ではな
く、検察官の挙げるF証人の証言を綜合しても、Aが被告人B或いは他の組合員に
突き飛ばされて顛倒したと認定することは困難である。原判決のこの点に関する認
定にも誤りはない。
 (三) ab丁目から組合事務所までの状況について検察官の挙げるA、Gらの
各証言内容をみるとその証言の一部に検察官の所論に添う部分の存することが認め
られる。しかしながら、し細に各証人の証言内容を比較検討するとAはab丁目か
ら組合事務所までの間は後ろから押していなかつたように思うと証言しているにか
かわらず、Gは同b丁目からはそれ程でもなかつたが、やはり引つぱつたり押した
りしていたと証言しDは同b丁目からd丁目の中間位のところでAが逃げも隠れも
しないから、とにかく離してくれというので被告人BがAの腕をにぎつていたのを
離した旨の証言をしているのにかかわらず、Aは組合事務所の階段を降りる時以外
はずつと両腕をかかえられていたように証言しているのである。ところでab丁目
においてF巡査部長と被告人Kとの間に組合事務所へ行つて話し合いをすることに
相談がまとまり、Aもこれを歓迎しないまでも一応承知し、これを拒否する言葉を
述べていないことは検察官も認めて争わないところであるから、被告人ら組合員が
Aの身体に拘束を加えてまでもこれを連行する必要がなかつたという事情を考慮
し、被告人らの供述及びL、M証人らの証言を参酌すると前記警察官の証言中Aの
身体に直接拘束が加えられていた旨の証言部分はたやすく措信することができない
のである。原判決がA巡査の身体に直接拘束を加えた事実は認められないとし、同
巡査の護衛を任務としていたF、G、Dの三人の警察官が同行していたこと、ad
丁目には約六、七〇名の制服警察官が配置されていて右の事実を知つていたにかか
わらず何らの措置を執つていないこと、組合事務所も警察官の出入が比較的自由に
行なわれていたこと等の事情を併せ考えて何ら逮捕といえない状況にあつたと判断
したのは相当であり、検察官の所論を考慮して記録を検討してもこの点に事実認定
の誤りがあるとは思われない。
 次に検察官は原判決が被告人Nは少なくともAに故意に殴打されたと信ずるに相
当の理由があるような状態で殴打されたと認定したのは事実の誤認であると主張
し、弁護人は原判決の判断は正当であると答弁するのでこの点に関する当裁判所の
判断を示すこととする。
 検察官、弁護人双方の所論を考慮に入れて記録を精査するに、この点に関する原
判決の判示は相当であり、検察官所論のような誤りのないことが明白である。原判
決は被告人Nの殴打された場所をab丁目より西方二〇米の地点と判示しており、
被告人Nの供述によると北側歩道上であると認めることができるが、Aの証言によ
れば、その当時カメラを二台持つていて一台はシヨルダーバツクに入れて肩にさ
げ、一台は手に持つていたというのであるから被告人Nを殴打するため手を使用す
ることは自由であつたと認められるのである。しかるに検察官は同被告人の殴打さ
れた場所をC喫茶店前であるものの如く誤解し、Eの証言等を引用して同被告人を
殴打することは不可能な状態であつたと主張する。その所論の誤りであることは明
白である。
 なお検察官はかりにAが同被告人を殴打したことがあつたとしても、それは瞬間
的なしかも一回限りの反射的行為に過ぎないと認めるのが正当であるというのであ
るが、もとより原判決はA巡査が故意に同被告人を殴打したと認定しているのでは
なく、同被告人が故意に殴打されたと信じていた点を重視したのである。
 以上の考察によれば検察官の事実誤認の論旨はいずれも理由がない。
 論旨第二点(被告人らの行為の違法性に関する判断の誤りについて)
 検察官の所論は要するに、原判決は被告人らの行為は刑法二二〇条一項の不法逮
捕罪の構成要件に該当する疑が存するとした上、A巡査が組合員らを写真撮影した
ことは違法であるとし、これを前提として被告人らの所為は実質的違法性を欠き正
当な行為であるから刑法三五条により犯罪の成立を阻却され罪とならないと判示し
ているのであるが、A巡査の写真撮影行為は適法であり、被告人らの所為は実質的
にも違法性を欠くものではないから原判決の判断は誤りであるというのであり、こ
れに対する弁護人の答弁は原判決の判断は正当であるというのである。
 よつてまずA巡査の写真撮影行為が原判決のいうごとく違法な行為と認められる
かどうかの点について考察する。
 ところで原判決は写真撮影をしたA巡査と撮影された組合員らの距離が二メート
ルの近距離であつたこと、現場写真撮影についての復命書添付の写真第三に組合員
らの姿態が大写しにされていることを挙げて、本件A巡査の写真撮影行為は「デモ
の違反状況」を撮影するためではなく、組合員らの「容貌」の撮影を目的としたも
のであると認定している。しかしながら検察官の所論を考慮に入れて証拠を検討す
るに、A巡査の証言によれば組合員らが昭和二三年大阪市条例七七号、五条、四条
三項に違反してジグザグ行進をしているのを現認し、その犯罪容疑の証拠を保全す
るため、デモ行進の違反状況を明らかにするとともに容疑者の確認を目的として写
真撮影をしたことを認め得るばかりでなく、原判決の挙げる前記復命書添付の写真
をみると容貌のみが大写しになつているのは第三の写真だけで、他の二葉の写真に
はジグザグ行進の状況が写し出されており、原判決のいうようにA巡査が被告人ら
組合員の容貌のみを撮影することを目的としていたとは到底認めることができない
のである。従つて原判決のこの点に関する判断は誤りであるといわなければならな
い。
 次に原判決はデモ参加者はかかる容貌を目的として撮影することまでも認容して
いるとはいえず、顔写真の撮影は一見任意捜査であるかのように思われるが、社会
通念上無形の強制力を馳駆して個人の平穏な生活を侵害し、憲法上保障された諸権
利や個人の尊厳を害する行為であり、又刑事訴訟法二一八条、一九七条一項の解釈
からみても被疑者の承諾なくしてその写真を撮影することは犯罪の種類、性質、捜
査方法等よりして真に止むを得ないような特別な事情の存する場合を除き違法とい
わなければならないとし、本件A巡査の写真撮影は結局違法であると判示している
ので、この点の原判決の当否について判断する。
 人はその承諾がないのに自己の写真を撮影されたり世間に公表されない権利(肖
像権)を持つとすれば、それはプライバシーの権利の一つとして構成することがで
きる。プライバシーの権利とは私人が私生活に他から干渉されず、本質的に私的な
出来事についてその承諾なしに公表されることから保護される権利であるといわれ
ている。一私人が一私人の肖像権を侵害した場合に民法七〇九条にいう権利の侵害
として救済すべきであるという考え方は、我国においていまだ一般に承認されてい
ないもののようである。しかし国家権力ことに警察権の行使との関係において考察
するときは憲法一三条が個人の生命自由および幸福追求に対する国民の権利は最大
限に尊重される旨を規定していることや憲法に国民の基本的人権を保障した各規定
が設けられていること、警察法二条二項が警察の活動は……いやしくも日本国憲法
の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつて
はならないと規定していることから国家権力ことに警察権の行使に対しては人権の
保障による制約のあることを認めることができ、国民の私生活の自由が国家権力に
対して保障されていることを知ることができる。ここからプライバシーの権利を導
き出すことができるであろうが、もとより無制限なものではない。公共の福祉のた
めに必要であると認められるときに相当な制限を受けることは、憲法一三条の規定
に照らしても明らかである。
 ところで国家権力に対する関係でプライバシーの権利を認めうるとしても、これ
を放棄していると認められるような場合にはプライバシーの侵害という問題は初め
から生じない。本件は安保条約粉砕、国会解散要求、岸内閣打倒等の政治上の主張
を掲げたデモ行進に参加していた者を撮影した事案である。大衆示威行進の参加者
はその主張を公衆に訴えることを目的とし、公衆の観覧できる場所を選んで行なう
ものであるから検察官所論のように参加者は肖像権を放棄しているもののようにも
解せられるのであるが、よく考えてみると大衆示威運動は大衆としての意思表現行
為であり、憲法二一条は参加者が何人であるかを明らかにしないで、集団としての
意思を表現する自由をも保障したものと考えられるから、参加者は集団としての意
思を表現するという限度において肖像権を放棄したものと解するのが相当である。
顔写真を撮られることが参加者にとつて明らかに不利益な場合まで、参加者がデモ
に参加した故に肖像権を一切放棄しているとみるのは参加者の意思を余りにも無視
したものといわなければならない。原判決が集団示威運動に参加する者は、容貌を
目的として撮影されることまで一般に認容しているとはいえないと判示しているの
はその限度において正当である。
 <要旨>さて肖像権を放棄していないと認められるような場合は写真撮影は一切許
されないかといえば、そうではなく、公共の福祉のため、犯罪捜査の必要上
写真撮影の許容される場合のあることを認めなければならない。犯罪捜査のための
被疑者の写真撮影について刑事訴訟法の規定をみると、同法二一八条二項に身体の
拘束を受けている被疑者の写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り同条一項
の令状によることを要しないと定めた規定があるに止まり、任意捜査の方法として
の写真撮影については特別の規定がない。原判決は同条二項の規定の反対解釈とし
て被疑者の写真撮影は令状を要するとし、被疑者の写真撮影は同法一九七条一項但
書にいう強制の処分に含まれるから、被疑者の承諾なくして写真撮影することは原
則として許されないと判示する。
 しかしながら検察官所論の如く同法二一八条一項は強制処分に関する規定で身体
検査について令状を要するとの原則を明らかにし、同条二項はこれを受けて身体の
拘束を受けている被疑者の写真撮影をする場合には、あらためて令状を要しない旨
を注意的に規定したに止まり、この条文から強制の方法によらない場合に令状を要
するとの結論を導き出すことは困難である。また同法一九七条但書にいう強制の処
分とは、物理的な実力を行使する処分や人に義務を負わせる処分をいうのであつ
て、物理的に強制して撮影する場合は格別普通一般の写真撮影行為は強制の処分に
含まれるものではない。従つて強制力を伴わない写真撮影行為は従来の分類に従え
ば任意捜査の手段であるということになり、原判決のこの点に関する法解釈は誤り
であるといわなければならない。さて任意捜査の方法は相手方の承諾を得て行なう
のが原則である。しかるに写真撮影は相手方に気づかれずに或いは相手方の意に反
して行なうことができるのである。国民の側にプライバシーの権利が憲法によつて
保障されているとすれば、任意の手段だからといつて写真撮影が無制限に許さるべ
きものではあるまい。
 ここに捜査の必要と人権尊重の要請の調和点を何処に求めるかという困難な問題
を生ずるが、少なくとも現に犯罪が行なわれており、写真撮影による証拠保全の必
要があると認められるときは、現行犯であれば原則として令状がなくとも逮捕する
ことができ、しかも逮捕の現場において令状がなくとも押収、捜索、検証等の強制
処分が許されていることに鑑みて、被疑者の意思に反しても写真撮影が許されるこ
とに疑はないといわなければならない。
 ひるがえつて、本件をみるにA巡査はab丁目交叉点において被告人らの所属す
る組合員らが棒を横にしてスクラムを組みジグザク行進をしているのを現認し、前
記大阪市条例違反の現行犯として、証拠保全のため写真撮影を行なつたものである
ことは前説示のとおりである。はたしてしからば、被告人ら組合員の意思に反した
写真撮影であるとしてもA巡査の写真撮影行為は捜査の必要上許容された適法な行
為といわなければならない。
 しかるに原判決は被告人ら組合員は公安委員会が附したデモの許可条件を知つて
いたという証拠がないから被告人ら組合員の行なつたジグザグデモは犯罪を構成し
ないと判示する。原判決が犯意が認められないから犯罪とならないと判示した点は
正当であるけれども、犯意があるかないかは捜査をしてみた上でなければ判らない
事柄であり、犯意が明らかにならなければ写真撮影による証拠保全ができないとい
うのは不当であるから、純客観的事後的に観察して犯罪を構成しないということは
A巡査の写真撮影行為を不適法ならしめるものではない。
 以上の考察によつて原判決がA巡査の写真撮影行為を不適法であると判断したの
は誤りであることが明らかとなつた。
 そこで進んで原判決が被告人らの行為は実質的に違法性を欠き犯罪の成立を阻却
されると判示している点について考察する。
 この点に関する原判決の判示をみると、国家権力を行使する警察官により違法に
写真を撮影され殴打されて国民の権利が著しく害された場合云々と説示し、本件行
為の実質的違法性を判断するに当り、A巡査の職務行為の不適法であることを重要
視していることが明らかである。この限りにおいて原判決はその前提において重大
な誤りをおかしているといわなければならない。
 しかしながら、本件行為の実質的違法性の判断に入る前に被告人ら組合員がC喫
茶店前からab丁目まで一三〇米の間A巡査の腕をつかんで同巡査を連行した行為
が不法逮捕罪にいう逮捕行為といえるかどうかの点につきさらに慎重な検討を要す
るものである。原判決が証拠によつて認定した二項のC喫茶店前からab丁目まで
のA巡査の連行の模様、四項の事件発生の事情の部分は記録を精査するといずれ
も、概ねこれを肯認することができるので、これら原審の認定した事実を基礎とし
て当裁判所の判断を示すこととする。
 先ずA巡査の写真撮影の状況をみると、被告人ら組合員の行進に約二、三米の至
近距離まで近づき閃光電球を用いて同組合員らを写真撮影したのである。撮影当時
は夜間であり、夜間撮影する場合は今日においても閃光電球が用いられることが多
いことを考えると、その撮影方法が違法であつたとまではいえないにしても適切な
方法であつたとは認め難く撮影された組合員らがおどろきかついきどおつたとして
も無理からぬものがあつたといわなければならない。A巡査は当時私服であつた
が、被告人ら組合員が、A巡査に対し身分、氏名、撮影の目的等を問いただす目的
で同人に近づいたところ、同巡査は急に身をひるがえしてae丁目に向つて逃げ出
したので、被告人ら組合員はこれを追つたのであるが、ab丁目より約二〇メート
ルの所で被告人NがA巡査に殴打されるという事件が発生したのである。A巡査の
側からみれば写真撮影行為が適法な職務行為であるとしても、撮影された被告人ら
組合員は被告人らの供述による犯罪行為を行なつていないと信じていたものと認め
られるから、何の為に写真を撮られたか不審に思い、これを問いただそうとしたと
しても不思議ではない。しかも一言の釈明もせず逃げ出して、追いついた被告人N
を故意でないとしても殴打しているのであるから、益々不審の念を抱いたとしても
当然である。A巡査はC喫茶店前で同組合員らに追いつかれ、同組合員らに取り囲
まれてなんで写真をとつたかと尋ねられ被告人Nからは何でなぐつたのか、お前は
誰かと聞かれたが、これに答えようとはせず、そこへEらの警察官がかけつたが、
これまた被告人らの質問に答えなかつたので同組合員らは、写真を撮影した現場に
行つて話しを聞こうということで同所よりab丁目までA巡査を連れて行つたもの
である。被告人ら組合員はC喫茶店の隣りのO株式会社のガレージ附近において、
Aが巡査であることを薄々知つていたのではないかと思われる。E巡査が同所で俺
は警察の者だと告げていること、連行の途中ポリ公つかまえたといつていた者がい
ることなどよりして右のように認定することができる。勿論警察官であつても、そ
の行為に不審な点があれば、これを問いただすという行為に出ても不当であるとい
えないことはいうまでもない。被告人らは写真撮影の目的について不審を抱き、被
告人Nは何故殴打されたかについて疑問をもつていたものであるからこれらの事項
についてA巡査に質問したとしても不当ではない。検察官は単なるいいがかり、も
しくは自分らの違反行為に対する証拠保全を妨害するためになされたものであるこ
とが容易に推測されるというが採用し難い。しかるにA巡査はこれに対して一言の
釈明をもしなかつたのである。本件写真撮影が、本人の意思に反しても出来る場合
であつたとしても、任意捜査は相手方の承諾を得て行なうのが原則であることを考
えると、写真撮影されたものが、その理由を知りたいとして、その釈明を求めてい
る場合には、原判示のように警察官がその釈明に応ずべき法律上の義務があるとま
ではいえないとしても、堂々とその理由を説明して納得させるのが、警察官として
の執るべき態度であつたといわなければならない。A巡査が組合事務所に至るまで
一言も釈明をしなかつたというのは警察官としての公正を疑わしめるものであり、
これが組合員を益々刺戟し、組合員がAを連行する原因を作つたとみられても致し
方のないところである。
 ところで、このような事情のもとで行なわれたA巡査の連行の際A巡査の身体の
自由はどの程度に拘束されていたかを検討する必要がある。検察官はこの際激しい
暴力が振るわれたように主張するのであるが、被告人ら組合員がC喫茶店前でA巡
査に追いつき同人を取り囲んだとき同人を突き飛ばして倒した事実のないこと前説
示のとおりであり、写真機に手をかけて奪おうとしたり、A巡査を殴打したりした
事実のないことは原判示認定のとおりである。A巡査は連行されることを拒否する
意思を口頭或いは行動(その場に坐り込む等)で明確に示しておらず、連行といつ
ても自ら歩いて行つたもので引きずられて行つたものではない。しかもA巡査の警
護を目的としてF、E、G、D、Pと五人もの警察官が、A巡査を取り囲んでいた
十数人の組合員の中に入り或いはA巡査の近くにいて同人を警護していたのであ
る。そしてFの証言によると同人ら警察官はできる限りことを穏便に解決しようと
いう気持であり、組合員らになるべく逆らわずその要求にある程度追随するという
態度であつたことが窺われる。従つて被告人ら組合員においてA巡査が歓迎しない
までも、同行に応じてくれるものと信じていたとしても不思議ではない。組合員の
中から大会場(検察官の主張によればデモの解散地点を指す)に連れて行けという
声があつたことはこれを認め得るけれども、ab丁目の交叉点を北に向つて渡りか
けたA巡査を取り囲む一団は、大した力を加えられたという事実もないのに直ぐ南
側に押し戻されている状況よりみると、組合員が力で無理矢理に解散地点までA巡
査を連行する意思のなかつたことは明白であり、原判決認定のとおり、被告人らの
A巡査連行の目的は写真撮影や殴打に対し、その目的理由を問いただし、A巡査の
氏名、身分を明らかにすることにありそれを超えるものではなかつたものである。
 検察官申請の証人らは、組合員がA巡査を押したり、ひつぱつたり等してかなり
強い程度の実力を同巡査に加えていたものの如く証言するが、被告人らの供述や弁
護人申請の証人L、同Mらの各証言と対比して検討すると、警察官の証言をそのま
ま真実として信用することはできない。以上の事情を考慮すると原判決認定の如く
両腕を掴み、周囲を取りかこんだ事実があつたとしてもそれはA巡査に同行を多少
強く促した程度のものであつて強い拘束力を加えたものとは認められない。そもそ
も不法逮捕罪が成立するためには人の身体に対する事実的支配を設定し、人の自由
を拘束することを要するのであるが、本件程度の行為では不法逮捕罪に該当する程
度の自由の拘束はなかつたものと認めるのが相当である。かりに腕を掴み、A巡査
の周囲を取り囲んだことがA巡査の自由を幾分拘束したとしても、連行した距離は
約一三〇メートルでその時間も短いことを考慮すると可罰的違法性を欠く程度の軽
微なもので逮捕行為としての定型性を具えていないと認められるばかりでなく、前
記の諸事情を考慮すると被告人ら組合員にA巡査を逮捕する犯意もなかつたものと
いわなければならない。被告人らの本件所為を無罪であるとした原判決はその結論
において正当である。原判決が本件行為を不法逮捕罪の構成要件に該当する疑があ
るとしながら、その構成要件該当性を深く検討せず、実質的違法性が欠けるものと
して無罪とした点、実質的違法性判断の前提としてA巡査の写真撮影行為を違法で
あるとした点等に誤りがあるとしても、もとより判決に影響を及ぼすものではな
い。
 従つて検察官のその他の論点について判断を待つまでもなく刑事訴訟法三九六条
を適用して本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 判事 松浦秀寿)

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