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         主    文
本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告の趣意は、福岡地方検察庁検察官福本孝行作成の即時抗告申立書及び即
時抗告理由補充書に、これに対する答弁は、弁護人原田香留夫ら作成の平成八年七
月一九日付け、平成九年一月一七日付け、同年四月九日付け、同年六月六日付け、
平成一〇年三月三〇日付け、同年八月一〇日付け、同月三一日付け、同年一一月六
日付け意見書並びに請求人作成の平成八年一〇月一八日付け、平成一〇年一二月一
四日付け、平成一一年九月一六日付け意見書に、それぞれ記載されたとおりである
から、これらを引用する(なお、略語は原決定のそれにより、文書等の作成日付け
は「年・月・日」により略記する。)。
 第一 原決定に至る経緯
 本件第一審判決から、第二審判決、上告審決定、さらにその後の第一次、第二次
再審請求を経て、本件第三次再審請求に至るまでの経緯及び各裁判における審理・裁
判書の内容は、概ね原決定が判示するとおりであり、以下その概要を示す。
 一 第一審判決
 請求人は、捜査段階及び公判審理を通じ、傷害の事実を除き、一貫して犯行への
係わりを否認し争ったが、福岡地方裁判所は、昭和五七年九月三〇日、請求人に対
し、公訴事実どおりの覚せい罪取締法違反、関税法違反及び傷害の事実を認定し、
同人を懲役一六年に処する判決を言い渡した。
 右判決の認定した罪となるべき事実の要旨は、
 請求人は
 第一 韓国から覚せい罪を輸入しようと企て、A及びBと共謀の上、
 一 営利の目的で、Bをして、昭和五五年一〇月三〇日、韓国釜山金海空港から
の航空機に、覚せい罪約二九四三・七グラムを携帯して搭乗し、同日午後一時五〇分
ころ、福岡市内福岡空港に着陸して、これを本邦内に持ち込み、もって覚せい罪を
輸入した
 二 Bをして、同日午後二時二五分ころ、同空港内の福岡空港税関支署旅具検査
場において、門司税関長に対し、右覚せい罪を申告せず、税関長の許可を受けない
でこれを輸入しようとしたが、右支署係員にこれを発見され、その目的を遂げなか
った
 第二 韓国から覚せい罪を輸入しようと企て、Aと共謀の上、
 一 営利の目的で、情を知らないAの義弟Cをして、昭和五六年六月一九日、韓
国釜山金海空港からの航空機に、覚せい罪約九七八・二グラムを携帯して搭乗させ、
同日午後四時三七分ころ、福岡空港に着陸して、これを本邦内に持ち込ませ、もっ
て覚せい罪を輸入した
 二 Cをして、同日午後五時一五分ころ、同空港内の福岡空港税関支署旅具検査
場において、門司税関長に対し、右覚せい罪を申告せず、税関長の許可を受けない
でこれを輸入しようとしたが、右支署係員にこれを発見され、その目的を遂げなか
った
 第三 A及びDと共謀の上、営利の目的で、税関長に対し申告せずに、韓国から
覚せい罪を輸入しようと企て、同月四日午後零時二分ころ、Dにおいて、覚せい罪
購入資金として現金二三五万円を携帯して福岡空港から韓国釜山行きの航空機に乗
って同国に向かって出国し、もって覚せい罪を税関長の許可を受けないで輸入する
目的でその予備をした
 第四 同月二五日午後一一時ころから翌二六日午前一時三〇分ころまでの間、福
岡県飯塚市内の請求人方自宅において、Dに対し、日本刀等で同人の頭部等を十数
回殴打する等の暴行を加え、よって同人に加療約一四日間を要する頭部顔面打撲
傷、左肘関節挫創等の傷害を負わせた
というものである(以下、右第一の事実を「B事件」、同第二の事実を「C事
件」、同第三の事実を「D事件」といい、これら三件をまとめて「本件覚せい罪事
犯」と総称し、同第四の事実を「D傷害事件」という。)。
右判決は、従前の覚せい罪取引に関する、請求人からのアリバイ主張に対し、右主
張に沿う関係人の証言は措信するに足りるものではなく、本件覚せい罪事犯の事実
認定の妨げとはなりえないとしてこれを斥けた(原決定が、理由第一、一、4で、
請求人のアリバイ主張を本件覚せい罪事犯の「各犯行日時」のものとするのは、誤
記と認める。)。
 二 第二審判決
請求人は、右判決に対し、本件覚せい罪事犯の罪について事実誤認及び判決に影響
を及ぼす審理不尽等があるとして控訴の申立てをしたが、福岡高等裁判所は、昭和
五八年三月一四日、第一審判決に事実誤認や審理不尽の違法はない等として控訴棄
却の判決を言い渡した。
 第二審判決は、本件覚せい罪事犯に関し、請求人とAとの従前の交友関係を含
め、右犯行の経緯及び犯行状況を詳細に認定するとともに、一審判決が右の犯罪事
実において証拠として摘示する、A、D及びBの各証言について、「細部において
若干の矛盾点があることが認められないわけではないが、これらの各供述は、いず
れも自己の経験した事実を具体的、詳細に述べたもので、迫真性があり、しかもそ
の間に脈絡性を有し、他の関係証拠によって認められる客観的事実関係とも一致
し、右のような矛盾点があることによってその全体的信用性を否定することはとう
ていできないところである。」などと説示している。
 三 上告審決定
 請求人は、右第二審判決に対して上告したが、最高裁判所第二小法廷は、昭和六
〇年三月二五日、上告棄却を決定し、同年四月四日第一審判決は確定した(以下、
第一審、第二審、上告審をそれぞれ、「確定一審」、「確定二審」、「確定上告
審」という。)。
右決定は、被告人及び弁護人の上告趣意は、単なる法令違反及び事実誤認等の主張
であり、適法な上告理由にあたらないとしたものの、「なお、所論にかんがみ記録
を調査するに、第一審判決挙示の関係証拠を対比検討すると、同判決判示第一ない
し第三の各犯行がいずれも被告人の指示によって実行されたとするAの証言は、そ
の信用性に欠けるところはないと認められる。原審がいわゆる『Eメモ』について
の解明を尽くしていないことは所論指摘のとおりであるが、本件の証拠関係に照ら
すと、右の点は、前記各犯行について被告人の有罪を肯認した原判決の結論に影響
を及ぼすものとは認められず、その他所論指摘の諸点を考慮しても、原判決の右認
定に事実誤認ないし判決に影響を及ぼすべき審理不尽があるとはいい難く、いまだ
刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。」との職権判断を示した。
 上告審係属中に、弁護人らから、「請求人が本件覚せい罪の密輸入に係わってい
たとする捜査段階における供述や確定一審における証言は虚偽である。」旨のDの
偽証告白を内容とした弁護士田中峯子作成の五九・一一・七付け(弁一一三―確定記
録二九六三丁)及び弁護士原田香留夫・同田中峯子作成の同年一二・二四付け(弁一
二六―本件第三次再審請求原審<以下「原審」という。>には改めて同一三〇とし
て提出されている・本件再審記録一二二五丁)聴取書(以下「D聴取書」とい
う。)、並びにAがDに偽証を働きかけたものとして、AのD宛の書簡一三通(弁
一一四の一ないし一一と一三、一四―確定記録二九六五丁以下)の各写しが提出さ
れた。これらの要旨は原決定の理由第一、三、2の(一)及び(二)に判示のとお
りである。
 四 第一次、第二次再審請求
請求人は、福岡地方裁判所に対し、①昭和六一年七月二四日、確定一審判決は、本
件覚せい罪事犯の事実につき、A及びDの各証言を信用できるとして、これを証拠
に有罪を認定したが、右各証言が虚偽であったことが証明されたので、右判決には
刑訴法四三五条二号所定の事由があるとして、五九・一一・七付けD聴取書(弁一一
三)及び前記AのD宛書簡一三通の各写しを添付して、再審の請求をしたが(以下
「第一次再審請求」という。)、同裁判所において昭和六二年三月二七日再審請求
棄却の決定がなされ、この決定に対する即時抗告につき、平成五年二月二五日抗告
棄却の決定がなされ、②またこれと前後して昭和六三年八月六日同様の理由で再審
の請求をしたが(以下「第二次再審請求」という。)、同裁判所において、第一次
再審請求において主張されたものと同じ内容であるから、不適法であるとして、平
成元年一一月九日再審請求棄却の決定がなされ、この決定に対する即時抗告につ
き、平成五年三月一五日抗告棄却の決定がなされた。
第二本件第三次再審請求
 一 平成五年七月一日、請求人は、福岡地方裁判所に対し、確定一審判決の罪と
なるべき事実中の本件覚せい罪事犯につき、①Aは、平成四年九月二六日、弁護士
原田香留夫らに対し、請求人が本件覚せい罪の密輸に係わっていたとする確定一審
における証言は虚偽であり、確定一審公判係属中にDにも、同様の偽証をなすよう
働きかけていたという告白をし、②またDが、確定二審判決言渡し後に、前記のと
おり偽証告白をしていることを理由とし、刑訴法四三五条六号所定の事由があると
して、再審請求をした。
 二 右再審請求における主たる新証拠は、平成四年九月二六日にAの陳述を録音
したテープ一巻(弁一二五―原決定が「弁一」と摘示するのは、のちに番号が訂正
されているので誤記と認める・当庁平成一一年押第二六号の符号一)及び標題は「速
記録」とある右テープの反訳書(弁一二六―原決定が「弁二」と摘示するのは同様
誤記と認める・本件再審記録六〇丁)で、そこでのA新供述の要旨は原決定の理由第
一、六、2、(一)のとおりであり、そのほかD聴取書二通及びAの前記D宛書簡一
三通があり、また原審裁判所は、弁護人ら提出の右証拠や、検察官が弁護人に開示
した資料に基づいて弁護人が作成提出した国際通話交換証の写し(弁一六一―同二
一四〇~二一五三丁)、「覚せい罪取締法違反被疑事件渡航事実一覧表の作成につ
いて」と題する書面の写し(同弁一六〇・以下「渡航一覧表」という―原決定は「一
覧表作成報告書(弁一五九)」と摘示するが誤記と認める・同二一三八丁)等を取調
べ、またDをはじめF、GことG、HことHらの証人調べを、一部は受命裁判官に
より実施した。そこでのD新供述の要旨は原決定別紙4のとおりである(ただし、
その⑤の一行目に「同年の少し暖かくなったころ」とあるを「同年のまだ暖かい一
〇月ころ」と、⑧の八行目から九行目にかけて「料亭に行ったときにIが着ていた
から」とあるを「料亭に行ったときに、その前に立ち寄ったI方で、Iが着ていた
から」と各訂正する。)。
 三 原審裁判所は、平成八年三月三一日、本件について再審を開始する決定をな
したが、その理由の骨子は、次のとおりである。
 1 証拠の新規性
 ①A新供述は、確定一審における同人の証言とは、証拠資料としては、重要部分
につき内容を全く異にするものであるから、刑訴法四三五条六号の「証拠を新たに
発見したとき」に該当し、いわゆる新規性を肯認するのが相当である。②D新供述
は、確定一審における同人の証言及び捜査官に対する供述調書中、請求人が本件覚
せい罪事犯の首謀者である旨の証言と内容を全く異にするものであるところ、上告
審において、弁護人らの上告趣意によって主張され、弁護人ら提出の上告趣意書に
添付されたDの聴取書二通の内容と実質的に同内容のものであるが、上告審はこれ
について証拠調べをしていないのはもとより、事実誤認の趣意について同法四一一
条による職権調査もしていないのであるから、右聴取書に新規性が肯定されるとい
うべきであり、また右聴取書は従前の再審請求において新証拠として提出されてい
るが、このような証拠であっても、従前の再審請求においては提出されていなかっ
た「新たな証拠」とともに提出された場合には、同法四四七条二項所定の「同一の
理由」による請求とみるべきではないと解するのが相当である。右聴取書は、前記
のとおり、従前の再審請求において提出されていなかったAの供述を録音したテー
プ等とともに「新たな証拠」として提出されたものであるから、なお新規性を失わ
ないと考えられる。したがって、これと実質的に同内容の事実取調べにおけるDの
証言(D新供述)もまた新規性を有する。③Aの前記D宛書簡一三通は、いずれ
も、上告審において、弁護人らの上告趣意書に添付され、従前の再審請求において
新たな証拠として提出されたものであるが、前記の聴取書と同様の理由からなお新
規性は失わない。④前記国際通話交換証及び渡航一覧表は、本件再審請求手続の過
程で、検察官が証拠開示した証拠の中から、弁護人がその写しを作成し、証拠とし
て提出されたもので、新規性を有する。
 2 証拠の明白性について
 証拠の明白性、すなわち、刑訴法四三五条六号所定の「無罪を言い渡すべき明ら
かな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認
定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうと解すべきであるが、その判断は、もし
当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、果た
してその確定判決においてなされたような事実認定に到達したか否かという観点か
ら、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価するものであり、この判断に際して
も、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめ
れば足りるという意味において、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判に
おける原則が適用されるものと解すべきである。
 3 本件各証拠の明白性について
 (一) 確定判決の証拠構造
 確定一審判決摘示の証拠関係によれば、本件覚せい罪事犯の各事実のうち、Aが
DやBと共謀し、あるいは情を知らないCを利用して右各犯行に及んだことは、客
観的証拠に裏付けられており、動かし難い。
 請求人が右犯行に共同加功したことを裏付ける証拠は、原決定が「A旧供述」と
するAの確定一審での証言、「D旧供述」とするDの確定一審での証言及び検察官
調書謄本(確定一審・検一一八、一一九、一二〇)にある供述と、Bの確定一審での
証言のみであり、このうちBの証言は直接請求人の関与を裏付けるものではなく、
Aの言動を内容とするものであるから、結局、確定一審裁判所は、A及びDの各旧
供述を信用できるものとして評価し、右各犯行について請求人の有罪を認定したも
のとみることができる。
 なお、A旧供述の要旨は原決定別紙1(ただし、その④の一行目から二行目にか
けて「『J』さんに国際電話を入れた後」とあるのは、「『J』さんに国際電話を
入れ『Aという男を行かせるから会ってくれ。』と話した後」と、同四行目に「電
話番号をメモし、」とある以下同六行目までは、「その後韓国に行ったが結局
『J』に会わないまま帰国した。同月二七日ころ、Iが来宅して『J』に電話し、
自分が韓国の『J』さんに会っていないことがバレて追及された。その日にまた韓
国に行っているが、その後Iに自分で行って交渉してくれるよう頼んだ。」と、⑩
の全体は、「同年七月か八月かに、Dが品物を持って来たので、aのI方に運んだ
ことがある。Iから言われて、自動車に同乗し久留米まで行き、喫茶店の前に停め
た車の中で、私が持って行った品物を入れ換えたので、その時Iが覚せい罪の取引
をしたと思った。」とするのが正しく、17の末文の次に改行して「小倉駅までは、
Dに自動車で送ってもらい、喫茶店で待ってもらった。」との、20の第一一行目に
続けて、「同月一一日に、Iは私方に来てはいない。」との各一文を加えるのが正
確である。)の、D旧供述の要旨は原決定別紙 2(ただし、その⑤の四行目は、
「同年八月を第一回目に、同年九月ころ、一〇月ころ、昭和五六年一月ころの四
回、韓国でKないしLから覚せい罪を受け取り、日本に覚せい罪を持ち込んだ。」
とするのが正確である。)の、Bの確定一審での証言の要旨は原決定別紙3のとお
りである。
 (二) 新規性が認められる証拠の評価
 (1) A新供述
 A新供述は、請求人が本件覚せい罪事犯の首謀者である旨のA旧供述を覆す内容
となっているところ、A旧供述が具体的かつ詳細であるのに対し、A新供述の内容
は抽象的であり、これは重篤な病状下において、本件弁護人らに促される形でなさ
れたものであること、その後間もなく同人が死亡したことによってその供述の真偽
を直接確認する方法がないことからすると、A新供述が信用できるものと速断する
ことはできないが、Aは、医師から肝臓癌により死期が迫っていることを告知さ
れ、平成四年九月二六日弁護士に本件偽証告白をしており、当時の意識は清明であ
った上、死を目前にした者の供述は概して信用性が高いとされており、当時の健康
状態からすると具体的な供述はそれ自体困難であったことを併せ考えると、その信
用性を一概に否定できない。また、Aが請求人を首謀者として自己の刑の軽減を図
る利益は大きく、請求人が首謀者であるとの偽証をする動機は十分に存する。
 A新供述は、相当程度の信用性を有するものの、それのみで確定一審判決におけ
る事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性があると
みることはできない。
 (2) D新供述
 D新供述は、D旧供述のうち、請求人方自宅で、Aとともに請求人から拳銃で脅
され、覚せい罪の密輸入を係属したとする部分、小倉駅でAが請求人に覚せい罪を
渡すのを見たとする部分など請求人と覚せい罪の密売を結び付ける証言、AからD
事件における覚せい罪の購入資金が請求人から出ている旨聞いたとする部分をいず
れも翻し、覚せい罪の密輸入に関して、Aの口から請求人の名前が出たことも、請
求人がAから小倉駅で覚せい罪を受け取るのを目撃したこともない、昭和五六年六
月二五日から翌二六日にかけて請求人から覚せい罪の隠匿場所を追及され、日本刀
で右腕を突き刺されるなどの暴行を加えられ、傷害を負った(D傷害事件)ことか
ら、請求人が覚せい罪の密輸入に係わっていると思い込み、請求人に対する憎しみ
もあって、ありもしない事実を述べたというものであるところ、その内容は、詳細
かつ具体的であって、検察官の反対尋問にも格別の破綻を生じておらず、偽証を行
った理由も自然かつ合理的であることに照らすと、その信用性は高い。
 (3) 新証拠の総合評価
 AとDの各新供述は、互いに補強し合う関係にあり、D新供述の信用性が高いも
のである以上、A新供述もその信用性は高いものとみることができる。
また、A新供述中には、自分とDの証言を一致させるために、同人に手紙を出した
との部分があり、D新供述中にも、Aからの手紙の中で自分の知らないことは本当
と思ったとの部分があるところ、新証拠であるAの前記D宛書簡一三通の内容は、
まさにAのDに対する偽証の働きかけにほかならない。
そうしてみると、A、Dの各新供述は、右書簡によってさらにその信用性が補強さ
れているというべきである。
 4 新旧証拠による判断
 (一) 確定一審裁判所は、A、Dの各旧供述を信用できるものと評価し、請求人
の弁解を排斥して、請求人を本件覚せい罪事犯の首謀者であると認定したが、その
根幹となるA、Dの各旧供述部分は、(イ)昭和五五年二月上旬及び同月二七日、
請求人がA方において、Aの目の前で、韓国の覚せい罪の卸元である「J」に国際
電話を入れている、(ロ)昭和五五年七月初めころ、AがDに韓国からの覚せい罪の
運び屋を依頼した際、背後に請求人がいると言って脅して同人に承諾させた、(ハ)
同年一一月一日にAとDが覚せい罪の密輸入をやめたいと言ったところ、請求人に
aの自宅に呼ばれ、そこで拳銃で脅された、(ニ)昭和五六年二月一一日に小倉駅改
札口で、Aが請求人に覚せい罪を渡しており、Dはそれを近くから目撃している、
(ホ)Aの逮捕後、Dが請求人方自宅に呼ばれ、そこで覚せい罪の隠匿場所を追及さ
れ、日本刀で腕を突き刺すなどの暴行を加えられ、傷害を負ったという部分であ
る。
 (二) Aの新供述は、その旧供述のうち(イ)ないし(ニ)の請求人の関与に関する
部分はすべて虚偽であるとして、これを概括的に覆すものであり、Dの新供述は、
その旧供述のうち(ロ)、(ハ)は全くの作り話であり、(ニ)については小倉駅新幹線
改札口付近までAを尾行したことは間違いないが、Aが請求人に覚せい罪を渡すの
を見たとの部分は虚偽であるというものである。これらのA、Dの各新供述に信用
性が認められることは先に判示したとおりであるから、(イ)ないし(ニ)に関する
A、Dの各旧供述は、全体としてその信用性に疑いがある。
 (三) (イ)の点に関するA旧供述は、昭和五四年一二月下旬ころから、請求人よ
り、覚せい罪の密輸入を実行するため、渡韓したついでに覚せい罪の卸元である
「J」に会ってくるように指示されていた、昭和五五年二月上旬、A方を訪れた請
求人から、「J」にまだ会っていないだろうと言われ、これに対し、Aが、韓国に
渡った際会わずに帰国したのが真相であるのに、韓国に行って会ってきた等と言う
と、請求人がA方の電話から「J」に確認の国際電話を入れたため嘘がばれ、右通
話後、請求人から、韓国に行って「J」に会ってくるように指示され、Aは「J」
の電話番号をメモした、その後、Aは、同月中旬ごろ、韓国に渡ったが「J」には
会わず帰国した、同月二七日夕方、A方を訪れた請求人から、まだ「J」と会って
いないだろうと言われ、A方の電話から「J」に確認の国際電話を入れた後、Aの
方から、できれば請求人の方で韓国に行って「J」に話してほしいと述べたとこ
ろ、結局、請求人が同年三月三一日渡韓した、というものである。
 しかしながら、右A旧供述によれば、請求人が同年二月上旬(前記国際通話交換
証から同月五日と特定される。)、A方から「J」に電話をした目的は、韓国で
「J」と会ってきた等とのAの弁解の真偽を確かめることにあったことになるとこ
ろ、Aは前年の昭和五四年一二月二一日から昭和五五年二月七日まで出国した事実
はなく、Aの弁解の基礎となった渡韓の事実は存在しないのであり、A旧供述にあ
る二月五日の国際電話の経緯は、Aの創作である疑いが強い。しかも、Aは、確定
一審公判において、請求人が同月五日及び同月二七日の両日とも入院していた事実
を突きつけられ請求人の訪問の事実の存否を追及された際、請求人がA方を訪問し
て「J」に電話をかけたとする時刻は夕刻であったと供述しているところ、右電話
の時刻はそれぞれ午前一一時、午前九時であること(前記国際通話交換証)から、
右供述は客観的事実に反しているばかりか、請求人はわざわざ飯塚市内の医院を抜
け出して、北九州市内のA方に赴き、電話をかけたとするのは、物理的には不可能
なことでなく、また請求人の病気に詐病の疑いがあるとしても、用件自体に一刻を
争うような特段の緊急性はなかったのであるから、極めて不自然なことと言わざる
をえない。
 (四) (ロ)の点については、A及びDの各旧供述はほぼ一致した内容となっては
いるが、D方にAが電話をかけた際に請求人の名前を出して脅したのか、それがD
方にAが訪ねてきた際のことであったかについては、両者の供述はくいちがってい
ること、供述内容も具体的であるとはいえないことから、両者の各旧供述の右部分
の信用性はもともとさして高いものではなく、A、Dの各新供述を併せ考慮する
と、A、Dの各旧供述のうち、(ロ)の部分についてはその信用性に疑いがある。
 (五) (ハ)については、A、Dの各旧供述はかなり具体的なものである上、特に
脅迫の際の請求人の服装については、供述内容はほぼ一致しているが、反面、両旧
供述との間には、請求人がけん銃を取り出した時期や方法等につき、不一致があ
り、これが体験者であれば当然覚えていてしかるべき部分であってみれば、A及び
Dの右供述部分の信用性はもともとさほど高いものではない上、AがDに宛てた前
記書簡等によって証言内容を示唆された疑いが強く、A、Dの各旧供述のうち、
(ハ)の部分については、その信用性に疑いがある。
 (六) (ニ)についても、A、Dの各旧供述はかなり具体的なものであり、特に、
当時の請求人の服装については、ほぼ一致した内容となっている。
 しかしながら、覚せい罪の受渡し場所と方法については、両旧供述の間に齟齬が
みられる上、右同様、AがDに宛てた前記書簡等によって証言内容を示唆された疑
いがあり、A、Dの各旧供述のうち、(ニ)の部分についても、その信用性に疑いが
ある。
 (七) (ホ)については、Dがその旧供述を通じ一貫して述べるところであり、請
求人も右事実については、基本的に認めているが、(ホ)の暴行等の動機について、
請求人は、Aからの電話でDとAの本件覚せい罪をめぐるトラブルの解決を頼まれ
たことから、Dに覚せい罪の隠匿場所等を尋ねた際、同人の態度に憤慨して暴力を
振るったと弁解しているところ、請求人とAとの親しい関係、請求人が同人に覚せ
い罪の売りさばき先を紹介したことがあると供述していることに照らすと、請求人
の右弁解があながち虚偽であるとみることはできず、(ホ)の供述部分は、本件覚せ
い罪事犯において請求人が首謀者として関与していたことの裏付けとなるものでは
ない。
 (八) 以上によれば、確定一審において、本件覚せい罪事犯の首謀者が請求人で
あると認定するについての唯一の証拠というべきA、Dの各旧供述は、A、Dの各
新供述その他の新証拠によってその信用性が著しく減殺され、A旧供述の(イ)に関
する部分、A、Dの各旧供述の(ロ)に関する部分の信用性に疑いが生ずることによ
り、確定審における請求人とA、さらにはDの間の共謀成立の認定には合理的な疑
いが生ずることになる。また、A、Dの各旧供述の(ハ)、(ニ)に関する部分は、請
求人の本件関与を、AとDが一致して、かつ、極めて具体的、迫真的に裏付けるも
のとして、確定一審裁判所の心証形成に決定的な役割を果たした証拠と評価すべき
であり、これらの信用性に疑いが生ずることにより、確定一審の事実認定のうち請
求人の関与を認めた部分全体について合理的な疑いが生ずる。D旧供述のうち(ホ)
に関する部分は、必ずしも請求人が本件に関与していたことを裏付けるという関係
にはない。
 5 結論
 弁護人が新証拠として挙げるもののうち、Aの陳述録音テープ及びその反訳書、
Dの原審事実調べにおける証言、Aの前記D宛書簡一三通、国際通話交換証、渡航
一覧表と、確定一、二審が取り調べた旧証拠とを総合的に評価すると、確定一審判
決が本件覚せい罪事犯につき請求人を有罪と認定するについて根幹となった証拠
は、その信用性に重大な疑問があり、これらの新証拠が確定一審の公判審理中に提
出されていたならば、有罪認定には到達しなかったであろうと判断せざるをえない
から、右新証拠は、確定一審判決の右認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定
を覆すに足りる蓋然性のある証拠にあたると言わなければならない。
 確定一審判決のうち、本件覚せい罪事犯に関する部分については、刑訴法四三五
条六号所定の無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した場合にあたり、
本件再審請求には理由がある。
 第三 当裁判所の判断
検察官の抗告理由の骨子は、原決定が、①D新供述やD聴取書二通、Aの前記D宛
書簡一三通につき、証拠の新規性を認めたのは、上告審及び従前の再審請求審にお
ける審理の経緯に照らし、誤りである上、②右各証拠及びA新供述等について、確
定一審判決の認定に合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある
証拠にあたり、無罪を言い渡すべき「明らかな証拠」であると判断したのは失当で
あるとし、請求人の弁解が不合理であるとする点を含め、詳細な主張をしている。
 しかしながら、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ考慮する
に、原決定は、後記のとおりその理由の一部について当審の判断と異なる点はある
ものの、その余の理由及び結論は相当であって、これを維持すべきものと判断し
た。
 一 証拠の新規性について
 1 原決定が、A、Dの各新供述、D聴取書二通、Aの前記D宛書簡一三通、前
記国際通話交換証、渡航一覧表(ことに検察官が争うDの新供述、聴取書、AのD
宛書簡)につき、刑訴法四三五条六号のいわゆる新規性を肯認するのが相当である
と判断しているのは正当である。
また、右国際通話交換証と同様、原審で弁護人から提出された弁一六二ないし一六
七の国際通話交換証等写し(本件再審記録二一五四~二二一九丁)や、当審で検察
官から提出された「差押物件(国際通話交換証)の謄本作成についての復命書写
し」(一〇・七・二七付け資料提出書添付)についても新規性が認められる(これら
を合わせて、以下「国際架電記録」と総称する。)。
 2 所論は、D聴取書二通及びAの前記D宛書簡一三通は、確定上告審係属中に
発見され、上告趣意書等に添付された証拠であり、「上告裁判所がその内容を了知
し、検討の対象としたとみなされるものである限り、確定前に既に本案裁判所の判
断を経由したものと解されるので、新規性に欠けるものというべきである」(東京
高決昭和五五年二月五日・判例時報九五七号三頁)ところ、本件では、重大な事実誤
認を主張する上告趣意書について、添付資料を含め十分職権調査がなされているこ
とは、確定上告審決定の判文に照らして明らかであるから、これらの証拠をはじめ
として、右D聴取書と同内容のD新供述は、新規性を欠くというべきであって、こ
れを肯認した原決定はその判断の前提自体を誤っている、というのである。
【要旨第一】しかしながら、上告趣意書等に添付された証拠は、一般には上告趣
意の内容を理解させ、あるいはこれを敷衍するという以上の意味を持つものでない
ことは、原決定説示のとおりであり、これに対し証拠調べがなされず、職権調査の
対象となったかも明らかでない場合は、いわゆる新規性を失わないと解すべきであ
るところ、本件については、確定上告審は、前記引用した判文上、期限内に提出さ
れた上告趣意書で主張された「Eメモ」については判断を示したものの、右上告趣
意書提出から約一年半後の昭和五九年一一月二七日付け弁護人の上告趣意書(補
充)(九)の一ではじめて主張され、提出された所論指摘のD聴取書及びAのD宛
書簡については明確な判断を加えていないことが明らかであり(この点について原
決定が、上告趣意書に添付されたとするのは、正確でない。)、特に五九・一二・二
四付けD聴取書は、上告趣意補充書でも触れられないまま上告審決定に至ったので
あって、結局所論指摘の聴取書及び書簡については、上告審が職権調査をし、その
証拠価値について判断を加えたとは認めがたく、新規性を有するというべきである
(所論引用の高裁決定にかかる原上告審の最高裁昭和五二年八月九日決定・刑集三一
巻五号八二一頁は、判文上、上告趣意にある争点ごとに克明な審査がなされたこと
が明らかであり、本件とは事案を異にする。なお、本件では、他にAの新供述等新
規性を有する多数の証拠が存在することは争いがなく、その場合右の聴取書及び書
簡もいわゆる総合評価の対象になることは明らかというべきであるから、検察官主
張の当否によって、実際において本件の結論が変わるものではない。)。
 3 D聴取書二通及びAの前記D宛書簡一三通については、従前の再審請求にお
いても新証拠として提出されているが、原決定説示のとおり、このような証拠であ
っても、従前の再審請求においては提出されていなかった「新たな証拠」とともに
提出された場合には、刑訴法四四七条二項所定の「同一の理由」による請求とみる
べきではないと解するのが相当であり、これらは、従前の再審請求において提出さ
れていなかったAの供述を録音したテープ等とともに「新たな証拠」として提出さ
れたものであるから、なお新規性を失わないものと解される(ただし、D聴取書の
うち従前の再審請求審に提出されたのは、正確には五九・一一・七付けのものの
み)。
所論は、原決定の理由では、従前の再審請求において新証拠として提出されたも
のであっても、それまでに提出されなかった何らかの証拠に「新たな証拠」の名を
冠して共に提出すれば、全て新規性を取得することになり、実質的には「同一理
由」による再審請求が際限もなく続くことになることから、原決定は、証拠の新規
性の判断と明白性の判断を混同している、というのである。
 しかしながら、所論こそ、再審請求棄却決定の確定力を破るための新証拠の問題
(刑訴法四四七条二項)と確定判決を破るための新証拠の問題(刑訴法四三五条六
号)を混同しているものと解される。なぜなら、前者は、再審事由として従前主張
された同じ理由と同じ証拠資料をもってする限り、再度の再審請求は許されないと
いう意味であるから、それまでの再審請求で提出されなかった新証拠の提出がある
限り、右確定力は及ばないことは明らかであり、その場合、従前再審請求に提出さ
れた証拠であっても、確定審において証拠価値について判断を加えていないことに
は変わりがないから、後者について新規性のある証拠とされうべきは当然であり、
原決定には、所論が論難するような混同はない。
 二 証拠の明白性について
 証拠の明白性、すなわち刑訴法四三五条六号所定の「無罪を言い渡すべき明らか
な証拠」の意義については、原判決が説示するとおりであり、確定判決における事
実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠を
いうと解すべきであり、その判断は、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審
理中に提出されていたとするならば、果たしてその確定判決においてなされたよう
な事実認定に到達したか否かという観点から、当の証拠と他の全証拠とを併せて総
合的に評価されることになる。
 三 確定一審判決の証拠構造及び原決定の判断手法
 1 本件覚せい罪事犯の各事実のうち、AがDやBと共謀し、情を知らないCを
利用する等して右各犯行に及んだことは、客観的証拠に裏付けられており、これら
関係人の供述も一致していることから動かし難い。
 そして、請求人が右犯行に共同加功したことを裏付ける直接的証拠は、A、Dの
各旧供述のみであり、確定一審裁判所は、同二審裁判所が判断を示しているよう
に、A及びDの各旧供述が具体的かつ詳細で迫真性・脈絡性を有し、客観的事実関係
とも一致し、信用できるものと評価し、右各犯行について請求人の有罪を認定した
ものとみることができる。
 2 原決定は、A、Dの各新供述は、それ自体、あるいは相互補強の関係にある
ことや、AのD宛書簡の裏付けがあることによって一応信用性が認められると判断
した上で、旧証拠との総合評価に入っている。そして、A、Dの各旧供述中根幹と
なる部分として、前記第二、三、4(一)の(イ)ないし(ホ)の諸点を挙げている。こ
れを旧供述の内容に即してより正確に再引用すると、(イ)昭和五五年二月上旬、請
求人がAの家から、Aの面前で、韓国の覚せい罪の卸元である「J」に国際電話を
入れ、「Aという男を行かせるから会ってくれ。」と話した後、Aに対し、「J」
と会うようにと言い、Aは断りきれなくなり、「J」の電話番号をメモした、その
後韓国に行ったが結局「J」に会わないまま帰国した、同月二七日ころ、請求人が
来宅して「J」に国際電話をし、自分が韓国の「J」さんに会っていないことが分
かって追及された(A供述)、(ロ)昭和五五年七月初めころ、AがDに覚せい罪の
運び屋を依頼した際、背後に請求人がいると言って脅してDを承諾させた(A・D各
供述)、(ハ)同年一一月一日ないし二日ころ、DがAに覚せい罪の密輸入をやめた
いと言い、Aがこれを請求人に電話して伝えたところ、請求人にaの請求人方自宅
に呼ばれ、同宅一階応接間で拳銃で脅された(A・D各供述)、(ニ)昭和五六年二月
一一日ころ、Aは請求人に覚せい罪を渡すのに小倉駅までDに自動車で送ってもら
い、小倉駅の新幹線改札口付近で請求人に覚せい罪を渡した、一方Dは、Aを小倉
駅まで送った後、待機することになっていた喫茶店からAの跡をつけて行き、小倉
駅の改札口付近でAが請求人に覚せい罪を渡しているところを隠れて見た(A・D各
供述)、(ホ)Aの逮捕後、Dが請求人方自宅に呼ばれ、そこで「なぜ持って帰らん
やったか、どこに置いたか正直に言え。」などと覚せい罪の隠匿場所を追及され、
日本刀で腕を突き刺すなどの暴行を加えられ、傷害を負った(D供述)、との諸点
である。
 そして、原決定は、A、Dの各旧供述は新証拠によって信用性が減殺され、右
(イ)ないし(ホ)は、いずれも信用性に乏しいか請求人の本件覚せい罪事犯への関与
を裏付ける関係にないと判断して、新証拠が確定審の審理中に提出されていたなら
ば、有罪認定には到達しなかったであろうとの結論を導いている。
 ところで、原決定が挙げた前記(イ)ないし(ホ)の諸点は、A、Dの各旧供述の信
用性を判断するにあたり欠くことのできない事項と考えられるので、原決定の手法
自体は是認され、その内容もおおむね妥当と考えられるが、その判断の中には必ず
しも正確でない部分やさほど重要性を有しない部分があり、他にもA、Dの旧・新各
供述の信用性を判断するため重要な事項があると考えられるので、所論に対する判
断とともに項を改めて検討することにする。
 3次に、所論指摘のとおり、確定一審判決は、その証拠の標目欄に挙示された
証拠に照らすと、間接的ではあるが、(へ)Bの確定一審における、「覚せい罪を韓
国から持ち込むように脅しているのは『aのもん。I』と、Aから聞いた。」旨の
証言や、(ト)昭和五六年八月一七日、飯塚市大字b内の請求人所有・管理の平屋倉庫
を、請求人の妻M立会いの上、捜索した際、その室内床中央付近に開封された人参
茶箱二箱やその中身の人参茶パックが散乱した状態で発見されているところ(確定
一審・検六、一二)、右人参茶箱は、かねてDが覚せい罪を隠して本邦に持ち込むの
に用いたのと同種のものであって、この点、請求人はこれが前所有者から引き継い
だときからあったものと弁解するが(同検九六)、Mは、その検察官調書(同検一
一二)で、右倉庫は請求人が約二年半前に入手し、当初は事務所にしようと、若い
衆を使ってきれいに片づけ、机が並べられていた、その後、二、三度行ったことが
あるが、結局物置代りとなり、約一年半前に最後に行ったときには、人参茶箱等は
なかったと供述していることに照らすと、請求人が右倉庫で人参茶箱を開封して、
隠匿した覚せい罪を取り出したことを窺わせるものとして、A、Dの各旧供述を裏
付けていること、(チ)請求人は、昭和五六年六月一一日夜、A方を尋ねた際、Aが
韓国に国際電話をしており、その後、AからDが翌一二日韓国から帰国するので、
同人を捕まえて、A方に連れてきて欲しいと頼まれたと供述するところ、請求人の
妻であるMは、それより前の同年六月一〇日か一一日の朝に、請求人からDが何時
の飛行機で韓国から戻ってくるか航空会社に電話で問い合わせるよう言われたの
で、航空会社に問い合わせたと供述していること(前掲同検一一二)からすると、
請求人自身は、Aから右依頼を受けたとする前から、Dが渡韓していることを知っ
ており、その帰国に重大な関心を抱いていたことは明らかであり、その理由として
考えられることは、韓国からの覚せい罪の持ち込みしかないこと等をも、考慮した
ものと解される。
 原決定は、A、Dの各新・旧供述を比較対照して信用性を検討するにあたり、右
(へ)ないし(チ)の点について触れていないが、のちに述べるとおり右はさほど重要
性を有していないと考えられるので、これを論じなかったことは不当とはいえな
い。
 四 新証拠の証拠価値、旧証拠との対比検討
 1 Aの供述
 (一) 本件再審請求における新証拠の中には、国際架電記録や渡航一覧表等のよ
うに、客観的な証拠が存することから、以下、Aの新・旧供述の信用性につき、これ
ら客観的証拠との対比を主としながら、それぞれの供述内容の合理性・信用性を検討
するに、これらの客観的新証拠と、Aの新供述には、格別の矛盾点はみられないの
に対し、その旧供述とは、随所においてそぐわないばかりか、旧供述に虚偽性さえ
窺わせるものとなっており、またその供述内容にも不自然な箇所が散見される(な
お、Aは昭和五九年一〇月三日に検察官から事情聴取を受け、請求人が本件覚せい
罪事犯の首謀者である旨の供述をなしているが<同日付け検察官調書写し・本件再審
記録三九一八丁>、当時Aは本件覚せい罪事犯の共犯者として懲役八年に処せら
れ、熊本刑務所に服役していたものであり、その内容に徴しても、従前の旧供述に
格別信用性を増強するものではない。)。
 (二) 新供述
 A新供述は、請求人が本件覚せい罪事犯の首謀者である旨のA旧供述を覆し、何
ら共犯者として関与するものではないとし、捜査官から示されたDの供述調書に合
わせて虚偽の旧供述をしたとする内容となっているところ、旧供述が具体的かつ詳
細であるのに対し、新供述の内容は、請求人から拳銃や日本刀で脅かされて怖かっ
たので覚せい罪の密輸入をしたというのは嘘で、請求人は本件覚せい罪事犯の各犯
行には関与していない、本件覚せい罪事犯の首謀者はA自身であるなどといったこ
とを概括的に述べるもので、旧供述に比べて抽象的であるばかりか、覚せい罪密輸
入の経緯、密輸入ルートの開拓の方法、密輸入や販売状況、資金の流れ等のいわば
核心的部分についての供述を欠いている上、新供述は重篤な病状下にあって、本件
弁護人らに促される形でなされたものであること、その後間もなく同人が死亡した
ことによってその供述の真偽を直接確認する方法がないことからすると、もとより
これのみをもって、新供述が全面的に信用できるとすることは相当でない。ただ、
のちに詳述するように、国際架電記録や渡航一覧表によれば、請求人の渡韓状況は
Aに比して稀であり、韓国、とりわけ覚せい罪の卸元と目される「J」方との国際
電話の架電状況も、もっぱらA方とのみであって、請求人方自宅との架電の形跡は
全くみられないという状況に照らすと、Aが韓国からの覚せい罪の密輸入を企図・実
行した首謀者本人であり、請求人はその犯行に加担していないとするAの新供述の
方が実態に沿うものとなっている。以下所論に従い、補足して説明する。
(1) 死を間近に自覚した者であっても、その供述はその者の人生観や宗教観に影響
されるところが大きいと考えられ、特に本件のように臨終の際の自白とはいえない
場合にあっては、それぞれの思惑や利害関係から完全に開放されているとはいえな
いから、その供述が常に信用性が高いと断定することができない。この点におい
て、原決定が、死を目前にした者の供述は概して信用性が高いとされていると述べ
ているのは、直ちに賛同しかねるのであるが、原決定は、死を目前にしたことだけ
でAの新供述の信用性を認めたわけではなく、供述時の状況をも考慮に入れている
のであって、さらにこれを検討する必要がある。
 Aは、同人自身末期癌の状態にあって死期が迫っていることを承知する中、周囲
の者に、請求人のことで隠していることがあると漏らしていたが、自発的に原田香
留夫弁護士と連絡をとって自宅に来てもらい、意識清明の状態で(Fの原審証
言)、偽証告白をなしたものであり、当時Aに付き添いあるいは看病にあたってい
た、甥のGや姉のHの原審での証言を見る限り、Aが周囲から無理に供述を強要さ
れた様子はなく、また請求人からの報復を恐れ家族の行く末を案じて供述したとみ
られる形跡も窺えない。しかも、A新供述である弁一二五の録音テープを再生する
と、その最後の方にある原田弁護士からの「私の方からお尋ねしようと思ったのは
これまでで。何かお話を聞くと、三〇分ぐらいしか、よくしゃべれまい、というこ
とを聞いていますからね。」との話しかけに対し、しかもこの答えの途中で田中峯
子弁護士が「今日は……」と質問終了の挨拶をしようとするのを遮りながら、Aが
淡々と「ただ私も、この覚せい罪に対してはですよ。Iさんは、一切関係ないっち
ゅうことです。でも、それが、真実やきですね、実際の話しが。だから、うそを言
ってどうのこうのないですよ。私も大体、実は早よう、こういうあれをせにゃいか
んかったんですよ。……本人も無罪の人間で苦しみよるのですから。……やっぱ、
どうしても助けてやりたいと思ってですね……。」と述べた部分(弁一二六の反訳
書一四頁には、ここまでの反訳はなく、誤訳を含む不正確なものとなっている。こ
の点はのちにも触れる。)があって、同人の真摯な反省・悔悟の念が明確に示された
ものとなっており、これらを考え合わせると、新供述の信用性はかなり高いものと
考えられる。
 (2) 所論は、原決定は、Aが、請求人の出所後の妻子等への報復を恐れて、偽証
告白した疑いがあるとの検察官の主張に対し、請求人がAやその家族らに報復しよ
うとした形跡を全く窺うことはできず、右主張は採用できないと説示するが、右主
張は具体的に報復のおそれがあるというものではなく、そのような可能性があるこ
とを指摘したものであり、Aがそのような不安から旧供述を覆した疑いがあるとす
るものであって、原決定の判断は誤りである、というのである。確かに、検察官の
主張は、Aが自分の死後、家族へ報復がなされることを案じて偽証告白した可能性
を主張するものであるが、Aが可能性としてでも請求人から家族への報復が加えら
れることを案じていた様子はなく、むしろ反省・悔悟の気持ちから、偽証告白したも
のと認められることは、前認定のとおりであるから、結局のところ、所論は理由が
ない。
 (3) 所論は、Aが、殺人の前科を有し、性格凶暴、陰険、狡猾な暴力団組長であ
る請求人の報復を恐れずに、あえて同人を陥れてまでして自己の刑の軽減を図ろう
とするか疑問であり、その新供述には、偽証をなした動機について、合理的説明が
ない、というのである。
 しかしながら、Aは請求人と幼なじみであり、過去には、請求人に頼まれて見合
いの席へ送迎した女性と、その折同宿して請求人に不義理をかけたり、やくざがら
みの女性関係のトラブルの解決を頼んだりもしており、Aが一方的に請求人を畏怖
するような関係にはなかったものと認められる上、本件一連の、しかも大量の覚せ
い罪密輸事件の首謀者とされるか否かは、量刑に極めて重大な影響を及ぼすところ
であり、本件覚せい罪事件の首謀者となれば、重刑が予想されるところであって、
しかもAがDに宛てた前記書簡(弁一一四の一)には、「これからの裁判の結果次
第では、おそらく長き刑に服するものと思います。そうなれば、私は、もし七年以
上の刑であれば、韓国に強制送還の対象になります。」とあって、長期の服役にな
ることを強く恐れていた様子が認められることに照らすと、Aにおいて、偽証をな
す動機は十分にあったといえる。
 (4) 所論は、A新供述には、①Aが本件覚せい罪事犯の首謀者であるなら、当然
密輸入した大量の覚せい罪の売りさばき先について答えることができるのに、A
は、その点を問われて「ちょっと分からんですね。」と答え、②あるいはBに覚せ
い罪の運び屋を依頼したことは明らかであるのに、そのような事実を否定し、③さ
らには、自分が請求人を陥れたので、請求人は事件に関係ないなどとするかと思え
ば、「私、無罪ですけど、それに……されるのにおったわけです、私が。」(弁一
二六の反訳書四頁)、「ただ私も、この覚せい罪に対してはそんなことないです。
一切関係ないということです。それが真実やで。」(同一四頁)と、自分は事件に
一切関係なく無罪であるとするなど、およそ信用性を認めるべき供述でないことは
明らかであると主張する。
 しかしながら、①覚せい罪の売りさばき先はもとより、密輸入の経緯、開拓の方
法、密輸入ルートの詳細、資金の流れ等について、供述することは、本件覚せい罪
事犯が行われてから約一一年の歳月が経過しているとはいえ、かつての関係者の名
を明らかにすることになり、影響するところが大きいので、これに関連する質問に
対し、右のように答えを躊躇したとしても、不自然、不合理とはいえず、これをも
って、新供述の信用性を左右することにはならない。②また、新供述に、所論が主
張するような、Bに覚せい罪の運び屋をさせたことを否定するような部分があると
するのは、早計である。所論主張にかかる供述部分は、Aが請求人より韓国からの
覚せい罪密輸に協力するよう日本刀で脅されたことがあったかという質問に次いで
答えたもので、次のとおりである。
問 それで後、Bさんに運んで欲しいという話しをした時に、あなたが自分はこれ
を運ばないと殺されるかもしれないと、助けてくれということを言って、そのBさ
んに運んでもらったというふうに供述されているんですけれども、これは真実です
か。
答 いや。それも嘘です、一切関係ないです。
問 こういう事実もなかったということですね。
答 はい。
というものであるが(右反訳書一〇頁)、その質問は、AがBに頼んで覚せい罪を
運んでもらったことを前提としており、Aは、質問の趣旨を、真実請求人から運ば
ないと殺すと脅されたことがあるかという意味にとって、上記のとおり答えたもの
と解される。「一切関係ないです」というのも、請求人が事件に関係ないというこ
とを意味するものと考えられるところであり、所論はA新供述の全体の文脈を無視
して論難しているもので、失当という他ない。
 ③同様に、Aが新供述で、自分が無罪であるとの陳述をなしていると所論が指摘
する反訳書四頁部分は、その箇所のみで判断すれば、その主張の如き理解になりか
ねないが、所論引用部分のAの供述は、さらに続いて「だからIさんと何の関係も
ないです。そういう事実もない。」という言葉で収まっており、前後の文脈全体を
通して理解すれば、Aが無罪といっているのは、自己が偽証するにいたったことに
つき、捜査官から押しつけられたためで、その点では自分には責任がないと言いた
い趣旨であることは容易に理解されるところである。加えて所論指摘の反訳書一四
頁部分は、弁護人側の誤訳であり、録音テープ(弁一二五)を再生しての同部分の
正確な反訳は、前出のとおり「ただ、私も、この覚せい罪に対してはですよ、Iさ
んは、一切関係ないっちゅうことです。」となり、その指摘とは全く逆の意味の供
述であって、結局のところ、所論はA新供述を誤解して論難するものであり、失当
である。
 (三) 旧供述
 (1) Aの旧供述によれば、請求人は、昭和五四年暮れ前から覚せい罪密輸入のル
ートを開拓していたはずであるのに、それまでに請求人が韓国の「J」ら密売人に
接触した形跡がない。すなわち、飯塚市内の請求人方から韓国への通話は、後述す
るとおり、同市内bにある請求人方倉庫から昭和五六年六月一三日になされたNに
対するもの以外には一切ない上、渡韓も昭和五四年一二月一〇日がはじめてであ
り、それだけでは、ほとんど韓国語が話せないという請求人が密輸ルートを開拓す
ることは困難というべきであって、同年一二月に請求人から密輸を強要されたとの
Aの旧供述は不自然である。もっとも、請求人が従前から自己が所属するO組の組
織ぐるみの覚せい罪密輸に係わり密輸ルートを開拓していたとなれば話は別である
が、その後昭和五七年に摘発された、前年からの同組の組織ぐるみによる韓国から
密輸入の覚せい罪事犯等における捜査においても、請求人が同組の覚せい罪取引に
係わっていた形跡は見いだせていない(弁一四七ないし一五二―起訴状写し三通、
冒頭陳述書写し二通、論告要旨写し一通・本件再審記録一五二〇~一五三六丁。弁一
五九―「一覧表作成報告書」写し・同一六一一丁。以上は新証拠と認められる。)。
 しかも、A旧供述によれば、請求人は、A(と同人を通じてD)に命じて、昭和
五五年七月から一〇月にかけて、数回覚せい罪を韓国から持ち込んだこととなる
が、渡航一覧表によると、請求人の渡韓は、同年三月の後は同年一一月に飛んでお
り、請求人が「J」やKらと電話で接触した形跡もなく、いかにして密輸の話をま
とめたかの経緯が明らかでない。これに対し、国際架電記録や渡航一覧表によれ
ば、AやDはこの間に、七、八回渡韓し、A方と「J」方間の約三〇回にのぼる国
際通話記録も存する。これらA方・「J」方間の多数の国際電話について、覚せい罪
密輸入の首謀者であるとする請求人が、韓国への国際電話をするのに、その都度、
わざわざ北九州市内のA方に出向いて、同人方から電話するというのは不自然であ
り、また、Aが請求人から命じられて電話したとするなら、覚せい罪の密輸入に関
しての特異な通話内容であり、何らかの具体的供述があって然るべきところ、かか
る供述が全く見られず、不自然なものとなっている。
 (2) Aの旧供述と国際架電記録を照合すると、昭和五五年二月五日午前一一時一
分から同月二七日午前九時六分からの二回にわたり、請求人が、A方から韓国の
「J」方に国際電話をなしたことになるが、丁度その折りは、請求人は、飯塚市内
の外科医院に入院中であり、しかも毎日午前一〇時から一一時まで医師の回診があ
って(Pの確定一審証言)、そのため請求人が医院にいた可能性が高いと認められ
る上、医院から外出することが可能であったとしても、Aが聞いたとする通話内容
からいって、緊急性もないのにわざわざcのA方まで赴く理由に乏しいことから、
Aのこの点の旧供述は虚偽の疑いが強く、請求人が確定一審以来主張してきたよう
に、従前の覚せい罪取引に請求人が係わっていたとされる一部につき、アリバイの
成立する可能性が認められることにもなる。
 (3) A旧供述によれば、同人は、昭和五五年七月初め、請求人に命じられて、D
に覚せい罪の密輸入を頼み、同月か翌八月に密輸に着手したことになるが、Dの新・
旧供述及びA、Dの渡韓状況、A方と韓国との国際通話状況に照らし、Aは、それ
以前からDをうなどして独自に覚せい罪入りの人参茶箱を運ばせていた可能性が高
く、この点のA旧供述の信用性には疑いがあると言わざるをえない。すなわち、D
は、捜査段階の供述(弁五七―五六・八・二〇付け警察官調書写し・確定記録一八八六
丁及び確定一審・検一二〇―同月二七付け検察官調書等)からその新・旧供述を通
し、一貫して、Aから覚せい罪持ち込みを頼まれる以前に、既に昭和五五年四月と
五月の二回にわたり、Aに依頼され韓国から人参茶箱を持ち込んだと述べており、
その態様は、その後の覚せい罪持ち込みのそれと同一である上、Dは、Aから覚せ
い罪の持ち込みを頼まれた際、もう既に人参茶箱に入れて二回覚せい罪を運ばせた
と言われたというのであり、現にこれに沿うA及びDの渡航記録もあることに照ら
し、Dの右供述の信用性は高い。しかも、右のとおり、同年二月五日及び二七日の
電話に関するAの旧供述が虚偽である可能性が高いとなれば、A自らが、同年二月
中に韓国の覚せい罪の卸元である「J」に国際電話を掛けていたことになり、一
層、Aが従前から覚せい罪取引に係わっていたことを窺わせることになる。また、
Dの旧供述では、Aは、昭和五六年一月ころ、D方で、覚せい罪の小分けをなし、
量目が足りないと不満を言っていたと供述しており、これはAが独自に覚せい罪取
引に係わっていたことを示す一事実であり、右推認を補強するものである。もっと
も、Aが従前から独自に覚せい罪を取り扱っていたとしても、請求人が本件覚せい
罪事犯に係わったことと矛盾しないという考え方もありうるが、Aの旧供述の根幹
部分が請求人に脅されてはじめて覚せい罪の密輸に携わるようになったというので
あるから、旧供述全体の証明力が減殺されることは免れない。
 (4) 確定一審判決のB事件について、A旧供述によれば、同人は、昭和五五年九
月末ころ、請求人から親戚のBに覚せい罪の運び屋を頼むように言われ、同人にそ
の旨頼んだところ、同年一〇月二〇日ころ同人の承諾を得ることができた、同月二
八日請求人から覚せい罪購入代金に充てるための小切手を手渡された際、韓国の覚
せい罪卸元とは請求人自ら連絡をとると言われたということになっている。しかし
ながら、渡航一覧表及び国際架電記録によれば、その間請求人には、渡韓も韓国と
電話連絡をした形跡もないのに対し、Aは同年一〇月になって二回渡韓し、Bが運
び屋を承諾するかどうかはっきりしない同月一六日の段階から、Jと電話連絡をし
ていることが認められ、A旧供述にはそぐわないものとなっている。
 (5) A旧供述では、昭和五六年六月一一日、Aは釜山のQ荘に泊まっているDに
国際電話し、日本へ持ち込む手はずの覚せい罪について尋ねたところ、韓国の税関
でこれを取られたという返事であり、その日は請求人がA方に来宅した事実はない
とする一方、請求人は、捜査段階から、同日A方に見舞いに訪れた際、Aが韓国に
いるDに電話をかけていたと一貫して供述しているところ、これは、Aが右の国際
電話をしたとする点では、両者の供述が一致するだけでなく、現に国際架電記録か
らも、この供述を裏付けるものとなっていることからすると(同日午後七時三五分
と同九時八分に韓国・Q荘の五一―二三―四六六一に通話―弁一六六・本件再審記録
二二一二丁)、その場に居合わせたという請求人の右供述は信用しうるところであ
り、これを否定するAの供述は信用し難い。そうすると、もしA旧供述にあるよう
に、請求人が覚せい罪密輸入の首謀者であるならば、「税関で覚せい罪を取られ
た。」といった右国際電話の内容からいって、請求人が直接電話を代わってDに事
の真相を問い質さないなどということは考えられないのに、これをなしていないの
であるから、請求人が覚せい罪密輸入の首謀者であるとする、Aの旧供述はますま
す虚偽の疑いが濃くなってくる。
 (6) A旧供述とその裏付けとなるような他の関係証拠の有無について検討す
るに、A旧供述によれば、確定一審判決のうち、C事件、D事件における覚せい罪
代金合計四七〇万円は全て、請求人から受領したこととなるが、請求人について
は、かかる資金の出所が裏付けられていないのに対し、Aの新供述のように、右覚
せい罪取引を企図したのがAであり、自ら資金を用意したとするならば、Aの旧供
述にも触れられているところであるが、弁護士原田香留夫作成の五九・一・二八付け
R(弁九四―確定記録二三七〇丁)及びS(弁九五―同記録二三七二丁)からの各
聴取書(いずれも、上告審に提出されたものではあるが、D聴取書と同様に新規性
が認められる。)によって、Aが覚せい罪の取引に先立って、昭和五六年五月二〇
日ころRから額面一四〇万円の手形四枚(額面合計五六〇万円)を借り受けて、こ
れをSの世話で同月二〇日と同月二五日に計四二〇万円で割り引いていることが認
められ、その途は明らかでなく、これが覚せい罪仕入れ資金に回された可能性は十
分ある。
 また、請求人方からは、請求人が韓国からの覚せい罪密輸入の首謀者であること
を窺わせる、韓国内の「J」やKを始め、日本国内での覚せい罪の密売先の名簿
や、仕入れ・売上帳もしくはそのメモ、覚せい罪小分けのための道具備品一式等の客
観的証拠が全く押収されていない(飯塚市大字bの請求人方倉庫から発見された人
参茶箱等がかかる物証といえないことは後述のとおり)。
 (7) Aの旧供述の内容自体の合理性についてであるが、①Aが韓国釜山に在住の
愛人Kのことを口にするや、請求人は覚せい罪の運び屋の仲介人になってもらうよ
う頼めと言ったとするが、初めて耳にした韓国の人を即座に仲介人に利用しようと
すること自体、不自然である。②また、その話しをKにしたが、一度は断られたと
しながら、次に渡韓してKに会ったときには、既に仲介役を承諾していたとする
が、AはKとは昵懇の間柄であるから、同女が韓国内でも警察の摘発を受けかねな
い危険な役割を引き受けることについて、心配はないのか、またどの様な経緯で一
旦断った仲介役を引き受けたのかを、当然訊き及んでいるであろうのに、かかる部
分の具体的供述が欠落している。③Aは請求人から脅されて、やむなくDに覚せい
罪を持たせて、韓国から数回、一回につき一キログラム程度密輸入していたことに
なるが、請求人から謝礼らしい謝礼は貰っていないというのも了解できない。④A
は、請求人に言われて、O組から二〇〇万円脅し取られたという念書を書いたこと
を認めているが、その説明するところでは、如何なる理由・必要があって、かかる念
書を作成することになったか、了解し難い。これに対し、請求人が確定一審以来述
べるところでは、O組傘下のI組組長であった請求人は、親交を有するAがO組の
関係者に覚せい罪をさばいた件で、O組長が請求人に断りもなしに、Aから金員を
脅し取るようなことはないと考えていたのに、Aより、O組長から二〇〇万円を脅
し取られたと聞いたことから、電話で組事務所に真偽を問い合わせるのに、Aに間
違いがないかどうか確認するため念書を書かせたというもので、その趣旨は一応了
解しうる。以上Aの旧供述は、それ自体においても不自然・不合理な点がある。
 (8) 所論は、A旧供述が信用性のあることを強調し、それが具体的・詳細かつ迫
真性に富むことの一つとして、例えば、①韓国で購入する覚せい罪の値段につい
て、Aが韓国で交渉したが、請求人の取り決めた二〇〇万円では、折り合えず、結
局請求人が直接交渉して金額が決まったとする点を挙げているが、その交渉状況
は、Aの旧供述を見ても、具体的に明らかにされているわけではない上、請求人が
値段を交渉したことを裏付ける証拠もなく、所論の証拠評価は失当である。②ま
た、Bの逮捕を請求人に報告した際、請求人から、絶対に請求人のことを言うな、
もし言ったら殺してしまうと脅かされて、もう絶対言いませんと約束させられた、
さらにBが逮捕されたことが明らかになった際、請求人から電話があり、他人には
請求人のことを話していないだろうなと念を押されたの対し、Dに話していると言
ったところ、「そしたら(請求人は)もの凄く腹かいて、あれだけ言うなと言うた
とに貴様言うたんか、貴様殺してしまう。」と脅されたとの供述は、極めて迫真性
があり、実際に経験せずに話せるものではないとも主張するが、確かに迫真性はあ
るものの、内容は単純であり、実際に経験せずとも、容易に想像しうる範疇のこと
であり、所論は失当である。③加えて、A旧供述では、請求人の反対尋問に対して
も、例えば確定一審第五回公判で、「dのTからUの口座へ振り込まれた金はどう
いう金か。」との質問に対し、「それは私にはわかりません。Iさんが一番よう知
っとるじゃないですか。」と反問している(二七五項)とし、虚偽の供述をしてい
てこのような反論が即座にできるものでないことは経験上明白であるとも主張する
が、問答内容を見ても、ただAが請求人に受けた質問を反問したにすぎず、事実を
挙げて反論したものではないから、所論は失当である。
 2 Dの供述
 (一) 新供述
 D新供述は、その旧供述のうち、請求人が本件覚せい罪事犯への関与を示す部分
を翻し、Aの口から請求人の名前が出たこともなく、このような偽証をなしたの
は、昭和五六年六月二五日深夜、請求人から覚せい罪の隠匿場所を追及され、日本
刀で右腕を突き刺されるなどの暴行を受け、傷害を負わされたことから、請求人が
従前からの覚せい罪密輸入を含め本件覚せい罪事犯の首謀者と思い込み、請求人に
対する憎しみもあって、取調官に迎合して、ありもしない事実を述べたというもの
であるところ、その供述内容は、原決定説示のとおり、詳細かつ具体的であって、
内容に不自然とすべき箇所は存せず、検察官の反対尋問にも格別の破綻を生じてお
らず、偽証を行った理由も自然かつ合理的であること、右新供述は原審において平
成七年二月二八日と同年四月二八日の証人尋問においてなされたものであるが、D
は既に、これに先立つ約一〇年余り前に、同旨の偽証告白をなしている(D聴取書
二通)ことにかんがみても、これら聴取書を含め、その信用性を肯定することがで
きる。以下、所論にかんがみ補足して説明する。
 (1) 所論は、Dは、出所後で、旧供述は偽証であったとする五九・一一・七付
け聴取書作成の直後にあたる同月二二日に大分地方検察庁の検察官から事情聴取を
受け、やはり旧供述が正しいことを認めているところ(同日付け検察官調書写し・本
件再審記録三九二七丁)、Dは、新供述の中で、仮釈放の取消しを恐れて検察官に
は嘘の供述をしたものであるとしているが、同人は昭和五八年一二月三日に刑の執
行を受け終わっており(前科調書写し・本件再審記録三九四一丁)、自身、原審での
証人調べにおいて、右検事調べの時期について、「仮釈放が解けてから間がない時
期だったと思う。」(第二回五七八項)、「仮釈放は終わっていた。」(第二回五
八九項)と答えており、仮出獄期間が終了していたことを認識していたものであっ
て、仮出獄取消への懸念から、検察官に対し真実を述べられなかったとするのは、
この客観的事実に反しており、新供述における右弁解は信用できない、というので
ある。
 しかしながら、Dにおいては、検察官に呼び出され、旧供述を覆した理由を追及
されて困惑し、法律には素人である同人において、かつての証言が虚偽であると述
べることによって、あるいは仮釈放が取り消されたり、何らかの不利益な処分を受
けることになるのではとの懸念を持ち、さらには仕事を休んで何度も呼ばれたくな
いとの気持ちから、検察官に迎合して供述したものと理解できないわけではなく、
このような心境を、Dは仮釈放の取消を恐れて検察官に嘘の供述をしたと述べたも
のと解されるのであって、その表現は正確とはいえないが、新供述の信用性を左右
するものではない。しかも、Dは右検事調べの約一か月後の昭和五九年一二月二四
日にも再び同様の偽証告白をしている(弁一三〇)こと、右検察官調書は、確定一
審における証言は正しかったとする極めて抽象的な内容にとどまるものであること
に照らすと、これをもってD新供述の信用性を揺るがすことはできない。
 (2) 所論は、D傷害事件における、請求人のDに対する暴行時の言動は、同人
が、D事件において予定に反して韓国から覚せい罪を持ち帰らなかったことが原因
であり、請求人がこれに深く係わっていることを示すものであるから、Dが請求人
を従前からの覚せい罪密輸入の首謀者と確信したのは当然であるのに、原決定はこ
れを単なる思い込みと評価しており、不当であると主張するが、請求人の右言動を
もって、請求人が従前からの覚せい罪密輸入をはじめ本件覚せい罪事犯の首謀者や
共犯者であることを認定しうる証拠とすることができないことは、後述のとおりで
あり、右言動とDの新供述とは内容が矛盾するものではなく、その信用性を否定す
ることにはならないというべきであるから、原決定の判断に誤りはない。
 (3)所論は、Dの新供述では、偽証をした理由として、請求人から暴行、傷害を
受けて憎悪したためであるというところ、その傷害は比較的軽微であり、憎悪ゆえ
に、堅気のDが、暴力団組長の請求人を罪に陥れてまで、虚偽の供述をするとは考
えられないと主張するが、Dにおいては、請求人から暴行を受けたときの言動によ
り、請求人が首謀者だと思い込んでいたため、同人が処罰を受けるのは当然と思
い、ことさら罪に陥れるという意味での虚偽の供述をするという深刻な認識、罪悪
感に欠けていたものと考えられ、不本意に自己が覚せい罪事犯に係わりを持たされ
たことに対する不満や、今後とも付きまとわれてひどい目に遭わされるのではない
かという怖れもあって、偽証に及んだと考えたとしても、不自然・不合理はない。
 所論は、Dは、仮にその新供述にあるように請求人が覚せい罪密輸入の首謀者で
あるということが虚偽ならば、確定一審公判において、請求人の執拗な反対尋問に
耐えてその虚偽供述を維持する必要はなかったはずであるとも主張するが、Dの新
供述にあるように、同人は、請求人を従前の覚せい罪密輸入をはじめ、とりわけD
事件の首謀者と思い込んでいた状態で、既に捜査段階で捜査官に、虚偽を織り交ぜ
た供述をなしていたところであり、自ら刑事被告人として一審公判中の身にあった
ことをも考えると、同人が捜査官の意に沿う従前の供述を撤回することは困難とい
うべきであるから、所論は失当である。
 (4)所論は、D新供述では、請求人方に赴いた回数、時期が、曖昧で変転したも
のとなっているとするが、その供述状況を見る限り、Dにおいては、記憶を辿りな
がら答弁した様子が見受けられ(それも、弁護人の質問内容が、時期を不規則に前
後し、証人の理解に混乱を生じやすいものであった事情が窺える。)、要は、いず
れもAとともに、かねて請求人から暴行を振るわれたとしていたころにまず一回行
ったことがあるが、自分は家の中に入らなかった、二回目は昭和五六年一月で請求
人方を訪れた後、料理屋に行っており、三回目は請求人から傷害を受けたときで、
現実に請求人方に入ったのは二度であるという供述と理解されるところであり、記
憶を喚起しながらの供述の途中で曖昧な箇所があったとしても、やむをえないとこ
ろであり、供述そのものの信用性を減殺するものではない。
 所論は、また、D新供述では、同人がL及びKと会った経緯、密輸入の経緯、回
数が、支離滅裂であるとするが、密輸入の経緯や回数(結局未遂を含め四回とす
る。)に関する供述を精査するも支離滅裂とは認められず、L、Kと会った経緯に
ついては、Aの紹介であることでは一貫しており、ただその時期に若干前後がある
ものの、既に当時から約一五年を経過し、記憶が曖昧なものとなるのは避けられな
いところであり、新供述の信用性を左右するものではない。
 (5)所論は、Dの偽証告白は、反省・悔悟した結果による真摯な自発的なものと
は認められず、信用性がないとするが、弁護人田中峯子からの誘導的ではあるが
「(Iの裁判では、本当のことをいうべきところを、)Iに対する憎しみとか、も
う警察で供述してしまったとか、そういうこともあって、ずっとそのまま証言して
しまったというのが真実なんですね。」との問に対し、Dはその誘導を越えて、
「そうです。それで堪り兼ねて、私出所して先生方にお願いしたわけです。」、
「そういう事実は嘘ですというようなことをはっきり伝えて下さいというようなこ
とを、先生方にお願いしたはずです。」と答えているところであり(原審一回尋問
三四五項、三四六項)、これによれば自ら進んで偽証告白を申し出たことを十分窺
うことができ、新供述全体を見る限り、偽証告白が反省・悔悟によるものであるとみ
て差し支えはない。
 (二) 旧供述
他方、D旧供述については、A旧供述とは異なり、基本的には、新証拠にある前記
客観的資料との不一致はみられないものの(この点は、D新供述も同様)、請求人
が本件覚せい罪事犯の首謀者として関与していたとするのに、最大の根拠付けとな
ったと見られる前記三、2、(ハ)の拳銃で脅迫された事実に相応する供述部分に、
次の看過できない疑問が認められる。すなわち、Dの旧供述では、請求人は同人方
一階応接間の金庫の裏側、棚の方から拳銃を取り出したとあるところ、同室内の実
況見分がなされていないのみならず、上告審で弁護人から提出された請求人方一階
の応接間と思われる写真(弁一〇六・確定記録二八一七丁―前記D聴取書と同様に新
規性が認められる。)によれば、金庫の裏に棚はなく、拳銃を置けるようなスペー
スもないことからして、現場室内と供述が重要な点で一致していない疑いがある。
 3 Aからの前記D宛書簡一三通
原決定は、右一三通の書簡の内容は、まさにAのDに対する偽証の働きかけにほか
ならないと説示するが、その内容をみるかぎり、直ちにそのような趣旨であるとは
解されないものの、所論が主張するように、AがDに対し、請求人の公判で勇気を
もって真実を述べるように依頼した趣旨であるとするにしては、その趣旨を超えて
余りに具体的な事実が書かれているだけでなく、文中の表現にはしばしば「……し
たはずです。」といった、単に事実をありのまま証言するようにとの趣旨にはそぐ
わない記載がみられるところであり、A新供述には「警察から『Dがこう言ってい
るぞ。』というので、私がそれに合わせて、同じように言った。そしてまた裁判で
今後こういう話が覆ると困るということでD宛に手紙を書いた。」とある上、D新
供述にも、右書簡の趣旨を、Aから従前の供述を維持するようにと示唆するものと
理解した旨の供述があることに照らすと、右書簡は全体として、よりA、Dの各新
供述にある趣旨に沿うもの、すなわち偽証を示唆するものと窺うことができるので
あり、AとDの旧供述中に一致する部分が多いとしても、直ちにその証明力が高い
ということはできない。
(なお、A、Dの各新供述によれば、概要、捜査段階において、Dがまず虚偽の事
実を述べ、Aはこれに追従する形で、同旨の供述をなしたことになるところ、弁護
人側提出の多数に及ぶ同人らの捜査官に対する供述調書を見る限り、その供述経過
は、これに沿うものとなっている。)
 4 小括
 【要旨第二】AとDの各新供述は、その各旧供述がそうであったように、相互に
補強しあう関係にあるというべきであり、両者の新供述は相互に補完し、信用性は
高く、これらは客観的証拠とも照応し、またAの前記D宛書簡一三通もAがDに偽
証を示唆したことを窺わせるものとして、右各新供述の信用性をより補強するもの
といえるのに対し、とりわけ、Aの旧供述は、新証拠として提出された渡航記録や
国際架電記録といった客観的証拠との不一致、矛盾が認められ、内容自体も不自然・
不合理な箇所が散見されることから信用性に乏しく、これに相応するDの旧供述自
体にも右のとおり看過できない疑問もあって、信用性が全般的に低いことになる。
弁護人は、原審及び当審において、A、Dの旧供述と右の客観的証拠との不一致に
つき詳細な主張をしているが、これに対し検察官は有効な反論をしていない。
五 他の証拠、請求人の弁解
1 状況証拠等
そのほか、請求人が本件覚せい罪事犯への関与を窺わせるものとして、前記三、
2の(ホ)及び3の(へ)ないし(チ)で掲げた間接証拠・状況証拠があるので、こ
れを検討するに、以下のとおり、右関与を肯認しうるような証拠と評価することは
できない。
 (一) D傷害事件
 前記三、2の(ホ)のD傷害事件は、Dが新・旧供述を通して一貫して述べるところ
であり、その際の請求人のDに対する言動も、「なぜ、持って帰らんやったか、ど
こに置いたか。正直に言え。」等と言って、同人が韓国から持ち帰ることになって
いた覚せい罪の所在を追及し、日本刀で腕を突き刺すなどの暴行を加えて、傷害ま
で負わせたというもので、請求人も基本的には右事実を認めるところであるから、
かかる請求人の言動があったことは明らかであり、この事実は請求人が従前からの
覚せい罪密輸入、とりわけD事件に何らかの形で係わっていたことを窺わせるもの
とみることも可能である。
 しかしながら、請求人は、かかる言動に及んだ動機について、昭和五六年六月一
九日に、Aから電話があり、その内容は、義弟のCが逮捕され、自分も逮捕される
かも知れない、ついては、Dに覚せい罪代金を渡して渡韓させたのに、同人が覚せ
い罪を持ち帰らなかった件について、Dから金を取り戻して家族に渡して欲しいと
いうものであり、そこで同月二五日深夜、自宅で、Dに覚せい罪の隠匿場所を追及
したところ、Dの対応に憤慨して暴力を振るうことになった、と弁解するところで
あり、右弁解は一応納得することができるので、D傷害事件をもって直ちに請求人
がD事件に係わっていた証跡とみることは相当でない。
 ところで、Dの旧供述によれば、Dは、これより前の同年六月一六日、自宅に訪
ねてきたAに言われて、覚せい罪を預けた旅館Q荘のVに電話(五一―二三―四六
六二)し、Aも電話を代わって、韓国に行くとか話していた、翌一七日も訪ねて来
たAに言われて、Q荘に電話(五一―二三―四六六一と同四六六二)したところ、
ボーイ主任から、Vがその荷物を持って逃げたと言われたとしており、右架電状況
は国際架電記録(前掲弁一六六・本件再審記録二二一二丁、二二一七丁)によって裏
付けられているところ、仮に請求人が首謀者であれば、同人はこの間の事情をその
後Aから聞かないはずはないから、D傷害事件においてDに対しかかる情報を基に
した追及をなしていないのはあまりにも不自然ということになる。これは、かえっ
て、請求人はAから右の報告を受けていなかった、したがって首謀者や共犯者では
なく、その弁解どおりの経緯であったことの証左とさえいえる。そのことは、請求
人がDを追及する場に、配下の者でもない、Aの弟を終始同席させていることから
も了解しうる。
 (二) Bの確定一審証言(前記三、3の(へ))
 Bは、確定一審裁判所による期日外尋問(昭和五七年六月一〇日)において、
「覚せい罪を韓国から持込むように脅しているのは『aのもん。I』と、Aから聞
いた。」旨の証言をしているが、そもそもこれはAから聞いた伝聞であるだけでな
く、同証言によれば、これに先立つ同女に対する昭和五六年八月一九日の検事調べ
においては、「Iという人は知りませんか。」と問われ、写真も見せられて、Aを
脅しているのは「I」と聞いていると答えたともしているのに、Bの同日付け検察
官調書写し(弁一―確定記録九四一丁)では、「『aのもんから。』とは聞いた
が、『名前は言われない。』とそれ以上詳しくは聞かなかった。」「Aから『I』
という名前を聞いたことはない。」等となっているのであって、仮に同人がB事件
の真相解明の手掛りとなるような右重要な供述をなしていたとすれば、検察官がこ
れを取り違えて、せっかくの手掛りを敢えて失うような供述録取をするはずはない
から、同人の右証言自体、信用性に欠けるものと言わざるをえない。
 (三) 請求人方倉庫から発見された人参茶箱等(前記三、3の(ト)
請求人所有のbの倉庫から、散乱した状態で、人参茶箱等が発見されたことは前述
のとおりであるが、その人参茶箱自体、市販のものであり、それから覚せい罪が微
量でも検出されたわけでもないから、これをもって、請求人の本件覚せい罪事犯へ
の関与を推知させる証拠とすることはできない。
 (四) 請求人が妻に指示してなしたDの帰国搭乗便の問い合わせ(前記三、3
の(チ))
請求人の妻であるMの供述(前掲確定一審・検一一二の検察官調書)によれば、前述
のとおり、同人は、昭和五六年六月一〇日か一一日の朝に、請求人からDが何時の
飛行機で韓国から戻ってくるか航空会社に電話で問い合わせるよう言われたとする
もので、これは、請求人自身が、かねてから、Dが渡韓していることを知ってお
り、その帰国に重大な関心を抱いていたことを示すものではないかと疑われる事情
はあるが、右検察官調書では、Mが如何なる根拠で、一〇日か一一日の朝と特定し
て供述したか示されておらず、三か月前のことを、記憶を頼りに誘導を受け(捜査
官側においては、既にAの取調べをなして、その供述を前提にMの取調べにあたっ
ていたものと考えられる。)、格別それがどのような意味を有するかも分からず、
適当な受け答えをなした可能性もあり、請求人が一一日AからDの帰国を聞いたと
する(同日夜、Aが同人方から在韓のDと電話連絡をとっていたことは、国際架電
記録の裏付けがある。)以前から、Dの渡韓を承知していた証拠とすることはでき
ない。
 2 請求人の弁解の合理性
 請求人の弁解の合理性については、検察官からるる批判がなされているところで
あり、A・Dの各新・旧供述の信用性を判断する一資料ともなるので、併せて検討す
るに、請求人が確定一、二審及び原審において供述するところは、一貫している
上、Aが単独、又はDらをい、覚せい罪を韓国から密輸入し、売りさばいていた様
子や、Aから頼まれて、知り合いの組員を紹介するなどの便宜を図り、あるいはA
の覚せい罪取引に絡むもめ事に関与した経緯、状況を具体的かつ詳細に供述してお
り、その供述自体に不自然・不合理と見られるべき箇所はみられない。服役しなが
ら、約一八年もの長期間にわたり、一貫した弁解を、揺るぎなく保持していること
自体、請求人の供述の信用性を積極評価する一つの資料とすることができるものと
考える。加えて、捜査段階において、何ら具体的に追及されてもいない、B事件の
共犯者がAであることを警察に密告したということは、同事件に係わっていないと
する請求人の供述の信用性を裏付けるものとするのが素直な見方である。同事件で
の覚せい罪の量は、二九四三・七グラムで、C事件の九七八・二グラムをはるかに超
えるものであり、もしB事件に自己が係わっていたとしたら、そのまま隠しこそす
れ、再捜査が開始されて、数段重く処罰されることになりかねない密告をするよう
なことはとうてい考えられないところである。また、請求人は捜査段階から一貫し
て、自宅から韓国へ国際電話を掛けたことは一度もなく、唯一、昭和五六年六月一
三日朝に一回bの倉庫(e―f―g)から韓国のN(hi―j)宛に国際電話をか
けたことがあるだけであると再三強調していたが(確定一審・検七二―五六・七・二七
付け、同四六―同月・三一付け、同七七―同年・八・六付け、同七八―同月・七付けの
各警察官調書)、当審になって検察官から提出された資料中の国際架電記録には、
右六月一三日の午前七時二一分に右架電の事実を示す国際通話交換証の写しがみら
れ、これにより証明されるところとなっている。以下、所論にかんがみ検討する。
 (一) 所論は、請求人の捜査段階の供述では、C事件の直前になる昭和五六年六
月一四日の渡韓費用について、「金融業の資金」「義父から一〇〇万円借りた。」
「農協から預金を下ろすつもりであったが、家に現金を置いておくと盗難のおそれ
があったので、一四日(日曜)の前々日の一二日に義父から借りた。」と変遷して
いる上、請求人は金融業を経営するものの、ローンの支払いもあり「生活は苦しい
方だった」のに、商売の金をうなり借金してまで、大金をって、韓国へ女遊びに行
くというのは、不自然であると主張する。
しかしながら、請求人が当初は、義父に対する取調べがなされ迷惑となることを避
けようとして当たり触りのない供述をしていたものと考えて不自然ではなく、また
自己の資金よりも義父から借金した方が都合が良いという打算がはたらいたとして
も理解できるところである。さらに、請求人が、この程度の遊興をしたからといっ
て、格別不自然な行為とまではいえない。
 (二) 所論は、捜査段階及び確定一審公判での請求人の供述は、Cが逮捕された
昭和五六年六月一九日の夜の請求人とAとの電話連絡の状況や内容が転々としてい
る、というのであるが、所論指摘の電話連絡状況の変遷も重要な部分に係わるもの
ではなく、通話内容の変遷についても、捜査段階の当初、Dからの取立てを頼まれ
た金員が密輸に係わるものと聞いてなかったと供述をしていたのは、そのような話
しを聞いていたとすると、自分が覚せい罪に係わっているものと疑われるのではな
いかとの懸念から、触れなかったものと考えることができるのであり、不自然な変
遷であるとすることはできない。
 (三) 所論は、請求人の供述にもあるように、Aが請求人に、Dからの覚せい罪
に絡む金銭の取戻しを頼んだり、まして覚せい罪を売りさばくことを依頼してきた
というのは、請求人が覚せい罪取引に絡んでいたことを意味する以外のなにもので
もない、なぜなら、取引に無関係な者にこのようなことを依頼するのは余りにも不
自然だからである、と主張する。
 しかしながら、所論も指摘するとおり、Aが、自分が逮捕された後の家族のため
に金を回収する手段として、暴力団で押し出しの効く請求人に頼む気になったと考
えるのは自然である。Aにおいては、過去に金銭面で、請求人から損害を受けたこ
とがあったとしても、他にこのような仕事を頼める者がいないとなれば、やはり頼
むしかないはずである。
 さらに所論は、仮に右のとおりとすれば、請求人がなぜDのことだけを警察に話
し、同様にAから聞いたとする、覚せい罪代金の未払いがあるWのことや、余所に
隠してあるという覚せい罪のことを、確定一審公判になるまで話さなかったのか理
解できないと主張する。
 とはいっても、暴力団組長でもあった請求人にとって、Aから聞いた不確かな話
しを、洗いざらい警察に話しても、それが事実であることが証明されないとかえっ
て、虚偽の事実を語るものとして、嫌疑を深めかねない一方、多数の関係者に迷惑
を及ぼしかねないことから、Aから聞知した内容全てを警察に明かすのを避けたも
のと考えて不自然ではない。
 (四) 所論は、請求人のDに対する前記暴行の態様や言動は、Aから「Dに覚せ
い罪を取られたので、金を取ってくれ」と頼まれたにしては、過激過ぎると主張す
るが、請求人は暴力団組長であり、かねてAから、Dが覚せい罪取引に係わってい
ると聞いており、同人を多少痛めつけても、警察に訴え出るようなことはしないも
のと考え、かような暴行に出たとして何ら不自然ではない。
 (五) 確定一審(第七回公判)における、請求人のDに対する反対尋問の中の発
言には、請求人が覚せい罪取引に係わっていないなら関心を持つはずもない「あな
たがAから猫ばばした覚せい罪をどこに隠していますか。正直に法廷で言うて下さ
い。」との質問(一九九項)をしていると主張するが、これは、請求人がDの供述
の虚偽性を明らかにしようと、隠匿場所を明らかにさせ、それを手がかりにさらに
追及しようとの発問と見られないでもなく、所論はその趣旨を誤解するものであ
る。
 所論は、また請求人が、同年六月一二日に単独で福岡空港で、Dを待ち伏せたの
は、首謀者だからではないかとも主張するが、請求人の弁解どおり、Aに頼まれた
こととして格別不合理ではなく、所論のとおりであれば、容易にDを取り逃がすと
は考えられず、またその夜なり、翌日にD方に出向かないはずもないのに、かかる
行動に出ていないことからいって、請求人が首謀者であるとの一資料とすることは
できない。
 六 総合評価、結論
【要旨第二】 以上によれば、本件確定判決において、本件覚せい罪事犯の首謀
者が請求人であると認定するに根幹となったA、Dの各旧供述は、共犯者としての
関与すら否定する新証拠たるA・Dの各新供述をはじめ、新証拠として提出された他
の客観的証拠や従前の証拠を総合し、内容自体の合理性をも検討すると、その信用
性は著しく減殺されるところであり、他に請求人が右犯行に共犯者として関与して
いたことを認めうる証拠はない上、かえって本件犯行への関与を全面的に否定する
請求人の弁解の合理性が肯定される。したがって、右新証拠等が確定審の公判審理
に提出されていたならば、本件覚せい罪事犯につき有罪の認定に到達しなかったで
あろうと判断されるから、右新証拠等は、確定判決の有罪認定につき合理的な疑い
を抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠であるといわなければならな
い。
 してみると、確定判決の本件覚せい罪事犯に関する部分については、刑訴法四三
五条六号所定の「無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見した」場合にあた
るから、これと併合罪として処理された争いのないD傷害事件を含め、本件再審を
開始するとした原決定は正当である。
 よって、検察官の抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、刑訴法四二六
条一項後段により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 清田 賢 裁判官 坂主 勉 裁判官 林田宗一)

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