弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
         理    由
  上告代理人高田良爾の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 上告人(拘束者)と被上告人(請求者)とは、昭和五六年一二月二五日に婚
姻し、同人らの間には、同五九年一二月二六日被拘束者Dが、同六二年二月二六日
被拘束者Eがそれぞれ出生した。被上告人は、昭和六二年三月七日にくも膜下出血
で倒れ、病院を退院後、翌六三年三月中ごろ自宅に戻ったが、右疾病により身体障
害者障害程度等級表上二級に相当する右上下肢不全麻ひ及び失語症の障害が残った。
被上告人は、上告人が家事等について協力してくれないことに不満を持ち、次第に
上告人との仲が円満を欠くようになり、平成五年三月三一日、被拘束者らを連れて、
枚方市の両親宅(被上告人肩書地)に帰った。
 ところが、上告人は、平成五年一一月二七日、被拘束者らが通学する小学校付近
で、登校してきた同人らを車に同乗させ、大阪市a区の上告人宅(上告人肩書地)
に連れて行き、以後、同人らと生活している。
 2 上告人は、歯科技工士を職業とし、自宅内で仕事をすることが可能であると
ころ、上告人宅の近くに理髪店を営む義父と実母夫婦が居住しているが、被拘束者
らの日常生活の面倒を実母にみてもらっている。被拘束者らは、上告人宅に移った
後、近くの小学校に通うようになったが、普通の生活を送っている。
 3 被上告人は、いずれも小学校の教諭を定年退職した両親宅に居住し、身体障
害者として年金を受給しており、また、両親の援助協力を受けることが将来とも可
能であるほか、付近に居住する被上告人の実弟夫婦の協力も得られる。右両親宅は、
その居住空間も広く、被上告人の入院期間中に被拘束者らが引き取られていたとこ
ろでもあり、同人らにとってなじみのあるところである。同人らは気管支ぜん息に
かかっているが、右被上告人の両親宅に移ってからはその発作が軽減し、病状が改
善された。
 4 上告人、被上告人とも、被拘束者らに対する愛情に欠けるところはない。
 二 原審は、右事実関係の下において、(一) 被拘束者らは被上告人の両親宅に
移ってから地元の小学校に通学し、教育上十分に配慮の行き届いた安定した生活を
送っていたところ、上告人宅に移るとこれらがすべて失われること、(二) 被拘束
者らの気管支ぜん息が被上告人の両親宅への転地により改善されたが、上告人宅の
ある地域は、環境的には被拘束者らの気管支ぜん息を悪化させるおそれがあること、
(三) 被拘束者らは幼女であって母親である被上告人の監護を欠くことは適当でな
いことを考慮すると、被拘束者らが上告人の監護の下に置かれるよりも被上告人の
監護の下に置かれる方がその幸福に適すること、すなわち、被拘束者が上告人の監
護の下に置かれる方が被上告人の監護の下に置かれるよりもその幸福に反すること
が明白であるとし、上告人による被拘束者らの監護・拘束は、人身保護規則四条に
いう権限なしにされた違法なものに当たるとの判断に立って、被上告人の本件人身
保護請求を認容した。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し、人身保護法に基づき、共同親権
に服する幼児の引渡しを請求した場合において、拘束者による幼児に対する監護・
拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則四条)ということが
できるためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者の監護の下
に置かれることが子の幸福に適することが明白であること、いいかえれば、拘束者
が幼児を監護することが、請求者による監護に比して子の幸福に反することが明白
であることを要すると解される(最高裁平成五年(オ)第六〇九号同年一〇月一九
日第三小法廷判決・民集四七巻八号五〇九九頁)。そして、請求者であると拘束者
であるとを問わず、夫婦のいずれか一方による幼児に対する監護は、親権に基づく
ものとして、特段の事情のない限り適法であることを考えると、右の要件を満たす
場合としては、拘束者に対し、家事審判規則五二条の二又は五三条に基づく幼児引
渡しを命ずる仮処分又は審判が出され、その親権行使が実質上制限されているのに
拘束者が右仮処分等に従わない場合がこれに当たると考えられるが、更には、また、
幼児にとって、請求者の監護の下では安定した生活を送ることができるのに、拘束
者の監護の下においては著しくその健康が損なわれたり、満足な義務教育を受ける
ことができないなど、拘束者の幼児に対する処遇が親権行使という観点からみても
これを容認することができないような例外的な場合がこれに当たるというべきであ
る。
 これを本件についてみるのに、前記の事実関係によると、原判決が判示する前記
二(二)の事情は、被拘束者らが上告人の下で監護されると、環境的にみてその気管
支ぜん息を悪化させるおそれがあるというにとどまり、具体的にその健康が害され
るというものではなく、また、その余の事情も被拘束者らの幸福にとって相対的な
影響を持つものにすぎないところ、上告人、被上告人とも、被拘束者らに対する愛
情に欠けるところはなく、被拘束者らは上告人の監護の下にあっても、学童として
支障のない生活を送っているというのであるから、被拘束者らの上告人による監護
が、被上告人によるそれに比してその幸福に反することが明白であるということは
できない。結局、原審は、被拘束者らにとっては上告人の下で監護されるより被上
告人の下で監護される方が幸福であることが明白であるとはしているものの、その
内容は単に相対的な優劣を論定しているにとどまるのであって、その結果、原審の
判断には、人身保護法二条、人身保護規則四条の解釈適用を誤った違法があり、右
違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
 四 以上によれば、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、前記確定事実を
前提とする限り、被上告人の本件請求はこれを失当とすべきところ、本件について
は、幼児である被拘束者らの法廷への出頭を確保する必要があり、この点をも考慮
すると、前記説示するところに従い、原審において改めて審理判断させるのを相当
と認め、これを原審に差し戻すこととする。
 よって、人身保護規則四六条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意
見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    大   野   正   男
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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