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○ 主文
一 原告らの被告らに対する訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告らの請求の趣旨
1 被告運輸大臣に対する請求
(一) 主位的請求
被告運輸大臣は、東京国際空港新A滑走路を、一切の航空機の北側方向からの着陸
又は北側方向への離陸に供用してはならない。
(二) 第一次予備的請求
被告運輸大臣は、一切の航空機に対して、東京国際空港新A滑走路の北側に向かっ
て離陸し又は同滑走路の北側から着陸することを指示してはならない。
(三) 第二次予備的請求
被告運輸大臣が、昭和六三年七月二日以降、東京国際空港新A滑走路の北側に向か
って離陸した航空機に対してした離陸の指示及び同滑走路の北側から着陸した航空
機に対してした着陸の指示が、いずれも無効であることを確認する。
2 被告東京空港事務所長(以下「被告空港事務所長」という。)に対する請求
(一) 主位的請求
被告空港事務所長は、一切の航空機に対して、東京国際空港新A滑走路の北側に向
かって離陸し又は同滑走路の北側から着陸することを指示してはならない。
(二) 予備的請求
被告空港事務所長が、昭和六三年七月二日以降、東京国際空港新A滑走路の北側に
向かって離陸した航空機に対してした離陸の指示及び同滑走路の北側から着陸した
航空機に対してした着陸の指示が、いずれも無効であることを確認する。
3 訴訟費用に関する申立
訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告らの本案前の答弁
主文と同旨
三 被告運輸大臣に対する主位的請求に対する被告運輸大臣の答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 被告運輸大臣は、空港整備法二条所定の第一種空港として、東京都大田区<地
名略>、同<地名略>及びその東側埋立地において、東京国際空港(以下「本件空
港」という。)を設置し、これを管理運用しており、また、航空法(以下「法」と
いう。)及びその関連法令に基づき、本件空港に関するいわゆる航空行政権をも主
管している。
また、被告空港事務所長は、本件空港について、運輸大臣が法九六条によって行う
航空交通の指示に関する業務、すなわち航空法施行規則(以下「規則」という。
)一九八条の五第二号にいう管制業務のうち規則一九九条一項二号の飛行場管制業
務、同項三号の進入管制業務及び同項四号の夕ーミナル・レーダー管制業務に係る
権限を行使している。なお、右の飛行場管制業務及びターミナル・レーダー管制業
務に関する権限は、いずれも法九六条に基づく運輸大臣の権限が地方航空局長を経
て更に被告空港事務所長に委任されているものであり、右の進入管制業務に関する
権限は、法九六条に基づく運輸大臣の権限が航空交通管制部長を経て更に被告空港
事務所長に委任されているものである。
2 本件空港には、A、B、C及び新Aの四本の滑走路が設置されているが、現在
は、このうちA滑走路は駐機場として使用され、B、C及び新Aの三本の滑走路だ
けが滑走路として使用されている。
この新A滑走路は、当時既に本件空港の航空機の離着陸回数がその処理能力の限界
に来ていたことから、昭和五八年二月に決定された東京国際空港整備基本計画に基
づき、滑走路の年間離着陸処理能力の飛躍的な強化を図るための計画の一部として
新設され、同六三年七月二日にその供用が開始されたものである。
3 別紙当事者目録記載の原告株式会社鈴木製作所、同大和合金鉄株式会社、同株
式会社ちくま精機製作所、同株式会社ゆたか技研工業、同株式会社トムコ、同株式
会社平塚鉄工所、同有限会社本多電機製作所、同株式会社藤原製作所及び同日本ヒ
ーター株式会社(以下、これらの各社を「原告九社」と総称する。)は、いずれも
東京都大田区<地名略>内に土地及び工場を所有し、その工場において操業してい
る。原告九社の右各工場は、いずれも右新A滑走路の北端から僅か約八〇〇メート
ルの距離を隔てたその延長線上に隣接しており、航空機が新A滑走路に北側方向か
ら着陸する場合、全幅六〇メートルにも及ぶ大型ジェット機が、右工場群の真上約
五〇メートルを通過するという位置関係にある。
また、別紙当事者目録記載の原告(選定当事者)A、同B、同C、同D、同E、同
F、同G、同H及び同Iの九名を含む同目録別紙の各常勤役員・従業員目録記載の
各選定者一九五名は、いずれも同目録記載のとおり、原告九社の常勤役員あるいは
従業員として、各工場で就労している者である。
4 右新A滑走路には、一日一〇〇便以上の航空機が約三分間隔で着陸しており、
その殆どは航空会社の運航する大型ジェット機である。これらの航空機が北側方向
から右滑走路に着陸する場合には、原告九社の工場の真上約五〇メートルという超
低空を通過することとなり、これによって、原告らの人格権及び財産権に対し、次
のような受忍限度をはるかに超える被害が生じている。
(一) 上空約五〇メートルを全幅六〇メートルにも及ぶ大型ジェット機が約三分
間隔で通過することに伴う、人間の生理的な受忍限度を超える騒音による被害
(二) 航空機の墜落あるいは落下物による危険による被害
(三) 頻繁に直上を通過する航空機の発する低周波域の空気振動による被害
(四) 至近距離を航行する航空機のまき散らす排気ガス、粉じん及び燃焼しない
まま排出された燃料による大気汚染と悪臭による被害
(五) 航空機及び空港内に設置されている各種の電波航法機器から発信される電
波並びに航空機のエンジンその他の回転機等から発生する雑音電波による被害
(六) テレビ、ラジオの受信障害、会話、電話の通話妨害による被害
(七) その他、作業能率の低下、希望退職者の発生、従業員の新規採用の困難性
等、原告九社の企業活動の存立自体に重要な影響を及ぼす被害
5 原告らに対する右のような被害は、本件空港の設置管理者たる被告運輸大臣
が、本件空港の新A滑走路を、各航空機の北側方向からの着陸又は北側方向への離
陸のための用に供し、かつ、航空管制権の行使として、各航空機を右滑走路の北側
方向に離陸させ、また、右滑走路に同方向から着陸させていることによって発生さ
せているものである。
6 大阪国際空港夜間飛行禁止等請求事件に関する昭和五六年一二月一六日の最高
裁大法廷判決によれば、基幹となる公共用飛行場の航空機の離発着のためにする供
用は、運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の総合的判断に
基づいた不可分一体的な行使の結果とみるべきものとされているから、本件空港の
航空機の離発着のためにする供用も、被告運輸大臣の有する空港管理権と航空行政
権という二種の権限の右のような不可分一体的な行使の結果とみるべきこととな
る。
しかも、右最高裁大法廷判決は、大阪国際空港の供用に伴う騒音等の被害を受けて
いる住民が国を被告として提起した民事上の請求としての夜間飛行差止請求の訴え
を不適法として却下するに当たり、「右空港の離着陸のためにする供用を右のとお
り運輸大臣の空港管理権と航空行政権の不可分一体的な行使の結果であるとみるべ
きことからすれば、右住民の請求は、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ない
しその発動を求める請求を包含することとなるものといわなければならず、したが
って、右住民が行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかは
ともかくとして、国に対し、通常の民事上の請求として右のような私法上の給付請
求権を有するとの主張の成立すべきいわれはない。」として、運輸大臣の行う国営
空港の供用行為が公権力の行使に該当するものとし、右のような包括的な公権力行
使としての空港の供用行為の停止を求める訴えは、むしろこれを行政訴訟として提
起すべきことを示唆している。
よって、原告らは、被告運輸大臣に対し、主位的に、右のような包括的な公権力行
使行為の性質を有する本件空港の供用を、その新A滑走路の北側からの離発着への
供用という部分に限って停止することを求める訴えを、第一次的には、行政事件訴
訟法に法定された類型以外のいわゆる無名抗告訴訟として、第二次的には、公法上
の当事者訴訟として、それぞれ提起するものである。
7 また、被告運輸大臣は、法九六条に基づき、航空交通行政上の規制権の行使た
る航空管制上の「指示」処分として、本件空港の新A滑走路の北側に向かって離陸
し又は同滑走路の北側から着陸するよう、反復して航空機に対する指示を行ってき
ており、将来もこれを行う意思を有していることが明らかである。
右のような被告運輸大臣による瞬間的処分たる指示処分が反復継続されているのに
対して、その個々の処分をとらえて取消訴訟によってこれを争うことが認められな
いものとすれば、適切な法定の抗告訴訟の途が存在しない以上、補充的に認められ
る法定外の抗告訴訟として、このような指示処分の差止めを求める訴えが許容され
なければならない。本件の場合は、前記のとおり、このような瞬間的処分が将来に
わたって反復継続されることが確定的に予想される場合であるから、無名抗告訴訟
の要件として一般的にいわれる行政庁の第一次的判断権の点については、その判断
権がすでに行使されたに等しい状況にあるものといわざるを得ず、この要件との関
係では、右の訴えはその適法要件に欠けるところはないものといわなければならな
い。
更に、仮に、右のような被告運輸大臣の指示の差止訴訟も許容されないものとすれ
ば、原告らは、航空機の離着陸によって自己の所有権やその人格権を日々侵害され
ているにもかかわらず、その権利侵害を防止するための現在の法律関係に関する訴
え提起の可能性をすべて閉ざされることとなるから、そのような場合には、行政事
件訴訟法三六条の無効等確認の訴えが許容されるべきである。
よって、原告らは、被告運輸大臣に対して、第一次予備的に、いわゆる無名抗告訴
訟として右のような指示処分の差止めを求める訴えを、第二次予備的に、右の指示
処分の無効確認を求める訴えを、それぞれ提起するものである。
8 更にまた、右被告運輸大臣による法九六条に基づく指示に関する権限が被告空
港事務所長に委任されていることにかんがみ、被告空港事務所長に対しても、同様
に、主位的に、右の指示処分の差止めを求める訴えを、予備的に、その無効確認を
求める訴えを、それぞれ提起するものである。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実のうち、被告運輸大臣が本件空港を管理していること、被告
空港事務所長が本件空港について飛行場管制業務、進入管制業務及びターミナル・
レーダー管制業務に係る権限を委任されてこれを行使していることは認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実のうち、原告九社の土地が新A滑走路の北端の延長線上に位置する
こと及び航空機が新A滑走路に北側方向から着陸する場合に原告九社の土地の上空
を通過することは認める。その余の事実は知らない。
4 同4の事実のうち、新A滑走路に一日に合計一〇〇便以上の航空機が着陸する
ことがあること(ただし、北側からの新A滑走路への着陸機だけで一日合計一〇〇
便以上に達することは、極めてまれである。)は認める。その余の主張は争う。
5 同5の事実のうち、被告運輸大臣が本件空港の設置管理者として新A滑走路を
航空機の離着陸の用に供していることは認める。その余の主張は争う。
6 同6の事実のうち、原告ら引用の最高裁大法廷判決が大阪国際空港の供用に関
して民事上の請求としての夜間飛行差止請求に係る訴えを不適法として却下したこ
とは認める。その余の主張は争う。
7 同7及び8の各主張は争う。
三 本件各訴えの適否に関する被告らの主張
1 被告運輸大臣に対する主位的請求に係る訴えについて
(1) 行政事件訴訟法上の抗告訴訟の対象となる公権力の行使に該当する行為と
は、「公権力の主体たる国又は公共団体の行う行為のうち、その行為によって、直
接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているも
の」をいうものと解すべきである。ところが、法の各規定にいう飛行場の「供用」
とは、飛行場の設置管理者がその空港管理権に基づいて行う行為を意味するもので
あるが、現行法上、本件空港の供用開始行為あるいは供用行為そのものによって国
民の権利義務が形成され又はその範囲が確定されることを認めるに足りる規定は存
在しないから、被告運輸大臣のする本件空港の供用行為は、公権力行使性を有する
ものとはいえないものというべきである。
原告らの引用する最高裁大法廷判決は、空港管理権に基づく管理と航空行政権に基
づく規制とがあくまで別個の法的性質を有する行為であることを前提とした上で、
これら両者が不可分一体的に行使されていると判示しているに過ぎず、航空行政権
に基づく規制が公権力行使性を有するからといって、これと不可分一体的に行使実
現される空港管理権に基づく管理も公権力行使性を有するとまでしているものでは
ない。
(二) また、仮に原告らのいう包括的な公権力行使としての空港の供用行為なる
ものが、飛行場の「供用」という管理権に基づく行為のみならず、航空運送事業に
対する免許、監督など公権力の行使と解される行為を含む複合的行為を指すものと
しても、このような複合的行為を全体として一個の公権力の行使とみて抗告訴訟の
対象とすることができるものと解すべき法律上の根拠はない。
実質的にみても、抗告訴訟においては、行政庁が公権力を行使するにつき遵守すべ
き法律の要件(処分要件)に適合して公権力の行使がなされたか否かが審理の対象
となるのであるが、原告らのいう複合的空港供用行為なるものを全体として一個の
公権力の行使とみた場合には、その根拠法規、根拠規定の具体的内容が明らかでな
く、その処分要件がいかなるものかも不明なこととなるから、処分要件に適合して
公権力の行使がなされたか否かの審理判断がおよそ不可能になるものといわざるを
得ない。また、このような複合的空港供用行為を全体として一個の公権力の行使と
みることができるとした場合には、これに対する取消訴訟も許されるということに
ならざるを得ないが、その場合の出訴期間をいつから起算すべきかということも不
明という他ないこととなろう。これらの点からしても、原告らのいう複合的空港供
用行為なるものを全体として一個の公権力の行使とみてこれを抗告訴訟の対象とす
るという解釈は、採り得ないものであることが明らかである。
(三) 次に、無名抗告訴訟として行政庁に対して作為、不作為を求める訴訟が許
容されるためには、行政庁がそのような作為をなすべきこと等を法律上き束されて
おり、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていない場合であることがその要件と
して必要なものと解されている。ところが、航空法やその関連法規にも、飛行場に
おける航空機の離発着により飛行場周辺の住民に対し一定以上の騒音等の被害が生
じたときに、空港管理者が当該飛行場の供用そのものを停止すべきことを法律上き
束されていることを認めるに足りる規定は見当たらない。航空機騒音による被害排
除のための具体的措置としては、空港の供用の部分的停止の他にも、航空機の発着
便数、発着機種等に関する発生源対策、遮音施設、防音工事、移転補償等の周辺対
策等、さまざまな対策が考えられるのであって、このような全般的対策、総合的対
策を具体的にどのような内容のものとするかは、まさに行政府の合目的的裁量判断
に委ねられるべき事項である。右の訴えは、このような多様な措置のうち、空港供
用の停止という方策のみを選択して、被告運輸大臣にこれを強制しようとするもの
であり、この点からしても、行政庁の第一次的判断権を不当に侵し、三権分立の原
則に反する違法なものというべきである。
(四) 更に、原告らは、右の訴えを、第二次的には公法上の当事者訴訟として提
起するものであると主張している。しかし、それが行政事件訴訟法四条前段のいわ
ゆる形式的当事者訴訟をいうものであれば、そのような訴訟を許容する法令の規定
は存在しないから、右の訴えが不適法なものであることは明らかなものといわなけ
ればならない。また、それが同法四条後段のいわゆる実質的当事者訴訟をいうもの
であれば、行政機関たる運輸大臣は権利義務の帰属主体とはなり得ないものである
から、運輸大臣を被告とする右の訴えは、その点で不適法なものといわざるを得な
いこととなる。
2 被告運輸大臣に対する第一次予備的請求及び被告空港事務所長に対する主位的
請求に係る各訴えについて
原告らの右の各訴えも、いわゆる無名抗告訴訟としての差止請求訴訟に属するもの
であり、このような訴えが許容されるための要件として、まず、行政庁が当該行政
処分をなすべからざること等を法律上き束されていて、行政庁に自由裁量の余地が
残されていないため、第一次的判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でな
いと認められることが必要なことは、前記のとおりである。ところが、法九六条一
項による航空交通の指示は、航空交通の安全を考慮して、離着陸の順序、時期若し
くは方法又は飛行の方法について行うものであるから、事柄の性質上高度に専門技
術的な判断に基づくものであることはいうまでもない。このような性質をもつ航空
交通の指示について、飛行場による航空機の離着陸により飛行場周辺の住民に対し
て一定以上の騒音等の被害が生じた場合に、航空機に対する離着陸の指示を止める
べきことが法律上き束されていることをうかがわせるに足る規定は、航空法あるい
はその関連法規上見当たらない。したがって、右の各訴えは、その適法要件を欠く
不適法なものというべきである。
3 被告運輸大臣に対する第二次予備的請求及び被告空港事務所長に対する予備的
請求に係る各訴えについて
(一) いわゆる後続処分に対する予防的訴訟としての無効等確認訴訟が許容され
るためには、既往の行政処分に続く行政処分によって損害を受けるおそれがある場
合であることが必要であり、したがって、この場合の既往の行政処分は、それに基
づく執行処分、後続処分等の存在が予定されるような処分でなければならない。と
ころが、原告らが本件で主張する飛行場の管制業務として行われる航空機に対する
離着陸の指示は、個々の航空機の離着陸ごとに発せられ、しかもその離着陸の完了
によって目的を達してしまうという自己完結的な性質を有する独立の処分であり、
それに続く後続処分なるものが予定されているような処分ではない。したがって、
このような処分については、後続処分に対する予防的訴訟としての無効等確認の訴
えを提起することは許されないものというべきである。
(二) また、原告らが無効等の確認を求めようとする法九六条一項の航空交通に
関する指示は、そもそも航空機の安全な運航の確保を目的として行われるものであ
って、地上や水上における身体、財産等の保護を目的として行われるものではな
い。すなわち、航空交通に関する指示の根拠法規たる右の規定は、原告らの主張す
るような航空機の離着陸による騒音、振動、大気汚染、通話妨害等の侵害の発生の
回避や防止をその目的とし、あるいはそのような趣旨を立法目的に包含している規
定ではないのである。したがって、原告らは、右の航空交通に係る指示処分の無効
等の確認を求めるについて法律上の利益を有するものとは認められず、右の各訴え
は、この点からしても不適法なものというべきである。
四 本件各訴えの適否に関する原告らの反論
1 前記最高裁大法廷判決は、運輸大臣の国営空港の航空機の離着陸のためにする
供用行為を、「運輸大臣のする空港管理権と航空行政権という二種の権限の総合的
判断に基づいた不可分一体的な行使の結果」ととらえ、右空港周辺住民からの国営
空港の供用の差止めを求める訴えを民事上の請求としては不適法なものとしている
のである。そうすると、右最高裁判決は、運輸大臣のする国営空港の供用行為とい
う複雑な性格を有する行為を、包括的な公権力の行使としての複合的行為たる性質
を有するものととらえ、その適否をまさに不可分一体の形で審理、判断する行政訴
訟の適法性を認めたものと解さざるを得ない。そして、右の判旨を前提とすれば、
右の空港の供用行為の中から、伝統的な考え方によって公権力の行使とみられる個
々の行為を取り出して、これを対象とする行政訴訟を提起すべきであるとすること
は、むしろ右最高裁判決の趣旨に反するものというべきである。本件については、
被告運輸大臣の空港管理権と航空行政権という二種の権限の総合的判断に基づいた
不可分一体的な行使の結果、現状のような供用がなされているのであるから、その
結果としての違法状態を排除するのに、個々の行政法規まで遡って個別の処分要件
への適合の有無を検討する必要はないのである。
2 本件空港の新A滑走路の供用によって発生する原告らに対する所有権、人格権
等の侵害を防止すべきであるという点については、被告らの自由裁量を問題にする
余地はないものというべきである。すなわち、本件におけるような原告九社の所有
する土地及び工場の真上を航空機が超低空飛行することによる所有権及び人格権侵
害の事態については、被告らは、憲法二九条、民法二〇七条によって、そのような
侵害を招来しないようにすべきことをき束されているものというべきなのである。
また、本件空港の整備計画では、被告運輸大臣は、当初の計画では京浜運河方向に
向けられることとなっていた新A滑走路を、その後わざわざ計画を変更して、原告
九社の所有地、所有工場に向けて設置することとしたものである。このような被告
運輸大臣の故意によって発生した権利侵害については、これを排除する救済の必要
性がより強く認められるべきことは当然である。しかも、本件空港においては、原
告らの求めているような新A滑走路の供用の停止を行うことは、現時点でも、その
時々の風向きに応じて使用する離着陸用の滑走路とその方向を変更するという方法
によって、極めて容易に実現できることなのである。
3 当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個
々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、
処分の直接の相手方以外の者である当該個々人にも右処分に対する抗告訴訟の原告
適格が認められるものというべきである。ところで、航空機に対して離着陸の指示
を行う権限は、直接には法九六条一項を根拠として行使されるものではあるが、法
一条の規定がこの法律の目的として「航空機の航行に起因する障害の防止」をも掲
げており、また、法八一条が航空機の飛行高度について「地上または水上の人又は
物件の安全」をも考慮すべきものとしていること、法九一条一項一号が「人又は家
屋の密集している地域の上空」での曲技飛行等を制限していること等からすると、
右法九六条一項の規定は、航空管制業務が離着陸する航空機が航路直下の工場施設
やそこで働く人々に及ぼす障害の発生をも回避するような方法で行われるべきこと
を要求しているものと解することができる。したがって、右のような障害を受けな
いという原告らの利益は、原告ら各自の個別的利益として、法九六条一項の規定に
よって保護されているものというべきである。
○ 理由
一 被告運輸大臣に対する主位的請求に係る訴えの適否について
1 無名抗告訴訟としての右の訴えの適否
(一) 原告らは、被告運輸大臣に対して本件空港の新A滑走路を一切の航空機の
北側方向からの着陸又は北側方向への離陸に供用することの差止めを求める本件主
位的訴えを、第一次的には、本件空港について被告運輸大臣の有する空港管理権と
航空行政権という二種の権限の総合的判断に基づいた不可分一体的な公権力の行使
の結果としての空港供用行為の部分的停止を求める、いわゆる無名抗告訴訟のうち
の義務付け訴訟として提起するものであると主張している。
(二) そもそも、現行の行政事件訴訟法によるいわゆる無名抗告訴訟としての義
務付け訴訟も、それが抗告訴訟に属するものである以上、行政庁の公権力の行使に
関する不服の訴訟としてのみ許容されるものであることはいうまでもない。したが
って、右の訴えが無名抗告訴訟として適法とされるためには、まず右の訴えで原告
らが不服の対象としている事項が、行政庁の公権力の行使に係る行為であること、
すなわち、被告も主張するように「その行為によって直接国民の権利、義務を形成
し、その範囲を確定することが法律上認められているもの」であることを要するも
のというべきである。
ところが、右の訴えについて、原告らは、その不服の対象とする事項の範囲を、
「国営空港たる本件空港について、被告運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権
という二種の権限の総合的判断に基づく不可分一体的、包括的な公権力の行使とし
て行われる、航空機の離着陸のためにする供用行為」と主張するのみであって、そ
れ以上に不服の対象とする事項を具体的に特定しようとしない。
しかしながら、右のような観点から被告運輸大臣の行う本件空港の航空機の離着陸
のための供用に関わりをもつ公権力性を備えた行為としては、空港整備法、航空法
等の関係法規に基づく種々さまざまなものが考えられることは、いうまでもないと
ころである。しかも、右のそれぞれの行為の根拠となる各行政法規の定めがすべて
同一の内容を有するものでない以上、その行為が行政行為として違法なものである
か否かを判断するに当たっても、具体的にどのような行為を取り上げるかによっ
て、その適否の判断基準が当然に異なってこざるを得ないことになる。ところが、
右のような原告の主張内容からする限りは、右の訴えにおいて、原告らが右のよう
な各種の行為のうち原告らに対する関係で公権力性を持つ行為として具体的にどの
ような行為を取り上げてこれを不服の対象としようとしているのかが全く特定され
ておらず、したがって、裁判所にとっては、このような内容の特定されていない行
為の適否をどのような基準に照らして判断すべきかも、また不明なものといわざる
を得ないこととなるのである。このようにその請求の内容が特定していない訴え
は、そのこと自体で抗告訴訟として不適法なものといわなければならない。
(三) これに対し、原告らは、昭和五六年一二月一六日の最高裁大法廷判決を引
いて、右最高裁判決は、国の空港管理権と航空行政権が不可分一体的に行使される
という複雑な性格を有する「国営空港の供用行為」の適否を、まさに不可分一体の
形で審理、判断する行政訴訟の適法性を認めたものであり、この判旨に従えば、右
の訴えの適法性も肯定されるべきであると主張する。
しかしながら、右最高裁判決は、一定の時間帯について航空機の離着陸のためにす
る国営空港の供用の差止めを求める民事上の請求について、このような請求が事理
の当然として不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求
を包含することとなることを理由に、通常の民事上の請求としてそのような私法上
の給付請求権を有するとの主張の成立すべきいわれはないとして、右請求を不適法
としたに過ぎず、原告らの主張するような形態の行政訴訟の適法性を肯定したもの
とまでは到底解されない。
したがって、原告らの右の主張は採用できない。
(四) 以上のとおり、右の訴えは、いわゆる無名抗告訴訟のうちの義務付け訴訟
としては、不適法なものというべきこととなる。
2 当事者訴訟としての右の訴えの適否
(一) 次に、原告らは、本件空港の供用が抗告訴訟の対象となる公権力の行使行
為に当たらないとすれば、第二次的に、右の訴えを、行政事件訴訟法四条の当事者
訴訟として提起するものであると主張する。
(二) まず、行政事件訴訟法四条による当事者訴訟のうちいわゆる形式的当事者
訴訟は、「当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で
法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの」と定められてい
る。しかしながら、原告らの主張する本件空港の航空機の離着陸のためにする供用
行為について、運輸大臣を被告として本件のような訴訟を提起することを許容する
旨を定めた法令の規定は存在しないから、右の訴えをこの形式的当事者訴訟として
適法と見る余地はないものといわなければならない。
(三) 更に、当事者訴訟のうちいわゆる実質的当事者訴訟は、公法上の法律関係
に関する訴訟をいうものと解されているが、この訴訟においては、当該公法上の権
利義務の帰属主体が被告適格を有するものとされている。
ところが、右の訴えにおいては、原告らは、一般的に権利義務の帰属主体とはなり
得ない行政庁たる運輸大臣をその被告としているのであるから、右の訴えをこの実
質的当事者訴訟として適法とみる余地もないものといわざるを得ない。
(四) 以上のとおり、右の訴えは、当事者訴訟としても不適法なものというべき
こととなる。
3 結論
結局、原告らの被告運輸大臣に対する本件主位的訴えは、その余の点について判断
するまでもなく、いずれも不適法なものとして却下を免れない。
二 被告運輸大臣に対する各予備的請求に係る訴え及び被告空港事務所長に対する
各請求に係る訴えの適否について
1 被告運輸大臣あるいは被告空港事務所長に対して法九六条による航空交通の指
示の差止めあるいはその無効確認を求める原告らの各訴えは、前記の原告らの主張
から明らかなように、右の航空交通の指示が行政処分に当たることを前提として、
いわば将来行われる右の指示について予めその取消しを求めておくといった趣旨か
らその差止めを求め、あるいはすでに行われた右指示の無効確認を求めるというも
のである。
そうすると、これらの訴えが適法とされるためには、まず、原告らが右のような航
空交通の指示の取消等を求めるにつき法律上の利益を有する者であることが必要と
されるものというべきである。すなわち、原告らが本件で主張する航空機の離着陸
による騒音、振動、航空機の墜落等の被害を受けないとの利益が、右の航空交通の
指示の根拠となる行政実体法規上、個人の個別的利益として保護されているといえ
ることが、これらの各訴えの適法要件としてまず要求されるものと考えられる。
2 ところで、原告らも主張するとおり、法は、航空機の航行の安全に加えて、航
空機の航行に起因する障害の防止を図ることをもその法の目的として規定しており
(法一条)、この障害には航空機の騒音による障害も含まれるものであり、したが
って、例えば定期航空運送事業の免許審査においてその事業計画が航空保安上適切
なものであることを要求している法一〇一条等の規定の解釈としては、飛行場周辺
に居住する者が航空機の騒音によって著しい障害を受けないという利益も、これら
個々人の個別的利益として、右の規定によって保護されているものと解されるとこ
ろである。
しかしながら、本件で問題となる航空交通の指示の根拠となる法九六条の規定によ
れば、右の指示は、専ら航空交通の安全を考慮するという見地から、航空交通管制
区又は航空交通管制圏における航空機の離陸若しくは着陸の順序、時機若しくは方
法又は飛行の方法について与えられるものとされているのであり、右の指示を行う
に当たって、原告の主張するような航空機の離着陸の際の騒音、振動等による障害
の防止という観点をも考慮すべき旨が定められているものとは解し難いところであ
る。すなわち、右の指示は、専ら同一の飛行場において離着陸しようとする多くの
航空機が事故を起こすことなく安全に離着陸すること等ができるようにするため、
相互の離着陸の順序や時機、方法等を技術的に整理、調整するという観点から行わ
れるにとどまるものと考えられるのであって、法が、右の指示を行うに当たって、
飛行場周辺の住民等に対する騒音、振動、大気汚染、雑音電波、通話妨害、企業活
動への悪影響等による被害を防止するという配慮を行うことまでを要求しているも
のとは解し得ないのである。もちろん、右の指示が適切に行われ航空機の衝突等の
事故が避けられることにより、周辺住民も航空機の墜落等の事故による被害を免れ
るという利益を受けることにはなるが、このような利益は、いわゆる反射的な利益
又は事実上の利益にとどまるものというべきである。
3 そうすると、航空法全体の法目的の中には、原告らの主張するとおり飛行場周
辺の住民等が航空機の騒音等による障害を受けないという利益をも個々人の個別的
利益として保護するという趣旨が含まれているにしても、少なくとも本件で問題と
なる航空交通の指示に関する限りは、その根拠となる法規が原告らの主張するよう
な利益を個々人の個別的利益として保護しているものとまではいえず、したがっ
て、原告らが右のような航空交通の指示の差止め等を求めるにつき法律上の利益を
有しているとすることは困難であるから、原告らの被告らに対する右の各訴えも、
その余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法な訴えとして却下を免れ
ない。
三 文書提出命令の申立てについて
原告らは、平成元年(行ク)第六九号をもって、被告運輸大臣を相手方として、本
件空港における航空機の離着陸に関する記録について、文書提出命令の申立てを行
っている。しかし、本件各訴えをいずれも不適法なものとして却下する以上、右文
書提出命令についてはその必要がないこととなるから、右の申立てを却下すること
とする。
(裁判官 涌井紀夫 小池 裕 近田正晴)

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