弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人等はいずれも無罪。
         理    由
 本作控訴の趣意は新潟地方検察庁高田支部検察官検事坂本数作成名義の控訴趣意
書、被告人等弁護人小林直人作成名義及び全被告人共同作成名義の各吾控訴趣意書
にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のよ
うに判断する。
 弁護人の控訴趣意(第一、二点)について
 論旨は被告人等の本件行為は正当な争議行為の範囲に属するものとして労働組合
法第一条第二項本文、刑法第三十五条により犯罪を構成しないものと解すべきにか
かわらず、原判決がこれを有罪と判定したのは日本国憲法第二十八条、労働組合法
第一条第二項、労働関係調整法第七条等争議権保障を規定した法条の解釈適用を誤
り、その結果刑法第三十五条の違法性阻却事由の存在を看過したものであると主張
する。よつて原審及び当審において取り調べた証拠に基き本件の事実関係を明らか
にすると共に、その事実に現われた被告人等の所論争議行為が、果して正当のもの
であるか否かにつき、以下、項を分つて逐次判断を加えることとする。
 (一) 先ず本件争議発生の経過を見るに、原審正人A1、当審証人B1の各此
言及び記録編綴のC1中央執行委員長A1名義の労働大臣及び中央労働委員会長宛
「労働関係調整法第三十七条に基く通知の件」と題なる書面(乙第十号証)等に徴
すると、C1労働組合はD1会議との間において昭和二十七年三、四月頃から労働
協約改訂及び賃金、退職金の改訂をめぐつて団体交渉を継続して来たが、その交渉
が決裂したため同年五月中旬に至り中央労働委員会に対して調停を申請した。しか
し労使双方において同委員会の調停案を拒否する結果となり、茲にC1は争議行為
に訴えてその主張を貫徹なることに決し、同年九月二日労働大臣及び中央労働委員
会会長に対し争議行為をする旨の予告をしえ。かくてC1は所要の手続を経て具体
的争議権を取得したものであることを認め得られるので、本件争議がその目的と手
続において正当且つ合法であるとは洵に明白である。
 (二) 次に然らば、C1は右具体的争議権に基いて如何なる争議方法を採用し
たかというに、同年五月二十二日C1山中大会に於て具体的な同盟罷業(以下「ス
ト」と略称)の実施時期、方法等の決定を一任されたC1中央本部は電源職場の労
務提供拒否スト(以下「電源スト」と略称)を実施することとし、同年九月十一日
付を以て東北地方本部を含む各地方本部に対し闘争指令「サクラツバメ第九号」を
発し、同年九月二十四日八時から十四時まで減電量十五パーセント程度(基準日同
年九月五日)を目標とする電源ストを実施し、右減電電力量を確保するため時間に
拘泥なることなく続行なるよう指令した。
 右中央闘争指令を受けたC1東北地方本部は、翌十二日管下各県支部に対し前記
中央闘争指令と同一内容(なお具体的実施要領については既に指示したとおりであ
る旨を附言)の地方闘争指令「クリツバメ第一七号」を発し、同日該指令を受信し
たC1C2支部は即日同支部常任執行委員会においてこれを確認し、同月十三日管
下各分会に対し前記地方闘争指令と同一内容の支部闘争指令「タカクリツバメ第二
三号」を発し、更に同月二十三日「クカトマトツバメ第一五六号」を以て右支部闘
争指令に基く電源ストの対象発電所を原判示E1発電所外五発電所と指定し、その
結果同月二十四日右E1発電所の用水取入口附近において前示指令に基く電源スト
が実施せられるに至つたものである。なお前記地方闘争指令(クリツバメ第一七
号)に「具体的実施要領については既に指示したとおり」とあるのは、後記「電源
職場労務提供拒否スト実施要領」を指すのであつて、以上の事実は原審価人A1、
同A2、同A3、当審証人B1、同B2、同B3、同B4、原審及び当審証人F1
の各供述並に押収または記録編綴の前掲各闘争指令書の各記載によつてこれを明認
することができる。
 そこで右電源ストの当否について審究するに、右挙示の各証拠及び記録編綴の
「電源職場労務提供拒否スト実<要旨第一>施要領」と題する書面(乙第二十五号証
の一部)を総合すると、本件電源ストは発電所の水車室、機械室、配
盤室その他堰堤取水口等の電源職場において従業員が一旦、発電施設の運行を停止
せしめた上その職場を離脱し一定時間労務の提供を拒否することにより一定の減電
量の実現を目的とする争議方法として案出されたものであつて、これにより会社の
発電量の低下を来たし、その業務の正常な運営を阻害するものであるが、本来、争
議行為において使用者の業務の正常な運営を阻害なる結果を伴うことに、その性質
上巳むを得ないところであるから(労働関係調整法第七条)、C1がその争議方法
として上記のような電源ストを決定し、その実施によつて会社の正常な業務の運営
が阻害せられ水利の妨害を受けることがあつても、このことのみを以て不当な争議
方法であるとはいえない。ただ、この争議方法によるときは、電源職場従業員が会
社側より発電施設の操作を停止することなく、現状のまま引き継ぐよう要求されて
も、これに従うことなく敢て発電施設の運行を停止せしめ、一時会社の施設の管理
を行う状態を伴う点において、不法性を帯びるやの疑を生ずるけれども、C1がか
かる電源ストの方法を採用なるに至つた理由を考按するに、原審証人A1、当審証
人B1、同B5等の各供述を総合すると、電気事業は最も重要な基礎産業としての
公益事業であるから、全国ないし一地方のC1従業員が一斉に労務不提供入れば、
社会的経済的に頗る深刻な影響をもたらすことが予想されるので、当時C1として
はかかる大規模なストの実施を良識的に避けて、電気の供給に実質的な障害を生ぜ
しめないよう減電量を定め被告の少ない一定時間、一部発電所に限つて行う電源ス
トの方法を採つたものであること、かように電源ストは一部発電所を対象として限
られた時間だけ行う争議方法であるから、単に職場を放棄するのみでは会社側非組
合員の手により操業を継続させることが容易であり、従来のC1争議の経験に徴し
ても、会社側は当然そのような対抗策に出ることが予想せられ、かくては短時間小
部分の電源職場を単純に離脱するのみでは、その実効を挙げ得ないため一時発電機
の運転を停止して減電量十五パーセント程度(保安電力及び一般需要家に支障を生
ぜしめないよう考慮し電源ストとしては最低線と認められる限度)を実現確保する
必要があるとして会社の上記要求に従うことなく、敢て発電施設の操作を停止なる
方法を採るに至つたものであることが認められるのである。して見れば、叙上の限
度において会社側の前記要求に応ぜず、発電停止の準備操作の間一時、会社の当該
施設を会社側の意思に反して管理する状態に立ち至ることも、電源職場の特質上洵
に已むを得ないところといわなければならない。然らばC1の採用した本件電源ス
トの方法は、正当な争議手段と認めることができるのである。
 (三) 次に前項(二)掲記の諸証拠によると、C1中央本部は電源スト実施に
あたり会社側が対抗策として臨時人夫その他の代替要員を現場に派遣し、右発電停
止の準備操作を防ぎ会社の操作を継続せしめようとした場合には、右ストの実効を
期するため発電停止のための操作を実施する間ピケットラインを以て非組合員の現
場(当該所要部分の施設)への立入を阻止すると共に飜意するよう説得し、C1組
織の威力を示して争議組合員に協力させるよう努力し、更に説得困難のときはスク
ラムを組んでも阻止し、指定の減電量を実現すべく、ただ飽くまでも暴力には訴え
ず、これを阻止することができないで職場放棄定刻迄に操作が完了しないときはそ
のまま退去する旨の方針を昭和二十七年七月中に決定し、右方針はその当時各地方
本部に指示されえのであるが、本件電源ストの実施に先立ち、東北地方本部は右方
針と同趣旨の記載ある前顕「電源職場労務提供拒否スト実施要領」と題なる文書を
作成し、同年八月二十八日頃管下各県支部責任者会議において右実施要領を解説し
てその趣旨を徹底せしめ、C1C2支部は同年九月十七日頃被告人G1を含む同支
部常任執行委員から管下各分会責任者に右実施要領を詳しく説明し、C3分会は同
月十九日頃同分会常任執行委員会を開催して前示実施要領を確認し、同分会執行委
員を管下各地区班の職場大会に派遣してこれが周知徹底を計り、更に同月二十三日
頃被告人G1以外の被告人等五名を含む組合員等出席のうえ合同地区班会議を開催
し、前記実施要領の周知徹底に努めたことが認められる。
 右によつて見るときは、本件電源ストにおけるピケッテイングも一般のそれと同
じく「平和的説得ないし団結力の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に
限りスクラムによつて会社側臨時人夫等非組合員の現場立<要旨第二>入を阻止なる
ことを認めでいるのてあるが、本件電源ストの性質が上記のようなものである以
上、その目的を貫徹するため、発電機の運転を停止する準備操作をする
に際し、会社側から臨時に雇われた人夫が容易に説得に応ぜず、強引にピケライン
を突破しようとする場合には、右準備操作を妨害されないための手段としてその操
作実施の時間に限りスクラムによるピケッティングの方法をとることは已むを得な
いところとして許容されなければならない。従つて本件電源ストの実施にあたりC
1が右のようなピケッティングを指令し、被告人等が該指令に従つて時間、場所及
び方法において右実施に必要な最少限度の行動をしたとしても、これを目して正当
な争議行為の範囲を超えたものということはできない。
 (四) 以上説述した如く、本件電源ストが争議行為として正当であること、右
スト突入にあたり会社側の発電施設の運行を停止なることなくそのまま引継ぐべ旨
旨の要求を拒否すること及びC1の指令した本件ピケッティングの方法は該ストの
性質上その目的貫徹のため必要な最少限度のものと認められる限り已むを得ないと
ころとして許容せらるべきであることを前提とし、且つ被告人等けピケッティング
における暴力の禁止を上記のようなC1の指令によつて熟知していたものと認めら
れるとの事実関係を基礎とし、原判示E1発電所用水取入口における本件電源スト
の実施に際し、被告人等のとつた行動が果して正当なる争議行為の範囲に属するや
否やを討究なることとなる。
 よつて被告人等の右行動をめぐる事実関係について審按するに原判示第一の事実
中「被告人G2を除く爾余の被告人等五名においてF2がスクラムを潜り抜けよう
となると押し返し」たとの点は下記の理由によつてこれを確認し得ない。すなわ
ち、被告人G1及び同G2を除く爾余の被告人等の検察官に対する各供述調書中に
は、被告人G2以外の被告人等五名が原判示E1発電所用水取入口の水路排水門
(当審における検証の結果によれば、原審の証拠中これに当るものを「排砂門」と
表示してあるのは誤と認める)の門扉上のハンドルを背にしてスクラムを組み、原
判示臨時人夫F2が説得に応ぜず、これを潜り抜けようとなるのを阻止なるに努
め、これに対しF2が強引に右スクラムを突破しようとして相争つている際、F2
を通すまいとして押し返した旨の供述記載部分が存するけれども、被告人等の司法
警察員に対する各供述調書中には、右「押し返した」旨の供述記載は全く存在せ
ず、且つF2の検察官に対する供述調書、同人に対なる原審及び当審の各証人尋問
調書を通じ、そのいずれにも「押し返された」という如き供述記載を見出し得ない
ことと、被告人等の原審及び当審における各供述とを照合すれば、右被告人等の検
察官に対する前記供述のみを以つて同被告人等が物理的有形力を用いてF2を押し
返したとの事実を認めるのは相当でない。
 なお、本件起訴状には右被告人等がその際F2に対し、肘を以つて突いたり、頭
を押える等の行為をした旨の記載があり、F2は検察官に対し、同人が被告人等の
組むスクラムを潜り抜けようとした際、被告人G1等から肘や膝で小突かれたと
か、被告人G3に頭を押えつけられた旨陳述し、原審公判廷においても頭を押えら
れた点を除き同趣旨の証言をして居り、更に検祭官面前並に原審及び当審におい
て、右スクラムを通り抜けようとした際被告人G4がF2の着衣(作業衣)の袖を
一回掴んだ旨供述して居るが、右のうち被告人G4がF2の袖を一回掴んだ点はF
2のこの点に関する一貫した供述によつてこれを認めるに難くないけれどもその余
の点については同人の右各該当供述の内容を検すると、その具体的状況の表現にお
いて聊か明確を欠き、且つ首尾一貫しない点があるばかりでなく、本件の場合の如
く右F2がスクラムを組む者の股間や両腕の間隙を狙い、これを強硬突破しようと
した際上半身をかがめ、下向きとなつて潜り抜けのみに熱中していたため、相手の
肘や膝に突き当つたり、頭部を押し挟まれたりした瞬間には、これを相手方の故意
による暴行、すなわちF2のいう「小突いた」とか「押えつけた」とかいう風に感
得することもあり得べき現象と認められる点、被告人等は前顕(三)の前段に摘記
したところによりピケッティングにおける暴行の禁止を熟知していたものと解せら
れること、被告人G4がF2の着衣の袖を片手で掴むや否や、即座に被告人G1が
「人夫に手を出すな」と注意を与えた事実(F2の検察官面前供述、原審及び当審
各証言)等に徴すると、被告人G1等がスクラムを潜り抜けようとなるF2を故意
に肘や膝で小突いたとか、被告人G3が頭を押えつけたとかいうF2の供述は客観
的事実としてはその表現どおりに受け取ることはできない。このことはF2が原審
における証人尋問に際し、被告人G3は目分に手を触れなかつたと供述しているこ
と及び当審における証人尋問の際、頭を押えつけられた点は勿論、肘や膝で小突か
れた点について全く言及していない事実からも首肯し得べきところである。
 以上のとおりであるから、当裁判所は原審及び当審において取り調べた証拠、な
かんずく原審及び当審証人F2、同F3、同F4の各証言、被告人等の検察官面前
並に原審及び当審における各供述、当審検証調書の記載等を総合して本件の事実関
係を次の如く判定なるのが相当であると認める。
 本件電源ストに際し、会社側では事前にその計画を察知したので、その対抗策と
して右ストの対象発電所へ代替要員を派遣し、非組合員の手で操業を継続せしめる
こととし、原判示E1発電所の取水口へは臨時人夫としてF2を雇つて派遣すべ
く、昭和二十七年九月二十三日当時のE2発電所長F3から右F2にその旨を依頼
してE3支店長名義の委任状及び身分証明書(昭和二九年押第二九号の一、二)を
手交して置いた。
 そこで本件スト実施当日である翌九月二十四日午前六時前頃、F2がE1発電所
取水口の見張所に行くと、同所勤務員である被告人G2がおり、間もなく、やはり
同所勤務員の被告人G3が来たので、F2は前記の委任状と身分証明書とを両被告
人に示し、スト突入の場合には右F2において現状のまま同発電所取水口の操業を
引き継ぐべき旨を告げた。次いで同六時過頃C1C2支部常任執行委員である被告
人G1が現地指導の任務を帯びて同見張所に到着し、F2が会社側臨時人夫である
ことを知つて同人に対し、組合員以外の考は出て行つて呉れ、ストを決行なる、日
当二百円出すから帰つてくれと申し入れたが、同人は頑として応じなかつた。被告
人G1は同所の用水取入口を点検し、発電機運転停止の準備操作として同取入口の
何れの水門を開扉すべきかについての順序、方法、時期等を被告人G2と打ち合せ
た。同七時二十分頃被告人G1からの応援依頼によつて右組合員であるE4発電所
勤務被告人G5、E2発電所勤務被告人G4、同G6が右E1発電所取入口に到着
し、これと殆んど同時頃、C1C3分会から「実施時間八時より指令あるまで」と
の分会闘争指令「クリツバメ第六号」を受信し、右指令に基き被告人G1の指示に
より、被告人G2が前掲「電源職場労務提供拒否スト実施要領」に従い、E1発電
所操作規程に定められた全停断水の準備操作として、同発電所取水口の水路排水門
(原審記録中これに当るものを「排砂門」と表示しているのは誤こ認められること
先に指摘したとおり)を手動式ハンドルによつて開扉しようとするや、F2がこれ
を阻止しようとして接近して来た。被告人G1がF2に「帰つて呉れ」と言つたが
殆んど耳もかさなかつたので、被告人G2を除く被告人等五名が、水路排水門の門
扉上の前記ハンドルを背にして、F2に向つて左側から被告人G1、同G3、同G
5、同G6、同G4の順で右ハンドルに至る進路いつぱいに横に並んでスクラムを
組み、F2の進入を阻止する態勢(原判示の「立塞り」)を執つた。そして被告人
G1から更にF2に「止めて帰つて呉れ」と言つたが聴き容れず、飽くまでスクラ
ムを突破しようとしてスクラムを組む被告人等の股間や腕の間際を狙つて潜り抜け
ようとしたが割り込めないと見るや、附近から長さ六尺余、幅四寸位、厚さ一寸余
の角材を携えて来て、これを水路排水門の三角点に架け渡して橋代用とし、これを
渡つて右排水門のハンドルに近付こうとしたが、スクラム左端(被告人G1)にこ
れを阻止された。するとF2はその反対側に駈け寄りスクラムの間隙を狙つて潜り
抜けようとし、これを被告人等が阻止なると、また他の間隙を狙うという風に、同
じ動作を幾度か繰り返すうち、スクラム右端の被告人G4がその右側間際を通り抜
けようとするF2の着衣(作業衣)の袖を一回だけ片手で掴み、またF2が自ら同
被告人の足に当り、その脇に捨ててあつた木葉溜りに滑つて転ぶ等のことがあつた
が、間もなくF2は橋代用の角材を渡つて前記排水門扉のハンドルに取り付き、既
に被告人G2の右操作により約十糎ほど開いていた同門扉を閉めようとしたので、
被告人G1はこれを阻止するため右ハンドルに上半身で乗り掛ると共に、被告人G
2に対して本流排砂門(原審の証拠中これに当るものを「制水門」と表示してある
のは誤と認める)を開扉するよう指示したが、その直後、来合せた前記F3より
「やめろ」と言われたので、同排水門の開扉操作半ばにして右排水門を退去し、一
方被告人G1より右指示を受けた被告人G2は原判示第二の如く前記排砂門の北端
の門扉を附近にある操作小屋の電鍵を操作して約十五糎ほど開き、E1発電所の発
電に使用するために堰き止められているH1川の流水の一部を、間もなく同所に駈
け付けた右F2によつて閉鎖されるまでの数分間、H1川本流に放流したものであ
る。
 右に摘録した事実関係に徴すると、被告人G2が前示分会闘争指令に基く被告人
G1の指示によりE1発電所取水口の水路排水門の開扉に着手したところ、これを
目撃した会社側の臨時人夫F2が右開扉を阻止すべく同排水門に向つて近付いて来
たので、同被告人以外の被告人等五名がスクラムを組んで立ち塞り、F2の進入を
阻止したまでの限度においては、正当なる争議行為の範囲に属するものと認むべき
こと前顕(一)ないし(三)に説述したところによつて目ら明白である。
 ただ茲に問題となるのは、その際被告人G4がF2の着衣の袖を片手で一回だけ
掴んだことが労働組合法第一条第二項但書にいわゆる「暴力の行使」と目せらるべ
きやの点であるが、前記認定のように相手方が正当なものと認められる程度のスク
ラムを強引に突破しようとなる瞬間において、相手方の着衣の袖をただ一回だけ掴
む程度のことは、右スクラムの状況及び一般社会通念に照らし不法性がないものと
解するのが相当である。然らば被告人G4に右程度の所作があつたからといつて、
直ちにこれを暴力の行使と断ずることは当を得ない。従つて被告人等の右行為が正
当なる争議行為の範囲を逸脱するものとして、被告人等に右会社及び右F2に対す
る各業務妨害の罪責を負わしめることはできない。
 次に被告人G2の前記水路排水門及び本流排砂門の一部開扉によつて、E1発電
所の用水がH1川本流へ若干放流され、その結果幾分なりとも会社の水利を妨害す
べき状態を発生せしめたとしても、前記(一)及び(二)の理由により右各水門の
開扉は、被告人G2が前記の分会闘争指令に基き同発電所の全停断水のため、成規
の方法による準備操作として行つた正当なる争議行為と認められる以上、労働組合
法弟一条第二項本文、刑法第三十五条により罪とならないものといわなければなら
ない。
 要するに、本件公訴に係る業務妨害の事実はその訴因たる暴力の行使が認められ
ないので、結局、犯罪の証明なきに帰し、また水利妨害の事実は法律上罪とならな
いに拘らず、原審が何れもこれを有罪と認定したのは、判決に影響を及ぼすこと明
らかな事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤を冐したものであるから、論旨は理由
がある。
 被告人等各本人の控訴趣意について
 所論は帰するところ、前記弁護人の論旨と同趣旨であるから、その理由あるとと
は以上説示のとおりである
 検察官の控訴趣意について
 所論は要するに原判決の量刑が軽きに失するとの趣旨であるから、その理由のな
いことはおのずから明かである。
 以上のとおり弁護人及び被告人等の控訴趣意は理由があるから原判決は破棄を免
かれない。
 よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に則り原判決を破棄し、更に当裁
判所自ら判決することとする。
 本件公訴事実は
 被告人等は何れもI株式会社E3支店に従業員として勤務し、社告人G1はC1
労働組合C2支部常任執行委員であり、被告人G2、同G3、同G4、同G5、同
G6は右支部C3分会に所属するC1労組組合員であるが、昭和二十七年九月十二
日頃、C1中央本部からC1東北地方本部を通じて同月二十四日午前八時から六時
間、十五パーセントの減電を目標に電源職場の労務提供を拒否せよという旨の指令
を受理したC1C2支部においては、同月十三日右指令を各分会に発した。一方ス
トの具体的実施要領についてはC1中央本部のスト戦術専門委員会において決定さ
れ、C1C2支部においてこれを確認し、同月二十三日現地指導のためにC3分会
に赴いた被告人G1はE1発電所取入口の電源スト実施を指導することとなつた。
 同月二十四日午前七時頃被告人G1は新潟県中頸城郡a村大字b字cI大谷
 第一 発電所取入口に至り、午前八時の職場放棄と共に右発電所の発電機を停止
させるために、右同所IE2発電所放水路排砂門(当裁判所の認める「水路排水
門」にあたる、以下同じ)を開いてE1発電所に行く水をH1川に落し、更にH1
川本流制水門を開き右発電所への補給水を絶とうと企て第一被告人G1、同G2、
同G3、同G5、同G6、同G4は共謀のうえ、同日午前七時三十分頃石E2発電
所放水路排砂門において折柄右E1発電所の運営に関するI株式会社E3支店長の
権限を委任され、組合側の職場放棄に伴う水門操作業務引継のために来た臨時人夫
F2(当時五十二年)に対し、同人の右業務引継を阻止する目的を以て右放水路排
砂門前にスケラムを組み、同人が被告人等の右排砂門開扉を阻止しようとして右排
砂門のハンドルに近づこうとするのを押し返し、肘を以て突いたり頭を押える等の
威力を用いて同人の右会社業務の執行並に会社の発電業務を妨害し
 第二 (一)被告人G1、同G2、同G3、同G5、同G6、同G4は共謀のう
え、同日午前七時三十分頃前示E2発電所放水路排砂門を開放し、前示E1発電所
において使用すべき用水をH1川ら放流し、以てI株式会社の水利を妨害すべき行
為をなし
 (二) 被告人G1、同G2は共謀のうえ、同日午前七時四十分頃右同所H1川
本流制水門(当裁判所の認める「本流排砂門」にあたる)を開放し、右E1発電所
において使用すべき用水をH1川に放流し、以て右会社の水利を妨害すべき行為を
たし
 たものである。
 というのであるが、前段説明の如く右第一の事実については犯罪の証明がなく、
また右第二の事実は法律上罪とならないから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六
条に則り無罪の言渡をなすべきものとする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

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